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2002年6月10日(月)

◆出先から神保町へ。@ワンダーでチェスター・ハイムズのエロ小説をみかけるが値段にめげてパス。シャレで3000円は出せない。羊頭書房ではポケミスが結構頑張っていて「死の目撃」が1500円とか。まあ、ダブりで買う値段ではないので当然パス。三省堂ではサイン本大放出。「オイディプス症候群」やら「劫尽童女」やら豪華本の「龍臥亭事件」やら、一瞬心が動くが、いずれもサインだけのために出せる値段ではない。カッパノベルズの「新宿鮫」シリーズぐらい買おうかなと思ったが、それもすべてスルー。駅傍の均一棚では角川文庫の「アメリカ・ロデオ射殺事件」の初版が50円。状態が悪かったので、こいつもパスだ!!いやあ、よく堪えた!よく凌いだ!ニッポン!!
◆というわけで、本日の購入本の近所で買った新刊1冊。
「樒/榁」殊能将之(講談社NV:帯)700円
袋とじ密室本特集にアルテの読み手が参戦。凄く薄い。1日1冊の友にはもってこいですな。


◆「金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲」(角川書店)読了
ノベルズのアンソロジー「金田一耕助の新たな挑戦」と比較すると、作家がビッグになった分、縛りが弱くなった感のある書き下ろし競作集。中には、原稿の二度売りとしか思えないものもあって、手放しでは喜べない本である。本歌に迫る真面目なパスティーシュから、どこがキンダイチやねん?というこじつけパロディーまでバラエティーには富んでいるが、個人的な趣味で言わせて頂ければ、全編真面目なパスティーシュであって欲しかったというのが素直なところ。以下、ミニコメ。
「無題」(京極夏彦)なんと待望久し「陰魔羅鬼の疵」の一章を抜粋した、とあるビブリオ行き倒れの一幕。文章も京極堂だし、関口萌えのお姉さんたちも、横溝燃えのおじさんたちもそれなりに満足させるのだが、この出版社を越えた二重売りには二の句の告げようがない。同人誌じゃあるまいに、角川書店の編集者には矜持というものがないのか?あってはならない「愚挙」であろう。
「キンダイチ先生の推理」(有栖川有栖)携帯時代の「9マイル」。ミステリのアイデアは悪くないが、キンダイチである必然性の欠片もない。火村・有栖でも全然かまわない一作。古本ネタも今ひとつ。
「愛の遠近法的倒錯」(小川勝己)久保銀造の語るとある因習の村の本家と分家の争いが酸鼻なる連続殺人を招く。だが耕助の慧眼は真の呪いを暴き、覚悟の黎明を呼ぶ。これは骨太。真っ向から横溝正史的世界に挑戦した意欲作。メイン・プロットがやや「思い余って」という感があるが、これぐらい元気があった方がよろしい。もっと、書いて。
「ナマ猫亭事件」(北森鴻)黒猫亭事件の爆笑パロディー。これほどに馬鹿馬鹿しい顔のない死体ネタがあったであろうか?二つの新興宗教が招く、殺意の二重奏。果してそれは帰ってきた老婆の怨念であったのか?軽妙にして原典への愛もそこかしこに感じられる作品。プロがここまでやっちゃっていいのか?と不安になるぐらいに、楽しんで書きすぎ。
「月光座」(栗本薫)文字通りの幽霊座の新解釈。50年の時を越えて再現される宿命の演目と事件。新旧二大探偵の眼前で繰り広げられる時代絵巻きの怪、そして推理の妙。論文的退屈さはあるものの、一ファンとしての叫びが心地よいので許す。ただ、ネタバレ警告はちゃんと入れておいて欲しい。 「鳥野辺の午後」(柴田よしき)柴田流「女の決闘」ではあるが、設定が小泉喜美子の某作品に余りにも似すぎている。作者は、異形のロシアンルーレットで工夫をし、全体の仕掛にも怠りないというかもしれないが、底が浅く、評価できない。
「雪花 散り花」(菅浩江)三人揃って金田一!全く新たな金・田・一を祇園文化の縛りの中に放り込んだ見立ての綾。奇妙な贈り物はエラリー・クイーンの「キ印揃いのお茶の会」や「最後の一劇」を思わせ、起きた事件を解決する事しか出来ない名探偵へのアンチテーゼという試みは評価できる。しかし、いかにも詰め込み過ぎ。せめてこの倍ぐらいのページ数が欲しいところ(特に推理の展開部)。舞台やテーマが作者の得意分野であり「さすが」と思わせるだけに残念。
「松竹梅」(服部まゆみ)名探偵は元警部とともに劇場へと招かれる。そこに待つ双子の老女。悪阻と盗撮。不倫と変装。女系図の果てに妄執と欲望が惨劇を彩る。昭和44年4月、金田一は健在であった。極めて出来のよいパスティーシュ。そうか、金田一は、この時代に、こんな活躍をしてたんだなあと素直に思える名編。
「闇夜にカラスが散歩する」(赤川次郎)夜汽車で遭遇した金田一二世を名乗る二人の男。果して、誰が偽物で誰が本物なのか?なにもキンダイチでなくてもいいアイデアストーリー。切れ味も悪く、赤川次郎の水準に達していない。


