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2002年12月28日(土)

◆午前中は、ひたすら日記。昼から、図書館に本を返しがてら、正月に読む本を調達しようとしたら、既に昨日で年内の営業を終わっていた由。とほほ、悪い事はできないものである。仕方がないので、これ以上先延ばしに出来ない年賀状の宛名書きに励む。奥さんは<宛名なんか書きたくないよう、折角の休みなんだかから遊ぼうよう>病を拗らせていたが、無理矢理、お仕事モードに突っ込む。途中で、「空から降る一億の星」の一挙再放映が本日最終回というので、BGVがわりに垂れ流す。まともに見ていなかった番組だったので、「あれ?井川遥様はどうなったの?」「うーん、どうやら既に死んじゃってるみたいだよお?」「やられキャラだったんじゃない?」と夫婦でトンチンカンな合いの手をいれながら眺めていると、話がどんどんベタな愁嘆場に縺れ込んでいく。そして救いようのないラスト&間延びしたエピローグ。うひゃあ、こりゃ堪らん。リアルタイムで見てなくてよかった。「こういうのは2時間ドラマかなんかで、ぴしっとまとめて欲しいよね」と奥さん。異議なし。
◆購入本0冊。
◆「マークスの山」は、笑えます。いい感じです>私信

◆「なかよし小鳩組」荻原浩(集英社)読了
「オロロ畑でつかまえて」で、ド田舎の青年団と三流広告代理店の面々が企んだ掟破りの村おこしプロジェクトの顛末を小気味よく綴った作者の第2作。何と、あの「ユニバーサル広告社」が帰ってきているではないか!これは嬉しい驚き。「オロロ畑」のラストシーンで、明るい展望が開けたように思えたので、再会はあるまいと思っていたら、なんのなんの、しっかり我らが「ユニバーサル広告社」は更なる累卵の危うきの上で貧乏を拗らせていたのである。こんな話。
今また「ユニバーサル広告社」は、存亡の危機にあった。唯一のクライアントが失われたのを見計らうかのように、持ち込まれた大仕事。それは「『小鳩組』のCI」であった。「まさか、ヤクザじゃないでしょうね」という冗談は、最初の打ち合わせで凍り付く。その「まさか」なのである。インテリ舎弟・鷺沢の話術と、コワモテの幹部たちの威圧感は、口先三寸の代理店稼業に「No」を言わせない。そして、ユニバーサル広告社の仁義なき戦いは始まった。恫喝するスキンヘッド、絡めとられる関西人、女性事務員の逆襲、へちまと瓢箪。アルコールとヤニに埋れたコピーライター杉山が、転がり込んだ愛娘との短い交感で得た天啓とは?一発の銃声とともに、鳩よ、羽ばたけ、「頂上」を目指して。
笑わせどころも泣かせどころも心得たユーモア小説の佳作。そして、うらぶれた中年男が自分を取り戻す「成長小説」でもある。恐怖と笑いを適度にシャッフルする手際や、絶対絶命のピンチと御都合主義的お約束の按配も絶妙。情けない男どもに対して、女性陣が元気いいのはいつもの荻原節。杉山の娘・早苗のがらっぱちぶりや、別れた妻の気丈さ、誇り高きお茶くみ娘・猪熊のつっぱりに、「女はつええや」と嘆息すること請け合いである。なるほど、アイデアとしては「唐獅子株式会社」の一編であったとしても不思議でないが、広告代理店側から描いたところが功績であり、おそらくはその筋の方がお読になられても腹が立たない仕上がりになっているような気がする。小説というのは斯くありたい。お蔭様で、昼間見た「空から降る一億の星」の後味の悪さをすっきりと拭えた。御勧め。

◆以上を持ちまして、2002年の日記はうちどめ。本年も長々とお付合い頂きありがとうございました。
なお、少し気は早いですが、2002年の猟奇の鉄人ベスト13も発表しておきます。トップページからお入りください。
では、皆様、よいお年をお迎えください。

さあて、ここからは年末恒例のサイバー・ストーカー企画。結構面倒くさいので知らん振りしちゃおうかとも思いましたが、まあ、楽しみにされている方もいらっしゃるようなので(どこにだ?)一応やっておきましょう。

ぱんぱかぱーん、ぱんぱんぱん、ぱんぱかぱーん
猟奇の鉄人恒例、年末特番、ネット追っかけ企画!!
「2002年、あのネットの『未読女王』エラリアーナさんは何冊のミステリをお読みになられたのか!?」

