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2000年1月31日(水)

◆4時に起きて読み残しのブレイクを読み、感想をアップ。自転車操業なのでちょっと歯ごたえのある翻訳ものだと、こういう体たらくとなる。今回ばかりは本気で「落す」かと思った。ふう。
◆朝から会議の連荘。浦和伊勢丹に行ける筈もなく、淡々と仕事をこなす。夜はプライベイトの呑み会が入って、古本屋を覗く気力体力なし。購入本0冊。


◆「首のない鳥」倉阪鬼一郎(祥伝社ノンNV)読了
帯の煽りが凄い。「菊地秀行氏、絶叫!」な鬼才の最新作。確かに、クライマックスでの「とある描写」には思わずひいたし、エピローグの黙示録的展開には唖然とした。菊地秀行ならずとも「こいつは何を考えとんねん!」と叫びたくなろうと云うものである。森村誠一の一連のホテルものが、怨念と作家的「復讐の快感」に満ち溢れたものであるのと同様、この作品も著者の職場経験が下敷きになった業界内呪詛が読者の野次馬的興味をそそる。傑作爆笑エッセイ「活字狂想曲」が<陽>ならば、こちらは<陰>であり<淫>である。尤も、作者自身は、むしろこちらの方を大笑いしながら書いたであろうが。こんな話。
業界にその名を知られた大手印刷会社「光鳥印刷」。主人公・辻堂怜子は、途中入社組の校正係。2000年10月、彼女は国家試験の校正という大任を仰せつかり機密保持のために隔離された別室に篭り作業を始める。その胸元には新たに支給された社のシンボル<首のない鳥>を象ったバッジが鈍く光る。怪異は静かに訪れる。引きこもり型のアルバイト山添は、恐怖ゆえに会社を去り、怜子に謎の言葉を送り届けてくる。怜子を「私的なパーティー」に誘おうとした発展家の同僚・有佳里は、留守番電話に悲鳴を残し行方をくらます。そして派遣されたスーパー校正マン城野は、作業部屋に霊たちの姿を幻視し、山添の示唆した江戸時代の怪異譚に迫る。だが、闇の力は彼等の探索を嘲笑うように、罠を巡らす。食堂に女霊は佇み、一族の異端児が冥界から救いの手を差し伸べた時、暴力的な救済が怜子を引き裂く。社史の翳に刻まれた死のバイオリズム。運命の夜に向ってあらゆる尊厳は蹂躪され、地の底で高らかに社歌は轟く。「光鳥印刷、万歳!」
柳田國夫的一目小僧をクトゥルー風邪神世界に投げ込んで、エロとスプラッタを少々加え輪転機に掛けた業界内幕ホラー。カットバックで挿入される呪われた<社史>といい、長閑な職場風景から立ち上ってくる闇の冷気の描写といい、作者の安定した力を感じさせる一品。はっとする形容詞の用法には、物識り作家の面目躍如たるものがある。怒涛の終盤は酸鼻を極め、闇の向こうに作者の哄笑が響く。そして総ての作劇法を無効化する友成純一的エピローグの追い討ち。いやあ、参った参った。さあ、笑え。さあ、狂え。

(今月入手した本:300冊、今月処分した本:126冊、今年の増減+174冊)


2000年1月30日(火)

◆またしても残業。軽く一杯ひっかけて帰宅すると午前様の手前。購入本0冊。
◆隣の職場の課長から、「同業さんから聞かれたので、ここの事を教えておいたところ、その社で凄く話題になったらしいよ」と教えられる。うーむ、一体、どう話題になったのでしょうかあ?やっぱり「値のつけどころがチープでしょ?」なところでしょうかあ。
◆お蔭様で12万アクセスを達成しました。最近では、平日で1日300名前後の方々にトップページを踏んで頂いておりまする。昔、漫画同人誌をやっていた頃の1回の最大刷り部数が丁度300部でした。果して、その辺りが私の<適正サイズ>なのか、一つの趣味人口としての飽和点なのか、なかなか興味深いところでございます。現状維持で手一杯の状況が続いておりますが、今後ともひとつ御贔屓に、よろしくお願いたてまつりまする。


