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2000年12月20日(水)

◆1時間の打ち合わせのために、大阪へジェットでとんぼ返り。上司のお供につき、古本アクセス不能。ああ、勿体無い。羽田着21時30分。古本買いには向かない時間帯。近所まで辿り着き23時閉店間際のブックオフで1冊のみ拾う。だって明日も忘年会で何も買えそうにないんだもん。
d「シグナルは消えた」鮎川哲也編(徳間文庫)100円
ああ欲求不満が募るなあ。


◆「白尾ウサギは死んだ」Jボール(ポケミス)読了

映画「夜の大捜査線」で有名な黒人捜査官ヴァージル・ティッブスを主人公にしたマイノリティー・ミステリ。専ら黒人差別中心だった第1作「夜の熱気の中で」に対し、この第2作では、日本人や裸体主義者(ヌーディスト)という別のマイノリティーをも描いている。ヌーディストクラブを舞台にしたミステリというと「ハニーに死の接吻」というような脳天気なハチャハチャ・お色気ハードボイルドが真っ先に頭に浮かぶ卑しい人間としては、作者の真摯さに思わず赤面する次第。テレビシリーズの「バークにまかせろ!」にもヌーディストが出てくるエピソードがあるが(「魔女の炎殺人事件」)、これって60年代を代表する風俗だったんだよなあ。題名の「白尾ウサギ」は、ヌーディストが、通常人を指して云う言葉。<尻だけが日焼けしていない>という意味らしく、こういう一事をもってしても、作者がきちんとヌーディストを研究したうえでこの作品を書いた事が判ろうというものである。こんな話。
カリフォルニアのとあるヌーディストクラブのプールで、男の死体が発見される。死因は、カラテのような効果的な打撃によるもの。捜査に駆り出されたのは、パサディナ警察の黒人犯罪捜査官にしてカラテの有段者ヴァージル・ティッブス。入れ歯すら抜き取られた死体には身元を示すものは何もないように思われたが、ティッブスの慧眼は、死体の様々な特徴と「見えない遺留品」からその身元に迫る。そして、被害者がある特許会社の創設者であり、近くその社の売却を巡って株主達による会議が予定されていた事が判明する。果して純粋な学究肌の被害者を死においやったのは誰か?強欲な元妻、謎めいた投資家、かつてのフットボールスター、奔放な生活を送る画家、それぞれに一癖も二癖もある容疑者の間を偏見を跳ね返しながら突き進む黒人刑事ティッブス!一体何故犯人は、身元を隠そうとしながらヌーディストクラブに死体を堂々と遺棄するという矛盾する行動をとったのか?
非常に読後感のよい本格推理小説。ヌーディストクラブの経営者一家5人が好印象を残す。彼等とティッブスの交感ぶりがなんとも心地よい。ミステリとしても、律義に容疑者を並べ伏線を張っており、ラストの活劇から種明かしまで無駄のない運びに感心する。作者の日本趣味は相当のものであり、はっきり言ってマニアの域。ティッブスなんか真っ昼間から正座してすき焼き食うんだもんなあ。「偏見」をテーマに斯くも爽やかなミステリが書かれていた事に驚くとともに、今後とも読み継がれて欲しいという思いを強く持った。お勧め。


2000年12月19日(火)

◆完全なる二日酔。給料泥棒な一日。就業後、西大島・南砂町定点観測をかけてみるが、「坊主」を引く。無理して買えば買えなくもなかったが、潔く引き下がる。まあこんな日もあらあな。ゴミを出して、衣類乾燥機と食器洗い機を回し、靴を磨いた後で、じっくりと長湯につかる。小市民である。

◆「『ぷろふいる』傑作選」ミステリー文学資料館編(光文社文庫)読了
実はこの本は昨日持って出た。ところが復路で壊れていた私には荷が重く、結局読み通すのに2日かかった。作品以外の部分に買う価値がある本。今年の和物ミステリー出版の「企画大賞」を贈りたい。気分的には「『ぷろふいる』拾遺集」を求めたいところだが、まあ贅沢は言うまい。実のところ、この辺りの作家は、作品集や全集を持っていても堂々積読人生な事が多いので、結構新鮮な気持ちで読めるのだから。但し「幻影城」の発掘特集と3作ダブってしまったのは少々頂けない。まあ、それだけ島崎博氏の目が確かであったという事か。11編収録。以下、ミニコメ。
「血液型殺人事件」二人の博士の闘い。ABO式血液型分類に秘められた恩讐の記憶。自らの信ずる科学故に疑心暗鬼に追い込まれる学究の心が痛すぎる。ひとたび掛け違った絆は修復される事はない。余りにも有名な作品だが、科学と日本的浪漫の果実といえよう。やや冗長だが、今でも鑑賞に耐える。
「蛇男」幻想的殺人譚。一種のサイコパス殺人として読むのか、皮肉な悪漢小説として読むのか、「片足のない女」に象徴される「欠落感」が堪らなく個性的な小品。この味悪感は凄い。吐気を催させる。
「木魂」最愛の妻と息子を亡くした男は鉄道に佇み、そして記憶の声を聞く。いかにも久作らしいやるせない虚無の反覆。狂気の淵に転がり落ちていく男の姿をこれでもかとばかり描きたてる。ああ、辛い。
「不思議なる空間断層」ドッペルゲンガー的殺人劇に仕組まれた陥穽。島田荘司ばりの奇想が光る名作。作者ならではの奔放な想像力が生んだ、境界作品の古典。<振動魔>あたりのトンデモ科学よりも納得性が高い。
「狂燥曲殺人事件」呪われた名家を襲う毒殺魔は、果して誰か?「毒」の正体や機械トリックに工夫を凝らした作者の代表作。館の平面図なども出てきて意気込みの程が窺い知れる。しかしこの読みにくさは尋常ではない。はっきり言って拷問である。
「陳情書」警視総監宛陳情書に綴られた悪夢的連続殺人の顛末。話の整理が悪く作者の狙いが伝わりにくい作品。策士策に溺れる感がある。
「鉄も銅も鉛もない国」異国情緒溢れる歴史推理。とある王と王妃を襲った殺しの罠を、技巧的に綴った問題作。雰囲気は決して悪くないのだが、語りをひねくりすぎてプロットが乱れてしまった。ああ、そういえばそんな「変」な話があったっけねえ、と何十年も語り継がれるだけの貫禄がある失敗作。
「花束の虫」断崖から突き落とされた男の謎に迫る名探偵。現場から消えた鞄には何が入っていたのか?やはり大阪圭吉は凄い。文句無しに今の鑑賞に耐える本格推理の収獲。
「両面競牡丹」和風ドッペルゲンガー奇譚。表記があからさまなので恐怖が募らない。語り口は実によいが、ミステリとしては凡庸。

