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2002年9月30日(月)

◆出社するなり仕事が修羅場。購入本0冊。

◆「駒場の七つの迷宮」小森健太朗(カッパノベルズ)読了
東京大学教養学部&駒場寮を舞台にした新本格推理。赤門や三四郎池で知られる文京区の「本郷」キャンパスは専門学部で、通常、東大生は最初の2年間を駒場で過ごす。中には雑学部呼ばわりされる教養学部を専攻して駒場の主となる人間もれば、語学の単位を落すなどして進級できないまま、遥か本郷を夢見ながら駒場に骨を埋める人もいる。教養学部で留年と休学を組み合わせれば、10年間駒場に住む事も夢ではない。こんな替歌がある。

「ディゾヌール・ドュ・ラ・サール!」
逝け逝け留年生
逝け逝け休学生
ポンとチーとの火花が
あの卓に飛んで深夜の駒寮にこだまする
いつか行きたい花の本郷
その日を夢見て今日も打つ
朝が来れば眠る私
ラ・ラ・ラ・サール
ラ・サールの恥

とまれ、駒場には、なかんずくサークルの拠点である学生会館や駒場寮には長年に渡る受験勉強から開放された元受験生たちが吐き出す安穏とした空気が横溢しているのである。そこは「わが一高時代の犯罪」で高木彬光が描いた世界からはかけ離れた留年生の殿堂・休学生の社交場なのである。これは、禅とエルピー・プル(@機動戦士ガンダムZZ)に青春をかけた作者が、楽園に巣食う蛇たちの葛藤を描いた作品。
故あって伯父が主宰する新興宗教<天霊会>に帰依し駒場の地で勧誘活動に励む東大生の「ぼく」こと葛城陵治は、キャンパスで<勧誘女王>の名を縦にする鈴葦素亜羅に惹かれていく。幾つもの宗教団体を掛け持ちで勧誘するソアラは、驚異的な知識とノウハウで東大生たちを宗教に嵌めていく。<思索と超越研究会>という名称でクラブを騙った伝道活動を行うぼくらは集会所を確保するのもままならず、駒寮でも反宗教を旗印に掲げる寮生によって尽くに妨害を受ける。そして、その妨害故に駒寮で不可解な「ユダの窓」事件が起きる。閉じられた空間の中にいたのはソアラと喉を掻き切られた被害者・学生エロ漫画家の牧島だけだったのだ!妹を自殺で亡くした牧島は、彼女の死の背景に解散した宗教団体<アール・メディテーション>の翳を見、彼女を勧誘したソアラと一戦交えていた。勧誘女王の無実を晴らすため立ち上げるぼく。だが、事件はそれだけには留まらなかった。次々と襲われる<天霊会>の女子学生、自殺する女子高生、逆転するBとS、果して白い絵コンテに記された告発とは?駒場の七つの迷宮の扉は今開く。
殺人事件の解法は例によってしょぼいが、ダイイング・メッセージは世相を反映した「見えない人」をうまく用いており吉。「コミケ殺人事件」の作者ならでは、と褒めておこう。また、連続自殺の飛ンデモ・レトリックも凄い。よくこんなアホなことを思いついたものである。主人公の設定や、ヒロインの造型は斬新で、ラストに至っての<引き>にも驚かされる。人間は書けていないが、東大生は書けてます。まあ、こんな東大もありということで、続編にも期待だ。


2002年9月28日(土)・29日(日)