◆「死のとがめ」Nブレイク(ポケミス)読了
著者の第16作にして、ナイジェル・ストレンジウェイズ譚の第14作。著者の作家歴では後期に属する本格推理小説である。ブレイクは渋い英国本格派の中では、比較的日本で厚遇を受けてきた作家。イネスやマーシュが代表作のみの紹介にとどまっているのに対し、ブレイクはそのミステリ関係著作の9割が翻訳されている。まあ、その9割が品切れというのは問題なのであるが、かつては一応のセールスを確保していたという事なのであろう。この作品は、冒頭の著者断り書きで、舞台になった家については、著者自身の自宅を模したとあり、作者の暮らしぶりを覗き見る楽しみもある。冒頭とエンディングに被害者の日記を配するあたり、「野獣死すべし」「章の終り」を少々彷彿させるが、中味は純粋な「一族の殺人」物語である。こんな話。
功なり名を遂げた医師ラウドロンが自宅から失踪し、やがて切断死体となって河に浮かぶ。両足を失った無惨な死体には、知性と精力を秘めた生前の面影はなかった。死因は失血死。両腕を鋭利な刃物で同じ深さに切った事によるものと判断される。一切ためらい傷がなかった事から、警察はこれを殺人事件と断定し捜査を始める。博士の失踪直前に、隣人として一族の晩餐に招かれていたストレンジウェイズはその死の謎を警察とともに追う。父と同じく医師となった長男、実業家の次男とその派手好みの妻、世話係を勤めていた娘、ひねくれ者の若者に育った養子。遺産相続の恩恵に預かる面々の中で、父親殺しに踏み切ったのは果たして誰なのか?失踪の夜、娘は芸術家のボーイフレンドとの仲を巡り父親と衝突していた。それぞれにアリバイを主張する容疑者たち。やがてストレンジウィズは、ラウドロンの日誌の一部が持ち去られている事に気がつく。丁度養子の年齢と同じ20年前に一体何があったのか?恋人クレアの支えを得ながら、捜査を続けるストレンジウェイズの前に一族の恥部が晒されていく。そして、事件は新たな犠牲者を呼ぶのであった。
小技のアリバイトリックや、複雑な人の入れ繰りで読ませる典型的な本格推理小説。教科書通りに進むプロットは、「可もなし不可もなし」というのが率直なところ。ストレンジウェイズの捜査法は直感型で、はったりを効かせては容疑者を揺さぶる。年老いた娼婦との交感ぶりや、恋人クレアとのやりとりは微笑ましく、人間的魅力にも溢れてはいるのだが、詰めがやや甘いのが珠に疵。クライマックスでは、なんとクレアが大活躍してストレンジウェイズの足りないところを補ってくれる。一部にクレア萌えな読者を育てそうな一編。英国本格がお好きな方はどうぞ。

(今月入手した本:300冊、今月処分した本:126冊、今年の増減+174冊)


2000年1月29日(月)

◆残業、飲み会。ほろ酔いで近所のブックオフのみチェック。
「七人の警部」山前譲編(広済堂NV)100円
「怪人魔天郎」飯野文彦(ソノラマ文庫)100円
「オリンポスの柱の蔭に(上下)」中薗英助(毎日新聞社:帯)各100円
d「魔術師」山田正紀(徳間書店)100円
山前本は大庭武年狙い。うーむ、さりげなくこのようなものが。完全に見逃していたなあ。中薗本は、実在の知日派外交官を主人公にした歴史小説の模様。上下巻2600円が200円だもんなあ。買います買いますってば。山田正紀の神獣聖戦は続編の噂をどこぞかで聞いたのだが、一体どうなっておるのでしょうか?
◆転ぶぞ転ぶぞ、と思っていたら案の定滑って尻餅。うう、「お約束」を自分でやってどうする?以前、冬の札幌に出張した際に、こちらがおそるおそる歩く凍結道路を地元の人々が実に軽やかに闊歩しているのを見て感動した。靴の底も違うが、根本的に身のこなしが違うんだよなあ。脳のどこかにバイパスが出来ているって感じ。「凄いですねえ」と出張先の課長に思わず言うと「3年もいれば慣れるよ。来る?」と聞かれ、きっぱり「あ、ご遠慮します」と答えた私をお許しください。


◆「黒い眠り」飛鳥高(小説刊行社)読了
飛鳥高のとても珍しい短編集。完本であれば5桁必至だろうが、私の蔵書は裸本に蔵印べたべたのいわゆる「T蔵書」なので、お安うございました。飛鳥高の本は、それこそ高校生の頃から見かけたら拾うようにしてきたので、全般的に高値掴みがない。今から思えば、鷲尾三郎とか、大河内常平とかもしっかりチェックするんだったよなあ。楠田匡介なんぞも、未だに縁がないしなあ。しかし、当時からそんなゾーンに目覚めていたら宝石をバラで集めるなどという遠大な作業に嵌まっていたであろうし、そうなれば未だに完集出来ていなかったであろう。まあ、何事も一長一短あるわけで。
さて今日の課題本は、鬼門の小説刊行社。一切の希望を捨てて取りかかったが、さすが飛鳥高、なかなか本格推理しているものもあって、総てが良いという訳ではないが、それなりの満足感は得られた。以下、ミニコメ。
「安らかな眠り」小金を持った材木商の妾宅に強盗に入った男と妾との駈け引きの顛末は、静かな寝顔で幕を引く。小悪党の末路がいささか哀れな「ヒッチコック・ミステリ」。まあ、許容範囲かな。
「こわい眠り」お屋敷に引き取られた孤児が語るある愛の詩。お嬢さまへの恋が出来すぎた家庭教師を拒む時、静かな悪意が眠りを誘う。リドル・ストーリー仕立てではあるが、やや強引。もう一捻りが欲しいところ。
「つかれた眠り」刑事夫婦の近所に住む小説家の妻が薬物死を遂げる。突然新潟へ取材に出かけた夫のアリバイ工作を暴こうとする刑事。だが、真のアリバイが現われた時、意外な真犯人は密かに微笑む。カメラトリックを捨てネタに配して更に「夫と妻の犯罪」のツイストを加えた佳作。伏線も巧い。
「満足せる社長」組合から人事係長に転じリストラに精勤する男が会社で殺される。容疑は、ガソリンの横流しをしていた運転手と、首切りの第一候補たる海軍上がりの守衛にかけられる。刑事のストップウォッチ片手の実地検証が証言の疵を暴いた時、大悪は笑う。貧乏だった頃の日本の縮図。社会派でありながら、足の探偵の妙味も加えた逸品。結語も決まっている。
「古傷」定職はないが収入のあった被害者。雪の上の殺害現場に残された痕跡が物語る戦中悲話。犯人の想いを察する事が出来た者もまた一人の犠牲者であった。一見、強引な運びを力ずくで感動のラストに持っていった作者の企みが見事。
「悪魔だけしか知らぬこと」男たちを手玉にとる悪女と犯罪者の物語。墜死の謎を悪女が解く時、銃口は鈍く光る。小気味良いツイストに満ちたピカレスク。しかも本格趣味も満足させるという贅沢な仕上がり。
「みずうみ」零落する一族とそれを食い物にするかつての使用人。斜陽が強欲に牙を剥く時、湖を渡る三槽のボートの航跡がアリバイを語る。見取り図の出てくるタイミングが後ろ過ぎ、却って不満が残る。キャラ設定やトリックは長篇向きのものであり、いささか駆け足の謎解きが残念。
「七十二時間」自分を売った男が命じられた殺人。やる気のない「殺し屋」が嵌まった罠と逆転の物語。どことなくユーモラスで、結末の苦さと甘さのバランスが絶妙。殺人の仕掛は本格マニア向けの半倒叙作品。技巧派と本格の幸福な結合。