「絶景万国博覧会」老太夫の見た恐怖の絶景とは。細部に至るまで蘊蓄と情緒に彩られた完全なる短編ミステリ。この長さの中に、数奇な人生が幾つも封じ込められている。他に比べて頭一つ抜けている。
「就眠儀式」美少女の就眠儀式が示す殺意の予兆。大心池先生の沈着と侠気が心地よい作者の代表作。心理学的にも、ミステリ的にも、突っ込みどころ満載の作品ではあるが、品の良さが救いか。


2000年12月18日(月)

◆再び襲い掛かる忘年会の罠!飲み放題の甘い誘いは地獄のラプソディー!焦熱の鉄板にもんじゃは躍り、紫煙と油煙は紅蓮を招く!!果して、仕事と宴会の合間を縫って本買いは出来るのか?闘え僕等のビブリオン!というわけで、また忘年会。月曜日から「飲み放題」はないと思うぞお。とりあえず、就業後ダッシュで新橋駅前チャリティーバザーへ。100円均一でわしわし拾う。
「宇宙船サジタリウス1・2・3」(角川アニメ文庫)各100円
「宇宙船サジタリウス」藤本信行(ソノラマ文庫)100円
d「誰の屍体か」鮎川哲也(春陽文庫)100円
「男は旗」稲見一良(新潮社:帯)100円
d「新宿警察」藤原審爾(報知新聞社)100円
「アリスの国の殺人」辻真先(大和書房)100円
d「完全殺人を買う」松本清張編(集英社)100円
「すみません、番号をまちがえました」(UNICOM)100円
うほほ、FENのラジオミステリーが100円ですって。これは安すぎ。角川アニメ文庫なるものは久しぶりに見た。そういえばこんな本あったっけね。一体何巻出ていたのかな?春陽の鮎哲も嬉しいぞ。久々に「鮎哲収集スターターセット」が1冊前進だあ。

◆案の定、忘年会で痛飲。壊れる。

◆「図書館戦隊ビブリオン」小松由加子(集英社コバルト文庫)読了
さて戦隊ヒーローである。どの戦隊ヒーローを愛しているかで世代が判る。因みに私の場合は「デンジマン」と「ライブマン」と「ギンガマン」を比較的真面目に見ていた。反則だが、おかげ様ブラザーズの「仏教戦隊ブッダマン」は愛唱歌だ。でもどこのカラオケ屋にも入っていないので公衆の面前で歌った事はない。「ではどこで歌うのか?」と突っ込まないように。タイムボカンシリーズと並ぶ「偉大なるマンネリ」にして「パターンの殿堂」厳しい縛りの中で如何に新味を出すのか?東映のスタッフにはほとほと頭が下がる。それは、戦隊ヒーローを文章で生み出す者についても言える。そこでコバルト文庫の秘密兵器・小松由加子だが、うーむ、なかなか頑張っているぞ!図書委員だった頃の知識と経験を活かし、ナイスな新戦隊ヒーローを世に送り出す事に成功した。こんな話。
芸亭高校の図書委員に選ばれた4人の新入生。先輩の図書委員は、牧村レオナルド・N・宏彦というロボット1名。後は、ロボットである牧村に総てを押し付けた幽霊委員。だが、他の先輩たちが図書館に寄り付かなくなったのにはそれなりの理由があった。なんと3ヶ月前から、図書館に体長50センチを超える巨大な紙魚が出没し始めたのだ!!そして、一人目の新入生・仁科昭乃が牧村と放課後の図書館で係を務めた日、怪しいインド人が現われ、この図書館こそが世界中の本を収納したアレキサンドリア漂流図書館だと云い、「蒐書海賊バグフォードから文明を守った熱き勇士たち・南海の孤島編」なる書物の貸し出しを依頼してくる。途方にくれる二人。だが、一瞬の地震が去った後に、なんと地下通路への入り口が現われたではないか!そして、そこに広がる広大な図書館。その地下十階に二人が辿り着いた時、巨大な紙魚男が襲い掛かってきた!本の妖精の封印が解かれる時、戦士たちが降臨する。いくぞ、曝書アタック!必殺本雪崩!図書館の平和を守り、叡智を未来へ繋ぐのだ!!闘え!僕等の図書館戦隊ビブリオン!!
3話収録。オープニング主題歌にエンディングテーマ。予告も入ってお得用。とことん図書に拘った大道具・小道具は本好きのツボを過たず突いてくる。「究極超人あーる」を彷彿とさせる先輩図書委員の他にも、いかにも小松由加子らしい隠し設定もあって(第3話)多いに楽しませてくれる。しかし、なんといっても「アレキサンドリア漂流図書館」という設定が泣かせる。こんな図書館があったら、一生そこに勤めたい。ああ、本好きの天国がそこにある!もう、自分で本を買わなくていいんだあ!!本好きは読むべし!戦隊ヒーローマニアも読むべし!


2000年12月17日(日)

◆半日がかりで二日分の日記を書き上げアップ。ひいい、辛い。1時過ぎから一昨日オープンしたとかいう本千葉のブックオフをチェックにいく。地図の上では駅のすぐ傍のようなのだが車窓からは見当たらずドキドキ。で、恐る恐る改札に向うと、なんと、改札の真ん前、高架下にあるではないか。こりゃ見えんわ。大きさは中規模クラス。さすがに3日目なので、さしたる期待もなく見て回る。拾ったのはこんなところ。
「さいごの番長」吉岡道夫(ソノラマ文庫)100円
「サユリ・マイ・ミステリー」山村正夫編(講談社)100円
d「アンダーウッドの怪」DHケラー(国書刊行会)100円
d「殺人は女の仕事」小泉喜美子(青樹社BIG NV)350円
d「ミステリー作家の休日」小泉喜美子(青樹社BIG NV)350円
ボウズかなと思ったら小泉喜美子が2冊引けてラッキー。私的にはこれで電車賃分は稼げたかな?でも東京から何百円もかけて来る程じゃねえですぜ>都内の皆様。

◆ついでに千葉に戻って前回当りだった東千葉佑光店も覗く。まあ、そう良い思いはさせてくれない。
「夢魔殺人事件」島田一男(青樹社BIG NV)400円
d「動物ミステリー集」中島河太郎編(双葉社)100円
d「ズー・ギャング」Pギャリコ(早川書房)100円
「ハードボイルド・アメリカ」小鷹信光(河出書房新社)100円
「黒い氷河」船山馨(三笠書房:帯)100円
「くたばれビジネスボーグ」草上仁(青樹社:帯)100円
「闇からの招待」山田智彦(角川書店)100円
河太郎の元版が嬉しいかな。島田一男も黒白さん他の皆さんが買っているので探究モードだったもの。98年出版って、ひょっとして現役本なのかな?


