戻る


2001年7月19日(木)

◆いよいよ今日から夏休み。のんびりと起きて、普通にお務めのある奥さんを送りだし、不在者投票に向う。候補者名簿を見て始めて、あんな人やこんな人が立候補していたことを知る。ふむふむ。誰に入れたかは、教えてあげないよ、じゃん♪
◆蒸し暑い中を、新京成沿線ブックオフチェック。
d「13人目の名探偵」山口雅也(JICC出版」100円
d「怪盗X・Y・Z」横溝正史(角川文庫:初版)160円
d「多角形」日影丈吉(徳間文庫)100円
d「ふらんす料理への招待」日影丈吉(徳間文庫)100円
「ガンロッカーのある書斎」稲見一良(角川書店:帯)100円
おお、新本格推理で唯一といってもいい効き目本を100円ゲット。ちゃんとメモ用栞もついていてご機嫌である。「怪盗X・Y・Z」は所持本の状態が今いちなので入れ替え用。大粒の雨が落ち出す中を別宅に向う。うう、暑いよう。んでもって、所持本を確認してから「13人目の名探偵」をダブりコーナーに積み上げようとしたら、持っている筈の本が見当たらない。以前であれば、日々眺めるとはなしに眺める事で、どの辺りに何があるのか判るのだが、どうも年齢からくるボケと相俟って、徹底的に見付からない。やばいなあ。小一時間探して見付からなかったので、あきらめて本日買ったものを、高価コーナーに陳列する。ぶう。ちょっとお小遣い稼ぎができると思ったんだけどなあ。
◆久々に「カタログ・オブ・クライム」を引っくり返して、ジェーン・デンティンガーの項目をチェック。なるほど、確かに1980年から88年まで、Murder Ink のマネージャーをやっていた由である。びっくりビックリ。これは確かにマルチタレントである。時として天は二物も三物も与えるのである。
◆TVチャンピオンをリアルタイムで視聴。例のアメリカの独立記念日に、ニューヨークはネイサンズというホットドッグ発祥の店で行われる早食い選手権の回である。既に結果は、新聞などでも世界に配信されているので、承知の上だが、それにしても、凄まじい新記録。いやあ、化け物だぞ、日本人!

◆「時の渚」笹本稜平(角川書店)読了
本年度サントリー・ミステリー大賞受賞作。読者賞も同時受賞と聞き「土壇場でハリーライム」並みには面白いということだよねえ、と結構期待して取り掛かった。だが、その期待は無惨に裏切られた。この作品には全く新しさがない。さながら、毎週の垂れ流されるテレビの2時間サスペンスの如き手垢のついたプロット、新劇もビックリの愁嘆場、40年代スペオペはだしの御都合主義に満ち溢れた凡作であった。
基本のプロットは「人探し」である。探偵役は、家族を轢き逃げで喪った元・刑事。死期を悟った老やくざが彼に依頼したのは、かつて乳飲み子の頃に手放した我が子の行方。僅かな手掛りをもとに、乳飲み子を預かった女性の足跡を追う主人公。だが、その探索行は、いつしか彼自身の事件と交錯し始め、余りにも皮肉な運命の悪戯が、その身に降りかかる。果して、老人の願いは叶うのか?記憶の渚に打ち寄せる波音。時の汀で探索は果て、父は還り、そして逝く。
既に配役でも決まっているのではなかろうか、と疑いたくなるほど、テレビ的な作品である。映画的ではない。色温度がどこまでもテレビ的なのである。ラストシーンなんぞは、さしずめ、クロスに切ったフィルターで水面を撮るつもりなんでしょうなあ。ああ、なんたる既視感。「まさか、21世紀にそれは、ねえだろう」という微温的裏切りに逢いたい人はどうぞ。それが、心地よいかどうかは人それぞれであって、保証の限りではございません。


2001年7月18日(水)

◆朝食会対応。議事メモを仕上げて帰宅しようとすると総武線がトラブルで、動きやしない。今日の課題図書は「ライブ・ガールズ」。まず行き帰りだけで読み終わる事は不可能と思っていたので、予備の本を持って出なかったのだが、さすがに新橋から千葉まで1時間半かかっちゃ読み終わるよなあ。ああああ、いかん!千葉の遥か手前で読了しちまった。うう、誰か読むものをくれえ、読むものおお。しかたがないので、中吊り広告を一つ一つチェックして車両の端から端まで徘徊する。漫然と週刊誌の見出しをみていると、そろそろ、小泉降ろしが始まったような気配ですかあ。SPAのIT用語特集がちと読んでみたいかな。電車でチェック、図書館でただ読み。デフレ時代の生活の知恵。こういう事をやるから螺旋はまた下を向くんだよなあ。
◆開放感で気が立って眠れない。只管、本を読む。「長い腕」を読み終わり「時の渚」を220頁まで読んだところでダウン。明日から夏休みにつき読み放題の寝放題。ああ、幸せ。

