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2002年5月10日(金)

◆会社の売店で、2,3ページ立ち読みした文庫本を、そのままレジへ持って行く。ジャンル外を1冊発作買い。週刊エコノミストの「敢闘言」とサンケイ新聞の「斜断機」連載からなるバトル・エッセイ集。日垣隆という名前を初めて認識する。検索してみると既にサイトも運営していて「よくそんなヒマがあるなあ」と思うほど、コマメに更新している。なかなか、喧嘩の仕方が趣味に合っていて、プロフィールを見ると同い年だった。うわあ。
◆夕方の6時からW大学にて会議。ビッグボックスの定例市が最終日だったので、一応チェック。さすがに何もないが、「市」の雰囲気が久しぶりなので嬉しくなる。新橋駅前のチャリティー市を除くと、ホントに古書市って行けてないんだよな〜。で、1冊安物買い。
「盲目の女神」井上淳(河出書房新社:帯)500円
うーむ、三ヶ月で古本落ちですか。ここの市も、八重洲古書センターに負けず劣らず新作が落ちてくるのが早いんだよなあ。昔からお世話になっております。はい。


◆「冬に来た依頼人」五條瑛(祥伝社文庫)読了
高村薫、桐野夏生に続けとばかりに売り出し中の女流ハードボイルド作家の400円文庫ノヴェラ。昔の女から、逃げた亭主を捜してくれと依頼された探偵が見た卑しいシステムの罠。埋れ火のように燻る心、冷えた愛を望む思い熱い魂から逆襲される。究極の善人の選択は、ただ不器用なままに自分を殺し、そして不器用であるが故に、扉は開かれる。
なんとも甘っちょろい「ハードボイルド」があったもんだ。私は決して良いハードボイルドの読み手ではないが、この主人公の軟弱ぶりと、ストーリーの水戸黄門的御都合主義には辟易とした。これが、この作者のベストではないとは思いながらも、続けて読もうという気には絶対になれない。うーん、「ハーテクインだど」。


2002年5月9日(木)

◆久々に西大島〜南砂町定点観測。うう、何にもねえぞ。安物買いに走る。
「いつか還えるときには」Sマクラム(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)50円
「ボヘミアン・ハート」Jダレッサンドロ(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫:帯)50円
「手ごわいカモ」Pハウトマン(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)50円
「エミリー・ディキンスンは死んだ」Jラングトン(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)50円
「サントーヤ家の秘宝」RWホワイト(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)50円
「消された私」Sボーグ(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫:帯)50円
「無法地帯」Jクラークスン(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫:帯)50円
d「支那扇の女」横溝正史(角川文庫:初版・帯)150円
「妖精族の娘」ロード・ダンセイニ(ちくま文庫)290円
「ダイヤは愛よりも強し」胡桃沢耕史(ケイブンシャ文庫:帯)230円
50円均一棚にミステリアス・プレス文庫が大挙して居並んでいたので、持ってなさそうなところを拾う。それにしても聞いた事のない作者ばっかりだねえ。横溝正史は、帯買い。ただのフェア帯なのだが、初版でフェアの中に題名も挙がっているので、正規帯とみなしてよかろう。なあに、こんなもの言ったもの勝ちである。ダンセイニは再編集本だが、持ってなかった事に気がつき拾う。最近では当たり前のように1000円を越えるちくま文庫も、15年前はこの厚さでも600円以下だったんだねえ。イアーン・フラミンゴは、マイ・ブームでなければ、この値段で買う本ではないのだが、とりあえず勢いである。よし、復刊されたものは後1冊だな。
◆帰宅して「本の雑誌」用の校正を片付ける。最終回用に考えていたネタを連載7回目にして使ってしまう。ああ、もうホームズ・パロディで題名を考えるのは限界かも。因みに、今月号は「6つのナポレオン・ソロ」であります。


◆「ボニーと風の絞殺魔」Aアップフィールド(ハヤカワミステリ文庫)読了
オーストラリアの雄大な自然を舞台としたシリアル・キラーものの本格推理。以前「名探偵ナポレオン」を読んだ際には、全く感心しなかったのだが、ひとたび、雄大にして異郷たる亜大陸の大自然をテーマに組み込んだ途端、名探偵のキャラクターが引き立ってくる。まさに「水を得た魚」というか「岡山の金田一耕助」というか、ここまで差があるものかと驚いた。これは、なんとしても本棚に並べてきおきたい一冊であり、アウトドア探偵の原点ともいえる作品であろう。


2002年5月8日(水)

◆水も飲まずに働く。いやあ、さすがに連休明けはなにやら仕事があるものじゃ。
◆でも、さっさと帰る。途中下車してブックオフを一軒チェック。安物買い。
「りかさん」梨木香歩(偕成社)100円
「九つの殺人メルヘン」鯨統一郎(光文社カッパノベルズ)100円
「冬に来た依頼人」五條瑛(祥伝社文庫)100円
「死体のささやき」SSテイラー他(青弓社)100円
d「エヴァが目ざめるとき」Pディキンスン(徳間書店)100円
d「架空幻想都市(上)」めるへんめーかー編(ログアウト冒険文庫)100円
なんと、青弓社のアンソロジーは看板作家を知らないばかりに買いそびれていたのだが、手にとって見るとボーモントやら、カットナーやら、スタージョンやらが入っているんじゃないの!いやあ、びっくりした。これは買いの1冊でしたのね。100均で買ってゴメン。ディキンスンの「エヴァ」も知らぬ間に書店から消えていた本。まあ、ミステリではないが、これから捜す人が増える本なのであろう。「架空幻想都市」は、古書価のつく上巻の方を久々にゲット。まあ、運試しみたいなものである。これはスガヒロエ・ファンの皆様に供出したいところ。後は、言い訳もへったくれもない安物買いですな。それにしても鯨統一郎の装丁は掟破りだよなあ。これは近くで見てもカッパには見えない。