(今月入手した本:300冊、今月処分した本:126冊、今年の増減+174冊)


2000年1月28日(日)

◆タイムレンジャー、アギト、ドレミと垂れ流しで視聴。タイムレンジャーが最高の盛り上がり。これは次週最終回も必見だあ。アギトは、まずまずの出来。怖れていたほどお子様向けではない。しかし、3主役の内の刑事役のお兄ちゃんは大根だよう。ドレミ♯は最終回。Aパートの4魔女っ子の幻想との闘いが巧い。それなりに感動的だが、次週から新章突入が見えているだけに、涙を絞る程ではない。
◆ドレミを見終わって、マンション総出の雪かきに参加。よい運動にはなったものの、左腕が痛い。日頃の運動不足が祟っとりますのう。昨日の日記を書き終えて昼飯。ちょっとうたた寝のつもりが4時間も爆睡してしまう。あああ、折角の休日があ。
◆根性で、安田ママさんと無謀松さんにダブリ本発送。奇想天外42冊と「探偵小説の世紀」上下巻。2アイテムで44冊減。うーん、減った減った。これでまた安心して買えるぞお。とりあえず今日のところは購入本0冊。ああ清々しい。


◆「ブラックロッド」古橋秀之(メディアワークス)読了
作者のデビュー作にして電撃ゲーム小説大賞受賞作。北上次郎が、このシリーズの第2作の冒頭でめげた、という曰く付きの作品。天性のへそ曲りとしては、そう聞くと一層読書欲が募ろうというものである。SFと呪術的世界の融合といえば、「サイレントメビウス」とか「グッドモーニング・アルテア」だったりするわけだが、小説でとなると、これが意外に思い浮かばない。荒俣宏や菊地秀行辺りが書いていそうなものだが、SFって感じじゃないんだよなあ。じゃぱにーず漫画と西洋モンスター小説を自家薬籠中のものにした作者が、西洋的SF科学と東洋的陰陽道のコンビネーションで読ませるスプラッター・バイオレンス・モンスターハント小説。結論から申せば、相当に楽しめた。こんな話。
積層都市ケイオス・ヘキサ。公安本部から堕天使系公爵級の悪魔<クロセル>を封じた呪符を強奪した男、元大日本帝国陸軍陰陽将校ゼン・ランドー。彼を追う、公安の黒杖特務官(ブラックロッド)と降魔管理局の「魔女」ヴァージニア。ランドーの仕組んだ13の水蛭子の謎を追う二人に襲い掛かる「式」の罠また罠。ヴァージニアは7から9へヴァージョン・アップし、笑わない男・ブラックロッドの心には小さな亀裂が入る。一方、絶滅種・吸血鬼に扮する陽気な私立探偵ビリー・龍(ロン)の眼前で、いけいけ娘は屠られ、人造霊・沙弥尼は百八回目の祈りを捧げ消滅する。そのロンのもとに、物騒な美人が持ち込んだ物騒な依頼。探索と発見と殺戮。そして憤怒と解放と逆転。奈落の底で待つのものは、果していずれの怨霊ぞ。マックスウェルの眠る時、伝説は卑しき底で咆哮する。
宗教的・呪術的ガジェットがSF的アイテムに憑依し、未来都市は怨霊の都と化す。タフな黒い男と口の達者な魔女、そして不死身の私立探偵というメインキャラクターの布陣も嬉しいバイオレンスSF。一瞬の小道具に、圧倒的な裏設定が感じられ、伏線の張り方も実に堂に入っている。また全体のプロットも立派なもので、最後の最後まで逆転の妙味が堪能できた。体言止めの多用やカットバックの挿入などやや文章に癖があるものの、なるほどこれは大賞受賞もむべなるかな。たいへん面白うございました。菊地秀行みたく、エロとキャラに魂を売らないで欲しいものですのう。

(今月入手した本:295冊、今月処分した本:126冊、今年の増減+169冊)


2000年1月27日(土)