◆「ライブ・ガールズ」レイ・ガートン(文春文庫)読了
「ドラキュラ」が旧約聖書だとすれば、キングの「呪われた町」は新約聖書、「奴等は渇いている」は「ローリング・ストーンズ」、「夜明けのバンパイア」は「JUNE」、そしてこの作品は「ハスラー」である。そのシモネタのもっこりぶりで、名のみ高かった幻の吸血鬼ホラーがようやく訳出された。風間先生、ばんざあい。モダンホラー・ブーム、ばんざあい。
うだつの上がらないサラリーマンたちに、ふと魔が差す。それはもう文字通り「魔が差す」。淫らな快感に絡め取られ、全てを闇に捧げる男達。魔女の嫉妬に弄ばれ肉の色に染められる知性派美女。劣情をそそり、命の源を啜り、墜ちていく生餌。いま、最も下品な吸血鬼伝説は、街に降る。
ハンガリーの廃城を大都会の娼館にぶち込み、吸血の父祖を文字通りの「ヴァンプ」に置き換えた発想は、実にチープで、そして嬉しい。余りに期待が高かったので、意外とマトモな展開に驚いた。まあ、ブラム・ストーカーの聖典そのものも決して文学作品を目指したわけではなく、当時の時代としては、相当にそそる煽情文学だった筈で、今の時代、これぐらい書かなきゃ読者は満足するまい。でも、はっきり言って「石の血脈」の方がこの作品よりも遥かにエロチズムに満ちていると思ったのは私だけではあるまい。半村先生、ばんざーい。伝奇小説、ばんざーい。

◆「長い腕」川崎草志(角川書店)読了
本年度横溝正史ミステリー大賞受賞作。帯の煽りが無神経な点は購入日記にて指摘したので繰り返さないが、一読、なるほど、思わずコピーライターの筆が滑った理由が判る様な気がした。文章の未熟さを指摘する向きもあるかもしれないが、この作品は面白い。現代的「傑作」と呼んでいい。なんというか、古い日本と今の日本が実にバランス良く配合されているのである。田舎と都会のバランスといってもよいかもしれない。舞台設定や探偵役が、些か「賞狙い」見え見えとも取れるゲーム業界インサイダーストーリーなのではあるが、これとても作者の商売そのものなので、付け焼き刃の取材では得られない切り込みぶりに、感心した(逆に、ここまで棚卸ししてしまうと次回作のネタ困るのではないかという要らぬ心配をしてしまう程である)。
ゲーム製作会社女性スタッフの無理心中が、主人公に不審を抱かせる。そしてミッシングリンク捜しに訪れた故郷の街で、素人探偵はこの世界に仇なす漆黒の悪意の存在を知る事となる。空港でのパニック事故、女子高校生による同級生殺しなど、一見無関係と思われた事件が、一本の線で結ばれる時、歪んだ呪いは時空を越え、自己増殖を始める。そして、見えざる長い腕は瘴気を放ちつづける、歓呼で迎えられながら。抗える者は誰もいない。
とにかく何を書いてもネタバレになりそうで怖い。プロットを成立させるためにやや御都合主義的に「異能者」が現われる感があるが、多少の疵はこの際抜きにして、こんな紹介読んでる閑があったら、とっとと読みなさい、と申し上げておく。このネタの贅沢さこそが、処女作の良さだよね。お勧め。


2001年7月17日(火)

◆一仕事完了。その準備に集中していたために、社内での講演会を聞きそびれる。講師は、NTTのナリッジ・マネジメントの権威らしい。後から聞いた話では「デスクなし職場」の導入で有名な人らしい。どうも会社お仕着せの講演会というのは好みでないのだが、今回の講師は、所謂職場の情報共有を一人一人にホームページを作らせ、KNOW HOWではなくてKNOW WHOで徹底させるという手法を用いて成功させたとの事。ううむ、そういう話なら是非に聞きたかったものである。要は、社内会議が「オフ会」ノリになるわけね。わくわく(なにか勘違いしているようである)。
◆自宅の近所で安物買い。
「細菌人間」筒井康隆(出版芸術社:帯)750円
「長い腕」川崎草志(角川書店:帯)750円
「時の渚」笹本稜平(角川書店:帯)750円
d「雨を呼ぶ少女」矢崎麗夜(講談社X文庫)30円
うおお、つい先日出たばかりの正史賞とサントリーミステリー大賞、出た事も知らなかった筒井初期作品集(ごめん日下さん)がピカピカの状態で半額落ち。勢いで買い込んでしまう。正史賞の「長い腕」は煽りが凄くて「大横溝の名を冠した賞に相応しい大傑作、ついに登場!」うわああああ、つまり何かあ?今までの正史賞受賞作はすべて「大横溝の名を冠した賞に相応しくなかった」わけかああ???このコピーを書いた人間は、相当無神経ですのう。正直呆れました、はい。
◆プロジェクトX視聴。ああ、また泣かされちゃったよ。今回は「日の丸原油」と言われるカフジ海底油田を掘り当てるまでの苦難のドラマ。今のアラ石の体たらくを見ていると、昔の日本人は偉かった、としか言い様がないですのう。

