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2002年8月20日(火)

◆神保町タッチ&ゴー。
d「ピーター卿の事件簿」Dセイヤーズ(創元推理文庫:帯)100円
「Dead Pan」Jane Dentinger(Penguin Book)250円
「The Queen Is Dead」Jane Dentinger(Penguin Book)250円
「Who Dropped Peter Pan」Jane Dentinger(Penguin Book)250円
「盲目の目撃者」アルプ・クマル・ダッタ(佑学社)100円
セイヤーズは「ホームズのライヴァルたち」の帯付きダブリセット構築中のため。
デンティンガーの未訳作がまとまって転がっていたので拾ってみる。デンティンガーの著作は、昨年、新婚旅行でNYに行った際に、Murder Ink.の棚に当たり前のようにサイン本やら、お言葉本が並んでおり、「おお、さすが元店長の本は違うわい」と感心した覚えがある。結構、まともな本格推理のシリーズだと思うんだけど、翻訳が3作が終わっているのは残念。創元がやらないんだったら、講談社文庫さん、続けて訳しませんか?
最後のジュヴィナイルは甲賀三郎ではなくて、インドのミステリ。世の中には、まだまだ知らない本があるものです。
Rさんやら牧人さんのオフレポを読んでいると、実に実に楽しそうでいいなあ。
真田啓介氏のご自宅訪問は羨ましい限りだし、オークションで最高値を呼んでいたAUNT AURORAの第3号は、よりにもよって未所持の号だし、あああ!それに「書斎の屍体」第2号なんていう伝説の同人誌までが無料配布されてるよお(泣)、クローズ・アップ・マジックの実演もあったりして、なんという贅沢なオフ会でありましょう。みんなで会を盛り上げようとしているところがなんとも良い感じ。

「猟奇の鉄人」はFontes Aquarumの第一回オフ会の成功を心からお祝い致します。


◆「被告の女性に関しては」Fアイルズ(晶文社)読了
というわけで、仙台で一躍男を上げた真田啓介氏の解説もついた「アイルズ・ミステリの到達点」(帯の煽り文句)を今更ながら読んでみた。しかし、この帯の揚句は巧みに地雷を外しましたのう。つい「アイルズ・ミステリの最高峰」とか、書きたくなるところだけど、そこまで云うと大嘘になるし、かといってこの意欲的出版をなんとかして手に取らせたい。「到達点」といっておけば、現に三作しかないアイルズ名義の最後の作品なんだから嘘にはならんであろう。まさか「行き止まり」だとは誰も思うまい。ここは、編集人に拍手。
主人公は、誇り高き母に育てられた、詩人を目指す青年アラン。オックスフォードに進み、一流紙に初めて詩が掲載された喜びは、これまでの家族の中で苛まれつづけてきた劣等感を払拭するよい機会となる筈だった。しかし、密やかなる自信はまたしても木っ端微塵に粉砕される。逃げるようにして、肺病の転地療養に寄宿した先で、更なる歓喜と煉獄が彼を待つ。村の医師ポールの美しい妻イブリンとの燃えるような恋、そして交接の愉悦。肥大していく自尊心は、無知ゆえの加虐を増長し、破局への時を刻む。はしたなくも、ありきたりの三角関係の到達点で、とびきりの悪意は哄笑する。
真田氏の解説で全て語り尽されているので、詳しくはそちらをお読み頂くとして、なんとも切ない話である。主人公アランの至らなさが、実に「痛い」。自分が普通の人間ではない事を証明しようとするたびに、普通以下の人間である事を思い知らされる青年の姿が見事に描かれており、この作品を単なる「夫と妻と愛人に捧げる殺人物語」以上のものにしている。勿論、主人公以外のキャラクターも強烈で、出番は少ないものの主人公の母親なんぞ、助演女優賞を御進呈したいぐらいである。また、訳文も抑制の効いた皮肉な文体で、この作品の真実を日本の読者に伝えている。おそらく、バークリーやアイルズの作品は「作者自身おちょくって書いてますよ」という事が伝わる翻訳文が適しているのではないか。つまり、これまで、あまりに真面目に翻訳されてきたのではないか?と開眼した。だが、ミステリしとて、どうか?となるとこれは些か辛い。よく出来た話であり、エピローグも実に好みではあるのだが、私にとってはこれはやはり「アイルズ作品の到達点」である。これを手放しで「ミステリ」として評価できるほど大人でなはい。


2002年8月19日(月)

◆朝4時半に起きて、原書読み。ひいひい、先週は5日も休みがあったのに、なぜ読み終われないのか?先日、葉山さんもこぼしておられたが「家族といると、びっくりするほど本が読めない」。これ、人生の真実かも。
◆久々の出勤。台風の気配の中、出勤途上で送本。防水処置は施しているとはいえ、やっぱりハラハラしてしまいますのう。
◆帰りも台風の気配に嫌気して直行で帰宅。購入本0冊。おお、4日も本を買っていないぞ。


◆「殺意は砂糖の右側に」柄刀一(祥伝社NONノベルズ)読了
天才青年・天地龍之介をフィーチャーした連作パズラー。小味ながらもトリッキーな作品が並び、作者のトリックメーカーとしての才能は充分を堪能できる。また、連作らしく一本のメインストリームを描きながら、舞台を海外にしても全然「らしく」ならない作者にしては珍しく異国情緒とご当地ならではの謎を融合させる事にも成功している。探偵のキャラクターは、もう少し天才ぶりを示す脇ネタを充実させて欲しかったが、連載ものの時間的・枚数的制約の下では、この辺りが限界か。以下、ミニコメ。
「エデンは月の裏側に」屋上からの転落に仕組まれた罠。二転三転するプロット。しかし犯人は常に顔を見せている。シリーズの方向性を固める大胆なフーダニット。おそらくこのトリックは再現できない。
「殺意は砂糖の右側に」料理選手権に毒は潜む。味覚と手品の限界に挑戦する推理。伏線と判っても、何を意味するのかが分からなかった。見事な逆転の発想。しかし、「そうまでして」感は残る。
「兇器は死体の奥底に」10円を欲しがる男の謎。見えない兇器は、カーの本歌取りだが、それを更に一ひねりしてみせたところが作者の功績。
「銀河はコップの内側に」大空の殺意は赤に染まる。ポアロのクリスマスかと思いきや、EQ的「失せ物推理」でしたか。やんや、やんや。でもこの犯人は当たらんわ。
「夕日はマラッカの海原に」射手なき弾丸の謎。「殺人犯レオポルド警部」を思わせる、トリッキーな作品。治安の悪さと土地柄をトリックに取り込み、日本では使いにくい仕掛を上手く料理している。
「ダイヤモンドは永遠に」宝捜しの冒険は「Between the Door」。でもクイーンではありません。
「あかずの扉は潮風に」龍之介、密輸団と闘う。決めては「音」の告発。英霊を持て遊ぶもの、扉の向うに潜むもの、補助線一発の柄刀流トリックが鮮やか。まあ、カーのバリエーションで、自作の使い回しではあるのだが。


