2000年「猟奇の鉄人」購読ベスト12



ぱんぱかぱーん\(^0^)/

既に恒例となりました、昨年、kashibaが読んできた作品の中での
ベスト12をご紹介致します。(10個に収まりきりませんでした:汗)
あくまでも極私的観点での順位付けであり、

古今東西新旧問わずのはちゃめちゃ読書ですので、
「まあ、こんな風に受け取る奴もいるか」程度の座興でございます。
ただ面白さだけはkashibaが責任もって保証します。
機会があれば、是非お試し下さい。損はさせませんぜ。

またこのBEST選出にあたっては多数の方々に私の「感想文」を
選んで頂くという「俺様」企画も実施し、思い切り参考にさせて頂きました。
ご協力頂いた皆様に深く感謝申し上げます。

尚、感想は、そっくりそのままの日記の引き写しであります。

それでは行ってみましょう!!!

ドン



第12位
「恐怖のブロードウェイ」Dアレグザンダー(ポケミス)
入手困難

前日の口直しに、ポケミス三百番台の隠れ傑作と森英俊氏もご推薦のこいつを
手に取ってみた。アレグザンダーは個人的に思い入れがある、といっても作品
の内容ではなく、ポケミス完集の最後の1冊がこの作者の「街を黒く塗りつぶせ」
たったのだ。まあ題名からしても、本格至上主義のガキが買う本ではない。おそ
らくは、何度も見逃した挙句に、アチラの方から嫌われて「最後の1冊」になって
しまったのであろう。この「恐怖のブロードウェイ」も中田耕治訳というところで
既にハードボイルド分類である。ところがどっこい、これがなんとサイコなシリ
アル・キラーものに本格のツイストを利かせた抜群に面白い作品なのだ。
競馬・演劇等の娯楽専門紙<ブロードウェイ・タイムズ>の主筆バートのもとに、
数年前ブロードウェイを恐怖のどん底に落とし込んだ連続殺人鬼ウォルドゥから
の殺人予告が届く。差出人は、過去ウォルドゥの手によらないと考えられていた
殺人についても自分の犯行を示唆していた。そして、実はまさにそれは警察と犯人
しか知り得ない事実だったのだ!たまたま、アル中の記者崩れと退職警官から
ウォルドゥ関係のネタを持ち込まれたバートは、特ダネの手応えを感じるが、友人
のロマノ警部から懐柔されペンを押さえる。しかし、変質者の魔手はバートの
ガールフレンドのストリッパー:アンジェールに迫っていたのだ!猟奇的な手口
で殺害されるアンジェール。バートは怒りに燃えて、この連続殺人鬼を追うこと
となるのであった!
まず、サイコな連続殺人という設定が極めて今日的である。ところどころに変質者
視点の描写が入るところも完璧にパターン。そして意外な犯人。作者はタイプ
ライターを手掛りにして、容疑者を極めて限定した範囲に絞り、読者に挑戦
してくる。そのうえで更に一ひねり大技を繰り出してくるのだから、昭和33年
当時の読者は随分と感心したのではなかろうか。更にこの作品のいいところは、
主人公が、自分の周りの落ちこぼれ達に優しいところ。忘れられた老優、背骨を
傷めた老プロレスラー、パンチドランカーの黒人ボクサーなどなど、社会の澱みに
沈む彼等に対し彼等の最後に僅かに残ったプライドを傷付けぬように付き合っている
バートの姿には心を打つものがある。活きのいい事件記者ものがお好きな方は
勿論、ハードボイルドのファンも、本格至上主義者も是非どうぞ。同じ「通俗」で
あっても前日の作品との「志」の差に驚く事請け合いの、ポケミス復刊候補の第一
水準に叙せられるべき隠れ傑作である。お勧め。

第11位
「あなたの魂に安らぎあれ」神林長平(早川書房)