◆「灰夜−新宿鮫VII」大沢在昌(光文社カッパNV)読了
「氷舞」も「風化水脈」も読まずに、シリーズ番外編ともいえる、この作品を手にとった。あれ?なんだかロケットおっぱいと険悪なムードじゃん。何かあったのか?それはさておき「新宿にいない新宿鮫」というのは、今ひとつ様にならないかもと危惧したがそこは小説巧者・大沢在昌、さながら浅見光彦=水戸黄門的なシークエンスを準備して「待ってましたあ」の千両役者ぶりを演出した。今回の事件は、第1作で語られた鮫を警察機構内の異端児に追い込んだ張本人の法事から幕を開ける。不器用な男たちの友情と、無愛想で無慈悲な力の掟が縺れ、鮫は見知らぬ街で徒手空拳の闘いを強いられる。「北」という宿命に縛られた兄妹、だが、卑しい企みと鮫の因縁は小さな世界の危険なバランスを崩す。暴力には暴力を、奸計には詭計を、灰の夜は、人にとって「故郷」とは何かを問う。
連載ものではあったが、短期連載につき、最後まで緊張感が維持できたのは吉。騙しの多層構造が、読者を退屈させない、というか、本当の事を言う奴はおらんのか?といささか呆れる。このシリーズ、魅力的な人物には事欠かないが、今回も公安畑の田舎警察官がいい味を出している。柄本明あたりにやらせてみたいなあ。


2001年7月16日(月)

◆珍しく会社の売店に欲しい本が並んでいたので発作買い。売店に古本が並んでいるわけはないので、勿論、新刊。創元推理文庫や早川ミステリ文庫は間違っても並ばない店なので、テレパルを買う以外まず御厄介になる事はないのだが、今回は、数年来の探究本がどんと平積みにつき、速攻で購入。その正体はこれ。
「ライブ・ガールズ」(文春文庫)740円
待てば海路の日和あり、とでも申しますか。いやあ、この作品を日本語で読める日がこようとは、いい時代になったものです。これほどホラーの翻訳を待ったのは「ゴースト・ストーリー」以来だよなあ。
◆だらだら残業。新橋駅地下ワゴンチェックのみ。
「夜光死体・イギリス怪奇小説集」(旺文社文庫)200円
「巌ちゃん先生行状記」鳴山草平(春陽文庫)200円
「適齢期」白川渥(春陽文庫)250円
「風来日記」白川渥(春陽文庫)200円
春陽文庫の明朗っぽい作品が並んでいたのでつい出来心。鳴山草平はともかく白川渥の方を読む可能性は限りなく0に近いような気がするよなあ。結構分厚いんだわ、これがまた。

◆「悪党パーカー/殺人遊園地」Rスターク(ポケミス)読了
俳優強盗グローフィールド・シリーズの「黒い国から来た女」と同じ発端を持つパーカーもの。雪中の現金輸送車強奪に失敗したパーカーが、大金を抱えて遊園地に逃げ込むところを悪徳警官2人とギャング2人に目撃される。彼等はおりしも賄賂の受け渡し真っ最中だったのだ。垣間見た先方の風体から、次なる展開を読み切ったパーカーは冬期休業中の遊園地の各所に死の罠を仕掛け、脱出の機会を待つ。案の定、パーカーの金を狙ってギャングたちがやってきた。厳寒の中で、死のマンハントの幕は開ける。
スピーディーな展開が嬉しいハードボイルド。遊園地の遊具や展示物が殺しの道具や舞台に化けるという趣向が楽しい。確かに、死と笑いは背中合わせなのかもしれない。二流のプロ軍団がたった一人の一流のプロに屠られていく様は痛快の一言。十把一からげのチンピラたちにもそれなりのキャラクター付けを施すスタークの描写力も心地よい。この作品の続編であり、オールスターキャストの「殺戮の月」にも期待だあ。


2001年7月15日(日)

