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2002年12月19日(木)・20日(金)

◆続々と寄せられる「未読恥かしベスト」。果して「輝け!第1回世界<読んでないと恥かしいけど、実は結構読まれていない>ミステリ大賞」の座に輝くのは、どの作品か?! あなたの恥かしい一票が、その行方を決めます!!
決めてどうするのだ?という噂もありますが、こうなりゃ勢いです。大賞受賞帯を手作りしてしまうというのはどうでしょうか?(>その暇があったら年賀状を作れ!)
ちゅうわけで、ようっぴさん、くりさん、はやみ。さん、大鴎さん、黒白さん(@自サイト日記)投票ありがとうございました。
◆木曜日を突発年休にする。だらだらと4冊の本を併読していたら、木曜の夜から深夜にかけて奥さんと家計簿談義に嵌まり、結局1冊も読み終わる事ができず、寝不足もあって日記をサボる。
◆木曜日に買った古本は以下の通り。
d「スリラー料理」都筑道夫(角川文庫)100円
d「かげろう砂絵」都筑道夫(角川文庫)100円
「チャリング・クロス街84番地」Hハンフ編(中公文庫)100円
家に戻ってリストをチェックすると、ありゃあ、「かげろう砂絵」は既に角川文庫版で持っているではないかっ!!折角角川都筑クエストが2コマ進んだと思ったのに。とほほ。
もう1冊は、古本好きの古典といわれている本だが、余りの貨幣感覚の相違に面食らってしまう。のどかだねえ。
◆金曜日は新刊書店をうろつくが、余りにも欲しい本がありすぎて、ウロがきてしまい、結局何も買わずに出てくる。小学館から「バルカン超特急」が出ているのを確認して思わず寿いでしまった(>だったら、買えよ)
◆積録してあった「シックス・デイ」を見る。シュワルツネッガー主演のクローンもの。リモコン操作のヘリ・ジェットが格好いいが、話も画面もどことなく緊張感に欠ける。2時間損した。


◆「匣庭の偶殺魔」北乃坂柾雪(角川スニーカー文庫)読了
第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞作、だそうな。スニーカーミステリ倶楽部第1回配本のうちの1冊。講談社ノベルズの装丁をアニメ絵が席捲する中、なかなか洒落た装丁の本である。みてくれだけなら、森博嗣の講談社ノベルズ。ジュヴィナイル離れしているといっても過言ではない。では、その中味はとなると、これがもう貴方、思わず頭を抱える出来映え。
若き天才だった頃の竹本健治に肖ろうとするかのような題名、
気負いが入りまくったいかにもな筆名、
作中人物たちの手記と小説が交錯する趣向のためにする趣向、
学園ものでありながら孤島のお館ものの匂いも嗅がせ、
萌え狙いのクールな美形マッドサイエンティストを探偵役に配し、
ドッペルゲンガーと影男とクローンが縺れ合って、
もう何がなんだかなエンディングに雪崩れ込む。
個人的に本年読了本のワースト。いや、中津文彦のルーティン作も大概だったが、この何か考え違いをしているとしか思えない作品に対しては、作者への文句以前に、一体編集者はこの作家を育てる気があったのかどうかを問いたい。メタミステリの悪いところを吸収していると、こんな奇形児が生まれてしまうのか?実は、最後の6頁まではそれなりに読めた。が、最後の最後で、それまで危なっかしいながらも組み上げてきたパズルを作者自らの手でぶち壊しにしてしまっているのがなんとも哀しい。まあ、云ってみれば、コミケで20冊ぐらい売って「バンザーイ、なんとかサークル参加費ぐらいは出たぞー、よーし、打ち上げだ、打ち上げ」というレベルの習作。壊れた話を収集されている人はどうぞ。
文章は水準には達しており、人を驚かせてやろうというサービス精神も買うので、次を期待で、敢えて酷評しておきます。