ロエ蔵氏の「あなたま掲示板」の語源という事から一部SF系ネット美女・美男
の間で小ブームを呼んでいる神林長平の初期作。新鋭書下ろしSFノヴェルズの
第1弾として水見稜の「夢魔のふる夜」と同時発売された作品。当時水見作品には
即座に飛びつき熱狂していたのに対し、なぜかこちらには食指が伸びなかった。
水見稜が第一線を引いて「惜しい作家」になりつつある一方で、コンスタントに
話題作を提供し続けている神林長平が今や日本SF界を代表する作家の一人に
なっている現実を見るにつけ、この世界の諸行無常を感じる次第。(ところでこの
本の巻末に「五月刊」と予告されている森下一仁の「闇にひしめく天使たち」って
出版されたの?)とまれ今回の小ブームに便乗して、この作品を読めてよかった。
これは、文句無しに面白かった。
アンドロイドが支配する未来世界における「人間復権」ドラマ。人とアンドロイドの
営みの閉ざされた環が爛熟と退廃の極みに達した時、心の迷宮に仕込まれた封印は
解かれる。そして横暴なシステムは未来視たちの予言する予定調和のままに溶け出し、
降臨と暴力の夜は変容の朝を迎える。土は土に、灰は灰に、造物主の掟に従い、
生命はデフォルトの淵に還る。あなたの魂に安らぎあれ。
漢字を巧みに用いた異世界感覚、「ザップガン」「ヤマト」「火の鳥」「ソイレント・
グリーン」等の古典を下敷きにした溢れんばかりのSFガジェット、骨太のプロット
に幾重にも仕掛けられた逆転の構図、カリカチュアライズされた人間群像が織り成す
日常悲喜劇がリーダビリティーを高め、言葉の魔術師の奇跡が「夜」に降る。
猫と鴉という幻視はポーの見た夢なのか?終末をもたらすのは神であり、そして人
でもある。実に、読んでも、考えても面白い小説、こういう作品を傑作というの
であろう。ごちそうさまでした。

第10位
「第八の地獄」Sエリン(ポケミス)
入手困難

大概の人は、自分が生まれた年に起きた代表的な出来事を年表で見て覚えているものである。それが「東京オリンピック」だったり「日本万国博覧会」や「沖縄博」だったりする人は幸せである。私の場合、日本史年表に載っている出来事といえば「赤線廃止」。とほほ。で、私の生まれた年のMWA受賞作がこの作品。要はそういう時代だったのだ、当時の日本は。さて、エリンといえば「特別料理」に代表される洒落た短編の人なのであるが、長篇もそこそこ紹介されている。その中でも代表作と言えるのがこの「社会派」推理小説で一応文庫化もされている(絶版だけど)。主人公は、私立探偵。テーマは「警察汚職」。となると、卑しい街を行く一匹狼の私立探偵が悪徳警官の執拗な妨害を受けながら組織上部の腐敗に迫るが、最後はトカゲの尻尾切りな「真相」に辿りつく、てな話を思い浮かべる人がいるかもしれないが、この話は全然違う。
主人公は、35歳にして貧困のどん底から現在の地位に辿り着いた中堅私立探偵社の社長マレイ。極めて組織的にビジネスライクに事を運ぶ彼が、理想主義に燃える若手弁護士ハーリンゲンから持ち込まれた「収賄警官の無実を晴らす」という事件に興味をもったのは、一重に被告人ランディーンの婚約者ルースの美貌に打たれたからであった。あろう事か、マレイはルースの関心を自分に向けるために、彼女の婚約者がどれだけだらしない「犯罪者」であるかを証明しようと自ら調査にのりだす。一方には暴力のプロ、もう一方には汚職警官を血祭りにあげようとする地方検事、双方からの妨害を受けながら、マレイがつかんだ絶対的な「証拠」が証明するのは果して、被告の無罪か、有罪か?てな話。
なんともズッシリとした「小説」である。私立探偵の物語ではあるが、いわゆる私立探偵小説ではない。まず、主人公が事件にのめりこんでいく動機が不純であり、しかも(少なくとも結末の直前まで)権力に対して啖呵を切ってみせる、という小気味良さがない。その掟破りが新鮮である。加えて、いうまでもない事であるが「人間が書けている」。ほんの脇役にしか過ぎないキャラクターが、或る瞬間、場を浚う好演をする。主人公を始め、登場する人物のそれぞれがトラウマを持ちながら、それでも必死に生きている様が押えた筆致で描かれる。解説によれば、「第八の地獄」とは「偽善者や、ペテン師や、どろぼうや、女衒や、汚職官吏が呻吟している。いってみれば世俗的な悪の総決算の場」だそうで、なんと物語にマッチした題名である事か。しかも、それでいてこの小説には、日本の社会派推理のように社会告発で終らせない爽快感がある。密室殺人も不可能犯罪もないが、これはこれで上質のアメリカン・ドリーム(とナイトメア)を描いた一級のエンタテイメントである。エピローグがいいんだわ、またこれが。

