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2001年11月10日(土)

◆10月中旬に「世界の終わりの物語」、10月下旬に「夜陰譚」、11月初旬に「アイ・アム」の感想をアップ。

◆「かりそめエマノン」梶尾真治(徳間デュアル文庫)読了
日本SF界で、最も華のある女性キャラが、火田七瀬であることに異論はあるまい。連作短編で「家政婦は見た」をやっていたかと思うと、「七瀬ふたたび」で追われるエスパーに転じ、「エディプスの恋人」では天上の悲恋を昇華させる。作者は自らのキャラクターに死に場所を与える特権を持つのである。さて、徳間デュアル文庫で火の鳥の如く復活した日本で二番目に華のある女性SFキャラこと我等がエマノンも、この最新中篇で生涯最大の危機を迎える。果たして、梶シンが、エマノンに準備した墓標とは?こんな話。
地球の記憶を持つ少女は一子相伝であった。しかし、40億年の歴史の中で、ただ一度の例外があった。これは、そんな例外の物語。どこまでも懐かしい過去と未来の物語。彼の名は拓麻といった。孤児だった彼は不思議な能力を持っていた。イメージの断章が脳裏を走るたびに、彼は彼自身と彼の周りにいる者達を安全な道へと導く。また、ある時は人間離れした体力と瞬発力が彼を危機から救い出す。まるで時代の先を見透かすように、投資を始めた彼は、右肩上がりの日本経済とともに、資金を蓄えていく。だが、見たされぬ心は、孤児院時代の遠い温もりの記憶を求め続けていた。「一体、自分は何のために、この世に生を受けたのか?」繰り返される自問自答。だが、答は見付からない。彼がもう一つの能力に目覚め、時代が今に追いつくまで。そう、運命の遺伝子は、最強の保険を掛ける。
エマノン外伝。それは20世紀後半の日本史であり、最もホットな災厄への序章でもある。その時代のどこかにいる筈のエマノンを、舞台裏に隠しつつ、作者は郷愁溢れる「自分捜し」の旅を描く。謎は何ひとつ解かれるわけではない。だが、通り過ぎた時の風は、四十オヤジの胸に心地よく、憧れの灯を点してくれるのである。鶴田謙二の描くエマノンを楽しむだけでも買う値打ちのある本。なんと、読んで楽しむ事もできるのだ。


2001年11月9日(金)

◆ふと、俺って、去年の今日の自分やら、一昨年の今日の自分の行動を世間様に公表しているんだよなあと思い立って、古い日記を覗いてみた。去年の11月9日は、黒白さんとの合同オフの場所探しの途中で白梅軒の川口さんにばったり出会って焼肉屋へ流れていた。一昨年の11月9日は、1万アクセス記念品の発送に追われながら古本屋巡りに精を出していた。昨年の事なんぞは「ついこのあいだ」の事のようだけど、今は焼肉屋にはいかないだろうなあ。逆に来年の今ごろになって、この日記を見たら「なぜ、焼肉屋にいかないのが当然なのだ?」という疑問が湧くのかもしれない。万物は流転する。狂牛病も過去の話になるのかも。
それでも、何か古本は買っているのだろう。
それでも、何か本は読んでいるだろう。
銀河通信掲示板・星間宇宙船でよしださんがネタにしているように幻想系探偵小説と明朗小説の書き手である三橋一夫が健康本も書いているのは有名なお話。その他に、音楽系のライターで三橋一夫の同姓同名がいらっしゃるもんだから、ややこしくて仕方がない。
いったい何人の三橋一夫がいるのか?「三人ガリデブ」の向こうを張って「三人三橋」ってのはどうでしょうね。
して、その心は?
「三人」の「二」を平行移動すると「一夫」になるのではないかって、お話。
ちゃんちゃん。
◆最近にしては非常に椿事に属する出来事だが、定時に会社を出る。しかし、そぼふる雨にめげて、古本渉猟は断念。新橋であれこれ「買うべき新刊」を捜すが、見付からないんだわ、これが。で、本日の課題本を読み終わったのにも背中を押され、途中下車して銀河通信コンビのお店に寄る。そうすると、捜すまでもなくあるは、あるは。とりあえず、文庫コーナーでこれだけ拾う。
「岡田鯱彦名作選」日下三蔵編(河出文庫:帯)980円
「薫大将と匂の宮」岡田鯱彦(扶桑文庫:帯)762円
「『新趣味』傑作選」ミステリー文学資料館編(光文社文庫:帯)619円
「かりそめエマノン」梶尾真治(徳間デュアル文庫:帯)476円
大体、新橋の近辺では、まず扶桑文庫が見付からない。河出文庫はあっても、ポルノ文学のシリーズだしなあ。とまれ、岡田鯱彦の2冊は文句なしの買い。扶桑社文庫は、表題作が短めなので、何がオマケにつくのかな?と思っていたら凄い事になっていた。これは河出のセレクションが霞んでみえる程に凶悪な発掘。ううむ、凄い。勿論、河出文庫の方もバランスの取れたいい仕事。宝石やらロックを揃えてしまった身の上には、インパクトは少ないものの、敬意を表して買う。「新趣味」傑作選は、半分が国枝史郎の「沙漠の古都」なのには些かゲンナリしたものの、あとの半分、綺羅星の如き幻の処女作のラッシュで、充分モトはとっている。エマノンの書き下ろし中編も、そういえば出ていたなあ、という記憶があったが、手に取るのは初めて。古本落ちを待ってもよかったのだが、つい中の鶴謙の漫画絵に惹かれてふらふらと抱え込む。おもむろに文芸棚に移動する途中でダイジマンにばったり。「やあ、ひさしぶり」「本当にひさしぶりですねえ」と挨拶して、「なぜ、黒白さんは日下編集本を毎回謹呈されているのか?」「さあ、何か資料提供でもやった事があったんじゃないのかな?」てな濃い話をしつつ文芸棚へ移動。そこでは、「あ〜ら、kashibaさん、おひさしぶり〜」と、これまた珍しく遅番だった安田ママさんにバッタリ遭遇。3人で、周りの迷惑も顧みず盛り上がる。
今日泊亜蘭の評伝を薦められるが、値段にびびっていると、

