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2000年11月30日(木)

◆なんだかなあ。早朝起きて「あれ?新スタトレ予約した筈なのに、ビデオが動かないなあ」と思ってテレパルを見なおすと、一週先の予約を入れていた模様。ボケが始まっているのか?ボケ防止に有効かと思って、本を読んで感想をパソコンで書くというような<脳みそ虐め>をやっている筈なのに。これって只の「単純作業」だったのかあ?
◆今日のTVチャンピオンは<大食い>である(まだ積録中)。奇人系では、定番中の定番!毎回楽しみにしているシリーズだ。この<大食い>のクライマックスで必ずかかる曲が映画「オーバー・ザ・トップ」のBGMで「FIGHT」という曲。刷りこみというのは恐ろしいもので、例えば「バック・ドラフト」のテーマを聞くと火事場よりも、キッチンスタジアムを思い起こすように、最早この「FIGHT」も大食い以外のシーンが思い浮かばないのである。そのうち「オーバー・ザ・トップ」という映画は、コンボイ乗りのスタローンが「大食い選手権」で赤坂尊子を倒して優勝する話だったよなあ、と回顧するようになるのだ。あれ?違ったっけか?
◆西大島・南砂町定点観測。
「緋牡丹盗賊」角田喜久雄(双葉新書)100円
「妖異忠臣蔵」角田喜久雄(双葉新書)100円
d「冷えきった街」仁木悦子(講談社)100円
d「花の通り魔」横溝正史(東京文芸社)100円
「怖い依頼人」多岐川恭(桃園書房)100円
「死神になった男」源氏鶏太(角川文庫)110円
「光とその影/決闘」木々高太郎(講談社大衆文学館:帯)650円
「20世紀SF@1940年代」中村・山岸編(河出文庫:帯)475円
d「魔女が笑う夜」Cディクスン(早川ミステリ文庫)240円
なんといっても多岐川恭が嬉しいなあ。「霧子、閃く」は結構見るのだけれど、その前作にあたるこちらの方は本当に見かけない。桃園書房の本は辛いっす。強制通用力のある正史とカーのダブリ、安田ママさんが見たら涙を流しそうなバリバリの新刊SFアンソロジー(しかも帯付き)、個人的探究モードの源氏鶏太のホラーもの、仁木悦子のもと本など、なかなかバランスのとれた釣果である。私なんか、これぐらいの釣果があれば、とりあえず満足していられる薄い奴なんです、はい。


◆「待避線」島田一男(東都ミステリ)読了
鉄道公安官シリーズ第6、7話収録。朝ばたばたしていてとりあえず前日の収獲の山の一番上にあった本を引っつかんで家を出る。世の中には「腐っても東都ミステリ」と「腐った東都ミステリ」があるのだが、いやあ、なかなか面白うございました。生涯現役推理作家を通した作者の脂の乗りきった頃の作品だけあって、実に実に楽しい。後書きによれば地方新聞の連載ものだった由であり、軽快なテンポで読める。日本国中を鉄道を使って駆け回る海堂班長の姿は「てっちゃん」の憧れたるの資格十分。しっかり各地の観光ポイントも押えており、なぜか海堂と同行する事になる元気な商売女たちも話に花を添えている。鉄道関係の小道具にも気を配り、なによりミステリとしてのプロットがしっかりしていて、凡百の旅情ミステリのお約束である「各地の伝承や時事ネタ」に頼らない心意気がよろしい。これがプロの仕事ってえ、もんだよね。書痴的には、この本、目次がちょっと「変」で(なぜか、後の方に収録されている「スイッチ・バック」の方が目次では前におかれており、頁数が115〜230、5〜110、236という順に振られているのだ。最初は乱丁かと思ったが、後書きの位置はあっているので何か思想があってのことなのであろう。謎〜)驚いた。以下、ミニコメ。
「待避線の狼」急行『瀬戸』から消えた男は、丹那トンネル内で死体となって発見された。同行していた芸者・梅丸に託されたチッキの荷から八千代銀行のアタッシェが運ぶ筈だった重要書類が発見され、やがて事件は観光名所としての「城建築」を巡る企業スパイ事件に発展する。八千代銀行の女性調査員と張り合うように、四国に飛ぶ海堂と芸者・梅丸。だが、冷酷な犯人は、海堂すらその毒牙にかけようとするのであった。危うし、鉄道公安官!!警察や銀行調査部と競いあって鉄道公安官の意地をみせる海堂が良い。浜っ子なのに松山で芸者をやっている梅丸姐さんが格好よい。小気味良い場面転換、徐々に明らかになる欲の構図、そして意外な結末。余りにも安易に人を殺す犯人像にはやや抵抗があるものの、通俗ミステリかくあるべしの一編。題名も巧く、結語が効いている。ラストから構想したミステリであろう。
「スイッチ・バック」海堂が取り押さえたスリの釣果からこぼれ出た4枚の写真。それは、女を刺し殺し土中に埋めるまでを克明に撮影したスナッフ・フォトだった!偶然、写真の一部に映っていた貨物列車の車映から埋葬現場が国鉄の用地内にあると判断した海堂は事件究明に乗り出す。写真を新聞にリークして、警察の尻に火をつけた海堂は、だが、謎の女から死の罠に誘い出される。写真が捉えた高山植物から、現場を中央線沿線に絞った海堂と「死体と同じ顔をもった女給」ササ子は、さながらスイッチ・バックのように事件の頂きを目指すのだった。衝撃的な発端、少ない手掛りから薄皮を捲るように真相に迫るプロット、奸智と行動力にたけた敵、囮役を務める女給と海堂のロマンスも楽しいスリラーサスペンス。連載の関係か、無意味な引きが少々鼻につき、犯人も頭がいいのか悪いのかわからないところが、いかにも通俗。でも、ササ子や諏訪の芸者・照葉が可愛いので許す(おいおい)。


2000年11月29日(水)

◆昼休みに近所の本屋で1冊。
「平賀源内捕物帖」久生十蘭(朝日文芸文庫)720円
白梅軒の川口さんに「全集に入ってないから、見かけたら『買い』ですよ」とご教授頂いて以来、ちょっと探索モードだった本。これで一安心。まあ、bk1で買えば済むといえば済むのだが、そこはそれ。ところでこれって創元推理文庫の探偵小説全集でもよかったのかな?

◆神保町定点観測。
「ドリーム・チャイルド」野崎六助(学研ホラーNV:帯)300円
「クルンバーの謎・コロスコ号の悲劇」Cドイル(東京創元社世界ロマン全集:函)500円
「待避線」島田一男(東都ミステリ)500円
「0番線」島田一男(東都ミステリ)500円
「探偵秘録 梟」小泉總之助(忠誠堂:函)3000円(「そう」の字は手偏)
不調。それなりに欲しいものもあるのだが、値段の折り合いがつかない。それにしてもRBワンダーは値が上がった。アメストの第2巻欠けで6万5千円は高いと思うぞ。それは揃いの値段だぞ。だいたい不揃いを一まとめにするという根性が許せんよなあ。ワールドSFもレム欠けで一まとめだし、マンハントも大判欠けで一まとめだし。「コレクション・スターター・セットか!?お前は!?」神保町BCはポケミスの効き目がずらりと簡易函付きで並べていたりするが、思わず息を呑む価格。いやあ、相変わらずの自信に脱帽だあ。また簡易函が題名なしの後函もあったりするところが神保町BCらしいと言えばらしい。最近ちょっと色気をだしている講談社ロマンブックスの香山滋なんかを手にとってのけぞる。なんで全集が出てしまった人のそれも廉価版がこの値段なんだよう。とほほ。しかたがないので、値のつかない島田一男の東都ミステリで我慢する。かんたんむで「泡の女」の東都ミステリ版もみかけたのでついでに買うかなと思ったら1500円だとお!?なんか勘違いしとらんか?「飢えた遺産」や「陽気な容疑者たち」や「人それを情死とよぶ」のようなカルト人気の作家ならいざ知らず、笹沢佐保だぞおお!ったく、なんなのでしょうね??小泉某の「梟」は大正時代の実録本。函があったのね、これって。ちゅうことは「眼」にも函があったんだな。ううう、この世界、奥が深いよなあ。

