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2002年11月1日(金)

◆午前中大阪にて会議。午後、1時間だけ大阪駅前第3ビルとカッパ横丁を流して帰京。1冊だけ拾う。
「SFX−CM大図鑑」(講談社X文庫)300円
縁のなかった本。まあ、読み物的な面白さがあるわけではないのだが。この値段であれば「買い」でしょう。
◆新幹線の中では爆睡。絶好の読書タイムでありながら、どうしても座ると眠ってしまう。といって3時間立って読むのもなあ。
◆帰宅すると、須川さんからROM116号の版下コピーが到着していた。うーん、いい感じ。相変わらずMK氏のショートレビュー20連発は凄いですのう。


◆「逃げる」Eマクベイン(ポケミス)読了
巨匠であるが故にまとめられた拾遺集。更に、既に「ジャングル・キッド」「歩道に血を流して」に収録されている4編を除いたものだから、今時珍しい170頁の薄いポケミスになってしまった。それでも1000円するんだもんなあ。「犬嫌い」と合わせて1500円で出してくれと云いたくもなる。中味は、純然たる犯罪の香りのするものは巻頭の「インタビュー」と巻末の「逃げる」ぐらいで、後はSFショートショートが2編と普通小説が3編。しかも内3編は未発表作、つまり出来の悪い没原稿。うーん、ポケミスは揃えているだけに、とりあえず買いはするけれど、思わずその決意を曇らせる志の低い出版物である。
大家と呼ばれる映画監督へのインタビューのみで、一石二鳥の犯罪計画を匂わせる「インタビュー」
天候不順で足止めを食った空港で出会ってしまった因縁の男と女。過去の疵と笑うには余りにも居心地の悪い状況で、明かされる真実の「すれちがい」
折々の人種偏見の葛藤を、タクシーという閉空間にシャープに切り取った「あいのり」
やや倦怠気味の夫婦の聞いた熱愛の囁きとその正体「隣室のふたり」
貞淑で従順な妻が、夫の裏切りを目撃した時、若いメイドの不運に自己を投影する「被害者」
我々は孤独ではない。SETIに答えた隣人の正体「知ッテイル」
マフィアのボスに喧嘩を売ってしまった男がフランス人の未亡人との逃避行で燃え上がり、そして燃え尽きる「逃げる」
さすがに巻頭と巻末の二編は読ませるが、全体的にはミステリを読んだという満足感は得られない。実は、個人的には没になった「被害者」が一番面白かったりするものだから、余計始末に悪い。まあ、ポケミス完集を目指す人が買って、エドマク完全読破を目指す人が読めばいい本であろう。


2002年10月31日(木)

◆夕方から大阪へ移動して宿泊出張。実家に寝に帰ったようなものである。新幹線の時間が迫っていたので、神田青空古本市のチェックもできず、夜も遅かったので実家近くのブックオフさえ覗かずじまい。購入本0冊。
パソコンと、会議資料と二日分の本を抱えて、うろつきたくなったというのもあるが、昔に比べると探書にかけるガッツが擦り減ってきているというか、単に体力が落ちているというか、まあ、両方なのであろう。遠くを見ていて、急に本を見ようとすると、咄嗟には焦点が合わなくなってきているし、確実に老いてきているのが判る。
昔、「一日一冊読んでいけば、理論的には生きている間に蔵書(というか積読本)を読切る事ができる」と書いたら、さる関西を代表する書痴の方からバカ受けに受けてしまった。老境にさしかかると、どんどん眼が駄目になってきて、本が読み辛くなってくる。よって、理論はあくまで理論だそうな。眼だけならまだしも、そのうちボケがすすんで「シャーロック・ホームズの冒険」を何度も何度も繰り返し読みながら、「こんな傑作は、読んだ事がないんぢゃあ!」と口走り出したりすると厭だな。
あ、それってシャーロキアンか。
何かと物寂しい、秋の夜である。もう10月も終わりじゃねえか。


◆「妻の帝国」佐藤哲也(早川SFシリーズJコレクション)読了
「もしも自分の妻が民衆国家建設を目指す指導者だったら」というIFものの不思議小説。つい斯界の喧嘩上手・佐藤亜紀の連れ合いであるという作者の実生活に思いを馳せ、不思議「私」小説と書きたくなってしまう。あとがきの末文、で佐藤亜紀の名を挙げ「あなたがいなればこれが完成することはなかっただろう。」と書いた裏を読みたくなるのは、下世話な読者の性とでもいうべきか。でも、不由子(冬)って亜紀(秋)からの連想だよなあ、どう考えても。
作者は、ディストピアの形成過程(或いは、現代というユートピアの崩壊過程)を、指導者・不由子の夫である「わたし」と、無道大義なる一個の民衆細胞を通して克明に描いていく。仮にこの叢書から出ていなければ、「純文学」それも「プロレタリア文学」扱いされたかもしれない。そして、全体主義国家では勿論、禁書・焚書の対照となる、そういう類いの作品である。
あまりディストピアものを読んでいるわけではないが、通常ディストピアといえば、徹底的に清潔なイメージがある。異分子が排除され、全てが監視され、管理された社会。自由からの逃走がもたらした精神的エントロピー極大の世界。ところが、この作品で描かれるディストピアは、只のカオスである。直感のみを頼りとした民衆革命の中で、誤謬が正当化され、言葉は解体される。やがて指揮命令系統の破綻により、志が力に駆逐され、その力は更なる力に蹂躪されていく。街のあちこちに饐えた臭いが立ち込め、澱んだ時間の中で社会はただ立ち腐れされていく。
日本という箱庭国家が、世界から何の干渉も受けず、ただ自壊できるわけもなく、その意味で「サイエンス・フィクション」の名に価しないファンタジーにすぎない。瑣末主義ともいえる書込みには感動を覚えるが、終盤に至り、瓦解する社会から遁走した「わたし」が再会を果たすまでの描写はバタバタとしすぎ。いかようにも結末がつけられる物語を、無理矢理「希望」に繋ぐところは、些か凡庸に感じた。登場人物、特に、無道大義の恩師である化学教諭・波風先生の印象は鮮烈で、この人物を主人公にした物語をむしろ読んでみたいと感じた。まあ力のある作家の実験的な作品なのであろう。まあ、私にこれを評価できるだけの力がないって事で。これだから推理小説でない読み物は困る。


2002年10月30日(水)

