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2002年4月20日(土)

◆午前中、三日分の日記と感想書きに追われる。正直なところ、このサイトの更新を止めてしまえば、今の倍は本を読めるような気がしている。とはいえ、このサイトがあったればこそ、力ずくで読書する習慣がついた事も事実だしなあ。ああ、悩ましい。
◆夕方からお出かけ。八重洲古書センターの均一棚で探求書をゲット。
「星売り」草上仁(早川書房:帯)300円
文庫落ちしていない草上本。結構捜しました。これでこの人の本は揃ったのかな?
◆お出かけの目的は、友人の漫画家の結婚披露パーティー(というか、ただの飲み会というか)での司会役。前半20分を除いては、ホントに只の飲み会で、こんなに楽な司会はない。なにせ、場所が新宿のパセラである。そのまま二次会もパセラでカラオケ。したたか飲んで午前様。帰宅即爆睡。


◆「ミステリオペラ」山田正紀(早川書房)読了


2002年4月19日(金)

◆年休を貰う。ネットに繋がない1日。これぞ完全なる「オフ」。昼からリサイクル系を中心に古本屋を10軒ばかし回る。さしたるものは何もない。毎日のように10冊、20冊と勝っていた頃が懐かしい。というか、よくぞそれだけ買うものがあったものである。拾ったのはこんなところ。
「銀杏坂」松尾由美(光文社:帯)100円
「暗黒教団の陰謀:輝くトラペゾヘドロン」大瀧啓裕(創元推理文庫)100円
「殺人区域」那須正幹(ポプラ社)100円
d「葡萄色の空の果てに」梶野豊三(東京新聞出版局:帯)100円
d「ボニーと風の絞殺魔」Aアップフィールド(早川ミステリ文庫)100円
「その夏の終わりに」結城吾郎(架空社)100円
「QUIZ 2010」唐津薫・山下雅民(光進社:帯)100円
梶野本は帯狙い。アップフィールドはハヤカワ3冊のうちで何故か一番遭遇する機会の少ない本。これさえ押えておけばダブリ・セットはできたようなものである。結城本は「心室細動」で賞を取る遥か以前に上梓された短篇集。94年の出版だが、ひょっとすると現役本なのかもしれない。ぱらぱら見た感じではミステリではなさそうな雰囲気。ちょっと嬉しかったのは大瀧クトゥルー・ゲーム・ブック。これは出ていた事すら知らなんだ。作者が作者なので、それなりにしっかりしている事を期待してしまうぞ。


