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2000年10月20日(金)

◆飲み会。大雨。購入本0冊。
◆カウンター回復。トップページ最下段のカウンターと微妙に食い違うのが不思議。とりあえず、アクセス解析もやってくれるので最下段も残すことにする。1日たってみて、時間毎の履歴をみると、なんと12時が一番多かった。要は皆さん、昼休みに会社から覗いてくれているということですな。
◆掲示板に載せたけれども、日記にも再掲。「クイーンいじり」第2弾!
「フレンチ白粉をはたく」FWクロフツ
「希臘柩迷宮譚」小栗虫太郎
「T型クロス殺人事件」広瀬正
「銃社会・米国の謎」朝日新聞特別取材班
「タイ風ソーセージでミステリー」金春智子
「裸死岬」笹沢佐保
「ドアは覗く」MRラインハート
「払われる悪魔」赤川次郎

「からみてぇ町」清水一行
「だぶっただぶった」矢崎存美(これは、中村忠司さんのぱくり)
「始まりは<悪>」志水辰夫
「シャーロック・ホームズ対エラリー・クイーン」東映マンガ祭り
「第八の日に帰った男」Bフリーマントル
「刑事失格」太田忠司(あ、これは「まんま」でしたね)

Moriwakiさん考案分も入れるとりあえず国名シリーズは埋まった。金春と笹沢が自信作(笑)。大変なのがドルリー・レーンの4作。まさに「いじり」を拒否する完璧な題名。ううむ困った困った。もう少し考えてみましょう。

◆「処刑」多岐川恭(文華新書)読了
創元の尻馬に乗る訳ではないが(黒白さんの尻馬には乗っているかも)多岐川恭で行ってみる。政界の暗闘を前面に押し立ててはいるが、その実、端正なフーダニットでもあるという「奇蹟の書」。「推理小説・吉田学校」とでも呼ぶべきか、勿論、政党も政治家も架空のものではあるが、その存在感には、強烈なものがある。現代日本にありながら「不倶戴天の敵」とか「天誅」とか「親の仇」といった大時代がかった動機を可能とする異世界がそこにはある。とにかく思想的に凝り固まった「主義者」がぞろぞろ現われるさまは、さながら「多岐川版・愛国殺人」。これほど容疑者をたやすく設定できるシチュエーションはそうないであろう。変人建築家の建てた館、雪の山荘、絶海の孤島、奇矯な富豪の遺言状などというガジェットなしでも、大人の鑑賞に耐えうる本格推理は書けるのだ、と言うことを思い知らされた次第。こんな話。
時は中秋。舞台は箱根。混乱する政局を乗り切るために保守党から総理就任を要請されていた老政治家吾妻猪介が、桃源台のロープウェイに首吊りにされるという非業の死を遂げた。派閥を嫌い、自らの信念にのみ忠実な猪介は、手段を辞さず政敵を葬り去ってきた強腕政治家。死の前日、大先輩格の老獪な総理経験者・新関泉太郎を尋ね総理就任の意欲を垣間見せた猪介は、マスコミの追求を躱し別荘に戻ると、幾人かとの面会をこなした後、「離れ」に引きこもっていた筈だった。面会人は、閣僚ポストを依頼に来た代議士、外交音痴の吾妻に総理就任を断れと迫る現・外務大臣、頭の筋が切れた右翼活動家、選挙資金の無心に来た同郷の代議士、筋金入りの老共産主義、難関な専門用語をまくしたてる学生運動家、そして姉を自殺に追い込まれた婦人代議士。彼等のいずれもが、猪介からケンもほろろに扱われ、半ば追い返されるようにして面会を終えていた。一体、猪介を離れから連れ出したのは誰なのか?猪介の秘書・多門透は、多すぎる容疑者たちのアリバイを追う。果して彼の恋人・稲葉さちが事件当夜、芦ノ湖畔で目撃した怪しい車の主とは?そして猪介の奇態な死に様に込められた意味とは?魑魅魍魎が巣食う「政界」という伏魔殿を舞台に、信念と怨念のアラベスクが繰り広げられる。
政界の妖怪ともいえる新関翁のキャラクターが光る。正面からこのご老体を名探偵役に据えればさらに本格推理っぽさが出たであろう。また、翁の世話をする清楚な美女・花井三夜子がこれまた渋い。端役に至るまで実に見事なキャラクター付けが施されており、アクロバティックな推理部分が半ばどうでもよくなってしまう「小説」である。後半書き急いだ感があって、犯人当てを楽しむ余裕にやや欠けるものの、爽やかな読後感が心地よい作品。設定の「社会派」っぽさを毛嫌いせずに一度お試しあれ。


2000年10月19日(木)

◆あああ、またカウンターが壊れてやんの。しょうがないので、バックアップ用にモンキーバナナに登録してみる。しかし、世の中にはいろんなサービスがあるもんですのう。
◆むふふ、Moriwakiさんが、仕事そっちのけで「クイーンいじり」に参加してくれたぞ。本来なら掲示板にレスすべきところだけど、日記でやってしまうんだもんね。
>「真鍮館の殺人」綾辻行人
やんや、やんや。これって例会の「かく語りき」で出てなかったでしたっけ?「ブラス宿泊」ムアコックとか。
>「仏の燈篭」野村胡堂
オモロイ!!座布団一枚。「黒屋敷」もいいかも。
>「病院靴首縊りの床」横溝正史
元ネタが物凄く判りにくいような気が(汗)
>「ハーフ ウエイ」フランクシナトラ
歌ありかあ?これは「ハーフウエイ・ハウス」ジョン・ル・カレってのを考えてました。で、「スウェーデン・マッチ」だとレン・デイトンですな。
>「クイーン元警視独占手記 なぜ私は再婚したのか」文藝春秋
「NYPD上がりの女王警部は自分の事件でおおわわらだべサ」ジョーン・ヘス、ってのはどう?
>「素敵に、そして秘密に」たかのゆりビューティクリニック
あ、怪しすぎ。「贅肉はナイン、シミ・そばかすもナイン」。エステ・De・ミ・ロードでなくてよろしゅうございました。
>「テン デイズ ワンダー」 最近の洋画タイトル
それをいうたら「スカーレット・レター」だって「ちょっと前の洋画のタイトル」かも〜
中村忠司さんも、日記で一口のってくれてるし(「ぶたぶた」ネタがサイコー)、こういう遊びが好きな人間としては堪りませんのう。全話作って「瑣末」にアップしたくなってきたぞ。
◆南砂町定点観測。なんにもない。
「多重人格探偵サイコ 雨宮一彦の帰還」大塚英志(講談社NV)100円
「鏡地獄」江戸川乱歩(広論社)100円
d「シグナルは消えた」鮎川哲也編(徳間文庫)50円
「SFハンドブック」早川書房編集部(ハヤカワ文庫SF)50円
掲示板のご報告との落差に厭になる。むむむ。