◆「死者を起せ」Fヴァルガス(創元推理文庫)読了
巷で評判のフランス女流の本格推理小説。「フランスミステリ批評家賞」受賞作だそうな。ごく最近まで、フランスミステリといえば、夫と妻と愛人もしくは悪女に捧げる犯罪を文庫本にして150頁ぐらいで語り尽すという印象であったが、ここへきてジョン・ディクスン・カーみたいな話が書きたくて仕方がないアルテのような人や、このヴァルガスのように、貧乏学者探偵トリオを主人公とするようなポップな中にもミステリの伝統的様式美を感じさせる作品を書く人もいる事が判って非常に心躍るものがある。
ボロ館に住む失業中の三人の歴史学者、中世専攻のマルコ、先史時代専門のマタイ、第一次世界大戦史家のルカ。夫々に一癖あり、暇もあるが、金はない。そんな彼等に、隣人の元オペラ歌手ソフィアが持ち掛けたバイトとは、ある夜、突然彼女たち夫婦の家の庭に植えられたブナの若木の下を掘り返す事。だが、木の下からは何も発見されず、謎は謎のまま。そして、ソフィアが失踪する。昔の男の許へと走ったのか?それとも、その財産を狙って、彼女の夫や係累が彼女を亡き者としたのか?三人は、マルコの叔父で元刑事のアルマンとともに、その謎に迫ろうとするのだが、、、掘り返された木、襲われた歌姫、黒焦げの玄武岩、そして死の連鎖は、過去へと溯る。どうぞ、批評はお手柔らかに。
人間が書けている。探偵役の三学者+元刑事もさる事ながら、歌姫の友人の女レストラン主人、歌姫を誇りとする父、レストレードタイプの警部などなど、魅力的な人物がぶつぶつと呟きながら、或いは元気にわめきながら、数十年の時を越えて迷走する事件を駆け巡る。二転三転するプロットにスピーディーにして意表を突く展開。決して読者を飽きさせないストーリーテイリングの妙はこの作家が本物である事の証拠。そして勿論、すれっからしのミステリ読みを満足させるフーダニットとレッドヘリングのアンサンブル。これが、フランス現代ミステリの標準だとすると、一体我々がこれまで読んできたフランスミステリとはなんだったのだろう?これは、普通に嬉しくなってしまう佳作。これが文庫で出版されるんだから、結構な事ではないか。普通に絶賛。


2002年12月18日(水)

◆神保町タッチ&ゴウ。あれこれ目の保養はするものの、購入本0冊。
◆Rさん、牧人さん、よしださん、Moriwakiさん、昨日の<恥かしBEST10企画>に御参加頂きありがとうございます。尚、企画は継続中ですので、我こそは一番恥かしいと思われる方は、どうぞ掲示板にお書込みの程を。
◆で、昨日のネタは昨日のネタとして、惜しげもなく新ネタに進む。時間待ちの間「週刊誌や夕刊紙の見出し風に、ミステリ系の記事を捏造する」というネタを思いついた。例えば、

鮎川哲也後継者レース異聞
Reitoがどうしても拓に勝てない三つの理由

とか、

不況克服大作戦!! 1年で利回り500%!!
驚異の古書利殖法!! 狙い目は「あの作家」

とか、

重鎮激白、復刊ブームに「待った!」
「白の恐怖」を封印せよ!!

などである。

勿論、こういうイエロージャーナリズムにはイロモノも欠かせない。

新企画:袋とじグラビア
本誌独占!!一挙お蔵出し!!
「男が欲しいっ!!」
あの流行女流作家が、下積み時代に残した
恥かしい少女の徴(しるし)

で、中味を見てみると

Reitoがどうしても拓に勝てない三つの理由は、
1)第1回鮎川哲也賞は芦辺拓が受賞。二階堂黎人は佳作だった。
2)アリバイものも書き、幻想小説も書く芦辺拓が、より鮎哲の守備範囲に近い。
3)芦辺拓は鮎哲と頭文字が同じTAである。

不況克服大作戦は、
「伊勢丹のカタログで、光国屋が甲影会の山沢晴雄集に1冊あたり7500円をつけた」

復刊ブームに「待った!」は、
「山前譲氏が『作者が復刊を嫌がった作品まで復刊すべきではない』という持論を述べた」

恥かしい少女の徴は、
竹内志麻子「小説 花より男子」書影掲載&小説抄録

誌名は「週刊アリバイ」とか「日刊SUIRI」とか……
それだけかい?ほい、それだけだあ。
(けけけ、また茗荷丸さんの10万アクセス突破企画を邪魔してやったぜ。)


