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2001年8月10日(金)

◆出社するも絵に描いたような開店休業。ちょこちょこ書き物をして過ごす1日。世の中、夏休みであ〜る。終業のチャイムで速攻退社。一駅だけ途中下車して定点観測。さしたるものもなく安物買い。
「さまよえる未亡人たち」Eフェラーズ(創元推理文庫:帯)280円
「水曜日の子供」Pロビンソン(創元推理文庫:帯)400円
ああ、フェラーズを本屋で買いませんでした。中村有希さん、ごめんなさい。PロビンソンもめでたくMWA受賞(短篇だけど)の勢いに乗って、6作目以降も紹介されないものであろうか?
◆私が新婚旅行で浮かれている間に、草野唯雄リストなどという渋いものを作っていた若手古本者のしょーじ君がサイト(東奔東走)を閉めていた模様。ふーむ、何があったのだ、若者!?東奔遁走か?わたしも人の事は言えた柄ではないのだが、ホームページはのんびりと自分に合ったペースで作っていけばいいんですよ。その辺り、春都さんは、「更新されてますリンク」から切断することで、心の縛りを解いたみたいだけど、一旦、緊張の糸を切るとずるずると行ってしまいそうで、それはそれで相当に勇気のいる決断である。
まあ、この世界、回転が速くて、2年も店を開けていると「老舗」扱いだもんなあ。うちがリンクを張らせてもらっているサイトでも、既に中村忠司さんのところが更新停止だし、趣味の十字路さんも最近更新がないみたい。勿論、参入者も多くて、最近では、牧人さんのところとか、さかえたかしさんのところなんぞを時々覗いている。ご両名とも、まずは、趣味の合いそうな掲示板で存在感を出しておいてからサイトをオープンして告知。王道ですね。最近うちの掲示板にも来てくれた17歳のようっぴさんなんかもそのうちにあっと驚くサイトを立ち上げてくれるかもしれない。どきどき。
◆帰宅すると鎌倉の御前から、郵便到着。これはこれは、結構な労作をありがとうございました。一気に読むと目眩を起しそうなので、ちょこちょこと眺めて楽しませて頂きます>私信
◆うわあ!!昨日、伊勢丹の文生堂の棚から買ったファーマーのペーパーバック、乱・落丁本でやんの!どーすんだよー。あの修羅場の中で、さすがにそこまで確認しては買わんよなあ。

◆「青の恐怖」鷲尾三郎(同光社)読了
昨日彩古さんから賜った結婚祝いの鷲尾本。眺めて楽しむ状態でもないので、惜しげもなく読んでしまう。やはり「本は読んでなんぼ」である。で、以前からの疑問が一つ解消。実はこの作品は、ストラングル・成田さんが、図書館で借りてレビューを挙げておられるのだが、それを見て「へっ?そのストーリーって『三重殺人事件』じゃないの?」と不審に思っていたのだ。結論から言えば、おそらく「青の恐怖」は「三重殺人事件」を話の発端に持ってきた長編化作品なのであろう。偶然にも、古本屋の臨終を見取ったアプレな若者がその店にあった大金を持ち出すが、その金を狙う女給や、タクシー運転手を次々と殺害する羽目となる。更に、運命の悪戯で、刑事と同居する事となった主人公。禍福はあざなえる縄の如くに若者を縛る、と、ここまでは全く同じ話なのだが、「青の恐怖」はその後、更に麻薬取引の縺れやら、金融業者の殺害事件やらが絡まってジェットコースター的展開を迎え、挙句の果てが「俺たちには明日はない」。さながら「殺しのドミノ倒し」で、「青の恐怖」の方がドミノの枚数が倍以上。ただ印象的には、運命の皮肉に翻弄されっぱなしの「三重殺人事件」の方が、中盤から主人公自身が確信犯的ワルになっていく「青の恐怖」に比べて破綻は少ないように思える。どうも「青」の方は、木に竹を継いだ感じがして、というか、中編を二つ繋ぎあわせたような感じがして、戸惑いを覚えるのだ。まあ、他に短篇二編収録されており、どちらも雑誌に掲載されたら「鷲尾三郎傑作長編!!」などと煽りがついたかもしれない分量はあるので、この本自体は結構なお買い得感がある。2短篇のミニコメは以下の通り。
「雪崩」寄宿先の叔母を殺し、住いと金を手に入れようと企む若きカップル。周到に準備された青酸牛乳の罠が死神に裏切られた時、新たな殺意が醸成される。冷酷非情の風俗倒叙推理。計画の破綻を緊迫感をもって書き込めば、それなりの作品にはなったであろうが、完全に本格推理たることを放棄してしまっている。
「播かぬ種は生えぬ」私立探偵・南郷宏、颯爽登場!淫蕩で強欲な美人ダンサーを殺しを追う。事件の真相を握るのは、ルーム・クーラーと熱帯魚。時代の先端を行く豪奢なアイテムに潜む死の謀を暴け!典型的な痛快通俗推理。トリックはお手軽だが、これはこれで「元気があってよろしい!」。


2001年8月9日(木)