第9位
「鳥の歌いまは絶え」Kウィルヘルム(サンリオSF文庫))
入手困難

Kウィルヘルムの逆襲。先日「クルーイストン実験」にめげたのだが、やはり世に名高いこの作品を読んでおかねばウィルヘルムは語れぬと思い時間をおかずに手にとった。77年のヒューゴ賞・ジュピター賞受賞作。題材はクローン、大滅亡とそれ以降のアメリカのとある谷に住む一族の物語を3部構成で綴った愛と異端のファンタジー。これは文句無しの傑作。中身も凄いが、訳題のセンスといい、カバー絵といい、山野浩一の解説といい、どこを切っても貫禄の違いが溢れ出てくる「本」である。これは「サンリオSF文庫」の中でなんとしても手に入れなければならない作品。勿論、読まなければいけないSFでもある。
第1部
汚されていく大地。密かに忍び寄る滅亡の足音を聞いた一族の科学者たちは禁忌の封印を解く。「自分たち」を再生産し、種の崩壊曲線に挑む男女。愛はその神性を奪われ、谷は培養された生命の園となる。だが、懐かしく甘く柔らかな過去の記憶が、棘となり選ばれし者の正気を試すとき、かつての青年はそこに自分の場所がない事に気づく。

第2部
「写す」異能者が、旅に出た時、過酷な現実は、もう一つの世界の扉を開ける。繋がれていた自分と自分たち。覚醒が孤独地獄の中へと彼女を誘う。異能者は異端者となり、二つの心は秩序の番人達に引き裂かれる。やがて育まれる命。そして隔離される魂。逃亡の果てに思いは甦り、そして引継ぎの儀式は静かに終る。

第3部
気まぐれな神は、異能者の末裔に世界を託す。誰よりも「見る」事ができ、見たものの意味を知る少年は、怖れられながらも死者の都への斥候を務める。鍛えるたびに、喪失の痛みが少年を懊悩させ、ただ一つの癒しすら、彼を狂気の淵に追い込む。かつて種を救った技が、閉じた罠に変る時、決断は下される。

近未来のノアたちが、「自分」に試され、変容したシステムの破壊によって、新しい明日が拓かれるまでを描いた人類再生の記録。ヒロイズムが作者らしらぬという評もあるようだが、大滅亡後の死の世界に様々な生命が再び育まれていく過程が感動を呼ぶ。平易な会話やさりげないSFガジェットがマニアは勿論、普通の小説読みにも至福の時を約束してくれる、恋愛小説にして、青春小説にして、冒険小説にしてサイエンス・フィクション。「賞」を嫌ってこの本を読まないひねくれマニアは大損をしてます。創元でもハヤカワでもいいからとっとと復刊しなさい。

第8位
「光車よ、まわれ!」天沢退二郎(ちくま文庫)
入手困難


早速手にとった詩人にして評論家の著者が送るカルト人気のダークファンタジー。
成る程、これは貫禄が違う。ひたひたと押し寄せる闇の勢力。その力に対抗する
ため選ばれし光の戦士たち。足元に迫る恐怖を退けつつ、町のどこかに隠された
三つの「光車」を探索する彼等。光を呑み込もうとする闇の妄執。さかしまの群れの
蠢く「底」で、光は影を生み、安寧の泥海に時は凍る。地霊文字と輪廻の因果に導かれ、
断ち切れ、邪の釣り糸!篩え、祈りの鞭!そして、まわれ、光車!
文章は平易である。プロットは二元論である。小道具も馴染み深いものばかりである。
しかし、この作品は格が違う。凡百のライトノベルライターが調理すれば、出来そこない
のジャンク・フードにしかなり得ない素材が、心を試し、やがては血肉となる一級の
児童文学へと昇華されている。ここでは、あらゆる形の「子供の恐怖」が描かれる。
貴方は、自分の影に怯えた事はないか?学友の歪みに戦慄した事はないか?先生は
本当に信頼できるか?自分自身を形造っている、そして天から降り、どこにでもある
「水」の悪意を感じた事はないか?肉親や学友を冷酷に奪っていく「死」に立ち会った
事はないか?そして、それが不可逆的なものである事に理不尽を感じた事はないか?
自分が残される事に何かの意味を見つけなければならない事に震えた事はないか?
いつもの町が、通いなれた道が、死の罠と仕掛けだらけの異界に感じた事はないか?
「となりのトトロ」の画面が身長100せんちめーとるの子供の目線で描かれている
ように、この作品もどこまでも子供らしい発想と論理で描かれている。なればこそ
この作品は残酷である。闘いの疵跡を癒すには、時と忘却という処方箋に頼るほかない
のである。勝つためには、何かを失わなければならない。選ばれた者は、選ばれる
が故に闘わなければならない。闇の誘惑は、遍く潜む。光が明るければ明るい程
影は暗い。そんな「真実」が、数々の暗喩に託され諄諄とそしてスリリングに説かれる。
今日逃げる事はかまわない、その先の自らの使命と目標をもっていさえすれば。
私も自分の「光車」を見つけなければ、そして光車を回すために、心の鞭を篩わなければ
ならないのだ、と感じました。読書感想文、終り。よくできました。

第7位
「ノスタルギガンテス」寮美千子(パロル舎)

