戻る


2001年10月10日(水)

◆思いついたので書いておく。”MY GUN IS CLICK.”
◆大雨。少しでも濡れずにすまそうと、途中まで普段と経路を変更、210円余分に払い帰途につく。勿論、古本屋はおろか新刊書店を覗くゆとりすらない。そうまでして辿り着いた肝腎のJRが遅れまくり。ロスタイム30分。更に最寄り駅から家まで僅か数分の間に、背広はびしょびしょ、靴下までぐっしょり。なまじ少し珍しい本を本日の課題図書にしたもので、濡れやしないかと気がきでない。こんな激しい降りになると知っていれば、買い替えが効く本にすればよかったなあ、と後悔する。
ヌレ本というのは、それだけで、物理的な本の値打ちを剥奪してしまう。得体のしれないシミなどとは違って、単に水に濡れただけなのだが、あのごわっとした手触りだけで、文字情報としての意味しかなくなってしまうのである。私がいかに「読めりゃいい派」であっても、自分で本を濡らしてしまう事には抵抗がある。不注意で濡らしてしまった時には、「ああ、御免ね、ゴメンナサイね」と本に謝ってしまうのだ。
必死でカバンを庇うように抱え込み、なんとか家に辿り着き、本をチェック。無事を確認。ああ、よかった〜。
ヒッチコックの逸話だと思うのだが、スリルとサスペンスとショックの差を聞かれて「駅に向って急ぐ。踏み切りで遮断機が上がらない。発車時間はどんどん迫ってくる。これが<サスペンス>。やっと駅につくと既に電車は着いている。階段を駆け降りると、響く発車のベル、必死で階段を駆け上がる。今や閉まらんとするドアを抉じ開けるようにして列車に飛び込む。これが<スリル>。ああ、一安心。動き出す電車。ふと窓から外をみると、目的地とは逆方向に動いている。電車を間違えたああ。これが<ショック>。」と答えたとか。
本日の私に照らせば、濡れた人の背中を避けながら本を読んでいる車中が<スリル>、必死で最寄り駅から本を庇いながら家路を急ぐ間が<サスペンス>。まあ、無事、本を守って家に帰ると書庫が雨漏りしてました、という類いの<ショック>に見舞われず、めでたしめでたし。
◆橋爪功主演だったので、今更の内田康夫ドラマ「釧路湿原殺人事件」なんぞを視聴。「京都迷宮案内」やら「女弁護士・高林鮎子」の時の飄々とした演技ではなくて、「ショカツ」の時の固めの演技。ううむ、イマイチかな。橋爪功では、長坂脚本の「刑事野呂盆六」が一番ミステリ趣味は濃いのですが、まあ、原作が原作だもんなあ。他局でやった時の二谷英明よりは好感持てますが。はい。
それにしても、この法学者フルムーン探偵のシリーズでも「水戸黄門」ネタ(=ここにおわす方をどなたと心得る?)やっちゃうんだもんなあ。これって原作にもありましたっけ?


◆「密室の妻」島久平(東都書房)読了
というわけで大雨の中、身体を盾にして守ったのがこの東都ミステリ2番目の人気本。岩堀さんにお貸ししていたものが戻ってきたので、そろそろ読み頃かと思い持って出た次第。仮に「輝け!国内推理小説の復刊熱望本」という企画を行えば、この作品、まず3本の指に入るのではなかろうか?何せ、叢書はあの信頼の東都ミステリ。とりあえず題名に「密室」とついているので、どうやら密室殺人事件もののようである。となると、同じ島久平の名作「硝子の家」に勝るとも劣らない作品に違いない。探偵だって、レギュラー名探偵の伝法義太郎だ。しかも日本の至るところで、この作品を読みたいという声が上がっている。これだけ条件が揃っておきながら詰まらない等という事は有り得ない。あってはいけないのである!と思うでしょ?いやあ、何ゆえに斯くも人気が高い作品が復刊されないかを胸に手を当てて考えてみて欲しい。実は、この作品、肩透かしも甚だしい凡作であったのだ。こんな話。
商都大阪。その夜、佐々木新薬ビルの守衛たちは、不思議な人間消失を体験する。佐々木社長を訪ねてきた二人連れの女性客のうちの一人、木下千代子が、社長室と出入口の間で消えてしまったのだ。もう一人の女性、佐々木製薬のライバル会社善天堂の出助社長夫人茂奈子が去り際に、託した伝言「オセロウ」は何を物語るのか?旧友の娘である千代子を探し出すよう、伝法探偵に依頼する出助社長。捜査を始めた伝法探偵は、千代子が善天堂勤めを辞めて劇団を興そうといていた事実を掴む。更に、千代子の妹・和子とその男友達の哲夫が捜査を手伝い始めた矢先、守衛の一人、黒川が殺害され、哲夫も襲われる。誰が何故、無害な守衛を殺さねばならなかったのか?一方、妖艶な魅力を湛えた茂奈子に対し、出助邸の丘裾を拓いた別室で聞き込みを行っていた伝法探偵は、何者かによってその部屋に閉じ込められてしまったのであった!出助社長は出張中、外部との連絡を絶たれた伝法と「密室の妻」茂奈子に脱出のチャンスはあるのか?沙翁劇に秘められた怨念と嫉妬の連鎖。詭計を講じた真犯人に対し、伝法探偵の逆襲が始まる。
なんと!「密室の妻」って、そういう意味?と唖然愕然。まあ、人間消失だのアリバイトリックだのは、一応あるものの、密室殺人はありません。まずもってこれでガッカリ。しかもプロットは通俗の極み。動機は無理矢理。トリックもトリックのためにするトリックで、必然性の欠片もない。しかも、トリックを成立させるために、作者は反則を犯しているのだ。即ち、地の文章で嘘を書いてしまったのだ。ほんの少しの工夫でなんとでもなる処であろうに、これはいかにも軽率。この書を、日本探偵小説史上の黄金期の不可能犯罪ものと信じて大枚を投じた新しいマニアたちはさぞや悔しい思いをする事であろう。読み飛ばしの通俗推理として読む分には良いかもしれないが、これほどに虚像と実像がかけ離れている作品も珍しい。可愛さ余って憎さ百倍、やはり野に置け島久平。


2001年10月9日(火)

