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2001年8月31日(金)

◆仕事で消耗戦を強いられた一日。明日は休日出勤して研修に参加するのだが、なんでもいいから経営書を一冊読んで、梗概と自分の職場の課題と展望について纏める、という宿題をこなさなければならない。
「なあんだ、そんなのお得意でしょう?」とおっしゃる方がいるかもしれないが、、何が辛いといって、私は自分が読みたくない本を読め!といわれるのが、なにより辛いのである。ましてや、感想を書けとなるとこれはもう「拷問」である。
だいたい巷に溢れる「経営書」なるものは、恐ろしく当たり前のコンセプトを、その時点で成功を収めている社の実例で飾り立て、なにやらそれらしい新語を題名につければ一丁あがり、というような本ばっかりじゃあ、あーりませんか。ブックオフの100円均一棚は一昔前のビジネス書の墓場で、「ヤオハンの海外戦略」だの「30分で判るリゾート法」だの「第三セクターの奇蹟」だの「金融ビッグバン!山一の挑戦」だの(すべて題名は仮称)、笑える本がゴロゴロ転がっている。現在、成功している会社だって、数年後にはどうなっているか判らない。そんなもん、読ませてどうするのだ?ああ、いやだいやだいやだ。と嫌がってばかりいてもしょうがないので、少し遊んで気をまぎらわそう。
というわけで、ビジネス書風のミステリの題名を考えてみました。

「テラスで読む循環不可能犯罪法」(日経BP社)
200X年4月1日から施行される「循環不可能犯罪法」。高度情報通信循環型不可能犯罪社会形成の促進にむけて、その基本と法の狙いを判りやすく逐条解説した入門書

「三面記事がおもしろいほど判るようになる本」(東洋経済社)
益々複雑化する三面状況。一体、この人は誰?なぜ、捕まっているの?そんな貴方の疑問に優しく答える格好の本。これからは三面記事を読むのが楽しくなっちゃう。

「マンスローター・カンパニー」(TBSブリタニカ)
エクセレント・カンパニー、ビジョナリー・カンパニーはもう古い。第4の波に乗り、21世紀を支配するグローバル企業を読み解くキーワードはこれだ!アルビン・トフィラー教授推薦。

「環境にやさしい人殺し便覧」(ぎょうせい)
USO800必携!人殺し決定版!

「早川書房が東京創元社を叩き潰さない理由」(光文社カッパブックス)
本年度MWAを独占し、日本推理作家協会賞作品も獲得、古典の発掘にも動き始めた早川書房。一方、「貼雑年譜」の完売で意気上がる東京創元社。二大ミステリ出版社の対決の構図を活写!

「密室心得帖」(PHP)
<雨が降ったら傘をさす。人を殺したら部屋を閉じる>、「密室殺人の神様」が綴る箴言の数数を収録。

では、研修に行ってきます(泣)


◆「PUZZLE」恩田陸(祥伝社文庫)読了
ご存知、祥伝社400円文庫。なにせ、分厚い経営書を読まなければいけないので、日々の課題図書の方はモスキート級でお茶を濁す。近藤史恵、歌野晶午、西澤保彦との「孤島競作」シリーズの1作。舞台は、露骨に「軍艦島」をモデルにしている。軍艦島という舞台の持つ廃虚のオーラには凄いものがある。最近の若い人にとっては鈴木あみの「深く潜れ!」なんだろうが、おじさんにとっては、朝賀真由美のデビュー作「純」なのである。いやあ、さすがパクリの恩田陸、借景の上手い事、上手い事。更に、今回は短いページ数に島田荘司ばりの魅惑的な謎を散りばめて読者を唸らせる。こんな話。
プロローグは、幾つかの記事のモンタージュ。それは海洋伝説、それはSF映画の製作情報、それは最長の栄誉を受けそこねた元号、それはまた平凡なレシピ。棄景に二人の男が立つ。職業は検事。彼等は廃虚となった島で発見された不可思議な三つ死体の謎を追う。一人は体育館の中で餓死、一人は高層アパートの屋上で墜落死、そして最後の一人は映画館の中で感電死を遂げていた。一体彼等の身に何が起きたのか?静謐の中で、推理という戦いは始まる。勝利も、敗北もない戦い。棄てられたものどもは、棄て切れなかった記憶をただ見つめる。
うわっ、やられた。謎めいた手掛りを一枚の風景の中に封じ込めていく手際が御見事。余りに見事なので、初読時には強引さや不自然さを忘れる。一見、出来のよい「変格推理」だと勘違いさせられる。騙りもここまでいけば立派。なぜか不快感はないアンチ・推理小説。


2001年8月30日(木)

◆突然ですが、

♪読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで、回って回って回って回るうう〜うう。

えー、「無双棚」とか(爆)

改めまして、御挨拶。本日「猟奇の鉄人」開設♪回って回って、満二周年を迎えましたああ!!
ありがとうございますありがとうございます!
一時は真剣に閉鎖も考えましたが、諦め悪く今日まで続けて参ることができました。データベース系でも古本系でも次々に立派なサイトが立ちあがり、このサイトの存在意義など殆ど「ない!」に等しい状態でございますが、早耳情報はお他所に任せて、時間と体力の許す限り「読んで書く」という基本動作で、細々と「少し濃い」を実践して参りたいと思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。

◆掲示板が「飯島愛」の余韻を引きずっているので、少々シモネタなど。
今は、そもそも置いて貰ってもいないのかもしれないが、私の学生時代、ハヤカワミステリマガジンはなぜか、エロ本コーナーにサスペンス・ミステリ・マガジンなどと並べて置かれることが多かった。緊縛姿の女性の写真と真鍋博の硬質なイラストの対照の妙たるや、なかなか風情のあるものであった。だから東京創元社はソウゲン・ミステリ・マガジンを出さないのだ、とも思った。
今でも、ヤフーオークションあたりで「密室」という言葉を検索されれば、赤面するほどエロ関係がヒットするのがお分かり頂けよう。片や、袋小路のエロス、片や、タナトスとロゴスのコンビネーション。もしかして、エロとミステリは同じ要素を抱えているのかもしれない。
古くは乱歩、朝山に遡る確信犯はおくとして、例えば、「秘文字」という暗号小説集があるが、仮に作者が千草忠夫、由紀かほる、綺羅光だったとしても、不思議な題名ではない。
「鉄筋の畜舎」の作者が団鬼六で、
「ただひと突きの」の作者が丸茂ジュンで、
「濡れた心」の作者が川上宗薫で、
「密室の妻」の作者がトー・クンで
何の違和感があろう?
音縛りで行くと、死体と姿態は同音だし、破瓜と墓だって同音だ、姦と棺と館もあるでよ、てなわけで
「姿態はヌード」
「第五の破瓜」
「三つの姦」
「ローフィールド 姦の散華記〜血まみれの文盲女中」
なんてのはどうよ?
ほらね、エロ文藝とミステリって紙一重でしょ?だからね、あれは「至芸」でもなんでもないのですよ。>フクさん

