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2002年8月10日(土)

◆夜、宴会なので、早目のアップ。
◆惣坂さん・橿淵さん、パソ婚二世誕生おめでとうございます>私信
◆掲示板で青月にじむさんに教わり、ダカーポ497号を捜しに行く。なんでも拙サイトが紹介されているらしい。特集は「本の虫が薦める本好きのための極上読書案内」。その中の「命をかけて本にこだわる本の虫サイト」が該当個所。連載を貰っている「本の雑誌」はともかくとして、紙媒体で取り上げて貰うのは久しぶり。何故か、1年も更新していない「瑣末の研究」を褒めてもらっていたので恐縮。ダカーポも読書特集のときには、結構読んでいる雑誌なので、素直に寿いでおこう。
これは自分もそうなのだが、一般論として、新しいタレントの発掘には熱心だが、一旦イメージが固まってしまうと熱狂的に接する事が出来なくなる。このサイトも、紙媒体で紹介されたのは、最初の半年から1年半ぐらいがピークで、後は「特定ジャンルの定番サイト」として緩やかな熱的死を待つばかり。
もしも仮に、週一回の原書レビューを独立させて別のハンドルネームで立ち上げていれば、かれこれ半年で「更新頻度は週イチだけど、なにやらマニアックなミステリ・原書読みサイトが現われた」と取り上げて貰えたかもしれない。うーん、HNは河田陸村大兄の顰に倣い笛家勉(フェアベーン)、サイト名は「秘・密室:Most Secret Room」とか、どうよ?


◆「みだらな儀式」源氏鶏太(光文社)読了
著者最晩年のサラリーマン恐怖小説集。著者後書きによれば「39冊目の短篇集」だそうな。やはり只者ではない数ですな。内容は、怨と欲に縛られた魂のゆらぎをサラリーマンの日常に憑依させた作品が7編。
初めて源氏鶏太の幽霊小説を読む人には新鮮かもしれないが、相当数読み込んでくると、最初の感激が薄れてくる。円熟というか、枯淡というか、死や冥界が主人公たちの直ぐ傍らに忍び寄ってくる様は実に自然なのだが、こう、葬式にばかり付合わされると、読者としても飽きがくる。
その中では、淫欲の饐えた香りが立ち込めた表題作「みだらな儀式」のインモラルでバーチャルなインセストの記憶が鮮烈。
同じく巻末の「好色な幽霊」も、おそらく小説現代の官能小説特集にでも合わせたかのような濃厚な交合シーンが明朗快活な源氏鶏太の翳の部分を見せつけていてドキリとさせる。フランス書院文庫であれば、どうということない描写が、このような大作家の作品に出てくるとやはり驚かされる。とことん、期待に応えようとするかのような描写が痛々しいとまで云うとこの大作家に失礼か。
あとは、アプレなカップルが大金欲しさに次々と実直なサラリーマンを毒牙にかけていく「三人の客」が、なにやら昭和30年代の通俗サスペンスを思わせて吉。もしかして、作者の頭の中では、これが最もナウい(死語)犯罪者像だったのかもしれない。このセンス、鷲尾三郎。いやあ参ったなあ。
真夏の昼下がり、うたた寝しながら読むのに丁度いい和風常用食系ホラー。ニンニク味のスプラッターホラーに飽きた時に、素麺のようにつるつる召し上がれ。


2002年8月9日(金)

◆仕事は開店休業状態。非常に長閑である。
◆定点観測。何もないよなあ。伊勢丹の落穂にでも行ってた方がよかったかなあ。
d「みだらな儀式」源氏鶏太(光文社)100円
「なぞとき編集者」佐藤裕恒(イースト文庫)100円
後者は聞いた事もない出版社(業界ものが得意な出版社らしい)から出ていた聞いた事もない作者(FM東京の取締役らしい)の文庫本。ゲテの香りがむんむん漂っていていい感じ。山前チェックリストには入っているのであろうか?
◆帰宅すると「本の雑誌」最新号が到着していた。今回の特集「夢の合作大作戦」は非常にワタクシ好み。わくわくしながら読んでしまった。「ハリー・ポッターと凌辱の魔界」にのけぞる。ああ、ハーマイオニイの運命や如何に?
てつおさんの日記(8月7日)の「そのうちクイーンの作品も『繋がった双子の謎』になるかも」に思わず膝をうつ。なるほど、「トルコ嬢シルビア」ショックか。そう思って国名シリーズを見てみると「シャム双子」以外は大丈夫そうですな。「ローマ帽子」「フランス白粉」「オランダ靴」「ギリシャ棺」「エジプト十字架」「アメリカ銃」「チャイナ橙」「スペイン岬」「ニッポン樫鳥」。あえて危ないのを探せば「支那橙」ですか。これも、日本が支那というと怒るけど、米国にチャイナといわれても怒らんもんな。まあ、戦前の話だし。と、なるとやはり「シャム双子」が言葉狩りの槍玉に挙げられる危険性大。下手をすると「国名シリーズ中、唯一<読者への挑戦>がない」という特異要素に加えて、「国名シリーズ中、唯一国名をつかえない」作品になるかもしれない。うーむ、「死んだ耳の男」方式で逃げるのか。「サイアミーズ・ソーセージの謎」。うひゃあ、なじまねえ。お父さん、山火事で燃やしてしまいましょう>日本ハムかい!