◆帰宅すると、松本さんからの交換本が到着。
「ピーナッツ・ジュビリー」CMシュルツ(角川書店)交換
なんとも豪勢なつくりのピーナッツ25周年記念のハードカバー本。ある事もしらなんだ。こっちの世界も奥が深いわい!ところで、このホームページに、私の描いたピーナッツもどきの漫画が貼ってある事はひょっとして意外に知られてないのかな?実はここにあります。


◆「ボンベイの毒薬」HRFキーティング(ポケミス)読了
「こんなものも読んでなかったのか?」シリーズ。「パーフェクト殺人」の方は復刊されているが、こちらは品切れかな?私の学生時代には、少しポケミスをおいている店には必ず全作売れ残っていたキーティングもすっかりみかけなくなった。ゴーテ警部シリーズは、ポケミスで13年前にひょっこり新作が紹介されてからは、それっきり。「マハラジャ殺し」に「亜智一郎」的お遊びがあるとは聞いているのだが、日本での人気は今一つといったところか。本来「パーフェクト殺人」から読むべきなのだが、何を勘違いしたか、こちらを持って出てしまったもので、仕方なく読んだ。で、ゴーテ警部というキャラクターはいわゆるヒーロータイプではないと言う事を初めて知ってビックリ。上司を怖れ、愛妻の尻に敷かれ、捜査に追われている姿は、なんとも愛すべき中年官吏といった風情。いやあ、何事も読んでみなければ判らない。こんな話。
アメリカの富豪でボンベイ市民の誰からも尊敬を受けている浮浪児救済財団の主宰者フランク・マスターズが砒素によって毒殺された。持てる財産の総てを慈善に投げ打ってきた誰からも怨みを買う筈のない人間がなぜ?捜査に乗り出したゴーテ警部は、浮浪児たちのボスであるフランク・G・ロビンソンと名乗る12歳の少年の証言に翻弄される。毒は夕食のカレーに混ぜられており、容疑は、財団で薬品を管理していた薬剤師に向けられるか、その管理の杜撰さにより容疑者の輪は広がる一方。容疑者の一人にボンベイの顔役であるアムリット・シンがいた事からゴーテの上司はシン逮捕に向けてゴーテの尻を叩くのだが、ゴーテはそこに割り切れないものを感じていた。そして、彼自身が分不相応な慈善を施したとき、ゴーテに天啓が訪れる、少々の妻の助力があった事は上司には内緒だ!
なんとも呆けたユーモア・ミステリ。主人公を始め、浮浪児のリーダー格であるロビンソン、ゴーテの陽気な妻プロチマ、読書家の薬剤師、無能なコック等など脇役陣も魅力的で、訊問即ち漫才になってしまう奇妙な明るさに驚く。特に12歳にして伝染病の後遺症で60歳並みの容貌を持つロビンソンのしたたかさはある意味で主人公であるゴーテ警部を食ってしまっている。「貧乏だけど、底抜けに明るいインド」がよく書けていてエキゾチック・ミステリのマニアにとっては楽しみどころの多い作品であろう。ミステリ本体は、「誰が」「どうやって」の部分は、やや肩透かし系ではあるが、「なぜ」については及第点。本筋よりもゴーテ警部が果たして冷蔵庫を買えるのか?といった脇筋の方が楽しい、なんとも長閑なミステリである。一風変った設定がお好きな人は是非どうぞ。


2000年11月28日(火)

◆飲み会につき買い物なし。生まれて初めて神田多町界隈をうろつき、おお、これが早川書房かあと感心する。まあ、だから何だというわけではないのだが。考えてみれば、20年前ならいざ知らず、今更「どうしても欲しい」早川書房の本てえのもないんだよなあ。東京創元社も同様。時代は久保書店とか光風社とか東都書房だよね(って、いつの時代やねん?!)
◆思いつき1
「クローズアップ現代」ネタが政宗さんよしださんに受けたようなので嬉しゅうございます。NHKの番組造りって手堅い分パクリ易いんですよね。次はやっぱり「プロジェクトX」ですかね?
「一度は予定部数に達することが出来ず挫折した出版プロジェクト!
バブル崩壊の悪夢を乗り越え、再び社運を賭けて30万円の限定出版に挑む専門出版社の闘い。
『プロジェクトX』、次回は<うつし世の夢〜甦る『貼雑年譜』>をお届けします!
♪おっしーえてえよー、ちっじょーのほしをー」(大嘘)

◆思いつき2
あ、成田さんが替え歌やってるう。私に受けて立てと言うのか!?(<誰も言うとらんって)
んじゃ、ハルに続けて、ナツだあ!
♪奈津子、愛する人は
♪心多き人
♪薔薇も百合も大丈夫な
♪欲のもやもや
御粗末さまでした。

◆思いつき3
HMM最新号の池上冬樹@隔離戦線。新人賞の応募原稿の自己紹介欄に「ネットで活躍中」と書いてきた人間をネタにして一席ぶっている。やっぱりお金がとれてなんぼですかそうですか。まあ、金を取れてなんぼという考えでいけばお説ごもっとも。ただ、それって「創作同人○○所属」と書くのと同値だと思うのだが、その辺りどんなもんなんでしょうね?同じように「SRマンスリーで活躍中」とか「ROMに連載中」とあった場合に、池上冬樹として同じ扱い(=悪い例)をしたのだろうか?どうもネットの方が低く見られてるような気がしてならない。個人的には、同人誌時代の体験に照らすとネットの方が、10倍以上大変だと思うんだけどなあ。隔離戦線3人集の中では一番マシな人だと思っているだけに、少々哀しい気分になってしまうのであった。
◆思いつき4
中村忠司さんが買った。土田さんが2冊買った。茗荷丸さんも1冊買った。「拷問」振興委員会としては嬉しゅうございます。さあ、皆さん、ブックオフで100円ゲットだぜ!
◆思いつき5
おおお!大矢博子女史が「永遠の森 博物館惑星」を絶賛である。「今年これ読まずして何を読む!?」だぜえ。自分が「本読み」として一目おいている人が自分の好きな作品を褒めてくれているのを見るのはなんとも楽しいものである。