◆「第二の男」Eグリアスン(東京創元社・現代推理小説全集)読了
「第三の男」をもじったようにも見えるが、実に真っ正直な法廷小説であった。近年のリーガル・サスペンス・ブームには少々辟易としており、特に法曹上がりが書いた暴露小説紛いの「N匹目の泥鰌」的作品は、森林資源の無駄遣いではないかと感じている。まあ、売れるんだからしょうがないのだが、そういう作品に限って翻訳がハードカバー上下巻だったりするんだよなあ。「告発の行方」のように文庫で1巻ものならまだ許容範囲なのだが。「法律事務所」や「推定無罪」の大ヒット以前は、法廷ものといえば、殆どガードナーの独占市場であった。「十二人の評決」「ベラミ裁判」「検死裁判」といったクラシックやセシルの変化球的作品を除くと直ぐには思いつけない。そんな中で、この作品は地味ながらも英国の司法制度(事務弁護士と法廷弁護士の使い分け、控訴システムなど)や法曹関係者の生態が詳細に描かれており、このまま英米法の補助教材に使えそうな出来栄えであった。しかも、女性の法廷弁護士の闘いという、フェミニスト受けする要素もあって、小説としてなかなか読ませる。問題はミステリとしてどうかなのだが。こんな話。
ヘスケス法律事務所に新しい法廷弁護士が雇用される。彼女、マリオンは「女性蔑視」が根強く残る英国法曹界に新風を巻き起こし、周囲の心配を他所にみるみる頭角を現してゆく。そんな彼女に大きな事件が回された。金持ちの伯母殺しの容疑で逮捕されたオーストラリア帰りの巨漢ジョン・モーズリーの事件。事件当日の目撃証言や、現場から盗まれた宝石の一部がモーズリーの下宿の水槽から発見された事など、圧倒的に不利な条件下で、公判に臨むマリオンと同僚の私ことミカエル。それまで連戦連勝であったマリオンは私には理解できない「直感」で被告の無実を信じているようなのだが、今回ばかりは勝手が違った。検察側の切り札的証人の訊問で、マリオンは窮地に立たされる。果して陪審の下した評決は?そして「第二の男」は本当に存在したのか?
ミステリとしての快感には乏しい真面目な法廷小説。2段組300頁をかけて丁寧に書きこまれた「裁判」の迫力は、ドキュメンタリーに近い貫禄があるのだが、中心となる「事件」そのものが地味な「殺し」であるために、驚天動地の大逆転や騙りのマジックといったものからは程遠い。最後が唐突とも言える終り方をするので「もしやこのまま終ってしまうのでは」という恐怖にかられたが、その味悪感はなんとか回避できた。「弁護士は楽じゃない。女はもっと楽じゃない。」って感じかな。お勉強モードでお付き合いください。


2000年10月18日(水)

◆おお、昨日は土田さんも本を買ってなかったみたいだぞお。なんだかシンクロしてて笑える。買わない事が珍しいというのも困りものではあるのだが。あるよね「魔が差す」って(どっちが「魔」やねん!)。こーゆーことを言ってるから愛さんから「古本系は『本を買うのが好きな人(それもできるかぎり安く)』」とか書かれてしまうのだな。ぶう。
◆むりやり瑣末:古本ネタがないので雑談など。
昭和40年代の新・三種の神器は3Cだった。カー、クーラー、カラーテレビ。
サラダの3Cは、クリーン、チルド、クリスピーだっけ?
ダイヤモンドの等級を決めるCに至っては4つもあるぞ。カット、カラット、カラー、クラリティー。
さて、では推理小説の3Cというと何になるであろうか?

作家でいえば、洋書の棚を占拠している「C」は、まずなんと言ってもクリスティ。これはもう「嘘!」という程並んでいる。「はあ、いやいや」と云うぐらいエラそうな顔をしている。同じ作品が出版社違いで並んでいたりもする。しかし、翻訳に品切れ作のあった20年前ならいざしらず、何が悲しゅうてクリスティのペーパーバックを読まなあかんねん?一体、誰があの洋書を買っているのだろうか?日本在住の英語圏の人々なのかなあ。謎。で、後の二人は誰?となると、これが非常に悩ましい。心情的にはカーである。しかし、洋書屋にはない。「嘘おお!?」というぐらい「ない!」。東京の洋書屋でも、カーを1冊でも置いているのは、高田馬場のビブロスぐらい。丸善は勿論、イエナでもまずお目にかかったことはない。さすがに英米のミステリ専門店に行けばそれなりにあるのだが、極東の洋書店には並びっこないのである。普通に目立つのがメアリー・ヒギンズ・クラークとか、クライブ・カッスラー。おお、これは期せずして新潮文庫のドル箱ですな。チャンドラーも総作品数の割には並んでいる事が多い。ハードボイルド・マニアは業が深いので、嵌ると田中小実昌訳に飽き足らず原書に挑戦したりするのかな?やっぱりマーロウは「俺」よか「私」だよなあ。巨匠で忘れてはならないのが、クロフツであるが、洋書についていえば、これはもう「笑っちゃうぐらい全然ない」。昨年、キバヤシさんにドカンと拾って頂くまでは、ペンギンブックで出ていた事すら知らなかった。「世界で一番、新刊書店にクロフツが並んでいるのは日本である。」と断言してしまおう。これは一重に東京創元社の功績に寄る。ありがとうございますありがとうございます。更に個人的には大事にしたいクリスピン。洋書棚での状況はクロフツと似たりよったり。実はこの作家についても、日本が一番入手容易になっているのかもしれない。「お楽しみの埋葬」はともかくとして、「金蝿」と「消えた玩具屋」は半分現役であろうし、「白鳥の歌」や「永久の別れのために」なんぞが新刊として出てくるというのが、なんとも頼もしいではないか。むふふ。と言うわけで、極私的には、クリスティを別格にして「カー、クロフツ、クリスピン」を推理小説の3Cとして推薦しちゃうぞ。共通点は、トリオ・ザ「世界中で日本が一番、現役本を出している探偵作家」って事でいかがでしょうか?
次に作品編。CRIMEとか、CASEが「C」なので「C」の付くタイトルは掃いて捨てるほどある。「COFFIN」とか「CALAMITY」とか「COURT」とか「CORPSE」とか美味しい単語もあって「C」な作品に名作も多い。例えば「災厄の町」であり、「ギリシャ棺の謎」であり、「三つの棺」であり、「火刑法廷」である。しかし1語でとなるとかなり絞られてくる。一番最初に浮かぶのが「さむけ」(THE CHILL)。これはハードボイルド派からも本格派からも大政翼賛的にOKOKであろう。「樽」(THE CASK)もシンプルにして古典中の古典。入閣に文句のないところ。ダブルで「C」はないかなと思うと、CDキングの未訳作に「Careless Corpse」というのがある。希少本コンテストなら申し分ないが、「これが3C」というにはマイナーすぎるか。先日、鎌倉の奈良さんに頂戴した「クリヴドン時件」も同じ理由でパス。んじゃ、ガードナーはどうだ、と見てみると「管理人の飼猫」(Caretaker's Cat)、頭に「The Case of the」もついてて申し分にゃーい、キャット空中三回転なのである。ついでに「傾いたローソク」(Crooked Candle)とかあっさり見つかるところがさすがガードナー。一気に3段重ねにいっちゃったが、2段重ねでは創元推理文庫の画期的復刊である「棺のない死体」(No Coffin for the Corpse)はどうでしょ?。ブルースの「死体のない事件」や「結末のない事件」もいいかな?きりがないので、作品の部は、このあたりで「CURTAIN」にしますか?(おお、きれいにオチがついた)
名探偵は、コロンボ、カドフェルといったテレビの人気者が全国区で宜しいところかも。渋い本格路線でいくとコックリル警部でどうだ?叢書は、文句なしにクライム・クラブで決まり。英米でも日本でも、インターナショナルにCCなのであった。クラウディア・カルデナーレではないのだ!どうだ、参ったかああ!で、誰やねん「くらうでぃあ・かるでぃなーれ」って?
以上、古本買いの代わりに。ふう、やっぱ、古本買ってる方が楽なんですけどお。

