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2003年1月10日(金)

◆定点観測。安物買い。
「金木犀の薫る街」南部樹未子(河出書房新社)100円
「ゆがんだ花びら」Sケニー(至誠堂)100円
「三人のゴーストハンター」牧野修・我孫子武丸・田中啓文(集英社)100円
「環蛇銭」加門七海(講談社:帯)100円
南部樹未子作品はミステリじゃないんだろうなあ。まあ、南部樹未子とつけば宗教書まで買っているんだから、ミステリじゃないという理由で小説を買わない手はない。100円だし。
至誠堂の本は、以前から気になっていた作品。いかにもゴシック・ロマンスな設定のお話のようだが、解説や著作リストがついていないので、新刊書店では躊躇していた。ネットで調べると、一応ミステリらしい事が判る。ロズ・ハワードなる女性教授を探偵役にした作品が4つヒット。
GARDEN OF MALICE「ゆがんだ花びら」(1983)
GRAVES IN ACADEME (1985)
ONE FELL SLOOP (1990)
MURDER IN THE WIND (1993)
他に2作
IN ANOTHER COUNTRY (1984)
SAILING (1988)
という作品があるらしい。以上、報告します。
あと、安物買いのうち、今日の加門七海の100均落ちは昨日のレンデルの半額落ちにも増して凄まじいものがございました。すんまへん。

◆「大いなる眠り」が「大爆睡」と翻訳されると厭だ(というか面白い)というネタを発展させてみた。

こんな邦題は厭だ・JDカー編

「パニック・イン・ボックスC」(Panic in Box C)
<生きるべきか、死ぬべきか>、核武装した過激派に乗っ取られたシェークスピア劇場で繰り広げられる生と死のドラマ!果して主人公は厳重な監視の目を掻いくぐって脱出する事ができるのか?手に汗握るアクション・アドベンチャー巨編。21世紀フォックス映画化決定!!

「メッキされた男」(The Gilded Man)
ある朝起きると、私はメッキされていた。ああ、私は一体誰なんだ?館の主人なのか、それとも泥棒なのか?物語は短篇なのか、長編なのか?探偵すらフェル博士なのかHMなのかが判らなくなる不条理ミステリの傑作。
「この物語には、さすがの私も脱帽だ」(アルベルト・カミュ)

「燃える法廷」(The Burning Court)
次々と夫を葬りながら無罪判決を勝ち得てきた<法廷の魔女>!そして新たなる殺し。美貌の容疑者に対し「復讐するのは俺だ!」と挑む因縁の辣腕検察官。逆転また逆転!「覗き穴」と並ぶ著者畢生のリーガル・サスペンス。
ペネロペ・クルス主演!!2003年夏上映決定!!

(念のため本当の邦題は「仮面劇場の殺人」「メッキの神像」「火刑法廷」でっせ。)

というわけで、皆さんもひとつ「こんな邦題は厭だ!」を考えてみてください。勘違いな梗概もつけて頂けると、なお嬉しゅうございます。


◆「男の首」Gシムノン(創元推理文庫)読了
それいけ!恥かし読書<フランス編>。フランスものでは、かの「シンデレラの罠」も未読なのだが、まずは比較的得意なメグレから消化してみた。「東京メグレ警視」放映時に、河出から出た分については片っ端から読み、その他の入手困難作も入手困難であるが故に読み耽ったものの、何故かこの作品と「黄色い犬」が最後の最後に残ってしまった。まだ、中・短篇ではEQで訳されっぱなしのものを読み残してはいるが、とうとうこいつを読む日が来たかと思うと感無量である。「必読!」と言われると読みたくなくなるへそ曲りの読書道は、斯くも捩じくれているのである。
閑話休題。「男の首」はメグレの代表作中の代表作。映画「モンパルナスの夜」の原作であり、「メグレ罠を張る」と並んで、映像化の際のヘソになる作品である。これについて語らせたら一晩でも喋るという人が「マルタの鷹」同様、引きをもきらない名作中の名作である(らしい)。こんな話。
女富豪とその小間使いが惨殺される。現場に残された血まみれの足跡から花屋の配達人が逮捕され、今まさに死刑が執行されようとしていた。だが、メグレの勘は、事件の背景に奸智に長けた真犯人が存在する事を告げていた。その職を賭けて、死刑囚を脱獄させるという奇手は、果して真相究明の突破口となるのか?莫大な遺産を相続した甥とその妻と愛人、奇妙な緊張感を加速する一人の無頼。操りの果てに、追いつめられたのは猟犬か?狐か?男の首を掛けた狩猟の顛末を巴里の闇はただ見詰める。
おおお、これは凄い。なるほど、後年の「何も言わずに容疑者を追いつめる」というメグレ式捜査法は、ここから発していたのか、と膝を打った。そして、メグレもさる事ながら、この真犯人の悪魔性が凄い。それこそ宮部みゆきの「模倣犯」あたりに繋がる現代的な犯人像である(と思う。いや「模倣犯」を読んでないもんで)。次々とその魔手を繰り出し、メグレを嘲弄する犯人、そして、その挑発に動じることなく、ただじっと獲物の自滅を待つメグレ。クライマックスでのサスペンスと大逆転は、コロンボものの最上作にも通じるものがある。これは文句なしの傑作。民主警察としては、いささかご無体なところもあるが、なんたって、あなた、これはヒットラーも出てない戦前の話ですから。2003年の猟鉄年間ベスト級。読め!