◆「ロシア幽霊軍艦事件」島田荘司(原書房)読了
季刊「島田荘司」に掲載された同題の中編の長編化作品。それ故、公式のミタライ長編サーガからは除かれているのか「龍臥亭事件」の次は「魔神の遊戯」と云われる。が、謎の壮大さといい、仮説の大胆さといい、十二分に御手洗の帰還を希うファンの期待に応えるものであり、島田荘司の健在ぶりを世にみせつける快作であった。余り期待せずに読み始めたが、またしても唖然とさせられた。やっぱり「あんたが大将」である。こんな話。
1993年夏、御手洗潔の許に届いた松崎レオナの手紙と彼女宛のファンレター。そこには、旧日本軍の一兵卒であった老人が遺した奇妙な「依頼」が記されていた。ふとした気紛れの虫が御手洗と石岡を、箱根「富士屋ホテル」へと誘い、歴史の封印は解かれる。かつてホテルの一室に飾られていた不可思議な写真。そこには、芦ノ湖に浮かぶ巨大軍艦と兵士たちの姿が写されていた!大正期の霧の夜、漆黒の闇に光芒を投げかける湖面に「それ」は確かにあった。果して、巨大軍艦は何処から、如何にして、何故に、山深き湖に現われ、そして消えたのか?語り継がれる幽霊軍艦の伝承とアメリカに住む奇人への謝罪を繋ぐ環に挑む御手洗と石岡。赤と白に蹂躪された貴人、そして傀儡の罠。黄金に彩られた昏き陰謀の下で、純愛は抹殺される。眠れ、わが子よ、忘却の底で。
何を書いてもネタばれになりそうだが、さすがに島田荘司。ダテにアメリカに住んでいる訳ではない。日本でも、近年アニメが上映されたあのネタを、堂々たる本格推理小説に仕立てあげた。芦ノ湖に軍艦を浮かべるという着想も、凡百のフォロアーの及ぶところではない。このような作品に接すると、バラエティー番組やドキュメンタリーにも洋の東西がある事が判って吉。こういうアメリカ人向けする話をこそ英語に翻訳してみてはどうなのだろうか?あくまでも水増し部分のない中編のベースでの話だけど。


2002年12月17日(火)

◆世の中、年間ベストで喧しすぎると思いませんか?
というわけで、当「猟奇の鉄人」ではアホな企画を考えてみました。
まず、以下の海外と国内のセレクションをご覧ください。

【海外特選】

「月長石」Wコリンズ
「トレント最後の事件」ECベントリー
「腰抜け連盟」Rスタウト
「マルタの鷹」Dハメット
「さらば愛しき女よ」Rチャンドラー
「象牙色の嘲笑」Rマクドナルド
「夜は千の目を持つ」Wアイリッシュ
「狙った獣」Mミラー
「男の首・黄色い犬」Gシムノン
「太陽がいっぱい」Pハイスミス


【国内特選】

「ドグラ・マグラ」夢野久作
「黒死館殺人事件」小栗虫太郎
「D坂の殺人事件」江戸川乱歩
「十三角関係」山田風太郎
「濡れた心」多岐川恭
「帝国の死角」高木彬光
「天使の傷跡」西村京太郎
「大いなる幻影」戸川昌子
「大誘拐」天藤真
「生ける屍の死」山口雅也

さあ、これは一体どういうセレクションだと思われますか?

なんと!!これは、kashibaが「実は読んでいない本」の中から最も恥ずかしい(かもしれない)10作を選んだものです。
わっはっは。どうです、凄いでしょ?
こやつは、こんなエバーグリーンな傑作と呼ばれている作品を読んでいないのでありました。
どーだー、参ったか。
さあ、貴方もあっと驚く読んでない本ベスト10でお互いの度肝を抜きましょう〜!!

てな、企画がなりたつわけないだろ!ああ、恥ずかしい。

◆一駅途中下車して安物買い。
d「3、1、2とノックせよ」Fブラウン(創元推理文庫)40円
「ハームフル・インテント:医療裁判」ロビン・クック(早川NV文庫)30円
「ミューテイション:突然変異」ロビン・クック(早川NV文庫)30円
「小説世界のロビンソン」小林信彦(新潮社)100円
d「道化師のためのレッスン」小林信彦(白夜書房)100円
d「血みどろ砂絵」都筑道夫(角川文庫)220円
何を今更のブラウンは、識別マークが「猫」じゃなくて「はてなおじさん」だったので発作的に拾う。へえ、これって本格推理に分類されてた時代があったんだ。ちなみに第5版であった。たまたまこれが3冊110円の棚にあったので、仕方なしにクックの2冊を買う。ひょっとしたらダブりかもしれない。
先日、ブックオフの半額棚で拾って「良い買い物ができた」と喜んだ「道化師のためのレッスン」が、100均棚に並んでいたので、怒りに任せて拾う(よいこはまねをしないでね。ふるほんをかうときはみとおしをあかるくしてたのしみましょう)。あと角川文庫の都筑道夫が一歩前進。
◆「アルジャーノン」最終回視聴。これは原作の愛好者は画面にリモコンを叩き付けたくなるだろうなあ。原作にない人々が勝手に盛り上がってお話を<素晴らしい>ものにしてしまった。

ついしん、どうか、どうか、だれかついでがあったらげんさくのおはかにはなたばをあげてください。


◆「メトロポリスに死の罠を」芦辺拓(双葉社)読了
小説推理に連載された自治警察ものの長編新作。懐かしい少年向け通俗推理風怪人対名探偵の世界を再現した「商都消失」「消える死の灰特急」。連載ものであるため、地の文で相当無理な引きを行い、その辻褄合わせに必死になっているところが、いかにも作者の稚気と誠実さが現われていて微笑ましい。大乱歩であれば、そんなもん気にしませんてば。てなところでタイムアップ。続きはまた今度。