◆「ガラスの城」松本清張(講談社文庫)読了
「ガラスの城」といっても、わたなべまさこではない、というお約束のボケをかましつつ久しぶりに清張を読んでみる。で、改めてその凄さに感心する。どうも「社会派」というレッテルだけで、「この門をくぐるマニア、一切の希望を捨てよ」モードに入ってしまうのだが、こと清張について言えば、時々、海外古典もビックリのケレンに出くわして驚くことがある。この中期作もそれ。「慰安旅行で殺害された敏腕課長」という設定を見て、敬遠してしまった本格マニアは相当損をしていると断言してしまおう。物語は、二人のOLの手記の形で読者に呈示される。こんな話。
私、三上田鶴子は、東亜製鋼株式会社東京支社販売二課に勤務する入社6年目のOL。勤務も6年になると、会社への期待も薄れ、男性社員42名、女性社員8名の販売二課員たちの生態を観察するのが楽しみになる。エリート課長、彼に取り入る茶坊主の内勤次長とキャリアは充分なものの影が薄くなりつつある外勤次長、大阪から転勤してきたばかりの調子のよい庶務主任、彼等のサバイバルゲームは、まさにサラリーマン社会の縮図であった。そして女性社員も、結婚を諦めている御局様を筆頭に、美形ナンバー1、ナンバー2、若手と、それなりのパワーゲームを行っている。事件は、課の慰安旅行で修善寺に宿泊した夜に起きた。ふと夜の散歩に出かけた私は、暗がりで女性と密談する課長の姿を目撃する。そして、その夜を最後に課長は姿を消す。そして3日後、修善寺の道路工事現場の土中から無惨なバラバラ死体となった課長が発見されたのだ!その死の謎を追う私。だが、その調査の先々で、私は、御局様である的場郁子の足跡を発見する。的場郁子が死んだ課長に多額の金を融通していたという事実は、エリート課長の虚像を打ち砕くに充分であった。私は、課員の動機を機会を追ううちに、死体が埋められていた土からある仮説を立て、「花の罠」を仕掛けるのだが、、そして、手記の主は的場郁子に代わる。
人間描写が実に巧い。余りにも巧いので、OLの手記というのが「嘘」に思えるほど。これだけ書ければ「姐さん、作家になりなはれ」と云いたくなるのは私だけではあるまい。類型的といえば、これほど類型的な舞台と配役もないのだが、それが清張の手にかかるとまんまと読まされてしまう。特に、ふと見せる女性の心の機微は、凡百の新本格作家の及ぶところではない。エリートと茶坊主、傍流の中間管理職、大阪弁の道化役に若手の正義漢、そして彼等のパワーバランスに敏感な女子社員たち。そんなどこにでもある職場の慰安旅行で、バラバラ殺人が起きるというミスマッチ感が嬉しい。トリックも大仕掛けで、真犯人や動機にも工夫を凝らした見事な推理小説である。いやあ、嬉しい不意打ちでした。当り。


2000年10月17日(火)

◆やっとこMZT氏に送本。遅くなりまして済みませんです(私信)。
◆買い疲れで、何も買わない1日。実は単に飲み会だったりする。何もネタがないままで済ませるのもなんなので「思いつき二題」。
◆思いつき1:城戸禮の「三四郎」シリーズに「坊ちゃん刑事三四郎」とかあると面白いかな、と思ったりする。続編は「それからの坊ちゃん刑事三四郎」とかさ。
◆思いつき2:EQFCの全国大会も近いので、クイーンを玩具にしてみる。題名を色々な作家風に翻訳してみるという遊び。
「彼の生涯の最後の女」田村隆一
「フィニッシュをきめろ」志賀公江
「帽子男 劇場に死す」上野顕太郎