◆「文字禍の館」倉阪鬼一郎(祥伝社文庫)読了
夜のヘベレケが予定されていたので、困った時の祥伝社400円文庫を持って出た。ところが!朝の電車が遅れまくったせいで、往路の半ばで読みきってしまう。うがああ、活字、活字をくれえ!「活字中毒者悶え苦しむ地獄の寿司詰」なのである。とまあ、私も活字中毒だが、この作者の活字への淫し方は尋常ではない。いや、異常である。その趣味をぞろりと剥き出しにしたのがこの中篇。「赤い額縁」なんぞも相当に言の葉にこだわった作品であったが、この最新作は短い分、言葉遊びの純度が高い。ワープロソフトの辞書機能・印字機能の極北に挑んだ実験作である。全編これ周到に張り巡らされた仕掛けの連続。まさに、活字のお化け屋敷にして「匣」根細工!貴方は作者の企みをどこまで見破れるか?こんな話。
月刊グノーシス編集部に舞い込んだ奇妙な招待状。二文字で二十五画以上もしくは一文字で十五画の漢字からなる名を持つ者3名を招くという不可思議な条件に合わせ、編集長の髀塚、記者の纐纈、猫専カメラマンの蠻は、勇躍、名のみ有名な「文字禍の館」に取材を敢行する。何処とも知れぬ地に建つ館で彼等を迎える「魘」という仮面の男。そして第四酢の効いた茶を饗された三人は、館の奥へと導かれ、そこで様々な「文字」に遭遇する。一人、また一人と還・言されていく取材チーム。そして、恐怖の幕間狂言は新たな迷宮への入り口に連なり、五十音の試練が彼等を呑み込んで行く。果たして館の最深部で待つモノの正体とは?閉ざされた言葉の檻の中で同音異義語が自我を嘲う。
他の言語に絶対翻訳不能な小説がここにある。よくぞ日本に生まれけり!全てが文字に解体されていく恐怖。条理がその要素から反逆され不条理に溶け出す快感。初めに言葉ありき、而して、終わりに言葉あり。稀代の言葉使い師の齎す禍神が紙の上に降臨する。読者は、知らぬうちに作者からの挑戦をうけ、それと気づいた時には敗北している。作者の孤独な闘いに心からの敬意を表するものである。長さも程ほどで「文字」以外の恐怖を膨らませる必要がなかった分、透明な異「字」元体験が堪能できる。たいへん面白うございました。とても読みやすいので、通勤の友とする場合には、もう一冊余分にお持ちになる事をお薦めします。「不可解な事件」などはいかがでしょうか?御注文の品お揃いでしょう禍?お前は、魔苦奴成奴禍?


2000年11月27日(月)

◆合同オフ会補遺。SPOOKYさんから、PEAUNUTS BOOKSの原書を1冊頂戴してました。ありがとうございます。それにしても、掲示板によれば、女王様に対して古畑モードで突っ込みをいれていたのか、俺は。全く記憶にないのは何故?答:酔っ払っていたから。
◆定点観測。さしたるものは何もなし。
「ある疑惑」佐賀潜(荒地出版社:帯)2000円
「悪女の素顔」大林清(桃源社)1500円
「フリーメイソン殺人事件」畠山清行(KKロングセラーズ:帯)1000円
「微笑時間」樹下太郎(集英社)1000円
「トロピカル」井上雅彦編(広済堂)100円
d「ロイストン事件」DMディヴァイン(教養文庫)100円
「盗まれた宝物」Wスタイグ(評論社てのり文庫)100円
d「時の幻影館」横田順彌(双葉社)100円
「文字禍の館」倉阪鬼一郎(祥伝社文庫)200円
うーん、折角、自由ヶ丘まで足を伸ばした割にはボウズに近い釣果。とほほ。

◆HMMとSFMの2001年1月号購入。SFMの表紙が鶴謙でなくなってしまった。これでSFMを買う理由の3割ぐらいなくなったぞ。牧野修の連載が終ったら止めよっかなー。
◆アマゾンから1冊遅れて本が到着。
「Suspect」Jロウ(Ballantine)613円
おお、なんとか無事に落手できたぞ。ホッと一安心。これでロウは、残すところ「The Makeover Murders」だけなんだけどなあ。


◆「蜘蛛の館」山田智彦(角川文庫)読了
一連の企業小説で著名な作者の初期短編集。樹下太郎にファンタジー系の作品がある(らしい)ように山田智彦にも怪奇色の濃い短編群があるのだが、これはその系統の中短編5作を収めた作品集。オフ会で拙宅に謎宮会の葉山さんが来たときに、沈没するホストを尻目に1,2時間で読み切っていってしまったという本という意味で、個人的には印象深い。「あの葉山さんがそうまでして読みたい本なのかあ」と思うと、これは傑作でないわけがない。で、電車の友にしたところ、これが期待に過たず「傑作!」。全く宝の持ち腐れとはこのことである。押えた筆致で、幽玄と現実の狭間に落ちる市井の人々を淡々と描き出す作風は、昨今の異形系の若手作家とは異なった純和風の恐怖体験へと読者を導く。不条理に対する諦観が、伝統美を演出するとでもいうのか、登場人物たちの普通さが徐々に「あちら側」の論理に染まっていく過程が実に怖い。何故か、古本屋でもなかなか見かけない本ではあるが、これは、なんとしても手に入れて読んで頂きたい傑作集。まあ、拙宅で読んでいって頂いても結構なのではあるが。以下、ミニコメ。
「最後の夏」墓場で三度転んだ男は、「あと一ヶ月の命」という「声」を聞く。これまでに二度「声」を聞いてきた男にとって、それは逆らい難い<規定の事実>となる。美しい妻と可愛い娘を残して30歳を待たずに死を迎える男の最後の一ヶ月。その怒りと悲哀と諦観は柔らかな戦慄と感動を読者に与える。<死の宣告>が西洋医学でもなんでもない「声」というところがミソ。あやふやな現実の上で怠惰に生きている己を振り返り、「これは作り話だよね。そうだよね」と口に出して確認したくなる、そんな恐怖に満ちた佳作。
「芍薬」貧乏な新婚夫婦が、入居した古屋敷。その屋に棲む老婆は、若カップルの夫に、「息子」の姿を重ねていた。彼の遅い帰りを待ってするすると闇に開く扉の描写がおぞましい。芍薬の花がその盛りを終える夜、土の中の因縁は露となる。華と闇のコントラストが見事な逸品。
「蜘蛛の館」森の一軒屋に棲む老人とその余りにも歳若い妻。接待の趣向でその館の正体を知ったとき、男は戦慄する。なんとも居たたまれない気分になる小品。作品の迫力としては他の4作に及ばないのだが、何故これを表題作にしたのだろう?
「遠い棲家で」田舎に住む双子の伯父たちが繰り広げる果てしなき妄執の戦い。旧家の呪縛が都会から来た甥を徐々に絡めとっていく過程が実に恐ろしい。奇矯な振る舞いに明け暮れる老翁たちの狂気もさることながら、いつしか邑の罠に安寧を感じてしまう心が怖いのである。作者の「旧家」ものの頂点であろう。傑作。
「伊吹山頂」妻の実家に帰省した男が見る過去の幻視。忘却の彼方に追いやった筈の過去と対峙する時、亡き父と姉と義兄を巡る禁忌に満ちた惨劇の記憶が男を襲う。徐々に明らかにされていく男のトラウマの正体。山頂から見た風景は魂の地獄絵図。彼は「帰還」できるのか?これも「旧家」もの。男の体に流れる血を思う時、それまで微笑ましく見えていた家族の風景の底から凍った恐怖が立ち上がる。惨劇の動機を最後まで語らない作者の自信が頼もしい。


2000年11月26日(日)