2002年8月18日(日)

◆お盆休み最後の1日。天気も悪いし、昨日の疲れも残っていたので、自宅でおとなしく過ごす。
◆積録の中から「アンブレイカブル」を見る。百余名の命を奪った鉄道事故のたった一人の生き残りディヴィッド。かつてフットボールの英雄だった彼は、事故で選手生命を絶たれ今はスタジアムの警備員を務めている冴えない中年男。その彼に近づく漫画画廊経営者イライジャ。イライジャは、「ミスター・グラス」と呼ばれる生まれつき骨が脆弱な男で、その反動から、正義の味方としての<不滅の身体>と特殊能力を持った者を捜し求めていたのだ。やがて、イライジャの「妄執」にディヴィッドの息子が侵されていく。そして、ディヴィッドもまた。果して、ヒーローは覚醒する事ができるのか?それとも、すべては悪い夢なのか?てな、お話。
「シックス・センス」と同じ監督作品という事で、「さあ、何がくるか!」と構えていたら、それでもまんまとしてやられた。お見事です、シャマラン監督。ただ、映り込みやら、天井見下ろしアングルを多用した暗い画面作りには辟易とした。何やってるんだか、わかんないよ。
◆購入本0冊。


◆「Mystery at Friar's Pardon」M.Porlock(The Crime Club)Finished
週一原書講読、今週はPマクドナルドの作品の中でも、密室ものとしてもっとも出来のいい(森英俊氏)、という評判の作品。以前から題名だけはアタマに入っていたが「Friar」が「修道士」の意味だとは知らなかった。これも、ドハティーを読むようになった御利益である。えっへん。この作品が書かれた1931年はPマクにとって「密室」の当たり年だったのか、「Chice」やら「The Crime Conductor」といった密室ネタの作品もこの年の作である。前年にカーが「夜歩く」を引っさげて華麗に米ミステリ界にデビューした事を考えると、まさに、この年のPマクは「JDカーのライヴァル」だったのかもしれない。こんな話。
18世紀初頭、19世紀初頭と、その当主に不可解な非業の死をもたらしてきた館「修道士の赦免」。物好きにも、そこに居を構えたのは、売れっ子女流作家イーニッド・レスター・グリーンとその一家であった。人脈のなせる業か、ELGに見込まれ新たに資産運用を任される事となった主人公チャールズ・フォックス=ブラウンがロンドンから列車で2時間強、更に車で数十分の「幽霊」カントリーハウスに乗り込んだのは、11月半ばの週末の事だった。おりしも、館では、様々な客を招いてのハウス・パーティーの真っ最中。万般を切り盛りするELG、抑圧されたその娘グラディス、ELGに寄生する弟クロード少佐、線の細い姪レスリー・デスティア、ELGの有能な秘書ノーマン・サンディー、オカルト狂の老婦人モード・ベッサール、グラディスの許婚である青年男爵トレヴァー・パーセル、そして有り余る召使いたち。だが、賑やかなパーティーの舞台裏では、ポルターガイストによる事故や腕だけの生霊の目撃談が囁かれていた。女帝として君臨するELGは、一切の非合理的な言動を許そうとしないが、「館」に巣食う伝説は、20世紀に入っても尚、当主に牙を剥くのだった。
チャールズが館に到着して二晩目のこと、執筆に勤しむELG以外の7人はブリッジ組と「おはじき」組に分かれて夜長を楽しんでいたが、ELGからのインターホンでおはじき組のサンディーが呼び出された直後、チャールズとともに残されたパーセル男爵が鳴り響くインターホンを取り上げると、助けを求める金切り声が跳び込んでくる。三人が、ELGの書斎に駆け上がると、ドアは内側から施錠され、中からは何の反応もない。機転を利かせて、隣の椰子温室から外に回り、書斎のガラス窓を壊してチャールズが室内に入り込んだ時、そこには、既に息絶えたELGの死体が、、そして、駆けつけた検死官は、なんと被害者の死因が館に伝わる言い伝えの通り、「溺死」であった事を告げ、捜査陣を困惑させる。書斎には壷はあっても一滴の水の痕跡もなく、窓から水を捨てた跡すらない。果して、これもまた人知の及ばぬ霊の仕業なのか?チャールズは第一次大戦中、情報部に勤務していた実績を買われ、捜査に協力する事になるのだが、そこには「呪い」を越える、二重三重の欲望と陰謀が渦巻いていたのであった。冷徹な観察眼と卓越した推理で真相に迫るチャールズが、最後に仕掛けた奇手とは?
直球ど真ん中の黄金期本格推理小説なので、ミステリを読み慣れた人には、犯人も動機も当たる。だが、クライマックスの降霊会も含め、ばりばりのオカルト・ミステリであったのは嬉しい誤算。殺人が起きるのが、全体の半分。そこから余分な殺人は一切起きないという潔さも、賞賛に値しよう。密室の解法は、あっさりとした一時代前の理系密室だが、「溺死」の演出とその謎を論理的に解明するフォクシーの推理部分は圧巻。心理的盲点をついた消失ネタもあって、バカ・トリックぎりぎりの境界線上で軽やかに跳ねてみせる作者の心意気がよい。英語は平易な方だが、フランス人女中が英仏混じった言葉を喋るシーンは些か疲れる。それにしても、カーであれば、もっとオカルトを強調して派手な演出を施したであろうと思われる。オカルト・ミステリの定法に則れば、密室の解法と犯人の燻り出しの手順が逆だと思うのだが、そこがサスペンス派のPマクのPマクたる由縁なのかもしれない。とりあえず、噂に違わぬ端正な本格密室殺人と評価しておきます。


2002年8月17日(土)

◆金曜日の補遺:WOWOWで「陰陽師」をリアルタイムで視聴。主演の、狂言役者・野村萬斉は、原作の雰囲気に良く合ってはいたが、助演の伊藤英明がイモなのが辛い。一方、悪の陰陽師に扮した真田裕之の怪演は一見の価値あり。クライマックスの一騎打ちは魅せてくれました。はい。
◆午後から、奥さんと一緒に大学時代の漫画倶楽部OB会で友人宅へお邪魔する。田園調布の長嶋茂雄邸の丁度裏側にある家で、まずは、その話で盛り上がる。なんといっても、セコムの面目丸つぶれの事件なのに、なぜテレビでは、そこを突っ込まないのか?いやあ、参ったねえ、と替歌モード。

♪初めてのセコム
♪初めての無人宅

「ご利用は計画的に」

計画的にじゃねえよ!