◆「銀河帝国の弘法も筆の誤り」田中啓文(ハヤカワ文庫JA)読了
いやあ、電車の中で読んではいけません。笑いをこらえるのに必死。豪華な後書き陣も嬉しい畢生の名作。


2002年8月8日(木)

◆あ、すみません「殺しの双曲線」です>やよいさん
◆年休を貰って半期に一度のデパート展。今日は浦和、明日は新宿とはしごをしていた頃がおぞましい、もとい、懐かしい。開店45分前に行くと、ウインド越しに渡辺さんとお茶している森さんの姿が目にとまる。窓越しにひょいと手を上げて挨拶。いつものポイント、前から10番目あたりで一心不乱に文庫本を読みふける女王様発見。ああ、生の女王様は久しぶりだ。今日は何をやってくれるのだろうか。列の最後尾で、SRの沢田さんに挨拶。河岸を換えて、ここ2回ばかりエスカレーターを駆け上がるのには都合のいい場所に陣取る。日蔭なので多少は涼しいのである。ところが、今回は、あまりの暑さに店の判断で、正規の行列(何が正規だかわからんのだが)に並んでいた人々は店内に入れて貰えたんだとか。全く、禍福はあざなえる縄の如しである。
◆それとしらずエスカレータを駆け上がると既に6階の催物会場には人々の姿が!「やられたあ」と女王様の決め台詞を吐かされたのは、こちらの方であった。気を取り直して、文生の棚からチェックを入れていくが、さしたるものはなし。移動して、少年ものと早川のポケミス前身の叢書が並んでいた棚から何冊か掴む。その裏に回って驚いた。もう、ポケミスの山、山、山、しかも値段が手頃。函狙いの彩古さんと話しながらカバー付きを抜いているとよしださんもやってきてカバー付きをチェックしはじめる。うへえ、危ない、タッチの差だよ。今度は高1君ことオーツカさんがやってきたので、これ買え、あれ買えと押し付ける。地力で「死の序曲」(函付き)を押えていたのはさすが、末おそるべし。念のために棚下を覗くとそこにもポケミスの山、山、山。うわあ、こりゃあ、アドレナリンあがりっぱなし。ここでも「アデスタ」の函付きとか、何冊か毟り取るのだが、結局これは30分後にリリース。おなじく棚に戻しに来ていた女王様に引き取ってもらう。
◆清算して、やよいさんと話していると、沢田さんが十蘭狙いで注文入れた戦前のお嬢さま雑誌4冊、1冊2万4千円成りに当たってしまって、大散財する現場に立ち会う。「令女界」だったかな?「界女令」だったかな?どっちから読んでも知らない日本語だよ。それにしても2万4千円×4冊ですかああ??最早私には追随不能の世界である。それからオチボのつもりで何度か会場とキャッシャーを往復。森さんが送りにしているのが見えた。そんな量でもないのになあ、と思っていたら、なんとその足で静岡の古書展に向ったとか。おそるべし、森英俊!
◆結局、買ったのはこんなところ。
d「夜歩く」JDカー(ポケミス:初版)600円(←初版に買い換え*黒白さん調)
「判事への手紙」Gシムノン(早川ポケットブック)600円
d「ベベ・ドンジュの真相」Gシムノン(早川ポケットブック)600円(美本だったので)
d「引き裂かれたカーテン」Rワムザー(ポケミス:カバー)400円
d「アラベスク」Aゴードン(ポケミス:カバー)400円
d「逃亡者」Rフラー(ポケミス:カバー)400円
d「リキデイター」Jガードナー(ポケミス:カバー)400円
d「泥棒成金」Dドッジ(ポケミス:カバー)500円
「名探偵オルメス」カミ(芸術社:裸本・月報付き)800円
d「オシリスの眼」RAフリーマン(早川書房)2000円(←カバー欲しさ)
「くさりの輪61号」マーシャル(講談社:裸本)1800円
「ミスマープルの愛すべき生涯」Aハート(晶文社)500円
「暗示の壁」ふゆきたかし(文芸春秋:帯)500円
テキスト的に嬉しいのは何故かこれまで全く縁のなかった「判事への手紙」と「名探偵オルメス」の2冊。これだけで、この場に来た甲斐がございました。あとは、殆どジャケ買いの世界。最後のハードボイルドは、サントリーミステリー大賞の佳作らしい。見たとがなかったのと状態がよかったので発作買い。まあ、1冊ぐらい「読む本」を買うのも悪くないかと思ってのこと。
◆一段落したところで、場にいた皆でお茶する。よしださん、彩古さん、石井女王様、やよいさん、渡辺さんと私(後から岩堀のおとっつあんが参加)。夫々に釣果をみせっこしながら、古本談義。浦和での「森英俊160冊抜き」事件や、渡辺さんの「明朗系ベスト目録」やらでひとしきり盛り上がったあと、先日の京王のカタログに載っていた洋販出版のエイプリル・ダンサーに話題が流れる。「凄い競争率だったろうねえ。一体誰のところに行ったのかな?」という疑問で「Nさん」(あえて名を秘す)の名が挙がり、石井さんのこの日一番の名台詞が飛び出す。