◆3連休の後は仕事の呼吸が掴めず、同じ団体に昼休みを挟んで二度赴く羽目になる。何やってんだか?それでも、その間隙を縫って神保町タッチ&ゴーを敢行。4冊100円棚で安物買いに走る。
「殺すより手はない」松浦健郎(桃源社)25円
「孤剣」大藪春彦(桃源社)25円
d「化石の城」山田正紀(二見書房サラブックス)25円
「三毛猫ホームズのプリマドンナ」赤川次郎(カッパNV:初版帯)25円
1冊でも100円、2冊でも100円、3冊でも100円、4冊でも100円、と言われると「無理矢理でも4冊買わなきゃ」と思ってしまう所が関西人である。勿論、欲しいのは松浦健郎1冊。これを100円で買ってしゅっと去っていくというのが、粋なのは百も承知二百も合点なのだが、逆に「いやいや、こんな事でもなければこの棚にチェックを入れる事は滅多にない。そういう時にこそ拾い物があるのだ、むうむう」とリキをいれてしまうのだ。挙句の果てに、三毛猫ホームズまで買ってしまうのだ。ところで、大藪春彦も時代長編って書いているのね。初めて知りました。んで、本命の松浦健郎なんだけど、2編収録されているうちの、表題作でない方の題名が奮っている。

「無医村ギャング」

可笑しすぎ。
◆「買い」の筋がついてしまったので、新刊書店にも寄って、何度目か「ポケミス完集!」気分を味わう。
「泥棒はライ麦畑で追いかける」Lブロック(ポケミス:帯)1200円
「巨匠の選択」Lブロック編(ポケミス:でかい帯)1400円
「危険な道」クリス・ネルスコット(ポケミス:帯)1200円
たった3冊しか買っていないのに3800円。4冊100円との落差に泣く。しかしこのまま2000番までは突っ走って欲しいものである。頑張れ、ポケミス!
もう一冊新刊買い。
「創元推理21 2001年冬号」(東京創元社)700円
ストラングル・成田さんの「追悼・山田風太郎」を拝見。この人にだけ許された思い入れたっぷりの追悼文。もしや、沼島りう先生、「本名で商業誌」というのは初めてなのでは?
専傳子さんの「創元推理文庫収集狂事件」も読み所満載。まあ、凄い凄いとは思っていたけれど、創元収集の道が改めて斯くも業が深いものと知る。尚、「厚着文庫」のくだりで拙サイトを過褒にも「ネット上でこの道の泰斗が集まる<猟奇の鉄人>」と触れて頂き恐悦至極。これでHMM、ジャーロに続き、創元推理にも足跡を印す事ができました。ありがとうございます。
◆やっとこ先週放映の「世にも奇妙な物語」を見終わる。それにしても今回のフジテレビの暴挙については、百万言費やしても言い足りない。一体、自局の看板とも言える番組を何だと思っているのだろうか?全5話のうち、第2話の途中から急遽、ヤクルト対阪神戦の中継に切り替え、それを試合終了(結局、引き分けでヤクルトの優勝決まらず)まで引っ張ったのだ。その間、約1時間半。つまり予めビデオをセットしていた人は、第1話と第2話(それも野球入り)しか録画できなかった訳である。これが、最初から野球放映が予定されていれば、まだしも録画終了時間を延長しておくなどの逃げ道があるのだが、野球中継自体が特別編成とあっては、予想しようもない。敢えて言う。これが人の命に関わる事なら、文句は言わん。しかし、たかが日本の野球如きのために、浮かれた編成すんじゃねえ!
んで、中味だけれど、優香の話は、水準以下。中谷美紀の話は中途半端に漫画。アギトの先生が怪しい司会者をやっていたのが不気味。柊瑠美の話は、怖い。これは傑作。まんまと一本とられた。観月ありさの話は、SFとミステリとホラーが程よく交じり合った感動作。今回のベストはこれでしょう。ともさかりえのお話はひたすらノリが良く、オールCGの漫画調バックとよくマッチしていた。これもお勧め。都合3勝2敗といったところでしょうか。
ところで、なぜ私がビデオに録れたかというと、野球をずーーっと見て番組再開を待っていたんだよう。しくしく。


◆「ジャッカー」黒岩研(光文社)読了
和製○○というと、どうしても本家には敵わない貧相な印象が付き纏う。和製クイーン(=有栖川有栖)然り、和製クリスティー(=山村美紗)然り、和製ガードナー(=和久峻三)然り、そんなミステリ文化的には相変わらず入超で米英の占領下にあるMade in Occupied Japan に新顔が登場。なんと和製クーンツである。クーンツといえば、まさに全てがリーダビリティーに奉仕するページタナーの達人。アカデミー出版が、シドニー・シェルダンの次に目をつけたのもむべなるかなの作家である。もっとも、古い読み手からすれば、10年前までの万年絶版作家のイメージが纏わり憑くのだが、昨今のブランド力には有無を云わせぬ迫力がある。私もモダンホラーセレクションで「ファントム」を読んで初めて「デモン・シード」のトンデモ感を払拭できた口であるが、とにかくその「禁じ手一切なし!」の筆力には敬服する。そういったクーンツの面白さを果して日本人が再現できるものなのか?申し上げましょう。できてます。こんな話。
とある田舎町。虐めの常習犯3人組は、黒いクーペの男にじわじわと惨殺される。あたかも彼等自身の虐めの手口をなぞるように。
歌舞伎町。イメクラ嬢の首を噛み千切り、ポン引きを刺し殺した凶悪犯は、警官の放った銃弾に沈む。なぜか犯人は被害者たちの手に切り取ったパイプを握らせていた。
そして、東邦新聞の社会部記者である木場は、デスクの立川から奇妙な読書投稿を見せられる。その手紙の主、「沢口みゆき」は投稿の常連だったが、今回の投稿は明らかに異常だった。幻想詩の如きイメージの羅列。そしてその中に、歌舞伎町の事件を思わせるフレーズが入っていたのだ。だが、みゆきの住所を訪ねた木場は、彼女が奇矯な振る舞いをした揚句、姿を消していた事を知る。そして死神の息は木場をかすめ、北へと向う。一方、何かに憑かれたように残虐な殺人を犯す犯人たちを繋ぐ喪われた環は臨界副都心に聳える一大テーマパークへと収束していくのであった。それは自由落下の魔術。究極の恐怖が空白に転じる時、人は彼岸に光を見る。狂った科学と肥大した支配欲は生と死を弄び、巷に修羅は降臨する。マバユイヒカリ、ヤミヲテラストキニ。
なんたるスピード感。スプラッタであり、ホラーであり、事件記者であり、マンハントであり、マッドサイエンティストであり、巨大謀略であり、オカルトであり、エンタテイメントである。とにかく風間賢二も解説で述べているように、一読、巻を置くあたわざる物語。400頁という長さを感じさせない文句なしのジェットコースターノベル。加えて何が良いって、この人の文体。実に実にシャープなのである。修行を充分に積んだ過不足のない文章に痺れる。まさにクーンツ流の話を紡ぐに最適のツールである。ああ、面白かった。って、2週間もたってから感想を書いていると「面白かった」というところだけが残っていてストーリーの細部を忘れているんだよあ。凄いぞ黒岩研!それとも、私の老人力が凄いだけか?