◆「少年船長の冒険」Jヴェルヌ(角川文庫)読了
お懐かしや、ジュール・ヴェルヌ。たまには血湧き肉踊る冒険小説でもと思い手にとってみた。結局この作家もジュヴィナイルで読んだきりで、大人向けの本は3、4冊しか読めていない。数年前に、集英社文庫からどっと出たお蔭で、今の読者は楽ができるものの、一昔前までは、辛抱強く孤塁を守っている創元推理文庫以外では、入手困難な作品の多かった巨匠である。自分がガキの頃に読んでぶちのめされるような衝撃をうけた「海底二万マイル」や「十五少年漂流記」が、今の若者にどのように受け入れられるのか気にかかるところ。「ふしぎの海のナディア」や「銀河漂流ヴァイファム」の元ネタだよー、とかいってもアニメ自体が過去の遺物か?あははは(仲間由紀恵笑い)。今日の課題作品は、角川文庫の入手困難本。昭和56年の新刊らしいが、一体何を思ってこのようなマイナーなヤングアダルト作品を訳出したのかは謎。なにせ原作が出たのが1878年、日本では明治11年。これは文句無しに古い。こんな話。
捕鯨船ピルグリム号は災厄の夏を迎えていた。不漁に祟られ、1月には帰途につきニュージランドに寄港して補給を終える。乗組員は優秀な銛打ちであるハル船長以下5名の水夫に一人の見習い。小所帯のスクーナー船は、オークランドで、船主であるウェルドンの夫人とその幼い息子ジャックと乳母、親戚の昆虫研究家ベネディクト、臨時のコックを乗せ、サンフランシスコに向う。途中、漂流船から一匹の犬と5人の黒人を助けた彼等の運命は、ナガスクジラとの遭遇により大きく変った。不漁の反動から無茶を承知で巨大なナガスクジラに挑むハル船長以下5人の船員。だが、子連れであった鯨の反撃はただ激烈を極め、6人の捕鯨のプロは海の藻屑と消える。遺された操船のプロは、見習い水夫である15歳の少年、ディック・サンドただ一人!なんとか南アメリカの海岸を目指し進路を東に取る彼等の中に一人の裏切り者がいた。次々と失われていく計器。そしてただ一つ残された羅針盤は、微妙に狂わされていたのだ!!嵐にもまれ、何十日もの航海の後にピルグリム号が辿り着いた陸地の正体とは?陰謀渦巻く大海原と暗黒の大陸!自然の脅威と卑しい者どもの企みが次々と少年船長一行に襲い掛かる!果して一行は、懐かしの故郷に辿り着けるのだろうか?
少年船長誕生までの書き込みが丁寧で楽しめる。自然の脅威に立ち向かう男達の姿は、魅力十分。前半の鯨との悲劇的な闘い、後半の豪雨からの脱出などは手に汗握る。しかし、人間側の陰謀が今ひとつ。そのあまりに危なっかしい陰謀に翻弄される主人公が情けない。中でも前半の操船ミスはあまりにも荒唐無稽である。主人公が天体観測の訓練を受けていないとは言え、ものには限度があるだろう?ヴェルヌのニューマニズムや勧善懲悪ぶりは頼もしく、安心して子供に読ませる事のできる話であり、犬も活躍する。まあ、しかし大人が読むにはちと辛いかも。1870年代後半の捕鯨の実態を知る上では貴重かな。


2000年12月16日(土)

◆来客の1日。昨日の酒が残る頭に活をいれながらお片づけ。古本系でない客なのだが、いざ来てみると行動パターンが古本系の皆さんと同じ。気がつくと本棚の前に立っている。ううむ、そうか、うちの本って、それなりのキャラクターだったのね。
◆客を送った足で、ブックオフのみチェック。何もないですのう。
「小説大霊界」丹波哲郎(角川書店)100円
「淋しいおさかな」別役実(三一書房)100円
「将門の秘密」藤枝ちえ(光文社文庫)100円
d「悪夢小劇場」花輪莞爾(新潮文庫)100円
「真説ルパン対ホームズ」芦辺拓(原書房:帯)900円
ゲテもの的には丹波哲郎本がちょっと嬉しいかも。花輪本はどこにしまったか不明なので、確信犯的にダブリ本を買ってしまった。


◆「刑事コロンボ 血文字の罠」Wハリントン・谷崎晃一(二見文庫)読了
「刑事コロンボ」といえば幾つものノベライズがあるが、このウイリアム・ハリントンのコロンボは、テレビ・シリーズの設定のみを借りて書き下ろされたオリジナルのミステリ。まあ、スタートレックのオリジナル長篇のパターンである。テレビ・シリーズのイメージを大事にするアルフレッド・ローレンスの作風とは異なり、JFK暗殺やシャロン・テート事件といった米国犯罪史上の大事件を現在の殺人と交錯させるという手法がハリントン作品の特徴である。これまでに6作が発表されているが、中にはアメリカ人なら誰もが知っているが日本人には「誰?これ?」というような馴染みのない「大事件」があってやや戸惑いを覚える。まあ、「浅間山荘、連合赤軍」は国際級だが、「下山総裁」は日本どまり、といった違いとでも言おうか。実はこの作品は原書で読んでいる。1日1冊の数あわせに背に腹は代えられずで、課題図書にしたのだが、そこでとんでもない事実にぶち当たったのである。これは、私的には今年一番の大発見である!!正直、ウォーの「襤褸の中の骨と髪」、ガーヴの「暗い影を追って」の発見以上のショックがあった。こんな話。
ハリウッドの百貨店王の3代目社長ヘリオットは、映画製作にうつつを抜かし店は左前。2代目の娘婿として経営を任されてた彼に、横領の証拠を突き付け離婚を迫る妻アイリーン。ヘリオットは愛人のキャシーとともに、妻とその恋人である副社長の抹殺を図る。だが、思わぬトラブルから瀕死のアイリーンは、消しようのないダイイング・メッセージを遺す。急場の閃きで、シャロン・テート事件の再演に事件を脚色するヘリオット。しかし、コロンボの慧眼は、事件現場の矛盾点を一つ一つ暴き、真相に迫る。コロンボの追求を躱し続けるヘリオット。だが彼にはもう一人の「敵」がその牙を剥いてきたのであった。
以上が、この本の梗概である。
ところが、これはハリントンの「原作」とは似ても似付かぬ話なのである!!