「これは二刷ですよ、初版よりも珍しいですよ」

と一般人が聞いたら訳の判らん、趣味人の足元を見たセールス・トークが炸裂。抱え込む。
「今日泊亜蘭って蘭郁二郎よりも年上なんだそうですよ」
「ほほ〜、SF界の渡辺啓助」
「そうそう」
「もしかしてHGウェルズよりも年上だったりして」
「ないない」
「『うん、ウエルズ君も頑張っとるよね』とかさあ」
「いやだあ」
などと与太話に興じていたが、さすがに、途中で「じゃあ、僕は仕事に戻るので、訪問の日程を詰めておくように」とダイジマンは去っていった。が、それからも話の弾む事、弾む事。「最近、また銀河通信のアクセス増えてない?」「そうそう、WEB本の雑誌のお蔭かしら」とか、「土田さん最近本買いの量減ったよね〜」とか、「小松左京マガジンって版元にはまだ沢山あるんですってえ〜」とか、「菅浩江の新作は泣けましたねえ〜」(合唱)とか、「ぶたぶたの本物ってどうよ?」「それがもうほんとーに可愛くて、可愛くて」とか、「ああ、蔵書が増えていく〜」(合唱)「感想を書かねばならぬ本が溜まっていく〜」(合唱)とか、「kashibaさんの感想、本にしましょうよ」「売れへん、売れへん」とか。
結局、「この本は、1冊しか仕入れてないんですよお」とママさんから薦められた、見た事も聞いた事もないビブリオ・ミステリの翻訳アンソロジーと、いつも通りのポケミスの新刊を買う事にする。文芸書で買ったのは以下の3冊。
「評伝・SFの先駆者/今日泊亜蘭」峯島正行(青蛙房:帯)2200円
「本の殺人事件簿1」Sマンソン編(バベル・プレス:帯)1200円
「黒い囚人馬車」Mグレアム(ハヤカワポケットミステリ:帯)1400円
安田ママさんお薦めのアンソロジーは、翻訳家の卵たちの習作らしい。昔、中田耕治がやっていたパターンを出版社ぐるみでやっているケース。中味の方は、ホックやらプロンジーニといった有名どころも入った本で、ポケミスの1400円に比べれば、お買い得感はある。とにかく10年後には「一体、そんな本、どっから出てたんだよう〜」と新しいマニアたちをおろおろさせる事間違いなしの本である。まあ、今日買った文庫本もその殆どが10年後には高騰間違いなしの本ではあるのだけれど。
というわけで、久しぶりに新刊本を沢山買い込んで、「奥さまによろしく」というママさんの声を背中に、意気揚々と引き上げる。いやあ、これだけの付加価値があれば、新刊買いも楽しいねえ。

◆「銀座幽霊」大阪圭吉(創元推理文庫)読了
というわけで、小林文庫オーナーも資料提供で協力した、圧巻の作品リストがついた2分冊の後半。あらためて、作品数の多さにあんぐりとする。諜報ものに明朗ものに、捕物帳まで。満州国で出版された作品集に至っては、その存在すら確認されていないというし、いやあ、実に実に正統派でありながら、マニア心をくすぐる作家である。マニアでなくてよかった。無駄話はとっとと切り上げて以下、ミニコメ。
「三狂人」気違い病院で起きた三狂人の脱走と院長惨殺事件。だが、事件の真相は、狂気を越えた凄惨で醜悪なものだった。長閑とも言える、うらぶれた精神病院の描写が一瞬にして血まみれの暗転を遂げる。そして鮮やかな逆転と正義の勝利。昨今の言葉狩りの時代には出しづらい異色作にして掟破りの快作。
「銀座幽霊」ネオンの街で、男と女の情念は縺れ、幽霊は恋敵を殺す。二人の女の死で綴る不可能犯罪。視覚効果満点の舞台装置に作者の企みがはじける。やや、理が勝ちすぎる感があるが、謎の解明は鮮やか。
「寒の夜晴れ」クリスマスの朝、教師宅で発見される教師の妻の惨殺死体。そして幼子を連れ出した犯人のスキー跡は、原っぱの真ん中でまるで宙に溶けたかのように消えてしまう。謎の組み立てはシンプルだが、事件の底は深い。なんとも切ない話である。
「燈台鬼」突如、異常な周期で点灯するようになった燈台。老燈台守一家に忍び寄る影は、ある夜、遂にその牙を剥く。設備を破壊し、窓から消えた赤くぶよぶよとした怪異の正体とは?作者の中でも最も有名な作品。このオカルティックにして魅惑的な謎と合理的な解決の鮮やかさは、カーの佳作に充分匹敵する。文句なしの傑作。
「動かぬ鯨群」北の海で遭難死した筈の亭主が、恋女房の元に姿を現す。だが、彼は、捕鯨銛で串刺しされるという無惨な死を遂げた。果して、氷の海で仕組まれた陰謀とは?子を思う親の心が欲望の海に罠を張る。謎の本質を掴ませない巧みな筆致。戦後にも充分使い回せる設定に脱帽。
「花束の虫」崖の上から転落死した男。目撃者は、もう一人の男と被害者がもみ合っていたのを見ていた。だが、現場に残された痕跡から探偵は意外な真相を導く。探偵が協力者を煙に巻くさまは、まさしくシャーロック・ホームズのライヴァル。伏線の張り方が実に正攻法で感心。
「闖入者」死んだ画家は、富士山が見えない部屋で富士山を描いていた。果してその死は偽装なのか?不倫の果てにもたらされた殺人なのか?一発勝負の大技。これは、実に雄大にして映画的トリック。ただ、そこに頼り過ぎ、全体としては肩透かしの感あり。
「白妖」その逃亡車は、有料道路の途中で消え失せた。果して、強欲な社長殺しの真犯人は結婚を迫られていた18歳の娘なのか?ハウダニットとフーダニットの二重奏に白い妖かしは身を震わせる。光と闇の魔術師の面目躍如。神の仕掛たトリックを上手く消化している。
「大百貨注文者」画期的なゴムの製法を発明した技術者が行方不明になり、社長は大騒ぎ。しかも社長宅には、次々と脈絡のない届物がやってくる。拳銃に縄に弁護士にマネキンガール、ポマード400個に50人前の料理。一体、この奇妙な発注者の正体とは?そして、技術者の行方は?これはケッサク。不可解な事件をユーモラスに組み上げた手際は欧米の傑作並み。上手い!
「人間燈台」燈台から消えた真面目一方の若者。だが、その失踪には、恐ろしい悲劇が隠されていた。これもイギリスの正統派怪奇小説にでもありそうな設定と結末。表題がすべてを著しているのだが、このグランギニョールには言葉を失う。
「幽霊妻」いわれなく離縁され自害した女の怨念が、鉄格子を破り夫を悶絶死させたのか?庭に残された下駄の跡、現場に落ちていた鬢、果して幽霊妻の正体とは?戦後に発掘された小品だが、オカルト・ミステリとして完璧な出来映え。恐れ入りました。大阪圭吉の幽霊を呼び出して、もっと話を書かせたい。