2001年10月8日(月)

◆米英によるアフガン空爆始まる。早速ビンラディン師のビデオ演説が公表される。誰が見ても「テロの指導者」というタイミングだよなあ。これは、どちらの情報操作なのだろうか?
◆物凄く忙しい筈の売れっ子作家・菅浩江女史から「上田早苗アナは昼過ぎの『スタジオパーク』に毎日出てますよ(^-^)」とご連絡を頂く。おお、そうだったのですか。お忙しい中、情報ご提供ありがとうございます。なにやら菅さんもNHKアナ萌えなそうな。こういうメジャーのような、マイナーなような趣味をお持ちの人がいるというのは同好の士として心強いことである。
◆夕方からブックオフ・チェック。待ち合わせの関係で1時間以上暇つぶしする事になり、普段はノーチェックのエッセイ棚や雑本棚も詳しく見て回る。結局拾ったのは5冊。
「ヨコジュンの日本おかし話」横田順彌(徳間文庫)100円
d「西南西に進路を取れ」鮎川哲也(集英社文庫)100円
「愛だけじゃたいくつ」矢崎麗夜(大和書房)100円
「ライトジーンの遺産」神林長平(朝日ソノラマ:帯)100円
「ジャッカー」黒岩研(光文社:帯)100円
ヨコジュンは急に持っていないような気に駆られて発作買い。8割くらいの確率でダブリ買い。鮎哲は確信犯。集英社文庫6冊のうち、後ろ3冊は100円ならダブリであろうがなんであろうが文句なしに買い。矢崎本はエッセイ棚チェックの御利益。ふーん、こんな本だったのね。神林本は、文庫落ちしているが、文庫だと上下巻なので、100円均一でも200円になってしまう故、単行本で買う。とりあえず、初版帯付きだしさあ。「ジャッカー」は和製クーンツの第1作とか。おーかわ師匠が話題にしていたので、とりあえずお試し買い。まあ、初版・帯付きが100円だしさあ(>そればっかりかい?)


◆「不自然な死」DLセイヤーズ(創元推理文庫)読了
無性に古典を読んでみたくなる。この類いのゆったりとした作品はつくづく通常の勤務日には向かない。少なくとも満員電車の中で吊革に掴まって読むべき本ではない。というわけで、朝から寝床を移して読み耽る。これぞ休日の醍醐味。
さて、この創元推理文庫のセイヤーズ長編紹介第3作、奥付けを見るとなんと既に7年も前の本ではないか。1927年の作品だと思うと7年積読していてもどうという事はないが、挟み込みの新刊チラシに俊英・貫井徳郎の第2作「烙印」の広告を発見したりすると時の流れを感じずにはいられない。この作品は、曲がりなりにも翻訳があった前2作とは異なり、発表以来67年目の翻訳であった事からも、英語の不自由なマニアにとって待望の書であった。あれからもう7年かあ。こんな話。
「死因に疑問があった場合に検死を要求するのは、公衆としての勤めか、否か?」と食事には相応しからぬテーマで論争するウィムジー卿とパーカー警部。その話題に嘴を挟んだ隣席の若き医師は、彼にトラブルをもたらしたある老婦人の突然死について愚痴ともつかぬ内明け話を始める。この話に飛びついたのがウィムジー卿。オールドミスのクリンプスン嬢を、探偵に仕立て上げ、名乗らなかった医師の身元から突然死を遂げた老婦人の氏素性までを忽ちのうちに調べ上げ、裕福な老婦人の死の真相に迫る。その死は他殺なのか、自然死なのか?動機と手段を持っていたのは、果して何者か?老婦人の死の数ヶ月前に突然閑を出された女中姉妹が観たものとは?法と医学の隙間で蠢くどす黒い奸計に対し、敢然と立ち上がる貴族探偵ウイムジー卿!いやあ、犯人からみて、こんな迷惑な奴はいない。
途中で挿入されるとあるエピソードを読んで、まさかあの「トリック」ではなかろうな、と思ったら、ズバリそれでした。とある日本の巨匠の有名長編でも用いられたトリックで、解説で久坂氏がフォローしておられるが、確かに1927年当時は斬新なものだったのかもしれない。尤も、ハウダニットが今となっては陳腐化していたとしても、この作品の値打ちはそれだけではない。私的にはやはり動機の部分の出し方が上手いように感じたし、トドメの大ねたも頼もしくも大時代がかった本格推理である。また、クリンプスン嬢の存在も極めて印象的で、叔母さん探偵マニアとしては、はっきり言ってウイムジー卿よりも、魅力的に映った。「雲なす証人」の単調さや退屈さを払拭し、ハウダニットとホワイダニットに一工夫した初期の佳作。時間を気にせずゆっくりと読み進みたい古典の一つであろう。


2001年10月7日(日)

◆πRさんから「『おれが暗黒小説だ』じゃなくて『おれは暗黒小説だ』だ」、とご指摘を頂いておったのを、やっとこ修正。ご指摘ありがとうございました。>πRさん
長い間ほったらかしでゴメンナサイ。>ALL
それにしても、わたしは過去20年間「おれが暗黒小説だ」だ、と信じきっていたんだよなあ。今回読了してもちっとも気がついていないんだもんなあ。「俺の目は節穴だ」
◆前夜の酒が残り、午前中は偉人状態。じゃなくて「廃人状態」。二日酔な変換してんじゃねえぞ、ワープロ。午後から漫然と本読みと昨日の日記書き。
夕方、奥さんの外出中に、月曜日に放映されたアギト・スペシャルと今朝放映分を視聴。スペシャルは、まあ、あってもなくてもいいような話だが、シャイニング・フォームは綺麗。ラスト1分に映画版へのブリッジ場面があるのだが、一体、アギトの正体は警察にばれているのかいないのか。一体、どう決着させるつもりなのだろう。うう、気になる気になる。それにしても京本政樹って、おおざっぱにいって笑顔が新庄だよなあ。
◆夜は、奥さん一家と鍋をつつき宴会。しこたまビールを飲んで爆睡。ああ、連休はいいねえ。購入本0冊。