◆豪雪。そのまま家でじっとしていようかとも思ったが、食べ物がない。米と酒だけはあるのだが、それ以外何もない。しばし悩んだ挙句、意を決して吹雪の中を買い出しに出かける。なんと神様の御褒美とばかり駅とパルコで古本市をやっているではないか!たが、特段買うものはなし。御褒美はそこまでだ。そういえば、25日を過ぎてるじゃないの、と書店をチェック。HMMとSFMの新刊を買う。他にも食指をそそる新刊が「ねえ、おじさん、買って頂戴よう」「お兄さん、遊んでいかない?」「2時間2枚でいいわよ」と手招きするが、この大雪の中で食べ物以外の荷物を増やす気にはなれない。それでも、ポケミスだけは勢いで押える。
「最後の希望」Eマクベイン(ポケミス:帯)1100円
「すべての石の下に」Pゴズリング(ポケミス:帯)1300円
うーむ、何か昨日から早川書房の本ばっかり買っているような気がするなあ。そろそろ表彰状でも貰えそうなぐらい早川書房の本を買っているぞ。考えてみれば私の蔵書で一番多くを占めるのが、早川書房の本である。ポケミス全部、EQMM/HMM全部、SFシリーズ全部、SFMは350冊程度、文庫はやや手薄だけどSF文庫は900冊は下らない筈だし、ミステリ文庫も200や300はあるに違いない。FT文庫も260冊はあるもんな、NV文庫は150冊程度かな?刑事コジャックを6冊とも揃えている人間がそういるとも思えないしなあ。うーん、なぜ表彰されないんだあ?答:「8割は古本だから」。けっ、悪かったなあ!
◆直接打ち込みの悪条件下で「瑣末の研究」に新作をアップ。といっても、8割は日記に書いた女王様ネタ。一ヶ所に集約してみました。若干、加筆(笑)。お閑な方は乞う御一読。
◆久しぶりに自炊モード。食事の友に、見るのが勿体無くて積録状態だった「古畑任三郎」第3シーズン最終エピソードを視聴。電車ハイジャックを演出するテロリスト対古畑の闘いを2週連続で描いた作品。これが最後かと思うと感慨深いものはあるが、ストーリーは今ひとつですのう。そこかしこにコロンボへのオマージュがあって、それなりに楽しめるんだけどさあ。


◆「天才投手」弘田静憲(光文社)読了
オール読物新人賞受賞作家。長篇といえばこの作品以外には「海の呪縛」がある程度。いかにも謎宮会の戸田さんが好きそうな作家の「野球ミステリ」である。というか、実のところこの作品は「ミステリ」と呼べるような代物ではなかった。確かに殺人は起きるのだが、作者はさしてその解明にこだわっておらず、只管、運命に翻弄される野球人達の姿を押えた筆致で描いていくのである。「鈍い球音」や「スタジアム虹の事件簿」の如き軽快にして洒脱な本格推理を期待すると、肩透かしに遭う事必定。誤解を恐れずにいえば、水島新司の「北の狼、南の虎」の如き因縁話である。まあ、逆に言えば水島新司並みには楽しめるのではあるが。こんな話。
「南国高校?」各紙の高校野球担当たちは、その無名校が春の選抜代表校に選ばれた事に驚いた。名門・古豪揃いの四国地区から選抜されるためには、それなりの戦績が必要である。毎朝新聞運動部の森山は、四国に飛び、立花監督率いるチームの取材に臨む。偶然出会った阪神ジャガーズのスカウト鬼島から「リリーフに注目しろ」とアドバイスを受けたものの、老将・立花監督はリリーフ投手・青雲にピッチングをさせない。だが、甲子園での一回戦、9回のピンチにマウンドに上がった青雲は、ばねの利いた身体を生かした速球で完全救助を達成する。テレビ中継でその模様を見ていたジャガーズの鬼島は、ふと窓の外に目をやり、居合わせた森山に「黒い霧だ」と言い残して飛び出していく。それが、森山が聞いた鬼島の最後の言葉となった。なんと鬼島は横浜で死体となって発見される。果して「黒い霧」の意味するものとは?南国高校が、青雲の快投で勝ち進む中、森山は、かつて鬼島が選手時代に対戦した一人の天才投手の栄光と転落の記録に行き当たる。余りにも数奇な男の生き様を追って真相に迫る森山。そして甲子園の芝が緑に萌える頃、父たちの声が大歓声を裂いて木魂する。
東海大相模の原辰徳、早稲田実業の荒木大輔、池田高校の蔦監督、阪神の川藤などを彷彿とさせるキャラクターが登場し、決勝戦はどうみても三沢対松山商業の延長18回の攻防、実に高校野球ファンにとっては楽しくなってしまう野球ミステリである。生半可な使い方をすれば、興醒めの極みになるところを、作者の野球への愛がこの作品を読むに堪えるものに仕上げた。登場人物たちの総ての野球への想いがなんとも爽やかである。被害者の行動に一工夫ある以外は推理趣味は乏しいが、丁寧に書き込まれた「野球狂の詩」。まあ、よろしいのでは。Masamiさん、必読。

(今月入手した本:295冊、今月処分した本:82冊、今年の増減+213冊)


2000年1月26日(金)

