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2002年10月20日(日)

◆積録した富野アニメ消化。カンダムSEED2,3話、キングゲイナー3,4話視聴。ガンダムSEEDは、真剣に初代ガンダムをやりたいみたいである。ある意味安心してみていられるというか。エンディングテーマがかぶるラストの引きが毎回素敵。
キングゲイナーは、「時間停止」というとんでもないテクノロジーを前提とした物語らしい事が見えてくる。これには呆れた。そんな凄い事できるのに、雪の中のモビルスーツ戦にしか使わんのか?こやつらは!?絵も荒れてきたし、そろそろポイかな?
◆夜は、連れ合いの御両親がイタリア旅行から無事帰還されたので、宴会。ううう、明日は健康診断なんですけど、私。
◆なんだか、ミステリ系のサイトじゃないね、この週末は。


◆「海を見る人」小林泰三(早川書房)読了
クトゥルーもどきの中編でデビューして以来、異形系のホラー作家という印象の強かった作者が、どっこい理科系な面を炸裂させたハードSF集。抒情と科学の出逢いが鮮やか。文科系には死んでも書けない「科学的に正しい」ネタの連打に普段使っていない脳味噌が悲鳴を上げる。これまではネットでしか見えていなかった技術エリート・小林泰三の真実の姿がここにはある。時にミステリの手法も交えながら描かれた、翻訳SFの如き未来曼荼羅に括目せよ。以下、ミニコメ。
「時計の中のレンズ」無限を象ったコロニー世界の内側で繰り広げられるエクソダスの記録。若き指導者の成長物語でもある。クラークの世界にオールディスとビショップあたりの遺伝子も取り込んだ堂々たるハードSF。世界の描写に淫しているが理科系としては、楽しめるのだろうか?
「独裁者の掟」衝突する宇宙船。バランスの崩れたマイクロブラックホールを推進力とする二つの巨大恒星間宇宙船が拮抗し対立し滅びに向う中、世界を救うただ一つの手段に賭ける<志>。非情と抒情の対比が見事な好短篇。アウフヘーベンの向うに驚愕が待つ。
「天獄と地国」万有引力を発見する遠い未来のクラッシャーの神話。宇宙を生活空間とする人々の描写が鮮烈で、活劇シーンもなかなか読ませる。落ちはやや平凡だが、手堅い。
「キャッシュ」それは恒星間宇宙船を支えるVRの世界。おれはそこの只一人の探偵。世界の崩壊を防ぐためにアリスとともに、仮想現実と現実の狭間を行く。ソウヤー的な未来探偵譚。なぜ世界が崩壊に向っているかという謎と、犯人は誰かという謎が有機的に絡まり、ラストの「皆を集めてさてと云い」も楽しい。
「母と子と渦を旋る冒険」探査飛行に飛び立った<純一郎>君の驚異と冒険に満ちた物語。そこで落ち込んだ新しい星系での、新しい生命との出会いが、淡々と描かれる。おそらくは理科系にとって「ここ笑いどころ」的なネタが満載なのであろう。特にこのオチは酷い。
「海を見る人」事象の水平線に広がる思い。それは逢ってはいけない恋物語の果て。観察者の遠見眼鏡が写す恋情。少女の一瞬、少年の永遠。さすが表題作だけあって物理と抒情の幸せな出逢いがここにはある。二千一夜物語ですな。
「門」あるガーディアンの伝説。そして果たされた約束の物語。宇宙の跳び方が不慣れな人類を導く門。歳若い女性艦長の矜持と、老獪な女性指導者の慧眼。全てを予期した<会話>の謎が、鮮やかに解かれる今この時。Boy Has Met Girl.


2002年10月19日(土)

◆WOWOWで「Cast Away」を視聴。ロビンソン・クルーソー+イノック・アーデンなフェデックス宣伝ドラマ。面白くなくはないが、やや冗長。トム・ハンスクが25kg減量したというのは凄い。ホントに特撮でもないのに面立ちが変わっちゃうんだもんなあ。
◆購入本0冊。図書館で本を一杯借りる。