◆「猫の手」Rスカーレット(新樹社)読了
この作品、宝石本誌に抄訳が掲載されていた事を知ってから、随分探したものである。基本的に世界推理小説全集の別冊宝石しか集めていなかった人間にとって、宝石の本誌は余りに手強い本であった。それゆえ、その探究本をゲットできた時は、なかなかの感動があった。が、まさかそれから1年経たないうちに、全冊揃いを買ってダブらせる事になろうとは神ならぬ身の知る由もなかったのである。抄訳とは言え、宝石本誌に一挙掲載されたというのは、勿論、乱歩の愛あってのことである。「エンジェル家の殺人」への乱歩の偏愛ぶりは遍く知られる所だが、その余韻がこの作品にも及んでいたと言う事であろう。欧米でも殆ど忘れられた作家の端正な本格推理が、今なお現役で読める事を素直に寿ぎ、大乱歩に敬意を表する次第である。こんな話。
一代で財を成したボストンの大富豪グリーノウ。その誕生日を祝うため、出来の悪い甥たちは大邸宅に集まる。株でのしくじりと妻の盗癖とに悩むハッチンスン、自活を放棄した呑んだくれのジョージ、女性扱いの上手な歌手もどきのフランシス、神経質な反逆者ブラックストーン。ブラックストーンが、婚約者を紹介した時、一波乱が起きる。だが、それも翌日のグリーノウの発言に比べればさざ波に過ぎなかった。なんと彼は愛人兼家政婦であるイーディスとの仲に決着をつけるというのだ。そして花火の夜に惨劇は起きる。果して猫は何を知っていたのか?整い過ぎた舞台に錯誤のコンビネーションが踊る。名探偵ケイン警部の推理は、この容疑者だらけの殺人にいかなる決着をつけるのか?
ああ、本格推理小説だ。お館である。大富豪である。動機まみれの容疑者たちである。幾重にも張り巡らされた手掛りが一点に収束していく快感が懐かしい。この快感は、昨年だったか「オランダ靴の謎」を再読した時に感じた「あれ」だよなあ。だが、野村解説の指摘にもあるが、題名が象徴する重大な手掛りが後づけであり、「完全にフェア」とは言えない。その証拠を取りだしたところで、「読者への挑戦」を入れれば完璧だっただけに惜しい。とはいえ、この作品が読物の楽しさを備えた端正な本格推理小説である事は保証する。猫マークではない、帽子男マークである。にくきゅうではない、A級である。


2001年8月29日(水)

◆朝一番に一仕事終わり。定時で飛び出し久しぶりに神保町定点観測。日が短くなってきたので、18時に閉める店が多い。神保町BC、RBを回るもこれといって食指をそそられるものはなし。どちらの店にも、古い週刊誌がビニル袋に入って麗々しく並べられている。神保町BCのワゴンの200均で横溝正史の「○○の中の女」を連載していた頃の「週刊東京」が並んでいたがスルー。掲載誌を収集するほどのマニアではない。こりゃあ、坊主を引いたかなと、グランデで新刊買い。
「真夜中に唄う島」朝山蜻一(扶桑文庫:帯)860円
うほほ、こんな本が書店で売ってるなんて、良い時代になったものです。このタイトルが古書展に出ていたら5桁だもんなあ。それに「幻影城」所載の「蜻斎志異」も完全収録。いちいち雑誌を持ち運びせずとも読めるわけですな。いやあ、いい仕事!
◆まあ、これだけでもよかったのだが、やっぱり神保町に来たら古本買いたいわな。というわけで最後の望みを大島書店に託す。おお、ワゴンにまたしてもジェームズ・コーベットが売れ残っているではないですか。やったあ、安物買い!店内と合わせて買ったのはこんなところ。
「Murder While You Wait」James Corbett(Herbert Jenkins:裸本)250円
「Murder Minus Motive」James Corbett(Herbert Jenkins:裸本)200円
「Death in the Round」Anne Morice(St.Martin Press)400円
「The Death of an Irish Sea Wolf」Bartholomew Gill(Macmillan)400円
「Ellery Queen's 16th Mystery Annual」EQ ed.(Random House)600円
ディキンスンの「キングとジョーカー」の米初版とかもあったけれども荷物が増えるだけなのでスルー。いやあ、安いなあ。RBワンダーのペーパーバックよりも安いもんなあ。よくぞこんな本が売れ残っているものである。
◆帰宅すると祥伝社から謹呈本が1冊到着。おおお、わざわざ済みません。ありがとうございますありがとうございます。
d「鬼女の都」菅浩江(祥伝社ノンノベル:帯)頂き!
拙サイトの1999年読了本のオモシロ第一位!!遂にノベルズ化であります。まだ持っていない皆さん買って読んで感想書いて下さい。新本格の収獲です。私が保証します。

◆「移行死体」日影丈吉(徳間文庫)読了
初版は早川書房の日本ミステリーシリーズ。つくづくバラでは見かけない叢書で、この作品も徳間文庫で出るまでは、「翳ある墓標」と並んでそこそこ珍しい部類の本だった。異色作家短篇集と同様の布仕上げの装丁が嬉しいが、函が貧相なのが玉に疵ではある。閑話休題。とりあえず昭和50年代の愛好家は、徳間文庫版によって救済されたわけであるが、今やその徳間文庫版も鬼籍に入って久しく、この辺りで、日影長編のまとまった復刊が望まれるところである。いや、とりたててこの本が面白いと言うわけではない。むしろ、日影丈吉の悪いところが出た作品だといってもよい。そういう事実がきちんと評価されるような状態に在って欲しいというだけの事なのだ。その曰く言い難い内容はこんな感じ。
貧乏大学生・宇部が家賃滞納でアパートを追い出され転がり込んだ先は、先輩の「自称」画家・甘利のアトリエ。だが、甘利もまた思想団体を主宰する家主の鳥山から立ち退きを迫られていた。貧乏を拗らせた二人は、利己心を覆う上滑りの理屈で鳥山抹殺を思い立ち、周到にして緻密なつもりの殺害計画をスタートさせる。が、土壇場の気弱と勝手な行動は、死体の移行先を狂わせる。ビルの屋上の狂騒を見つめるのはただアドバルーンのみ。居並ぶ男を股にかけ、太平洋を股にかけ、おかしなおかしな追跡行は東の果てで破綻する。
出だしは非常に快調なユーモア・ミステリー。なんといっても主人公二人の貧乏ぶりと身勝手さが奮っている。ところが、犯罪部分に入った途端に、プロットが迷走を始める。最初は計算ずくかと思いきや、これは天然。ドタバタを強調しつつ伏線もそれなりに引こうとするものだから、実にギクシャクとした運びで、真相も納得性に欠ける。とっぴな設定を思いついたものの、それを碌に消化しきれなかった失敗作。読ませるところもあるだけに惜しい。


2001年8月28日(火)

