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2001年2月6日(火)

◆またしても思いっきり残業。川口文庫は今日も受け取れず。ああ、購入本0冊、、、んじゃないんだな、これが。
◆話は昨日に溯る。22時、重い足を引き摺って新橋にでた私は、そこでいつものチャリティー市の準備が整えられているのに出くわす。勿論、そんな時間なのでテントも平台も閉じている。「はあ、神も仏もないものか」。で、帰宅すると、よしださんが新橋駅地下で美味しい思いをされた、という大丈夫日記の記述。ここでふと思った。よしださんに「いいなあ。でも、地上ではチャリティー市をやってたのにねえ。けけけ」と書いて茶々入れするのは易しい。しかし一時の鬱憤晴らしに身を委ねてしまうと、またどこのハイエナどもを召喚しないとも限らない。ここは潔く悔しがっておくだけにしよう。明日のため、今日の屈辱に耐えるのだ(沖田十三)。「あ、よしださんが渡辺啓助展の帰りがけの駄賃に私の「庭」でソノラマ海外を拾っているぞ。うがあうがあ」。そして、本日、昼飯を抜いて、会場にすっ飛んでいたのである。ひょいと棚を覗くとなかなか良さげなくすみ具合。裸本も多く、何かありそうな手応えが漂っている。とりあえず、新書コーナーで拾ったのはこんなところ。
「女体の幻影」佐賀潜(東京文芸社:裸本)100円
「黒壁」水上勉(角川小説新書)100円
「みんなが見ている前で」藤原審爾(コバルト新書)100円
文庫コーナーでは、あ、そういえば、これって買ってなかったよなあと思い、今更ながらの買い物。
「黒いチューリップ」Aデュマ(創元推理文庫)100円
そして、ハードカバーコーナー。ここで、ついに我が目を疑う本に遭遇したのである。

「キリストの石」九鬼紫郎(日本週報社)100円!!

思わず目が点になる。ど、どっひゃああ!!な、なんでこんなものが、ここに??黒白さんではないが「君はねえ、こんなところにいてはいけない本なのだよ」と心の中で唱えながら、手の震えを押えつつ、がっちりゲット。うううう、嬉しい。ちゃんとカバーもついていて、この値段。今年ここまでのうちでは文句無しの大血風。続いてそのスーパーショットの余韻のうちに、明朗小説愛好家・森英俊氏的収獲をゲット。
「空手のお姐ちゃん」城戸禮(浪速書房)100円
赤いセーラー服のお姐ちゃんが男共をなぎ倒すというお茶目な表紙が素敵。にやにや笑いを浮かべながら、最後をダブリで締めて、足取りも軽く会場を後にしたのであった。
d「霧に棲む鬼」角田喜久雄(青樹社:裸本)100円
そして、夕刻、彩古さんが昼間に新橋を通りかかったという掲示板の書き込みを見て、快哉を叫ぶ。ああ、昨日、屈辱に耐えてよかった。つまんないことを書かなくてよかった。チャリティ市に言及していたら、あの彩古さんの事だ、間違いなく立ち寄って10秒で抜いていったに違いない。いや、その前に朝一番で森さんが浚っていったかもしれない。やはり人間、引く時は引くのが肝腎なのだ。大正解。大勝利。大血風。心の中の「未読王」さんが高笑いするのであった。
◆たっくんにやっとこ送本。遅くなってすみません。ちょっとだけ色つけておきました。
◆フクさんの日記を見てか、数名の方から「私にもダブリ本リストを送ってくれい!」というメールを頂く。うーむ。ここの記述を読んで頂ければお分かりとは思うんですが、あれは、昨年私の感想文ベストに投票頂いた方に回しているものでして、それもまだ半分行ったところであります。ちょっと待って下さい。はい。