◆今日の日記は長いです。
◆ROMコンベンション2002の開催日。昼前に飛び出し、一旦別宅に寄って二次会準備の仕上げ。放出用の本と若干の資料を持って新宿へゴウ。車中では司会のネタを仕込むため参加者アンケートを熟読し、読書は進まず。参加者アンケートでは、好きな作家(もしくは今読んでいる作家)と好きな作品(もしくは今読んでいる作品)を尋ねているのだが、前者では当然ながらJDカーが10名でトップ。しかしながらバークリーが8名で続いているのがいかにも御時世というか、ROMというか。一昔前まではとても考えられなかった出来事であろう。3位がブルースの3名なので、カーとバークリーは3馬身ぐらい差をつけての1・2着。後者では見事に票が分かれる中、奇跡的に3票を集めた「ブラウン神父の童心」が唯一の複数票でこれも3馬身差のトップ。ふうん。意外なような、納得できるような。
◆会場は、歌舞伎町のジェイズというお店。フクさんの送別会に使った処で、少々手狭なのが気になったのだが、店探しにはなんの協力もしなかった人間としては文句は言うまい。司会を仰せつかっているので、どうせ食べ物には手をつけられまいと踏み、松屋で腹ごしらえをして、10分前に乗り込む。着いた段階では、幹事の須川氏に鎌倉の御前、紅二点のお一方・朗読家の佐藤女史の3名のみ。早目に来たMoriwakiさんに、事前アンケートをもとに「貴方が最も平均的なROMのメンバーですよ」とネタふりしたり(好きな作家でカーをあげ、好きな作品で「ブラウン神父の童心」を挙げていたのである)、初対面の牧人さんに挨拶したり、浜田知明さん作成の自称「怪文書:『僧正の積木唄』欠点一覧」を眺めたり、同じく初対面の青縁眼鏡さんに挨拶したりしながら待つ事しばし、定時には25名が勢揃い。皆さん、なかなかに時間厳守であらせられる。須川氏の事務連絡に続き、私の司会で開会。
◆トップバッターは、開祖ROM氏こと加瀬代表。「日本の首相も最近ではメモなしで喋るというのに、すみませんねえ」といいながら、メモ4頁に渡るご挨拶。
−以前からもこういう会合の開催をせっつかれながら、そもそも麻雀やスポーツなどと異なり1人で楽しめる「ミステリ」の世界では、コンベンションを必要だとは思ってこなかった。それがようやく今回の開催に至ったのは、幹事役の須川氏の努力と新しい世代の登場に負うところが大きい。
−23年前にROMを立ち上げた頃には、主なメンバーといえば、新青年で翻訳物に接した世代と、戦後生まれの海外紹介ラッシュで育った世代だったものが、最近では国内は新本格、海外は国書の全集以降という人々がメンバーになり、逆に新青年世代は一昨日の鮎川哲也のご逝去に代表されるように、退場されていく。
−またネットの浸透で、昔は主宰者たる自分が最も情報を把握できていたものが、気がつけば会員相互での情報交換が盛んになり、逆に自分が一番もの知らずになっていた事に愕然とし、新たな会の有り様を探るためにも、ネット者もすなる「オフ会」を挙行することとなった、
といったお話。
◆続いて、少し遅れて来たもう1人のROMの立役者、レオブルースFC会長でもある小林晋氏が「下戸なワタシがなんですが」とフォローしながら乾杯の御発声。しばしの懇談に雪崩れ込む。「なるべく知り合い同士で固まらず、まずは隣の人からお話を」と振ってはみたものの、相当の方々とは面識がある、もしくは勝手に存じ上げている状態。ここで私は関西SRの重鎮にして綺人郷主宰者の野村氏と「サイトみてまっせ」とエールを交換したり、同じくSRの巨人・沢田氏から「今度、久生十蘭の歴史的大発見を発表するから、もうkashibaの日記でマンスリーに文句はつけさせんもんね」と迫られたり。あとは真田啓介さんともご挨拶。紙媒体でもネットでも隙のない精緻な論を展開する氏は私とはアタマの出来が違う方なので、柄にもなくドキドキしてしまう。
◆しばし懇談の後、参加26名中、ミステリを商売にされている二人からご挨拶。
まずは「古書展の人間ランドマークタワー」森英俊氏。何を喋ろうかワセミスの後輩に相談したところ「普通の話でいいんじゃないですかあ」とアドバイスされたので普通の話にします、とボケながら、やはり内容は「ROMと鮎哲とワタシ」というお話に。
−あまり同人誌活動は好きではなかったが、バークリー特集号に惹かれてROMに入会、その出来の良さに感動。
−また鮎川哲也作品は「人それを情死と呼ぶ」を図書館で借りて読んだのが最初で、世の中にはこんなに面白い推理小説があったのか!と興奮。丁度その直前に神保町で東都ミステリ版が500円で出ていたのに遭遇したのだが、中島河太郎の酷評が記憶にあってスルーしてしまった自分を呪った。
−以降、勤め始めて仕事に追われ、ミステリから殆ど離れざると得なくなった時にもROMと鮎哲作品は辛い自分を支えてくれた、学生時代に鮎川先生にインタビュー出来た事も思い出深い。また私家版の「ミステリ作家事典」を出した際に、鮎川先生から「ギールグッドについて長年の疑問が解けた」とお褒め頂いたのも光栄であった。
−ともあれ今日の自分があるのもROMと鮎川先生のお蔭であるといっても過言ではない、
てなお話。
◆続いて、もうお一方の「必殺商売人」は御存知・仕掛けて仕損じなしの古典ミステリ復興の立役者・藤原編集長。「一ヶ月にバークリーを二冊も出してすみません」と笑いをとりながら、実は欧米古典ミステリをそう読んでいる訳ではない、と衝撃のご発言。
−国書での探偵倶楽部の企画をやった後に、翻訳モノでもそういうシリーズが出来ないかを考えていたら、鮎川哲也先生にROMの存在を紹介され、そこから探偵小説全集の企画が一気に加速した。
−とにかく日本にこれだけ古典ミステリを原書で読んでいる人々がいらっしゃるとは思わなかった、
と当時の驚愕と興奮を、淡々とした藤原節で語られる。
−なお、隠し玉につきましては、自転車操業で(笑)第4期がスタートしたばかりにつきご紹介できる内容はございません。2年後に第4期が完結する頃には是非、
とのこと。楽しみにしてまっせ。それにしても、国書の探偵小説全集の成立にも鮎川哲也翁の存在があったとは、恐るべし鮎川哲也!!
◆しばしの懇談の後、いよいよ一部の人にとってはメインイベントの不要本交換タイムへ。
当初の須川案では1冊ずつ欲しい人を募って、複数希望者があればジャンケンで決めるという事だったのだが、16名から供出されたずらりと並ぶ稀少本の山を前にオークショニアとしての野生の勘が「それでは絶対に埒があかない」と告げる。とにかくホワイトサークルのロラック(それも3冊も)やら、裸本とはいえバウチャーの「ゴルゴダの七」やら、アルテの合本やら、まずは末端価格で10万円は下らない本が、無料配布されるのである。うおお、みんな太っ腹だよう!咄嗟の判断で、本名で五十音中最初の牧人さんと最後の青縁眼鏡さん、そして真ん中の須川幹事にジャンケンしてもらい、「一番勝ち抜けから二番目に向って名簿の順でぶっこ抜き、一巡したら逆廻り」ルールで走る。なんと一巡しても「ゴルゴダの七」が残っていたという事実で、メンバーと供出本の質の凄さを御想像頂きたい。ワタシはここで読めもしないアルテを頂戴する。
◆最後30分を残し、では「お一人お一人ご挨拶を」と参加者の皆さんにROMへの思いを語ってもらう。最後に須川幹事の関東一本締めでお開き。なるべく早い段階での再会を期して散会。いやあ、大変面白うございました。是非またやりましょう!!拙い司会でご免ね>ALL。
◆なおドタキャン1名。誰あろうEQFCの斉藤代表であった。どうしたのかな?
◆入手本は小林晋氏ご提供のこれだ!
「Paul Haiter 1」(Integrales)頂き!
実は氏からは、もう1冊分、凄いものを借りたのだが、それが何かは、秘密だ!!
もういっちょは、森さんから
「The Sluth of Baghdad」Charles B.Child(C&L)2700円
◆臼田さんとか浜田さんとか、もっとお話をしたい人もいたのだが、ここからは別宅で二次会に流れるため、10名の参加希望者を先導して中央線、御茶ノ水乗り換え総武緩行線で別宅の最寄り駅へ。そこで「自分の飲み食い分は、スーパーで調達ください」と幹事としては最も楽なパターンで、拙宅に向う。幸い雨が上がっていたので、徒歩10分もさして気にはならなかったかな?まあ、車中からミステリの話が途切れず、時間が飛ぶように過ぎていく。
参加者は、牧人さん、ラフレシアさん、茗荷丸さん、彩古さん、奈良さん、須川さん、大鴎さん、青縁眼鏡さん、黒白さん、森さん。半分が「初めてさん」、半分がリピーターというバランスのとれた構成。
まず、古本の交換から始まるのはいつもの通りで、大鴎さんから宿代替りに貴重な本を頂戴するとともに、読書用に2冊の本を貸し借りし合う。頂きものはこれ!
「Owl of Darkness」Max Afford
うわあ、ホントにこんな本、貰っちゃていいのかあ?
あと、「奥さまに」と青縁眼鏡さんから沖縄製のタコスのレトルトを頂戴する。ううむ、さすが主婦だわ。ありがとうございますありがとうございます。
◆ここからは只管飲んで喋って、で、何を言っていたのか殆ど記憶にございません。何やら大量にダブリ本を牧人さんや、青縁眼鏡さんに押し付けたような。奈良さんに全集の鮎川・仁木本とミステリー9の「幻の島」を渡したり、彩古さんに渡辺啓助の「江戸の影法師」(帯付き)を渡したり(交換リスト待ってます>私信)、森さんに創元の「皇帝の嗅ぎ煙草入れ」初版を御進呈して、ロスト・クラシックの代金替りに世界秘密文庫の帯3本を渡したりしたのは、しっかり覚えてます。この辺が書痴です。
◆21時前に青縁眼鏡さんを駅まで送りがてら少々、フーダニット翻訳倶楽部のお話。翻訳家志望の人の中では古典読者が少ないですよねえ、とか。
◆23時前には、森さん、彩古さん、須川さん、奈良さんが引き上げ、後はまったりモード。ラフレシアさんが「『ジェシカおばさんの事件簿』の中で最高傑作は『陪審員はつらいもの』だ!」と盛り上がったので、我が意を得たりとビデオ視聴タイム。オモシロかったでしょ?>ALL。
続いて同じくリンクとレビンソン製作の法廷ものという流れで「エラリー・クイーン」の「慎重な証人の冒険」を見始めるが、約一名がここで爆酔状態に突入、視聴を中断して隔離を図る。後は、雑誌部屋で、またーりとするうちに2時過ぎにはワタシも沈没。牧人氏と茗荷丸さんはほぼ明方までミステリ論議で盛り上がっていたようである。若いって素晴らしい。5時過ぎに沈没した茗荷丸さんと交代する形で1時間ばかり牧人さんとネット語りなど。いやあ、お互い頑張りましょう。6時には出勤する大鴎さんを見送り、7時前にはみんなを叩き起して、一応、エラリークイーンを最後まで見て解散。大量に残った食料品は、若い衆に押し付けたのだが、本宅から持ち込んだワインとか買い足したビールは手付かずのまま。こりゃあ、もう1回はオフ会がやれそうですな。 まあ、とまれ遠路はるばる、皆さん、お疲れ様でした。楽しんで頂けましたでしょうか?
◆帰宅して、風呂に入って昼まで爆睡。昼からは、掃除をしたり布団乾燥機をかけたりの傍ら、来週締切の本の雑誌の原稿を書き上げ送稿。ついでに会社の雑務を済ませ、夕食は大河ドラマを見ながら、青縁眼鏡さんから頂いたタコライスを夫婦で堪能。おお!これはむっちゃ美味いです!!いやあ、世の中にはまだまだ我々の知らないレトルト食品があるものですのう。昨晩の疲れが残っており、10時には床に就く。
◆てなわけで、原書講読は全然進まず。ううむ、ROMのコンベンションゆえに原書が読めない罠。