2001年11月8日(木)

◆残業。通勤快速に乗れるぎりぎりのタイミングで会社を飛び出し、書店にタッチ&ゴー。買いそびれると後悔しそうな新刊を1冊購入。
「文藝別冊・山田風太郎」(河出書房新社)1200円
単行本未収録作「開化の忍者」が嬉しいが、それ以外にも読みどころは多い。いわゆるブンガクの人々が真面目にマニアックに風太郎を語っており、帰りの車中では課題図書そっちのけでついつい読み耽る。この巨人の作品を殆ど未読で残している私はなんて幸せ者なのであろうか。でも、幾つか凄まじい大ネタがばらされていたのには閉口。あとは、老人力で忘れるしかないなあ。
◆帰ってきてから「帰ってきたマックロード」やら「科捜研の女」やらをエアチェックし忘れていた事に気が付く。あーあ、もう全然ダメじゃん。以前から積録野郎ではあったのだが、ついに憑き物が落ちてきた感じ。人間の興味というのは、分散できないのだろうか?書籍関係は、未婚時の頃のパワーをかろうじて維持できているが、ドラマ周りはばっさり切り捨てられてしまった感じ。いわんや、アニメに関しては、完全に過去の人である。
◆メールにレスつけたり頼まれ原稿のゲラにチェックを入れたりしてすごしていたら、ブルーな出来事が起きる。へたれ〜。

◆「高速道路の殺人者」WPマッギヴァーン(ポケミス)読了
長編作家のイメージが強い作者にしては珍しい中短篇集。昔はポケミスでこんな本が出ていたという事に驚く。実のところ手にとるまで短めの長編だとばかり思い込んでいた。今なお版を重ねており、書店でも入手可能である。それは収録作品が今でも通用する質を維持している事の証明でもある。特に、ショート・ショートとも言える2短篇については、ブラインド・テストされるとマッギヴァーンだとは見抜けないのではなかろうか?作者の才人ぶりを知る意味で最適な作品集。以下、ミニコメ。
「高速道路の殺人者」冷酷な強盗殺人犯が、車を強奪し、高速道路を密かに逃走する。高速道路を愛する巡査ダンは、自らのミスで恋人を攫われた事から、決死の追走を繰り広げる事となる。大統領一行の車が高速道路に差し掛かる雨の夜、デッドライン目掛けて、プロの怒りが疾駆する。スリルとサスペンスとスピード感に溢れた佳作。巡査とウエイトレスの若いカップルの勇気が微笑ましい。
「祈らずとも」悪の道に落ちようとする少年たちと身を投げ出して彼等を救おうとする神父のハートウォーミングなバイオレンス・ストーリー。オーヘンリーが若き野獣たちを書いたらこんな話になるのかな?
「ウィリーじいさん」ファンタジックなガンマン秘話。この作品集のベスト。しょぼくれた爺さんが、内気な外国人娘に感じた父性愛。彼女を弄ぶ者どもへ電光の速さで鉄槌は下る。いいねえ、こういう話。
「デュヴァル氏のレコード」倒叙もの。デュヴァル氏が若い悪女に懸想して妻の殺害を決意した時、完全無欠の筈の計画は、神の悪戯に翻弄される。ヒッチコック好みの妻と夫の犯罪。水準作。
「ベルリンの失踪」冷戦に突入したばかりのベルリンで、西の男は東の女に助けを求められる。孤立無援の救出作戦。暗夜のマンハントは払暁の壁で終わる。当時のベルリンの風俗を描いた作品として貴重。まだ、壁が絶対的なものではなかったという歴史的事実が新鮮だったりする。


2001年11月7日(水)

◆余りサイン本には興味のない人間だが、それでも鮎川哲也のサイン本となれば別。おーかわさん情報を受けたフクさん情報に基づき、就業後、池袋東武の旭屋へダッシュ。半ばダメモトだったのだが、幸運にも、残り1、2冊に迫っていたこれらをゲット。
「五つの時計」鮎川哲也(創元推理文庫:署名)920円
「下りはつかり」鮎川哲也(創元推理文庫:署名)940円
まあ、鮎川哲也のサイン本としては、最も世の中に出回った本であろうが、とりあえずバスに乗り遅れずに済んだ、といったところかな?それにしても、東京創元社の「サイン本」という下品な帯は一体何なのだあ?んでもって、もう1冊サイン本を購入。
「桃源郷/西遷編」陳舜臣(集英社:初版・帯・署名・落款)1600円
こちらは絵に描いたような堂々たる書籍に、堂々たる署名・落款。貫禄である。
◆折角滅多に来れなくなった池袋に出たので光芳書店を見て回る。完全なジャンル外ではあったのだが、装丁買いで2冊。
「無頼空路」城山三郎(講談社ロマンブックス)500円
「地獄は薔薇で一ぱいだ」田村泰次郎(講談社ロマンブックス)600円
ああ、なんでこんなもん買っちゃったんだろうねえ?勢いというのは恐ろしいものである。
◆帰宅すると、荷物が二つ。一つはきばやしさんからの頂き物。
「ムジカ・マキーナ」高野史緒(新潮社)頂き!!
うわあ、これは嬉しいなあ。縁のなかった、作者のデビュー作にしてファンタジー大賞受賞作。ありがとうございますありがとうございます。読んで感想書かねば。それにしてもかっちょいい装丁ですのう。こりゃ、帯でもないことには、ファンタジーだとは思えませんねえ。
荷物のもう一つは、森さんからのお買い物5冊。
「Golden Pebble」M.Benette(Nicholson & Watoson)4000
「TCOT Jumbo Sandwich」 C.Bush (White Lion)2000
「Lady in No.4」 R.Kevern(Collins)3000
「A Charitable End」 J.Mann(Collins)3000
「Death and the Maiden」 Q.Patrick (Simon & Schuster)7500
なんといっても、クエンティンのタラント警部もの「Death and the Maiden」が嬉しい。実は、今回のカタログ中、最も欲しかった本。よくぞ売れ残っていてくれたものである。もう皆さん持っていらっしゃる本なのかな?これで、そろそろクエンティンもマジックナンバーが点灯した感じである。M3かな?捜査ファイル本とか、難しいところが残ってます。「飛ばなかった男」のベネットはM2。といっても、こちらは8冊しか著作がないので、要は6冊目って事なんだけどね。「Lady in No.4」は非常に強烈なカバーアート。これはお買い得でした。
◆ああ、本を買った日は日記が楽だなあ。