2002年12月16日(月)

◆昨日の日記の補足。
◆朝一番で「ハリー・ポッターと秘密の部屋」を見に行く。さすがに、半径200mにある5館を使って日本語版と字幕版を流しているので、吹替え版の日曜初回は95%ほどの入り。子供も少なく快適な環境で楽しめた。ただ中身の方は、よくも悪くも第二作。面白くなくはないが、「もう一度みたい!」「絶対DVD買う!」という程のものではない。
第一作「賢者の石」は、原作ファンを「一体あのシーンをどう映像化するのか?」という興味でひきつけ、映画から入ったファンはファンで、原作を読まずともあらかたの設定が理解できるよう説明が施されていた。ところが、今回の第二作は2時間45分をかけて、原作を消化するのが精一杯という印象。もう、飛ばす、飛ばす。第1作を見てない人、原作を読んでない人はついてこないで宜しいという割り切りが随所に目立つ。挙句に、刈り込みが過ぎて、肝心のメインプロットのどんでん返しにアンフェア感が残る始末。まあ夫婦ともども、ハーちゃんが可愛かったらそれでいい、というミーハ−マイオニなので、それなりには楽しめたのではあるが、原作を読んだときから楽しみにしていた「変身薬」のくだりのハーちゃんは、ちょっちい期待はずれ。あと、声変わりしたロンも些か辛うございました。なお、エンドクレジットのあとにワンカットおまけがあります。良い子は、きちんと座って最後まで見ましょう。
◆夜は「利家とまつ」最終回を視聴。大河ドラマを通しで見たのは「吉宗」以来かなあ。大河の宿命とはいえ、バタバタと人が死にすぎて辛気臭い事おびただしい。まあ、前回が実質上の最終回で、今回はオマケのようなものである。やれやれ、45分間のエピローグに付き合わされてしまった。

◆リサイクル系を何軒か回って元気に安物買い。5000円以上リアルで古本を買うなんて久しぶり。重い、重い。
「奇偶」山口雅也(講談社:帯)1300円
「ロミオとロミオは永遠に」恩田陸(早川書房:帯)1000円
「白雪姫、殺したのはあなた」ゴーマン&グリーンバーグ編(原書房)800円
「現代思想の遭難者たち」いしいひさいち(講談社)800円
「猿を探しに」柴田元幸(新書館)300円
「なかよし小鳩組」荻原浩(集英社:帯)100円
「ナルシスの誘惑」Dハモンド(早川書房)100円
「アガサ・クリスティーの誘惑」Jファイマン(晶文社)100円
d「殺人はお好き?」DEウェストレイク(早川書房:帯)100円
d「ケイティ殺人事件」Mギルバート(集英社:帯)100円
d「刑事コロンボ:燃えつきた映像」岡本喜八訳(サラブックス)100円
d「エイブヤード事件簿/人形懐胎」Jフレーザー(講談社文庫)100円
d「溺死人」Eフィルポッツ(創元推理文庫:帯)190円
d「シンディック」CMコーンブルース(サンリオSF文庫:帯)240円
他人様の探求本も少しだけ前進。山口雅也・恩田陸・いしいひさいちは、新刊で買うつもりが、古本の暗黒面に嵌まる。原書房の童話ミステリ・アンソロジーもつい最近存在を知って、そろそろネット書店にでも注文しようかと思っていたところだったんだよなあ。柴田元幸のエッセイは、ジャンル外だが結構好み。オスターだのブコウスキーだのいう訳書は1冊も読まずに、柴田エッセイを読むというのは変な話なのかな?ミステリの翻訳者も、もっとエッセイとかのお仕事があればいいのにね。どうも目立つのはハードボイルド系ばっかりなんだよなあ。ダブリ本も久しぶりにワシワシ買ってしまう。「ケイティ殺人事件」は帯の煽りが凄いので有名(「アクロイド、ギリシャ棺に比肩!ってどこがやねん)。ウエストレイクの中編集も文庫落ちしていない1冊。が、なんといっても本日のプチ血風はコーンブルース。サンリオSF文庫でミステリ者が探すべき本の一つ。いや、中身は古典的ディストピア小説なのだが、序文を「評論家」エドマンド・クリスピンが書いていたりするのだ。水鏡子解説ではクリスピンが著名なミステリ作家である事には一切触れられておらず、SF読みとミステリ読みの溝の深さを感じる。ああ、買った、買った。
◆「ナイト・ホスピタル」最終回視聴。クララが立った、クララが立った〜。とりあえず大団円。当家で見続けたこのシーズンのドラマは結局、これと「アルジャーノン」「柳沢教授」だった。仲間、格好良すぎ。


