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2001年3月10日(土)

◆多忙な休日。半日忙殺。夜したたか飲む。へらへらになって、近所のブックオフのみチェック。安物買いに走る。
「人形の家殺人事件」藤桂子(光文社カッパNV)100円
「白銀荘の殺人鬼」彩湖ジュン(光文社カッパNV)100円
「長野・上越新幹線四時間三十分の壁」蘇部健一(講談社NV)100円
d「空中楼閣を盗め!」DEウェストレイク(ハヤカワミステリ文庫)100円
うーむ、「六枚のとんかつ」を避けて第二作を先に買ってしまったが、どうなんでしょうね、蘇部健一?


◆「異世界分岐点」眉村卓(新芸術社)読了
何となく読み始めたところ、結局最後まで読み切らされてしまった。1編を除いては再読の筈なのだが、ぼんやりと覚えているようでいないようで「アンビバレンツな私」になるのは、何も自分の老人力のせいばかりではない。初読の時から「どこかで見たような」気にさせる眉村卓の持ち味がそこにある。学生時代までは、星新一主義者であり、筒井の奇想ははしたなさすぎ、小松左京のどすこいぶりにはゲップが出、眉村卓のインサイダー感覚は薄味に過ぎた。それが歳を取るに連れて食べ物の嗜好が変るように、徐々に眉村卓描くところの平凡な人々の日常が心地よくなってくるのである。これを「読書心」の摩耗と笑わば笑え。いつか貴方もこの道を辿る。それとも既に隣の時空ではすっかり眉村卓ファンになった貴方がいるかもしれない。異次元の分岐点は私達のすぐ傍にある。とまあ、そんな話を集めたのがこの作品集。以下ミニコメ。
「夜風の記憶」大阪ミナミ。学生時代にバイトしていたアルサロに時空を越えて辿り着いた中年男の物語。甦る記憶、疼く憧憬、そして男は昔の自分に出会う。時間ものの禁じ手を破りながら何事も起こらない展開はいささか拍子抜け。もう少しドラマを期待したくなるのは私だけではない筈だ。
「血ィ、お呉れ」あてがい扶持の社宅周辺には、貧困が立ち込めていた。そして、黄昏時には、異形が纏わりついてくる。若い共稼ぎ夫婦が見た、テレビのない時代のこの国の点景。魔は赤く暗く踊る。作者の私小説的悪夢。まだ貧しかった頃の日本。現実界と幽冥界の境が定かでなかった頃の黄昏のイメージを鮮やかに描いた佳編。
「乾いた旅」広告プロダクションを興した男。湖北の道をバスで行く彼を誘う女。消えた共同経営者が彼に手を振る時、シャングリラへの扉は閉じられる。ありきたりな話でありながら、湖北というロケーションの勝利。関西人にとって身近でありながら俗塵ばなれしたイメージがあるのである。女性の正体にオチをつけたくなるところをさらりと流した自然体も吉。巧い。
「思いがけない出会い」<命に関わる問題だと云って>若い男に案内された先で中年サラリーマンが見たものとは?歪んだ時空が軽やかに描かれ、意外な展開が読者を驚かす。普通ここで終ったらギャグだよなあ。この後、どうなるのかを描くのがSF作家の仕事ではなかろうか?
「超能力訓練記」地方の出張所長が研修出張の傍ら出くわしたもう一つの特訓研修。悲愴な決意と決死の努力の末に、一応の力を得た彼は、最も笑われたくない者から嘲笑される。この話は覚えていた。サラリーマンにとっては痛切にしみる話である。寓話度が高く、眉村作品の一つの典型。主人公が可哀相すぎる。
「暁の前」払暁、ホテルの一室を相次いで訪れる闖入者たちは、夫々に自分はタイム・パトロールから追われていると告げる。何かの冗談なのか、それとも。戸惑う男の前で、歪んだ時空は唐突に修復される。虚ろになった心を一つ残して。最もSF的な道具立てを使ったリドル・ストーリー。一見派手な展開が最後に主人公の内面に向うところが眉村卓。

(今月入手した本:38冊、今月処分した本:5冊、今年の増減+313冊)


2001年3月9日(金)

◆朝いつも通りの時間に一旦は起きてメールを2通したためる。が、どうにもこうにも眠くて仕方がない。よし、こういう時は30分ばかり仮眠するに限る!と再び床へ。仮眠にならず、堂々の寝過ごし。日記の更新を諦め出社する。
◆出社途上、銀座通りを歩いていて「あれっ?」と思った。これまでランドマークの一つだった住友銀行の看板が見当たらないのだ。むむむ、と思って注意深く見なおすと、あることはあったのだが、すっぽりと工事用のネットがかぶさっているではないか。あ、そうか、三井住友銀行への移行準備かあ、と気がつく。全く以ってここ数年の銀行の整理統合の動きにはあきれる。さくら銀行だって、太陽神戸銀行と三井銀行が合併した「太陽神戸三井銀行」と言ってた時代があった。長い名前なので改名すると聞いた時、これは是非「たこさん銀行」にして頂きたい!!と思ったものである。丁度「トマト銀行」が話題になってた頃だったかな?太陽・神戸・三井の夫々の行名を残しながら、どこか可愛らしい名称。勿論、キャラクターは「蛸さん」だ!!しかし、「たいしんみつい」は「さくら」などという無味乾燥な万博の日本館のような名前になってしまった。残念である。で、何が言いたいかというと、もしその際にだ、「たこさん銀行」にしておけばだ、今回の合併で「すみ・たこさん銀行」になったのではないか!!え、諸君!!ということなのだ。ああ、返す返すも残念だ、って朝っぱらから何を考えとんねん>俺
◆就業後、自由ヶ丘&中目黒チェック。
d「八千万の眼」Eマクベイン(ポケミス・初版・フォトカバー)100円
d「逃げるアヒル」Pゴズリング(ポケミス・フォトカバー)100円
「甦える」高木彬光(光文社:帯)1500円
「邪馬台国殺人行」長尾誠夫(文藝春秋)200円
d「日本版EQMM創刊号」(早川書房:帯)200円
「孤独のドンファン」高村暢児(講談社:署名)200円
「異世界分岐点」眉村卓(新芸術社)200円
「パラダイス」Mレズニック(ハヤカワSF文庫)67円
「9月の滑走路」Dワイルズ(光文社文庫)67円
「模造世界」DFガロイ(創元SF文庫)67円
ほほほ、ポケミス・フォトカバー2冊前進、行先不明。んでもって、日本版EQFC創刊号の伝説の帯をゲット。これが、挟み込みで無造作に店頭の200円均一に落ちているところが文生堂の余裕だねえ。「甦える」はどうにも縁がないので定価より高いけどしょうがないかあ。眉村本は、聞いた覚えがないなあと思って買ってから気がついた。自選短編集でした。そいういえば、あった、あった。「二度売りしやがって、けしからん!」と出版当時あえて無視していた本だ。でも、結局買っちゃうんだよなあ。下の文庫3冊は、ブックオフ中目黒店の安売り。100円の本を3冊200円セールにつき無理矢理3冊買う。ワイルズは小泉喜美子訳という理由のみで購入。レズニックは何故か買いそびれていた本。67円は御買い得です。
(っと、無謀松さんの日記を見たらタッチの差で私が両方の店を先にまわっていたみたいですのう。すまんすまん。まあ、たいしたもの買ってないんで許してね)


