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2000年11月10日(金)

◆完全なる二日酔。目覚まし時計が鳴ったのも気づかぬまま寝過ごす。人間廃業状態が続くも、10時にアポがあるので、這いながら出社。平日、ここまで見事に更新をサボるのは久しぶりである。会社関係の飲み会はさっさと切り上げるのに、趣味の仲間とのお酒はなんであんなに美味しいのであろうか。川口さんと話していて印象に残っているのが「1日1冊をやると分厚い本が読めない」ってお話。そうなんだよなあ。本当は私だって物凄く「人狼城」や「屍鬼」や「ハイペリオン」や「ジョン・ランプリエールの辞書」を読みたいのだ。いや、まあ最後のは、ちょっと、あれとしても。加えて「いわんや、原書をや」である。決して本を読むスピードは遅い方ではないのだが、例えば今月の読了本の中では「列車の死」なんぞは、相当に性根を入れてかからないと、1日で読んで1日で感想を書くというのが辛い話であった。まあ、1日1冊をジュビナイルで躱して、残った時間で何日かかけて読むというのが唯一の方策であろうか?あの話題の「400円文庫」なんかも力強い味方であるが、値段が値段なので古本落ちを待っているところ。うーん、かくして今日も自転車操業は続く。
◆またしても昼過ぎにカウンターが吹っ飛ぶ。おい!いい加減にしろよ!Hi−ho!!最下段の予備カウンターは、一旦中に入って戻ってくるだけでもあがってしまう水増しシステムなので、傾向値を把握するためのものと割り切っているのだが、あっさり本カウンターにしちゃうかな。ああ、悩ましい。
◆他にも物理的なアクシデントがあって、早目に帰宅する事にする。一応、たっくんに荒された(ごめん)会社の近所の1軒のみチェック。ダブリ本2冊。
d「南海の秘境」ERバローズ(創元推理文庫)100円
d「千億の世界」福島正実編(講談社文庫)100円
バローズは結構美味しいゾーンなのだが、見れば100円棚のそこかしこにポツポツと隙間があって「あああ、一体なにが並んでいたのだろう?」と悶え苦しむ。知らなければシアワセだったのにねえ。でも、何か補充がないかと覗きに行ってしまうんだよなあ。性(さが)だよなあ。

◆がーーん、くろけんさんの週刊リンクで順位が急降下してる。まあ、当然といえば当然のことなのだが、やはり心安らかではいられない自分が哀しい。いっそ圏外に去ってしまった方がすっきりするのかな。それにしても「ペルソナ探偵」は本気で見かけない。謎〜。
11月10日付けの安田ママさんの日記がテンション高い。まあ、本を商売にしている立場からは当然の話であろう。「ああ、私の大好きな本を商売の道具にしないで頂戴」といわれても「はい、そうですか」とは言えませんわな。まあ「セール」や「キャンペーン」に限らず「周年行事」や「重点事業化」は、それ以外を切り捨てるって事だから、切り捨てられた方が物悲しいアノミー状態になるのは判らなくもないが、脚光を浴びて文句を言うのは贅沢というものですわな。「そんな一過性のキャンペーンじゃなくて細細とでも末永く売りつづける事が大事だといっているのよ!」と贅沢を言うのも「馴染み客の特権」と言えなくもないけど、「売ろう」という努力は素直に評価しなきゃね。老舗のテレビ出演を阻止する山岡士郎的正義には「味が落ちる!」という正当性がありそうだけど、「鳳寿司は死なず!」みたいな将太の寿司的正義もあるわけで、贅沢を言うのは味が落ちてからでも遅くないと思う。神話的構築美を誇る「はじまりの骨の物語」の次に、プロットの破綻した「機械じかけの神々」を出してしまった五代ゆうの危うさはちと気にかかるところではあるけれど、それは少なくとも「流通業」の責任ではないよねえ。ちなみに私の場合「<骨牌使い>の鏡」は極美・帯付きをブックオフで半額で買っていたりする。お約束のオチで、すまんすまん。

◆「多重人格探偵サイコ2<阿呆船>」大塚英志(角川スニーカー文庫)読了
二日酔の自転車操業には「消費される小説」がお似合いと手にとりましたのは、「獄中の超探偵」シリーズ第2作。多少なりともミステリのコードにこだわってみせた第一作とは趣向を変えて、「あるいは街いっぱいのサイコさん」なパニック小説で勝負。そして、ヒーローとヒロインの封印された出逢いがプロットに彩りを添える。テレビ作品がこのシリーズの初体験だったので、どうも伊園磨知というと中島朋子の白い歯ととってつけたようなアンニュイな演技が脳裏に浮かんでしまうのだが、この作品での磨知が作者のイメージであるのならば、もっと素の危なさ出した方が合っているような気がする。展開を楽しむべき作品なので、梗概が難しいが、まあこんな話。
裁判時、小林洋介の鑑定を行った精神医学界の重鎮・津葉蔵幸治。伊園磨知の恩師でもある津葉蔵は、3代続いた精神病院の院長であり、童話を題材にした独自の治療法を実践する意欲的な研究者でもあった。しかし、身体は癌に冒され、病院はバブルに踊らされた理事会の失態により閉鎖の運命にあった。一方、小林洋介の上司であった「冤罪王」笹山は、「ラディオ・クライム」を名乗る海賊放送局の摘発に奔走していた。次々とアジトを変えて、笹山を嘲笑するパーソナリティーは、「ラジオ・クライムあらためラジオ・ルーシー・チルドレン」開局記念24時間耐久犯罪マラソンの幕開けを宣言する。そして、その番組ゲストこそ雨宮一彦。磨知とともに強引に拉致された雨宮=西園は、狂気の童話劇を鳥瞰する特等席に招かれるのだった。かくして、ネジの外れた演技者たちが街に溢れ出す。邪恋に嵌まったピーターパンとティンカーベル、「王様は血まみれだ!」、天から降る人魚姫、キリギリスに毟られたアリは愛の巣でマッチ売りの少女に宗旨替え、「鏡よ鏡、毒入りフルーツを準備して」、そして、三匹の子豚は逃げ惑う。今、不敵な暗示は、不安な饒舌を駆逐する。そしてぼくたちはゲームが最初から終っていた事を知る。
純粋な狂気の遊戯と化した「見立て殺人」。その世界からはロゴスは退き、タナトスに支配された淫靡な快楽が蠢く。この言葉狩りの時代に、よくぞこのような大胆にしてサイコな小説が、あろうことかスニーカー文庫という子供向けの叢書から出版されたものだと正直驚く。語り口に癖があり、後書きにみられる肥大した自負心も少々くどいものの、この作品の登場人物たちの壊れぶりには一種の爽快感がある。何故か癒されてしまう。困ったものである。確信犯・大塚英志に赤い靴を贈りたい。いつまでもそこでぼくたちのために踊っててくれ。