◆職場にて。
「環境法規」を出すつもりで「かんきょうほうき」と入力した。
「環境放棄」と出てしまう。
違うんだよ!と変換キーを押した。

「艦橋放棄」

おおおおお、なんか宇宙戦艦ヤマトのテーマが♪すっちゃちゃーーん、と頭の中で鳴り響いてしまった。
◆散髪をして、とっとと帰る。最寄り駅近くで新刊買い。
「『ロック』傑作選」ミステリー文学資料館編(光文社文庫:帯)800円
やっと買いました。「ロック」揃いを一気買いしてしまった身の上としては、収録作も書影も持ってるけれど、総目次のためだけでも、この値段を出す値打ちはある。素晴らしい企画である。全10巻の船出に祝福を送る。いやあ、いい時代になったものである。
◆「思考の試行」あるいは「至高の嗜好」(<瑣末の研究>向けネタ)

ミステリを読むのは飯を食うようなものである。
ミステリを買うのは食料品を買い込むようなものである。
中には、直ぐに食べないと虫が湧くようなナマモノもある。
逆に、棚に並べておいて時々取り出してなでまわしているだけで嬉しくなるような古酒もある。
立派な箱に入っていたりする。
舶来酒もある。もっとも最近は並行輸入で随分と値段も安くなってしまったけれど。
スコッチか、バーボンかを問われれば、スコッチが好きだ、と答えておこう。
最近、とある銘柄に凝っているが、まだ日本では扱われておらず、直輸入している。
まあ、時々はカルヴァドスなんかも嘗めてみたくなる。
人生の味がする。

料理を食べた後で、或いは食べながら(この行儀悪め!)ぺちゃくちゃと薀蓄をたれる奴がいる。
「うっめー!」「ああ、美味しかったあ」「ごちそうさま」で済まない無粋な連中である。
知識を総動員し、修辞によりを掛けて、その表現力を競う。
最早、料理人が「ただ美味しいものを食べて貰おうと思っただけです」と言ってもそんなことは知ったことではない。

キーワードは「まったりとした大量死」である。

中には、化学分析やX線に掛けてまで、その料理の製法や原料を探りだそうとするのはいいが、手際が杜撰で、自分の汗やら、唾が混じってしまっている事に気がつかない輩もいる。
料理人でありながら、評論家がいなければ料理が育たないと、会員制の倶楽部を作って、盛り上がる輩も現れた。

「料理書で腹は膨れない。」

本格料理という料理はない。
が、「宮廷料理」というジャンルはあっていいように思う。
昔のレシピを手に入れ、今の材料を工夫して「宮廷料理」を復活させるという試みは愉しい。
でも、毎日そればっかり食べていると胃がもたれるに違いない。
翻って、本格中華、本格和風という言葉は、調味料や、レトルト食品に冠される事が多い。
時代がある本物以外のものに「本格」を冠することは、むしろそのもの自体は紛いモノである事の証(あかし)であるような気がしてならない。

日本の伝統料理は、高度経済成長期に大量生産・大量消費社会の波に飲み込まれてしまったが、飽食の世になって、改めて見直されている。

毎日、飯を食らう。血になり、肉になる。生きる活力を与えてくれる。
小作(家)さん、ありがとう。お賞屋さま、ありがとう。

で、何を食べても最後は滓を排泄する。
さあ、今日も張り切って更新だ!


◆「メイン・ディッシュ」北森鴻(集英社)読了
小劇団「紅神楽」の看板女優・紅林ユリエ。通称「姉御」転じて「ネコ」。
彼女が雪の夜に拾ってしまった二本足のチェシャ猫にして天才料理人・三津池修。通称「ミケ」。
そして今日も脚本に追われる一座のリーダー・小杉隆一。
物語は、この三人を軸に、フェイクとツイストとメタ満載の推理と料理のハーモニーを奏でる。挿入される5人の学生の変奏曲。交錯し、転回する運命。
作者すら気がつかなかった伏線と真相を、ただ脚本から読み解いていく演繹される推理劇を描いた「ストレンジ テイスト」
召集される友人たちへの罠が最も孤独な者を炙り出す死のドラマ。カレーの秘密がアリバイを創り、破壊する「アリバイ・レシピ」
ひったくりに遇った不運が、新たな妄想を呼ぶ。なぜ、魅惑の手打ち麺はパスタに化けたのか?食い物の恨みが語る台所の魔術「キッチン・マジック」
黒眼鏡の乗客たちの中で、駅弁を雄弁に語る男。そして、奇妙な配置が解かれた時に、告白はヒッソリと投げつけられる「バッド テイスト トレイン」
富豪の招きで演じられた推理劇。豪奢な舞台。会心の演技。そして湧き上がる疑惑はどこまでもクリーミー。飲み口爽やかな「マイ オールドビターズ」
消えたミケが残していったただ一つのレシピが再現される時、推理作家の妄想は暴走する。編集者の美味しい錯誤と災厄はここに「バレンタイン チャーハン」
それはある女優と天才脚本家の思い出。土壇場の奇蹟が消耗する時、裁く者は誰?自分を取り戻す人々を描く「ボトル ダミー」
ああ、どの料理も抜群に美味そうだ。またしても北森シェフは、そのバリエーションの妙でまだ味わった事のない味覚の世界へ読者を誘う。果して何が真実で、何が虚構なのか?いやあ、これぞプロです。鮎川哲也賞作家で誰が推理作家として一番かは難しい問いだが、誰が小説家として一番かは即答できる。間違いなく北森鴻である。すっかりファンになってしまった。


2002年10月29日(火)

◆気合をいれて定点観測。結局、安物買い。
「新・探偵物語」小鷹信光(幻冬舎文庫)100円
「蛇怨鬼」天沢彰(ハルキホラー文庫)100円
「左眼を忘れた男」浅暮三文(講談社ノベルズ)100円
d「殺人者の饗宴」中島河太郎編(双葉社)100円
「アナザー・サイド・オブ・パーフェクト・ブルー」竹内義和・三浦武美(ぶんか社:帯)100円
「モーセの遺命」マー&ボールドウィン(角川書店)100円
「ドッグファイト」谷口裕貴(徳間書店:帯)100円
「死者/空の青み」ジェルジェ・バタイユ(二見書房:函・帯)100円
「アーサー王伝説」Rキャベンディッシュ(晶文社)100円
他にもウエストレイクの文庫や「ケイティー殺人事件」の帯付きが半額コーナーにあったりしたが、不良在庫を抱えてもしょうがないので、あっさりスルー。中島河太郎のアンソロジーは絶対持っている筈と思いながらも一抹の不安があったので、念のため押えてみた。バタイユやらキャベンディッシュは余りにも立派な本が均一棚に並んでいたので発作的にワゴンにいれてしまう。あ、普通はこういう本を「不良在庫」と呼ぶのかもしれない。
◆「アルジャーノン」第4話視聴。経過報告。段々賢くなってきて、パン屋の同僚との絡みは安心して見ていられるようになりました。でも、母親の描写が痛すぎます。
◆「本の雑誌」の原稿を少しずつ少しずつ埋めていく。こんな難産は初めて。これが後12回続くかと思うと気が遠くなる。よしださんから、連載は辛いぞお、といわれていたのが、段々実感として身に沁みてきた。プロのライターさんというのは、それだけで偉いと思ってしまう。うん。
◆掲示板で、日記の記述に絡んでもらえる。滅多にない事なので素直に嬉しいかも。