◆「人狼原理」CDシマック(早川SF文庫)読了
最近「中継ステーション」が復刊されて話題のシマックである。SFシリーズから文庫落ちして既に20年。その間、ずっと積読になっていた作品である。安田ママさんではないが、私もどちらかといえば「SFの神髄は短編にあり」と日頃感じているクチなので、シマックの作品も短編優先で読んできた。かの「都市」にしても短編の連作だしね、わんわん。しかし、昨年の「中継ステーション」との出逢い以来、これは長篇も大事に付合わなければならない作家であると再認識。期待値の高いまま、この作品に突入した。で、結論的には、その期待は十分にかなえられた。こんな話。
宇宙(そら)から一人の男が降りてくる。過去数百年の間に、宇宙で行方不明となった何万人のうちの一人、アンドリュー・ブレイク。深宇宙でカプセルに載って漂流していたブレイクは回収され、解凍される。そして彼を診た医師は、その身体の完璧さに疑問を感じる。そのブレイクが、その頃、地球を二分していた<惑星開発用に人間を改造する>という「原理」に決定的な「解答」を出す事になろうとは、まだ誰も気づいていなかった…。
200年ぶりの地球の変貌に戸惑うブレイクを、更に謎の記憶の欠落が襲う。雨の中、広大な敷地に建つ一軒の邸宅に辿りついた彼を迎えたのは「原理」を巡る政争の渦中にいたホートン上院議員。そこでブレイクは、議員の娘エレーヌとの運命的な出逢いを遂げる。徐々に明らかにされていくブレイクの正体。「動く家」での<消失>、小動物の姿をした宇宙からの道化者との交感、病院での変態、曝露、そして逃避行。ブレイクはもう一人の自分との出逢いに向けて、懐かしい街へと誘われる。アメリカの大地を駆ける探索体。エネルギーを自在に操る知性体。そして、人として愛し、悩み、叫ぶ変身体。故郷はウィロー・グローブ。故郷は地球。
自分と故郷を捜し求める一つの魂の物語。アメリカの田舎の描写が郷愁を掻き立て、回帰する心に胸キュンが募る。徐々に解凍されていく謎と逃避行が醸す緊張感と自然の中でブラウニーと交わす会話の長閑さのバランスが絶妙。一瞬、視点のふらつきに戸惑うものの、それがまた主人公の戸惑いでもある事を知ると、感情移入が進む。なんとも優しい作家である。ブラッドベリが、過剰ともいえる「もの」で郷愁を演出するのに対し、シマックの道具立ては、この大地そのものである。この人類そのものである。孤独に耐える主人公には、気負いはない。しかし、どこまでも自然体なその姿に読者は「百年の孤独」を見るのである。ラストのツイストは正直読めたものの、パラドキシカルな力強さを感じさせて吉。これもまた必読のSFであった。

(今月入手した本:44冊、今月処分した本:3冊、今年の増減+215冊)


2001年2月5日(月)

◆残業。事務所を出たのが22時前だった。購入本0冊。帰宅するとクロネコの不在通知が待っていた。川口文庫からの荷が着いていたらしい。うう、残念。お楽しみはこれからだ。
◆一服して日記を巡回。大丈夫日記と茗荷さんの日記が「更新されますリスト」に登録されてとても便利になった(あ、よしださんが渡辺啓助展の帰りがけの駄賃に私の「庭」でソノラマ海外を拾っているぞ。うがあうがあ)。これで「更新されてますリスト」に載らない日記で巡回コースは大矢博子さんのところだけとなる。あそこの日記は、「あまりの美貌に思わず尾篭とミスタイプしてしまう」御真影の謎を解かないと入れない事になっているので「更新されてますリスト」には登録されないんだよねえ。
◆ともさんの日記で、2月1日に書いた私の文体模写に「お墨付き」を頂く。たはは、恐縮至極、すみません。ついやってしまいました。でも、人は誰でも心の中に「ともさん」と「未読王さん」を飼っているのです(>ヲイ!)
◆「夜郎自大」企画のダブリ本プレゼント。ようやく折り返し点のフクさんを通過。うーん、徒に数だけ多いリストで、海外ものもそんな大したものはもうないのよ(>フクさん)。えーっと次は大鴎さんかあ。