「あの人は、手段のためには目的を選ばない人だから」

一瞬絶句する人々。続いてくかかかかかとひきつる私、これで日記のネタが出来たと小躍りしながら突っ込むよしださん、「わざと間違えて、洒落てみたのよ」といわんばかりに辻褄を合わせようとする女王さま。「間違えたんだから、あきらめなさい!」という渡辺さんの仕切りまで、いやあ盛り上がってしまった。さすがです、石井さん。誤謬女王。
◆勿論、古本女王の強みも見せて、小峰本を「百万塔」と「紅バラ団」の両方とも注文ゲットして頭を抱えていた。それにしても、この本はこれから何冊でてくるのだろうか。
◆続けて土田さんの買いっぷり(欠席裁判)や、うちの「別宅」の話題から、本が溜まって溜まって、という共通の悩みになり、なぜか「ハヤカワうんこ」だの「創元推理うんこ」だの「サンリオSFうんこ」だの、小学生低学年以下のギャグで引き攣る。ナチュラルにハイなんになっちゃうんだよね、古本を買った後って。
◆その辺りで岩堀さんもやってこられたのだが、何故か案内されるままに、離れた席で昼ビール。その間に女王様から「岩堀さんが、退職金の一部で探偵倶楽部100冊を文生で買った」という話が出て、感心。「でも、全然足りなくて、その後も10冊単位で買い足しているとか」というところで引っかかる。待ってよ、倶楽部は105冊だよ。と、どうやら「探偵実話」の誤りであった事が判明する。ううむ、それは全然違うぞ。
◆ビールを飲み終えた岩堀さんがやってきて、「私もカッパ・ワンの4冊を読んだので、<啓示>板に書き込もうかと思う」とのこと。いつでも、どーじょどーじょ。なんでも「双月城」を読んだら無性に「髑髏城」が読みたくなって、昨晩読み終えられたとか。「全く同じ設定だねえ」。そうです、そうです。トリック以外はパクリなんです。なおも最近収集に目覚めた創元社の「世界推理小説全集」の話など。「『あと30年かけて集める』とか言えないからねえ」としみじみ。ううむ、そこで綺麗だったからという理由だけで「ルーブルの怪事件」を抜いた人、「武士の情け」という言葉を知らぬか。それとも「生きがい」を与えるという事なのか。いずれにしても、古本買いはドラマである。喜劇か、悲劇かは人による。
女王様がエレベータでため息まじりに一言。「来週、うちの旦那、休みでうちにずーっといるんだよね〜」少なくとも、家族にとっては「悲劇」かもしれない。
◆仕事に行く人、落穂する人と別れて、折角新宿にいるのだからと荻窪まで足を伸ばす。ささま書店の店外均一スペースでパラがけの平凡社「世界猟奇文学全集」らしい背をみつけ、手にとると一応は人気のデュマ作・横溝正史訳「ボルジア家罪悪史」。貸本あがりで、奥付カット、印ありの状態だが、読む分には支障ない。いくらなんでも戦前本が300円じゃ可哀想だと、拾うことにする。
d「ボルジア家罪悪史」デュマ:横溝正史訳(平凡社:裸本・印あり)300円
店内で、角川文庫都筑を1冊。
「妖精悪女解剖図」都筑道夫(角川文庫)200円
ほかにも未所持の角川都筑はあったが、いずれも状態が悪い割には古書価格だったのでスルー。結局、駅の南側でのお買い物はこれだけ。北に回ってスーパーブックオフで、何冊か拾う。
「クワイアー・ボーイズ」Jウォンボー(早川書房:帯)100円
「夢に見た旅」Aタイラー(早川書房:帯)100円
「脳男」首藤瓜於(講談社)100円
「真実の瞬間」KAブルム(角川書店)100円
「スーパーモールの非常警報」Eウィルソン(偕成社)100円
なんと、偕成社のトムとリズのシリーズ、4巻で終りと思いきや、6巻に遭遇してしまう。5巻の「プレーリードッグの罠」も探さねば。ああ、一体何巻あるんじゃあ?
◆その後は荷物を別宅に放り込みにいったついでに、俄か整理を始めるが、かえって散らかってしまうのはこの世の常である。洋書大異動の余禄で、未所持と思い込み探求本の上の方に位置付けていた新章文子の「沈黙の家」が棚の後ろから出てくる。「お、持ってんじゃん、俺ってば」と物凄く得した気分になる。出たな、自宅でプチ血風。それにしても「警部マクロード」が出てこないんだよなあ。くそう。


◆「ベラム館の悪霊」Aクラヴァン(角川文庫)読了
なんだよ、これって本当に大伝奇じゃない。参ったなあ。


2002年8月7日(水)

◆長島邸乱入事件や、島袋買春事件で霞んでしまったけど、文部科学省調査。
『小学4年で習う「積んだ」が書けたのは小学生35%、中学39%、高校生54%。』

お、オヂさんはねえ、つ、積むのは、上手いんだ。はあはあ。

じゃなくて、日頃ネット読書界を徘徊していると、オーツカさんやらようっぴさんなどのドロドロにコアな推理小説大好き高校生にしか遭遇しないせいで信じられないのだが、一般的高校生の読書離れは結構深刻であるように伝えられている。昔と違って娯楽が多いんだからさあ。体育会系 対 文科系(引き篭もり系)の比率自体は昔からあんまり変わらないとは思うのだけれど、文科系の中でゲームやらネットやらにシェアを食われているって事なのでは。考え様にようっては、日本が国際競争力を持っているコンテンツといわれるゲームやらアニメやら漫画の裾野が広がっているのであろうから、左程嘆き哀しむ話でもないのかな、と。だいたい日本の小説に如何程の国際競争力があるかと云えば、これは残念な事ながらはっきり言って「ない」に等しいっしょ。
個人的には、横溝正史や高木彬光や鮎川哲也のミステリを原語でホイホイ読める幸せに「よくぞ日本に生まれけり」との意を強くしてはいるんだけど。如何にロバート・エイディさんが密室に詳しい顔をしていても「本陣殺人事件」も「赤い密室」も「呪縛の家」も読んでないに違いない。いひひひひひ。
◆ブックオフ定点観測。ここのブックオフは久しぶり。
「SFが読みたい 2000年版」(早川書房)100円
「スタートレックDS9 選ばれし者」JMディラード(角川スニーカー文庫)100円
「銀河帝国の弘法も筆の誤り」田中啓文(ハヤカワ文庫JA)100円
「背が高くて東大出」天藤真(創元推理文庫)100円
d「ショート・ショート劇場4」(双葉文庫)100円
とまあ、ここまでは安物買い。「SFが読みたい」は志の低い本だけど、SFMの増刊扱いなので渋々拾う。ショートショート劇場は5だったら、ワンセットダブリに出来たんだけどなあ。残念、かすった。
んでもって、プチ血風一件。
d「並木通りの男」Fダール(読売新聞社)100円
d「チューンガムとスパゲッティ」Cエクスブライヤ(読売新聞社)100円
d「メグレと死体刑事」Gシムノン(読売新聞社)100円
d「蝮のような女」Fダール(読売新聞社)100円
d「死のランデブー」Pボアロー(読売新聞社)100円
d「パリを見て死ね!」Fリック(読売新聞社)100円
フランス長編ミステリー傑作集揃い、げっとおおお!!!一気抜きは、以前、八重洲古書センターでやったことはあるが、100均では初めて。あはははは、久しぶりにスカッとしたぞお!!
◆茗荷さん→牧人さん→Rさんの流れで、真田さんの「オークション」出品物リストを拝見。うへえ、こりゃあ「小僧の神様」状態。これが上限100円?「オークション」ではなくて「チャリティー」ですな(きっぱり)。