◆「奇商クラブ」GKチェスタトン(創元推理文庫)読了
こんなものも読んでなかったのかシリーズ。改めてこれがチェスタトンのミステリの出発点であった事を知る。連作「奇商クラブ」に1短篇・1中編「騙りの樹」を収録。
「奇商クラブ」は、これまでに類例のない商売を考案し、それで然るべく生計を立てられた者だけが参加できる倶楽部。ひょんな事からその倶楽部に入会する事となった元判事とその弟の素人探偵が繰り広げる諧謔と冒険の物語。とにかくその膨大な知識に裏打ちされた豊穣なる語彙とレトリックのトリックに脱帽する。裏の家の花壇に三色スミレで書かれた暴言、驚異的な当意即妙で人をやり込める不快な気障男、無理矢理女装させられた牧師、監禁から逃げ出そうとしない老婦人などなど、繰り出される魅惑的な謎の連打に眩惑される事必至。もっとも、2作目からは、どんなに奇矯な謎が提示されても、最終的には「奇商クラブ」の仕業と判るため、びっくりの度合いは低くなる。チェスタトンの天才をもってしてもこの辺りが、レギュラー犯人(?)ものの限界であろう。
中編「騙りの樹」は、森に聳える巨大な樹に纏わる呪いと地主失踪の謎を追うお話。樹上に帽子を残し消えた地主。そして、古井戸から発見される渇いた白骨。様々な対照的な人々の思惑が交錯し、謎が謎を呼ぶ。そして二転三転する結末。このひねくれたプロットは、さすがチェスタトン。戦前から作者の傑作として紹介されてきただけの事はある快作。この時代にかくも洗練されたメタ・ミステリがあったかと思うと、英国ミステリの奥深さには感嘆せざるを得ない。なるほど、カーがチェスタトンの騙りをオカルティズムでコーティングしたのと同様、バークリーはその渇いたユーモアを引き継いだのだなという事が理解できる。すれっからしになってから読む本。

◆「ベスト・ミステリ論18」小森収編(宝島社新書)読了
ショート感想。副題が「ミステリよりおもしろい」ミステリ論らしい。ネタバレが怖くて、余りミステリ論の類いは読んでこなかったが、さすがにこの論集に収録されたクラスの作品には追随できるようになってきた。北村薫の心根の優しさや、坂口安吾の辛口ぶり、都筑道夫のこだわり、瀬戸川猛資の幅広さ、法月綸太郎の勉強家ぶり、北上次郎の読み巧者ぶり等など、夫々に書評子として名高い人々の特徴が出た肩の凝らない読み物である。
一番感心したのは、なぜか再読の若島正のクリスティー論。「そして誰もいなくなった」を原書を対比しながら読みこなした力作。これは何度読んでも素晴らしい。物識りや、自分語り屋とは根本から異なる正しい書評の姿を見せてもらった気がする。ミステリよりも面白いかどうかはともかく、ミステリ作家の頭の中を作者より上手く案内できる論考といえる。これを読むだけでも、この本を読む値打ちはあるかも。


2002年9月27日(金)

◆奥さんとの団欒を削ってウケ狙いに走っても、よしださんの日記にはかなわない罠。
◆朝から大阪で一仕事。一駅だけ途中下車して定点観測。均一棚で1冊だけ拾う。
d「ドラフト連続殺人事件」長島良三(リヨン社:帯)100円
帯付き美本だったので、勢いで拾ってしまう。引き取り手もないものを安いから、綺麗だからで拾うのはやめようと思いながらも、何も買うものがないのも寂しすぎるので、つい禁を破る。
◆帰宅するとジグソーさんで買った本1冊が到着していた。古本のネット買いは随分久しぶり。
「新サイコ」Rフィンベル(サンリオ:帯)1500円
いやあ、これは4年来の探求書。「たった4年かよ」と言う勿れ。なにせそれまでは存在すら知らなかったのだから。今は亡き絶版本好事家調査会でよしださんのゲット報告に私と未読王さんが「出ていた事もしらなかった!!」と各々3リットルぐらいの羨望の涎を垂れ流したといういわくの書である。以来、相当気合をいれた探求書になってきたのだが、縁のない本というのは徹底的に縁のないもので、こりゃあ、一生モノの探究本かと半ば諦めかけていた。それが、先日、友人のために久々にジグソーさんで探し物をしていたらなんと目録にヒッソリと鎮座ましましているではないか。うおおお、情けは人のためならず、盲亀の浮木、優曇華の花、ここで逢うたが百年目!抜く手も見せぬ居合いクリック。My Gun Is Click。買うのは俺だ。大いなる買い物。寂しい夜の買い物。買い物は殺せ。いい加減にしなさい。とまれ、ミステリ映画のマイ・フェバリット・ベスト3に輝く傑作パロディ映画のノヴェライズ。腐ってもサンリオの本がこの値段なら文句ございません。いやあ、嬉しいなあ。

