戻る


2001年7月31日(火)

◆暑すぎ。時差ボケと相俟って眠い事、眠い事。出社すると、午後からの第1四半期の数字の公表に先立ち、予定された<緊急>総合朝会。手狭な部屋にぎゅうぎゅう詰めされたので、冷房が効かない。うわあ、汗がとまんねええ。まあ、後からテレビで知ってショックをうけないようにという親心か。これで夜の経済ニュースのトップは決まりだなあ、と不謹慎にも醒めた事を考えていたら、昼過ぎに文化面でのトップ・ニュースが舞い込む。言わずと知れた山田風太郎の訃報。星新一と同様「後は時間の問題」と言われていた関係で「ああ、来るべきものが来たか」というのが正直なところ。「妖異金瓶梅」の感想を書いた時にも白状したが、殆ど読めていないビッグ・ネームの一人。現時点で言えば、第一次忍法帖ブームの頃の愛好家であったうちの親父の方が沢山読んでいるにちがいない。いまわの際に、あと千回の再評価・復刊・増刷が間に合ってよろしゅうございました。
安田ママさんの日記を見ていると、山田風太郎の訃報が夕方に光文社からファックスされて来たとの由。「さあ、追悼フェアをやってくださーい」って事なんでしょうねえ。この瞬間にも「さようなら、山田風太郎」などと書かれたフェア帯が輪転機に掛かっているのかもしれない。「ううむ、逞しい商魂よのう」というような慨嘆は夜よりほかに聴くものもねえか。それでも私は新刊を待機しなければいけない。早くでないかな、山田風太郎コレクションの2巻、3巻。<緊急>補巻で「忍法相伝73」が復刻されたりとか。ない?(>誰に尋ねている?)
◆夜に入っても、余りのくそ暑さに途中下車してまでの探書意欲0。会社の近傍と駅ワゴンのみチェックするがさしたるものは何もなし。本屋でいつもの雑誌を買う。
「ミステリマガジン2001年9月号」(早川書房)840円
「SFマガジン2001年9月号」(早川書房)890円
またしても「買うだけ」状態の2冊。カーの「第三の銃弾(完全版)」がハヤカワミステリ文庫から、アリンガムの「霧の中の虎」がポケミスから出るという予告が嬉しい。ラインハートの次のクラシック翻訳分載はローレンス・トリートらしい。なんだか、中途半端に懐かしい名前だなあ。ヒュー・ペンティコストあたりと並んで60年代HMMの定連だった人だよねえ。一体、どういう基準でセレクトされているのか知りたいところではある。

◆「雨を呼ぶ少女」矢崎麗夜(講談社X文庫)読了
今をときめく「ぶたぶた」の作者の少女小説第2作。講談社X文庫としては最初の作品。この辺りの(出版社から)忘れられた本に人気が出てくるのも、ネットの御利益というものか?私自身ネットに入らなければ、この作品は存在さえ知らずに終わったであろう。だって、ペンネームも違うんだもん。半月ほど前だったか、未読王さんが、昨今のネットでの「ぶたぶた」翼賛ムードに対して、矢崎ファンを自称するならこの辺りの初期作ぐらい読んでおけ!&読みたい本ぐらい自分で探せ!と苦言を呈しておられたが、ううう、耳が痛い。さて、暑さと晴天をふっとばす不思議感覚の恋愛小説は、こんな話。
あたしは、水守涼子。由緒正しき水守家の深窓の令嬢。生まれついての雨女の私が、あるディスコ・パーティーで素敵な彼・譲くんと出会う。不器用者同士の小さな恋の焔は、やがて大きく膨らんでいく。だけど、譲くんとのデートの日は、いつも天気は大荒れ。なんと、彼は由緒正しき晴れ男・日下家の血筋であったのだ!このまま二人が付合う事は、世界の破滅を招くことになる、と無理矢理生木を割くように、母方のおじいちゃんの別荘に隔離されたあたし。ああ、なんというロミオとジュリエット!でもどこまでも前向きなおじいちゃんは、運命に負けず自らの雨女の能力を制御するのぢゃ、とあたしに特訓を命じた。ところが、おじいちゃんの若い友人・浜田さんの特訓メニューときたら!ああ、きつい、ああ、暑い、ああ、あたし、一体どうなっちゃうんだろー?
雨女と晴れ男という設定を奇天烈に発展させたうえで、もうひとひねり加えてみせた軽快なユーモア恋愛少女小説。どこか「理屈に合っているようで、やっぱり変」という雰囲気が後年のぶたぶたあるを思わせる。「ネジの外れた予定調和」という矢崎ワールドにようこそ。ぶたぶたファンならば、読んでおいて損はない佳作。お勧めである。