2000年11月9日(木)

◆新橋駅前のチャリティー市を覗いて、一冊捕獲
「ぼくらの探偵・トリック教室」山村正夫(日本文芸社)100円

◆黒白さんところとの合同オフの会場探しに、八重洲地下をうろつく。ついでに金井書店を覗くと「おやまあ、貴方は白梅軒の川口さんでは、あーりませんかあ、これは奇遇な、奇遇でないような。」ギャラリーがついたので発作的に黒岩重吾の角川文庫の白背を引っこ抜く。買ったのはこんなところ。
「背徳のメス」黒岩重吾(角川文庫)100円
「脂のしたたり」黒岩重吾(角川文庫)100円
「花園への咆哮」黒岩重吾(角川文庫・初版)100円
「廃虚の唇」黒岩重吾(角川文庫・初版)100円
「一本の万年筆」左右田謙(春陽文庫)250円

◆「折角だから、一杯行きますかア」と行きつけの飲み屋へ。焼肉をアテに一杯が二杯、二杯が四杯、四杯がイッパイと話も酒も止まらない。ネット人の噂話、読んだ本あれこれ、本の収納の苦労談、必殺ネタなどなど、あっという間に3時間が過ぎる。ぐちゃ酔い状態で、宴会の予約をいれて帰宅即爆睡。

◆「聖者ニューヨークに現わる」Lチャータリス(ポケミス)読了
いにしえのテレビっ子にとって「サイモン・テンプラー」といえば、ロジャー・ムーアである。「逆もまた真なり」で、どうもムーアに「ジェームズ・ボンドでござい」と言われてもピンとこない。まあ、「私、イングランドは名門貴族出のブレッド・シンクレア。ヤンキーの旦那、沈没したもうな」と言われれば半分くらい納得してしまうのだが。で、実はチャータリス描くところの小説はこれが初体験。新潮文庫やキャンミスも押えてはいるがいずれも堂々の積読20年である。さてさて如何程のものかと思いきやこれが滅法面白い。「犯罪に犯罪でもって対抗する」というコンセプトは実に単純明解で、独特の美学を持ち、巨悪に挑むその活躍ぶりは、セイントが紛れもなくリュパンの後継者であることを証明する。こんな話。
「セイント、アメリカ入り」ロンドン警視庁からの報に色め立つニューヨーク市警察。幾人もの法で裁けぬ犯罪者たちを葬り去ってきた現代の義賊が、ついにコンクリート・ジャングルにやってきた。しかも、彼は不敵にも、警官殺しを犯しながら裁判で自由を勝ち取ろうとしているギャング、ジャック・アーポールに「死刑判決」を送り付けてきた。セイントに肩入れしたくなる自分を押さえ切れぬファーナック警部。しかし、法の番人としてはセイント逮捕こそが与えられた使命である。徹底的なローラー作戦を展開するNYPD。だが、既に巧妙に市中のホテルに潜伏していたセイントは奇手を用いて白昼堂々とアーポールを処刑する。実は、セイントの今回の仕事には依頼人がいた。息子をギャングたちに誘拐され惨殺された富豪ヴァルクロスが、事件の首謀者たちの首に百万ドルを掛けたのだ。セイントは、次の標的を探るために、アーポールの審理に手心を加えていた担当判事ネーサーとの対決に臨む。徐々に姿を現す巨悪たちのピラミッド。その頂点に立つ「大将」とは、果たして何者か?虎穴に飛び込み、死中に活を見出す快男児の行くところ、愚かなる陰謀は瓦解する!
禁じ手なしで、一人一人関係者たちを屠っていくセイントの手口が鮮やか。中盤からはセイントの影に怯え、自滅の道を辿る者も現われるなど、この作者、実に小説のツボを心得ている。お約束の「謎の美女」も登場し、実直な警部との友情や、セイント・ファンのタクシー運転手との掛け合いも楽しく、これぞエンタテイメントという仕上がりの一品。「大将」の正体にも一工夫あり、1,2時間の娯楽を求める人には最適の書である。最近の翻訳古典復興ブームも多いに結構だが、どこか真面目にセイントを系統立てて紹介してくれる出版社はないものか。お勧め。


2000年11月8日(水)

◆真面目にお仕事、真面目に残業。購入本0冊。
◆アメリカの選挙制度を理解していない人たちが(勿論私も含めてだが)今日1日はブッシュだ、ゴアだとやっていた。日本であれば典型的な「副知事 対 世襲」みたいな話だと思うのだが、意外とそういう論調はみないよなあ。
◆ケイゾク10話視聴。柴田純が「なんじゃこりゃ!?」をやっていた。どうやら「まさか」と思っていたオチのようですね、この話。特別編や映画版が作られた今となっては「柴田は死なず」と思って安心してみていられるが、リアルタイムで見ていた人は結構ハラハラでしたことであろう。ああ、早く最終話がみたいぞお(>見ろよ)。

◆「セントメリーのリボン」稲見一良(新潮社)読了
小説新潮に掲載された作品を中心に編まれた短編集。作者の弁によれば「男の贈り物」が統一テーマらしい。そのテーマが充分作品に反映されているかはさておき男を男の子に変えてしまう稲見マジックは健在。尤も、非の打ち所のない短編集であった「ダック・コール」に比較すると、バラエティーの面でも、作品の密度の面でも、いささか劣る感は否めない。業界の水準でいえば、自分のペースで仕事をさせてもらえた作家さんだとは思うが、それでも今の日本のペースは早すぎたということであろうか。少し残念。夭逝は更に無念。以下、ミニコメ。
「焚火」逃げる男と老人と犬の一夜の交感を描いた作品。厳しい字数制限とテーマ縛りでもあったのかと思える程、プロット剥き出しの小品。エッセンスとみるか、戯画化とみるか判断に苦しんでいたら、掲載誌をみて納得。なるほど、写真の添え物でしたか。これは是非、写真とペアで楽しみたいぞ。
「花見川の要塞」この作品集のベスト。草に埋もれたトーチカ、さび付いたポイント、行商のおばば。同じ風景を見ていても、作家はそこから壮大なドラマを描き出す。男が心の垣根を越えた時、新兵は幼い上官とともに真夜中の歩哨に立つ。人生の襞に忍ばせた純愛が、遠い汽笛を呼ぶ。生命は連なり、ときめきは轟きとなって天空を目指す。これぞ小説。
「麦畑のミッション」爆撃機乗りが草原に描いたサンタクロースの夢。田園小説風の序盤、戦争小説の中盤、そしてパニックがファンタジーに降り立つクライマックス。映像的にも見せ場の多い感動作。ただ、やや詰め将棋的なところが鼻についた。ラストの唐突感は作者の自信の現われなのかもしれないが、もう1行欲しい。
「終着駅」老赤帽の人生最後の賭けを描いた「駅」物語。東京駅とともに生きてきた男の「終着駅」はどこに?長篇の第1章という感じがしないでもない。これもラストの唐突感が、残念。
「セントメリーのリボン」表題作。従来「犬捜し」は売れない私立探偵の副業として嘲笑されてきたのだが、それがこの作者の手にかかると、かくも大人の男の生業になるから不思議。ひょんな事から「山」を遺産として受け取った男が、猟犬専門の犬捜し屋として、卑しき者どもと素晴らしき人々と出逢う物語。7章で綴られる出逢いと別れは、リボンをつけたセントメリーを送り届けるところで幕を閉じる。バイプレーヤーである筈の犬たちの顔や体臭がページの向こうに浮かぶ名作である。ただ一つ一つのエピソードがさらりと語られてしまうところが残念。ああ、勿体無い。


