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2000年10月10日(火)

◆3連休遊び疲れ。駅ワゴンを二駅分覗くが、これという本なし。銀河通信コンビのお店で新刊を購入。
「御用侠」山田風太郎(小学館文庫:帯)640円
「永久の別れのために」Eクリスピン(原書房:帯)2200円
「SF JAPAN」2000年秋季号(徳間書店)1500円
「ののちゃん8・9」いしいひさいち(チャンネル・ゼロ)各450円
ああ、やっとクリスピンを見つけた。これまた地味な表紙だねえ。風太郎本は「d」がないのでお分かりのように未入手だったもの。これで長篇に関しては「創世記」を待つばかり。「SF JAPAN」はクソ高い雑誌だなあ。長篇一挙掲載もない、海外作品もない、鶴謙描くエマノンもない本は買うのやめちゃうぞ。2冊同時発売!の「ののちゃん」を買っていたら、生ダイジマンを見かける。声を掛けたら「お、まともな勤め人姿じゃないですか」と憎たらしい事を云うので「へん、そっちこそちゃんと働いてんじゃん」とへらず口を叩いたらお釣を貰うのを忘れかける。この鳥頭め。くえーーっ、くえっ。

◆「本の雑誌」のM女史から、WEB本の雑誌との相互リンクの依頼が来る。何故か、電話で来る。何故、電子メールしないのかな?まあ、電話なら相手がいれば即断即決ではあるのだが。ちょっと謎。相互リンクの件については快諾。とりあえずトップページからの簡易リンクでおいておきますかね。

◆「うしろのしょうめんだあれ」鎌田敏夫(ハルキホラー文庫)読了
鎌田敏夫という名前を始めて認知したのは角川文庫の「刑事珍道中」のノベライズだったであろうか。続いて目に付いたのが「新・里見八犬伝」のノベライズ。というわけで「ああ、ノベライズの人なんだ」という認識が先にあり、一連の青春ドラマの名脚本家であった事を知ったのは「29歳のクリスマス」(山口智子がいいんだわ、これが!)の大ヒット時。名脚本家必ずしも名作家ならずというのは長坂秀佳や野沢尚といった乱歩賞作家が証明してくれているが、本日の課題図書には素直に感心した。いやあ、これは怖い。怖いうえに良く出来ている。ミステリマニアの鑑識眼にも耐える二枚腰のホラー・ジャパネスク。読むのであれば、初見で読む事を強くお勧めするので、以下の感想は読後にお回してくだされ。

夜の驟雨。柔らかい土の下から、黒髪が現われる。ぞろりとした身なりの美女が山中を彷徨する。わたしはいったいだれなのだろう?その姿を見たものは驚愕し、声を聞いた者は絶句する。やがてやってきた警官に保護され、衣装をあらため街に向う私。その途上で、操りの殺戮劇は演じられ、記憶の館に恍惚と恐慌は待つ。そして私が、光を持たぬ者の背後に立つ時、哀切な<二重奏>の物語は始まる。愉悦と憎悪、解放と憑依、弦と鍵、光と闇、性と愛、縺れた核酸の螺旋は時を超え、人形は密やかに微笑む。甦る旋律は、白き蛇性の証。あの女はなんなの?そしてわたしはいったい?
「家」の犠牲になる女、「家」そのものである女、「家」を捨てる女、「家」に復讐する女、「家」に脳漿の匂いを嗅ぐ女、様々な「家」と女のかたちを描いた傑作ホラー。そこにまつろう男は彼女たちを闇色に彩る道具に過ぎない。多層的なプロットを徐々に組み上げ、ほぐしていく手際が実に見事な小説である。綺麗に着地を決めつつ、しかも余韻を残すラストにも感心。この本が文庫書き下ろしで読めるのは極めてコストパフォーマンスが高い。古本で買ってゴメンナサイ。


2000年10月9日(月)