◆「山之内家の惨劇」檜山良昭(徳間ノベルズ)読了
史実を元にした謀略ものの書き手である作者が、何を思ったか、絵に描いたようなコード型の「本格推理小説」に挑戦した作品。なんといっても題名がいいねえ。日本で「○○家の惨劇」といえば戦前に「船富家の惨劇」があるが、まずは「山之内家」でも貫禄十分。間違っても国際謀略モノにはなりそうもない題名である。これが「山之内家の悲劇」やら「山之内家の殺人」であると、まだ謀略ものに転びそうな気配があるが、「山之内家の惨劇」となると、スパイも裸足で逃げ出しそうである。逆に、いかにも謀略ものにみせようと思えば「山之内家の密使」「山之内家謀殺計画」「山之内家から来た男」などにすれば宜しい。だから何なのだ?といわれても困るのだが。
閑話休題、この作品、すわ、島田一男の「古墳殺人事件」「錦絵殺人事件」タイプの名探偵登場か?とも期待したが、そこは老刑事とその娘と恋仲の若い刑事の警察コンビで少し残念。しかしながら、読み進むと由緒正しく山之内家の「系図」なんぞも出てきて「お約束」炸裂ぶりにニンマリとしてしまう。こんな話。
古都鎌倉・鶴岡八幡宮の大銀杏の根元で、発見された首なし死体。持ち物や身体の特徴から、被害者は湘南地方での不動産・観光事業で有名な山之内観光開発の現社長、山ノ内清彦であると断定された。なんと、その死に様は、日付、場所とも学究肌の清彦が自分を重ねるように研究していた源実朝と同じものであった。立志伝中の人の次男に生まれ、兄の死によって不本意にも家を背負い、母親と伯父の圧力の許で鬱勃たる日々を送る傀儡、源実朝と被害者の境遇はどこまでも符合していた。ならばその死の真相も符合するのか?実朝は伯父の陰謀により甥の公暁に殺害され、その公暁もまた抹殺されたという史実。捜査を担当した権藤警部は、清彦の甥・竜彦が事件の後、行方をくらましている事を知って愕然とする。莫大な財産と事業を巡り、色と欲が血塗られた歴史を模倣する。果して、時の狭間でほくそえむ真犯人の姿とは?権藤警部は娘の結婚を賭けて部下の梅津刑事と捜査を競い合うのであった。
「なぜ、史実に見立てられたのか?」という謎が合理的に解かれ、しかも、読者の読みを外してみせるところが立派。探偵を刑事にせず、もう少し一族の葛藤を書き込みオカルティックな味付けを行えば、さらに「本格推理」らしくなったところ。既に歴史謀略もので勇名を馳せていた作者に、この作品を書かせたのはいかなる動機であったのか、が最も大きな謎かもしれない。とりあえず合格点をあげておきます。


2002年5月7日(火)

◆10日間ぶりに出社。ああ、よかった机も椅子もある(洒落にならんな)。
◆先先月アマゾンやらbk1で新刊を山ほど(といっても原書と自費出版だけど)買ったので、念のため引き落としの口座をチェックする。うわっ、あわやの残高不足。うーん、こりゃあ金欠だねえ。
◆早朝会議で朝のウォーキングをサボった分、帰りに少しでも歩こうと、霧雨の中を新刊書店やら古本屋を冷やかしながら東京へ。途中、いつも目録を貰うお店に寄ってハヤカワ文庫の2002年1月版目録をゲット。うーむ、東京創元社の目録が見当たらんですのう。さすがに目録だけ貰うのは心が痛むので新刊買い。
「本格ミステリこれがベストだ!2002」(東京創元社)400円
おお、なんか知らんが難しそうな事が一杯書いてある。鷹城宏せんせがプロデューサーなのか?文体が異形シリーズの井上雅彦のようである。さあ、作者すら夢想しなかった論理の曲馬団、レトリックのペット・セメタリーへようこそ!(ちーがーうー)
◆八重洲古書センターを覗くと、もう創元推理文庫の新刊やら平石貴樹の新刊やらが古本落ちしている。いつもながら早いねえ、ここは。まずは100円均一チェック。たいした物は何もない。仕方がないのでキネ旬を1冊。
「キネマ旬報 84年5月下旬」(キネマ旬報社)100円
ヒッチコック特集号で、巻頭に都筑道夫と小林信彦の対談がある。まあ、どこぞの単行本に収録されているのだろうが、EQMM元編集長とAHMM元編集長がヒッチコックを語り倒すという企画は吉。これで100円の元はとったかな?続いてポケミス棚を覗くと久々に動きがあった。300番台、700番台の難易度「中」クラスが800円から1000円。1冊だけポツンと100番台のちょいと珍しいところがあったので、幾らつけてんだろうとチェック。と、これが、巻末の刊行リストに線が引いてあるという理由で、なかなかのディスカウント価格。少し悩むが引き取り手には不自由しないであろうと拾う事にする。
d「黒い死」Aギルバート(ポケミス:初版・背アセ・巻末書込み)500円
まあ、読めりゃいい人向き。ROMにでも出すか?
◆そのまま快速に乗って最寄り駅に到着。一応、ワゴンが出てないかチェックするとビンゴーーっ!それも全部100円均一だあ!やったあ〜!!文庫はもう一つだったが、新書で美味しい思いをする。まず、目に飛び込んできたのがこれ。
「火星の合成人間」ERバローズ(鶴書房:書込み有り)100円
おお、なんとイラストが武部本一郎ではないか!う、嬉しい。嬉しいけど、これって創元推理文庫とは違うのかな?持ち主の名前が書いてあるけどこの際、問題ではない。
んでもって、ついで買いでダブリを2冊。
d「ナイトライダー」ラーソン&ヒル(勁文社)100円
d「ナイトライダー2 目の赤い殺人車」ラーソン&ヒル(勁文社)100円
うーむ、欠けているのは第3巻なのだが、仕方がない。呼び水のつもりでダブらせてみる。
そして、回り込んだ棚で、我が目を疑うロマンブックスをゲット。

