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2001年6月20日(水)

◆結婚祝いをしてあげる、というので赤坂のホルモン屋で痛飲。うう、どうやって帰ったのか記憶が定かでない。
◆ミステリマニアにとって、バウチャーといえば、アンソニー・バウチャーである。英米のミステリ・コンベンションで一番老舗のコンベンションがバウチャー・コンである。これまでにHHホームズ名義を含めて四長編が訳出されているが、「シャーロック・ホームズ殺人事件」以外は絶版。中でも「ゴルゴダの七」は、戦後翻訳ミステリ入手困難本の二十傑入りする作品ではなかろうか?まあ、作品の内容は言わぬが花で、作家バウチャーよりも評論家バウチャーとして有名な人ではある。
んでもって、最近、やたらとこのバウチャーという言葉を目にするのである。曰く、教育バウチャー、ITバウチャー、なんだか可笑しい。ううむ、こりゃあ<心の指数>とかで「EQ」という言葉が巷に溢れた頃を彷彿といたしますわい。
で、バウチャーって普通名詞では、どういう意味かと言えば、綴りは「Voucher」。本来ならば「ヴァウチャー」とでも表記すべき話である。もともとは<保証人>が転じて「受領証」、いまでは「商品券」、まあ国や公共団体が支給するバウチャーというのは「切符」とでも云えば一番ぴったりくるような気がする。何故に、判りやすい表現をせずに正しい綴りも意に介さず外来語を使いたがるのかね、まったく。昨今の日本の用法では、「役務の提供を約する引換券」いった印象であることから、誰にも分りやすいように説明する比喩としては、父の日におとうさんが貰う「肩叩き券」のようなものである、というのはどうだろう。と、それに思い至った時、連想の環が閉じた。そう!リストラで、お父さんが「これで、ITの基礎教養をつけて雇用流動性の担い手となるのだよ。転進ライフアップ・プランなのだよ」と頂く「肩叩き券」ともいえるんだよな、うんうん。いやまあ、そんだけの話である。珍しく時事ネタなのである。

◆「二つの顔の女」源氏鶏太(桃源社:図書館貸出本)読了
なんと、「怨と艶」を丸ごと呑み込み、もう1冊分の短篇を備えた超御得用の作品集。というわけなので「怨と艶」収録分についてのコメントは昨日分をご覧下され。これが、半年でも間があいていれば、「どっかで読んだ話だよなあ」とぶつぶつ言いながら再読する羽目に陥ったかもしれないが、さすがに前日読んだ話は覚えているよなあ。以下、ミニコメ。
「喪服」薄幸の社長夫人が淫らな指戯に堕ちる時、生霊は翔ぶ。肥大した傲慢が張り詰めた糸を裂く時、復讐装置の釦は押される。喪服に包まれた恐怖が、喧騒を凍らせていくラストシーンが実に鮮烈である。いやあ、怖い。
「夜の墓場」老婆から、死んだ息子の代わりに息子の婚約者と契ることを懇願された青年。据膳の祟りは唐突に訪れる。剣呑剣呑。実に古典的展開の正統派怪談。
「鏡の向こう側」地下3階の書庫で急死した先輩社員の幽霊から頼まれ事をした男。一度は成功しかかった企みが破綻した時、男に告げられた真実は、また霧の中。奔放なプロットに翻弄される一編。いやあ、地下書庫は怖い。
「金曜日の夜」自分のサラリーマン人生を奪った男が生きている?その男の妻と関係を持ってしまった今、果して自分は如何に処すべきか?運命の金曜日の夜、帰るべき魂は、自宅の扉を叩く。怨念の連鎖が痛い。しかし、こんな事を命じる上司も上司だ。
「夢の中の顔」運の悪さは祖先の悪行ゆえ。おぞましい老婆の妄執に絡め取られていく男がただ哀れな小品。 「棚の上のボトル」男を弄ぶ女、女を弄ぶ男。弄ばれた者たちの怨みがボトルの中から睨む時、復讐は成就される。源氏鶏太らしい勧善懲悪怪談。
「愛と憎しみの海」母と姉を弄び利用し尽した男。残された妹は、死者の愛憎に操られ男に組み敷かれる。エロチックな幽霊譚。ラストに主人公の見る幻想の卑猥さは絶品。
「鬼燈色の窓の燈」死んだ社長が妄執を燃やした19階の社長室。そこに鬼灯色の灯りが点る時、死者たちの人事会議が始まる。冥界への赴任を命じられるのは誰?これも源氏鶏太らしい会社怪談。いいねえ。
「電話の中の部屋」怖い妻が死んだ。だが、その怨念は男の恋人を許しはしない。どこまでも追い続ける妄執。そしてこの世から消される一人の女。荒唐無稽だが、恐妻ぶりが印象に残る話。
「やさしいOL」出社した自分を誰も気づいてくれない。やさしいOLの罠に嵌められた男たちの怨み歌。どことなくユーモラスな怪談である。まあ、女は怖い、ってことで。


2001年6月19日(火)

