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2001年10月31日(水)

◆下はもちろん、前を向いていても、鼻水が垂れてくる花粉症が如き鼻炎状態。ああ、つらい。何もやる気がしない。ずるずる。「上を向ういて歩こおおお、」「どうしました」「いやあ、旅客機が落ちてこないかと思って」(>やめんかい!)
◆一瞬だけ神保町チェック。「青空」の棚で1冊。今年に入って、まだ取り寄せが可能だということが判明したあの伝説の随筆本を定価以下でゲット。
「猿猴川に死す」森下雨村(関西のつり社:帯)800円
ゲットした人が異口同音に言うように、帯が凄い。横溝正史もあるでよ。それにしても昭和52年の本がまだ現役であるかね。すげえ。ちゃんと古本でゲットした僕ってえらい?>えらいもんかい!!

◆「第一容疑者2−顔のない少女」Lラプラント(早川ミステリ文庫)読了
最もリアルな女警部ものの第2作。なにせロンドンの首都警察が、新人採用の際にこの作品のビデオを使用しているとか。確かに詩人警視やら、クロスワード狂いの呑んだくれ警部なんぞに比べ、このシリーズの主人公ジェイン・テニスン主任警部の闘いは余りにも凄絶である。犯人との駆け引きもさる事ながら、なんといってもテニスンものの読み所は「徹底的<男尊女卑>社会=警察」に対する彼女の闘争にある。病に倒れた同僚の後を継いで淫楽殺人者を追った前作では、警察内の<男対女>という対立軸で語られた社会の歪みが、この作品では、更にパワーアップ。あのイギリスにもある「黒人対白人」という対立軸が正面から扱われている。作者の巧みなのは、ジェインの新しい恋人として黒人刑事を配し、差別の多重奏を物語りに持ち込んでいるところ。まあ、そこに限って云えば、新人採用のビデオとしては些かいかがなものかとは思わないでもないのだが。こんな話。
若い黒人刑事オズワルドとの逢い引きの最中に呼び出されたジェインを待っていたのは両手を後ろで縛られた少女の白骨死体であった。場所は黒人居住地区。とある「冤罪」事件を契機に警察と住民の関係が極度に拗れている地区だった。果して「少女」は2年前に行方不明になった「冤罪」の主の妹なのか?ジェインたちは現場のかつての所有者を訪ね、その家を借りていた男を追う。自らの昇進のみが気掛かりの上司、人種偏見に凝り固まった部下、そして偶然にも他署から応援に駆り出されたオズワルド、様々な人間関係に苦しみながらジェインの孤独なチームプレイは、「少女」の夏に迫る。男女、黒白、貧富。怨嗟の溶け合う現代の地獄。そして闇は身近に潜む。
なんとも地道な捜査小説。相当に派手な設定にも関わらず、決して上滑りすることなく、真犯人像に迫る描写は、イギリス警察小説の伝統を感じさせる。被害者の身元が割れた時の「優しさ」、そして卑劣な犯人に対する凍った怒り、テニスンは、ただ一人の理解者ともすれ違いを繰り返し、そして、男達の身勝手に身体を震わせる。第1作のラストで、それなりの勝利を掴んだジェインにここまでの仕打ちをするのは、シリーズ化のためなのか?ううむ、こりゃ第3作をビデオで見なきゃなあ。


2001年10月30日(火)

◆掲示板に書き込みのあった写原さんのメグレ研究サイトを覗きにいく。へえー、これは充実してますねえ。こういう一人の探偵に特化したページもいいなあ、などと改めて思った次第。
◆明日放映予定の「ゴールデン・スパイダー」を予約するために久しぶりに別宅に寄る。郵便物やらチラシが山のように溜まっている。書きわけてみるとSRマンスリーの最新号とEQFCのクイーンダム最新63号&増刊11号が届いていた。SRマンスリーでは、西の女王様の全国大会レポートと河田陸村師匠のHMM高騰化に対する苦言が面白い。EQIII氏の犯人当てに挑戦するのは「黒死館」を読んでからにしよう、って、あと10年は無理かな?
クイーンダムは相変わらず凄いボリューム。毎号毎号よくぞこれ程一人の作家について書く事がありますねえ、といつもながらの慨嘆。だいたい「帝王死す」だけで3巻持たせちゃうんだもんなあ。次号からは更に辛いぞ。なんてったって「第八の日」だ。一体どうすんだよ。あんな宗教説話のできそこないのような異色作。増刊は2年に一度の漫画特集。これも良く続きます。書き手の面子に余り変化がない分、皆さん、絵が上手くなる事、上手くなる事。大事に読ませてもらいましょ。
◆本宅から会社経由で下げてきた読了本を未読本と入れ替え。ふと、みると、パトリシア・ハイスミスは扶桑社文庫、河出文庫ともに揃っておりましたとさ。うああああ。てなわけで、一週間前に買った「ヴェネチアから消えた男」はダブりであることが判明しましたとさ。
◆森さんに本を注文すべく、原書と若干格闘。和書以上に何を持っていて、何を持っていないのか判らなくなってきたぞお。って、これから注文して何か残っているのだろうか?一度真剣にリストをつくらねば。