◆「Perry Mason in the Case of the Burning Bequest」T.Chastain(Avon)Finished
ガードナーが残したペリー・メイスンを主人公とする推理小説は、長編82作に中短篇4作。晩年、いささか薄味になってきた作品に対して代作疑惑が持ち上がった際に、版元が「これだけの作品が本当に書けるというんだったら持ってこい。同じ条件で買ってやる」と豪語したとかいうエピソードは有名だが、それは作者の死後20年経って実現される。折りからのブラウン管ヒーローのリバイバル・ブームに乗ってペリー・メイスンもレイモンド・バーそのままで復活し、小説でもカウフマン警視シリーズで既に名を挙げていたトマス・チャスティンがガードナー未亡人公認でメイスンものを復活させたのだ。そのうちの第1作は「ありあまる殺人」としてポケミスに訳出されているのだが、なぜか第2作はこれは今日に至るまで未訳のまま放置されてきた。本家のペリー・メイスン作品が今尚版を重ねているのに対し、代作者チャスティンが鬼籍に入り、(アマゾンで見る限り)現役で流通している本もないという現状に照らすと、今やペリー・メイスンの最新にして最も見かけない本がこれであるという、皮肉な結果となっている。さて、その「ペリー・メイスン最後の事件」はこんな話。
メイスン事務所にアン・キンブローと名乗る若い女性からの電話が飛び込んでくる。コールドウォーター渓谷にある改築中の別宅で、彼女の婚約者ジョン・リーランドが殺人に巻き込まれたのだという。被害者はアンの継母であるアイリス・ジェンセン。メイスンが現場に駆けつけた時には、既にレイ・ダラス警部補率いるLAPDの面々も捜査を開始していた。メイスン立会いのもとに事情聴取を受けるジョンは、現場に入るべく窓ガラスを割った際に左手を負傷していた。それが、後になって彼をのっぴきならない状況に追い込む事になろうとは、まだ誰も気がついていなかった。やがてこの事件は、呪わしい歴史の繰り返しであった事が明らかになる。なんと、ジョンの父親エドワード・レイナーは、アンの実の母であったエリザベス・ジェンセンの愛人であり、不倫の縺れから彼女を殺して行方をくらましていたのだった。アンの父ベンジャミン・ジェンセンもその後添いアイリスも、ジョンのことをアンが亡き母エリザベスから受け継いだ財産目当ての男の一人と断じて結婚を許さなかったのだが、そこにまさかそのような背景まで隠されていたとは!恐ろしい「血」の試しに遇う若いカップルたち。ジョンはその迷い故に、行方をくらまし捜査陣の心証を悪化させる。更に、現場から発見された血染めの手袋がジョンを追いつめる。メイスンの努力で、ジョンが保釈を勝ち得た時、更なる事件の火種は仕込まれていた。燃え上がる遺産の中から、封印された過去が現われた時、親子二代に渡る愛憎と殺人の歴史は全く別の構図を見せるのであった。
美しい継娘、消えた恋人、車椅子に乗った夫、つかみそこねた財産、脅迫された共犯者、掏り替えられたペテン、そして、悩む被告。非常に軽快に読み飛ばせる「法廷ミステリーの原点」の本歌取り。サイドストーリーとして薬物禍に基くPL訴訟もあるのだが、もう少し有機的に本筋の事件に絡めば完璧であったように思う。人間関係は実に複雑で「親も親なら、子も子」というべき「因果」は相当に強引だが、真相に至るプロットには破綻がない。とにかく英語が平明なのが嬉しい。以前にガードナーを原書で読んだ事があるが、その上を行く平明さ。職人チャスティンが過剰なまでに平明さを装った結果であろうか。2作で終わったのが残念なシリーズである。ポケミスの復古ブームに便乗して、新訳を期待したい。


2002年4月18日(木)

◆修羅場の果て。ボロボロ。購入本0冊。

◆「消えた日曜日」多岐川恭(光文社文庫)読了
週刊誌連載の長編「倒叙推理」。昭和40年代後半には清張作品にも倒叙ものが散見されるのだが、確かに犯人の心理面を書き込みながら「どう犯罪計画が破綻するのか」という推理趣味も維持する事ができるので、捜査側のみから物語を展開するよりも、小説家としての技量を発揮しやすいのかもしれない。なるほど先日読んだ同じ作者の「静かな教授」などは派手さはないものの、しっとりと読み応えのある「小説」であった。だが、こちらの作品は、あまりにサスペンス重視。しかもアリバイを支える設定が我々凡人では信じられない内容であり、今ひとつ乗り切れなかった。こんな話。
気鋭の検事の妻、北畑知子。彼女の過去には、拭い切れない汚点があった。女婿として家に入り実業で成功した父と、愛のない結婚をした母の間に生まれた知子が迷い込んだ性の罠。そしてジゴロの死。秘密が秘密であるためには、更なる血が必要だった。だが、その過去が柔らかな牙を剥いて来たとき、知子の心は決まる。転地療養中の夫の「日曜日」を消して、脅迫者を抹殺する。ただ愛ゆえに犯罪計画は転がり始め、愛ゆえに疑惑は募る。塗潰そうとするたびに醜い傷口を晒す過去。度重なるミスと偶然に翻弄される現在。迫り来る捜査陣の足音の向うに、果して未来は消えるのか?
感情移入するには、余りにも主人公の設定が身勝手に過ぎる。大金持で、奔放な生活を送ったツケを全部父親に払ってもらい、この上な良縁を得ておきながら、身の危険を感じるや、殺人に走る人間というのは、はっきり言って人間の屑だと思うぞ。犯罪計画自体も大胆すぎて、しかも杜撰。どこから破綻してもおかしくない。その割りには最後が大アマで、これがあの緊張感ある「かわいい女」(「落ちる」収録)と同じ作者の手になるとは思いたくない。多岐川恭完全読破を目論む人が読んでおけばいい作品であろう。


