戻る


2002年2月28日(木)

◆たちまち2月も終わりである。出張先から直行で帰宅する途中、一駅途中下車してチェック。
「ジャンピング・ジェニィ」Aバークリー(国書刊行会:帯)1300円
d「殺人!ザ・東京ドーム」岡嶋二人(光文社カッパNV:帯)20円
ああ、やってしまったああ!!新刊書店でそろそろ買わなきゃなあ、と思っていたバークリー。帯さえなければ、スルーしたのだが、減給の身の上にはこの千円の違いが大きくのしかかってくるのである。トニー、すまねえ!岡嶋本は、帯がついていたので。だって20円なんだもん。
◆今月の購入本はたったの50冊。しかも、150冊は売っているので差し引き100冊のマイナスである。エライ!エライぞ、kashiba。
◆本の雑誌の原稿をしこしこと仕上げる。私は、文章を短くまとめるのが、苦手なのだという事がよーくわかった。


◆「警察医」島田一男(春陽文庫)読了
やよいさんから「先週のTXドラマの原作だった」と聞かされ手にとってみたのだが、これが意外に面白い。それぞれにおそらく原稿用紙で40枚程度の短篇なのだが、全体に流れる男尊女卑ムードに目をつぶれば、なんともほのぼのとした雰囲気の中に、きちんとした推理小説の文法をわきまえた物語が展開されていて、やはり息長く出版されている作家の本というものは違うのだ、という事を思い知らされた。何度も言って申し訳ないが、鷲尾三郎に大枚叩くのは、島田一男を読み込んでからでも遅くない。この独身警察医の花井先生と「卜伝女史」こと少年係の塚原婦警のコンビの織り成す人情味溢れる推理ドラマはなんとものんびりと心地よい。以下、ミニコメ。
「記憶喪失症」列車で乗り合わせた紳士の奇矯な言動、次々に矛盾する証言、果して紳士は健忘症に犯されたのか?先生の慧眼は、その真相を見抜き、運命を修理する。読後即「カックー線事件」を連想した。柔らかなユーモアサスペンス。
「春のひろいもの」町民写真展の損壊事件が、旧家の跡継ぎ事件と縺れる時、春のひろいものが真相を告げる。一見別々の事件を有機的に纏め上げた「日常の謎」もの。当時としては、新鮮な話題であったろうとある科学ネタが使われているのが御愛敬。
「その名は天使」昏倒した彫刻家のアトリエで睡眠薬「自殺」したフウテンの謎。異形の構図をもたらした者の名は天使。謎の提示が上手い。読み終われば「ああ、あのネタね」なのだが、もうひとつの睡眠薬自殺とのコントラストで見せる。
「母の手」なぜ学者令嬢は三等郵便局に就職したのか?そして、女癖の悪い局長に毒を盛ったのは誰なのか?古い恋の記憶は褪せ、真実の愛が甦る。小味な毒殺トリックも嬉しい、意・情・知のバランスがとれた逸品。これぞプロの推理小説。
「眠り犬」無害な雑種犬が「毒」を飲まされる。一体誰が?何のために?外交官の家に令嬢たちの思惑が交錯する時、花井先生の罠は暗闇に開く。これも「日常の謎」系の作品。命に向けられた作者の優しさが嬉しい。なにやら北村薫の原点をみせられたような。
「少女高利貸し」題名でドキリとさせる。なぜ、少女は高利貸しの道に走ったのか?そしてその彼女を襲った者の正体とは?誰も人生の敗者にしない、これもまた警察医の知恵。新劇の如き人情もの。時代劇の方がピンと来た話かもしれない。
「戦死者の妻」青梅中毒の少年の母は戦死者の妻であった。先生が調合したブラセボは空回りし、妻達の闘いは夜の帳だけが知っている。華やかな美談の陰で燻る情話。読み物としては面白いが、やや理が勝ちすぎている感がある。
「ゆがんだ母」新派俳優の息子が失踪し、自宅には彼の汗の染みたハンカチが置かれる。事故?誘拐?それともドッペルゲンガー?心の悲鳴を聞く事が出来る警察医の名推理。肩透かしもまた楽し、だが、今の庶民感覚でいると、このオチには唸る。
「たこつぼ」先生が死亡証明を書いた男は8年前に死んでいた。先生は逝く者と遺された者の悲恋の裏にもうひとつの仕掛を見る。このまま長編のプロットに使えるトリッキーな話。企みの綻びも巧み。推理小説としては、この書のベスト。


2002年2月27日(水)

◆大鴎さんから先日、GOOGLEでワールドワイドに「Norman Berrow」を検索すると、最初にヒットするのがこの「猟奇の鉄人」なんですよ〜、と教えてもらう。へえー、そうなんだあ、と我ながら半分呆れていたら、昨晩突然、オーストラリアの女性から「ノーマン・ベロウの本って手に入ります?私は2冊は持っているんですけど」というメールを頂戴する、というか、英語だったので、まあ、そんな事が書いてあるんだろうなあ、と解釈して「ないんですよう、これが。とほほ。とりあえず、作品リストはこれこれで、勿論全部品切れっす。んでもって、ベロウの事なら私よりも森英俊さんという凄い人がいらっしゃるので詳しくは、そちらへ」と慣れない英語で返事をだす。2時間後に速攻で返事が返ってきたと思ったら、これが、凄い。なんでもこの女性、20年来ベロウの作品を追っかけていらっしゃるらしく、まあ、それだけでも充分に凄いのだが、さらに驚いた事には、国書の第4期で翻訳が決まっているベロウの「悪魔の足跡」(1950)とアーサー・アップフィールドの「The Devil's Step」(1946)の相似について触れ、英国生まれではあるものの豪州生活の長かったベロウと地元の売れっ子であったアップフィールドが足跡トリックのアイデアについて意見交換されていたのでは?という仮説を立てておられるとか。おおお、なんだか、クイーンとカーやら、カーとロースンの逸話のようじゃ。確か「The Devil's Step」もペーパーバックで持っていた筈なので、こりゃあ、一丁、読み比べれみませうか>って一体、何年かかるねん?
◆一駅途中下車。
「フィリップ・マーロウの事件簿 I・II」Bプライス編(早川書房)計400円
「ポエム君のびっくり宝島」横田順彌(金の星社)200円
「まきこのまわりみち」横田順彌(講談社)200円
「マーロウの事件簿」は、いつか安くでみたら買おうと思っていた本。まあ、1冊400円ならいっか〜。ヨコジュンの2冊のうち、下の方は存在すら知らなかった絵本。だから何なのだといわれても困るのだが、そこはそれ。いやあ、仕事を選ばない人だねえ、ヨコジュンって。
◆今日はテレビの日なので「漂流教室」と「プリティーガール」をリアルタイムで視聴。後者は次週最終回につき、大団円に向け拡散していた人間関係をまとめにかかっているが、前者は、相変わらず先の見えない展開。後3回でどのような結末をもってくるのだろうか?興味津々である。