2003年1月9日(木)

◆定点観測。安物買い。
d「ローガンズ・ワールド」WFノーラン(三笠書房:帯)100円
「葬儀よ、永久につづけ」Dプリル(東京創元社:帯)100円
「Twelve Y.O.」福井晴敏(講談社)100円
「わらの少女」Aパジェット(ベネッセ:帯)100円
「けだもの」Jスキップ&Cスペクター(文春文庫)100円
「悪意の傷痕」Rレンデル(ポケミス:帯)900円
ううむ、書店ですら見掛けてなかったポケミスの新刊をブックオフで拾ってしまった。すまぬ。
◆ポケミスといえば、「第四の扉」にベスト帯(1位、2位、4位!!)が掛かって平積みされていたので手にとって奥付けを確認してみた。大晦日の印刷で第4版なそうな。ポケミスの新刊が1年で4版というのは壮挙なんじゃないかな〜。これだけ売れれば次も出そうな気がしてきた。いけいけえ。


◆「マルタの鷹」Dハメット(河出書房新社)読了
恥かし読書継続中。ハメットは短篇を幾つかと「デイン家の呪」しか読んでいない人間なので、どういう経歴なのかも、この本の熱い解説を読んで初めて知った次第。へーえ、クイーンがハメットの作品を再録し評価し続けた理由がやっと判った。泣かせる話だねえ。この河出「アメリカン・ハードボイルド」版は20年代のサンフランシスコの写真や、数度に渡る映画化の際のスチールやらが満載で楽しい造本になっているが、中でも扉についている27年頃のハメットの写真に感動した。こりゃジェームス・ディーンじゃねえのか?と見紛うばかりの野生的なアンチャンのポートレートで、思わず体からハメット汁が垂れてしまう。
で、話の方だが、要は「マルタの鷹」なる騎士団の秘宝を巡って、美女と殺し屋と怪しい外国人と闇のコレクターが繰り広げる争奪戦を私立探偵サム・スペードが鮮やかに捌く物語。登場する人物は、捜査側も含めて一筋縄ではいかないしたたかな連中ばかり。物語の冒頭で殺害されるスペードの相棒アーチャーにしてからが不良探偵で、その妻はスペードにゾッコンという設定。出てくる人間は尽くその場しのぎの嘘を並べ立て、うまく立ち回ろうとする。こういう連中と付合うスペードの方も、ある時は腕っ節と拳銃に物を言わせ、またある時は舌先三寸のブラフで渡りをつけていくため、正直なところお育ちの良い女秘書エフィ以外の人間の云う事は全く当てにならない。で、そこが、面白い。真犯人は、余りにも有名だが(なにせ、観光名所にその名が記されているらしい)それでも、読まされてしまった。あと、こちらの勝手な思い込みなのだが、スペードの官憲との折り合いの付け方が意外に普通なので(これはマーロウもそうなのだが)逆に驚いた。禁止用語やら、お色気サービスシーンの挿入やら今から読むと、微笑ましい部分もあるが、なるほどこれは「聖典」と呼ばれるだけの貫禄を備えた作品である。一読の価値はあります。当り前です。


2003年1月7日(火)・8日(水)