◆わーい乱歩の「十字路」に登場する小説の正体は「凱旋門」だったそうな。ごくごくたま〜に「小林文庫の掲示板」のお役に立てて嬉しいkashibaなのであった。これで「乱歩作品をサイト名にしている」面目躍如だぜ!(>大嘘)
◆表には出ていないが、実は、こっそり日本の推理電網で最もメガ・サイトに近い位置にいるサイトが「ミステリ系更新されてますリンク」なのではなかろうか?っていうか、もうとっくに突破していても不思議ではない。私も1日に一体何回アクセスすることか。その「更新されてますリンク」がこのほど、殆ど開設以来とも云える、大ボリュームアップ。なんと40余サイトを一気に追加!おお、世の中にはこんなに沢山のミステリに関する日記サイトがあったのね。昨日の日記で市川尚吾さんが、ミステリ系サイトが増えていないような事を書いておられたが、いやあ、なんのなんの。こりゃあ、凄いわ。るんるんっと。で、新顔さんのサイトをちょこちょこ拾い読む。・・・・ううむ、こんなにあるのに、古本系はここぐらいかな?いい感じなんだけど、開設直後みたいなので、もう少し様子をみましょう。とりあえず、山村まひろさんという主婦の方の読書日記がSF系の安田ママさんやニムさんみたいなほんわかした安定感があって個人的には吉。あと、印象に残ったのは「おれの墓の上で踊れ」。主宰者のグレイヴ墓さん(まんまや)は本格が苦手で新刊読みの人、快調に読み且つ書いておられる。ごくごく稀に私と同じ本を読んでいらっしゃるんだけど(「レオキス」とか)評価は全く逆。ここまで食い違うと気持ちがいい。語り口は明快で爽やか、ちゅうか、南斗水鳥拳系。怖い人。
◆MYSCON代表フクさんの主宰する「UNCHARTED SPACE」が20万アクセス乗せ。当方が早々に挫折した「一日一冊」を頑固に続けながらの偉業。いまさらながら、お疲れ様です。さあ、宴会だ、宴会!(あるのか?それよか、出れるのか?)
◆チョットだけ残業。一駅だけチェック。一冊だけ購入。
「ろくでなしはろくでなし」藤原審爾(角川文庫)140円
新聞記者もので、野球ものの傑作らしい。でも何がビックリしたといって、この本に「新宿西口ビル街殺人事件」が収録されていた事。うわあ、新宿警察じゃん!これまで、角川文庫の新宿警察って、短篇集1冊に長編1冊だけだと思ってました。ううむ、参ったね、こりゃ。

◆「シャーベット・ホームズ殺人事件」岡本喜八(中央公論社)読了
ミステリ・マニアという人種は、異業種からの参入について、非常に身勝手な反応を示す。基本的に身体を動かすよりは、日蔭で本を読んでいるのが好きな人種なので、プロスポーツからの参入には厳しい。ペレだの、ナブラチロワだのが書いたミステリというと、「どうせゴーストライターの作品でしょ?」と白眼視する。唯一の例外がディック・フランシスであろう。また芸能人に対しても基本的には冷ややかである。誰が海老名みどりやタケカワユキヒデのミステリを歓迎するものか(一方、佐野史郎はちょっとオタッキーに知的なのでいいかな、なんて思ったりする)。ところが逆にコンプレックスの裏返しなのか、文化的に上位に属すると思い込んでいる世界からの参入には甘い。所謂「純文学」や「詩」の世界からの参入には非常に好意的である。「歌舞伎評論」も然り「学者」「法曹」然り、そして「映画」然り、である。双葉十三郎の作品を珍重し、この岡本喜八の作品を愛でる。というわけで、あの「なめくじに聞いてみろ」やら「大誘拐」やら「幽霊列車」を映像化した大監督の手遊びである連作ドメスティック・ミステリがこれ。全編、饒舌と諧謔の嵐。いわゆる「小説」の緊迫感がない「話体」で描かれたドタバタ・ミステリ。ボケを恐れるテレビ作家の主人公。糟糠の愚妻。スピード狂でモラトリアムな息子。元気に一本はずれた娘。シャーベットのように冷え切った家庭(シャーベット・ホームズ)で繰り広げられる破天荒な冒険推理譚は、決して出来がよいものばかりとはいえず、ギャグの切れも「今となっては」というものも多い。が、しかし、どことなく愛すべき連作なのである。以下、ミニコメ。
「シャーベット・ホームズ探偵団」主人公がよろめいた貞操観念薄きスタイリストの助手。だが、不倫のツケは殺人容疑だった。素敵な夜には危険の報酬。現役引退、ボケ未満の頭脳が導き出した驚愕の真相とは。シリーズ開幕。担当刑事の奇矯さもグッドな、とんでもミステリ。
「シャーベット・ホームズ危機連発」回春剤のCMモデルに仕立て上げられた主人公夫婦。そして金目当てに両親を丸め込む息子。そんな無害な連中がロケ先で次々と死の罠に出くわす。果して動機は?男の虚栄は命を救う。殺人方法の余りの馬鹿馬鹿しさに呆れる。なんとも御気の毒な犯人である。
「シャーベット・ホームズの仁義ある戦い」ヒットマンに仕立て上げられた戦友を救い、社会のダニどもの中から最も危険な男を燻り出せ!一家を挙げた二つの一家との戦いが今始まる。こうなってくると推理もへったくれもなく、只の落語に近づいてくる。
「シャーベット・ホームズの大冒険」よろめきドラマの脚本で思わぬ臨時収入を得た主人公。だが、家族という名の寄生虫が、私の安らぎを奪う。誘拐された妻の運命や如何に?もう一つの家族の肖像が大捕物に呑み込まれる。誘拐される側の図々しさがなんとも「大誘拐」である。


2001年8月27日(月)

◆一端思いついてしまったばかりに、一日頭について離れなかったフレーズ。
「デジタル・アナログ、デジタル・ザメラク、デジタル・ケルノノス、デジタル・アラディーア」
◆さしずめ巨乳美人妻・大矢博子女史であれば、
「パイズリとパズル入りは似ている」とでもおっしゃるところか。
非常に露骨なエロ系の宣伝が掲示板に書き込まれて面食らう。おまけに、帰宅するといかにもウイルスてんこ盛りなメールが同じ処から2通届いているし、かくも極北のサイトをめがけて御熱心な事である。いやはや。
◆天候の不安定な一日。とりあえず夕方からは持ち直したようなので、久しぶりに南砂町定点観測。ブックオフも悪くないのだが、ここのところ古本屋らしい古本屋に行けていないので、少し呪われた血が疼いたのである。まずは、新橋駅地下ワゴンで1冊拾う。
「サーキット殺人事件」高原弘吉(春陽文庫)200円
このあたりの高原弘吉は何を持っていて何を持っていないかが良く判らないんだよねえ。他にも「黒いトランク」や「黒い白鳥」の角川文庫版も落ちていたが、不良在庫になるのが目にみえているのでスルー。さて本命の南砂町では、店外の均一棚4冊。
「ローン・レンジャーとトント、天国で殴り合う」Sアレクシー(東京創元社:帯)100円
「アルバートおじさんと恐怖のブラックホール」Rスタナード(くもん出版)100円
「世界の怪異物語」黒沼健(平和新書)100円
「シャーベットホームズ探偵団」岡本喜八(中央公論社:帯)100円
むふふ、黒沼健は、他で読める本なのであろうが、平和新書が嬉しいところ。岡本喜八の「シャーベット・ホームズ」も何故か縁がなかった本。初版帯付きが100円なんて感激じゃあ、あーりませんかあ。ほほほ、本を買った日の日記は楽でいいなあ。