◆「親不孝通りディテクティブ」北森鴻(実業之日本社)読了
週刊小説に連載された、小気味よいハードボイルド連作。主人公は二人の同級生。屋台のおでん屋のオヤジ・鴨志田鉄樹と、結婚相談所の調査員・根岸球太。博多の街を舞台に、章毎に一人称を入れ替えて語られる6編の物語は、どれも、ツイストと人情味が効いた一筋縄ではいかない話ばかり。頭脳にも恵まれ肝もすわったテッキと、おっちょこちょいで直情径行のキュータという対照的な主人公に加え、彼等の恩師で今は結婚相談所を経営している華岡のオフクロ、博多署の悪徳刑事、バーのマダム<歌姫>など脇を固めるレギュラー陣もキャラが立ちまくり。このまま映像化可能な大人の読み物。とても御勧め。どれも泣かせる話だけど、個人的には表題作がベストかな。以下ミニコメ。
「セブンス・ヘヴン」シリーズ開幕。結婚相談所が宣伝に使いたくなる程の似合いのカップル。だが、とあるテレビ・ニュースが二人に悲劇をもたらした。運命の夜に起きた齟齬。重なり合う偶然の審判。七つめの地獄。ああ、長浜は今日も暇だった。入れ替わる一人称に面食らいながらも、事件をシャッフルする手際に唸る。
「地下街のロビンソン」嗄れ声の魔女が、人探しの依頼を持ち込む。どこかちぐはぐな女の写真。そしてもう1人のプロも彼女を追っていた。漂泊する地下街のロビンソン。シノギを削る博多の夜。二転三転するプロットが嬉しい北森版「火車」。ハードボイルドには人探しが良く似合う。
「夏のおでかけ」テッキを訪ねてきた美女をモノにしようと口先三寸。キュータの嘘から出た真実。錯綜する恍惚の風景。美談と偶然が運ぶ死の危険。火の山で見た一寸先の闇。これも矢継ぎばやの展開に唖然とする。愛と友情の物語なのではあるが、物語がどう転がるのかの予測が全くつかないでのである。些か偶然に頼りすぎた話ではあるが、このプロットの詰め込みは中編級。
「ハードラック・ナイト」祝賀と熱狂の夜、訪れるテッキとキュータのマドンナ。援助交際のリーダー殺しと目撃者探しのアルバイト。そしてカモメを見た女の真実は、飛べない空に思いを投げる。思い出はいつも美しく、運命はいつも皮肉だ。何が謎なのかを探す話。上手いなあ。
「親不孝通りディテクティブ」表題作。なぜそのカクテルは永久欠番なのか?それはある連続放火事件の記憶。犯行を自供した誇り高きホームレス。親不孝者たちの労りを蹂躪する暴力の罠。罰は静かに下すもの。これは痛い。残酷なオーヘンリー。ついのめり込んでしまう。この作品集のベスト。
「センチメンタル・ドライバー」美しすぎる三人の入会者。幸せを求める者達の園に蜘蛛が降り立つ時、テッキは最も大切なものを護るために立ち、そして消える。物語は一気に加速し、主人公たちの過去が復讐してくる。悪意の形が鮮やかであるだけに、探偵の決意が胸に染みる。また、こいつらに会いたい、そう思わせるエンディングである。


2002年10月28日(月)

◆昼休みに近所の書店で新刊買い。
「日本科学技術大学教授 上田次郎の どんと来い、超常現象」(学習研究社:帯)1300円
「SFマガジン 2002年12月号」(早川書房)890円
わっはっは、買わなきゃならない数々の日下本・藤原本を差し置いて、イロモノを買ってしまった。それにしても、過去、テレビ番組の中の架空の書物を実際に出してしまう、というようなアホな試みがあったであろうか?コミケじゃないんだから。いやあ、参ったなあ。真剣に冗談をやった製作者の心意気に敬意を表して買わせて頂きました。
SFMは「秋のファンタジー特集」。ファンタジーってえのは「秋」が似合いますな。「10月はたそがれの国」あたりの刷り込みだろうか?怪談には夏、ゴーストストーリーには冬、そしてハードSFにはHALが良く似合う。
◆調べ物で別宅ヘゴウ。噂に芳林文庫のカタログを回収。なるほど、ポケミス特集ですか。鎌倉の御前、全面協力の模様。
◆「ナイトホスピタル」第3話視聴。いい感じでキャラクターが廻り出した。ゲストの桃井かおりは疲れた子連れキャリア・ウーマンを好演。更に子役がやたらとうまくて感心する。


◆「触身仏 蓮丈那智フィールドファイルII」北森鴻(新潮社)読了
美貌の異端民俗学者・蓮丈那智、再び。助手の内藤三國とともに、挑むは歴史の襞、封印された翳、埋れた黄泉路、人心の闇。諸星大二郎「妖怪ハンター」へのオマージュであるが、どれも見事な推理小説に仕上げているところが立派。個人的には、蓮丈那智は、諸星大二郎のへなへなした線ではなくて、星野之宣のしゅっとした線で描いて欲しいと思うのだが、いかがなものか?でも確かに内藤三國は諸星キャラだよなあ。いずれにしても、このまま末永く書き続けて欲しいシリーズである。5編収録、以下ミニコメ。
「秘供養」雪の中に埋れた五百羅漢像の謎。風化しやすい石に刻まれた意図。葬り去ろうとした記憶。完璧な回答を遺し焼死した女子学生。那智、寝室探偵になるの一編。被害者の描かれようには些か鼻白むが、羅漢の解法はおぞましくも深い。
「大黒闇」カルトに絡め取られた兄を助けて欲しいという女子学生の依頼。大国主伝説に挑みつつ、宗教という「装置」の闇を那智の慧眼が暴く。岩戸伝説から国譲りまでの読解には、既視感あり。ヤマタイカに及ばない。が、カルト女王と那智の一騎打ちは見所あり。
「死満瓊」海彦・山彦伝説の裏で縺れる学者達の暗闘。失踪した那智が再び姿を表した時、その車には売れっ子学者の死体が積み込まれていた。勾玉を呑み込んだ死体は何を語るのか?ハウダニットから消去法で犯人を指摘する那智の名探偵ぶりが光る一編。もう、ミクニ君、めろめろ。
「触身仏」表題作。果してミクニの即身仏恐怖症は克服されたのか?市井の研究者が護る即身仏の真贋論議は、やがて真の封印を甦らせてしまう。即身仏談義がためになる一編。これもやや京極作品と被るところがあるが、一気呵成に読ませる。
「御蔭講」御蔭講とわらしべ長者の相似。女子学生の所属を巡る、歪んだ運命論。偶像は破壊されるためにある。諸星作品と泡坂作品の本歌取り。清楚な美しさを湛えた新キャラ登場の一編。なるほど「わらしべ長者」はそう読むのか。