◆「とむらい機関車」大阪圭吉(創元推理文庫)読了
大阪圭吉の作品集が、それも文庫本で読めるとは、本当に今の読者は恵まれている。勿論、近年にも国書から「とむらい機関車」の出版はあったのだが、これとても、あの叢書の中で最初に在庫切れになっている。他にも葛山とか三橋とか画期的な選集が目白押しなのにも関わらず、大阪圭吉が頭一つ抜けている感がある。いかに、口コミで買ってみた二次ファンが多いかという事であろう。実は例によって、私は国書版の「とむらい機関車」を積読本にしてきた。はっきり言って、勿体無くて読めなかったのである。しかし、増補・文庫化されたとあれば「最早これまで」。勿体無いお化けには退場してもらい、電車の友にしてみたところ、、、

無茶苦茶面白いやん!!

本当にこんな本格推理作家が戦前にいたのか!?と唖然愕然。幾つかの作品は、アンソロジーで読んではいたが、これほどトリックやら推理小説の文法にこだわった人だったとは。もう完全脱帽。小林文庫オーナーが惚れ抜いたのもむべなるかな。いやあ、尾張にも探偵作家がいた、どころではない。戦前日本にも真の探偵作家がいた!と大声をあげてそこら中を駆け回りたい思いである。この2冊は絶対に買いである。エラリー・クイーンがこの書の存在を知っていたらQQ入り間違いなしの作品集であろう。文句なしの傑作!以下、ミニコメ。
「とむらい機関車」乗り合わせた老人客が語る、豚連続轢断事件に秘められた真相とは?冒頭の謎の呈示から、大転回するストーリー、そして意外にして凄惨にして情味溢れる結末。どれをとっても作者の代表作に相応しい貫禄。どこか最良のホームズ譚を思わせる名作中の名作。
「デパートの絞刑吏」颯爽、青山喬介登場!そして、颯爽、大阪圭吉デビュー!宝石盗難事件に続いて起きたデパート店員の不可解な死。縊られ、絞られた索痕に喬介の慧眼が光る。なぜ、殺されてから何時間も経ってから死体は投げ落とされてのか?謎の不可解性と一気呵成の解決の対照が鮮やか。
「カンカン虫殺人事件」船渠の作業員二名が行方不明となり、やがてそのうちの一人が死体となって浮かんだ。果して消えた相棒が犯人なのか?だが、喬介は、被害者の状態と生前の足取りから、一つの仮説を立てるのだった。割に地味な話だが、クライマックスの犯人の呈示法など芝居がかったノリがホームズだねえ。
「白鮫号の殺人事件」惨殺されたキャプテンが前夜口走った「明日の午後迄だ」という言葉の意味とは?喬介は、白鮫号に残った痕跡から大胆な仮説を立てるのだが、奸計は人知を超えた裁きの前に破綻する。「死の快走船」という題名でも知られる代表作の一つ。そうかあ、こういう話だったのか。雄大な自然を背景に、鋭敏なる探偵眼と旺盛なる行動力で陰謀に挑む探偵。実に絵になる話である。
「気狂い機関車」機関士殺しと急発進して消えた機関車の謎を追う青山喬介。僅かな手掛りから、ハウダニット、フーダニット、そして驚愕のホワイダニットまで解明してしまうのだから恐れ入る。じっくりと落ち着いて読みたい話。
「石塀幽霊」石塀の前で女を殺し駈け出す双子、そして彼等が塀沿いに消えた時、夏の昼下がりに怪談は始まる。チンドン屋のチラシが語るおぞましき真相とは?これは、カーの「三つの棺」にも比肩しうる不可能趣味と設定。物理的に可能なのか、正直なところは判らないのだが、説得力はある。傑作。
「あやつり裁判」その女証人は、また別の重大事件の証人でもあった。それは単なる偶然なのであろうか?青山に天啓が訪れた時、前代未聞のからくりが暴かれる。魅惑的な謎が、全く予想外の解決に昇華する、メタ探偵小説。やーらーれーたー。
「雪解」金鉱脈を探しつづける青年が砂金池の持ち主とその娘に出会った時、殺意は芽生える。そして、雪の中の惨劇は、鴉に見取られ、錯乱の春に因果は巡る。鮮やかなる倒叙推理。なんちゅうかドストエフスキーですな。
「坑鬼」闇の中の逢い引きは、突然の災害によって生き別れの悲劇へと雪崩れ落ちる。だが、それは連続殺人の序曲に過ぎなかった。果して、死んだ筈の坑夫が、復讐鬼となって自らを封じ込めた人間たちを屠り始めたのか?事件に秘められた真相は、怒涛となって闇に消える。プロレタリア本格推理。これも二枚腰、三枚腰の仕掛が凄い。まさに天才の技である。
「随筆抄録」作者の初々しさが伺える嬉しい付録。「探偵小説突撃隊」の稚気やら、「二度と読まない小説」の逆説やら、「停車場狂い」の夢想マニアぶりやら、大阪圭吉の柔らかな真面目さ伝わってきて和む。この人を死地に追いやり、その才能を命ごと奪った戦争を憎む。仮に、生きていれば、横溝正史と並ぶ、本格推理の旗手足り得た人であろう。合掌。


2001年11月6日(火)