◆「禍記(マガツフミ)」田中啓文(徳間書店)読了
最凶のダジャレ伝奇SF作家が、出世作「水霊」でみせた神代系への造詣を遺憾無く発揮したホラー短篇集。雑誌に発表した4編に書下ろし1編を加え、更に、全体を「禍記」という縦糸に結わえた構成は「お約束」ながらも、見開きの偽神代文字ページを挿入するなどやりたい邦題の暴れっぷりには好感が持てる。作者の諸星大二郎への傾倒ぶりがそこかしこに窺い知れて吉。以下ミニコメ。
「取りかえっ子」シンデレラ物語の果てに待つ取りかえ鬼の悪夢。壊れた新妻が見た修羅の報い。策謀と狂気のぶつかり合いが酷い。ありきたりのネタのコンビネーションだが、読ませる。長編の序章としても使えそうな話だが、誰に感情移入して読むべきか迷う。
「天使蝶」隠れ里に伝わる冥界の蝶の伝承。オリンピック利権と黙示録伝説が縺れる時、名誉欲に目の眩んだ学究父子が遭遇する禍禍しき生き物の物語。凶蝶の生態系が魅せる。映像化されるとさぞや気色悪い話であろう。ラストも含め中編ホラーとして完璧。
「怖い目」失明した婚約者を追って「ひゃくめさま」の島に潜入した女が見てしまった地獄絵図。吐気の込み上げてくる妖怪ホラー。なんとも生理的嫌悪感の募る展開と驚愕の絶望的結末に脱帽。地口落ちは地獄落ち。
「妄執の獣」謎の流行性感冒と連続する惨殺事件を結ぶ子供たちの都市伝説。親達が気づいた時、既に「彼等」の復讐は始まっていた。これもまた、失われた異形の物語。アイデアの処理が美しい分、ありきたりになってしまった。
「黄泉津鳥船」歪んだワープ航法が、天駆ける船を冥界へと導く。禁断の転生がもたらす常世と闇のビッグバン。田中版七夕物語でもあるオカルトロマン。これは全編、田中啓文節に満ち溢れた大傑作。こんな話を書ける人間は世界広しといえどもこの作者しかいない。
「禍記」敏腕女性記者が垣間見た禁じられた書。不潔と汚辱の果てで、平衡感覚が崩れ、唾棄すべき真実が溶けていく一瞬に、塗潰された虚ろの神が白い手で招く。倉阪鬼一郎も使ったネタだが、これはこれで宜しい。
「伝奇原理主義宣言〜あとがきに代えて」田中啓文の目指す「伝奇」の姿が良く見えて吉。絵が書ければ漫画家になった人なのであろう。


2002年10月18日(金)

◆本日午前中、トップページが30万アクセスに達しました。毎度ありがとうございます。サイトを始めた時には考えもしなかった夢のような数字です。
先日のROMコンベンションで主宰者の加瀬氏がおっしゃった「推理小説というのは本来、一人で楽しむものである」という論はまさにおっしゃる通りですが、ねっからの同人誌男と致しましては、FC活動やネットにもそれなりの良さがあると信じております。とにもかくにも、このサイトを始めてから「本を読む」という事が生活習慣になりましたし、更にこの歳になって沢山の心の友と呼べる人ともお付き合いさせて貰う事ができるようになりました。サイトを維持する事に要した時間を読書に向ければ、今の倍は本が読めるかもしれませんが、サイトを拓いて得たものはそれを補って余りある物だと確信しております。
ネットの暗黒面に巻き込まれ、「ミステリを読んで、広く深く楽しむ」という本来の目的を忘れ、アクセス数を上げる事やら、とにもかくにも感想をアップして体裁を保つ事が目的化してしまわないよう心がけながら、もう少しの間だけ、ミステリをネタに面白可笑しく遊ばせて頂きますんで、お付き合いの程、宜しくお願い申し上げます。

「サイトは面白くなければならない、主宰者が楽しくなければやっている資格がない」

◆年休を貰ってゴロゴロ。昼から奥さんと二人で近所のデパートでやっていた横浜中華街展「点心・飲茶食べ放題」に行く。催物場に40人限定の飲食スペースを設けての45分間1000円一本勝負。15種類の点心・飲茶が食べ放題というのは安いのではないかい、と挑戦してみた。結果、見事に30分間でダウン。TVチャンピオンの大食い選手権の決勝が45分間というのは短すぎるように感じていたが、どうしてなかなか人間45分間もぶっ続けで物を食べられるものではない。ごちそうさまでした。もう、当分、点心や飲茶の類いは顔も見たくありません。
◆腹ごなしに、一駅先のブックオフまで徒歩でゴウ。
「ミニミニSF傑作展」Iアシモフ他編(講談社:帯)100円
「石川喬司競馬全集 第三巻」石川喬司(ミデアム出版社:帯)100円
SFショートショート集はひょっとしたらダブリかもしれないが、所持しているのは「三分間の宇宙」の方だったかもしれない。となると、少し嬉しい買い物。まあ、ダブりでも引き取り手に事欠かない本であろう。石川喬司の競馬小説本、もう1冊は持っていたと思うのだが、それが第1巻だったか、第2巻だったかが思い出せない。うーむ。まさか第3巻って事はないよなあ。
◆テレビ12チャンネル「芸術に恋して」をわざわざ録画してまで視聴。リアルタイムでは、NHK教育の「地球時間」で流していたフランス製UMA追跡番組を見ていて、こちらは画面全体からエスプリの滲み出る素晴らしい仕上がりで大満足。問題は12ちゃんバラエティーの方だ。はっきりいってカスである。コメンテイターでまともなのは多摩美の怪しげな先生一人。前半はキーティングのミステリの書き方をネタ本に、後半は笠井潔の「大量死」論をネタに構成したスカスカの番組。「本陣殺人事件」が日本の本格推理の出発点とするのはまだしも、クリスティーの「スタイルズの怪事件」が世界の本格推理の出発点ってえのは納得いかん。ホームズには長編がない、などという大嘘を平気でナレーションするに至っては思わず画面にリモコンを叩きつけてやろうかと思った。「スタイルズ以前の推理小説は、冒険やスリラーに重きをおいたもので論理性に乏しく、しかも短篇が中心だった」んだそうな。なんだよ、お前ら、ブラウン神父って知ってるか?黄色い部屋の謎って聞いた事あるか?ソーンダイク博士の長編、読んだのかよ?それにクリスティーだってスタイルズからアクロイドまで、冒険やスリラー中心の話ばっかり書いてたんだぞお。断片的には「岡山疎開時代の横溝正史目撃談」やら有栖川有栖の正史に対する思いの告白など見るべきところもあったが、なんとも志の低い番組であった。連呼される「ミステリー文学」という表現もどうも馴染めなかった。「推理小説」でいいじゃん。無理矢理「アート」にしてもらわなくて結構。
尚、コメンテイターの一人、いとうせいこうが「一冊も推理小説を読んでいない」といったのは言葉の綾だろうが、その理由が揮っていて「ミステリを読んだ」というと、ミステリマニアが「あれは読んだか」「これは読むべきだ」などと本を押し付けてくるのが厭だからだそうな。云われてみれば、ミステリマニアってその傾向はありますな。ここは素直に反省しておこう。そもそも、こんなところでゴミ番組に長々と反論しているところがミステリ読みの偏狭なところなのかも。ううっ、鶴亀鶴亀。


