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2001年7月10日(火)

◆神保町にタッチ&ゴー。RBワンダーと神保町BCのみのチェック。RBの物量にも慣れて、移転後初見参の前回程のインパクトはない。しかし、ペーパーバックの棚は何度見ても飽きない。カーやクロフツ(←こんなもんないぞ、普通)、スピレーン、スタウトといったビッグネームのPBに混じって、良さげなところが何冊かあったが、懐具合が寂しかったので、拾ったのは2冊のみ。
「SWITCH2:Round Up the Usual Suspects」Mike Yarn(Berkley Medallion Books)600円
「THE CLUE OF THE JUDAS TREE」 Leslie Ford 400円
「SWITCH」は、TVミステリシリーズのノヴェライズ。「SWITCH」と聞いて、日本版の題名がさっと頭に浮かんだ人は相当のテレビ・ミステリ・マニアであると、私が保証する。正解は「華麗なる探偵ピート&マック」。ロバート・ワグナーの詐欺師とエディ・アルバートの元鬼刑事が始めた探偵社という設定が渋い。三笠書房から1冊(刑事にご用心)だけノヴェライズが翻訳出版されているが(よしださーん。三笠のリストの原題がミス・スペルだよーん)今回買ったのは未訳作品。こうなると一体、本国で何冊出ていたのかを知りたくなるところである。ほかにも、エバーハートとかも結構並んでいて、コンスタントにこの値段で東京泰文社の在庫を放出してくれるのであれば、PBファンにとって目の離すことの出来ない棚であると言ってよかろう。夏休みに上京される方は、是非ご高覧あれ。
◆朝ウォーキングをサボったので、夕方会社から新日本橋まで歩く。途中で久しぶりに八重洲古書センターを覗く。おお!新着コーナーににさりげなく「ルヴェル傑作集」が!!恐る恐る函から出して値段をチェックすると、がーーん、さりげなく「10000円」と書いてあった。「恐れ入りました」と一礼してさりげなく棚に戻す。判ってらっしゃる。
◆更に快速を途中下車して、2店ばかりリサイクル系にチェックを入れるが、さしたるものは何もなし。
◆本日も、休肝日なり。一応、火曜・水曜をノンアルコールにしようという目論見である。ついては思いっきり爽健美茶を飲む。米のメシもモリモリ食べる。肝臓にはいいけれども、ダイエットにはなっとらんかもなあ。とりあえず、帰りに歩くと、体重は減るんだけどね。

◆「大密室」(新潮社)読了
「密室」という言葉で検索をかけると、結構ポルノ小説やAVソフトがヒットして焦る事がある。まあ、世間一般では「密室」というと、そちらのイメージなのかもしれない。始祖からして「あたし毛むくじゃらで逞しい彼に締められちゃったんです。ああ、密室の中で昇天」てな話だもんね(ちーがーうー)。さて、今の時代に新本格作家競作で密室アンソロジーを編むという一種無謀な企画に挑戦したこの作品集。まずは、綺羅星の如きラインナップである。実作と密室殺人に対する思いを綴ったエッセイという構成も面白い。またこのエッセイで吐露される心情たるや、どいつもこいつも素直じゃないんだ、これが。ああ、愛しているけど恥かしい、でも「好き(はあと)」きゃ、どうしましょ、あたしったらはしたない、みたいな者、「密室か、何もかも懐かしい」遠い目をしてみせる者、え?「密室」なんて書けませんよう、ほら書けてないでしょう、と開き直る者などなど。内心忸怩とでも言うか、鬱勃たるパトスというか、いやはや皆さん、複雑な心情をお持ちのようで。思わず好感を抱いてしまう。しかし、実作の方の出来となると、それはまた別の話で。以下、ミニコメ。
「壷中庵殺人事件」(有栖川有栖)期せずして「壷中の天」の密室。奇矯な部屋と奇矯な死体。火村の怒りが愚者の企みを破る、ってとこなんだけど、トリックも犯人もバレバレ。ううむ、これはいけません。意外性の欠片もございません。まあ、真っ正面から密室殺人に取り組んだ姿勢は評価できるけどね。
「ある映画の記憶」(恩田陸)映像の記憶が呼覚ます、懐かしき母の姿。たおやかなシルエットが青い空と海に溶ける時、封印された死が甦る。あっはっは、さすがパクリの名人、恩田陸。やってくれました白昼堂々悪魔的なはなれわざ(>おい!)。なんだかなあ。
「不帰家」(北森鴻)気鋭の女流民俗学者が招かれた女の館。不浄と聖が出会う部屋、切り取られた借景の言葉を聞くのは死者の沈黙。探偵の立ち方も立派なら、密室の閉じ方、謎の開き方、どれをとっても文句なしの傑作。この一編のためにこの作品集を買う値打ちがある。
「揃いすぎ」(倉知淳)自尊心だけが肥大した壮年芸術家くずれたち。虚勢と酩酊の果てに自己憐憫が蒸れる時、亡霊は夫を招く。天然カーの面目躍如。例によって作者の狙いはとんでもないところにある。社会不適応者たる四爺のやるさなさが良いのですよ。うんうん。
「ミハスの落日」(貫井徳郎)富豪の昔語りの中で、更に昔が語られる。そして落日の中で語られざる真実が救いをもたらす。密室は評価外。箱型小説だが、最後の箱は不要なのではないのか?感動的ではあるが、神の視点を意識た構成が冗漫。
「使用中」(法月綸太郎)噂のトイレ密室。と思ったら、整理の悪いリドル・ストーリーであった。そりゃあ、まあ、密室の中で殺人は起きるけど、全く爽快感のない変な話である。エリンの向こうを張るには、あまりにもキャラクターたちが胡散臭い。臭う、臭う。
「人形の館の館」(山口雅也)舞台は外国。そして登場人物はミステリー作家とミステリマニア。だが、所詮メタミス。山口雅也の素人作家ぶりがお好きな人はどうぞ。マニアックな暗い笑い以外見るべき所のない同人誌レベルの作品。


2001年7月9日(月)