◆ガイナックス製作の「アベノ橋魔法商店街」を4話までDVDで見せてもらい、笑いこける。おそるべし、ガイナックス。RPGやら、巨大ロボットやら、格闘技やら、様々なパターンを笑い倒す姿勢に完全脱帽。やるなあ。やっぱ、ガイナックスは「大人のお友達」相手の作品が面白いや。
◆てなわけで、呑みすぎ食べ過ぎの半日。帰宅して泥のように眠りこける。購入本は今日も0冊。


◆「火蛾」古泉迦十(講談社NV)読了
ショート感想。第17回メフィスト賞受賞作。イスラム教を題材にとった、宗教的幻想推理小説。その端正な仕上がりぶりに舌を巻く。弱冠20代の若者が書いた作品とも思えぬ驚異的な完成度。こんな話。
突如現われた伝説の師に誘われ、若い修行者の奇妙な山篭もりは始まる。4つのテントに篭る修行者たちの「禁」。姿なき指導者の声が響く時、軽い密室の中で血飛沫は空に舞う。最小限の容疑者の間で、一方通行の探索は、ただ新たな死を招じ入れ、異形のフーダニットは、異教のホワイダニットに収束する。果して修業は血で贖なわれねばならぬのか?「光と闇」「智と無知」「天と地」「殺す者と殺される者」二元論に縛られた人間に唯一神の裁きは下る。
説話文学風の匣型構造も、推理小説としては掟破りの幻想趣味も、この作品についていえば、納得性のある小道具として見事に機能している。カッパ・ワンの林泰宏作品「The unseen 見えない精霊」あたりのいかにも作り物めいた雰囲気を感じさせない筆力がある。それほどに「イスラム教」という多くのミステリ読者にとっては未知の素材を活かしきっているのだ。この作品については申し分ない。問題は、ここまで完璧な作品でデビューした場合、第二作の壁が厚かろうという事。この作品は、20年後にも伝説の作品として残っているであろうが、このまま、一発屋では終わって欲しくないものである。


2002年8月16日(金)

◆朝から昨日の日記書き。あれこれリンクを貼ると、妙にネット日記らしさが増すのが不思議。

アップしてから思い出した昨日の地口

「本をただ買う人々〜書斎わんだらー」(>誰の事やねん?!)

アップしてから思い出した昨日の啖呵

「趣味に夏休みはない!」

◆昨日の反動で表に出る気力が湧かず、ネット&読書に勤しむ引きこもり状態。一念発起して2年ぶりにニフティの会議室に入り込み、フーダニット翻訳倶楽部の扉を叩く。「頼もう!拙者、諸国を行脚し原書講読修業中の身なれば、是非ともこちらに集う翻訳家志望の皆様方と一手お手合わせ願いたく」という訳ではなくて、「原書50冊マラソン」に参加させて貰おうと思ったのだが、過去ログを見ると、どうやら「同じ作家の作品は5作品まで」という制約付きである事が判明する。ううむ、こちたらドハティー萌えの真っ最中で、3、4冊に1冊はドハティーを読んでいるというのに、この条件は辛い。色々な作家に触れる事で、翻訳家の修業に資するという趣旨と、ただ自分の読書のペースメーカーに使いたいという1ファンとのスタンス差は斯くも大きい。というわけで方針を切り替えて、マラソンの横で自分も伴走してみる一般大衆、という立場でお付き合いする事にしてみる。まあ、許してもらえるかどうかは判りませんけどね。
◆おっ「しゃんぶろう通信」が復活している。なるか、完全復帰!?


◆「ソルトマーシュの殺人」Gミッチェル(国書刊行会)読了
待望久し、英国オフビート女流の初期本格推理、遂に登場。1932年といえば、かの<EQの奇跡の年>(「ギリシャ」「エジプト」「X」「Y」という歴史的傑作を1年の間に発表した年ですな)。その同じ年に、斯くもひねくれたミステリが既に世に送られていたかと思うと、黄金期というのは、推理小説の「カンブリア爆発」だったんだなあ、と改めて思わせられたりもする。その2年前上梓されたクリスティの「ミス・マープル最初の事件」こと「牧師館の殺人」を明らさまに逆手にとった作品は、どこまでもしたたかで、全編これ肩透しの連続。真っ当なミステリ読みの呼吸を外し、意外な真犯人を最後の最後まで隠しきる。クイーンの技が、電車道一直線の横綱相撲だとすれば、この作品は四十八手以外の秘儀「オパビニア挟み」といった風情。付録の日記でトドメをさされた人々よ、称えよミセス・ブラッドリー! もっと、ミッチェルを!
僕は、ソルトマーシュの牧師館の副牧師を務めるノエル・ウエルズ。脳味噌まで筋肉の詰まったスポーツ好きのクーツ牧師と、凡そ愛の全てを淫らなものと糾弾してやまぬ腺病質のキャロライン奥さんという取り合わせに男女の神秘を感じながら日々のお勤めに励んでいる僕は僕で、同じ牧師館に住む牧師の姪ダフニとの恋を育むのに忙しい。村には、人を動物だと信じているネジの外れた夫人、海辺のバンガローに住む作家夫妻と黒人の使用人、村の名士フォックス卿とその美しいお嬢さん、そこに逗留する蜥蜴のような老婦人に融資家の紳士など、一癖も二癖もある人々で溢れかえっており、筋の通らぬ小さな監禁事件やら、襲撃事件が起きていた。だけど、牧師館のメイドだったメグが私生児を孕み、出産した事から、のどかな田舎町の「不穏」は一気に沸点に達する。赤ん坊を誰にも見せようとしないメイドの行動は、村人たちの心に猜疑の火を点す。そして村祭の夜、村の名士フォックス卿と一戦構えたクーツ牧師が行方不明となり、村を上げての大捜索の末、縛り上げられた姿で発見された頃、メイドのメグが殺害されてしまう。警察はたちまちメグと付合いのあったボブを逮捕したのだが、フォックス卿のお屋敷に逗留していた蜥蜴夫人がしゃしゃり出てくるや、事件はとんでもなくひねくれた道筋を辿り始める。常人の及ばぬ眼力で、次の死体を予感するブラッドリー夫人は、及び腰のワトソンを引っ張りまわし長閑な村一番の悪意の源を暴くのだった。
ミステリ読みのツボを意識的に外し、明かれさてみれば実に真っ当な殺意の記録をエキセントリックなフーダニットに塗り替える手際は、この作者ならではのもの。唯一邦訳のあった「トム・ブラウンの死体」で感じた隔靴掻痒感は、この作品にも共通しており、はっきりと読者を選ぶ。名探偵たるブラッドリー夫人の神の如き慧眼ぶりは、常に読み巧者の三歩先を行き、他の登場人物の十歩先を行く。また、牧師の甥であるウィリアムの大人子供した雰囲気が、なんとも魅力的。いっそ、この少年を語り手にしてもよかったのではなかろうか、と思える程である。秘密の抜け道だの、密輸団だの、ヴィクトリア朝ガジェットを捨てネタに使いながら、なんと立派なフーダニットか。ああ、びっくりした。自分は、イギリス・ミステリ・ファンだと思う人は是非お試しあれ。なんと後味を引く70年もののシングル・モルトである事よ。