◆「ローワンと伝説の水晶」Eロッダ(あすなろ書房)読了
何もオーストラリアづいているわけではないが、なぜか本日の読み物もオーストラリア製。リンの村のひ弱なヒーロー、ローワン・シリーズ第3作。「日頃は引込み思案で腕っ節も強くない家畜係の少年が、ひとたび世界の危機に直面するや、知恵となけなしの勇気を振り絞ってこれに立ち向かい、人々を救う」という本読み少年にとっての夢の世界を描いたアドベンチャー・ジュビナイルもこれで3作目。第1作と第2作では、リンの村を救ったローワンだが、今回は些か趣向を変えて、海辺の村を悪逆非道の侵略者から護るために母とともに旅立つ事となる。こんな話。
その使者は、命を振り絞りリンの村に駆け込んできた。水辺の民マリスを守護してきた水晶の司が寿命を迎えようとしている。侵略者ゼバックを退けておくためには、新たな水晶の司をマリスの3部族の代表から指名しなければならない。そして、いにしえの知恵と契約に基づく指名人はなんとローワンの母ジラーだったのだ!お互いに反発し貶め遇う銀色のアンプレー族、青のパンデリス族、そして緑のフィスク族。指名を勝ち取るためには手段を選ばぬといわれるマリスの民。そして、悲劇は指名の瞬間に起きた。何者かが、ジラーに古来の猛毒を盛ったのだ!眠りの淵から死の暗黒に落ちていく彼女を助けるためには伝説の解毒剤を手に入れるしかない!かくして、今や「新たなる指名人」となったローワンは、水晶の司を出し抜き、3名の候補とともに、禁断の島で秘薬の謎に迫る。銀色の深み、飢えた池、頭を持ち上げる月、新たなる闘士の羽、最も恐ろしいものの毒液、そして、少年は水晶の試しに総てを賭ける。
従来から暗号解読の楽しさを盛り込んだシリーズではあったが、今回は更にパワーアップして、なんと毒殺犯人捜しまで楽しめる。異形の生き物たちに二転三転するプロット。さらには意外な犯人と陰謀。さすがに何故にローワンにばかり試練が訪れるのかが疑問になってくるものの、謎を解いていく手際はなんとも小気味よい。「ハリー・ポッターと賢者の石」はフーダニットとして見た場合、極めてアンフェアであるが(面白いけど)、この作品では、作者はオーストラリアのクリスティーの名に恥じないフェアプレイを展開している。さあ、ともさん、どうぞ安心して読み聞かせにお使いください。


2002年2月26日(火)

◆仕事がバタバタで、本屋にも古本屋にも寄らずじまい。購入本0冊。
◆実家の近所で大火事が起きたらしい。朝から家人が連絡を取ろうとするが電話が一向に繋がる気配がない。ようやく繋がったのは夜の21時。なんでも昔の友人やら、親戚やらからひっきりなしに「大丈夫?」という電話が入っていたらしい。3000平方メーターの商店街が丸ごと焼け落ちたという話で、私が生まれて始めてポプラ社のルパンを買ってもらったり、自分の小遣いで「Xの悲劇」やら「獄門島」を買い求め足繁く通った書店(の跡)も燃えてしまったとか。20年前、近所に西武とそれに連なるショッピングモールが出来たために、一挙にゴーストタウン化してはいたのだが、あの大震災も乗り越えた建物が灰になってしまったというのは、なにやら喪失感である。それにしても、現場から歩いて2分の距離にある実家に住む我が両親は、火事見舞いの電話が入るまで見事に火事があった事に気がつかなかったらしい。今日になって御近所の友人から
「一時は火の粉も飛んで来てたいへんやったんよ!」といわれた我が母上が
「何で教えてくれへんかったん?」と尋ねたところ
「あんたは、一番前で見てると思てた」ですと。
フクさん、野次馬してみた?>私信


◆「瑠奈子のキッチン」松尾由美(講談社)読了
家電製品が好きである。昔、「ズバリ当てましょう」という番組があった。物の値段を当てるとカーテンの向こうにズラリとならんだ百万円相当の家電製品が貰えるという一種のクイズ番組である。これこそが私の家電への憧れの原体験であった。かつて、家電は家族であった。夢であった。明日は今日よりもきっと良くなるという希望の象徴であった。だが、今や、家電からはその光のヴェールは引き剥がされてしまった。YKK(ヤマダ・コジマ・K’sの頭文字)を始めとする量販店やらヨドバシ・さくらや・ビックといったカメラ店の安売りの目玉にしかならない。ああ、家電悲しや、悲しや家電。ところが、そんな家電に温かい目を向けたサスペンスが現われた。それがこの作品「瑠奈子のキッチン」なのである。こんな話。
白物家電製品が大好きな専業主婦瑠奈子は、嫉妬心のないのが特徴という平凡な女性。そんな彼女が大手家電メーカー村岡電器の人間の訪問を受ける。男は瑠奈子に「最後の家電製品」ディスポーザーを口コミで広げる秘密プロジェクトへの参加を依頼。週に一度のミーティングへの参加で8千円という報酬はともかく、憧れの食器洗い機をボーナスに提示され、ふらふらと瑠奈子は承諾してしまう。だが、それは、日本人の精神文化そのものを改造せんとする大陰謀への片道切符だったのだ。道にのみ込まれる美形男性、飄々たる恍惚、伏流水のせせらぎ、対立する双生児、待ち受けるうさぎの衣装、演出された悦楽、記憶の中の不思議機械、いま、扉の向こうは「アンダーグラウンド」。さあ、壜を開けて、わたしを飲んで。
ディスポーザーに関する知識が生半可でなない。家電に対する愛が尋常ではない。それだけで、この作者に肩入れしたくなる。たかだか、ディスポーザー一つでここまでお馬鹿な陰謀を考え出すとは、さすが不思議小説家・松尾由美である。話の構造が見える頃には、終章に来ているという変なサスペンスなのであるが、平凡な主婦を主人公にした「不思議の国のアリス」だと割り切れば、それなりの楽しみようもある。その意味ではもっとノンセンスに徹してもよかったのかもしれない。家電製品が大好きな人はどうぞ。


2002年2月25日(月)