◆「硝子細工のマトリョーシカ」黒田研二(講談社NV)読了
マニアはマニアを知り、おたくはおたくを知る。電脳ミステリ界から華々しいデビューを飾ったくろげろことくろけんさんこと黒田研二の第3作は、地方在住の著者が憧れてやまない花の都の芸能界とテレビ局、それを取り巻くコアなファン・デモニウムを舞台に繰り広げられる入れ子細工の奇跡的虚構。既に、電網の各所で感涙のあまり床上浸水数百戸、本棚水濡被害多数の颱風が吹き抜けて行った後なので、梗概を書くのは野暮の極みというものであろうが、そこはそれ。「少しでも誉めて、もっと誉めて、とにかく僕を誉めてちょうだい」(「誉めて」と「嘗めて」は少し似ているが、後者ではない。いや後者かもしれないが、そこまでは面倒みきれないので、大矢博子女史に任せよう)という作者の声が聞こえるのと(>電波かい!)、

ブックオフの100円均一で買ってしまった申し訳に(ここ、王様調)

書いてみる。昨年度本格ミステリベスト10第5位に輝く力作は、こんな話。

首都13テレビ。7月14日。アイドル推理作家・美内歌織が原作・脚本・主演を務めるこの夏最高の話題作「マトリョーシカ」が放映される。それは、テレビ局を舞台としたサスペンスを生でオンエアするという大胆な企画であった。だが、歌織の恋人で平凡な勤め人であった森本晋太郎の元に入った脅迫電話から、事件は真の「事件」へと変容していく。姿なき悪意と中傷によって追いつめられた才能。卑劣への怒りは後追い心中を暗号化し、コップの中に逆転の毒は躍る。亡きアイドルの記憶。亡き弟への想い。相次ぐアクシデントを物語に消化しながら、それでもショーは続けられねばならない。幾つもの転落、何枚もの写真、数多の殺意、幕間に愛は凍りつき、スタニラフスキーを笑う。誰が信じられよう。誰も信じるな。今、騙りは陰極線管の迷宮に封印され、かめのぞき色の硝子細工に結晶する。

虚構の果てへオタクは導く。題名で入れ子構造を宣言する潔さは、西村京太郎の大傑作「殺しの双曲線」を彷彿とさせる。その上で、最後まで読者を眩惑しきった力技には敬意を表さざるを得ない。虚実あい乱れるプロットを大胆に操りながら、毒殺と爆殺をめぐる緻密な推理を展開し、小さななぞなぞにいたるまで気配りの行き届いた完成度の高い「推理小説」である。敢えて贅沢を言わせてもらえば、リアルタイムで喋るには知能指数が高すぎるところが気になった。おそらく視聴者は勿論、読者も通常の読書スピードではこの論理のアクロバットに追随する事は不可能であろう。そこが、ジェットコースタータイプのメインプロットと乖離してしまったのが残念。勿論、ミステリ史上最もオタクな名探偵のキャラは見事に立っており、作者のオタクぶりが昨日や今日のものではない事を証明していて吉。どうか、このまま日本ミステリ界に君臨され、アイドルタレントとの対談を切っ掛けに、彼女をゲットされる事をネットの片隅からお祈りする次第。

スタニラフスキー「10の習得」の最後にこうある(らしい) 「10.最後に論理と連続性である」
いやあ、強い作家になった。


2002年8月6日(火)

◆お盆前の懸案事項を片付けて速攻で帰宅。新刊書店をうろつくが、今ひとつ食指が動かず退散。
ただ、山田正紀の「花面祭」が出版社を移して文庫化されていたのには驚いた。消失トリックとしては世界的にも類のないアクロバット推理だと思うので、読み逃しておられる方は是非。しかし講談社文庫は、山田正紀の未文庫化ミステリを積極的に拾っていくつもりなのだろうか?「郵便配達は二度死ぬ」は徳間だからなあ。おいそれとは手放さないかもなあ。
あと、倉阪鬼一郎の裏・傑作「活字狂想曲」が早くも文庫化されていてビックリ。これは、個人的に唯一繰り返し拾い読みしている倉阪本。今の時代にこそ相応しい「元気の出る」窓際ブンガク。読みそびれておられる方はこの機会に是非。悶死必至、爆笑保証の1冊。
ああ、新刊紹介は清々しいですのう。
◆平積みになっていた近未来SFっぽい話の梗概を見てひっかかる。どうやらその作品は「SFノヴェル」らしい。うーむ、「海外SFノヴェルズ」のような叢書の呼称はありとしても、単体で「SFノヴェル」というのは「馬から落馬」感があるよなあ。まあ「SFミステリ」も変といえば変だけどさあ。

事件(やま)のあなたの宇宙(そら)遠く、サイファイ住むと人のいう。
ああ、われはロボットと往きて、波たそがれに還りきぬ。
事件(やま)のあなたの宇宙(そら)遠く、サイファイ住むと人のいう。