◆「群青」河野典生(角川文庫)読了
<群青>といっても北方謙三や谷村新司(♪こころの冬ーそーびーー)ではなくて、日本ハードボイルド界にその名も高い河野典生の初期作。生島治郎がまだ小泉太郎だった頃(おお、赤影のオープニングのようじゃ)に企画した早川書房の「日本ミステリー・シリーズ」に書き下ろされた名作中の名作である。哀しいかな、この元版には未だにバラではお目にかかった事がない。鮎川哲也の「翳ある墓標」はしょっちゅうみかけるのに「群青」はみないんだよなあ。勿論、今回読んだ角川文庫も好評絶版中。本の雑誌社の「活字探偵団」で、復刊してほしい作家の一人として著作リストが掲載され既に10年の歳月が流れている。ああ、河野典生の本が当たり前に本屋で買える時代は果して来るのであろうか?で、この、噂に違わぬ「痛い」ハードボイルドは、こんな話。
傷痍軍人の遺児、山地公夫は、少年院上がりの過去を精算し、今では真面目にオイルタンカーで下働きを勤めている。ある夏の夜、恩師から紹介された養子の口をすっぽかし、仕事仲間の稲田幸一とともに、川崎の悪所に繰り出す公夫。だが、そこで彼は置いてきた筈の過去と邂逅する。かつて処女を奪った女ミチ子は、彼の若さ故の傲慢の犠牲となって、苦界に身を沈めていた。気まぐれな贖罪は、一夜の純愛を甦らせ、嘲笑と暴力に晒された時、若者の怒りは卑しい雄を制裁する。そして、翌日、血臭に引き寄せられるようにして現場に戻った彼を、物言わぬ恋人の死体が迎える。光るナイフ。凍った怒り。探索と追跡。追う者は追われ、切り捨てた好意は執拗に若者を絡め取る。盲目的な愛情という名の身勝手が暴走を呼び、炎の船底から鳩は舞う。
貧困が人の心を萎えさせる。炎熱が人の妄執を煽る。友情は何処にある?愛情は何処にある?若さ故の焦燥、満たされない思い。汗にまみれ、血に染まり、そして心は渇いている。簡潔な文体で綴られた、「まだ戦後である」日本の底辺で自分なりの真実を追い求める若者の哀歌。日本の推理小説界にも、かつてハードボイルドの輝かしい曙があった事を証明する名作。プロットは、新劇である。愁嘆場もある。しかし、これは紛れもない「ハードボイルド」なのである。クライマックスの回想は命のリズムを刻み、白日夢の中を歩きだす主人公。よくも北方謙三は同じ題名で同じジャンルの話を書こうと思ったものだ。よくもkashibaは、この作品を今まで積読にしてきたものだ。傑作。

(今月入手した本:38冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+212冊)


2001年2月4日(日)

◆うーん、タイムレンジャーは今いちの最終回でございました。ちょっとガッカリ。アギトは、なんとクウガと連続した世界の話らしい。ふーーん。辻褄、大丈夫なのかね。
◆掲示板でストラングル成田氏の示唆をうけ(御教授感謝)ジョイス・ポーターの「臭い名推理」を拾い読みしてみる(EQ13号所載)。なるほど、これは一発ネタの端整なフーダニット。見事に一本とられましたわい。それにしても、ドーヴァーものを始め、結構ポーターの短編が紹介されていたのには驚く。充分1冊編める分量がありそうではないの。どうしてハヤカワはやらないのかしらん。惜しいねえ。
◆ちょこちょこと部屋を片付けて、ネットで話題の渡辺啓助100歳記念展を覗きに、都会に出かける。著作の現物が沢山並んでいるらしい、あの古本の猛者連中を興奮させるとは如何程のものか、と半ば冷やかしモードで高輪の瀟洒な会場に辿り着くと、おおっ!ショーケースの中に、あるある!末端価格5桁、6桁当たり前な珍本、稀覯本が無造作に並べられているではないか!!こんなにたくさん本が出ていたのかあ、と改めて驚く。特に戦後のレトロでB級な造本がなんとも素敵。自分の持っている本なんぞ、数える程もありゃしない。せめてもの記念にサイン入りの「ネメクモア」と新青年研究会の「渡辺啓助100」を購入。ネメクモア巻末の書誌を見て、更にその作品の多さとキャリアの長さに唸る。そりゃまあ、100歳だもんなあ。
「ネメクモア」渡辺啓助(東京創元社:帯・署名入り)4000円
「渡辺啓助100」新青年研究会編(新青年研究会)1000円
会場には、限定版の「鴉白書」「偽眼のマドンナ」「ネメクモア」が並んでいたが8万円を筆頭にとても手の出る値段ではない。はあ、一体どういう人があの豪華装丁版をお買い物求めになるのでショッカー?
◆先週の憂さ晴らしとばかり、リサイクル系を中心に都内を転々とする。釣果は以下の通り。
一軒目、ブックオフ西五反田店。
「墓場なき死者」夏堀正元(光風社出版)100円
「ボロブドゥル殺人事件」新谷識(双葉社NV)250円
d「モーツアルトの子守唄」鮎川哲也(立風書房:帯)750円
d「死者を笞打て」鮎川哲也(角川文庫)100円
d「ブロンズの使者」鮎川哲也(徳間文庫)200円
d「クイーンの色紙」鮎川哲也(光文社文庫)200円
d「青いエチュード」鮎川哲也(河出文庫)250円
d「楡の木荘の殺人」鮎川哲也(河出文庫)250円
d「幻のテンカウント」鮎川哲也編(講談社文庫)250円
d「ボッコちゃん・おーい、でてこーい」星新一(新潮社PICO文庫)100円
「Puzzle」恩田陸(祥伝社文庫)100円
鮎川哲也スターターセット3歩前進。
二軒目、ブックオフ原宿店。
d「13の判決」英国推理作家協会編(講談社文庫)100円
「王朝哀歌」川野京輔(近代文芸社)100円
「リアライン」飯田雪子(プラニングハウス)100円
「精神分析ゲーム」Bグール(イーストプレス:帯)100円
「800」川島誠(マガジンハウス:帯)100円
はあ、やっとこの店で釣果らしい釣果が。って、ダブリなんだけどさあ。
三軒目、新宿古書センター。
d「EQ100号」(光文社)200円
「Mr.Campion and others」M.Allingham(Penguin)100円
「Tarzan,Lord of the Jungle」E.R.Burroughs(Ballantine)100円
d「ナポレオン・ソロ/こわれたサングラス事件」Pレスリー(久保書店)500円
d「ナポレオン・ソロ/秘密兵器事件」JTフィリントン(久保書店)500円
「五号という名の女」佐賀潜(集英社)500円
EQの100号は、中村忠司さんが探していた筈なのだが、もう手に入れられましたかね?あとは、久保書店のナポソロが安く買えてハッピーラッキー。どうでもいい早川ミステリ文庫に1200円付けている割には、脇の甘い値付けでんな。神保町BCなら5倍付けますね。まあ、3倍は堅いところなかな?誰か、交換しませんかあ?四〜六軒目はいずれも坊主。まあ、半日の釣果としては充分でしょ。小市民的血風でございましょうか。