◆「フラッシュフォワード」RJソウヤー(ハヤカワ文庫SF)読了
今やミステリアスなSFを書かせたら第一人者、カナダ人SF作家ソウヤーの最新作、と書こうとおもったら、もう「イリーガル・エイリアン」がでましたかそうですか(まあ、実際に書かれたのはフラッシュフォワードの方が新しいんだけどさ)。自分は昔からそう良いSFの読み手ではなくて、剣と魔法やすぺおぺを除けば(「青背の世界では」とでも申しますか)、アシモフとブラッドベリーとブラウンがあればいいやあ、というレベルのSF好きであった。で、最近でいえば、ベイリーとホーガンとカードがあればいいやあ、だったのだが、ここへ来てソウヤー株が急上昇。ミステリのツボを押えながらで、SFならではの奇抜なアイデアを作品世界に昇華してみせる力技に感服。これも「時間テーマ」という古典的なアイデアを現在の科学技術や社会の中で見事にシミュレートさせた快作。こんな話。
2009年4月21日17時、ヨーロッパ素粒子研究所(CERN)で、宇宙創生直後のエネルギーを再現して幻の「ヒッグス粒子」を探すという大実験が行われた。だが、その結果、プロジェクトの趣旨からは、想像もつかない大異変を引き起こしてしまう。なんと、2分の間、全人類の意識を21年後の自分に転移させてしまったのだ。プロジェクトのリーダー:ロイドは今の恋人ミチコとは異なる老女と同衾している自分を見てうろたえ、もう1人のリーダー:テオは何も見なかったが故に自分の死を悟る。だが、彼等はそれでもまだ幸運だった。運転中の自動車、離着陸体制の飛行機等が引き起こした事故による死亡者は、膨大な数に上り、世界はパニックに陥る。そして、やがて自分達の見たものの正体が判明する従って、諦観という楔が人類に打ち込まれる。運命に身を委ねようとするロイド、自分の死を回避すべく犯人探しに奔走するテオ、二人の天才物理学者は、如何なる道を切り開くのか?果して、人類の叡智は勝利する事ができるのか?
手垢の着いた着想を現代的なセンスで、フーダニットとロマンスと社会シミュレーション小説に膨らませた時間テーマのオモシロ読み物。自分殺しの犯人を捜す「探偵」という設定は幽霊ものでは結構あるものの、時間SFできちんと展開されるのは珍しいかな。メイン・プロットのしたたかさもさることながら、人間臭い物理学者像の描写も鮮やかで、様々な未来予知のくすぐり(会社更正法を申請するマイクロソフト社やら、円売りやら、52番目のアメリカの州やら)がなんとも愉快で、カナダ人ならではのネタ(ケベックの独立)も新鮮である。とにかく読み始めたら、誰でもがその先が知りたくなる極上のエンタテイメント。終盤、些か手堅く収束させたかに見せて、最後の最後に大風呂敷を放り投げてみせるところなんざあ、役者よのう。まんまとやられました。
それはそれとして、ソウヤーの邦題って、どうしてこうも工夫がないのかね?
というわけで邦題づけゴッコ
元々社だったら「垣間見た未来」
久保書店だったら「2030年の未来社会」

創元推理文庫だったら「時間遷移」

ポケミスだったら「ビッグ・バンの殺人」「リングで殺す」

お粗末様でした。


2002年10月17日(木)