◆奥さんが、髪を切りに行った隙にせっせと日記をアップ。4日分の感想を書いているうちに午前中が終了。この土日の追いこみで、このサイトでの紹介本は900冊の大台に載ったはずである。実際のところ我ながら整理の悪い奴なので、正確なところを把握していないのだが、千冊になったら、一度整理してみたいとは思っているところ。
◆アギト視聴。アギトがG3−Xを装着するという展開に唖然。ううむ、ツボをついてくるなあ。ついでに、積録の「TVチャンピオン【全国モーニング娘。通選手権】」を見る。これまでの芸能人通の2本「美空ひばり通」「ユーミン通」が歴史に残る名バトルであったので、期待して見たのだが、モー娘。本人たちが出てきて問題を出してしまう展開に辟易とする。確かに応募者数は過去最高であったかもしれないが、やはりモー娘。ではまだカリスマ性が足りないよなあ。(そこのモー娘。マニアの人、文句は受けつけませんので、あしからず。)
◆桃井かおり、松本幸四郎という芸達者を揃えたパクリドラマ「ビューティー7」も見てしまう。ううむ、なんちゅうか、リストラ話という展開まで「王様のレストラン」そのまんま、やんけ!ああ、千石さーん、何やってんだよう?「それはまた別の話」とかゆーとれまへんなあ。

◆「黒衣の魔女」高木彬光(ポプラ社)読了
神津恭介もののジュヴィナイルで文庫落ちしていない長編作品の一つ。「神津恭介との長編」を読むの平成3愚作以来随分久しぶりである。日本の名探偵といえば、一に明智小五郎、二に金田一耕助、ここまでは誰しも異論はあるまい。だが、三番目の椅子となると、神津恭介は最近の浅見光彦や十津川警部、御手洗潔や京極堂、犀川助教授あたりと熾烈な争いを演じなければならないであろう。短篇「妖婦の宿」、長編「刺青殺人事件」「人形はなぜ殺される」など一点の曇りも疵もない完璧な本格推理小説に登場する反面、通俗ものの「悪魔の嘲笑」や「火車と死者」あたりでは精彩を欠き、末期の「七福神殺人事件」や平成3愚作ではその名声に泥を塗る以外の何物でもない描かれよう。更に、映像化でも明智・金田一に何歩も遅れをとり人気も知名度も全国区になりきれない(近藤正臣が悪いとは言わないのだが、どうも逆立ちして足の指でピアノを弾きそうなんだよなあ)。ではジュヴィナイルでの活躍ぶりはどうか?これも作品数では圧倒的に明智・金田一にはかなわない。ただ今回の作品を読んで質的には健闘しているという印象を受けた。こんな話。
美しい博士令嬢:古沢美和子は、父親の名代で箱根の宿に向う途中、妖しい老人と美少女の二人連れに出会う。その美少女は彼女がこれから逢う予定の木原博士令嬢の千鶴子に生き写しであった。「暁の星」を知っているか?という謎めいた質問とともに、去っていく美少女。そして美和子に届けられた脅迫状。そして箱根の宿で事件は起こった。永年の研究を完成させ満足げであった木原博士が、謎の失踪を遂げたのだ。闇に浮かび、闇に消える黒衣の魔女とは果たして何者?現場に遺されたウコロと蛇の卵は何を物語のか?名探偵・神津恭介の慧眼は、狂った科学と悪魔の奸計に迫る。巨万の秘宝、運命に翻弄される美少女たち、黒き欲望を打ち破り白鳥の舞いをとりもどせ!
なんと申しますか「魔術師」だったり「猟奇の果て」だったり「人間豹」だったりしていたかと思いきや、驚愕の肩透かしが待ち受けている怪作。面白くなりそうな要素を詰め込んだのはいいが、書いているうちに作者が自分を裏切る事になってしまったという雰囲気の作品。展開が派手なので、非常にテンポよく読めるのだが、どうもその場しのぎのチープさが漂う。まあ、そんなこんなも含めて実にジュヴィナイルらしいといえば「らしい」話である。何千円も出して買う作品ではないように思った。


2001年7月14日(土)

◆VTRの移動とトランクの回収のため、久しぶりに別宅に車でゴー。部屋はクーラーが故障中につき蒸し風呂状態。ぐがが。郵便受けから、鎌倉の御前からの賜り物を回収。
「深山の秘宝」(カバヤ児童文学研究所編)頂き!
ううむ、なんと「ニーベルンゲンの歌」の少年読物化らしい。世の中には色々な本があるものですのう。昭和29年には週刊でこういう本が出版されていたのかあ。
◆京王百貨店の古書市のカタログも送られてきていたが、さてどうしたものか。
◆先日「救いの死」を新刊で買っておきながら、どうもダブったような気がしていたのだが、やっておりました。がああん。こんな高い本ダブらせるかな、普通。ああ、情けない。神もホトケもないものか。