風読人掲示板、みすべす掲示板、Enigma掲示板、茗荷丸掲示板の過去ログから判断致しますところ、確実に読了報告がなされているのは、以下の8冊です。

「血みどろ砂絵」12月5日
「黒いトランク」10月29日
「黒蜥蜴」9月29日
「その死者の名は」9月24日
「ソルトマーシュの殺人」9月6日
「白い僧院の殺人」6月18日
「さらば、愛しき鉤爪」2月26日
「第三の銃弾」2月15日

そして、それ以外で読書開始乃至経過報告があったのは

「踊り子の死」12月下旬〜
「くらやみ砂絵」?12月頃〜
「壜の中の手記」?11月頃〜
「家蝿とカナリア」10月頃〜11月?
「学寮祭の夜」3月頃〜7月?
「第四の扉」6月頃

アルテの「第四の扉」は、このミス絡みで思いっきり貶しておられたので、おそらく読み終わられたものと思われます。一方、セイヤーズは途中で投げ出された公算大。なめくじとカーシュは短篇集なので今もぼちぼち読み進んでおられる可能性が大きいです。問題は「家蝿とカナリア」ですが、10月か11月の北ミスの(自ら推した)課題本なので、幾らなんでも読み終わっておられそうなのですが、それにしては正式な読了報告がございません。あの方の性格から言って絶対に読み終えられたら報告がありそうな本なのですが、ううむ、謎です。

他に、年明け早々「女彫刻家」の題名が上がっていましたが、どうだったのかな?

以上を総合して、当サイトとして2002年のエラリアーナさん読了本の冊数を推定しますと、今年は少なくとも9冊、最大で11冊という数値を認定したいと思います。
つまり冊数としては昨年(6冊)よりも5割から9割アップというところですね。はい。この右肩下がりの御時世には信じられないアップ率であります。
それにしても3冊読まれた国内作品が「黒蜥蜴」に「黒いトランク」に「血みどろ砂絵」とは、名作中の名作。読了本に占める傑作比率の高さは、他のネット書評家の追随を許しません!!是非来年も「傑作しか受け付けないゴージャスな読書遍歴」を我々多読バカに見せ付けて下さる事を期待してやみません。
どうか、各掲示板の管理人の皆様、心安らかに頑張ってください。


2002年12月27日(金)

◆御用治め。さあ、休みだ!休みだ!!購入本0冊
◆「オーデュボンの祈り」の感想書きました(日記12月22日・23日御参照)
◆みすべすのともさんに「恥かしベスト」にご参戦頂きました。
『心のなかの冷たい何か』若竹七海
『名探偵は千秋楽に謎を解く』戸松淳矩
『大暴走』船知慧
『ノヴァーリスの引用』奥泉光
『処刑軍団』大藪春彦
『妖棋伝』角田喜久雄
『ドーヴァー2』ジョイス・ポーター
『氷結の国』ギルバード・フェルプス
『英雄の誇り』ピーター・ディキンスン
『怪盗ニック登場』エドワード・D・ホック
『彼らは廃馬を撃つ』ホレス・マッコイ
『罪ある傍観者』ウエイド・ミラー
『のっぽのドロレス』マイクル・アヴァロン
『水平線の男』ヘレン・ユースタス
『キャンベル渓谷の激闘』ハモンド・イネス
『北極基地・潜行作戦』アリステア・マクリーン
『この荒々しい魔術』メアリー・スチュアート
ううむ、これでは全然恥かしくございません。読んでなくて当り前の本が多すぎます。それほどに、いわゆる「読んでおくべき作品」は押えておられるという事なんでしょうね。お見事と申し上げておきます。マニアは結構歪な性向を持っているので(というか、歪な性向をマニアと称するのかもしれませんが)ともさんは、このお遊びには徹底的に不向きなのでしょう。もっともベスト集から探すのではなくて、逆に文庫化されていないビッグネームの作品から未読のものを挙げていけば、それなりに笑えるものができるかもしれません。とりあえず、ご参戦ありがとうございました。

◆ちゅうわけで、此の辺でそろそろ集計に入りたいと思います。

日記で参戦の黒白さん、ともさんを入れて計12人の方にご参加頂きました
「輝け!第1回<読んでないと恥かしいけど、実は読んでいないミステリ>大賞」
別名「第1回<必読&未読、恥かしくて人に言えない=ひみつ読ミステリ>大賞」
その受賞作は、投票者の三分の一を集めましたこの作品に決定いたしましたああ!!

ウィルキー・コリンズ「月長石」!!

古典の中の古典であるという歴史性、
常に現役本でありつづけるタフネスぶり、
もともとは文庫本で上下巻だったというトンデモない分厚さ、
そして読む者をふかーいふかーい眠りの国に誘う退屈さにおいて、
他の推理小説の追随を許さない作品と呼んで過言ではないでしょう。
まさしく「究極のHundrum」にして「紙で出来た枕」「百年の積読」!
今回、あえてこの作品の名前を出されなかった投票者の方々の中にも、実は読んでおられないの方は多いのではないでしょうか?