◆以上、本屋でわしも考えた。

◆「名探偵はここにいる」(角川スニーカー文庫)読了
殆ど侮っていたスニーカー・ミステリー倶楽部だが、こういう本も出ていたわけで、下手をうつと「宝石」の「少年探偵」のように、将来的にマニア泣かせの叢書になるのかもしれんなあ、と反省する。太田忠司作品はいずれ「狩野俊介の功績(仮題)」にでも収録されるのであろうが、愛川晶の幼女探偵は浮いてしまうのではなかろうか?いずれの作品も、子供向けに書かれたものではないところが偉い。
「神影荘奇談」山中で行き暮れた男が辿り着いた異形の館。相似のメイドは躍り首無し執事は笑う。ゾアントロピーの果てに見た血飛沫の夢。少年探偵は喝破し、そして救済する。日常の謎系が多い狩野短篇にしては珍しいオカルトミステリ。謎の解明があっけなさすぎ些か肩透し。ただ後味の良さはいつもながらの狩野俊介もの。
「Aは安楽椅子のA」耳の不自由な見習い女探偵が、首探しに挑む。寝取られ、殺害された哀れな男は何故首まで奪われなければならなかったのか?鯨統一郎版「首のない男」。そして、世界初の「<安楽椅子>探偵」は新米を助け、カラクリを暴く。読みようによっては電波系な探偵だが、この<安楽椅子>探偵は凄い!こんなアホなこと(褒め言葉)を文章化してしまうのは「なんでもあり」の今の日本でも、この人ぐらいではなかろうか。首の論理も大変結構。
「時計じかけの小鳥」久しぶりに立ち寄った街の書店。棚に晒されていた古い創元推理文庫には、見慣れた書込みが。そして少女の脳裏に運命の日の出来事が甦る。悪戯と誤解、幸せの均衡を崩したものへの怒りは籠の扉を開く。ミステリマニアであれば、誰しも遭遇体験がある「やる気のない書店の店晒し本」を軸に、技巧的「犯罪」の風景を活写した一編。どこまでも作り物ではあるが許容範囲。ただ、後味の悪さは天下一品。どうもこの人(西澤保彦)の書く人間は好きになれない。
「納豆殺人事件」根津愛の父・根津警部手柄話。明石焼きで成功した関西なまりの実業家の死体の胃から「ありえざるもの」が発見される。納豆嫌いの余り、離婚までした男は何故納豆を食べたのか?怨念と欲望の構図は、失われた時間へと糸を引く。わっはっは。この「謎」は、外国人には理解できまい。ただ意外性(と納豆)にこだわるあまり、プロットは破綻しているように感じた。まあ、幼女の愛ちゃんが拝めたので許す。


2002年8月5日(月)

◆八重洲古書センターを定点観測するも、坊主を引く。購入本0冊。これだけ暑いと、冷房のないところまで渉猟するガッツが湧かない。歳ですかねえ。
◆で、情けない中年はAmazonでちょこっとお買い物。世の中は「買え!」というメッセージに満ち溢れている。気がつくとまた5桁だ。森さんも日記にかいておられたが、英国のハードカバーの高さは日本人の感性からすると「異常」である。国書刊行会の本みたく一般の購入者よりも図書館メインに考えているからであろうか?貸与権のある国はそれはそれで著者へお金が廻るって事なのかな。はあ、まいおにい。


◆「猫探偵 正太郎の冒険1」柴田よしき(光文社カッパノベルズ)読了
今更、三毛猫ホームズやシャムネコ・ココの向うを張って猫ミステリを書こうというのは相当に勇気の要ることではなかろうか、と思うのだが「私だって猫、好きなんだもん」というパワーのみで新シリーズを立ち上げてしまうのが柴田よしきの偉いところである。しかもこれまで角川ブランドだった2作に対して、この作品集は三毛猫ホームズのホームグラウンド、カッパノベルズからの刊行である。猫探偵として血統書つきになった、とでも云うか、「1」という事は、今後もこの叢書で出しますよ、という意思表示なのであろう。いやあ、作者の快哉が聞こえてくるようである。さて、この本は本来一人称猫探偵である正太郎シリーズのパターンを破った人間側視点(三毛猫ホームズ的というべきか)の3作と、通常の猫視点3作を交互に配列した構成になっており、「猫一人称はどうも」という人にも取っ付きやすいようにできている。以下、ミニコメ。
「愛するSへの鎮魂曲」女流推理作家に憧れたストーカーの<探索>を丁寧に書き込んだ緊張感溢れる作品。このままRIKOのシリーズにでも使えそうな設定を、AHMM調の落とし噺に使った贅沢な作品。オードブルにフォアグラのソテー、キャビア添えを持ってきたような話。
「正太郎とグルメな午後の事件」京都B級グルメ取材旅行の最中に遭遇した不思議な追跡車の謎を猫と犬が純粋論理で解明する柴田版「九マイル」。捨てネタに使ったレンタカーの謎と合わせて、なかなか推理の妙が楽しめる。個人的にはこの作品集のベスト。
「光る爪」爪に託した女たちの思い。愛の煉獄を巡る女の闘い。猫の爪の蘊蓄はタメになるが、本筋の方はサプライズに拘りすぎて、なにがなんだかアンフェアな作品になってしまった。
「正太郎と花柄模様の冒険」正太郎、ダイイングメッセージに挑む。朝の散歩で出会った死体、その脇に残された猫の足跡に秘められた「意味」とは?これは、ダイイング・メッセージ・バカの作品。斎藤栄なみに無理目。
「ジングルベル」ジコチューのクリスマス女が三十路を控えてクリスマス男に出会った時、運命の猫は爪をたてる。箸休め的には、よろしいかも。殆ど猫探偵ものである必然性の欠片もない話ではある。
「正太郎と田舎の事件」猫探偵、蔵密室に挑戦。都会の猫と田舎の猫、という設定も楽しい。鍵と監視の二重密室は、なかなかに魅力的。「なぜ密室か」という問いにも、猫探偵ものらしい答を用意しており好感が持てる。解決に爽快感はないが密室ものとして及第点。


2002年8月4日(日)

◆7時半起床。あ、寝過ごした。
◆午前中、日記と感想をアップして、午後からは昨日遊んでしまったツケでシコシコ原書読み。合間に昨日届いたROM115号を拾い読む。今回はHumdrum派(=「退屈一派」とJシモンズに十把一からげに切って捨てられた黄金期の作家の総称、例えばコール夫妻やらジョン・ロードやら)特集の第2回。このご時世に、コール夫妻の未訳作をワシワシ読んでレビューする小林晋氏には、本当に頭が下がる。須川さんもせっせとクロフツやらブッシュやらのレビューを挙げておられて、読み応えあり。他にも大鴎さんのロード・レビューや、鎌倉の御前の書影談義(なんとカラーコピーの付録付き)など、退屈一派汚名返上に向けて力の入ったラインナップ。しかし、まあ、何といっても圧巻は、23頁に及ぶ塚田・真田ご両者による「ポンスン事件」吟味の書簡集。あらゆる訳本を引っ張り出し、重箱の隅を突っつき倒し、解体し、裏から表から嘗め回すという「科学的評論法」の地獄がそこにはある。この二人の話についていける人が、一体、今の日本に、いや、世界に何人いることであろうか?
いやあ、私は積読を消化するんで精一杯です。
◆奥さんに引っ張られるようにして新宿三越で開催されていた「ディック・ブルーナ100展」へ行く。ブルーナ100冊目の絵本が上梓される事を受けての企画らしいが、東京での開催は本日が最終日。行ってみて、アベックの多い事に驚かされた。シルクスクリーンの複製が数十枚と、ブルーナのインタビュービデオ、子供のための仕掛やら企画がそこら中にある保育園のような会場に、なぜかカップルが多いのだ。ううむ。
(・ x ・)うさこちゃんはふしぎにおもいました。