開巻即我が眼を疑った。殺人方法から、血文字の意味、犯罪の破綻ポイント、結末に至るまで、全く異なる。共通するのは「映画に入れ込んだハリウッドの百貨店主が、妻を殺害する」「犯人はスキューバ・ダイビングが趣味である」という部分のみなのだ!!!一体全体、こんな「翻訳」があっていいものであろうか?
原作では、まずプロローグで、新米刑事だったコロンボがシャロン・テート事件の捜査に加わる(!)という印象的なシーンが描かれる。そして、百貨店主が妻の殺害を企み、捜査を混乱させるために当時のマンソン・ガールを出所後雇い入れ、非常に特徴のある南洋のナイフを用いて妻を惨殺し、意識的に「ヘルター・スケルター」という血文字を現場に残す。捜査に乗り出したコロンボは、なんと獄中のチャールズ・マンソンを訪れ(!)、事件の背景を探る、というような話なのである。
いやあ、びっくりしたあああ。コロンボのノベライズというのは、昔から、「訳者」が脚本を元に小説を作り上げるという豪快な手法でしられており、そういう意味で「二枚のドガの絵」は瀬戸川猛志の、「燃えつきた映像」は岡本喜八の、「毒のある花」は小泉喜美子の「創作物」として探究されている。そして、その形態を究極に推し進めたのが2,3行の梗概のみから一本の作品に仕立て上げた小鷹信光の「刑事コロンボ・殺人依頼」なのであるが、
しかし、まさか、立派に小説として書かれた作品が一旦「梗概」に還元されてから、別の作品に「創作」されていようとは!!!

これに比べれば、アカデミー出版の超訳なんて可愛いものである。
およそ「翻訳」という作業を完膚なきまでに嘲弄し蹂躪する大不祥事と言ってよかろう。一体これはどういう事情なのだ?
ハリントンはこの事実を了解しているのか?
いや、そもそも二見書房の編集は了解済みなのか?

誰か教えてくれーーー!!!

もう一つ問題点を指摘しておく。この「翻訳」、実はハリントンの「原作」よりも、遥かにコロンボのテレビ・シリーズの良さが出ているのだ。はっきりいって「原作」よりも数段面白いのである。決め手は「別れのワイン」、犯人の末路は「逆転の構図」といった、テレビシリーズのバリエーションであり、しかも全くオリジナルのダイイング・メッセージには二重のツイストを加えてミステリマニアに対しても驚きを与える。しかし面白ければ何をやってもいいという訳ではあるまい?少なくとも、二見書房は、この本の誕生した経緯と事情を明らかにすべきである。
通常、私は読了記録のところに訳者の名前までは記さないのだが、今回は書かざるを得ないよなあ。


2000年12月15日(金)

◆光文社刊「ジャーロ」2号の森英俊氏のコーナーで、このページを紹介頂きました。ってネタは例のヒラリー・ウォーの「襤褸の中の骨と髪」なんですが。なんか、川口文庫で本を買っただけなんだけどなあ。というわけで、「ジャーロ」をご覧になって初めてこられた方、いらっしゃいませ!ここが、とても爽やかな古本者の社交場(形容矛盾)「猟奇の鉄人」であります。以後、お見知りおきを!!
◆日経新聞の全面広告で「このミス」他の大宣伝が打たれていた。なんと、林家こぶ平がナビを勤めている。ううむ、ボンボンゆえに趣味が広いって事なのかな。まあ、見てくれで人を判断してはいけないのだろうが、どうも「こぶ平」と推理小説って結びつかないんだよなあ。どう?
そこで考えてみた。「実は、あの人がミステリ・ファン」と聞かされて「いやん」な思いがする人といえば誰だろう?女優でいけば、泉ピン子あたりは辛いかなあ。歌手なら、松田聖子はどうだ?
犯罪者路線も、マスコミが短絡しそうで「いやん」だよなあ。でも、今、一番「いやんいやん」なのは、この人かも。

森喜朗総理大臣。

「いや、私もエラリー・クイーンは好きでねえ、よく読んだもんだ。やっぱり、君、推理小説は英国に限るよ。わっはっは」(想像)

いやだーーーーっ!!(駆け去る)