◆「有栖川有栖の本格ミステリライブラリー」有栖川有栖編(角川文庫)読了
巷で評判のこのアンソロジー。まさに「本格者の殿堂」というか「隠し玉の連打又連打」といった雰囲気の作品集。いまや入手困難な本格の袋小路に入ったケッ作から、同人誌やマンガ誌に埋れていた幻の作品、果ては国鉄マン兼日曜作家の鉄道ものにスイス在住の台湾推理作家の未訳作品まで、いやあ、よくぞやってくれました。クイーンや鮎川哲也が大好きな人なら、一度は自分でテーマアンソロジーを編んでみたいと思うものである。これは、もう絶対そうなのだ、そうに決まっているのだ。それは、ホームズにとっての「養蜂」のようなものなのである。だからといって、自分の作品を書かなくてよくなったわけじゃないからね。有栖川せんせ。以下、ミニコメ。
「埋れた殺意」おお!伝説の巽作品。短い頁数に上手く手駒をはめ込んだ端正な本格推理。錯誤のマジックが映える。
「逃げる車」カーチェイスから出た死体。なぜか本格。大きな仕掛の方は見抜いたがそこからの演繹法まではついていけなかった。これを車中で仕上げるとは、白峰良介侮り難し。
「金色犬」この1編のためにこの書を買う価値がある発掘作。勿論、本格ずれした人間には犯人は見え見えだが、この本格スピリットには敬服。心霊に転んだのが惜しいよ、つのだ先生。
「五十一番目の密室」余りにも有名なお話であり、再読。トリックはさすがに覚えていたが、MWAの描写は完全に失念しており、新鮮。
「<引き立て役倶楽部>の不愉快な事件」これも有名作。再々読。ニッキーは誰が書いてもニッキーになるのが不思議。
「アローモント監獄の謎」絞首台からの死体消失という謎が魅惑的。なぜか、再読。改めて読んでもそのバカトリックぶりに呆れる。プロンジーニって変なハードボイルド作家だ。
「生死線上」スイスを舞台にした中国人アリバイトリック小説。政治色の強さには些か引くが、生真面目な書き込みぶりに感心する。アリバイよりも、動機に感心した。
「水の柱」乗客が転落死した列車から消えた美女を追え。車掌が探偵という設定が楽しい。執事が探偵のような違和感がなんとも。お話自体は丁寧な凡作。
「『わたくし』は犯人」短篇巧者、海渡英佑の面目躍如。本当にこの人の本格短篇はどれも面白い。もっと読まれて良い作家だと思うんだけどなあ。これが新本格ファンたちへの復権の切っ掛けにならんですかのう?
「見えざる手によって」もしも自分が本格アンソロジーを編む時には絶対に入れたいと思っていた話。これぞ、本格短篇。これをHMMで読んだ私は「黒い霊気」を原書で読むほどにスラデックに嵌まったのである。


2001年8月26日(日)

◆前夜、奥さんの実家でへべれけになって結局御泊まり。電気屋が来るので9時迄には家に戻るべく「朝帰り」。しっかり朝御飯を頂きまんぞくまんぞく。
◆奥さんが昼からお出かけにつき、昨日の後始末に別宅へ。ついでに一駅足を伸ばして銀河通信コンビのお店で新刊買い。
「ミステリマガジン2001年10月号」(早川書房)840円
「SFマガジン2001年10月号」(早川書房)890円
「青空の下の密室」村瀬継弥(富士見ミステリー文庫)540円
「北村薫の本格ミステリライブラリー」北村薫編(角川文庫:帯)619円
「有栖川有栖の本格ミステリライブラリー」有栖川有栖編(角川文庫:帯)705円
「てれびくんデラックス仮面ライダーアギト超全集(上)」(小学館)1048円
HMMは、ロスマクの発掘作品3編一挙掲載。といっても、長編の原型作なので歴史的価値以外に何があるのか?と問われると辛い。まあ、ファンになると、紙マッチへの書き付けにでも意義を見出すのは世の東西を問わないようで。結局ローレンス・トリートの連載は割りを食って次号に繰り延べ。ううむ。
SFMは、デヴィッド・ブリン特集。短篇2本収録。素朴な感想「へえー、ブリンって短篇も書くんだあ。」どうも、上下巻のイメージが強くていけません。今でこそ当たり前のこんこんちきとなった早川SF文庫の上下巻であるが、昔は「月は無慈悲な夜の女王」だって一巻本で出していたのである。そこへ「スター・タイド・ライジング」が颯爽と上下巻で出た時の印象が未だに尾を引いておりますのう。はい。
角川文庫の2冊は絶対「買い」。こういう企画が文庫で通ってしまうんだから凄い。本格マニアには堪らない企画である。それは、勿論「編む側にとって」そうなのである。こういう本が作れたら、どんなに幸せだろう。くそう。
アギト本は「待ってました!」の1冊。なにせ訳の判んない話なので、こういうガイド本は貴重である。これによれば、先週撮りそこねた回は、余り本筋とは関係なさそうである。よかったよかった。

◆「ゲッベルスの贈り物」藤岡真(創元推理文庫)読了
結論から言う。この話は、面白い。こんな文書読んでいる閑があったらとっとと読む事をお勧めする。

さあ、読み終わりました?では以下、感想。
「ヒットラーの側近たち」の中で個人的に最も思い入れがあるのが、なんといってもこの書の表題にもなっている。宣伝大臣ゲッベルスである。恐らくは、現代のプレゼン手法のかなりの部分を50年以上前に国家規模で展開した大プロデューサーである。なんでも「ナチの御用達女優になりたければ、俺の云う事を聞くのだ、えっへっへ」何てこともやっていたとかで、現代のテレビ局に巣食う生殖魍魎たちの先駆でもあるらしい。いやあ、立派立派(ちーがーうー)。閑話休題、この思わず興味をそそられる題名の小説は、そう!昨年かの怪作「六色金神殺人事件」を世に問うた奇才、藤岡真のデビュー長編である。実は、題名から勝手に「スケバン刑事」の信楽老編のようなお話を想定していた。とんでもない。この息をもつかせぬ逆転とツイストのラッシュは、ジョジョか、ルパン3世の最上作を思わせる出来映え。その荒唐無稽さにおいてこの作品は「マンガ」である。だが、その緻密さと仕掛において、この作品はどこまでも「小説」なのである。こんな話。
1945年初頭、第三帝国は滅びた。だが、大日本帝国はまだ戦っていた。最終兵器「ゲッベルスの贈り物」を携え、一路日本を目指していた飛良泉大佐は、独逸潜水艦長の惰弱に失望する。だが海底の棺の何処に、選択肢があるというのか・・・。それから50年の時が流れたある日、広告会社勤務のおれこと藤岡真は、社長からトンデモな密名を受ける。謎の女性シンガー「ドミノ」の正体を探り出せ、というのだ。ドミノは太平洋テレビに送られてきたビデオの中だけに棲む謎の女性、その徹底した秘密戦略が奏効し、いまや彼女が歌う「ささやき」という曲は日本中を席捲している。しかし、そのヒットと急増する有名人たちの自殺を結び付けて考える者はいなかった。幕間に蠢く黒い天使はジンジャーエールで祝杯をあげる。一方、おれはおれで、乏しいネタを頼りに暑い街を走るうち、CGの大家:長谷部教授と「ドミノ」との繋がりに気づく。刎頚の友と出会い、そして惨たらしい別れ。果して彼が遺した飛良泉大佐の遺書に秘められた謎とは?遂に敵首魁の正体が見え始めたとき、おれに抹殺指令が下る。ジーク・ハイルの怨霊が狂気のスイッチを入れる夏、虚実は縺れ、光は影を駆逐する。
まずはメインプロットである「ゲッベルスの贈り物」の正体が狂っている。この理屈が合っているようでとんでもなく外れているところが怖い。加えて、物語のそこかしこに仕掛けられた「罠」の多さに感心する。多重視点とアンフェアすれすれの語り口で、読者はまんまと騙りの迷宮に誘いこまれる。特に終盤の驚愕の連続には参った。それでいながら読後感の爽やかさは天下一品。私はこれまでに勤め人の友人が入院した時には、山田正紀の「火神を盗め」を差し入れる事にしていた。サラリーマンに元気を与える日本小説ナンバー1と信じての事である。いやあ、もう1冊、差し入れ本が増えてしまいそうだ。傑作。