◆「ライノクス殺人事件」Pマクドナルド(六興キャンドルミステリ)読了
戦後翻訳ミステリとしては最も古書価が高い作品。この1作のために私はキャンミスの揃いを買う事にした。バラで出れば3万円から、下手に競るとこの1冊だけで6桁行きかねない「幻の名作」である。もともと六興キャンドルミステリは他で読めない稀少本の宝庫で、ラインナップもアリンガムやらエバーハートといった渋い女流、ロックリッジにコールといった夫婦作家、チャータリスにグルーバーといった「拳銃マーク」までバラエティーも保ちながらマニアのツボを突いた選択ぶりに溜め息が出るばかりなのである。で、その中でも最も評判が高いのがこの作品。その人気の秘密は、一つにはPマクという作者の「偉大なるマイナー」ぶり。そして今ひとつは「結末」に始まり「発端」に終わるという冒険的な趣向である。
メインストーリーは、さる商社の社長が、商売上のトラブルから、得体の知れない老人に殺害される顛末を時系列的におった、一種の倒叙趣味もある物語である。で、はっきり言って「見え見え」である。殺人現場の平面図をつけたりして、なんとか本格趣味を引っ張ろうとするのだが、全くこちらの予想を越える展開がないままに、「衝撃の<発端>」に辿りつく。この書に何万円の値が付くというのは、物理的な問題としては理解できる。私自身、その部分で「高い買い物をした」という思いは全くない。が、この作品の推理文学的価値は?と問われると趣向の珍奇性のみの作品としてしか評価はできない。ゲスリン以外の作品では未訳の「R.I.P」の方が全然面白い。
尚、オマケでついているゲスリンのデビュー作「目にはいらない森」は、リッパーものの佳編。解法は「ジェシカおばさんの事件簿」並みの、<犯人の喋り過ぎ>ではあるが、この枚数に収めた手際は賞賛に値する。こちらは一読の価値あり。田中潤司解説も短いながらPマクの魅力を必要十分に語っており、かつては資料性も高かったものと思われる。


2001年10月29日(月)

◆1000レビューについてお祝辞を下さった安田ママさん、Moriwakiさん、膳所さん、茗荷さん、ありがとうございます。たとえこのサイトを撤収しても、皆様方には、メールででも感想を送り続けよう、と決意するkashibaなのでありました。
◆というわけで、少し気が抜けたので、本日も感想をパス。というか、本日もクソ忙しい1日で何をやる余裕もございませんでした。仕事でもメルマガなんぞをやっているもので、1日の情報発信欲が飽和に達しちゃうんだよね。
◆残業につき、古本屋に寄れずじまい。昼休みに新刊書店でいつもの2冊。
「ミステリマガジン 2001月12月号」(早川書房)800円
「SFマガジン 2001年12月号」(早川書房)890円
やっとローレンス・トリートの分載が始まった模様。予告から2ヶ月遅れの背景はなんぞや?単に、ロスマク発掘を優先したら、翌月も映画特集で分厚くなりすぎたって事なんでしょうかね?
◆真夜中手前に、メールが二本。なんと「赤ちゃんをさがせ」の解説者・川出正樹さんと、創元の青井先生の担当編集の方から、解説にある3作品の「共通点」についてタネ明かしを頂きました。
おおおお、なーるーほーどー。そういうわけですか。納得納得。どうもありがとうございます。これで安心して眠れます。(まあ、判らなくても寝ちゃう奴だけどさ)

◆「ラブクラフトの遺産」ワインバーグ&グリーンバーグ編(創元推理文庫)読了
当節流行の書き下ろしホラーアンソロジー。とはいえ、ラブクラフト生誕100周年企画となると類書とは一線を画した出来映え。勿論、中には「これのどこが<ラブクラフト>やねん?」という的外れの員数合わせがないわけではないが、とにかく「熱い奴あ、熱い」ので、全体から異様なムードを放っている作品集である。序文のブロックの怒りを込めたラブレターを見よ!朝松健のクトゥルー命の後書きを読め!これはまさに旧神たちの毒気に当てられる御得用クトゥルー神話体系「別巻」。以下、ミニコメ。
「間男」これはラブクラフトをおちょくり倒した艶笑譚。あまとりあ社の本で「離魂学入門」てな題名がつきそうな一編。さすがは「ライブ・ガールズ」の作者である。
「わが心臓の秘密」不死を求めた父子の呪わしい顛末を擬古文で描いた格調高い作品。面白くないところまで、擬古である。
「シェークスピア奇譚」<天才>が交わした契約がもたらす災厄。旧神 MEETS 著名人。これ、これ、こういう話が読みたいのよねえ。圧倒的な面白さ。
「大いなる”C”」第二の月に秘められた存在が人類を呑み込んでいく。SF仕立てのホラー。天然ラブクラフトを自任するラムレイの稚気はいいのだが、これのどこがラブクラフトなの?
「忌まわしきもの」蚤の市マニアが彫り出した「死」は不倫の浴槽を朱に染める。直截的な展開がラブクラフトらしさとは馴染まない。真昼のグランギニョール。
「血の島」暗闇に浮かぶ幽霊たちは何を訴えたのか?アストラルな復讐は島を血で彩る。実に古典的な因果応報。有無を云わせぬ導入部が、ラブクラフトらしくないが、貫禄十分。
「霊魂の番人」ニューイングランドの狂信者の館に監禁された男の恐怖の3週間。幕切れの唐突さが怖さを盛り上げる。聞こえない悲鳴で終わる物語。
「ヘルムート・ヘッケルの日記と書簡」旧神の自動書記と化した幻想文学の大家の末路。書簡集で綴られるビブリオな顛末は、マニア心をくすぐる。ファンダム万歳。
「食屍鬼メリフィリア」美しき食屍鬼の「日常」と悲恋を暗い色彩で描いた名品。私が編集なら巻頭作に使いたい。カラーイラストに仕立てあげたい。
「黄泉の妖神」<魂抜き鬼>の夜語りはやがて恐怖の朝を迎える。西部の一軒屋に這い寄る旧きもの。緩急の使い分けが巧みな怪異譚。ラストの禁違に満ちた図柄も心憎い。
「ラブクラフト邸探訪記」誰かやるだろうと思っていたらやっぱりやってましたま!まあ、ブロックの「ポー収集狂」の世界。好きなんだよね、こういうファンをこじらせたお話。
「邪教の魔力」ごく普通の人間がいつしか担わされた暗黒の神官役。シリアル・キラーの反逆は果して成功するのか?おお、現代ミステリとクトゥルーの融合。お見事。
「荒地」<ジャージーデビル>を追う人類学者は<松光>に誘われ、在るべからざるものたちの祝福を受ける。抜群の語り口と新規な道具立て、派手な展開と衝撃のラスト。これは上手い。パスティーシュでありながら、オリジナリティーもあるという希有な作品。解説の朝松健の嫉妬ぶりが笑える。