◆というわけで、本日は待望のHMMの発売日。いや別に今月の特集「セックス&バイオレンス」が待望なわけではない。私が人一倍性欲が強かったり、暴力を振るったりするわけでは決してない。ただ次号予告が待ち遠しいだけなのである。次号!エラリー・クイーン特集の目玉とは!果して何なのかあああ!!というわけで、昼休みに書店にすっ飛んでっていつもの2冊を購入。
「ハヤカワミステリマガジン2002年4月号」(早川書房)840円
「ハヤカワSFマガジン2002年4月号」(早川書房)890円
さあ!期待のEQは!!というと、幻のラジオ・ドラマ「傷ついた大尉」となんとなんとの長編戯曲「ハートの4」!はあ、まだまだあるもんだねえ。というわけで、来月も特別価格なのかな?
◆一駅途中下車して定点観測。リサイクル系が一軒出来ており、ちょっとだけときめくが、ありそうで何もない展開。こういうのは疲れるよなあ。一冊だけ、200円均一本を拾う。
「探偵と恋人の愛の会話」西尾忠久(太陽企画出版)200円
実はスペンサーはポケミスの「ゴッドウルフの行方」しか持っていない。読んだのも他人から借りた「初秋」ぐらいだ。それでも、つい自分が見た事もない関連書が見た事もない出版社から出ていると欲しくなってしまうのだ。これはもう病気なのである。わっはっは。まあ、200円だし(ちなみに定価は2000円ね)。


◆「シャーロック・ホームズの恋」S.J.ナスランド(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫)読了
女性向ホームズ・パスティーシュ。イメージ的には池田理代子か青池保子の絵柄が似合いそうな話である。これまでに、ドラキュラやら、火星人やら、フーディニやら、ジャック・ザ・リッパーなど19世紀末から20世紀初頭の著名人(?)と共演してきたホームズは、この物語では時のバイエルン国王ルートヴィッヒ二世、所謂「狂王ルートヴィッヒ」とまみえる事となる。そして題名が示す通りホームズはとある女性に心を奪われる。どこを切っても少女漫画の香気漂う作品はこんな話。
時に西暦1922年。既に不出世の名探偵ホームズは亡く、その忠実なる友人ワトソンはホームズの死後2年を経て人生の締め括りとして名探偵の伝記執筆を思い立つ。既に二番目の妻も失っていたワトソンは、懐かしのベーカー街221Bに戻り、伝記執筆広告への反響を待っていた。だが、反応は思わぬ形でやってきた。窓に浮かぶホームズそっくりのシルエットを見て下宿に駆け込んだワトソンは何者かが、備忘録の一部を奪い去っていった事に気が付く。だが、それが逆にワトソンにとある「語られざる事件」を、即ち「ホームズの失敗」を思い出させる。1886年、美しきヴァイオリニストとホームズとのつかの間の師弟関係は、バイエルンの城へと二人の天才を誘う。陰謀渦巻く狂王の館で、秘められた愛は禁断の扉を開け、白鳥の羽ばたきが悲恋の幕を閉じる。「あの女」以前、ホームズは一体誰と出会ってしまったのか?
色々な意味で破格なパスティーシュである。まず、ホームズに恋をさせるというのがシャーロキアン的には禁じ手。それを作者は、意表を突いた奇手でもって見事な悲恋ものに仕上げた。更に老境のワトソンの描写が辛い。恍惚の一歩手前で、命と記憶の焔を掻き立てようとする姿は痛々しいとしか言い様がない。だが、そこにも、意外な人物を登場させ、癒しを施す。挿入される「狂王の冒険」という物語をわざと出来の悪いものに仕上げ「未発表」の辻褄を合わせるなんざ、なかなか出来ることではない。極めて後味の悪い話ではあり、好きになれない作品ではあるが、そのしたたかさには敬意を表する。


2002年2月24日(日)

◆本の雑誌用原稿のネタを仕入れに別宅へ。一ヶ月過ぎるのが早い事、早い事。
◆ついでに、「Mr.Diabolo」の作者 Anthony Lejeuneについて別宅の資料で調べてみる。まず、同人誌版の森事典で捜してみるが見付からず。続いてSt.James' Guide to Crime & Mystery Writers で引いてみると、1頁にわたり、作家の本人の言も含め、結構詳しい紹介が書かれていた。1928年、ロンドン生まれ。雑誌編集やミステリ書評の傍ら59年に「Crowded & Dangerous」で作家デビュー。「Mr.Diabolo」は第2作で、これを含めて9作のミステリ長編を上梓しており、6作目と7作目の間に20年間のブランクがある。本領は事件記者ものらしく、不可能趣味の人ではない模様。「Mr.Diabolo」に登場した名探偵ブレイズは、以降の作品では脇に回っているらしい。念のため「Locked Room Mueders」で調べると、第9作の「The Key without a Door」が密室ものらしいが、その他の作品には言及なし。ううむ、これは追っかけるべき作家が見付かったかと思いきや、ぬか喜びであったか。道理で森さんが「事典」に載せてないわけだよな。「Mr.Diabolo」はさしずめ島田一男でいえば「古墳殺人事件」のような位置づけなんでしょうね。ぶう。
Crippen&Landruのサイトを覗いてみると、幻の逸品 "The Newtonian Egg and Other Cases of Rolf Le Roux" by Peter Godfreyの宣伝が載っていた。きゃあきゃあ、凄いわ、凄いわ、嬉しいなったら、嬉しいな。なんと、自宅に居ながら新刊で「血風」気分が味わえるのです。というわけで、森さんよろしくです。


◆「小説『日本』人民共和国」井沢元彦(光文社)読了
95年に9ヶ月にわたって小説宝石に連載された「架空戦記」もの。戦記といってもこの手の小説が好んで取り上げる第二次世界大戦やら三国志ではななく、日本赤色革命史である。仮に、日本が1960年に日米安全保障条約を結ばなければ、どうなったのか?という、IFの地獄を描いた小説。小説とは銘打っているが、「穢れと茶碗」あたりから作者が営々として主張している「兵隊さんを尊敬しよーう」やら「在日韓国人を差別してはいけなーい」やら「原発は信用できなーい」といったような主張を、朝鮮民主主義人民共和国を更にカリカチュアライズした「日本人民共和国」巡りの中に織り込んだ「啓発」オモシロ話であり、小説宝石よりも、「諸君」やら「新潮45」あたりがお似合いの作品である。だが、作者の筆には、かつて忍者の末裔を主人公に痛快娯楽バイオレンスSFを書き上げた頃の精彩は、欠片もない。これまでSFなんぞ読んだ事がない団塊おやぢの啓発読物としては、この程度のイマジネーションで事足りるのかもしれないが、ドラえもん映画を見て育った世代にとっては噴飯ものの幼稚な作品である。なぜ、「言論人」井沢元彦が昭和70年にもなって昔取った杵柄を握ったか?は謎だが、小説を舐めてはいけません。どうせ書くなら、赤色革命のもとで天皇制がどうなったのか?出版界はどうなったのか?ゴジラはどうなったのか?てな視点でも切り込んで欲しかった。「お笑い北朝鮮」風の書き方もあったと思うのだが、既に想像力の枯れた作家にはこの程度の思考実験が関の山なのであろう。なるほど架空戦記は小説家の墓場である。