◆3日分の日記と感想文で半日かかる。日記はともかく感想文3連発は少々辛いものがある。身体も本調子からは程遠い。しっかし、みんな徹夜宴会の翌日あれだけ古本屋回れるね。感心します。はい。
◆積録消化。今度はよしださんイチオシの「ショカツ」にかかる。第1、2話視聴。なかなか丁寧なつくりの刑事ドラマという印象。んでも田中美佐子はあんまりハードボイルド向きじゃないよなあ。なんか無理矢理ワルぶってる感じが辛い。どっちかつうと鑑識役の高樹沙耶が天然でよいです。
◆近隣のブックオフを定点観測。なんにもないので安物買いに走る。
d「魔天忍法帖」山田風太郎(徳間書店)100円
「毒ある果実」司凍季(角川書店)100円
d「現代イギリス・ミステリ傑作集2・3」Gハーディング編(ポケミス)各100円
「誘惑」結城信孝編(徳間文庫)100円
「妖美」結城信孝編(徳間文庫)100円
「殺意の宝石箱」山前譲編(光文社文庫)100円
「秘密の宝石箱」山前譲編(光文社文庫)100円
「湯の街殺人旅情」山前譲編(青樹社文庫)100円
「本格推理15」鮎川哲也編(光文社文庫)100円
「黄泉がえり」梶尾真治(新潮社:帯)850円
d「鳩」日影丈吉(早川書房:帯)850円
まあ、日影と梶尾のハードカバーが嬉しいといえば嬉しいかな。「鳩」って現役本なのかな?もう8年も前の本だったんだあ。


◆「銀と青銅の差」樹下太郎(別冊幻影城)読了
最近一部で人気の樹下太郎、適当に買うだけは買ってきた作家なので、手持ちは10作程度。石井さんと土田さんの追っかけを見て、一体何作ぐらいあるのかと目録を確認、その著作の多さにたまげる。へええ、こんなに出していたのね、この人。いやまあ、笹沢佐保や佐野洋クラスではないのだが、結城昌治ぐらいはありそうで思わず目眩がする。とりあえずどこまで気合をいれて集めるべきかと、徐に代表作と巷間伝えられるこのサラリーマン・ミステリを手にとってみた。こんな話。
プロローグ、無理心中の現場が描かれる。ガス中毒死を遂げた中年男性と絞殺された身重の女性。完全に中から戸締まりされた家屋での死はどこからみても無理心中であった。刑事は、その庭である会社の銀製のバッジを拾う。なぜ、男はバッジを外していたのか。刑事の心に小さな疑問が湧く。本編、サラリーマン社会の不条理に翻弄される二人の男の姿が描かれる。楡製作所に臨時工として採用された尾田と大江。11年前に配送部を振り出しに会社人生のスタートを切った彼等はそれぞれに職分を全うしながらも、鬱勃とした日々を送っていた。一旦は課長職扱いになり青銅製のバッジから銀バッジに昇格した尾田は理不尽とも言える営業部への配置転換により平社員に格下げとなったことから、他方、趣味の絵でそれなりの評価を得ていた大江は、宣伝部への抜擢が夢と消えた事から、その人事を進めたと思われる進士専務に殺意に近い憤りを覚えていた。しかもその人事を左右したのが、専務の愛人深井基代の進言によるものだと言う事が明らかになるにつれ、二人の怒りは頂点に達する。従順な妻との所帯を構えた尾田、年上の保険外交員穂波井沙子と爛れた関係を続ける大江。だが、彼等の信じた真相もまた、運命の悪戯が築き上げた砂上楼閣であったのだ。果して、誰が殺され、誰が死んだのか?銀と青銅の間に横たわる暗渠に運命は皮肉な罠を仕掛ける。
ああ辛気臭い!恐ろしく丁寧にサラリーマン社会の悲哀を紡ぎ上げた作者の力量には感心するものの、だからと言ってそれが楽しい読書体験になるとは限らない。むしろ、だからこそ、このすれ違いの悲喜劇を読んで暗澹たる気分になる。同時期に大ヒットしていた植木等の無責任男の対極を行く、なんとも救いがたいサラリーマン哀歌。これが清張作品や森村作品のように「悪」の姿が描かれていれば、折り合いのつけようもあるのだが、いやはや。完全密室の謎解きも肩透かしの部類であり、そこに至るドラマに力点を置いた作者の姿勢を評価しつつも、私向きではない、と言いきってしまおう。キャラ虐めがお好きな方はどうぞ。


2000年11月24日(金)・25日(土)

◆半日お片づけ。スリッパを買い足したり、クッションを買い足したり。今回の自宅オフ。2次会につき、料理の心配はないものの、寒さの備えがなっていなかったのである。特にダブり本の間が底冷えするのですよ。
◆いよいよ黒白さんのところと合同オフ会実施。主宰者2名を含め参加18名様の大宴会。場所は、東京駅から徒歩5分の下町料理屋てっちゃん京橋店。3時間にわたり騒ぎ倒す。6時40分ぐらいに八重洲古書センターを覗くと、Moriwakiさんと無謀松さんに遭遇。折角なので1冊だけ買う。
「人狼の四季」Sキング(小学館M文庫:帯)350円。
女王様も颯爽とやってきて古本屋の店先で古本のやりとりを始めようとするので「ちょっとまたんかい」。7時から八重洲ブックセンター前で待つ事15分。続々と人が集まり出す。SPOOKYさん、須川さん、てつおさん、黒白さん、惣坂さん&かしぶちさん。かっしーは甲斐甲斐しく惣坂さんの着替えを持ってきていた。てつおさんは、「病院には『この二日は俺はいないからな!』患者がどうなってもしらん!」と言い残してこられたようである。女王様は、なぜか会社帰りのたっくんと待ち合わせて怪しげな書類の受け渡しをやっていた。たっくんは「<拷問>はないですよお」とこれまた怪しげな台詞を残して去っていった。「また、彩古さんに抜かれちゃったのよう!」という女王様のグチを聞きながらぞろぞろ会場に向うと、既に越沼さんとよしださんが寛いでいた。定時までに、愛・蔵太さん、松本さん、やよいさんがやってくる。少し遅れて川口さんも到着。席に就くなり本の交換が始まる。ちょっとまたんかい。最初から遅れてくる予定の彩古さん、土田さんを除いてメンバーが揃ったところでわたしめの発声で乾杯。引き続き酔っ払わないうちに自己紹介タイム。黒白さんから私まで16名の自己紹介が続く。どいつもこいつも「私は濃くないでーす」とか「古本者じゃないでーす」とか寝言をほざく、もとい、おっしゃる。ちょっとまたんかい。私はきっぱり「古本が好きです」と宣言する。天地神明にかけて、私は古本が大好きである!悪いかっ!後は歓談ターイム。「ホームズの昔から全ての推理小説にはやおいの要素がある」と愛・蔵太さんが飛ばす。なんと、てつおさんから「これ、10万記念にどうぞ」と、秘密のものを頂戴する。函・未開封・月報、もとい 取扱説明書付きである。う、嬉しいような、まだ御厄介にならずには済むというか、一体、これ、どうしましょう?てつおさんは、先日5万円弱で落札した「反逆者の財布」を新幹線の友にしてきたようである。なくさないようにね。越沼さんからは本多正一の「彗星との日々」を頂戴する。例の中井英夫の晩年を看取った写真集である。ほか、その場でゲットした本は以下の通り。