d「子供は悪魔だ」大下宇陀児(講談社ロマンブックス)100円

よっしゃあ!!
これって自由ヶ丘で3000円以上出したんだよなあ。
都合、定点観測のわりには「ぷち血風」な1日でありました。「殆どダブりじゃん」などと突っ込まないで下さい。お願いします。


◆「マスグレイヴ館の島」柄刀一(原書房)読了
時空を越えた大掛かりなトリックでカーきちどもを唸らせ続ける作者による「シャーロキアン殺人事件」。聖典の「マスグレイヴ家の儀式」に登場する館がミレニアムに甦る。国際的電子企業と好事家が結ぶ時、聖典がモデルにしたかのような「マスグレイヴ館」の島で、宝捜しイベントの幕は切って落される。それぞれにマスグレイヴ家の仮説を楽しむ腕に覚えのシャーロキアンたち。だが、主人公の持病のために島の対岸に宿を取る事となったシャーロック・ホームズ・ソサエティーの面々たちは、そこで一つの殺人と一つの自殺に直面する。だが、それは続いて発見される不可能殺人三重奏への序曲に過ぎなかった。足跡も何もない平地で墜落死した男、小さな密室の中で墜落死した男、そして食糧に囲まれて餓死した男。いずれも物理法則を嘲笑うかのような無惨な三つの死。一体、誰が、どのように、そして何のために、これだけの大量殺人を行ったのか?果して颯爽たる女シャーロック・ホームズは真相に辿りつく事ができるのか?
交錯する仮説、怒涛の奇想、これぞ柄刀マジックの百貨店。対岸の岬館での「足跡のある殺人」での小技のバリエーションだけでも中編一本分のお値打ちがあるが、何といっても「島」での連続不可能殺人は凄いの一言。これだけの不可能を一本の補助線のみで可能にする華麗なる奇想に脱帽。このトリックは世界級といってよい。隠された動機や真犯人像の凄絶さも文句なし。ただ、「サタンの僧院」でも感じた事だが、この人の書く「外国」は、どうみても「外国」に見えないし、「外人」も本物の外人さんが演じているようには思えない。なんとも垢抜けず、それがために、この世界級のトリック推理は、同人誌レベルの「小説」にしか見えないのである。なんとも残念無念。この作品を、井上勇あたりに「日本語訳」してもらえば、立派な黄金期の本格になろうものを。


2002年5月6日(月)

◆ああ、休みが終わってしまう〜。最終日らしくのんびり過ごす。
◆はやみ。さんから「いちご文庫探究リスト」が送られてきたので、心当たりをタッチ&ゴー。リスト中から3巻拾う。先日覗いたばかりの店なので、棚に変化はなし。それでも自分用にミステリを3冊買う。
「ポンパドール侯爵夫人殺人事件」檜山良昭(中公NV:帯)100円
「山之内家の惨劇」檜山良昭(徳間NV)100円
「推理小説殺人事件」福田洋(広済堂NV:帯)100円
どちらも買うのは初めてな作者。題名が本格推理っぽいのを選んでみた。さていかがなものであろうか?
◆ついでに漫画コーナーで「蒼天の拳」(原哲夫)やら「S.O.S」(細野不二彦)なんぞを買う。「蒼天の拳」って、こういう脳天気なお話だったのね。もう少しハードボイルドを予想していたんだけどなあ。「S.O.S」は女刑事ものの連作。相変わらず話作りが上手い人である。主役の「坂東るい」は「ショカツ」の田中美佐子のイメージかぶってませんか?
◆SRマンスリー最新号の斉藤EQFC代表の2001ベスト選評に「天城一の『毒草』」という表記があってビビる。「え?そんな作品集出てたっけ?」「も、もしや山前さん辺りがまた本作ったの?」とパニックした揚句、事情通のMさんに問い合わせ。「それは『別冊シャレード』の天城一3号の事です」と教えてもらう。ん、もう!紛らわしい書き方しないでよね!!斉藤さん!!