2001年8月25日(土)

◆奥さんが朝から、友人のお手伝いでお出かけ。その隙をついて、ガンダム、コア・ファイターが強襲をかけた。もとい、別宅の方に若手サイトの中で最も泰西古典を体系的に紹介されている「瑞澤私設図書館」の茗荷丸さんをご招待。「ライバルなしでダブリ本を漁りたいのは山々ですが、一人ではおっかないですよう」と云う事だったので、これまた「喋る<幻影城>」「人型記憶兵器」と異名をとる「謎宮会」の葉山響さんと、岡本綾&友成純一専門家の「BNB」主宰者:おーかわ師匠の若手二巨頭を召喚。某EQFCの重鎮と某MYSCONの主宰者にも御声掛けしたのだが、そこはそれ、構想1日準備半日の企画に乗れる程、妻帯者は閑ではない。判る判る。
◆11時半に駅にお迎え。グランデに「死の命題」帯・初版が平積みになっていた話など。2本待っても現われなかった葉山さんを見捨てて、拙宅に向う道すがらでは、茗荷丸さんの本職である考古学関係の話をあれこれ聞く。「森での発掘が一番大変」とか発掘の手順とか考古学上の「発明」の話とか。更に話題が例の<神の手>事件に移り、ひとしきり盛り上がる。なんでも、最近ブックオフで見かけた教育マンガで、明らかに藤村某を主人公にしたものがあって購入を迷っているとか。100均なら買いだけど半額なので躊躇している由。まあ、宴会グッズと考えれば半額でも買いではないでしょうか?この類いの本は、一旦逃すと結構再会しづらいものでありますからして。(Ω真理教のマンガとかさあ)
◆メイン・クーラーが故障しているため、とりあえずビールで乾杯するや、早速唯一窓型クーラーが生きている雑誌部屋に直行。別名ダブリ本部屋でもある。ここで感心したのが、ダブリ本の山に向い「発掘」作業に勤しむ茗荷丸さんの手際の良さ!「おお、さすがプロは違う」おーかわ師匠と見とれているところへ、葉山さんも到着。さあ、皆さん、買うてや、買うてや、ダブリ本だっせー。安うしときまっせー。で、都合20冊ほど即売。ビール代の足しにする。
さすがに「いいところ持っていくなあ」という抜き方だが、「新宿警察」を「どーぞ、どーぞ」を分け合ったり、「13人目の名探偵」には「こういう本は、本気で欲しがっている人のところに行った方がいい」として手を出さないとか、御三方とも、非常に紳士的である。いやあ、いいねえ、若者!
◆後は汗をかきながら、ビール片手にミステリ話にネット話。葉山さんが夕方に逢う約束になっている推理電網系の人々に関して「叙述トリック」な話を聞かされる。どっひゃあ、そうか、そうだったのかあ。叙述トリックをやっているのは自分だけじゃないんだなあ、と改めて思い知らされる。他の話題で印象に残っているのは「いつからミステリに嵌まったか」という定番ネタの他「珍しくポケミスが平積みになっているのは『ライ麦畑』だからかなあ」「そうそう、ベストセラー狙いで行くと『泥棒はチーズを盗む』とか」「ぎゃははは。んじゃバターは?」「『猫はバターを舐める』」「ありそー」「最低ー」とか「葉山さんの『ローウェル城』トリックな話」とか「ネットで一番濃い和物サイトってどこよ?」とか「ルーパート・ペニーってどうよ?」とか「うわああ、マックス・アフォードのペーパーバックだあ」とか「サイトを続けるって意地の問題なのよね。それしかないのよね」とか「ハードカバーのダストラッパーよりもペーパーバックの表紙の方が好きなんだよねえ」「そうそう」とか「ミステリ・オペラってどうよ?」とか「なぜ、必死になって原稿をかき集めて編集した内容よりも、日々の日記の方が受けるの?ねえ、なぜ?なぜなの?」とか「あなたも推理作家になれる。なれますとも。なりましょう」とか「ここはやっぱり獅子内俊次」とか「作家って、意外なほどネットを見てるんですよう」とか「ともさん最近マメ」とか「彩古さんえらい」とか「女王様凄い」とか。
とりあえず、推理電網で一番濃い和物サイトは、掲示板なら「小林文庫」、月刊誌なら「謎宮会」だけど、データの希少性と更新頻度、ネタの斬新さ等を勘案すれば「密室系」でしょう、という事で意見の一致を見た。ストラングル成田さん、おめでとうございます。って、何も賞品は出ませんが。
◆葉山さんが退出後は、若干コミケなおたく話で盛り上がる。私は秘ネタで茗荷丸さんに勝負する。わっはっは、驚け、若者!18時には撤収して、3人で駅へ向い解散。いやあ、楽しい6時間でした。また遊んでね。
茗荷さんから2冊頂き。
「一角ナマズのなぞ」新庄節美(講談社)頂き
「消えた象神」サタジット・レイ(くもん出版)頂き
おお、やっと名探偵チビーが1冊手に入ったぞ。これが呼び水になって、他の作品もさくさくゲットと行きたいところである。
◆帰宅途中で一駅下車。あれこれ安物買い。
「ヒューマン・クローン」中川恵三(東洋出版:帯)50円
「電脳祈祷師美帆」東野司(学研)50円
「特殊諜報憲兵」菊池勇義(双葉NV)50円
「無敵男性三四郎」城戸禮(春陽文庫)30円
「拳銃街を行く三四郎」城戸禮(春陽文庫)30円
「鉄腕三四郎」城戸禮(春陽文庫)30円
城戸禮は一応背が白かったのと余りの安さに発作買い。「ヒューマン・クローン」は「TOYOファンタメントノベル第2弾」なのだそうな。いかにもゲテSF。で、ファンタメントって何?第1弾ってどんな本だったの?謎が謎を呼ぶ。「特殊諜報憲兵」は題名に惚れる。中味もやたらと濃さそうな実録小説である。以上、6冊買って240円だぜ、いっひっひ。
◆一旦帰宅して奥さんとともにワイン2本ぶら下げて奥さんの実家へ。お義母さんが、新作料理に挑戦するので食べにおいで、との事。「ルーのない野菜カレー」というヘルシーな御料理を食す。ビールが進む、進む。ワインが進む、進む。昼から呑み続けていた私は、22時頃には前後不覚で沈没。そのまま朝まで爆睡。かくして充実の一日は終了。