◆「グラン・ヴァカンス:廃園の天使1」飛浩隆(ハヤカワSFシリーズJコレクション)読了
既に、SF系読書サイトでは感想蜘蛛のウエッブが形成されつつある話題の新作、バリバリのJコレクション新刊を読んでみる。作者はかつて「第二の山田正紀」と呼ばれた人らしいが、92年以来沈黙、その10年後の今年、この必殺の処女長編を持って新世紀に名乗りをあげた。1960年生まれというから、実はJコレクション作家の中でも年長組なのではなかろうか。一読して感心したのは、この人のパクリの巧さ。これには恩田陸もびっくりだ。この既視感!そしてスピード感溢れるドラマ造りの確かさ。「一体、何者?」である。そこらじゅうで梗概が書かれているので、今更ながらではあるが、こんな話。
大崩壊から千年、今日もその浜では砂が鳴く。そして<硝視体>が打ち寄せる。聡明と若さを詰め込んだ少年ジュールは、ガールフレンドのジュリーとともに浜に向う。ジュリーのお気に入り硝視体<コットン・テイル>と戯れ、性的イメージを交感する二人。その繰り返される平穏の園に<蜘蛛>が降りてくる。修復エージェントにあらざる飢餓なる遣わし。次々と無に還る数値海岸。デリートされていく風景、動物、そして村人。消され残った人々を集め、ジュールが血戦場に選んだのは<鉱泉ホテル>。だが、村一番の<硝視体>の使い手イブと三つ子の婆が編んだ「罠のネットワーク」が起動する時、ランゴーニの哄笑の向う、ミレニアムのグリッドでグラン・ギニョールの幕は開く。喰われる男、書き換えられる均衡、媒介する女、欺く声、犯される魂、物語の終わり、そして黙示録の始まり。われはAI。ゲストの人などいない。
なんと懐かしく、なんとしたたかな。虚空間に放置された千年の避暑地。静謐と癒しの下に、淫蕩と退廃の血を数値化した村。魅力溢れるノン・プレイヤー・キャラクターたちが繰り広げる絶望的な闘い。そこかしこに配置される暗示。そして空白。舞台はイーガンとバラードが描くプロヴァンス、クリーチャーはキングとクーンツの描くナイトメア、悪徳はナボコフとサドの描くインモラル、天使という名の使徒と闘う新世紀、疾走するエンタテイメントにエールを贈ろう。遅れてきた新人の長い休暇(グラン・ヴァカンス)は終わった。もっと飛びっきりのSFを!早く!早く!


2002年9月26日(木)

◆出張の前泊で大阪へ移動。また寝てしまう。のぞみで移動したので、寝過ごしたら大変と思いながら、爆睡しちゃうんだもんなあ。東京駅地下通路でワゴンが出ていたがさしたるものは何も無し。購入本0冊。
◆掲示板の膳所さんの書き込みで、鮎川哲也翁の訃報を知る。世間的には昨年の山田風太郎ほどの騒がれ方はしないのであろう。昨年来、光文社と創元推理文庫で長編の復刊が相次いでおり、日下三蔵編集の初期短編集と合わせ、新刊書店で容易にその真価に触れる事ができるようになったのが救いか。中期以降の短編の復刊が期待されるところであるが、三番館全集とかは、まだなの?>日下さん
思えば、最初の大復刊期であった昭和50年代初期にも角川文庫と立風書房で長編と短編集が同時並行で刊行され、高校生としては「さてさてどちらで買えばいいのか?」と少ない小遣いを遣り繰りしつつ悩んだものである。結局、値段には勝てず、未だに立風の方は長編全集、短編選集とも歯欠けだったりするのが、自称ファンとしては「すまんすまん」なところ。「10年ずつずらせばいいものを」と思うのだが、飢餓と飽食が交互に来るのは「カルト」の証なのかな?此処十数年は、新作を期待しないのがファンのお作法だったようではあるが、推理小説のアンソロジーを日本に定着させ、忘れられた作家を発掘する一方で、有望な新人を育ててきた功績は広く長く称えられてよい。社会派全盛の時代に、本格推理小説という形にこだわり続けた、数少ない(本当に少ないんだ、これが)マエストロの退場に、心から哀悼の意を表します。アントニー・バウチャーならば「鮎川哲也は日本の本格推理小説そのもの」と言ったことであろう。まあ、その賛辞はMWA天国支部の新歓パーティーで受け取ってくれい。