(この本は先着1名様に限り、送料込み300円でお譲りできます。ご希望の方はまずは掲示板にその旨を書き込んでください。)


2001年7月30日(月)

◆さて、夏休みも明けて鬱勃たる職場復帰。土産物を配るたびに冷やかしが飛ぶのは新婚旅行ゆえのお約束。
◆昼休みに、近所の書店をチェック。小説推理最新号に、例の参加し損ねた「喜国さん主宰・古本座談会」の一部が掲載されていると知って立ち読みチェック。おお、なんか知らんが自分の名前がそこかしこに。これは参加せずとも結構な存在感ではないか。と、いうわけで思わず買い求めてしまう。小説推理を新刊で買うのは二十年ぶりの事である。座談会の写真も多数掲載されており、うちの奥さんがよしださんにお目にかかりたいと常々言っていたので、とりあえずは写真で予行演習させてやろう。地方在住の古本者の方で、あの彩古さんや、石井女王様がどんな素敵な人なのかしらと思っておられる向きは今すぐ本屋で小説推理最新号をチェーーック!
◆よしださんの日記から、どうやら彷書月刊で拙サイトが取り上げられているらしい事を知る。早速、定時で仕事を切り上げ、東京で途中下車して八重洲古書センターに立ち寄る。ところが、棚に見当たらず、店員さんに確認すると既に売り切れとのこと。ありゃりゃ無駄足踏んじゃったなあ。腹いせに300円均一棚でお買い物。
「競馬聖書」石川喬司(グリーン・アロー・ブックス)300円
d「私のすべては一人の男」ボアロ&ナルスジャック(早川NV)300円
おお、またしてもボア・ナルの効き目を引いてしまった。ならすと1年に1冊ぐらい拾ってるよなあ。
◆「別宅」に寄って旅行中の郵便物と録画ビデオをピックアップ。新宿伊勢丹古本市のカタログが届いていたが、今ひとつ食指が動くものはない。チェックし甲斐があるのはアート文庫と文生だけだし、いい本は高いし、やれやれ。
クーラーが故障中につきうだるような暑さの中、先日(日記未アップ)捜しあぐねていたゲームブック「13人目の名探偵」(山口雅也)をようやく発掘。これで晴れて1冊ダブリを宣言できるぞお。

◆「紫陽花の花のごとくに」松木麗(読売新聞社)読了
参議院選挙に明け暮れた昨日の余韻を引き摺って、現役参議院議員(今回非改選)の作品を手にとってみた。尤もこの小説は、出世作となった第12回横溝正史賞受賞作「恋文」の前年に同賞の佳作に入った作品で、97年に上梓されたものであり、正確には「現役議員の作品」とは言えない。んじゃ、大した事ないじゃんかというとさにあらず、当時は現役の女性検事だったわけで、いやはや才媛には敵わない。これで大臣で無理にしても副大臣ぐらいを務めれば、三権を経験した推理作家として燦然と歴史に名を残すことであろう。通常、この世界で三冠王といえば、乱歩賞・協会賞・直木賞の3賞獲得(陳舜臣だけ?真保裕一はまだだっけ?)を指すが、「三冠王」とは別の「三権王」ってのがあってもいいなあ。
閑話休題。この作品は、女性心理の闇に踏み込んだ捜査検事もの。ううむ、出口調査によれば当確って感じ(>どんな感じだ?!)。泣けます。こんな話。
横浜地検刑事部に勤務する若手検事・高木は、陶芸家である夫を殺害した容疑で送検されてきた被疑者・神崎絵莉子の美貌に息を呑んだ。捜査の端緒も自首であり一貫して素直すぎるほどに淡々と夫殺しを自供してきた絵莉子。お互いが再婚であった鴛鴦陶芸家。芸術に行き詰まった酒乱の夫が妻の貞節を疑い、絞殺まがいの暴力をふるう。身の危険を感じた妻は寝静まった夫の首を絞める。だが、高木はそんな事件の構図にわだかまりを感じていた。そして、彼が不必要とも思われる捜査に乗り出した時、高木は恋に翻弄された女の数奇な人生に出会い、自らの過去との皮肉なオーバーラップに戦慄する。正義の女神は自らを裁く。紫陽花の花言葉を見よ。
実に2時間TVドラマ向きの作品である。美貌の被疑者、気鋭の検事、徐々に露にされていく女の流転、そして心の光と闇。男の周りの様々な女達の生き様を投影させ、紫陽花は人生の雨に向って咲き誇る。「女」というテーマを位相をずらしながらリフレインさせる手法はお見事の一言。やや作り物めいた感じは残るもののこれだけ魅せてくれれば及第点。探偵役の設定も爽やかである。やるなあ、先生。「火曜サスペンス劇場」というよりは「ドラマ人間模様」である。殺伐たる新本格に倦んだ時の箸休めにお勧め。