◆「文福茶釜」黒川博行(文藝春秋)読了
おーぷん・ざ・ぷらいす!から巷に流行るもん。俄か骨董、お宝捜し、贋作ネタのみすてりい。ちゅうわけで、黒川先生も、なにやら大阪を舞台にけつねと狸の化かし合いてなお話をかきはった。なにせ、せんせはホンマに高校で美術教せてはったさかいに、そこらの付け焼き刃のパチもんとはちゃいます。昔から、関西にこだわってはったけど、こういう話にはなんでか知らんけど関西弁が馴染みまんな。なーんにも関西弁つこたさかいゆうて、関西人になるわけやのうて、なんちゅいますんやろ、ほれ「あきない」の心ちゅうんかなあ。商人(あきんど)の世界では騙される方が悪いっちゅうプロの心意気がよろしおまんなあ。そやさかい、この連作でも欲こいてしくじった人間が、またババひかせにいきよるところがおもろい。クロ・マメコンビの警察小説もたまには書いてほしなあ、と思うけど、やっぱり黒川せんせにはこういう世界の方がおーてはんなあと感心しましたわ。ほな、一個一個コメントさしてもらいましょ。
「山居静観」美術年報社の佐保と菊池の初お目見えは、中くらいの食品加工会社の取締役が総会屋との縁切りにと、先代が道楽で集めた書画骨董を処分する話。これに一枚噛みよった佐保が、渓斎画の水彩を掠める算段をしよりまんねが、まあ、完全犯罪なんてなもんはないわけで。こんネタはギャラリー・フェイクにも相当早い段階で出てきたネタでっさっかい、この世界の常識なんでっしゃろなあ。はあ、剣呑剣呑。
「宗林寂秋」表具屋に持ち込まれた大店の先代の茶道具の始末。戦前の仁科子爵家の入札目録にも載った宗林の茶杓と茶碗を巡り表具屋が馴染みの道具屋と組んだ一攫千金の夢の行く末や如何に、てな話。騙す人間が騙されるちゅうのは勝利の方程式でんな。出てきよる連中の小悪党ぶりが笑えます。
「永遠縹渺」亡くならはった中堅彫刻家のアトリエ。震災で痛んだブロンズ作品の中にふと紛れ込んでたんが、日本彫刻界の重鎮の失われた原形像。さあ、えらいこっちゃー。買い取りに来た彫刻商の血が騒ぎまっせえ。せやけど、世の中、思うようには行きまへん。御難続きのトドメに、小娘に教えられました。とほほ。嘘の転がし方が御上手。いわれてみたらホンマにそうやわ。
「文福茶釜」骨董屋の二代目が、敦賀の田舎の婆さん相手にえげつない「初出し」を仕掛けて一儲けします。黙っとられへんのが、婆さんの息子。家宝の文福茶釜の買い戻しに一枚噛んだ佐保が、行きがかり上、骨董屋の二代目相手に今風の贋物で勝負を挑みます。こん・げえむの王道を行く話。やられたらやり返す。これでんなあ。まあ、騙しの手口はどうという事のないもんやけど、題材がええねえ。ホンマにこんな漫画家おったか?と一瞬考えましたがな。
「色絵祥瑞」富南市主催の中国陶磁会。ところがこの展示物の大方を協力しとんのが<友愛平和会>ちゅううさんくささの固まりみたいな新興宗教やったさかい、出品依頼を受けた芦屋の高等遊民が美術年報社に教祖の身元調べを依頼してきよった。案の定、教祖は尤もらしい事を云いながら。叩けば埃の出る身体、ちゅうか、こらまた埃だらけやがな。さあ、どないやって儲けたろ。正義なんかあれへん、この世は金や、金!ああ、爽やかやなあ。さあ、皆さんも、骨董、買うとくれなはれや〜。安心でっせー。どーせ、ホンマもんなんかおまへんさかい。

(※この文章は、Panasonic Hi-ho製 大阪標準語翻訳ソフト「幸之助ver3.1」で作成しました。>嘘やで、信じたらあかんで)

(今月入手した本:34冊、今月処分した本:5冊、今年の増減+309冊)


2001年3月8日(木)

◆安田ママさんお勧めのSF漫画を近所の本屋に探しに行くが見当たらず。代わりに1冊買う。
「ホームズ1」久保田眞二(集英社:帯)590円
4話収録。「大五郎」なる日本人少年使節が世紀末のロンドンでシャーロック・ホームズに出会う、なかなか生真面目なパスティーシュであった。しらん間にいろいろな漫画が出ているんだなあと改めて自分の不勉強ぶりを思い知らされる。
◆テレビチャンピオン視聴のために、古本屋に寄らずダッシュで帰宅。まあこんな日もあります。どうやらモタモタしていたら雨だの雪だのが降ってきたらしい。結果オーライなのかな?