2002年2月23日(土)

◆終日ごろごろと家で過ごす。ところがそれでも本が買えてしまうのが、IT社会の恐ろしいところで、AmazonやらBK1に久しぶりに注文をいれてみる。購入報告は本の着後に致しましょう。それにしても、AmazonはUKと繋がって本当に凄い事になった。出費の方も凄くなりそうで怖い。
◆とか書いていたら、大根と卵を買いにお使いに出る事になる。1万円札を預かったものの、さすがに100円のものを買うのに万札は切りづらいなあ、と思い両替がてら本屋を覗く。何か理屈をつけて本屋を覗くところが可愛い、か?
「ローワンと伝説の水晶」Eロッダ(あかね書房:帯)1470円
オーストラリアのクリスティー:ジェニファー・ロウが別名で描いたジュヴィナイル・ファンタジーの第3弾。何度も言うようで恐縮だが、ハリポタ&指輪人気の便乗出版、大いに結構!


◆「Mr.Diabolo」Anthony Lejeune(MACDONALD)Finished
勢いに乗ってもういっちょ原書講読。ROMの常連ライターの方々はいざ知らず英語能力の低いわたくしめとしては原書を読もうとする際に最も大事なのは「面白い本を選ぶ」という事。日本語ですらダレる本が英語で読めるわけがない。とりあえず、この書は世界的レオ・ブルース伝道師こと小林晋氏より拙サイト20万アクセス突破記念に頂いたもので(ありがとうございますありがとうございます)、面白さはお墨付きの太鼓判につき、安心して読み始める。
まず題名が魅力的。さしずめ涙香翁ならば「残虐紳士」とでも訳したか、B級ホラー映画ファンであれば「デアボリカ」なんぞを思い起こすかもしれない。そして中味はこれが1960年の作品か?と見紛うコテコテのオカルト・ミステリ。人間消失やら密室殺人やらてんこ盛りの逸品。名前をどう発音するのかの見当すらつかない作者だが、これは大当たり(同人誌版森事典や、Locked Room Murdersには載っているかもしれないが、手元にないので、作者の身元については追っかけ報告する事にする)。こんな話。
処は英国。西洋研究大学に会場を移し「アングロ・アメリカン文学政治協会(ALPS)」の年次大会も終盤に差し掛かっていた。米国の缶詰王ホレス・ラッジ、西研大のフェロー:フィリップ・リッジウェイ、タットフォード医師とその妖艶な妻、スタッブス海軍准将夫妻、知的なフォルスタフ:アーロン・コーネリアス教授、といった協会の主だった面々が揃った夕食後の語らいからこの奇跡的にして陰惨な物語は幕を開ける。大学の裏手を通る「悪魔の小道」の命名縁起は18世紀のオカルティストの謎に満ちた死と悪魔の化身ミスター・ディアボロの逸話へと発展する。そして、夜も更け、宿舎に向おうとする彼等の行く手に、古い型の山高帽を被り黒いコートとマントに身を包み、顔を闇に紛れさせた男の姿が浮かび上がる。その男は、彼等を誘うように大学の中庭に消え、更に施錠されている筈の扉を抜けていく。あの姿こそ、伝説のミスター・ディアボロそのものではないか!その人物を追って、大学の横を走る大通りに出た一同は「悪魔の小道」の入り口で警官とALPSのメンバーであるビル・フレーザーに出くわす。どうやらミスター・ディアボロはその時代がかった扮装のまま「悪魔の小道」に入っていった模様である。だが、双方を高い壁に囲まれ緩やかにカーブする小道の先で一同は道路工事の警備人から、「誰も『悪魔の小道』から出てきたものはいない」事を告げられ驚愕する。「悪魔」は小道の途中に山高帽とマントだけを遺し宙に消えたのか?否!その夜のうちに再びディアボロは一同の宿舎から出てくるところを目撃される。宿舎の鍵の掛かった密室の中にフレーザーの絞殺死体を遺して。事件の最初から暗黒の奇跡を見せつけられた私こと外務官僚のアリスター・バークは、かつての上司である軍務の天才アーサー・ブレイズの出馬を要請した!趣味人と学究の園で繰り広げられる色欲のゲーム。密告と脅迫。背徳と純愛。卑しい被害者の実像が暴かれた時、悪魔は再び降臨し、新たな死を招かんとする。
ズバリどこを切ってもカーである。仮に探偵を務めるのが、ブレイズでなくてコーネリアス教授であれば、これはもう完膚なきまでにカーである。冒頭の思わせぶりの悪魔縁起。鮮やかな人間消失と不可解な密室殺人。クライマックスで雷鳴が轟き嵐が訪れ、恋におちた記述者の語らいは中断され、「皆を集めてさてという」ラストが停電騒ぎと屋上の追跡に連なるという展開まで、こんなカー的世界があってよいのか?と嬉しさに身悶えしてしまう。因みにこの年のカーの作品は「雷鳴の中でも」。あのお世辞にも手際がいいとは言い難い作品に比べれば、この作品のノリの良さは「藍より青し」である。また、謎解き自体も実にシンプルで、至るところに伏線だらけ、フェア・プレイぶりも立派なもの。動機が些か野卑で、なぜ犯人がここまでのオカルティズムを演出しなければならなかったのか?を問われると少々辛いものがあるが、そこはそれ「カーが好き!」って事で呑み込むのが大人というものである。「グランギニョール城」も凄いけど、お膝元にもカーの熱烈なファンはいたのだな、ってことで絶賛。第五期で訳出すべき傑作である(>おのれは乱歩か?)