◆おお、あなたま掲示板と小林文庫オーナーが復活している。これは、めでたい。
◆雨。萎える気力を奮い起こして浦和コルソ古本市初日に参戦。終了後、よしだまさしさんがわざわざ車を出して、浦和界隈の古本屋をご案内して頂けるというのでイソイソと出かける。現場到着、会場15分前。ああ、先頭集団はいつのも「3人組」(つまり彩古さんに、女王様に、森さん)だよー。いやあ、ご熱心な事です。私は第2集団でのんびりとよしださん、土田さんと共に7F会場へ向う。一軒、ノベルズの少し古いところを大量出品しているお店があって、見ていて飽きない。最初、山田風太郎のポケット文春他を大量に抱えこむが、リリース。次に都筑道夫の桃源社版をこれまた大量に抱えこむが、結局にリリース。あれこれと「三人組」に回してもらって最終的な買い物は以下の通り。
「歴史ミステリ」南條範夫編(新風出版社)300円
「推理ノート」宮川弘(東洋書房)300円
d「第112計画」佐野洋(東都ミステリ)300円
「疲労と睡眠」林たかし(筑摩書房)300円
d「人形はなぜ殺される」高木彬光(講談社ロマンブックス)300円
「奥様お耳をどうぞ」水谷準(あまとりあ社)1500円
「あなたは酒がやめられる」Hブリーン(早川書房)300円
「東京淫夜」谷戸田肇(人間書房)300円
「アイヌ奇譚集・マリモの恋」岡荘太郎(森脇文庫)300円
「毛のある蛙」船知慧(群雄社出版:帯)300円
「ピクウィック・クラブ(上・中・下)」Cディケンズ(ちくま文庫)計1200円
d「殺人交叉点」Fカサック(創元推理文庫:帯)300円
「うしろのしょうめんだあれ」鎌田敏夫(ハルキホラー文庫:帯)250円
「遥かなる地平@、A」Rシルヴァーバーグ編(ハヤカワSF文庫:帯)計700円
「スヌーピー全集1,3」CMシュルツ(角川書店:帯)計800円
はあ、なんだか訳も分からずエロ系の本や「変」な本を買いこんでしまった。まあ、それほどにとある棚が楽しかったってことで。ディケンズとスヌーピー全集が本当に嬉しいところ。ピカピカの新刊の帯付きも大量に半額以下で並んでおり、電車賃を浮かすつもりで何冊か掴む。4Fでお茶して古本話にうち興じる。主にオークションや、「本を読む」話。噂の「襤褸の中の髪と骨」については、彩古さんが徐に川口文庫から救済オファーがあったとかいう話で昭和41年出版の後版を取り出す。おお、そっちの美人画の装丁の方が好みなんだけどなあ。
◆激しくなりだした雨の中、仕事があるという森さんを除く総勢7名でリサイクル系を3軒アタック。最初のブックオフで、よしださんと土田さんがバローズを仲良く分け合っていたのが印象的。私の拾ったのは以下の通り。
d「ウェインズ氏の切り札」SAステーマン(教養文庫ミステリボックス)100円
d「キャンティとコカコーラ」Cエクスブライヤ(教養文庫ミステリボックス)100円
「バンクーバの悪夢」Eウィルソン(偕成社ミステリー文庫)100円
「時空間の剣鬼」宮崎惇(双葉NV)100円
「デルフィニアの姫将軍」茅田砂胡(大陸NV)100円
わっはっは、遂にヤフーオークションで一時期とんでも価格がついていた茅田作品に遭遇する。今となっては、元版にこだわる人以外には無価値な本だが、それはそれで嬉しかったりするところが度し難い「古本者」である。遅めの昼食をとって、3時半に一旦解散。その後、有志4名でカラオケでビール片手にアニソン大会2時間半。いやあ、スカッとしたあ。結構な3連休でございました。とか、チンタラ書いていたら、既によしださんが即日版の詳細日記を上げておられた。ううむ、こりゃあかなわん。