◆大阪宿泊出張。移動時間で日頃の睡眠不足を解消しつつ黙々と古典を読み進む。
◆8日夜は、部内の新年会の幹事。またしても飲み放題の罠に嵌まる。気持ち悪い。
◆帰宅したら大矢女史から古本代と海外旅行土産が届いていた。ありがとうございますありがとうございます。
「金色面具」江戸川乱歩(群=出版社)頂き!
「黄金仮面」の中国語版である。勿論、読めっこないのだが、章題なんかは部分的に判るところもあって楽しい。中国語では「探偵」は「偵探」と書くらしい。「空中吊死鬼」とか「浴室的怪人」とか、言いたい事は良く分かるぞ。風船で首を吊った鬼や浴室を担いだ怪人の事だな。うんうん>著名吉田戦車的推理
◆東急渋谷大古本市のカタログをパラパラと読む。それなりに欲しい本がないではないが、とても手の出る値段ではない。この世界だけは、デフレとは無縁なのか?文生が春陽文庫の明朗ものをまとめて出しているのは、ネットでの盛り上がりを側聞しての事なんだろうか?若山三郎80冊6万円、城戸禮59冊4万円は、集める手間を考えれば適正といえなくもないけれど、一括で売られると辛いものがあるよなあ。


◆「トレント最後の事件」ECベントリー(創元推理文庫)読了
画家にして新聞記者にして名探偵、フィリップ・トレント登場。結論から申しあげれば、本当にこれが1913年の作品なのか?と驚いた。面白いじゃないの。なんでも、「木曜日の男」を捧げられた返礼としてチェスタトンに献じられた作品らしいが、はっきり言って「木曜日の男」なんかより全然真っ当にして洒落っ気たっぷりのパロディ推理である。トレントの造型は、ルールタビュー・タイプの現実味の乏しい「絵に描いたような」名探偵、事件の展開もホームズ譚を読んでいれば見当のつくものでありながら、二転三転するプロットに唸った。これは今まで読んでなかった自分が恥かしい。
米国経済を牛耳る実業家が英国滞在中に射殺された。真相究明に勇躍乗り出した敏腕記者トレントは、被害者のちぐはぐな服装や、現場に残された指紋から、ある人物の鉄壁のアリバイを突き崩す。恋情ゆえに封印される「真相」。誤解の連鎖が断ち切られた時、探偵は探偵である事を捨てる。
どうも「従来はタブーであった恋愛をテーマにして」云々という評判がかえってこの作品の真価を見誤らせているような気がしてならない。勿論、それも画期的なのかもしれないが、ホームズだって恋してたじゃん、と思うと今一つ納得がいかない。むしろ、従来のミステリの約束事を逆手にとって、名探偵の存在をおちょくりつつその退場を描いた作品であり、シェリンガムほどには壊れていないものの、テイストはバークリーがこの作品から20年後にやっていたものに近い。バークリーブームの今こそ読まれるべき名作として評価しておきます。


◆「狙った獣」Mミラー(ハヤカワミステリ文庫)読了
サイコサスペンスの里程標的名作(らしい)。ミラーを語る際に避けて通る事のできない話である(らしい)。こんな話である。
歪んだ心を隠しもった女性が悪意を撒き散らしながら普通の人々のささやかな幸せを破壊していく。置き去りにされた心。言葉という兇器。停まった時間。嘘が現実を浸蝕し、自分をも呑み込んでいく。さあ、イーヴリンと呼んで。
さすがに歴史的名作。真犯人の壊れ方が実に現代的であり、80年代以降現在に至るまで粗製濫造されるサイコ・サスペンスは、基本的にこの作品と「水平線の男」と「サイコ」の劣化コピーに過ぎないと感じさせる。逆にいえば、作者のやりたい事は今の読者であれば、中盤まででおよそ見当がつく。しかしながら、それが判りながらも最後まで土俵を割らない腰の強さが、この作品にはある。それは、不幸のメカニズムや底知れぬ悪意がもたらす暗澹たる興奮とでもいうか、その先に待ち受ける崩壊を見届けずにはいられない気にさせる筆力があるということか。訳文は読みやすいが、ところどころ引っ掛かるところがあった。創元推理文庫版と読み比べたいところ。
一つ気になったのは邦題の付け方。すっかり慣れてしまってはいるのだが、改めて見直すと妙な題名だよね。何か謂れがあるのだろうか?
何はともあれ、これも読んでおいて損はない話。小池真理子を評価する人は読んでおかないといけません。


2003年1月6日(月)

◆社会復帰1日目。始業式である。しかし、どうも昨年末の終業式に比べて集まりが悪いような。
「皆さん、年末を以ってリストラされてしまったのでしょうか?」
「…お、恐ろしい事をおっしゃる」
真相は、大阪からの単身赴任組がもう一日年休をとってUターンラッシュを避けたという事らしい。ううむ、日常の謎の結末はつまらん。
◆別宅にタッチ&ゴウ。ついでに近所のブックオフをチェック。何もない。
「シャーロック・ホームズの決め手」實吉達郎(青年書館)100円
「ミイラ医師シヌヘ」ミカ・ワルタリ(小学館)100円
シャーロキアン本はなるべく買わない主義なのだが、自費出版に毛の生えたような本にはつい食指が動いてしまう。この人って、金田一耕助本も出している人だよね、確か。
◆年末のOB宴会で「ほしのこえ」のDVDを見せてもらっていた事を思い出した。中味的にはエヴァだったり、ガンバスターだったりするのだが、なんにせよあれを一人で作ったというのは凄まじい。同人アニメが斯くも技術的に進化を遂げていたというのは素直にショックである。勿論、投入された時間と情熱は並みではなかろうが、それにしても「常識」を覆す壮挙である。脱帽。