ウイルキー・コリンズさん、おめでとうございます!!
そして、いつまでもこの作品を出し続けていてくれる東京創元社さん、本当にお疲れ様でございます。どうぞ「第1回<読んでないと恥かしいけど、実は読んでいないミステリ>大賞受賞!」「<ひみつ読ミステリ>大賞受賞!」帯をつけて拡販にお勤めください。

尚、次点で3票を集めたのは「大誘拐」「十三角関係」「男の首」「ドグラマグラ」「点と線」「さらば愛しき女よ」「幻の女」「マルタの鷹」「殺意」「黒死館殺人事件」「黒いトランク」の11作でした。中では「十三角関係」が読めない時期が長かったのでやや異色ですが、その他は、まさにエバーグリーンと呼ぶに相応しいラインナップ。第1位の「月長石」と合わせて「読まれざる<黄金の12>」と呼ぼうではありませんか!!

以上で、年末突発へそ曲り自爆企画を終わります。ご協力ありがとうございました。


◆「ロミオとロミオは永遠に」恩田陸(早川SFシリーズJコレクション)読了
「さあ、みんな!恩田陸が読みたいかあ?!」
「おう!」
「そうそう、そうこなくっちゃいけない。今年は何と彼女のデビュー10周年なんだ。そう言えば、新潮文庫の『六番目の小夜子』は昔、品切れでねえ。あの作品はファンタジーシリーズの中でも本当に入手困難だったんだ。ところであれを企画したのが、当時は新潮社にいた大森望だったってことは知ってるかなあ?え、そんな昔の事はどうでもいいから10周年記念作品の事を喋れてってか?駄目だなあ、温故知新だよ、古い皮袋に新しいお酒をいれるのが、ぱくりの陸さんの本領じゃないか。昔を舐めちゃだめだ。『陸のりはパクリのり』だよ。うん。
「さあて、Y2Kを挟んで1年半に渡ってSFマガジンに連載されたのが、このお話さ。メインテーマは、作者もいってるが『大脱走』だ。スティーブ・マックイーンだねえ。でも、中味の方はマンガの『要塞学園』と『国民パズル』をそっくり頂いてるところが、さすがだねえ。つまり『大脱走』と言っておいたり、各章の表題に有名作品の題名を頂いておけば誰もがそちらに気を取られるって訳だ。でも、手品師が右手で何かをしている時には左手を見てなくっちゃ。手品師が何かを入れる動作をしたら、それは取り出すためだと思わなくっちゃ。世知辛いってか?甘い甘い、そんなこっちゃ、大東京学園では生き残れないよ。さあ、それじゃあ、サブカルチャー満載のノンストップ学園ものを充分に堪能してくれ!みんな無事成仏できる事を祈ってるよ!オリジナリティーはともかく、面白さは塩澤編集長の保証付きだからさあ。」


2002年12月26日(木)