◆「魔界の紋章」Pアンダースン(ハヤカワSF文庫)読了
深井国イラストが嬉しいハヤカワSF文庫の白背のアンダースン。SFのイラストレーターで好きな3人を挙げろといわれれば、武部本一郎・安彦良和・深井国なのであるが、深井画伯も最近はとんとSF文庫に登場されず残念。画伯の絵は「いっちょ、文庫のペリー・メイスンでも揃えたるかあ」と思うぐらい好きである。おそらく中にイラストがあれば歯止めがきかなかったであろう。更に、この本は訳者が豊田有恒というビッグネーム。矢野徹であれば創作と翻訳が拮抗するする感じだが、豊田有恒の場合は、作家が作品に惚れ込んで訳したというパターンであり、なんとなく「辛いながらも楽しい作業」という雰囲気が漂ってくる。内容は、正統派の<剣と魔法>に「科学」の味付けを施したパロディ感覚の異世界ファンタジー。ハロルド・シェイよりは真面目かな。今ならば文句なしにFT文庫入り確実な作品は、こんな話。
聞いた話である。主人公の名はホルガー・カールセン。デンマーク生まれの彼は、戦時中、ナチスとの闘いの最中に時空を転移し、中世ヨーロッパで伝説として語られた世界へと実体化する。白鳥に自在に変身する乙女が飛び交い、小人が従者となる世界で、ホルガーは灰色魔女の導きにより、元の世界への路を求め仙境の領主の城へと向う。そこで一行を待ち受ける凍り付いた好意と時間の罠。大男との知恵比べ、人狼を巡るフーダニット、水の中の誘惑、一緒にいた恋、東方より来たる友情。失われた過去が甦る時、謎は解け、恋は萌え、剣は輝き、そして扉は開かれる。さあ、高らかにその英雄の名を叫べ!
ステロタイプな剣と魔法の世界を舞台に、20世紀の科学知識と騎士の技量を持った超人が、自分捜しの旅にでかける痛快娯楽読物。息をもつかせぬ場面転換、気の利いたツイスト、豪胆にして知的な戦士・純情で素朴な乙女・ひね物のトリックスターという一行の編成にも無駄がなく、敵のキャラクターも立っている。見事なまでにプロの仕事。豊田有恒の訳文も歯切れがよく、読者をさくさくと作品世界に誘う。とびきりの驚きや、超発想があるわけではないが、今尚、鑑賞に堪えるユーモア・ファンタジー。粗製濫造される日本の後継者たちは、せめてこの話ぐらいは読んでおいてくれい。

(今月入手した24冊、今月処分今月処分した本:5冊、今年の増減+299冊)


2001年3月7日(水)

◆とうとう花粉の症状が現われる。スギ系の人に比べると例年2週間遅れぐらいで発症し、2週間遅れで直るという循環。ああ、鬱陶しいったらありゃしない。とにかく物の味が分からなくなるというのが辛い。実は2週間前の特命リサーチ200Xに刺激を受けてタバコをやめている。タバコをやめると、食べ物の匂いや味がよくなるというのが「んじゃ、ちょっとやめてみっか〜」の主たる理由。折角、鼻孔や舌からタバコの「毒」が抜ける頃に花粉症じゃあ割りに合わないですう、チーフ。んー、そうだねー、でもそれはまた別の話だねえ(森本レオ調)
◆会社の近所に出版各社の目録を常備して「御自由に御取りください」を励行している書店がある。しょぼい本屋なので、普段は余り買い物をしないのだが、目録を貰う時には、何かしら買わねばという気になる。思う壺である。で、ハヤカワ文庫解説目録2001年1月版と扶桑社海外文庫解説目録を貰うついでに、本屋で買わなければ意味がない本を3冊購入。
「加田伶太郎全集」福永武彦(扶桑社文庫:帯)762円
「二十世紀鉄仮面」小栗虫太郎(扶桑社文庫:帯)780円
「怪奇探偵小説傑作集1岡本綺堂集」日下三蔵編(ちくま文庫:帯)950円
まあ、加田伶太郎は「d」マークだよなあ。小栗本はエッセイが充実しているので「d」ではないっす。岡本綺堂も買いでしょう。ハヤカワ文庫の解説目録は、いつもと同じぐらいの厚さ。毎年あれだけ新刊が出る傍らそれに匹敵する数の本が死んでいる(=目録落ちしている)なによりの証拠である。でも、スタートレックですら最早聖域でないというのはショックだよなあ。カーも復刊の報で湧き上がる一方、「貴婦人として死す」「火よ燃えろ!」「死者のノック」あたりが目録落ち。「死者のノック」はともかく、前2つは常備品だと思うぞ。
◆田原総一郎の講演を聞く機会に恵まれる。テーマはITなのだが、どうしても「自民党」ネタが混じるのは御愛敬。ちゅうか、聴衆もそれを期待しているところがなんとも。最終的に「IT時代に生残るためには何をしなければいけないか」について、もう一つはっきりしなかったところもお約束。いや、まあ「コンテンツが重要」って事なんですけどね。「ではどのようなコンテンツが必要とされているのでしょうか?何かご示唆を」という会場からの質問に対して「それが判らないから面白い!」だもんなあ、ヲイ!しかしながら、とにかく1時間半のうち、一瞬たりとも人を飽きさせない話芸には感心する。見習いたいものである。すくなくとも、「田原総一郎」というコンテンツがIT時代を生き抜いていけそうな感触はございました。はい。あたしも前日のベストセラーネタに何の反応もなかったからといって落ち込んでいる場合ではないのである。むうむう。
◆ところで、その企画の総合司会がNHKの黒田あゆみアナであった。相変わらず凄まじく知的な声である。あの声で何か命令されたら魂を抜かれたようになんでもやっちゃいそうな声である。自己紹介の瞬間、場内のおじさん達が息を呑むのか判った。田原総一郎が出てきて、魔女の呪文が解けた感じがした。うーむ、一度でいいから、黒井ミサやってください。


◆「シーラカンスの海」井原まなみ(早川書房)読了
購入時の日記に出版社を「角川書店」と誤記している筈である。本日の課題図書に引っつかんで出て改めて早川書房の本であった事に驚く。今でこそ、早川の国内ミステリは珍しくないが、この本が出た11年前には早川の国内ミステリというのはそれだけで1ランクステージが高い印象があったものだ。古くは徳川夢声編「私だけが知っている」(未入手)、20年ほど前には小泉喜美子「血の季節」とそして10数年前の「そして夜は甦る」、早川の国内ミステリは早川であるが故に洒脱にして翻訳物に匹敵するレベルを約束された信頼のブランドであった。というわけで、開巻即この書への期待は作者の意図とは無縁に高まってしまった。井原まなみといえば、昨今は旦那との合作を復活させた警察署長のシリーズが有名だが、これは井原単独名義。衆人環視の中の毒殺と奇妙な館での密室殺人という本格ミステリの王道を行きながら、同時に女性の社会進出に纏わる様々な課題提起もおこなうという贅沢な読物である。こんな話。
姑との同居を機に検事である夫とすれ違いの日々が続く元ニュースキャスター彩子。事件は彼女の高校の同窓会で起きた。衆人環視の中で毒殺された女性市議・正木克子は、ありとあらゆる社会正義を標榜し男社会に闘いを挑んでいた闘士であった。彩子は偶然、彼女の友人・新見由紀の夫である功が克子にコップを渡したのを目撃していた。スーパーの女社長・由紀の下で、自然食惣菜店をヒットさせていた功にとって、正木市議は、その自然食品の供給元を巡ってライヴァル関係にあった。彩子と同窓のエリート検事・古賀は、功の周辺を洗い始めるが、今度はその功が節分の夜、多数の来客で賑わう新見家の自室でガス中毒死を遂げる。果して完全な密室の中にガスは如何に引き込まれたのか?夫に頼らず会社を守ってきた女社長・由紀、家に生涯を捧げたその兄嫁・信子、自然食品に科学的に取り組む信子の息子・栄太、被害者の子供を宿した自然食品部門の看板ママ・佐伯礼美、数々の容疑者が入り乱れる中、事件の真相を追う彩子。シーラカンスを夢見た男の遺した海辺の館で、交錯する欲望と殺意、そして愛と憎しみ。海に通じる路を人の営みと澱みが行き交い、「女」を封じ込める「家」の扉は静かに閉じる。
素晴らしく女が描けている。これに尽きる。主人公たる子持ちの元ニュースキャスターの焦燥と叫びは、多くの働く女性の共感を得るのではなかろうか?他にも社会正義の名のもとに闘う女、専業主婦を必死に演じる女、家業に命を懸ける女、奪う女、人知れず尽くす女などなど、ありとあらゆるいまどきの女たちがこの作品には息づいている。この女たちの吐き出す「毒」を正面から受け止める事のできる男は相当にタフな人であろう。個人的に「そこまで言う?!」と思わず目を背けたくなる台詞もあって、なかなかに痛い話であった。そこまで社会派である一方でミステリとしての造りもしっかりしており、伏線が伏線として生きる様式美に満足感を覚える。密室トリックなんぞは、なぜ密室にしなければいけなかったのかがはっきりしない<初めに密室ありき>であり、余りに社会派な内容とのミスマッチ感がなんとも不思議な味を出している。ここで、バランスぶち壊しと立腹するか、律義にして不器用なミステリ観と微笑むかは、読者次第。ちなみに私は後者である。お勧め。