2002年8月15日(木)

◆お盆休み2日目。日本一古本を買う男こと土田館長から「眉村卓応援サイトの主宰者にして畸人郷のメンバーでもある大熊さんが上京されるので、一緒に遊びましょ」とお誘いを受ける。正午に東京駅のドトールコーヒーで待ち合わせ、との事だったのだが、これが本当に判りにくい場所にあって、往生する。私はたまたま改札を出たところで館長にばったり遭遇してしまったので、二人で迷う事ができたが、葉山さん@謎宮会なんぞは、30分以上前に着きながら延々東京駅近辺のコーヒーショップというコーヒーショップを覗いては「ドトールは何処?」と徘徊しておられたらしい。ご愁傷様。なんとか落ち合えた4人組で、昼飯をとりながら、あれこれ出版業界の噂話に花を咲かせる(「戦死志願」「神様、仏様、宮部みゆき様」など)。
◆大熊さんが東京の土産話に回りたいポイントが二ヶ所あって、一つが「早川書房」、今ひとつが「江戸川乱歩邸」。まあ、どちらも外から見るだけになるのだが、まずは、神田駅に出て、早川書房のビルへ向う。移動中に「AERAの来週号に、あの人が登場!!」とか、「電網ミステリ日記界の新星」の話とか。さて、早川書房に辿り着くと、なんと本日は創立記念日につきお休み、との札が貼られており、あわよくば、アポなし潜入を企んでいた大熊さんはガッカリ。とりあえず、一階にある「クリスティー」という喫茶レストランでお茶する。ここでもあんな事や、あんな事を聞いてしまう。大熊さんはチャチャヤンショートショートの投稿常連で、その後もその当時の仲間と同人誌を出されていた由。その当時の同人誌や、MBSが製作した記念誌なんぞを見せて貰う。あの名張人外境の中さんもお仲間だったとか。ほほう、人に歴史ありですのう。貴重なものの見せて頂きました。
◆ここから神保町に出て、まずは飯島書店を軽くチェックしたあと、羊頭書房に一度行ってみたいという、葉山さんをご案内。ここで「今日は一冊も古本を買うもんか!」とココロに決めていたにも関わらず、つい均一コーナーで掴んでしまう。
「銀塊の海」Hイネス(早川NV文庫)100円
「Murder in the Madhouse」Jonathan Latimer(No Exit Press)300円
「Hearse for a Hearse(処刑六日前)」Jonathan Latimer(No Exit Press)300円
イネスは、夜の部から参加のよしださん向けに一応捕獲。なんといってもジョナサン・ラティマーの処女作(Murder in the Madhouse)は嬉しい。これが1冊300円というのだから堪らない。私が「えっへっへ、こいつあ、プチ血風ですよお」と、みせびらかしてはニコニコしていると、館長から「いやあ、原書だと、素直に祝福できますねえ」とのお言葉。うーん、もうちょっと羨ましがって欲しいぞ。張り合いがないぞお。ここで一旦お仕事のある葉山さんとお別れ。後は、3名で@ワンダーを冷やかして神保町を離脱。池袋に向う。
◆大熊さんの帰りのバス便の関係でサンシャインに立ち寄ってから、人で溢れ帰るサンシャイン通りを抜け、東口から西口に回りミステリー文学資料館に向う。真ん中の机では、山前さんが女性を横につけ、パソコンに向って作業中。おお、例の文庫アンソロジーの戦後版が出るのかな?ごっそり棚から持ってきた「Gメン」を並べて付箋をつけたりコピーをとったりしてあった。私と大熊さんは初来館だったのでメンバー登録をして、300円成りの入館料を払い、まずは横溝正史生誕100周年の企画を見学。自筆原稿にウットリする。いや、勿論、並んでいる本も凄いのだが、自筆の重みに比べるとどうしても霞んでしまう。引き続き開架の棚を見学。開架に向う際に、買い物用の袋をぶら下げていたのだが、受付のお嬢さんからは何のチェックも入らない。うーん、これは平和すぎるのではないか?それとも、何か別のセキュリティーチェックがあるのか。こちらから申し出て預かって貰おうとすると、閲覧机の椅子にどうぞ、との事。ううむ、平和だ。
開架の単行本や文庫本の9割は、本屋で買える本だが、それらに混じって戦前の新潮の全集の極美本や、春陽堂の全集などが無造作に並んでいて慄く。あと、何といっても凄いのは雑誌・同人誌の類い。「ぷろふいる」やら「探偵小説」が当たり前のようにずらっと開架に並んでいる様は壮観以外の何物でもない。個人的には「エロチック・ミステリー」の並びに興奮。これと縁がないんだよなあ。はああ。ともかく100円の値もつかないものから、10万円の値がつくものものまで、テキストとして公平に扱われている感じは非常に良い感じ。閉館30分前の駆足見学だったけど、とりあえず満足満足。新保教授も目の当たりにできたし。
◆引き続きミステリー文学資料館から、徒歩2分のところにある乱歩邸を外から見学。殆どノリは「聖地巡礼」である。門扉の前で、3名が正座して頭を垂れ、御霊の安寧を祈ったのは、8月15日にちなんでの事である(大嘘)。隣に建つマンションとの間から、建家の向うに「あの伝説の蔵」が聳えているのが拝め、ちょっと心がざわめく。とはいえ、外から拝むだけなので、ものの5分も間が持たず、そのまま池袋方面に退散。途中「八勝堂書店」をチェック。何も買わないつもりだったが、映画版エコエコアザラク(吉野公佳版)の写真集が定価の半額あったので、つい買ってしまう。後のお二方も、100円均一棚からそこそこのお買い物。池袋から山手線で移動。「高田馬場のビッグボックスの古本市もチェックしますか?」と水を向けるが、却下。もう古本はお腹一杯状態、というか、3名ともへとへと。そのまま新宿へ。
◆歌舞伎町のドトール(またかよ!)で一服。ここでは専らSFネタに花を咲かせ(「なぜ、SF者は論争したがるのか?」「SFとミステリの境界論」など)、いよいよ夜の部の舞台である「華僑飯店」へ。ここに、よしださん、川口ご夫妻@白梅軒、SPOOKYさん、葉山さんが加わって、あれこれ盛り上がる。
ミセス川口とは初対面。何とSPOOKYさんの後輩で、このお二人が並んで座っていると、まさに中国山脈といった趣き。その先に座っている川口さんが雲に霞んで見えた(嘘)。またミセス川口のシンチャン・ウイグル自治区留学譚には只管脱帽。語学極道らしく、ホラーの訳書も多数お持ちとか。いやあ世の中には凄いお方がいるものです。出た話題は、よしださんの冒険小説協会ネタ、川口さんの特撮ネタ、ミセス川口の中国ネタ、2ちゃんねるネタからサブカル談義、アニソン談義などなど。
一例を紹介すれば、ミステリー文学資料館で見た「貼雑年譜」の出来映えに今ひとつ満足の行かなかった土田館長の突っ込みから「新彊なら、30万円あれば、60人の大人が1ヶ月使える!もう、貼らせ放題!!」という話になったり、「新彊にブックオフが開店したら、やっぱり初日には石井女王様が並んでいたりするだろうなあ」といつものネタになったり、いやあ大変面白うございました。よしださんに三橋一夫健康本「ニンニクの謎」を渡すという懸案事項も片付け一安心。たいへん意義ある夕べでございました。幹事役の土田館長お疲れ様でしたあ。