2002年4月17日(水)

◆尚も修羅場は続く。購入本0冊。
◆銀河通信掲示板の湯川さんの書き込みをみてローカスに飛ぶ。ヘンリー・スレッサーが4月2日にお亡くなりになったそうな。「まだ、生きていたのか?」という失礼な思いについては1月3日の「伯爵夫人の宝石」の感想に書いた通り。私にとっては、ある意味でEQと並んで「アメリカの推理小説」を代表する作家。あのツイストの効いた洒落た話の多くが雑誌の山の中に埋れてしまうのはなんとも惜しい事ではある。まあ、あれだけのキャリアと実績を残しながら、ちっとも巨匠らしくないところがいいんだけどね。
◆「朝の鉄人」人妻若葉マークの片桐裕恵さんが、1000書評到達。数の上でいつも目標にしてきたので、他人事ながら寿いでしまう。おめでとうございます。「数えてみたら既に1000乗ってました」というのもお約束だよなあ。
◆「和の鉄人」小林文庫さんが40万アクセス乗せ。まあ、黒猫荘の延べ訪問数などもカウントすれば、既にメガ・サイトだとは思うのだが、そこはそれ。とりあえずおめでとうございます。まあ、百花繚乱のミステリネット界を芸能界に喩えれば、小林文庫オーナーは、「ミステリネット界のつんく」のようなものである。


◆「名探偵Z 不可能推理」芦辺拓(ハルキノベルズ)読了
進化の袋小路。「伸びすぎて輪を描いたマンモスの牙」というよりは「ねじくれて直方体になったアンモナイト」の如きこじんまりとした行き止まりのドタバタ連作アンチ推理小説。これまで「金田一少年」や「名探偵コナン」で育ってきた青少年が青雲の志に燃えて「よし!今度は文字の推理小説を読むぞ!!」と最初に手に取った推理小説がこの作品だったりすると、それは読者にとっても作者にとっても悲喜劇である。そう、この作品を楽しむためには、それなりの修行が必要なのである。まず、本格山脈に篭り1日1作の熟読吟味を欠かさず、真剣勝負の犯人当てを3年間続ける千日修行、続いてサスペンス、SF、ハードボイルド、怪獣映画などの他流試合を挑み看板を奪ってくること50枚、仕上げに連日、松竹座に通いつめ上方ギャグの呼吸法を会得する。免許皆伝は、「たーめりっく・いえろー(ばばいろ)のおーばーどらいぶ〜!!」「君とはもうやっとれんわ!」「ははあ、さいなら〜」である。以下ミニコメ、って、18編もあるのかよ(泣笑)
「一番風呂殺人事件」登場編。物理トリックは清張作品にもっと洗練された先例があるのだが、ホワイダニットの部分でみるべきところがある。フーダニットにはみるべきところはない。ないんだってば。
「呪いの北枕」なぜ被害者は慌てふためいたかのか?の謎に迫る一編。発想の原点は「ロボコップ」のクライマックスあたりかな。
「26人消失す」<地球座荘>に秘められたマリー・セレストの謎。ダイラガーXVを彷彿とする驚天動地の大トリック。すべてはアパートの名前が物語る。
「ご当地の殺人」チェスタトンが今の時代に生きていれば、きっと書いたにちがいない壮大なる逆転の発想。愚作を隠すには愚作を山のように書けばいいのだ、って書くわけないだろ!
「おしゃべりな指」大スターが残したダイイング・メッセージが意味するものは?全てのダイイング・メッセージものを葬り去る怪作。肥大した自尊心がもたらす、わいやがな、わいやがな、わいの悲劇やがな。
「左右田氏の悲劇」それは「狂人館の惨劇」を書いてしまった事である、じゃなくてえ、貴方は右脳?左脳?砂嚢?砂肝?意外にも科学的に正しいオチに驚け。
「怪物質オバハニウム」文句なしの大傑作。これ一作だけでも、名探偵Zは日本探偵小説史上にその名を残すであろう。「這う人」や「獣人」の系列なのであるが破壊力はゴジラである。さよーならー。
「殺意は鉄路を駆ける」究極のアリバイ推理。誰しもが思いつくが、こう上手くは料理できまい。名探偵は事件を特定する前に犯人を特定する。
「天邪鬼な墜落」天井に墜落した男という魅惑的な謎をこんな事で浪費するとは。いささか(というか無茶苦茶)強引な話であり、この被害者ならば、もっと凄い死に方が出来たと思う。
「カムバック女優失踪事件」世相へのおちょくり心が光る、とんでも科学もの。これでカムバックできたら、次はお茶の間テレショップ、そして12チャンネルでたべ歩きの旅、スターボウリングにも出られたかもしれないのに。
「鰓井教授の情熱」絞殺の考察。交錯の工作。狂気の兇器。こんなんありかい、理解困難。
「史上最凶の暗号」名探偵対邪神。おお、なんだかブライアン・ラムレイのようじゃ。黒い仏に南無阿弥陀仏じゃ。二度と過ちは繰り返しません。うそつけ。
「少女怪盗Ψ登場」名探偵は名犯人を創造する。「23」への考察は「心地よく秘密めいた場所」でのEQに対するオマージュである。「にいさーーーん!」「女やゆうとるやろ!」
「メタ×2な白昼夢」おそるべし、根源的虚無招来体・芦辺拓!!かくして、森江春策ワールドと名探偵Zワールドは繋がった!♪しーらんで、しーらんで。
「ごく個人的な動機」<大停電>のあとに<ザ・フライ>のあのピクピクが転がる。その余りの動機にのけぞるSF推理。最後のツイストも御見事である。
「人にして獣なるものの殺戮」美貌の西洋人男女のバラバラ死体に秘められた大陰謀を暴く名探偵。非常に時事メタである。
「黄金宮殿の大秘宝」次々と人を飲み込む館。おぞましい悪意と欲望を名探偵Zの智略が裁く。そして保瀬警部もやってくる。だからカタストロフもやってくる。
「とても社会的な犯罪」社会を殺したのはだあれ?私だわ、って会社がいった。幕切れは大破壊後に「ああ、死ぬかと思った」。