2001年7月29日(日)

◆というわけで、不肖kashiba@猟奇の鉄人、忙しい蜜月旅行から帰って参りましたあ。が、さすがにキーボードと無縁の生活をしていた関係で、その間の記録を文字にする事が出来ておりません。という訳で、もしも気力があれば、そのうちにアップいたしますが、とりあえず何事もなかったかのように本日分の日記からアップして参ります。従前通りのお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。

◆前日23時頃に一旦目が覚めてしまうが、ここで起きると時差ボケ解消にならないと、根性で寝る。次に目が覚めたのが5時。よしよし、これで昼寝をしなければなんとか矯正可能かな?
◆午前中は、荷ほどきして土産物の整理など。紙屑の一つ一つにも旅の記憶が甦る。昼過ぎには、写真も上がってきて、旅行気分が盛り上がったので夕食はメキシコ料理に挑戦。ってタコスなんですが、これが結構美味い!選挙速報を肴にたらふくビールを飲んでそのまま爆睡!!

◆「おとしあな」Hローワン(ポケミス)読了
なんと2001年の新人のデビュー・ミステリが早速にポケミスに登場!これは一体何の騒ぎかと思いきや、なんのことはない、帯の挙句によれば「マイケル・ダクラス映画化のサスペンス」。要は映画の原作である。たしかに、この主人公、いかにもマイケル・ダグラスをもう10歳ほど若くしたイメージである。実はこの作品、折角、旅行でNYへ行くのだから、NYを舞台にした小説を旅の友にしようとジェーン・デンティンガーの作品と一緒に旅行鞄に詰め込んだまでは良かった。が、やはり、生の迫力の前には小説世界の点景は及ばない。わざわざ金を閑を掛けて地球の裏側まで行きながら、小説を読むのに忙しくて、実物を見る事が出来ませんでした、では本末転倒も甚だしい。本来ならば、行きの飛行機で読んでしまえばよかったのだが、うじうじと持て余しているうちに結局持ち込んだ時の状態そのままに持ち帰った1冊。で、今度はNYの記憶が新たなうちに読もうと手にとったところ、これが結構テンポのよいサスペンス。なかなかイケルではないですか。こんな話。
わたしはフィリップ・ランドール。31歳にして名門ローファームの暴君的経営者デヴァインの覚えが最もめでたい気鋭のシニア・アソシエイツ。娶った実業家の一人娘トレイシーは床上手で美貌の持ち主、義父が結婚の祝いに買い与えてくれた3500平方メートルのペントハウスに住み、夕方となれば同じエリートの友人たちとゴージャスな猥談に花を咲かせる。そんな順風満帆を絵に描いたようなわたしの生活が綻び始めたのは、友人コニーの妻ジェシカとの不倫からであった。健康的に肉体関係をエンジョイする二人の姿を、わたしの学生時代の友人にして人生の敗残者たるタイラーに盗撮されてしまったのだ。彼は皮肉な微笑を湛えつつ、わたしに12万5千ドルの口止め料を要求してくる。一旦、支払を始めれば、一生あの社会のダニに悩まされる事になる。そう、害虫は駆除されなければならない。だが、水も漏らさぬ筈の殺人計画は「浅い眠り」によって妨げられる。果して破滅へのジェットコースターはどこに向うのか?愛という名の身勝手が、喪失の傷みを加速する。裏切りへのカウント・ダウンは誰がために鳴る?
ニューヨークの破廉恥なるエリートの転落譚。前半、主人公の栄光に満ちた生活をくどいほどに詳しく書き込むことによって、後半部分との落差を引き立てる。キャラクターの配置には特に見るべきところはないが、破綻の緩急の付け方が巧みで、ページタナーとしての資格十分。作者の悪意は見事なまでに主人公のすべてを破壊し尽くし、奇妙なカタルシスを読者にもたらす。本格推理偏愛主義者は完全無視で何の問題もないが、「ニューヨークの現在」を紙上で垣間みたい人にはお勧め。どうすれば売れる話が書けるかという見本のような話である。この小説を通勤の地下鉄の中で書いたという作者には心からの敬意を表する。