2001年10月28日(日)

◆10月中旬に「夏の滴」「北村薫の本格ミステリ・ライブラリー」の感想をアップ。
◆午後、同じく10月中旬に「赤ちゃんをさがせ」の感想をアップ!!
そして、この感想が「猟奇の鉄人」として1000個目の作品レビューとなりましたあああ!!
読んだ順に感想を書いていくと丁度この作品がミレニアムになる事が判ったので、律義にその順を守ってみました。本当は献本を受けた分、早目に感想を上げるのが筋かとも思いましたが、そんな事情です。感想、遅くなってごめんなさい。楽しんで頂ければ幸いです。
◆1000レビューについての所感など。
まあ、毎日やっていればそのうちに到達するとは思ってましたが、ここまで難産になるとは思いませんでした。1999年の1月1日に日記の感想を始めた時は、本当の寸評でしたが、サイトをオープンしてから徐々に今の「無駄話・梗概・感想」というスタイルも固まり、今日まで、若干のサボリも交えつつやってくる事が出来ました。ここまで、この孤独な闘いにお付き合い頂いた皆様に、感謝申し上げます。ありがとうございました。
感情剥き出しの拙い雑文ですが、何らかの形で、ミステリやSF、ホラーといった趣味を同じうする皆さんのお役に立てば、幸甚に存じます。
んでもって、今日はちょっと自分も褒めてやります。お疲れさん!!
◆雨が降らないうちにお買い物。一軒だけチェック。
d「ハヤカワミステリマガジン 347号」(早川書房)80円
「殺意の浜辺」一挙掲載号ですな。いやまあ、何も買うものがないのも寂しいので。

◆「留学生は吸血鬼」新津きよみ(ケイブンシャ・コスモティーンズ)読了
さても中途半端な作品である。このあたりがケイブンシャ・コスモティーンズの標準だとすれば、余りにもお寒い話である。もともと、この作品は全く読む気がなかった。乃南アサ&新津きよみ ファンサイト ゴーゴー!N's ミステリーの主宰者であるひろみんさんから、「譲って下さい」と言われなければ一生読まなかったに違いない。
新津きよみ作品自体は、幾つかのアンソロジーで遭遇し、女の怖さや嫌らしさを書ける人だなあ、と一定の評価をしていたのだが、このジュヴィナイル・ホラーについていえば、どうも作者の気合が感じられない。「まあ、子供向けだから、こんなもんでしょ?」という開き直りが辛いのだ。ストーリーは、まさに、題名通り。英国から来た素敵な留学生が実は吸血鬼で、しかも、懸賞旅行で英国に遊びにいった主人公を追っかけてきた、というお話。一応、当時の世相を反映したえせオカルトねたが絡む。我々と同世代の人間で「吸血鬼で一作」と言われて、「ポーの一族」に一矢報いたいと思わないような人間は、少なくとも「小説家」の名には値しない。新津きよみは本来それができる地力を持った作家であるにもかかわらず、この作品では、その力の5%も出していない。それが、心から残念である。小野不由美は、少なくともジュヴィナイルであるからと言って手抜きはしない。なるほど「悪霊」シリーズと「屍鬼」では、労力は違うかもしれない。だが、だからといって年少読者を舐めてはいない。この本は存在そのものを忘れ去っていい本である。おそらく作者がそれを一番望んでいるであろう。愚作。


2001年10月27日(土)

◆ダサコン5.5の「SFサイトへの100の質問」への答えをしこしこ書く。さすがにSFについては気の利いた事がなかなか書けないものである。私の回答はここ。
◆10月上旬に「密室の妻」「ジャッカー」「ファントムパーティー」の感想をアップ。
◆「至上の愛」「世界ふしぎ発見」「美の巨人たち」と連続視聴。「至上の愛」は、泣かせる悲恋ものではあるが、余りにも詰め込み過ぎ。ここまで脚本を刈り込むと些か辛い。放映後に只管ハイビジョン番組の予告編を流すぐらいなら後せめて5分伸ばして「説明」して欲しい。「美の巨人たち」はフェルメール唯一の風景画の仕掛に迫るドキュメンタリー。いやあ、良い番組やってますねえ、エプソンさん。

◆「三毛猫ホームズのプリマドンナ」赤川次郎(光文社カッパNV)読了
一日一冊のためなら悪魔に魂を売る、とまで言うと失礼かもしれないが、一体、赤川次郎FC系以外のミステリ系のサイトで三毛猫ホームズ、それも最近作の感想が載っているところってあるのか?そもそも「読んだ」と書く事自体が極めて稀なのではなかろうか?おそらくその登場作(「〜推理」)を除いては、卑しくもミステリ系サイトを名乗るところで語られる事は絶無に近いに違いない。更に云えばシャム猫ココのファンであれば、あるだけ三毛猫ホームズはバカにしてかかるというような事はないだろうか?「猫はクリムゾン・リバーを嫌う」。ファンの矜持とでも言うのだろうか?謎宮会の戸田氏のような達人でなければ、「赤川次郎を読んでるよ」と言えないのは、人の心に仕掛けられた罠なのかもしれない。いやまあ、とはいえ、別にこの作品集が面白いわけでもなんでもない。はっきり言って小説については、スカスカである。
お嬢さまと貧乏人の娘という「ガラスの仮面」も赤面する昭和少女漫画の黄金律のままにフーダニット趣味を加えた表題作「三毛猫ホームズのプリマドンナ」、
絞め殺した筈の妻が刺殺されていた夫の戸惑いと彼を巡る男女関係の地獄を描いた「三毛猫ホームズのモーニングコール」、
暗闇の中の富豪の殺人未遂を扱った黄金期パズラーのコード踏襲型作品「三毛猫ホームズの古時計」、
いずれも謎に「タメ」のない、薄味の作品が並ぶ。これが、「本格推理」に応募されていれば、間違いなく全て落選である。
だが、この本は作家・赤川次郎の原点ともいえる「三毛猫ホームズの青春日記−小さな自伝」が収録されているだけで、意義がある。このエッセイは良い。決して、奢らず高ぶらず、赤川次郎しか読まずに赤川次郎のような売れっ子になりたいと勘違いしている人々に対する啓蒙の書となっている。小説家は小説家になりたいのではなくて、小説を書きたいのだ、という当たり前の真実を教えてくれる好エッセイではなかろうか。