2002年10月27日(日)

◆朝は日記と感想書き。原稿のネタを転がそうとしてネットをさ迷うが、構想が纏まらず悶々として過ごす。昼からは、図書館と買い物。あちこち歩き回る。脳味噌が疲れているのか原書を受け付けず、軽い本を読んで終わり。夜は、奥さんがスウェーデンの家庭料理に挑戦。ワインを開けて、素朴な味わいを楽しむ。普通の休日である。
◆買い物でダイソーを30分ばかりウロウロしたのだが、ふと気が付くとダイソーミステリーが根こそぎ姿を消していた。100円ロマンスやら、100円漫画は健在だったが、この店だけの話なのか?それともミステリーはもう賞味期限切れという事であろうか?通し番号がついていただけに後々コレクターズ・アイテムになったりするのかな?厭だなあ、若桜木ミステリーに100円以上出すのは。
◆コレクターといえば、ダイソーの横では、モデル屋が大繁盛。食玩やら、ガチャガチャが、シリーズ毎に完集されて、高価販売されている。あるいは日本の動物シリーズのレアものに、1体2,3千円の値がついていたりする。ああ、収集の暗黒面は至る処でその口を開けているのだ。剣呑剣呑。
今のところ、こちらの世界は「あっしには関わりのねえこって」で済んでいるが、黄金期本格推理シリーズとか銘打って、「Xの悲劇」の毒針コルクや、「Yの悲劇」の壊れたマンドリンやら、「獄門島」の逆さ吊りのジオラマを、豆本付きで、500円程度で出されたら絶対買うと思う。お願いしますから、そんなもの出さないでください。


◆「探偵ガリレオ」東野圭吾(文藝春秋)読了
てっきり本物のガリレオを主人公にした歴史科学ミステリだと思っていたら、ガリレオは只の愛称で、しかも「理系ミステリ」というよりは「<科学と学習>ミステリ」といった風情の連作集であった。帝都大学理工学部物理学科助教授の湯川学が、学生時代の友人である警視庁捜査一課刑事・草薙俊平の持ち込む難事件の謎を科学的に解明してみせるというのが基本パターン。
「燃える」では<突然の人体発火>、「転写る」では<人為的な手段によらない完璧なデスマスクの生成>、「壊死る」では<局部的に壊死したショック死体>、「爆ぜる」では<海面での大爆発>、「離脱る」では<見える筈のない建物の彼方の情景の目撃>といった不可能や不可解が提示される。
で、正直なところ、物理トリックについては、どれも小学生を驚かすレベルの仕掛ばかりで、幾らなんでも科学捜査の実態を舐めた話なのではなかろうか?作者としては、流行の理系ミステリに軽く挑戦してみたつもりかもしれないが、これを読んだら理科系の人は怒る、というか呆れるように思う。
フーダニットとしての捻りは、東野節が効いているものもあり、それなりに楽しめる。また「爆ぜる」の理科系ならではの動機などは中々気が利いており、「おっ」と思わせるものがある。何も物理トリックで勝負しなくても、この作者ならば、立派に理科系を舞台にした推理小説は書けると思うのだが。
ちなみに、文庫版の解説によれば、「湯川学」を創造するにあたって、作者の脳裏にあったのは佐野史郎だそうで、これには思わず膝を打った。その眼で読むと、実に湯川の言動・行動が佐野史郎を彷彿とさせるではないか!佐野史郎が好きな人はどうぞ。


2002年10月26日(土)

◆二日酔の頭を抱えながら日記を上げてから二度寝。起きたら午後2時。近所のデパートで北海道物産展をやっていたので、朝飯代わりにしようとTVチャンピオン2連覇のブルマンベーカリーなるパン屋さんの「男爵カレーパン」を買いに行く。

1時間並ぶ。

うへえ、何か読むもの持って行けばよかった。現地調達してもよかったのだが、一旦並び始めると列を抜けるのが惜しくなって、悶々と無為の時を過ごす。週初めからやっていた企画なので、口コミで「美味さ」が広がっているのかやたらと人気。中にはリピーターも多数いる模様。二人前に立っていた奥さんは18個買っていったし、すぐ前に立っていたイケてるおネエ様は6個買っていった。負けじと思ったが、なんとか抑制を効かせて4個どまりにする。外側のカリカリ感とカレーの辛さが大人向きで美味だわ、美味!このほかにもやたら美味そうなものばかり並んでいて、先週の横浜中華街フェアとは桁違いの賑わい。やっぱり、食い物は北海道だよねえ。うん。
◆揚げたてのカレーパンをぶら下げながら新刊買い。
「ストーン・ベイビー」ジュールズ・デンビー(ポケミス・帯)1200円
「マネー、マネー、マネー」エド・マクベイン(ポケミス・帯)1200円
「逃げる」エド・マクベイン(ポケミス・帯)1000円
「ハヤカワミステリマガジン 2002年12月号」(早川書房)840円
バークリーだのラファティーだの創元推理文庫の新刊だの欲しい本はそれはもう一杯一杯あったのだが、朝飯の買い出しのつもりだったのでお金を持っておらず、必須購入図書のみ押える。「ストーン・ベイビー」の帯で盛んに煽っている「マクベイン来日記念講演」が作者の都合でぽしゃってしまい、一連の「来日記念!!」出版計画が空回りになっているのが侘しさを誘う。中でも、HMMの「エド・マクベインフェア」広告のキャッチが泣ける。

<ミステリマガジン12月号「作家特集/エド・マクベイン」連動企画>

なんやねん、そのショボイ連動企画は?
◆夜は「本の雑誌」用原稿のネタで悶々とする。もう1年連載が伸びたのは慶賀だけど、もともと12回分のつもりで惜しげもなく手持ちのネタをつぎ込んだのが仇・グリーンになってしまった。あやしい自転車操業である。とほほ。こんな日記かいてる場合じゃないんだよなあ。