(今月入手した23冊、今月処分今月処分した本:5冊、今年の増減+298冊)


2001年3月6日(火)

◆昼休みに近所の本屋を覗いていたら新刊文庫が横目で睨む。ぴくぴく。
「日本ミステリーの100年」山前譲(光文社知恵の森文庫:帯)648円
20世紀を1年毎、日本のお勧めミステリーで振り返るという凄まじいアイデアである。もしや、山前さんが単独で他人の褌以外で本を出すのは初めてではなかろうか?とりあえず、この本は買いでしょう。
ところで、著者紹介のところの写真は一体誰やねん?現在の山前さんを知っている人は、この写真だけで大笑いできまんな。
◆西大島定点観測。何にもないですうう。
「タイムマシン」HGウエルズ(角川文庫)70円
「探偵事務所・鷺の舞殺人事件」鳥羽亮(角川NV)100円
「ハサウェイ殺人事件」平岩弓枝(東京文芸社:初版・帯)100円
「秘画殺人事件」石沢英太郎(集英社:初版・帯)100円
「小説 あしたのジョー」高森真士(ヘラルド出版)100円
ウエルズは背表紙にSFマークがついているという理由だけで購入。平岩・石沢は帯があるという理由だけで購入。やりようによって最も高額が狙えるのは「小説 あしたのジョー」かもしれない。で、高森真士が梶原一輝の実弟の真樹日佐夫である事を今の今まで知りまへんでした。がああん。ジョー萌えでお入用の方がいらしゃいましたら、お譲りしまっせ。
◆さしたる買い物もなかりせば、昨今のベストセラーネタなど。

「古本はどこへ消えた?」
いつも3冊200円で面白い掘り出し物があった古本屋。そんな夢の古本屋からある日、出物が一斉に消えてしまった。均一棚には赤川次郎と山村美紗と内田康夫ばかり。常連であった一人の古本通は、その古本屋を見限って、苦労の末、新たな穴場を発見する。しかし、よかった頃の夢を見て諦めきれない男がいた。そんな彼は均一棚が「七つの習慣」や「愛される理由」で埋められ、ついには「チーズはどこへ消えた?」で占拠される日に、棚の前で息絶える。人生の真理を説く啓蒙の書。ビジネスマン必読。

「本持ち父さん 貧乏父さん」
本を買いすぎるお父さんは、場所をとられて、その維持費だけで貧乏になっていくという冷酷なる公理を説いた書

「奇跡の法 古本再生の原理」
良い報せ、良い報せ。我こそは再生神ヤースリ・カケターレである。<秘密の魔法>は貴方の中に在る。御不要になった教祖、聞き飽きた説教などございましたら、是非お持ち下さい。

「光に向かって100均の花束」(1万冊堂出版)
「真の血風は日常生活の渉猟から生ずる」をテーマに古本者の壁を破るヒントが満載。「忍耐というのは『こしょだなあ』と思い出せば、早起きも行列も辛くなくなる。勇気とは『こしょだなあ』と思えば、目の前で探求本を抜かれても赦せるようになってくる。『こしょだなあ』の稲にすがって、駄本の嵐に向かって、一冊でも前進したいものである」

「紙婚式」
<私は本と結婚したんじゃないわよ!!>結婚1年目の危機を描く。

「灰や」
というわけで、蔵書を燃やされてしまった夫の怒りが夜を紅蓮に染める。地方消防と警察の縄張り争いの中で孤立無援の闘いに挑む新宿鮫!!
まあ、半年後にはみんな百円均一送りですわなあ。