2001年10月26日(金)

◆仕事に追われつづけた1週間がようやく終わる。いやあ今週は給料分は働いたなあ。
◆というわけで、落穂モードで神保町へ。本日から恒例の青空古本市が開催されているのだ。まあ、例によって例のメンバーが朝も早よからローラー作戦を繰り広げている筈なのでぺんぺん草一本残っておるまいと思い、祭の余韻を楽しむ事に専念する。とはいえ、1冊だけ「ひょっとしたら」と思う本があって、真っ先に三省堂へ直行。んで、泰西書院の棚を見たら、あった、あったよ、ありましたああ!かの伝説の同人誌、野村宏平氏のこれ。
「ミステリアンソロジーインデックス1946〜1992」野村宏平編(私家版)12000円
所持金が足りなかったので、慌ててCD機へ走る。いやあ、この切迫感は久しぶり。前回、古本絡みで銀行に走ったのは、未知谷の「国枝全集」が格安で並んでいた時だったかなあ。冷静に考えれば、1万2千円の同人誌がそうそう売れる筈もないのだが、そこはそれ、古本の世界では起こり得ない事が起きるのである。剣呑剣呑。とまれ無事に入手できて、ハッピーラッキー。その隣に並んでいた森下さんの労作である「マンハント」の書誌は今や、ネットで公開されているのでパス。それにしても、泰西書院には後何冊野村本の在庫があるのだろうか?
呂古書房のサービス棚で角川文庫の外国文学が200円均一で並んでいたが、このゾーンはよしださんにお任せしてるので、撫ぜるだけでパス。大島書店の店内で、ワタクシ的には嬉しい本をゲット。
「The Great Detectives」Theodore Mathieson(Simon & Schuster:AFE)300
なんという事はない「名探偵群像」の原書の初版であるが、結構な美本であり、クイーンの収集家にとっても要チェックな1冊。これのカバー付きが300円なら紛れもなく「買い」であろう。因みに、外国の古書店がつけた値段も見返しに鉛筆で書き込まれおり「15$」とか。ほほほ、まあ、良いお買い物であります。
引き続き、草古堂を覗きに行くと、先日並んでいたポケミスの美味しいところは全て浚われた後だった。余りに順当な抜かれっぷりに感心。とりあえず50円棚で1冊。
d「灰色の部屋」Eフィルポッツ(創元推理文庫)50円
これが50円なら買うしかないでしょう?そのまま、御茶ノ水に上がって、駅傍のお店のワゴンで1冊。
「大帆船タイガー号の謎」Mスピレーン(晶文社)100円
おお、これも嬉しいぞお。縁がないため、定価までは覚悟していた本だったので思わぬ安値に拍手喝采。
◆もう一軒だけチェックしようと平井のブックオフへ。まあ、たいしたものはなく安物買い。
「幻視者」Dパスマン(早川書房:帯)100円
「覆面を取った馬」松岡悟(三一書房:帯)100円
「ホラー映画が殺した」三谷茉沙夫(扶桑社NV:帯)100円
「溺れゆく者たち」Rメイソン(角川書店)100円
d「魔法の迷宮(上・下)」PJファーマー(ハヤカワSF文庫)各100円
角川書店のBOOK PLUSがもう100円落ち。今年の本だというのに、なんとも仁義なきブックオフである。ついでに言えば国書の「Xに対する逮捕状」の帯・月報付きも100均棚に落ちていたのだが、さすがに嵩張るので手はださなかった。こういう事を云うとカチンと来る人も多かろうが、やっぱりブックオフで買い物し慣れると、新刊で本を買うのが辛くなってくる。だってさあ、新刊で買っても、どうせ積読で1年や2年は置いておくんだもん。
ダブリ買いのファーマーは「へっへっへ、ないんですよ、これ〜」と安田ママさんを騙して引き取ってもらおうかな。いやまあ「ない」のは事実なんだけどさあ。

◆「悪党パーカー/逃亡の顔」Rスターク(ポケミス)読了
総じて入手困難なパーカー・シリーズの中でも、角川文庫の3冊と並んで入手にてこずるシリーズ第2作。シリーズの流れを作る意味で重要な作品であるにも関わらずなぜか文庫落ちしておらず、加えて復刊もままならず、私自身がポケミス収集に血道を上げていた時にも、堂々「最後の10冊」入りした一冊だった(確か自力救済できなかった筈である)。たとえあなたが、黄金期本格推理至上主義者であっても、或いは現代ミステリ原理主義者であっても、また或いは通りすがりの「日本一古本を買う男」だったりしても、悪い事は云わない、見かけたら即「買い」である。
物語は、第一作で、自分を裏切った妻を始めシンジケートの大物に鉄槌を加えたパーカーが顔を変えるところから始まる。1万8千ドルを投じて作り替えた「顔」は「作品」の名に値する出来映えだった。アドラーなるもぐり医者は、値段分の仕事をするプロであり、自分の身の護り方を知っているプロだ。パーカーはプロには敬意を表する。問題は、誰しもがそうではないところだ。
懐具合が寂しくなったパーカーは、現場復帰の手始めに5万ドルの仕事にとりかかる。だが、現金輸送の装甲車を襲撃するその計画は、二流のプロと筋の悪い素人が思いついたものだった。早速パーカーは、計画を練り直し、少ない人数で確実に獲物を奪える方法を提案する。勿論、筋の悪い素人の裏切りも加味したものであることは云うまでもない。云う必要もない。だが、トラブルは、思わぬ方向から降ってくる。なんと「顔を変えた男達」の一人が、アドラーを口封じのために殺ったのだ。アドラーの講じた「安全装置」を起動させないためには、パーカーの手で真犯人を上げる必要がある。右手で強盗、左手で探偵、今、パーカーの孤独なチームプレイの導火線に火が放たれる。
パーカーの「一匹狼」ぶりが光る一作。そして、プロぶりが嬉しい一作である。<合目的的>という言葉がこれほど似合う男も珍しい。常に二手、三手先を読み、モラルを廃したプランを静かに実行する男。この男の前では、ハードボイルドの探偵たちも、なぜか饒舌なだけの書き割りに見えてくる。ううむ、リー・マービンじゃないんだよなあ、メル・ギブスンじゃないんだよなあ、ルトガー・ハウアーか、松田優作って事でどうでしょう?だめ?>ロビーさん