◆「蝮のような女」Fダール(読売新聞社)読了


2002年8月14日(水)

◆お盆休み。午前中は、ネットサーフでぼんやり過ごす。「積読おおいに結構!」と積読肯定派のミステリ読みが集うサイトの掲示板を見つけて書き込んでみたり、藤原編集室さんにリンクを張ってみたり(紹介文はモロに季節ネタになってしまった)。藤原氏はマクロイの短篇集の表題で難渋されている模様。ううむ、私にとっては只のネタだが、プロの編集請負人にとっては真剣なテーマであるようだ(「支那」問題ね)。個人的には「燕京奇譚」という訳題の印象が初見の「37の短篇」時代から余りにも強烈で、ちょっとこれ以外の邦題は考えられない、というのが正直なところではございますが。
◆午後から、新京成沿いを一気に定点観測。めぼしい収獲0。とほほ。
「殺意は砂糖の右側に」柄刀一(祥伝社NONノベルズ)100円
「殺意は幽霊館から」柄刀一(祥伝社文庫)100円
「火蛾」古泉迦十(講談社ノベルス)100円
「恐怖に溺れて」松井永人編(双葉文庫)100円
d「企画殺人」鮎川哲也(集英社文庫)100円
「捕物時代小説選集(8)灯籠伝奇」志村有弘編(春陽文庫)100円
「八月の博物館」瀬名秀明(角川書店:帯)100円
d「キリオン・スレイの敗北と逆襲」都筑道夫(角川文庫)100円
「幸せな家族・そしてその頃はやった唄」鈴木悦夫(偕成社)200円
d「まぼろし砂絵」都筑道夫(角川文庫)200円
「日本探偵小説全集7」木々高太郎(創元推理文庫)340円
<何を今更?>の鮎哲集英社文庫は、これで集英社文庫6冊がダブリ・セットになるための捕獲。角川都筑文庫は2冊前進。あと11冊かな?いい感じで集まっている。鈴木悦夫という人の作品は、なんと偕成社Kノベルズで378頁という大作。「鬼ヶ島通信」という同人誌に6年間に渡って連載された小説らしい。<6年間かけて同人誌に連載>というタイム・スケールには唖然。凄ええ。カバー絵が新井苑子。カバーだけ欲しがる人は、結構いてそうだな。創元推理文庫の全集は、実のところ初めて買ってみた。何気なく手にとってみたところ、紙魚の手帖が挟み込まれているのを発見してしまったのが、運の尽き。本日一番高額のお買い物。こういう本って、1冊買うと残りも揃えたくなっちゃうんだよなあ。くそう。