◆「ペーパーバック・スリラー」Lメイヤー(ポケミス)読了
ポケミスというのは世界最大を謳うだけあって、それなりに信頼できる叢書である。特に100番台から600番台までの充実ぶりは柴田純的「えくせれんとお!」の世界である。創刊当初はシグネットのペーパーバックを模してきたポケミスも、今や紙質、値段ともに世界最高級のぺーバーバックになったと断言してよかろう。一体どこの世界のペーパーバックに帯があったり、ビニカバがあったりする?で、その内容だが、常にエクセレント!というわけでもない。700番台から1000番台までは「今日はカーター、明日はブラウン」な時代であり、個人的にはポケミスの暗黒時代と呼んでいる。徹底したB級路線であり、本格推理はごく僅か。完集を志す前は、このゾーンが一番手薄であった。1100番台以降は、NV文庫やミステリ文庫の創刊があって、スパイ系や冒険系が翳をひそめそれなりの品質に戻ってくるのだが、それでも時々変な小説が混じる事がある。例えば、今回読んだこの作品。題名からは、乗りの良いメタ・ペーパーバック・スリラーを想像していたら、とんでもない目にあった。こんな話。
精神科の女医である私ことサラ・チェースは、学会帰りの機内で退屈しのぎに買い求めたペーパーバック「おとなしく入ってはいけない」を読み進むうちに愕然とする。なんと、主人公が忍び込んだ精神科医の診療室の描写は、私の診療室そのものであったのだ。一体この一致は何を意味するのか?私の患者にもスタッフにも小説を書くものなどいない。誰かが忍び込んだとして盗む価値のあるものといえば、そう!患者のファイル。職業的恐喝者にとって精神科のファイルは宝の山である。知らぬ間に大切なものを蹂躪された気分になった私は、ペンネームの下に潜む作者にアプローチを試みつつ、自分の患者が脅迫に晒されていないかを追い始める。やがて私はもう一人の精神科医に遭遇する。自分の患者たちを薬物漬けにするという噂の禁断の医師。果して、このペーパーバック・スリラーの結末や如何に?
発想を単純化すれば、まあ、精神科の世界の「ブラック・ジャック」対「ドクター・キリコ」てなお話である。それだけ見れば「お、いいじゃん」と思う人がいるかもしれない。ところがどっこい、実はこの話、頭の天辺からシッポの先までウーマン・リヴがぎっしり詰まった説教臭さの権化のような小説なのであーる。とにかくこの「自立した主人公」の独白のくどさにはメげる。御託はいいから先へ進めよ、と声を掛けたくなる事必定。そこでノリが悪くなるものだから、プロットのアラが異様に目立つ。要は、作者の書きたいのは主人公の独白であり、男たちとの会話と葛藤であり、素晴らしき先達の示唆であって、ストーリーは二の次なのである。まあ、ウーマン・リヴのお好きな方はどうぞ。
あとオマケで、この本の早川ミスプリなところを指摘しておこう。この本の表4には例によって著者近影が載っているのだが、なんとそのキャプションは「ランダム・ハウス版」となっているのである。わっはっは。きっと書影が載る筈だったのでしょうな。なんともペーパーバックなチョンボでありました。