昨年のダサコン2あたりだったか、ネットの一部で猛烈に盛り上がっていた作品。題名から、てっきりブラッドベリの「霧笛」のような作品を想像していたのだが、見事に(良い方に)裏切られた。そして、嫉妬した。この作品は私のツボである。人生でこういう作品が一つ書けたらいいなあ、と思えるプロットである。シャンブロウを仁賀克雄に訳されてしまった野田昌宏の心境、といえばSF読みの人には判ってもらえるのかな?テイスト的には純文というか、透明感漂う寓話というか、とにかく夢見勝ちの男の子にとって、この主人公は自分である、といいたくなる話なのだ。こんな話。
僕の名は草薙櫂。シティのマンションに住んでいる。歳は、さて、学校で順列組合せを習う年頃とでも言っておこう。僕の母さんは、「清潔」という世俗の垢にまみれた大人で時々発作を起して自宅をモデル・ルームのように磨き立てる。そのたび、僕の愛すべき創造物たちは、ゴミとして処分されてしまう。今度の傑作メカザウルスもその浮きめにあった。僕はゴミのポリ袋からメカザウルスを救出し、近所の森に向う。友人のケイ、エイ、ユウらと一緒に遊んだ森の「神殿」にメカザウルスを匿ってやるのだ。だけど、その日から「神殿」の周りには、いろんな「役に立たないけれどすてきな物たち」(僕は「キップル」と呼んでいる)が集まり始めた。そして、二人の大人、カメラ男と石膏像のような「命名芸術家」との出逢いが僕の運命を大きく変えていく。大人同士の相克と狂騒を静かに見下ろす「あいつ」。琥珀に閉じ込められた時間。鏡に固定されるキップルたちはその存在次元を代え、「思い」は透明の中に包まれそして増殖する。お願いだから、それに名前をつけないで。大人の世界に持っていかないで。墜ちていくような空の青に向って僕は祈る。始める者としての祈りを。
全編に静かに「死」のモチーフが流れる少年小説。主人公は始める事を運命づけられた者として成長を拒みつづける。飛べないピーターパンである櫂には、琥珀の中の虫こそがティンカーベルである。人間の営みを肯定できない大人の身勝手。虚名に憧れ、真名をみようとはしない大人の「智慧」、自然愛好家であれ小役人であれ自分たちが一番可愛い大人の無恥。主人公はどこまでも我を通す。そして、その結果に裏切られる。主人公以外の誰もが、友人すらもが、昔(あるいは今)自分が子供であった事を思い出さない世界の中で、物語は語り終えられる事がない。ああ、なんて「痛い」話なんだあ!!文章は平易で、ドラマ性もある。だが、ノスタルジックなエンタテイメントでは片づける事のできない小説である。困った作品である。皆さん、読んで一緒に考えましょう。


第6位
「異郷の帆」多岐川恭(講談社文庫)

黒白さんのところで「多岐川恭の間」がオープンし、創元では合本企画も動き出した事を言祝ぎ、永年の積読作品に手を出す。実はこの作品は講談社の現代推理小説大系でしか持っておらず、外に持ち出すのが億劫だったのだ(収納場所が本棚の上、後ろの山の底の方という最悪の場所だったせいもあるのだが)。昨日、黒背の講談社文庫を拾えたので早速そのまま電車の友に。江戸時代の出島を舞台にした律義なフーダニット、という噂は聞いていたが、これは期待を遥かに越える出来栄え。久々に私の日本もののオールタイムベストランキングを塗り替える作品であった。こんな話。
若き小通詞・浦恒助は、元禄の世に倦み閉塞感を抱きつつも日々をただ無難に過ごしていた。だが、抜け荷の噂の絶えないオランダ商人ヘトルが出島の自室で刺殺されるという事件が彼の日常を一変させる。目撃者の証言から、彼が心を寄せている混血の美女お幸に容疑がかかったのだ。幸いそのアリバイは証明されたが、殺人の兇器は出島はおろか、周辺の海からも発見されず捜査は昏迷を極める。果してヘトル殺害の動機は、抜け荷の揉め事か?痴情の果てか?それとも…。そして今度はお幸の部屋で新たな殺人が!蘭人の甲比丹と商館員、その下僕のバタビア人、転び伴天連の同僚通詞、お幸の養父である政商、出入りの芸者、出島ならではの諸人往来の中で、人の心の糸は縺れ、異郷の街に珍陀酒の如き血は流れる。
出島とか長崎といえば、中村錦之介の「長崎犯科長」(闇奉行ですな)、紅毛人とのあいの子といえば「眠狂四郎」ぐらいしか頭に浮かばない元テレビっ子としては当事の出島の風物や外国貿易の仕組みをきちんと知るだけでも充分刺激的。其処へもってきて、大小とりまぜその設定を最大限活用したトリックが散りばめられており、ミステリとしても完成度が高い。更に、様々な形の男女の機微が織り込まれ、恋愛小説としても成長小説としても楽しめ、読後感も爽やか。実に実に贅沢な小説である。時代推理小説の精華といってよかろう。文句なしの傑作。