◆旅行に備えて(私にしては)大金を下ろす。通常、1万円以下の現金しか持ち歩かない人間にとってはかなりのどきどきである。でも一旦封筒にいれて鞄に突っ込んでしまうと無造作に机の下に放置しっぱなしだったりして、まあ、「盗まれた手紙」ですか。盗まないでね。
◆ぎやあああ、国書の第四期、な、なんとマックス・アフォードまで出てしまうのかああ。原書で持ってる自分がアホのようである。結構なお値段したんだよなあ。それにしても、ノーマン・ベロウの「サタンの足跡」といい、オカルトミステリの良いところがでてくるよなあ。結局、森さんのお薦めの洋古書を追いかけてるとこうなっちゃうのよね。ううむ、かくなるうえは、「ミスター・デイアボロ」とかも期待しちゃうぞ。これは原書もってないんです。よろしくお願いします。出してください、藤原さん。
◆明朝イベントに備えて、しこしこ資料準備。結構まともな残業。くたくたになって帰宅すると某所から校正がファックスされており、奥さんに内職がバレバレ。「原稿料入ったら美味しいもの食べにいこうねえ」と約束する。良い夫じゃん!!購入本0冊。

◆「殺しは時間をかけて」Hモンテイエ(ポケミス)読了
「ユーベル」の綴りは英語でいえば「ヒューバート」だったのね、と勉強になるベテラン・フランス・ミステリ作家。ポケミスではこれが最後の訳出で、完全に過去の人であろうと思っていたら、90年代に入ってからハードカバーで「死に至る芳香」が出て驚いた。更に、追い討ちをかけるように中公から歴史ものの大作「ネロの都の物語(ネロポリス)」が上下巻で出て、わが目を疑った。男と女のドロドロとした犯罪物語を書いていた人が斯くも堂々たる歴史小説をものにするとは!まあ、日本で言えば「黒岩重吾」のようなものなのか?ううむ。とりあえずこの作品はページ数の少なさといい、登場人物の少なさといい、プロットが夫と妻に捧げる犯罪であるところといい、極めて不快な読後感といい、絵に描いたようなフランス・ミステリである。こんな話。
医師として成功を手にしたシメイ。今、彼は自動車事故で下半身を傷め、自分の経営する医院の床にいる。回復を約束する同僚医師のペルティエと軽口を叩き、彼と出来ている美人看護婦カロルの白衣の下を想像しながら、無聊を慰めていたシメイは、ふと、これまでの人生を手記にしたためる事を思い立つ。そして彼は、毎夜、献身的な看護をしてくれる妻クリスティーヌとの出会いにまで溯り、愛の手記を綴り始める。自らを「醜女好き」といって憚らない破廉恥にしていびつな性状、醜いが故に守りとおしてきた処女の心と身体をこじ開ける快感、そして、義理の妹に対する歪んだ愛情を吐露し始めた時、手記はおぞましい犯罪の記録へとその姿を変えていく。己の欲望に忠実に、邪魔者たちをある時は巧妙に、ある時は暴力的に退けてきた卑劣漢シメイ。だが、新たな事故により彼の最も大切な命が奪われた時、病んだ心のバランスは狂い始める。闇の中、モノローグは、ダイアローグに割り込まれ、裁きは静かに下る。殺しは時間をかけて、そして最も残酷に。
血風録の最終回で読んだ「影の顔」タイプの話である。身体の自由を奪われた主人公の視点で綴られる今と過去。独占という名の愛。従順の仮面を被った陰謀。そして、残酷な逆転。大向こうを唸らせる仕掛を用意したボアナルに比べるとトリッキーさでは及ばないものの、主人公の唾棄すべき性格と行状の書き込みは凄い。サービス精神旺盛な作者は、幾つもの犯罪を盛り込み、自身を登場させさえする。これぞフランス・ミステリー。ああ、厭だ厭だ。


2001年7月8日(日)

◆少し早起きして前日のレビューをしこしこ書く。なんても収録作の多いアンソロジーである。書いても書いても終わらん。昨日の5長編一挙レビューもきつかったけど、気分的にはそれに匹敵する。途中「アギト」を見て、9時半に漸く完成。「アギト」はやおい系の良い娘たちがとても喜びそうなシークエンスの宝庫であった。今回のエピソードだけで、四コマなら10個は作れるぞよ。
◆奥さんが中華調味料2種を包装から取り出し、流しの壁際に並べていた。ぽつぽつと買い足した調味料や香辛料が相当増えてきたので「通し番号でもついてるの?」と茶々を入れたら「ついてないもーん。私はちゃんと使うもーーん」と一蹴された。
つうこんのいちげき、kashibaは200ポイントのダメージをうけた。
◆「来客がキャンセルになったので、夕飯を食べに来ない?」と奥さんの実家からお誘い。ビール飲み放題、という事だったので、いそいそとお出かけ。したたか飲んでしたたか食らう。毎度ごちそうさまでした。時間を読み間違えて、近所のブックオフチェックはならず。購入本0冊。んでもってWOWOWの無料放送分「新刑事コロンボ」も積録状態のまま。ううう、早く見たいぞお。