「狐の下手人」平岩弓枝
「四心臓」黒岩涙香
「龍の牙」峰隆一郎
「猫は沢山の尻尾を持つ」LJブラウン

「差し向かいで」今邑彩
「罪・暦」佐々木丸美
マトモな訳題が判らない人はもう少しクイーンを読みましょうね(はーと)。 


◆「骨と髪」Lブルース(レオ・ブルースFC:私家版)読了

先般来、掲示板などを騒がせていたヒラリー・ウォーではなくて、最近加速している((C)ストラングル成田氏)レオ・ブルース版の「骨と髪」。「死の扉」に始まるキャロラス・ディーン・シリーズ第9作。掲示板で翻訳者御自らさりげなく宣伝されていたので、話題が旬の内に読んでみた。ディーンものは、私家版で6長篇が小林晋氏の手によって翻訳されており、復刊が囁かれている「死の扉」の売れ行き次第では、一気に商業ベースでの紹介が進むかもしれない。どきどき。まあ、「いい本ばかりじゃないけど、悪い本ばかりでもない」というレベルではあるのだが、時ここに至って読んでみたくならなければミステリ・マニアとは言えないであろう。こんな話。
休暇中の歴史学者ディーンの元に、勤め先の校長夫人の遠い親戚である「黒衣の女」チョーク夫人が持ち込んだ事件。それはチョーク夫人の従姉妹であるアン・ラスボーンの失踪の謎を解いて欲しいという依頼であった。最初は気乗り薄だったディーンであったが、話を聞くうちに大好きな殺人事件の匂いを嗅ぎつけ興味を引かれていく。転地療養を表向きの理由として、半マイル四方に家一軒ない片田舎のバンガローに転居したラスボーン夫妻。従姉妹のアンを尋ねてチョーク夫人がその家に乗り込んだ時には、既にアンは失踪していた。言葉を濁すアンの夫ブライアムの態度を不審に感じたチョーク夫人は、財産目当てにブライアムがアンを殺害したという疑惑に駆られる。そして、なんと今度はブライアム自身が姿を消してしまったのだ!普段は、ディーンが殺人事件に嘴を挟むのを苦々しく思っているゴリンジャー校長も、今回は身内の事件、それも「健全な」失踪事件とあって、ディーンの出馬を快く認める。消えた夫婦が転居を繰り返していた事を突き止めたディーンは、それぞれの土地で聞き込みを続けるが、その土地毎に「全く別の女性」であるとしか思えないアンの評判に驚く。そして、彼等が最初に棲んでいた家の床下から頭蓋骨が掘り出された時、事件は「現代の『青ひげ』事件」の様相を呈してくるのであった。現われては消える変幻自在の夫ブライアムは凶悪な連続妻殺しなのか?そしてディーンが辿り着いた驚くべき真相とは?
一発大ネタの追跡小説。奇跡的なプロットが主眼となっているため、ディーンの調査がサクサク進みすぎるのが少々気にかかる。作者自身もその辺りが気になったのか、行く先々で抜群の記憶力とおっせかい魂の持ち主がいた事が幸運であったとディーンに言わせているのが可笑しい。ゴリンジャー校長やディーン家の住み込み家政婦スティック夫人とディーンのやり取りは爆笑もの。シリーズも第9作となるとその辺りの呼吸は心得たものである。作者のやりたかったことは非常によく理解出来るが、ではそれが推理小説として満足の行くものであるかどうかは評価が分かれよう。読めるだけで嬉しい読者はともかく、商業誌レベルで普通のミステリファンが読んだ時にどう感じるかを見極めたい。だから、どんどん出版してください。はい。(たまたま所持している原書に珍しくカバーがあったので、訳書ともども書影を貼っておきます。)


2000年10月16日(月)

◆いやあ、朝から笑った笑った。って、ストラングル成田さんの14日付小見出し。下の句を続けてみるとこんな感じかな?
♪読めない未訳書(ほん)が読みたくて(AH−)
♪読めない原書(ほん)を買いまくる(AH−)
♪本買いの声を聞かせてあげるよ
♪TRANSLATE 訳してゆけ
♪TRANSLATE どこまでも(WOW!)
お粗末様でございました。

◆新橋古本市の初日。昼休みに覗きに行くが、さしたるものは何もなし。1冊だけアート文庫で拾う。
「一九六四年版・推理小説年鑑(1)」日本推理作家協会編(東都書房:裸本)200円

◆都筑・法月トークショーには興味を持てず帰途に。結局私は、如何に好きであっても、作家さんご本人には余り興味がなくて、作品に興味があるんだよなあ。フクさんのレポートを見ると、二次会が楽しそうだったのでちょっと悔しいけど。そんなこととは露知らず、先日ミニ血風を出した家の近所のブックオフを定点観測。たいしたものはない。
「魔術戦士7」朝松健(ハルキ文庫)100円
d「魔犬召喚」朝松健(実業之日本社)100円
d「謀略追跡者 黒衣伝説」朝松健(大陸書房奇想天外NV)100円
d「恐怖推理」中島河太郎編(KKベストセラーズ)100円
「血」大原まり子他(早川書房:帯)100円
「世紀末サーカス」井上雅彦編(広済堂文庫)
d「虫」江戸川乱歩(講談社江戸川乱歩文庫)250円
d「十字路」江戸川乱歩(講談社江戸川乱歩文庫)200円
d「奇面城の秘密/夜光人間」江戸川乱歩(講談社江戸川乱歩文庫)300円
d「忍者枯葉塔九郎」山田風太郎(講談社大衆文学館)500円
朝松健がずらりと並んでいて壮観。効き目といわれるノベルズ2冊をぶっこ抜く。乱歩文庫と大衆文学館は「通りすがりの中3」さん向けに確保。お入用ならメールください>「中3」さん(私信)。掲示板でよしださんが答えてくれたように、おじさんたちは「復刊希望」よりも、こうやって地道に拾うのが楽しいんですよ。まあ、「復刊希望」しないと手も足も出ないゾーンもあることはあるのですけどね(氷川瓏とか、楠田匡介とか、鷲尾三郎とか)。