2002年4月16日(火)

◆修羅場続行中。一宴会済ませた上で職場に戻って仕事。ああ、厭だ厭だ厭だ。
◆本でも買わなやっとれまへん、と閉店間際のTUTAYAで新刊買い。
「名探偵Z 不可能推理」芦辺拓(ハルキノベルズ)895円
和製フーフォック・オルメスという触れ込みで、ネット各所でも絶賛の嵐の一冊。
◆よしだまさしさんが詳細な説明を試みておられる著作権法違反。実は、うちのトップページも著作権法違反だらけ。通常、書籍の販売やら書評で書影を掲載するのは慣例的に表紙・カバー製作者の著作権の侵害にはならないとされているが、それでもうるさがたのイラストレーターは「駄目」と云う事がある。うちのトップページは、その意味で書評にすら連動していないので、辛いものがある。まあ、「これが伝説の本の書影ですよ」というギャラリー的な使い方なので御目こぼしを、といったところなのだが、本当はきちんと仁義きっておかないといけませんわな。すみません。でも、どこに連絡すればいいのか、となると結構大変なんだよなあ。


◆「吼える密林」南洋一郎(少年倶楽部文庫)読了
これは大日本帝国の明日を担う小国民の皆さんを、遥か異郷の密林や草原に誘い、熱狂せしめた猛獣狩り小説です。主人公は亜米利加の探検家ジョゼフ・ウィルトンとその友人フランク。彼等が阿弗利加からボルネオ、マレー半島と渡り歩き、次々と獅子、大蛇、大鰐、大猩々、虎といった猛獣たちと闘い、勝利する姿に拍手喝采です。皆さんも、大きくなったら、南洋の土人達を立派に導いて、彼等の生活を恐ろしい猛獣の牙から護るために闘わなければなりません。猛獣たちは、一旦人間の肉の味を覚えると、恐ろしい人食いとなって、土人たちに襲い掛かってきます。人間の肉は美味しいですから、注意しなければなりません。猛獣たちにも自分の子供を護ろうとする愛がありますが、それを逆手にとって、親をおびき出して殺してしまいましょう。獣は愚かなので、まんまと罠に嵌まってしまいます。猛獣狩りの途中で、宝の山に遭遇する事もあります。主人公はなんと「象の墓場」を発見してしまいます。この沼の底には、何百頭、何千頭分の象牙が埋まっているに違いありません。それはマレー半島のどこかにあるのですが、その場所は秘密です。ところで、この主人公は、最後に自分の仕掛けた罠に足を食われて片足を失ってしまいます。亜米利加人だから余り同情する事はありません。彼等は文明人ですが、自分の罠に掛かってしまう愚かな一面もあるのです。皆さんも、早く大きくなってマレー半島の土人たちを征服して、「象の墓場」を捜してください。
といったお話である。さすがに希少動物保護全盛の今の時代に読むには些か辛いものがある。勿論書かれた時代を考慮しなければいけないが、イエスか、ノーかと言われれば「ノー」ですな。