◆ネットのあちこちで「ジャーロ」の新刊が出たという情報を目にしたので昼休みに会社傍の新刊書店へゴウ。今や再び「買うだけ」状態に陥っている「ジャーロ」第4号と、その横に同じぐらいの幅をとって偉そうな顔をしていた学研の新刊雑誌「伝奇M」第1号を購入。雑誌2冊で3100円。うわあ、新刊は高いなあ。折角なのでジャーロをポツポツと拾い読み。素直に驚いたのは海外作家インタビューでヘンリー・スレッサーが登場していた事。「ええっ?まだ、生きておられたのですか?先生!?」という感じ。なんとなくヒッチコック劇場や、ポケミス500〜800番台の印象が強くて、颯爽たる現役ぶりが信じられない。よっぽど若くして、ヒッチコック劇場の仕事をやっていたって事なんでしょうねえ。ネット・デテクティヴは森さんの古本仲間・野村さんの高名なるアンソロジーサイトの紹介。なるほど順当といえばこれほど順当な紹介もない。さあ次回はどこかな〜。「本棚の中の頭蓋骨」あたりでしょうか?(勝手に予想する奴)
◆出先で「感謝の集い」に参加した足で帰宅。途中、リサイクル系を一件だけ駆足チェック。
「ザ・マン(上・下)」アーヴィング・ウォーレス(早川NV)計200円
「バッジ373」マイク・ルート(早川NV)100円
「東京の姉妹」園田てる子(春陽文庫)100円
早川ノベルズの3冊はともかく、春陽文庫は全くのジャンル外。どうみても普通の小説である。100円だったのと、表紙がちょっと美人画だったので、とりあえず押える。誰か要る人、いらっしゃいますう?

◆「怨と艶」源氏鶏太(講談社:図書館貸出本)読了
源氏鶏太読書継続中。さすがに初期作は中味が濃くて、バリエーションにも富んでおり、読んで面白い。逆にいえば源氏鶏太ほどの大作家でも、枯れる時は枯れるということなのか、と納得してみたり。明朗サラリーマン小説が飽きられてしまうという危機感から開拓した新境地、幽冥小説。しかし、そのジャンルでもマンネリに陥った時、源氏鶏太の作家人生も終わったという事なのでしょうね。以下、ミニコメ。
「瓶の中の男」捨てた女の妄執から逃げる男。静かに彼を追いつめる死の使いたち。最後に避難した場所は琥珀色の海。強引な展開ながら印象的な幻想譚。題名のまんまなんだけどさあ。
「みだらな蝶」若かりし頃にすれ違った魂が半世紀を越えて邂逅する。肉の余韻が夜の蝶の羽ばたきに溶ける時、男は戦慄する。老いらくの恋を淡々と語りながら女の情念を余すところなく描いた快作。
「お待ちしていました」逃げる男、追う女。現世に生きる者には、死者の罠は絶対である。執行猶予は終わった。出口なし。因果応報ものながら、男としてはやりきれない話。
「二つの顔の女」恋人を虚空から見つめる目。愛する者を狂気の淵に追い込む影の正体とは?手垢のついた呪いの器物ものなのだが、書き方次第では小説たりうることを証明した作品。
「鎮魂の川」付合った男が必ず不幸な死を遂げる運命に縛られた娘。その因縁は遥か彼女の出生にまで溯る。長い分、プロットの整理がやや悪いが、後を引く話である。
「怨と艶」本妻と2号の陰陰滅滅たる駆け引きを描いた怪作。純然たる幽霊ものでないことが逆に読む者に戦慄を与える作品。さすがは表題作。これは傑作である。
「社長夫人になった女」自分の掌中にあった淫らな小鳥が、男食いの本性を露にして行く。その果てに待つ幽鬼と生霊の闘い。男は幽冥の狭間で哄笑を聞く。これも題名からは想像もつかない怖い話。
「黒いゴルフボール」過去に葬った筈の忌まわしい事故死の記憶。だが、怨霊は密かに待つ。時を越え、草叢に横たわる。正統派の現代怪談。戦争の爪跡が原体験であった世代ならでは作品であろう。



2001年6月18日(月)

◆仕事でやれやれな一幕。行きがかり上、憎まれ役を押し付けられる。ううむ、なんだか、後期源氏鶏太的な役回りだなあ。どうか、誰も化けてきませんように。それにしても文化の違いというのは如何ともし難いものがありますのう。ぶう。
◆ビデオテープの買い置きが切れていたので、買い込みダッシュで帰り21時からのシドニー・シェルダン原作映画を予約する。だって、かみさんから頼まれたんだもんねえ。いつもは、私の積録ぶりをみて「一体いつ見るの?」と呆れているかみさんも今日は公認である。むっふっふ。
◆川口文庫に払い込み。以前は、どうということない散財であったけど、今後はなかなかこれだけの買い物は出来なくなるよなあ。まあ、たまたま雑誌のめぼしいところが終わってくれたので一安心といったところかな。んでもって、帰宅すると、その川口文庫から「古本サイト運営者のkashibaさんを見込んで」とのご依頼。ううむ、なぜに私なのでせう?と不思議に感じつつも、そこは普段お世話になっている手前、ごそごそと作業して、電子メールを一発発送。その夜のうちにケリがつく。事の顛末はいずれ無謀松さんの日記で紹介があるでしょう。自分のサイトを始めていろんな経験をしたけれども、こういうのは初めてだよなあ。