◆「贋金シンフォニー」PGウィンズロウ(ポケミス)読了
本日の課題図書は20年前のポケミス。英国警察小説である。主人公のマール・カプリコーン警視は、遺産のお蔭で金に不自由がない富豪刑事、ごく普通の刑事は、ごく普通の功績をあげ、ごく普通の昇進を遂げました、でもたった一つ違っていたのは警視様は魔術師の息子だったのです、というわけで、亡父の共演者であり、お産で亡くなった母の妹である3人の奇矯な叔母が魔術師姉妹としてマスコミの人気を得ているという設定が珍しい。今のところ日本で紹介されているのは、このシリーズ第4作のみ。第一印象としては、まずまず。最近人気のリバース警部が英国版「非情のライセンス」とするならば、まあ英国版「華麗なる刑事」ぐらいには及第点。ただ、作者に変なこだわりがあるのか、普通の感覚であれば240頁程度で終るべき話が延々ポケミスで300頁弱の長さになってしまったのは頂けない。それでもなんとか読み通せたのは一重に翻訳者の功績である。読みながら「随分、しゃきしゃきした歯切れのいい訳だなあ」と思い、改めて訳者名を確認したところ、誰あろう浅羽莢子であった。素晴らしい。で、中味の方はこんな話。
カプリコーンが弟のように付合ってきた後輩警部コッパーが厄介事に巻き込まれる。なるほど、同棲相手に酒場を経営させている警部というのは通常の警察の感覚からすれば異端である。そして、その酒場で、恋のライヴァルとして浮上してきたマフィアが急死したとなると、更に事はややこしくなる。マフィアの妻は自然死では有り得ないと譲らず、カプリコーンは憂鬱な思いに憑かれる。一方では、現代のモリアーティー教授とでも呼ぶべき「プリクストン・ジム」の仕組んだ大々的な通貨偽造事件と銀行強盗事件を追うカプリコーンであったが、コッパーの無実を晴らすために動きだすや、彼に様々な災厄が襲い掛かる。奇矯な叔母たちの来襲、自宅の爆破や、情報屋の「事故死」、そしてマフィアの死にとある疑惑が持ち上がった瞬間、もう一つの決定的な殺人事件が勃発する。果して大奇術師の息子は、累卵の危うきから脱出し、勝利を収める事ができるのか?
幾つもの事件が並行して起きるが、それぞれが微妙な連環を持つというのは、完全に独立した話が進む87分署スタイルとは別の警察小説の伝統でもある。やたらと女にもてる警部が殺しの罠に嵌まるというメイン・プロットはなかなか読ませ、更に端役に至るまで丁寧なキャラクター作りを施す作者の腕前は、さすがシリーズ化されるだけのことはあると納得。特に、警部の情婦であるジェスやカプリコーンの3叔母たちのキャラの立たせっぷりはお見事の一言。はっきり言って、この魔術師三姉妹の方が推理小説の探偵役としてはまり役である。しかし前述のように、殺人犯人が判明してから延々40頁近くを謎の黒幕追跡に費やすこだわりには些か辟易とした。いかにそれが犯罪者として大物であっても、やはり推理小説の華は「殺人犯」である。それが割れた段階で幕をさっと下ろすのが手際のいい演出者というものではなかろうか。第4作のみで紹介が終った事がこの作品の評価を如実に物語っていると言えよう。幾つか光る部分も感じるのだが、翻訳された警察小説は総て読むという人が読んでおけばよい作品であった。

(今月入手した本:20冊、今月処分した本:3冊、今年の増減+297冊)


2001年3月5日(月)

◆休日がイベント続きだったので疲れが抜けない。ああ、磯辺のナマコみたく何もせずにぼーっと寝ていたい。世の中のお父さんたちの頑張りようには敬服するよ、ホント。
◆銀河通信の掲示板にも書き込んだが、テレビTAROを立ち読みしたところ、キャプテン・フューチャーの再放映開始は3月28日から、「ベルばら」の後番組らしい。原作は太陽系を中心に物語が構成されており、火星人やら金星人やら土星人やらがわらわら出てくる話なのだが、さすがに天下のNHK様としては、最新の科学的知見を踏まえ、異星人の棲家を太陽系外に求めている(爆)。まあ、その辺りの改変が、原作のB級ぶりを偏愛する真正マニアとしてはちと辛いところなのではあるが、オープニング・ナレーションの大見得ぶりは、日本アニメ史上に輝く出来栄え。「時は未来、処は宇宙。光すら歪む果てしなき宇宙の闇に愛機コメット号を駆るこの男。太陽系最大の科学者にして冒険家、カーティス・ニュートン。だが人は彼を『キャプテン・フューチャー』と呼ぶ」だもんなあ。なんてったって、広川太一郎の主役声がいいのよ。つまりストレーカー司令官ですな。大野雄二のBGMも泣けるしなあ〜。出来はよくないんだけど、ちょっと可愛いアニメなんだよなあ。たとえば伊東岳彦の「宇宙英雄物語」なんかはアニメ版キャプテン・フューチャーの造形から影響をうけまくりだし、なんだか、久しぶりに録画したい再放送アニメの登場である。ああ、磯辺のウミウシのように録り貯めしたキャプテン・フューチャーをぼーっと見ていたい。って、やるじゃないか、ウミウシ!
◆松本さん、日下さん、クラブの後輩に送本。はあ、2ヶ月がかりでやっと2/3の人に送本が終る。さあ、年度内発送は可能であろうか?
◆就業後、歓迎会のため古本屋に寄れず購入本0冊。


◆「スタイリスト殺人事件」岡田豊(万有出版)読了
名も知れぬ人が名も知れぬ出版社から「長編推理小説」と銘打って本を出すというのは何も昭和20年代、30年代に限った話ではない。推理小説の氷河期と思われる昭和40年代中盤にもこんな本が出ていたのである。などと納まっていると「あ、読みましたよ、それ」とか云う人がわんさと出てくるのがうちの掲示板なのである。まあ、私が持っているぐらいなので、大して珍しい本というわけでもないであろう。それにしても、自費出版が比較的容易に出来る昨今、この類いのマイナー作を追うブックハンターの闘いは熾烈なものになっていくんだろうなあ。い〜ち抜けた〜。
閑話休題。これは、広告業界を舞台に男と女の修羅場を描いた徹底的に通俗な殺人物語。いわゆる「ゼロ時間へ」タイプの話なので、真っ当なミステリ読みには一見辛い話である。ただ、リーダビリティーは高いので、なんとなく読まされているうちに、それなりのツイストで満足感が得られてしまうといった風情の作品であった。こんな話。
業界大手の広告代理店「国際広告」の部長・浦上は、差出人不明の脅迫状を前に、スタイリスト西方京子との爛れた関係を振り返る。かつて右も左も判らぬモデルの卵であった京子に手をつけ、その若い肉体の見返りとして専属スタイリスト的な立場を与えてきた浦上。だが、TVCF製作プロダクションの下っ端ジョージと京子の出会いが、爛れた平穏をかき乱す。男の嫉妬は、陰湿な下請け虐めを招き、神を演じる者は、自らも哀れな道化に過ぎない事を悟る。純情の暴走はその捌け口を何処に求めるのか?殺すものと殺されるものが海に出た時、作者の企みは紺碧に沈む。
とことん通俗、しかも小説は余り書きなれていないのか、話の運びはぎこちなく、主人公たちへの感情移入を阻む。ところが、人を騙すという一点において、この話はよくできている。期待値の低さ故なのかもしれないが、ラストに至り「ほほう、そうきましたか」という満足感があるのだ。先日の「シャット・アウト」が出来の悪い2時間ドラマだとすれば、こちらは気のきいた30秒CFといったところ。ある意味、律義に推理小説の定法を守っている。「長編推理小説と名づけられたものは全て読む」と決意している人だけが読めばよい作品ではあるのだが、ちょっと嬉しい不意打ちだったので、褒めておきます。

(今月入手した本:14冊、今月処分した本:3冊、今年の増減+291冊)


2001年3月4日(日)