第5位
「永遠の森〜博物館惑星」菅浩江(早川書房)

スガヒロエ最新作。7年前から断続的に書きつがれてきた8短編+書き下ろし1編
からなるファン待望の連作短編集。時は未来、処は宇宙、テーマは「美」、主人公は
ワイヤードな学芸員(妻あり)。ラグランジェ・ポイントに浮かぶ博物館惑星<アフ
ロディーテ>。文芸・工芸・動植物の3部門を統括する<アポロン>に持ち込まれる
<美>にまつわる無理難題を働き盛りの学芸員田代孝弘が、仲間とともに解決していく
心優しきサイエンス・フィクションである。科学的で、美学的で、それでいて情緒的
な9つの物語には、少しずつ連環があり歴史がある。処世術に長けた役人タイプの上司、
野生的な魅力を湛えた黒人女性の同僚、「感動」するだけが能の新婚の妻といった
レギュラーの布陣も完璧であり、一編毎に黄金律を刻みながら最終話のラストへと
「感動」を高めていく連作としてのプロットも巧み。優れたサイエンス・フィクション
がそうであるように、この物語にもそれぞれに「謎」があり、「解決」がある。
それは読者と作者が盤面で対峙する形の本格推理の体裁ではない。読者は作者ととも
に「美」の鑑賞者として同じ<課題>に向かうのだ。以下、ミニコメ。
「天上の調べを聞きうる者」
第一短編、素材には主人公のキャラを立たせるために

<音楽が聞こえる「抽象画」>というクロスオーバーを配置。「人体2」を思わせる
人の「脳」の不思議を、慈愛に満ちた語りに封じ込めた作品。鑑賞者としての人、
感動の在り場所、といった全編を通じるテーマが既に表現されているところがさすが
である。「聞く」事の出来ない自分が悔しくなる、そんな話である。
「この子はだあれ」
書き下ろし作品。人形の名前捜し、というどこか私立探偵小説の

雰囲気を漂わせた作品。依頼人の科学者夫婦の思いが痛切であり、ショッキングな
真相と、それを受けて立つ「人間」の愛の力が心地よい。
「夏衣の雪」
テーマは雅楽。趣味のキモノもたっぷり織り込んだ著者ならではの

ジャパネスクな因果物語。音を文章で表現させると右に出るものなき作者の本領が
発揮されている。話の仕掛は「お約束」ではあるが、それを補って余りある視覚効果
が素晴らしい。<消失トリック>もあって推理小説ファンからみてもお得用である。
「享ける形の手」
天才舞踏家の最後のステージに向けて奔走する一人の「ファン」の

物語。まさに「鑑賞者」の力を誇示した作品であろう。天才の自分捜しの物語でも
あり、フィナーレにはシンメトリーな美しさがある。題名の付け方が秀逸。
「抱擁」科学の犠牲になった老学芸員の美に対する飽くなき妄執を描いた作品。
老人の中に、自分たちを投影する主人公たちの心情は、我々すべての思いでもある。
狂言回し的に対置された「水芸」がユニークである。ユニークすぎる。
「永遠の森」
生物時計という仕掛を思いついた作者の勝利。さすが表題作だけあって

ここに表現された<愛>の歴史は重く、そして美しい。徹頭徹尾、翻訳SFのオーラ
を備えた傑作である。英語に翻訳するとすればこれでしょう。
「嘘つきな人魚」
水族館の物語。題名にすべてが象徴されている作品で、組み立ては

オーヘンリーである。母の物語でもあるのだろうか?
「きらきら星」
出ました、Xファイル。「美を継ぐ者」とでもいうべきか。最も

ハードSFな美学的アプローチが光る作品。聞こえない音を聞かせる天才、スガヒロエ ならではの佳編である。
「ラヴ・ソング」
何も言うまい。そこには「ある愛のかたち」がある。ウチの