◆就業後、渋谷に落穂拾い。笑っちゃうぐらい何も掘り出し物はないが、のんびり見て回れるだけで満足してしまう。参加証代わりに拾ったのはこんなところ。
「姉小路卿暗殺」多岐川恭(講談社)500円
「新お伽話」殿谷みな子(早川書房:帯)1500円
「木枯し紋次郎・一里塚に風を断つ」笹沢佐保・芥川隆行(デラ)800円
一番嬉しかったのが朗読テープだもんなあ。しかし、これは<木枯し紋次郎主義者>としては是非とも押えておかねばならぬアイテムである。っていうか、芥川隆行以外の人には紋次郎の朗読はやってほしくない。うーん、古書展へいって締めて定価以下の買い物になってしもうたわい。
◆「誰にも遭わんなあ、結局、皆さん朝から攻めてたのね」と帰りかけると下り待ちのエレベータ前で膳所さんとバッタリ。やあ、お互い真面目にサラリーマンやっとりますのう。どうやら氏も多岐川恭を買っていた模様。やはり創元の選集発行は古手のミステリマニアにとっても刺激であったようである。
◆あっさり1Fで氏と別れて、Book 1st.へ足を運ぶ。行こう行こうと思って行けてなかった「創元推理文庫 対 ハヤカワ文庫」なる企画が目的。直行で文庫売り場の2Fに上がったところ、それらしい雰囲気がない。不審に思って店員に尋ねると1Fで開催中とのこと。で、1Fに降りて見渡すと、細細とやっておりましたああ。お目当てはサイン本だったのだが、既に創元推理文庫側は完売の模様。まあ、鮎川哲也とか、宮部みゆきが残っているとは思っていなかったけど、0というのには驚く。やれやれ。折角、来たのでダブリ本にならないゾーンでハヤカワ側のサイン本を何冊か買い込む。一つの企画で二つの文庫が競い合っているのは、オールドマニアとしては感慨深いものがある。壁展開で著名作家の直筆色紙や書簡が展示されおり、思わず見入ってしまう。ふむふむ。鮎川先生ってあまり字巧くないのね(>不敬罪!)買った本は以下の通り。
「みるなの木」椎名誠(ハヤカワJA文庫:帯・署名)560円
「エア・フレーム(上・下)」Mクライトン(ハヤカワNV文庫:帯・署名)各680円
「魂の駆動体」神林長平(ハヤカワJA文庫:帯・署名)760円
「イティハーサ」水樹和佳子(ハヤカワJA文庫:帯・署名)820円
椎名誠やクライトンの署名なんぞはパンピーにも受けるかも。水樹和佳子のサインがいかにも漫画家らしい丸っこくて可愛いサインでちょっと嬉しくなる。あまりサイン本やサイン会というのは興味はないのだが、まあ、日記のネタって事で。(と思ったら、各所の日記によれば、神保町では北村薫サイン会があった模様で、大いに盛り上がっているではないかあ。参ったね、こりゃあ。鮮度で完敗じゃあ。)
◆街に出たついでにHMVによってKyoko Sound Laboratory の新譜を探すが見当たらず。やっぱり事務所に直接注文なのかなあ。ぶう。


◆「ポルノ・スタジオ殺人事件」Rバーナード(光文社文庫)読了
昨年の私的読了本BESTのミステリ部門1位「拷問」の続編。今回は警察小説の色合いが濃く、お館モノであった前作に比較するとややパンチは落ちる。しかしながら、この邦題から連想してしまう類いの安易なエロ・ミスではない。勿論、ポルノ業界がテーマにはなっているのだが、そこは小説巧者バーナードの事。きちんと折り目正しく推理小説をやってくれている。それにしても、翻訳ミステリ出版社数あれど、光文社文庫の題名センスのなさはダントツだねえ。「彗星爆弾地球直撃す」とか「カリブ界核戦争を阻止せよ」とか、キャプテン・フューチャーも真っ青だよなあ。このペリー警視シリーズももうちょっと気を使ってくれたら、もっと本格ファンから注目されたのではなかろうかと返す返すも残念である。さて、この書は、ペリー警視シリーズ5作中の4作目、かつて自らもマッチョを目指していたペリー警視向けの清く正しく逞しい「ボディ」の物語である。
筋骨隆々たる男女の肉体写真を売り物にした家族向けの健全な写真誌「ボディーズ」。その撮影スタジオで、看板カメラマンと撮影助手に2人の筋肉男女モデルが銃で惨殺される。ソーホーという土地柄、近所のヌード劇場でウエスタン・ストリップが連日上演されており、銃声や悲鳴は当たり前。有力な目撃者もないままに捜査は始まる。果して、犯人の狙いは、4人のうちの誰だったのか?仕事熱心で善人のカメラマン、彼を尊敬する歳若い見習い、美貌と頭脳を誇る女子大生モデル、身元不明の男性モデル、それとも……。やがて、男性モデルの身元が割れ、とある運動ジムの黒人マネージャーが登場するや、事件の背景に、ボディビルダーたちを「裏の芸術作品」へとスカウトする卑しき者どもの影が浮かび上がる。どこまでもナルシストな筋肉男たち、クリーンを売り物にするエージェント、ボディビルダー上がりの写真家等など一癖も二癖もある人物たち。ペリーは黒人マネージャー、チャーリーの助力を得て、ロンドンのアンダーグラウンドに事件の真相を追う。
大英帝国の豊穣なるスキン誌とAV業界の情報満載のユーモア警察小説。更に、ボディビルダー達の美しくも愚かしい生態がビビッドに描かれており、ペリー自身の恥かしい過去のエピソードとともに至るところに失笑、苦笑、爆笑の罠が張られている。論理的に犯人が指摘できる「拷問」とは異なり、捜査の過程を楽しむ小説なので、本格ファンには食い足りないであろう。真犯人と事件の構図にはそれなりの意外性はあるが、全くフェアではない。というかこの作品はそこで勝負していない、というべきか。本格色も若干ある87分署だと思ってとりかかれば失望せずに済むであろう。「その後のペリー警視」を見たい方はどうぞ。

(今月入手した本:291冊、今月処分した本:82冊、今年の増減+209冊)


2000年1月25日(木)

◆残業。氷雨。購入本なし。ネタもなし。ああ、給料日だったのにい。明日も東急東横店には参戦できそうにないし、くそう。週末はリベンジだあ!!