◆「死者からの声」Rハギンズ(国土社)読了
薄っぺらいジュヴィナイルで本日の1日1冊をクリアしておこう。「休みになると本が読めない」症候群は如何ともし難い。さて、この国土社のシリーズ、ワイリーの「冷凍死体のなぞ」やら、ペンティコストの「ひきさかれた過去」やら、渋いところを訳出していて、昨年復刊されて話題になったブレイクの「死の殻」なども過去から(異題「クリスマス殺人事件」で)出しており侮れないシリーズである。ハギンズの翻訳書といえばポケミスのサンセット77もの2冊程度しかない筈で、この作品も押えておきたい本である。原題は「The Man in the Dark」。んでもって、大変役に立つみすだすで調べると「闇の中の男」としてHMMの1963年6月号に訳出されている事が判る。あらら、短篇だったのね。まあ、1冊は1冊である。こんな話。
広告会社勤めのクレイは、警察から姉ドナが自動車事故に遇い死んだという報せを受け愕然とする。その数分前に、自宅にいるドナと電話で話したばかりだったのに。何かの間違いに違いない、と現場に駆けつけたクレイは、黒焦げ死体を前に茫然とする。確かに車もハンドバッグも女優であった姉ドナのものに違いない。果して、自分は死者と喋っていたのか?だが、現場に落ちていた見知らぬコンパクトから事件は思わぬ展開をみせる。そして、新たにクレイの元には、姉からの手紙が届く。それは罠?それとも真実?
てなお話。サンセット77の短篇では意外に本格推理してみせた作者だが、これはスリラー・サスペンス。ただ、主人公を助けるルスという女子高生が少ない手掛りから推理してみせるところは楽しい。ところで、どこが「闇の中の男」なんだろう?この題名が一番謎ですな。


2002年5月5日(日)

◆営業を確認するために電話したところ「やってますけど、今日はネタもないし、待たせるし、止めておかれた方がいいですよ」と親身に言われてしまい、遠出を断念。家でゴロゴロと過ごす。購入本0冊。
◆WOWOWで積録してあった「ホワット・ライズ・ビニース」を視聴。元女流チェリストの主人公。夫を事故で失うが娘を連れてデュポンの研究所勤めの天才科学者と再婚。だが、娘の独立を機に奇怪な現象に見舞われる。果して彼女に呼びかけるのは、誰なのか?そういえば、隣家の妻を最近みかけない。もしや彼女が殺されたのか?それとも……てな話。裏窓やらサイコやらといったヒッチコックへのオマージュに満ちたショッカーで、これを大画面で観てたら相当に怖かったに違いない。ゼメキス監督って、こういう救いようのないサスペンスも撮るのね。はあ、疲れた。


◆「DEATH TRAP」Harry Carmichael(Thriller Book Club版)Finished
週イチ原書講読。今週は現代的な本格推理の書き手として知る人ぞ知る、というか森事典以降一挙に(一部で)知名度があがったハリー・カーマイケルの後期作を読んでみた。「デス・トラップ」といえばマイケル・ケイン、クリストファー・リーブ競演で映画化されたアイラ・レヴィンの傑作戯曲を思い浮かべる方もいるかもしれないが、それとは無関係。まあ、今更題名に使うには相当の覚悟が要る「平凡な」題名といえよう。一読、イギリス作家とは思えない読みやすさで、もしかすると「イギリスものの方がアメリカものに比べて英語が難しい」という思い込みは、イギリスものは黄金期の作品を中心に読んできたせいかもしれないなあ、と感じた。カーマイケル作品にはレギュラー探偵が二人いて保険調査員のパイパーと事件記者のクィンが競い合うようにして事件の謎に迫るというのが基本パターンのようだが、この作品では、専らパイパーはクィンの引き立て役に回っている印象。というのも、パイパー自身が関係者として事件に巻き込まれてしまうからなのである。こんな話。
12月2日、夕方の5時半。リングフォードとラドレーを結ぶ道路の難所「僧正の冠」で自動車事故が発生。折りからの霧で視界が利かないところに見通しの悪いS字カーブで対向車線を走ってきたターコイズブルーのローヴァー2000は、ハンドルをとられ崖下へ真っ逆様に転落し爆発炎上。その夜、7時45分、水曜日の定例食事会に顔を出さないディヴィッド・ベネットの身を案じたパイパーは、ベネット宅に電話を入れるが、夫人のルースも、5時半の彼女の帰宅前には前には出かけた筈としか答えられない。パイパーは彼女の紹介で4時半までベネットとゴルフを伴にしていたグランサムにも電話をするが、ゴルフ倶楽部で別れたきりの彼にも心当たりはなかった。やがて、警察は、ベネット夫人の問い合わせと事故情報を照合し、黒焦げ死体が身につけていた腕時計をもってベネット宅を訪れる。そして、それを夫ディヴィッドのものだと確認し茫然とするルース。そう、それが「死の罠」事件の幕開けだった。半インチ足りない身長、切られていた防犯装置、盗まれた銀食器、単純な交通事故と思われた事件は、敏腕記者クインの登場によって全く異なった様相を呈し始める。不可解な場所に駐車していたローバー、そして新たに発見される死体、検死法廷で事件が再構築される中、総てを覆す訴えを受けたクインが辿り着いた真相とは?
シンプルな人間関係とシンプルな犯罪を巧みに組み合わせツイストの効いたミステリに仕上げる作者の手腕は評判通り。タイムテーブルに拘った、スマートなアリバイ崩しと意外な犯人が嬉しい。思わずざっと読み返して地の文で嘘をついていないか確かめた。探偵役二人のやりとりも微笑ましく、ラストでパイパーを面食らわせるクインの一言が笑わせる。ただ、あまりにもスマートすぎて、日本人作家でいえば佐野洋、笹沢佐保クラスの安定感とリーダビリティーにつき、ひいこら言いながら原書で読む程のものか?と問われると些か辛い。もう1冊ぐらい読んでから判断します。


2002年5月4日(土)