◆「島久平名作選」日下三蔵編(河出文庫)読了
伝法探偵全集とも呼ぶべき関西探偵小説界の雄、初の短編集。個人的にはこの本格ミステリコレクションで最も楽しみにしていた1冊。どうしても「宝石」中心になってしまう他の5人に比べ、様々な掲載誌から採られているところが魅力である。特に夕刊岡山の公募受賞作にして連載作品の2作の発掘は随喜の涙。この2作だけにでも1200円を出す値打ちはあるといって過言ではない。凄い世の中になったものである。ただ、余り過大な期待をすると、肩透かしに合うのは世の常で、さすがに日本短編推理史に輝く超A級作品はない。本格の衣をどう着崩すか、というすれっからしの目で楽しむべき作品集で、中には着崩す以前に襤褸になってしまったものもあるが、そこはそれ。とにかく本格推理小説マニアの棚には必携の作品集である。以下、ミニコメ。
「街の殺人事件」衆人環視の殺人。悠々と消えうせた真犯人の奇矯なロジックを一目で見抜く伝法探偵の慧眼が光る。とはいえ、この論理は舌足らずで、折角の犯人の意外性に水を指している。枚数不足の悲劇。
「雲の殺人事件」伝法探偵、冷酷な成金殺しを鮮やかに捌くの巻。錯誤トリックはお手軽で、しかも題名で暗示されるダイングメッセージはアンフェアという出来の悪い本格短編の見本。若い新本格読者が騙されて手にとったとしても、この辺で読むのを止めそうな一編。
「心の殺人事件」犯人消失の謎を心理的に解く伝法探偵。島久平版の「黄色い部屋」。プロットで読ませるものの、人物関係の錯綜を、短い言葉で説明しすぎたために、何がなんだか判らない話になってしまった。これもまた枚数不足の悲劇。
「夜の殺人事件」ある兄弟愛の物語。終幕の逆転は鮮やかだが、本格趣味を期待してはいけない。伝法探偵のハードボイルドぶりが伝わる一編で、むしろこちらの方向が合っていたのかと思わせる作品。
「村の殺人事件」長閑な村の昼下がり、語られる未解決事件に物憂げに挑戦する伝法探偵。プロットは単純だが、この時代なればこその端正な本格推理。犯人に対する伝法探偵の酷薄な物言いはやや気に掛かるところ。これもこの時代なればこそなのか?
「兇器」事故の連鎖に秘められた殺意。探偵の忠告は正義の裁きか?伝法探偵の多面性を象徴する一編。これではまるでマイク・ハマーだねえ。
「白い獣」男と女の葛藤。獣欲の果てに立つ妄念の不在証明。果たして白い獣の正体とは?これは快作。一種の心理的アリバイだが、横溝正史的美形悪役が決まっている。
「男の曲」歪な依頼は愛ゆえの躊躇い。ジゴロ殺しを追う伝法の耳に届くは男の曲。男心を君知らず。浪花節推理。なるほど真犯人の指摘は消去法どまりだが、なかなか読ませる話。それにしても、この作詞のセンスが昭和20年代ですな。
「椿姫」ミナト神戸の椿姫。美女から押し付けられたマッチ箱が招く危機。失踪した男の行方を追う伝法に届いたサインが悪を切る。絵に描いたような通俗推理。謎の解明が「ギャングでした」では今の読者は納得しないだろうなあ。読後感は爽やか。でもお手軽。
「雁行くや」全裸緊縛で殺された美女と野獣。掴まらないWHOの向うで、一途なWHYのカーテンコール。短いページの中に、時の流れと複雑な人間関係を封じ込めた傑作。エロ・グロに対する推理小説からの模範解答。
「わたしは飛ぶよ」狂女が消える。飛ぶのは怖くない。黄金水の滴に伝法の推理が濡れる。これは強烈な印象を残す怪作。作中の1シーンには真剣に絶句した。で、どんな推理小説だったか飛んでしまいました。
「三文アリバイ」浮浪者にも五分の魂。成金を裁く三文オペラの顛末とは?日本一安普請のアリバイに挑む伝法探偵。フーダニット興味は捨てて、ホワイダニットに拘った一作。ラストシーンはさながら講談である。
「犯罪の握手」自殺か、他殺か?新聞社の編集長の妄執が招く、もう一人の死。謎は新しい方から解けて逝く。これはミステリとして破格。というかはっきり云って壊れている。こんな奴はいない。
「鋏」愛憎の果て。貞操観念のない自由夫人が消えた時、哀れな夫たちの狼狽が木霊する。切られたのは絆、それとも怨。実は本格推理を意識したらしいが、「密室の妻」同様叙述に難あり。セーフと見る向きもあろうが、私はペケ。
「悪魔の愛情」悪魔の誘い。天使の危機。悪魔を殺したは誰?なぜか再読だが、前にどこで読んだかか思い出せない。単に別冊宝石を拾い読みしたのかな?意外性ある犯人と動機が吉。
「5−4=1」悪徳弁護士を訪れた4人、そしてそこにいた1人。犯人は1人。しかし全員が被害者。算数は簡単。しかし引き算では割り切れない。さすが表題作。少ないページ数に、稚気溢れる大胆な趣向を盛り込んだ逸品。これぞ推理小説。
「悪魔の手」強制された美人局。そして、必ず死ぬコキュ。その背中に短剣を突き立てる<悪魔の手>の正体とは?逃げる男に恋をした女心が藁をも掴む。この作品集の目玉。不可解な情況に不可能な犯罪、姿なき兇賊と颯爽たる女探偵。美しいヒロインと凛々しき逃亡者。二転三転するプロットに、鮮やかな幕切れ。伝法探偵でないこの作品が一番面白いという皮肉に微苦笑。
「女人三重奏」女は麻雀で勝負する。そして女は顔で勝負する。色男を巡る大年増たちの鞘当ては、硫酸を撒き、ナイフを揮う。赤ベレー帽の楚々たる美女に心を奪われた新聞記者は、殺しの果てで不明を悟る。匿名手紙の告げる「岡山市」に秘められた謎とは?これもこの作品集の目玉。起伏に富んだ事件記者もの。どことなく戦前の探偵小説のテイストを含んだ読み物。それは伏線が肩透しなところも含めて。疵も一緒に楽しむのがお作法か。


2002年9月25日(水)

◆彩古さん@掲示板、考え過ぎですよう。というか、未だにもう一人の中村青司が判らんです。
◆午前中東京で会議、でもって大阪へ日帰り。機内・新幹線車中では余り本が読めないという罠。以前も書いたが「座ると眠ってしまう」のである。なぜか羽田に向う車中や、新大阪に向う車中、あるいは東京から帰宅する車中の方が立っている分、読書が進むのだ。これってもしかして休日もごろりと横になって読まず、立って読んだ方が読書が進むのかもしれない。おお、なんだか大発見をしたような気になってきたぞお。
◆急ぎ旅につき一切大阪の古本屋チェックは出来ずじまい。傷心のまま帰宅すると大阪から同人誌が届いていた。OSAKASAKASO(大阪咲かそ、というローカル回文)
「別冊シャレード69号 天城一特集6」(甲影会)1700円
「別冊シャレード70号 天城一特集7」(甲影会)1700円
特集の6は、はっきり言って「密室」の復刻なので、小説本体は既に持っているのだが、メモだの感想だの欲しさに買う。というか、特集号の通し番号が欠けるのが厭さに買う。特集7は鉄道ミステリ集。これは良いお買い物。書評も改稿されるというのには参った。それにしても、甲影会の天城本というのは一体何冊でるのだろうか?この調子で行くと山前譲氏編集の白本・赤本・黄本・青本も全て甲影会から出し直しそうな勢い。最初から、国書刊行会で決定版一巻本9500円で出してくれた方がよかったかもと思ったりして。