2002年6月9日(日)

◆日本!ちゃちゃちゃ!購入本0冊

◆「Satan in St.Mary's」P.C.Doherty(St,Martin's Press)Finished
改めてヒュー・コーベット・シリーズの第1作を読んでみる。カドフェルは余りシリーズの進行によるキャラクターの変遷がないので、どこから読んでも同じようなものだが、「聖ウィニフレッド」のなんたるかを理解するためには、最初に第1作を読んでおくに越した事はない。で、このヒュー・コーベットものの第1作は、カドフェルの「聖女の遺骨」以上に最初に読んでおいた方がよかった話であった。この話を読んで従者たるレイナルフのイメージが随分と歳若い印象に変わった。こんな話。
1284年1月、イングランド王エドワード1世は、落ちつかぬ日々を送っていた。今は亡きランカスター侯シモン・デ・モンフォートの支持者は王の政府の中枢に忍び込んでおり、いつまた反乱の火の手が上がるやもしれぬ。王の忠実なる支持者である金細工商にしてワイン商のローレンス・ダケットが、妹の体を弄び笑い者にした金貸しのクリッペンを殺害したのちセント・メリー・レ・ボウ教会の避難所に逃げ込み、そこで首吊り自殺を遂げた事件も気掛かりの一つであった。果してダケットの死は本当に自殺なのか?それとも何者かによる殺人なのか?王は、バーネル大臣に事件の探索を命じた。かくして、ウエールズとの戦争で武勲を挙げ、妻子を流行り病で亡くした寡男の吏員ヒュー・コーベットに白羽の矢が立つ。一方で、王の動きをすべて察知している黒頭巾の者達は、黒魔術の加護に身を委ね、王の喉元を狙う企みを練り上げていた。ヒューは、セントメリー教会の避難所を検証し、蝋涙を手掛りに事件が自殺ではなかった事を証明するが同時に現場が完全な密室であった事も知る。果して、誰がどのようにして、ダケットを殺害したのか?ダケットが殺害したクリッペンの周辺を洗ううちにヒューは美しい酒場の女主人アリスと出会い、彼女の魅力の虜となる。だが、それは新たなる悲劇への序章に他ならなかった。次々と襲い掛かる刺客。倫敦塔での従者レイナルフとの出会い。男娼の館への潜入と新たなる殺人。黒い信仰を持つ者どもとの闘いの帰趨は?そして、王宮に潜む裏切者の正体とは?
密室トリックは、肩透かしであるが、なにより読み物として面白い。血塗られた王の座を狙う闇の魔術と陰謀。不可能犯罪に挑む密偵。その彼に命を救われ従者となる地下社会に通じた若者。妖しい魅力を湛えた酒場の女主人。世紀末を迎えつつある倫敦の地下に蠢く怨念。この作品でドハティーはいわば勝利の方程式をものにしたといえよう。カドフェルの魅力が中世の田園の描写にあるとすれば、ドハティーの魅力は中世の都市の描写ある。最後のオックスフォード行はやや冗長であるが、まずは名探偵の誕生に乾杯。


2002年6月8日(土)

◆「パンチとジュディ」ダブってませんか〜?と告知したところ、早速に二名の方から「だぶってまっせ〜」というメールを頂戴する。うっひょー嬉しい悲鳴。ありがとうございますありがとうございます。という訳でこの件はこれで裏交渉に入らせて頂きます。
◆昼過ぎに角川書店から荷物。何かと思いきや、な、な、なんと、例の横溝3点セットではあーりませんかあ!!菅浩江女史からの賜り本。まさか、3冊とも頂けるとは夢にも思っておりませんでしたああ。ありがとうございますありがとうございます。早速読ませて頂きますです。
d「横溝正史自伝的随筆集」横溝正史(角川書店:帯)頂き!
「金田一耕介に捧ぐ九つの狂想曲」(角川書店:帯)頂き!
「横溝正史に捧ぐ新世紀からの手紙」(角川書店:帯)頂き!
つうわけで「自伝的随筆集」が早速ダブってしまいましたとさ。なるほどこれが「献呈本」の罠ですか。
◆家でゴロゴロしているうちにサッカーが始まってしまい、見終わったら1日が終わっていた。桂米朝の歌舞伎座高座も終わっていた。ぐはあ、録画しそこねたああああ。