◆「もういちど」矢口敦子(徳間書店)読了
まあ、出版社を転々とする人である。「かぐや姫連続殺人事件」が講談社だったので、東京創元社で「家族の行方」が出た時は随分驚いた、というか、同じ作家だと思わなかった。その後の光文社カッパNV、徳間NV、略歴によれば中央公論社からも本が出ているらしい。ある面、宮部みゆき並みに凄い事なのかもしれないが、どっちかと言えば矢島誠並みに危なっかしいって感じなんですな、これが。エイコーノベルズや、青樹NVで出るか出ないかが一つの指標でしょうか>おいおい。
さて、私としては矢口敦子初体験となるこの作品は、ずばり矢口版「ダレカガナカニイル」。オカルティックな題材を、心臓移植という科学の粋と組み合わせたところが斬新といえば斬新。手塚治虫がブラックジャックで25年前にやっとるといえばやっとる。こんな話。
19歳の漫画家志望の少年・河辺慎一。臓器移植手術を受け永年の心臓疾患から遂に解放された彼。だが、その手術以来、慎一の心の中に銀色の影が現われ、彼に語りかけてくるようになった。影は白鷺のイメージを投げかけ、栗原由樹子と名乗る。由樹子が心臓のドナーであることを悟った慎一は、やがて彼女の脳死の謎を追う事を決意する。従姉の弥生の協力を得ながら慎一が、決して明かされる事のないドナーの身元という壁を乗り越えた時、幸薄い一人の女性の人生が浮かび上がる。そして、才能と財産を蚕食された白鷺が墜ちる時、探索は更なる犠牲者を求める。モウイチドアナタニアイタイ、ソシテココロヲツタエタイ。
「心臓に魂が宿る」という設定は、ドラクエの「ザオリク(蘇生呪文)」みたいなもんであって、通常は死に纏わる物語を無効化する。ましてや推理小説となるとひとたまりもなく「そりゃあ、あなた、魂に聞けばいいじゃん」てなもんである。しかし、推理小説書きもそのあたり心得たもので、魂を記憶喪失にしてみたりして謎を引っ張る。で、この作品であるが、結構驚きはある。ただ、ルールを作者から一方的に押し付けられている感は免れず、同じ土俵に立った上で「負けました」という気にはなれない。さはさりながら、作者自身が心臓病である事を知ってしまうと、こりゃあアンフェアでしょ?とも突っ込みづらいんだよねえ。うっかり者なら「優しい心の物語」などと評してしまうかもしれないが、これは「全然優しくなんかない心と心臓の物語」なのである。


2001年7月13日(金)

◆あ、暑い〜。どこにも行く気がしない。とりあえず新橋駅地下、定点観測のみ。
d「葬送行進曲」鮎川哲也(集英社文庫:帯)250円
帯がなきゃ、しかと出来るんだけどなあ。
◆総武線一駅下車して、新刊買い。
「おとしあな」Hローワン(ポケミス:帯)1200円
「ロウソクのために一シリングを」Jティ(ポケミス:帯)1000円
「猫の手」Rスカーレット(新樹社:帯)2000円
過去に25年ほど戻って高校生だった頃の自分に「2001年にはジョゼフィン・ティの新訳がポケミスで出るんだぜ」と言っても絶対に信じなかったろう。「頭のおかしいおっちゃんが変な事、ゆーとるわ。知らんふりしょ」てなもんである。ううむ、未だに信じられんわい。「おとしあな」の方が2001年刊行のバリバリの新作なだけに、なんとも見事なコントラストである。「猫の手」は装丁がナイス。ぺたぺたと肉球の跡でも付けたくなるところをよくぞ堪えた。書店で光文社文庫の新刊を確認。鮎川哲也コレクションはちゃんと背表紙の色を深緑に統一しており従前のラインナップとの「並びの美しさ」は保てそうであるが、さて買うのか?
◆なんとなくなりゆきで「ドクター・ドリトル」を視聴。かつてロフティングの聖典に親しんだ人間にとっては冒涜以外の何物でもない話ではあるが、確かに動物が喋っているようにしかみえない特撮(なのか?)には感心する。犬のラッキーがいい味出してます。ああいうテリア系のワンコは個人的にツボでなのである。