◆「セブンズ・フェイス」秋元康原案・加藤学生作(メディア・ファクトリー)読了
BSデジタル放送開始時に、BS−WOWOWの目玉番組として毎日連続で放送されたサスペンスのノベライゼーション。その後、アナログWOWOWでも放映された筈である。確か録画した筈である。勿論、録画したきりである。エッヘン(>いばるな)中味は、どこまでも、流行のシリアル・サイコ・キラーもの。ネットのBBSやら、プロファイリングなどの小道具も「いかにも」である。おそらく日本のTVドラマ界におけるシリアル・サイコ・キラーものは、「沙粧妙子最後の事件」が、嚆矢である同時に頂点を極めてしまい、あとはチョボチョボといった状況が続いているのではなかろうか。いやあ、あの頃の飯田譲治は凄かった。
閑話休題。世紀末に間に合ったサイコ・キラーはこんな話。
始まりは氷漬けの美女の死体。猟奇殺人の幕開けとしては申し分ない。やがて警察は、ネット上にその殺人を予告したかのようなサイトが開かれている事を察知する。サイトの名は「Seven's Face」。そこには、黒猫と聖書という遺留品までを暗示した書込みがあった。これは劇場型の犯罪なのか?色めきたつ捜査陣。だが、「Seven's Face」は常に彼等の先を行き、第二の被害者の首を刎ね、遂には広場で「遊び」を召集する。捜査員の一人、不良あがりの新米刑事・市山は、事件の関係者や野次馬の中に、自分と同じく疵ついた者の匂いを嗅ぐ。そこに現われる一人の天使。彼女の名は「ガラス」。全てを見通し、全てを癒す奇跡の少女が市山を拒否した時、暗号の鍵は静かに回る。
猟奇殺人の手口が、土曜ワイド劇場の天知茂主演作を彷彿させる一方で、小道具の方は、実にファッショナブルに現代風。そこでのテーマは、虐待であり、開放であり、癒しである。コンピュータの天才と言われる捜査員の底が浅かったりするのはいかにも「テレビマンの考えそうなネット界」を反映していて面白い。そこを強化できないノベライズ作家の限界も自ずと見える。まあ、こんなところでしょ、という一編。TVドラマ・ノベライズ収集家は、こっそり押えて、20年後に自慢しよう。


2002年8月13日(火)

◆まあ、夏だし、コミケの歌でも。

<素敵なお姉さん向け>

♪若く明るい 呼び声に
♪迷いは消える 恥じもなく
♪やおい山脈 股割りザクロ
♪海の果て ビッグサイトに菊が散る

♪古いコスプレ さようなら
♪さみしい夢よ さようなら
♪やおい山脈 会場外へ
♪あこがれの 豪華大手の列に付く

♪汗に濡れてる スタッフの
♪制止の声に ガンとばす
♪やおい山脈 グループ買いの
♪罪深さ 買えば仲間がまた増える

♪父は知らない 母内緒
♪晴海の果ての その果ての
♪やおい山脈 ダミーでもぐり
♪へたり読み 若い身空で金はたく

<かっこいい男の子向け>

♪苦しくたって
♪悲しくたって
♪コミケの中では平気なの
♪行列できると胸が弾むわ
♪ロリータ・フェチ・Eカップ
♪ワン・ツー、ワン・ツー、オタック

「だけど汗かいちゃう
男のコなんだもん」

♪涙も汗も若いリピドーで
♪あの空に背を向け叫びたい
♪オタック、オタック
♪ナーンバー・ワーン
♪オタック、オタック
♪ナーンバー・ワーン

◆定時で切り上げ、とっとと帰る。終着の駅にワゴンが出ていたのを昨晩チェックしていたのだ。昨日は間に合わなかったが、本日は捲土重来。いそいそと、下車して現場に向うと、どうやら昨日が最終日で1000円ネクタイ売り場に変わっているではないか。ががーん、こいつあ、ショックだあ。そこで方針変更。萎える気持ちに鞭打って普通電車で一駅戻って定点観測することに。ところが、こちらでも3軒あるうちの1軒が夏休み。1軒では殆ど何も期待できない。残る頼みの1軒では何故かドイツ語のミステリが棚二つ分並んでいたのだが、知った名前は殆どない。なるほど、先日、小林晋氏が「どこの国にも我々のまだ知らない満蒙のミステリの大地が広がっていんですよ、あっはっは」とおっしゃっていたのはまんざら夢物語ではなさそうである。しかし、手にとってみても何がなんだか判りゃしない。なになに、メグレ ウント ディー ガイスト おお、これはどうやら「メグレと幽霊」らしい。しかしそんなものドイツ語で買ってどうする?
しかし、このまま何も買わずに帰るのは余りにも業腹だ。ああ、俺に本を買わせてくれえ。今日の俺は本が買いたいんだよおお((C)よしだまさし氏)という訳で、これはもう絶対に読まないだろうなあ、と思いながらお馴染みの作家の本を一冊だけ洒落で買う。
「Der Morder ist ein Fuchs」Ellery Queen(Ullstein Bucher)90円
ウムラウトの出し方が判らないので、これで勘弁してください。何の事はない「フォックス家の殺人」である。カバーは絵じゃなくで写真だけど、なかなかいい味出してます。まあ、EQFCの例会に持っていけば、誰か物好きが引き取って下さるでしょ。というわけで、来月の「本の雑誌」のお題「読まないのに買ってしまった本」に使えませんかそうですか。


◆「魔女のしかえし」Jヒントン(学研)読了
ネットで検索されてこられた女性から、どうしても譲って欲しいといわれたので、お輿入れ記念に手とって見る。もともと、同じ叢書の「ふしぎなマチルダばあや」を見つけた勢いで買った本なので、自分では買った事も忘れていた本。このまま積読山脈の裾野で忘れ去られる運命にあったところを、よかったねえ、大事にして貰うんですよ、よよよよ。これが、とりあえず嘘でも推理小説と書いてあれば扱いも違うのだが、ジュヴィナイルのしかもファンタジーというジャンル外については、至って執着心のない奴である。
閑話休題。個人的にファンタジーやSFで、琴線に触れるものには、それなりの「ルール」が存在する。これが「不思議な国のアリス」のように、全編これナンセンス、ルールのないのがルールてな状態で突っ走られると、着いていけなくなるわけで、「ルール」に基く世界観の下で、主人公が「ルール」に則った危機を機知やら根性やらで乗り越えていくドラマが好きである。まあ、この辺りが、ミステリ者の限界なのであろう。
という訳で、この原作2話分を一冊に編んだ「ペリー・ローダン」編成の作品は、第1話で、中国土産の凧によってビーバー島に攫われたフィリップ少年が、コマドリ軍曹や、幼いビーバーとともに、島を乗っ取ろうとする魔女オイインの手から魔法の城と島を奪還するまでを描き、第2話では4元素を操り、捨て身の勝負を挑んでくる復讐の魔女オイインとフィリップの知力・体力の限りを尽した凄絶な闘いの過程を描く。
で、勿論、第2話の方が圧倒的に面白い。第1話でのフィリップは、いわば風に攫われて着地した拍子に魔女を踏み潰してしまったドロシーのようなもので、世界観やルールが作者の頭の中にしかない状態のまま、手前勝手な冒険へとひた走る。映像的には見せるクライマックスも、魔女のこだわる「言葉」についての伏線がないために、全く冴えない。「最初に思わせぶりの予言ありき」のエミリー・ロッダとは大違いである。それに対し、第2話は、五行陰陽か風水を思わせる魔女のルールを読者に公開した上での勝負事。やっぱり、エンタテイメントは(たとえそれがみせかけでも)フェアであって欲しい。その上で、予想を裏切り期待に応える。これですよ、これ。まあ、ショタな人はどうぞ。ミステリ読みが無理して捜す本じゃありません。