2001年10月25日(木)

◆今日も1日分しっかりお仕事。はふう。
◆新津きよみと乃南アサのファンサイトをやっている人から、「新津きよみの『留学生は吸血鬼』を譲ってええ」というメールを頂く。まあ、我が家で叢書を揃えるためだけに本棚の肥やしになっているよりは、情報発信もしている熱烈なファンの手元に在った方がいいかあ〜、とも思ったが、そこはそれ「いやいや、ここで甘い顔をしては、世間様にしめしがつかん!」と思い直すと同時に「ここで拾って来てこそ<古本者>!」と血が騒ぐ。
てなわけで、残業後「沿線でもしあるとしたらココしかない」という一店をピンポイントで急襲。結果、あっさりゲット。まあ、こんなものです。他にもアレコレ拾う。
d「メグレを射った男」Gシムノン(河出書房)200円
d「メグレと生死不明の男」Gシムノン(講談社文庫)120円
d「怪盗レトン」Gシムノン(角川文庫)120円
d「ブラウン神父ブック」井上ひさし編(:帯)600円
「わしは、わしの道をいく」柴田錬三郎(春陽文庫)150円
d「留学生は吸血鬼」新津きよみ(ケイブンシャ文庫)120円
いやまあ、ダブりばっかりですけどね。まあ、メグレの濃さげなところがこの値段ですと買っちゃいますよねえ。ブラウン神父ブックは「この値段でも引き取り手はいる」と信じての暴挙。うう、高いなあ。唯一ダブリじゃない柴錬の現代ものは快男児ものとして結構面白そうである。

◆「ハイヒールの死」Cブランド(ポケミス)読了
「あっはっは、実は未読でした」シリーズの、えーっと、何冊目かな?コックリル警部が出てこないもので、つい読みそびれていた作者のデビュー作。はっきり申し上げて、後年のシャープにしてロジックをこじらせた作風を期待すると、戸惑う事間違いなしの作品。ずばり「かしましい」のである。実は積録のまま放ったらかしなのだが、この作品、白黒時代に映画化されている筈である。(ビデオやら、菅正明氏の労作やら資料一式が別宅に置いたままなので確認できません。すんません。)とりあえず、可愛い娘たちがワイワイ出てきてぴーちくぱーちく騒ぐ雰囲気が実に昔の映画に合いそうではある。探偵役は後の「暗闇の薔薇」で再登場するチャールズワース警部だが、はっきり言って、この作品では、容疑者たちの玩具扱いである。こんな話。
「皆ああ!!大変、大変よお」「一体どうしたのよ?」「ウサギのカレー煮を食べて加減の悪くなったドゥーンさんったら、そのまま死んじゃったんですって」「えーー?なんで?」「なんでも蓚酸だって。ほら、あの日イレーネとヴィクトリアが、帽子の汚れ落しにって買ってきたでしょ?」「え?あれって、床にぶちまけちゃったんじゃなくて?」「誰が掃除したっけ?」「ミセス・ハリスだっけ?」「こぼしたのはレイチェルよね?」「それは、いいんだけど、なぜドゥーンさんが殺されるわけ?ペヴァン店長が支店長に抜擢したのは、あのいかすけないミス・グレゴリイだったじゃない?」「知らないわよ、そんなの」「もしかして、ミス・グレゴリイを狙ったとか」「きゃあ、やだああ」「そんなの、ソーセージひとつだって嘘よお!!」「えー、すみません、こちらクリストフ衣装店ですよね。わたし、スコットランドヤードのチャールズワースと申しますが」「きゃああ、警部さん、かっわいいい!!」
多少なりとも、原作のかしましさをご理解頂けましたでしょうか?とにかく台詞の端々、地の文の隅々まで饒舌なのである。他のブランド作品に比べ1オクターブ高いのである。それなりに練られたプロットなのであるが、途中で文体に疲れてしまい、「もう誰が犯人でもいいけんね」状態に陥ってしまうのである(すくなくとも私はそうでした)。まあ、それでもさすがブランド、大胆な錯誤的描写を中盤に配して退屈しのぎを施すあたり後年あるを思わせる部分もあるのだが、、、とりあえず、完読するためには「ブランド作品だと思わない事」「心に余裕のある時に読む事」かな?


2001年10月24日(水)

◆鼻風邪を拗らせ、脳味噌半値八掛け二割引き状態。ティッシュが手放せない。ちょっと油断すると、つつーっと水洟が垂れてくる。ああ、なんだが秋なのに花粉症みたいだよう。秋なのに〜、秋なのに〜、鼻水また一つ〜。
◆仕事が忙しい。心の余裕がございません。大阪圭吉狙いで駅前のしょぼい本屋を覗いたが創元推理文庫の影もありゃしない。通勤快速の時間も迫っていたので古本ワゴンのチェックもなしでまっすぐ帰宅。お、森さんのカタログが届いていたぞお。しかし、ロスコーのレア本は今の私には「高値の花」なんだよなあ。ぎゃあ、ドハティーの「アヌビス殺し」はサイン入りじゃん。しまったなあ、ニューヨークで買うんじゃなかったなあ。そう、実はこの7月にNYに新婚旅行ついでに立ち寄った際、しっかりMYSTERIOUS BOOKSHOPやらMURDER INKでドハティーを買い捲ったんだよねえ。今回もじっくり読ませて頂き、ぼちぼち注文させて頂きます。はい。