◆お、久しぶりに新橋駅前でチャリティー市をやっているじゃないの!と思って、いそいそとテント下のワゴンを眺めたが、今回は本が全然少なくて、殆どがネクタイの投げ売り。さすがにジャンル内のめぼしいものは皆無に近い。まあ、なにも買わないのもしゃくなので、1冊だけダブり買い。
d「高速道路の殺人者」WPマッギヴァーン(ポケミス:初版)100円
改めて梗概を読むと、これって中短篇集だったのね。どうもポケミスのこの辺は買う事に意義を求めていたもので、中身を見ると新鮮ですのう。
◆本日は、山口雅也や大倉崇裕の誕生日。そして私の誕生日でもある。さすがにこの歳になると、めでたさも中くらいなりではあるが、奥さんの手料理とワインで良い気持ち〜。プロジェクトXも小津先生も見ずに食事して寝る。

◆「アイ・アム」菅浩江(祥伝社文庫)読了
不覚にも電車の中で泣かされてしまった。多少なりとも海外SFを読んだ事のある人なら題名を見た瞬間「ロボットもの」である事が判ろう。アニソンで「あい」といえば「戦士」だし、ネットで「あい」といえば「蔵太」であり、SFで「あい」といえば「ロボット」なのである。で、更に、日本人のSF読みであれば、主人公のロボット・ミキの造形が「火の鳥:復活編・未来編」のロビタのオマージュである事も一目瞭然である。となれば、自ずと、物語の仕掛も半分見えながらこの話を読み進む事になる。ところが、それでも泣けるのだ。泣かされてしまうのだ。上手い小説というのはそういうものなのだ。こんな話。
私立エナリ病院の白い壁の部屋で「私」の意識は復活する。私は、看護ロボット。円柱の身体にラバーに包まれた鉄腕。ホログラフで浮かび上がる若い女性の顔。デジタルな専門知識としなやかに駆動するパワーで、病棟の人気者となる私。そこは、生と死の狭間、笑顔と苦悶が同居する汀。全身麻痺の重病患者や、心が痩せきった母親たちを癒しながら、私の勤務は続く。だが、一人の病児がバナナの思い出を語る時、わたしの中で何かが蠢く。優しくて、温かい何かが甦る。私はロボット。私はロボット?That is the Question.そして答えは、私の中に在る。
とにかく患者とそれを取り巻く人々の描写が圧巻。実に自然体の優しさで、作者の筆は終末病棟の日常を描く。それは、自分が選ばされたかもしれない煉獄、いつか自分も行かねばならない境遇。そこで理不尽に揺れる心、生きる喜び、喪う哀しみ。皮膚感覚の幕間劇が、静かな感動を高め、予想を裏切らないクライマックスに涙腺は全解放。そこにいる子供に、そこにいる母に、そしてそこにいる老女に、何故か作者がオーバーラップする。スガヒロエには、このドラマを語る資格がある。自分を探し当てた主人公を心から祝福したくなる佳編。泣きたい人はこれを読め。


2001年11月5日(月)

◆なんと森英俊さんから、「先日のカタログ中、まだこれだけ在庫がありますよ」とメールを頂戴する。うわ、もたもた選んでいたらこれだよ。というわけで、給料もボーナスも下がる昨今、吟味して何冊かお願いする。
◆神保町ブックセンターが半額セール実施中。外のワゴンには、クエンティン特集の別冊宝石が付け値600円なので消費税込み315円で買える!おお、安い!でも買わない。ここは我慢だ、と心に決めたにもかかわらず、1冊拾ってしまう。
d「危険なヴィジョン1」Hエリスン編(早川SF文庫)75円
だってさあ、すぐ下にあった「年刊SF傑作選4」が1800円もつけているんだもん。相場から行けば、高い筈のエリスン本がこれだけ安いと買っちゃうよね。ね?ね!
◆残業を終えて帰宅すると、またしても頂き本が到着。
「アイ・アム」菅浩江(祥伝社文庫:帯)頂き!
ああ、いつも済みません。まだ先日頂いた「夜陰譚」の感想も上げていないのに。ごめんなさい&ありがとうございます。
◆メールを開けると、怪の会の森下祐行さんから「日系人私立探偵 Trygve Yamamuraを使ったPoul Andersonは、ホーカ・シリーズやタイム・パトロールのSF作家の事じゃないですか?A. J. Hubin の Crine Fiction や Pronzini&Muller の 1001 Midnightでもそうなってますよ。」とご指摘を受ける。んでもって、自分なりに調べ直してみると、まさにご指摘の通りでありました。謹んで訂正させて頂きます。ありがとうございます。
まあ、何を書いても言い訳になりますが、先日入手した本の著者紹介のどこにも「SF作家としても活躍中」とか書いてないんですよね。おまけに、SF作家のアンダーソンはPAULと綴るものと信じきっていたものですから。いやあ、何事も知ったかぶりするものじゃありません。猛省。
反面、ということは、あのアンダーソンのミステリが300円で手に入ったわけですな。それはそれで嬉しゅうございます。はい。

◆「おんな対F.B.I」Pチェイニイ(久保書店QTブックス)読了
マニア泣かせの久保書店Q−Tブックス整理番号001番。この邦題からして「B級です」と宣言しているようなものである。それにしてもQ−Tブックスってえのは一体どういう意味なのだろうか?Quartoで四つ折本の意味?Quick Timeで早歩き?それともあっさりQuantity?「質より量」で、量書シリーズ?ああ、判らん判らん、おじさんはちっともわからんぞう。んでもって、この本はポケミスで「女は魔物」が訳出されているピーター・チェイニイの42年度作品。なんといっても田中小実昌の翻訳が凄い!この凝り捲くった「いなせ」な文体は一見に値する。長編丸々一作この文体で持たせる持続力には、ただ脱帽あるのみ。読んでいるこっちにゲップが出てしまう。更にこの本の凄いところは、解説が都筑道夫だというところ。もう、これは中味がいかにお手軽で支離滅裂なお色気アクションであったとしても、是非とも持っておきたい本である。
おれはFBI捜査官、レミー・コウション。お紳士様の国で休暇中だったんだが、久々に大使館に顔を出すと「人捜し」の御命令が待っていやがった。そこは公務員の身の上、おまけに人ってえのが若いナオンちゃんと聞いては、おいこらしょっとケツを上げなきゃいけねえ。で、乏しい情報を頼りに、玄関から胡散臭えスクリブナーって奴のところに乗り込んだところ、おい、なんで同僚のミルトンがこんな所にいるんだよ。おまけに俺の正体をばらしやがんの。こりゃ命が幾つあっても足りねえヤマだぜ。ある時は私立探偵、またある時は出所仕立てのギャングを装い、ジューリア・ウエルズとかいうベイビーを追っかける俺、レミー・コウション。タマラって名のタマラねえスケやら、根っからの悪党どもやら、大英帝国首都警察やらを手玉にとっておお暴れ。GメンのGは、ギャルかギャングか、それともギャグか。いいや、ガイじゃねえか。俺は、男の中の男だぜ。憎いコンチクショーじゃなくてコンショーだあ。
原題を「Never A Dull Moment」という。冒頭の一文がそれで「ぼんやり退屈しているヒマなんてない」。目まぐるしく展開するプロット。わらわらと出てくる美女と悪党。そしてコミカルで饒舌な文体。戦前にこんなお喋りなスパイアクションがあったんだから敵わない。青筋立てて「闘いはこれからだ!」と叫んでいたどこぞの小国とは余裕が違う。ミステリ趣味はチープだが、ファンにはそのチープさがまた嬉しいのであろう。いろんな意味でマニアの棚にあるべき作品である。お勧め。