◆「ヒューマン・クローン」中川恵三(東洋出版)
というわけで、いかにも字組みの甘さが「一日一冊」向きなので、手にとってみたゲテSF。「ファンタテイメント」という煽りが笑わせる。「ファンタジー」と「エンタテイメント」を組み合わせた造語なのだろうが、なぜか場末のストリップ小屋の「ナンシー」や「キャサリン」的侘しさが漂う。エンタテイメントとファンタジーを合わせて「エンタジー」なんてのはどうでしょう?「環境:エンバイアラメント」と「工学:テクノロジー」の要素も入ってます、とか。実は、一応そういう話なのである。
時に西暦2060年。人類は、20世紀に加速された環境破壊を乗り越え、精妙なリサイクル社会を構築していた。だが、破滅へのカウントダウンは既に止めようがなかった。「エイズ絶滅」のプロパガンダの裏で、人間の平均寿命は50歳を切り、ガンの発生が若年化していたのだ。移植すべき臓器を確保するため、人類は禁忌の封印を解く。そんな時代の風の中で、僕は彼女にであった。やがて二人は結ばれ、そして引き裂かれる。運命の過酷を呪った時、思いがけない再会に僕は奮い立つ。明日に向って。
一体、何なのでしょうね、この本は?2060年までの様々な科学技術の進展や環境動向の変遷が、大学の講義という形で、昭和40年代的4畳半フォークソングなカップルの物語に挿入されるという小説。その微妙な世代感覚のズレが楽しめる。そもそも小説なのか?という疑問も湧くが、そこはそれ「ファンタテイメント」である。読みながら、ははーん、これはこういうオチだろうな、と予測していたら、ものの見事に肩透かしを食った。今でも絶対そっちの方が面白いと思うのだが、作者の狙いは、どうやら面白くなってはいけないようなのだ。真面目に啓蒙され、前向きに生きていかなければならないのだ。プロジェクトXなのだ。まあ、「SF」とつけば買わずにいられない人だけが買っておけばよい本だろう。


2001年8月24日(金)

◆主催する筈だった会議を中止にしたため、まったりと1日が過ぎる。ううむ、こんな事なら東急東横店に参戦すべきであったか。皆さん、収獲あったのでしょうか?
◆明日の小イベントに備え、お買い物&別宅のお片づけ。芳林文庫のカタログが届いていた模様。前号で「探偵小説やーめた」と言っていた割りには、全然変わってないではないですか?欲しいものがないわけではないんだけど、さすがに所帯持ちがすぱっと買えるものはない。まだアメリカ旅行の時のカードの決済も済んでないしなあ。
◆帰宅すると、東京創元社さまから賜り物1冊。
d「ゲッベルスの贈り物」藤岡真(創元推理文庫:帯)頂き!!
おお、なんで私のようなものに、頂けるのでしょうか??と思ったが、千街解説を読んで納得。この作者の第2作「六色金神殺人事件」のカルト人気について触れた部分で、「ネット上最強の古本系サイトとしてその名も高い<猟奇の鉄人>」(木亥火暴)と、拙サイトについて過分なお言葉で紹介頂いておったわけですな。
ありがとうございます(これは謹呈本の分)
ありがとうございます(これは解説の分)
ありがとうございます(そして、これは俺の、俺の、俺の魂の分だああ>意味不明)

◆「死の周辺」Hウォー(ポケミス)読了
今頃になって東京創元社が精力的に紹介している警察小説の雄、ヒラリー・ウォー。ここは時流に遅れないよう少しは読んでおかねばと、フェローズ署長シリーズのん十年ものの積読本を取り出した。不毛のポケミス900番台の中では、探究者が抜きんでて多い本であるといってよかろう。余り熱心なウォーの読者ではないので、この作品の構成が、普通なのか、異色なのかの判断がつかないが、いわば「前半:エヴァン・ハンター、後半:エド・マクベイン」的な作品である。まあ、だからといって<1粒で2度美味しい>というほどのレベルではない。こんな話。
5月29日、ストックフォード警察のフェローズ署長は、誘拐されていた女子大生の死体発見を発表。
4月6日、窃盗で6ヶ月の懲役に服していたアリー・ウエルズは、獄中で友人となった強盗犯トニーとともにインディアナ刑務所を脱獄。ピッツフィールド駅で飛び降り。二人は、トニーの知り合いの愛人ロレーヌの元に転がり込み、アリーは童貞を喪う。
4月9日、アリーとトニーはロレーヌの下準備を受け、食料品店に忍び込む。が、店主に発見され間一髪で逃げ出す。店主は暴行が引き金となって死亡。小金を手にしたトニーはヴァレンタインという美形を引っかける。
4月26日、アリーは逃亡中に警官2人を射殺する。
坂道を転がり落ちるように悪に染まっていく青年、彼の友人を自称する兄貴分、そして彼等を絡め取り操る悪女、3人の思惑が、ジゴロに嵌まった富豪令嬢に迫る。幾つもの嘘、幾つもの裏切り、そして幾ばくかの真実。ゼロ時間に向って走る若き犯罪者たちの肖像。友情は弾幕に消える。
作者が、どこを読ませ所と思っていたのか、良く判らない話。「0時間へ」タイプの物語であり、そこに至る犯罪者心理はよく書けていると言って良い。まるで現実感を喪失したかのような「人の死」がそこにはある。だが、被害者の視点、捜査側の視点と3段階で綴られた物語は、最終幕で「さもありなん」な<ひねり>をみせる。総てがこのツイストへの布石である事が見えた途端に、折角のクライム・ストーリー部分が軽くなってしまった。残念。


2001年8月23日(木)

◆台風一過で涼しい秋に突入かと思いきや、暑いったらありゃしない。これでは昼休みに書店を覗きに行く気にもなれないわよん。暇つぶしに、「泣きながら台風に向って駈け出した」よしだまさしのその後を書いていたら収拾がつかなくなったので一旦パス。小説って難しいなあ。改めて小説家の皆さんってえらい!と思った次第。
◆本日は歓送会にてへべれけ。居酒屋チェーン「東方見聞録」の姉妹店で豆腐専門店という色付けをした「月の雫」なるお店。まあ、入ってしまえば普通のチェーン居酒屋なのだが、結構な人気らしく、店の前に行列が出来ている。客層は見渡す限りの若い女性。コミケや、古書展以外でも行列が出来るんだなあと感心してしまった。またそこに行く道すがら、ワゴンに群がっている人々を見かけ「お、もしや古本か?」と思ったら化粧品のワゴンセールであった。ふーん、古本以外にもワゴンセールってあるんだなあ(>当たり前だ!)