2002年4月15日(月)

◆仕事が修羅場である。帰りの電車で立ちながら眠りそうになる。購入本0冊。

◆「崩れた直線」陳舜臣(広済堂文庫)読了
昭和40年代に中間小説誌に発表された作品の拾遺集。86年の出版で今となっては珍しい本かもしれない。陳舜臣は、徳間文庫が一時期精力的に復刊を続けていたが、現在は講談社文庫、文春文庫ともども、歴史もの以外は枕を並べて討死に状態。仁木悦子とか結城昌治などと並んで、せめて代表作の10作程度は常備されていていいと思うのだが。さて、この作品集は作者自身が後書きで書いているようになにやら「勢い」で書かれたような、良く言えば多彩な、悪く言えば統一感のない作品が並ぶが、個人的には楽しく読めた。その「後書き」が、当時の中間小説誌創刊ラッシュ時の小説家たちの実感を垣間見せていて貴重なものに仕上がっているのがさすがは陳舜臣である。以下、ミニコメ。
「コロニスト」戦中・終戦直後の混沌期を駆け抜けた放蕩実業家の軌跡を女の側から語った回顧談。ミステリ趣味はないが、当時の風俗や空気が描けていて読ませる。さながら作者の独壇場の世界である。
「縞の絵筆」やくざのリンチ殺人を目撃してしまった世捨て人の贋作画家が死を目前にして仕掛けた最後の<仕事>とは?アンフェアの極みのお話を面白く読ませてしまう作者のしたたかさよ。
「奇行の墜落」老境に入った大物画家とかつての弟子が繰り広げる死の真贋ゲーム。画家の墜落死に秘められた謎とは?これは傑作。事件の背後にある仕掛けが読者を戦慄させる事請け合いの一編。
「ミセス・ルーの幽霊」偉大なる艶福女史の過去語り。「落第した」色男への仕打ちが、もう一つの死の構図と交錯するとき、女の悪意は静かに暴かれる。プロットがギクシャクしており、もう一転がし欲しいところ。アイデアは悪くないが偶然の審判に納得性が乏しい。
「闇に連れ込め」俺の伯父を殺した奴は、俺の手で裁く。なぜかハードボイルドタッチの一編だが、どこか「刑事コロンボ」を思わせる展開。これは、ひょっとするとコロンボを意識して描かれたものなのであろうか?作者にこんな一面があったのか、と驚く稚気溢れる一編。
「火に追われて」戦前の連れ込み奇譚。だが、そこには二重底の詭計が隠されていた。光り輝く「嘘」の記憶。語り手自身を愕然とさせる真相が鮮やか。これも作者の独壇場といった風情の作品。こういう作品を書かせると本当に上手い。
「細密秘画」枯淡の老植物学者の艶めいた趣味が起した波紋。皮肉な展開に哀れと可笑しさが込み上げる大人の夜話。これぞ中間小説。
「崩れた直線」なんと名探偵・陶展文登場の表題作。職業的な小口脅迫者を殺したのは誰か?そして被害者が残した「シズカイケ」の謎とは?長編の陶展文とはまた一風変わった「私立探偵」の如き捜査法が異色。静かな名探偵というイメージだったが、これはまるで伝法探偵である。


2002年4月14日(日)