◆「泥棒はライ麦畑で追いかける」Lブロック(ポケミス)読了
ベタな邦題だなあ、と思って原題をみるとそのまんまだったのでのけぞる。田口俊樹様、疑ってごめんなさい。で、中味は「ライ麦畑でつかまえて」のサリンジャーを思わせる作家の書簡を巡る殺人事件に我らがバーニーが挑む(というか、例によって無理矢理解決させられる羽目になる)お馴染みのパターン。
徹底した秘密主義で伝説の作家と化したガリヴァー・フェアボーンの書簡を盗み出して欲しい。古書店主バーニーの元にそんな依頼を持ち込んだのは、ローティーンの頃にフェアボーンと同棲していた女流作家アリス・コットレル。彼女はフェアボーンの名誉のためにその書簡をこの世から葬り去るのが目的だという。フェアボーンの不朽の名作「ノーボディーズ・ベイビー」への敬意から「仕事」に着手するバーニー。ところが、パディントン・ベアの加護を受けフェアボーンのエージェントであるアンシアの部屋に忍び込んだバーニーは、そこでアンシアの刺殺死体に出くわす。ルビーの輝きは手違いと人違いを呼び込み、紫色の手紙はマニアと研究者とオークショニアを召喚する。泥棒のプロ、殺人のアマ、古本屋の見習い、そして、犯人探しのヘルパー。奇縁がもたらす詭計の天啓。果してバーニーは降り掛かる嫌疑を退け、お宝を手にする事が出来るのか?「ライアーばかりでつかまえて」。
古本者必読!何がケッサクといって、登場するマニアの業の深さ。このマニア、「ノーボディーズ・ベイビー」の初版は勿論、ペーパーバックも押えていて、それが全刷押えているのかと思いきやさにあらず、表紙が変わった最初の刷りを押えているのだ(えっへん)という。あああ、どこかで聞いたような。なんだよ、誰でもやってる事なんジャン。洋の東西を問わず、マニアのやる事なんてのはサクっとマルっとお見通しだあ!さて、ではミステリとして読んだ場合はどうかというと、特にフーダニットの部分の出来が宜しくない。幾らなんでもこれはアンフェアの謗りを免れまい。ただ、書簡に纏わるコンゲームの部分は上出来。正直なところ殺人譚を刈り込んで盗みと騙しに徹した方が間違いなく引き締まった作品になったと確信する。問題は、殺人でも起こらないとバーニーの脳味噌って回転しないんだよなあ。


2002年6月7日(金)

◆一昨日ネタにした職場のミステリファンから「『パンチとジュディ』、bk1から品切れの連絡が来ました。気長に捜します。」というメールが入る。そうかあ、切れてたかあ。というわけで、ダブリをお持ちで「交換してもいいよ」という方は気軽にkashibaまでご一報ください。ポケミスだったら「黒い死」とか「魔性の眼」とか「シャーロックホームズの冒険」とか「腰抜け連盟」とか「ラバー・バンド」とかダブってます。
◆一駅途中下車。なんにもないです。
「このミステリーがすごい2001年版」(宝島社)100円
d「機械神アスラ」大原まり子(早川書房)100円
ここ2年ほど「このミス」を真面目に買ってないので拾ってみる。ダブリかもしれん。作者が再刊を許さないとか云う「機械神アスラ」はとりあえず見つけたら拾うモード。一体どんな話なのだろう(>読めよ)。
◆朝日新聞夕刊の書評欄にポール・アルテ「第四の扉」登場!!書評家は巧言令色・吉野仁氏。褒めてる、褒めてる。
よっしゃあ!これで、書評に取り上げられた本として、各書店の一丁目一番地は頂きだ!!八重洲ブックセンターでも、ポケミスとしては破格の扱いを受けているし、この調子で目指せ重版!
ちょっとPOPの案を考えてみよう。

「アルテあります。」(>エビスビールかい!)

「アルテがあるって」(>英会話のイーオンかい!)

「二階堂黎人、最大のライヴァル!」(講談社NVと一緒に並べること)

「祝、生誕百周年・横溝正史も大絶賛(>東スポかい!)

まあ、
「怪奇!密室!本格!そしてツイスト!」 あたりが無難かな?

勿論
「ポール・アルテ凄ええーーーっ!!」 もいいです。


◆「新宿鮫 風化水脈」大沢在昌(毎日新聞社)読了
私の記憶が正しければ「均一棚の魔術師」よしだまさし氏は、この作品の著者サイン本をダブらせている筈である。1冊は為書き入りで、もう1冊は為書きなしの筈である。古本者の鑑である。ちゅうか、この場合は新刊書店で買ったり、イベントで貰ったりしているので古本とは無関係だけどさ。さてスロースターターの私としては、漸く読んだシリーズ第7作(でいいのかな?それとも第8作になるのか?)。なにせ「氷舞」を何故か読み逃しているので、フーズハニーのロケットおっぱい娘との関係がよく把握できていない。で、この話は、シリーズの総集編といった風情の一編。なんとシリーズ第一作で強烈な印象を残した「あの男」が帰ってくるのだ。
男が出所した時、真の兄弟は墓の下だった。新宿の昼には子供が溢れ、夜には黒社会の闇が蠢いていた。組はかつて男が命のやり取りをした連中と「提携」し、シノギは巧妙で手堅く、そしてどこか無機質になっていた。変わらなかったのは女の愛。そして、鮫。その鮫島は、組織的な高級車窃盗団を追っていた。首謀者は天才犯罪者「仙田」か?それともマルBか?巧みにNシステムを掻い潜る賊の裏をかいた鮫は、張り込み先で一人の老管理人に出遭う。都心の廃虚。忘れられた井戸。刺青入りの屍蝋。銃弾は抹消された記録を甦らせ、暗渠の上に築かれた楼閣に命の水脈が氾濫する。増幅された憎悪、干からびた狂気、奇妙な友情、必死の愛。運命におびき寄せられる魂たち。聞こえるか叫び、間に合うか鮫。
待ってました真壁!シリーズ第1作にこのキャラクターが登場した瞬間に「新宿鮫」は続編が約束されたといってもいい。それ程に鮮烈な「男」であった。作者もそこのところを心得ており、文字通りのオールスターキャストで、この男を出迎える。いわば、これは新宿鮫シリーズの巨大な第一章の締めの作品なのである。新宿の歴史を溯り、新たな「恋人たち」を邂逅させる手際はまさに達人の域。エンタテイメントはかくあって欲しい。ああ、面白かったあ。