(今月入手した本:38冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+212冊)


2001年2月3日(土)

◆只管休養。手負いの獣のように棲家でじっと体力を蓄える。2時頃に家を出て隣駅周辺をウロウロ。安田ママさんの職場で、今更ながらのエヴァ本を買う。
「エヴァンゲリオンの夢」大瀧啓裕(東京創元社:帯)3400円
と、そこで、我々探検隊(って、誰やねん)は遂に制服姿のママさんに遭遇したのである!!おおっ!!生の安田ママ(書店員装備)さんは、わき目もふらず、ちゃっちゃと自分のコーナーの本を補充している。裾が短めの制服からすらりと伸びたおみ足が妙に目立つ。つかつかとこちらにやってくるのだが、目は完全に本棚に集中していて、すぐ横に立っていても一向に気がついてくれない。ま、いっか、とキャッシャーに並んでいると、今度はカウンターの女性が大声で「安田さーーん」と連呼を始める。講談社の本の問い合わせらしい。ダッシュで現われ、タッチ・アンド・ゴーで、またしてもわき目もくれず、自分のコーナーにすっ飛んでいくママさん。おお、なんか知らんが、殺気だっとるぞ。野生の王国だぞ。サバンナの掟だぞ。
お支払いも終って尚もSF&ミステリコーナーをウロウロしていると、またしてもママさん登場。うーん、ここまで出会うのは挨拶しておけというジャングルの精霊の思し召しだなとこっそり声をかける。「あら、まあ、kashibaさーん」と、突然、寛ぎモードにチェンジ。んでもって、久保書店のSFシリーズの前で盛り上がっていると、再び「安田さーーん」という声がカウンター方面から掛かったので、それを潮に退出。非常に真剣な勤務態度に改めて感心しちゃったよ。まあ、私にとっては楽園だが、ママさんにとっては「戦場」なんだもんなあ。弱肉強食だもんなあ。
◆ついでのブックオフチェック。
「燻り」黒川博行(講談社)100円
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美(理論社)100円
「アベンジャーズ」ピール&ロジャーズ(早川NV文庫)100円
「茨姫はたたかう」近藤史恵(祥伝社文庫)100円
「生存者、一名」歌野晶午(祥伝社文庫)180円
「なつこ、孤島に囚われ」西澤保彦(祥伝社文庫)100円
そろそろ祥伝社380円文庫がブックオフに落ちてきた。ホホホ、いかにも読み捨ててくれいといわんばかりの造本だもんなあ。新刊読みの皆さんは、よくぞこの本を380円で買う気になられますのう。字組みをもう少し密にすれば、100頁行かないんじゃないかな、このシリーズ。なんだか、雑誌のばら売りって感じ。