◆本の雑誌最新号(2001年9月号)に、この日記と同じ題名(あなたは古本をやめられる)で、雑文を一本書きました。よろしかったら立ち読みしてやってください。まあ、中味は、このサイトをお読みの皆さんにはお馴染みの話ばかりですが(古本中毒度テストとか)。
◆彩古さんに召喚されたので、この夏最初で最後の古本市参戦。いざ、伊勢丹新宿店!現場到着9:20。前回味をしめた入り口からエスカレータ駆け上がりに挑む。付近に知った顔はなかったが、10時開店とともに、別の入り口からエスカレータの先頭を走る抜ける長身の男。「フクさん、おはようございます。」たとえ、どんなに遠く離れていてもいつかはきっとお会いできますね。瀬をはやみ岩にせかるる滝川の〜。というわけで、アート文庫やら、文生堂の棚前で、彩古さんやら、女王さまに遭遇。たちまちのうちにごった返す会場内、おーかわ君やら、森さんにも遭遇しながら、モタモタと拾ったのはこれだけ。
d「ユタの流れ者」Zグレイ(中央公論社)150円
d「騎形の天女」江戸川乱歩他(春陽堂書店:裸本)1000円
「サスペンデッド・ゲーム」高原弘吉(読売新聞社)500円
「地下鉄サム4」Jマッカレー(日本出版共同)2000円
「夕日と拳銃」檀一雄(講談社)500円
「妖しい花粉」狩久(あまとりあ社:裸本・T蔵書)5000円
「Tarzan Alive」P.J.Farmer(Pocket Library)800円
悩みに悩むが馬鹿を承知で狩久を掴む。状態から考えて相場の2倍以上だが、余りに何もないので、ついやってしまった。
◆1時間弱の闘いの後に、いつもの古本者連中でお茶兼昼食。森さん、渡辺さん、彩古さん、女王様、フクさん、やよいさん、桃ペン&カッシー御夫婦、おーかわ師匠、少し遅れて岩堀のおとっつあん。なんでも現場には、日本で一番古本を買う土田さんの姿や、この夏の古書市総なめで参戦している高1君の姿もあったとか。席に着くなり本が飛び交うのはいつもの光景。私は「こちらが主たる目的」とばかり彩古さんと本の交換。結婚祝いレートで宮下の時代小説と1:2交換してもらったのはこの2冊。
「青の恐怖」鷲尾三郎(同光社:裸本・T蔵書)交換
「闇から来た男」鷲尾三郎(同光社:裸本・貸本あがり)交換
まあ、状態がいいとはお世辞にもいえないけれども、とりあえず読めりゃいい派の私からするととても嬉しい交換。ありがとうございますありがとうございます。話の方は、例によって「旦那ほったらかし」な女王様の武勇伝や、私の結婚で誰が一番衝撃を受けたか(欠席裁判でT県方面の方々の名前がチラホラ)とか。森さんが、またしても苛酷な渉猟旅行を企画されている話とか、この夏の一連の古書展の釣果とか、日下仙人や西の女王様の噂話とか。元気一杯に本を買い捲る話の連続に、思わず、「みんな、まだ、欲しい本がある?」とで尋ねると、一同「kashibaに、それを言われたくない」ときっぱり。へへんだ、悪うございましたねえ。
◆昼から出社して閑古鳥の鳴く職場でお留守番。定時で退社して、新刊書店に東京創元社の解説目録最新版を貰いに行く。ついで買いで雑誌と細野不二彦の「SEEPER」第1巻を購入。雑誌はこれ。
「メフィスト2001年9月号」(講談社)1400円
喜国さんのマンガが評判通りの面白さ。なんか「まんまやんけ!」って感じ。創元のカタログはデザインが20年ぶりに一新。単行本も入って御得用、かな?ダイジマン的カタログ・フェチならずとも貰っておきたい1冊。

◆「空色勾玉」荻原規子(福武書店)読了
本と出会いは縁である。それまで創元推理文庫といえばSFしか読んでいなかった中学1年生が初めて買った帽子男マークの本が「Xの悲劇」だった。時間を忘れた。人生が変わった。また、日本の推理小説は乱歩しか読んだことのない中学3年生が、初めて買った乱歩以外の和物推理が「獄門島」だった。日本人の血が疼いた。こんなに面白い読物が世の中にあっていいものか、と思った。もし、前者が「日時計」だったり、後者が「人間の証明」だったりすれば、今のワタシはなかったと思う。で、面白さのマグニチュードでは些か引けをとるかもしれないが、この作品も、何の気なしに百円均一で拾い、何の気なしに読み始めたところ、どうして滅法面白いじゃあーりませんかあ。実に実に活きの良い純和風ファンタジー・神話風味。こういう出会いがあるから、場当たり的読書がやめられない。こんな話。
時は神代。処は羽柴の郷。国つくりの男神は「光」を、女神は「闇」を司り、「光」の軍勢は、御子たる照日王・月代王に率いられ、刃向かう土着の神々と氏族を平らげて行った。まほろばに属する羽柴の郷、15歳の少女・狭也は、ある夜、自分の生まれを知る。「水の乙女」として闇の女神に使えた流転の王・狭由良姫、その生まれ変わりこそ狭也だという。そして、彼女にその事実を伝えた闇の王たちを追って月代王が郷に降り立った時、狭也の前に光と闇が交錯する壮大な旅の扉が開かれる。空色の勾玉、銀色の貴公子、殺戮する美神、飛翔する黒翼、疾駆する影、封じ込めた心、大蛇は炎となって天空を駆け、神々を戦慄させる。孤独な魂、成長する愛、海神の憐憫、国神の猛り、不完全は不完全であるがゆえに求め合い、死の予言が成就される時、豊葦原に生命の風が吹く。
神代のワイドスクリーンバロック。ガール・ミーツ・ボーイ、IN 豊葦原。水樹和佳の「静」、安彦良和の「動」、手塚治虫の「語り」、光と闇の二元論を使って、ものの見事に心弾む予定調和のエンタテイメントに仕上げた技に敬意を表する。これが処女作というのだから恐れ入る。キャラの立てっぷりも堂に入ったものであり、なにより面白さに衒いがないのが良い。福武書店版は絶版だが、その後、徳間書店に版元を移して、書き継がれている神話ファンタジーの第1作。いやあ、楽しませて頂きました。ごちそうさま。


2001年8月8日(水)