2002年6月6日(木)

◆コンテンツIDフォーラムの安田浩東大教授の話を聞きにいく。要はデジタル著作物にIDコードを付与して、権利処理のインフラを整えようというお話である。で、この講演会がうんざりするほどの人気。開演10分前に会場に行ったらコミケもビックリの長蛇の列で当日申し込みの人間は断わられている状態。主催者側の思惑を遥かに越えた入場希望者に用意した資料もたちまち底をつき、会場内はお盆の東北新幹線並みの込み具合。いやはや、世の中、「なんとかインターネットで金がとれないか」と思っている魑魅魍魎が如何に多いかという事の証左であろう。個人的には、確信犯的に「インターネットで金をとろうと思うとは片腹痛い」主義者なのだが(でなけりゃ、こんなサイト3年もやっとれまへん)、会社の手前そうばかりもいっていられない。で、待ち時間も入れて1時間の立ちんぼ。まあ、無料で聞かせてもらったのだから文句はないのだが。ぶつぶつ。
この講演会&展示会、当日だと入場料2000円だが事前登録すれば無料というスタイル。なぜ無料になるかというと、要は事前登録した個人データが、そのまま有力な顧客データベースとして使えるという仕組みなのである。このモデルを考え出した人間は本当に偉いと思う。これぞビジネスモデルである。それと気づかせずに人の大事なものを掠め取る。それもその人間に差し出させる。集めたものを一儲け企む連中に高くで売りつけ、自分は冒険には手を出さない。ブラボー。かつてのニューメディア・ブームで儲けたのは、代理店と解説書の著者だけという事実から、何も学ばない企業は、またしても搾取される側なのである。近所なので連日八重洲古書館を覗くが棚に変わりなし。購入本0冊。
◆またしても、サッカーに時間をすいとられてしまう。それにしてもウルグアイのエースのレコバって、なんであんなに小森健太朗と似ているのだろうか?(ぼそ)


◆「覆面作家の夢の家」北村薫(角川書店)読了
二重人格のお嬢さま「覆面」推理作家を探偵役にしたシリーズの最終作。執事付き深窓の令嬢がひとたび街に出ると男勝りのガラッパチに変しーんという旧き良きの少女漫画の設定をお腹一杯取り込みながら、推理雑誌の編集者を絡ませた業界内輪話や、ビブリオネタ歓迎、メタもOKという何でもありの舞台を整えた作者の勝利。「『スイート・ラーラ』は、『プチ・ミンミン』だった」のだ。(それぞれに作者と掲載誌を挙げなさい。各10点:嘘)
語り手である編集者の双子の兄(なんと都合よく刑事だ)の結婚式をあしらい、アメリカにいる筈の人間がTDLで撮ったスナップ写真に写っていた「日常の謎」に挑戦する「覆面作家と謎の写真」
新人賞に応募してきた「虫愛ずる」作家志望者を訪ねた先で遭遇した交通事故、その背後に潜む殺意を暴く「覆面作家、目白を呼ぶ」
ドールハウスでの「殺人」とダイイングメッセージの謎を解き明かし、諸人の恋の大団円まで突っ走る表題作「覆面作家と夢の家」
いずれも、北村薫印ならではの安心して読める仕上がり。さすがに、人が死んでしまう「目白を呼ぶ」は四方丸く収まって万々歳とはいかないが、いずれも読後感爽やかな作品群である。なかでも一番感心したのが表題作。この作品で作者は「ダイイングメッセージ」ものが構造的に持つ不自然さ(普通の人間が思いつけないような凝った内容を死ぬ間際の人間が考え付ける筈がない、という自明の事実)をメタ的に処理する事でクリアし、得意分野の蘊蓄披露を堂々と行っているのである。エラリー・クイーンを偏愛する作者ならではの落とし前の付け方に敬礼。ちなみに北島洋子で「りぼん」、里中満智子で「週刊少女フレンド」である。


2002年6月5日(水)