◆「警察官よ汝を守れ」Hウエイド(国書刊行会)読了
この日記で国書の全集を扱うのは随分久しぶり。前回はおそらく「国会議事堂の殺人」だったように記憶している。あるものは原書で読んでいたり、あるものは読むのが勿体無かったりして、なかなか手に取る機会の少ない叢書であるが、やはり「ウエイドならこれ!」という幻の名作となると、即、読んでみたくなるものである。なにせ、この作品の原書は、森さんのMurder By the Mailでも人気作で、申込んでも絶対「Sold Out!」だったもんなあ。いやあ、待った、待った。以前、よしださんに連れられて内藤陳会長のお店に呑みに行った際に、貫井徳郎さんが「今度あれの解説やるんで、参考にROM読ませて下さいな」とかおっしゃっていたのが随分昔のような気がする。その解説者の人選でも判るように、これまで訳されたウエイドの3作がいずれも変格系の作品であったのに対し、この作品は真っ正面から古式ゆかしい本格推理小説であった。こんな話。
復讐鬼が20年の刑期を終え釈放される。男の名はアルバート・ハインド。密猟を生業とするハインドに殺人の罪を着せ監獄に送ったのは、今やブロードシャー州警察の本部長にまで上り詰めたスコール大尉であった。そしてハインドは釈放されるや、スコール大尉の前に姿を現し、更には脅迫状を届けてくる。署内の人間関係の縺れから初動捜査に遅れを出しつつも、ハインドの足取りを追いながら本部長の身辺警護を固める州警察。だが、その面目は見事なまでに潰される。なんと、あろうことか最も安全な筈の本部長室で、スコール大尉は射殺されてしまったのだ!州警察始まって以来の大事件に陣頭指揮で駆けずり回る副本部長ヴェニング警視。しかし、彼等の捜索を嘲笑うように、復讐鬼の行方は杳としてしれなかった。やがて副本部長は、残された証拠から一つの仮説に辿りつく。だが、スコットランドヤードから派遣されたプールの登場によって、事件は更に別の貌を露にしてくるのであった。現場検証と仮説、潜入捜査と軋轢、奸智に長けた真犯人と気鋭の青年警部との頭脳戦、復讐の果てに銃口は吼える。
警察署内の殺人という派手な舞台設定、大時代がかった動機、全編に影を落す戦争(第一次世界大戦!)の傷痕、二転三転するプロット、田舎警察と首都警察の葛藤と友情、そして知性と品性を備えた青年名探偵、これぞ黄金期の本格推理小説である。なんとも懐かしい匂いの漂う快作である。これまでの「一風変った英国変格作家」というウエイドの印象を完全に拭い去る作品。作者のレッド・ヘリングと真犯人のレッド・ヘリングが同値であるため、相当に無茶な設定でありながらフェアな印象を受けた。また、プール警部の誠実な人柄が、凄惨な復讐譚の後口の悪さを救っており、物語としての品位を感じさせる。歴史に残る大傑作というほどのものではないが、「良い推理小説」として薦められる作品である。もっと、プールものを訳してくれええ。


2001年7月7日(土)

◆朝4時にのそのそ起きだして、溜りに溜まった感想に着手。書いても書いても終わらん。こんなもん読んでくれる人がいるのだろうか?という疑問に苛まれながら、とりあえず戦う。途中、食器を洗ったり、ゴミを出したり、シャワーを浴びたり、朝食をとったり、「ちゅらさん」を視聴したり、奥さんの買ってきてくれた服を試着したり、昼食をとったりしながら、どうにかこうにか仕上げて昼過ぎにアップ。アップしながら、一気の18メガ分の文章を書いたのかあ、と我ながら呆れる。
◆奥さんと旅行用の水着やら帽子やらを買い出しに行く。お義母さんと合流してあれこれ見立て。自分の分を買って貰ったので、後のお買い物は女性軍に任せて古本屋と新刊本屋をチェック。古本屋で2冊。
d「管理人の猫」ESガードナー(創元推理文庫:改訂初版)40円
d「プレーグコートの殺人」Cディクスン(早川ミステリ文庫:初版)100円
創元推理文庫は「管理人の飼猫」ではなくて「管理人の猫」であるところがミソ。ううむ、こんな題名の時代があったのね。しかも奥付けをみると1960年の改訂初版とあったりする。現在の流通本が小西宏訳なのに対して、これは佐藤信という人の訳である。つまりなんだ少なくともこの作品には、最初の初版と、改訂初版と、改訳初版があるわけですな。ああ、なんと業の深い。一体どこを改訂したのか、ちょっと気になるところではある。ディクスンは所持本が二刷なので入れ替え用。二刷のカバーも依光イラストなんだけど、背表紙の作者名が白抜きになってしまって美観を損ねること夥しい。まあ、この辺りの初版に拘るマニアではないのだが、カーと正史だけは別格なんでございます。はい。
◆千葉駅周辺では最も濃い品揃えのパルコの本屋で、国書の全集から3冊。
「救いの死」Mケネディ(国書刊行会:帯)2400円
「真実の問題」CWグラフトン(国書刊行会:帯)2500円
「警察官よ汝を守れ」Hウェイド(国書刊行会:帯)2400円
ううむ、「猫の手」とか「トレント」とか「箱ちがい」とかも買わなきゃいかんのだが、売ってないよん。なんとか万札を飛ばさずに踏みとどまる。ああ、他にも買わなあかん本が目白押しなんだよなあ。
◆「ウルトラマン・コスモス」第1回を視聴。なんと、序章に当たる部分は7月20日からロードショーの映画版を見ないと判らんシステム。なんだ、なんだ、なんなんだ?怪獣をあっさり退治しないところが斬新といえば斬新だが、どうも展開がもたつく。安手のCGを多用した画面は平板で、ワイヤー・ワークもちゃちい。主人公役の子は大根。まあ、やっているうちに上手くなくのかもしれんが、今のところは学芸会。平成ウルトラマンは、ティガかマニア向け、ダイナが子供向け、ガイアがお姉さん向けだったのだが、コスモスは再びお子様向けですのう。