◆「Murder Gone Mad」Philip MacDonaid(Crime Club)Finished
JDカーが1946年に選んだミステリベスト10で唯一翻訳されていない作品。あのカーが「グリーン家」「神の灯」「ナイルに死す」「黄色い部屋」「ナインテイラーズ」「毒入りチョコレート」あたりと並ぶ作品と位置づけた訳で、一部でその翻訳を心待ちにしている人もいると聞く。更には、東京創元社の「お蔵」には、既に完成した訳稿が何年も前から眠っている、という都市伝説すら聞いた事がある。確かに「カーが選んだベスト」というのはマニアの心を擽るものがある。というわけで、本当に久しぶりにPマクの1931年作品を読んでみた。黄金期真っ盛りのリッパーものはこんな話。
11月23日、雪の夜、人口5千人の小さな町ホームデイルを恐怖のどん底に落とし込んだ殺人鬼の跳梁が始まる。汽車で知り合った友人を自宅に招いたコルビー氏は、10時を回っても部活から帰ってこない息子ライオネルを捜して、スポーツセンターと自宅の間を探し回る。だが、彼がそこに見たものは、鋭利な刃物でひと突きにされた息子の変わり果てた姿であった。そして、警察と街一番の企業主に、「屠殺人(ブッチャー)」を名乗る者からの「第一の声明」が寄せられた事でホームデールの街にパニックが訪れる。二人目の妙齢の女性パメラ・リチャードは車の中で殺され、三人目の劇場の売店勤めエイミー・アダムはなんと劇の最中に殺される。大胆不敵な犯人に対し、懸賞金が掛けられ、マスコミは騒ぎ立て、そしてスコットランド・ヤードからパイク警視が派遣される。ゲスリン大佐は別の重要任務に駆り出されており、既に大佐と幾つかの事件に臨んだパイクが選ばれたのだ。パイク警視は、夜間のパトロールを強化して対応を図ろうとするが、その登場を嘲笑うかのように、第4の殺人が起きる。これまで、か弱い者ばかりを選んできた犯人は、なんと地元食品工場に勤めフットボールの選手でもある屈強な青年アルバートを犠牲者に加える。深夜の警邏で不審尋問にかかった3名を調べるパイク。そのうちの一人に標的を絞ったパイクは、逮捕に踏み切るのだが、屠殺人は、自分が別の人間である事を、新たなる被害者の死をもって証明してみせる。犯行声明を郵送する屠殺人に対して、捜査法を工夫するパイク。だが、屠殺人は更にその上を行く手を考えだす。地元警察との軋轢を乗り越え、更なる罠を張り、奇手を放つパイク。だが、その代償は余りにも大きいものであった。6番目の犠牲者はパイクのあまりに近しい人間だったのだ!果してこの知恵比べの結末は?スコットランドヤードは敗北するのか?5000分の4の確率に挑む捜査陣の戦いの帰趨は嵐が知っている。
絵に描いたようなリッパーものだが、決して本格推理ではない。つまりABCは期待してはいけない。だが、スリラーと割り切って読むと、その映画的な描写に興奮する一編。なにせ、映画関係者を無理矢理容疑者の列に加えた揚句、捜査側のトリックに映画の機具を応用するという入れ込みよう。多重視点にモノローグにカットバックと全編これハラハラドキドキの連続である。また、クライマックスの演出も「いかにも」であり、いささか唐突ながら、真犯人の邪悪ぶりが際立ち、それなりの伏線にも改めて気がつく。なぜ、カーがそこまで惚れ込んだのは不明だが、書かれた時代を考えると、その先見性は大いに賞賛されてしかるべきものかもしれない。なにせ、昨今は、こんな話ばっかりだもんなあ。スリラーが好きな方はどうぞ。


2002年8月3日(土)

◆サビの部分を思いついてしまったので作ってみました。「キックの鬼」で。

♪買うぜ 本気だ 飛び込めファイト
♪出てくる店長 万札パンチ
♪ソールドアウトにゃ 泣き入れて乞い
♪今だ 注文 落款・函・パラ・帯
♪キック キック 喜国「鬼」だ!

◆半年定期を買ったので、気が大きくなり、1万円札を握り締めていざ新刊買い。
「ソルトマーシュの殺人」Gミッチェル(国書刊行会:帯)2500円
「神学校の死」PDジェイムズ(ポケミス:帯)1800円
「壜の中の手記」Gカーシュ(晶文社:帯)2000円
「英国ミステリ道中ひざくりげ」若竹七海・小山正(光文社・帯)3300円
4冊で万札が吹っ飛ぶ。ひゅ〜ううう。
Gミッチェルは「やっと、やっと、出たかあああ!!」の1巻。なにせかの森事典に「近刊」として紹介されていたのだから、その時間の掛かり具合は推して知るべし。まあ、一筋縄ではいかない小説なのであろう。今回は解説=訳者あとがき。さすが宮脇孝雄である。巻末の著作リストを見て、思わず溜め息。おそらくこのうちの4分の1も持っていない。死ぬまでに何冊読める事であろうか。オマケで日影丈吉全集と第4期のチラシが挟み込まれており得した気分になる。
ポケミス最新刊は、PDジェイムズの4年ぶりの最新刊。詩人警視ダルグリュッシュものである。「死の味」以降「原罪」「正義」と二分冊できたこのシリーズだが、今回は486頁の一巻本。ううむ、イアン・ランキンやら、レジナルド・ヒルのスーパードレッドノート級作品を一巻本で出してきた手前、今更二巻本にするわけにはいかなくなったのか?
晶文社ミステリ第2作は異色作家G・カーシュ。これまでの2冊の翻訳集と少なからずダブりあるのは、「もっと読みたい」マニアとしては物足りない。はっきり言って応援モードでの新刊買い。とりあえず、この叢書には成功して貰わないと困るのだ。
「英国ミステリ道中ひざくりげ」は、英国ミステリ好きには堪らない本。値段はべらぼうだが、昨年の「本棚探偵の冒険」と「ミステリ美術館」を評価する人であれば、にっこり笑って買うしかない。一気に読むには勿体無い、枕元においてボチボチ読み進むべき本である。無性に英国に行きたくなる事間違いなし!
◆お札のなくなった財布で定点観測。探求書を1冊ゲット!
「ミュウ・ハンター」今野敏(徳間ノベルスMiD:帯)50円
やったああ!遂に遂に、MiDを制覇したぞお。かれこれ3年近く掛けてようやく到達。惣坂さんが集めているのを見て、「んじゃ俺も」と始めた追っかけだが、M1で足踏みが続き、よしだまさしさんに遅れる事、約1年。これでノベルズコーナーで今野敏をチェックしなくて済む。やれやれ。
◆夜は、奥さんと花火見物。まあ、8000発という、この類いの催しとしては中規模のものだとは思うが、家から歩いていけるところでのんびり見物できるのは最高。テレビも活字も忘れて、一瞬の華とビールに酔う。ういい。