◆「狐闇」北森鴻(講談社)読了
美貌の旗師<冬狐堂>こと宇佐美陶子、再登場。前作「狐罠」で、骨董界に蠢く闇に孤独な闘いを挑んだ冬の狐は、今また窮地にあった。贋作疑惑、古物商許可証剥奪、そしてその命までもが狙われる。切っ掛けは一枚の青銅鏡。とある骨董市で陶子が落札した筈の品と掏り換えられていたのは、決して市場に流れる事のない出土品「三角縁神獣鏡」であった。そして、掏り換えの容疑者が、電車事故でこの世から葬り去られた時、彼女に接触してくる二つの影。白髪の研究者は鏡の底に鳥の姿を仄めかし、写された名品に罠は張られる。卑弥呼の伝説。天皇陵の集合写真。鬱勃たる歴史の襞に向い手負いの狐は復讐の牙を剥く。命を賭けたフィールドワークの末に神獣鏡が映し出した真実とは?
「凶笑面」の蓮丈那智、「孔雀狂想曲」の<雅蘭堂>などオールスターキャストで送る骨董推理。実は「凶笑面」に収録された短篇「双死神」事件を宇佐美陶子の側から描いた話である。同じ事件を、主人公を替えて、それぞれに独立した作品として書くというのは、余りミステリでは思い当たらない(SFでも高千穂遥のダッペとクラッシャーぐらいかなあ。)。従って、「双死神」での宗方教授的「だいだらぼっち」新釈はそのまま。但し、短篇では説明不足だった骨董界のブラックホール「税所コレクション」の虚実が綿密に描かれる。そして、物語の風呂敷きはどこまでも広がり、主人公たちを包んでいく。フーダニット趣味には欠けるが、驚天動地の歴史的新解釈に加え、騙しのテクニックをこれでもかと駆使した活字のびっくり箱。余韻といい、引きといい、申し分のないオモシロ読み物。よくぞ、こんなにひねくれた話を新聞連載したものである。傑作。


2002年10月25日(金)

◆職場の慰安旅行代わりに向島の料亭で50名様の大宴会。洒落で、日の出桟橋から水上バスに乗って浅草に向う。勝鬨橋、佃大橋、永代橋、清洲橋、新大橋、駒形橋、吾妻橋、などなど何本も橋の下をくぐり隅田川を溯る行程は、なかなかに非日常感覚で楽しい。丁度、火曜サスペンスの87分署を原作にした「わが街」シリーズの世界。ええですのう。片道660円也の値打ちはある。
宴会は、唄やら踊りやら野球拳やらも交えながらの結構なものだったが、はっきり申し上げて何を言っているのかさっぱり判らん無形文化財の世界。料理も、ん万円の会席料理であろうと、ん千円のしゃぶしゃぶ食べ放題であろうと一旦宴会が始まってしまえば、酒の肴に変わりはない。例によってへべれけになって帰宅して爆睡。ういい。復路では本は買うも読むもならず。
◆ADSLに申し込んでいたところ、モデムが届く。早速開けてみると、Windows95に対応したマニュアルがないんだよなあ。繋がるのか?これって?自慢ではないが接続環境なんてこのパソコンを購入した4年前からいじってないもんなあ。もし、パタっとこのサイトの更新が停まったら、「kashibaは接続の設定にしくじった揚句、パソコンをぶち壊してしまったんだなあ」と納得してくださいませ。しくしくしく。
◆須川氏よりROM116号、割付完了との報。結局、全84頁。MK氏の20作寸評に加えて、レビュー31本が詰まったぎちぎちの作りです。まあ、レビューの半数はこの日記の流用ですけど、後の半分が凄いぞお。誌友の方は乞うご期待。
◆金曜エンタテイメント「京都喰い道楽・古本探偵ミステリー〜井原西鶴・好色一代男に秘められた謎」という如何にも何でもありの趣味の悪そうな推理ドラマは金・ヘギョン・スペシャル緊急独占インタビューが飛び込んできたために、放映延期になった由。古本探偵役が<浅見光彦>俳優の榎木孝明とか。うむむ。あんな美男な古本屋なんぞ見た事ねえぞお。


◆「夏の鬼 その他の鬼」早見裕司(エニックス)読了
毎度掲示板への書込みありがとうございます。「横溝島・網元の座、奪回!!」&「祝!一戸建て購入」記念読書。作者のデビュー作「夏街道」に登場した水淵季里をフィーチャーしたシリーズ第3作。「力」を持ってしまった超能力少女の連作は、こんな話。

しなやかな水。たゆたう気。ながれる刻。水淵季里は高校生になった。
──春、何者かが、優等生に呪を投げる。それは大陸渡来の陰陽の術。闇の鳥を育てる魔の卵。新しい友人、新しい居場所、そして新しい闘い。放たれた気は怨み歪んだ心を救えるのか?
──初夏、取り壊される校舎から悲鳴が届く。卑しい企みの犠牲になるのは、いかなるものどもか?天才は異才と出会い、脳理を紅蓮が走る。炎に包まれた諦観の中を、駆けろ、水。掬え、命。
──梅雨、その人が逝く事を季里は知っていた。神の待ち人。どこまでも穏やかな静謐の書。だが、魂の有りようは、必ずしも陽のみに在らず。迷える者を導くために、弁護側の証人は、天界の法廷に立つ。
──盛夏、夏休み。鬼が遊びにやってくる。大切な者を奪うため。我侭勝手に食らうため。優しさに包まれながら、季里は今、決戦の舞台に立つ。この街の子は私だ。

この10年ぶりの新作は随分と印象が変わった。いや、主人公が一癖ある善男善女に助けられながら、妖かしと闘うという基本プロットは以前と同様なのだが、話が締まっているのだ。第1作、第2作で感じた、アンフェア感がない。最後に主人公が勝つ事が判っている話というのは、如何に強大な敵を創り、主人公を追いつめ、土壇場で逆転させるか、が作者の腕の見せ所である。しかし「とにかく勝っちゃたんです」では共感は得られない。そこにひねりや伏線があって初めて(特にミステリ系の)読者は満足する。「ジョジョ」的ツイスト、「うしおととら」的オールスターキャストなど、物語のツボを押えた80年代音楽趣味&沖縄郷土料理レシピ満載の甘口戦闘ファンタジーとしてお勧めしておきます。


2002年10月24日(木)

◆トップページの「まーだーぐうす」。できる時はふたつみっつホイホイ出来ちゃうのに、出来ない時は何をやってもダメ。とりあえず二日ぶりにアップ。<本歌>はフェル博士のモデルと言われる「コール王」。ここまで「3日で二つ」ペースですのう。成田さん新勝寺もとい@密室系の折々の密室に負けないように頑張らねば。
◆一駅途中下車して定点観測。安物買いに走る。
「ディケンズ短篇集」(岩波文庫)100円
「タイムスリップ森鴎外」鯨統一郎(講談社ノベルズ)100円
「刻Y卵」東海洋士(講談社ノベルズ)100円
「富士・青木ヶ原樹海事件簿」サトウ・トシオ(批評社:帯)100円
サトウ・トシオの本は「ちょっとミステリー」の第二弾らしい。世の中には私の知らない推理小説がまだまだいっぱいあるのである。いや、まあ当たり前の話ではあるのだが。
◆また、鼻風邪がぶり返して来たので早目に寝ます。