◆「泣き虫せんたく屋の謎」新庄節美(講談社)読了
二日酔の頭が受け付けるのは、リーダビリティー抜群のジュヴィナイル・パズラー。それにしても、さして古本屋回りで引けをとっているとは思えないのだが、このシリーズのゲットに関しては茗荷丸さんに頼りっぱなしである。原色を配した鮮やかなカバー、パステル調の多いジュヴィナイル棚で目立たない筈はないのだが、なぜか関東では、神奈川での発掘例が集中している。これは、もしかして茗荷丸さん自身が新庄節美なのではないか?という疑念すら湧いてくる。「わ、私が書きました。」んなわけないって。こんな話。
五月の風市に三年ぶりにリンガリンゴ・サーカスがやってくる。主催新聞社社長の娘であるダンスから、切符を回してもらった探偵助手のぼく・ニャットと名探偵チビー。だが、この招待も、両親が行方不明になってから落ち込み気味の名探偵の気晴らしにはなりそうもなかった。名探偵には事件が必要なのだ。事件はサーカスが街を去る前夜に起きた。何者かが、せんたく屋の裏庭に干されていた洗濯物をばら撒いていったのだ。誰が?一体何のために?ぼくらが捜査を開始するや、その隣の博士宅で国家的「新発明」の設計図が盗難に遭っていた事が判明する。チビーの慧眼は二つの事件と過去の符合の中にスパイの存在を嗅ぎ取る。読者よすべての手掛りは与えられた、んだけど、ぼくは判かんないんだよなあ。チビーは何で急に頑張りだしたんだ?
3匹の容疑者の描き分けが堂に入っている。大人の読者にとっては、飽き足らないかもしれないが、巧みに組み合わされた謎が一気に解ける快感は、年少の読者にとっては結構衝撃なのではなかろうか。読後感も爽やかで、主人公たちの歴史もそれなりに刻んでみせるところが憎い。ああ全作読んでみたいぞお。


2001年10月6日(土)

◆本日はフクさん主宰「UNCHARTED SPACE」の20万アクセス突破オフの日である。交換本だのお届け本だのを詰め込んでいざ出陣。
折角、都に出るので、一軒だけ都の古本屋をチェック。大久保駅下車、新宿古書センターへ。これがなんと、閉店セール開催中!?ううむ、結構楽しい古本屋だったのだが、セール期間:12月15日までとのこと。町田の方に集約しちゃうのかな?とまれ、1階が表示価格の50%オフ、2,3階が30%オフという大盤振る舞い。じっくり上から下まで見て回り、買ったのは3冊。
「The Wizard of Zao」Lin Carter(DAW BOOKS)50円
d「Windsor Red」J.Melville 100円
「コメディアン犬舎殺人事件」沼田陽一(白夜書房:帯)150円
メルヴィル(=バトラー)の「Windsor Red」はチャーミアン・ダニエルズものの最高傑作と名高い猟奇殺人もの。これが100円で落ちていたらダブリであろうがなんであろうが、拾わずにはいられない。結局、その1時間後に須川さんのところにお輿入れが決まって一安心。沼田陽一なる作家は全然知らなかった。とりあえず「殺人事件」だし、帯にも「ひと味ちがった推理小説」とあったので押える。ひと味ちがっていても、まあ推理小説には変わりなかろう。白夜書房のミステリなんて「殺し(キル)が一杯」以来だよなあ。
◆時間を見計らって末広亭傍の居酒屋へ。久しぶりに休日の夕方に新宿地下をうろつくと、余りの人の多さに飲まない間から胸焼けがしてくる。うげえ。お店に到着すると、知らない顔はひとつもないという面子がズラリ。どうもこの辺りが、ネット・ミステリ濃口コースの定番メンバーらしい。まずは挨拶もそこそこに本が飛び交う。土田さんに3冊、よしださんに1冊お届け。岩堀のおとっつあんから1冊、おーかわ師匠から1冊返却を受ける。頂き本は下記の通り。
「真夜中すぎでなく」デュ・モーリア(三笠書房)土田さんより交換
「経費ではおちない戦争」三谷幸喜(主婦と生活社)葉山さんから頂き!
「泣き虫せんたく屋の謎」新庄節美(講談社:帯)茗荷丸さんから頂き!
ううむ、デュ・モーリアの短篇集は実に嬉しい1冊。値段を見たらきっちりブック・オフの100円だしなあ。いやあ美味しすぎ。三谷本も存在は知っていたものの、初見。思いがけず、潜在的探究本をお譲り頂き感謝感激。名探偵チビーは、日本一のチビー・ハンター、ジュヴィナイルの若きゴッド・ハンドと言われる茗荷丸さんから頂き。んじゃ、1冊借りって事で。オマケ的に、よしださんから「さあ、この本はなんでしょう」と首都高公団発行のパンフレットを頂戴すると、おお、冒頭見開き2頁で佐伯日菜子インタビューがでっかい写真入りで掲載されているではないか。ありがとうございますありがとうございます。乾杯して、多いに飲みかつ語る。1杯目の空き方の速さに驚いた幹事のフクさんは、飲み物コースを飲み放題に急遽変更。さあ、次から次へとピッチャーが投入される様は、さながら阪神の試合を見るかのようである。
話題の方は、「女王館の秘密」というか、石井さんの本棚写真自慢に始まり、
「なんで、鮎哲賞授賞式に石井さんが参加できるわけえ?」「おーっほっほっほっほ、それはねえ、『貼雑年譜』に当たり券がついていたからなのよお」「嘘ですよ、嘘」とか、
「うわあ、新宿警察の帯だよ、帯!」「北大路欣也に小池朝雄だぜえ」「このイメージで読みましょうね」とか、
「富田常雄面白い!」「城戸禮面白い!」「『姿刑事三四郎』読みたい!」とか、
「どうして、文書で食っていかないの?」「だって、仕事の方が楽に稼げるんだもーん」とか、
「『模倣犯』読んだ人」「しーん」「『RPG』読んだ人」「はーい」「だって『模倣犯』持てないんだもーん」とか、
「喜国さんを囲む座談会って、喋ってない事書いてるんだよね」「へ?」「喜国さんとか突っ込みをゲラで入れてるとか。それを聞いて、こっちもどんどん追加したもんね」「うひゃあ、ギャグの後づけえ」とか、
「bk1の検索ってさあ、同光社とかヒットしちゃうんだもんね。万に一つでもあれば、富田常雄の本が280円で買えちゃうんだぜえ」「ないない」とか、
「いやあ、本を買った日は日記が楽だわ」「だからつい買っちゃうんだよねえ」「嘘つけ」とか。
いやまあ、2時間の速い事、速い事。いつもながらこの濃密な時間は何?って感じ。もうすっかりグデングデンで、二次会のカラオケ屋へ。
こちらで会話した内容は殆ど記憶に残っていない。須川さんから、北陸の方で、「kashibaとよしださんの一騎打ちを楽しみにしている人がいる」とか聞いたのを覚えている程度。
二次会から参加した彩古さんに「そろそろ何か発信しなさいよ」とよしださんと迫っていたっけね。
本のやりとりは、彩古さんに、ウェストレイクのサイン本を売りつけ、須川さんにメルヴィルを押し付け、代わりに須川さんから図書館装のペーパーバックを頂く。
「Miss Pinkerton」M.R.Reinhart(DELL)交換
この店でも、ビールのピッチャーが果てしなく投入され、ノックアウト寸前。10時過ぎにはお開きなったが、一体どうやって電車を乗り継いでいったか、これまた記憶が怪しい。あわや千葉で寝過ごすところだった。剣呑剣呑。帰宅即爆睡。