◆二日酔。午後から駅の売店で新刊1冊。
「メフィスト 2002春号」(講談社)1500円
相変わらず分厚いですのう。国樹さんの講談社訪問記が面白い。そうかあ、あのノベルズの「犬」って滝田ゆうの絵なんですな。言われてみれば確かにそうだ。
◆思わず題名と表紙の写真に惹かれて一般のハウツー本を買ってしまう。光文社から昨年出版されたリタ・エメットという著者の「いまやろうと思ってたのに…」という本。原題を直訳すれば「ぐずハンドブック」という味気ないものだが、それにこの邦題をあてて、表紙にのほほーんとした虎猫の写真をあしらったセンスが憎い。始めは仕事の進め方の上で思い当たる事が多かったのだが、後半から途端に実生活に落ちてきてアタマを抱えたり、腹を抱えたり。章題は「捨てる技術を身につけよう!」。「何もかも読破するのは無理だ」「そんなに雑誌が要るの?」といった刺激的なキャッチが並ぶ。作者は本の山の前で自問するのだそうだ。
「昔はこれが好きだったかもしれないが、今でも好きか?」
「昔はこれが必要だったかもしれないが、今でも必要か?」
「昔はこれに喜びを感じたかもしれないが、たえずほこりを払い、しまう場所を探し、これだけでなくほかの様々の品物に家を占領されて気分が滅入っているいまでも本当にまだ喜びを感じるか?」
ううむ、特に最後の問いかけは辛いなあ。

その中から金言を二つばかり。
「人生にはすべてを所有する以上の意味があるに違いない」
−− モーリス・センダック(米国 絵本作家・美術家)
「人生とは持つことと得ることではなく、在ることとすることだ」
−− 作者不詳。
とりあえず、こうやってホームページを作っているのがせめてもの「すること」なんだけどなあ。なんだか、たそがれちゃうよなあ。うう「いま読もうと思ってたのに…」てなところですか。


◆「未完成」古処誠二(講談社ノベルズ)読了
コドコロさんの3作目は、再び自衛隊推理。2作目でシリーズ化を避けたのかと思いきや、朝霞二尉・野上三曹コンビはあっさりと復活する。前回は「侵入不可能な司令室に盗聴器を仕掛けたのは誰か?」という推理小説としては小味な、しかし国防上は許されざる大不祥事をテーマにして、並み居る「殺人至上主義」のミステリマニアたちを唸らせた作者だが、今回も凄いぞ。「絶海の孤島の衆人環視の演習場から小銃を持ち出したのは誰か?」と来たもんだ。しかし、2作目ともなると小説としての厚みの部分が大幅にパワーアップ。プロローグの1頁に秘めたしたたかさは凡百の自称推理作家たちとは明らかに一線を画している。朝霞・野上コンビを復活させるにはそれだけの意味があったのだ。こんな話。
九州沖に浮かぶ「伊栗島」。そこは、韓国・中国に対する国防上の重要拠点であった。それは、太平洋戦争末期、その島が戦場となった事からも明らかである。その島で、あってはならない不祥事が起きた。なんと周囲を二重に囲まれた衆人環視の射撃場から一丁の小銃が消え失せたのだ。自衛官と恋仲の島の娘が、自宅で大怪我をして、ヘリで搬送されるという緊急事態の一瞬の出来事であった。一体、誰がどうやって?なんと、島ではその半年前、不審者が目撃されているという。他国の侵入?それとも、卑小な欲望?ただ只管護る人々の心に忍び込んだ魔の正体を明かすべく、船酔いに苦しみながら颯爽、朝霞二尉は米軍キャンプ跡のボロ宿舎で推理の粘土をこねくり回す。海の国境、蒼の空隙、地の迷路。今そこにある危機は今そこにある歴史でもある。
やーらーれーたー。小銃紛失のトリックは、小味で端整なパズラーである。小銃紛失の動機は、社会告発である。これでも講談社ノベルズ1冊分としては充分なのだが、この話はそれだけにとどまらない。全編これ伏線の固まりの油断のならない「小説」なのである。全く、この人の話を読むと「まだまだ推理小説にもやれる事がある」という希望が湧いてくる。朝霞二尉のホームズぶりは前作同様だが、野上三曹のワトソンぶりが板についてきてシリーズものとしての読み処も充分。萌え読者から、うるさ型のマニアまで手玉にとってみせる作者に「捧げ銃!」


2002年5月3日(金)

◆昼から学生時代の漫画倶楽部のOB会。奥さんと二人連れで、田園調布徒歩15分の友人の借屋へ。外観はどう見ても温室か倉庫にした見えない奇矯な建物。中は上3階、地下1階という造りだが安全よりも空間を最優先にした「秘密基地」といった風情。なるほど、いんだすとりある・でざいなーなるものは、借屋一つとっても違うものじゃわいと改めて感心する。玄関にはお迎え監視ロボットが佇み、ザクやら、スーパー部長のロボットやらもいたりして「秘密基地」感はイヤがうえにも盛り上がる。いかにも新本格推理作家が殺人現場に使いたくなりそうなお宅に夫婦ともどもビックリ。ううむ、楽しい。楽しいけど、、落ちつかん。落ち着かんが、楽しい。2時過ぎからビールやらワインやらをしたたか飲んでは食っちゃべる。極楽極楽。10時過ぎまで楽しく歓談して退出。夫婦二人で午前様。いやあ、田園調布はベリー・ハイソな街でした。古本を忘れる1日。購入本0冊。