2002年2月22日(金)

◆2並びの日。夫婦にっこりで「食器洗い乾燥機の日」。にゃんにゃんにゃんで「猫の日」にゃのだそうである。ほんとかにゃん?
◆「モース警部」死す。モース警部役の俳優ジョン・ソウが食道癌で亡くなったとか。享年60歳。これで英国は、ジェレミー・ブレットに続き、人気1、2位の国民的名探偵俳優を失う事になった。NHKで放映された分はまだ全部積録なんだけどご冥福をお祈りする次第。ガンとはいえ、60歳は早死だよなあ。
◆もう一件、テレビねた。芦辺倶楽部掲示板に書き込んだリンクがうまくいってなかったので、日記でも紹介してしまおう。リンクとレビンソン製作の「エラリー・クイーン」の萌えサイトを発見。ここは凄い!!ファン必見!!
◆一駅下車して安物買い。
「エサウ」Pカー(徳間書店)100円
「小説『日本』人民共和国」井沢元彦(光文社)100円
「暴走族殺人事件」Jビューアル(番町書房イフNV:帯)200円
最近カーというと、こちらのカーをイメージする人も出てきたようで、困ったものである。私の「新潮文庫の渋いハードボイルド作家」という思い込みは既に10年遅れのようである。いやはや。イフ・ノベルズは、帯つきたっだのと翻訳がトニー・ケンリック御用達の上田公子だったので、とりあえず押えてみる。
◆奥さんから「半額でみつけたら買っておいて」と言われていた井形慶子の新刊をブックオフでゲット。状態もよく、栞・葉書・帯も揃い。たまには、古本屋回りも役に立つというところを見せておきませんと。題名が「お金とモノから解法されたイギリス人の知恵」。斜め読みしてみると、英国礼賛が些か鼻につくが、アメリカイズム一辺倒の昨今の情勢に照らせば、一服の清涼剤、てな感じの本。なるほど、たまには推理小説以外の本で「英国」を見るというのも新鮮である。


◆「二度死ぬ」樹下太郎(平和新書)読了
ああ、辛気臭い。ああ、貧乏ったらしい。いつかは面白くなるかもしれないと思ってタマに読んではみるのだが、この作者の作品は、とことんやりきれない哀調に満ち溢れ、小泉改革不況に喘ぐ昏い日常を更に陰鬱にさせてくれる。まあ、日本人というのは戦意高揚映画で地を這い泥水を呑む兵隊さんの姿に感動する民族だったそうなので、こういう「さあ一緒に不幸になりましょう」という作品が受けた時代もあったのであろう。土田館長が集め始めたのを切っ掛けに、再評価のつもりで何冊か手にとってはみるもののワタクシ的には「樹下太郎は二度死ぬ」って事で。以下、ミニコメ。
「女」叩き上げで中堅企業の総務部長の座を獲得した男が身寄りのない酒飲み婆を殺す。果してその殺意の源流は、肉親の恨みであったのか?爽快感の欠片もないクライム・ノベル。醸成された怨念の循環が気持ちを逆立てる。さながら講談の如き時代ぶりである。
「令嬢」ふとした事で令嬢誘拐事件に巻き込まれた男。粉飾した冷静の仮面が剥げ落ちた時、男は愛を得ると同時に失う。プロットそのものは一種の騎士ものの典型ではあるが、まあ、お姫様も騎士も品性に欠ける事夥しい。
「虎口」殺人を目撃してしまったBG。若き殺人者は彼女をもその暴走する欲望の餌食にしようとするが、、掛け合い漫才のような緊張感のないサスペンス。オチも当時ならではのもので、今更読むような話ではない。
「二度死ぬ」表題作。迷宮入りする美人殺し。だがその死体の特徴は男に一夜の契りを思い出せた。だが、男が彼女の身元を探し当てた時、父親からは意外な言葉が。愛憎の背景に、卑しい暴虐の犠牲者の悲哀が潜む。頁数の割りに内容を詰め込みすぎた感のある作品。長編向きのアイデアだと思うのだが?
「日没を待て」死体を埋める男と女。果して彼等の正体は?そして死体の主は?現金盗難事件の転がる先は、いずれに国の夕暮れぞ。一種の倒叙ものだが、軽い捻りはある。しかし、それがフェアだったりはせず、ラストも投げやりである。
「蚊帳の中の女」聞き分けのよかった筈の次女が心を閉ざしたのは何故?見果てぬ夢をどこまでも運命が笑う。そのニューイックな展開を蚊帳という小道具が盛り上げる。個人的にはこの作品集のベスト。悲惨さ、極大。
「影にされた女」見合い結婚した貞淑な妻の心に、魔が忍び込む昼下がり。偶然の邂逅は殺意の褥で女を夜叉に育てる。だが、親知らずの牙は我が身をこそ傷つける。夫と妻に捧げる倒叙推理。だが、ヒッチコック劇場のカタルシスはない。
「北豊島郡池袋」悲恋ゆえ心中を選んだ男、悲恋ゆえ殺人を選んだ女。すれ違う二つの魂が、数十年の時を置いて思い出の土地で出会う。冒頭、その土地の今を知らない女の描写が読者の興味を捉える。その背景を埋めていく展開部に、意表をついたオチもあって短編小説としてのバランスはとれている。で、一体作者は何を書きたかったのだ?
「黒いスカートの女」自殺した29歳のBG。孝行娘が敢えて死を選んだ背景に、純愛と黒いスカートが翻る。あ、やられた。これは推理小説として成立している。


2002年2月21日(木)

◆お付き合い残業。購入本0冊。
◆アマゾンであれこれご贔屓の作家を叩いてみる。昨年の夏以降、ドハティーが何作も新作を出していて驚く。ホンマに多作やな、この人。中世推理の吉村達也って感じ。それにもまして噂のオースティン・フリーマンが凄い。なんじゃあ、これ。殆ど全作品なんじゃないの?一冊1300円としても5万円ぐらいかかりそうである。いやあ、参った参った。もう自宅で血風だよなあ。給料がカットされるというのに、欲しいものは尽きない。はあ、まいおにいい。