2000年11月7日(火)

◆お気に入りの日比谷図書館(縮刷版が開架にあって便利)が2週間の休館に入っていたために、初めて都立中央図書館まで調べ物に行く。地下鉄広尾駅から有栖川記念公園を抜けて行ったのだが、雨上がりの公園は秋化粧で雰囲気抜群。都会の真ん中にこういう場所があるのは素晴らしい。場所柄、ガイジンさんがうようよいらっしゃる。昨日行った自由ヶ丘もいい町だけど、ハイソさでは広尾の勝ちかなあ。コピー待ちの間、蔵書リストなぞを検索。鷲尾三郎や楠田匡介がそれなりにヒットする(貸し出し不可だけど)のに対し、岡田鯱彦がヒット数O件だったのには驚いた。鷲尾・楠田も短編がアンソロジーに収録されたものが殆どなのだが、岡田鯱彦ってアンソロジー向けの短編がなかったって事なのかな?それにしても「源氏物語殺人事件(薫大将と匂宮)」ぐらいヒットしてもよさそうなものなのになあ。
謎宮会更新。石井女王様がワセミスOBページでの中野實に続いて、今度は樹下太郎レビューだあ。まあ、プロも含めて今の日本でこの二人を連続してレビューした人など他にはいないであろう。次はなんだろう?九鬼の時代ものとか?他の読物では、葉山日記3ヶ月分一挙掲載がやはり圧巻。別項で政宗さんもおっしゃているが、葉山氏はいずれ書評家として名をなすであろう。肩入れもしたくなろうというものである。
◆新橋駅前のチャリティー市。今回も古本は不調。拾ったのは3冊のみ。
「セントメリーのリボン」稲見一良(新潮社)100円
d「寂しい夜の出来事」Mスピレーン(三笠書房・函)100円
「巣の絵」水上勉(新潮社ポケットライブラリー)100円
三笠のスピレーン選集って函があったんだ!と驚く。日本出版共同の6巻本の方の安っぽいカバーアートを愛好する者としては三笠の7巻本の方を今更集める気はさらさらないのだが、そうかあ、函かあ。新潮ポケット・ライブラリーの水上勉も初見。ポケット文春に比べればこじんまりした叢書だけど、ちょっと気になるんだよねえ。うーん、世の中知らん事だらけである。

◆ケイゾク8話・9話視聴。8話はまだしも本格のスピリットがあったものの、どんどんシリーズ設定の部分に踏み込んでいく。9話は完全に真山自身の事件。ニューロイックな操りの結末や如何に?残り2話、早く見たいような、見るのが勿体ないような。

◆「コールサイン殺人事件」川野京輔(広済堂NV)読了
昨日の「拾い物」、早速電車の友に持って出る。仮に、この本が30年代に、小説刊行社や青樹社や光風社から函付・帯付で出ていれば、今ごろは、どこぞの専門店で5桁近くついて売られているであろう本である。なにせ、収録作8作はすべて昭和31年から33年に書かれたものばかり。一体、どういう事情があったのかは知らないが、広済堂もよくこんな作品集を平成6年になって新刊で出そうと思ったものである。編集者が如何にして上を騙したのか?はたまた、責任者が作者の友人だったのか?その出版そのものが「謎」な本である。中味は一応本格の意匠も凝らしたフーダニットが多く、なんとも初々しい印象の作品揃い。あっと驚く傑作もない代わりに、得意分野(著者の本業はNHKのラジオドラマディレクター)を持っている余技作家の意気込みは戸板康二の初期作に通じるものもあって微笑ましい。ブックオフでみかけたら、たとえそれが「半額棚」であってもゲットだぜ!以下、ミニコメ。
「消えた街」ヴァンプ女優のそっくりさんコンテスト優勝者はなぜ殺されたのか?業界ならではのトリックが売りだが、さすがに今更の感あり。それよりも、インド人ネタがレトロな時代を表していて楽しめる。
「団兵船の聖女達」この作品集のベスト。元「オンリーさん」の女達が船の掃除婦として活躍するという設定だけでも、この小説を読む価値がある。アリバイトリックの底は浅いが、登場人物たちの「悲恋」には深いものがある。
「狙われた女」原爆症の女性に迫る黒い影の正体とは?騙し絵的な話であるが、ミステリとしては、アンフェアの謗りを免れないだろう。なにやら強引な「ハッピーエンド」といい、違和感の固まり。テレビ化もされたというのだが、これは時代の空気を吸っていなかればその良さが分からない話なのであろう。
「コールサイン殺人事件」表題作ではあるが、アリバイトリックがなんとも「まんま」なので読んでいるこちらが赤面する。ラジオ華やかかりし頃の風俗はよく書けており、当時の日本の貧乏さが伝わってくる。
「彼女は時報に殺される」時報とともに感電死した女性アナウンサー、その死の罠をしかけたのは誰?本当に実現可能なのか?と疑うような理系ミステリ。犯人の隠し方に一工夫あって救われるものの、最後まで「こんな事で死んでは堪らんのう」という思いを引き摺ってしまった。
「女性アナウンサー着任せず」赴任先に現われなかった女性アナはローカル線の鉄橋下で死体となって発見された!あまりにも唐突に犯人の指摘が行われるのに面食らう。アイデアを上手くフーダニットに落とし込めなかった、という印象の作品。もう一ひねりすれば、「放送局の怪談」ものとして面白い味わいを持つ話に化けそうな気がするだけに残念。
「夜行列車殺人事件」夜行列車から消えた殺人者の謎を追う。お約束の展開だが、それなりにスリリング。ラジオ脚本にすれば、結構聞かせる話になるかもしれない。
「青い亡霊」ラジオドラマ・スタジオから転がり出た美しき声優の生首。猟奇の果ての純愛は妄執に墜ちる。赤線も登場する、血なまぐさい作品。トリックはトリックと呼ぶのも憚られるものだが、まあ風俗推理として読む分には腹も立たない。
総論:推理小説としての浅さや、押し売られる「爽やかなエンディング」など、文句をつければ切りがないが、ともかく出版上の「事件」として評価してしまおう。