カミサンもいる。愛のテーマこそが甦りの秘法なのである。この本を読んで本当
によかったと思える、エンディングである。どうぞ感動してください。



第4位
「拷問」Rバーナード(光文社文庫)
入手困難

この日記をつけ始める2年前までは、読む本の選択に好き嫌いがあって、さしずめこの作品なんぞは「食わず嫌い」の最たるものであった。題名や表紙絵からは、なんとも俗悪なSMミステリの臭いしか漂ってこない。一応「新本格作家」の代表選手であるバーナードなので買っておいたものの、続けて出た作品の題名は「ポルノ・スタジオ殺人事件」だし、「ありゃりゃ、英国新本格の旗手も風俗推理に魂を売ったか、とほほ」と感じていた。要は、このペリー警部シリーズを「ケイブンシャ文庫のヒラリー・ウォー」のようなものだと思い込んでいたのだ。ところが!ところがである、偶然にも整理中の山の天辺にあったこの書を電車の友にしたところ、これが大当たり!いやはや、ここで改めて自らの不明を悟った次第。これは文句無しの本格ユーモアミステリの快作である!!
もし貴方が、セイヤーズの新訳等で英国貴族趣味に目覚めているのなら、
もし貴方が、古典的お館ミステリやコージーミステリのファンならば、
もし貴方が、全ての手掛りから論理的に犯人を指摘する正統派のパズラーをお好きなら、

そして、もし貴方が、空飛ぶモンティ・パイソンを偏愛しているのなら、

躊躇なくこの作品を読むべきである。

既に本屋にはないが、ブックオフの100均コーナーなどで比較的容易に入手できる本であろう。まさに題名が余りにも「大人」であったために割りを食ってしまった作品。どうか、どうか、光文社はこのシリーズの翻訳を再開して欲しい。伏してお願いする。お願いします。よろしくです。こんな話。

エキセントリックにして生活力の欠片もないトリソワン一族。その次男坊レオの息子ペリーは、家を捨て、軍隊からロンドン警視庁入りし、警部として立派な人生を歩んでいた。しかし、父レオの死によって、彼は不面目を被る事となる。なんとレオは、広大な邸宅の自室に設えた中世の拷問具で一人SMに耽っている最中に亡くなったのだ。それもご丁寧に薄いスパンコールのタイツを履いて。貴族の事件には慎重な取り扱いが必要であるという上司命令を受け、厭々ながら生家に捜査の援軍として乗り込んだペリーを出迎えたのは、奇矯を地でいくトリソワン一族。家長のローレンス伯父は下半身不随の斑ボケ、その息子ピートはイタリア人の妻マリアともどもでっぷりした尊大な穀潰しで5人の子持ち、シビラ伯母の貴族趣味的辛辣さは歳とともに磨きがかかり、ケイト伯母のナチ趣味も悪化の一方。また久しぶりにであったペリーの妹クリスは何故か兄に心を開き切らない。芸術や奇矯を貴び、乏しい才能すら枯渇させてしまったトリソワン一族の中で唯一人画家として大成したエリザベス伯母は既に亡く、彼女の遺した絵を巡って諍う一家を相手に、ペリーの捜査は続く。果して、電動拷問具を止めるスイッチのコードを切り、歪んだ性癖以外は無害にして無能な老「作曲家」レオを死においやった真犯人は誰なのか?そしてその動機とは?狂った論理と喧騒と虚言の果てにペリーは余りにも皮肉な真相に辿り着き号泣するのであった。
読者は、直球のギャグに爆笑し、英国流の皮肉と当てこすりにニヤリとし、主人公のトホホぶりに同情的な微笑を送っている内に、ミステリであった事を忘れる。だが、作者はラストでこの作品が見事なパズラーであった事を証明してみせる。読者への挑戦こそないものの、ここで展開される論理の美しさは国名シリーズ時代のクイーンを彷彿とさせる。これからこの作品を試される方は、第15章の手前で一旦本を閉じて、是非、推理を試みて欲しい。実に、設定から展開、結末に至るまで一筋縄ではいかない「大人の読物」である。私的「本年読んだ本のベスト10」入りは確実。絶対お勧め。お試しあれ。

第3位
「ダック・コール」稲見一良(早川JA文庫)

ここのところ「ためにする」読書モードに入っているので、純粋に小説を楽しむ
ためだけに、とっておきの切り札を取り出す。幸い、その期待は存分に叶えられた。
「斯くも美しい小説があったのだ」という感動に身悶える、鳥たちと男たちの物語。
泣ける。正直、電車の中で読むべき本ではない。これは、どこかゆったりとした
空間に身をおいて、万全の態勢で読むべき小説である。思わず、居住まいを正さね
ばならぬ気にさせる「世界」がそこにはある。よく「人間もまた自然の一部である」
という言説があるが、基本的にそこに胡散臭さを感じている。自然保護主義者の欺瞞
や傲慢を無効化するために持ち出される言説ではあるのだが、なにか弁解とも虚無と
もつかない袋小路感を感じてしまうのだ。だが、稲見作品の男たちは紛れもなく
「自然の一部」である。自然と対峙するのではなく、ただ自然の中に立つ彼等の姿は
たのもしげであり、儚げであり、そして広い肩幅の向こうに少年のしゅっとした
シルエットが浮かぶ。文学の小難しさはないエンタテイメントでありながら、読む
者に充足感を与えてくれる山本周五郎賞受賞作。この作品集は正しい。以下ミニコメ。
「望遠」
商業主義の中で、自らの本能に走った若きカメラマンの姿を描いた佳編。