◆「エンドウと平和」Jチャーチル(創元推理文庫)読了
元気主婦探偵JJ(ジェーン・ジェフリー)シリーズ最新翻訳。堂々たるパターンぶりに敬服しつつも、今回はジェーンの子供たちが目立たずやや残念。そろそろ、ジェーンも子離れしてきたという事か?「『War and Peas』の翻訳はこれしかあるまい」と以前から予測していたのが的中して個人的には「よし、見切った」というシリーズだが、中味の方では、まだ「見切る」ところまではいかない。こんな話。
一大豆帝国を打ち立てた立志伝中の<豆王>の孫娘が、彼女が館長を務める豆博物館祭の催しである<再現劇>の最中に射殺されてしまう。それも19世紀末の再現劇に相応しく骨董品のデリンジャーで。ボランティアとして参加していたジェーンとシェリイのでしゃばり主婦二人組みは頼まれもしないまま、事件の捜査に乗り出す。野心家の副館長、善良な理事長、勉強家の館長秘書、被害者の旧友だった女広報部長、遺産問題で揉めていた被害者の姪と甥、そして被害者との婚約を控えていた建築家、果して誰に動機と機会があったのか?美談と暗号、過信と裏切り、そして新たな死。豆王の愛猫が剥製となって眠る横で、ジェーンとシェリイは殺しのデータをインプットしていく。さあ、今回もジェーンは愛人メル刑事から一本とることが出来るのか?
多すぎる容疑者ものなので、どこに補助線を一本引くかによって、誰でも犯人に仕立てうるタイプのパズラー。そういう意味では、今回は、まんまとレッド・ヘリングに引っ掛かってしまった。お馴染みのキャラクターがお馴染みの動きをしてくれる安心感はあるが、少々人間関係に動きがあってもよいように感じた。良くも悪くもシリーズものの一作である。
さて、次回作「Fear of Frying」の邦題だけど、「揚げるのが怖い」じゃあ工夫がないので、勝手に「揚げ物はダイエットに悪い」ってな話だと想定して「でぶのが怖い」でどうよ?(>日本語じゃないってば)


2002年5月2日(木)

◆だらっと午前中を浪費する。いかん、いかん。身体が休日に慣れきってしまっている。多少、追われていた方が自己管理が出来るという性格は、退職したら、ばたっと行くタイプなのかも。
◆午後から別宅に空気の入れ替えに行く。ここのところ締め切ったままだったので、扉を開けた途端に、古本の匂いがムワっと鼻をつく。まあ、個人的には厭な匂いだとは思わないのだが。
◆SRマンスリーが到着しており、つい読み耽る。なにせ年に一度のBEST5決定号である。ベスト10選び大好き中年の血が騒ぐではないか。国内の1位があの大ベストセラーだったのが意外な他は、いかにもSRらしいラインナップ。バークリーも「ジャンピング・ジェニー」よりも「最上階の殺人」が上に来ていて嬉しい。如何にジェニーが飛び跳ねても、最上階には届かない。あと私事になるが、選評で一名の方から、拙サイトを褒めて頂けたのも望外の喜び。「このミステリ・サイトがすごい!」ですと。ありがとうございますありがとうございます。
ベスト選びで、他に深く肯いたのは、国内作品の最低が「新本陣殺人事件」であった事。ああ、私の目に狂いはなかった。SRの場合、ある程度投票者がいないと「選外」になってしまうのだが、この作品は余りの評判の悪さに怖いもの見たさで読んだ人が多かったと言う事なのかな。
古本関係でのビッグニュースは、助演女優賞に、なんとあの石井女王様が輝いたという事。喜国さんの「本棚探偵の冒険」における「助演」という事だそうな。いやあ、数々の作中人物を押しのけての受賞、おめでとうございます。女王様伝説にまた新たな一頁が、、、壮挙だとは思わぬかキルヒアイスはいラインハルトさま
◆リファレンス棚を確認すると、昨日買った「ニューウエイヴ・ミステリ読本」は、やはりダブりであった。まあ、昨日の本は帯付きなのでいっかー。あと先週買ったコリンズ傑作選の3巻はめでたくダブリでない事が判明する。うふふ。あれはダブらせると洒落にならない値段だからなあ。
◆先日買った「ネットワーク」を収納。番町書房のIFノベルズが何冊あるのか気になったので、発作的に一ヶ所にまとめてみる。所持本は全部で16冊。「ゴリラ」と「コックスマン」のシリーズが全滅なので、まあ、こんなものであろう。もともとアンソロジーと「三人の中の一人」があればいいや、という叢書だったしね。
ところで、改めて番号を確認していくと、私の所持本の中では「続・世界怪奇ミステリ傑作選」が27番で一番上なのだが、これ以降もこの叢書は出ていたのかしらん。とりあえず、猛烈に気になるのがチャーリンの警察もの。3部作というふれ込みなのだが、27までだと「ショットガンを持つ男」と「狙われた警視」の2作しかないんだよなあ。「ああ、気になる、気になるぞお」っと、家に帰って国会図書館で検索するとおお、ちゃんとIFノベルズで「はぐれ刑事」というのがあるではないかあ。となると、今度はIFノベルズが何冊出ていたかが猛烈に気になるなあ。と思って、なおも国会図書館で検索してみると、どうやらコックスマンのシリーズで「バミューダ海の女」という作品が出ている気配。となると全29巻なのでしょうか?>この辺は、膳所さんの独壇場ですが。
◆あれこれリサイクル系を巡って安物買いに励む。
d「名探偵再登場」Nサイモン(三笠書房:帯)100円
「ストレンジャー」Jエリスン(ソニーマガジン)100円
「リンク」Wベッカー(徳間書店)100円
「エンドウと平和」Jチャーチル(創元推理文庫)100円
「御手洗潔攻略本」島田荘司編(原書房)100円
「ファイアーボール」Pデイヴィス(地人書院)100円
「珍獣遊園地」Cハイアセン(角川文庫)100円
「ベッドより愛をこめて」胡桃沢耕史(勁文社:帯)150円
「殺しは惨く、美しく」胡桃沢耕史(勁文社:帯)150円
「やさしく殺して」胡桃沢耕史(勁文社:帯)150円
「ルーレットは殺しのサイン」胡桃沢耕史(勁文社文庫)100円
「ハレムは殺しの匂い」胡桃沢耕史(勁文社文庫)100円
「名探偵再登場」は帯が嬉しい、と思ったら所持本も帯付きでやんの。はあ。まあ、所持本の帯が痛んでいるので良しとしますか。ブリトゥンの交換本はこんなところでどうでしょう?>茗荷丸さん(私信)
「ファイヤーボール」は科学者の書いた小説を中原涼が翻訳したものらしい。出版社がとても小説を出しそうにないところだけに、珍しさで拾う。
あと先日、土田さんの日記で猿知恵をつけてもらったイアーン・フラミンゴ(シミショーというか、胡桃沢というか)を目に付いただけ拾う。新書版ハードカバーと文庫版が入り交じって美観は損なわれるが、こういう買い物は勢いだ。ウキャキャッ!!お猿パワー全開だぜ!!でも一体何冊でているのだろうか?と、これも帰ってから国会図書館で検索すると、勁文社からは7作(うち6作が文庫落ち)出ている事が判る。んでもって、元版の浪速書房版は?と調べてみると9冊だという事が判る。こいつは8巻だけ持っているんだよな。ところが並べてみると殆ど題名が違うのだ。単に題名の変更なのだろうか?
ちなみに、浪速書房版はこんな感じ。
ピンク07号シリーズ第1巻「ピンク07号の好色作戦」
ピンク07号シリーズ第2巻「女体のルーレット」
ピンク07号シリーズ第3巻「スパイはヌードで勝負する」
ピンク07号シリーズ第4巻「スリップ作戦開始」
ピンク07号シリーズ第5巻「ベッドより愛をこめて」
ピンク07号シリーズ第6巻「ダイヤモンドのブラジャー」
ピンク07号シリーズ第7巻「乳房に弾丸をぶちこめ」
ピンク07号シリーズ第8巻「月と処女の町」
ピンク07号シリーズ第9巻「スイートなキスの後で」