2000年11月6日(月)

◆本日は誕生日。自分にプレゼントのつもりで、久々に自由ヶ丘は文生堂詣出。都営三田線の延伸と東急乗り入れで気分的にとても近くなる。値段はそれなりだが、何かしら買うものがあって嬉しい。わしわし買う。
「神木の空洞」甲賀三郎(先進社)3000円
「子供は悪魔だ」大下宇陀児(ロマンブックス)2500円
「おれは不服だ」大下宇陀児(ロマンブックス)2500円
「休暇の死」樹下太郎(東都ミステリ)2000円
「うちのひとが」樹下太郎(七曜社:帯)4000円
「颯爽」樹下太郎(報知新聞社)1500円
「さがしている」樹下太郎(桃源社:函)3000円
「ガラスの街」河野典生(三一書房:帯・署名)1500円
d「都市国家ハリウッド」Rブロック(早川SF文庫)250円
d「八号古墳に消えて」黒川博行(文藝春秋)オマケ!
甲賀三郎は「神木の空洞」と「池水荘綺譚」の二長篇収録でお買い得。樹下太郎もあれこれ買い込む。3号店のM氏によれば、最近も棚の半分ほど一気買いした人がいるそうな。河野典生の署名本は初。帯付きでこの値段は安すぎるような気もするが、まあ、人気がないのかな?大下宇陀児のロマンブックス2冊は棚に並べたところだそうで、まあ読む分にはこれで充分でしょう。それにしても「都市国家ハリウッド」や「八号古墳〜」(200均だった)に値がつかないのは不思議だよなあ。

◆折角、自由ヶ丘まで来たので、東横線〜日比谷線周りで中目黒のブックオフをチェック。広さは充分で、見て回るだけで一苦労。ともあれ1冊だけ当たりがあって報われる。ダブリ中心に拾ったのはこんなところ。
d「こわされた少年」DMディヴァイン(教養文庫)100円
d「今月のペテン師」ホック編(創元推理文庫)100円
d「悪党パーカー/襲撃」Rスターク(早川ミステリ文庫)
d「五人対賭博場」Jフィニイ(早川ミステリ文庫)100円
d「見えない機関車」鮎川哲也編(カッパNV)100円
d「クイーンたちの秘密」Oパパゾグロウ(ポケミス:帯)100円
d「ジョージタウン殺人事件」Mトルーマン(講談社)100円
d「天皇の密使」JPマーカンド(サンケイNV)100円
「誇りの報酬(1)(2)(3)」(日本テレビ)各100円
「夜の扉へ」森真沙子(天山出版)650円
「あぶない学園キケンな少年」森奈津子(レモン文庫)100円
「ぼくらは虚空に夜を視る」上遠野浩平(徳間デュアル文庫)100円
「装甲騎兵ボトムズ」朝日ソノラマ編(朝日ソノラマ)100円
「コールサイン殺人事件」川野京輔(広済堂NV)100円
というわけで、宝石や探偵実話収録の作品をずらりと並べた「コールサイン殺人事件」が当たり。黒白さんのところだったかで見て以来、気になっていた本。そーかー、平成6年発行かあ。なんとも意欲的な出版である。文生堂とブックオフでバランスのとれた買い方ができてそれなりにシアワセ。

◆ワセミスOBサイトの五條瑛講演会レポートにある小説推理の編集さんのお話。なんでも、ここをご覧頂いているらしい。ありがとうございますありがとうございます。で、ご本人も強烈な古本マニアで、石井女王様と彩古さんがあこがれの人なんだそうである。ううう、ここの主宰者は、「あこがれ」ではないのでしょうかあ?ねえ、ねえ、(って、こりゃ、くろけんさんのノリだな)。
◆10万アクセス間近。オフ会を企画中だけと黒白さんの3万オフと合同でやるのも一興かな?殆どメンバーが一緒かもしれないし。

◆「列車の死」FWクロフツ(早川ミステリ文庫)読了
この日記をつけ始めて以来、積読を消化してきたクロフツもそろそろネタ切れ。「老後の楽しみ」に残してきたつもりが、その意外な多彩さに驚きつつ、さくさくと読み進んでしまった。そもそもアリバイ崩しとか「足の探偵」という印象が強烈なクロフツだが、実際のところは、かなり冒険小説の味付けが濃い作品も多くて、クリスティ同様、本場英国古典の懐の深さを感じさせる作家であった事を再認識できたのはなによりの収獲。で、この1946年作品も、極めて「異色作」。なんと戦意高揚「鉄っちゃん」謀略小説なのである。こんな話。
アフリカ戦線ではロンメル戦車隊が跳梁し、英国本土はゲーリング指揮下の空軍の襲撃に晒されていた第二次世界大戦前期、不足する放電管の在庫を総てアフリカ戦線に投入すべく起死回生の輸送計画が密かに立てられる。だが、ヘッペンストール首相以下数名の者しか知らない筈の臨時急行貨物列車に災厄が迫る。幸運にも、予測を超えたトラブルによるダイヤ変更が、間一髪、英国の命運を載せた列車を事故から救う。果して「身代わり」となったもう一本の臨時列車の脱線転覆大破は、不幸な事故か?それとも「第五列」の謀略ゆえか?事故現場に派遣された運輸省の調査官を中心に「見えない敵」への反撃が開始される。そして表向きは調査官の失踪事件を追う形で、「第五列」のあぶり出しに駆り出されるのは我らがフレンチ警部!謀略者たちの足取りを追いながら、機密漏洩のトリックに挑むフレンチとその仲間たち。さあ、闘いはこれからだ!
前半、多彩なカット割りで丁寧に描かれる鉄道関係者たちの姿がなんとも清々しい。一人一人がプロ意識に燃え、逼迫する車両を遣り繰りして一本の臨時列車を仕立て、過密なダイヤの間を縫ってこれを走らせる彼等こそ、まさに挙国一致でそれぞれの闘いに挑む英国民の象徴である。「謀略には謀略を」とばかり、英国政府が仕掛ける罠も、さながら倒叙推理の趣き。フレンチの捜査は、いつもながらのものではあるが、クライマックスに向けての盛り上がりには、通常のクロフツ作品とは一味異なったノリを感じる。鉄道についての蘊蓄が飛び交うため、門外漢には用語を理解するのもままならないが、自らの専門知識を総動員して、トリックを構築した作者の心意気は評価されてしかるべきであろう。飽くまでも推測であるが、これは、作者なりの「覚悟」を込めた作品ではなかろうか?決して万人向けではないが、クロフツ・ファンにとっては極めて重要な「異色作」である。