◆「岡山女」岩井志麻子(角川書店)読了
KADOKAWA MYSTERYに連載された隻眼の透視者・タミエを主人公とする連作6編。なんといっても題名にトドメを指す。このインパクトは凄い!牛じゃあるまいし、地名+女とは並みの感性ではない。そこに、どうしても作者のイメージがダブる。ライフルを持って髪を振り乱して、股から懐中電灯を下げて、下からねめあがるように「祟りじゃあ。ぼっけいきょうてえの祟りじゃあ。」と迫られたらどうしよう?ああ、どうぞ、姐さん、かんにんしてつかあさい。
で、題名からの勝手な妄想はともかく、中身の方は素晴らしい出来映え。これぞ岩井志麻子の真骨頂とでもいうべき、冥界に逝き切れずうつし世をさ迷う不幸せの形が、柔らかい岡山言葉でぽつりぽつりと綴られる。明治の風俗を写す確かな描写力、シリーズに耐えるプロットの案出、ホラー大賞で掘り当てた岡山弁と明治という金脈は作者に豊穣の時をもたらしつづけており、まだ尽きる事はない。以下、ミニコメ。
「岡山バチルス」薄幸と強かさが同居する幻視者タミエの生い立ちが語られるシリーズ開幕編。多重人格と分裂する桿菌のイメージが重なり、もう1人の幸薄い女の地獄を彩る。
「岡山清涼珈琲液」流行の味を鄙にもたらす先見性と畜生道の邪恋が交錯する商家の物語。珈琲のどす黒さに闇が映り込む。珈琲の苦さに妄執がささくれる。瓶詰めの珈琲というだけで、怖い。
「岡山美人絵端書」誇らしげな裸体に秘められた女の生き地獄。吐き出された男は、それでも一途な思いを絵筆に込める。ヌード写真の艶めかしさが匂う幻想譚。クライマックスの幻視の風景はさながら乱歩的曼荼羅である。
「岡山ステン所」鉄道の郷愁と憧れ。歓喜と興奮に送られ鋼鉄が驀進する。その内に悲恋と世の矛盾を孕みながら。唖然とする程の御都合主義的プロットは、敢えて古めかしい小説を演出したのかもしれない。
「岡山ハイカラ勧商場」勧商場。そこは、ものどもの思いが立ち込める場所。そのものたちがタミエに語り掛ける懐かしくもおぞましい風景。掌編オムニバス小説であり、美しく組み上げれた怪奇の百貨店でもある。
「岡山ハレー彗星奇譚」ハレー彗星の到来に世界の破滅を予感する人々。だが、破滅は、天から来るのではなく地下に眠っている。失踪した子供探しの依頼はタミエに最大の災厄をもたらす。静的な話の多い中、非常にメリハリの効いた活劇譚に仕上げた異色編。


2002年12月15日(日)

◆年賀状用画像のネタ探しに別宅で本を漁る。羊を題名にあしらったミステリは、なくはないものの、どうも表紙絵がぱっとしないんだよなあ。ついでにSRマンスリーやら古本市の目録なんぞを回収。
SRマンスリーは久生十蘭特集。目玉は沢田氏入魂の久生十蘭作品リスト。なるほど、こいつあ凄えや。恐れいりました。その労作に対しては、何の文句もございません。
この調子で、中途半端なバイマンスリーから方向転換して、1年間にROMやQUEENDOM並みのコダワリの特集本を、新本格系と古典系で1冊ずつ編んで、あとは「SR年間BEST特集号」で1冊の年間3冊刊行、てな感じで、どうだろう?SRの会員が本気になったら、さぞかし凄いものが創れると思うのだが。
◆別宅近くのブックオフチェック。安物買い。
「死者を起こせ」Fヴァルガス(創元推理文庫)100円
「神隠しの村」長尾誠夫(桜桃書房:帯)100円
「兇眼」打海文三(徳間書店)100円
「サラシナ」芝田勝茂(あかね書房:帯)300円
芝田勝茂の本は、ピカピカの美本。出版社からの謹呈栞の挟まった本だった。うーん、せめて売り飛ばす時に栞ぐらい抜くのが礼儀ではかなろうか。まあ、その本をいそいそと拾う人間から言われたかねえか。