「仮面と衣装」多岐川恭(浪速書房)頂き!(黒白さんから)
「昼下がりの殺人」多岐川恭(光風社出版)100円(女王様から)
「恐怖の大作戦」RHデーヴィス(集英社)1300円(女王様から)
「わが幻覚のとき」デュ・モーリア(三笠書房)交換(土田さんから)
「遠い星からきたノーム3ウィングス」Tプラチェット(講談社)交換(土田さんから)
うーん、これまで縁のなかったところが集団でお越しだよう。自分だけでは、また数年かかったかもしれないゾーンを一気にゲット出来てシアワセ。特にナポソロは、女王様から読んでもいない本を回してもらってしまったぞ。うひゃあ。これで本当にナポソロのノベライズの翻訳本はコンプリートである。と、なんと須川さんからロラックの「The Missing Rope」が帰ってくる。すっかり貸し出ししたの忘れていた。ああ、酔っ払いは怖いね。

一次会は「貼雑年譜」の話、オークションネタなどなどミステリと本の話題で大いに盛り上がるが、殆ど内容を覚えていない。楽しかったのは確かなんだけどなあ。
◆二次会は拙宅で、総勢13名。越沼・須川・よしだ・松本・愛の5氏を除く方々がお運び頂く。朝まで騒ぎ倒す。私はいつものようにホスト役や「古本屋のおやじ」役に忙しく、余り話しの輪に入れなかったかも。おまけに4時過ぎに沈没してしまった。まあ、よく飲んだ事だけは確かですかな。はい。話の中味は参加された皆さんからのご報告をお待ちします。
◆8時頃に目が覚めると、女王様が、西部古書会館に出陣されるところだった。気合入りまくり。9時過ぎには、全員がお帰り。黒白さんは、てつおさんと高田馬場を回るようである。ああ、豪快な買いっぷりがみられなくて残念。ともあれ、参加頂いた方々はお疲れ様でした。ワインの蓋を開ける際に指を切ってしまったので、オフ会レポートはこんなところでご勘弁を。
まあ、でも、このままでは余りにも愛想がないので一つだけ、宴会で盛り上がっていた女王様ネタを膨らませて任を終えましょう。

<クローズアップ現代:「古本殺人」〜なぜ主婦は古本に溺れたか?
国谷裕子「今晩は。クローズアップ現代です。今日は、古本を買う金欲しさに夫に保険金をかけて殺害した主婦の話を取り上げます。ごく平凡な女性であった彼女がどのように、古本に嵌まっていったのか?なぜ、古本を買う事が止められなくなったしまったのか?遂には、踏み越えてはならない一線を越えてしまった彼女。その心の闇に迫ります。まずはVTRからご覧ください。」
ナレーション「今年12月、ある主婦が神奈川県警に逮捕されました。自分の夫に保険金をかけて殺害した容疑です。保険金殺人自体は、これまでにも何件もあった事ですが、彼女が供述したその動機が世間の注目を集めました。『古本を買うお金が欲しかったから。』」
(原宿ブックオフのオープンの映像。「列の最後尾はこちらでーす」との店員の声)
ナレーション「今年11月、<若者の街>原宿に日本最大級を謳った古本屋がオープンしました。全国展開している大手古本チェーン店の支店です。徹底的なマニュアル化と独特の店舗戦略で、従来の古本屋の概念を一新したそのチェーンでは、いわゆる古書は扱わず、定価の半額と100円均一といった安価な本を中心に販売しています。しかし、新規店舗のオープン時には、希少性の高い本が並ぶため、古本マニアが朝から行列をつくるのです。そしてその行列の先頭に『彼女』がいました。」
(オープンの瞬間、「いらっしゃいませ」を連呼する店員の間を抜けて、階段を駆け上がる彼女の映像、ストップモーションの後、ホームページの画面に)
ナレーション「これは彼女が出入りしていたインターネットのとあるサイトの掲示板です。<『貼雑年譜』のためなら、臓器でもなんでも売る!><本以外ならなんでも売るわ!買って頂戴!!>何かに憑かれたようなこの書き込みが彼女のものです。そんな彼女を、サイトの仲間はこう呼んでいました。<古本の女王様>」
(顔を隠し、声を変えたインタビューへ)
友人A「エエ、イツモネ一番乗リデシタヨ。アンナニ古本ガ好キナ人ハチョット珍シイ。仲間ウチデモ有名デシタネ。」
友人B「ムカシカラ、本ハ好キダッタミタイデシタケド、ホラ、コノ道、突キ詰メテイクト、ドンドンまいなーナ趣味ニナッテ行キマスカラ。ソウナルト、図書館ナンカデモオイテナイヨウナ本ガ欲シクナルワケデ…」
友人A「モウ旦那サンナンカ、ホッタラカシデネ。旦那サンノ誕生日ダトイウノニ、おふ会トカ泊リガケデ出カケタリトカネ(笑)ヨク耐エテルナア、ト皆デ云ッテタンデスヨネエ。デモ、マサカ本当ニ旦那サン殺ストハ、思ワナカッタナア」
(夫の『事故』死を報じた新聞の映像)
ナレーション「一見、事故だと思われたこの死が、計画殺人であった事が判明したのはその翌日の事でした。そして彼女が逮捕されます。容疑は保険金詐欺と殺人。そして『古本が買いたかったから』という動機が、世間を驚かせたのです。」
国谷裕子「『臓器でもなんでも売る』。何が、彼女をそこまで追い込んでしまったのか。古本の事について詳しい社会学者の古本好男教授にスタジオにお越し頂いています。古本先生、古本というのはそんなに魅力のあるものですか?」
古本「あります。なんといっても、女子高生と合コンできるのが最高です。」
国谷「なるほど。これほど新しい本が出版されながら、古本でなければならないというのは、人との差別化を図りたいという意識からなんでしょうか?彼女の場合は、もとは普通の新刊書で満足していたようなのですが、徐々に読みたい本の質が変っていったということです。もしかすると、大部数の出版の裏で余りにも多くの本が絶版になってしまっている事も原因の一つとして考えられないでしょうか?一種の強迫観念とでもいうのでしょうか。更に、その世界で知り合った友人との抜きつ抜かれつのゲーム感覚が収集欲を加速して、遂には依存症状態に陥ってしまう。彼女自身、古本市に行けずにいると、自分の探している本をライバルに抜けれてしまうという思いにかられてしまった、と告白しています。本人の性格もあるのでしょうが、ここまでエスカレートしてしまったのは、文化物までを消費する出版システムの弊害といえるのではないでしょうか?いかがでしょうか?」
古本「時代は、三橋一夫でしょう。」
国谷「つまり、三橋一夫読んで、心身ともに健康になる必要がある。明朗小説を読むために、陰湿になっていったのではいけない、ということですね。どうもありがとうございました。今日のクローズアップ現代では、古本が欲しさに夫を殺した主婦の事件をレポートしました。彼女は今も獄中から、倉庫に預けている蔵書の様子を気にしているという事です。」
予告ナレーション「明日のクローズアップ現代では、IT時代の商取引として注目を集めているネット・オークション。その過熱気味の実態と課題についてレポートします。」