◆「ステンレス・スチール・ラットの復讐」Hハリスン(サンリオSF文庫)読了
「叢書全体が効き目」といわれるサンリオSF文庫の中では、ロン・ハーバート辺りと並んでよく見かけるシリーズ。それでも値段を付ける店では1000円ついていたりするところが「腐ってもサンリオSF」だったりするのだが。で、中身は別に腐っている訳ではなくて、ブンガク系・幻想系のセレクションが異彩を放つ叢書の中にあっては珍しい、言い訳無用のノンストップ・エンタテイメント。007やナポソロに通じる小気味良い戦争ピカレスクである。なんちゅうか、主人公<するりのジム>ことジェイムズ・ディグリッツのアテレコは山田康雄か、野沢那智でお願いします、って感じですのう。シリーズ第2作はこんな話。
前作で命懸けの真剣勝負の末、結ばれたアンジェリカと快調に銀行強盗をこなしていた<するりのジム>だが、遂に人生の年貢を納め(させられ)、身重の彼女を労うため「正業」に就くことを決意。お馴染みの「特殊部隊」に自ら出頭して「実行不可能な指令」に挑むこととなる。その任務とは、何故か経済的に割に合うはずのない「惑星間戦争」で連戦連勝、しかも勢いに乗じて「恒星間戦争」にまで乗り出そうという戦闘惑星クリアートンの秘密を探る事。ジムは軍用電子機器販売代理人に扮して、この重武装惑星への潜入を図る。アル中手前の宇宙軍士官を篭絡して、首尾良く軍に潜り込んだジムは、そのまま、ワープドライブで恒星間戦争の真っ只中に飛び込んでいく。女系社会の星ブラダをさしたる抵抗を受けることもなく占領していくクリアートン軍。ジムがその強さの秘密を知った時、軍の高官にして冷酷を以ってなるクライもジムの正体を見破っていた。危うし!ステンレス・スチール・ラット!
息をもつかせぬ謀略とアクションの連続。冒頭から、軽く一事件をこなして本編に入るという組み立てが007というか、ダーティー・ハリーというか。本編では、「恒星間戦争をペイさせる方法」という大きな謎が用意されているほか、様々な秘密兵器が小道具としてあしらわれており、男の子にとってのワクワクに満ち溢れた作品に仕上がっている。女虎の如きタフな嫁さんという設定も楽しく、SFであるという設定を除いても、この類いの軽スパイものの中で一風変った味付けに成功している。命のやり取りを描きながら全編を支配するユーモラスな筆致も嬉しい。法螺話はかくあって欲しい。シリーズに歴史があるので、読む場合は第1作から読んで下さい。お勧め。


2000年10月15日(日)

◆午前中2日分の日記を作成してアップ。昼からダンボール一箱分のSFをジグソーさんに発送かたがた、昨日えぐちさんに荒されたブックオフ船橋競馬場店へチャリを飛ばす。店の規模は、普通。1FがマンガとCD、2Fが文字の本という船橋市民にとってはお馴染みの構成。さすがに2日目となるとさしたるものはないが、まだ新規オープンの余韻はあった。買ったのはこんなところ。
d「死への落下」Hウエイド(教養文庫)100円
d「左ききの名画」Rオームロッド(教養文庫)100円
d「文豪ナンセンス小説選」夏目漱石他(河出文庫)100円
d「飾り窓の女」JHウォーリス(ポケミス)100円
d「ルーシーは爆弾持って空に浮かぶ」河野典生(集英社)100円
d「陽だまりの挽歌」河野典生(角川書店)100円
「欧米推理小説翻訳史」長谷部史親(本の雑誌社:帯)100円
「愛してるかいSF」新井素子他(みき書房)100円
「007号/孫大佐」Rマーカム(早川NV)100円
「SFとは何か」笠井潔(NHKブックス)100円
「サイコスリラー読本」HKミステリー班(KKベストセラーズ)100円
「ミステリBEST100ジャンル別BEST10」Oペンズラー(ジャパン・ミックス)100円
「ニューウェイヴミステリ読本」千街・福井編(原書房)100円
「クラゲの海に浮かぶ船」北野勇作(角川書店)100円
d「架空幻想都市(上)」めるへんめーかー編(ログアウト文庫)250円
市場店の方も回ろうかと思ったところへ雨が落ちてきたのでダッシュで帰宅。ああ、四山は片付いたと思ったら、また一山買ってしまったああ。「愛してるかいSF」がちょいと珍しい程度。「孫大佐」の元本は真鍋装画が嬉しい。文庫で買わなくてよかった。
◆昼飯を食べがてら積録してあった「ケイゾク」を視聴。第1〜3話。ミステリとしては基本だがテレビでは珍しい本格ネタをメインに据えていてそれなりに楽しめる。しかし暗い話ばっかりだなあ。TRICKの爽快感がない。中谷美紀ってやっぱり変な奴だ。野口五郎が「厭な奴」を演じているが物凄い違和感。似合わねえ事おびただしい。シリーズの裏設定がどのように展開していくのかがちょっと楽しみ。


◆「黒い奇蹟」大河内常平(圭文館)読了
30年代マイナー作家の異色作。通俗ハードボイルド系の作家だが、最近のこの作者の本の高騰ぶりにはうんざりする。実はこの夏にもとんでもない高値掴みをしてしまった。まあ、それはそれで納得づくの話なのだが、問題はそれに釣り合うだけの中身があるか否かである。幸いにも、この本は20年前に100円で拾ったものであり、多少外しても腹は立たないであろうと思い、手にとってみた。一読愕然。これは酷い。全編これ人種差別の固まり。「ちび黒サンボ」ですら生き残れない現在の日本の出版界においては、まず100%復刊は望み得ない作品である。言葉狩りを是とするわけでは決してないのだが、アフリカ人がアフリカ人であるがゆえに野蛮であるという書き方にはやはり生理的嫌悪感を禁じ得ない。こんな話。
旧華族の末裔・久慈信孝が、中央アフリカの小国アクラデ共和国大公館付き武官のバク少佐に初めて会ったのは、宮内庁管轄の鴨狩場であった。周囲の優雅なムードをぶち壊しにするバク少佐の傍若無人な蛮行に眉を顰める信孝。だが、運命の不思議は、彼を暗黒大陸の最深部へと誘うのであった。なんとバク少佐は信孝の亡父を求めて遥か極東の地に足を運んだというのだ。そして、信孝の妹が、アクラデ共和国の高貴な立場にあり、信孝との会見を望んでいるというのだ!異母姉妹の存在を真っ向から否定する信孝の母。しかし、それは却って信孝の冒険心を刺激する。長く外遊生活を送っていた貴族院議員の亡父の過去に迫るため、機上の人となる信孝。しかし同行するバク大佐は、機内で、立ち寄り先の街で、人を人とも思わぬ言動と蛮行を繰り返す。ナイロビについた信孝は、彼等を運んでくれた航空機の機長フエエデ宅に招かれ、あろうことか美人スチュワーデスのシモンヌを信孝たちの旅に同行させて欲しいと頼まれる。酔狂にも程があると思いつつも、シモンヌに仄かな恋心を抱いていた信孝はこれを承諾。白人コンプレックスを持ちながらも、シモンヌに過剰な性的興味を抱いていたバク少佐にも異論はない。かくして、アフリカの最深部へとジープの旅は始まった。そこで彼等を待ち受ける「暗黒のアフリカ」の驚異と罠とは?
30年代の秘境もの。人権糞食らえの戦前ならいざしらず、昭和38年にこの人種差別の百貨店のような作品を上梓した作者の時代感覚のなさに呆れる。更に、この話、なんのひねりもないのである。ただ、貧しくも「愚かな」アフリカの中を義理の妹の待つ王宮へ向って、そこから脱出するというだけのお話。まあクライマックスに向けてそれなりの盛り上げはあるものの、スケールの点で、戦前の秘境モノには遠く及ばない。どこまでも矮小なる人間像に暗澹とした気持ちになる「過去の遺物」である。最近では5桁近い値段になるとも聞くが、それは単に復刊が望めない希少性によるものである。とほほ。まあ、ゲテモノ好きの方はどうぞ。