◆未明に13万アクセスを突破。毎度ありがとうございます。でも最近キリ番のご報告がないので、少々寂しい思い。<機械>が踏んでいるのかなあ。
◆起きると二日酔。うーむ、酒の呑み過ぎで気分がすぐれないというのは久々。が、慶事で春の嵐の中を外出。終了後はさながら台風一過の晴天。両親を見送り、1軒だけ古本屋をチェック。
「嗅覚異常」北川歩美(祥伝社文庫)100円
「アイランド・オブ・スティール」SPコーエン(早川書房)100円
「シーラカンスの海」井原まなみ(角川書店)100円
「シャイニング(上)」Sキング(パシフィカ:再版・帯)100円
「盟約の砦」藤村耕造(角川書店)200円
d「ドグマ・マ=グロ」梶尾真治(徳間ノベルズ)150円
「シャイニング」は上巻だけだが、帯付きのもの珍しさだけで購入。どなたか、お入用の方いらっしゃいませんか?うーむ、この頃はキングもまだ知られていなかったんだよなあ。帰宅して、鍋の余り物をつつきながら、録画しておいたアギトを視聴。その後、爆睡。


◆「ダーティーペア 独裁者の遺産」高千穂遙(早川書房)読了
「一旦は打ち止めになったうちらの冒険だけど、宇宙百億のファンの皆様がだまっちゃいない。玉のお肌にナイス・バディも初々しい、ラブリーエンジェルが単独で初見参した事件の顛末や如何に?!って、マイクロソフトのコンテンツビジネス企画で復活したネット小説。勿論、イラストは安彦先生。アニメの土器手司もいいけれど(るりあは問題外。何なんのよ!あの色気のない身体は!)やっぱ、うちらの魅力を余すところなく百億のファンに判ってもらうには安彦先生のむっちりしたラインでなきゃ駄目。だって、そうでしょ。誰も、小説なんて期待しちゃいないんだから。その辺は、クラッシャー・ジョウもおんなじだけどさ。クラッシャー・ジョウといえば、最初の劇場映画の劇中劇でうちらの映画をやってたのが最初で最後の動く安彦画のラブリー・エンジェル。ああ、いいわよねえ。とにかく動く!動く!もう、むちむちの躍動感が、はあ、我ながら魅力的だわ(はあと)。
で、今回のミッションは、とある辺境の惑星を支配していた独裁者が倒されるんだけど、その独裁者の『遺産』を巡る革命政府と皇帝の息子たちの争いに終止符を打つ事。なんで内政不干渉が建前のトラコンがこんな依頼にOKを出したかっていうと、『遺産』の内容がかなりヤバイからみたいなんだけどさ。さあ、いくわよー、ユリ。すっごく性格の悪い相棒だけど、とりあえずあんたしかいなんだからね。へ?『MUGIはどうしたのか?』って。慌てない、慌てない。なんのために、今回のお話が昔に溯っているのか、考えてみてよ。ほら、勘のいい貴方にはもうわかっちゃったでしょ?でも、いいの。どうせ小説なんて誰も期待しちゃいないんだがら。まあ、うちらの活躍をよーく、めんたまひん剥いてご覧あれ。今回も手際よく、要塞も惑星もギッタギタにぶっちらばっちゃうんだから(はあと)」
といわけで、カラーイラスト2枚、白黒イラスト5枚です。まあ、CGグラフィックは御愛敬。白黒イラストでダッペの良さをご確認あれ。

(今月入手した本:14冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+294冊)


2001年3月3日(土)

◆両親がやってくる。半日がかりで、家の片づけ。夜は鍋をつつきながら痛飲。「ネットで親父の名を検索したらヒットしたぞ」という話を披露する。「お、見せろ、見せろ」と言う訳で、アクセスしてみせる。もっとやってみろというので、今度は妹の旦那の名前を検索すると、こちらは随分ヒットする。顔写真まで出てきたので母親は大はしゃぎである。で、興が載ってきたので、このサイトを見せるが、こちらは「ふーーん」でおしまい。「13万近いアクセスがあんねんで」と言っても「それで、お金もらえるん?」としれっと聞かれてしまう。あああ、は、母上!聞ーてはならんことを〜っ、あ、貴方と言うお方は!


◆「冬休みの誘拐、夏休みの殺人」西村京太郎(中公NV)読了
なぜか西村京太郎が続く。たまたま「山」の一番上にあっただけのことなのだが。で、「おお21世紀」ほどではないが、異色の中編集である。まだ西村京太郎が新進気鋭の乱歩賞受賞作家であった頃に学習誌に発表されたジュヴィナイル3作品を収録した拾遺集。日記にも書いたが、たまたま4冊200円棚の数あわせに拾うまで、このような貴重な作品集が編まれている事すら気がついていなかった。こういう企画はもっと大々的に宣伝されてしかるべきある。んでもって「お、少年ものの発掘って、結構評判いいジャン」と出版社に多いに誤解して頂きたい。さすれば「今日は京太郎だが、明日は明日の風太郎である」てな事に繋がるかもしれない。尤も、この京太郎の作品自体も実に丁寧な仕事であり、決して「呼び水」レベルの作品集などと侮ってはいけない。少なくとも梶龍雄のジュヴナイルよりは遥かに出来がよかった。ブレイク前の京太郎を愛好される方は是非是非手にとって頂きたい作品集である。以下、ミニコメ。
「その石を消せ!」高校1年生の冬休み。全く意味のない事をしようと、東京の石を九州の石と置き換える旅に出かける僕。だが、只の石ころを「宝石」と勘違いした何者かが、僕を襲い、更には偶然車中で知り合った少女スターを誘拐し、「宝石」を渡すように迫ってくる。身代金の受け渡し役に指名された僕が、敵の懐で遭遇した恐怖とは?「意味のない」事を目指した筈の一人旅は、日本中を興奮させる大事件へと発展していくのであった。全く意味のない事をしようと発想が秀逸。のっけから思いがけない展開の連続に感心。フーダニット趣味も合格点で、上々の出来栄え。なんとも初々しい高校生群像である。
「まぼろしの遺産」僕がその女子高生に声をかけたのは、懐かしさからだった。だが、中学の頃同級で仲良しだった彼女由里子は僕を無視する。彼女と連れ立っていた怪しげな30代の男は一体何者なのか?と、そんな疑問に駆られる僕のポケットに何時の間にか忍びこまされた由里子の定期券。誰が、なんのために?由里子に定期券を返そうと彼女の学校に向った僕は、由里子が既に学校をやめている事を知って愕然とする。そして彼女の行方を追う僕は、やがて巨大な遺産を巡って伊豆の邸宅で繰り広げられる欲望と死の構図に遭遇するのであった。これも謎の発端が巧い。しかし、舞台が伊豆に移ってからはやや平板。推理小説として余りにも通俗な設定が、高校生とはマッチしないと言う事か。
「白い時間を追え」妻殺しの容疑をかけられた兄の無実を晴らすため奔走する中学生。だが、兄には殺害時刻前後の記憶がない。そこへ兄に礼を述べたいという女学生の電話が入り事件は回り出す。暗闇の中で僕の聞いた謎の言葉の意味は何だったのか?「幻の女」を中学生向けに翻案した作品といった風情。兄の記憶喪失がやや不自然であり、主人公も中学生にしてはしっかりしすぎているが、意外と面白く読めた。クライマックスのサスペンスも充分。