◆「ウインター殺人事件」ヴァン・ダイン(創元推理文庫)読了
祥伝社400円文庫もびっくりの薄さで有名なヴァン・ダインの遺作。メインプロットのみを仕上げた第2稿の段階で著者が亡くなったために、非常にストレートな作品になっている。小説本文よりも、付録として収録された「推理小説論」の方がウイラード・ハンチントン・ライト氏のミステリ観を知る意味で非常に興味深い。30年前には、ルパンやホームズ、ブラウン神父といった超ビッグネーム以外の黄金期前の作品については、この「推理小説論」が殆ど唯一のナビであった。実はこの部分だけは、中学生の頃に何度も読んだのだが、小説本体を読むのは、今回が初めて。これで漸くヴァン・ダインの長篇を全部読んだ事になるわけである。さして思い入れのある作家ではないものの、永年の宿題を一つ片づけたという感慨は確かにある。こんな話。
ニューヨーク社交界の面々が集う山中の大邸宅レクスン荘。主のカリントン・レクスンのエメラルドのコレクションを護るために、我らがファイロ・ヴァンスも重い腰を上げて逗留している。おりしも、荘では欧州から一時帰国しているレスソンの息子リチャードとニューヨーク社交界の花形カーロッタの婚約が発表されようとしていた。そのパーティーに集う面々はスポーツレーサーや女飛行機乗り、芸能人や冒険家などといった派手な連中。またリチャードがサン・モリッツで知り合ったパセットなる人物もいた。だが、惨劇は荘の外で起こった。荘の番人リーフが崖から落ちて無惨な死を遂げたのだ。レクスン家の不具の娘ジョウンの付き添いである美しき娘エラ・ガンサーは、その夜目撃したものとは果たして何だったのか?彼女はリーフから結婚を迫られていたが、父親である荘の管理人エリクともどもリーフを嫌っていたのだ。検死裁判は事故死の結論を急ぐが、ヴァンスの直感は別の真相を示唆していた。そして、今度はカリントンが殴られ、金庫からエメラルドのコレクションが盗まれてしまったのだ!氷上のアクロバットと論理のアクロバット。谷間に正午を告げるサイレンが鳴り響く時、ヴァンスの慧眼は、すべての悪を暴きだす。
思ったより面白いではないか、というのが読後の印象。勿論、初期6作には遠く及ぶべくもないが、軽い読物としては充分及第点。正直なところ、これほどにオールスター映画を意識したかのような絢爛たる舞台を設えながら、志半ばにして作者が亡くなった事が残念である。あと2、3の脇プロットでレッドヘリングを施しておけば、立派な「完成品」になったであろう。サイレンを巡る考察は、なかなかのものだが、本来タメがあって然るべきところをさらりと通り過ぎてしまうために薄味感は免れない。とはいえここは、巷間貶されている程、酷くはない「偉大なる探偵の最後の挨拶」に素直に答礼しておこうではないか。さらば、ファイロ・ヴァンス。さらば、ヴァン・ダイン。さあ、「ミゼット・ガン殺人事件」も読まなくっちゃ。

◆「残酷な方程式」Rシェクリー(創元推理文庫)読了
「お懐かしや、ロバート・シェクリー」。この本が日本で訳出された1985年、既にシェクリーは「懐かしの作家」であった。ディックやスタージョンほどのカルト性や、3B(ブラウン、ブロック、ブラッドベリ)ほどのジャンルを越えた幅広い人気はないものの、SFマガジンの常連であり、その短編集も着実に訳出され版も重ねてきた作家である。異色作家短編集でもきちんと新装版が出て、その存在感を示していたが、昨今の在庫状況は寂しい限り。その機知に富んだユーモラスな筆致は、SFの楽しさを伝える伝道者として、少なからず日本SFの創生期に影響も与えたと思われる貴重な存在である。ヤングアダルト読者からも取っ付き易いように見えるのだが、翻訳ものの壁は厚いのかなあ。カットナーやテンと同じくこのまま忘れ去られていくのは余りにも惜しい。この作品集は、70年前後の作品を中心に集めたものらしく、吹きあれるニューウエーヴの嵐の中、昔ながらのアイデア・ストーリーを世に送り出していた作者の律義さが嬉しい短編集である。尤も、幾つか、ブラインド・テストをされると、シェクリーとは思えない実験作もあるが、それはまあ御愛敬ということで。以下、ミニコメ。
「倍のお返し」悪魔との取引もの。星新一にも同じネタがあった筈。人種性を持ち込んだオチが爆笑を誘う。
「コールドが玉ねぎに、玉ねぎがニンジンに」草思社であれば「どこでも威張る人、威張られる人」とでも銘打ちそうなストレート・ノベル。愛の偉大さを証明する作品でもあるが、ちと痛い。
「石化世界」ワン・アイデアストーリー。狂気に還る。
「試合:最初の設計図」仕事に関する一考察。ニューウエーヴの入った不思議小説。
「ドクター・ゾンビーと小さな毛むくじゃらの友人たち」哀切なるマッド・サイエンティストもの。動物ネタは泣けますのう。
「残酷な方程式」合い言葉を変えられてしまったために、砂漠の中で、融通の気かない歩哨ロボットを出し抜くために悪戦苦闘する戦士のドタバタ劇。文字通り舞台劇の感がある。
「こうすると感じるかい?」ロボット艶笑もの。急転直下のオチが決まっている。女は怖いぞお。
「それはかゆみから始まった」古典的で素朴なアイデア・ストーリー。最後のツイストに至るまで教科書通り。懐かしいといえば懐かしいのだが。
「記憶売り」叙情的ビブリオSF。ディストピアの中で消去されていく人類の叡智がなんとも哀しい。静かで、非常にドラマティックな一編。このまま、アウターリミッツに使えます。
「トリップアウト」地球人になりすました宇宙人が、地球人家族を押し付けられて、といったエイリアンもの。じんわり可笑しく、ツイストも多いに結構。
「架空の相違の識別にかんする覚え書」認識に関する文字パズル。よくも訳していて厭にならなかったものだ。文系には辛いものがあった。
「消化管を下ってマントラ、タントラ、斑入り爆弾の宇宙へ」これも狂気に還るネタ。懐かしくも面白い。LSDネタが時代を表していて興味深い。
「シェフとウエイターと客のパ・ド・トロワ」全然SFではないのだが、この作品集のベスト。それぞれに勝手な思い込みで、シェフとウエイターと客が懺悔するという喜劇。味覚と聴覚と性欲のホンキイ・トンク。必読。
「ラングラナクの諸相」報告書と随想からなる諸国記。最後の一文が笑える。
「疫病巡回路」突如現われた薬の行商人の正体とは?古典の香漂う一編。動機に納得性はあるものの、諸手を挙げて楽しめる話ではない。
「災難へのテールパイプ」SF新兵もののお手本。パターンなんだけど、巧いよなあ。


2000年11月23日(木):勤労感謝の日

◆千葉で新店開拓。
d「死が二人を別つまで」鮎川哲也(角川文庫)200円
d「囁く唇」鮎川哲也(角川文庫)200円
d「月世界を行く」Jヴェルヌ(創元推理文庫:初版・344番)40円
d「ドイル傑作集Z:クルンバの悲劇」Cドイル(新潮文庫)40円
「その影を砕け」船山馨(光彩ブックス)100円
d「炎に絵を」陳舜臣(ポケット文春)100円
d「人質はロンドン」Jハウスホールド(角川書店)100円
d「悪魔の手毬唄」横溝正史(広済堂NV:帯)100円
「EQ73号・74号」(光文社)各100円
「More O.Henry」O.Henry(Hodder & Stougton)500円
「月世界を行く」は300番台SF。むふふ、40円はラッキー。クルンバも新潮文庫版は初ゲットだぜ。EQは「女が多すぎる」掲載号だが1巻欠け。頑張るぞおお。オーヘンリーは100編入って500円。続編らしいので、マイナーどころが沢山入っているかと思い買ってしまった。ジェームズ・ヒルトンが序文を書いているのが嬉しいぞ。