◆伊勢丹で彩古さんに渡す本を回収に別宅へ。ついでにブックオフチェック。一部レイアウトが変わっていて面食らう。安物買い2冊。
「名探偵の饗宴」(朝日新聞社:帯)100円
「中空」鳥飼否宇(角川書店:帯)650円
「中空」は横溝正史ミステリー大賞の優秀賞。夏休み中に読んだ大賞受賞作「長い腕」ががなかなかの出来映えだったので、それと賞を争ったこちらも気にかかっていた。噂では、推理小説としてのコードはこちらの方が満載らしい。さてお手並み拝見。
◆昨日の疑問、二見文庫のコロンボ本「最後の一服」を確認。あ、こりゃテレビ版では「犯罪警報」っすね。でも、なんで原題間違えてんだろう?「CAUTION:MURDER IS DANGEROUS FOR YOUR HEALTH」だよなあ。
◆別宅の郵便受けからROM112号を回収。今回はヒラリー・ウォーの小特集。相変わらず頁数の割りにずっしりとした読み応えである。また、ROMという同人誌の存在意義そのものにも関わるアンケート付き。昨今の古典復興を諸手を上げて寿げないマニアの忸怩たる内面について、ずばり切り込んでくる質問。自分としてもそろそろ向き合わなければならない内容ではある。
◆帰宅すると、森さんから久しぶりのお荷物が到着していた。まあ、完全に周回遅れにつき、半分も当たればいいやあ、と思ってダメモトで申し込んだところ、ぐあっ、20冊も当たっちゃったよ。一番の狙い目のベロウは勿論SOLD OUTだったのだが、渋めのところを中心に注文した甲斐あってか当たりまくり。ああ、金策に走らねばああ。
「Venom in Eden」M.Boniface(Doubeday)2500
「He Ought to be Shot」J.Fleming(Hutchinson)4500
「The Black Sambo Affair」Val Gielgud(Macmillan)1500
「Gallow's Foot」Val Gielgud(Collins)2000
「Death Cruises South」D.Roger=A.Green(Morrow)6000
「The Gadfly Summer」R.Hart(Hale)4000
「Dead Against My Principles」K.Hopkins(Holt)2500
「A Shot of Mueder」J.Iams(Morrow)2000
「Whisper Murder」V.Kesey(Doubleday)2500
「The Black Shorouds」C.Little(Collins)2500
「The Grey Mist Murders」C.Little(Doubleday)3000
「Death in the Limelight」A.E.Martin(Reinhard)5000
「When Scholars Fall」T.Robinson(New Authors Limited)4000
「You Leave Me Cold」S.Rogers(Harper)2500
「Turbulent Tales」R.Sabatini(Hutchinson)3500
「Green December Fills the Graveyard」M.Sarsfield(Pilot Press)3000
「Don't Wake Me Up While I'm Driving」M.Scherf(Doubleday)2500
「Eleven Came Back」M.Seeley(Collins)5000
「Breakaway House」A.Upfield(Angus&Robertson)4500
「Diminishing Returns」E.L.Withers(Reinhart)4000
アイアムズとアップフィールドが嬉しいところ。ハートの処女作もいいかな。シャーフは題名のオバカなところが気に入って買い求める。買ってから、グリーンのロジャー名義作はダブりのような気がしてきた。もしそうだとすると、高い授業料だよなあ。それにしても、「自分以外には、こんなもん注文する人間はいない」と思っていた本がSold Outだったのには驚いた。

◆「異端の神話」山村正夫(新芸術社)読了
知らない間に「師匠!」になっている人というのがいる。たとえば漫才のやすし・きよし。私がお笑い松竹劇場や吉本新喜劇を真剣に視聴していた小学生から中学生にかけて、漫才と言えば、中田ダイマル・ラケットであり、かしまし娘であり、夢路いとし・喜味こいしであり、砂川捨丸・中村春代であり、平和ラッパ・日佐丸であり、鳳啓助・京唄子であり、フラワートリオであり、横山ホットブラザーズであった。やす・きよなんぞは、駈け出しもいいところのチンピラコンビだった。それが、MANZAIブームのときには、完全に「師匠!」よばわりである。何一つ芸風が変わっていないのに(ちゅうか昔のままのつまらん漫才であったにも関わらず)「師匠!」である。更にやすしが死んでからは「天才!」扱いである。いやあ、参ったね。何が言いたいかというと、山村正夫が私にとっては推理文壇のやすし・きよしなのである。学生デビューして、本当の大家に可愛がられた青年期、本格推理の冬をB級のハードボイルドや横溝もどきの伝奇推理で乗りきり、ジュビナイルを代作し、アンソロジーを編み、推理文壇史を記す。晩年は官能B級推理をコンスタントに発表する傍ら、私塾形式で後進の育成に努めた。なるほど偉大である。偉大なる凡人である。正直なところこのお方の推理小説で面白いと思った作品はなかった。ところが、この本に収録されている「獅子」には感心させられた。上手い!まあ「師匠!」というレベルではないにしても、やす・きよにも面白い噺はあったということで。人間侮ってはいけない。4中編収録。以下、ミニコメ。
「疫病」<神々の殺人>という大テーマに挑んだ異聞ギリシャ神話。語りの視点が一定しないために、タイムスケールに乗り切れず、中途半端な印象を受けた。もっと人間の復讐を際立たせてもよかったのではないか?
「獅子」暗殺者スパルタキュスが暗愚の皇帝の命を受け、次に狙うのは果たして誰か?謀反人たちの宿で疑心が暗鬼を招く。歴史小説であり、端整にして大胆なフーダニットでもあるという傑作。これは欧米の最上作と肩を並べる作品と言ってよい。この作品を今まで未読だった自分を恥じる。すみません。
「ノスタルジア」生け贄たちの記憶が、考古学教授の今に甦る。いにしえの調べが太陽の季節に響く時、栄光に満ちた死の真相が因縁の淵で泡立つ。今となってはありふれた話だが、書かれた当時はそれなりの興奮があったかもしれない。2週間前にマヤの遺跡を見てきた人間としては、印象鮮烈。それだけで点数が甘くなる。
「断頭台」劇団鬼談。うだつの挙がらぬ役者志望の青年に割り当てられた死刑執行吏役。マリー・アントワネットへの復讐に燃える貴族の怨念が時空を超えて化体する時、惨劇の幕は切って落される。ごろり。まあ、「女フィスト」の1エピソードレベルのお話。ベルばら世代としては驕慢なアントワネット像が新鮮。


2001年8月7日(火)

◆残業後「刑事コロンボ」の感想を書くために二見文庫の「最後の一服」がノヴェライズだったかオリジナルだったかを調べようと、会社近辺の新刊書店を徘徊するが、ないんだわ、これが。重版と新刊の狭間なのかなあ。殆どの蔵書と別居中なので、少しまとまった事を書こうとすると往生する。確か原題が「Smokescreen」とか書いていたのは覚えているのだが、テレビの方にはそんな原題名なかったんだよなあ。ああ、気になる、気になる。気にしながら通勤快速に間に合うタイミングで駅地下ワゴンのみチェック。余り縁のなかった戸川昌子の文庫を1冊を拾う。
「女人白道」戸川昌子(徳間文庫)250円
ううむ、梗概を読む限りでは、官能女の花道一直線ってな感じの話みたいだなあ。まあ、何もないのも癪だしなあ。さあ、電車に乗りますか、とポケットを探ると、ありゃりゃ、定期がないではないかあ!!し、しまった、会社に置きっぱなしの背広のポケットに入れてきたか!?ここで、切符を買って乗ると往復で1500円のロスだもんなあ。ブックオフなら15冊買えるもんなあ。泣く泣く、会社にとって返して都合45分のロス。時間も足りないというのに、何をやっとるんだ、私は?!