◆「サム・ホーソンの事件簿2」EDホック(創元推理文庫)読了
数あるホックのキャラクターの中でも、最も不可能犯罪にこだわった田舎医者サム・ホーソンのクロニクル第2集。アメリカでも刊行予告はされているが、それに先駆け日本で独自に編まれた作品集。まあ、前から順に収録していくだけなので他に編集のしようもないのだが、そこはそれボーナストラックに作者の出世作「長方形の部屋」を入れて日本版の面目を保つ。まあ、木村仁良解説だけで米版に遥かに勝っているのではあるが。よくぞ日本に生まれけりである。今回も不可能犯罪てんこ盛り。中にはトンデモもあるが、よくぞここまで趣向を凝らしすれっからしの読者を楽しませてくれるものである。感動。以下ミニコメ。
「伝道集会テントの謎」一瞬の隙に彫像の剣に刺し殺されたエセ伝道の仕掛人。ホーソン医師、容疑者となる、の一編。この作品集で、最も「トンデモ」なトリック。007からネタを思いついたのかな?ハウダニットはともかくフーダニットがなかなか凄い。
「ささやく家の謎」幽霊屋敷に入っていった男は実は24時間前に死んでいた。ホーソン医師、危機一髪。密室の解法は前近代的なものだが、プロットの妙で読ませる短篇推理の見本のような作品。
「ボストン・コモン公園の謎」クラーレを使うサイコなシリアル・キラーに挑むサム・ホーソン。勝っての違う都会ボストンでも、ホーソン医師の推理は冴え渡る。30頁で書かれた「九尾の猫」。しかも意外な「見えない人」。完璧。
「食糧雑貨店の謎」容疑者と被害者しかいない<密室>。一晩のうちに前店主と現店主が死んでしまった雑貨店。誰の銃が誰を撃ったのか?ずるいような気もしないではないが不可能性を支えるミス・ディレクションが巧い。
「醜いガーゴイルの謎」判事は廷吏の愛称をダイイング・メッセージにして衆人環視の法廷で毒殺された。ハウとホワイに拘った奇跡的トリック。全編が不可能に奉仕する一編。毒殺もこう扱えば、まだまだ使えるではないか。
「オランダ風車の謎」虚空から来る炎、黒人嫌いの地主が見舞われるルシファーの呪い。手を触れずに人を燃やす方法とは?舞台設定の妙が光る作品。一見、脇筋のエピソードがトリックの根幹に関わってくる瞬間の興奮。
「ハウスボートの謎」湖上のメリーセレスト。仲のよい二組の夫婦が、ホーソン医師の見守る中で、湖のクルーザーから消え失せる。彼がみつけた「蜘蛛」の正体とは?そして、ホーソンの恋の行方は?なるほど、そうくるか。錯誤トリックとハウとフーに仕込んだ快作。
「ピンクの郵便局の謎」ペンキの匂いも漂う新装開店の郵便局で1万$の書留めが消えた。果して誰がどうやって?大恐慌当日の事件。この作品集では最も小味な話。サブ・エピソードで膨らまそうとはしているが、軽さは否めない。
「八角形の部屋の謎」レンズ保安官の結婚式が行われる筈の八角形の部屋で、浮浪者が密室状態の中で刺殺される。果して、ホーソンは半日で謎を解決して保安官をハネムーンに送り出せるのか?二つの夫婦の物語。ホーソンの話し相手に捻りを加えてマンネリ脱出を企む作者のサービス精神。密室も合格点。
「ジプシー・キャンプの謎」病院に駆け込んで倒れた男。ジプシーに弾丸の呪いを掛けられたのだという。そして死体の心臓から銃弾が発見される。外傷一つなかったにも関わらず!更に警察の監視を潜り、消え失せるジプシーの一団!だが、そこには不可能はあっても犯罪はなかったとホーソンは云う。謎が魅惑的。解法はこれしかなかろうというものだが、これだけの仕掛けに挑む作者の若々しさには感心する。サイモン・アーク向けのプロットだったかも。
「ギャングスターの車の謎」負傷したギャングの治療に連れ去られ、密造酒取引のいざこざと人間消失の謎に巻き込まれるサム・ホーソン。快刀乱麻を断つ推理が凄い。一瞬何が起こったのかと思った。この騙しはクリスティー級。
「ブリキの鵞鳥の謎」仲間たちが空中で演技する中、ジゴロの曲乗り飛行士は、閉じられたコックピット内で刺し殺される。一瞬の輝きの中で、マジックを解くサム・ホーソン。トリックは強引だが、この謎の堅牢さは長編級。設定も魅力的でこの世界を舞台にした長編を読みたくなった。
「長方形の部屋」22時間、死体と密室にいた学友の謎。作者の出世作。まあ、人のココロが一番ミステリー、な話ではある。


2002年9月24日(火)

◆司会を承った関係で須川さんからROMコンベンションのメンバーリストが送られてくる。結構な参加人数はともかくとして、何やら東西のミステリーサークル首魁会議の様相を呈していて凄いぞお、これは。
◆職場の歓迎会で、飲み放題・食べ放題。ういい、もうお腹一杯ですよう。購入本0冊。

◆「どーなつ」北野有作(早川書房)読了
ノスタルジックな不思議話を書かせたら今日本一の作者が、かつてのSFマガジン没原稿に熊型パワードスーツを着せて血戦に臨んだ意欲作。いつもながら程好く懐かしく、程よく判らん話である。梗概を拒むプロットではあるが、まあこんな話。
えー、どーなつの穴というのは何もございませんわけで、では「いらんか?」といわれますと、穴のないどーなつはどーなつでないような、一体どーなつているのでしょう?
で、あたまの中に穴がございまして、よくよく考えてみますと、どうやらそこにはウミウシがいてたみたいなんですな。海馬やのうてウミウシ。潮だまりの生き物たち。それで、田宮さんがスーパーあめふらしを作って火星に雨を降らそうとした訳です。田宮さんいうのは、頭と下半身がウミウシで気持ち良かったんやけど、よう思い出せません。記憶にホヤが掛かってて、はあ、それを言うならモヤでっか?
ワイヤーで熊に繋がってますと、頭の中で「わいや、わいや、わいやがな」と前の人の残り滓が頭に入って来て、自分でもワヤになってしまいます。で、たまに、脳味噌が逃げ出したりして社長室に隠れたりするわけですな。ほんで、ぽんと頭にサクラが生えてくる。貧乏やけど花見に行こか、と繰り出すとその道中の賑やかな事〜。せやけど気いつけなはれや、サクラの下には死体が埋まってまっから。穴ほったらあきまへんで。

わいわい、ゆーとります「どーなつ」、なかばでございます。

というわけで、まだ火星との戦争は続いていたようである。前代未聞の地口(じぐち)テラ・フォーミング。今回の動物ネタはスーパーアメフラシと人工知熊、それに海馬が絡む。全編、脳内麻薬に浮かされたようなふんわりとした物語。そう、作者はただ語るだけ語って説明しない。さながらパズルのピースが絹ごし豆腐で出来上がっているようなもので、もたもたしているうちに掌で崩れてしまう。一人称の境界線は曖昧で、何処から始まって何処で終わってもいい連作である。誰かの脳味噌を曇り硝子越しに覗きみたような感覚を楽しめる人、ウミウシに感情移入出来る人はどうぞ。


2002年9月23日(月)

◆図書館に行って「イギリス中世文化史」やら「マグナ・カルタの世紀」やら「イギリス社会史」などという本をせっせと借りてくる。要はドハティーを読む際の足しにするため。人間興味を持つとあれこれ勉強するものですな。今日は、カンタベリーがどこにあるか判ったもんね(>ヲイ!)
それにしても、こういう学術書の値段の高さには目を剥く。ソフトカバーで200頁の本があっさり3千円越えちゃうんだもんなあ。なるほど、こういう本のために図書館はあるのか、と改めて納得。これは、個人で買うのはキツいわい。
◆昼からは、来週のROMコン二次会に備えて、ひたすら別宅を整理と掃除。一旦、事を始めると徹底的にやらずにいられない性格が呪わしい。時ならぬ大掃除状態。もう心身ともにボロボロ。
◆積録しておいた「悪いことしましょ」を視聴。自分に自信を持てない気弱な青年が、美女の悪魔につけこまれ契約を結んでしまう。想い人との仲を叶えるために、色々な望みをかなえては貰うものの、なぜか毎回悲惨な結末に見舞われる。果して彼の魂の行方は?という、いまどき珍しいベタな<悪魔との契約>もの。願いの数が気前よく7つになっており、色々なバリエーションを楽しめる。さして期待せずに見始めたが、ヴァンプ系美女のエリザベス・ハーレーのコスプレに頭を空にして楽しめた。こりゃあB級の傑作ですな。とてもお勧め。あははははは。