◆「鬼−幽冥小説」源氏鶏太(実業之日本社)読了
ガンガン読んでおります、源氏鶏太。とっととミニコメいきます。
「鬼」閑職に追い遣られた時代おくれの鬼課長が、妄執と命を引き換えにした時、殺意と怨念は社屋の翳に結晶する。ある新人社員の見た奇妙な友情と恐怖の物語。自作の焼き直しだが、新人社員と鬼課長との葛藤がよい。
「落ちる」会社の屋上から転落死した課長の号泣が課員たちの脳内に染み渡る時、犯人は現場に戻り、冥界の裁きが下る。ミステリ的な興味もくすぐるが、結局の所、ただの因果応報モノである。泣き声が頭の中に響くというのは相当に生理的嫌悪感が募るが、評価できるのはその点ぐらい。
「摩訶不思議の終焉」かつて婚約時代に別れた女が、妻と偽り、男に様々な干渉を試みる。一途なまでの恋情、狂おしい愛の暴走。堪りかねた男が辿り着いた驚愕の終焉とは?愛に狂う女の描写が圧巻。厭感もあるが、ここまで惚れられればそれはそれで羨ましいものがある。
「赤いライター」赤いライターに火がともるたび、親娘三代に亘る闇の儀式は繰り返される。映像美が光る怪屋譚。本作品集のベスト。サラリーマンものでないところが新鮮である。
「まだ間に合う」急死した友人に奪われた愛人との出会いは、新たなる恐怖への入り口へと男を誘う。すぐそこにある冥界。今ならひきかえせる、まだ間に合う。語り口は巧いが、キャラの整理が悪く、締まらない印象。
「靴音を聞いた」寺に向う道すがらで聞いた靴音。男は中有の闇を行く者に手を貸す事となる。女の怨念が、下司の肺腑を抉る。プロットは初期作の同工異曲ではあるが、巧くふくらませている。
「美談と醜聞の間に」自分を裏切った友人の妻、そしてその娘。呼覚まされた恋情は美しくも卑劣な罠に落ちる。非怪奇もの。一体、いつになったら、幽霊ものになるのかと思っていたら、最後まで普通小説であった。ああ、びっくりしたあ。
「紐」戦前の登別、禁断の社内恋愛故に炭坑の街に左遷された男、その男を慕う女。傲慢な思いやりは、人生に勝利をもたらすのか?定年の日に見たサラリーマンの幻視、それとも真実。実に骨太な佳作。戦前の炭坑街の描写だけでも一読に値する。不要にキャラが多いのが減点材料だが、読ませる一編。


2001年6月17日(日)

◆3日分の日記をアップして、二度寝していたかみさんの起床とともに、昨日の溝口壮行会レポートをネットサーフ。なんでも、安田ママさん@銀河通信は、最初このサイトに入った時に思わず引いてしまい逃げ出したのだそうな「だって、黒バックに黄文字だよお。まあ、うちもバックは黒だけどさあ」ですと。んで、なんでこんな事を書いているかと云うと、うちのかみさんが銀河通信さんの背景を見て「安田ママさんのところは星空だから綺麗〜」と申しておったのでありました。へいへい、星空でもないのに黒バックで悪うございましたね。
◆夕方から、かみさんの御両親を招いてのすき焼きパーティー。鍋奉行は私。ビール呑む呑む。ワイン空ける空ける。景気よく呑んで食った一日でありました。一応すき焼きだけではなんなので酒肴を二品準備するが、一勝一敗。簡単な方が成功して、手の込んだ方で失敗してしまった。ありがちなパターンだよなあ。
◆就寝前に安田ママさんのところの「解説ベスト3!」に駆け込み投票。1位、2位はあっさり決まったのだが3位が思いつかず苦労する。結果、1,2位とは毛色の異なる人をエントリー。私の中では結構妥当性があるラインナップになったような気がする。とりあえず、銀河通信さんでの発表をお楽しみに。あ、それから昨日の日記の「ハイ・エイシェント」は「高位古代魔法」の意味で使ってました。>ママさん、ダイジマン

◆「振り向いた女」源氏鶏太(講談社:図書館貸出本)読了
千葉私立中央図書館の検索で、わんさとヒットした源氏鶏太幽霊小説集のひとつ。古本屋では未だに縁がない本だが、あるところにはあるものである。考えてみれば源氏鶏太が怪奇小説を書いていたなどという事もネットを始めなければ一生知らずに過ごしてしまったであろう。このリーダビリティの高さと小説としてのクォリティーの確かさに出会う事なく、阿刀田高あたりを読んでサラリーマン怪奇小説を理解した気になっていては、見識が疑われるところであった。今更ながら、このジャンルに目を向けさせてくれた、土田館長に感謝の意を表する次第。この作品集は源氏鶏太の作品集の中でも最後期に属するもので、1982年の出版。既に私が社会人になっていた時分であった事に驚く。まあ、その頃はさすがに、初期源氏鶏太の主人公のようなやる気に燃えていたよなあ。でも、今はこの物語の登場人物たちの年頃の方が近いかもしれない。いや、これはもう厳然と近いのである。むむむ。うらめしやあ。以下、ミニコメ。
「振り向いた女」男に裏切られ自殺した女が、恨みの火種に惹かれ現世で振り向く時、私は夢の中の司法官となる。シンプルな筋立てで、登場人物たちもステロタイプ。源氏鶏太にしては凡作の部類。
「死者の見た夢」墓場から甦った記憶は、あるべき未来の記憶。それとも死者の幻視。嵌められた男が己の存在を幽冥の中で見失う。SFならば「並行宇宙」という一言で説明しきるかもしれないが、不思議なインパクトのあるリドル・ストーリー。
「幽霊の出る酒場」誰かに思い出してもらいたい魂の彷徨。過去の強い思いが磁力のようにさ迷う心たちを招く。目新しい展開はなく、枯淡の境地の都市説話といった風情の一編。
「運がよかった」自分を左遷しようとした社長が目の前で横死を遂げ、おまけにその社長の後釜に納まった男。人それを強運という。それともそれは凶運か?語り口は巧いが、ラストの強引さはいささか頂けない。
「課長の幽霊」汚職の罪を帰せられ「自殺」させられた男の幽霊の復讐譚。どことなく呆けた味はあるもののどっちつかずのお話。着想、展開とも自作の繰り返しという印象が強い。
「夢の中」三人の男女が見る過去と近未来の夢。北海道に飛ばされるのは果たして誰なのか?話としては破綻しているが、この先どうなるのかという興味を引く技術はさすが。何が夢やら、現実やら。
「他人の声」怨念が憑依し、声が歪む時、悪女に鉄槌は下る。正統派の怪談。余りの一直線の展開に驚く。
「向こう側からの声」ライヴァルを呪い病死した男の執念が妻を生きた肉罠へと変化させる。エロチックな怪談。ラストの唐突さが、粋である。
「ホテルのロビイから」この世は幽霊でいっぱい。ほら、あなたの耳元に誰かが冷たい息を吐きかけている。映像的には相当におぞましい話。奇抜な発想が光る。