◆「明治通り沿い奇譚」東郷隆(集英社)読了
東郷隆の私的印象といえば、なんといっても「定吉七番の人」なのであるが、どうやらそれは「加田伶太郎全集をもって福永武彦を語る」程度に不埒な話であるらしい。もとより「定吉七番」のような極めて出来のよいパロディを書くためには、イアン・フレミング並みには、物識りであり、粋でなければならないわけで、この東京の現在と不可思議を情緒豊に活写した作品集を読み、改めてこの作者が岡本綺堂や都筑道夫にも比肩しうる書き手である事を認識した次第。おみそれいたしました。これはお勧め。以下、ミニコメ。
「花見の人」船からの花見ツアーで注目を集めていた侍姿の男。その男が語る邯鄲の夢。時の狭間の行列は、悠久の彼方へと練り歩く。虚実の交錯が鮮やか。一種のリドル・ストーリーだが、完成している。
「太郎ちゃんやかん」縁日の呼び込み談義に誘発されたやかんに宿る因縁話。ラストに爆ぜる音のコントラストがお見事。呼び込みの口上が、作者の並々ならぬ素養を感じさせる。
「タイル絵」廃業した風呂屋の親父が語る三助年代記。タイル絵が、こーんと湯船に浮かぶ時、運命は湯煙の彼方に揺れる。抜群の語り口!銭湯の歴史に関する情報小説であり、奇譚である。
「キリム」クルドの家族のお別れパーティーで披露した伝統織物キリムの幻。光の塔の中で駆け回る「羊」達の正体とは?東京の中の異国描写が上手い。これぞ平成の異郷ものである。やるねえ、トーゴーさん。
「フェズの男」知り合いの店に押売りにやってきたバブル遊民くずれ。その男がモロッコの街フェズで遭遇した悪夢的な物語。時代の波に呑み込まれた男が呑み込んだものとは?これも東京の中の異国が鮮やか。最後のオマケのツイストはアンフェアながらも読者の意表を突く。
「枕」枕収集家が、封印をした陶器の枕に秘められた呪わしい記憶。支那人の枕売りを暴行から助けた御礼の品は、一家の柱に泡沫の明日を見せる。作中人物が浮かべる表情が印象的な一編。
「盃の中」春画陶器の取材先で業界事情の合間に見せられた仕掛盃。光芒の中に浮かぶたおやかな女の相貌。そして幽霊譚。これも事情通ならではの作品。作者名をブラインド・テストされれば、躊躇なく都筑道夫と答えた事であろう。


2001年10月5日(金)

◆お仕事で「サラリーマンのアイドル」NHKの森田由紀恵アナの御尊顔を拝し、名刺までもらってしまう。ちょっと役得。当たり前の話であるが、顔も声もテレビそのまんまであった。私的NHKアナいちおしは上田早苗アナなんだけど、最近とんとみかけないんだよなあ。ぶつぶつ。
◆UNCHARTED SPACE 20万アクセス突破オフでの手渡し本を確保しに別宅に寄る。土田さんに渡す本なんか、正月以来「いつか逢うでしょうから郵送料を節約しましょう」と封筒に入れたきり9ヶ月が経過している。いやはや時の流れは速いものである。これが新刊であれば、9ヶ月もおいておくと目が濁り「読んでくれ〜、読んでくれ〜」と五月蝿く騒ぎたてる((C)Moriwaki氏@EQFC)気力を失い、触ると時々ビチビチ反応する程度の死に体になってしまうのであるが、こちたらの中味は、9ヶ月程度ではびくともしない30年ものの干物的むみいさま的古本だい、エッヘン(>いばるな)。
ついでに近所のブックオフをチェック。やはり生活の拠点が変わるととなかなか寄れないものである。相当レイアウトが変わり、文庫の100円棚が充実していたのだが、これといって買うものはなし。拾ったのは2冊のみ。
d「幻綺行」横田順彌(徳間書店)100円
「ボクらがマイケル」小林ノリ子(講談社X文庫)100円
マイケル本は猫馬鹿フォト&エッセイ。講談社X文庫第一期末期の効き目の一つ。いや、別にX文庫第一期を集めているわけではないのだが、そこはそれ、100円だしさあ。
◆市川尚吾さん、フクさんの「ミステリ評論・論」が面白い。日頃から我々が感じている素朴な疑問に明快に答えを頂いたようで嬉しい。私自身は、笠井潔の小難しい評論は、実に「評論」らしくてサマになっていると思う反面、全く読む気にならない。これぞ私にとっての「評論」のあらまほしき姿である。まあ「笠井潔以前、日本の推理小説界には<紹介>はあっても<評論>はなかった」というのが基本のスタンス。博物学者やら英語屋さんの価値を過小評価するつもりは毫ほどもないが、更に凄い物識りが現われた時に、その存在意義は「慣れ」と「人脈」に矮小化されてしまう。そこを生きのびるには「人柄」が必要って事で、つまるところ瀬戸川猛資氏は人格者だったって話じゃないのかなあ。ああ、なんだか、団塊世代のサラリーマンみたいだぞう。