◆牧人さんのサイトが卒論からの現実逃避で発作的に更新されていたのにも驚いたが、そこで某オフ会にMasamiさんが出席されていたらしい事が判明して更に嬉しい驚き。5月に風邪で沈んだきり、サイト(というか掲示板)の更新が停まっていたので、少し心配していたのである。いやあ、よかったよかった。
◆そろそろドハティーの11月刊、12月刊の新刊を買っておかなきゃと、Amazonを叩いていたら、8月に「The Gate of Hell」なる、2003年3冊目の新刊が出る事を知る。おお、なんとなく題名の響きがアセルスタンものっぽいぞ。わくわく。
で、まさかと思って念のためC.L.Grace名義で、検索したところ、こちらのキャサリン・スワインブルックものも2月にシリーズ第6作となる新刊が出る事が判明してしまう。うへえ、こりゃあROMの116号のリストに入れ損ねたなあ。英米系の作家は寡作=良心的という構図は、ことドハティーに関しては成立しませんのう。いや多作で良心的であって、決して多作で書きなぐりという訳ではないですよ。
◆雑誌を中心に新刊買い。
「ジャーロ 10号」(光文社)1500円
「ミステリマガジン 564号」(早川書房)840円
「SFマガジン 562号」(早川書房)890円
「SF Japan 6号」(徳間書店)1800円
「本格一筋六十年 想い出の鮎川哲也」山前譲編(東京創元社:帯)1500円
はあ、これにメフィストも出ていたのだが、雑誌だけで万札切る事に躊躇してしまい、今日のところはスルーする。
「ジャーロ」では季刊な分、鮎哲追悼特集あり。鮎哲が愛してやまなかったコニントンあたりを新訳紹介してくれれば、翻訳ミステリ雑誌として認めてもよいのだけど、お約束の追悼文書が並び、EQに掲載された実作を再録しているだけ。昔の探偵小説雑誌みたいな安易さである。一応「二つの標的」は光文社文庫の品切れ本「貨客船殺人事件」のみの収録作でしたっけ?小説では、マラーとプロンジーニの夫婦合作短篇が目玉かな?巻末のイタリアミステリ映画特集は素晴らしい出来映え。こういう特集があるから、この本はやめられない。また、JLブリーンの「ミステリ書評考」が、ブリーンクラスの大家ならではの見識が示されていて吉。褒める一方の評論しか書かない人は必読。
「HMM」はクリスマス・ミステリ特集。なぜか、こちらでもマラーとプロンジーニが載っているが、お互い単独作。シンクロニシティーですかね?
「SFM」はバクスター特集。先月号の気の抜けたディック特集に引き換え、充実のラインナップ。小特集のスタトレもいい感じ。初代とTNGの100話程度しか見ていない中途半端な視聴者であるが、これは積録作品を引っくり返したくなった。
「SF Japan」は海外の著名SFの題名のみを頂いた日本人作家の書下ろし短篇が並ぶ。趣向としては大変評価するが、例えば森奈津子の「たったひとつの冴えたやり方」なんぞはティプトリーJr.のファンが読んだら怒り心頭なのではなかろうか?あと、火浦功がひどい。幾ら内輪受けに寛大なSF村の読者でもここまで舐められて黙っているかな?どう、ひどいかは立ち読みして下さい。立ち読みで充分です。企画としてはいかにもパクリの陸さん向けで、「血は異ならず」や「盗まれた街」あたりを期待したいところだったが、山田正紀との対談のみの登場。残念でした。
鮎哲の追悼文集は、同人誌のみの出版であれば、後の世になってとんでもない値段がつく所だったろうが、商業誌として出して貰えてハッピー。膳所善造=川出正樹という知ってる人は知っている事実が大っぴらにされていたりして。
ああ、本を買った日は日記が楽だ。


◆「ケイティ殺人事件」Mギルバート(集英社)読了
20年前にプレイボーイ・ブックスの1冊として単行本で訳出され、その後も文庫落ちしていないギルバートのヴィレッジ・フーダニット。以前から、その帯の煽りの凄さで知られている(というか、私がネタにしている)作品。曰く「英国ミステリ界の重鎮M・ギルバートが放つ会心の本格推理!」ここまでは許そう。問題はその先だ。「テームズ川上流で一人の少女が殺された……『アクロイド殺人事件』『ギリシャ棺の秘密』と比肩される傑作!」一体、どこで比肩されていたのであろうか?こんな話。
テムズ川に面した街ハニントン。近傍の町を襲った夜盗事件への警戒を強化しながらも、その実、起きる犯罪といえば自動車絡みの事件や悪戯が関の山といった普通の田舎町。だが、街を挙げてのダンス・パーティーの夜、凶悪な殺人事件が勃発してしまう。街の出世頭で、その美貌と機知を武器に全国的人気を誇っていたテレビタレントのケイティが、川縁のボートハウスで撲殺されてしまったのだ。中央から派遣されたノット警視正は、手際よく事件を片付け昇進ポイントを稼ぐべく、事件の数日前に被害者と大喧嘩をした男友達ジョナサンに容疑を集中していく。だが、スコットランド生まれの純朴な巡査イアンは、有名人たちの世間を憚る醜悪な秘め事にこそ、真相が隠されているものと、独自の線を追い始める。退役軍人に詮索好きの老人、名士にメイド、女優に信奉者、少年たちと新聞記者、どこまでもクリスティー的な街を汚染した悪の権化の正体とは?果してイアンは被告を救う事ができるのか?
典型的なコージーミステリの舞台を用いて、少年ものや法廷ミステリの要素も加味しつつ、サプライズに拘った作品。街の家族たちの書込みが鮮やかで、僅かな登場場面しかない端役にもしっかりしたキャラクターづけが施されているところがさすが重鎮の仕事である。反面、探偵役が多すぎる印象があり、誰に感情移入して読むべきか、やや戸惑いを覚える。すとんと落すような幕切れは評価の分かれるところである。黄金期ミステリの現代への移植を試みた実験作ではあるが、フェアかアンフェアかを問われれば、アンフェアと答えざるを得ない。とりあえず古典のファンは読んどけ、読んどけ。


2002年12月25日(水)