露骨な商業主義を切り捨てる一方で、作者の筆は自然写真家やマスコミの欺瞞をも
暴いてみせる。勇気ある不器用さに震える。
「パッセンジャー」
ある絶滅種の物語。大いなる自然が、臓物と糞尿と破壊の権化

として描かれる。どこまでも無力な一人の若者の見た幻視が悲しい。
「密猟志願」
人生から最期の休暇を貰った老人と少年の交感を描いた傑作。この

1編だけでも作者が文壇にいた証明たりうる。「まず、食べる事」。そんな単純な
真理を老人は少年から教わる。<名前>を与える事で世界を切りとったつもりに
なる大人の理屈を笑い飛ばす少年の爽快さが心地よい。脇役の老女の勇猛さも光る。
そして、唐突にしてやるせない結末。キャラクターたちのその後に思いを致さざる
を得ない作品である。
「ホイッパーウィル」
日系二世の保安官助手を主人公にしたマンハント小説。

逃亡者チームと追跡者チームのそれぞれが的確に命を吹き込まれており、中編
でありながら、長篇並みのプロットを小気味よく消化していく。幕間に挿入される
日系部隊のエピソードも効果的。物語のラストで明らかにされる題名の意味が泣か
せる。ハードボイルドでありながら、何故か優しい結末にほっとする作品。
「波の枕」
死を間近に控えた老人の回想。大海原をたゆたう人間の儚さが<波の

枕>に助けられる。ただそれだけの話なのだが、痛いファンタジーである。鳥が
取り持つ男女の出会いの顛末が触れられないのが心残り。
「デコイとブンタ」
無機物である鴨のデコイを語り手にしたファンタジー。デコイ

を拾った少年の息遣いが聞こえる佳作。少年ブンタの目に映ったラストシーンを
思うと胸が締め付けられる。
総論:元気の足りない時の処方箋。用法を誤るとスピンアウトしかねないので、
心してかかること。傑作。



第2位
「刑事ぶたぶた」矢崎存美(広済堂)

葉山人型記憶兵器、よしだ血風仮面、早見網元など、私が一目も二目も置く練達の
本読み達がこぞって大絶賛。これは、たとえ新刊であっても手に取らざるを得ない。
購入時にこのうえなくこっぱずかしい思いまでして入手した話題作!さて、いか程
のものか?一見、ゴランツのそっけないイエローDWを思わせる装丁に「刑事
ぶたぶた」(うひゃあ!)という題名が記されているのみ。しかし!そのカバー
を剥ぐとそこには、おお!!ぶたのぬいぐるみが、街路に、地下鉄に、とんかつ屋に
ちょこんと置かれたモノクロ写真のコラージュが!!!
「か、可愛い・・・」
これで、「お前は既に作者の術中に落ちている。」「ひでぶ!!」ぶたぶた!!
えー、こんな話。
念願の刑事に昇格した立川英晃は、希望に胸をふくらませ所轄の春日署に向かう。
が、そこで彼がチームを組む事になった先輩刑事こそ、潜入捜査の達人にして
落しの名人「山崎ぶたぶた」その人、いや、そのブタであった!あまりといえば
あまりの展開に愕然とする立川。しかし、事件は彼等を待ってはくれない。銀行
強盗事件に、迷子の犬とダイヤ窃盗事件、ぬいぐるみへの針仕込みによる傷害事件。
矢継ぎ早に起こる事件のたびに自分がぶたのぬいぐるみである特徴を活かし犯人に
迫る「山崎ぶたぶた」。いつしか、立川のぶたぶたに対する尊敬の念は高まっていく。
そして、全編を通して語られる「嬰児誘拐事件」においてもぶたぶたはどこまでも
ぶたぶたであり、ぶたぶたならではの救済を人々にもたらすのであった、、
すべての読者に微笑みを与える刑事ファンタジー。プロットにも一工夫あるとは
いえ、なんといっても「ぶたぶた」のキャラクターが素晴らしい。作者は、なぜ
ぶたのぬいぐるみが刑事をやっているのかは説明しない。それを聞くのは野暮と
いうものである。「では、そういうお約束で」と読み進むうちには「どうして、
警察はもっとぶたを警官に採用しないのか!?」とすら思えてくること請け合い。
アイデアを惜しげもなく盛り込んだ贅沢なファンタジー。刑事コロンボの「うち
のカミさん」的遊びもあって、ミステリのすれっからしをも唸らせる傑作である。
「奇蹟」をもたらす者は、やはり「人」ではありえないのである。


改めまして、パンパカパーン\(^0^)/
2000年の第1位!!!!
熾烈な動物決戦を制したのはこれです!!