◆ジャーロ2号とメフィスト最新号を購入。
◆今週3度目の宴会は、純粋プライベイト。フクさんとよしださんの企画による上海蟹炒飯ツアー。オプションで「深夜プラス1」アポなし襲撃がつくという豪華さである。集合場所の新宿御苑前に早く着きすぎたので、ドトール・コーヒーで時間を潰す。後で聞いたところによると、この場所がよしださんの読書ポイントらしい。定刻に集合場所に向うと、フクさん、おーかわくん、貫井徳郎さん、石井女王様がたむろっていた。そこへ、よしださんも現われ、ざわざわと目的地をめざす。「また、彩古さんに抜かれちゃったのよう」とこぼす女王様。平日の朝っぱらから、何故に君たちは古書展に行けるのだ?太陽が東から登るようなものなのか?そして、何故に女王様はいつも彩古さんにしてやられるのか?太陽が西に沈むようなものなのか?途上にある古本屋にチェックを入れる一行。たとえそれがよしださんが毎日チェックしているポイントであっても、そこに古本屋がある限りチェックを入れずにはいられない。性(さが)である。勿論、なーんにもない。
目的地の「シェフズ」という中華レストランは、なんともお洒落なお店。内装といいBGMといい、一見フランス料理店のような造りである。席に就くなり飛び交う古本。いつもの情景である。私は、貫井さんからとある「欠番」を頂戴するが、故あって中味は書けない。ありがとうございますありがとうございます。さて、ここからビールや紹興酒を傾けながらのビブリオ三昧という事になるかと思いきや、今回は勝手が違った。とにかく出てくる料理の総てが美味いのだ。中華ソーセージ、クラゲ、酢漬けという定番の前菜からして美味の予感。さあ、そこから海老春巻、蟹シュウマイ、炒めビーフン、板春雨といった点心の圧倒的な美味さに嬌声を上げる一同。素材の存在感を強調する控えめな味付は、日本人向けで、中華香辛料は薫り付け程度に使用。広東風ヌーベル・シノワとでも呼ぶべき味のパラダイスに、俄かグルメと化す古本ゴブリン達。そして、そして、最後に控えし今回の目的「上海蟹味噌炒飯」!!これが凄い!蟹の甲羅色と卵色にコーティングされたさらりとした仕上がりの炒飯を一口含むと、ああ、口の中には
蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!蟹!
蟹の旨みが集団で緋の絨毯となって、食べる者を味覚の極楽へと誘うのであった。はあ、今思い出しても涎がわいてくるぞ。味の深いさらりとした中華コンソメで細打ち麺を頂き、ご馳走様。彩古さんから電話が入ったのを潮に1次会は撤収。ああ、美味しかったああ。
歌舞伎町に向いつつ、合流した彩古さんから、今日は女王様にも収獲があった事を聞かされる。なんと、集英社のシムノン全集帯付き揃いが1万2千円だとーー!こらーー!そんな美味しいもの引きながら文句行ってんじゃねえぞお!と女王さまを責めたら「そんな事もあったわねえ」ときたもんだ。「抜かれた事だけしか覚えてないのよーー」って、あなた長生きしないよ。なんとも不健康な鳥頭である。
◆さて、辿り着いた「深夜プラス1」は伝説の酒場。10名も入れば満席の狭く煙草のヤニのこびりついたお店。しかし、壁に固定された冒険小説のカバーや著名人のサイン(読めないけど)がなんともイイ雰囲気を出している。口開けの客でありながら、カウンターを占拠してしまった我々は最初のうちこそいつもの古本談義を交わしていたが、マスターである内藤陳会長が出勤してカウンターに陣取るや、その話術に魅了される。ネタは、本の収納という我々共通の悩みからテレビ創生期時代の「快心の<失敗談>」、今をときめく冒険小説家たちの駆け出し時代の旧悪、某・亡・女流推理作家との修羅場な日々、「ベルリン忠臣蔵」「アナコンダ」「ジョーズアタック2」などの愛しきC級映画列伝、そしてよしだまさしさんの武勇伝に至るまで、後から店には高信太郎や吉本の原哲夫などという錚錚たる有名人も現われるのだが、会長のノリには適わない。ネタ自体の面白さもさることながら「本が呼ぶんだよね」とかいう本好きでなければ判らないちょっとした台詞が泣かせる。なおも店には客の入りが絶えず、最後にはスタンドバー状態。荷物がブレーカーに当たって暗転すること二度。呑んだ酒がボトル1本半。なんともスリリングな二次会であった。これで3000円は安い!!よしださんどうもありがとう!!
◆ところで女王様といえば、私は前回の自宅オフの際に「ハロー、サマーグッドバイ」を彼女に貸し出していたようなのだ。ああ、記憶にない!!ヤバイなあ。鳥頭以下だなあ、俺って。というわけでまた忘れるといけないので、日記に書いておこう。読み終わったら返してね、女王様。
◆帰宅するとジャーロ2号が光文社から届いているではないか。とほほ。ダブリだあ。

◆「心やさしい女」長島良三編(早川ミステリ文庫)読了
酩酊確率が高そうだったので、前日の勢いに乗ってフランス・ミステリ傑作選の第二集を持ってでた。通常は同じ系統の作品が続かないように心がけてはいるのだが、こういう時期は致し方ない。ところで、同じ系統を続けないのは、何も読者を意識している訳ではない。単に、無駄話ネタが底をつくからである。10編収録。以下、ミニコメ。
「ロドルフと拳銃」(カレフ)貧しい母子と出獄したての男。激情の殺人の証拠は少年に託され、無邪気は流転する。心優しきクライム・ノベラ。西部劇ごっこに興じる少年の「らしさ」が実に上手い。「その子を殺すな」のカレフならではの佳編。クリスマス・ストーリーの雰囲気すらある。
「階段に警官がいる」(ナルスジャック)犯罪者の日記。疑心暗鬼の果てに待つ心の裁きがフランス・ミステリである。ヒッチコック劇場むけのサイコなコント。
「対案」(ボアロー)陰謀カップルの奸計を描く小品。一発勝負ではあるもののツイストの切れ味はなかなかのものである。
「ピエトルモンの夜」(アブリーヌ)田舎の伯母夫婦の家を尋ねた娘が遭遇した一夜の恐怖を描く現代風グラン・ギニョール。なんの捻りもないが、光と影の画面に描かれる凄惨な地獄絵は一読に値する。
「すてきな片隅」(トポール)いかにもトポールな呆けた味わいのショート・ショート。なぜか荒木比呂彦の絵柄を連想してしまった。
「甘い、甘いミュージック」(シャブロール)どこまでも正統派の倒叙推理。小道具の使い方に一工夫あるが、実に普通の「殺人者はへまをする」。何が驚きといって、こういう小説がフランスにあった事が一番の驚きである。
「罠」(タニュジ)これもごく普通の「夫と妻に捧げる」スパイ小説。アメリカなら同工異曲の短編は山のようにあろう。これも、フランス製であった事が一番の驚き。
「葬送爆弾」(コートムーア)小国の国家元首から破格の待遇を与えられたフランス人下級官吏。しかし、彼の妻と国家元首の間に不倫の匂いを嗅いだ時、男は危険な誘惑の扉を開ける。皮肉な結末が実におフランスざんす。
「心やさしい女」(アルレー)ダールが書いたといわれれば信じてしまいそうな心やさしい料理の物語。「女」が良く書けている。ああ、怖い。
「金の斧」(ルルー)首切り処刑を巡る悪夢的因縁話。恐怖物語のパターンに忠実に、ミステリの捻りを加えた佳編。設定の古臭さが懐かしい。


2000年12月14日(木)

◆二日続けて「本買い0冊」だった反動で、神保町・本八幡・船橋競馬場をはしご。ところが、これが笑っちゃうぐらい何もない。しかたがないので、「リングにかけろ」なんぞを買い込み回顧モードに耽る。やっぱりドイツ戦が一番面白い。フォルコメンハイトである。それに引き換え「ギリシャ十二神」戦はダメだあ。完全にだれてるぞお。同時期に発表された自己パロディ「リングにこけろ!」の方が百倍面白いぞ。とりあえず買った本は以下の通り。
d「ホームズ贋作展覧会(上)」山田風太郎他(河出文庫:帯)330円
「悪魔に食われろ青尾蝿」JFバーディン(翔泳社:帯)1000円
「本格ミステリ・ベスト100:1975〜1994」」探偵小説研究会(東京創元社)600円
「’98本格ミステリベスト10」探偵小説研究会(東京創元社)350円
「’99本格ミステリベスト10」探偵小説研究会(東京創元社)100円
d「クラシックな殺し屋たち」Rトーマス(立風書房)100円
まあ、ベスト10の季節なので、本格ミステリベスト10を買ってみる。こういう本は100円で引かなきゃいかんよなあ。不調である。