2001年6月16日(土)

◆雨上がりの朝、ゴミ出しとダンボール出しで一仕事。朝飯を食べて、かみさんと図書館へゴウ。ネイサン本5冊を返却し、代わりに源氏鶏太の幽霊小説とディキンソンのジュヴィナイルを借り出す。ああ、なんて便利。なんてタダ!(日本語か?)
◆この7月1日からカナダ留学が決まった溝口さん@書物の帝国の壮行会で新宿へ。結婚後は、あれこれとお誘いを断わりっぱなしだったが、下手をするとこれが今生の別れになるかもしれないと、かみさんと二人連れで参加する。
溝口さんの人徳で、SF系を中心に若干の古本者ほか30名前後のネット著名人が集結。かみさんは、私の知り合いに初めて会う事になるので、少々緊張気味であったが、テーブルで傍になった青月にじむさんや安田ママさん・ダイジマンたちに話し掛けてもらえて、なんとか初お目見えを果たす。わたしたちのテーブルは、主役そっちのけで、我々二人が肴にされていたのだが「奥さんとの出会いは?」「奥さんも古本者ですか?」などというベーシックな質問から、古本応用編なディープなやりとりまで、みっちりと1時間の訊問タイム。U−ki総統からは「どうすればオタクが美人と結婚できるのか?」という質問が回って来たので、きっぱりと「運です」とお答えしておく。
そののち本番の<参加者から溝口さんに送る言葉コーナー>。3番手にあたった私は「えー、本日は私ども二人のために、かくも盛大な会を催して頂き、厚く御礼申し上げますう」とお約束のボケ。溝口さんとは小林文庫の古本交換コーナーが縁で始まった古本繋がりである事をご紹介。
いやあ、ホントに私からみても元気に本を買う人でありました。ダイジマンが「でも邪悪なところもあるんですよ」と突っ込むが、「溝口君は白魔術も黒魔術も使うけど、ダイジマンは黒魔術しか使わないもんね」とお返ししておく。「ハイ・エイシェント」という噂もあるけどさあ。まあ、普通の人間はRBワンダーからタダで物を貰ってくるなんていう荒業はできんもんね。なんとこの日のダイジマンの持参物は、RBワンダーの壁から剥がしてきた「SFマガジン創刊号告知チラシ」なのであった。ああ、華麗なるダイジマン伝説に新たな一頁が、、
閑話休題。溝口送辞に話しを戻そう。多くの人々が「本のML」「本のML<SF者オフ>」「海外SFを読む会」といったところからの知り合いで、私なんぞよりも年季の入ったお知り合いが多く、人と本の繋がりを大事にする彼を送るに相応しい会であったように思う。とにかく最低3年間の異国でのご健闘をお祈りするばかり。しっかり、ペーパーバックを買って買って買いまくってきて欲しい!(ちーがーうー)
ところで、一件、サープライズ!な出来事。なんと我々二人にも有志の方々から結婚のお祝いを頂戴してしまったのであーる。主賓たる溝口さんから手渡されたのは、高島屋の「夫婦用じんべいセット」。うわあ、ありがとうございますありがとうございます。この場を借りまして御礼申し上げます。>青月にじむさん、青木みやさん、浅暮三文さん、U−ki総統、πRさん、おーかわさん、はぐれ蝙蝠さん、山岸真さん、ヒラノマドカさん、溝口さん、そしてなぜか欠席の雪樹さんまで一口のってもらってすみません。
盛り上がりの内に1次会は終了。一階でたむろしていると、山岸さんが私のところに駆け寄ってきて「実は私もノベライズの第一期の頃からコロンボのファンでして」とご挨拶を受ける。「はい、基本ですよねえ」と受け答えしていると「その手の動きは古畑ですね」と厳しいチェックを受けてしまった。むむむ、やるなあ。今度真剣にコロンボで盛り上がりましょう>山岸さん。
この夜の出来事のトドメは、二次会を覗きにやってきた古本系の著名人と出会えた事。かみさんが一番お会いしたがっていた二人のうちの一人、よしだまさしさんは父親参観ということで不参加。残念でした。後は石井女王様、彩古さん、葉山さん、貫井さん、フクさんといったメンバー。念願の石井女王様との謁見を済ませ満足なかみさんであった。「女王様って白井貴子に似てるのね」との事でありました。>石井さん
◆帰宅して、二人とも頂いたじんべえに着替えて、のんびり日本酒を引っかけて寝る。