◆昼休みに職場のミステリ好きが組合売店で光文社の山風推理文庫や、ハヤカワ文庫の「墓場貸します」を取寄せていたので、なんとなくミステリの話になる。
「『Papa-Labas』はまだ訳が出ないんですかねえ」
「翻訳作業は進んでるように聞きますけどね。出るとしたら原書房か、新樹社でしょ。」
「なるほど」
「カー読んでんですか?」
「いや、とりあえず買ってるだけ」
「ありがち〜」
「『疑惑の影』を先日やっと買いましたよ。3,4千円した。」
「版は?」
「ポケミスの初版」
「うーん、じゃあ、まあ、相場ですかね」
で、「『パンチとジュディ』を捜してるんですが、ないんですよ〜。ネットで捜したら2万円ぐらいした」といわれ「んな、アホな」と驚く。ワタクシ的には現役本という印象が強い本だったので、即、bk1で叩いてみるとヒット。「ほら、取り寄せだけど、生きてますよ」とは言ったものの、amazonで叩くと「品切れ」。
そこで、茗荷丸さんのカー翻訳作品流通状況リストで確認すると、確かに「危険!」マークがついていた。
へえ〜っ!そうだったんだ!昔に比べれば全然、絶版効果のオーラを失ったものの、やっぱりカーの本ってコマメに品切れになってたんだねえ。「腐ってもカー」だなあ(>何か用法が違うような)
◆というわけで、突発残業の後、八重洲ブックセンターのポケミス棚を覗きにいってみると、確かに「パンチとジュディ」は見当たらなかった。今度から百均で見かけたら拾っとこ、っと。
んでもって、ついでに八重洲古書館を覗くと新古本の暗黒面から、強烈なアタックを受ける。なんと既に新入荷棚に角川の「横溝正史自伝的随筆集」(帯付き)が並んでいるではないか!!恐る恐る値段をチェックすると1500円。ぐはあ。
何が悔しいって、この本、私が新刊書店で買ったものよりも更に状態がよいのだ。くそう。
完全に「もうどうでもええけんね」的アノミー状態に陥って、分厚い新古本を発作買い。
「オイディプス症候群」笠井潔(光文社:帯)1600円
けっ、1600円の節約でい!と精神の均衡を保とうとするのだが、なんともアンビバレンツな私である。やはり、確信犯的応援モードの本とすぐ読む本以外は古本で買う方が精神衛生上良いのかもしれん。


◆「エンジェル エンジェル エンジェル」梨木香歩(原生林)読了
中編サイズの作品だが、お洒落な函装が嬉しい本。先日、5冊200円の古本屋で遭遇するまで出ていた事も知らなかった。で、結論から言うと、見事に今年初泣き。これは「ツボ」である。「西の魔女は死んだ」から更にファンタジー色を取り除いた青春文学なのだが、この胸キュン度の高さは、最早「神の領域」である。梨木香歩の凄さをまざまざと見せ付けられる逸品である。こんな話。
わたしはコウコ。カフェイン中毒の女子高生。宗教に興味あり。熱帯魚飼育に大いに興味あり。最初は熱帯魚を飼う事に反対していた母さんが、それを認めてくれたのは、数ヶ月前から我が家で面倒をみるようになったばあちゃんの夜のトイレ行をわたしが買って出たからだったのかな?ばあちゃんは少し「呆け」て、息子の事も孫の事もわからない。そんなばあちゃんを、母さんは「天使のようだ」という。それはわたしの事を「コウコは天使のようだ」と人に自慢げに言うときとは違い、自分に言い聞かせるように言う。そしてわたしもばあちゃんの中に天使を見る。きっかけは、エンジェルフィッシュとネオンテトラを飼い始めた水槽がたてる唸りだったのか?さわちゃん(ばあちゃんの名だ)が時折漏らす言葉の向うに何があったのか?それはハイカラな夏の日の断章。我侭が仕組む悔恨の罠。真の気高さの前に畏怖する心。天使は悩み、天使は呪い、天使は食らい、そして天使は癒す。「ねえ、さわちゃん、天使の翼はもらえたかな?」
時を越えた祖母と孫娘のロンド。少し恍惚のばあちゃんが回想する若さゆえの痛み。題名そのままに、様々な「天使」が命の営みの中で交錯し、偶然の神が少女たちに降臨する。なるほど、もっと読まれていい本である。感動の最終破壊兵器。きっと君は泣く。お勧め。


2002年6月4日(火)

◆普段はへそ曲りの「猟奇の徒」だが、今日ばかりは明るいナショナリストである。戦争中は隣組の長を買ってでた江戸川乱歩のようなものである。
日本!(ちゃちゃちゃ!)日本!(ちゃちゃちゃ!)ニッポン!(ちゃちゃちゃ)
引き続き、韓国戦も視聴。なんだか、韓国の方が日本に比べ遥かに落ち着いたプレーをしており、観客のノリ具合もお見事で非常に好感を持ってしまった。だいたい、日本の選手は髪の毛の色一つとっても西洋かぶれが実にうざい。それだけ、サッカーがうまいんだから、別に髪の毛の色で自己主張しなくてもいいじゃん、と思ってしまうのはオイラがオヤジなせいなんだろうなあ。購入本0冊。
◆掲示板ではやみ。さんから「新古本は献呈本のなれの果てですよ」と教えて頂く。どうもありがとうございます。そうそう、そうでしたそうでした。南砂町のT書店などには、よく「乞、ご高評 東京創元社」という栞が挟まった文庫本が並んでましたっけね。これはおそらく西葛西から売りに来る人がいるにちがいないと納得しておりました。ところが、私が最近利用している新古本屋は、なぜか初版ばかりではないんですよ。勿論7割は初版なんだけど、二刷以降の版が混ざったり、帯も「このミス」帯になったりするんですよね。何か「日常の謎」系のお話。売っている人の顔が見たくなるでしょ?