◆大阪日帰り急ぎ旅。
◆クリスマスだと言うのにこれといって見たい番組がない。仕方がないので録画しておいた「天才、柳沢教授の生活」の最終回を視聴。「結婚」という出会いの不思議を4組のカップルの姿を通じて描いた快作。思わず涙目になる。
個人的には10月改編の中ではこの作品が一番ツボだったのだが、視聴率的にはふるわず、全11話の予定が、一話カットされた由。阿呆なバラエティー特番を流すぐらいなら、カットされた分を作って欲しいものである。


◆「Legacy of Danger」Patricia McGerr(Luce)読了
一ヶ月ぶりに原書読了。これならば、フクさんとかぶる気遣いはあるまい。探偵を探したり、被害者を探したりという一風変わった設定のミステリで読ませるパット・マガーが作り出したシリーズ・キャラクターというのは、これまた一味変わっている。始祖ポー以来150年に渡り数多く創造された名探偵の歴史の中でも、「未亡人の女スパイ」という設定は珍しいに違いない。彼女の名はセレナ・ミード。この連作長編以外にもう1編の長編で活躍する(らしい)。加えてこの作品は、幾つもの短篇を並べて長編に再構成しているところが、大変ユニーク。セレナと夫サイモン・ミードとの出会いと死別、更には彼の遺志を継ぐ形で世界各地を股にかけて活躍する彼女の冒険譚は、元々夫々に独立した短篇として雑誌に発表された作品。二つの事件を一つの長編にカップリングするというのは、聞かないではないが、こういうパターンは他に例を知らない。「ただの連作じゃないの?」とおっしゃる向きもいらっしゃるかもしれないが、この作品(集)が徹底してしるのは、章毎に題名がないところなのだ。なにもここまで無理して長編化しなくても、と思うのだが、一体どのような事情があったのか?出版社との間で長編作品を約束してしまったのか?はたまた「短篇集は売れない」という業界常識でもあって、それに順じたのか?謎である。
セレナ最初の事件は、冷戦下のベルリン空港で、ドイツ人スパイから押し付けられたマッチ箱を巡り東側諜報員との命懸けの駆け引きを繰り広げる。この事件で、西側諜報員サイモン・ミードと知り合ったセレナは、世界を股にかけた実業家である父と社交好きの母親の決めた婚約者を袖にして、スパイの妻としての人生に身を投じる事となる。
第二の事件では、そのサイモンが殺害されてしまい、その同僚ヒュー・ピアスに誘われる形で、情報を流すスパイを炙り出し、自分自身が秘密組織Qの一員として夫の遺志を継ぐ事を決意する。
以降、セレナが家族ぐるみで付合ってきた某国の元国王の暗殺計画を阻止したり、
カリブからの亡命者の身柄を無事確保したり、
某国の元首のスケジュールを探り当てたり、
著名物理学者のジュネーブ行きが亡命準備か否かを探ったり、
飛行機で隣り合わせになったスパイの鞄を合法的に当局に渡したり、
モロッコで殺害された連絡員の暗号を解いたり、
アジアの国の大統領暗殺の真犯人をつきとめたり、
歌手に化けてナイトクラブでの情報受け渡し法を喝破したり、
病死した首相の死亡時間を明らかにして一国の赤色化を阻止したり、
仮面舞踏会での亡命を手助けしたり、と獅子奮迅、八面六臂の活躍を演じる。
途中何度も、諜報員を止めようと決意しながら、ヒューの誘いについ乗ってしまい、葛藤するセレナであったが、インサイダー疑惑に晒された父親の苦境を救うために、Qのメンバーの力を借り、最後はヒューとの再婚に踏み切るのであった。
一編一編は、小味なアイデア・ストーリーで、荒事やお色気ではなく知力と驚異的観察力で勝負するセレナの手法は、諜報員というよりも、ミス・マープルに近い印象を受ける。危なっかしい若奥様の諜報ぶりは、ル・カレやラドラムの描く大人の世界からは程遠く、ユーモラスな推理パズルの域を出ない。まあ、こういう世界があってもいいか。スパイものは絶対に受け付けないという、本格マニアに最適と申し上げておきましょう。


2002年12月24日(火)