で、勁文社版はこんな感じ。
秘密諜報員07号シリーズ1「やさしく殺して」
秘密諜報員07号シリーズ2「ルーレットは殺しのサイン」
秘密諜報員07号シリーズ3「殺しは惨く、美しく」
秘密諜報員07号シリーズ4「ハレムは殺しの香り」
秘密諜報員07号シリーズ5「ベッドより愛をこめて」
秘密諜報員07号シリーズ6「ダイヤは愛より強し」
秘密諜報員07号シリーズ7「愛こそすべて」

とまあ、同じ題名なのは第5巻の「ベッドより愛をこめて」だけ。まあ、第2巻の「女体のルーレット」と「ルーレットは殺しのサイン」はおそらく同じ話なのだろう。であれば、なんとなく勁文社版の順序も浪速書房版に依拠してそうではある。
でもなあ「乳房に弾丸をぶちこめ」が「愛こそすべて」かあ?
なにやら、カーター・ブラウンがデュ・モーリアの格好して出ているようなもので、アル・ウィーラーがレベッカに女装するようなものである。おげげ。
それにしても、家に居ながらにして、これぐらいの事は調べがつく訳で、凄い世の中になったものですのう。
◆あとは帯買いで何冊か文庫を買う。
「恐ろしき四月馬鹿」横溝正史(角川文庫:帯)200円
「マックス・カラドスの事件簿」Eブラマ(創元推理文庫・初版:帯)100円
「アブナー伯父の事件簿」MDポースト(創元推理文庫・初版:帯)100円
「デューン砂の惑星4」Fハーバード(ハヤカワSF文庫・初版:帯)100円
横溝正史は5刷なのだが、それらしい帯がついている(「話題の巨匠、横溝正史の輝かしき処女作!」)これは初版の時にもついていたのでしょうか?
デューンの帯はSF文庫2桁台の帯は珍しいかなと思って拾う。
シャーロック・ホームズのライヴァルたちは、初版・帯でもうワンセット(13巻)揃えて遊んでみようかな、と思い立つ。
いやあ、これだけ買って2000円でお釣が来る。古本買いは楽しいなあ。