◆「ソーダ水の殺人者」新井千裕(光文社)読了
群像新人賞作家の不思議「殺し屋」小説。大矢博子女史の探究本というので、手放す前に一応眼を通してみた。こんな話。
沈着冷静にして、仕掛けてし存じなしの「殺し屋」の「ぼく」は湾岸のマンションに住む、詩とチョコボールとカップヌードルの大好きな青年である。だが、それなりの刺激に満ちた安寧の日々は、不思議なガキの依頼によって消し飛ぶ。なんと、彼はぼくが生まれ落ちて間もなく「ぼく」のコピーを作って、この世に送り、その「実験」が終わったので、座興として「ぼく」に「ぼく」たちを殺させよう、というのだ。最初は半信半疑だった「ぼく」も、ホクロの位置まで自分と同じの人間を見せられ、しかもその心臓を撃ち抜くとソーダ水のように溶けて消えてしまうのを目の当たりにすると、信じないわけにはいかない。かくして、ぼくによるぼくたちの抹殺行は幕を開ける。問題は、殺しを専門にしているのは「ぼく」だけではなかったという事で、、、
文字通りのポップなファンタジー。今風の文体で描かれた「仕掛人対仕掛人」。文章は歯切れが良く、相当のトンデモ話でありながら、踊る様に読者を新井ワールドに引き込んでいく。読者は、次はどんな「ぼく」が登場するのかという興味を作中の「ぼく」と共有しつつ読み進むうちに、アイリッシュ風のサスペンスとディック調のシミュラクル感覚に翻弄されていく。結末も気が利いており、まずは「物語」として合格点。へえ、世の中にはいろんな小説があるもんだ。少し変なミステリが読みたい人に御勧め。


2002年12月14日(土)

◆昨日付けをもって@ニフティーにアップしてあった猟奇蔵のデータが消えてしまったので、ジオシティーにお引越しする。新しい猟奇蔵はこちら
ADSLに乗り換えた御蔭で、アップロードの早い事、早い事。3年半前に、このサイトを一気に8メガアップした時は1時間以上掛かったもんなあ。技術の革新を感じるのはこういう時である。
◆久しぶりにブックオフを2軒回る。探求頼まれ本の方はちっとも結果を出せないが、やはり、古本は数を回るのが基本ですのう。何かしら買うものはあるもので。拾ったのはこんなところ。
「道化師のためのレッスン」小林信彦(白夜書房:帯)600円
「西村京太郎読本」郷原宏編(KSS出版)100円
「逆層」松谷健二(早川書房)100円
「匣庭の偶殺魔」北乃坂柾雪(角川スニーカー文庫)100円
d「左ききの名画」Rオームロッド(社会思想社)100円
d「モンスターメーキャップ大図鑑」中子真治(講談社X文庫)100円
見馴れない題名だな、と思って半額コーナーで小林信彦のハードカバーを拾う。初版帯付きで状態も美本。「これなら文庫落ちしてても、まあいっか」と割切ったが、調べてみると本当に「チョイめず」本らしい。へえ、まだまだ自分の記憶力も捨てたものではないな。先日の「ミサゴの森」といい、この店の半額コーナーでは良い買い物をさせて貰える。
後は、元気よく安物買い。ローダン翻訳家・松谷健二の小説は初見。出ていた事は知ってはいたが、これって山岳小説なの?社会思想社のオームロッドも後3年もすれば古書価格が付いてしまうんだろうなあ。余り100均では見かけないタイトルなので、押えておく。最近すっかり図書館派に転じているのだが、やっぱり古本屋も楽しいや。


◆「リカ」五十嵐貴久(幻冬舎)読了
第2回ホラー・サスペンス大賞受賞作。出会い系サイトで知り合った女が、ストーカーに転じて、男の日常を破壊していくという「危険な情事」系のお話。正直なところ、ここまで社会現象化して、テレビドラマ化もされた、要は手垢のつきまくったテーマで、よくぞ新人賞に応募したものだ、と感心する。余程、ホラーの味付けに自信があったのだろうか?こんな話。
印刷会社勤務、43歳、副部長から専任部長に昇格、愛妻に愛娘あり、都内のマンション住い、年収800万円弱。そんな平凡なサラリーマンである私、本間貴雄にとって、出会い系サイトでの渉猟は密やかな愉悦であった。後輩からの手ほどきを受け、それなりの「戦績」も上げ、文面から相手をプロファイルするまでになった私。だが、寂しいナースとメールの交換を始めた事が、私の日常を脅かすようになる。ナースの名は「リカ」。携帯電話は震え続け、メールボックスから脅しと哀願と狂気が溢れだす。そして唯一の接点を放擲したと思った時、真の恐怖がその姿を現す。壊れた美貌、生気のない眼、饐えた臭い、そして、人知を超えた体力。引き裂かれた過去、切り刻まれた現在、閉ざされた未来。さあ、リカちゃんハウスへようこそ。
疾走感はそれなり、魔の正体もそれなり、結末もそれなり。アイデアが陳腐な分、もう少し突き抜けた処が欲しい。15年も前に「危険な情事」が描いた怖さを越えていない。終盤、手を緩めずオカルティックに走ってもよかったのではないか?あと、前半で「私」を巡り、伏線かと思わせる描写があったのだが、特に捻りもなく終わってしまった。ううむ、登場人物も作者と等身大だし、こりゃあ、第2作は相当にリキ入れないと、一発屋で終わってしまうかも。