◆買いそびれ本を1冊。
「水谷準集 お・それ・み・を」日下三蔵編(ちくま文庫:帯)1300円
ちょっと買いそびれている間に帯付き本を見掛けなくなった。帯こだわりで探しているうちに店頭では本自体を見掛けなくなった。第2期の5巻のうちでは、この本が一番見掛けないような気がする。こういう場合は、ネット書店で買うのがお作法なのだろうか?ちくま文庫恐るべし。水谷準の本を本屋で買ったのは、例の春陽文庫の「殺人狂想曲」以来だが、それ以前となると、、、ないよ!おい。全部古本だよ。考えてみれば凄い事である。
ちくま文庫の棚を集中的に探していた関係で、同文庫のディケンズやら、山田風太郎の明治小説集に重版が掛かっていた事を知る。「出たら買っとけ」と言われるナマモノ扱いのちくま文庫でも、ものによっては重版される事もあるのね。
◆八重洲ブックセンターで奥さん用のプレゼント本を買って帰る。人に本を贈るのは楽しい。帰宅してクリスマスのご馳走を頂き爆睡。
これだけでは愛想がないので、昨晩見たクリスマス映画の感想でも書いておこう。
昨晩、さしたる期待もせず、BSで放映していた映画「クリスマス・キャロル」(1970年版)を視聴。なんと、苦手なミュージカルだったのだが、他に見るものもないので、BGV代わりに垂れ流していたところ、30分を過ぎて亡霊の登場シーンになる辺りから俄然ノリが良くなる。おおお、面白いではないか、この映画。「12月25日」とか「ありがとう」とかいう元気のいい唄が印象に残る。
主演のアルバート・フィニィはミステリ好きとしては「オリエント急行殺人事件」のポアロ役のイメージが強烈だったのだが、当時から本人は全然ポアロとはかけ離れた風貌だと聞いていた。なるほどこの作品でも単純なメーキャップで見事に若者と老人を演じ分けている。凄い、凄い。アレック・ギネスが飄々と亡霊役を演じているのもの愉しい。ううむ、録画しておけばよかったかも。


◆「左ききの名画」Rオームロッド(社会思想社ミステリボックス)読了
80年代の英国産絵画ミステリ。渋いセレクションの多いミステリボックスだが、この作家も知る人ぞ知る本格派。時代的には英国「新本格」とでも呼ぶべきクラスに相当するのかな?古典は藤原編集長がバリバリと開拓されておられるのだが、ディヴァイン、バーナード、オームロッド、ロイ・ハートてなあたりを紹介してくれる出版社はどこぞにないものであろうか?いやあ、惜しい出版社を失ったものである。
この作品はオームロッドの中ではスタンド・アローンの作品。なるべく、更で読む事を御勧めするが、いわば、弁護士の女房に頭の上がらない冴えない写真家のお父さんの一発逆転のドラマである。

自分よりも多忙で稼ぎの良い女房と我侭な息子に倦んだ写真家トニー・ハインは、ふと父から譲り受けたお祖母さんの絵を西洋アンティーク鑑定団に持ち込む。すると、美貌の美術コンサルタント・マーガレットは、その絵がフレデリック・アッシュという著名画家の作品であると断定する。今までお祖母さんが描いたとばかり信じていたトニーは大慌て。19世紀初頭に僅か数枚の絵を残して夭逝した画家の7枚目の作品の発見に色めき立つマーガレットは、トニーの家庭崩壊を決定的なものにして、トニーとともにまだ存命していたトニーの祖母アンジェリーナの元を訪れる。そこで語られる衝撃の過去。そして計87枚の画の真贋を巡り、命を賭けた争奪戦が勃発する。暗躍する闇の事業家、死を賜る老女たち、燃え上がる野心、果して、左ききの画家は誰?トニーよ、愛を取り戻せ。
うわあああ、やられたあ。よくある絵画ミステリだとばかり思っていたら、完全に作者に踊らされた。作品そのもののパターンをミスディレクションに用いた天晴れなフーダニット。そして中年男の再生のドラマである。これは、おじさん、元気が出ますよ。うんうん。コン・ゲームのオマケもついて、最後の最後まで楽しめる事請け合い。意地の悪い英国ミステリの収獲としてご推薦しておきます。


2002年12月22日(日)・23日(月)