◆「日曜日の沈黙」石崎幸二(講談社ノベルズ)読了
第18回メフィスト賞受賞作。その後も順調に作品を発表しつづけているが、まずはデビュー作からと思い、手にとってみた。結論から言うと、呆れた。
一見、推理小説としての道具立ては揃っている。夭逝した気鋭の推理作家が遺した「お金では買えない究極のトリック」(もしくは百万円)を目指して、腕に覚えのミステリ研会員や友人作家が「閉ざされた山荘」での殺人ゲームに挑む。一癖も二癖もある参加者が、次々とシナリオ通りに舞台から「死体」となって退場して行く中、推理小説史上最も事件に不熱心な迷探偵トリオ・リストラ化学会社員と二人の制服女子高生は、馬鹿笑いしながら、愛と盗作の迷宮を蹴倒していく。男の声で「どうでい、恐れ入ったかい」「ははーーーっ」「きゃははははははは」とまあ、そんな話なのである。
清涼院とはまたタイプの異なる「『推理小説』小説」とでも呼ぶべきか。清涼院が、名探偵や、屋敷や、密室や、名犯人、見立て殺人という本格推理小説のガジェットを、子供の玩具のように振り回して作品を組み立てるのに対して、石崎幸二は、本の形になった物理的な「推理小説」を、遠心分離器やガス・クロマトグラフィーに掛けて(嘘)、解析していく。そこに描かれる異形の館は書き割りに過ぎず、殺人は記号でしかない。いわゆる今時の女子高生を呼んできて、薬の成分表を上から読み上げてもらうようなもので、
「ええ、うそ。まじ、これ読むの?」
「っていうか、これって誰も読まないとこじゃん」
「はいはい文句いわない」
「スマイルはお付けしますかあ」
「きゃはははは」
「えーっと、まずう、糖質が1.2グラム。この糖質が太るのよねえ」
「そうそう、もう今年の水着がさああ」
てな「推理小説」なのだ。
よくこれを本にする気になったもんだ。制服女子高生が好きな人はどうぞ。


2002年8月2日(金)

◆ううむ、余りの暑さに、昨日の曜日を間違えてやんの。8月1日(月)だって。また一週間働かなければいけないとすると、脳味噌とろけちゃうぞ。
◆非常にプライベートなメーリングリストで、バーチャル宴会をやってしまう。要は替歌作って遊んでいたのだが、メンバーの一人から(仮に山田さんとしよう)


>(kashibaが)殺されるときには、さぞやっかいなダイイングメッセージを
>用意してくれるでありましょう。
>死体で発見されるkashiba。近くに転がるMDにはなぞの替え歌が…。
>次回『替え歌はダイイングメッセージ』
>8月5日月曜夜7時半放送!!


という挑発を受ける。
このサイトの主宰者は、こういう話があると、絶対受けてたつ性格である事は皆さんもよく御存知のところであろう。1時間ばかりかけて、以下のメールを発信。


>というわけで「なぞの替え歌」を作ってみました。

>「コード(暗号)を狙え!」
>ろみ 秘岡

>♪死ぬ時は
>♪だれでも一人一人きり

>♪やっとのネタも
>♪まさかの悪洒落も
>♪だれも判ってくれ〜な〜い

>♪ガラじゃないけれども
>♪やりようで判る
>♪つまさきにレッドヘリング
>♪たわしはたわし
>♪黒いボードこすって

>♪マーダー、スラッシュ、ヴィクティム
>♪頭(ヘッド)を使え
>♪コード、コード、コード、
>♪コードを狙え

>って感じでどう?