◆後は、お片づけで1日が終る。

◆「世界のかなたの森」Wモリス(晶文社)読了
19世紀の装飾デザイナーであったモリスが老境に入って綴ったファンタジー。エンタテイメント派から見るとこの晶文社の「文学のおくりもの」という叢書は、ブラッドベリとピエール・ヴェリーの4作品をとりあえず押えておけば良いようにも思うが、カルヴィーノやヒューズ、それにこのモリスの作品辺りも実に通好みのチョイスであろう。幸か不幸か、時間を掛けてじっくりと売り込む出版社なので、古本野郎としては今ひとつ胸の滾りを感じないものの、そこはそれ油断は禁物である。この原ファンタジーとでも呼ぶべき作品は、小説というよりも「散文」という表現がぴったりくる代物であった。一般の読書人もさることながら実作者から愛されたというのが、「無策の策」「無技巧の技巧」という印象を証明しているようで興味深い。こんな話。
海辺のラングトンに住む大商人の息子ゴールデン・ウォルターは、妻との不仲に倦み、25歳にして「自分捜し」の旅に出ることを決意する。父の手配で港に向った彼は、そこで見た幻視に心を奪われる。清楚な美しさと哀愁を漂わせた侍女と野獣のような異形の小人を従えた神々しいばかりの美貌を誇る女性。やがて航海に出た彼は、嵐に巻き込まれ辿り着いた見知らぬ地で、一行と袂を別ち、未踏の地へと踏み出していく。険しい山の裂け目を抜けた約束の地で、彼は順々に幻視した3人と出会うことになる。「怪物」「侍女」それぞれが残す謎めいた言葉は、彼を「女主人」の壮麗な宮殿へといざなう。甘美にして苛酷な運命が待つ城へと。無機質な清浄の館に無関心と嫉妬は縺れ、謀の夜に愛と死の韻律は刻まれる。再生の神話は血をもって贖われ、男は王たるの試しに向う、世界のかなたの森のそのまた彼方にて。
文学者や精神分析医が一生ものの読み解きを試みる事のできる「短い大作」である。全編これ神話と暗喩に満ち溢れた読物であり、<ガジェットてんこ盛りの3部作>という指輪物語以降のパターンに食傷気味のファンタジー読みにとっては一服の清涼剤となろう。さながら、天然素材をそのまま叩き付けたような素朴な田舎料理の趣。御伽噺のノリでさらさらと頂いてしまいました。しかし、この主人公の俗世での身勝手ぶりはちょっと抵抗あるぞ。うん。絵に描いたような金持ちの馬鹿息子だもんなあ。一種の「親殺し」とでも読むべきなのだろうか?


2000年11月22日(水)

◆オフ会の二次会に備えて酒を買い込む。スコッチだけはある(というか1年前の酒がちっとも減らない)ので、日本酒(〆張鶴純米吟醸:定番ですな)、バーボン(Wild Turky Rare Breed)、シャンパン(モエ:定番)、ポートワイン、ラムなど。ううう、重い。ついでに、ちょっとだけ古本も買う。うががが、お、重いいい。
d「下り“はつかり”」鮎川哲也編(カッパNV)150円
d「急行出雲」鮎川哲也編(カッパNV)150円
d「十七人目の死神」都筑道夫(桃源社)150円
「異次元の光体」武内つなよし(秋元文庫:帯)170円
「酒中美人の謎」五代駿介(祥伝社NV)100円
「ノスタルギガンテス」寮美千子(パロル舎)100円
d「Yの悲劇」Eクイーン(講談社文庫)160円
「クイーン・エリザベス2世号、危機一髪」井上宗和(グリーンアローブックス)300円
拾い物は、武内つなよしでしょうかね。よしださんが煽りまくった一冊だもんなあ。初版帯が嬉しいかも。これで「メフィストとワルツ!」に続いてジュニア文庫の難物中の難物が入手できた事になる。若桜木本とか買い込んで、秋元文庫SFの流れを作ってきた甲斐があったというものである。って、まあ結果論なんだけど。今更の「Yの悲劇」は平井呈一訳がケッ作という話を聞いたため。成る程、このレーンは「変」である。でも、今日の一番の掘出物は井上宗和の本かも。この作者、略歴によれば獅子文六の唯一の弟子らしい。作品の方は船旅ものであり、密室殺人も出てくるらしい。各章の表題にも「二重の密室」とか「殺人狂想曲」とかいう文字が躍っているし、まあ一度騙されたと思って読んでみましょうかね。誰かとめんか?

◆日本SF大賞の候補作をbk1ニュースで今更にして知る。『山尾悠子作品集成』『永遠の森』『クリスタルサイレンス』『レキオス』『月の裏側』『西城秀樹のおかげです』 そして、受賞作の『日本SF論争史』。あっはっは、なんと受賞作だけ買ってないわい。それはともかく、改めて、俺って結構、面白いSF新作を読んでいたんだなあと感心してしまった次第。

◆「拷問」Rバーナード(光文社文庫)読了
この日記をつけ始める2年前までは、読む本の選択に好き嫌いがあって、さしずめこの作品なんぞは「食わず嫌い」の最たるものであった。題名や表紙絵からは、なんとも俗悪なSMミステリの臭いしか漂ってこない。一応「新本格作家」の代表選手であるバーナードなので買っておいたものの、続けて出た作品の題名は「ポルノ・スタジオ殺人事件」だし、「ありゃりゃ、英国新本格の旗手も風俗推理に魂を売ったか、とほほ」と感じていた。要は、このペリー警部シリーズを「ゲイブンシャ文庫のヒラリー・ウォー」のようなものだと思い込んでいたのだ。ところが!ところがである、偶然にも整理中の山の天辺にあったこの書を電車の友にしたところ、これが大当たり!いやはや、ここで改めて自らの不明を悟った次第。これは文句無しの本格ユーモアミステリの快作である!!
もし貴方が、セイヤーズの新訳等で英国貴族趣味に目覚めているのなら、
もし貴方が、古典的お館ミステリやコージーミステリのファンならば、
もし貴方が、全ての手掛りから論理的に犯人を指摘する正統派のパズラーをお好きなら、

そして、もし貴方が、空飛ぶモンティ・パイソンを偏愛しているのなら、

躊躇なくこの作品を読むべきである。

既に本屋にはないが、ブックオフの100均コーナーなどで比較的容易に入手できる本であろう。まさに題名が余りにも「大人」であったために割りを食ってしまった作品。どうか、どうか、光文社はこのシリーズの翻訳を再開して欲しい。伏してお願いする。お願いします。よろしくです。こんな話。