◆「大いなる眠り」Rチャンドラー(創元推理文庫)読了
今更ながらであるが、チャンドラーの処女作を読んでみた。本人が黄金期の本格を貶しつつ、リアリズムの重要性を説く割りには、「男のファンタジー」以外のなにものでもない。そういう意味で意外に面白かった。なるほど、これが原点か。詳細感想は後日。
それにしてもこの邦題は巧いなあ。これをもし「大爆睡」とか訳したら、マーロウ役にはサモ・ハン・キンポー以外考えられない。それはそれで面白いだろうけど。


2003年1月5日(日)

◆けいかほうこく
おともだちのよしだまさしくんがけいかほうこくをかいていたのでぼくもまけずにけいかほうこくをかくことにしました
きょうはとしょかんがあくのでほんをかえしにいきました
そしていっぱいほんをかりてきました
ぜんぶじぶんでもっているほんばかりです
でもぜんぶべつのおうちにおいてあるのでとしょかんのほうがちかいのです
それにじぶんのおうちにいってもほんがどこにあるのかがわかりません
なんでこんなことになってしまったのかぼくはばかなのでわかりません
でもことしはこれまでよんでいなかっためいさくをいっぱいよもうとおもいます
きょうかりてきたのは「トレソトさいごのじけん」「さらばあいしきおんなよ」「おおいなるねむり」「マルたのたか」「Dさかのさつじんじけん」「ねらったけもの」などです
これからまいにちどくしょかんそうをかいていきたいとおもいます


◆「エイブヤード事件簿 人形懐胎」Jフレーザー(講談社文庫)読了
黒背の講談社文庫で4冊訳出されたきりのエイブヤード警視シリーズの4冊目。私が言うのも何なのだが、このシリーズ、「AERAのキャッチが裸足で逃げ出すオヤジ地口」をあしらった邦題が寒い。しかしながら、中味の方は、英国警察小説の伝統を感じさせる渋い仕上がり。この作品でも、二つの殺人(?)に一つの失踪に密猟事件と盗難事件を並行して走らせながら、すれっからしのミステリ読みの裏を掻く結末に手際よく収斂させてみせる。
処は英国の小村アルトン。生焼けで崩れ落ちたガイ・フォークス人形の中から、身元不明の男の変死体が発見された。村人たちは、ロンドンに向うと言ったきり姿を消している村の色男シャープではないかと噂をするが、定かではない。善良な雑貨店主兼郵便局員、服飾の達人の老婆、実直な神父、昔気質の蹄鉄職人、半端仕事を生業とする前科者、真面目な猟番、孤独と狩猟を友とする領主、ごく普通の人々が住まう英国の小村を人形変死事件に続き、複雑な生まれを持つ少年の失踪事件、新興住宅地の若妻の毒死事件が襲う。エイブヤード警視は相棒のブルートン巡査部長とともに、警察力を活かした地道な全村聞き込み調査から、並行する事件の真相を追うが、その道筋は平坦なものではなかった。警官嫌いの怨念が誤解を加速し、毒殺魔の疑惑は温室に募る。果して封印の向うで待っていた棘の正体とは?
警視という職制にしてはやや軽い印象のエイブヤード。その探偵法は実に地味。にも関わらず退屈しないのは、プロットの捻りが利いている故である。しかもそれが、被害者探しと犯人探しを巧みにシャッフルしたメインの変死事件だけでなく、並行する事件の全てについて言えるところが立派。何も、フロスト警部ばかりが英国警察小説というわけではない。更に、村人たちの書き分けも巧みで、最初は登場人物表をつけない講談社文庫の気の利かなさを呪っていたが、終盤に入る頃には、抵抗なく読み進めるようになった。ヴィレッジ・フーダニットがお好きな方にとっては、定価以上を出しても惜しくないと申し上げておきましょう。


以下は年末年始の出来事。


2002年12月29日(土)