>「頭を使う」と

>こ
>ろ

>し
>だ

>や
>ま
>だ

>が
>や
>つ
>た
>黒

>になります。
>ああ、しんど。


というわけで購入本0冊。

◆「夏合宿」瀬川ことび(角川ホラー文庫)読了
ホラー小説大賞佳作受賞作家の第3短篇集。相変わらず、ホラーと笑いと同居させる独特の作品世界が堪能できて好感度大。
「夏合宿」遅れて夏合宿に参加した主人公が深夜のバス停から合宿所に向う間に遭遇した怪異とは?思いっきり野山を駆け抜ける体育会系ホラー。ばばあまでが思いっきり手を伸ばして少年たちを迎えてくれる。誰しもが経験する夏の夜の馬鹿騒ぎ。時間が経つと冷や汗も甘美な思い出になる。いいねえ。
「本と旅する彼女」子供の頃に「世界の怪奇」本で読んだ邪神像を一目みたいとギリシャの漁村に乗り込むOL。村の若者が彼女の願いを叶えてしまった事から天変地異が村に襲い掛かり、驟雨の中、生け贄狩りは始まる。なんとも強引な筋運びだが、それなりに盛り上げてみせる手腕は評価に値する。が、なんといってもこの話のオチは凄い。本当に感心した。これは天才の技。但し「お笑い」の。
「廃屋」肝試しの夜、廃業したホテルの宴会場で、そいつは出た。乱舞する四肢に、凍り付く肝。果して無事お開きを迎える事ができるのか?二次会はあるのか?この作者にしては割りと普通の滑稽幽霊譚。
「たまみ」宗家に生まれた「福子」の「お食いぞめ」の儀式に父親の名代で参加するプー太郎。その彼を這い回る恐怖が絡め取る。剥き出す歯、咆哮する骨、それは、遥か昔の物語。めでたし、めでたし。とぼけた味が光る、無性に映像化作品を見てみたくなる一編である。
「ドライ・オア・フレッシュ」窓を叩くのは誰あれ?両親の南米土産は、なんと「干し首」。冗談じゃないよ、年頃の娘二人がこんなもので喜ぶと思っているの?折角、首を長くしてまっていたのに。覚えてらっしゃい。ぷんすか。ううむ、なんと肩透しな青春ホラー。長閑な雰囲気がなんとも良ろしい。


2002年8月1日(木)

◆ああ、なんと8月に突入してしまった。朝から32度だぜ。もう口も聞きたくない。
というわけで、速攻で帰宅して、最寄り駅で新刊買いのみ。
「ミステリマガジン 2002年9月号」(早川書房)840円
「SFマガジン 2002年9月号」(早川書房)890円
「サスペリアミステリ 2002年9月号」(秋田書店:付録つき)680円
HMMはMWA&CWA特集。目一杯、孤高の翻訳ミステリ雑誌の貫禄を見せつけてくれる。それにしても短篇では比較的知った名前が受賞したり、候補に挙がったりしているものですな。法月綸太郎インタビューも丁度推理作家協会賞受賞に連動し、英米日の三賞揃い踏み。まずは、めでたしめでたし。おお、これが光原百合女史の素顔ですかい。
洋書の新刊情報で007が再度日本にやってくる作品が発表された事を知る。映画化する場合、ボンドガールは、藤原紀香でお願いしたい。それとも時代は水野真紀か?丹波哲郎が健在のうちに是非実現化して頂きたいものである。まあ、本人は「死ぬのは怖くない」かもしれんが。
◆SFMはとりあえず、浅倉久志のエフィンジャー追悼文を拾い読み。泣けるなあ。
イベント案内でデビルマン劇の公演が目を引く。副題が「不動を待ちながら」。座布団一枚。今日は来ませんよ。あすか?
◆サスペリアミステリは、「横溝正史生誕100年記念完全保存版 横溝正史ミステリー 青蜥蜴ほか」(>長い)という別冊付録欲しさに買う。中味は、4編中3編が再録らしいが、このサイズにされると、欲しくなるよね。20年後に正史マニアがおろおろと探し回る羽目になる本であろう。正史が好きな人は、騙されたと思って買っておきましょう。この類いのコミカライズ本というのは、全く手を出していなかったのだが、なんとなく嵌まりそうで怖い。それにしても、コミカライズの世界でも内田康夫ばかりが本になっているのは、なんだかなあ。正史ファンとしては、本誌の方で連載最終回を迎えた「不死蝶」ぐらいは本にして欲しいぞい。本誌の方の巻頭は「赤死病の館の殺人」(事件編)。宗美智子の絵柄が(別マ時代のアクが抜けて)イマ風の絵になっていて感心した。しかし、ここで終わっていては次号解決は絶対無理のように思う。


◆「陰の季節」横山秀夫(文春文庫)読了
松本清張賞受賞作収録の第1作品集。なんだか久しぶりに凄い警察小説を読んでしまったという思いがする。これは紛れもなく「本物」である。推理小説を読みつづける人間というのは、何かしら「意外性」を期待しながら十年一日の如く人殺しや犯罪の話を読み進むものなのだが、これは設定自体が既に意外である。それを楽しみたいという人は、この駄文をここで止めて作品の方を先に読んで欲しい。

はい、警告はしましたよ。

というわけで、この作品集は、警察という巨大な官僚組織の裏方を主人公にした作品ばかりを並べているところが実に新鮮なのである。通常、警察小説といえば主人公は刑事である。それが殺人に限らず、経済犯罪担当だったり、暴力団担当だったり、少年犯罪担当だったり、公安だったりする事はあっても、基本的に「捜査」をする人間が話の真ん中にいて謎と探索の物語が繰り広げられる。ところがこの作品集は違う。例えば、清張賞受賞の表題作では、主人公を務めるのは人事担当の警視である。そして「謎」は「なぜ産廃財団に天下りした元捜査の鬼は、そのまま居座りを決め込もうとするのか?」である。ここで、高杉良や城山三郎的「企業小説」の警察版に雪崩れ込むのかと思いきや、ここでも読者は嬉しい裏切りに遭う。そして、幾重にも張られた伏線が、過去の忌まわしい事件の意外な犯人をあぶり出すためのものであった事を知って随喜の涙を流すのだ。また、上手く騙された。ああ、推理小説読んでてよかった、と。
「地の声」の主人公は監察官。警察の警察、というか「スパイ」である。これは逢坂剛をはじめとして既に例のあるヒーローかもしれない。ところが、扱う事件がせこい。「生活安全課長が、バーのママと出来て、手心を加えている」という密告を巡る小心者の昇進がテーマである。なのに、この話が、意表を突いた二転三転する謀略劇に発展するのだから凄い。「黒い線」では似顔絵婦人警官の御手柄と失踪の謎。「鞄」は県議会対策担当の秘書課員が爆弾発言をするという議員の質問取りに奔走する物語。一体、どうやれば面白く描けるのだ、という設定がこの作者の手にかかった途端、鮮やかな「探索と逆転のドラマ」に変容するのである。
警察組織の綿密な描写といい、公私両面で葛藤する人間像といい、どこを取っても読み所満載の作品ばかりである。人間が書けている。警官が書けている。文句なしの傑作である。ちょっとビックリしたい人は是非どうぞ。