◆「白い館の惨劇」倉阪鬼一郎(幻冬舎)読了
ホラーと推理小説というのは水と油のようなものであって本来馴染むものではない。おそらくその融合を最も鮮やかな形で成し遂げた作品がカーの「火刑法廷」なのであろう。他にその趣向に挑戦した作品もなくはないが、どうも「火刑法廷」の劣化コピーの域を出るものではないように感じる。だが、ここに飽きもせずその融合に挑む日本人作家が一人。言うまでもなく、倉阪鬼一郎その人である。実は後書きを読むまでは、このシリーズ(吸血鬼古本屋探偵シリーズ)はこれで終わりだと思っていた。なんの、このあと更に3作は色つき館ものの構想があるようである。「赤い額縁」を読んだ時には、なにやらカレー風味のあずきフラッペを供されたような違和感があったが、ある程度慣れ親しんでくると、それもまた「味」であるように思えてくるから不思議だ。水と油の比喩で述べると、「火刑法廷」はその二つを截然と別けたまま、夫々の側から側に視点をめまぐるしく移動させる事で幻視と奇蹟を成し遂げた。だが、倉阪鬼一郎作品では、水と油は人の心という脆い媒体によって乳化させられるのである。輝く白さの惨劇なのである。ぎんぎんBAALぷれぜんと♪なのである。ああ、もう何がなんだか判らんのである。こんな話。
砂の嵐。ノイズの向こうで喪われた記憶。異形の白い館で名探偵・御影原映一を待っていたのは、ミステリのコードに埋め尽くされた死体であった。黒猫が咥える密室。何度も殺される死体。遺されたEMというDM。塔の暗示。銀の仮面。炎の記憶が紅蓮と血臭を呼び、狂気は兇器を揮う。驚天動地のトリックが暴かれた時、ノイズは爆ぜ、長すぎる後書きの幕は開く。吸血鬼たちが古本渉猟の合間に見た、最終探偵小説の真相とは?あからさまな挑発。封印された殺人。侵された「氏」が、魔女の血に励起される時、森は惨劇の予感に身を震わせる。十二時十三分、剽窃された芸術は呪いを成就させる。
前半部分のお館推理小説は、なかなか大仕掛けなバカ・トリック(褒め言葉)が仕込まれていて吉。ただ、この作者のことなので、それだけでは終わらない。推理小説で終わってしまっては勿体無いといわんばかりに、叙述の極北で呪いの物語を綴っていく。ただ、余りの陰陽反転にこちらの頭の切り替えが出来ないまま、封印が解かれてしまい、内なる恐怖を醸成させる事ができなかった。相当に頭が良くなければ、この作者のスピードにはついていけないのではなかろうか?古本ネタは大笑い。特に箴言が憎い。これだけ100個ほど作って私家本にして出版して欲しい。

ところで、この本の帯の煽りは素晴らしい。個人的に今年ここまで見てきた帯の中では最高傑作。この煽りを向こうに梗概を書くのが辛かった。敬意を表して引用させて頂こう。

<引用、ここから>
記憶を喪失した名探偵
匣の中の砂。駝鳥を象った白い館。執事。ミステリマニア。惨殺死体。密室殺
人。ダイイング・メッセージ。斧を持った殺人鬼。黒猫型の鍵。仮面の母娘。鐘
楼室。暗号めいた画題。最凶のタロットカード。クローゼットの中の人形。外
国人家庭教師。虚無へのサイン。鳥の囀り。鬱蒼と生い茂る森。血神沼。白す
ぎる壁。魔の血脈。生き残った妹。運び込まれた死体。何度も書き直され喪わ
れた長編小説。芸術を模倣する現実。度重なるシンクロニティ。十二時十三分。
そして茫然と立ち尽くす二人の探偵
<引用、ここまで>

すげえでしょ?


2001年8月6日(月)

◆会議、打ち合わせ、残業の合間を縫って、新刊を1冊。
「刑事コロンボ・硝子の塔」Sアレン(二見文庫:帯)610円
<みすべす>のともさんが褒めておられたので、珍しく新刊で買ってみたコロンボ本。なんちゅうかアイラ・レヴィンのようで、鮎川哲也のような題名だよなあ。「チェックメイト'78」なら仲谷昇あたりが犯人ですかな?
◆後は、新橋駅地下ワゴンで古本1冊。
「水着の女子高生」園生義人(春陽文庫)200円
均一棚の魔術師・よしだまさしさんや、神津恭介王・黒白さんなど名だたる古本王の皆さんが、血眼で捜し求めていた園生義人である。カバーアートだけでとりあえず満足する。まあ後ろの目録が目の保養か。

◆「刑事コロンボ・硝子の塔」Sアレン(二見文庫)読了
これまでにも二見の刑事コロンボは色々な掟破りをやってきた。没シナリオから作品をおこした「謀殺のカルテ=カリブ海殺人事件」や「歌う死体」、更には没シノプシスから書き下ろすという離れ業を演じた最近作「殺人依頼」、挙句には立派なパスティーシュをヘルター・スケルターに翻案超訳した「血文字の罠」等など。「人形の密室」の訳者後書きを読むと、訳者なりの肉付けをせずに原作に忠実に訳すと「コロンボ訳者」としては失格であると言わんばかりである。確信犯もここまでくれば立派というべきか。さて、今回の新作は「スタンレイ・アレン」なる合作作家のパスティーシュというふれ込み。で、真正コロンビーとしては、ここは一番空振りを承知で断言してしまおう!これは、コロンボファンの日本人作家の作に違いない!かつて深町真里子や都筑道夫が外国人作家の名を騙ったのと同様の趣向である。状況証拠は幾つかある。
1)先ず、この本の原作らしきものは欧米で出版されていない。先日アメリカに 行って専門書店を見て回った感じでも、一切見かけなかった。ネット上でも「BLUEPRINT」と「COLUMBO」でヒットするのは「パイルD3の壁」だけである。
2)ビルだのビデオだのやたらと日本製の物に媚びを売っている。いかにも小賢しい日本人のやりそうな事である。
3)米人経営者が「今時の若いものが労働基準法を振りかざして」などと嘆く。これは団塊の世代以前の日本人中間管理職の感性である。
等などである。で、作者談義は置くとして、その中味であるが、ずばり「キメラ」。コロンボマニアなら「これはどこかでみたような」という設定満載。ただ出来映えはなかなかのものであり、コロンビーの経絡秘孔を突いてくる。こんな話。
「まあ、ありふれた事件で、建設会社の企画部長が、支社長の椅子を争っていた副支社長を殺すって話でして、犯人とすれば独創的なつもりでも、殺しって奴はどこか似たところのあるものでして。どこかで見たような、と思った時、ぴーんと来ました。設定は『パイルD3の壁』でござんしょ?ビデオでのアリバイ作りは『意識の下の映像』、そうそう『秒読みの殺人』も入ってますなあ。こいつは犯人の動機の部分でも被っていて、泣かせますなあ。ニュースを聞いたかどうかというくだりは『仮面の男』、服の買い替えや予め番組出演を決めていたっていうのは『野望の果て』、あたしが聞き込みの最中にホームレスに間違われるのは『逆転の構図』、中華のテイクアウトは『自縛の紐』、傘へのこだわりは『殺しの序曲』、健康診断未受診で同僚から追っかけられるのは『策謀の結末』、アリバイ崩しの決めての部分じゃ『黒のエチュード』やら『アリバイのダイヤル』やら、でもね、この部分に限っていえば、この作者も健闘してるといってもよござんしょ。ところで、面白い話を聞きましてね。」
「どんな話だ?」
「あたしの物まねを日本人がやったそうで」
「物まねって、古畑だろう」
「わかっちゃいましたか。でも、ある晩、自分の足の裏にマークがついてるのを発見しちゃいまして」
「マーク?(笑)MADE IN JAPAN」
というわけで、コロンボがお好きな方は、元ネタをあれこれ詮索するのが正しい読み方。日本礼賛が鼻につく以外は、お上手なパスティーシュと褒めておきます。