◆「死の味」PDジェイムズ(ポケミス)読了
87年のCWA受賞作で、日本ではポケミス1500番到達記念出版の上下巻。奥付けを見ると昭和62年12月の発行。うーむ、「クリスマスにAD」をであったか。合計540頁なので、一巻本にすれば当時の最大ページ記録も更新できた筈である。だいたい、それまでのポケミスに長編の上下巻なんぞなかったでしょう?それでも上下巻で各880年、合計1760円。今のランキンより安いかも。とにかく分厚い。読んでも読んでも終わらない。一頁の密度が濃い。この本を日本語で読める事は本当に幸せである。翻訳者に深々と感謝の意を表する次第。
閑話休題。英米でもベストセラーリストに名を連ねたという重厚長大作はこんな話。
聖マシューズ教会の聖具室で、喉をぱっくりと切り裂かれた二人の男の死体が発見される。一人は貧乏教区に似つかわしい浮浪者ハリー、だがもう一人は、先ごろ突然に大臣職を辞職したポール・ベロウン准男爵だった!現場の状況からはベロウン卿がハリーを殺害してから自殺したようにも見える。だが、事件の2週間前にベロウン卿本人から、悪意の篭った醜聞告発の手紙の件で相談を受け卿の人間味に触れていた詩人探偵ダルグリュッシュ警視は、卿の死も他殺によるものと判断して、十数年の間に数多くの死に見舞われ続けた名門ベロウン家に乗り込む。一族に君臨する卿の母、亡兄の婚約者であり今は不倫の床に走る卿の妻、そのだらしない義兄、父親に反発し家を出た卿の娘、彼女の恋人の反体制主義者、それぞれに歴史と背景を背負った使用人たち。果してベウロン卿は、自分の前妻を殺害し、使用人を孕ませた揚句に見殺しにする極悪人だったのか?身勝手な自我と欲望が渦巻く中、真実は混沌の外側から訪れる。生きる意味、愛する理由、殺す訳、死の味はただ深く、心を失った者を惹きつける。
こてこてに濃い小説。読み終えた満足感に耽れる事請け合い。本題の教会での殺人のプロットのみを取り出せば1行で済むのだが、それをこの大長編に肉付けしていく手際が凄い。アリバイトリック自体も実にあっけないもので、トリックの名に値しないといっても過言ではない。確かに人は沢山死ぬ(或いは既に死んでいる)のだが、誰が殺したのかには、余り大きな意味はない。なぜ死んだのか?が問題なのである。十指に余る登場人物が、夫々の思惑で嘘を付きまくる話なのだが、読み終わって印象に残っているのは、常に本音のダルグリッシュの部下で女警部のケイト・ミスキンと、幕間で登場するロマンス作家のミリセント・ジェントルだったりする。それほどに、事件の中心にいるのは殺伐とした連中なのである。推理小説というよりは、大衆文学に分類した方がいい作品だと思う。シムノンならば同じ感動を150頁で与える事が出来ると思うのだが、今の時代には、この長さが必要なのであろうか?因みに、HMMの最新号の翻訳者登場が青木久恵女史で、ジェイムズ作品の印象的な人物として上記のミリセントを引いているのは、我が意を得たりであった。ディケンズがお好きな人はどうぞ。


2002年5月1日(水)

◆ネタに走って、昨日買った本をアップするのを忘れていた。
「アルハザードの逆襲」新熊昇(青心社)100円
「遺響の門」中井紀夫(徳間デュアル文庫)100円
「ニューウェイヴ・ミステリ読本」(原書房:帯)100円
うーむ、NWM読本はダブっているような気がしてならない。100円だと迷ったら「買い」だもんなあ。青心社のクトゥルーものの作者は劇画村塾出身らしい。成る程、原作志望から小説家コースというのがあり得るんだねえ。
後は新刊雑誌2冊。
「ミステリマガジン 2002年6月号」(早川書房)840円
「SFマガジン 2002年6月号」(早川書房)890円
SFMの表4に「ローラーボール」の映画宣伝が載っているのだが、キャッチの「目醒めよ闘争本能」は、アギトの「目醒めよ その魂」のパクリだと思うぞ。それにしても「ハヤカワSFシリーズ Jコレクション」とはねえ。「火星の大統領カーター」の続刊かと思ったりして。体裁的には「あなたの魂に安らぎあれ」「機械神アスラ」なんかの叢書に近いっすね。
HMMは「前号が5月号で555号、今回が6月号で556号でルート66特集」という編集後記に笑う。獣の数字だあ。ミステリチャンネルでは「ウィクリフ」が6月から始まるという情報。今はなきDragon's Eggなんかに大量に並んでいて(原書を)買うだけは買ってるシリーズなのだけれど、ちょっと観てみたいかも。まあ、グラナダテレビのシリーズらしいから、そのうちNHKがやらんかな?
◆連休も半分を過ぎたのに、あれもやりたい、これもやりたい、と思っていた事が一向に片付いていない。とりあえず、日頃は読めない大長編を読みつつ、飽きたら溜まりまくった感想を挙げるという1日。「箱の中の書類」「雪だるまの殺人」「銀杏坂」の感想をアップ。


◆「遺響の門」中井紀夫(徳間デュアル文庫)読了
「短篇とシリーズ長編ではいい仕事をするのだが、単発長編が今一つ」というのが私の中井紀夫のイメージ。で、結論から言えば、この作品もまさにセオリー通り。表紙絵は、相当にそそる絵柄なのであるが、中味の方は頂けない。なまじ、後書きでSFに対する熱い想いを語っているだけに、その部分には深く深く肯きつつも、「で、この話はなんやねん?」と突っ込まざるをえない。
というのも、この話の設定があまりにも「ハイペリオン」なのである。相容れない種族と果てしない銀河戦争を続ける人類。惑星グレイストームにある原住民だけが辿り着ける<門>を目指す一行。そしてその星に敵の大軍が迫る。果して、少年は門と宇宙開闢の謎を解き明かし、失われし者達の声を聞く事が出来るのか。ね?ハイパリオンでしょ?
まあ、刺繍職人で歌姫という元気印の美少女ヴィオレッタ萌えになったり、中盤に仕掛けられた主人公を巡る叙述トリックに驚いたりと、それなりの楽しみ方はあるのかもしれないが、著作権の切れた神話や西部劇を作品世界に取り込むのと、最近の超話題作をパクるのとでは、全然意味が違う。更に言えば、何故主人公が主人公なのかという「設定」の説明されるタイミングが遅すぎる。彼の生い立ちと家庭環境を正面から書けば、全く印象の異なった話になった事であろう。極めて「アンフェア」というか、とってつけたような感を免れない。ベテランの仕事とも思えない寒々とした作品であり、この叢書全体の質を下げる「志の低い作品」としか感じ取れなかった。だいたいヴィオレッタのイメージが全然巨乳ギャルじゃないんだもんなあ。