◆「なつこ、孤島に囚われ」西澤保彦(祥伝社文庫)読了
実在の作家を作品に登場させるミステリは枚挙に暇がないが(漱石とかドイルとかポーとか)、同時代の作家を登場させるとなると余り思い浮かばない。仮名で陳舜臣あたりをおちょくり倒した「死者を笞打て」、江戸川乱歩をイメージした「呪いの塔」あたり。あとは篠田某が「講談社ノベルズ憎し」で、奇怪な大長編を上梓したという噂を耳にしている程度。SFでは「亜空間要塞」を筆頭にちょこちょこ見かけるものの、やはり、その辺り「やっていい事とやってはいけない事を心得ている」ミステリ作家の世界ではレアケースなのであろう。で、そこはそれ、禁じ手なしの西澤保彦、掟破りの作品を恥ずかしげもなく世に送った。最近作なので、皆さん既にご承知の事であろうが、ここでいう「なつこ」とは、かのバイセクシュアル作家・森奈津子その人である。しかも、倉阪鬼一郎や牧野修、野間美由紀まで顔を出して重要な役どころを占めるというトンデモない内輪受け。ひやあ、参ったね、こりゃ。こんな話。
ある夜、森奈津子が大柄な女性に誘惑されて、連れ込まれて、押し倒されて、快楽に身を委ねて、気がつくとそこは孤島。島には誰もいないが、食料はたっぷり。毛蟹三昧、酒三昧の日々を送るモリナツが、ふと見れば、向いの島から双眼鏡でこちらを覗く男。「あら、私の事を覗いて、いけない快楽に身を委ねているのかしら」と身勝手な妄想に耽るモリナツであったが、やがて向いの島に警察が大挙してやってくる。そう、既に男は逝っていたのだ。輻輳する人間関係、縺れる男女関係に女女関係。作家仲間との推理合戦を嘲笑う破天荒にして世にもお馬鹿な結末とは?孤島の百合は栗の香にむせ、邪恋は赤い雫を絞る。
もしこの作品が森奈津子の手によるものであれば、わたしは諸手を挙げて「本格変態推理小説家」の誕生を歓迎し賞賛したことであろう。しかし、残念ながらこれは西澤保彦の作品である。前々から相性がよくないと思っていたが、今回は正直泣けてきた。駄目な推理小説もここまでくれば立派というべきか。いやしくも作家たるもの、ここまで実物のイメージに依存した話を書いていいのものか?仮に、この話が面白かったすれば、それは森奈津子がこれまで営々として身体を張って築き上げてきた彼女自身のパーソナリティーによるものであって、間違っても西澤保彦の手柄ではない。プロットはぐちゃぐちゃ、推理合戦の切れは悪く、オチはトンデモ。私の好きな言葉に「世の中には『やっていい事』と『やると面白い事』がある」というのがあるのだが、この作品を読んで『やっていけない事で、ここまで詰まらん事があったのか』と呆れかえった次第。何事も勉強になりますのう。

(今月入手した本:14冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+188冊)


2001年2月2日(金)

◆本日も多忙。今週は1週間が長い。古本屋を回る心の余裕がない。購入本0冊。
◆トイレに持って入る本といえば、ガキの頃は、漫画かショートショート集だった。忘れもしないマイ・ファースト星新一「ボッコちゃん」は、トイレで読んだという鮮烈な記憶がある。その頃の実家のトイレの間取りまで思い出す。それだけ、ショックが大きかったという事であろう。で、最近のトイレの友は、古い雑誌とか、書誌本(推理小説研究21巻の山前リストとか、別冊幻影城とか)。先般勢いで買った「黒猫」だの「マスコット」だのも、最初にじっくりと見たのはトイレの中である。「宝石」創刊号とかもそうだったよなあ。トイレって拾い読みに丁度よいのですよ。うんうん。これを書庫で見始めるといつまでたっても止められなくなってしまうのが、トイレの中だと文字通り「ふん切りがつく」わけで。
トイレネタのミステリといえばジョイス・ポーターの「急げ!ドーヴァー」が最高傑作だと信じているのだが、スラデックの「黒い霊気」や「見えないグリーン」も捨て難い。前者はトイレからの人間消失、後者は殺人現場としての密室トイレ(だったっけ?)。残した長篇2作のいずれにもトイレが絡むというのだから、史上最強の本格便所推理作家なのかもしれない。うーん、そう考えるとデビュー短編の「見えざる手によって」も思わせぶりな題名ですのう。「ああ!拭いたつもりがないのに、いつの間にか!!?」。トイレのフィンさん(>やめんかい)。クリスティが(というかアリアドネ・オリヴァーが)浴槽でリンゴを齧りながらアイデアを練ったように、スラデックはトイレでネタを捻り出していたのな?
日本でもトイレ密室は絶対誰かやっていそうなものだが、萎びた脳みそでは思いつけない。
やりそうな人といえば、山村美紗(「京都大文字金色厠殺人事件」:うそ)とか、
斎藤栄(「タロット日美子対ウォシュレット天照」:おおうそ)とか、
都筑道夫(「キリオン・スレイの排泄と不潔」:ねえよ)とか、
海渡英祐(「はなの曲る死体」:ありそうかも)とか。乞、御教授。
あ、そういえば京極夏彦の「鉄鼠の檻」で厠殺人があったような気がしてきたぞ。
「関口君、この世には拭けない尻などないのだよ。」
「ち、中禅寺!」(京極堂×関口、関口受け)
というわけで、本買い替りに、黒白さんや大矢博子さんみたく尾篭な路線でまとめてみました。どうぞ水に流してください。