2001年8月5日(日)

◆17万アクセス到達。毎度ありがとうざいます。
◆朝から、旅行期間も含め過去1ヶ月程度の積録テープを整理。うわあ、参議院選挙の影響で「ロズウェル」の第10話が撮れてないじゃないのおお。やられたああ。まあ、そのうち絶対ビデオ化される話だろうから、いいようなものの。ぶちぶち。
◆今夏のボーナスでは役職に応じて自社製品を相当額買わなければならず、奥さんと熟慮を重ねた結果、DVDのオーディオ・システムと、MDLP対応のコンポとポータブルMDを購入。でも、まだ同じ額ぐらい買い物しなきゃいけないんだよなあ。とりあえず、ついにDVDプレーヤーが我が家にやってくるというわけで、奥さんと1枚ずつDVDソフトを購入。私の買ったのはこれ。
「横溝正史シリーズ:本陣殺人事件」4700円也。
今回はヨドバシのポイントカードで処理したものの1枚買うと全部欲しくなっちゃうんだよなあ。さわりだけ視聴したのだが、映像の美しさは聞きしにまさる。音がイマイチなんだけど、元がモノラルであった事を思えば健闘している部類なのかな?いやあ古谷一行の若い事、若い事。
◆奥さんのご要望で旅行中にエアチェックしておいた「王様とアンナ」を視聴。ミュージカルで名高い「王様と私」のリメイク版、というか、真っ当なつくりのエキゾチック歴史ドラマ。より史実に忠実になったという話だが、ミュージカル版も史実も知らない人間にとっては「はあ、そうなんですか」といったところ。いつもながら、19世紀のシャム王国をそのまま再現してしまうハリウッドのパワーには驚嘆する。ジョディ・フォスターも凛々しくて宜しい。しかし、2時間30分という長さは少々辛いかなあ。

◆「折れた魔剣」Pアンダースン(早川SF文庫)読了
ポール・アンダースン追悼読書。全然良いSF読者ではないので、訃報に接した時も例によって「え、まだ存命でいらっしゃいましたか?」というのが第一印象。アンダースンというおじさんも多彩な人で、近年のハードSFは勿論、懐かしい系古典(「脳波」「タイムパトロール」)SF的味付けの剣と魔法(「魔界の紋章」)、愛らしさに身悶えするユーモラスなパロディ(ホーカー・シリーズ)などなど、その作品は翻訳されたものだけでも枚挙に暇がない。いずれも「やるからには徹底してやります」というプロのこだわりがなんとも素敵なおじさんである。この「折れた魔剣」は処女作「脳波」と同じ1954年に出た本であるが、北欧神話とケルト神話を下敷きにした一大叙事詩。え、これが、アンダースンの作品なの?と見まごうばかりの重量級ファンタジーである。懐かしや、深井国画伯のイラストも嬉しい絶版本はこんな話。
イングランドの豪族オムルの第一子として生まれながら、エルフ族の太守イムリック攫われ、数々の妖精の技を仕込まれたスカフロク。妖精達が触れぬ事の出来ない鋼鉄の武具を身に纏いながら、ルーンを使い、妖精の目を持つ無双の戦士に育った彼は、トロール族との闘いの前線に投入される。一方、その取り替え子ヴァルガルドは妖精の血と魔女の呪いを一身に受け、弟殺しという血塗られた生涯を戦斧で切り開いていく事となる。二人の業が交錯するところ、いにしえの英国を舞台に血と魔法と宿命の風が吹き抜ける。策謀するエルフ、殺戮するトロール、嘲笑う魔女、鍛える巨人、そして戦いつづける人間たち。命を吸い取る折れた魔剣テュルフングが見た永劫の中の一瞬。そして、女たちは歴史を紡ぐ。
歴史ファンタジーの王道を行く堂々たる作品。よくぞこのドラマを1冊に纏めたものである。長大路線の昨今であれば、間違いなく全6巻程度には引き伸ばせるアイデアが詰まった話である。この壮大さの前には、ムアコックの永遠のチャンピオン・サーガも些か色褪せる。勿論、凡百の日本のファンタジーもどきが束になっても敵わない貫禄。道具立ての絢爛さに溺れる事なく、読んで面白いドラマ性にも満ちた快作である。やっぱり凄いよ、アンダースン!


2001年8月4日(土)