第1位!!
「猫の地球儀」秋山瑞人(電撃文庫)

【焔の章】

凄い作品があったものだ。涙が出るほど愛らしく、身震いするほど格好よく、

適度にミステリアスでとことんエンタテイメント。こんな作品が読みたかった。
子供だましなどではない、こんな本を子供だけのものにして置く事が即ち罪で
ある。SF系の本読みサイトで評判を呼んでいるので、騙されたと思って手に
とってみたところ、これが大当たり。こんな話。
人類が増え過ぎた人口を宇宙に移民させるようになって既に半世紀が過ぎていた。
過ぎたところで人類は滅び、地球を回る巨大な人口都市には猫たちの社会が築かれ
ていた。ロボットをパートナーとし、「天使」たちの遺産を活用しながら独自の
文化を持つに至った彼等の中に、スカイウォーカーと呼ばれる「種」がいた。
壁の向こうにある「地球儀」に降り立つ事を信じるスカイウォーカー。しかし、
猫社会を統治する大集会は、スカイウォーカー達の「信念」を許す訳にはいかな
かった。これは37番目の、そして最後のスカイウォーカー<幽>の物語。
36番目の<朧>の残した智を託された少女型アンドロイド・クリスと<幽>
の出会いの物語。一方、スパイラル・ダイブというフリー・フォール状態でのロボット
バトルに挑む一匹の若き挑戦者がいた。名を<焔>。伝説のチャンピオン<斑>に
挑戦状を叩き付けた彼に勝算ありや?賭けすら成立しない絶対不利の下馬評の
中、<焔>の勝利を疑わない放浪者<楽>。そして、儀式の鐘は鳴る…。
と、ここまでが37ぺーじ。みたかこの密度!といって、読みにくい訳ではない。
とびきりの設定が時にユーモラスで、時にはしたないまでに格好良いストーリー
に当たり前のように織り込まれているのだ。綺羅星の如きアイデアを惜しげも
なくつぎ込んだ「本物」の手応えがここにはある。どうかこの本を手に取って
欲しい。もう一度言う。こんな話が読みたかった。早く次、読ーもおっと。

【幽の章】

さて、本年度ベストSFとの呼び声も高い活劇<猫>SFの後編。前編の興奮が
冷めないうちに読むのがお作法と、とりかかった。前編のラストで、最強の白猫
「焔」に対し作法に則った挑戦状を叩き付けた37番目のスカイウォーカーである
黒猫「幽」、その天才の幼年期のエピソードから後編はスタートする。伝説的な
女盗賊であった「ビリビリ尻尾のキジトラ円」率いる菊水一家に拾われた不愛想な
子猫は、どこで身につけたのか、奇跡的なロボット操りの技術を持っていた。
なぜか「円」のお気に入りとなったその黒猫は「幽」と呼ばれるようになる。そして
彼は、あらゆる知識や技法を吸収しては、その「教師」たちを凌駕していくのであった。
語られざる悲劇の後、生っ粋の「まつろわぬ者」として再び一匹(ひとり)になるまで。
……時は流れ、<戦闘>という名の友情の幕は開く。戦いの鐘に向かって準備を整える
二匹(ふたり)、その間を好意と親愛を惜しげもなく振りまきながら「楽」は舞い、
震電も踊る。自由落下の中で強き者どもの命は紅蓮に縺れ、時間は加速する。それは、
不器用な格好良さの墓標。許せないのは誰?確かめたいのは何?夢を持つ事が罪と
いいきる事は、別の罪。天空の盆に向かって魂は昇る、どこまでも。涙を失った
猫たちの目に映るその色は、「青」。
はしたないまでに格好いいキャラクターが思わせぶりの中で漏らす「真実」が痛い。
メカ戦の妙味を知り尽くした作者によるナノ・セコンド単位の戦闘描写が凄い。
夢と夢の遭遇と意地の張り合いはどこまでも心地よく、命の軽さが滂沱の涙を誘う。
巷の感想では「詰め込み過ぎ」との風評もあるが、私にとってはこれで必要充分で
ある。嵌まりました。やはり面白い。惜しげもなくアイデアをぶち込んだ究極の
エンタテイメント。天翔ける猫たちの「神話」に心からの敬礼を送る。もう一度言おう。
「こんな小説が読みたかった」!!絶賛。

おしまい

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