◆コミケにも、古本市にも行けず、家の片づけ。夕方奥さんと今年最後のブックオフ行き。
図書館代わりに即戦力を何冊か買う。
「人質カノン」宮部みゆき(文春文庫)100円
「夢にも思わない」宮部みゆき(中公文庫)100円
「幻視街」半村良(講談社文庫)100円
「モンスーン」ライアル・ワトソン(筑摩書房)100円
そろそろ宮部みゆきも100円均一に落ちてきた。このあたりの作家は何時行っても貸出中の図書館よりもブックオフの方が早く読めるかも。


◆「人質カノン」宮部みゆき(文春文庫)読了
ショート感想。売れっ子になり始めた頃の短篇集。やや薄味な日常の謎系の現代ものが並ぶ。
さすがに、コンビニ強盗を扱った表題作は、善意と悪意の対比が鮮やかで、読後感にも重いものがあるが、
「長い長い女タクシー運転手の物語」とも呼べる「十年計画」、
網棚に残された雑誌に挟まった手帖の落し主探しを淡々と描いた「過去のない手帳」、
祖父の残した「遺書」が史実に埋れた青雲を甦らせる「夏の雪」、
虐めに悩む少年からボディガードを頼まれた探偵の回想「過ぎたこと」、
振られOLが学校の怪談に立ち向かい自己回復する「生者の特権」、
マンションの転売を目論む一家が巻き込まれた災難と幸運を静かな狂気とともに描いた「漏れる心」
などは、普通小説と呼んでもなんの差し支えもない、推理小説としての気負いのない作品である。だからこそ、作者は老若男女を問わず幅広い支持を受けているのであろう。30代にして上手の坂をひと登りしてしまった作者に敬礼。


2002年12月30日(日)

◆大学のクラブのOB連でホームパーティーに行く。新宿を経由したのだが、さすがに最終日には何もあるまいとスルー。購入本0冊。
◆久々にお邪魔した先輩宅では、各種食玩が麗々しく展示ケースに飾られていた。中でも「夢の土方対決:丹下段平 対 星一徹」という一体に痺れる。素晴らしい。これだけの技術とエスプリをなんと贅沢に無駄遣いしているのだろうか、日本という国は?
◆夏休みに放映されたとかいう「龍騎」の特別編を見せてもらう。
電話で結末の選択が出来るというのが売り物だが、本編の設定を全く無視したアナザーワールドの物語。不純なお母さんたちにとってはイケメン男優の皆さんが出てくればそれでよいのであろうが、純真な子供たちは騙されないぞおお!こんなの龍騎じゃないやい!
◆コミケ帰りのM氏から北斗の拳版の「ときメモ」パロディやら、コミケネタの島耕作&ナニワ金融道パロディを読ませて貰い大笑い。ああ、コミケは元気だ。
◆「まあカラオケでも歌っていけや」という誘いを振り切って帰る。このままカラオケに行くと、「帰れなくなる」→「雑魚寝する」→「風邪を引く」というのがいつものパターンなのである。それでも千葉につく頃には爆睡状態で、車掌に「終点ですよ」と起される。うっかり座れてしまうとこれが怖い。ああ、千葉どまりでよかった。


◆「夢にも思わない」宮部みゆき(中公文庫)読了
ショート感想。「今夜は眠れない」で活躍した中学生探偵:サッカー小僧の緒方(ぼく)と将棋名人の島崎の再登場作。余り、素人探偵を重ねて使う事のない作者にしては珍しいケース。もしや宮部みゆきなりの「ハリポタ」路線なのかもしれない。
今回の事件は、二人のマドンナであるクドウさんの従姉の殺害事件から、少女売春組織に絡めとられた心の闇に踏み込んで行くお話。いかにも現代的なテーマを、らしく描きこなしているところが、凡百のおじさん作家には真似の出来ない芸当。余り荒事の渦中には巻き込まず、それでいて中学生の視点から等身大の不安と有頂天と成長を活写している。ヤングアダルトはかくありたい。女性刑事のカナグリさん萌え!!


2002年12月31日(月)

◆昼前にふらふらと起き出し、二日酔のまま小掃除。既に「大掃除」は無理である。
夕方から、奥さんの実家に向う。紅白歌合戦を見ながらシャンパンにワイン、吟醸酒にビールなどを鯨飲。
ここ数日、アルコールの杭打ち状態である。中島みゆきが歌詞をとちるのを確認してからコンビニにアイスクリームを買いに出る。帰宅してアイスを食べ終わったあたりから記憶がない。ないんだってば。