◆「絶叫城殺人事件」有栖川有栖(新潮社)読了
「日本のクイーン」と呼ばれる作者が初めて送る「殺人事件」シリーズ。ご本家のクイーンも、もともとヴァン・ダインのライヴァルでスタートしているものだから「Murder Case」を題名に使わない。日本語でかろうじて「菊花殺人事件」がある程度(これとても原題は「Mum Is the Word」である)。ここまで徹底していれば、それはそれで「CI」であるが、「日本のクイーン」にはそこまでの意地はない。頼まれれば何でも書いてしまうところが、いまどきの人である。さて、では「日本のクイーン」(3回書くと厭味ですな。まあそのつもりなんだけど)が志を曲げてまで挑戦した「殺人事件」ものの出来栄えや如何に、となると、はっきり言って薄味。既にキャラ萌え小説の域に堕した感のある火村・有栖ものではあるが、本格推理としての弱さを人情の機微でカバーしようとするところがよく言えば「中期クイーン」的。まあ、もう一人の「日本のクイーン」、「法月綸太郎の新冒険」が十分「エラリー・クイーンの新冒険」に比肩できる濃さなのに対して、こちらはせいぜい「クイーン犯罪実験室」レベル。以下ミニコメ。
「黒鳥亭殺人事件」画家父娘の住む黒鳥の家。その枯れ井戸の底から、死んだ筈の男の死体が発見される。危険な童話が二十の扉の向こうから突きつけた謎。それは食べられるものですか?アンビバレンツな合わせ技一本といった風情の作品だが、ロリコンには堪らない。
「壷中庵殺人事件」再読。「大密室」の感想に譲るが、何を今更な作品
「月宮殿殺人事件」ホームレスのサクラダファミリアが火に包まれる時、卑劣なる者どもへの復讐は始まる。男たちの夢、男たちの友情、そして男たちの謎解き。全体に流れる哀愁のトーン。まんまとお涙頂戴である。題名の勝利。
「雪華楼殺人事件」若いカップルの夢が破れた時、垂直の嘆きと水平の嘆きは交錯する。不可能墜落トリックの一編。唐突な落ちに驚く。こんなんありか?
「紅雨荘殺人事件」メディアの創った新名所の所有者は死に場所を選べない。一瞬の殺意と永遠の欲望が、フーダニットを歪め、有り得ざる指紋を呼び寄せる。謎の位相を巧みにずらしてとりあえずは読物に仕上げた手並みはお見事。それにしてもやるせない話である。
「絶叫城殺人事件」電脳の悪夢。シリアル・キラーは夜に這う。警察の包囲網を易易と突破する姿なき殺人者の正体とは?ゲームは終わった。あなたは死にました。余りにもありがちな話。これが有栖川有栖の「九尾の猫」だとすると悲しい。


2002年2月20日(水)

◆国書刊行会のサイトを覗く。世界探偵小説全集第4期のラインナップはともかくとして、へえ、日影丈吉全集全8巻+別巻、って本当に出るの?未収録短編100篇?うっひゃあ、これは楽しみ。これで「善の決算」やら「夜の処刑者」やら「見しらぬ顔」やら「現代忍者考」やらを探さなくていいんだな。大枚叩かなくていいんだな。古本屋の皆さーん、黙って売るなら今のうちですよ〜。いっひっひっひ。♪早く来い来いセプテンバー。
◆一軒だけ定点観測。安物&ゲテモノ買い。
「絶叫城殺人事件」有栖川有栖(新潮社:帯)800円
d「花面祭」山田正紀(中央公論:帯)500円
「福岡愛憎殺人事件」福永新二(文芸社:帯)700円
「推理家Kの推理@」数馬(文芸社:帯)500円
続けざまに山田正紀のミステリに遭遇。こちらは前代未聞の人間消失トリックが凄い作品。まあ、文庫化される可能性もあるので非常にリスキーなのだが、とりあえず帯付きだったので拾う。後の2冊は自費出版。いずれもマンガマンガした表紙絵が購入意欲を殺ぐが、「一期一会、一期一会」と自分に言い聞かせて買う。こういう本に限って、ブック・オフの100均で遭遇してしまうのだ。
◆100均といえば、昨日遭遇した「グリフォンズ・ガーデン」は茗荷さんの行き付けのお店の100均に3冊並んでいるらしい。そうか、そうか、ゾッキに流れてたのか。喜んで損した。
◆「ロング・ラブレター」「プリティー・ガール」をリアルタイムで視聴。順調に前者が面白い。常盤ちゃんと窪塚くんの「ふつーの恋愛風景」が「おお、これはこれでありだ」と説得力。後者は派手な展開をした割りには話がせこくなってしまった。ぶう。


◆「狂人館」大下宇陀児・外(東方社)読了
題名の身も蓋もなさに思わず引いてしまう合作集。いっかな復刊ブームが盛り上がろうと、一等最初に企画から外される類の本である。リレー小説という趣向は内外ともに戦前から試みられているが、はっきりいってバランスが悪かったり、バランスが奇跡的に保たれていても薄味である事が多い。そもそも推理小説という文芸の宿命でアンカーが負わされる負荷が大きすぎるのである。因みに収録作3編では、大御所大下宇陀児が2編で発端を担当し風呂敷きを広げるだけ広げているのに対し、岡田鯱彦は2編でアンカーを務めている。お気の毒様、としか申し上げようがない。以下、一編ずつミニコメ。
「狂人館」(大下宇陀児・水谷準・島田一男)ひょんな事から、勤め先の社長とその悪い友人たちの密談を聞いてしまった女事務員。どうやら彼等は川沿いの異形の建築物を買い取り良からぬ事を企んでいるらしい。無理矢理現場に連れて行かれた彼女は、そこで女の死体に遭遇する。散歩する猫、遺棄される死体、敏腕記者の嗅覚、狂った血脈、そして動かぬ証拠。放送禁止用語連発のクライム・ノベル。強引な発端、すちゃらかな展開部に比べ、最終編は文体を引き締めてまとめにかかる。バラバラな手掛りを寄せ集めて、結構意外な犯人を引っ張り出した島田一男に拍手。
「鯨」(島田一男・鷲尾三郎・岡田鯱彦)鯨を仕入れに東京湾を横断する仲買の船上で何が起きたのか?一人の女と三人の男。浜に乗り上げた船からは4人の人間が消え、船倉には血が溢れていた。生臭いメリーセレスト号と足のある幽霊の物語。3編の中では最も短く最も出来がよい。複雑な男女の愛憎をみっしり描く導入部、不可解が加速する展開部、そしてすべてが論理的に解きほぐされる解決編と非常にバランスが美しく、トリックも大胆で、オカルト・ミステリとしても及第点。
「魔法と聖書」(大下宇陀児・島田一男・岡田鯱彦)アプレな勤め人カップルが勤め先の支配人の死を切っ掛けに、大掛かりな犯罪に巻き込まれる物語。もっとも清らかな書に秘められた悪の符丁とは?勢いで書いたとしか思えないクライム・ノベル。暗号解読的な趣向がなくはないが如何にも薄味。最後もページ数不足でドタバタ。リレー小説の悪いところが出た話で、見るべき処はない。


2002年2月19日(火)