◆「ファントム・パーティー」手塚眞(幻冬舎)読了
有名人の息子の中では健闘している部類に入ろうか。今の日本の漫画界・アニメ界の隆盛をもたらした昭和の偉人:手塚治虫の息子であるというのは、一通りではないプレッシャーに違いない。それもクリエーターとして生きるというのは、あたかも黄色い煉瓦が敷き詰められた茨道を行くが如く。果して天才の息子の実力はどの程度のものなのか?どうせ外し得ないものならば、最初から色眼鏡越しに観てしまえ、と取り掛かった書き下ろし短篇集。正直なところ余り期待はしていなかったが、公平に見て、これは結構イケます。特に鷹山元警部補が登場するミステリ仕立ての2作品「密室の悪魔」と「死の彫刻」は、カーマニア必読の好短篇。とてもお勧め。 その他のホラーも、サイコものから古式ゆかしい幽霊話まで各種取り揃えており、まずはバラエティー作品集として成功している。まあ新刊で定価で買ってまで読む本か?と問われると、些か辛いものがあるが、仮に幻冬舎文庫オリジナルで出ていればまずます評価に足るレベルの作品集であろう。12編収録。以下、ミニコメ。 「覚醒」息子を事故で死なせた妻、もし、事故でなかったら、悪夢とともに妻への暗鬼は募り、男は自ら魔を引き寄せる。夫婦であるという謎への一つの、そしておぞましい答。味悪だが、先制パンチとしては有効。
「黒い誘惑」片思いが閉空間に封印される時、恐怖と怒りがすれ違いの臨界に達し、吐き出される痛みに身悶える。主人公の痛みを共有する時、作者の悪意に戦慄する。
「密室の悪魔」居間で寛ぐ夫の首なし死体、寝室でミイラ化した妻の死体。そしてその胃から夫の頭の一部が発見される。時間と空間を歪める猟奇殺人の顛末とは。オカルト刑事と異名をとった鷹山が暴く驚愕の真相とは?常識では絶対不可能は怪異・猟奇を解き明かす手際が実に鮮やか。惜しむらくは、フーダニットを放棄してしまったところ。最近元気のない今邑彩にでも長編化して欲しくなっちゃうね。
「追跡」若妻の浮気調査で探偵が見た修羅場とは?ごく普通のワン・アイデアストーリー。
「大鴉」鴉は振られ男の化身なのか?幸せなカップルを襲う黒の翼、そして嘴。狩りはいつまでも終わらない。デュ・モーリアを越えていない水準作。
「ファントムパーティー」アルバイト気分で幽霊ツアーを企画した広告代理店の男が12人の客と最後に訪れたのは、火災に遇ったホテルの地下遊技場だった。ツアーの成功とともに物語は悲鳴で終わる。表題作だけあって小気味の良い作品。「世にも奇妙な物語」級。
「犬」それは有閑未亡人の見た悪夢だったのか?亡夫そっくりに振る舞う愛犬との生活に緊張の糸が切れる時、惨劇は起きる。起承転結の見本のようなお話。なぜか映画「オーメン」の一場面が脳裏をよぎった。
「贈り物」スターダムにのし上がった娘に届く意味不明の贈り物。時空の回廊に贈り主の息遣いが聞こえる時、「再会」は血で贖われる。これは強引。殆ど意味不明。あっちょんぶりけ。
「面接」その男は自分が鬼であると告げた。そして鬼は自分だけではないとも。面接官を襲う人生の真実と転機。彼が下した選択とは?いいね、いいねえ、源氏鶏太だねえ。
「廃園」廃園の館に迷い込んだ男。そして彼を包む旋律。そして、魔は媒介される、世界の破滅に向って。「リング」の後なので自ずと評価の下がるワンアイデア・ストーリー。
「死の彫刻」彫刻家が殺害される。だが、現場の痕跡は被害者の作品こそが犯人である事を指し示していた。更に目撃者までが現われた時、あのオカルト刑事が帰ってくる。やんや、やんや、スラデックばりのオカルティズムと不可能趣味。謎がシンプルな分、ミステリとしての完成度は高い。
「忘却」帰宅した男を襲う不安の正体は?誰もいない自宅にベルが鳴る。このアイデアは絶対どこかで読んでます。


2001年10月4日(木)

◆出先から帰宅。駆足で神保町チェック。
「黒の群像」高原弘吉(ポケット文春)1000円
ああ、こんな本に1000円も出してしまった。羊頭書房の棚って、趣味が合っていて、何かありそうで、何か買っていかねば、という思いに駆られるんだけど、いざとなると買う本がないんだよなあ。裏通りにめげず、頑張ってつかあさいね。
◆秋なのでポエムしてみました。

「宴」

嗚呼、僕等は黄金期に生きている
豊饒たる古典復興のうねり
清冽なる新本格の轟き
寂莫たる孤島の十字架
絢爛たる洋館の密室
内なる叫び
外なる歪み
邪まなる微笑
明晰たる洞察
行間の赤ニシン
シリアルな犠牲者
そして読者は挑戦される

電網では旧き者どもの昔語り
路地裏の開拓者が
泰西の騎士が
紙魚仙人が
人型記憶兵器が
均一棚の魔術師が
言之葉に託された常夜の謎と夢を

ただ語る
ただ語れ

神話の彼方
伝説を刻む宵

嗚呼、僕等は黄金期を生きている

◆「ニコラス街の鍵」Sエリン(ポケミス)読了
「短篇の名手の長編」というと、些か水増し感が漂ったりするものだが、エリンは何も「特別料理」だけの人ではない。このあたり童話以外は長編でぱっとしないダールとは一線を画している。少なくとも「第八の地獄」は、正面から読者の勝手な思い込みを払拭する雄編であり、米ミステリ史上にその名を残すべき傑作であった。さてこの長編第2作は、長編でありながら、短篇の書き手ならではの技量が発揮された作品。5部構成で、各パート毎に視点を変え、女流画家殺しと彼女に関わってしまった一家の波紋をモンタージュしてみせたサスペンスである。こんな話。
アメリカのどこにでもある家庭アイレス家。気弱な自営業者である夫ハリー、気丈な妻ルーシル、学校教師で容姿コンプレックスの娘ベティナ、音楽を愛する静かな息子リチャード。そんなアイレス家の隣家に、天から二物も三物も与えられた若き女流画家ケイトがやってきた時から、全てが変わった。ケイトの友人で出版社を飛び出したマシューは、ベティナの心を奪い、アイレス家に出入りするようになる。そして若い男女の愛憎は、もうひとつの三角関係と相俟ってニコラス街に死を呼び込む。なんとケイトが自宅の地下室で殺害されたのだ。果して、縺れた人間関係に終止符を打ったのは誰なのか?すれ違う心と心。普通の人々の間に猜疑と憎悪は培養され、愛ゆえに裁きは下る。
一言で言えば「人間が書けている」。カットバックを効果的に用い、視点を移動させながら、作者はごく平凡な人々の中の非凡な縺れを描き出す。後年、ロスマクが執拗に追いつづけた家庭の悲劇をポケミスにして190頁の作品に封じ込めた名人芸をご賞味あれ。上手いねえ。