◆「月曜日ラビは旅だった」Hケメルマン(ポケミス)読了
「ユダヤが見えると、アメリカが見える」ではないが、ユダヤのアメリカ社会への浸透ぶりを示す例として、このラビシリーズが、いまだにペーパーバックでリプリントされ現役で読めるということが上げられる。解説によれば、この「月曜日」の原書が最初に刊行された時に、推理小説としては珍しくベストセラーリストに名を連ねたらしい。通常はクリスティやロスマク級のビッグネームにのみ許された出来事らしい。しかし、このポケミスで290頁という当時の基準からいけば分厚めの「ラビ・スモール・シリーズ」新作は、はっきりいってその9割5分までが、エルサレムでのラビ一家の生活と臨時雇いのラビを迎えて揺れる教区民たちの生活を淡々と描いたユダヤ人小説に過ぎない。そういったユダヤ人社会の葛藤や信仰の試しを楽しめない純正ミステリマニアにとっては、この書はまさに「試練の書」である。この書をベストセラーにした読者の大半は、この書をミステリだとは思わなかったに違いない。で、読者の少数派であるミステリマニアにとっても、ミステリだとは思えなかったんじゃないかなあ。こんな話。
ラビは、前回の事件で決意したエルサレム行きを実行に移す。5年も無休で働いてきたラビにとって3ヶ月の有給休暇は当然の権利である。だが、不器用なラビ・スモールは、無給を希望し、それが却って教区民たちに「ラビは帰ってこないのではないか?」という疑惑をもたらす。そしてラビ自身、聖地で暮すうちに、聖と俗の在り方、信仰のかたちにつき考え直すこととなる。だが、聖地はアラブとの絶えざる争いの源であるという別の貌を持つ。爆弾テロの関係者と目されたユダヤ人留学生とニュース・キャスターであるその父親と関わった事で、ラビは聖地においても探偵の才能を発揮しなければならなくなるのであった。果して無害な中古車ブローカーの老人は何故爆弾に晒されなければならなかったのか?ここは宗教の交叉点、神々の試しに遇う処。
ミステリとしては、短篇ネタ。あまりのあっけなさに唖然とする事請け合い。まあ、一応伏線らしきものは引かれているのだが、全体の分量からすればppmオーダーなので、この書の解説子ほどミステリとしての高い評価を与えるわけにはいかない。私にとっての一番の読みどころは、理屈臭いラビ・スモールを追い出して、期待以上の貫禄と演出で人気者になった臨時雇いのラビ・ドイッチの慰留しようと奔走する教会理事たちのドタバタぶりであった。毎度の予定調和なのではあるが、このシリーズの魅力って、どうやってラビ・スモールが解雇の危機から逃れるかじゃないかなあ?カドフェルでいえば、「この二人の愛は成就するか?」みたいなもので。ユダヤを勉強したい人もしくは推理小説への期待値が下がっている人はどうぞ。


2001年7月12日(木)

◆仕事上で大チョンボ発覚!まあ、水際でなんとかなりそうなのだが(現在進行形)、それにしても「まさか」の椿事。信じられない事が起こるものです。まあ、
・完璧なアリバイトリックを考案して、準備万端整えていたつもりが切符がとれていなかった、
・証拠写真を撮ったつもりがフィルムが入っていなかった、
・完全密室のつもりが実は抜け穴が昔からついていた、
・「幽霊の2/3」のカバー付きゲット!!と思ったら中味は「シタフォードの謎」だった、
などのようなものである。ぐはああ。
◆出先から直行で帰宅。総武緩行線で一駅だけ定点観測。
d「鮎川哲也と13の殺人列車」鮎川哲也編(立風NV:帯)350円
「昔むかしの物語」Aクレイグ(創元推理文庫)100円
「シャーロック・ホームズのドキュメント」ジューン・トムソン(創元推理文庫:帯)100円
「オリエント急行殺人事件」Aクリスティ(春陽堂少年少女文庫)100円
「13の殺人列車」の帯付きは久しぶり。フェア帯でない初版の帯は珍しいのである。「待望のアンソロジー」という煽りが嬉しいのである。でも「待望の長編新作」はどうなったのであろうか?見果てぬ夢なのであろうか?光文社文庫の復刊は何故「偽りの墳墓」を出さないのだろうか?謎だあ!何故「夜の疑惑」を復刊してくれないのだろうか?当たり前だあ。
あとは安物買いで気を紛らわす。トムスンもクレイグも本屋で買えば、660円もするのだ。それが100円なのだ。2冊で千円も節約しちゃったぞう。偉い、偉い。偉くない、偉くない。
◆ウインブルトン明けで、本日が「主任警部モース」の最終話「悔恨の日」。録画を始めて1分後、ブレーカーが飛ぶ。うがががが。これで、モースは二本目の録りそこないじゃあ。悔恨じゃあ。
◆聞いた話である。奥さんの会社の同僚がよってきて「ねえねえ、オタクの御主人のウエストって、どのくらい?」と尋ねられたんだそうな。「それは企業秘密です」と答えると「くんくん、なんか同類の匂いがするんだよねえ。」と言葉を継ぎ「実はうちは94前後なんだよねえ」とポロリ。「もう、くまのプーさんだ、と思わないとやっていけない」んだそうで「だから、オレンジ色の服ばかり着せているの」との事。そして、先日その話を電話で友人に話しているところを当の御主人に聞かれてしまったんだそうな。旦那は「そ、そうか、そうだったのか」といたくショックを受けていたとか。ううむ、腹の出てきた御主人は、みんな「プーさん農場」に送られてしまうんだなあ。そこで日がな一日蜂蜜を舐めて暮すんだなあ。それもいいかもなあ。
「ママ?パパはどこに行っちゃうの?」
「パパはね、もう人間じゃなくなっちゃったの。だからプーさん農場に行くのよ。そばには赤い館も建っているわ。」
「パパー、バイバーイ」
「い、いやだあああ!!俺は、まだ働けるうう」>プーさんが違う。