◆「劫尽童女」恩田陸(光文社)読了
ショート感想。パクリの陸さん、今回は「七瀬ふたたび」に挑戦。超犬リープも御伴について御得用。科学の力で生み出された幼きエスパーと秘密機関「ZOO」との闘いを描いた連作アクションSF。どこかで見たようなキャラクターが、どこかで聞いたような事件に遭遇し、どこかで感じたような感動を読者にもたらす。
だが、ラスト・シーンの美しさは、恩田陸ならではの工夫があって脱帽。「すべてを焼き尽くせ」という<創造主>の遺言という伏線を、斯くも見事に昇華するとは!凄い、凄いよ、恩田陸。ああ、これはあれだ「ジャイアントロボ The Animation」のフォーグラー博士の遺言トリックに匹敵するよ!というわけで、作者は、この最後のシーンのイメージから、この作品全体を「後づけ」で考えたに違いない!と確信する次第。題名のつけかたも秀逸。


2002年6月3日(月)

◆体調すぐれず、途中下車なしで帰る。それだけでは物寂しいので近所の新刊書店を覗く。有栖川初の長編国名シリーズを手に取るが、奥付けを見ると二刷だったのでパス。折角本屋で買うんだなら初版で買いたいよね。それにしても、早速に増刷とは、有栖&火村ものというのはキャラ読み固定ファンがついているようである。それとも初刷が少ないだけか?
◆単行本コーナーで、横溝正史生誕百周年記念出版物三種が平積みになっているのに遭遇。3冊全部買うと6千円超。いずれは買うであろうが、今日のところは財布と相談して最も本人度の高い随筆集を購入。
「横溝正史自伝的随筆集」横溝正史(角川書店:帯)2500円
この本、純白の装丁というのはそれなりに斬新であるのだが、帯・カバーともに恐ろしく汚れやすい紙を使っており、平積みの中から比較的ましなものを選んだものの、それでも擦れが生じている。こりゃあ、罪作りだねえ。店頭では怖くて手が出せず、bk1あたりで買うべき本かもしれない。で、中味の半分は、既刊のエッセイ集からの再録で、「水増し」本の印象あり。どうせ買う人間は全部買っているんだから、編集の妙をお楽しみ下さい、といわれても素直には頷けない。といって、ぺらぺらの文庫本で出されても有り難味がないしなあ。単行本未収録エッセイと、他の2冊「横溝正史への手紙」と金田一パスティーシュ集を合本5000円で売ってくれるのが一番良心的かつ賑々しくお祭気分を味わえるような気がするが如何なものか?
◆ネットを徘徊していると、どうやら密室系の成田さんの迎撃オフが週末に開催されていた模様。ううむ、楽しそうだよう。参加したかったよう。しくしく。
◆W杯のチケット問題は、客捌きの悪いデパート展を見るようで、他人事ながらむかつく。古書市でこんな事やってみろ、絶対我らが女王様が黙っちゃいねえぞ。フーリガンになっちゃる!
◆折角だからペインキラーさんのネタに追随しておこう。
「エラリー・クイーンの未発表国名シリーズが発見されたってね」
「中ツ国指輪の謎」
「読者への挑戦は?」
「読者よ、すべての手がかりは与えられた。最後まで読み通せるか?」


◆「左手首」黒川博行(新潮社)読了
「<ナニワのワル>もんの短いのんばっかり七つ入っとる本や」
「なんや、こいつエライ昔と変わりよったなあ」
「あの頃はセンセやっとったしな」
「美術おせとったらしいけど、ヌードばっかり描いとったんちゃうか」
「お前と一緒にすな」
「せやけど最近は、なんや、この俄か極道?博打で身ぃ持ち崩しよったんか?」
「やってみたら、水におうたんちゃうか。丁度、漫画でもナニワの金貸しの話とか受け取ったしな」
「ゴミのしのぎの話がオモロイそやないか」
「そら、まだ読んでへん。続きもんやから、初めのよまなあかんし」
「こっちにもな、ゴミの話入っとるけど、あっさりしとるわ。『淡雪』ゆうたかな」
「産廃で脅迫する奴か?最後の台詞がエライえげつのうてごっつう興奮したわ」
「ナニ読んどんねん。まあ他にも風俗ネタあるで。『徒花』は、ヘルスの店売ったろか、ゆわれた男がマルチの大将いてこます話やろ。『左手首』は美人局の話やし」
「わいらに明日はあらへん、ちゅう感じやったな。せやけど、あれだけ漢字三文字ちゅうのがけったいやな。『手首』でもよかったんちゃうんか?」
「その辺が作家のビガクっちゅうやっちゃろ」
「博打の話も二つはいっとる。『内会』と『冬桜』どっちも賭場荒らしやけど、主人公が車ドロか偽刑事かちゅうとこが違う。」
「賭博の話、エラい詳しそうやないか。自分でもかよとったんちゃうんか?取材費で落ちるんか?」
「あほ。こんあもん落ちるかいな。だいいち領収書がない」
「偽刑事の奴は、どっちかちゅうと騙しネタやったなあ。」
「それやったら占い師が欲かく『帳尻』がええ出来や」
「ホスト上がりのエセ占い師ちゅうのが、よかったな。窪塚にでもやらしたいわ」
「あとはなんや、『解体』か?」
「これだけ、普通の推理もんの造りになっとったな。あとのんはみんなコロンボみたいやけど」
「あんなビンボ臭い犯人、コロンボに出てくるかい」
「それも、そうやな。まあ『部長刑事』やな」
「大阪ガス提供か」
「おお、ぷんぷん臭いよるわ」