2002年8月12日(月)

◆1日更新をしないと、ミステリ系更新されてますリンクの上から80番目ぐらいにまで置いてけ堀状態。この日本で、少なくともそれだけの数のミステリサイトが活発に動いているのは凄い事だよなあ。
◆朝5時起き。普段なら日記の更新に精を出す時間なのだが、本日は原書読みに時間を費やす。結局、出勤時間までに読み終われず、電車に持ち越しだあ。
◆就業後、途中下車して別宅で探し物。意外にあっさりと見つかったので拍子抜け。最寄り駅で新刊買い1冊。
「島久平名作選 5−1=4」日下三蔵編(河出文庫:帯)1260円
やっと買いました。ある意味、このシリーズで最も楽しみにしていた巻である。かなりの部分掲載誌を持っているものの「夕刊岡山」は凄い。完全脱帽。


◆「死のランデブー」Pボアロー(読売新聞社)読了
ナルスジャックとのコンビ結成前に書かれたボアローの本格推理。探偵は「三つの消失」や「殺人者のない六つの殺人」でも知られるアンドレ・ブリュネルだが、この作品には不可能趣味はない。ただ、フーダニットについては作者も相当に自信を持っていたようで、サプライズにこだわった、いかにもフランスミステリらしい好サスペンスに仕上がっている。
毛皮卸商に務める冴えない会計担当ジュリアン・プラールの日常に不倫の翳が忍び寄る。美人の妻を持ちながら、なぜか別の女性からの強烈なアプローチを受けている様子に、会社の上司を始め、女性従業員たちも興味津々。「謎のガブリエル」嬢の正体を確かめるべく、経営者のマルナン氏が、探偵小説好きの最年少従業員ラウールを焚き付けて、ジュリアンの後をつけさせた事が、恐ろしい事件の幕開けとなった。首尾よく田舎の一軒家に、ジュリアンとベールの女が入り込むのを見届けたラウールは、更にその家に新たな登場人物が侵入する現場を目撃する。それは女の寝取られ亭主だったのか?果して、翌日ジュリアンは出勤せず、一軒家で無惨な死体となって発見される。夫に裏切られたマルチーヌ・プラールを勇気づけるべく、警察とは別に真犯人探しに立ち上がったのは、マルチーヌに幼い頃から恋心を抱きつづけてきた年下の従弟アシル。彼は、ラウールと組んで、犯罪現場への潜入を試みるのだが、そこで信じられない冥界の使いに遭遇する事となる。錯綜する不倫のリフレイン。消えた女。殺す男。危険な逢い引きの果てに素人探偵たちがみた真実とは?
登場人物の少なさ故に、およそ作者の企みは予想がつくものの、ノンストップで解決まで読者を引き摺っていく手際の良さは、さすが大作家。何が嬉しいといって、狂言回しを務める青年探偵ラウールの存在。さながら同国の先達ジョゼフ・ルールタビューを思わせる突進小僧ぶりで、ラストでの名探偵ブリュネルとの交感ぶりも好ましい。他の翻訳作に比べて合作以降の作風を思わせるプロットでありながら、探偵が登場した途端に古色蒼然とするところが、黄金期を愛する私にはフィットした。
あと、訳者後書きを読んで、長年の疑問が一つとけた。読売新聞社が精力的にフランスミステリを出していたのは、その図書編集部に谷亀利一氏(「メグレ式捜査法」「メグレと火曜の朝の訪問者」等の翻訳者)がいたからなんだ。いや、絶対コアなフランスミステリの理解者がいると思ってたんだよなあ。大納得。


◆「Red Slayer」Paul Harding(Morrow)Finished
今年の2月から始めた週一原書購読も、ようやく半年、これで26冊目。期待外れの作品もあったが概ね面白く読んでこれた。で、この作品は、その中でも三本の指に入ると言っても過言ではない出来栄え。森英俊氏が「次は更に面白くなる」と言われた通り、修道士アセルスタン・シリーズの第2作は、雪のロンドン塔を舞台に、屍泥棒に悩む修道士アセルスタンと妻の貞操を疑う検死官クランストン卿の二人が、予告された密室殺人と転落死(というか警報の作動)の二大不可能犯罪に挑む、という贅沢なつくり。動機が14世紀に相応しい「大伝奇」なのが、これまた心地よい。こんな話。