◆「雪女のキス」井上雅彦編(光文社カッパNV)読了
同じテーマのクラシックと新作をほぼ等分にブレンドして贈る異形コレクション綺賓館の第2集。この趣向自体は決して悪くない。クラシックの拾い方も、古典中の古典(小泉八雲)から、テレビ脚本まで、時代小説も含めて実に気が利いている。新作側の諸作にもよいものがある。だが、このテーマは、あまりにも狭すぎたような気がする。ぽつぽつと時間を掛けて拾い読みしていったのだが、それでも読み終わる頃には「もう、雪女はいいよお」と半泣きになってしまう。基本的に雪女は、白雪・極寒・山小屋の床・結婚・繁殖・破られる約束・祟り・吹雪・女の涙・あの人はいっていってしまった・あの母はいっていってしまった・もう帰らない、などという言葉で言い尽されてしまう事が多いわけで、そのテーマの繰り返しになると如何に一編一編が優れた作品であってもゲップが出てしまうのである。ふう。以下、ミニコメ。
「雪おんな」(小泉八雲)さすが古典の貫禄。断片的に覚えてはいたが、きちんと読み直しても怖くて美しい話である。
「空知川の雪おんな」(坪谷京子)地方民話のバリエーション。こういう仕事をしている人がいる事を知ったのが何よりの収獲。
「妖婆」(岡本綺堂)美しくない雪女。祟る笠地蔵とでも言うべき怪談。しかし、この情景描写の巧みさには舌を巻く。侍たちの白い息遣いまでが伝わってくる逸品。
「雪女」(山田風太郎)絵画奇譚。実に風太郎らしいクロスオーバーなアクロバットを披露した作品。雪女を書きながら斯くも生臭い話になるかな、普通?
「雪女郎」(皆川博子)雪女の子供もの。時間の幅がある話を手際よく色彩感覚溢れる小品に纏め上げた。これが、一編ぽつんとあれば、その着想の妙に唸ったところである。
「雪女臈」(竹田真砂子)芝居の女形を巡る時代コント。主人公の愚かしさににんまりしつつ読み進むと最後にとんでもないオチが来て唖然とさせられた。この評を見て身構えて読んでも、やられると思う。
「雪おんな」(高木彬光)実は高木彬光の時代ものは1作も読んでいない。殆ど持ってもいない。しかしこの捕物帳のシリーズぐらいは読んでおかねばという気にさせられた。見事なオカルト・ミステリではないかいな。
「バスタブの湯」(中井紀夫)雪女というよりは氷女である。有無を言わせずワン・アイデアの強引な展開で引っ張っていく力はあるのだが、爽快感がない。
「コールドルーム」(森真沙子)この話の「砂」バージョンが「世にも奇妙な物語」にございました。淡々と進む怪異の結末は、実は知っていたのです、というパターン。雪女のアンソロジーにある事で、より効果があがる。
「戻ってくる女」(新津きよみ)しつこい女を書かせると上手いねえ、この人は。絶妙のリフレインとエスカレーション。このラスト・シーンはおぞましくも痛い。
「都会の雪女」(吉行淳之介)都市伝説の実験的作品と思わせておいて、というパターンで、キングの「スニーカー」を何十年も前にやっているというのが凄い。まあ、キングとは全く異なった落し方なのだが、この作者は相当に捩じれた知性と感性を持った人ですのう。
「涼しいのがお好き」(久美沙織)このデブの亭主が自分みたいで厭だ。まあ、それはさておくとして、非常にユニークな一編。奥さんのネジの外れ方も凄いけど、この奔放なツイストには唖然。どこが雪女やねん!と思わず突っ込みをいれたくなる。
「冷蔵庫の中で」(矢崎存美)もし冷蔵庫の中に座敷童子がいたら、てな発端なのだが、中味の「怨」のボルテージは相当に高い。死霊・生霊・殺人者入り乱れての凄絶なプロットでありながら、優しくも哀しい透明感が凄い。泣け!
「雪女」(赤川次郎)これはこれは天下の赤川さまともおもえませぬ、そのようなヨコジュンもどきのオチをおっしゃるとは。再読。
「深い窓」(安土萌)情景は派手で文章も達者だけど、話が「それだけかい?!」ものである。
「雪うぶめ」(阿刀田高)傑作。随分昔に読んだ話だが、相当細部に至るまで記憶に残っていた。白と黒と赤の配色がなんとも素晴らしい。このオチが不要なほど、怖い話である。<うぶめ凧>というアイテムを開発しただけでも本作の存在意義はある。
「白雪姫」(井上雅彦)おお!やるではないか井上雅彦。話の組み立てが若干ギクシャクしているが、このボーダレスの発想はお見事。斯くもおぞましい七人の小人像は初めてお目にかかった。でも、雪女じゃないよねえ。ちょっと反則。
「ゆきおんな」(藤川桂介)怪奇大作戦の最終話だそうな。脚本って読みにくいんだよなあ。それに左程気の利いた話とも思えない。
「雪女のできるまで」(菊地秀行)出ました、強腕パロディ!菊地秀行なんでもあり!それにしてもここまで牽強付会、我田引水な事ができるのは唯我独尊の大作家ならではでしょうなあ。
「雪音」(菅浩江)ネットの自然食販売で実績を上げる孤独な女経営者が都会の雪を重たげに見つめる時、髪の長い女は現われる。しんとした雪音に封じ込められた心の軋み。浄化の刻は静謐に溶ける。ややステロタイプながらも純粋故に心を歪ませ、視野狭窄の中であがく主人公の描写が巧み。クライマックスは無音の音を聞かせる魔術師スガヒロエの面目躍如たるものがある。
「雪ン子」(宮部みゆき)あ、また、やられたよ。ホント腹が立つほど上手いねこの人。主人公の最後の独白なんて、名言集に載せたくなっちゃう。
「雪」(加門七海)正統派のゆきおんなを、一風変った視点で語った逸品。語り手のユニークさが光る。視覚効果の美しさが光る。命が光る。この大部のアンソロジーのトリを務めるに相応しい現代作。やんややんや。


2001年7月6日(金)

◆前夜の呑みすぎが祟って朝からボンヤリとした日。でもいいの、今日はボーナス支給日なの。今は一年で一番懐の暖かい時期なの。んでもって今回のボーナスは昨年の業績に基づくものなので、少々アップ。ところが、4月から6月の経営環境はお寒い限りにつき、支給の後に早期退職制度他についての説明会が急遽開催されて「めでたさも中くらいなり」。まあ、明日の事は考えずに今日一日は楽しく生きるのぢゃ。さあ、何買おうかな〜。国書とか新樹社とか随分買ってないんだよなあ。多少懐が暖かくないと、なかなか買う気になれませんわな。ああいう4冊で万札吹っ飛ぶ本って。
◆別宅にタッチ&ゴーしてEQFCの機関誌「クイーンダム」最新号を郵便受けから回収。先週の例会に参加できなかったので、久しぶりに郵送で受け取る。特集は会員による「帝王死す」評の第2回目ほか。私が昨年20周年記念大会で紙芝居させられた犯人当てアメコミが掲載されていて、半年前を思い出す。考えてみれば、ああいう行事に参加しながら、今の奥さんとは付合っていたんだよなあ。
◆ちょっと贅沢して奥さんとシャンパンを1本空けて爆睡。うひい、サイコー。