◆22日は、日記を書き上げてから、年末恒例となった「例の調査」のために、延々4つの掲示板を調査する。調査結果は今しばらくお待ちください。
◆夜はシャンパンとワインを下げて、奥さんの実家でお食事会。痛飲する。購入本0冊。
◆23日は半日、二日酔でぶっ壊れていたが、幾らなんでもそろそろ年賀状を作らねばなんめえ、と1年ぶりにスキャナーを接続する。スキャナーとプリンタが年賀状製造機と化して久しい。スキャナーはともかくプリンタと繋いでないというのは、ある意味凄い事かもしれない。ところが、ADSLに接続するために、あれこれ設定を弄ったせいか、スキャナーが動いてくれない。ひいこら云いながら設定を戻すと、今度はPCカードをパソコンが認識しない。ぐはあ、もう、いい加減にしてくれえ!!ああでもない、こうでもないと設定を変えてはパソコンを再起動する事10回、漸く、訳が分からないながらもスキャナーが動き出す。機嫌を損ねないように、素早く年賀状用の書影を取り込む。来年の干支にちなんで取り込んだのは以下の書影。
「羊たちの沈黙」トマス・スミス
「黒い羊の毛をかれ」デヴィッド・ドッジ
「Lamb to the Slaughter」ジェニファー・ロウ
「刑事くずれ/牡羊座の兇運」タッカー・コウ
「屠所の羊」A.A.フェア
「ラム君、奮闘する」同上
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」P.K.ディック
うーん、どうも余り羊にとってめでたい題名じゃないような。昨年にも増して年賀状に相応しくない絵柄が並ぶ。辰・巳・午と続けてきた書影シリーズも限界かな?
◆で、今度は別宅にパソコンを持ち込み、これまた1年ぶりにプリンターと接続。途中でカラーインクが切れ、買い足しに行くと、4年前にスキャナーやらプリンターやらデジタルカメラやらホームページビルダーなどの器材一式を揃えた上新電機が閉店セールをやっていた。文字通りの閉店らしく、7階建てのビルで営業しているのは3階まで。マイクロソフトのソフトまでオール半額なのは結構だが、肝腎のプリンター用インクは品切れ。おいおい、この時期にプリンターのインク切らすとは、商売やる気あんのかい?あ、ないんでしたね。すみません。
◆ホームセンターでプリンター用インクを探し出し、しこしこと印刷を再開。締めて、年賀状を刷るという作業に要した時間、8時間。高度情報通信時代に何をやっているのだろうか?と思いながらも、オリジナルな年賀状を創るってのはそれなりに楽しいんだよなあ。


◆「太陽の簒奪者」野尻抱介(早川SFシリーズJコレクション)読了
ショート感想。短篇版がSFマガジン読者賞に輝く、Jコレクション第1回配本。野尻版の「科学的に正しい『コンタクト』」である。非常に端正な仕上がりで、古典的なテーマに新しい知見を盛り込んだ快作。派手な部分は何一つないにも関わらず「真っ当なSFを読んだ」という満足感に浸れる事請け合い。ジョディ・フォスター役(?)のヒロイン像も我が国の誇りである。個人的には、本年度の読了エンタテイメント作品の主演女優賞を御進呈したいぐらいである。SFが好きになりたい人に御勧め。

◆「オーデュボンの祈り」伊坂幸太郎(新潮社)読了
「孤島ミステリ」というジャンルがある。外界と遮断された閉空間の中で、限られた登場人物たちが死と探索のドラマを繰り広げるという様式である。魔術的領域にまで技術進歩を遂げた科学捜査を排し、文科系にもやさしいお話作りができ、消去法や帰納的推理にも適していることから、金田一少年などでもよく用いられる。「そして誰もいなくなった」から「オイディプス症候群」「髑髏島の惨劇」に至るまで推理作家たちは様々な趣向を凝らして自分なりの孤島を描いてきた。そんな孤島ミステリの中でも、極めて異色な作品がこれ。まさに、突然変異としか呼びようのない並行進化の書である。オーストラリアの有袋類たちが、見掛けの形態は哺乳類に似ていても、別の種であるように、これもまたミステリとは別の種なのかもしれない。こんな話。
それは、宮城沖に浮かぶ歴史から忘れられた封印の島。会社を辞めて、人生から逃げ出した「僕」はコンビニ強盗にもしくじった揚句、事故に遇い、気がつくとその島にいた。そこで出会った不思議なかかし優午は、人の言葉を喋るばかりか未来までを予言する。何でも屋のペンキ職人、妻の死以来決して本当の事を言わなくなった画家、座りきりの陽気なデブ女、地面に耳を着けて鼓動を聞く少女、凛とした清楚と崩れた親密を体現する美貌の姉妹、任務に忠実な郵便屋と死を看取る事を生業とするその妻、そして悪しきものを本質直感と拳銃で裁く詩人、奇妙に閉じられた鎖国の島に、破壊と死が訪れる。被害者は優午。果して誰が何のために優午を死に至らしめたのか?そして、平和な島に欠けているものを埋めるのは誰?今、究極の悪意が絶滅の島に迫りつつあった。
「なぜかかしを殺すのか?」という謎はカーの「月明りの殺人」にも出てくるが、こちらのかかしはただのかかしではない。予言者なのである。こりゃあ参った。そして、全編に散りばめられた幾つもの不可思議と魅力的な登場人物たち。あるときは「嘘つきパズル」だったり、「ひょっこりひょうたん島」だったりする「へ理屈」に「んなアホな」と突っ込みを入れているうちに読者は作者の術中に嵌まっていく。クライマックスに向け、脇筋でバイオレンスとサスペンスを盛り上げながら、本筋で謎を畳み込んでいく筆力は、只者ではない。動機も変なら、犯人も変、でも感動は本物。ホンキイトンクな謎解きの物語にして、人々が「欠けているもの」を見つけ出す癒しの物語。この素敵な読後感は洗練されたファンタジーのそれである。御勧め。