◆「街中の男」長島良三編(早川ミステリ文庫)読了

フランス・ミステリ傑作選の第1集。解説を読むと「フランス・ミステリだけの短編集は日本にはまだない」とあって、頭を引っぱたかれたような気がした。そういえば、フランス・ミステリのアンソロジーってなかったよなあ、と納得。が、更に続けて「当然である。本国のフランスにもまだないのだから」とあったのにはぶっ飛ぶ。おいおい、マジかよ?である。勿論この本が出された昭和60年当時(ってもう15年前か?)の事ではあるのだが、年鑑をはじめ、何かといえばアンソロジーな我が国にあって、そういったフランスの状況には信じ難いものがある。まあ、確かに江戸川乱歩と中島河太郎と鮎川哲也と山村正夫がいなければ日本にだってアンソロジー文化は生まれなかったのかもしれない。昔は、どうも原稿の二度売りじゃねえか、と思って余りアンソロジーは好きではなかったが、最近では「埋もれた傑作短編の発掘」「作家のお手軽な見本市」「入門書」としての意味がなくもないかな、と思い始めているところである。この本も、作家の見本市的な楽しさに溢れており、読み応え十分。いや、第2集で終ってしまっているのが残念な程である。以下ミニコメ。
「街中の男」社交界の色男を射殺した犯人の燻り出しのために奇手を用いたメグレ。そして一人の外国人男性がその網にかかる。追われる者と追う者の葛藤と見事な逆転を描いた傑作サスペンス。短い頁数にメグレもののエッセンスが詰まっている。
「犬」売れない画家とその妻。画家の伯父から旅行中の犬の世話を頼まれ、その広大な屋敷に向った二人は、犬の奇妙な行動に不審を抱く。そして、ある陰謀が露になった時、妻の裁きは解き放たれる。ボアナルらしい逆転の発想が楽しめる作品。人間は醜く、ロジックは美しい。犬ミステリの収獲であろう。
「トンガリ山の穴奇跡」リゾート・ホテルに響き渡る破廉恥な嬌声の正体に迫るルーフォック・オルメスの慧眼。超自然的ネタ。笑い飛ばすのがお作法か?
「見えない眼」連続放火事件の謎に挑む名探偵シラ・ロール。一瞬にして真相を見抜いたロールは、堂々たる罠をかける。発想はともかく、この「奇手」はいささか味悪。これがステーマンの持ち味だとすると、余り好きになれないなあ。
「七十万個の赤蕪」とある出版社社長に見知らぬ社から「赤蕪七十万個」の注文を確認する手紙が届けられる。そして一見、冗談としか思えない「赤蕪」事件は、襲撃誘拐事件への発展する。3人の推理作家たちは、事件の背景に迫るのだが、、ヴェリーらしい奇抜な展開に唸る。結末も笑えるユーモア・ミステリ。
「羊頭狗肉」肉屋の勝ち気な妻を毒殺したのは若い愛人か、寝取られた夫か?最後の4行ですべての謎が解ける快感。本格派ディドロの面目躍如。
「悪い遺伝」予言に忠実な男の悲劇を描いたダールのコント。短い話ではあるがその中に仕込まれた「毒」は相当のものである。
「壁の中の声」風呂の壁から男を誘う声は、彼の心を絡め取る。グルゾリアの幻想譚。サイコパスというよりは純粋のホラーであろう。
「つき」宝くじを巡る人間悲喜劇。このままヒッチコックミステリーに使える夫と妻と下宿人に捧げる犯罪。
「殺人あ・ら・かると」なんとサガンの作品。二組の夫婦の破局を描いた死に至るロマンス。ブンガクしているが、ミステリとしては今ひとつ。
「自殺ホテル」大恐慌で財産を失い死に場所を求めていた男は安楽死を提供するホテルに辿りつくのだが、そこで彼は再び生きる気力を取り戻し、、、残酷なクライム・ファンタジー。まあ、お約束の展開である。


2000年12月13日(水)

◆忘年会第2夜。購入本0冊。うう、辛い。
◆ミステリの中の犬で一番印象に残っている犬といえば、なんであろう?題名に犬が登場する長篇となると、翻訳物では「バスカヴィル家の犬」「吠える犬」「第三の犬」「黒い犬の秘密」といったところかな?中でも「バスカヴィル家の犬」はおそらく世界で最も読まれている犬ミステリであろう。しかしホームズ譚の中では、むしろ「四つの署名」で犯人追跡に活躍するワン公の方が印象に残っていたりするんだよね。クリスティには「もの言えぬ証人」という傑作犬ミステリがあったり、愛犬であったハンニバルに捧げられた「運命の裏木戸」などという身も世もなくわんちゃんなのよう、といった焼きの回った愛犬家ぶり爆発の作品もある。クイーンでは、ジュヴィナイルのジューナ・シリーズにおいて、彼の相棒を務めるテリア犬チャンプの活躍ぶりが印象に残るところ。モイーズは「第三の犬」を書きながら、実は筋金入りの猫好きで「猫と話しませんか?」などという猫本を出しているところが許せない。許せないんだってば。ガードナーも「吠える犬」がある事はあるのだが、「管理人の飼猫」「そそっかしい小猫」「猫は夜中に散歩する」と、圧倒的に猫の方が多いぞ。くそう。日本で題名に犬がつくベストセラー・ミステリといえば、文句なしに「犬神家の一族」であろうがこれは別に犬の活躍する話ではない。辻真先の迷犬ルパンシリーズというのもあるのだが、これは明らかに三毛猫ホームズ対抗の安易な設定なので、今ひとつ、応援する気になれない。日本では、やはり最近読んだ稲見作品「セントメリーのリボン」に登場するワンコたちがいい味出してるんだよねえ。
さて、私の場合、ミステリにおける犬といえば、躊躇なく「刑事コロンボ」の愛犬「ドッグ」である。とにかくあの駄犬ぶりがなんとも愛しい。一応、猟犬であるらしいのだが、主人の云う事は聞かない、ごろごろ寝ているかと思えば、突然無駄吠えする、なにより名前を決めかねて「おい、ワン公」とか呼ばれているうちに「ドッグ」が自分の名前だと思ってしまう、というエピソードが宜しい。コロンボには「攻撃命令」という犬を兇器に使う話もあって、どうもこの世界では「猫」に押され気味の犬派としては、コロンボ・ワールドにおける犬の健闘ぶりに嬉しくなるところ。コロンボへのオマージュである「古畑任三郎」でもその辺りを心得ていて、第1話からマンゴローという大型犬が重要な役割を果たす。マンゴローは三谷幸喜が古畑サーガの最終回として考えていた第3シーズンの津川雅彦の回にも再登場して視聴者を喜ばせてくれる。こういうところも三谷幸喜に思わず「判ってらっしゃる!」と声をかけたくなるところなんだよなあ。
で、なぜ、発作的に犬の話を始めたかといえば、ここの大切なおしらせのため。間借りページには、チェックいれてても、母屋ページの方には3回に1回ぐらいしか行かないもので、今日の今日まで気がつかなかった。思わず絶句して、目頭が熱くなった。ううう。結局、一度も本物におめもじかなわなかったが、うちの卓上カレンダーは「彼」のだし、このページを作成しているノートパソコンには「彼」のシールも貼ってあったりして、お他所の子とは云え、親近感を抱いていただけにショックは大きい。
というわけで、「彼」のご冥福を心よりお祈りいたします。合掌。