2001年11月4日(日)

◆皆さん!!
私はヤッテはならない事をしてしまいました!!
それも無意識にやってしまった事なので始末が悪うございます。

な、なんと、寝言で

「ふ、古本!ふ、古本!」

と口走っていたんだそうです。

ああ、そんな夢はちっとも見た覚えがなかったのにいいいい!!
お蔭で奥さんは一日中、不機嫌でした。ごめんね、かあちゃん。

◆10月中旬に「長い長い殺人」「巨匠の選択」「ベローナ・クラブの不愉快な事件」「妖かし語り」「九十九本の妖刀」の感想をアップ。

◆「乳色の暦」多岐川恭(桃源社ポピュラーブックス)読了
創元推理文庫での合本復刊及びフクさんのサイトでの著作リストのアップ以来、古書市場で評価が1ランク上がった感のある多岐川恭。私も、黒白さんのプッシュに刺激を受けて追いかけ始めていたところへ時ならぬ「静かなブーム」がやってきたため、今は小休止状態。まあ、また沈静化したら、のんびり集めましょう。どうせ、桃源社ポピュラーブックスの短篇集が「効き目」になっちゃうだよなあ、というわけで、せめて「桃源社ポピュラーノベルズの長編を」と思い、手に取ってみた。こんな話。
狩野悠介が小日向英代に遇ったのは61年の春の事だった。そして野心家の書店員は中堅企業の二代目の妻との不倫に走る。何時の頃からか夫を亡き者とし会社毎手中に収めるプロットが二人の寝物語のコーダとなる。洋上で揮われる一瞬の暴力。そして波間に呑み込まれる殺意。ほくそえむ共犯者たち。だが、その笑みの裏側には、それぞれの更なる思惑があった。悠介が経営陣として迎えられようとした時、幾つもの破滅へのプログラムが作動する。女狐、古狸、飼い慣らされた狼、だが、真の演出者は乳色の暦の向こうで哄笑する。
ラストマン・ラーフィング系のピカレスクに属する作品であろう。倒叙でプロットを転がしながら犯人が探偵する羽目になるパターンで、納得性の高いツイストもついてくる。途中から作者のやりたい事は見えたが、この爽やかな読後感は予想していなかった。アルレーや清張作品であれば、やりきれない思いで書を閉じたと思うのだが、「これはこれで青春よのう」という前向きな感想を抱いてしまう作品。何が意外といって、そこが一番意外。あ、こりゃ一種のネタばれか?


2001年11月3日(土)文化の日

◆朝から頼まれ原稿を一本仕上げて送稿。昨日の日記をアップし終わる頃には午前中が終わっている。あああ、感想は溜まる一方だよう(>最近こればっかだな)。
◆昼から雨が降り出すが「折角『文化の日』なんだから」と根性で古本屋と新刊書店を攻める。そりゃまあ、別に文化の日でなくてもやっている事でしょ!といわれればそうなんだけどさあ。それにしても、相当の雨脚にも関わらず傘をささずに歩いている若者の多いのには驚く。こちたら、どうやって本を水から庇おうかと汲々しているというのに。まずは新刊を2冊。
「銀座幽霊」大阪圭吉(創元推理文庫:帯)660円
「とむらい機関車」大阪圭吉(創元推理文庫:帯)660円
いやあ、これが文庫で読めるんだもの、つくづく良い世の中になったものである。で、「銀座幽霊」に詳細を極める作品リストがついていると思ったら、小林文庫オーナーの作ではありませんかあ!!ううむ、創元推理21のストラングル成田さんといい、ネットで地道に作家研究を行っている人の「順番」が来ているようでご同慶の至り。
古本も二冊。1冊は他に買うものもなさそうだし、とりあえずの1冊。
「横浜PTA殺人事件」麓昌平(青樹社NV)100円
で、もう1冊がちょいメズ。というか、ひょっとすると現役本だったりするのかな?どうも童話の世界は良く判りません。
「ギャル・ファイターの冒険」梶尾真治・新井苑子(小峰書店)200円
以前から梶シンの作品リストで唯一謎だった本。ふーーん、こんな本だったのね。梶尾真治ファンよりも、新井苑子ファンが欲しがりそうな絵本である。ということで、梶シンは今までのところコンプリートかな?

◆「ギャル・ファイターの冒険」梶尾真治(小峰書店)読了
まこと収集の道は地獄道である。それがどのような道筋を辿ったとしても、結局、完集への道のマジック1には、ジュヴィナイルが立ち塞がるのである。まあ、どこぞの風太郎(♪やまだのふうたろ、ふうたろ、♪ふうたろ、ふうたろ、♪子供の時にだけ、あなたに訪れる、笑うにくかめ〜ん)とは異なり、梶尾真治レベルであれば、まだリサイクル系でもお目にかかれるようで。こんな話。
アキちゃんは13歳。テレビの人気番組「ギャル・ファイターの冒険」をおせんべいを食べながらみているのがサイコー。でも、びっくり!ある朝起きてみると自分があの「ギャル・ファイター」になっているじゃない。え?え?とにかくファイタースーツに着替えろって?本物のロボット、Pタロに急かされて、さあ行くぞ!インポッシブル号!狂気の科学者Dr.ファナティックの陰謀をぶっ潰すんだ!!奇怪なベムどもをなぎ倒し、突き進むアキちゃん、いやギャル・ファイター!だが、最凶の敵は、ドクターファナティックすらも越えた存在に成長していた。果してギャルファイターは再びカウチおせんべいの日々に帰れるのか?!闘え!ギャル・ファイター、カジシン収集の効き目を目指して!!
と、ここまでストーリーを書いてしまっていいのだろうか?なにせ、全48頁のうちの半分は新井苑子の絵である。これを1日1冊の感想文と称していいものだろうか?まあ、いいじゃん、定価は780円もするんだし。だから、決して聞かないで欲しい。「面白かった?」と。ありがとう!!ギャル・ファイター!