◆「石の林」樹下太郎(東都ミステリ)読了
樹下太郎の諸作は昭和30年代のサラリーマンと彼等をとりまく世相を知るのに最適である。どうも松本清張まで行ってしまうと、全ての事象には黒幕が潜んでいるという疑心暗鬼にかられてしまい、壮大な書き割りといった印象が付き纏うのだが、樹下太郎の主人公たちは、物語のスケールの小ささと相俟って、なんとも等身大なのである。戦争の悲惨をどこか引き摺りながら、ただ身を粉にして働く日本の「お父さん」の姿がそこにある。加えて、一方の極には、目をぎらぎらさせた出世欲の権化と善良の風俗を嘲笑う渇いた男女関係、そしてアウトローは虚勢を張って闊歩する。ああ、日本は若かった。
主人公の名は速水竜伍、46歳。的場アルミ食器の販売課長。物語は速水が目をかけた一人の中途採用の若者の葬儀から始まる。若者の名は三谷崇。一流大学を出ながら短い期間で職を転々としてきた三谷にはある秘密があった。その秘密とは「アルコール痴呆症」。度重なる酒の上での失敗が彼を追い込み、遂には墓場での「自殺」に至る。速水は、三谷との出会いから破綻までを回想する。「お前は死んでよかった」、そう呼びかける速水。だが、三谷の女友達・高遠万千子と、速水のライバル金杉の出会いが、三谷の死に疑問を投げかける。更に、速水の娘に迫る脅迫者の姿。縺れた人間模様の向こうに死の配色に包まれた凄絶なサラリーマンの「生き様」が浮かび上がる。石の林に佇む者。無音の叫びは静寂の谺を呼ぶ。
なんとも悲惨な話でありながら、読後感は悪くない。この物語の現した世界観がある意味で日本人のメンタリティーに適っているという事なのであろうか。推理小説としてみた場合には、一つ一つのシークエンスは弱い。だが、それを巧みに入れ繰りする事で、読者の興味を保たせる事には成功している。多重視点でありながら、キャラクターがよく書けているので、すんなりとストーリーに乗れる。ますは読物として及第点を与えてよい。
で、あとは余談なのだが「アルコール痴呆症」の描かれ方に背筋が寒くなった。これを「古本痴呆症」に置き換えればそのまんまじゃないの>自分。


2001年6月15日(金)

◆今日も雨。招待行事でバタバタ。無事終了して軽く打ち上げ。正直なところ、個人的にはこの1年間のプロジェクトの序盤の山場だと思っていたイベントを無事クリアできて一安心。「新婚さんにはコレ!」と持たされた花束を満員電車の中で掲げながら帰宅。かみさんとちょっと御茶して爆睡。購入本0冊。

◆「レモンは嘘をつかない」Rスターク(ポケミス)読了
悪党パーカーシリーズ外伝。愛妻家の俳優強盗グローフィールド・シリーズの第4作。それと知らずうっかり本棚から取り出してしまい、最終作から読むハメとなる。シリーズに歴史がないことを祈るのみ。愛妻家の多いウエストレイク=スタークの主人公たちの中でも、グローフィールドは実に実に正統派の愛妻家である。それだけに、その最愛の妻が強姦されるこの話では、俳優強盗らしからぬ非情さを発揮する。
舞い込んだ仕事の打ち合わせに降り立った歓楽の街ラスヴェガス。空港で運試しに引いたスロットに、レモンが三つならぶ。凶兆だ。なるほど、仕事の話を聞いてみれば、荒っぽいばかりの杜撰な計画。グローフィールドに話を持ち込んだ友人ダンとともに、そのチームにさよならを告げたまでは、まだ無駄足で済んだ。ダンはカジノでひと稼ぎしてご機嫌。しかし浮かれ気分は一気に吹っ飛ぶ。こともあろうに、蹴った「仕事」のメンバーが彼等に襲い掛かってきたのである。一旦は、逆襲した二人だったが、相手の小物ぶりにホトケ心を起したのが運の尽き。第二、第三の災厄が彼らと彼等の愛する者にまで襲い掛かってくるのであった。くっそー、白人嘘つく、レモンは嘘つかない。
世の中には、二足のわらじをはいてどちらが本業かわからない人がいるが、この小説の主人公グローフィールドもそんな一人。天職と信じた役者業を続け小さな芝居小屋を支えるために、強盗稼業に精を出していのだが、圧倒的にプロとしての貫禄に溢れた副業に比べ、役者としての才能は余り披露することなく終わる。正編からのシリーズの読者にはこれで充分なのかもしれないが、単発で読む人間に対してもそれなりのキャラのたたせ方をして欲しいものである。まあ、犯罪小説としては強奪ネタが二本入って御得用なお話。読むなといってもファンは読んじゃうんだろうなあ。


2001年6月14日(木)