◆「くらげの日」草上仁(ハヤカワJA文庫)読了
私の「ちょっと読書に倦んだ時にするりと読める作家」ラインナップに最近登録された作者の第2作品集。二足の草鞋の日曜作家と知って好感度更にアップ。いや、勿論、作家は作品で判断すべきであって、フルタイム・ライターであろうが、アルバイトライターであろうが、関係ない!といわれればその通りかもしれないが、通常の勤務と家族との生活を維持しつつこれだけの作品を仕上げるだけで、共感というか、尊敬の念が湧いてくるのは、いたしかたないところなのである。以下、ミニコメ。
「生物兵器」20世紀から未来人に連れ去られ、泥沼の如き宇宙戦争の和平の使者に仕立てあげられた男が見た驚異のべとべと生物兵器たち。だが、宇宙最凶の生物兵器は別にいた。ま、「宇宙戦争」なわけです。はい。敵の王の長い長い尊称に代表される言葉遊びも冴え渡る古典的アイデア・ストーリー。なんとなく読まされてしまった。
「強制輪廻」人間の生存に適した惑星で連絡を絶った調査員の謎を追う主人公。だから目の前にいるんだってば。精神転移ネタ自体に新しさはないが、軽いツイストのミルフィーユ仕立てが楽しい。
「眼鏡捜し」最終戦争後の地球。狩猟名人を支えるため仕掛を巡り、トレジャーハンターは命懸けの探索行に挑む。オチは見えたものの、発想の斬新さが光る。日常と奇想のマッチングが見事である。
「くらげの日」結婚式に向けて一刻も早く惑星から軌道上の宇宙船に辿り着きたい私を、遊び好きの「くらげ」たちが阻む。機略を巡らす私のトライアル&エラー。だが、最後のエラーの代償はあまりにも大きかった。飄々とした法螺話の終幕に燃える伏線。やんや、やんや。
「サルガッソーの虫」宇宙のサルガッソーに迷い込んだパイロットが遭遇する擬態生物の群。ボトル虫、スパナ虫、驚嘆はエスカレートし、すべての希望が闇の中に呑み込まれていく。ディックの本歌取り。これは吾妻ひでおよりも横山えいじの絵の方が圧倒的に似合いそうだなあ。
「サクラ、サクラ」流行がシステム的に作り出される近未来のシンデレラ物語。だが、時代の流れはどこまでも速かった。「流行」という現象の舞台裏を活写した傑作。工作員たちのキャラが立っており、ラストの女性主人公の台詞が痛い。翻訳ものの域に達している。

(今月入手した本:7冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+181冊)


2001年2月1日(木)

◆不本意な残業。憂さ晴らしに西大島・南砂町定点観測。ああ、何にもねえぞお。
d「狙撃者のメロディー」高原弘吉(春陽文庫)160円
「警視庁物語 追跡七十三時間」長谷川公之(春陽文庫)110円
「他言は無用」Rハル(創元推理文庫:帯)250円
「ルー・サンクション」トレヴェニアン(河出文庫)50円
「聖龍戦記(上下)」リーヴス&プライス(角川文庫)各50円
d「コールサイン殺人事件」川野京輔(広済堂NV:帯)100円
川野本の帯がちょっと嬉しい程度かなあ。
◆掲示板他での皆さんの浦和伊勢丹での釣果を見ていると羨望が募る。ここの市って以前も3巨頭がそれぞれに美味しい想いをしたところだよなあ。ジュヴィナイルに余り興味がないのと、全集買いで香山滋古書収集欲に封印しているお蔭で悲鳴を上げる程じゃないけれども、楠田匡介1冊で身悶え状態。さしずめ、ともさんならば「みなさん、素晴らしい本と出会われましたね。私は少年ものについては勉強不足なのですが、会場での皆さん方の興奮が伝わってきます。それぞれにお忙しい中、時間を工夫されて本との出会いを広げておられる姿には敬服するしかありません。また、今回出会われた本の紹介をして頂けるものと期待しています。」と前向きにまとめられるのであろうが、こちたら邪悪な古本者だあ、チックショーー、くーやーしーいーぞおおおおおお!なんで、みんな平日の朝っぱらから行列の先頭に立てるんだよおお!!
◆業務連絡:ダブリ本の発送&リストの回覧が滞っております。週末までしばしお待ちください。すみません。