◆朝から二日分の日記書き。ついついビアンカの感想で遊んでしまい時間を取られる。「時間がない、時間がない」といいながら一体何をやっていることやら。ネットに繋いだついでに、遅れ馳せながらMurder By the Mailに注文を入れる。あああ、今回はベロウの未入手本が売りに出ていたのになあ。新婚旅行という不可抗力の前には、何もかも無力である。ぶつぶつ。
◆ところで、もし、このサイトを見ていて、まだMurder By the Mailのカタログを貰った事のない方々に一言ご忠告。このカタログだけは請求しておいた方がいいです。はっきり言って、森さんの事典から漏れた作品の短評が満載、ああ、英米にはまだまだこんな推理作家がいたのかあ、こんな面白そうな話が未訳であったのかあ、と身悶えしつつ勉強になるという、とてもとても役に立つカタログです。白黒コピーながら目玉商品のダスト・ジャケットも紹介されていて目の保養にもなります。かれこれ20冊以上出ているとは思いますが、もはや「生きた伝説」といっても過言ではないでしょう。その内容の充実ぶりたるや凡百の同人誌、ミステリサイトの及ぶところではありません。あと数年すれば、完揃いが取引されそうな気がします。「紙魚の手帖」揃いの10倍は凄いです。さあ、みなさん、ミステリマガジンのコラムの住所や、ワセミスOBサイトのメルアドで、森英俊さんに即連絡!貰えるうちに貰っておきましょう。
◆夕方にブックオフを一軒チェックするも、何も買わずじまい。奥さんは手ぶらの私を見て「うーん、一体何を企んでいる?ははーん、さては古書展に向けてセーブしているな?」と筋違いの疑惑を向けた上、邪推に走る。「私だって何も買わない時ぐらいあるんです!」といっても全く信用してくれない。ううむ、やはり日頃の行いがよくなかったかにゃあ?でも、ホントに何もなかったんだってば。ビールをしこたま飲んで、テキーラを味見して爆睡する。

◆「アガサ・クリスティー殺人事件」河野典生(祥伝社ノンNV)読了
雑誌「幻影城」の最末期に連載され、同誌の廃刊とともに中絶、その後4年経ってから祥伝社から書き下ろしの形で出版された作品。同じく「幻影城」の廃刊で「幻」となりかけた日影丈吉の「夕潮」に比べれば「数奇な運命」度は低いものの、本格マニアの心に、どこかひっかかる作品である。著作権の関係もあってか、パロディやパスティーシュの書かれる事の少ないクリスティ=ポワロの小説世界に真っ向から挑戦したという点でも記憶に残る。題材の勝利か、文庫にも入り、この復刊に恵まれない作家の作品としては珍しく長寿にして、現役期間の長かった本である。西村京太郎の「名探偵」シリーズとは異なり「エルキュール・ポワロが実在した」という仮説に大真面目に取り組み、クリスティーの死後に「もうひとつのオリエント急行殺人事件」を酷暑の亜大陸に再現してみせた意欲作、等と書くと物凄く面白そうなのだが、実はそれほどのものではない。こんな話。
インド政府から招待に応じ「目的地は南インド旅行団」と銘打たれた旅行に参加した作家・高田晨一は、ただ驚愕した。なんと、かの名探偵エルキュール・ポワロは実在の人物であり、『オリエント急行殺人事件』はそれが書かれる1年前に南インドで起きた現実の事件だった、というのである。カナダで悠々自適の生活を送っていたポワロ、インドで警察のオブザーバーを務めていたヘイスティングズ、そして45年前に起きた実際の「オリエント急行殺人事件」に所縁の人々が、当時の「現場」に集まってくる。更にポワロの元には二度にわたり、事件の再現を暗示する脅迫状が届けられていた。運命の列車が走り始めた時、闇は咆哮により裂かれ、リフレインは停まらない。炎熱の亜大陸で、疼くのは親指?それとも灰色の脳細胞?
珍作である。まず「ポワロが実在の人物」という設定が、妙な説得力をもって描かれる。その過程でクリスティーは相当にその神性を奪われる。大抵のクリスティー・ファンはこの辺りで厭になるのではなかろうか?更に、「オリエント急行殺人事件」がリンドバーグ事件を下敷きにしたどころか、実際の事件だったという設定がこれまた、うんざりする程詳細に書き込まれる。なにせ元が登場人物の多い話なので、その45年後の物語は更に人が増える。正直な話、キャラクターたちを散りばめるのに精一杯、という印象を免れない。読者は只管、クリスティー世界の消化に務める作者の繰り言に付き合わされ、死体が転がるのは全体の4分の3を過ぎたところ。いかにトリックに工夫を凝らし、ツイストを加えてみても「はあ、もうどうでもええけんね」状態に入ってしまった読者の関心を再び引く事は難しい。忍従の二時間を強いられる作品。これホントに河野典生の小説なの?「幻」のままであった方が、評価は高かったかもしれない。


2001年8月3日(金)

◆時差ぼけで朝早くに目が覚めてしまうため、今週はここまで毎朝更新で来たが今朝は奥さんまで早起きしてしまったので、更新をお休み。やはりきちんと更新していると、極限にまで落ち込んだアクセス数も少しずつ回復してくるのが嬉しい。
◆またしても消耗戦の残業。しかし、明日が休みという気楽さもあって、一駅だけ途中下車チェック。まあ、たいしたものがあるわけではないのだが、とりあえずこんなところで「古本の蟲」を押え込む。
d「風船魔人・黄金魔人」横溝正史(角川文庫:初版・帯)200円
d「怪奇探偵小説集(続々)」鮎川哲也編(双葉社)300円
「白い館の惨劇」倉阪鬼一郎(幻冬舎:帯)300円
「風船魔人・黄金魔人」は角川横溝文庫のジュヴィナイルの中では、後ろの方の作品につきそこそこ入手困難本。帯狙いのダブリ買い。鮎哲編集本は、双葉文庫は勿論ハルキ文庫にも入ってしまったのでなんということはないのだが、未入手の元版につき個人的にはミニ血風気分。表紙イラストが杉本一文、各作品の扉イラストが花輪和一と渡辺東なのが嬉しいではあーりませんかあ。やっぱりこの版で持っていたいよね。だったら最初から買っとけ?だってあの頃(昭和51年)は、アンソロジーなんて「鮎川哲也の逃避だ!意地でも買うもんかあ!」と思ってたんだもんね。ぶう。

◆「くらやみ城の冒険」Mシャープ(岩波書店)読了
世の中は「ハリー・ポッター」一色である。一作も読んでないのであれこれ云う資格はないのだが、なんというか一種の地滑り的、宇多田・倉木的ブームを感じてしまって今更手に取る気になれない。こういう時こそ、図書館で借りて読めばよいのだが、これだけのヒット作となると、順番待ち状態。とりあえず、柳の下の泥鰌狙いで、良質の未訳ファンタジーが続々と紹介されるのは大歓迎である、とだけいっておきましょう。しかし、版型まで合わせるかな?ったく。とはいえ、童話というのはハードカバーで読みたいもので、この「ミス・ビアンカ・シリーズ」もさしずめそのパターン。初訳以来三十数年間、現役でありつづけたヒット童話シリーズである。ディズニーの「ビアンカの大冒険」の<あれ>ですよ、といえばお分かりの向きも多いか?その第一作はこんな話(プロジェクトX風に)。
「その城は、くらやみ城と呼ばれた。
「地の果てに聳え立つこの世の地獄。
「そこに向ったものは二度と再び生きては戻れないと云われた難攻不落の城だった。
「その城への道は白骨で彩られ、牢番人の飼い猫は邪悪の化身であると伝えられてきた。
「ある年の囚人友の会の総会、一匹の婦人部長が動議を出した。
「<くらやみ城の地下牢に幽閉されたノルウェーの詩人を勇気づけずして何の友の会か?>
「古いねずみたちは、その暴挙ともいえる提案に気色ばんだ。
「『ノルウエー人を勇気づけるにはノルウエー語が喋れる事が必要だ。どうするのか?』
「婦人部長は答えた。『ノルウエーのねずみを連れて行きます。』
「更に質問が飛んだ『どうやってノルウエーまでいくのか?』
「『飛行機で』息を呑む総会のメンバーに向って彼女は続けた。
「『わたしはミス・ビアンカを考えています。』