◆「咬まれた手」日影丈吉(徳間NV)読了
今から20年近く前に、徳間書店が日影丈吉の作品を精力的に出版していた時期があった。文庫本で「真っ赤な子犬」や「応家の人々」などの代表的な長編を復刊するとともに、書き下ろしの新作をノベルズやハードカバーで出すという、それはそれは夢のような蜜月時代であった。だが当時の新米ミステリマニアから見た日影丈吉といえば、幻想的な短篇の名手あるいは、ひと癖あるフランスミステリの翻訳者としての印象が強く「長編推理作家」日影丈吉については、「一応買ってあるだけ」という作家だったのである。しかし、このサイトを立ち上げてから日影長編の消化にとりかかったところ、意外に本格のツボを外していない事に驚き、それなりに楽しいひとときを過ごす事ができた。で、この作品も帯に「書き下ろし長編本格推理」とあるからには、と一定の品質を期待して取り掛かった。ところが、全然ダメ。ミステリとしても読物としてもおよそ中途半端な作品であった。こんな話。
映画評論家・作礼藻二花(さらいもにか)と年下の芸能記者・信吉の夫婦が麻布に新居を構えたのは3ヶ月前。藻二花の友人である服飾デザイナー・法師原芽生から譲り受けた家は、虚飾に満ちた芸能界に棲息する藻二花の虚栄心を満たして余りあるものであった。だが、最近、自宅で不思議な「盗難」が相次いで起きる。生活費が何時の間にか紛失したり、飲んだ積もりもないのに洋酒が減っていたり。呆けるには早すぎる夫婦の間に疑心暗鬼が忍び込む。だが、盗難は単なる予兆に過ぎなかった。ある日藻二花が帰宅すると、なんとキッチンで見知らぬ男が死んでいるではないか!死因は青酸。果して、男の正体は?そして、飼い猫ロミは何を見たのか?警察が地道な捜査で被害者の身元を突き止めたとき、毒を隠し持った死神は華やかな舞台でもう一つのステップを踏む。
まず登場人物の名前でのけぞる。これは恥かしい。映画評論家やデザイナーの名前としても相当キている。「そこは枝葉末節」と我慢して読み進むと、今度は視点のふらつきに戸惑う。一体この物語の主人公は誰なのか?ベテランの筆になるとも思えぬ迷走ぶりが、底の浅い仕掛を糊塗せんがためのものであったとすれば、余りにも情けない。作者は意地の悪いツイストを最後に用意して物語を締めくくるが、所詮、短篇ネタの捻りであり、原稿用紙400枚以上に付合ってきた読者にとっては不満が募るのみである。文庫化されていないために徳間ノベルズとしては高値を呼ぶ本だが、無理して買うほどの内容ではない。日影丈吉コンプリートを狙う人だけが読めばいい作品であろう。


2001年8月22日(水)

◆台風が接近中というので朝から総武線は計画運休。ところが、どっこい、今回の台風と来た日には、24時間テレビのタレント・マラソン・ランナー並みのスピードで、ちんたらとしかやってこない。風も穏やかで雨は小降りも関わらず、本数を減らされぐちゃ混みの電車の中は傘の雨滴とおじさんたちの汗でムンムン。さすがにこの状態の中では本は読めない。乗り慣れない満員電車に揉まれて朝からぐったり。くおらああ、JR東日本!!私の貴重な読書時間を返せえええ。
◆んでもって台風が熱帯低気圧に化けてかねてより予定の会食を強行。そりゃあ、社用車をお持ちの方々は宜しいかもしれませんが、我々下々は、自分の足で駅まで行って電車に乗って帰らなきゃならんのあります。大変なのであります。購入本は0冊なのであります。

◆「中空」鳥飼否宇(角川書店)読了
本年度横溝正史ミステリー賞優秀賞受賞作。大賞「長い腕」掲載の選評を見るとまずまずの評価を得ているようなので、れっつ、とらい。勿論、半額古本。すまんすまん。作者はネット上の「ほぼ日刊イトイ新聞」に本名の鳥飼久裕名で「ハブの棒つかい」という不定期・島日記を綴っている人らしい。四十歳で島住まいを決意、勤めを辞めて奄美大島に移り住んだという経歴は、ただひたすらに羨ましい限りである。よくぞ不惑、これぞ不惑。横溝正史が大好きで、探偵小説を書いて応募するなら正史賞と決めていたそうな。まあ、これまで正史賞で、本格本格した話が受賞しなかった歴史を知ってか知らずか、いずれにしても純粋な人のようである。ところが、作品の方は、牧歌的大らかさ中にも、「とんでも」パワーと底意地の悪さを秘めた「探偵小説」であった。こんな話。
私は、猫田夏海。女性写真家である。歳は若くはない。九州の外れ、山間の寒村で一斉に「竹の花」が開花したという話を聞き、大学時代の先輩で自然観察者の鳶さんとともに勇躍「竹茂村」に撮影器材一式を背負って乗り込んだ。そしてそこで私たちは、鮮やかにも禍禍しい連続殺人事件に遭遇する。一文字の名字を持った7家族が棲む竹茂村は一世代前にも血塗られた災厄に見舞われていた。村の宗家の娘の婿選びを巡って禁忌に満ちた大量殺人事件が起きたのだ。そして血の因縁は繰り返す。小動物の殺生を切っ掛けに、竹林に生首は飛び、諌めは慙愧と悔恨をもたらす。竹笛によって奏でられる毒の輪舞曲。いま、中空の村は死で満たされる。
随所に仕掛けの凝らされた本格推理小説。些か、持ち味の軽さが惜しい。舞台設定はお作法通り。因縁の演出は八つ墓だったり、某京極作品だったりするのだが、これはもう「公共物」の域なのであろう。俄か探偵たちの推理合戦やトリックの応酬は楽しく読めるが、着地してからツイストを加えるのは、いまどきの推理小説の悪いところである。錯誤ネタを大胆に使いこなしているところには感心した。この細心さがあれば、後はバカトリック(褒め言葉)さえ考案すれば息の長い執筆活動が可能となるだろう。お笑いは描けるので、次の課題は「恐怖」かな。とりあえず合格点。


2001年8月21日(火)

◆残業&台風。そりゃまあ、一直線に帰りますとも。本日から、ヘッドホンMD持って通勤につき、濡らしても悲しいしね。
◆よしださんの日記を読んでアタマを抱える。ヤフーオークションで「私のすべては一人の男」に8万9千円の値がついたそうな。ううむ、恐るべし、オークションの魔力!正直なところ、古本屋に並んでいれば、3000円でも「高い!」と感じるのが通常の感覚。先日300円均一で拾えたのは私にしては出来過ぎだが(200円じゃないからね>よしださん)、8万9千円というのは、最早「古本の暗黒面」としか言い様がない。それだけあれば偕成社もサンリオも紀伊国屋書店も晶文社も含めてボア・ナルの著作が総て揃うんじゃないかなあ。まあ、幾らで買おうと、幾らで売ろうと部外者が物言いつける筋合いではないのだが、「あなたの魂に安らぎあれ」と祈る次第。