◆通勤途上で凄いものを見てしまった。新橋の徳間書店ビル。<バブルの塔>というか、<トトロ御殿>というか、現在は借り手探しの真っ最中のようだが、その1階に新刊ショーケースがある。空き家となった今は、何も飾られておらず、侘しさが募る一方のそのスペースにトドメをさすかのような事件。今朝その前に立てられていた看板に曰く、

「ここで大便をするな。みつけたら警察に通報します」

うっひゃあーー!!思わず絶句。ホームレスの仕業?それとも、徳間書店に恨みでもある人の意趣返し?「ウロボロスのく礎論」ちゅうか、「スタジオ・ジブリブリ」ちゅうか。
朝っぱらから、すみませんね>ってなぜ俺が謝る?
◆少しだけ残業したばかりに「お別れ会」に出そびれる。仕方がないので、一駅だけ定点観測。5冊200円のお店でお買い物。
d「寝室に鍵を」Rウインザー(光文社カッパノベルズ)40円
d「推理小説の整理学(外国編)」各務三郎(かんき出版)40円
d「ボニーと砂に消えた男」Aアップフィールド(早川ミステリ文庫)40円
「鉄道探偵ハッチ」Rキャンベル(文春文庫)40円
「山陰路ツアー殺人事件」中町信(勁文社ノベルズ:帯)40円
ロイ・ウインザーがちょっと珍しかったので、無理矢理5冊拾う。翻訳カッパノベルズでは「鉄路のオベリスト」が一番の効き目とされているが、なにせ抄訳バージョンで、完訳に拘るとEQ連載版を押えたくなってしまう事から、「そりゃあ、翻訳のカッパの効き目といえば、これでしか読めないウインザーの方でしょう」などと<通>ぶる向きもいらっしゃる。確かに、ウインザーの二冊って余り見かけなくなっちゃいましたね。各務本は初心者向け。名作93選のレビューがあるが、さすがHMM元編集長。歯切れよくその作品の魅力を語っている。それにしても「バークにまかせろ」にもノベライゼーションがあるのかあ。あるんだろうなあと思いながらも、その眼で洋古書店を見てなかったもんなあ。ああ、また探求書が増えてしまう。中町信は今は亡き勁文社の本。そろそろ、この辺は押えておかないといけないのかも。
ああ、本を買った日は日記が楽だ。


◆「不死の怪物」JDケルーシュ(文春文庫)読了
ここのところの文春文庫のホラーは実に頑張っている。これも「名のみ知られた幻のホラー」の1つ。1922年の刊行というから、古い話である。なんといっても圧巻は荒俣宏の解説。どうやらこの作品、故平井呈一も御執心で、荒俣宏自身も国書刊行会に出版企画を持ち込んだが日の目を見なかったという曰く因縁付きの作品らしい。英米では映画化もされ、この作家の作品としては唯一といっていい程息長く読み継がれているとか。ミステリの世界で云えばさしずめ「ある詩人への挽歌」クラスの作品なのであろうか?いや、それとも「停まった足音」だったりすると、少し厭かな?こんな話。
白い巨人が見下ろすダンノーのハモンド家に纏わる伝承。それは、長子相続によって、ヴァイキングの昔から、世界大戦の終わった現在にまで語り継がれた「不死の怪物」の物語。「マツやモミの生い茂れるところ、星々のもと、熱も雨もなかりせば、ハモンドの当主、汝の禍に気をつけろ!」そして、その夜、若き当主オリヴァーの元にも「それ」はやってきた。千切られた猛犬、引き裂かれた村娘、血塗れの当主。魔術師の末裔、狂人の果て、呪いの連環を断つために召喚される美貌の心霊探偵エマ。封印された彫像、欠落するルーン文字、埋め込まれたアスガルドの神々。魂の狂騒に立ち向かう、二つの愛。そして三千年の時を越えた癒しは杜に訪れる。
思わず19世紀文学かと見まがう大時代がかったお話。書かれた時から古かったので、いつまで経っても古臭くはならなかったのかもしれない。ミステリ・ファンがフーダニット趣味で読むと、あまりにもあからさまな展開に辟易とする、というか、探偵小説の定石を踏まえていないがために、焦燥感が募る。しかし、真相が暴かれてからの展開には意表を突かれた。なんと、そうくるか!である。そこから、この「出来損ないの推理小説」は一転して、トンデモ大ロマンに変化するのである。とりあえず、この作品を訳出し出版した文藝春秋社に敬意を表しておく。ありがとう。


2002年10月16日(水)

◆ROM116号の割付やら表紙の案を送ったり。真面目が肝腎なROMなのでワタクシの編集号はホント、ワイルドに変種号になっちゃうんだよなあ。
◆学生時代に同期だった友人が亡くなったという話がメーリングリストで飛び込んできた。「あの元気な男が何故?」と思うのだが、詳細は不明。まだ、訃報が「ネタ」であってくれ、と思う。