◆「夜陰譚」菅浩江(光文社)読了
日本推理作家協会賞受賞第1作にして、星雲賞受賞第1作にして、「SFが読みたい!」国内編第1位獲得第1作。広済堂・カッパの異形シリーズ他の書き下ろしアンソロジーに収録されたホラーを中心に編まれた「闇」の作品集。「永遠の森」が軌道上の美の楽・園を舞台にした柔らかなSunny Sideの作品集であったのに対し、こちらは飽くまでも、Dark Sideの勅撰呪歌集。そこが、街角であれ、住いであれ、水辺であれ、座敷であれ、オフィスであれ、舞台であれ、吹雪の中であれ、湯煙の向こうであれ、人の在るところ、夜の帳は密かに降り、その奥へ迷える魂を包み込む。果して、古来、太陽であった筈の「おんな」たちは、「誰が悪いのでもない」という自省と諦観の底から呻きと溜め息をもらす。その居場所を「陰」という。その時間を「夜」という。肉温の扉の向こうから作者のB面が騙る九つの夜の詩。そのほの昏さは、読者を選び、癒しを笑う。以下、ミニコメ。
「夜陰譚」無機質に憧れちりちりと刻む夢。変化の果てに分相応の報い。滅びすら許されない紛い物の心。美の残酷、無垢なる嗜虐。夜の果てに明るい地獄。飛べない女を覆う、救いようのないダークファンタジー。痛たたた。
「つぐない」ふとした同情心に歯車の狂った親切が襲いかかる。虐げられ歪められたココロが取材というの名の卑しい好奇心を呑み込み暴走する。女ストーカーの闇を活写した日常系ホラー。これはスガヒロエの「黒い家」。結構、楽しんで書いてそうなのが怖い。
「蟷螂の月」再読。魚臭いバイストンウエルの上に、漆黒は鎌形に切り取られる。嗤う月、蟷螂の血族が嵌まる水辺の狂気。女陰に巣食う自我は、弁護側の証人。体温を纏った水の魔、これも救われないモノローグ。
「贈り物」恋人からの贈り物は人魚の鱗。そして夜毎訪れる品定めの囁き。選ばれる悦びに浸った女は、封印を逆転する。ラスト1頁の予想を裏切る展開が凄い。貪欲さでオンナに勝る生き物はいない。たとえ想像の中でさえ。
「和服継承」艶。和装佳人の一人語りは、色狂いの伯母の記憶を再生する。着物に秘められた色欲の引き金。抑圧が解放に転じる一瞬、心と肉襞は飛翔する。和服を愛する作者ならではのエロチズム。抑えた筆で、匂い立つエロスを余すところなく描いた文句なしの傑作。ごちそうさまでした。よろしおあがりやす。
「白い手」仕事で育まれた女同士の友情。創作の楽神をかき立てた手は、堕天使の翼へと変容する。働く女性の応援歌が、ウエディングベルの下で一転、白い闇に包まれる。堂々たる小説。語りはこうありたい。
「桜湯道成寺」若い頃から囲われ者だった主人公が、一瞬の春に狂い咲く。嫉妬の焔、舞台の桜。鐘に恨みは数々ござる、花のほかにはまつばかり。放たれた思いは母の囁きに消えにける。桜色の騙し絵。お見事でございます。
「雪音」あいだ数ヶ月の再読につき、感想も再録。ネットの自然食販売で実績を上げる孤独な女経営者が都会の雪を重たげに見つめる時、髪の長い女は現われる。しんとした雪音に封じ込められた心の軋み。浄化の刻は静謐に溶ける。ややステロタイプながらも純粋故に心を歪ませ、視野狭窄の中であがく主人公の描写が巧み。クライマックスは無音の音を聞かせる魔術師スガヒロエの面目躍如たるものがある。
「美人の湯」どこにでもある「美人の湯」で、どこにでもいる「美人」が笑う。ほらほら、そこに作者が立っている。底意地の悪いボーナストラック。独白の明るさが、全編を覆う闇を落す、心地の良い上がり湯、といった風情の小品。


2001年10月23日(火)

◆前日とは打って変わって上天気。しかも、覚悟していた残業もせずにすみ定時退社。これは、一つ真面目に古本してみるべえ、と西大島〜南砂町定点観測。ついでに、噂の萬葉堂書店を覗いてみようと心に決めてゴウ!西大島では、表の均一棚がそれなりに元気。ここで、買い物。
「人形佐七捕物帳全集1」横溝正史(講談社:裸本・月報)100円
「人形佐七捕物帳全集2」横溝正史(講談社:裸本)100円
「遊星からの物体X」ADフォスター(サンリオ)100円
「ふらんす風くノ一笑法」玉川一郎(かもめ新書)100円
んでもって、店内でポケミスのちょいメズを1冊拾う。
d「悪党パーカー/逃亡の顔」Rスターク(ポケミス)130円
これって、未文庫化の品切れだっけか?人形佐七は余りの安さに発作買い。中島河太郎解説と山藤章二挿し絵に100円と考えよう。「遊星からの物体X」は腐ってもサンリオ、というか腐ったサンリオなんだけど、100円ならいっかー。玉川一郎のジョーク集は趣味の本。
西大島からバスで旧葛西橋へ。停留所を降りた真向かいに目的地・萬葉堂書店を発見。ところが信号を突っ切って到達する頃には店じまいの準備。
「もう、閉店ですかあ?」と怨みがましそうに問い掛けると、「あ、いいですよ」と再び片付けかけていたワゴンを店外に出して、中に入れてくれた。ありがとうございますありがとうございます。が、しかし、店自体は普通の古本屋サイズ、加えて未整理で奥に入れない。多少は手応えがありそうな棚が覗くのだが、これではいかんともし難い。割ときちんとした値付けがされており、仙台の本店ほどには雑本の拾い物の気配がない。早々と見切りをつけ、南砂町方面へ徒歩で移動。いつものお店で、以下を拾う。
「小説ゲゲゲの鬼太郎1」水木しげる(講談社X文庫)50円
「影の白衣」麓昌平(こだまブックス)100円
「ヴェネチアから消えた男」Pハイスミス(扶桑社文庫)350円
ハイスミスはひょっとしたらダブりかも。そろそろハイスミスも「買い時」かなと思い発作買い。扶桑社文庫と河出文庫でごちゃごちゃ出ているので、何を持っているかいないのか判んないんだよねえ。麓作品は叢書買い。この広済堂のノベルズは本当に見かけません。鬼太郎のX文庫も叢書買い。死ぬまで読まない本の一つだろうなあ。まあ、今日は、久しぶりに買い物したって気分だなあ。
◆帰宅すると謹呈本が一冊到着。
「夜陰譚」菅浩江(光文社:帯)頂き
「異形」シリーズ等の書き下ろしアンソロジーなどに掲載されたホラー短篇の単行本化。復刊は相次いだものの、新作単行本となると「永遠の森」以来なのかな?見るからに「黒い本」でございます。ありがとうございますありがとうございます。