◆「影の地帯」松本清張(新潮文庫)読了
無性に清張が読みたくなって書棚の奥から掘り出す。住いを現在の所に移してから書棚の後ろの列、2列分に清張を並べている。文字通りの「影の地帯」である。久々に背表紙を眺めてみて、改めてその著作の多さに感心する。しかもその総てが現役本かと思うと気が遠くなる。その割には、最近、清張を読んでいる人をみかけない。中坊の頃は「大人の読物」だと思っていたのだが、自分が大人になってみて周りを見渡してもあまり清張を読んでいる人はいない。ふと気がつくと「源氏鶏太」状態になっているのかもしれない。閑話休題、この作品は社会派推理の隆盛期に地方紙に連載された作品。巻き込まれ型の「社会悪」追求物語という、ある意味、<社会派>の典型である。こんな話。
斬新な構図で出版社からの信頼厚いカメラマン田代が、九州から東京に向う機内から富士山を撮ろうとして関わった二人の乗客、美しい女性と小太りの中年。その出逢いが契機となって、田代は、政界を揺るがす巨大なる奸計の渦の中に誘われる。いきつけのバーで、信州の取材先で、田代は小太りの中年男の影を見る。行方をくらます保守党の巨頭。相次ぐバーのマダム殺し、名ばかりの石鹸工場による奇妙な不法占拠事件。湖畔の静謐を破る水音が田代を孤独な探索行に駆り立てる。信州の駅と湖に謎の木箱の行方を追う田代。そして「警告」は密かに届けられる。事件の匂いを嗅ぎつけた敏腕記者・木南が舞台に登場した時、日本の影の地帯に蠢く悪しき者どもは、牙を剥く。利権と野心、恩義と友情、闇と炎、法医学者の「芸術作品」が田代に天啓を与えた時、霧の向こうに女は佇む。
偶然の織り成す闇の始末記。消失ネタで新味を出そうとしているが、はっきり言って、この陰謀者たちが、なぜここまで手の込んだ事をやっているのかが、全く理解不能である。主人公の入れ替えも御都合主義であり、空振りの連続である探索行は徒に物語を長大化させる。これは「推理小説」だと思うと腹が立つ。では何か?と問われると、これは「新聞小説の伝統を今に伝える社会派大伝奇小説」なのである。その目でみると、実に実によいぞ、この話。時代を江戸中期に、主人公を絵師にして頭の中で置換キーを押してみよう。わっはっは、クライマックスで敵首魁が「冥土の土産に聞かせてやるぜ」とか言うんだもんなあ。心が広くて閑のある方はお試しください。

(今月入手した本:284冊、今月処分した本:82冊、今年の増減+202冊)


2000年1月24日(水)

◆昼休みに会社の傍の図書館に寄ってみる。ふと思いついて子供本の棚を覗くと、おおお!これまでサイズも版型も背も色も分からなかった新庄節美「名探偵チビー」シリーズがずらっと並んでいるではないかあああ!よし!これでひとまず安心。「よめりゃいい派」にとっては最後の砦ができた。しかし、この背表紙は見逃す心配ないよなあ。つまり、本当にこれまで一度も遭遇していないわけだあ。むむむ。
◆ブックオフ船橋競馬場店、定点観測。
「夜の子どもたち」芝田勝茂(福音館書店)100円
「フランケンシュタイン」シェリー:高木彬光訳(偕成社)100円
「天才投手」弘田静憲(光文社)100円
「チロに乾杯」佐藤良(文藝書房:帯・署名)100円
「こころのままに」西野菜摘(新書館:帯)100円
d「暗殺教程」都筑道夫(集英社文庫)100円
「テレビアニメ全集@」杉山卓(秋元文庫)100円
d「SFX映画の世界・完全版1」中子真治(講談社X文庫)100円
d「SFX映画の世界・完全版3」中子真治(講談社X文庫)100円
ふーん、弘田静憲ってこんな本出していたのね。これ1冊で満足満足。あとはジュヴィナイルで小刻みに稼いで、ゲテミスで締める。M氏の探していた「暗殺教程」もやっとこ拾う。その気になって探すと意外に見付からないものである。これだけ買って1000円でお釣が来る。ああ、やっぱりブックオフは止められん!