◆「プレイボーイ傑作集」(荒地出版社)読了
ヒュー・フェヒナー率いる雑誌「プレイボーイ」がグラマラスなお姐ちゃんのヌード写真だけじゃなくて、良質の短編小説も掲載してきた事は、広く知られているところだが、この本のラインナップを見て改めてその凄さを認識する。日本版PBの傑作集も編まれてはいるがこちらは翻訳を中心に渋いアンソロジーを出していた荒地出版社版。<ニューヨーカー>なんぞよりはお色気と娯楽色が強いものの、なんとも贅沢なラインナップ。数作既読のものもあったが、楽しく読む事が出来た。この本は1500円までなら絶対「買い」ですな。17編収録。以下ミニコメ。
「娼婦稼業は花ざかり」(マシスン)娼婦が押し売りにやってくる。追い返しても追い返しても訪れる美女の群に愛妻家の主人公は身悶え、そして…。このオチしかないという話だが、読ませる。いかにもPBな展開が嬉しい。
「パーティー・ガール」(ウォレス)パーティで出会った美女と美男の恋の顛末を描く。普遍でありながら非凡。男なら誰しもが感じる自信と不安がよく描けている。
「ハスラー」(テヴィス)出所した腕利きのハスラーが素性を隠して賭け競技に挑む小気味よい玉突小説。ラストの台詞が泣かせる<男の物語>。
「安らかな夜の眠りを」(アルグレン)麻薬中毒の娼婦が語る白日夢のごときヒモとの生業。設定はPB向きだが、内容は相当に凝った実験小説も趣。
「春のめざめ」(ロビンスン)本の虫である青年に、健全な感覚を宿らせようとした神父の企みは、頭上で崩壊する。これぞ、プレイボーイ的に正しい物語。
「ポルコシト島の女王」(カーシュ)ご存知「豚島の女王」。再読。そうかあ、これってプレイボーイに載ったんだあ。
「プライス判事狙撃事件」(コールドウェル)厳格な判事に恋した未亡人が、判事の金曜日の謎に迫る時、銃声は響く。手練手管のつもりが、意外に純愛に落ちていた女性の姿が微笑ましい。
「恋のてほどき」(シュワルツ)お嬢さまが究極の恋に辿りつくまでの顛末記。父親の視点が照れ臭く、柔らかなユーモアが楽しい。
「贈り物はもうたくさん」(マーシュ)孤独な女と逃げる男。心への闖入者はいつも口ばかり達者である。会話が巧み。なんとも哀切。
「恋を売る会社」(シェクリー)田舎の星から地球に「恋」の出逢いを求めてやってきた若者が体験する至上の、そして地獄の興奮。主人公の純朴さが痛く、地球人たちの商業主義が笑いを誘う。
「猛魚バラクーダ」(シェルバーグ)知的だが腕っ節に自信のない小説家の夫、美しく健康的な妻、そして逞しい雇われ船長。3人の思いがバラクーダのいる海に交錯する。愛と誇りの再生が心地よい好短編。
「可愛い悪魔」(スレイター)モデル稼業に勤しむニンフェットが起す風。まあ、片岡義男みたいなもんですか。
「凱旋行進」(スレッサー)7年のハルマゲドンに勝利した米国。凱旋行進を待ち受ける女達の狂騒は絶叫に変る。再読。作者のSFの中でも切れ味の鋭さが光る一編
「ヒューマン・ストーリー」(スワドス)売れっ子映画プロデューサーの語る荒唐無稽な<次回作>のシノプシス。よくぞ、ここまでデタラメを並べた。
「イタリアという名のイタリア女」(モラヴィア)二人組みのトラック運転手が拾ったイタリアという名のいい女と哀しくも愚かしい恋の顛末。予想通りの展開でありました。
「旅するセールスマン」(ブロック)ジョークの殿堂でぼやくセールスマンの物語。ほら、今も地球のどこかで新たなセールスマン・ジョークが。メタ・ジョーク小説。巧い。
「その次は誰?」(ブラッドベリ)あまりにも有名な話。メキシコ旅行でミイラを見た夫婦の葛藤を描いた代表作。うーむ、この話はブンガクだよなあ。

(今月入手した本:7冊、今月処分した本:0冊、今年の増減+181冊)