2001年10月3日(水)

◆なんで、毎度の事とは申せ、終業の歌を歌い終わった直後から打ち合わせに入っちゃうかな。購入本0冊。
◆勤め先の業績もご多聞にもれず絶不調。「小泉改革の痛み」なるものが給与にも反映されてきた。勤続20年目前にしてついに、これまで右肩上がりだった給与(といっても水準器をおいてみて初めて「ああ、そういえば、気持ち右上がりかな」って分かる程度の上がり方ないんだけどさ)が下がる、という経験をする。おまけに、「これまでの自分の社歴を書き出せ」だの、「自分の特徴を書き出せ」だの転職に役に立つ特訓が全社員向けに始まっており、なんかこう「秋だなあ」って感じ。もう当分、小説は新刊書店さんじゃ買えませんかね。でも、せめてポケミスぐらいは買いたいよなあ。
◆ポケミスといえば、掲示板がポケミス・ネタで盛り上がっている。ネタもとの「ようっぴ」さん、高校生の身空でポケミス完集を決意するというのは相当のものである。勿論、わたしだって高校生の頃にそれなりのポケミスを持ってはいたさね。でも、専らメジャーどころの追っかけだったので、全然たいしたものではなかった。「三つの棺」やら「ユダの窓」の改訳版が出ると言っては大騒ぎし、「え、カーの『妖術師の島』って何?」「『HOUSE AT SATAN'S ELBOW』じゃないかなあ」などと頓珍漢な会話を交わしているのがせいぜいであった。コレクションが充実してきたのは大学に入り上京して東京泰文社や高野書店を回り始めてからの事。それでも完集なんて大それた事は全然考えてもみなかった。山口書店のガラスケースを睨んで、「ほう」と溜め息をついているのが関の山だった。その頃にそこいらで、ネットに入って知り合った皆さんと、接近遭遇していたんだろうな、と思うとなんとなく可笑しい。1972年から始めたポケミス収集、一通り完集したのは1998年の事だった。まあ、ミステリアス・プレス文庫みたく終わっちゃいない叢書なので、毎月が「完集!」なんだけどさ。ああ、なんだか、書いていると無性に完集気分を味わいたくなってきたぞおお。明日は引き離された3冊分、買いにいこうかな〜。

◆「流れ星をつかまえろ」Jブラナー(早川SF文庫)読了
古臭いSFを読んでみたくなる。この作品は昭和54年に早川SF文庫から出されてそれっきりの作品。通し番号で372番。嬉し恥かし「文庫創刊10周年総点数1000点突破」という帯付きである。拙い挿し絵や、梗概などから漂うオーラは紛れもなく40年代から50年代テイスト、さて、何年の作品と扉背を確認して驚いた。なんと!1968年の作品だそうな。まあ、椎名誠の「アドバード」の例もあるので、ロードムービーも舐めたものではないのだが、この作者、C級の時は、徹底してC級だからなあ。こんな話。
銀河を探険し尽し、物質文明を謳歌した地球人類。だが、その末裔達は黄昏の時を迎えつつあった。衣食住を生態装置に保証され今の享楽に身を委ねる彼等。ある者は、過去の栄光に浸る<歴史遡行家>となり、またある者はドラッグに耽溺する<麻薬吸引家>や糜爛した性に溺れる<交接愛好家>の道を選んだ。主人公クリオハンもそんな無気力な民の一人だった。ある日、地球に接近しつつある流星に気がつくまでは。その星は300年後には太陽系に突入し、地球を壊滅させる軌道を突き進んでいたのだ。クリオハンは、流星の軌道を変えられる技術と、同士を求めて旅立つ。海から来た美女、放浪者を待ち続ける女、都市に動く食肉を供給しつづける一族、そして尊大にして卑小なる略奪者、生命の危険を掻い潜り、真実を追い求めるクリオハンが探索の果てに辿り着いた巨大な遺産とは?旅の意味を問う勿れ。旅は旅自体に意味がある。彼方なる人類の記憶は今、覚醒の賽を振る。
素朴に色づけされたキャラクターやガジェットがいかにも昔のSF。クリーチャーもありきたりで、実写ででも動かしてもらえるならともかく、何を今更のアイデアの連続。場面転換は何度もあるものの、肩透かし気味のツイストまで、予想を裏切らない凡庸な展開が続く。当時流行の自分捜しのヒッピーを投影せよとでもいうのだろうか?二流のプロが書いた二流作といったところ。


2001年10月2日(火)

◆幕張メッセ直行につき、朝のんびりと出かける。お蔭で、平日にも関わらず溜めていた感想を少々更新できて、ほっとする。
◆CEATEC JAPAN 2001を鞄持ちで朝一番に見て回る。世の中は液晶・PDPと次世代携帯とブロードバンドといった感じ。eだの、iだのが訳も分からず踊っていた昨年に比べると、ちょっと焦点が絞れてきた感じがする。
「本日は、ようこそCEATEC JAPAN 2001、猟奇の鉄人ブースにお運び頂き誠にありがとうございます。わたしたち、猟奇の鉄人は、来るべきユビキタス古本社会に向けて、次の世代の古本の形を提案いたします。それは第3世代の古本。<3G FURUHON>。これからの古本は、ネットで送る時代。どの古書市の店先からでも、瞬時にダウンロード。3Gのブロードバンド伝送で背のくすみ具合から手垢までを忠実に再現。これまでのテキストベースでは実現できなかった質感を出す事に成功しました。収納スペースを取らない壁掛けタイプから、2p四方のシリコンウエアタイプまで。各種取り揃えた、猟鉄の3G FURUHON。どうぞ猟鉄ブースにて、実物をしっかりとお確かめください。」なあんてね。
◆八重洲古書センターへタッチ&ゴー。
「ザ・レース」オーティス&ウォーカップ(二見書房:帯)300円
「ゼンダ城の虜」Wホープ(創元推理文庫)100円
二見のハードカバーは競馬ミステリーらしい。帯もついていたので、とりあえず押える。100円均一に私が現役で買っていた頃の創元推理文庫が並んでいて郷愁に耽る。つい「何をいまさら」な帆船マークの買いそびれ本を拾った次第。
◆そういえば、昨晩は火曜サスペンス劇場の積録「女弁護士・高林鮎子/パリから届いた殺意」を視聴したのであった。なんだか、収入の裏打ちもなく巴里まで二人連れでアリバイ崩しに行ってしまうところが凄いぞ。プロットも全編これ突っ込み所の固まりである。20周年記念番組だからといって、海外ロケすればいいってもんじゃないよなあ。こういう時こそ、低予算で密度の濃い密室ドラマでも作って老舗の意地を見せてほしいものである。