◆「鏡像のクー」竹本健治(ハルキ文庫)読了
私の記憶が確かならば、今のところ竹本健治の最新作。昨年、作者の最入手困難作であった「クー」がハルキ文庫から復刊されたと思ったら、矢継ぎ早に文庫オリジナルで上梓されたバイオレンス・サイ・SFの第2作。前作から10年以上は経っているよなあ。以前、浦和でよしださんや黒白さんと呑んだ際に、えぐちさんから「ハルキ文庫で将来的に何がキキメになりますかね?」と聞かれ、山田風太郎の5冊とこの作品を挙げたのだが、さていかがなものか?とにかくこの本、カバー絵がとんでもなく煽情的で、ほとんど春画。アンダーヘアなんぞもそれなりに描かれていてこれを剥き出しで電車で読むのには相当勇気が要る。スポーツ紙の下半身ページを車内で広げ読みするオヂの如く、女性から「嫌ポルノ権」とか書いた紙を突きつけられかねないのである。で、看板通り中味も相当にハードコアなのであった。こんな話。
バルナス・シティに貼りついた蛭のような歓楽と退廃の街ブレスト・バレイ。その街のマネー・ルートを手中にするため「救済の科学」から派遣された執行委員アレックスとその配下の暴力のプロたち。なぜかそのチームに抜擢されたブレスト・バレイ出身のチンピラ・シブキは、かつての女イリスを求めて曖昧宿を尋ね地獄へと降りていく。未来のソドムを覆う澱み、宗教を騙る征服欲、支配の公式が闇の演算を開始する。だが、いつしか街はその脆弱さを露にし始める。躍る媚肉、散乱する体液、搾り取られる喜悦、跳ね上がる筋肉、抗争の底でシブキが見た人形たちの上に、光は降る。「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」狐狩りは素敵、人狩りはもっと素敵、そして遥かに危険。今、クー自身の闘いが始まった。
なんとも行方のしれない話である。勿論、文章力はあるし、お約束の展開も巧い。だが、物語の全体像が見えない歯がゆさは如何ともし難い。これを一個の独立した作品とみる事自体が誤りなのかもしれない。特にクライマックスでの作者の一人よがりぶりには辟易とする。なんと申しますか、新ボディガード牙の頃の梶原一騎を見るようで辛うございます。


2001年7月5日(木)

◆「産業界から代議士を出すのぢゃ」と悪の秘密結社・経済団体連合会が後押しして某商社の重役から立候補させられたおぢさんがいて、んでもって「産業人を1万人動員して自民党様にやる気を見せるのぢゃ」と事もあろうに森村誠一が怨嗟を撒き散らした都内某一流ホテルで決起大会を催した。まあ従順な社畜といたしましては唯々諾々と会社の事務連絡(業務連絡だと憲法違反なんだよな)に従って会場であるホテルに向う。前の会議がずれ込んで出発が18時。決起大会の開始時間である。上司とともに「んじゃ、タクシーで行きますかあ」と飛び乗ったまではよかった。まあ通常であれば、10分程度で着く距離である。ところが、これがあなた途中からぴくりとも動かなくなるわけで。ホテルの前までくると渋滞は更に酷い状況。とうとう、終了時間の18時45分を迎えてしまう。続々とホテル方面から吐き出されてくる人々の中には同じ職場の人間の姿もちらほら。うげげ。運転手さんも恐縮する事しきり「何年もやっているが、こんなのは初めてですよう」と漏らす。ようよう辿り着き、とりあえず、撤収の始まっている会場に出席票を置き責任を果たし、うちわを貰って帰途につく。後から聞くと、水一杯でない文字通りの決起大会だったんだそうな。ううむ、おそるべし悪の秘密結社・KDR!恐怖の首都圏麻痺作戦は大成功に終わった。果して元商社重役たけしは代議士に変身できるのか?次回、企業戦士コンドム「審判の日」。<こんどのせんきょはこんどーです。>って、じゃかましわい!!購入本0冊
◆飲酒解禁日。奥さんと発泡酒1りっとる、ワイン1本を空ける。ああ、酒は美味い。

◆「壷中の天国」倉知淳(角川書店)読了
第一回本格ミステリ大賞受賞作。「書かずの倉知」と異名を取る(?)新本格界の猫丸先輩、たまーに長編を出したと思ったら、あっさりあぶらげを攫っていった。やるなあ。なにせデフォルトで「あの倉知淳がなんと1050枚の大長編を出した」というサープライズがオンされるんだから得だよねえ。徳なのかあ?さすがに新作の話題作だけあって、ネット上のそこかしこにレビューや感想が上がっており、今更なのではあるが、結婚するまでは現役の「おたく」だった人間としてはやはりきちんとした感想を述べておきたい。で、この作品、様々な形の「おたく」が描かれており、確かにそれなりにツボは押えているのだが、どことなく「調べて書きました」という印象が付き纏うのだ。栗本薫が「ぼくら」シリーズの第2作でお耽美コミケ界を活写した際に放った匂い立つような真実味に欠けるのである。栗本薫は自らが「おジュネ」だが、この作者は全然「おたく」ではない。加えて「電波」でもない。電波描写では牧野修の足元にも及ばない。では、この作品のどこがいいのか?それは世紀末の日本を舞台に、時代性に富んだ「九尾の猫」を甦らせたところなのであろう。こんな話。
未婚の母歴10年の牧村知子は県庁勤めの父・嘉臣、生意気盛りの娘・実歩との3人暮らし。彼女たちが暮す故郷・稲岡市は日本のどこにでもありそうな中規模都市。電力会社の送電線用鉄塔が建つために住民運動が盛り上がっている以外、さしたる事件もないこの町が日本中の注目を集める事となる。それは「電波連続殺人事件」。一人目は占い好きの女子高生、二人目は過食症の家事手伝い、と脈絡もなく殺害される被害者たち。そして、その犯行を告白する「電波文書」が街角に置かれた時、人々は恐怖に慄く。飛び交う中傷、侵された脳、壷の中の天にやおいは集い、モデラーは犠牲者にインスパイアされる。果して無関係な被害者たちを繋ぐミッシング・リンクとは?ひょんな事から事件の詳細を知る立場にたった知子は、突然の名探偵に出会い絶句する。
大日本趣味人マニアック博覧会へようこそ。丁寧に書き込まれたシリアル・キラーものであると同時に見事な本格推理でもある作品。思わず再読して、作者の伏線を確認してしまった。その手掛りは実にあからさまに読者に呈示されており、唐突なクライマックスに呆然とさせられる。「星降り山荘」で正攻法のフーダニットを極めた作者が今度はミッシング・リンクで堂々の横綱相撲。この爽やかな読後感は何?今回も倉知淳の勝ち。