◆「螺旋階段の闇」Eルマーチャンド(講談社文庫)読了
講談社文庫の黒背には、ときどき渋い英国本格が混じる。「エイブヤード事件簿」然り、「さらばいとしのローズ」然り、「レベッカの誇り」然り。で、これも、この作者の唯一の邦訳。昨日ダブリを拾ったのでものはためしと読んでみた。こんな話。
物語は、実に英国古典的な舞台、古い英国建築を百年前に改造したラムズデン文芸科学教会で起きる。創立百周年を祝うパーティーが盛会裏に終了した翌朝、司書の助手をしていたアナベルが一階と二階を結ぶ螺旋階段で転落死しているのが発見される。協会の創立者の係累で小説家を目指すイーヴリンは、その前日、偶然にもアナベルが蔵書の間から古切手をくすねるのを目撃し、こっそりとそれを取り返したものの、今度はバッグごと引っ手繰りに遭い、パニックに陥っていた。創立者の曾孫でありながら拝金主義のエスコット家の人々、住み込みの司書夫妻、高名な学者である新入会員、様々な人々が交錯したパーティーの裏で仕組まれていた陰謀の正体とは?治安判事を務める文芸協会の会長がヤードに働きかけた事から、休暇を取る筈だったポラード警視が、引っ張り出されるのだが、どうやら事件は思った程単純なものではなかった。一体、ポラード自身が恐るべき災厄に見舞われるなどと、誰が知る事ができたであろう?猫は知っていた。
60歳を過ぎてから遅咲きのデビューを飾った女流作家の作品。宮脇解説によればキャサリン・エアードなどと並び、「English classic detective story」(英国古典風推理小説とでも訳すのかな?)という範疇に分類されるらしい。所謂「コージー」とは一線を画すというべきか、エアードもルマーチャンドも探偵は警官であるところがトラッドなのである。だが、不幸な事に、おそらくこの小説はルマーチャンドの中でも異色の部類に属する話なのではなかろうか?例えば、綾辻の「館」シリーズに「人形館」から入るようなもので、随分とその作風の印象が変わってしまう。自分のパターンを前提とした上で、もう一捻りしてみせた筈が、その「お約束」を知らない人間には、平凡どころか、ぶち壊しの着地という印象しか残さない。もう1作は、原書ででも読んでみないとなんとも言えないが、「処女作でもない、賞も取っていない、なのになぜ、この作品から入ったのか?」こそがこの作品にまつわる最大のミステリーである。


2002年10月23日(水)

◆昼飯時に神保町にいた。三省堂の店頭でもハリーポッターの第4巻を売っていた。さすがに行列なんぞはないものの、現に私が通りかかった瞬間にも買っていく人がいた。バンドの長さ調整に飛び込んだ時計店にも、直接の「お届け」があったりする。
さて、世の中には「原書で先に読んだるもんね!」とココロに決めて買うだけは買ったものの途中で挫折して今日のこの日を忸怩たる思いで迎えてしまった人が何人いるのであろうか?それが、ハリポタ読者の千人に一人としても、河出文庫の島久平やら鷲尾三郎を買った人より多いかもしれない。スゲエなあ。
◆というわけで、神保町タッチ&ゴウで安物買い。
「山猫」ネヴァダ・バー(福武書店)200円
「嘲笑う闇夜」プロンジーニ&マルツバーグ(文春文庫)100円
d「血塗られた報酬」Nブレイク(ハヤカワミステリ文庫)100円
d「螺旋階段の闇」Eルマーチャンド(講談社文庫)100円
女性レンジャー・シェイラ・シリーズの第1作を確保。福武書店のこの叢書も、結局全部「とりあえず押えとけ」という叢書になっちゃうのかな?
◆「天才柳沢教授の生活」第2話視聴。原作のキャラクターに益々馴染んできた。実に快調である。


◆「AΩ」小林泰三(角川書店)読了
昨年、SF村で話題になった書下ろし長編。全くの予備知識なしに手にとってみたところ、一読してのけぞった。こ、これは凄いっ!! よくもまあ、こんな事を長編でやろうとしたものである。で、何を申し上げても「ネタバレ」になる事が必至の作品なのであるが、世の中の感想は、そこのところを如何にクリアしているのであろうか?ううむ。
プロローグの航空機墜落現場から、読者は「聖書」の導くままに、黙示録が描き出した最終戦争の世界へと連れ去られる。悠久の時を越え、大宇宙を駆け巡る<影>の追跡。追跡者の名は「ガ」。度重なる探査のしくじりから、一族の最下層へと追われた「ガ」に与えられた最後のチャンスこそ、<影>の捕獲であった。二つのプラズマが、水の惑星の大気圏に突入した時、もうひとつの飛行物体は無惨にも削り取られる。奪われた命、増殖する蛋白、再生される四肢、そして復活。そのアンブレイカブルの伝説は、「アルファ・オメガ」という名のカルトの引き金を引く。湖に甦る龍、降臨する天使、揮われる剣、破壊神たちの闘いが爆裂で終わる時、<影>の征服は静かに始まる。溶け出す命に向って、撃てるのか、隼人!?
どろどろでぐちゃぐちゃのハル・クレメント風ファースト・コンタクトSF。主人公の血塗れにして孤独な闘いはただ凄絶、そして黙示録の戦士の足許で最後の審判を待つ人々の姿は余りに脆く儚い。大真面目に馬鹿をやり抜いた作者に、敬意を表する。きっと、大笑いしながら書いたんだろうなあ。もし貴方が日本人で、多少なりともSFが好きなのであれば、何も予備知識を入れないまま一読をお勧めする。百頁あたりまでが、やや辛いが、そこを越えれば後は一気呵成(の筈)である。


2002年10月22日(火)

◆残業で本屋にも古本屋にも寄れずじまい。購入本0冊。
◆あ〜あ、笹沢佐保なんて書いてるよ。笹沢左保ですね。過去にも何度も打った名前なので、パソコンを信頼していたんだけど、ダメダメだあ。こういう事では、未読王さんあたりから、「『巨匠逝く』とか思い出したように持ち上げる前に、名前ぐらい正しく書くのが人の道というものであろう」と突っ込まれそうですな。謹んで訂正いたします。
「木枯し紋次郎」は「木枯らし紋次郎」にならずに変換されるのになあ。しょぼん。
◆「アルジャーノン」第3話視聴。菅野美穂の笑い泣きの表情につくづく感心する。