◆雨の一日。神保町をうろつく気力もなく速攻で帰宅。「今日こそ川口文庫の荷を受け取るのぢゃ」と気合を入れて帰り、ドアを開けようとすると中からチェーンが降りている。「ありゃりゃ?かみさんは不在の筈なのに」と思い、半ばパニック状態。と、インターホンからかみさんの母上の声がして、納得。荷物の受取りに留守番に来てくれた由。日常の謎は、謎になる間もなく解決してしまうのであった。軽く御茶して、義母さんは引き上げ、私はビデオテープの整理に勤しむ。結局、荷が届いたのはかみさんの帰宅後でありましたとさ。今回の川口文庫の「当たり」はこんなところ。
「新青年」昭和14年4月号(博文館)3000円
「新青年」昭和15年3月号(博文館)1000円
「新青年」昭和15年6月号(博文館)1000円
「新青年」昭和15年9月号(博文館)1000円
「新青年」昭和15年11月号(博文館)1000円
「新青年」昭和16年1月号(博文館)3000円
「新青年」昭和18年6月号(博文館)2000円
「新青年」昭和13年11月増刊号・14年5月増刊号(博文館)10000円
「旬刊ニュース増刊第3号・傑作小説」(東西出版社)1000円
「小説倶楽部」昭和24年8月号(洋洋社)500円
「沈黙のメモリー」木村二郎(アクタス切り抜き)500円
「ネイバース」創刊準備号〜12号(戸川・今朝丸編集)3000円
「EMBRYO」(今朝丸編集)500円
「創元倶楽部通信」41号〜44号(創元推理倶楽部)1000円
「紙魚の手帖」コピー(プレ冊子時代の1〜18)オマケ
「落葉の柩」樹下太郎(ナニワブックス)500円
「新青年」の1000円本は落丁があったり、貼り付きがあったりのヤヤ難本なのだけど、それでも1000円は安すぎ。「腐っても『新青年』」だと思うのだが、まあ、財政窮乏のおり、心弾む安値ではある。勿論一番嬉しいのは探偵小説特集号2巻分の合本。趣味人が無理矢理2冊を合本化したものなのか、背は無惨な状態だが、かえって加工し甲斐があろうというもの。中味は完全なので、うきうき。通常であれば、1冊ずつが数万円の巻が2巻で1万円だもんね。頭の天辺からシッポの先まで、翻訳推理がぎっしり詰まった御得用サイズの増刊号だもんね。捨てるところがありまへん。とはいえ、最近は小説以外の「戦意高揚」読物やら戦前の広告にも興味が湧いてきて、つまるところ、普通号でも捨てるところがありまへん状態なのである。さすがの川口文庫も「新青年」の在庫はこれで終りかな。ああ、次回からいよいよ買うものがなくなりそうじゃわい。後「ネイバーズ」「EMBRYO」という「伝説のコレクター」今朝丸真一氏が編集した同人誌をお譲り頂けたのにも感動。大事に致します。本命の小泉喜美子は外れたけれど、これだけ貴重な本を譲ってもらって30000円でお釣りがくるんだから素晴らしい。ありがとうございますありがとうございます。

◆「土曜を逃げろ」チャールズ・ウィリアムズ(文春文庫)読了
文春文庫最初期に訳出された軽快なクライム・ノベル。作者は、フォーセットのゴールド・メダルというペーパーバック・オリジナル叢書で、RSプラザー、JDマクドナルドと並ぶ三枚看板の一人であった(らしい)。プラザーやジョンDは、ポケミスでそれなりに紹介されたものの、この平凡な名前の作家については、寡聞にして全く知らなかった。文春文庫がこの作品を取り上げた理由は、一重にこの作品がトリュフォー監督によってフランスで映画化されたおかげである、と断言してよかろう。一読、なるほど、これはカントリー情緒溢れる、スピーディなフーダニット。活動的な主人公もさることながら、彼を支える「いい女」がとてもいいのである。デラ・ストリートちゅうか、ランシングちゅうか。
ストーリーは至って単純、とある田舎町で不動産業を営むわたしジョン・ウォレンが、友人殺しと妻殺しの容疑で警察に追われながら、真犯人に迫るというプロット。金曜日の朝、銃の暴発事故で狩猟友達のロバーツが死んだという報せ、それが「人生でもっとも長い二日間」の始まりであった。弾丸の口径からロバーツの死を殺人と睨んだ保安官スカンロンによる取り調べを終えて帰宅すると、今度は喧嘩しかかっていた妻フランシスの死体がお待ちかね。オマケにロバーツとフランシスは出来ていたと思わせぶりの密告電話。こりゃあ、どうみても寝取られ夫の激情犯罪ではないか!とにかく逃げよう!逃げながら考えよう。かくして平凡な男の崖っプチの逆転劇の幕は開く。次々と明らかになる妻の悪女ぶりに戦慄しながら、わたしは新たらしい出会いに遭遇する。美人秘書は名探偵。
というわけで、美人秘書列伝に新たな一頁。この作品の主役ははっきりいって田舎町の平凡な不動産業者の雇われ人たるバツイチ女のバーバラなのであった。「わたし」が罠に落ちてから、続け様に放つ逆転への布石もそれなりに見ごたえがあるのだが、なんといっても、バーバラの聡明さには舌を巻く。こんな女性を顧みず、悪女を絵に描いたような女と結婚した主人公はただの大馬鹿野郎である。ったく、この果報者め!!