◆「帰還」井上雅彦編(光文社文庫)読了
広済堂の出版撤退騒ぎで、光文社文庫に移籍した異形コレクションの第1巻。通算では16巻目。まさに「帰ってきた異形コレクション」である。巨匠から新人まで24人が「帰還」をテーマに奇想を競う。2002年読書を「帰還」で締めくくるのも洒落としては悪くない。
太田忠司「リカ」ペットセメタリーをもう一捻りしたファミリー恐怖ドラマ。巧い。
友成純一「地の底からトンチンカン」物語性と壊れ方のバランスが良い炭坑奇譚。この作者にしてはおとなしい。
小中千昭「You'd be so nice to come home to」遠すぎる家路。怖いのだが、怖すぎてお話になってない。
田中文雄「鏡地獄」同窓会を発端にしながら、余分なエピソードを盛り込みすぎ。本筋も陳腐。
安土萌「月夜にお帰りあそばせ」短い中にも壊れたロジックが美しい佳編。
山下定「リターンマッチ」出来の良いボクシング・ホラー。チャンプの返り咲きに乾杯。
石田一「復帰」映画ファンなら誰しもが夢見るテーマ。正直すぎて照れてしまう。
久美沙織「失われた環」おお、恥かしくなるようなロマンティックホラーだ。好きですう。
倉阪鬼一郎「骸列車」イメージ強烈。訳のわかんなさも強烈。
篠田真由美「赤い実たどって」理に落ちすぎ。
中井紀夫「深い穴」これも物語性と壊れ方のバランスが取れた作品だが、落ちが唐突かな。
北原尚彦「帰去来」ヴィクトリア朝風俗は勉強しているが、それだけ。話として成立していない。
早見裕司「アンタレスに帰る」語り口はお見事。固有名詞の扱いが「?」で逆転の快感は殺がれた。
江坂遊「帰缶」個人的にはこの作品のベスト。ラストシーンの美しさが光る不思議小説。題名は「a 帰缶」として欲しかった。
竹河聖「わたしの家」異形の<ホーム>ドラマ。充分に大人の鑑賞に耐える出来映え。見直した。
奥田哲也「ホーム」医師と石と遺志の奏でる星の物語。真っ直ぐにテーマに取り組んだ姿勢は買う。
五代ゆう「或るロマンセ」フリーク美術館。五代版の「豚島の女王」。カロリー高いぞ。
石神茉莉「竜宮の匣」新釈浦島。文格高し。まあ、それだけなんだけど。
牧野修「夜明け、彼は妄想より来る」痛さも訳わかんなさも極大。読者置いてけぼり。
飯野文彦「母の行方」なんとも強引なアイデアホラー。悪くないが、それにしても。
本間佑「星に願いを」歪んだ奇想ばかりの中の一服の清涼剤。君はどこに落ちたい?
藤田雅矢「世界玉」太陽系七つの秘宝っぽいが、なかなか異郷趣味はそそられる。
井上雅彦「空の縁より」意余って力足らず。技巧に走りすぎ。作者の悪い所がでた。
菊地秀行「帰還」骨太の海洋ホラー。ホジスンの翻訳と言われても信じる。やはりこの人は凄い。


2003年1月1日(火)

◆奥さんの実家でお祝い。雑煮は関東風にすまし仕立てである。朝から(というか殆ど昼に近かったが)酒を飲んでほろ酔い状態。昼から別宅と本宅の年賀状を回収。羊は可愛い絵柄が多くて宜しいですのう。そう考えてみると、自分の作った年賀状は、人殺しのネタばっかりで、年明け早々からなんなんだこれ?って感じだよなあ。夜は鍋で深酒。絵に描いたようなお正月である。購入本0冊。

◆「嘲笑う夜」マルツバーグ&プロンジーニ(文春文庫)読了
今年の初読みは、昨年度ゲテモノ・キワモノ翻訳シーンを驀進した文春文庫の話題作。かの読後即壁叩きつけ小説「裁くのは誰か?」のBBコンビの最初のタグ・マッチ。小さな田舎町を襲った連続女性殺しを多重視点で騙るサイコ・サスペンス。
人生一発逆転を目論む見習い記者のオタク青年、アルコールで身を持ち崩し今また馬からも見放された元舞台俳優、頭もココロも切れる治安官、それぞれに壊れた「容疑者」たちに、肉感的な未亡人と野心溢れる女性ジャーナリストが絡み、狂気は兇器となって、犠牲者たちを殴り付ける。
自分が殺した事を記憶していない殺人犯という掟破りの設定を70年代中盤に小説でやった冒険心は買える。映画化するならこの頃のブライアン・デ・パルマがベストマッチ。一発勝負の作品であり、恋愛感情が御都合主義に過ぎる(どうしてこんな男がいいのか良く分からん)ところはあるが、オタク青年の駄目文章が笑えたり、それなりの伏線が敷かれていたりするところにタッグの良さが出ているような気がする。折原一の偏愛に満ち溢れた解説も読み応えあり。ゲテモノ呼ばわりは失礼かもしれない。サイコ・ミステリの収獲として評価しておきます。