「これは、不可能といわれた魔の城からの囚人救出に命懸けで立ち向かった一匹のお嬢さまネズミと二匹の雄ネズミの闘いの物語である。」


難攻不落、この世の地獄

誇りを取り戻す

潜入のチャンスは一度

メンバーはずぶの素人

歩く殺戮機械

歓喜、そして絶体絶命

新たな年とともに希望へ向けて

「自由詩人を救出せよ〜くらやみ城の冒険」
(♪いっまどこに〜、あーるのだろ〜)

予備知識を全くもたずに読めたので、驚きの連続。導入部の有無を言わせぬ展開に息をのみ、手堅いキャラの布陣に感心。「ミス・マープル」の連想で、ミス・ビアンカもオールド・ミスのような印象を持っていたのだが、これは大きな間違い。大使のお坊ちゃまの飼いネズミでどこか浮世離れした美貌の若ネズミなのであった。彼女のネジの外れっぷりに翻弄される、ノルウエーの荒くれネズミのニルスとビアンカに一目惚れしてしまったバーナード。いやあ、いいねえ、いいねえ。救出劇そのものは些か御都合主義だが、子供であれば、手に汗握るノリである。まずはどこの図書館でも置いている筈なので、一度お試しあれ。


2001年8月2日(木)

◆祝!銀河通信30万アクセス!いやあ、旦那さまのぶちきれに一時はどうなる事かと思いましたが、無事大台乗せおめでとうございます。光のサイトから闇のサイトに転身するのも一興かと存じておったのですが。たーとーえーばー、「暗黒星間宇宙船」とか、「ブラック・ホール・ダイアリー」とか、「安田ママの家庭生活出たとこ勝負」とか、そして極めつけは「注目絶版情報」とか、おお、なんだか、それはそれで物凄く読んでみたくなってきたぞおお。
◆祝!みすべす40万アクセス!!いきましたねえ、40万。少し更新頻度にばらつきが出てきて苦労されているなあ、と思っておりましたが、やはり、ともさんの真摯な姿勢に、マニアから初心者までがしっかりとついていってる感じがとても良いです。作家以外のミステリ・サイトとしてはメガ・サイトに最も近い位置におられるわけで、今後とも更なる発展を心からお祈り申し上げます。なんてったって「光のみすべす」「闇の猟鉄」だもんねえ。光が明るければ明るいほど、闇は暗さが引き立つのであります。
◆祝!ガラクタ風雲一周年!!いやあ、私の無責任な発言(「ホームページは毎日更新が基本!」)を真に受けて、よくぞ1年間続けられました。毎晩、自動書記としか思えないスピードで日記が挙がってくるのには心底感心致しております。ちんたら時間を掛けてしか書けない私からすると羨ましい限りです。あれだけ本を買って売って送って、3世代同居の家族生活もこなして、残業もバリバリやって、ちゃんとサイトの充実も図られるというのは、余程優れた単位時間の処理能力をお持ちに違いありません。さもなければ、よしださんの1日は30時間あるのでしょう。ディモスの妖怪なのでしょう。これからも頑張って我々を楽しませてくださいませ。あ、そうそう、例によって「本の雑誌」の原稿でダシに使わせて頂きました。赦してね。ごめんなさいね。小説推理とおあいこだからね。
◆以上、残業で、本屋にも古本屋にも寄れませんでしたので、一気に日頃お世話になっているサイトのお祝いを一気にしてみました。

◆「誰も批評家を愛せない」Jデンティンガー(創元推理文庫)読了
先日ようやく第1作を読んで感心した米国女流本格の第2作。豊穣なる演劇ミステリの伝統にコージーでフェミニズムな一頁を刻む好シリーズである。自立した女優ジョシュ・オルークと敏腕刑事フィル・ジェラルドのコンビというお約束の趣向は、ジル・チャーチルあたりにも通じる心地よさだが、やや毒があって新鮮。更に第3作では、二人の仲に読者の意表をつく展開があるらしい。演劇やミステリに関するくすぐりもほどほどで、NYの風俗(といっても既に15年以上前の話なのだが)の描写も嬉しい。実はこの本も「ニューヨークにちなんだものを」と新婚旅行のトランクに忍ばせたのだが、そのまま持って帰ってきてしまった作品である。主人公のジョシュがサックス(5th・アベニュー)の店員の態度をおちょくったくだりに出くわしたりすると、思わず旅の思い出がフラッシュ・バックしてくる。閑話休題、内容は邦題そのまんまの作品。こんな話。
辛辣をもってなる演劇評論家ジェイスン・セイレンが、ブロードウェー進出を狙うアバヴ・ボーズ・シアターの「ヘッダ・ガブラー」をこき下ろした。その矛先は専ら主演女優アイリーン・インガソルの体型に向けられ、彼女は荒れ狂う。そして、なんとアイリーンはジョシュの目の前で、婚約者であるコートニー連れのセイレンの頭から食べかけのフィットチーネをぶっ掛けたのだ。幸いオフ・ブロードウエーでの公演はスマッシュ・ヒットとなるが、セイレン主催のホーム・パーティーにアイリーンが参加するとなると話は別。恋人の刑事フィルが偶然にもセイレンやその秘書のアンドレと同期同窓であった事を知ったジョシュは、彼とともに事の帰趨を見定めにパーティーに出席する。万来の千客のうち、心からセイレンに好意を頂いている者は一人もいなかった、ただ一人「死神」を除いては。誰も批評家を愛せない。
今回も第1作同様、実にお作法に適ったフーダニット。「批評家殺し」の王道をいく真相に大納得である。ミステリとしては予想が裏切られないところにやや物足りなさもあるのだが、そこはそれ、人間関係の葛藤で上手く読ませる。特に中盤以降、恋人と衝突しながら女優の立場を活かした捜査方法で突撃するジョシュの姿は女性読者の共感を呼ぶであろう。加えて、脇筋でのとある謎の真相に戦慄する。教科書的と切り捨てる事はやさしいが、ミステリへの期待値の下がっている脳力不足の中年には程よい作品である。