◆「少年の時間」デュアル文庫編集部(徳間デュアル文庫)読了
<ジャンルミックス&クロスオーバー>を売りにした「少年」テーマのエンタテイメント集。ミステリ、SF、ホラーが守備範囲の私のために編まれたようなオリジナル作品が並ぶ。というか、山田正紀・菅浩江の新作が読めるというだけで「買い!」ですな。異形の成功以降、様々な書き下ろしテーマ・アンソロジーが色々な出版社から上梓されるようになった事は慶賀の極み。しかし、考えてみれば、これって「小説誌の特集」と何が違うのだろうか?それだけ、書籍(特に文庫)の「雑誌」化が進んでいるということなのかね。改めて「小説誌」の意義を問いたいところである。野生時代の末期に「アリバイ」だの「密室」だのという特集を組んでは、さして時をおかず、新書化・文庫化していた角川商法には抵抗があったものの、作者の側からすれば、そちらの形態の方が「一編で二度美味しい」わけだし、一方、編集側からすれば、規定の原稿料+印税の組み合わせで、人気作家を集められるという効用があったのかな?この本なんかも「SF JAPAN」が月刊化されていれば、さしずめそのパターンだったのかもね。
閑話休題。少年テーマというのは、結構ツボである。成長小説というだけで、ワンポイント稼いだも同じである。ある者は孤独な道化から冷徹なる狂戦士に、ある者はROM専からアクティブな発言者に、ある者は飼い慣らされた生体部品から不屈の兵士に、そしてまたある者は引きこもりからドラゴンバスターへ、夫々に成長を遂げていく「少年」たちの姿は、懐かしくも眩しい。まあ、中には唾棄すべき方向へ成長した少年もいるようだが、概ね楽しく読み終えることができた。以下、ミニコメ。
「鉄仮面をめぐる論議」圧倒的に強大な敵を向こうに回した百年戦争が続く未来。人類の最後の切り札は「生き残ったもの」鉄仮面。彼こそはクリスタルな<ミダス王の末裔>。科学的興味は愛に変貌し、愛ゆえに少年は勝ち目のない戦いへと飛翔する。時制をシャッフルして多重視点で物語に膨らみを与える上遠野節はこの中編でも健在。人が<歴史>というもの、人が<神話>と名づけたもの、それを自分の<現在>として生き抜く遣わされし者の記録。少々、読者おいてけぼりの部分もあるが感動的な一編。
「夜を駆けるドギー」人類にとって最古で最良の友が科学の力で再現される時、一人の悪意は都市伝説となってささやかな<愛情>を蹂躪していく。覆面の下から誇りをかけて無音の闘いに挑むサイバー・エリート。静謐な電網を熱い魂は駆け、個とシステムの卑しき企みは、友情の前に崩れ去る。スガヒロエ、ネットおたくに挑戦!巧い、巧すぎる。プラモデル、コミケとおたく道の極北を作中で極めてきた作者が<2ちゃんねる>の世界を活写しつつ、友情と友愛の物語をものにした。この作品集のベスト。
「テロルの創世」作者は「SINKER」以来、私的<気になる作家>の一人。未来。軌道上の昭和で「影」と呼ばれる生体部品たちは犠牲の喜びを訓育されていた。その偽りの平和に毒虫が侵入し、命と思いは踏みにじられる。「画家」の目覚めは禁忌を破り、残酷な再会は僕を戦士にする。物凄くありきたりの設定なのだが、この人の書く残酷描写は生理的に痛い。ラストの唐突さには驚かされたが、元気があってよろしい。
「蓼食う虫」ディック的悪夢の星の虜となった若き宇宙飛行士達。エリートの二人が唯我の醜悪さから脱出する時、一人の「少年」は陽に向って微笑む。星新一的な奔放さとノスタルジーが心地よい。刃物で切ったような場面転換は、ストラウブの「ゴースト・ストーリー」を彷彿とさせる。この作品集では唯一成長をこばむネバーランド物語。
「ぼくが彼女にしたこと」少年の頃の想いが、生臭い大人に弄ばれる時、殺意と妄想は下半身に滾る。陰謀は四画関係の中で縺れ、生きるためにぼくはぼくの過去を殺す。プロット無茶苦茶。純ミステリであるが、頭の中ででっち上げた拵えもの。読後感最悪。やっぱりこの作者は何かをはきちがえているようにしか思えない。
「ゼリービーンズの日々」壜の中で甘い色が乱舞し、少年の1日を決める。大人の嫉妬が少年たちを「愛・育・条」の檻に封じ込めた近未来。僕は、彼女を護るために、空間を越える異能者たちとともに無限次元空間の中の確率の波に乗って、醜悪なるドラゴンに闘いを挑む。だって今日はゴールデンブラウンの日だもの。50代のおじさんにこんな若々しい話を書かれてはたまりませんのう。キャラの布陣が完璧。さすが山田正紀。強い!

(今月入手した本:284冊、今月処分した本:82冊、今年の増減+202冊)


2000年1月23日(火)

◆会社の売店でCD1枚購入。和み系BGM集の静かなベストセラー「image」。昨年末、某忘年会で聞いて以来、購入予定のトップに置いていたもの。昔からTVサントラ・マニアだったのだが、最近はホント便利な世の中になりましたのう。昔だったら10数枚CDを買わなきゃいかんところだよ。
◆キバヤシさん、風々子さんにダブリ本発送(「ズーギャング」「EQ109号」)。選択権次順位の安田ママさんからは、今回のダブリ本リストでは最も高額の第2期奇想天外セット(創刊号〜36号及び山尾悠子掲載号、計42冊)のご注文。あっはっは、さすが主婦。んでもって、遂にママさんの本名が明らかになる。なんだか「ママさん」という刷り込みが強くて違和感だったりするのが可笑しい。
◆ジャンル外の古本を1冊購入。帰宅すると、またまた徳間書店から著者献呈本が!
d「メルサスの少年」菅浩江(徳間デュアル文庫)頂き!
うわあ、また頂戴してしまった。ありがとうございますありがとうございます。
◆プロジェクトX「ゴジラ誕生」視聴。かつて隆盛を誇っていた邦画の片隅で添え物扱いを受けていた特撮スタッフの意地が燃える。うーん、やっぱりいいなあ、この番組。