2002年12月13日(金)

◆「亡国のイージス」の感想、強化しました。
◆12月1日のバークリーの感想の前ぶりで「創元あたりから短篇集『シェリンガムの事件簿』を編んでしまうというのは一番現実味があったりするけど、どうよ?」と書いたのは、決して出来レースではありません。まあ、煮詰まったマニアの考える事は同じってことで。森さんの編集ということは、これで、Murder by the Mailのカタログ第1号のオマケについていた掌編も出てしまうんでしょうねえ(しみじみ)。
それにしても来年もバークリーが三冊。一体、綾辻行人や法月綸太郎の何倍仕事をしているんだ!
それいけ、流行作家シェリンガム!!
今日は平積みだが、明日はKIOSKだ!
ミステリマガジンに「パニック・パーティー」を連載するのも夢ではないぞ!!(>なんかちーがーうー)
◆ひたすら残業。本でも買わなやっとれまへんなあ、と新刊1冊。
「『X』傑作選」ミステリー文学資料館編(光文社文庫:帯)740円
あああ、一気買いした「新探偵小説」からこんなに作品が採られているう。ちょっちい忸怩たるものがありますな。でも、やっぱり夢のような文庫本である事に変わりはない。ないったらないんだってば。


◆「蛍女」藤崎慎吾(朝日ソノラマ)読了
デビュー作「クリスタルサイレンス」で圧倒的な「SF力」の持ち主である事を見せつけた作者の第2作は、前作の「これでもかっ!」感からは程遠い、こじんまり纏まったエコロジカルSF。サイエンスと抒情を織り交ぜ、幻想に逃げない心意気は称賛に価するが、やや物足りなさを覚えてしまうのは、主人公が作者と等身大でありすぎる故か。こんな話。
ネット系雑誌のエディター池澤は、都心に程近い忘れられたキャンプ地で鳴り響く古びたピンクの公衆電話に遭遇する。その受話器を取り上げた時、記憶の彼方から、彼を呼ぶ声が漏れてくる。燦然たる光の柱となって池澤を招く蛍。黄色い粘菌が編むネットワークの向うに横臥する薄幸。開発という名の破壊が、山ノ神の怒りを招く時、小さきものどもは蠢き、宙空を赤く染める。それはオーサキの伝承。癒しの梁塵秘抄。もののけの武者はハメルーンの教訓か?森の知性は幾久しく、慈しむ。
オカルティックな幻想譚かと思いきや、どんとこい!超常現象とばかりに、全てを科学的に説明していく啓蒙「先生」SFだったりする。カタストロフに向って、時間と自然との闘いを余儀なくされる主人公たちの姿はそれなりに感動的ではあるのだが、展開に「サプライズ」がなく、なんとなく悲壮感に欠け、そして、どこか説教臭い。おそらく作者は、まだ人間にも科学にも絶望していないのであろう。その楽天主義が、テーマと巧く噛み合わなかった作品。そんな気がする。


2002年12月12日(木)

◆昨日のうちに「本の雑誌 2003年1月号」が届いていたようである。
で、一番のビックリは2003年の新刊予告に「未読王購書日記」が燦然と輝いていたこと。
うおおお、王様、凄いよ!遂に単行本化だよ!古本者の誇りだよ!やっぱり書くだけ書いて、ご自分では読まないんだろうか?この前、チョロっとネット日記でやっていた「絶好調」の頃の文書の虫干しは、この出版に向けての狼煙だったのかな?何はともあれ、おめでとうございま〜す。
◆本の雑誌が選ぶ2002年度ベスト10をあれこれ拾い読む。全体のベスト10に読んだ本が1冊もないのはともかくとして、エンタテーメントベスト10はおろか、ミステリベスト10にもSFベスト10にも読んだ本がないのには、少しショックを受ける。まあ、SFのところで「早川SFシリーズJコレクション」という叢書全体を挙げているので、1アイテムは読んだって事になるのかにゃあ。
ここは「年間ベストで気忙しくならない」というこのサイトのポリシーを突っ張って、「まだまだ、僕にはこんなに読んでない面白本があるのだ。ハッピー!!」と開き直っておこう。ハッピー!!
◆神保町タッチ&ゴウ。特に買ったものはございません。「亡国のイージス」の文庫が山のように並んでいたので、ぱらぱら見ていたら、また胸キュンになる。慌てて内容から目をそらし、何気なく著者紹介のところをみると、どうも辻褄が合わない。
「本作で乱歩賞を受賞。『亡国のイージス』で日本推理作家協会賞(中略)を受賞」。
はあ? 本作って一体何よ? で、はたと閃き「TWELVE Y.O」の文庫を取り上げ、著者紹介をみて納得。全く同じ文章が記されていた。要は乱歩賞受賞作の文庫版著者紹介をそのまま流用したらしい。全くダルな仕事やってんなあ、講談社。折角の大傑作にケチをつけられた気分になる。作者に深くお詫びしておくように。