2001年8月1日(水)

◆8月に入り、暑さも絶好調。出先から神保町を軽く流してみる。三省堂で彷書月刊8月号を立ち読み。なるほど「他人の無駄遣いを覗く」というコラムで、ガラクタ風雲・書物の帝国と並んで拙サイトも紹介されていた。でも、土田さんのところが挙がっていないのは不思議だよなあ。不本意だよなあ。
◆東京泰文社跡に店を構えていた大島書店が、駿河台下の角に移転してからは初めてのチェック。最下段に押しやられ見づらかったミステリも多少見やすくなった。移転祝いに何冊か買う。
「The Death Pool」James Corbett(Herbert Jenkins・裸本)400円
「Who Was the Killer?」James Corbett(Herbert Jenkins・裸本)400円
「Murder at Night」James Corbett(Herbert Jenkins・裸本)400円
「The Somerville Case」James Corbett(Herbert Jenkins・裸本)400円
「Death in the Box」Marcus Magill(A.A.knopf・裸本)400円
「Ellery Queen's 13th Choice」edt.EQ(Crime Club)400円
James Corbettは全然聞いた事のない作家で、いかにも通俗っぽい雰囲気ではあるが、20年代、30年代の初版本が、裸本とはいえ400円なら買っちゃうよねえ。
◆余りの暑さに均一棚チェックもおざなり。あとは神保町ブックセンターとRBワンダーみて、とっとと帰りましょうと思っていたら、前者で思わぬ拾い物。探偵倶楽部が10冊、なんとこの店としては破格の1冊2000円前後で並んでいるではないか!?ありゃりゃ、4,5千円が相場だったのが、ここにきてデフレなのか?何を持っていて、何を持っていないのか把握していなかったのだが、ダブリ覚悟であるだけ買う。結果6勝4敗。まあ、ダブりは交換用にしますかね。これで全108冊中71冊まで来たぞおお、ってまだ3分の2いってませんがな。うう、道は遠い。
d「探偵倶楽部」昭和26年9月号(共栄社)1000円
「探偵倶楽部」昭和32年8月号(共栄社)2000円
d「探偵倶楽部」昭和30年12月号(共栄社)2000円
「探偵倶楽部」昭和31年6月号(共栄社)2000円
「探偵倶楽部」昭和31年11月号(共栄社)2000円
d「探偵倶楽部」昭和32年12月号(共栄社)1800円
「探偵倶楽部」昭和31年10月号(共栄社)2000円
「探偵倶楽部」昭和31年7月号(共栄社)2500円
d「探偵倶楽部」昭和32年9月号(共栄社)2000円
「探偵倶楽部」昭和32年10月号(共栄社)2000円
カーの「髑髏城」連載号が揃ったのかな?だからなんだというわけではないが。「探偵実話」は、余りに先が遠大なのでやる気はないが、「探偵倶楽部」は完集意欲が湧いてきたなあ。ダブリをお持ちの皆さん、よろしくお願い致します。
◆あまりに大荷物になったので、別宅によって本日の買い込み分をぶち込み、ついでに探偵倶楽部の所持号チェックリストを手書で作る。どこに増刊があるとか判らないので、「持ってない号」リストにならないところが情けない。東急のカタログと川口そごうの中村書店の割引券は拙宅にも着いていた。せめて、一店だけでも初日に参加したいよなあ。
◆帰宅すると森さんの新しいカタログが到着していたが、まあ、売れ筋は既に影もカタチもないんでしょうねえ。ぐっすん。今更焦ってもしょうがないのでじっくり財布と相談して注文させて頂きます。はい。

◆「わたしのすべては一人の男」ボアロー&ナルスジャック(早川NV)読了
ボアロー&ナスルジャックの作品の中では、「魔性の眼」「牝狼」「ルパン 百億フランの炎」などと並んで入手困難な1冊。というか、最も入手困難な1冊とされてきた作品。通常なら早川のボアナルはポケミス入りするのであるが、この作品はある意味でSFとのクロス・オーバーな作品であるためか早川ノベルズで出てしまった。じゃあ「きみの血を」や「魔術師が多すぎる」はなぜポケミスなんじゃい?おいこら?!などとわたしに聞かないでくれ。とまれ、この早川ノベルズのソフトカバーは、困るのだ。ウエストレイクの「警官ギャング」もそうだったのだが、その作家収集の最後の1冊がこの叢書になってしまうのである。いやあ苦労させられました。ところが、一旦みつかると1年に1回は見かけるようになってしまうのが古本マーフィー。そして、実際に読んでみると「効き目」は左程面白いものではない、というのも古本マーフィー。こんな話。
わたしはパリ警視庁官房長ギャリック。ある日、警視総監から「大統領の密名」を受けたことで、この悪夢的な事件に関わる事となった。チェック人のアントン・マレック博士。その天才的な外科医療の人体実験を援助し成功に導く事が私の役目。それは、幾らでも戦場で兵士の部品の補充を可能とする悪魔の技であった。献体とされたのは、奸智に長けた若き犯罪帝王ミィルティル。なんと彼は進んで、自らの身体の総てを実験に差し出したのだという。ミィルティルが断頭台に立った日、パリの近郊から、事故や病気で身体の部位を失った人々が集められ、あるものは腕を、あるものは心臓と肺を、またあるものは、脚を移植される。手術は大成功を収め、かつての死刑囚は、6人の男女の身体にバラバラに息づく事となる。だが、それは悪夢の始まりにすぎなかった。一人また一人と移植者たちが、自らの命を絶っていく。彼らの心に一体何が起きたのか。そして探索の果てにわたしが辿り着いた驚愕の真相とは?神よ、赦し給え。
多少なりともSF的センスのある人であれば見え見え。というか、この話の肝は「頭の体操」で小ネタとして消化される程度のものなのである。読みながら「まさかあのネタかあ?」と思っていたら、まさしくそのものずばりで驚いた。この話に感心する人は、今更いないんじゃないかなあ。まあ、ミステリ的にはそれなりのケレンもあるので、大らかな気持ちでお楽しみください。大枚はたいて買う本ではありません。