2000年11月5日(日)

◆またしても日記と掲示板へのレスで半日が終る。購入本0冊。ああ、清々しい。
◆毎日新聞の旧石器発掘捏造スクープ。いやあ、抜いた記者は局長賞ものだよなあ。やっぱり内部告発なのかなあ?恥かしくてノベルズ推理の動機にすら使われないような「犯罪」が実際に行われていたという事実に驚く。自分で「効き目」を売った後で、その古本屋へ行って買い戻し「血風!」てなもんですか違いますかそうですか。三谷幸喜には是非このネタで一本「古畑」の脚本を書いて頂きたいぞお。「んー、20万年前の石器から、私の指紋が出てしまいましたあ。そこまで長生きはしていないつもりで、えー、先生、ご自分で埋めちゃいけません、はい。」
◆積録から「ケイゾク」の第6話・第7話視聴。第6話の泉谷しげるが最高!定年を控えた叩きき上げの刑事が時効寸前の爆殺事件の真相を追う。こういう「浪花節」ってツボだよなあ。思わず2回見てしまった。泣けるうう。
◆青木みやさんの本日付日記で、片桐女史の談話掲載。「あそこの掲示板書き込み難くって」。システム的にはとても書きやすい掲示板なんですけどね(ちーがーうー)。

◆「推理作家殺人事件」中町信(立風NV)読了
久しぶりに中町信なんぞを読んでみる。推理小説界をネタにした推理小説というのも数多くあるが、個人的にはホックの「大鴉殺人事件」や、鮎哲の「死者を笞打て」あたりのオールスターキャスト形式の遊び心溢れる内輪話が好み。逆に真面目になればなるほどどこか嘘臭さを感じてしまうのだが、この作品などは正にそのタイプ。推理作家は、小説の中で人を殺すのだから実際にも「犯罪」が身近にあるに違いない、というようなマスコミ流の短絡がうざったいのである。こんな話。
推理界の老大家・松山朝太郎が男鹿温泉で転落死を遂げる。果してその死は自殺か、事故死か、あるいは殺人か?松山には莫大な財産があり、二人の推理作家・男女川孝と不破修平がその女婿の座を争っていた。松山は、男鹿温泉を取材中の不破を尋ねていったのだという。そしてその死の5日後、松山の告別式当日、今度は不破の担当である、大国書房の編集者・九谷波子が自宅で惨殺される。彼女は、男鹿半島の事件で、ある事に気づいたとして、開進堂出版の松山番である女性編集者・和泉百々子、男女川孝、そして大曲市在住の中堅推理作家・増尾敏郎を呼び出していたのだ。しかし、彼等が三々五々集まった時には、彼女は既に死体となっていた。同じ社の文庫部所属の編集部員・若槻の不審な態度は何を示すのか?和泉は思いを寄せている増尾とともに、警察とは別の切り口から事件を追い始める。松山が死の直前、読んでいたという原稿と同人誌は、どこへ消えたのか?だが、彼女等の探索行の一歩先を死神が跳梁する。連続する推理作家殺し、謎めいたダイイング・メッセージは罠か、真か?
とにかく人が死にすぎる。これだけ推理作家が死んでくれれば、新人も出やすいにちがいないと皮肉の一つもいいたくなる。お約束のプロローグとエピローグの叙述トリックに、思わせぶりのダイイング・メッセージ、温泉場の死と中町信らしさもあるのだが、アリバイ追求が甘すぎる。結局、普段に似合わず、アリバイをないがしろにしたところでネタが割れてしまった。途中で、中堅推理作家と女性編集者の濡れ場もあったりして、読者サービスというか、中堅推理作家・中町信の「男のロマーン!」というか、なかなかのイヤハヤぶりである。ビブリオ・ミステリというには、作中作をでっち上げてみるなど、もう一工夫欲しいところ。読後感も極めて味悪。まあ、中町信ファンが惰性で読んでおけばいい作品であろう。


2000年11月4日(土)

◆復活しました。経緯を書いておきます。以下、3日の日記。
◆久しぶりに爆睡して、のそのそと起き出し、読み切れていなかった「墓標なき墓場」を読了。おもむろに感想文をしたためアップする頃には正午を過ぎてしまう。洗濯ものを片付け、3時前から八千代定点観測へ。観測のお供に「緑色遺伝子」を持って出る。祝日の成田街道は相変わらずの込み具合で、バスが前に進まない。おまけに、ディキンスンの話はいつもながらの「変」でちっとも前に進まない。ようやく辿り着いたブック・オフが殆ど空振りに近くボウズの予感を引きずりながら立ち寄った2軒目で「小血風」。後は、新しいところの古本落ちを拾って、船橋に戻り漫画をチェック。「リンかけ2」1・2巻、「コミックマスターJ」6巻を肴に「天狗」で一杯。ディキンスンは読む気にもなれない。いい気分で家に辿り着く。買ったのはこんなところ。
「鏡の影」佐藤亜紀(ビレッジセンター)900円
「マザーグースは殺人鵞鳥」山口雅也(原書房:帯)850円
「紋次郎の独白」笹沢佐保(サンケイNV)100円
「愛犬行方不明事件」ボンゾン(偕成社)100円
「ケイゾク/裏設定」柴田純保存委員会編(ザ・テレビジョン文庫)100円
d「あなただけこんばんは」矢崎麗夜(講談社X文庫)40円
「悪霊がいっぱいで眠れない」小野不由美(講談社X文庫)40円
「きらめきLOVIN’ HEART」難波弘之(コバルト文庫)40円
「魔法の鍵」めるへんめーかー企画・編(コバルト文庫)40円
「メフィストとワルツ!」小野不由美(講談社X文庫)40円
おお、ついに小野不由美の最入手困難作に巡り合ったぞ!「これが噂の」という興奮で少々手が震えた。いやあ、なんのかんのいってもX文庫。ゲットできる時は50円以下である。むふふ。ディキンスンはどうでもいいや、と帰宅後、早速に酔い任せてこの本を読み出す。あっという間に読み終わる。満足して寝る。あ、そうそうポストを覗いたら膳所さんからの交換本が到着していた。そういえば夕べも酔っ払っていたのでチェックしてなかったんだよな。御礼が遅れて済みません。
「計画破壊網」Hフェルヴァル(番町書房・ポイントブックス)交換
いやあ、噂で聞くだけだったポイントブックス初見。スパイものなので、基本的には収集対象外だが、なかなか表紙のB級ぶりが泣かせる。嬉しい。ううーん、なかなかいい日だったなあ。(以上、3日の日記)