◆「土曜日ラビは空腹だった」Hケメルマン(ポケミス)読了
「神様、仏様、新庄様!」というような多神教の国に住んでいると、厳しい戒律に縛られた信者というものが奇異に映る。中でも「ユダヤ教」の信者たる「ユダヤ人」というのは、2000年ぐらい昔から、西洋史の裏表で主役を演じてきた人々でありながら「西洋ではない」という印象が強い。断食してみたり、割礼してみたり、宗教的食い合わせがあったりで、どこか砂漠の匂いのする民族である。そこで、このMWA受賞作にしてシリーズ2作目を読むと、そんなユダヤ人にもいろいろある、という事がよく分かる。商売と宗教を巧みに両立させようという集会会長、天才的な記憶力と応用力を持つ主人公たるラビ・スモール、学はないがユダヤ教を心の底から信仰し身体で理解する老富豪等など。読み終わってみると、ユダヤ教も悪くないじゃん、と思えるから不思議。ただ物語の性格上、今回もラビは、その信じるところにより絶対的な危機に晒される。ドクター刑事クインシーが、常に時間との闘いを強いられるように、ラビ・スモールも、その天才をやむをえず殺人事件の解決に動員しなければならなくなるのである。なんと彼は、第一子の誕生を間近に控え、失職の危機に見舞われるのである。こんな話。
ゴダール技術開発研究所の科学者アイザックは、金曜日の夜遅く自宅のガレージで死んでいるのが発見される。死因は一酸化炭素中毒。アルコール中毒であった彼の死体の脇にはウオッカの壜が転がっていた。彼はマンハッタン計画に関わった事もある優秀な科学者でありながら、最近は勤め先でのミスが目立ち、翌週には解雇される予定であったのだ。果して彼の死は事故なのか?あるいは自殺なのか?ユダヤ人でありながら宗教心の至って薄いアイザックであったが、彼の年若き美貌の妻パトリシアはせめてその同胞と共に葬って欲しいという願いをラビの元に持ち込む。ラビ・スモールはそれを快く承諾し葬儀も滞りなく終った頃、街に保険会社の調査員が乗り込んできた事から事態は急変する。調査員は自社の利益のために「自殺の可能性」を追求するのだが、それが自殺を認めない敬虔なユダヤ教信者である老富豪ゴラルスキーを刺激する。「自殺者を亡妻の眠る墓に葬るとは何事か。」彼からの新たな礼拝堂の寄贈を期待していた集会会長は、この窮地を逃れるために贖罪の山羊としてラビ排斥に動き出す。身重の妻を抱え、重大な選択を迫られるラビ。そして、彼はしぶしぶながら事件に関わり、手始めに、アイザックの死が自殺でも、事故死でもありえない事を証明してしまうのであった。一転、殺人事件となったアイザック殺しの真相や如何に?そしてラビはこの絶対絶命の窮地を脱する事ができるのか?
ユダヤの大祭である「贖罪日」を巧みに事件の背景に織り込み、端正なフーダニットの伏線を張る作者のしたたかさ。ミステリを読みなれた人であれば、犯人の見当は容易につくであろうが、論理的な詰めまで完璧に再現するには相当の精読が必要とされる。ガチガチの「九マイル」本格主義者からは、短編のネタを、ユダヤ社会を情味豊かに描いた作品のそこかしこに少しずつ植え込むという作者の作劇法を「水増し」と批判する意見もあったが、やはりこの作品は清々しい。老富豪とラビの問答なんぞ「天晴れ」の一言である。ラビとその良妻であるミリアムとのやり取りも実に微笑ましく、彼等の第一子の誕生を心から言祝ぎたくなるのは私だけではあるまい。MWA受賞も多いに肯ける傑作である。お勧め。


2000年10月8日(日)

◆ううう、二日酔の余韻に浸る1日。朝起きたら、ゴミ出しも済んでおり、パンを食い散らかした跡がある。全く記憶がない。結論、「ちゃんぽんは怖い」。結局、総武線に定点観測を掛けたのみ。
「ショパンに飽きたらミステリー」青柳いづみこ(国書刊行会:帯)450円
d「謎の大陸アトランティス」デル・リー(角川文庫)30円
「災いの黒衣」Aペリー(創元推理文庫:帯)200円
d「インキュバス」Rラッセル(ハヤカワNV文庫)200円
後は本屋で1冊購入。
「ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件」JLボルヘス&ABカサーレス(岩波書店:帯)1800円
なぜか「岩波文庫」だと勘違いして探し回る。どうも新刊書店は勝手が違って困りますのう。クリスピンは未だに発見できず。千葉って田舎なのかなあ。