2000年10月14日(土)

◆お蔭様で、昼過ぎに9万アクセスを突破しました。どうもありがとうございます。これも皆様方のお蔭であります。一周年の時にはちょいと荒れましたが、これからも「少し濃い」人々に楽しんで頂けるサイト作りを心がけて参りますので、また遊びに来てください。今後ともよろしくです。
◆昼前に帰京。天気もいいので、荷物をコインロッカーにぶちこんで池袋、高田馬場、新大久保定点観測。大したものは全然ないが、相変わらず量だけは買う。
「さらば理由なき抵抗(上・下・続)」前原大輔(スケバン文庫)各214円
「スケバン(正・続)」前原大輔(スケバン文庫)各214円
「さらば格子なき牢獄(上・下)」前原大輔(スケバン文庫)各214円
d「Yの悲劇」Eクイーン(創元推理文庫:初版)10円
「なぞの娘キャロライン」ELカニグズバーグ(岩波少年文庫)100円
d「たそがれの地球の砦」ムーア&カットナー(ハヤカワSF文庫)20円
d「ミッドウェイ水爆実験」Mルブラン(創元推理文庫)50円
「GOD」井上雅彦編(広済堂文庫:帯)380円
「宇宙生物ゾーン」井上雅彦編(広済堂文庫:帯)480円
d「貴婦人として死す」Cディクスン(ハヤカワミステリ文庫:初版)67円
「ハリスおばさんモスクワへ行く」Pガリコ(講談社文庫)67円
「ハリスおばさん国会へ行く」Pガリコ(講談社文庫)67円
「海辺の一日」Hヘールマス(角川文庫)67円
d「水玉模様の夏」Hリーバーマン(角川文庫:帯)67円
d「猫」Gシムノン(創元推理文庫:帯)67円
「超人髯野博士」夢野久作(春陽文庫)260円
d「太陽系無宿」Aギルモア他(ハヤカワSF文庫)67円
d「仕立て屋の恋」Gシムノン(ハヤカワNV文庫)67円
d「宇宙大密室」都筑道夫(ハヤカワJA文庫)67円
d「怪盗ニック登場」EDホック(ポケミス)67円
「死せる魂」Iランキン(ポケミス:帯)900円
わっはっは、ついにスケバン文庫にまで手を出してしまったああ。7冊も固まってあるからいけないんだあ。「続スケバン」の表紙が笑えます。「Yの悲劇」初版は10円だったのと、月末のEQFC全国大会のオークションにでもと思って拾ったのだが、な、なんと、今回はオークションはないのだそうな。おいおい。そんなんありかよ。大会の楽しみの6割ぐらいはオークションなんだけどなあ。ぶう。イアン・ランキンはピカピカの新刊がもう半額で買えてしまった。ううむ、900円の節約となると、つい買ってしまうよね。ポケミス2000円時代も間近な今日この頃、自衛手段としてやむを得ん。それにしても、改めて見ると我ながら厭になるデタラメな買い方。明日こそSF関係を一括で処理しちゃうぞ。

◆本屋でようやくとり・みきの「石神伝説」が3巻並んでいるのを見つけて即購入の即読了。マンガ調のキャラが浮きまくるシリアスな伝奇SF。なるほどこれは傑作の手応えがある。しかし、大破壊の直前で事が収束するというプロットの連続には欲求不満が溜まるなあ。
◆Dフランシス夫人逝く。「もう手紙以外書かない」のですかそうですか。「書けない」のではないのですね?オール書簡で綴る競馬シリーズってなのはどうでしょう?

◆「グランドホテル」井上雅彦編(広済堂文庫)読了
異形シリーズ第9弾。帯に麗々しく「初登場!京極夏彦」と謳っているのが、京極人気の程を示しており、確かに出版当時、ニフテイの推理小説フォーラムでは、随分と京極板の方が騒がしかったのを思い出した。が、この作品集は京極夏彦を抜きにしても異形シリーズの中で最も書き下ろし競作集としての完成度が高い。即ち、初めて「設定縛り」を掛けているのだ。「都内から程遠からぬリゾートに建つ百年の歴史を誇る名門ホテルでヴァレンタインの夜に起きる怪異」。やはり競作集は一定の縛りがあった方が夫々の作家の特徴が際立つような気がする。井上雅彦のプロローグとエピローグも普段以上の精彩を放っているのではなかろうか。以下ミニコメ。
「ぶつかった女」よくあるネタのコンビネーションだが、運びは悪くない。絶望の深さが沁みる。
「探偵と怪人のいるホテル」浪漫派名探偵を書かせると巧いね、この人は。一瞬、怪奇小説であることを忘れてしまった。このままこの世界がもっと続いて欲しいと思わせる佳作。
「三階特別室」典型的なホテル怪談。どこにも新しさを感じない。まあ、こういうのが一つあってもいいか。
「鳥の囁く夜」タルホ調のホンキイ・トンクな怪異譚。楽しく読めた。結語が巧い。
「To-o-ru」よくあるサイコもの。所詮ミステリの書き手ではない。
「逃げようとして」運びは巧く、追う者と追われる者がサスペンスフルに描けてはいるが、設定はありきたり。もう一ひねり欲しい。
「深夜の食欲」短いが物凄く怖い。この作品集で一番怖い。小道具の使い方が実に巧い。この人(恩田陸)は怪奇小説の書き方を知っている。
「チェインジング・パートナー」キャラクターの書きこみといい、多重視点の筋運びといい起承転結の王道を行く小説。堅牢にして華麗な建造物を思わせる名作。
「Strangers」イラスト集。この人の書く冷たい美人画は大好きである。
「厭な扉」出ました!京極夏彦。主人公虐めの巧みさはこの現代モノでも健在。不幸な主人公が縋りついた都市伝説と因果の連環を描いた騙りの芸術。巧いなあ。
「新鮮なニグ・ジュキペ・グァのソテー、キウイソース掛け」設定の一つに「なぜかフレンチレストランはない」というのがあったらしい。所謂「特別料理」ものなのだが、生理的不快感をユーモアでくるんだ作者の底意地の悪さに戦慄する。笑い飛ばすには、あまりにおぞましい「死に至る食卓」である。題名のセンスが最高だあ。
「ヴァレンタイン・ミュージック」短調で綴られた作品が多い中で異彩を放つアップテンポの長調で奏でられる幽霊譚。ミュージシャンの日常がヴィヴィドに描かれていて楽しい。
「冬の織姫」作者らしい、論理とホラーのアンサンブル。無味乾燥な合理的解釈よりも、詩情溢れる恐怖譚を採りたい。
「雪夫人」雰囲気と貫禄だけで仕上げた作品。文字化けは怖いが、それだけ。
「一目惚れ」救いようのない悪意と食欲の物語。語り手の視点が明らかになった時に恋愛小説であったことが判るのだが、それにしても、あんまりだ。
「シンデレラのチーズ」ありきたりのパラレルワールドもの。戦闘シーンは漫画的ではあるがなかなかの迫力。こういうのも書けるんだ。
「うらホテル」一人称で騙られる絵画奇談。仕掛けそのものよりも「自画像しか売れない画家」という設定が一番怖かった。
「運命の花」お耽美な写真集&ポエム。雰囲気十分。非常に危ない世界である。思わずホッチキスで閉じたくなる。
「螺旋階段」映画的幻想譚。訳が分からん。幻想小説が体質に合わないことを再認識させられた。
「貴賓室の婦人」遊園地のお化け屋敷的宝石奇譚だが、軽い。
「水牛群」不思議小説。作者のナイーブさが切実。「伯爵」との友情が泣かせる。巧い。
「指ごごち」作者の叙情派の面が出た佳作。しなやかに民話を料理してみせた。バイオレンスホラーがあれ程に売れなければ、名幻想作家として歴史に名を残したであろう。
「チェックアウト」典型的な内輪受けだが、今回はこの企画に敬意を表して褒めておきます。編集、お疲れ様でした。素晴らしいアンソロジーをありがとう。