◆さて、明けて4日。回線が空いているうちに、巷で評判のアマゾン・日本にアクセスしてみる。おお、ガイダンスが日本語で嬉しいぞ。調子に乗って、あれこれと洋書に注文を入れる。とにかくその安さに驚嘆。ビブロスやイエナの半額である。ジェニファー・ロウやジェシカおばさん、おお、ドハティーのハードカバーまであるではないか!とガンガン注文してしまう。ついで和書を注文しようとするが品切れだったので、今度はbk1に繋げてみると、こちらは一応取り寄せになっていたので、試しに注文を入れてみる。さて、如何な結果となりますか。わくわく。
◆引き続き今日こそは、不義理の続いている皆さんに送本せねばと気合を入れてかかる。先ずは白梅軒の店長用に、何ヶ月か越しの約束を果たすためSFマガジン創刊号から37号までマイナスαを箱詰め、次いで膳所さん、茗荷丸さん、大矢さんあての本を梱包。発送にいくと、案の定大矢さん宛の荷はポストに入らない。週明けに出しますので今しばしご猶予を>大矢さん:私信。
◆やれやれと家に帰って昨日の日記をつけるべく、買った本を積み上げていく。

「あれれ?」
なんと、ディキンスンが見当たらない。

ポケットにでも入れたのかなと服をチェックするが発見されず。


「むむむむ!!」

いよいよ怪しくなりだして、そこいら中をかき回す。


探し回ること小一時間。

どうやら本格的に「なくした」事が判明する。

ぎゃああああああ!!!嘘だろ?嘘やゆーてくれええ!!

そりゃあ、確かに退屈のあまり邪見にしたかもしれないけど、出ていくことはないジャンかああ!!殆ど
嫁さんに逃げられた夫の心境で、パニックに陥るが、昼からは約束があってこれにばかり掛かっているわけにはいかない。ええい、ままよ!で泣きながら「メフィストとワルツ!」の感想を書き始める。書きながらも、「さて一体、買い直すと幾らぐらいするのだろうか?」とジグソーさんの値付けをチェックにいく。「キングとジョーカー」「生ける屍」に比べると比較的入手は楽な本だったし、私自身数回拾っては人に回してきた本でもあるので、まあ2000円ぐらいかな?と思ったら、

な、なんと「5000円」
しかも「売り切れ」!!
うぎゃああああ、いつの間にこんな値になっていたんじゃあ!!

知らぬ間に世間で認められて人気者になっていた嫁さんに逃げられた夫の心境(しつこい)で、更にパニックが続く中、どうにか感想を書き上げアップ。さあ、ここで正直に経緯を書いて「ダブリ本ないですかあ?」と告知するのも一手かと思いつつ、いや、待てよ、少なくとも「天狗」にだけはダメモトで「忘れ物」がなかったかをチェックしなければ、と電話してみる。と、そもそも電話が通じない。何度押しても「ダイヤル回線」の音しかしないのだ。ひぇええええ!!改めて、電話を調べると先ほどからの家捜しの影響で回線選択スイッチが入れ替わっていた。とほほほ。再度電話を入れると今度は果てしなく呼び出し音が続く。まあ、まだ昼前だし誰も来てないんだな、と諦める。ああ、これでサンリオSF文庫がM1に逆戻りかあ、と頭を抱えつつ外出。さあ、何を交換本で差し出すべきか、とあれこれ思い悩むため、読書に身が入らない事夥しい。以上が昨日のパニックな文章の背景であります。ご心配くださった皆さん、済みません。
◆で、昼過ぎに外出先から、「天狗」に電話。恐る恐る「本の忘れ物はなかったでしょうか?」と尋ねたところ「ええ、お預かりしてますよ」との返答。ひゃああああ、よかったああ、と胸をなで下ろす。帰宅時に途中下車して無事回収。ありがとう「天狗」のおネエさん!!

教訓:
「夜呑みそうな日は絶版本は持ち出さない」
「持ち出すのであれば、ダブリ本の中から持って出る」
「つまらないからといって本を粗雑に扱わない」
「なくしたと思っても諦めない」
「飲み屋は『天狗』で決まりだぜ」


◆本屋で買った本
「真珠郎」横溝正史(扶桑社文庫昭和ミステリー秘宝)705円
「なめくじに聞いてみろ」都筑道夫(扶桑社文庫昭和ミステリー秘宝)743円
はいはい、買いましたよ。買えばいいんでしょ、買えば。という訳で、皆さんも買うように。


◆「ゆきどまり」(祥伝社文庫)読了
なんと祥伝社文庫のホラーアンソロジーもこれで5冊目。やるものだ。やはりそれなりのセールス実績があるということなのだろう。確かにKIOSK用の本としては理想的。どこから読み始めても、どこで読み終わってもよい。作家としても雑誌とアンソロジーで二度美味しい。更に後から自分の作品集に入れれば三度美味しい。結構な事でございます。以下、ミニコメ。
「ゆきどまり」高橋克彦の代表作と呼んでもよいのではなかろうか?著者自身の作品集にも収録されている筈。テレビのミニシリーズ「幻想ミッドナイト」で映像化もされているが、原作の怖さを巧く引き出していたように記憶する。今回の再読でも実に怖かった。雪の温泉宿を舞台とした「閉じた環」型の幽霊譚。本場英国の幽霊譚を凌駕する美的感覚に驚け。ただ、他の収録作が99年作なのに対してこれだけが87年作。それも著名な作品を引っ張ってきて表題作にする「商魂」にはいささか抵抗感があるぞ。
「人形遊び」ブラッディ篠田真由美の本領発揮。描写の残酷さはさすがである。人形を道化役にしたサイコものだが、メタに逃げ込むぎりぎり一歩手前で踏みとどまったという印象の作品。危うさにどきどきしたが、なんとか着地が決まって一安心。
「口が堅い女」<お受験>をメインテーマに、「虐め」を隠し味に使った好短編。怖いおばさんを書かせると巧いねえ、この人は。最後のツイストの美しさに感心。ちょっと長篇も読んでみようかな?
「誰かいる」歪んだ三角関係が生み出した<しかと・ゲーム>のおぞましい顛末記。発想と展開はなかなか読ませるが、オチが今ひとつ。もう一ひねりすれば、傑作に化けたかもしれない。残念。
「終末のマコト」滅びの<少女幻想>。孵化し増殖する恐怖卵。肉ごとの憑依。ああ、牧野修だよお。怖い怖い。
「少女、去りし」寒村の美少女。殺意の記憶がビブリオをエンブリオに変貌させる。ネタを最後の最後まで上手く隠した手際に拍手。
「Uターン」高速から抜けられない前科者の焦燥を描いた作品。臨場感はあるが、ホラーとしては凡庸。
「友達」ドラえもんのいないのび太はドッペルゲンガーの夢を見るか?これもツイストが見事。してやられました。
「分身」今更の<メル友>テーマ。ジャンル外の人の手遊び。まあ、こんなヌルイ話が一本ぐらいあってもいいが、何も巻末に置くことはないと思うぞ。


2000年11月3日(金)

◆これを書いているのは土曜日の朝なのですが、非常にショックな事がございましたので、日記を書く気力がございません。なんか、自分で自分が信じられません。嘘だと言ってくれーーー!