2002年12月21日(土)

◆日記をつけ始めて5年目に突入。今日は、クリスマス・バージョンのまーだーぐうすを作ってみました。来てくださったみなさんに感謝の気持ちを込めて…(>ヲイ!)
◆奥さんが友人の先生とピアノを連弾するというので、氷雨の中を、隣の市の公民館まで出かける。うう、さぶっ。
途中でリサイクル系の古本屋を発見したので、数分間チェック。勿論、何もない。何もない事をチェックしないではいられない。これを「病気」と呼ぶべきか?それとも「治療」と呼ぶべきか?
◆Moriwakiさんの古本日記(といいながら新刊の話が9割だけど)のワイルド評にいい事が書いてあった。平明にして素朴なミステリを読んで、これなら俺にも書けるかもしれないと安易に思い込んでしまう若造に対しての諌言である。自分が考えているけれども上手く言えない事を、さらりと言葉にして貰える時に、人間は感動する。
翻って、日記や雑記をウエッブ上に垂れ流している自分としても「覚悟」は必要なわけで肝に銘じたいところである。まあ、最初から開き直っているといえば、開き直ってはいるんだけどね。
◆「百万塔の秘密」は100円均一では絶対無理です。そもそも私自身が所持しておりません。まあデノミになれば、丁度100円ぐらいかも>大矢女史:私信


◆「ウロボロスの波動」林譲治(早川SFシリーズJコレクション)読了
どこかで見た名前だよな、と思っていたら架空戦記の人だった。まあ、あの世界も、元はといえば「戦国自衛隊」だったり「紺碧の艦隊」だったりするわけで、今も川又千秋やら谷甲州といった信頼に足るSF作家や、偏愛している山田正紀や井上淳らも参入しているジャンルであり、一概に切って捨てるつもりはない。が、一方では霧島那智こと若桜木虔+αやら、草薙圭一郎こと田中文雄やら、志茂田景樹やらが、どんちゃんどんちゃんと量産安普請タイプを投入しているもので、あのジャンルで初めて知った名前には、どうしても警戒心が働く。
しかし、この作品を一読して、そんな心配は杞憂以外の何物でもない事を思い知らされた。玉石混淆の架空戦記界において、まさに林譲治こそは、「玉」の一人なのであろう。
物語は、太陽系内で発見されたマイクロブラックホールを囲む人工降着円盤の建設から、それがもたらすエネルギーにより、人類最初の恒星間有人探査船が発進するまでを、様々なエピソードを連ねて描く。いずれも、骨太の着想を該博な科学知識を動員して膨らませ、重箱の隅をつつく理科系の試しに耐えながら、同時に、ツイストの効いたアイデアと語り口でアバウトに口うるさい文科系も満足させるという離れ業を実現した短篇である。光瀬龍・堀晃・ホーガン・星野之宣の系譜とでも呼ぶべきか。
人工降着円盤建設中のありえざる暴走事故の真相を男女の探偵ペアが探る表題作「ウロボロスの波動」
奇矯な動きで表面上に設置されたアンテナ群を振り落とした小惑星の秘密に迫る「小惑星ラプシヌプルクルの謎」
テラフォーミング過程の火星を舞台に天才的な女暗殺者と冷徹な女捜査官の行き詰まる対決を描いた「牝ジャッカルの日」とでも呼ぶべき「ヒドラ氷穴」
木星の衛星エウロパの海で探査機を襲った「龍」、その正体を暴く未来のドラゴンクエスト「エウロパの龍」
ブラックホール銀河の発見と宇宙観測船内で起きた宇宙世代と地球人たちの衝突を描く「エインガナの声」
ヒドラ氷穴の後日談にして、新たな人類の旅立を綴る短くも果てしないクロニクル「キャリバンの翼」
いずれも、AADD(人工降着円盤開発事業団)の構成員たる科学エリートたちが、地球からの臍帯を断ち切り、人類の未来に向けて未踏の領域を切り拓いて行く姿をスリリングに、かつモノクロームの怜悧さで描いた快作揃い。もし貴方が科学や人間やSFに疑問を抱いているなら、一度この作品を読んで欲しい。そして絶望が慌て者の判断である事を判って欲しい。あと、ミステリマニアはとりあえず「ヒドラ氷穴」だけでも読んでおくように。