2003年1月2日(水)

◆奥さんの実家で関西風雑煮。白味噌仕立てが嬉しい。またしても朝から酒。
◆午後から、自宅に戻る。義弟殿に奥さんのパソコン一式を搬送・設置・調整までして貰う。妻に成り代わりまして御礼申し上げます。ありがとうございますありがとうございます。この御礼は必ず。
◆設置の途中でLANケーブルを買い出しにでかけたヤマダ電機にて、現役大リーガーの石井投手ご一行様をみかける。御近所に里帰りなのであろうか。木彩アナの小さい事小さい事。
◆義弟殿が未試聴との事だったので、Windowsのバージョンアップを行いながら「千と千尋の神隠し」のDVDを流す。途中で止められなくなって、そのまま夕食をとりながら、30分間にわたる予告編集成まで全てみる。「八百万の神様って英語でなんていうんだろうね」という疑問が呈されたので、字幕版で確認(「Gods & Spirits」と訳していた)。尚も、フランス語の吹き替え版に大笑いしたりと一組のDVDでこれだけ笑えりゃ元はとったよな。


◆「溺死人」Eフィルポッツ(創元推理文庫)読了
古典探訪。実は殆ど読んでいないフィルポッツ(ヘキスト)の中期作。今となってはこの人の功績はアガサ・クリスティーが駈け出しだった頃の良き理解者と言う事になってしまうのだろうか?日本では幸いにも乱歩の偏愛故に未だに相当数の翻訳が書店で買え、新刊まで予定されている作家だが、本国では古典マニアが買うだけは買ってあるというレベルの人ではなかろうか。
時は戦間期。英国の漁村ダレハムの浜で発見された「溺死体」を巡って、素人探偵である医師メレディスが、警察の見落とした事件の構図の齟齬を突いて、意外な真相に辿りつくまでを描いた作品。なんとも長閑な展開と悠然たる自然描写で読ませるが、黄金期の作品でありながら、まるでビクトリアンミステリを読んでいるかのような感触に捕らわれてしまう。いわば、このまま2、3編のホームズ譚に解体できてしまうプロットを、紡ぎあわせて無理矢理一つの長編に仕立て上げたという印象。
ただ、作者なりの殺人と正義に関する論考が異色であり、この頃の真面目な推理作家の頭の中を覗けるという意味では、極めて有意な物証。こういった実作を引きながら「大量死論」でもなんでもやって頂きたいものである。おそらく、東京創元社が80年代になってこの作品を新訳したのも、その意義を買ったからではなかろうか。古いのが好きな方はどうぞ。


2003年1月3日(木)

◆朝、パンの買い出しに出かけたついでに新刊書店で1冊。
「探偵術教えます」Pワイルド(晶文社:帯)2000円
今年の初買いを古典の翻訳で始められる事を寿ごう。
クライブ・バーカーの新刊が平積み状態。「アバラット」なる4部作ファンタジーの第1巻。煽りでは「ディズニー映画化決定」「『指輪物語』を凌ぐ」らしいが、分量で凌ぐのは何もバーカーが最初という訳ではあるまい。封筒に入った地図が「御自由にお取りください」状態だったので、話のネタにゲット。バーカーの長編は、なかなか手が出せず買うだけに終わっているが、このシリーズも文庫落ちを待つんだろうなあ。
◆午後から関東地方北部は雪化粧だそうだが、千葉では雨。奥さんとアレコレ買い物にでかけて、女性の買い物の神髄を見せてもらう。とにかく選ぶだけ選んで買わないのである。いやあ、良く歩いた歩いた。途中で一矢報いておく。
「小説 ウルトラマン」金城哲夫(ちくま文庫:帯)840円
なんと読みでのない本であろうか?しかし10年後には、宇宙船文庫のような高値がつきかねない本だと思い買う。
よれよれになって帰宅すると通販で買った本が二冊届いていた。
「別冊シャレード67号 山沢晴雄特集6」(甲影会)
「別冊シャレード71号 天城一特集7」(甲影会)
合わせて買ったので3100円。どこまでが発送費なのかがはっきりしない叢書である。山沢特集6は、砧探偵登場作以外を集めた第二短篇集。これはお買い得と言って良い。天城特集7は、原型短篇や再録の嵐でいささか「末期ロック現象」を呈しているが、まあなければないで本棚が寂しく感じる本。考えてみれば、既に双方の特集に日影丈吉全集1巻分のお金を費やしている訳で、これはこれで「壮挙」というべきか。
◆夜は教育テレビの恐竜スペシャルと、総合テレビの鬼束ちひろの両方を録画しながらNHK三昧。鬼束ちひろの天才性を光らせる手堅い作りは、さすがNHK。恐竜の方は、BGMがポップに過ぎ、俗っぽい印象を与える。CGの使い回しも鼻につくが、東京の街を行くセイモアサウルスの映像には爆笑。結局夜中の1時まで見入ってしまった。正月だねえ。