◆「クリムゾン・リバー」(創元推理文庫)読了
ジャン・レノ主演映画作品の原作。とにかく、作者がジャン・レノをイメージして書いたのではなかろうかと思える程、この作品の主人公は、ジャン・レノである。で、正直申し上げて、この作品を読んでフランス・ミステリに関するイメージが一変した。「登場人物を極限まで絞りこんだ夫と妻に捧げる犯罪」とか、「天使も悪魔もいやしない俺たちゃノワール」の物語とか、「運命の修理人による人間解析」のドラマとかいったこれまでの自分なりのフランスミステリーのカテゴリーには属さない作品である。連続猟奇殺人を、危険の香りのするエリート敏腕警視とアラブの血を引くはみ出し警部が追うという設定は、どこからみても、今流行りのアメリカ製サイコパスもの。加えて、異様なまでにリーダビリティーが高いのである。いつもは、耳慣れないフランス人の名前に馴染めず時間を食う一方な私なのだが、この話は華麗なるチェンジ・オブ・ペースで読者を戦慄の最終章に巧みに誘う。やるなあ。こんな話。
ニエマンス警視正。フランス司法警察のスーパー・コップ。自分の中に獣を飼う男。フーリガン逮捕時に奮った過剰暴力事件のほとぼりを冷ますため山間の大学町で起きた残虐な殺人事件の捜査に当たる。拷問され、両目を抉られ、雪山に遺棄された図書館司書。無害な男は何故かくも無惨な死を遂げねばならなかったのか?美貌の地質学者、偏屈な環境研究家の協力を得て、犯行現場を特定したニエマンスを更なる恐怖が襲う。カリム・アブドゥフ警部。アラブの血を引く野心家の敏腕警部。生き延びる技を体得した男。そんな危険を纏った男に回された事件は、小学校の盗難事件。しかし、相次いで起きた墓荒らし事件から、一人の子供の痕跡を完全にこの世から抹消しようとする聖なる闇の姿が浮かび上がる。一見無関係な二人の捜査が交錯するところ、歴史の翳に潜む狂信が炙り出され、緋色の澱みに裁きが下る。
二人の主役刑事の書き込みが素晴らしい。特にニエマンスの危なさが凄い。カリムがマトモに見える程に危ない。「死んだ子供」と「猟奇殺人」を繋ぐミッシングリンクの仕掛けには、及第点をあげてよい。大陰謀を支える、とある仕掛には唖然とした。それって少女漫画の世界だよなあ、と思いながらも、大道具の出来映えの前に、納得させられてしまう。ラストも実に映像的に良く出来たショッカー。これは、映画の方も見たくなってしまう。


2001年8月20日(月)

◆本日から日本全国お仕事モード。電車も混んでいる。こそこそと、SRマンスリーの最新号を眺めていると、なげやりな企画にまじって、島田一男の満州時代の作品に関するエッセイが一際目を引く。ふーん、世の中には凄い人がいるもんだねえ、と感心してから、「あ、もしやこれは別宅の近所にお住いの『あのお方』のペンネームだっけ」と気がつく。おお、そうか!そうだよなあ、今の日本にこれほどの島田一男マニアがそうそういるわけないもんなあ。しかし、SRの会員だったとは、おみそれしました、やよいさん、はい。
◆評判の2新刊を買いに行く。昼休みに会社の近くの書店をアタックするがさすがに見当たらず、終業後、八重洲ブックセンターへ。
「最上階の殺人」Aバークリー(新樹社:帯)2000円
「密室殺人コレクション」二階堂黎人・森英俊編(原書房:帯)2400円
翻訳単行本のコーナーでは、一際、国書刊行会の「全集」と「本棚」が目を引く。余りのシンプルなデザインにつき見過ごしていたバークリーを平積みから確保。しかし、今度は徹底的に「密室殺人コレクション」が見当たらない。むむむ、これは「すわ売り切れ」と焦ったが、「待てよ、『二階堂編』となると、もう一箇所調べてみる価値はあるかな」と、単行本全体の平積み特等席を当たってみると、おお、本当に鎮座ましましているではないの。やりい。諸君、日本の本格推理小説の夜明けだあ。
◆非常に遅れ馳せながら、QUEEN’S PALACE開設一周年おめでとうございます。おそらく今のミステリ系サイトで「最も丁寧なレスがつく」サイトでありましょう。それも、言語学から靖国参拝問題まで、ミステリとは(勿論クイーンとも)無縁の話題でも真正面から受け止めて鮮やかに捌かれる手際には完全脱帽。「教養とはこういう事なのだ」とつくづく思い知らされた気がいたします。今後益々のコンテンツの充実とサイトのご発展をお祈り申し上げる次第です。「カバーアートの城壁に、いま、女王がキャスリング」すべての道はローマ帽子に通ず。帝王死すとも本遺す。

◆「ホームズ君は恋探偵」北原なおみ(講談社X文庫)読了
ジュビナイルでお茶を濁す。あの1冊30万円もする「貼雑年譜」を一人で3冊も買ってしまったという書痴の鑑・北原尚彦が筆名で世に問うた変形「ホームズ」もの。茗荷丸さんの日記でその存在を知った直後に遭遇したので、即ゲットの即読了。まあ「ホームズ」といっても、そこはX文庫の事、何もジェーン・トムソンばりの正統派パスティーシュでも、フィッシュばりの爆笑パロディでもない、お約束の「いかした転校生はホームズの孫」「私は探偵同好会の会長兼雑用係」という少女小説の王道を行く設定である。後は、この縛りのキツイ世界で読者を満足させつつ、いかにして小説読みの自分を納得させる話を書くか、が腕の見せ所。で、結論から申し上げれば、敢闘賞もの。こんな話。
あたし和津真里。中学三年生。ホームズの大ファンで学校では「探偵倶楽部イレギュラーズ」を主宰している、といっても、今はまだ会員僅か2名の未公認サークル。ところが、なんと、ハーフの転校生、容姿端麗眉目秀麗英語堪能スポーツ万能な志郎・ホームズ君が、仮入会してくれるという。おお!やったね!かくして旗揚げした探偵倶楽部の最初の事件こそ「初キッス盗難事件」。きゃっ!一瞬の暗闇の中で、依頼人の唇を奪ったのは、グルーピーに守られた学園の人気者?それとも、超おたくなあいつ?うう、あいつはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です。はい。なあんてオタクしてる場合じゃないんだってば。ねえ、志郎君、この謎、溶けるのお?
オタクの描かれようがとても酷い。ああ、辛い。でも、そうなのよ、世の中のオタクを見る目ってこうなのよ!(何を怒っている?)唇泥棒の解明は「これしかない」とはいえ、なかなかのもの。金田一少年の小ネタぐらいには使えそう。少女小説としては及第点。だが、どうせならもっと大胆に原典ネタを散りばめて欲しかった。なんでライバルの名を赤野君にして、とりまきを「レッド・サークル」にしないの?とか。