2000年10月13日(金)

◆業界の集まりで宿泊出張。昼間に会社傍の古本屋で拾った1冊のみ。
d「残酷な方程式」Rシェクリイ(創元推理文庫)100円


◆「ウエディング・ドレス」黒田研二(講談社NV)読了
第16回メフィスト賞受賞作。「名前は黒だが、ネットじゃ老舗」。平素は「なまもの夫人の日記」で変態呼ばわり、傍若無人の<大人の玩具>状態の作者であるが、さてそのお手並み拝見と手にとってみた。というか、最近の氏の掲示板のやりとりで氏がクイーンを殆ど読んでいないと云うことを知ったために、「クイーンを読んでいない人が、どんな推理小説を書くのか、無性に読んでみたくなった」というのが正直なところである。で、結論から言うとこれは結構イケる。クイーンすら読んでいないのだがら、勿論バリンジャーだって読んでいないのであろう、となるとこれは「貫井徳郎」ですかね。こんな話。
ある愛の詩。何をやってもグズでノロマな亀のような私、祥子にも人生の春が巡って来た。映画会社に勤める話し上手のユウ君が私にプロポーズしてくれた!母と二人きりで生きてきた私。母を失い、失意の底にいた私に手を差し伸べてくれたユウ君。母さんの残してくれたウエディング・ドレスを着て、私お嫁にいくね。母さんの分まで幸せになるね。一方、ユウ君はユウ君で、祥子にプロポーズを受けてもらえて有頂天。双子の兄の失踪や、祥子がふと見せる翳が気にはなるけれど、そこは二人の愛でなんとかなるさ。しかし二人きりの結婚式当日、悲劇的並行宇宙への扉は開かれる。花婿を失った花嫁、花嫁を奪われた花婿、混沌と錯綜の彼方で二つの魂はすれ違う。凌辱は時空を歪め、猟奇は光と影の罠を張る。謎が謎を再生産し、追跡者が誓いの場所に集う時、愛の力は陰謀を裁く。
全編これ仕掛けの固まり。相当すれっからしの読者でも、その力技に唸らされる事まちがいなし。「ためにする」設定が不自然極まりないのは、この際、問うまい。ハーレクインロマンスの素地に、AVのスパイスを効かせて、叙述トリックの極北にチャレンジしながら、大技の物理トリックも用意した作者の心意気は賞賛に値する。ご立派。クイーンを読まずとも推理小説は書ける!


2000年10月12日(木)

◆昼休みに、膳所さんへの交換本を発送方々、近所の書店で新刊買い。
「絢爛たる殺人」芦辺拓編(光文社文庫・帯)743円
「ウエディング・ドレス」黒田研二(講談社NV:帯)840円
芦辺本はまさに入魂の編集。この本が文庫で読めるというのは実に壮挙である。山前解説も気合が入っていて吉。探究に力が入ろうというものである。収録作の初出を見る限りでは、8割は入手済みだがいずれも未読。真面目に読まなきゃね。古雑誌は電車じゃ読めないが、これなら読める。さあ、じゃんじゃん出してくれい。後は、遅れ馳せながらくろけんさんの本を購入。改めて沢田研二と一字違いであることに気がついた。「一字違いじゃがしょうがない」(特に意味はない)。ところでこの帯の字って、たちまち剥がれません?既に背の名前が殆ど読めないんですけど。

◆西大島・南砂町定点観測。実に久しぶりのような気がする。
d「西北西に進路をとれ」鮎川哲也(集英社文庫)200円
d「奈落殺人事件」戸板康二(文藝春秋)100円
「棺の花」水上勉(東方社:函)100円
「塗りこめた声」曽野綾子(桃源社)100円
うーむ、無敵の棚本伝説は健在だなあ。清張の「霧の旗」「わるいやつら」初版函なんてものが無造作にあったりするもんなあ(スルーしたけど)。「奈落殺人事件」は所持本がボロなので嬉しいところ。鮎哲集英社文庫が揃う。スターターセットはますます充実していくのであった。現在40冊。あと10冊は頑張りたいところ。既に河出文庫の2冊と「悪魔博士」があったりするところが、いいでしょ?いいと云って。

◆帰宅するとMZTさんから、もう交換本が届いていた。うわっ、仕事はえーー!
「SFマガジンベスト1988」(ハヤカワJA文庫)交換。
というわけで、SFマガジンベストも揃う。交換本、週末には送ります。ゴメンナサイゴメンナサイ。(なんか毎日、謝っているような)