◆「自殺じゃない!」Cヘアー(国書刊行会)読了
引き続き古典探訪。長らく翻訳が待たれていたヘアーの初期作。既に名探偵の限界を悟ったかのような構成の妙で読ませるアクロバティックなリーガル・フーダニット。
マレット警部が旅先で知り合った老人が翌朝睡眠薬の飲みすぎで死んでいるのが発見される。誰しもが自殺と判断した事件に対し、保険金が降りなければ破産するしかない遺族達が異議を唱え、素人探偵団となって、逗留客の身元改めと「事件」の背景をほじくりだそうとする。素人探偵のドタバタぶりと二転三転するプロット、そして余りにも意外にして皮肉な犯人像が、鮮烈な読後感を醸す。
最後の最後まで読者を欺きぬこうとする二枚腰ぶりを見につけ、法廷ではこの作者とは相対したくないものだ、という感慨が湧く。どうしても日本では「法の悲劇」の重厚さばかりが評価される傾向があるが、このミステリらしい稚気を楽しまずして、真にヘアーの魅力に触れたとは言えまい。また、名探偵を、一旦表舞台から退場させておいて、真相へのアクセスを遮断する手法は、クロフツなどでもよく用いられるものではあるが、探偵の道化ぶりもあしらいながら、実にエレガントに使いこなしているところが流石である。この部分の手際だけでも一読に値すると言って過言ではない。やはりこの作家については全作翻訳紹介を希望したい。


2003年1月4日(土)

◆明方まで、本の雑誌の原稿。毎回難産が続いているが、今回も青息吐息。だって最近これといった古本買ってないんだもん。なんとか第一稿を仕上げて一週間ぶりのゴミ出しをしてから仮眠。と思ったら昼まで寝てしまった。すっかり身体が正月に順応してしまっている。明後日から社会復帰できるのであろうか?
◆あ、ガンダムSEED、録画し損ねたあああ!!!し、しまったあああ!!!30分前倒しの特別編成であることは覚えていたのに、チャンネルを間違えたああああ!!この、かすう!!
◆奥さんから「日記をかかないと余裕があるねえ」としみじみ言われる。その通り!!私にとって「休日」とは、会社が休みの日をいうのではない。「日記を書かない日」の事を言うのである。えっへん>自慢にならんぞ。


◆「探偵術教えます」Pワイルド(晶文社)読了
まだまだいくぜ古典探訪。でも新刊。いやあ凄い世の中になったものである。実は「検死裁判」も読んでいない身の上としては、まとめてワイルドを読むのはこれが初めて。
通信教育で探偵術を勉強中の無学なお抱え運転手が、次々と持ち前のトンチンカンで難事件を破壊していく過程を描いた爆笑推理コント集。全てを、主人公モーランと通信教育担当警部との書簡と電報で綴った手法は決して珍しいものではないが、モーランの無学ぶりを表す綴りのミスがニヤニヤを加速して、知らぬ間に作者のペースに載せられてしまう。また、文章のくどさや稚拙さも、最初は抵抗感があるが、徐々に「味わい」に転じてしまうあたりに作者の計算され尽した技巧を感じる。
読み物としては、モーランの天真爛漫が光る初期作の「尾行術」と「推理法」が好み。二作でパターンを確立するや、3作目からはその勝利の方程式を自ら崩していく潔さも、ミステリで食ってない人間の余裕であろうが、偉大なるマンネリを愛する者としては、もう少しモーランをオルメス並みに突っ走らせて欲しかったような気がしないではない。既存の名探偵たちを笑い倒す「消えたダイヤモンド」や、仕掛の妙で全編を締めくくる「指紋の専門家」も悪くはないがモーランが脇に回ってしまったのでは痛快さに欠ける。唯一「脅迫状」事件がモーランを脇で狂言廻しに使いながら、物語としての爽快感を維持出来ているような気がした。
それにしても、ワイルドってこんなに面白かったのか。これは未訳の長編も読んでみたくなった。>その前に「検死裁判」読めって。