◆積録のテレビチャンピオン「少年漫画王選手権」を視聴。いつもながら、選手達の博覧強記ぶりに唖然とする。一体この人達は何回繰り返してマンガを読んでいるのだろうか?引き続きリアルタイムで「特命リサーチ200X」の2時間スペシャルをうたた寝しながら視聴。アメリカでの徹夜の連続による取材が圧巻。しかし、まさか2時間スペシャルが次回に「引く」とは思わなんだ。こんなんありでしょうか?第一でナイト?「頂けません!」「頂けません!」

◆「犯行現場」川崎朝彦(私家版・コロニー印刷)読了
作者は九州の地方誌「九州人」にてデビューした人らしい。もう一冊「天草五橋殺人事件」という作品集があって、デビューに纏わる話はそちらに記載があるが、時代的にはこちらの作品集の方が1年早く上梓されている。55歳にしてデビューというから相当遅咲きの人である。その後、中央で作品を残したという話は寡聞にして聞かない。ご存知の方があれば、ご教授頂きたい。北海道のくまブックスばかりが、マイナー珍本でなはい事の証明に南の代表として手にとって見た。この作品集には7編が収録されており、ツイストの効いた倒叙ものから、幻想的な因果話、ユーモラスな戯曲など色々なパターンにチャレンジしてみた稚気は評価でき、中には、かなり出来の良いものもある。作中に「コロンボのような」という表現が出てきたりするのはアマチュア剥き出しではあるものの、如何に1980年当時、コロンボが日本人の常識になっていたかという証拠と読めば腹もたたない(現に、戸板康二もやっている事でもあるし。尤もあちらは「犬」の話ではあるが)。以下ミニコメ。
「時効」警察に届いた一通の手紙。それは、15年前の二人の若者の事故死の真相を記した主婦の告白書であった。強姦、妊娠、自傷、事故死という哀れな一生を終えた姉の仇を討つ過程を克明に述べたその告白書が、当時の捜査官に届けられた時、新たな裁きが下される。小味だが気の効いたツイストがあって、読後感爽やかな「社会派」倒叙推理にしあがっている。この作品集のベスト。
「あすの夕刊」明日の夕刊を夢見る事ができる能力を得た男の悲喜劇。これはもろにFブラウン辺りのパクリ。習作のつもり書いたのであろう。
「犯行現場」私立探偵が尾行した男が、その翌日死体となって発見される。といえばメイン・プロットはお分かりであろう。まあ、そんな話である。コロンボのような刑事は出てくるが、最後が今ひとつ決まっていない。
「刑事さんごめんなさい」バーのホステス宅を訪れる刑事。その前夜の彼女の客が曖昧宿で奇妙な死を遂げたという。だが、ホステスは刑事に対して驚くべき申し開きを行うのであった。なんとも「トンデモ」な話。読者さんごめんなさい、だよ、こりゃ。
「東洋鬼」戦時中に、心ならずも中国人捕虜を処刑した男が呪われた最期を遂げるまでを描いたストレートな怪談。余り怪談向きの文体ではないので、怖くない。
「精霊船」いわゆる「プロバビリティの殺人」もの。果して男は恋敵を抹殺したのであろうか?リドルストーリーではあるが、結語の余韻はなかなか良い。九州ならでは。
「宇佐美夫人のウイスキー・ボンボン」病身の富豪夫人の付き添い看護婦が毒入りボンボンを食べて死ぬ。多すぎる動機と少なすぎる機会を追うのは、新たに雇われた運転手。軽妙な台詞まわしが楽しい戯曲仕立ての作品。渇いたユーモアが吉。
総論:とりあえず、こんな作家もいらっしゃった、という事で。