2001年6月13日(水)

◆「今日は早よ帰らしてもらいますからね」と朝から宣言。15時ぐらいまでは順調にエクソダス可海割有リって感じだったのだが、そこから訃報が飛び込み、怪しげな雲行き。救世主急募!のノリで待機残業を覚悟するが、幸か不幸か、余りにも情報がなかったので、「それじゃあまあそーゆーことで」と、とっとと逃げ出す。本当に久しぶりに神保町チェック。
T書店のダンボールにお買い得品がゴロゴロあったので拾う。とにかく本の美しさにたまげる。しかも、何気なく見れば、店先の括りの一番上に創元推理文庫最凶の効き目「反逆者の財布」が鎮座ましましているではないかああ!!見るからに極美。これはダメモトでも値段を尋ねておかねば後々後悔すると、おそるおそる「これは幾らになりますんでしょう?」と聞いたところ、あっさり「それは売らないと思います」との返事。余りの返答に「はあ、そうですか」と引き下がる。そんなんありか?!!名残惜しげに下の方を覗くと「毒殺魔」帯・元パラとかのお姿も見え、おもわず感心。うーむ、確かにこりゃあ売れんなあ。いやあ、神保町の底力を見せて頂きました。でも、一体、売らないでどーすんだろー?私の拾ったのはこんなところ。
d「黒の勝敗」佐賀潜(東京文芸社)100円
d「世界短篇傑作選5」江戸川乱歩編(創元推理文庫・初版・カバー・帯・元パラ)100円
「解剖結果」笹沢佐保(平和新書)100円
「神坂四郎の犯罪」石川達三(新潮社・初版)100円
「酔いどれ記者」羽中田誠(鱒書房)300円
あっはっは、出た出た、厚着の創元推理文庫!これで4冊目。しかも100円げっとおお!笹沢佐保は他で読めるんでしょうけど、平和新書であることが嬉しい。100円なら買いでしょう。佐賀潜は、家でチェックしたところ、文華新書版で持っておりました、ちぇっ!「酔いどれ記者」はニューロマンスシリーズとかいう、新聞記者の小説シリーズの8冊目らしい。まあ絶対にミステリではないであろうが昭和28年の極美本が300円なら買いだ、買い!!
◆続けて、神保町ブックセンター、RBワンダーと覗く。RBは移転後初めてのチェック。何が驚いたかというとPBの充実ぶり。これは一見の価値あり。殆ど東京泰文社の隠し在庫といった風情で値段もそこそこ。ものによって実に的確な値付けが施されており、相当の通がバックにいるのを感じた。デアンドリアの未訳作があったので、手に取るとちゃんと800円とかつけてるんだもんなあ。いやあ、素晴らしい。わかってらっしゃる!とか、褒めるだけ褒めて買わないんだけどさあ。ここで拾ったのは1冊だけ。
「白い扇の軌跡」KWエアー(講談社)800円
名刺代わりに一冊購入。聞いた事もない、オリエンタルなサスペンスロマン。70年代初頭の出版らしい。いやあ、まだまだ世の中には知らない本があるもんじゃわい。というわけで、久しぶりの神保町は、やっぱり楽しいや。梅雨の谷間にチェックできてラッキーハッピーな夕べのひとときでありました。
◆帰宅すると、クロネコの不在票。ああ、川口文庫!またしても受け取りそこねたかあ。
◆文生堂のカタログもチェック。でも、今の家計じゃ手がでないなあ。樹下の一括10万円は、未婚であれば注文いれたかも。むうむう。

◆「虹の果てには」ロバート・ロスナー(ポケミス)読了
さて問題です。この作者には、この他にポケミス入りしている作品が2作あります。その書名を2冊挙げてください。この質問にさらりと答えられたら、あなたは相当のミステリマニアといってよい。私が保証する。
答は、この二つ:「ハイスクールの殺人」「女子高校生への鎮魂曲」。そう!ロバート・ロスナーとは、なんとイヴァン・T・ロスの別名だったのであーる。という様な事は、かく申す私めも、後書きを読んで始めて知った次第。この2作は、教師探偵という異色の設定が利いてか、700番台ポケミスの中では著名作であるといってよかろう。そのロスが別名でカントリー情緒豊かなクライム・ノベルに挑戦した理由は定かではない。確かなのは、お蔭様でミステリ読者が、読後感爽やかな犯罪小説を1冊手に入れたということである。こんな話。
18年の刑期を勤め上げ、故郷の街に帰ってきた男。その彼を執拗に追いかける不器用で優秀な刑事。そして元絵描き志望で行き遅れの孤独な女性図書館司書。三本の人生が一本の幻の木の元に交錯する。若かりし頃の過ちへの想いが増殖し理論武装する歳月。犯罪は果して引き合うのか?そして、人の思いは費やした時間の重さに引き合うのか?心のどこかが欠けあった者たちが集う夜、快哉は誰のためにある?虹の果てには何がある?
この爽快感は、山田正紀の天才をもってしても、連作の初芽でしか味わえない。いいぞ、いいぞお。おすすめしちゃうぞお。


2001年6月12日(火)

◆夕刻から鼻風邪の諸症状が出始め、どんどん悪化していく。もう少し早く悪くなれば、早引けの決意もつこうというものを、結果的には、いつもと同様の帰宅時間。とりあえず、薬で押える。
◆プロジェクトXをリアルタイムで視聴。今回はH2ロケットの後編。人の死を乗り越えるロケット開発者魂の叫び。あざとい演出が実に会う。結構ハッピーエンドの多いプロジェクトXの中では、未だに逆風の中にあるテーマなのだが、最後を巧くまとめており、まんまと勇気が湧いてしまう。