◆「メフィストとワルツ!」小野不由美(講談社X文庫)読了
おそらくジュニア系文庫では最凶の入手困難本。勿論、少年倶楽部文庫やソノラマの2桁台にも効き目はあるのだが、とにかくこの本は、探している人間の数が違う。小説第2作でありながら、何故か版を重ねる事なく今日に至るため、世の小野不由美ファン後発組の皆さんが血眼で髪を振り乱して女の闘いを繰り広げているところへもってきて、よしだまさしさんがコンゲームの傑作などと「本の雑誌 増刊号」で煽るものだから、「特に小野不由美に思い入れはないが、『入手困難』と聞くと俺の、おれの血が騒ぐのだあああ!!」という古本野郎までが参入して、ピンクの花園を真っ赤に染める血風本になってしまったのである。内容は、こんな話。
あたし、劇団「キャスト」の衣装係・森川夕香は、地味な女の子。だけど、彼氏はキャストの花形男優・池田万里くんだったりするわけ。4劇団が連続で小屋をはる「射手座」年末年始講演の先鋒を務めるのが私たちの劇団「キャスト」。出し物の「メフィストのワルツ」の最後の追い込みでオオワラワなんだけど、今の冬は、小回りの利く女の子えりちゃんとみーなちゃんの二人が手助けしてくれているので、なにかと助かる。舞台は、かつて「キャスト」と飛び出していった「おぶじぇ」の人たちの「妨害」をものともせずに成功を収めたんだけど、その後が大変。なんとえりちゃんのお姉さんが結婚詐欺に掛かってしまったのに続き、みーなちゃんのお姉さんまで結婚詐欺に引っ掛かった挙句に自殺未遂を犯してしまったの。しかも、あたしを町でナンパした男・高松が、その詐欺師らしいということが判って、大騒ぎ。「キャスト」を挙げての意趣返しが始まっちゃったああ。ああ、あたし詐欺師を騙すことなんかできないよおお〜。ねえ、これって、ちょっとヤバくない?ねえったら〜。
プロットはよく出来ている。典型的な少女向けヤングアダルトの文法と設定を使いながら、小気味良いツイストを決めてみせるところなんぞ、さすが小野不由美、後年あるを思わせる出来栄えである。何も予備知識なしで、この本を読めばかなり驚いたかもしれない。が、さすがにこれだけ話題になってしまうと、逆に「それ程のものかあ?」という天邪鬼な目で見たくなるのも事実。この作品に万札切るのであれば、他にもっと面白い本はあるぞ、とツッコミを入れたくなるのは私だけではあるまい。勿論、少女漫画に遠く及ばない凡百のジュニア小説に比べれば、充分トップクラスに位置するのは確かである。なるべく情報をいれずにお楽しみ下さい。


2000年11月2日(木)

◆会社のレクリエーションで日の出埠頭から2時間コースのディナー・クルーズ。うう、雷雨の中、皆様お疲れ様でございます。購入本0冊。
◆さて、問題です。「ミステリ系(和・洋)」「日記と600冊以上の感想文」「基本的に毎日更新」「更新時間は早朝」「主宰者は千葉県在住のイニシャルHKさん」さあ、このサイトってどこ?
…実は二つある。一つが云わずと知れたここ「猟奇の鉄人」。そして今一つが片桐裕恵女史の「Hiroe's Private Library(HPL)」。これほどに共通点がありながら、印象が相反するサイトってのも珍しいよなあ、と常々感じている次第。片や、二十代女性司書の新作バリバリサイト、片や、コテコテ古本中年の旧作万歳サイト。まさに「光」と「影」、「白」と「黒」、「陽」と「陰」、「最速」対「最濃」(笑)。他の趣味もないしょぼくれた中年教師が毎朝、一番のつもりで登校すると、ちゃんと「委員長」の方が先に来てるって感じ。うーん、一体どんな人なんだろー。

◆年賀状が発売になった。そろそろ出版の世界では新年号の仕込み入っている頃であろう。うーむ、巳年かあ。「2001年:宇宙の蛇」ですかな。ウロボロスうう。

◆「墓標なき墓場」高城高(光風社)読了
本格一点張りの中坊の頃に、なんだか鮎哲の「翳なき墓標」みたいな題名なのでついでに買った本。「白梅軒」で話題になっていたので、書棚から引っ張り出してみた。函もあれば、セロファンまで掛かって確か100円だったんだよなあ、この本って。高城高はアンソロジーで短編を幾つか読んだことがある程度で、「忘れられたハードボイルド系の作家」という印象しかない。「白梅」の旦那の感想も今ひとつだったので、さしたる期待もせずに読み始めたところ、意外や意外、結構面白いではないか、この「推理小説」!こんな話。
主人公は、不二新報の網走支局長・江上武哉。支局とは名ばかりの僻地に彼が左遷されたのは、3年前の「海の轢き逃げ事件」のスクープとそれに纏わるトラブルが原因であった。ある日、その事件の関係者で、彼を故なく陥れた冷凍作業員の死が報じられる。そして、江上の歳若い妻・八重子が、「事件」とその関係者のその後を報じた一連の記事を切り抜いた1冊のスクラップブックを彼に差し出した時、江上の記者魂は甦る。3年前、道内では基幹支局の釧路支局長を務めていた江上。昭和33年の9月のある朝、釧路から花咲に向う殿村水産所属の運搬船「天陵丸」が遭難沈没したとの報が届く。事件を追い始めた江上の元に更に拡売員の秀から、奇妙な情報が寄せられる。事件の朝、花咲港に戻ってきたサンマ漁船「住吉丸」が操船を誤り船首を破損した事故は、「天陵丸」との衝突をカモフラージュするためのものであった、というのだ。女房に逃げられ荒れている拡売員のリーダー落合は、その情報を一蹴するのだが、江上と因縁浅からぬ秀は、小遣い銭稼ぎに一報を入れてきたのだ。江上は呑気にも「サンマ豊漁」の記事を仕上げていた若い根室支局員・本郷を叱り飛ばし、花咲に飛ぶや、本郷とともに噂の火元に迫る。そして、その取材力は、事件が「海の轢き逃げ」であった事を暴く。大スクープに湧く支局。だが、船首破損事故の目撃者であった梅津は、何故か「江上に脅迫を受けた」として警察に告発を行うのであった。なぜ、梅津は警察も取り合わない告発を行ったのか?謎は謎のまま、海難審判は進み、組織の論理は本来の功労者たる江上を左遷する。そして3年後の今、梅津の死を切っ掛けに、釧路の地にたった江上。その彼の前に、葬られた筈の悪意がスモッグの彼方から襲い掛かるのであった!果して「墓標なき墓場」に埋められるべきは、陰謀者の悪夢か、無辜の魂か?
数メーター先も見えない釧路の霧の如く、作者の企みは巧妙に隠蔽される。一切の無駄を省いた文体とプロットに翻弄される快感は、この作品が一級のミステリである事を証明する。梗概に書ききれない程の多数のキャラクターを書き分け、しかも夫々にキーとなる役回りを割り振って、その有機的な連環を操る作者の手腕に唸る。更に、風景描写が巧みで、作者の筆は、霧の静謐から、生臭い喧燥まで、鮮やかにそしてテンポ良く描きだす。確かに、主人公が、何年間も枯れたような生活を送っていながら急に火が点く、という構成に疑問を呈する「白梅軒」店主の指摘も正しいが、そこは、「恋女房への申し訳」と読んではどうだろうか?これまで新聞記者モノは、「事件記者」や神津恭介のオマケぐらいしか読んでいないのだが、このような名作もあったのか!と思わず膝を打った。「起承転結」というよりは「序破急」な話だが、これは復刊されて長く読み継がれて欲しい佳作である。
で、復刊を待てない葉山さん、お貸ししましょうか?>私信