エキセントリックにして生活力の欠片もないトリソワン一族。その次男坊レオの息子ペリーは、家を捨て、軍隊からロンドン警視庁入りし、警部として立派な人生を歩んでいた。しかし、父レオの死によって、彼は不面目を被る事となる。なんとレオは、広大な邸宅の自室に設えた中世の拷問具で一人SMに耽っている最中に亡くなったのだ。それもご丁寧に薄いスパンコールのタイツを履いて。貴族の事件には慎重な取り扱いが必要であるという上司命令を受け、厭々ながら生家に捜査の援軍として乗り込んだペリーを出迎えたのは、奇矯を地でいくトリソワン一族。家長のローレンス伯父は下半身不随の斑ボケ、その息子ピートはイタリア人の妻マリアともどもでっぷりした尊大な穀潰しで5人の子持ち、シビラ伯母の貴族趣味的辛辣さは歳とともに磨きがかかり、ケイト伯母のナチ趣味も悪化の一方。また久しぶりにであったペリーの妹クリスは何故か兄に心を開き切らない。芸術や奇矯を貴び、乏しい才能すら枯渇させてしまったトリソワン一族の中で唯一人画家として大成したエリザベス伯母は既に亡く、彼女の遺した絵を巡って諍う一家を相手に、ペリーの捜査は続く。果して、電動拷問具を止めるスイッチのコードを切り、歪んだ性癖以外は無害にして無能な老「作曲家」レオを死においやった真犯人は誰なのか?そしてその動機とは?狂った論理と喧騒と虚言の果てにペリーは余りにも皮肉な真相に辿り着き号泣するのであった。
読者は、直球のギャグに爆笑し、英国流の皮肉と当てこすりにニヤリとし、主人公のトホホぶりに同情的な微笑を送っている内に、ミステリであった事を忘れる。だが、作者はラストでこの作品が見事なパズラーであった事を証明してみせる。読者への挑戦こそないものの、ここで展開される論理の美しさは国名シリーズ時代のクイーンを彷彿とさせる。これからこの作品を試される方は、第15章の手前で一旦本を閉じて、是非、推理を試みて欲しい。実に、設定から展開、結末に至るまで一筋縄ではいかない「大人の読物」である。私的「本年読んだ本のベスト10」入りは確実。絶対お勧め。お試しあれ。


◆番外編:おーかわさんの挑発にのって、友成・横田以外の奇想天外ノベルズの書影を貼っておきましょう。そうかあ、あとは新田一美でコンプリートかあ。


2000年11月21日(火)

◆ニフティにサイトを開設して1999年分の血風録を移設する。ふう、1.7M分の余裕が出来たぜい。しかし焼け石に水なのかなあ。今回はっきりしたのは、やはり掲示板のログだけで8Mを食っているという事。これってやっぱり凄い事かも。少しずつ折りを見て蔵の方に移設する予定。本日は実験的に過去ログの1を移設してみる。ひゃあ、手間だなあ。
◆うわあ!よしださんが、チャーリーズエンジェル映画公開記念で、三笠ノベルズ海外ドラマノベライズ本の書影を一挙公開されているうう!やーらーれーたー。これだから容量を気にしながらページ作っているといかんよなー。
◆風呂場とトイレの換気扇が壊れたので交換。うう、幾らボーナス時期とはいえ、4万円弱の出費は痛いなあ。ブックオフなら本が400冊買えるのだが、今週末の来客に備え、恥かしくないようにしておかなくっちゃねえ。
◆アマゾンから本が届く。
「Ghostly Murders」PCドハティー(ST.Martin's)2127円
「A Time for the Death of a King」PCドハティー(ST.Martin's)510円
「Something Wicked」Jロウ(Bantam)613円
「Murder at the Powderhorn Ranch:A Murder, She Wrote」Dベイン(Signet)613円
「Knock 'Em Dead : A Murder, She Wrote」Dベイン(Signet)613円
「Trick or Treachery:Murder She Wrote」Dベイン(Signet)613円
「The Death of a King」PCドハティー(Poisoned Pen Press)1529円
とにかく安い。いやまあ、購買力平価から云ってこれが妥当な値段なのだが、洋書屋が高すぎるので、本当に安く感じる。なにせ洋書屋って、いまだに1ドル360円で値付けしてんじゃねえかといいたくなる値段だもん。なにはともあれ、ドハティーが本屋で買えるのが嬉しい。処女作もさることながら、ROMでレビューを読んで以来、気になっていた「Ghostly Murders」がゲットできて(それも米初版)感激。ロウのテッサ・ヴァンスものの第1作「Suspect」は、在庫切れになっていた模様。ちょっとショックである。ところで、「Something Wicked」の著者略歴を見て「?」だったのが、バーディーものが4作という記述。あれれ、長篇5作に短編集1冊の筈なんだけどなあ。割とアメリカの出版社もいい加減なもんですのう。ジェシカおばさん本は1作買いそびれてしまった。このシリーズ、毎回の最後に次回作の予告を載せてくれるので、実物であればそこでチェックできるのだが。このあたりが不慣れなネット購入の「影」の部分とでも申しますか。まあ、また買い物すれば済む話ではあるのだが。


◆「花嫁紛失」三橋一夫(春陽文庫)読了
諸君!時代は明朗小説であーる。暗き世相、昏迷せる政局、先行き不透明な経済環境に雇用状況。しかし、いつも心に太陽を持たねば、人間としてこの世に生を受けた値打ちがないではないか!徒に深刻な小説を読む必要などない。貴重なるひととき、その身を明朗小説に委ね給え。忽ち、迷妄は払われん。家内安全、商売繁盛、夫婦円満、合格祈願、五穀豊穣、どどんがどがどが。老いも若きもパパさんもママさんも輪になって寝転がって、いざや読まん、三橋一夫!!あの世界的推理小説収集家にして研究家の森英俊先生も太鼓判!!これ読まずして何を読む!!嗚呼、歓呼の声が聞こえる!!というわけで、昨日の課題図書の対極を行く本を電車の友にしてみた。こんな話。
前首相の嗣子にして、学生時代に弁護士資格をとった頓田力三こと「力さん」は、その生い立ちを隠し、そば屋の松露庵にたむろする快男児。その正体を知っているのは、近所の小池タクシーの夫婦と運転手、そして前首相の護衛を仰せつかっていた警視庁の斉田刑事だけである。さて、ある日の事、友人の学生野球の名投手金武八郎と従姉妹である銀行家の娘小牧美恵子との結婚式の帰りに、ぶらりと松露庵に立ち寄った力さんは、そこでとんでもない事件に巻き込まれる。なんと、彼を尋ねてきた酔漢が、目の前で息絶えてしまったのだ。見れば背中を一突き!被害者から託されたマッチは、ひょんな事から灰になってしまうは、新婚旅行の途上でジェームズ・ディーンが良いの悪いので口論し喧嘩別れした美恵子は、力さんを頼って帰ってくるは、松露庵は上を下への大騒ぎ。更に、美恵子の親友宅で白昼大胆にも第二の殺人が!しかも、その逗留客も、力さん宛の手紙をしたためている最中にやはり背中を一突き!警察は、身分を偽っていた踊り子を逮捕するのだが、あの心の綺麗な娘にそんな事が出来るものか!と慣れぬ弁護士を買って出る力さん。オトコだねえ。二つのカップルを破局から救うために、行くぞ、我らが快男児。奇妙な遺書に秘められた謎を追え!
わっはっは、これは面白い。主人公は松平長七郎というか、遠山の金さんというか、よくぞ斯くも抜けぬけと「こんなんありか?」ものの設定を行ったものだ。脇役陣もいい味をだしており、特に、もう一人の快男児金武八郎と力さんの掛け合いや、従姉妹の美恵子の奔放さが笑える。殺人の真相は横溝正史ばりの結構陰惨なものであるにも関わらず、底抜けに明るい。なにせ、頭をかち割られ裸で埋められた男が「いやあ、よく飲んだあ。呑みすぎて頭が痛いぞお」とばかり地中から起き上がったりする。とにかく皆、よく飲み、よく食う。元気が一番。これぞ、心の健康本である。犯人なんて、この際どーでもいいやあ。お勧め。