2001年7月4日(水)

◆ちょっとブックオフする。なあんにもない。
「異端の神話」山村正夫(出版芸術社)100円
◆昨日から二日続けて休肝日!我ながら感心してしまう。昨日の休肝日も1年半ぶりの話であったが(>ヲイ)暑いといっては呑み、寒いと言っては呑み、ちょうどいい気候だあと言っては呑み、何もする事がないから暇つぶしに呑んできたこの私がああ。今日なんぞは、隣のビルの屋上にある電光掲示温度計が「39℃」という信じられない数字を指し示していたんだから、通常であれば「かああ、ビールが美味めえええ!!!」と普段の倍はいっちゃうところだもんなあ。少し自分を褒めてやりたい気分であーる。ま、明日は解禁しますけどね。
◆奥さんに付合って、7月新番組「MARIA」第1話を視聴。浅野温子が主演だが、4人姉妹がそれぞれに医療関係者というのはいかにも作り物。とりあえず、「人情派でやたら腕のいい町医者」という設定は無敵モードなのでお涙頂戴のネタには事欠かないであろう。おまけに、突然現われた5人目の腹違いの妹(モー娘。の後藤)は白血病!である。うっひゃああ、王道行っとるよなあ。裏番組の桃井かおり主演のエステ版「王様のレストラン」というか「お前の諭吉が泣いている」というか、もエアチェックしたので、明日でも見ましょうか。

◆「そして殺人の幕が上がる」Jデンティンガー(創元推理文庫)読了
創元のピンク背の古いところから1冊。ついこの間出たばかりと思っていたら既に10年前の出版ではないかいな。英米ミステリでは演劇モノというのは一つのジャンルを形成しており、テレビのミステリシリーズなどでは1クールに1作は舞台ものがあるといっても過言ではない。いや、過言かなあ。まあ、これは英米ものなればこそサマになるのであって、そういう文化のない日本人が猿真似をすると「狂人館の惨劇」の如き噴飯モノが生まれる事にもなる。閑話休題、作者のデンティンガー、女優業転じてミステリ作家というと、ナイオ・マーシュあたりを彷彿としてしまうが、そこは時代も国も違うので、この作品の主人公である女優探偵ジョスリン・オルークは相当にアメリカの「今」を呑み込んだキャラクターである。修道院出身でありながら、とことん軽い貞操観念やマリファナへの抵抗感のなさ、そして世間の荒波を渡っていくタフネスぶり。いまどきのアメリカ女性ですのう。まあ、それが作者を写しているとまでは申しませんが。オルーク・シリーズは日本では3作のみの紹介だが、本国では6作目までが上梓されている模様。第1作をエラリー・クイーンミステリー風に言うと、こんな話。
「この傲慢な女優が殺される。犯人は誰か?
教え子だった男優か?『まるでユダになったような気分だ』
神経衰弱の演出家か?『そこまでいうことは、、』
有能な新進脚本家か?『そう!問題はそこだ』
苦労人の舞台監督か?『きみは立派に戦った。やるべきことをやったんだ』
同性愛の美術監督か?『見出しは《『開廷期間』無罪放免》』
老性格俳優か?『さて、どこから始めよう?』
被害者の二番目の夫か?『《勇気さえ締め直せば、しくじる筈がない》』
それとも他の誰かか?『ジョスリン!具合はどう?』
ジョスリン・オルークと推理しよう!」
演劇界の鼻つまみ者、親の七光りと夫の財力で主演女優に君臨するハリエット・ウエルダンが、ブロードウエイでの初日を前に殺害される。彼女の臨時代役で、地方公演でも見事な舞台を勤めたジョシュ・オルークは、第一容疑者と目される。だが、被害者には余りも敵が多かった。果してジョシュは、自らの容疑を晴らし真犯人を指摘する事ができるのか?
いやあ、実に端整なフーダニット。絢爛たる容疑者の群に挑む女優探偵とハンサム刑事。このまんま、テレフューチャーできる完成度の高さに拍手喝采。手掛りは堂々と呈示され、伏線も巧み、クライマックスは「皆を集めて『さて』といい」だし、加えて、最も不自然に感じていた事が、ラストに至って明解に説明され完全脱帽。フーダニットはこう書くのですよ、という見本のような作品。なるほど、俳優探偵はチャールズ・パリスだけじゃねえぞ。
ところで、この本の宮脇解説に、デンティンガーが「Murder Ink」の経営者のように表記されているんだけど、これってホント?参考図書をすべて別宅においている身の上としては気になるところなんだけど。


2001年7月3日(火)

◆朝5時起きで政治家の朝食会なんぞに陪席する。金集めのために大人数朝食会は何度か経験があったものの、限られた人数の朝食会は初体験。久々に本気でメモをとる。んでもって、感想。ううむ、政治家の身長って低い。ホテルの朝食って高い。
◆マンガの日。帰り道で「ギャラリー・フェイク」の最新刊が出ていたので、買いそびれていた3巻分纏めて買う。ついでに、いしいひさいち「ののちゃん」10巻、「となりのののちゃん」、和田慎二「Lady Midnight」などを発作買い。新刊道まっしぐらである。
◆散髪して帰宅。えらく丁寧にやってもらったために、通勤快速を逃す。むはっ。
◆川口文庫のカタログ到着。珍しい本がなくなったので、今回で終わりだそうな。いやあ、私が参戦したのは後になってからだったけど、ここ以外では手に入りそうもない貴重な蔵書を相場の1/3ぐらいの価格で大量にお譲り頂け感謝の念にたえません。短い間でしたがありがとうございました。しかし、さすがに買うもんがないなあ。