◆おお、ジグソーさんに里子に出した本たちが次々と高値で引き取られている。まだまだ、あんな作品やあんな作品やあんな作品を定価以上で欲しがる方がいらっしゃったのね。いやあ、勉強になります。
◆一駅途中下車。2軒回る。基本的に安物買い。
「赤死病の館の殺人」芦辺拓(光文社カッパNV:帯)300円
「帰還」井上雅彦編(光文社文庫)100円
「恋霊館事件」谺健二(光文社カッパNV)100円
「穂高S壁の殺意」円山雅也(自由国民社JKブックス)100円
「嫁洗い池」芦原すなお(文藝春秋)100円
「彼女は存在しない」浦賀和宏(幻冬舎:帯)100円
「瑠奈子のキッチン」松尾由美(講談社:帯)100円
d「郵便配達は二度死ぬ」山田正紀(徳間書店:帯)100円
d「グリフォンズ・ガーデン」早瀬耕(早川書房:帯)100円
光文社文庫版・異形シリーズもようやく100円均一に転がり始め、我慢のし甲斐があったといったところ。浦賀の新作ハードカバー帯付きが何故か100円均一に落ちていてちょっとびっくり。これまで全然買っても読んでもいない作家だが、まあ100円だし。松尾由美は本屋で見逃していた本。へえ、98年の出版かあ。これは儲けた。とりあえず、ダブリの2冊が収獲。山田正紀のミステリは一発勝負の技巧的作品。宮部みゆきに同じ発想の話があるのだが、こちらの方が早かった筈。早瀬耕のVR恋愛ファンタジーは結婚祝いにTMZさんから頂くまで存在すら知らなかった作品。一橋大学の卒業論文として書かれたという異色作。帯がとても嬉しい。「わたしにとって無限はあなたよ」と来たもんだ。これは、茗荷丸さんのところに交換トレード要員として送り込むって事でどうだ?この系統の作品は趣味が同じ筈なので75%ぐらいの確率で嵌まる筈。ひひひ。
んでもって1冊だけプチ血風。
「24年目の復讐:上原正三シナリオ傑作集」(宇宙船文庫)130円
よっしゃあああ!!つけるお店では4000円以上の古書価格がついてしまう宇宙船文庫の中でも人気の本。余り宇宙船文庫には思い入れはないのだが、2冊のシナリオ集だけは欲しかったんだよね。金城哲夫はこれも安値でゲット済みなので、個人的には宇宙船文庫が終わった気分。まあ、ものの10冊程度しか持ってないんだけどね。今年初めての「会心の引き」。可愛いもんです。


◆「葬られた女」鷲尾三郎(光風社)読了
「買った本をすぐ読んでますね」と見透かされないように、たまには珍しい本も読んでみる。ただこの作家の話で、余り面白いものに当たったためしがないので、殆ど「消化試合」モードで臨む。「初期短篇の幾つかには優れた本格推理作品もあった通俗推理作家」というのが私的な鷲尾三郎観。例の日下三蔵法師編集の河出文庫本格推理作家シリーズで鷲尾三郎集が無事出版されれば、若い本格マニアたちがまた血眼になって他の長編作品を捜す事になるかもしれないが、はっきりいって「そこで止めておいた方がいい」。絶対に古書価に引き合う内容ではない。こんな作家の本は悪洒落の分かる大人になってから手を出しなさい。前置きが長くなったが、まあ、これもそんな話なのである。
主人公の名は各務省吾。ディスプレイ・アーティストとして手堅い評価と実績を手にした画家崩れの「大人の男」。だが、今、外務省から出てきた彼の面持ちは硬い。彼の恋人であった大内千秋は勤め先の香港のアパートで石榴のように顔を潰された全裸死体となって発見されたのだ。犯人はいまだ不明。一体、誰が何のためにOLを殺さねばならなかったのか?恋人の遺品を引き取った傷心の彼を待ち受けていたのは首藤と名乗る男。彼は千秋の勤め先の社長だった。だか、口先ばかりの悔やみの言葉もそこそこに、事件から手を引くよう各務に迫る首藤。この恫喝を毅然と撥ね退けた省吾に、次々と災厄が訪れる。蹂躪する暴力、誘惑する女肉、睥睨する金力。だが、正義は立つ。愛は勝つ。葬られた女を巡る黒社会の闇、切り開くは、拳銃の焔。
ああ、通俗。一応「顔のない死体」がごろごろ転がるので、書きようによっては本格趣味も不可能ではなかったかもしれないが、作者の興味は全くそこにはない。頭の天辺からシッポの先まで通俗に徹したB級バイオレンスもの。みるべきところはない。
問題は、おまけで付いている「銀の匙」という短篇。これが凄い。山間の村を舞台にした傑作サスペンス。田舎言葉の長閑さに騙されていると、嬉しい不意打ちに遇う。老医師夫婦の元に転がり込んだ若い男が、徐々に彼等の信用を乗っ取っていくというだけの話なのだが、さながら「銀の仮面」を思わせる緊張感が素晴らしい。本格趣味は乏しいので、日下編集本には入りそうもないが、仮にそうであれば、この本を探すだけの値打ちはある、といってよかろう。


2002年2月18日(月)

◆ネットの効用について考えると、自分がネットに関わるようになってから、なかんずくサイトを起こしてから、相当のものを捨ててきた。というか、捨てざるを得なくなってきた。例えばマンガを描くということ、例えばゲームをするということ、例えば映画を見るということ。それぐらい犠牲にしなければ、サイトのクォリティーを維持することはできなかった。そのかわり、得たものは大きい。なんといっても、ネットでなければ一生知り合うことのなかった「趣味を同じうする友人」が出来たこと。これが、最大にして最上の「得」。紙媒体に駄文を載せてもらえるようになったのも、そこからの派生物だと思っている。ただ、ネットで得たつながりが余りにも濃密なので、それ以外のものへの関心がどんどん薄れていくのが困ったことではある。世界が「お気に入り」に囲い込まれてしまうのである。いかにネットの世界が広大であっても、つまるところ、自分の器以上には広げられないってことなのである。蟹は甲羅に似せて穴を掘るのである。

ネットは、自分が発信する情報を持っている人にはとても素晴らしい「場」となる。
だが、真摯であろうとすればするほど、ネットで発信する情報を作ることに追われるようになる。

ネットは、最初、世界を無限に広げてみせる。
だが、一旦、濃密なサークルを構成してしまうと、その中に安住して、かえって情報過疎になる。

などと、ネットから二日ほど切れてみて考えた。さよう「風邪性の下痢は人を哲学者にする」((C)いしいひさいち)のである。ぶりぶり。
◆一軒だけチェック。安物買い。
「パンドラ'Sボックス」北村鴻(光文社NV)100円
「ピラミッド殺人事件」新谷識(双葉NV)100円
何か云うような買い物ではござんせん。
◆新刊書店で買いそびれポケミス1冊。
「武器と女たち」Rヒル(ポケミス:帯)1800円
「やあ、ヒルにしては薄いなあ」と思って頁数をみると502頁あった。あああ、一体「ベウラの頂」って何頁あったんだあ??