2001年11月2日(金)

◆本日は、よしだまさし師父主催の「上海蟹の夕べ」で新宿御苑へ。その前に神保町は大島書店で2冊。
「Murder in Black Letter」Poul Anderson(Macmillan Cock Robin Mystery)300円
「Nightmare」Arther La Bern(W.H.Allen)400円
ラ・バーンはヒッチコック映画「フレンジー」の原作者。「フレンジー」は角川文庫に入っているが、原題をGOODBYE PICCARDILLY FAREWELL LEICESTER SQUAREと云うとは知らなんだ。「Nightmare」はラ・バーンの1975年作品。まあ一種のサイコもののようである。で、それよか、なんといっても本日の収獲は、「もう一人のポール・アンダースン」のミステリー。この作家、有名なSF作家とは1字違い。マクミラン社が主催する「コック・ロビン・ミステリー大賞(賞金2500ドル)」(いいねえ、いいねえ)受賞者らしい。んでもって、この作品は、一応オカルトの味付けが施された本格推理なのだが、探偵が変わっている。サン・フランシスコ在住の「トライヴ・山村」という柔道の達人にして日本刀の鑑定家という私立探偵なのであ〜る。拷問の上、殺された歴史学者、600年前の「魔道書」に秘められた謎とは?てなお話らしい。ううむ、なんだかゲテミス好きの血が疼いちゃうよなあ。
◆新宿御苑近くの古本屋に定刻にいくと、待っていたのはよしださんのみ。店内をぶらぶらして集合を待つ。結構濃いラインナップがそれなりの値付けで並んでいる折り目正しい古本屋さんであり、見ていて飽きない。フクさんに雪樹さん、吉野仁さんと集まったところで目的地「CHEF'S」へ移動。っと、その前に均一棚で一冊お買い物。
「蜘蛛の呪い」岡崎柾男(実業之日本社)100円
<少年少女怪奇読物>と銘打たれた子供向けの本。装丁のおどろおどろしさに発作買い。よしださんが「前々から誰か買わないかなあ、と思って見てたんだよねえ〜」と解説。中味は怪奇民話を現代風にアレンジした短篇集。これはキワ物であります。
◆さて、宴会は、少し遅れてきた青月にじむさん、半時間近く遅れてきた香山二三郎さんを交え、最初の1時間半程度は、この面子にしては珍しく寡黙なまま食べる事に集中する。1年ぶりとなる中華ソーセージ・水母の酢の物・ピクルスという前菜から、春巻、黄ニラの炒め物、青菜の煮物、翡翠スープといったところも素晴らしい出来映えではあったのだが、なんといっても主役は上海蟹!採算度外視の蟹味噌シューマイに、丸々1杯の茹で蟹、トドメの蟹味噌炒飯まで、ビールと紹興酒でむしゃむしゃぱくぱく物語。上海蟹を丸ごと頂くなんぞ、生まれて初めての経験である。殻の隅々にまでぎっしりと詰まった肉を蟹爪の先でほじくりながらしゃぶりつく快感。卵も味噌もサイコー。はあああ、美味しかったああ。
◆食後の1時間はわいわいとネットや本の話題で歓談。おもむろに名刺交換から始まり、「千冊レビュー凄い」「いえいえ、私の遥か上いってる人がこの中に一人いらっしゃいますから」「フクさん、何冊?」「1400冊」「げげっ」やら、
「作家さんって、意外にネット書評、読んでますよ」「なんで?」「基本的に編集者って『よいしょ』ですから、そうでない声が聞きたいようですねえ」「ああ、じゃあ俺なんか相当怨み買ってるだろうなあ」「そうそう、怨みといえばがくし対浦賀…」やら、
「新本格作家とは?」「講談社ノベルズのピンク帯?」「ミス研出身?」「キーワードは京都でしょ。彼等の中では『上京』って京都へいく事のようですよ」「上洛って云わんか、普通?」「どうして下戸が多いんでしょ?」「京極夏彦って新本格?」「あれは、京極夏彦小説」やら、
「下読みって大変そう」「行ける!というのは最初の1頁で判りますよ。65歳を過ぎたおじいさんの回想録みたいなのもあったりして」「うっひゃあ、でも最後に実は18歳だった!みたいなドンデン返しがあるとか?」「それが、ないんですってば。結局、公募ガイドを見て応募してくるみたいで、ミステリの賞だと思ってない」「はああ」「だから賞の一次選考っていうのは、小説でないものを落す作業。とりあえず小説になっていれば一次は通ります」「ふーーん。じゃあ、二次は?」「今度は下読みした人間同士で回し読みするんですよ」やら、
「小説家になりたい人はいても、小説を書きたい人は少ない?」「でも、だれでも若気の至りで一本ぐらい書きますよね。星新一もどきとか」「そうそう」「んで、ミステリ系だと、ダイイング・メッセージものをかいちゃう」「あるある」やら、
よしださんお得意の冒険小説協会出身作家及び内藤会長行状記も本日はパワー3倍で大いに盛り上がる。ネット古本系著名人の噂話も炸裂し、愛の貧乏脱出作戦<古書店>版とか(「だめだよ〜、赤川次郎なんか仕入れちゃ。そんな事だから店潰しちゃうんだよ」「…はい」「それから、なんだよ、飛鳥高とか高値掴みしちゃって。日下三蔵が何出してくるかぐらいちゃんと観とけよ!古本屋だからって、新刊見とかなきゃ商売になんねえんだよ!!このタコ!」等)でも大笑い。いやあ、美味しい3時間でした。
女性陣も含め二次会にゴールデン街へと繰り出す面々と別れ、一人家路を急ぎ、帰宅後爆睡。