◆「黒い国から来た女」Rスターク(ポケミス)読了
俳優強盗グローフィールド・シリーズ第3作。ここまで来て、やっとなんとなくこのシリーズで作者のやりたかった事が見えてきた気がする。要は、俳優が様々な役柄を演じるが如く、芸達者なスターク(=ウエストレイク)がいろいろなミステリの「型」を演じさせてみせたといったところであろう。1作目のドタバタ・ミステリ、2作目の本格推理と来て、3作目の本作はなんと「冒険スパイ」ものである。最初はなんとなくグローフィールドも居心地悪そうな感じで、喩えていえば「俺の名はアラン・グロフィールド。ご存知悪党パーカーのダチだ。世界中の警察が俺タチに血眼。ところがこれが捕まらないんだなあ。ま、自分で云うのはなんだけど、狙った獲物は必ず奪う変幻自在の俳優強盗、それがこの俺、アラン・グローフィールドだ。実行不可能な指令を受け頭脳と体力の限りを尽くしてこれを遂行するプロフェッショナルの物語である。」てな感じなのだが、中盤を過ぎた頃からすっかり冷酷非情の殺しのライセンスになっていくんだよね。こんな話。
雇った運転手がパニックに陥り、パーカーと組んだ現金輸送車強奪事件で逃げ損なったグローフィールド。哀れ囚われの鳥となるところ、情報機関の局員から怪しげな取引を持ち掛けられる。カナダのケベックに、発展途上国の独裁者たちがお忍びで集結してくる。連中の狙いを探りだせれば無罪放免。当局は一切関知しない。野蛮なる首脳たち中に「嘘つき娘」や「悩める処女」事件で見知った顔があるというのがグローフィールドがスカウトされた理由。否も応もなく、危険を承知でスパイの使い走りを引き受ける俳優強盗であったが、ケベックで彼を待ち受けていたのは、黒い国から来た美女。身元バレバレで諜報戦の真っ只中に投げ込まれた俳優強盗を雪と氷の罠が襲う。誘拐と潜入、謀殺と逆襲、果して黒い独裁者たちの黒い狙いとは?謀略のプロたちに対してグローフィールドが仕掛けた命懸けの奇手が炸裂する。
スピーディーな展開のクライム・ノベル。第三世界を巻き込んだ謀略をカリカチュアライズした1969年作品。既にテレビでは旬を過ぎていた軽スパイものの雰囲気を伝える快作。これで俳優強盗シリーズ4作をすべて読了した事になるが、個人的にはこの作品がベスト。なんといっても、錯綜した状況を一瞬にして捌く主人公の軽やかさがナイス。この結末には思わずあっけにとられた。人によっては大爆笑するかもしれない。ささ、同じ発端のパーカー版「殺人遊園地」も読まなきゃね。


2001年7月2日(月)

◆朝から検診。「三ヶ月後に3キロ痩せてなければ薬だ!」と医者から脅されていたが、バランスのとれた食事の甲斐あって、この三ヶ月で5キロ減。大威張りで保健センターへ行く。ところが!確かに体重は順調に減っていたものの、肝心の血圧が下がらん!!日頃、会社の健康管理室で計っている分には、それなりに快調だったのが嘘のような結果。打ちひしがれているところへ、血液検査の結果「中性脂肪ありすぎ〜、につきアルコールを控えるように」と責められる。ううう、検査前の1週間に2回も前後不覚になる飲み会をやるもんじゃないよなあ。ぶちぶち。
◆保健センターからの帰り道、なげやりに1冊拾う。
d「沈黙の声」Tリーミー(ちくま文庫)100円
サンリオならそれなりに嬉しさもあるけどなあ。惰性でダブリ本買ってちゃいかんよなあ。郵便局が目についたので、鞄に突っ込みっぱなしだった創元推理文庫刊「八十日間世界一周」ニナ・リッチ・バージョンを鎌倉の御前に発送。ふう、やっと肩の荷が下りた。
◆ようやく本屋に寄る。
「SFマガジン 2001年8月号」(早川書房)890円
「ミステリマガジン 2001年8月号」(早川書房)840円
「ミステリマガジン 2001年8月増刊号」(早川書房)780円
うわあ、びっくりした。ミステリマガジンの増刊号ではありませんかあ。ううむ、凄いものを見てしまった。Japanese Mystery Writer以来だよなあ。弟分のSFマガジンに通番の差を詰められる一方だったHMMが久々にやってくれたなあ。装丁もみるからに「のわーる」って感じでナイスである。まあ、中味に左程興味あるわけじゃないんだけどね。考えるにですなあ、ここは一番、本誌の方をノワールにして、幻想と怪奇を増刊にすれば、SF畑の人や、幻想畑の人が増刊を買って商売的には「うはうは」なのではなかろうか?どうせ、HMM本誌の読者は、背番号さえはいっていれば買う人が80%(当社推計)なんだろうし。と、思ったら、しっかりSFMの編集後記で「今月のHMMは幻想と怪奇特集なので、買ってね」と宣伝しているじゃない。やりい。