◆「孔雀狂想曲」北森鴻(集英社)読了
小説すばるに連載された、骨董商・雅蘭堂店主を主人公にした連作短篇。黒川博行の「文福茶釜」と同様、生き馬の眼を抜く稼業の裏と表が楽しめて勉強になる。押し掛け女性アルバイトがいるところなんぞは「ギャラリー・フェイク」まんまであるが、まあ、そこはそれ、面白ければ許す。逆にいえば「ギャラリー・フェイク」が如何に時代の空気を先取りしていたかという事であり、日本の漫画が大衆文芸の最先端である事の証ではないか、と思ったりもする。なにせ「お宝鑑定団」の前からやっていたんだから。
閑話休題。何を書いても及第点をクリアしてくる北森鴻の事なので、この作品集も、実に楽しい。時に人称を替えてみたり、準レギュラーの敵役を配してみたりと、緩急の付け方も抜群。「狐」シリーズのじっくり書き込まれた丁々発止もいいのだが、フェイクものには、基本的には短篇が似合うような気がする。8編収録。以下ミニコメ。
「ベトナム・ジッポー・1967」万引き未遂にあったベトナム帰りのジッポーに秘められた、ある特派員記者の苦い思い出。果して、急襲を内通してしまったのは自分だったのか?シリーズ開幕編。比較的新しい「お宝」をモチーフにして、戦場のフェイクを発掘する癒しの店主・越名集治を立たせる。ジッポーの特徴を利用したトリックが見せる。
「ジャンク・カメラ・キッズ」長火鉢の抱き合わせでやってきたジャンクカメラ30個。だが、それを店頭に出した頃から、奇妙な客がやってき始める。果してその裏に隠された真実とは?面白くなくはないが、すぐ見当のつく真相よりも、捨てネタに使った話の方が新鮮だった。その意味で破綻した話。
「古九谷焼幻化」因縁の悪徳骨董商・犬塚登場編。海外にいつ兄から代理を頼まれ、北陸での蔵開けに臨む越名。だが、その現場には、どこかちぐはぐな処があった。果して、名品中の名品、古九谷焼の真贋や如何に?なるほど、骨董商の騙し合いは斯くも熾烈を極めるものか、と感心する。二重三重の仕掛けが楽しい作品。敵役もキャラが立っていて吉。
「孔雀狂想曲」急に人気が出てしまった鉱物標本。越名の慧眼は、その中にあった孔雀石の価値を見抜くのだが、、ワン・アイデアだが、捻り方が如何にも北森作品。ただ、犯人たちの顔が見えない分、カタルシスは低い。
「キリコ・キリコ」一人の女性が語る、運命の夜の毒混入事件。キリコの容器に秘められた告発の風景。その名称へのこだわりが示す遠い日の真相とは?傑作。古畑任三郎のとあるエピソードを彷彿とした。最後の一瞬にすべてが明かされる理想の短篇推理。
「幻・風景」作家の手遊びで描かれた戦後間もない三鷹の夕景。だが、その絵にはもう一対の朝の風景があるという。その行方を追う越谷の辿り着いた奸計の構図とは?犬塚登場編。絵の探偵という越名の趣味が明らかになる。まあ、絵のネタを思いついたので無理矢理あとづけされた感はあるが、戦後日本史との絡みも含め綺麗に纏まっている。
「根付け供養」落魄した指物職人が怨念を掛けた根付け勝負。好事家と骨董商の行き詰まる攻防、そして逆転につぐ逆転。極めて読後感の良いお話。嘘ばかりの世界なればこそ、ここに描かれたマニア道は美しい。この作品集のベスト。
「人形転生」発掘された幻のビクスドール。だが、収集狂の館が紅蓮に包まれる時、人形たちもまた炎の中で骸を晒す。大掛かりな復讐譚。人形の愛らしさが恨みの深さを掻き立てる。人形にはこういう話が良く似合う。それにしても、この名探偵ぶりは少し超人的に過ぎんか?


2002年10月21日(月)

◆「霧雨に戯作者は逝った」ちゅうか「修羅場を嗤う火焔土器」ちゅうか、鮎川哲也に続いて笹沢左保も逝去。鮎哲が日本の本格推理の妙味を教えてくれたように、笹沢左保は私にとって格好良さとは何かを教えてくれた作家だった。
丁度、推理小説が面白くなって来た中学生の頃に、二つのテレビ番組に嵌まった。「刑事コロンボ」と「木枯し紋次郎」である。どちらも時代を代表するヒーローであった。台詞を暗記した。楊枝を鳴らす練習をした。5m先の地面を見て前傾姿勢で早足で歩いてみた。アホである。しかし、当時の日本にはそんなアホが多かった(筈だ)。
幸いにも中間小説誌を片っ端から買っていたオヤジのお蔭で、木枯し紋次郎、御子神の丈吉、地獄の辰、日暮妖之介といった笹沢左保の時代ヒーロー達の活躍にリアルタイムでのめり込む事ができた。後になって音無し源も半身のお紺も乙井の姫四郎も全部追いかけた。笹沢左保が、本当は実力ある推理小説の書き手である事を知ったのは随分後になってからの事である。「人喰い」「招かれざる客」「空白の起点」「盗作の風景」「結婚て何さ」「霧に溶ける」。いやあ、どれを取っても凄い作品ばかり。決して土屋隆夫や仁木悦子に引けを取らない、直球ど真ん中の本格推理小説である。また時代小説ブームが一段落した後、「求婚の密室」に始まる本格推理回帰も嬉しい出来事だった。現在でも、タクシー探偵は土ワイの、取調室は火サスの看板シリーズだ。生涯人気作家だったと云って過言ではあるまい。日本を代表する作家がまた一人逝ってしまった。合掌。心からご冥福をお祈りします。

個人的にはまたまだ、笹沢左保には未読の作品が多い。おそらく膨大なその著作の4分の1も読んでいないに違いない。そして奇跡的にもその殆どを容易に読む事ができる。まだまだ楽しませて貰いますよ。ええ。楽しませて貰いますとも。