◆「青子の周囲」新章文子(東都ミステリ)読了
生まれが宝塚文化圏である。毎日使う電車には必ずヅカの吊り広告がぶら下がっていた。通っていた高等学校の教頭は宝塚狂いで、国語の授業をほったらかしで鳳蘭の舞台について熱く語った。うちの妹は、ベルばらの第1世代で、一時期真剣にヅカに通っていた。要は、関西人にとっては宝塚は「普通名詞」の世界なのである。何が言いたいか、というと、この作品の主人公、青子が実にあっさりと宝塚出身者なのである。通常、実在の歌劇団を実名で書くというのは、作家として抵抗があるのではないろうか?そこを、さすが新章文子、京都出身。青子が宝塚を退団して上京するという冒頭のシーンで、宝塚と青子という女性の総てを語ってしまうのであった。素晴らしい。で、物語の方は、青子という美しき「台風の目」の周りで滅びに向う人々を描いた天然犯罪小説である。こんな話。
宝塚を退団し、義兄の口利きでテレビタレントに転身するため上京した青子。したたかに生きる青子にとって、姉・水恵の憧れて止まない「宝塚」も単なる通過点に過ぎなかった。彼氏気取りの従兄弟・達也までが付いてきたのは予想外であったが、きっとすべてが上手く行く、そう思える若さが青子の宝だった。しかし、東京駅に迎えに来た一行には姉・水恵の姿はなかった。なんと水恵は、睡眠薬の飲み過ぎで伏せっているという。テレビ・プロデューサーの夫・敬二との冷え切った仲に倦んだのか?若い男優・川口との愛情の縺れか?だが、回復した水恵にもその前後の記憶は曖昧だった。一男一女を持つ幸せな夫婦という偽りの均衡に、青子という触媒が投げ入れられた時、爛れた人間関係は破滅を目指して走り出し、愚者たちは、その企み故に相応しい裁きを受ける。青は愛より出でて、哀より青し。
一応「謎」らしきものがあり、人間関係の綾でそれなりの緊張感を醸す事に成功してはいるが、本格推理ファンからみれば「なんなの?」という平板なサスペンスであろう。本格推理における人の死はゲームの駒であり、重さがない。しかし、必須である。それに対し、この作品中の人の死は余りにも軽い。火曜サスペンスにすら翻案不能な天然ぶりに呆れる作品。まあ、新章文子のファンはどうぞ。


2001年7月11日(水)

◆なぜか私の職場の窓際のド真ん中には、BSデジタル内蔵テレビがどどーんとおかれている。んでもって、たまたま私のデスクは、その直ぐ傍にある。通常は執務時間にテレビなんぞをつけている不埒な輩はいないのだが、本日に限っては、始業前から午前中一杯ずーーっとメジャーリーグのオールスターゲームを消音モードで垂れ流していた。時々、隣の職場から人がやってきては「イチローはヒットを打ったか?」と尋ねていく。「はいはい、初打席、初ヒット、初盗塁ねえ」と何人に答えた事か。更に昼休み頃には、ちょうど佐々木が登板してきて、テレビの前は、押すな押すな昭和30年代の街頭テレビ状態。ううむ、やはりテレビはコンテンツである。
◆というような気楽な一日。さっさと退社して、久しぶりの南砂町定点観測。均一棚などでちょこちょこ拾う。
d「スラッグス」Sハトスン(早川NV文庫:モダンホラーセレクション・帯)200円
d「名探偵金田一耕助の事件簿3」横溝正史(ベストブック社)100円
d「とっておきの特別料理」小鷹信光編(大和書房)100円
「空色勾玉」荻原規子(福武書店:帯)100円
ハトスン本は、個人的にはモダンホラーセレクションの3本の指に入ると信じているナメクジホラー。とりあえず、「シャドウズ」「闇の祭壇」もダブっているので、これでダブリがワンセット完成!この人はもっと紹介されてもいいと思うんだけどなあ。非常にノリのいいお話を書ける人であるだけに惜しいなあ。後は、安さについ出来心。大和書房の小鷹編集本は「ハリーライムの回想」と縁がなくて(まあ河出文庫版は押えているのだが)、流れを作るつもりで拾う。金田一本もまあそれなりの需要はあるのでとりあえず。荻原規子は、梗概を見るとジャパネスク的に面白そうだったので。だって、定価が1500円もするんだもん。1400円も節約なんだもん。ああ、やっぱり古本はいいなあ。
◆今日も休肝日。お茶とダイエット・コーラで凌ぐ。ホント、やればできるじゃん、やれば。
◆畏友安田ママさんのサイト「銀河通信」が累卵の危うきに。おお、今こそ、ママさんにおんぶにだっこだったダイジマンよタチ上がれ。光のサイトを、闇のサイトに塗り替えるのぢゃ!