◆「最終都内版」島田一男(春陽文庫)読了
18時から24時にかけての酩酊確率100%だっただけに、軽い読物を持って出る。恥ずかしながら「事件記者」初体験である。根がへそ曲りなもので、島田ミステリーの最も有名どころは避けて通ってきたのだ。ヴァン・ダインもどきの初期2作や南郷次郎、鉄道公安官、科学捜査官は読んでいるのだが、どうも事件記者だけは、読む気になれなかった。記者の隠語が飛び交う通俗ミステリでテレビ人気に任せて濫作されたシリーズという「思い込み」が原因。食わず嫌い解消に向けて、この日記を始めなければ一生積読だったかもしれない。で、初体験の感想としては、「お、結構、いけるではないの」。少なくとも、高木彬光の記者ミステリーに比べれば、さすがに本家の貫禄は違う。なにより抜きつ抜かれつの取材競争で、主人公たち以外の記者もしっかり書き込まれているところに感心する。そりゃまあ、文字通り「記者の隠語飛び交う通俗ミステリ」ではあるのだが、濫作ゆえに薄味でスカスカという事には繋がらない。この作品は年代から言って、事件記者ものとしては後期の作であろうが、実に丁寧に記者の生態が書き込まれ、それでいて、ミステリとしてのひねりも忘れていないところが立派な作品であった。こんな話。
「休刊日に大事件が起きる」というジンクスは今回も生きていた。9月23日、警視庁記者クラブに詰めていた東都日報の記者の元に殺人を告白する怪電話が寄せられたのだ。「女を殺して北向八幡の境内に死体を埋めた」。他紙の番記者の眼を盗み、現場に向った山崎は、バラバラ死体の第一発見者となる。なんと死体の腕は東都日報の最終都内版に包まれていたのだ!死体の指紋から被害者が倒産した汽船会社のマリンガールであった事が判明。他紙に一歩先んじた東都日報の記者たちは、被害者の「つら写真取り」に走る。休刊日明けの夕刊で大勝利を収める東都日報。しかし、彼女の勤め先キャバレー「ウインド・ミル」への取材合戦では各紙ともその意地をむき出しにしてきた。果して、東都日報の独走なるか?しかし、事件は新たなバラバラ死体の発見から思わぬ展開をみせるのであった!一体、犯人の狙いは何なのか?最終都内版の配達地域に的を絞り、記者たちは街を走る!
タレコミ電話の主の目撃者が名乗り出るというような御都合主義的展開もあるが、とにかく読んでいるうちは幸せな気分になれる。新聞の仕組みが手に取るように判る「蘊蓄小説」としても楽しめる。夜討ち・朝駆けなんでもありの取材ぶりは頼もしくも格好良い。キャバレーのホステスと記者の「サービス・シーン」もあって、風俗推理としての心配りも充分。ラストはややバタバタとするものの、事件を仕組んだ犯人側のトリックは結構、頭を使ったものである。真っ正面から本格推理小説として書けるだけのひねりはあるといってよい。記者たちのキャラクターの書き分けも出来ており、実にプロの仕事を思わせる。いいじゃないかあ。ああ、なんだか無性にテレビドラマの「事件記者」が見たくなってきたぞお。


2000年12月12日(火)

◆掲示板で貫井氏が既に告知されているように、社団法人日本推理作家協会のホームページがオープンした。平成12年12月12日12時を期してのことである。デザインも凝りに凝ったものだが、なによりデータベースが優れもの。協会賞、乱歩賞の候補作や選評まで一発検索。こりゃ便利。会員紹介も充実しており、画面からbk1で著作を検索したり買ったりできる。さすがに「スーパー源氏」とは連動していないけれど。ぼんやりと会員紹介を見ているとSF作家が多数会員になっているのはともかくとして、山田章博がメンバーになっていて驚く。喜国さんですらメンバーではなさそうなのになあ。謎である。いずれにしても当分楽しめそうなサイトであることよ。英語化して、海外とのやり取りが生まれれば更に素晴らしいと思ったりもするが、それはまあ21世紀の宿題として、今日のところは、素直に作成者に敬礼!
◆銀座はコリドー街のライブ・ハウスで忘年会。ライブなんぞ聞きながら忘年会になるのか?と危ぶんだが、30分のステージを合間30分で繋いでいくという構成は、聞き疲れせず喋り疲れせずで結構いいものである。しかし、火曜日から飲みをいれると一週間が辛いぞお。購入本0冊。
成田さんが、EQの代作問題にアプローチされている。デヴィッドソン作とされてきた後期3作について、デヴィッドソン・ファンからの新説がある由。ううむ、こりゃあ興奮しますのう。それはともかく、デヴィッドソンって、エイヴラムじゃなくてアヴラムなんですってえ?HMMを真面目に読んでいないのがチョンバレ。ダルジールがディエール、アイソラがイソラとか云うのは所詮小説の中の話だけど、人の名前をこんなに長く間違えていられるんだなあ。まあ日本人でも例えば「○崎さん」の「崎」は濁音か清音か、「河野さん」は「かわの」か「こうの」かとかいうのはありますけどねえ。いやはや、世の中は知らん事だらけである。