2002年6月2日(日)

◆御茶ノ水に奥さんのピアノの発表会を見に行く。日曜日なので古書店街はお休み。丸善の前で、洋書のセールをやっていたので覗いてみたが、さしたるものは何もなし。500円均一コーナーにジョナサン・ギャッシュが何冊か出ていたが、羹に懲りている状態につき、あっさりパス。そもそも、500円だと、下手するとAmazonのセールの方が安いかもしれないのである。いやはや洋書は、完全にネットの価格が基本になってしまった。まあ、それまで日本の洋書屋は、買い取りとは言え、高飛車な殿様商売やってきてたもんなあ。購入本0冊。
◆幕張のニュー・オータニでお食事。なんとワールドカップ出場のアイルランドチームが宿泊しているらしく、選手に群がるサッカー小僧や、ロビーで気焔を上げるサポーターという珍しいものを見せてもらった。ホテルの人によれば、期間限定でアイリッシュ・バーを開店しているのだが、ギネスの飲みっぷりが常識では信じられない量らしく、開店一晩で早速に大樽を仕入れたとか。なるほど、これがW杯の経済効果というものか。


◆「Stranglehold」Jennnifer Rowe(Bantam)Finished
週一原書講読。ハリー・カーマイケルにも同じ題名の作品があるのだが、今週選んだのは、ジェニファー・ロウの長編4作目。勿論、登場する名探偵は、眼鏡っ子の私立探偵ヴェリティー・バードウッドである。と、書くと「はてな?」と感じる方もいらっしゃると思う。そう、従来作ではABCテレビのリサーチャーだったバーディーは、なんとこの作品では私立探偵を開業しているのである。それが故に、これまで作品で「いい仲」にあった警察官ダン・トビーとの関係もギクシャクとしており、事件そのものも、バーディーの過去に触れるような展開を見せる。第3作まで、容疑者をずらりと並べて「さあ犯人は誰でしょう?」といったある意味脳天気で古典的な作品を描いてきた作者が、パターン破りを掛けてきた異色作。放送局のオーナーであるバーディーの父親も登場し、容疑者はバーディーの幼馴染ばかりという事件に挑むバーディーの姿はなんとも痛々しい。
物語は「マックス・タリー一代記」で幕を開ける。朝の人気ラジオ番組のパーソナリティーとしてほぼ半世紀に渡り全豪に君臨してきたマックス・タリー。パラダイス・ビーチの崖上に立てられた瀟洒な彼の住いは「サード・ウィッシュ(第三の願い)」と呼ばれ、そこでマックスは、平凡ならざる家族とともに棲んでいた。妻に一男一女のどこに「非凡」が潜んでいるかといえば、娘ウエンディが最初の妻との間に出来た子であり、息子ダクラスが二番目の妻との間に出来た子であり、画家としても一流である妻バーウィンは三番目の妻であるところである。しかも、すぐ裏手には長年の友人でCMで当たりをとった「ドーラ小母さん」ことアイザが住んでいるという念の入りよう。だが、マックスの豪傑ぶりはそれだけでは終わらなかった。彼の70歳の誕生日、家族が集まり、昔から家族ぐるみで付合っていたアンガスとヴェリティーのバードウッド父娘も参加した祝いの席上、爆弾発言が飛び出す。なんと彼は70歳を期に引退し、孫娘のような年頃のヴェトナム人メイド、マイ・トランと四度目の結婚をするというのだ!現在の妻と思われていたバーウィンとは既に13年も前に籍を抜いていた、という事実もさることながら、あまりの傍若無人ぶりに絶句する家族たち。そして、その大波乱から二週間後、今やテレビ局のリサーチャーから私立探偵に転職したヴェリティーにマックスからの依頼が舞い込む。サード・ウィッシュに駆けつけたバーディーはそこで、悪意の篭ったマイへの脅迫状をマックスから示され、その犯人探しを頼まれる。そしてマイとの婚約発言以来、微妙に軋み始めたタリー家に更なる驚愕がもたらされる。なんと一週間前からアイザの庭師に雇われていたワレンという青年が、マックスに対し「妻を返せ」と要求してきたのだ!まさか、あれほど可憐に見えていたマイが人妻だったとは!沈痛なる告白、止揚された恋情、慈しみの闘争、そして解決への曙光が差した時、殺意は沸点に達する。縊られた死体。仕組まれた転落。そして、もう一つの死。容疑者はすべて幼い頃からの知人と友人、理解者であったダン警部とも反目しながらバーディーの孤独な、そして命をかけた推理劇は始まる。
作者は、これまでのコージーな作風に敢えて背を向けるかのように、尋常ならざる家族の悲劇を描こうとする。そして極端に容疑者を絞り込み、名探偵に辛い選択を迫る。いつもの生意気なバーディーの活躍を期待すると、勝手の違いに唖然とする。おそらく作者が、最後の最後まで、もう一つの結末を準備していたであろう事が見てとれる。実際、わたしはそちらこそ真相に違いないと邪推していた。だが、最終章に至り、まんまと陰陽を引っくり返す大団円がもたらされ、二度びっくり。ここだけ読めばいつもながらのジェニファー・ロウである。ここまでのパターンを破ろうとした努力は、どこへやら。今のところのバーディーものの最終作である第五作「Lamb to the Slaughter」を読んでみないとなんとも言えないのだが、この第4作は、やや分裂症気味な作品であった。ヴェリティー・バードウッドのファンは、彼女の生い立ちを知る上で必読だが、作者の最上作には程遠い、と申し上げておこう。