1377年12月13日、世の中がクリスマスの祝日に向け慌しさを増す中、雪に包まれたロンドン塔で惨劇の幕は開く。悪名高い塔の主である主席治安官ラルフ・ホイットン卿が、寝室で喉を鮮やかに掻き切られた死体となって発見されたのだ。卿は、何者かの脅迫に怯え、白の塔の豪奢な居室を引き払い、北稜塔の最上階で寝泊りしていた。その部屋に続く唯一の階段には二人の護衛を立てるという厳重な警戒ぶりに何者も卿の寝込みを襲う事など不可能だと思われた。その朝、最初に被害者を起こしに来たのは、卿の娘フェリパの婚約者である巻物商のジェオフリー。幾度となく呼びかけても返答がない事に不安を感じたジェオフリーは、一旦は階下の護衛から鍵を借りて部屋に入ろうとしたものの、途中で思い直し、治安官補であるコールブルックを呼びに行ったのだという。そして、コールブルックが鍵を開けて居室に入ると、そこには喉を切り裂かれた卿の死体が待ち受けており、開け放たれた窓からの冷気によって、死体から流れ出た血は既に凍りついていた。果たして暗殺者は、窓の遥か下に広がる凍結した濠から壁を攀じ登ってきたのか?その頃、腐敗した体制に反旗を翻そうという動きがあり、ロンドン塔は、反体制派の標的となっていた。だが、卿に届けられた脅迫状は、4本マストの船の記号が記され、そこには地中海の彼方の暗殺集団が予告に用いる種子の煎餅が添えられていた。アーコンドワルド教会墓地からの相次ぐ屍泥棒という厄介事を抱えながら、修道士アセルスタンは、国王の検死官ジョン・クランストン卿とともに、この「開かれた密室殺人」の捜査に乗り出す。
凶行の当日、塔には卿の娘フェリパとその婚約者ジェオフリーのほか、卿の弟ファルク・ホイットン卿、旧友である宗教騎士団の二人ジェラルド・モールビイ卿とブライアン・フィッツオルモンド卿、教戒師のハモンド牧師などがいたが、窓から侵入できる体力の持ち主は見当たらない。ただ、凍った濠の上でファルク卿のバックルが発見されたのみ。そして第二の惨劇は時をおかずに起きる。夕べの祈りが終わり、フェリパの招きで一堂が美闘士の塔の一室に集まった時、突如敵の襲来を知らせる警鐘が城内に鳴り響き、その騒ぎの中でモールビイ卿が、広矢の塔と塩の塔を結ぶ胸廊から転落死を遂げたのだ。歩哨の証言によれば、警鐘に近づけいた者は誰一人おらず、現に鐘楼の廻りに積もった雪には足跡一つ残っていなかった。そして、モールビイ卿の死体からも、ホイットン卿と同様の脅迫状が発見されたことから、事件は十数年前の因縁に遡り、若かりし日のホィットンの裏切りにより、怒れるエジプト人太守の手に落ち非業の死を遂げた筈の傭兵隊長バーソロミュー・バーゲッシュの復讐という「動機」が浮かび上がる。
二人の探偵を苦しめたのは、殺人事件ばかりではない。相次ぐ屍泥棒に悩むアセルスタンは、彼が恋心を寄せている高貴な出の未亡人ベネディクタに紹介された医師ヴィンセンティウスの元をクランストン卿の賢夫人モードが卿に内緒で訪れている事を知って困惑する。最近、妻の挙動に不審の念を抱いていた卿の疑念は、正鵠を射たものだったのか?
十字軍姿の暗殺者が三人目を屠ったとき、生首は検視官を嘲笑い、四人目は怒れる熊の手によって薙ぎ払われる。赤い必殺者の館で、地下迷宮に招くのは狂った赤い手。アセルスタンの怒りは、ただ真実を求め、そして正義を執行する。

非常に完成度の高い歴史推理。探偵たちの私生活での「事件」を描きながら、「グロリアスコット号」や「五つのオレンジの種」を彷彿とさせる伝奇復讐譚に不可能犯罪の衣を着せて語る作者の筆力に脱帽。トリックそのものは小味であり、第3、第4の事件のグラン・ギニョールぶりは、些か羽目を外しすぎの感もあるが、こう矢継ぎ早に派手な絵を展開されると、まんまと酔わされる。屍泥棒のくだりだけでも、名短篇たりうる貫禄があり、説得力溢れる14世紀末ロンドンの下町の描写に舌を巻くこと必定。勿論、クリスマス・イブに控える大団円も微笑ましく、これぞ、贅を尽したエンタテイメント。もう少し猫のボナベンチャーが活躍してくれれば更に云う事なしだったが、残念、猫ミステリ度は低い。とにかく、このシリーズ、翻訳されれば先ず間違いなく「萌え」の対象になるであろう。ああ、面白かった。


2002年8月11日(日)

◆奥さんの実家で宴会やって、そのままお泊り。ゆっくりと朝ご飯を頂き、ブックオフの開店時間を見計らって失礼する。定点観測で、安物買い。
「セブンズ・フェイス」秋元康(メディアファクトリー)100円
「刑事コロンボ・人形の密室」リンク&レビンソン(二見文庫)100円
「ミステリー気になる女たち」西尾忠久(東京書籍)100円」
夏の日差しの下を自宅まで歩いて帰るだけで汗びっしょり。水風呂を浴びて、只管原書購読に励む。ここまで280ページの原書を110ページまでしか読めておらず、このままでは週いちレビューに間に合わない。面白くないのではなくて、これが物凄く面白いために読み飛ばせないのである。風通しのよい場所に腰を据え、グレゴリオ聖歌をBGMに流しながら、雪景色のロンドン塔を舞台にした不可能犯罪歴史推理を原書で読み進む。いやあ、いいねえ。炎天下、ビッグサイトで売れ線「男性向け創作」サークルの行列にリピドー汁まみれのオタクどもと並んでいるより百倍優雅である。
◆途中、WOWOWで放映されていた「ドラキュリア」をリアルタイムで視聴。2000年のアメリカ映画。ヴァン・ヘルシング教授が今なお生きており、殺す事が出来ない吸血鬼「ドラキュラ」をロンドンの博物館の地下金庫に封印しながら、その滅殺法を日夜研究し続けているという設定がユニーク。その棺を、秘宝と勘違いした盗賊一味が持ち出した事から、2000年の時を越える因果の環は廻り始める。自家用飛行機を乗っ取ったドラキュラは、遥かアメリカ南部ニュー・オリンズに住むヴァン・ヘルシングの娘マリーと交感し、旅の目的地を定める。美女達を眷族としながら、闇を闊歩する夜の王。カーニバルナイトの喧騒の裏側で、血の絆で結ばれた父娘の闘いが始まる、てな、話。一切予備知識も入れずに見始めたが、なかなかにB級で楽しめた。ドラキュラ役は今ふたつだが、ヒロインのジャスティン・ワデルがキュート。黒髪のショートヘアが新鮮で、ヴァージンの黒のユニフォーム姿がいい感じなのですな。あと、ドラキュラの正体について、新解釈を持ち込んでいるが、これはなんぼなんでも無理目であろう。ワイヤーを使ったアクションは、聖少女バフイの強化版かいな、って感じ。
いかんいかん、こんな事をしている場合ではない、と原書に戻るのだが、今度は、自宅の方に、奥さん一家がやって来て宴会をすることになってしまう。うひゃあ、二日続けて同じ面子で宴会だよ〜。酔っ払いながら大河でまんまとNHKに泣かされて爆睡。いやあ、凄い週末だったなあ。というわけで、1日130ページという個人記録を更新しながらも原書は読み終われませんでしたとさ。