◆"A Room to Die in"Ellery Queen(Pocket Book)Finished
大鴎さんに背中を押されたわけではないのだが、ちょっとは洋書も読まなきゃなあと思い、「一日一冊」の傍ら少しずつ読み進んできたのがこれ。日本では専らSF作家としての方が通りのよい「冒険の惑星」作家ジャック・ヴァンスがクイーン名義で書いた「密室フーダニット」。ヴァンスといえば「檻の中の人間」でMVAを受賞した立派なミステリ作家であるわけで、この作品もB級SF作家が口に糊するために書いた作品としては、上出来の部類。密室であれば何でも嬉しい不可能犯罪マニアにとってはホック=クイーンの「青の殺人」なんかよりも、こっちを先に訳さんかい!と言いたいところであろう。こんな話。
主人公は小学校の女教師アン。彼女の父親ローランド・ネルソンは、彼女がまだ幼い頃に彼女の母エレーネと別れ、気侭な生活を送っていた。が、その父が、出版界の大物の財産を引き継いだ未亡人パールと結婚したことがすべての悲劇の引き金となった。結婚後まもなくパールは交通事故死。彼女の莫大な遺産はすべて父のものとなっていたのだ。そして今度は、チェス以外では、さながら世捨て人の如き生活を送っていたローランドが、完全な密室の中で射殺死体となって発見される。現場からは、彼が脅迫を受けていた証拠が発見され、銀行の出納記録もそれを裏付ける。タール警部を始めとする警察はローランドの死を自殺の線で追うが、父親の性格を知り尽したアンには彼が自殺をするとは思えなかった。そして、生前のローランドンの行状を調査するタールとアンの前に、次々と新たな事実が現われる。現場で響いた3つの銃声、行方不明の抵当証書、母エレーネからの無心の手紙、消えるペルシャ細工、本棚がつけた多すぎる跡、そして多すぎる死体。果して、完全な密室に隠された秘密とは?今、青写真の上で黒の女王がチェックメイトを告げる。
正直なところ、読者への挑戦こそないものの、巧みなレッド・へリングにぬけぬけとした伏線、癖のある容疑者たちにあっと驚くバカ密室トリック、皆を集めて「さて」というクライマックスまで一気読みのスピーディーな展開が嬉しいフーダニットで、仮にジャック・ヴァンスの名前で出ていれば、とっとと翻訳紹介されていたかもしれない。早川も「二百万ドルの死者」の余りの評判の悪さに「羹に懲りて膾を吹いた」のであろうか。まあ「青の殺人」で蟻の一穴は穿かれたであろうから、どこぞの英断を待ちたいところである。ひょっとして、HMMのクイーン特集あたりで一挙掲載されたりしてね。来るか!?原書マーフィー(=「原書で読むと翻訳が出る」)!
邦題付けごっこを楽しめば「第三の銃声」とか、「本棚は知っていた」とか、国名シリーズでいけば「ペルシャ細工の謎」とか。直訳なら「死に至る部屋」なんでしょうかね。書影は「クイーンといえば」Queen's Palaceさんのギャラリーのココにございます。


◆「経費では落ちない戦争」三谷幸喜(主婦の友社)読了


2002年2月17日(日)

◆平熱に戻り、食欲も出てきたので、お出かけ。ちょいと銀河通信コンビの店を覗くが、お二人の姿は見えず。本屋で買うべき本を何冊か買い求めて退散。
「『新青年』傑作選」ミステリー文学資料館編(光文社文庫:帯)800円
「本の事件簿2」Sマンソン編(バベル・プレス)1200円
「予期せぬ夜」エイザベス・デイリー(ポケミス:帯)1000円
幻の探偵小説傑作選は、これにて全10巻完結。こういう企画が頓挫もせずゴールにこぎつけた事を心より寿ぐ次第。10年後、帯付き揃いには古書価格がつくことだろう。史料的価値の高さでは、類を見ない出来栄え。惜しむらくは、各巻の「解説者」の適格性に疑問を残したところ。第10巻の辻真先は、さすがの貫禄だが、はっきり言って「この頁は不要!」と感じるものがあったことも事実。まあ、全体からみれば僅かな疵の部類だけどさ。「本の事件簿」は弱小出版の泡沫企画なので、とりあえず確保。ポケミスは3冊ほど離されているのだが、デイリー以外が棚に見当たらず。一気買いしたかったんだけどね。あとジャンル外も1冊購入。
「仮面ライダーアギト超全集(後編)」(小学館)1048円
ちょこちょこ拾い読みして、幾つかの疑問は解消されたが、すべてが解決されたわけではない。その場の思いつきとノリで展開させたものの、収拾つかなくなった「伏線」がいっぱいありそうである。いっそ「未完!」にして、春休みに映画で完結編をやるとかして欲しかったよ。「真・アギト ─THE TRUE END OF THE LEGEND─」とかさあ。
◆大河戦国ホームドラマに続いて「スネーク・アイズ」をリアルで視聴。とても懐かしいデ・パルマ節に嬉しくなってくる。いやあ、いいなあ。やっぱデ・パルマはこういう文句なしの娯楽作がいいや。噂の頭の長回しは本当に凄いし、悲喜劇なオチも憎い。


◆「第4の神話」篠田節子(角川書店)読了


2002年2月16日(土)

◆熱は下がらず。9時過ぎに近所の病院に行った以外、外出せず。布団の中でのたりのたりと過ごす。購入本0冊。
◆昼間寝すぎて、夜中眠れず。朝の4時半までかかって、3か月分の積録ビデオの整理をする。「狩人の夜」だの、「女には向かない職業」だのエアチェックしたことすら忘れていたものも出てきて、ちょっとときめく。それにしても「ロズウェル」の放映時間のズレ方には、怒りを通り越してあきれる。これをリアルで見てる人は大変だろうなあ。そのうちに一挙放映もあるだろう。っていうか、レンタルビデオででも見た方がフラストレーションが溜まらなくてよさそうだ。NHKには、スタトレに対するフジテレビの扱いを笑う資格はねえぞ。受信料取ってる分、罪が重いといってもいい。


◆「今昔続百鬼−雲」京極夏彦(講談社NV)読了


2002年2月15日(金)

◆職場の会話。
「HTML万歳の経済省と、BML推進の総務省、という構図ね」
「おお、懐かしい!なんかそれって、ニューメディア・コミュニティー対テレトピアって感じ」
「そうそう」
「テリドン対キャプテンとか」
「うーん、テリドンは知らんぞ。テポドンなら判るけど」
「テリドンとテポドンは違います。IBMとICBMぐらい違う(爆)」
◆インフルエンザが腹に来たのか、朝から激烈な下痢でトイレと机の往復。ついには熱まで出始める。御茶ノ水で時間があったにもかかわらず、古本屋を一軒もチェックせずに直帰するなんぞ、十年に一度の事ではなかろうか?帰宅してばったりと倒れ伏す。購入本0冊。


◆「犯人のいない殺人の夜」東野圭吾(光文社文庫)読了