2002年6月1日(土)

◆おお、気がつけば「あなたは古本がやめられる」が新装開店してから満1年ではないか。1年間、自分のペースでやってきたので感想も毎日とはいかなくなっていたけど、とりあえずよく続きました。これでも昔に比べれば古本の購入冊数は遥かに減っているのだが、奥さんから見ると「全然かわっとらん」そうである。やはり、よしださんのように処分本が購入本を上回らなければならんという事ですな。とりあえず、今後とも細々と続けていきますので、よろしくお願いします>ALL
◆二日分の感想を書いて、本の雑誌の原稿をやっつけていたら午前中が終わっていた。
◆昼からはヤクルト・阪神戦とW杯のはしごで、気がつくと1日が終わっていた。情け容赦のないゲルマン魂に戦慄する。サウジアラビアの選手は国に帰ったら兵役に出されるのではなかろうか、と他人事ながら不安になる。
◆それでも夕方、定点観測だけはやっていた。こんなところ。
「エンジェル エンジェル エンジェル」梨木香歩(原生林:函)40円
「ニューヨーカー・ストーリーズ」常盤新平編(新書館)40円
「ワンダー・ボーイズ」Mシェイボン(早川書房)40円
「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」KヴォネガットJr.(早川書房:初版・帯)40円
「ジェイルバード」KヴォネガットJr.(早川書房:初版・帯)40円
「アシモフ選集 歴史編6 出エジプト記の言葉」(共立出版)50円
「左手首」黒川博行(新潮社:初版・帯)730円
「劫尽童女」恩田陸(光文社:初版・帯)750円
5冊200円の店で周辺書ばかり拾う。カート・ヴォネガットJr.の本は、おそらくSF文庫で持っている筈なのだが、まあ、元版の帯付き初版が40円なら買っちゃうよなあ。5冊200円では、5冊目に悩むのだが、気がつくと6冊掴んでいて半端な買い物になってしまう。アシモフ選集は、滅多に古本屋でお目にかからない。まあ、学術書の棚をチェックしないので、当たり前の話ではあるのだが。黒川博行・恩田陸は新古本。一体、こういう本の流通経路というのはどうなっているのだろうか?


◆「蔵の中」小池真理子(祥伝社文庫)読了
<中編一編を400円文庫で>というこの叢書のコンセプトは決して悪くない。作者のラインナップも好みである。ただ、「★一つ50円時代」の頃から文庫本を読み始めた人間にとっては、70年代当時、最大級の分厚さだった「異星の客」や「月長石」が300円台だった事を思い出し、時代の流れに思わず溜め息をついてしまうのである。とりあえず、一日一冊が辛い時には大変ありがたい叢書であるので、高く評価しております、はい。
さて「蔵の中」といえば、生誕百周年記念セールの横溝正史である。構成に工夫を凝らしたホラーであった聖典に対し、小池版「蔵の中」は、どこまでも俗っぽい「夫と妻に捧げる犯罪」である。舞台は地方の名家。主人公は、その家に嫁いだ女。彼女は、夫の友人とひとときの逢瀬に身も心も焼き尽くす。彼女の夫はその友人が起した自動車事故の後遺症で下半身不随になっていた。自分の人生を投げ打って献身的に夫に尽す友人。秘すべき三角関係が、卑しい脅迫者に目撃された時、殺意は芽生え、蔵の中で甘い香の記憶が甦る、といったお話。
姑に支配される「家」や、誰もが知り合いである田舎の息詰まる雰囲気がよく描けている。ただ、この主人公の発想法には、はっきり言ってついていけない。さんざん「他人からみれば酷いカップルなんでしょうね」と述懐していたかと思うと「殺したくて殺したのじゃないわ」といい訳して、揚句の果てに「それはないだろう」という行動に出る。こういうのを「女性が描けている」というのだろうな。読者をいたたまれなくするのが目的であるならば、成功している。
あと、作者にとっては心外であろうが、どうしても主人公に作者を、夫に藤田宜永をアテて読んでしまう。車椅子の騎士ですか。すみませんねえ。