◆「救いの死」Mケネディ(国書刊行会)読了
さて、くせ者ミルワード・ケネディーである。なにせあの技巧派アントニー・バークリーの心の友である。臍の曲り方も尋常一様ではあるまいと期待が募る。さはさりながら、これまでその真価を問うには余りにも翻訳が少ない作家であった。戦前の抄訳を除けば、リレー長編のライターとしてマニアが記憶に留めている程度。そのリレー長編すら今では入手困難になっている事を思えば、今の読者にとっては実質上は初お目見えと言ってよかろう。まずは、開巻即ぶっ飛んだ。アントニー・バークリー宛に書かれた序文である。なんともくそ生意気な!この「救いの死」は1894年生まれのケネディが1931年に著した作品だが、とても37歳の分別のある大人の書く文章ではない。真田解説(いつもながらの労作にして筆鋒鋭い名解説)によればカーも相当ケネディとは相性が悪かったようだが、この序文を読む限り「己は喧嘩売っとんかい!?」という物言いをするケネディの方が悪い!と思ってしまう。まあ「作家は作品ですべて」と割り切り、気を取り直して本文に入ると、これがまたなんとも、いやはや。こんな話。
むっふっふ、私は、親が遺してくれた財産を転がして地元で知的遊民を務めているグレゴリー・エイマー、独身中年だ。ああ、男はこのぐらいの歳でなければ厚みがなくていけない。妻などという堕落の元凶を持たずとも、たとえ身長が足りなくとも、何不自由ないのである。まあ、人は物識りというようだが、いや、何、たいしたものではない。まあ、新聞での質問に的確に答えてあげられる程度の事だがね。ところで、うちの地所の隣に住むモートンという夫婦ものだが、どうも素性がはっきりしない。ところがある古い映画を見ていて気がついた。アクロバットを映画に巧く持ち込んだ人気俳優ボウ・ビーヴァーその人に生き写しではないか!そのケレンたっぷりの芸の最盛期に突如銀幕を引退し、その後も行方知れず。よし!金と閑ならたっぷりある。一つ探偵なるものをやって、ビーヴァー引退の謎に迫ってみるか。幸い、映画界を目指す野心的な女性オードリーが秘書についてくれた。まあ、さして役には立たないかもしれないが、女性は美しいだけで値打ちがある(いや、私には下心なんぞないぞおお。ないんだってば!)。ところが、調べを始めると、ビーヴァーの引退の陰で、女性秘書への暴行や、その襲撃者と思しき人物が轢死していた事が判明する。更に、ビーヴァーの生まれと育ちには、死の翳が付き纏っている。果して、モートンはビーヴァーなのか?総ての謎を解き明かしスコットランドヤードに一泡吹かせてやるぞ。さあ、愚か者どもよ!私という人間の真価を思い知るがいい!んがんん。
「世界最低の探偵」といえば、ジョイス・ポーターのドーヴァー警部なんぞが思い浮かぶわけだが、いや、この主人公に比べればドーヴァーも可愛いものである。まあ、名探偵というのは一般人からすれば「奇矯なるお節介焼き」以外の何物でもないのだが、その名探偵の外れっぷりを斯くも鮮やかに卑しく書き記した推理小説を他に知らない。また、推理小説の「型」をここまで笑い者にした小説も珍しい。推理の道筋自体は、きちんとしているだけに、その悪意の深さに戦慄する。いやあ、この人は友達少なかっただろうなあ。なんとも不快な変格推理小説である。無理にお勧めしません。