◆朝から軽い二日酔の頭で、せっせと本を読み進む。奥さんがハリーポッターの第3巻に嵌まっていたので、朝食と昼食を本当に久しぶりに担当する。ううむ、本を読むよりも、遥かに非日常感覚で気晴らしになるではないか。
◆夕方、本を叩き込みに別宅へ。ついでに一軒だけチェック。何もない。
「スパイダー・ワールド」C・ウィルソン(講談社ノベルズ)650円
「未完成」古処誠二(講談社ノベルズ:帯)300円
ああ、安物買いしてしまった。コドロコさんごめんなさいごめんなさい。


◆「黒祠の島」小野不由美(祥伝社NV)読了


2002年4月13日(土)

◆朝から3日分の感想書き。奥さんがピアノのお稽古なので、久しぶりに遠征でも、と思いきやどうにもくしゃみと鼻水が止まらない。仕方がないので鼻炎カプセルを飲むと猛烈な睡魔に襲われ夕方までうたた寝したりぼんやりしたり。夕方からは奥さんの実家で御食事。貴腐ワインを含めワイン3本を空けて、へべれけになる。まずは、完全休養の1日。購入本0冊。

◆「Spy in Chancery」Paul Doherty(Headline)Finished
別宅に寄れなかったので、何故か本宅の方に転がっていたこの作品を読んでみる。基本的に、ドハティーの魅力と言えば歴史推理に不可能趣味やら怪奇趣味を持ち込んだ処なのであろうが、これはまだその勝利の方程式を確立していない頃の作品なのかな?先日読了した「The Angel of Death」の前作に当たるお話で、この作品に限って言えばオカルティックな意匠は些かも施されておらず、血湧き肉躍る大ロマンに仕上がっている。「密偵は御前に潜む」とでも訳しますか、とにかくバタバタと人が死ぬ話である。では「推理の妙味がないか」というと、さにあらず。「誰が反逆者なのか?」という謎を最後まで引っ張って読者を飽きさせない。正直「怪奇ものじゃないのお?参ったなあ」という梗概を読んだ際の思いを吹き飛ばすほどに面白かった。こんな話。
1294年フランス王フィリップ4世は、大陸の英領の没収を宣言。翌年、まずはガスコーニュを奪還し、今またアキテーヌ公領の支配権をイングランド王エドワード1世から取り戻そうと策を巡らしていた。そして大陸に潜む英王の密偵の掃討から始まった。ガスコンの港からボルドーのワインを積んでイングランドに向う商船セント・クリストファー号がフランスの襲撃を受け密偵イーウェルもろとも撃沈、更にパリの下町に潜んでいた密偵ニコラス・ポーも何者かの手で簀巻きにされてセーヌに浮かぶ。次々と密偵たちを葬られエドワードは激怒、「何者かが情報をフランスに漏らしているに違いない」そう断じたイングランド王は、自らの弟君ランカスター侯をヘッドとする使節をパリへ派遣するにあたり、最も信頼厚い男ヒュー・コーベットに「反逆者探索」を命じたのであった。だが、敵はその動きすら察知していたのだ!闇からの襲撃、物乞いをする暗殺者、やがてパリの酒場でヒューは、書記ウォータートンが、仏政府の大物デ・クレオンと謎の美女と密会を重ねているのを目撃する。果して彼は裏切り者なのか?疑惑を残しながら帰英したヒューは、次に王の密偵が無惨な死を遂げたモーガン領ウェールズへの探索を命じられる。そこに待つ、死の罠と恋の序章。その智略と体技の総てを掛けてヒューは王宮に潜む謀反の源に迫る。
まさに生きのいいエスピオナージュを読んだ時の快感。次々と英王の密偵たちが屠られていく導入部から、一気に旅ものになり、そこで交わされる命のやり取りは、さながら中世ロールプレイングゲーム。陰謀あり、恋あり、そして意外な反逆者の正体とそのトリック。このスケールの大きさは、カドフェルでは飽き足らない読者も満足させるに違いない。ヒューと「運命の女性」メーヴェの出逢いも嬉しい推理活劇譚。お勧めである。


2002年4月12日(金)