私と相当に趣味の守備範囲が被っていたのだが、彼がアニメとSF、私が漫画と推理小説、と専門分野は分けていた(かな?)。私と同じく「『幻影城』と『OUT』を一緒に買う」男だった。

彼の特徴は、そのおしゃべり、しかもネタバレ。自分が面白いと思ったものは、とにかく他人に語り尽くさなければ気が済まない奴で「オレの前で、推理小説のネタをばらしたら殺す」と言っておいても、懲りずに「ねー、ねー、ねー、kashiba君、知ってる?知ってる?」と寄って来ては長話をしていく。学生時代から「宇宙軍」に名を連ね、最近はワールド・コンベンション日本招致委員会とやらにも加わっていたらしい(若いね>人のことは言えんが)。

活動する「マニア」だった。
五月蝿いんだけど、愛すべき人間だった。
今ごろ、お星様の彼方で、亡きSFの巨匠相手に「ねー、ねー、ねー、知ってる、知ってる?」をやっているのだろうか。ああ、夜のしじまのなんと饒舌な事でしょう。

というわけで、ますみつゆきひろ氏のご冥福を心からお祈りします。

◆10月新番組「天才柳沢教授の生活」第1話をば視聴。面白いっ!!原作の味をよく出してます。松本幸四郎の教授から孫娘まで含めて皆さんそれぞれにはまり役。まだ「HR」をみてないのだが、これまでのところ10月新番組では一押し。服部隆之の音楽にのって松本幸四郎が振り返ると「あ、千石さんだあ」と思ってしまうワタクシであった。どうせなら長女役に松たか子が良かったかもねん。
◆原書は待ちに待った森英俊氏ご推薦の修道士アセルスタン・シリーズ第7作「暗殺者の謎」に突入。開巻即、直球ど真ん中の本格推理に興奮中。というわけでワタシが原書を読めるのは面白いからであって、無機質な技術翻訳とは全然わけが違うんですってば>大矢博子さん

◆「デッド・ロブスター」霞流一(角川書店)読了
B級グルメの私立探偵・紅門福助が登場する霞流一最新作。「ミステリー・クラブ」に続く「推理小説は甲殻」であり「エビ死殺人事件」である。結論から言うと、非常に面白い本格推理小説であった。こんな話。
「私立探偵を雇っているという格好をつけて劇団員を安心させたい」なんとも不純な動機で、看板男優を失った劇団「建光新団」に雇われた俺、紅門福助。亡くなった神島は、深夜の学校のプールで真っ裸で警備員ともども溺死するという恥かしい死に様を晒していた。彼の予定表に定期的に記された「エビ」の文字は何を意味するのか?やがて、古参男優と実力派男優の二派に割れる劇団を「エビ」の呪いが覆っていく。背骨を折られ工事中の屋上のど真ん中に1つの足跡も残さず遺棄されたゴシップ好きの端役。三十七箇所をめった突きにされて殺された美人女優。完全密室の中で額に赤いビニールテープを貼られ喉を鎌で切られた三枚目。炸裂するたいこもちとエビの蘊蓄、空回りするギャグ、懐かしい街をロボットたちが徘徊する時。犯人オーディションに合格したものの名は誰?
過剰なお笑いに淫した「オクトパスキラー8号」を読んだ後だったせいもあるが、不可能犯罪に見立て、謎のメッセージにSF趣味、そして各種取り揃えたアクの強いギャグとEQはだしの論理的な推理が実にバランス良く組み合わさっており、どこに出しても恥かしくない推理小説に仕上がっている。動機がやや弱いが、この尋常ならざる設定の中では、「なんでもあり」と納得させてしまうところが作者一流の味であろう。どこまでも一途なまでに真面目にバカをやろうとする創作姿勢に敬礼。作者のファンでない人にも、恐る恐るお勧め。


2002年10月15日(火)

◆神保町タッチ&ゴー。幟を立てたり、紅葉を模した装飾を施したりと、月末の青空市への盛り上げに余念がない。空気がすっかり秋である。いや、別に何も買うものはなかったんですけどね。
◆ROM116号用の地口の調べ物で別宅に立ち寄り。情報を仕入れては放出する自転車操業、というか過放電に近い状態。考えてみれば、サイトの運営自体も同人誌の編集みたいなものなので、二つを掛け持ちするというのは相当に辛い。そもそも、このサイトの立ち上げも、「ROM106号の編集が終わってたら」という思いがあった事を今頃になって思い出した。ああ、もう3年以上前なのかあ。ああ、あれは春だったんだね。
◆「アルジャーノン」第2回視聴。ううむ、相変わらず辛い。余計なドラマが多すぎる。知恵遅れを笑う同僚達は何とかならんか?それとも天才になってから復讐でもさせるのか?
◆2年近く前から、立ち上げようとするたびに意味不明の警告を発してフリーズしていたホームページ・ビルダー。厄介なのでずっと触らずに来たところ(つまりこのサイトはその間ずっと「打ち込み」で作っていたのである)、先日、ファイルを転送するつもりが誤ってプログラムをクリックしてしまう。「あっちゃあ、これでフリーズだよお」とアタマを抱えていたら、なんとそのまま立ち上がってしまった。ありゃりゃ?半信半疑でもう一度立ち上げてみると成功。おお!やった!これで楽ができるぞ!と嬉しくなったが、いざ使おうとしてみると、全然使い方を忘れていて、為す術もなく自分がフリーズしてしまう。まあ、そのうちまた画像を貼れるように努力します。