(今月入手した本:7冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+287冊)


2001年3月2日(金)

◆ぐあっ、雪ですかあ?とビビるが帰る頃にはすっかり晴天。んでもって銀河通信は安田ママさんの「タイム・トラベル」ミニ企画を覗きに一駅手前で下車して駅ビル5Fへ。ほいほい、確かに並んでおりました!ママさんお手製のPOPも立っていて、要約すれば「2001年。時の謎を探しにでかけよう〜」、敷衍すれば「私たちは2001年に生きている、随分先の事だと思っていた21世紀。まだ宇宙の旅は実現していないけれど、確かにここは、昨日までの未来。そして、それは明日から見た過去。何物をも呑み込み轟轟と流れる時の大河、その汀に刻まれた幾星霜の数多の歴史、人生、神話、物語、科学、そして謎。ここから夏への扉は開かれる。時間旅行へのパスポートを御用意しました。担当者超おすすめの<タイム・トラベル特集>!!(はあと)」といった意味のことが書いてある(全然違いますかそうですか>ママさん)。おお、一応私の推した「ビロードの悪魔」も積んでくれているぞ。でも、売れている気配がないなあ。うう、依光画ならもう少しインパクトあるんだけどなあ。いかにも加藤直之な絵の中では、タロット表紙はめだたないよなあ。すまんこってす。あれこれ新刊をチェックするが、買ったのはマイナーどころ。
「仮面ライダー・クウガマニア白書」I−NETファンクラブ連合軍(コアラブックス)1200円
「小松左京マガジン創刊号」(角川春樹事務所)952円
これだけで2200円。ひゃあ、新刊は高いのう、とレジに並ぶと、左手正面に制服姿のママさんを発見!そうか、今日は遅番だったんだな。一度見かけると続けざまに見かける野生のマーフィー。しかし、目の前の獲物(=お客さん)に集中しておられて、こちらには気づいてくれない。レジは臨時で立ったのか一人片付けると、また自分のテリトリーのサバンナ方面へと颯爽と去っていかれてしまった。黒ストッキングに包まれたセルゲティ・トムソン・ガゼル(←適当)のようなおみ足が涼やかである。がるるるる。
◆クウガのマニア本は、グロンギ語の完全読解法と台詞の日本語訳がついていて、とても嬉しい。そーかあ、そーゆーこと言ってたのね。ふむふむ。例えば、グロンギ語に置き換えると、この日記の冒頭はこんなふうになる。
「グガッ、ジュビゼグガガ?ドヂヂスガ、バゲスボソビザ、グッバシゲギデン」
うう、何か悪だくみをしてそうじゃわい。
それに引き換え「小松左京マガジン」は読むところのない本だねえ。まあ、いずれ効き目本のなるかと思い、創刊号は押えたものの、2号は考えちゃうよなあ。尚、HMMの最新号は、補充されたようで、「うそ!」と言うほど沢山あった。思わず買いそうになった自分が怖い。
◆その後は約束のブックオフチェック。
「消せない呪い」花房孝典(情報センター出版)100円
「少年容疑者」松木麗(学陽書房)100円
「イギリス・ユーモア文学傑作選 笑いの遊歩道」澤村・高儀編(白水社uブックス)100円
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」グレイ&ヘイズ(二見書房サラブックス)100円
d「銀河は滅びず」谷甲州他(新時代社)100円
一体、サラブックスの映画ノベライズって何冊でてたんでしょうね?一歩前進、行先不明。
◆23時過ぎに思い立ち、パソコンでSRベスト5に駆け込み投票。ふう、間に合ったああ。要は「永遠の森」と「刑事ぶたぶた」に9点を投じておきたかっただけなのであるが。


◆「シビュラの目」PKディック(早川SF文庫)読了
考えてみれば、この日記でディックが出てくるのは初めてかな?。実はまだ山のように積読がある大作家の一人。サンリオで追っかけた作家というのは、どうしても「勿体無さ」が先に立ってしまい、なかなか読む気になれない。とは申せ、ディックも短編集は比較的取っ付きやすく、ハヤカワNVの「地図にない町」を皮切りに、サンリオ、ソノラマ海外、新潮、教養文庫と真面目に読んできている。特に初期から中期にかけての作品には、気難しくも宗教がかったジャンキーという晩年のイメージから程遠いお茶目な遊び心溢れるものが多く、ブロックやシェクリイ並みとまではいかないが、個人的に「愛」の領域にある作家である。この作品集も、表題作を除けば、なかなかB級テイストに輝く中期作中心の編成。無用に長いものもあるが、基本的には「原ディック的」なアイデアが吉で、楽しめた。以下、ミニコメ。
「待機員」機械の補完の筈の大統領待機員が外宇宙からの侵略を機に権力の座に就く。彼に闘いを挑むテレビの人気者。戯画化された権力の果て。何故か舞台劇を見る思いがするのは、「密室劇」故か。軽いタッチの政治風刺SF。それ以上でも以下でもない。
「ラグランド・パークをどうする?」即興で曲を創るたびにその歌詞が現実化してしまう天才歌手を巡るドタバタ劇。「待機員」の世界をそのまま活かした、どこか明るい殺人劇。道化役の歌手のキャラクターが光る。まさに「道化」論を物語化するとこうなる。
「宇宙の死者」冷凍睡眠コングロマリットを襲う宇宙を股にかけた幽霊陰謀劇。霊廟のイメージが強烈な印象を残す作品。ディックだからという思い込みを裏切る正攻法な展開に驚く。無理矢理ハードボイルド、という感がないでもない。
「聖なる争い」神の機械との形而上の闘いは、やがてあるいは風船ガムでいっぱいの地球をもたらす。生真面目な法螺話。
「カンタータ百四十番」黒人大統領誕生への壮大な物語。堕胎と生体部品、偽りの若さと美貌、異形の二重奏、商品化される性、異界への扉、幾重にも重ねられたディストピアな未来絵図がいかにもディックだが、全体的に、やや散漫な印象を受ける。この半分の長さで語って欲しかった。
「シビュラの目」古代ローマ人はSF作家ディックとして生まれ変わり、文明の栄光を称える。自伝的古代妄想狂の夢。高踏と卑俗が同居する感覚に戸惑う。最晩年のディックらしい作品とでもいうべきかなのか?こんなものまで発掘すんなよ、と本人が草葉の陰からぼやきそうな話。