◆「これよりさき怪物領域」Mミラー(ポケミス)読了
「こんなものも読んでなかったのか?」シリーズ。「明日訪ねてくるがいい」の感想でも書いたのだが、この作品が出版されたときは、心底驚いた。それはそうだろう、それまでのミラーの作品といえば100番台「鉄の門」だの200番台「狙った獣」だの、かろうじて400番台の「殺す風」、心情的には完全に「過去の人」だったのだかから。一体このミラー復権はなんだったのだろう?物凄い邪推だが、夫たるロスマクとのセット販売だったりすると、面白いかも。このころのロスマクは新作は早川書房で独占状態。「一瞬の敵」が世界ミステリ全集で先行紹介され、「眠れる美女」と続く。最後の作品となった「ブルーハンマー」はアドバンスが高くなったのか、競馬ミステリみたくポケミスから離れ四六判のハードカバーで訳出された。なにやら情況証拠は揃っていそうなんだけどなあ。で、この話は、殺しの情況証拠だらけの失踪した夫の物語。
メキシコとの国境近く、サンディエゴの片田舎、青年農園主ロジャー・オズボーンが失踪する。彼の母アグネスは、息子の生存を信じているが、大量の血痕、血のついたバタフライナイフ、突如行方をくらましたメキシコ人労働者たちと、彼の死を匂わせる証拠には事欠かなかった。未決囚の如き生活に倦んだ若妻デヴォンは夫の死亡認定を求めて州裁判所に提訴する。訴訟に進行に従って、徐々に明らかにされていくロジャーの失踪前後の関係者の動き、そしてカットバックで挿入される、独身時代のロジャーのスキャンダル。もう一人の農園主レオ・ビショップの妻ルースの事故死が告げる男女の物語とは?全ての事実が露にされた時、真の怪物が焦熱の大地から鎌首をもたげる。
文化が溶け合う境界で、地下茎の如く張り巡らされた殺意のうねり。熱せられた大気の薫る大地で、邪悪は密かに芽吹く。あからさまな、テーブルマジックに乗せられる快感に満ちた物語である。ラストシーンの静かさが蒸れた闇の中で背筋にさむけをおこさせる。法廷シーンの緊迫感もなかなかな、エキゾチック・サスペンス。なにより、題名の思わせぶりが最高である。文庫落ちはしていないがこれは、是非とも読んでおきたいミラー作品である。


2001年6月11日(月)

◆どうでもいい待機残業。心がヘタレテイク。ううう。茗荷さんの掲示板に書き込みなんぞして無聊を慰める。そうですかあ、1周年ですかあ。おめでとうございまする。やんや、やんや。なんと一歳しか違わないんだよねえ。茗荷さんのところにしても、よしださんのところにしても。いやあ、時間の経つのは早い。
◆かみさんのリクエストに応えて「古畑任三郎」の第3シーズンから「若旦那の犯罪」をビデオ視聴。私も第3シーズンは全て一回しか見ていないのでそれなりに新鮮。系統的には第1シーズンの「汚れた王将」系の話。犯罪の破綻まで、ほぼ同工異曲であり、ミステリ的な評価は高くない。が、いい役者が揃っていてみせるねえ。やっぱり、古畑って傑作だわ。

◆「101号室の女」折原一(文藝春秋)読了
「失踪者」に続いて100円均一で拾った折原一のオリジナル短編集。ミステリマガジンなんぞに載った作品も収録されており、非密室系の折原叙述トリック短編が堪能できる1冊。これが100円なら大変にお徳用。しかも、中に帯まで挟み込んであるではないか、うほうほのほくほくである。さすがに同じ系統の作品が並ぶので、最後の方にはいささか飽きがくるが、質が落ちるわけではない。「沈黙の教室」で一皮剥けるまでの中期長編の同工異曲感よりは遥かに許せる。この人のアイデアは、短編か中篇向きなのかもしれない。以下、ミニコメ。
「101号室の女」ブロックの(というかヒッチコックの)サイコへのオマージュ。露骨にぱくって捻りは一回なのはいかがなものか。余りにもパンピー向けというか、これではタダの剽窃である。
「眠れ、わが子よ」<乳飲み子を抱いた情けない男たち>という構図が渋い。ただ作者の企みは余りにもあからさまで、驚きは少ない。むしろ点対称の向こう側に感心。なるほど、その手があったか。
「網走まで…」書簡ミステリと思わせておいて、という「終りの始まり」が巧み。ただ最後まで書簡にこだわったため些かバランスが悪くなった。努力の割りには効果が今ひとつ。
「石廊崎心中」<使い捨てカメラの取り違え>という発端は、巧い。これは見事に風俗を昇華している。ただ、プロットの真っ正直さには呆れた。ええ?これがオチなの?岡田鯱彦じゃあるまいし。
「恐妻家」手垢のついたテーマのリサイクル作品。語り口が巧いのでまんまと読まされるものの、大した話じゃないんだよなあ。
「わが子が泣いている」予定調和なのだが、まあ、ある意味で翻訳作の域に達しているような気がする。一箇所だけでも読者をあっといわせる伏線があれば、傑作になった作品。
「殺人計画」話をひねくりすぎて、読後感は結構不快。というか、この類いのオチを喜ぶ人もいるので「私の趣味ではない」とだけ言っておこう。
「追跡」9時26分のあずさ2号でえ、わたしはわたしはあなたへと、旅立ちまーす。ってこれってJOJOです。そのままです。駄作と言っていいでしょう。
「わが生涯最大の事件」先日読んだ「失踪者」の短篇バージョンという趣。印刷の限界に挑戦した作品の一つであろう。