◆「凍るタナトス」柄刀一(文藝春秋)読了
「本格ミステリマスターズ」第一回配本の近未来SF推理。「ifの迷宮」では遺伝子診断という最先端のガジェットを用いて命の尊厳を問うた作者が、今回はSFとしては手垢のついた「冷凍睡眠」を題材にして描いた「眠りと死は兄弟」。ただ、通常の冷凍睡眠が、生きている間に冷凍する事が殆どであるのに対し、この物語のそれは、死体を冷凍保存して、科学技術の進歩を数百年のオーダーで待つというところが異色。その主体となる「日本遺体冷凍保存推進財団(JOPF)」の一族が、以前は鮮魚屋だったというのが笑わせてくれる。
JOPFの総帥・瀬ノ尾是光が、上半身を石膏入りの包帯で巻かれ窒息死させられるという異形の死を遂げる。目撃された不審者。現場に残された指紋が、もう一つの猟奇事件とのリンクを示唆した時、危うい命と確かな死のドラマは幕を開ける。引き続き勃発する、火と氷の完全死。復活の望みを絶たれた二つの死体を巡り分刻みのアリバイ調査と密室に挑む刑事・氷村。錬金術師たちの内紛。砕かれた頭。凍った時間。救済する「手配師」。無菌室の微笑み。狂った計測器。密室の詭計が暴かれた時、真の時を刻み始める命の振り子。そして号泣。裁きはそこにある。癒しはここにある。
「なぜ、斯くも奇矯な死を賜ったか」という解答の解凍法が鮮やか。まずは見事なホワイダニットある。それが殆どバカ・ミステリすれすれのハウダニットと相俟って、フーダニットの弱さを補強する。ただ、探偵と「手配師」の造型は物語の枠を超えてエキセントリックに過ぎる。なまじ、ドラマの深化を図ったために却って上滑りになったきらいがある。トリックメイカーとしての才能にはいつもと変わらぬ敬意を贈るが、ストーリーテラーとしては、さて、いかがなものか?


2002年12月11日(水)

◆11時47分に千代田区霞ヶ関にいた人間が、14時半に大阪府門真市にいたというアリバイトリック並みの移動をやらかす羽目になる。ぐはあ、辛い。
こういう荒業をやると、世の中に存在するアリバイ・トリックというのが如何に嘘っぽいか良く分かる。少しでもアクシデントがあればパアである。購入本0冊。
◆フーダニット翻訳倶楽部のベスト投票のツリー型掲示板がなんとも懐かしい雰囲気だよなあ、と思ったら、これって、ニフティーのフォーラムのノリなのだ。なるほど。すっかり、ティーカップタイプの掲示板に慣れてしまっていたが、ツリーにはツリーの良さがありますのう。


◆「燻り」黒川博行(講談社)読了
関西ノアールな犯罪小説&警察小説集。94年から97年にかけて様々な雑誌に掲載された短篇を編んだもので、ショートショート並みの短さの表題作から中編並みの読み応えのある「迷い骨」まで9編を収録。
デビュー当時のクロ・マメコンビの警察小説を愛するものとしては、「迷い骨」が、プロットみえみえながらもこのまま長編化してもよかったのではと惜しい感じがした。題名のセンスも抜群。
「文福茶釜」の系統につながる「夜飛ぶ」も読み応えあり。少し幻想的なセンスも取り入れようとしているが、そこは余り成功していない。
後は、転んでもただでは起きない小物の意地を描いた「腐れ縁」の主人公たちがなかなか印象的。
実話を下敷きにしたと思われる「地を払う」は、悪党にも序列のあることを思い知らされて、皮肉な結末に泣笑い。
「タイト・フォーカス」は、「キャッツアイ転がった」並みに女性に優しい話であり、最近の作者の描く女性像からはかけ離れていて爽やか。もしかしてこの教授は作者の願望か?
倒叙ものの「二兎を追う」「忘れた鍵」あたりはルーティーン作。まあ、「部長刑事」だと思って読めば、それなりに楽しめる。
どの作品にも共通しているのは、犯罪者たちが「小物」であるところ。関西弁でいえば「はあー、せこ!」。作者は、その小物たちに大それた夢を追わせては、あっさり奈落に突き落とす。なんちゅうか、全編これ、青木雄二のへたくそな絵が合いそうなしみったれた雰囲気がなんとも。「京阪のるひと おけいはん」のようなべたな大阪がお好きな方はどうぞ。