◆「The Anger of God」Paul Harding(Headline)Finished
週一原書講読32週目。修道士アセルスタン・シリーズ第4作。「神の怒り」を名乗る謎の謀反人がもたらす、3つの連続殺人(猛犬が見張る小さな庭の中での刺殺、衆人環視のコース料理での毒殺、被害者しかいない橋の上での刺殺)と1つの盗難事件(6つの特製の鍵に護られた箱から消えた金塊)という不可能犯罪を軸に、アセルスタンには「悪魔憑き」事件、クランストンには「一切痕跡を残さずに後妻に謀殺された旧友殺し」事件と「生首盗難」事件といったサイド・エピソードを加え全編これ謎解きに仕立て上げた快作。いつもながら、そのサービス精神には脱帽。こんな話。

1379年秋、フランスとの戦争により危殆に瀕する財政を立て直すべく、幼王リチャード二世を支える摂政ランカスター侯ジョン・オブ・ガーントの採った方策は、ギルドの頭領たちと結び、金銭的支援を取り付けるというものだった。だが、「IRA DEI」(神の怒り)を名乗る首魁率いる反体制勢力は、その結託を喜ばなかった。そして、各ギルドの代表が集うギルド会議所の庭で摂政の手足となっていた州長官ジェラルド・マウントジョイが刺殺される。その場に集まったのは、クリストファー・グッドマン市長、魚屋ギルドを代表する大食漢のトマス・フィツォロイ、金物屋ギルドを代表する赤毛のフリップ・サドバリー、呉服商ギルドの代表で貪欲そうなアレクサンダー・ブレマ、香辛料商ギルドの代表である禿頭のヒューゴ・マーシャル、小間物商ギルドの代表で恰幅の良いジェイムズ・デニー卿といった面々、そして摂政の腹心アダム・クリフォードに幼王の教育係ニコラス・ハッセイ卿。殺害現場は、長官自慢の小さな内庭で、彼の愛犬二匹が入り口を固め、左右側面は茂みに、向う正面はギルド会議所の台所通じる屋根板をふいた通路の控え壁に囲まれていた。容疑は、愛犬たちを騒がす事なく長官に近づく事の出来た長官の従者ボスコウムに向けられるが、クランストンは現場の情況から反証を掴み従者の無実を証明してみせる。だが、それは、事件の不可能性を立証する事でもあった。一体誰が、内庭に忍び込み長官に短剣を突き立てる事が出来たのか?
更に、彼等を嘲弄するかのように「IRA DEI」の犯行声明が張り出される中、会議所での御前晩餐会の席上、皆と同じ食事を取っていた魚屋ギルドの長フィッツォロイが毒殺されてしまう。更に、各ギルドから国庫への支援金として供出された金塊が、6つの鍵に護られた頑丈な木箱から消え失せ、そこにも「IRA DEI」の書き置きが残されていたのだった!クランストンとアセルスタンが王の信任厚い鍵職人ピーター・スターミーの元を訪ねたところ、既に彼は行方がしれず、やがてテムズに骸を晒す事となる。そしてその死もまた、橋の上に一人佇んでいた筈の被害者を刺殺するという不可能犯罪であった事が判明する。そして神出鬼没の謀反人「神の怒り」は殺人の傍ら、貧しい信者達から支持されているアセルスタンの懐柔の手を伸ばす。
「神の怒り」との闘いの一方で、クランストンは後妻とその愛人によって何の外傷もないまま抹殺された刎頚の友の死の謎と、フランスの海賊の晒し首泥棒をいう二つの事件を抱え、更にアセルスタンには、父と後妻を告発する少女の悪霊祓いの依頼が持ち込まれる。果して彼等は、数々の事件の真相を暴き、謀反人の仮面を剥ぐ事が出来るのか?

相手が誰であれ啖呵を切っては自分を追い込んでいく検屍官クランストンは、さながらドクター刑事クインシーのようなもので、なぜかいつもアセルスタンは時間との闘いを強いられる。今回も不可能犯罪てんこ盛りで、更に、真犯人の正体にも工夫を加え、シリーズそのものに厚みを加える事に成功している。トリック一つ一つは左程のものではないのだが、時代設定に合わせた謎の組み立ての巧さにはいつもながら舌を巻く。今回は、これまでチョイ役だった<ねずみ取り>のレイナルフ(なぜかヒュー・コーベットの従者と同じ名前)が、その職業を買われて、ある謎解きを手伝うくだりがあって楽しめる。またこれまでアセルスタンの片目の愛猫ボナベンチャーが話に彩りを添えていたが、この作品からは、犬もレギュラーに加わりそうな気配であり「猫派は勿論、犬派も頂き」と言ったところがドハティー、実に商売人である。また今回は、サイドストーリーで「夫と妻に捧げる犯罪」を二つ走らせながら、クランストンの恐妻家ぶりもユーモアたっぷりに描き、対照の妙を満喫させてくれる。いやあ堂々たるものありませんか。面白うございました。


2002年9月22日(日)

◆二日酔で午前中爆睡。
◆昼過ぎに買い出しに出かけたついでに、駅のワゴンで1冊。
「妄想ニッポン紀行」小松左京(講談社文庫)200円
670頁超の大作。うーむ、これって確か続編があるんだよなあ。同じぐらいの値段で揃えられるかしらん。
◆ネットを徘徊していると、そろそろ「家蝿とカナリア」が書店に出回っている模様。<別冊宝石抄訳の完訳>という路線は「死の殻」に続けて、とも見えるが、この作品が訳出されるという情報はかれこれ15年以上前からあったような気がする。藤原編集マクロイ本が動き始めて、ようやく重い腰を上げたのか?まあ、別冊宝石抄訳の完訳路線としてどの作品が最も期待度が高いかといえば、それは「この目で見たんだ」であろうが。新樹社や原書房にやられてしまうと辛いものがあるのでは?どうよ、どうよ?…へ?「『死が二人を別つまで』で経験済みです」?、おお、ごもっとも。
◆只管、課題図書を読み進む。が、タイム・アップ。仕方がないので、1日1冊に急遽ジュヴィナイルを投入して帳尻合わせ。