◆「地下街の雨」宮部みゆき(集英社)読了
宮部みゆきは、推理作家なのか?SF作家なのか?ホラー作家なのか?時代小説家なのか?
答え。宮部みゆきは小説家なのである。文句ある人は一歩前へ。というわけで現代もののホラーやらSFやらミステリやらからなるゴッタ煮短篇集。謎の解法アプローチの多彩さに眩惑される事必至なれど玉石混淆。以下、ミニコメ。
「地下街の雨」婚約者からドタキャンを食った娘。一流企業を逃げるように退職し、地下街でウエイトレスをする彼女の前に現われた「大人」を感じさせる女性。彼女の話し相手になるうちに、ニューロイックな恋の鞘当ては強制スタートする。なんという事のないプロットを起伏に富んだ恋愛悲喜劇にまとめあげる技はさすが。題名の含蓄も心憎い。
「決して見えない」深夜のタクシー乗り場。相乗りを持ち掛けてきた初老の紳士が語る死の掟。星新一あたりの書きそうな静かな恐怖もの。ラストの破格ぶりは都筑道夫か。ホラーの書き方を知っている人の作品。達者すぎて、印象に乏しい。
「不文律」モンタージュ手法で語られる飛び込み一家心中の真相。短いながらも狂った「理」と運命の悪戯を過不足なく盛り付けた名人芸。これは年間ベスト短篇級。
「混線」妹に迷惑電話を掛けてきた主を説教する兄。深夜の光景は、いつしか血塗られた都市伝説へと変容していく。白い翳がよぎる時、裁きは耳もとから下る。最後は手堅く纏めたものの、中盤のスプラッタシーンは、あまりに馬鹿馬鹿しい。
「勝ち逃げ」伯母の葬儀の夜、数十年の時を越えて届けられた「身勝手な手紙」。人情と機微が回り舞台で出会い、黒枠の向こうに勝利者は佇む。このまま時代ものに仕立て上げる事も可能なアイデア・ストーリー。姉妹たちの描き分けが巧み。
「ムクロバラ」街で衝動殺人が起きるたびに、刑事を訪ねてくる男。かつて親父狩りに遭い、不幸な巡り合わせのうちに人生を打ち枯らした男が、最も真相に近い処にいる。大都会の逢魔ヶ辻にムクロバラ。設定自体は左程斬新なものではないが、手堅さが光る。このまま「世にも奇妙な物語」に使える。
「さよなら、キリハラさん」突然音が聞こえなくなった一家。その無音の法則性を支配する者が現われた時、家族のドタバタ劇は加速する。一つのトンデモアイデアを、人情ものに絡めて読ませてしまうところが偉い。まあ、それにしてもトンデモである。


2001年10月1日(月)

◆なんというとこもなく10月に突入。秋の雨降りにつき、寄り道なし。購入本0冊。
◆ふと「猟奇の鉄人」と「猟奇の殺人」って似てるよなあ、と気がつく。
そうなると「古本血風録」は「占本血虱録」に似てるぞ、と思い立つ。んで、なんやねん「うらないほんちじらみろく」って?なにやら、ラブクラフト認定クトゥルー書物、って感じい?
<その書棚には或狭唖怒の「根黒之御魂」、武燐の「妖蛆の秘密」、殿瑠度の「叡梵の書」、「那常写本」に混じり、山城屋五兵衛の「占本血虱録」までが並んでいた>みたいな〜(>ちーがーうー)

◆「遠い約束」光原百合(創元推理文庫)読了
100円で拾った新刊を読んでみた。野間美由紀のイラストもこっ恥かしい連作・大学ミス研ものである。処女作のおおた慶文画・表紙イラストと、この第二作の野間美由紀イラストのどちらがより恥かしいか?というと、ワタクシ的には「おおた慶文」に軍配があがってしまう。むくつけき中年男が読む本としては、どう考えても、あちらの方が「業が深い」。それとも、そういう風に感じる事自体が危なさの証明なのか?
閑話休題、「遠い約束」といえば、「巨神ゴーグ」であるが(ついてこれる人だけついて来なさい)、この作品の約束はそこまで遠いものではない。たかだか、10年程度のタイムスパンである。だが、幼い頃の10年は、老年や中年の10年と違って、それはそれは、長い時間であるのだ。振り返る光芒、蒼い風、希望の煌き、野心の香り、セピア色に停まったフレーム、そして遠い約束。どこまでも甘く懐かしい刹那がそこに潜んでいる。記憶の淵に貌を覗かせる切っ掛けを待っている。風呂場から消えた指輪・「毒殺」された講演者・9年遅れで着いた転校生の暑中見舞いという3つの謎の物語を、一つの設定で三度美味しい表題作の宝捜し暗号小説でミルフィーユした構成は、なかなか読ませる。浪速大学ミステリ研の3先輩が、「良識」「知性」「筋肉」をそれぞれに担当するというキャラクターづけは全くもって少女漫画のお約束。ほんとのミス研にはこんな美男子はおらんと思うぞ。せいぜい「オタク」「古本仙人」「宴会係」じゃないかなあ。以下ミニコメ。
「遠い約束」ミステリマニアだった大伯父の遺産を巡る推理の冒険。それぞれの暗号やらネタ自体は「並み」だが、一つの設定で物語を三重に展開してみせたところは評価でき、更にミステリマニアの経絡秘孔を突いてくる読後感の爽やかさは特筆に価する。私もこんな大伯父が欲しいなあ。
「消えた指輪」題名の勝利。女風呂からの指輪の消失という設定の勝利。トリックは手品だが、動機と犯人特定に至る推理の道筋はあっぱれ。
「無理な事件」関ミス研で起きた謎の「毒殺」事件の真相とは?殆ど内輪受けの世界。メーンプロットは肩透かしもいいところだが、動機に一ひねりして合わせ技一本。
「忘レナイデ…」9年の時を越えて、死んだ筈の転校生から届いた暑中見舞い。誰が何のために、今ごろこんな葉書を出したのか?いわゆる「癒し系」で「日常の謎」だが、最後にお約束のフィニッシュを決めずにはいられなかったところが、ミステリ者である。