◆あ、「WEB本の雑誌」からリンクしてもらっている。「銀河通信」と「ガラクタ風雲」に挟まれてちょっと幸せだぞ。と、思っていたら「ガラクタ風雲」にもリンクページが!!よしださん、それ褒め過ぎ。っていうか、掲示板にレスつけなさい、というプレッシャーですな。頑張らねば。小林文庫オーナーも復活した事だし。

◆「多重人格探偵サイコ1情緒的な死と再生」大塚英志(角川スニーカー文庫)読了
大塚英志の話をしよう。
美少女趣味の仕掛け人であり、オタクの理論的精神的支柱として、時代の混沌の中にあった小太りのネガネ男は、ちゃっかり、贔屓の「美少女漫画」家と人生のタッグを組んでしまう。ただのオタクではない。筋金入りのオタクである。彼は言う。
「90年代は語り尽くされた」と。
だが大塚英志自身、その語り部の一人であった事を僕たちは知っている。そして、彼がその才能を時として創作に発揮してきたことも。これは、そんな大塚がマンガとジュヴィナイル叢書と大人向けノヴェルズと更にはテレビで少しずつ位相をずらしながら展開している「バーコード付き眼球を持った者どもの記録」。彼は、どこにもない90年代を騙ることで、貪婪なる語り部としての自分を完成させようとしている。
さあ、物語をはじめよう。

小林洋介は、自分の恋人を壊した連続殺人犯を射殺した警察官。その事件を挟んで、刑が確定し最初に入所したT刑務所での奇妙な「賭け」を巡る物語と、彼の恋人が壊されるまでの顛末が交互に語られる。事件以来、自分は「雨宮一彦」であると主張しつづけてきた「小林洋介」。だが、性根の腐った看守を怯えさせ、「賭け」の胴元でもある牢名主的オカマを感服させたのは、更に別の人格である「西園伸二」であった。死に至る運命を定量化し賭けの対象とする閉鎖社会。神がいかさまの賽を振る時、西園は静かに嘲う。夢の中で、愛すべきトルソは甘く囁き、狂気のスイッチが入る。電網の向こうにある悪意の正体は、ルーシー・モノストーンに聞いてくれ。
謎の多層的構造に酔うサイコ・サスペンス。シリアルキラー対プロファイラーという「使用前」の物語と、不可能趣味溢れる獄中賭博という「使用後」の物語を追ううちに、カルト・ミュージシャンをモチーフにした、大掛かりな悪意と狂気の構図が浮かび上がってくるという構成が凄い。登場するキャラクターたちの壊れ方がなんとも「現代」であり、作者のシニカルな人間観察力が遺憾なく発揮されている。メディア毎にシリーズの位相をずらし、受け手に謎を再生産させるところもしたたかである。英訳されて、世界に紹介されるとセンセーションを巻き起こすかもしれない可能性を秘めた作品ではなかろうか。評論方面の成果は小難しくて付いていけないのだが、やるではないか、大塚英志。


2000年10月11日(水)

◆「WEB本の雑誌」へのリンクを張るついでに、少しだけトップページをいじる。ちょっとだけiモード対応ですな。
◆ちょっと残業。風邪気味だったのと慢性的睡眠不足解消のために真っ直ぐ帰って寝る。膳所さんから交換本到着。あ、しまった遊び呆けて発送を忘れていた。ごめんなさいごめんなさい。
「八十日間世界一周」Jヴェルヌ(東京創元社ロマン全集)交換
「最後の一人まで」Zグレイ(中央公論社)交換
聞きなれたヴェルヌは、併載のルヴェル短編集狙い。聞きなれないグレイは中公から出ていたペーパーバックウエスタンというシリーズの1冊。ううむ、こんなシリーズが出ていたのかか。9日の古本ツアーでよしださんが「ハーレクインとかの中に埋まっている」と云われてた奴ってこれなのかな?いやあ、これはハーレクインの中に混じっていたら絶対判りません。どこにあっても目立つマック・ボランとはえらい違い。珍しいものを見せて頂きました。


◆「ゲッタウェイ」Jトンプソン(角川文庫)読了
私的印象としてはスティーヴ・マックイーンであり、サム・ペキンパである。あくまでも映画が先に立つ。つい最近まで、この作品が今をときめくJトムプソンの作品である事を知らなかった。それを知らなければ、改めて探究もしなければ、こうして電車の友とする事もなかったであろう。70年代、がちがちの本格推理小僧であった私は映画化に併せて本屋に多数並んでいたこの本を見て「死んでもこんな本は読まねえぞ」と心に誓っていた。その青い刷り込み故に、以来、幾度となく古本屋で見かけてもスルーしてきた本である。角川文庫の白背海外ものであれば、とりあえず手に取ってみる男とも思えぬ所業である。まっこと、刷り込みというのは恐ろしい。
で、この作品であるが、男盛りの天才的な犯罪者ドクと彼に犯罪の楽しさを叩き込まれて地味な図書館司書からいっぱしの女悪党に変えられてしまったその妻キャロルの逃避行(ゲッタウエイ)をアップ・テンポで描いた暗黒犯罪小説である。主たる犯罪は、銀行強盗。数名の仲間とともにこの荒事を成し遂げる彼等。猜疑と裏切り、冷血と熱情、完璧と破綻、逃げまくり、殺しまくる二人。奇妙な「友情」が彼等に手をさしのべ、捩じれた愛憎が偽りの楽園に燃える、てな話なのだが、とにかく展開を楽しむべき作品なので、梗概を紹介するのはヤボの極みというものである。
主人公の冷血ぶりにはスタークの悪党パーカーを彷彿としたが、実はこちらの作品の方がパーカー第1作の「人狩り」よりも3年早い。ウエストレイクがこの作品をどう読んでいたのかは気になるところである。とりあえず個人的にはパーカーよりもドクとキャロルの方が好みである。一つに二人が「育ちが良い」というところにトムプソン一流の悪意を感じてしまうのだ。ドクの父親は万人の人気者、キャロルの両親も実直で平凡な人々。悪の快楽に染められてしまう美貌の図書館司書というだけで、これはもうモロに「ツボ」である。更に、パーカーが「究極の悪」として妻からも裏切られるのに対して、ドクとキャロルは、愛と猜疑のエッジに立ちつづけるところがなんとも「恋愛小説」でもある。ほんの小さなエピソードとして挿入される獣医夫婦の「地獄」も切実に痛い。最後の舞台設定が、歯がゆい(まあ、この楽園からの逃避行で「ゲッタウェイ2」が作れそうではあるのだが)以外は楽しく読めた。本格推理主義者には徹底的に向かない悪と愛のファンタジー。軽快に読み飛ばすのがお作法というものであろう。