◆雨も上がったので二駅ばかり途中下車して定点観測。
「角砂糖の日」山尾悠子(深夜叢書社:函・パラ)800円
d「赤いリスの秘密」エラリー・クイーンJr.(ハヤカワ文庫Jr.)150円
「プレーリードッグの罠」Eウィルソン(偕成社)100円
d「あどけない女優」戸板康二(新評社)100円
「幻夢 エドガー・ポー最後の五日間」Sマーロウ(徳間文庫)100円
「必殺シリーズ勧善闇知識 瞬間の愛編」必殺党編(ザ・テレビション文庫)100円
おおお、なんと山尾悠子の句集を定価の半額でゲットできてしまった。2年前に実は現役本であった事が判明して話題になった本だが、まだ生きているのかな?いずれにしても定価以下でゲットはできない本と諦めていたが、こんな事もあるのね。偕成社のトムとリズの事件ノートは、これで全6巻コンプリート。Sマーロウの文庫は、3年前に出ていた本。ポーの死の直前の5日間に何があったかという謎に迫る。ポー・ネタの本は結構好きなので今更にして拾ってみる。そういえばキューバのハバナでヘミングウェイの書簡やら未発表原稿が山と出てきたそうですな。世の中には、まだまだ色々な発見があるものだと感心したりして。必殺シリーズ闇知識の下巻、自力で100円ゲット>なんとかなりました、やよいさん:私信。
◆「ナイト・ホスピタル」第2話視聴。幼児虐待疑惑エピソード完結編。予告を見て、オチの見当はついていたが、結構面白いではないかいな。考えてみれば、何も無理矢理ナイトホスピタルなどという設定にせず、徹底的に病理医のドラマにしてもよかったんじゃないのかにゃ?尤もそれでは、話が地味すぎるのか?次週のゲストは桃井かおり。とりあえず見るつもり。


◆「The Assassin's Riddle」Paul Doherty(headline)Finished
托鉢修道士アセルスタン・シリーズ第7作。森英俊氏が「事典」で大きく取り上げた中世版「ユダの窓」。これを読みたいばかりに、第1作から順を追って読んできたと云っても過言ではない。で、結論を申せば、その募る期待に十分応えて余りある作品だった。第6作でややヒュー・コーベット化した分を取り戻す本格不可能犯罪路線の復活ぶりに、もう拍手喝采。また、シリーズの中でも大きな転換点となる(であろう)エピソードでもある。リアルタイムで読んでいれば「これでシリーズ完結か?」という不安に駆られたかもしれない。とりあえず、その後も第8作・第9作が発表されているので安心してお読みください。

1380年夏。「鴉の館」事件で、摂政の陰謀を見抜いていたアセルスタンは、その慧眼を怖れた摂政の手によって、ロンドンから遠ざけられようとしていた。だが、ロンドンの街はまだ彼の叡智を必要としていた。
とある夜の事、大法官庁の執行部門の吏員であるエドウィン・チャプラーは何者かによって撲殺され、テムズに投げ込まれる。同じ夜、強欲をもってなる金貸しバーソロミュー・ドレイトンは、戸締まりが完璧になされた自宅の中の執務室において胸を石弓で射抜かれて殺される。その執務室の壁は煉瓦の上から漆喰を厚く塗り込め、唯一外に通じる鉄の枠と鋲で補強された重い木製の扉は内側から施錠されたうえに頑丈な閂までが掛けられていた。密室状態の家屋の中の真四角の完全密室。血溜りの中を扉とは逆方向の壁ににじり寄ろうとしていたドレイトンの死体を発見したのは、クランストン卿の部下であるヘンリー・フラックスウィズ。異常を告げる二人の従業員ステイブルゲイトとフリンステッドに連れられ、彼等の破った窓から家に入り、更に厚い扉を壊して現場に飛び込んだのであった。この謎に挑むクランストン卿とアセルスタンは端から二人の従業員の態度に怪しいものを感じ取っていた。しかし、ここまで完璧な密室状態を一体如何にして作り上げたのか?現場から消え失せた大枚の銀貨を国庫に没収すべく、摂政ジョン・オブ・ガーントは部下のヘイヴァント卿を派遣してクランストン卿に真相究明を急がせる。
更に、吏員殺しの方でも新たな展開があった。エドウィンの同僚で伊達男のルーク・ペスレップが、娼婦との一夜を楽しんだ行き着けの宿屋の便所で刺殺され、現場には羊皮紙に記された二つの謎かけが遺されていたのだ。
「王はひとたび兵と戦い、これを平らげる。が、闘い終わりし後、勝者も敗者も同じ場所に横たわる」
「私の最初は、利己的な僧侶に似て」
果してその意味するところとは?そして現場に現われては掻き消えた若い男の正体とは?。二人の吏員の勤務する大法官庁に赴き上司と同僚に、被害者たちの経歴や日頃の生活、そして同僚達のアリバイを聞込むクランストン卿とアセルスタンは、敬虔にして質素なチャプラーと自堕落で浪費家だったペスレップの落差に驚く。だが、むしろチャプラーの方こそ職場では浮いた存在なのであった。リーダーのアンドリュー・アルセット以下、ウィリアム・オラートン、ロバート・エルトラン、トマス・ネイファムといった同僚たちのアリバイは、期せずして事件当夜ロンドンでも有数の娼館で乱痴気騒ぎを演じていた事で立証される。そして探偵達はそこでエピックの森から来たチャプランの妹アリスンと出会い、その清楚な美しさとひたむきさに打たれる。アセルスタンはテムズの「死人釣り」の手から傷んだチャプランの遺体を引き取りアーコンワルド教会で葬儀を行う事を彼女に約する。
だが、死の影は尚も吏員たちの間近にあった。その翌日、お茶の時間になって、吏員の一人オラートンが毒殺されてしまったのだった!そして彼の部屋には新たな謎かけが、、
「私の二つ目は、悲哀の中心であり、恐怖の遣わし手である」
一方、チャプランの葬儀を執り行ったアセルスタンは、そこで「奇蹟」に遭遇する事となる。なんと、新しく教区員たちに設えさせた真新しい木製の十字架から真赤な血が流れ出してきたのである!!
次々と殺害されていく吏員と暗殺者の謎掛け、立ちはだかる完全密室、そして流れ出る奇蹟と教区員たちの熱狂。今、拍車の音は闇に響き、地獄の牧師は「三聖誦の男」を召喚する。

密室が訳もなく凄い。「なぜ、密室にしたのか?」という問いかけはこの際おいといて、これは確かに時代背景を踏まえた新たな「ユダの窓」の出現である。吏員連続殺人と謎掛けの解法も頼もしく、動機から、二人の探偵の選んだ結末まで、右脳と左脳に等しく訴えかける出来映えである。また、奇蹟の方の解決もハウダニットよりホワイダニットで読者の胸を打つ。更に、黒尽くめのスマートな悪漢「地獄の牧師」や、聖具専門の詐欺師「三聖誦の男」などアンダーグラウンドで通り名を持つ悪党たちが男気たっぷりにその闇の魅力を振り撒き、更には第2作「赤の必殺者」のキャラクターも再登場するなど、さながらオールスター・キャストの感がある。これは文句なしの傑作であろう。さあ、アセルスタンの魂の旅はこの次に如何なる怪異と邂逅するのであろうか?