◆「憑かれた死」Jオサリヴァン(ポケミス)読了
カリンフォードの「死後」と並んで、幽霊が探偵するという珍品、と聞いていたが、探偵の方はレギュラー探偵で、幽霊になるのは被害者の方であった。このように一旦間違った知識が定着してしまうと、そのまま30年間誤解を続けてしまうのだから、怖い。「原典に当たる」というのは、基本ですのう。まあ「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと読め」という噂もあるのだが。とまれ本日は香山・吉野というハードボイルド系の人達とお会いするので「その方面の<ちょいめず>を」と思い手にとってみた。とーこーろーがー、この珍味、尋常一様のひねくれ方ではない。キャラ設定から、プロット、結末、どこをとっても「変」なフーダニットなのであった。こんな話。
私は殺人の被害者。生前の名をピーター・ハイパーという。かつて敏腕犯罪担当記者としてならした私が最後に記すのが、私を亡き者にした人間が裁きを受けるまでの記録だというのは皮肉だ。皮肉といえば、妻マリオンは愛人フォウセットとアリバイ作りに走り、友人だった事件の担当警部タルボットまでが彼女に懸想する有り様。おまけに愛人を守るために凄腕に私立探偵まで雇ってしまう。いや、妻だけを責めるのは酷かもしれない。私も生前は妻の妹ベティに手を出して、彼女のボーイフレンドから殴られたりもした。他に私を憎んでいる者は、だって?そうだな、私がゴシップ専門のコラムニストになってからは、多少はいたかもしれないが、おい、そんな事まで暴きたてるのか?もう少し、死者は丁重に扱って貰いたいんだがね。
素直に三人称で綴られても、法廷場面の出てくるハードボイルドとして珍しがられたかもしれない。それが、被害者の幽霊の視点で語られるのだから「変」の二乗。しかも、担当警部が被害者の妻に心を奪われているという捩じれた人間関係が事件を更にひねくれたものにする。私立探偵もどことなく狂言回しのオーラをたたえ、揚句には「あれれ?」というツイストまでが用意されている。いやあこのアイリッシュ仕立てのフレーバーには脱帽。オマケに解説が都筑道夫と来た日には、これはひねくれミステリファン必携。(持っているだけじゃ駄目だぞ。読むんだぞ。>説得力0)しかし、この作家の第2作以降ってのは一体どうなっちゃったのかね?


2001年11月1日(木)

◆鼻炎カプセルで鼻水を押さえ込む。脳味噌に鼻水が混じったのか、頭がどんよりする。
◆松本さんが「ムーン・フラワー」をゲットしたというので、八重洲古書館を覗きにいく。なるほどポケミスのちょい渋いところが1000円前後で並んでいるが、ガードナーまで1000円なのには参る。「初版に入れ替え」という誘惑もあったが、ボーナス減額も見えているので、ここは無理せずスルー。自由が丘なら100円均一レベルですな。
◆帰ってから新聞のラテ欄を見て悲鳴。ああああ、しまった「科捜研の女」の第3シリーズが今日からじゃないかあああ。ずっと積録だけはしてきたのになああ。くやしいぞおお。
◆「スタアの恋」は相変わらず好調。この秋ドラマでは一番楽しみな作品になってしまった。んでもって奥さんと、「最近『スタア』っていないよねえ」という話になる。女優とかタレントとかは、あっても、所謂「スタア」というと、昔昔の映画会社専属だの五社協定だの言ってた時代の産物なんだよなあ、と懐古モード。「最後のスタアといえるような女優って誰だろうね?」「うーん、沢口靖子はテレビタレントになっちゃったしなあ」「寅さんのマドンナ役で誰かいない?」「ううむ、松坂慶子とか」「夏目雅子は?」「お、それは原節子ラインでいいかも」というわけでkashiba家では夏目雅子が最後の「スタア」に決定致しました。ここにご報告いたします。

◆「囁く死体」WPマッギヴァーン(ポケミス)読了
後に「悪徳警官」ものという新境地で天下を取るマッギヴァーンの処女作。どうせ読み飛ばしの軽ハードボイルドでしょう?と侮るなかれ。その中味はミステリファンには堪らない探偵雑誌・業界内幕モノなのである。主人公はミステリ作家にしてミステリ雑誌の編集長。まさに「EQMM」であり「マイケル・シェーン・ミステリ・マガジン」の世界なのだ。アバウトな出版社の内実やら、三文小説家の生態も伺え、きちんとしたフーダニットにもなっているというバランスの取れた作品であり、こういう作品こそ、文庫でいつでも読めるようにしておいて欲しいよなあと思う次第。こんな話。
日曜日の朝一番。警官に訪問されるには向かない時間だ。ましてや、殺人現場の後始末をして帰ってきたばかりの人間には辛い。おまけに自分の作品とは勝手が違い、やってきた刑事に忽ち偽装を見破られてしまった。やれやれ。そもそも、こんな羽目になったのは、探偵雑誌の編集長なんぞ引き受けたからだ。私の名はスティーヴ・ブレイク。中堅の探偵作家。ふとお下品な探偵雑誌を出したくなったトーン社長の道楽から編集長を任された。美人の秘書もあてがってもらった。経理係の女性ともいい雰囲気だった。だが、全てはあのいかすけないバイロンが編集助手として雇われるまでの事。成る程、編集の才能はある。だが、あの毒虫ぶりはどうだ?案の定、自分の催したパーティーが開けた深夜、奴は鉛玉を食わされた。おまけに死に際に「スティーヴ、やめてくれ」と叫んだだと?可愛い秘書殿に泣き付かれ、現場に駆けつけたはいいが、さて、この殺人どう落とし前をつける?。かくして、探偵作家は探偵する。この締切ばっかりは編集長だからって、延ばせそうもない。
冒頭の主人公と警官の駆け引きから、キャラ紹介の回想シーン、そして、背に腹はかえられない土壇場の名推理まで、息をもつかせぬテンポの良さ。事件の散らばらせ方も巧みで、ホックの「大鴉殺人事件」に溯る事20年の推理出版界の大らかな雰囲気も楽しい。真犯人も結構意外で、きちんとミステリの定石を踏んでおり、これだけ書ければ新人として充分合格点であろう。どちらかと云えば、マッギヴァーンよりもラティマーの作風を思わせる軽快さ。いやあ、面白うございました。もっとこの路線で書いてくれればよかったのに。