◆「叫ぶ時計の謎」Rアーサー(偕成社)読了
カリフォルニア少年探偵団第9巻。私が手に取るのは3冊目。これは結構面白かった。発端から少年探偵団の設定が生きているのである。即ち、少年探偵団の本部が廃品リサイクルショップであるという点。今回の「叫ぶ時計」はまさに<燃えないゴミ>であったのだ。ゴミ屋探偵というのは、寡聞にして他に例を思いつけないのだが、これこそ世間の全ての営みと情報の集積場のような気がしないでもない。生ゴミ処理施設が無理なら、この探偵団のようにリサイクル・ショップという設定は、店に出された使用済み製品から、その持ち主や家族をピタリと当ててみせるというホームズ譚的エピソードを挿入できて結構吉かもしれない。閑話休題。この物語では、廃品に紛れ込んでいた奇妙な時計と暗号の謎にジュピターたちが挑む。
その目覚まし時計は、ベルの代わりに女性の悲鳴が「鳴る」という不思議な仕掛が施されていた。そして、その底には奇妙な「指示書」が貼り付けられていた。「親愛なるレックスへ。イモジーンに聞け。ジェラルドに聞け。マーサに聞け。そして行動せよ。」果して、ジュピターたちが時計の出所を調べると、キングという脚本家の持ち物であった事が判明する。やがて叫ぶ時計を作らせたクロックという名のラジオ声優の屋敷に乗り込む少年探偵団。なんと、その屋敷の一室には「叫ぶ時計」たちがひしめいていた。屋敷の家政婦の夫の冤罪を晴らすべく立ち上がった少年探偵団を待ち受ける3種類の暗号文書と絵画盗賊団との闘い。一体「叫ぶ時計」にはどのような力が秘められていたのか?
いわゆる「お使いRPG」の構成。暗号の出来が良く、楽しく推理できる。まあ私の頭が、ネイティブのジュビナイル程度ということなのであろう。暗号ものの根本的な問題である「なぜ、暗号にしたか?」という「WHY」への回答も鮮やかで、ほろりとさせる。これまで読んだ3作の中では、最も完成度の高い話ではなかろうか。また、少年探偵団が「ロールスロイスの男」であった事や(レンタカーだけど)、過去に神出鬼没のフランス人大泥棒と一戦交えた事なども紹介されて、このシリーズが、少年探偵団の王道を行くシリーズである事が良く分かった。もう少し読んでみたくなったけど、近所の図書館にあったのは3冊だけなんだよなあ。くそう。


2002年9月21日(土)

◆余りの天気の良さにお出かけ。片道2時間掛けて、八王子の一角に友人が買った「バブルの遺産」にお邪魔する。ものは平山城址公園と長沼公園に挟まれた山沿いに段段畑のように建てられた億ション。売出価格は2億円を下らなかったが、全く買い手がつかず賃貸で転がされてきた物件らしい。一戸当たり百坪の敷地に100uの建物、トランクルームだけで、今の我々の住いぐらいはありそうな字義通りの「マンション(邸宅)」である。壁は勿論天井から床、押し入れまでが総チーク貼り、キッチンもバスも大理石造り、窓はすべて二重構造という贅を尽した内装に驚く。これが5千万円切ってるというのだから凄い。いやあ、私も通勤の心配がない自営業だったら真剣に考えちゃいますね。というわけで、昼過ぎからくっちゃべってべろんべろん。帰り着いたら午前様。なんとも非日常感覚でありましたとさ。お世話になりました。購入本0冊。

◆「怪盗ゴダールの冒険」FAアンダーソン(国書刊行会)読了
ラッフルズとセイントのミッシングリンクの如きアメリカ製快盗譚。過去「完全犯罪大百科」に「不敗のゴダール」(「百発百中のゴダール」)が、「魔術ミステリ傑作選」に「盲人の道楽」(「目隠し遊び」)が訳出され、その活躍ぶりの一端は日本の読者にも知られていたところである。逆に今回この作品集が訳されて、これだけしかなかった事に驚いた次第。その特徴はこの書の解説が実に懇切丁寧に分析しているので、付け加える事は何もない。義賊の正統を行くディレッタントぶり、メタも含め凝った叙述、科学への信頼、てなところである。但し、血湧き肉躍る南洋一郎訳のルパンと、その末裔であるルパン三世という最上のコミックス&アニメを子供の頃から脳髄に刷り込まれて育った日本の読者にとっては「何を今更感」を払拭しがたく、読者よりも研究者として接するべき作品集なのかもしれない。
「百発百中のゴダール」快盗ゴダールで大人気の作家が窮地を救われた車中の恩人から挑まれる<不可能犯罪>。作家が叡智を傾け、破れざる金庫を自分の快盗に破らせた時、不敗のゴダールの伝説は新たな1頁を迎える。なんとのっけからメタなのである。こういうデビューを遂げたキャラクターも珍しいのではなかろうか?ある意味ではシリーズ最終編にもなりうる作品。ユーモラスな書き出しがいかにも「読み物」で宜しい。
「目隠し遊び」ゴダールの商売敵、盲目の天才摺りが、とある金満倶楽部に招かれ披露する脱出技。二重三重の仕掛けが楽しい快盗もの。出逢いからの目まぐるしいやり取りは、さながら手品漫才の世界。鍵穴を溶接された部屋かの脱出トリックは今更のものだが、きちんと伏線は引いてあるところが立派。代表作とよぶに相応しい快作。
「千人の盗賊の夜」題名が素晴らしい。そして、それが決して誇張ではないプロットの妙。紐育の夜を奪い取るゴダールの詭計が見せる。しかも、一筋縄ではいかない作者は快盗の存在を暗示させるだけで、作品を書ききり、千人の盗賊の夜に一人の盗賊も登場させないのである。凄い趣向である。このへそ曲りめ。
「隠された旋律」用心深い吝嗇家の金庫を破る方法とは?日本人の陰謀と、楽譜に隠された秘密とは?盗みのトリックも小ぶりで、暗号が小説の中に巧く組み込まれないままに解法され、散漫な印象の一編。作品集全体が訳されなければ、永遠に日本の読者の目には触れる事がなかったであろう駄作。
「五本めの管」50万ドル相当の金塊強奪に挑むゴダール。果してその手口とは?科学盗賊の面目躍如たる大トリック。文字通り真正面から書かれた快盗もののお手本のような作品。まあ、何を今更で、今の読者からはもう一ひねり欲しいところだが、書かれた時代を考えれば相当に奇抜なアイデアだったに違いない。その長閑さをこそ楽しむべき。
「スター総出演」都会に出てきたばかりの田舎者が迷い込んだ酒場には、大統領を初めとするあらゆる有名人が集まっていた!その裏に潜む奸計を見抜いた男こそ誰あろう我らがゴダールであった!トリック対トリック。天才対天才。ファンタジックな書き出しから人情味溢れるラストまで、物語の不思議を満喫できる快作。
「ハウダニット・ミステリの達人」寡聞にして存じ上げないが、この解説の書き手である羽柴壮一という人は相当の研究者。ビブリオ的にも充実しており、作者・キャラクター双方への蘊蓄も素晴らしい。端的に言えば、この解説のために定価の半額ぐらい出しても惜しくない出来映えである。いやあ、日本にはまだまだ私の知らない凄いお方がいらっしゃるものである。勉強になりました。