◆「別れのシナリオ」Jデンティンガー(創元推理文庫)読了
女優探偵ジョシュ・オルーク・シリーズ第3作。というか、シリーズ第3作にして、作者は大胆なパターン破りを2つ仕掛けてきている。その一、ジョシュは女優から演出業に転身している。その二、ジョシュは恋人フィリップ・ジェラルド警部補と別れている。この潔い冒険心こそ、デンティンガー女史と凡百のコージー・ミステリ作家とを分けているポイントであろう。個人的には微温的マンネリも大好きではあるのだが、この才能溢れる女性には、そんなものは不要、なんでしょうなあ。こんな話。
オフ・ブロードウェイで歴史を刻んできたバーベイジ劇場が、地上げ屋の標的になる。その窮地から脱するためにリドリー劇団では、大がかりなバーナード・ショー・リバイバルを企画。その第1弾「バーバラ少佐」になんとジョシュが演出家として抜擢されたのだ。そしてジョシュは、幸運にも、友人である引退した名優リヴィアをカムバックさせる事に成功する。フィリップの結婚願望に応えられず、別れを選んだジョシュにとって、この仕事はなんとしても成功させねばならない。役者の心を知り尽したジョシュの巧みな演出で、一癖も二癖もある役者たちも、自らの役柄を掴んでいく、ただ一人、富裕の出であるエヴァンズを除いては。そして、プレヴューが大成功した夜、一人過剰な演技を続けていたエヴァンズが心臓発作に襲われ、帰らぬ人となる。果して自然死か?それとも、殺人?相次いで起きた奇妙な「盗難」事件は何を物語るのか?そして謎の地上げ屋の正体とは?演出家として、一人の女性として、軋む心を叱咤しながら、ジョシュは、俳優たちの過去と現在を探る。「未解決」という名のフィナーレに向けて。
「兇器」のトリックや、「劇場の怪談」を巧みに用いた伏線、更には意外な犯人にその悲劇的な動機と3拍子も4拍子も揃った佳編。俳優達も個性的で、特にジョシュを広い心で包む老優フレデリック・リヴィアが光る。事件が終わってからもいいシーンがありますので、決して急いで席を立たれませんように。こんなにバランスのとれた好シリーズが、第3作までで紹介がとまっているのは、勿体ない。この作者は「本格」が好きなんだなあ、という事がしみじみと伝わるシリーズだと思う。東京創元社の英断に期待したい。だって、さあ、このままジョシュとフィリップが別れたままなんてあんまりじゃないのおお!!(>何が「本格」やねん?)


2001年10月22日(月)

◆レスをつけると掲示板が賑やかになって楽しうございます。
んで、そこで話題になっている創元の「現代推理小説全集」の装丁は、彩古さんご指摘の通り、本当に謎。実は、読めりゃいい派のワタクシめは、まだ一揃いすら完集していない。「二人の妻を持つ男」を持っていないわけですな。とかいいながら、「最悪の時」は買っていたりするのだから、首尾一貫しておりまへん。この叢書の中で一番人気は何なのかとなると結構難しい。作家のネームバリューで行くとロードの「吸殻とパナマ帽」、ロラックの「ウイーンの殺人」てなところが上がるが、これは森英俊氏も太鼓判の駄作二連発。グリアスンの「第二の男」は渋すぎ、ロックリッジの「死は囁く」はこじんまりし過ぎ。ボアナルの「牝狼」もギルバート「ひらけ胡麻」もさして面白い作品ではない。読んで面白いのはベネット「飛ばなかった男」、カーニッツ「殺人シナリオ」、ブルース「死の扉」てなところではないでしょうか?「楽園の殺人」「血まみれの鋏」「ベアトリスの死」は未読。さあ、ここで問題です。全15冊のうち、あと1冊は、なんという作品でしょう?
30秒で当てた貴方は、立派な創元マニアです。
◆残業・飲み会・雨の三重苦。購入本0冊。