◆「マーク・トウェイン殺人事件」ローレンス・ヤップ(晶文社:図書館貸出本)読了
「○○ Murder Case」と銘打たれた作品では、○○に当たる部分が被害者の名(例、ベンスン)や現場の地名(例、遠野、伊豆七島)、あるいは作品のテーマ(例、カブト虫、義眼)てな場合が殆どだがタマに犯人の名前であったり(例、僧正)、探偵の名前だったり(例、グレーシー・アレン、浅見光彦)する場合がある。中では最も納得いくのが被害者の名前パターンで、逆に納得いかないのが探偵の名前パターンだが、この作品は後者のパターン。若き日のマーク・トゥエインが探偵を務める歴史冒険推理である。正直なところ以前からこういう題名の作品があることだけは知っていたものの「どうせ、キワモノだろう」と思い、熱心に探求してはこなかった。ところが先日図書館で「まあ、他に開架で借りるものもないしなあ」とついで借りしたところ、これが大当たり。なんとも瑞々しい少年歴史推理の快作であった。アメリカ文学が好きな人必読!少年文学の好きな人必読!面白い読物が好きな人必読!!こんな話。
時は1864年、南北戦争がまだ続いていた時代、所は自由州となったカリフォルニア州サンフランシスコ。そして僕はドゥアティ、自称ベイウォーター殿下。貴族の血を引く(少なくとも僕はそう信じている)優しい母さんが亡くなってから、穀潰しの父親の元を離れ、港を根城に気侭にしたたかに生きている健気な少年だ。文句あるかい?物語はその穀潰しの父親ジョニーが殺されたところから始まる。僕の親父(と言っていた穀潰し)は北軍の兵士見習いに潜り込んでいたんだけれど、脱走したもう一人の兵士見習いビリーを追っているうちに逆襲されておっちんじまったんだという。嘘だろ?ビリーは馬鹿がつくお人好しだけど、人殺しを出来る男じゃない。僕は、現場で拾った見慣れぬコインをお守りに、でっち上げ記事で悪名高いマーク・トウェイン記者と一緒に、事件を追いかける羽目になる。発見と逃亡、冷酷な指令、消える死体、そして狙われるM。小さな殺人はこの国の根幹を揺さぶる大事件に発展して、そしてどっかーん。うう、マーク・トウェインから借金を取りたてるまでは死ねないんだってばあ。
誇りと正義の勝利を描いた傑作。マーク・トウェインのダメ記者ぶりが笑いを誘い、誇り高き浮浪児との友情にココロが震える。話の運びは実に軽快で、読者を古き良きアメリカの街に遊ばせる。南北戦争という背景がストーリーと密接に絡まり、骨太のプロットと魅力あるキャラクターたちが快心の大団円を約束してくれる。主人公の少年の利発な自由人ぶりは、ハック・フィンとトム・ソーヤーを一人の器に盛り込んだ贅沢さ。本末転倒な話ではあるが、無性にトウェインを再読したくなる作品である。この作者只者ではない。さあ、次も借りるぞおお!


2001年7月1日(日)

◆お酒を呑んだ翌朝は早目に目覚める。6時に起床し、窓から覗く光の下でぼんやりと本日分の読書をこなす。うう、朝っぱらから読む本じゃないよなあ。アギトを録画しながら昨日の日記を上げて、コンビニに買い出し、お布団を乾してブランチ。奥さんと旅行の算段を練る。録画しておいたTVチャンピオンの先週分「マヨネーズ王選手権」を視聴。思わず食欲を失うマヨネーズの嵐に絶句しつつも爆笑の連続。いつもながら「世の中には凄い人がいるものだ」と感嘆。夕食は、旅行の予行演習だあ、と近所のメキシコ料理屋で散財。ううむ、なんだか凄く流行ってなさそうで辛いぞお。お味は結構でございましたけどね。
◆外食ついでに古本屋を2軒チェック。余りの安さにジャンル外なんぞを拾う。
d「大いなる幻影」戸川昌子(講談社:初版)150円
「女難剣豪伝」岡本薫(妙義出版)30円
「若さま侍仁侠剣」城昌幸(桃源社)30円
「鶏太ざんげ録」源氏鶏太(要書房・カバー)50円
うーん、いつもながらこのお店は安いなあ。「大いなる幻影」なんて、自分で<初版>と書いておきながら付けてる値段が150円だもんなあ。一応、乱歩賞のカバー付き初版なんだからさあ、もう一声いってもバチは当たらないと思うぞ。岡本薫という人の歴史艶笑譚集と源氏鶏太のエッセイ集は物珍しさだけで買う。こういう本は、その道の収集家にお譲りしたい本である。源氏鶏太が昭和28年、岡本薫が昭和31年の本。どなたかお入用の方いらっしゃいませんかあ?

◆「ブラッド」倉阪鬼一郎(集英社:図書館貸出本)読了
さすがにブックオフでも100均落ちはしていないので、図書館で借りてしまった昨年度の書き下ろし長編。倉阪節炸裂のノン・ストップ・スプラッタ・ホラーである。私がこれまでに読んだ倉阪作品の中では、最も「友成純一指数」が高い作品である。倉阪作品の多くには、詞へのこだわりがあり、時々思わぬ大仕掛に出会い唖然とする事がある。だが、この作品では、作者はあえてそのモノマニアックにして破天荒なまでの詞へのこだわりを自ら放棄する。この書が扱うのは「律義なる狂った論理」ではなく、文字通りの「狂気の氾濫」である。多少なりとも登場人物に感情移入しながら本を読む人にとって、この本は「猛毒」であるといっても過言ではあるまい。展開を楽しむ話なので、梗概の紹介は野暮というものだが、まあ、こんな話。
箱庭大の幸福は、突然の狂気によって蹂躪される。眼に突き立てられたフォーク。迸る鮮血、悲鳴と怒号、マニュアルの向こうでウエイトレスは歌う。そして伝染する狂気。歓楽の街の空に白い影が舞うたびに、探索者たちは歪んだ闇に呑み込まれていく。汚染される意思、奪われる鼓動、暴発する兇器、疾駆する淫欲。脳内のリフレインは、犠牲者を殺戮者へと変貌させ、死は拡大再生産される。果つる事なき禁忌の連鎖、純粋培養された「悪」の封印は天変とともに破られ、地異が全てを覆う。その書を求める勿れ、その書を開く勿れ、その書を読む勿れ。
それぞれに主役を張れそうなキャラクターたちが入れ替わり立ち代わり現われては消えていく贅沢な浪費小説。メインプロットはしっかりしており、安心して読めるが、少女の「d」は果して必要だったのか?とまれエピローグでのカタストロフ風景はエントロピーも生理的嫌悪感も極大である。ああ、厭だ厭だ。厭だけど面白い。面白いけど厭だ。