◆激残業。「せ、せめて本でも買わねばやっとれん」とヨレヨレになりながら酔客で賑わうツタヤに入って新刊買い。
「少年探偵王」芦辺拓編(光文社文庫:帯)899円(税込み)
うわあ、乱歩・彬光・鮎哲とは、これは凄いランナップだ。まさに夢のジュヴィナイル。正直なところ余り少年ものに思い入れはない、ちゅうか、古書価格無法地帯なので、嵌まらないように嵌まらないように、自分に言い聞かせてきたとでも言うべきか。この企画は是非続きを出して欲しいものである。十年後には「あの頃の光文社文庫は本当に凄かった」と振り返ることになるんだろうなあ。んで、これを出すんであれば、余勢を駆って「悪魔博士」も再版すればいいのにね。


◆「少年たちの密室」古処誠二(講談社ノベルズ)読了
先日、高校時代推理小説同好会で一緒だった友人の家に夫婦でお邪魔した際に彼曰く「最近の新人ではこの人やね」と高く買っていたのがコドコロさん。確かに既読の「UNKNOWN」は小味ながらもきちんとキャラが立っており、推理の道筋も確かで、しかも社会性が盛り込まれているという端正な仕上がりの一編だった。更に最新刊「ルール」では、戦場ものという新たな分野に挑戦し、巷の評判も概ねよい模様である。で、手に取った第二作は、変形学園ミステリー。「目指せシリーズ化」「『萌え』礼賛」の出版界の「ジョーシキ」に決然と背を向け、惜しげもなく魅力的なキャラクターやら設定を繰り出してくる作者は「語り部」が天職なのであろう。
地が吼え、天が落ちて来た。瓦礫の空間に封じ込まれた七つの命。同級生の葬儀に向う途上にあった生徒6名と担任教師は豪奢にして巨大な墓標の下で、救助を待つ。反目し会う生徒たち。親の威を借る札付きの不良、その子分、熱血漢たる主人公、優柔不断な巨漢、美少女二人、そして型に嵌まった教師。闇の中で虚勢が弾けた時、裁きの石は卑しき頭蓋を砕く。極限状況のもと、死を賭けたロジックが躍り、僅かに残った灯火に真実は照らし出される。だが、それは、終りの始まりだった。少年たちの密室はまだ完成してはいない。
所謂、前期クイーンのがちがちのロジックと後期クイーンの「あれ」が一作で楽しめる雄編である。正攻法の伏線と、裏筋の錯誤を巧みに張り巡らせ心理的不可能を可能ならしめるアクロバティックな本格推理小説。それでいて、実に「痛い」青春小説でもある。これだけ、推理小説、推理小説していながらミス研的なマニア臭が一切感じられないのが、これまた清々しい。最早この人で心配なのは「このまま推理小説から離れてしまうのではなかろうか」という点だけである。そうはなって欲しくないので、大絶賛しておきます。


2002年4月11日(木)

◆残業・雨の二重苦で新刊書店にも古本屋にも寄れず。郵便物が気になって別宅にタッチ&ゴー。一瞬だけ自分の本棚を見て和む。宝石総目録を立ち読み。橘外男は、一編も「宝石」には掲載されていなかった事を知る。ふーん、再録一つないのですな。名のある推理作家であれば少なくとも一編ぐらいは載せていたのであろうと思っていただけに結構意外。後期に橘外男を起用したらしい「探偵実話」は前の方しかもってないしなあ。やれやれだぜ。
◆「本の雑誌」用のネタ本を探し始めるのだが、これが見付からない。ものはペーパーバックなので、我家で置きそうな場所は三ヶ所しかない。というか、大本命一ヶ所、対抗一ヶ所、穴一ヶ所ぐらいのガチガチの「銀行レース」って奴ですな。ところが、一旦見損なうと、これが目に入ってこないもので、結局「大本命」コーナーの平積みの下の方に突っ込んであったのを発見して引き出すのに、10分以上ロスしてしまう。