(今月入手した本:7冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+287冊)


2001年3月1日(木)

◆氷雨。しょぼい雨だったのだが気温がぐんぐん下がったために<古本屋行きたい熱>を奪われ寄り道なし。購入本0冊。
◆日本人の質問。「果して小林文庫さんの掲示板は敷居が高いか、否か?」そんなもん、高いに決まっているではないですか!!基本的にミステリに対するスタンスがうちらとは全く違うのだ。はっきりいって、このサイトは主宰者の性格を反映して「本で遊ぶ」というのが基本スタンス。<探偵小説を整理する>とか<ミステリを研究する>という心がけに欠けているのである。だーーっと買って、だーーっと読んで、あーー面白かったーー!!(もしくは、つまんなかったーーーっ!!)なのだ。衆知を集めて電網上でリファレンスを構築していこうという根性の欠片もない。その辺り、小林文庫さんや、成田さんところは「立派!」の一言。中でも、昨今の小林文庫さんの掲示板は、さながら電網推理学会の様相を呈しており、出てくる情報の濃さが尋常でない。3年前に私が遊ばして頂いていた頃とは全然雰囲気が異なるのだ。「あそこに書き込みができれば研究者として一人前」ぐらいのノリである。これを「敷居が高い」と言わずして、なんと申しましょうや?はい。
◆とか、考えていると、拙掲示板に、森英俊氏からのクエスチョン。ジェレマイア・ヒーリーの「アリバイ」という作品は、どの雑誌に載ったのか?というもの。天下の森さんに判らないものが、自分に判る筈もないのだが、一応管理人としてあがいてみる。あれこれ検索しているうちに、「怪の会」でマンハントの全話リストに続いてEQ130号までの全話リストが完成していた事を知る。うわああ、便利ーー。すげーー。更に「翻訳アンソロジー/雑誌リスト」というサイトに行き当たってこれまた驚嘆。なにいい?SFM、奇想天外、SFAはともかく、EQMM/HMMの全話リストだとお?凄い、凄すぎる。単純に尊敬してしまう。いやあ、世の中には凄い人がいるもんです。しかしヒーリーの方は、なおも埒があかなかったので、今度は初出年を当たろうと思い、本家のヤフーで検索を掛けてみると、あちらにはあちらで凄まじいコンテンツ(作家毎の短編リスト・掲載誌つき)なんぞがあって、これまた驚嘆。ところが、依然ヒーリーのリストには「アリバイ」なる作品が見当たらない。うがあ、うがあと頭を抱え、Jeremiah Healy The Alibi で絞り込み検索を掛けてみると、さるアンソロジーがヒットした。なんと語句の並びもそのままではないか!おお!!というわけで「ある仮説」を立てて掲示板にアップ。いやあ、遊び人にしては智恵熱が出るぐらい「勉強」しちゃったぞ。


◆「シャット・アウト」加納一郎(東都ミステリ)読了
株安がとまらない。一応自社株なんぞを給与天引きで買っているのだが、ここ1年で、宝石完揃いが3セット買えるぐらい目減りしてしまった。なにも転売して利ざやを稼ぐ積もりもないのだが、なんとなく虚しいですのう。目減り分をブックオフに換算すると、えーっと、、、うう、怖くなったので止める。
さて、たまには渋めの作品をと思い、取りい出したりまするは加納一郎の長篇第2作。この日記では「開化殺人帖」以来の加納一郎である。突然の株価崩壊(ガラ)に端を発する株屋殺しを追う娘の探索行を描いた「兜町のアイリッシュ」とでも呼ぶべき作品である。で、結論から言えば、これは推理小説の基本が全くなっていない「推理小説もどき」であった。よくも、こんな作品が、ミステリに強い出版社の里程標的叢書から出ていたものだ、と呆れた次第。こんな話。
株屋舟木敬太郎は、証券取引法を犯してまで乾坤一擲の大博打に出る。折りからの株高を受け、4人の客に手持ちの株を押し付けるように売り捌き手にした4500万円を元手に引退を掛けて立会所に向う舟木。そして一瞬の躊躇が、皮肉にも舟木を突然の大暴落から救う。だが、人の欲望と怨念は舟木の勝ち逃げを許さなかった。暴落の夜、何者かの電話に誘い出された舟木は無惨な撲殺死体となって発見される。舟木の愛娘、令子は、殺害者を自らの手で暴くべく、亡父が法を犯してまで大損をさせた4人の客たちのアリバイを密かに洗う。円満に解雇した元従業員たちの証言や、証券新聞記者・真垣の助力を得て、銀座の洋装店経営者、菓子屋の大旦那、公団従業員といった客に迫る令子。次々に関係者のアリバイが成立し、容疑の輪が絞られていく過程で生まれる新たな株の犠牲者たち。薄幸の佳人が探索の果てに行き着いた驚愕の結末とは?恐慌の翳が忍び寄る兜町に、欲望と悲嘆は交錯し、狂気は冷酷に裁かれる。
クライマックスまでは、なかなか宜しい。冒頭、アイリッシュと書いたが、ずばり「幻の女」である。突然の大暴落に狂奔し、悲嘆する金の亡者達の生き地獄を背景に、幸薄い美貌の主が父殺しを追う。なかなかの筆力で犯人捜しの定法に則った手堅い書きぶり、このまま終ればサスペンスとして及第点、と安心していたら、最後の最後でとんでもない裏切りにあった。この作品は、推理小説として最も犯してはならない罪を犯している。即ち「アンフェア」である。端的に言えば、地の文で嘘をついてしまっているのだ。これはいけない。いくら意外性を狙うにしても、やっていい事と悪い事がある。おまけに真犯人の行動は辻褄の合わないところだらけであり、作者は最後の意外性のためだけに時間を掛けて紡ぎ挙げてきた作品世界をぶち壊しにしてしまった。なんとも悲惨の極み。正直言って最終章の直前で、考えていた犯人がありきたりでつまらなくなったために、急遽やり変えたとしか思えない破綻ぶりである。仮に、作者に推理作家としての良心があるなら、この本を全品回収して読者に本代を返却しなければならないレベルの反則本である。怒髪天を突く大愚作と申し上げておきましょう。

(今月入手した本:0冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+280冊)