◆「死神になった男」源氏鶏太(角川文庫)読了
源氏鶏太に怪奇系の話がある事は、最近になって土田さん(祝!年間購入冊数5000冊突破!!この記録を破れるのは最早御本人しかいないだろう)に教わり、おお慌てで探究モードに入っていた。解説を読むと、源氏鶏太の長い作家歴を語る上で基本中の基本のお話のようである。アヴラムではないが、思い込みというのは恐ろしいものである。それと知らなければ、この書名を見ても、快男児が椿事で落命した事に気づかぬまま、颯爽、ライバル会社の「幽霊になった男」と「社長秘書になった女」を巡り恋の鞘当てを行い、「大安吉日」にゴールインして「天上天下」「日々哀歓」な「堂々たる人生」を全うする話だと思うところである。ううむ、実は、怪談児であったか。さて、この作品集にはその作者が幽霊もので新境地を開いた頃の作品6編が収録されており、なるほどどれも身につまされるサラリーマン怪談に仕上がっている。どことなく落語風の呆けた幽霊から悲痛なる死神まで、軽妙な会話と平易な地の文で綴られた著者幽霊ものの見本市的作品集。眉村卓や阿刀田高の遥か以前にこのようなインサイダー・ホラーがあった事に素直に驚いた。是非お試しあれ。以下ミニコメ。
「死神になった男」社長の座を追われ、妻にも逃げられた男が、陰謀の真相に気づいた時、呪は解き放たれる。復讐部分をさらりと書く事で、恐怖を募らせる佳編。主人公に同情的な人物の設定が巧い。永年この世界の小説を書きつづけてきた作者ならではの布陣であろう。
「幽霊になった男」会社人生でも家庭生活でも負け犬たる事を余儀なくされた嘱託が無人の常務室で繰り広げる一人芝居。滑稽な悲劇はやがて悪意を継承し、会社の怪談は自己増殖する。「幽霊」の気性の激しさにやや驚く。このような昔気質の日本人の物語はいつまで生き続ける事ができるのであろう。
「自分の葬式を見に来た幽霊」読む落語。社長の横領の罪を一人で被って自殺した経理課長が「快男児」的経理課員の枕元に立つ時、ささやかな復讐劇は始まる。とぼけたユーモア感覚が光る勧善懲悪物語。ラストの主人公の台詞が笑いを誘う。
「妖怪変化」母と二人暮らしの男。彼が付合う女性は、なぜか原因不明の頭痛に襲われ彼のもとを去っていく。なんとも暗澹たる気分になる作品。結末付近の女性の台詞があまりにも怖い。本当に怖い。
「鬼の昇天」出世階段を上り損ねた鬼課長が本物の鬼にであった時、不満と鬱憤は紅蓮の焔となって燃え上がる。主人公の愚かさが可笑しく、そして哀しい。結語の冷酷さが作者の人生観なのだろうか?
「東京の幽霊」ライバルであった部長が枕元に立ってこの世でし残した「ある事」を男に頼み込む。出世欲と性欲が満たされた時に、恐怖の罠がその口を閉じる。サラリーマン社会の悪意と陥穽を飄々と描いた作品である。笑っている自分が怖くなるぞ。


2000年12月11日(月)

◆今週は、飲み会が3日入るのだが、そうまでして年を忘れたいのか?>自分。とりあえず本日は平和に京橋定点観測。何かしら買うものはあるもので、
「ガラスの夏」花輪莞爾(角川書店:帯)100円
「愛と疑惑の間に」Vキャスパリ(小学館文庫:帯)400円
「Re-Birth」J.Wyndham(Ballantine Books)100円
「The Earth War」M.Reynolds(Pyramid Books)100円
「Beyond the Beyond」P.Anderson(Signet Books)100円
花輪本は第一作品集だそうな。純文学みたい。100円コーナーの本に律義に帯を挟み込んでいるのが金井書店のいいところ。キャスパリは新刊書店よりも先に古本屋でみつけてしまう。300円節約。済まぬ済まぬ。SFのペーパーバックが何冊が並んでいたので未訳っぽいのを拾う。アンダースンのは、題名が「ビヨビヨ」だったのでつい。これって慣用句なのかな?中編集の模様。レナルズって日本では未訳だよね?ウインダムは帰宅してから確認すると「さなぎ」の別題じゃねえか。ぷんすか。他にも「重力の使命」のペンギン版なんかがあったけれどパス。緑装丁なら買うんだけどなあ。SFは純文と同じオレンジ色なんですな、これが。


◆「証拠の問題」Nブレイク(ポケミス)読了
「こんなものも読んでなかったのか」シリーズ・イギリス編。実は、ブレイクも半分ぐらいしか読んでいない。以前は内心忸怩たるものがあったのだが、最近では「まだ、あんな名作を初見で読めるんだぞ、いーだろー」と開き直りの境地に達している。人間、歳を食うと厚かましくなれるものだ。正直なところ、逆に中坊の頃、古典を友人を競い合うように消化してしまった事を残念に感じているぐらいである。勿論、犯人の名前程度しか記憶に残っていないので、EQFCなどの読書会用に古典を再読すると、これがやたら面白かったりするのではあるが。少年の頃には、誰よりも先に読みたい!知らない事は罪!といった純な心があるもので、それがまた読書の原動力になったりするんだよなあ。と、昔語りモードに入ったのは、この小説が学校を舞台にした作品であるため。予備校、といっても日本のそれではなくて、英国の場合は、パブリック・スクールに入るための私立学校を指すのだが、そこの生徒たちと戯れながら証言を引き出すナイジェル・ストレンジウェイズの姿に「小僧の神様」を見た思いがするのである。「闇のささやき」でも感じた事だが、この人は子供を書かせると巧いねえ。こんな話。
処はスードリー・ホール予備校。年に一度の440ヤード競争が全校熱狂の内に開催されている最中、校庭の陰の乾草の山の中で一人の生徒が絞殺される。被害者ウィミスは、ヴェール校長の甥であるという立場を嵩に来た鼻持ちならない生徒であり、生徒からも教師からも疎んじられていた。殺人現場となった乾草の山で、その直前、校長の妻ヘロとつかの間の逢瀬を楽しんでいた教師エヴァンズは、現場に自分の鉛筆を落してしまった事から、警察の追求を受ける事となる。拙い立場に追い込まれたエヴァンズは、友人にして警視総監の甥であるナイジェル・ストレンジウエイズに助けを求めた。個性的な教師たちの相克を縫い、大人からは窺い知る事のできない「子供たちの世界」に入り込み、警察の一歩先を行くナイジェルは、純心理的な手法から真犯人に迫るが、物証に拘った躊躇が新たな犠牲者を生む。裁き対裁き。最後にナイジェルの採った奇手とは?
解説によれば、詩人であった作者がミステリに手を染めたのは、屋根の修理代を稼ぐためであったそうな。ブレイク家の屋根が傷んだ事を言祝ぐ次第である。さて、その修理代の元となった本作は後年の練れた作品からすると少々習作的な香りも漂うが、それが稚拙さではなく爽やかさに繋がっているのが、さすがブレイク。冒頭にも書いたが、ナイジェルが子供たちの目線に合わせて彼等の信頼を勝ち得ていくくだりが実に微笑ましい。挿入的に描かれる弁護士の逃亡と死、第二の殺人など、ミステリとしてのプロットは、「お作法」の域を出ないが、ナイジェルの独断専行捜査方法は、この登場第1作から異彩を放っている。英国学校ものミステリがお好きな人は充分楽しめる作品であろう。