2000年11月1日(水)

◆送本をお約束しているみなさん、この週末にはなんとかしますので、今しばしの御猶予を>業務連絡
◆「やはり、あなたが『猟奇の鉄人』だったのですね」という電子メールを社内からもらう。発信元は隣のビルの営業課長。うわあ(汗)。なんでもよしださんのリンクからこられたらしい。自分の職場では、平気でURLを教えているので今更なのだが、全く別ルートというのが新鮮。10年以上前にちょいと付合いのあった人なのだが、名前で「もしや」と思ったとか。まあ、普通うちの会社の課長職はこんな古本まみれの日常を送っていませんからね。「それが、『猟奇の鉄人』の理(ことわり)なのです。」
◆日本中、雨模様。平井のブックオフへ定点観測。なんにもないなあ、と見まわしていると秋元のSFマークがズラっと並んでいたので抱えこむ。こんなところ。
「電卓テックの推理」若山三郎(秋元文庫)100円
「ねらわれた高校総体」菅原有一(秋元文庫)100円
「甲子園の怪腕投手」菅原有一(秋元文庫)100円
「ふしぎな転校生」北園哲也(秋元文庫)100円
「ねじれた教室」北園哲也(秋元文庫)100円
「ねらわれたマイコン学園」北園哲也(秋元文庫)100円
「ぬすまれた学園」北園哲也(秋元文庫)100円
d「タイムマシン金融KK」若桜木虔編(秋元文庫)100円
「超能力集合指令」若桜木虔(秋元文庫)100円
「超能力奪還指令」若桜木虔(秋元文庫)100円
「超能力暗殺指令」若桜木虔(秋元文庫)100円
「超能力脱獄指令」若桜木虔(秋元文庫)100円
「超能力破壊指令」若桜木虔(秋元文庫)100円
「サイボーグ逆亡命指令」若桜木虔(秋元文庫)100円
d「犯罪交叉点」鮎川哲也編(徳間文庫)100円
「真夜中の死線」Aクラヴァン(創元推理文庫)100円
「悪魔の手先」Lローガン(学研)100円
「黒魔術の復讐」ブリッジス/アレグザンダー(学研)100円
うーん数だけは買ってしまった。掲示板の森さんによれば、今日は蠍座は絶好調の筈なのだが。とほほ、えらい違いじゃわい。


◆「老人たちの生活と推理」CHソーヤー(創元推理文庫)読了
基本的にジェシカおばさんファンなので、おばさん探偵が好きである。ミス・マープルは勿論、ヒルデガード・ウイザースもOK。とはいえ、ヒルディってやたら歳くっているような印象があるけれども実は30代なんだよなあ。その点、半分、訳者で買ったこの作品の探偵チームは、これはもう文句無し堂々のおばあさん達である。なにせ舞台が高級老人ホームである。作者もおばあさんで、自分の住むホームがモデルになっているところが「2ばば」、これで読者がおばあさんなら「3ばば」である。まあ訳者が、おばあさんにはあと30年以上かかる人なので「4ばば」という訳にはいかないのが心残りである。それにしても、この作者、老人ホームに事務所を構え、毎年のように、この「海の上のカムデン」シリーズを出し続けているのが凄い。アメリカという国のパワーをつくづく感じる。そのいささか薹のたった「処女作」はこんな話。
サンディエゴ郊外の海辺に建つ高級老人ホーム「海の上のカムデン」。かつて映画人のお気の入りのリゾートであり、今また医療施設付きの洒落た「終の棲家」として復活した地上の楽園で、忌むべき殺人が起きた。人畜無害な元図書館司書が滅多突きにされて浜辺で殺されているのが発見されたのだ。その捜査に乗り出すのは、好奇心と閑だけはある4人の老女、元提督夫人の小柄なアンジェラと女丈夫のキャレドニア、元映画女優で恍惚の元歯科医の妻ナンシー、そして物静かな名家の出の銀行家夫人ステラ。渋い色男のマーティネス警部補を困惑させながら、被害者の部屋に忍び込み、「証拠」を漁る彼女たちは、やがて被害者が「楽園の蛇」であった事を知る。その秘密のメモには、被害者が巧妙に小口の脅迫を重ねていた事が記されていたのだ!「おとぼけ」「おこりんぼ」「白雪姫」「地下牢の主」「赤の女王」「黒い騎士」それぞれに童話の登場人物に擬えられた脅迫の犠牲者たち。果して「蛇」に牙を剥いたのは、誰か?稚気溢れる会話と大胆な行動、最早失うものの少ない老女探偵団が探索の果てに辿り着いた真相とは?
全編これ「老い」に関する金言に満ちたユーモアとペーソス溢れるコージー・ミステリ。とにかく、老女たちのキャラクターが見事に描き分けられているのには、驚く。ともすれば「老人」という一括りのイメージで捉えがちの年長者にだって夫々に個性があるのだ、ということを思い知らされた次第。ミステリとしてのプロットも貫禄十分。とても処女作とは思えない余裕に満ちた書きぶりである。フェアかどうかを問おうものなら「まだまだ、青いわねえ」とたしなめられそうな気がする。結末は「そうきましたか」という感じで、読後感は好い。マウラウド、ジル・チャとコージーミステリのヒットシリーズを擁する創元推理文庫が、またしても金鉱を掘りあてた。お勧め。