これでは「みずほ銀行レース」である。

って時事ネタかい。
◆阪神の試合がないと実に心安らかに過ごせる。「ああ、このまま秋まで雨が降り続かないものか。そうすれば、勝率9割で夏を越せる。あ、でも、東京ドームは雨でも試合あるよなあ。そうなると、今期これまでのところ東京ドームの勝率は10割だから、更に勝率があがっちゃうなあ、いやあ、困っちゃうなあ(にこにこ)」などと、特殊タイガースファン的アホダラをぼんやり考えていたところ、奥さんと議論になる。テーマは「果して、山崎ぶたぶたさんはどこのチームのファンか?」
私がぶたぶたさんを片手に六甲おろしを歌っていると、「うーん、なんだかぶたぶたさんって、阪神ファンって感じじゃないのよねえ」と突っ込まれる。
「なんとなく、巨人ファンっぽくない?」
「確かにコンサバな感じはするけど、作者は名古屋の人だからなあ」
「じゃあ中日ファン?」
「うーん、しかし、ぶたぶたさんが『燃えよドラゴンズ』を歌うようには思えない」
「じゃあ、日本ハム」
「共食いかよ!」
ああ、一体ぶたぶたさんはどこのファンなんでしょう?


◆「ホラー作家の棲む家」三津田信三(講談社ノベルズ)読了
白状しよう。私は「編集者ごっこ」が大好きである。漫画でも、文字でも、わいわいやりながら皆で一冊の本を作り上げていくのが楽しくてしょうがない。「これぞ」と思う人に原稿を頼んで引き受けてもらえた時の興奮、誰よりも先にその人の生原稿を拝める快感、本が刷り上がってきたときの達成感、更に言えばその本が完売して万歳して一杯やるといった余録もつけばハッピーだが、概ね、本が出来てしまえば、それで満足なところがある。そんなわけで、長らく同人誌活動をやってきた。パソコンを買って日記をつけ始めてから半年以上もサイトをオープンしなかった理由の一つに、丁度その時期に「ROM」のオカルトミステリ特集の編集をやっていたという事がある。同人誌の編集もやりながら日々サイトを運営していく自信がなかったのである。だからというわけではないがプロの編集者に対しては、非常に尊敬の念を抱いている。特に「良い企画」を温め、形にしていく人には心からの拍手を贈るものである。前置きが長くなった。この作品はあのユニークなフォト・エッセイ「ワールド・ミステリー・ツアー13」の編集人による初めての長編ホラーである。こんな話。
都下、武蔵名護池。国分寺涯線の名水の街で、編集稼業の私は偶然遭遇した洋館に心を奪われる。英国のハーフティンバー様式の館は、閉ざされた立地の中でただ私を待って佇んでいた。不動産屋にねじ込むようにしてその館を借りる事に成功した私は、ホラー旅紀行の編集に追われながら、怪奇小説同人誌からの連載依頼に応えるべく、館の一室で物語りを紡ぎ始める。「忌む家」。そう、この場で綴る怪異は家の魔こそが相応しい。だが、やがてその物語は徐々に私の日常を侵し始める。騙られた応募、目撃される幽霊、惨劇のリフレイン、神秘数の周期律、巨大な視線、美しい愛読者、開かれた扉の向うで弟たちは犯される、それは過去の再現、それとも未来の予兆?だからそこで「にちゃり」と笑わないでくれ。ああ、記憶が落丁してしまう。
「怪奇小説という題名の怪奇小説」系の怪奇小説。ホラー編集者の日常に、徐々に怪異が挿入され虚実が逆転していく過程を、業界裏話やら、趣味のホラー蘊蓄たっぷりに描いた作品。突然、13のホラー名作を選ぶための候補作リストが3頁に渡って出てきたり、途中で寝てもいいように選んだビデオ作品が「魔鬼雨」だったりと、同好の士の経絡秘孔を突くくすぐりにはストーリーそっちのけで嵌まる。更にミステリ者としては、作中作「忌む家」で語られる、少年の頃の「大人の推理小説」に対する渇望にも似た憧憬がなんとも切なく懐かしい。というわけで、この話、途中までは抜群に面白い。ところが、中盤を過ぎて「虚」の方が勝ってくると、何故か前半緊張感のあった文体までが、擬音語満載の脚本もどきの緩い散文になってしまうのである。知りすぎた人がパターンに陥らぬように地雷を避けていったら結果、他に例はないものにはなったが、そもそも「小説」にならなかった、という印象を受ける。理を取るか、怪を取るかの匙加減に最後まで作者の迷いが見える。短篇ならば、なんとかなったのかもしれないが、長編でこれは辛い。やっぱり正統派ホラーは短篇がいいのかなあ。編集裏話が好きな人はどうぞ。