◆「ペルソナ探偵」黒田研二(講談社NV)読了
ネットから新本格界に打って出た黒田研二第2作は、お得意のパソコン通信を題材にしたオムニバス長編。推理作家が電網上でも活躍している例は枚挙にいとまがないが、ネット上で有名になってから推理作家デビューを果たしたのは現時点では「くろけんさん」ぐらいのものであろう。本来、応援するのが「ネット人の道」というものかもしれないが、そこはそれ、「仲間褒め」は好きでないので感じたままに書かせていただく。掲示板にも書いたが、私が知る限りネットの匿名性を錯誤トリックとして活かした日本最初の本格推理小説は、金田一少年の事件簿の小説本第3作「電脳山荘殺人事件」である。この作品の出版時点(96年3月)で、いたく感動した私は、当時のSRマンスリーの短評で「金田一少年もののベスト、但し映像化不能」として、この作品を褒めた覚えがある。さて、それに対して今回の「ペルソナ探偵」であるが、オムニバス短編の中にはよいものもあるのだが、残念ながら、メイン部分の「ハンドルネームしか名乗らないネットの特殊性」を用いた「なりすまし」や「錯誤トリック」については、先達たる金田一少年を越えているとは言い難い。また、推理小説としての評価以前に、メタ小説の「前提」について個人的に納得がいかず、光る部分は光る部分として認めつつも、さして高い評価は与えられない、というのが正直なところである。こんな話。
ネットを通じて6つの星が出遭う。<星の海・チャットルーム>を通じて知り合った6人の男女。カストルを名乗る代表だけが全員の名前と住所を把握している以外、会員はお互いの素性を知らない。物語は、彼等が実際に遭遇した事件を元に起した<ミステリー>によってリレーされていく。スピカは「極めて単純な仕事の依頼」が引き起こした殺意の顛末を瑣末で緻密な論理のアクロバットで彩り、アンタレスは演劇クラブの面々が夏山で繰り広げる「殺人ゲーム」をテーマに若者達の笑いと恐怖と友情を描き、カペラは、夫を喪った若妻の思いを雪と説話に封じ込め、凍った逆転がもたらす愛の再生を謳いあげる。そのミステリーの連鎖に、現実の世界で起きた一人の女性の「自殺」が挿入され、物語は星たちの邂逅とともに懐疑と告発のクライマックスを迎える。織姫の一等星が綴る訣別と復活の情景は、総ての悲劇の起点。今、電網というコスモスに構築された星の<六角館>に仮面の探偵と犯人は集う。
「新本格スクールの<卒業論文>」。新本格で育った人が、これまで自分が愛好してきた作品の設定を借りながら、ツイストを加えてみせた小説。良く言えば「<新本格>の嫡子にして、王の遺伝子」、悪く言えば「切り貼り」である。第1作が直球・変化球ないまぜにした島田荘司はだしの奇想の連続で読者を魅了したのに対し、この作品は、新本格の本歌取りの感が強い。全体の設定は「十角館」であり、その中に「水車館」「迷路館」の錯誤を盛り込む。オムニバスの第3話は、「黒猫館」を基本において「人形館」の不安をあしらう。オムニバスの第2話で、山口雅也のリビング・デッドねたを巧みに昇華して、捨てネタに使っているのはお見事であり、また、オムニバス短編のそこかしこに伏線をはめ込むという「11枚のとらんぷ」形式についても合格点をあげられるものの、総合的なパンチ力においては第1作に及ばない。また、この小説で素朴に疑問なのが「ネットで知り合った人々が紙モノの同人誌を作る事に血道をあげている」というメタ小説の「前提」部分である。そもそもネットの凄さというのは、紙モノの同人誌とは比べ物にならない即時性であり、伝搬性にある。紙モノの同人誌もやってきた人間として、そのネットの特性を小説の公表に利用しようとは思いつかない彼等の行動が理解できないのである。勿論、紙モノにこだわる人がいる事は理解できる。しかし、そんな人間が5人も6人も集まるというのが余りにも「うそくせええ!!」のである。あとメタ小説の条件である、「文体の書き分け」についてもいかがなものか?最もティピカルな例を挙げれば、同人の面々が羨望してやまないというベガの小説(プロローグとエピローグに配されている)が、他を圧倒するほどの名文なのか?まあ、文章の評価は人それぞれであるが、少なくとも私は、この文章が、他の作中作を圧倒するようなものであるとは思えなかった。ミステリとしての端正な作りや、律儀な伏線、錯誤の乱れ打ちなど、なるほどこの作品は新本格作家のデビュー第2作としては、充分に合格点である。生まれて初めて推理小説を読む者にとっては驚くべき傑作なのであろう。しかし私にとっては正直「新刊で買って読むほどの本」ではなかった。すまんですのう。

(今月入手した本:275冊、今月処分した本:82冊、今年の増減+193冊)