◆「ラトビアの霧」中津文彦(講談社ノベルズ)読了
書下ろし長編旅情ミステリー、と銘打たれた1988年作品。ベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体する直前のラトビアを舞台にしたお話。先日、中津文彦ファンの人から「これを読め」と薦められた中津作品5冊のうちの1冊。これまでに読んだ中津作品は、どうも「今ふたつ」ぐらいの出来映えだったので、それなりに期待して読んだのだが、これが全然ダメ。
開巻即の文章に「ちんまりとしたビルの地下にしてはびっくりするほど広いのに驚かされる。」という緩い表現があってゲンナリ。なんだよ、「びっくりするほど広いのに驚かされる」って?これが新聞記者出身のプロの文章か?
それを我慢して読み進むのだが、満州国で美男・美女カップルが冤罪に巻き込まれ拷問にあうプロローグから、数十年下っての神戸での殺人事件、更にラトビアの首都リガに向った姉妹都市・神戸の文化交流使節一行が巻き込まれた「誘拐事件」まで、実に2時間ドラマを思わせる安易で御都合主義的な作りにアタマを抱える。少しこの類いの旅情ミステリーから離れていたせいもあるが、その観光案内書を座右においてランドマークに関する情報を写本する創作姿勢には、怒りよりも先に情けなさが込み上げてきた。これは「旅情ミステリー」という、推理小説とは別のジャンルの大衆文芸なのであろう。この作品を江戸川乱歩賞に応募しても、絶対受賞不可能な事だけは断言できる。あとは「黄金流砂」を読んでみて、本当にどの程度の人なのかを見極めたい。ラトビアの観光案内が気になる人はどうぞ。


2003年10月14日(月)

◆明方にROM116号の原稿を送稿して二度寝。結局、kashibaの原稿は28頁になりました。
◆昼過ぎから本宅の片づけに嵌まる。改めてROMのバックナンバーが4冊ばかり発掘されたので読み耽る。ううう、面白いんだってば。特に、112・113号のアンケートには惹き付けられた。あああ、なんでまた、こんな真面目な同人誌の編集引き受けちゃったんだろう?
◆「ナイト・ホスピタル」第1話視聴。掴みはOK。1話完結でないのには驚いたが、とりあえず次週も見る気にさせる。真夜中の雨よりも演出が軽快で吉。

◆「The House of Crows」Paul Doherty(Headline)Finished
托鉢修道士アセルスタン・シリーズ第6作。今回は、相変わらず盛り沢山な話。
メインプロットは、戦費調達の議会が召集される中、シュルーズベリ出身の騎士たちが、謎の脅迫の品を送りつけられ、一人又一人と殺害されていくという事件。「兇器を持ち込めず、王のパスがなければ侵入不能な完全警護の教会の一室で斧で首を刎ねられた被害者」という謎が一応不可能犯罪の部類。
それに加えて、アセルスタンは教区の墓に出現し信徒を襲う悪魔事件、クランストンは連続猫誘拐事件に追われている。これに、聖杯やら、アーサー王伝説やら、ロンドン塔の衛士失踪事件やら、幼王暗殺事件が絡んで、例によって、アセルスタンとクランストンは、議会が終了するまでという刻限付きの探索に挑む事となる。
復讐という動機が「Red Slayer」の焼き直しだが、伝奇趣味よりも、当時ならではの「社会性」を帯びている。その部分の含めて全体的に権謀術数の色合いが強く、どちらかといえばヒュー・コーベットものを読んでいるかのような感触があり、正直に言ってやや期待外れ。まあ、面白い事は面白いのだが。梗概詳細は後日。


2002年10月13日(日)

◆ひたすらROMの編集。あれこれ疑問点を確認するために別宅に寄って調べもの。今更ながらジャック・ヴァンスとジョン・ホルブルック・ヴァンスが同一人物である事の裏を取ったり、ドハティーのペーパーバックの刊行年を調べたり、「赤髭王の呪い」の刊行年の件で「第四の扉」の後書きを読んだり、などなど。サイトでいい加減な事を書いていても、「まあ、いつでも直せばいいやあ」と開き直っているのだが、印刷されるとなると、それなりに気をつかうようで。
◆日曜ドラマ「おとうさん」第1話を視聴。なんとも豪華な女優陣。田村正和が頑固オヤジを好演しており、ありきたりの設定ながらも、まずは無難な仕上がり。これから後妻候補が四人の娘の抱えている問題を一話完結で解決していくんでしょうかね。