◆「病める巨犬たちの夜」ADG(ポケミス)読了
「ミーはおフランスざんす」という幼少の頃の刷り込み故か、全く勝手な思い込みながらフランス人といえば、キザ、都会、エスプリ、文化的といったイメージが付き纏う。メグレあたりで何篇か田舎を舞台にした作品も読んではいるのだが、全くもって「フランスにもどん百姓がいるのだ」という事実に思い至らないのである。丁度、関西には芸人と阪神ファンしかいないように思われているようなもので、そこのところ、フランスの田舎もんも、真面目な関西人も苦笑しているに違いない。で、この作品は、偉大なるフランスのくそ田舎を舞台にした、ドタバタクライム・ミステリー。「夜」と題名にあるからといって、作者がADGだからといって、決していわゆるノワールではない。まあ、浅田次郎と霞流一が、岩崎正吾風の舞台設定で合作したような「田舎ユーモア極道残酷ミステリ」。日影丈吉訳は破綻がなくてよいのだが、もう少しポップに遊べたような気がしてならない。はっきり言ってこの結末にはのけぞった。凄いぞ。
都からサン・ヴァンサンの村にやってきたヒッピーの連中が、キャンプを張りよったのは、墓堀人のアルセーヌとパリの裏世界で荒稼ぎしとるジェラールがゴタクソもめとる畑のど真ん中。まあ、連中と来たら開けっぴろげな奴等で、フリーにまぐわっちゃ、ヤクもやる。それでも、村の面々、田園監視人やら肉屋やら墓掘り人やら羊飼いやらと結構馬が合うってえのが不思議なもんで、連中には連中のルールちゅうもんがあるんだな。ところが、連中と仲良くなった翌朝の事、村のオールドミス、セビイェ嬢が鶏にみたいに絞められてんのがめっかった。どこのどいつが無害なマードモゼルを殺さにゃならんのか?ヒッピーだってそこまで飢えちゃいめえ。んでもって、アルセーヌがセビイェん家の墓を掃除するってんで、総出で手伝いに行ったら行ったで、なんと先代のセビイェの墓から、当の爺さまの骨はの代わりに、10歳ぐらいのアマっ子の骨が出てきよった。ありゃま、一体こりゃどーなっとるんじゃ?都会から、洒落者やら、ギャングやらもワイワイ集まってきて、村は大騒ぎ。なんでみんな一文にもなりそうもない事で命のやり取りをしよるんじゃ?とにかく村の事は村のもんで決めるぞい、皆の衆!
全編に漂う堆肥の匂いも好ましいクソ田舎ミステリ。街からヒッピーと成金とギャングがやってきて村の長閑な平和を乱す時、酔っ払った村人たちは、迷走しながらも団結して「村の処女殺し」の謎を追う。ただ、その展開は一筋縄ではいかない。そこに見えているのがそのまま村の姿だと思ってもらっちゃ困る。村には村の歴史と秘密があるだよ。全ての都会者を笑い飛ばす田舎者のパワーを見よ。んでもって、読者よ笑われる勿れ。これは、青臭い本格推理史上主義者が読後即、壁に叩き付けたくなる「大人の読物」である。いやあ、参った参った。普通のミステリには飽き足らなくなった人にはお勧め。まあ、食べ物で云えば「リパロ」って感じい?


2001年10月21日(日)

◆9月下旬に「呪禁官」10月上旬に「流れ星をつかまえろ」「ニコラス街の鍵」の感想をアップ。
◆本を読んで、積録ビデオを見て、日記と感想を書くだけの1日。 「書いても書いても終わらないよう」とこぼすと、 「好きでやっているんでしょ?」と突っ込まれる。 ははーっ!仰せの通りでございます。 購入本0冊。

◆「傷痕のある男」Kピータースン(角川文庫)読了
創元の事件記者ウェルズ・シリーズでお馴染みのピータースン。不思議なもので、アンドリュー・クラヴァンなんですよ、といわれてもピンとこない。ピータースンはピータースンなのである。いわんやマーガレット・トレーシーなんですよ、と言われるとますますもって「誰、それ?」なのである。フェアがガードナーで、ディクスンがカーで(うう、なんだか当たり前だぞ)、ヴァインがレンデルで、アイリッシュがウールリッチで、スタークがウエストレイクで、ハンターがマクベインでてな具合の拮抗する仮名ではなくて、「ロジャー・フェアバーンがカーで、カールトン・ケンドレイクがガードナーなんですよ、実は」と言われたようなものである。個人的に、ウェルズ・シリーズが、結構なお気に入りであっただけに、このノン・シリーズ作品には、余り期待していなかった。長編ネタを思いついたのであれば、ウェルズで描いてくれればいいのに、というのが素直な気持ちだったのである。ところが、一読して納得。面白さは懐かしのピータスンのまま、ウェルズものでは成立し得ない「主人公たちの物語」なのであった。こんな話。
ぼくの名はマイケル・ノース。天涯孤独。ニューヨークで、かつて名記者として慣らしたマッギルという腕利きジャーナリストのパートナーをやっている。そして、その年のクリスマス休暇、マッギルはコネティカットの家に僕を招待してくれた。ルームメイトとそのガールフレンドとともに、雪の中の一軒家に辿り着いたぼくは、そこで運命の女性と出会う。青い目をした女子大生、彼女の名はスザンナ。マッギルの愛娘である。おずおずとお互いに心を通わせ始めた矢先、破局は訪れた。クリスマスの夜、怪談語りを振られたぼくは、顔に傷痕のある男を題材に一編の連続殺人物語をでっち上げる。だが、話が山場にさしかかった時、スザンナは異常とも思える怯え方をしたのだ。一体、彼女をそこまで怯えさせたのは何なのか?やがて、年が明け、マッギルが長期の取材旅行に出かけた時、ぼくは自分の疑念を晴らすべく、或いは恋の疼きに耐えかね、スザンナの寄宿先へ向う。そして、ぼくはヘッドライトの向こうに「顔に傷痕のある男」を目撃してしまうのだった。記憶の底からぼくたちを覗き込む傷痕のある男。仕組まれた再会。葬られた冤罪。許されざる恋愛。闇と焔のフラッシュバックに、懐かしい恐怖が甦る。
うわあ、面白れええ!のっけから、読者を引きずり込む強腕ぶりに感嘆。二転三転するプロットに、最後までフーダニット興味を引っ張る律義さ。そして、このうえない大団円。クリスマスの怪談で幕を開けた物語は、半年かけて人々の織り成す奇蹟を綴る。御都合主義といわれれば、これほど御都合主義な話もないのだが、偶然と必然の帳尻あわせとしては許容範囲。リーダビリティーも高く、一夜の逃避物語としては質の高い1作。非常にお薦め。