◆「死の招待」Pアルテ(私家版)読了
アルテの第三作。私家版の「赤髭王の呪い」をカウントすれば第4作という事になるのかな?「フランス語で読んだ」といいたい所だが、アルテを趣味で翻訳したさるお方から「今回のROMの編集に必要であれば」ということで拝借。怪奇趣味は稀薄だが、密室殺人のシチュエーションが余りにも異常なのである。こんな話。
奇抜な発想で知られる推理作家から、半ば脅迫紛いの晩餐への招待状を受け取った刑事と新聞記者。刑事は世間を恐怖に陥れた連続女性殺しの犯人を突き止め手柄を立てた男、そして作家の次女の恋人でもあった。一方、新聞記者はその作家のよき理解者。だが、二人が作家宅に赴くと作家の妻は一切事を知らされておらず、夫とも前の晩から逢っていない事が判明する。仕事場に向うと、中からはチキンの香りが漂ってくる。返事のない事を不審に思った3人が内側から差込錠の掛かった扉を破って入ると、そこには3人分のディナーの支度が整えられており、あつあつのチキンのグリルからは、香ばしい香りが漂い、煮えたオイル・フォンデュの鍋には作家が顔を突っ込んでいた。だが駆けつけた捜査陣を更に愕然とさせたのは、作家の死亡推定時刻。なんと作家の死体は死後24時間を経過していたのだ!果して、この常軌を逸した「死の招待」を催したのは誰なのか?事件当夜に墓場近くで目撃された老人は、作家と不仲だった亡父の霊だったのか?ツゥイスト博士の慧眼が香りの彼方に嗅ぎ取った、腐臭の正体とは?
作家に長年音信不通だった双生児の弟がいたりするところが、いかにもアルテ。密室の解法も二転三転し、さながら手品を見るが如くである。オカルティズムの意匠も施されてはいるが、第1作ほどには派手な道具立ては用いておらず、ミスディレクションの配置はクリスティー的なセンスを感じさせる。ということで、そのうち翻訳が出ると思われます。乞う、ご期待。


2002年10月12日(土)

◆早朝に起き出して二日分の日記をアップ。安心して昼まで二度寝。
◆午後からは、只管ROM116号の編集。いや、ただ日記に書き散らした感想をROMの体裁に貼り直していくだけの作業なのだが、延々8時間ぐらいかけて全工程の半分程度。あれこれ疑問が湧くたびに裏を取る作業に入るため、前に進まない。鬼門が「森事典以降のドハティー作品リスト」。Amazonで叩くと「To Kill a King」という聞いた事もない本がヒットしてしまい、オロオロする。何かの間違いだと思うんだけどなあ。それにしても自分の感想を読み返してみて、誤字脱字の多さにはうんざりする。ああ、俺はこれをずっと公衆の面前に晒していたのかあ。

須川さん、とりあえず、kashibaの原稿は27頁です。>業務連絡

◆「イリアの空 UFOの夏 その1」秋山瑞人(電撃文庫)読了
秋山節炸裂の学園ボーイ・ミーツ・ガール「侵略者を撃て!」ばなし。手垢の付きまくった設定の中で、如何に自分らしさを出し、格の違いをみせつけるか。少し頼りない主人公、強引極まりない新聞部の部長、元気印の女性部員、しっかりものの妹、男勝りの保健の先生、陽気なMIB、そして謎めいた美少女。もうこれはがちがちの「パターン」である。大丈夫なのか、秋山瑞人?!
これが全然大丈夫なのである。
それは夏休み最後の日、天使は水辺に舞い下りた。約1ヶ月半の休暇を裏山に篭って園原電波新聞の創設者たる水前寺部長とUFOを見張る事に費やしてしまった浅羽直之。人生の浪費を欠片でも取り戻すべく夏の終わりの儀式に向った学校のプールに彼女は居た。泳げないスクール水着。ビート板と水飛沫。血と電気の味。陽気な黒い翳が彼女を連れ去ったとき、天駆ける乙女の幻は真夏の夜の夢で終わるかと思われた。しかし、物語の歯車はそれを許さない。彼女は転校生、伊里野加奈。
基地の街は、UFOの夏だった。
と、ここまでが第1章!!どうやら人類は、既に日夜、謎の円盤UFOと闘っていたらしい。美少女はおそれイリアの改造人間らしい。残酷な天使のテーゼは窓辺からやがて飛び立つようである。大人を蹴散らす元気が凄い。当たり前の危険が嬉しい。人間嫌いの初恋が良い。ついでに可愛い絵もご機嫌だ。さあ、秋山瑞人よ、規定演技の中で、ニッポンの夏を銀河の向うにキック・オフだ!!


2002年10月11日(金)

◆「秋眠暁を覚えず」で朝寝坊。更新をサボる。午前中、鼻風邪に苦しむ。耐え切れず鼻水止めを飲んだら午後からは睡魔との闘い。ううう、花粉の季節を思い出すべたな展開。っていうか、これはもしかして「秋の花粉症」なのかなあ?眼が痒いのもそのせいか?うへえ。
◆とにかく眠くて古本屋に寄る気力が湧かず。幸い帰り着いた千葉駅にワゴンが出ていたので安物買い。
「モンテカルロに死す」EMレマルク(読売新聞社)200円
「イリアの空 UFOの夏 その1」秋山瑞人(電撃文庫)200円
レマルクなんか買っちゃったよ。絶対読まない本の一つになるんだろうなあ。それにしても戦後間もなくのベストセラー「凱旋門」ぐらいしか紹介されてないんだろうなあと思っていたら結構訳出されてるのね、レマルクって。秋山本は、今ごろ買いました。済みません>誰に謝っている。
◆余勢をかって新刊買い。
「鷲尾三郎名作選 文珠の罠」日下三蔵編(河出文庫:帯)1200円
第1期完結。「文珠の罠」も「悪魔の函」も未所持の人間としては嬉しいラインナップ。鷲尾三郎はB級・C級の作品しか持ってなかったので、これでようやく「本格推理作家」としての鷲尾三郎の真価に触れる事が出来る。ところで、早速、小林文庫掲示板で桜さんから「播かぬ種は生えぬ」の冒頭1行が欠けていると指摘があったのには唖然とした。「よく気が付くなあ」という驚きは勿論だが、「とりあえず眼を通してみる」という行為に感心するのである。
◆帰宅すると「本の雑誌」の最新号が届いていた。おおお、未読王さまの独占インタビューにカラー水着ピンナップだ(半分嘘)。なんと!王様ってば、推理小説研究会出身だったのかあ!!と驚く。余りにも内容への言及がないので推理小説研究会だなんて思ってもみなかった。

ひとつ、人の世、食費を削り、
ふたつ、古本購入三昧、
みっつ、皆でこの世の本を集めてくれよ<絶好調>

んでもって、よしださんとの「中村うさぎ・シンクロニシティ」に唸る。古本者の合い言葉、というか「免罪符」、だよなあ。

◆「バルーンタウンの手毬唄」松尾由実(文藝春秋)読了
「妊婦(当時)探偵・暮林美央」シリーズ第三弾。これほど息長く書き続けられているとは知らなかった近未来SFミステリ。様々な推理小説のガジェットを巧みに<妊婦だけの街>に盛り付ける勝利の方程式は健在。この作品集も「悪魔の手毬唄」「幻の女」「国名シリーズ」「九マイルは遠すぎる」を本歌とする楽しい読み物に仕上がっている。まあ、作者なりに産みの苦しみはあるのかもしれないが、この調子で、もう2、3冊分は続けて頂きたいものである。それにしても今月のSFマガジンのSFミステリ・リストではなんと第1作「バルーン・タウンの殺人」が既に入手困難とか。「バルーンタウンの亀の腹 諸行無常の響きあり」ちゅうか、何すんねん、早川書房!?である。以下、ミニコメ。
「バルーンタウンの手毬唄」妊婦向けの健全極まりない手毬唄の調べに乗って次々と襲われる安定期の被害者たち。無惨にも腹に記された数字と廻りにあしらわれる見立ての謎。犯人の牙が、有名人に向けられた時、美央の推理は冴え渡る。<手毬唄>の実用性とセンスの無さに爆笑。「役人が作った」という設定が憎い。動機は色と欲というありふれたものだが、二転三転する展開にごまかされ、面白く読んでしまった。
「幻の妊婦」美央の恥部に触れるが故の語られざる事件、ここに公開。編集者を呼び止めるバスケットケースをさげた寂しげな妊婦。健全な逢い引きと謎の電話。それが編集長襲撃事件容疑者のアリバイと繋がる時、バルーンタウン・イレギュラーズは活動を開始する。まずは「美央の恥」の正体ににんまり。幻の妊婦の正体には、強引ながらも胸を打たれる。趣向を成立させるために、全ての筋立てが無理をしているのだが、とりあえず読後感は爽やか。
「読書するコップの謎」小説家・須藤真弓再登場。今度は犯人当て推理小説を引っ下げて読者=美央に挑戦してくる。脅迫者と五人の妊婦。その中の一人が覗き穴からみた亀腹の殺人者の正体とは?端正なフーダニット。一発ネタではあるが、細部まで気配りの行き届いた佳編。謎めいた題名のセンスも吉。ペリー・メイスンものの題名みたいでもありますな。
「九ヶ月では遅すぎる」御存知「九マイル」へのオマージュ。ただ、それだけで終わらずに、妊婦ならではの不可能犯罪(妊婦の腹では絶対通れない狭い通路が「ユダの窓」状況を構成する盗難事件)を盛り込んでお話を盛り上げる。題名から全てを組み上げたのだろうが、なかなかに神業である。密室の解法もトンデモながら評点高し。