2000年10月7日(土)

◆今日は自宅で軽オフ。しかし、参加者の年齢が凄い。なんとこの私が最年少。4人併せて190歳(推定)というとんでもない年配者の集まり。つまり、軽・老オフとわけである。鎌倉の完本主義者・奈良さんに、ROMの必殺手伝人・須川さん、そして「<牛殺し>の異名をとる伝説のネットファイター愛・蔵太さん。奈良さんと愛さんが初のお運び。ぐおお、これは濃い、濃いですぞおお!2時頃からぼちぼち集まって開宴。食料・飲料とも大量に持ちこんで頂き、ホストは皿に盛りつけるだけ。ラクチン、ラクチン。「いやあ、昼ビールはいいんだ」とのっけからオヤヂモード爆発。煙草吸う、吸う。ビール呑む、呑む。「何から『この道』に入ったか?」「過去、1冊の本に支払った最高価格は?」「で、貼雑年譜は誰が買うねん?」「探偵小説の『バブル』について」「死んだら蔵書はどうするの?」「創元推理文庫のマークについて」「はてなおじさん」「クイーン、偉い!」「ガードナー面白い!!」「ふっふっふ、84冊目のペリー・メイスンの長篇だよーん」「森事典の同人誌バージョンで人生変った・わしも・わしも」「森さんって、どこの商社にいたんだっけね?」「これが、くまブックスだ!」「北欧ミステリーシリーズのどこがシリーズやねん!?」「ここ10年のSFってつまんなくて…」「二階堂黎人は、これを読め!」「今邑彩はこれがお勧め」「『襤褸の中の髪と骨』を見せてくれい」「おお、これが『ヨット船上の殺人』の別函装ですかあ!」「劇画やヤオイ本を集めてこそのナポソロ収集」等など話題は尽きない。愛さんは、途中から本棚の撮影に入る。なんでも御自分の整理の励みにされる由。「いやあ、kashibaさんも積んでいるので、安心しましたよ」。ついでに、銀背のダブリ本の山を漁って30冊弱お買い上げ。毎度ありい。途中から奈良さん持ち込みによる「幻の焼酎」をロックでぐいぐい。合間に愛さん持ち込みのワインをがぶがぶ。で、夕方には、もうべろんべろん。更にネットの効用やネット人列伝など「実は、よしだまさしさんのファンです・わしも・わしも」「Moriwakiさんはいい人だあ!」。愛さんが、7時前に帰られた頃から記憶が怪しくなる。本のやり取りでは、奈良さんから「紙魚の手帖」を数部と、なんと戦前本の「クリブドン事件」を頂いてしまう。「うひゃああ、血風だよう」と口走り、受けまくる。お返しに、というわけではないが、創元推理文庫の通し番号制覇に燃える奈良さんに何冊かご協力。喜んで頂けてなによりです。かくして濃密な至福の時間は終了。何時にお開きになったか記憶がない。いやあ、凄かったっす。そのまま爆睡。暗転。
◆「襤褸の中の髪と骨」の件、掲示板でウォー作と確認されたみたいですね。今回の顛末はサイト主宰者冥利に尽きる出来事。やっててよかった。

◆「星降る街に」牧村優(講談社X文庫)読了
二日酔で薄ぼんやりした頭では、ジュニア程度しか受け付けず、とりあえず1日1冊のノルマをこなすために手に取った牧村優こと樋口明雄の最初期作。「星ヶ丘」シリーズ、といいながら続編の「翔べ、フライング・マシーン!」は樋口明雄名義でしかも出版社が異なるという案配。作者名も出版社も変りながらの「シリーズ」というのは、かなり珍しいケースではなかろうか。そもそも「牧村優」というペンネームはいかにもジュニアの作者って名前だもんなあ。「頭弾」とか「狼叫」には絶対に似合わない。 オールドファンはご存知であろうが講談社系の少女漫画家で牧村ジュンという人がいて、「銀河のプリンセス」とか、Gペンでグイグイ描かれた美少女のファンだった身の上として、最初その人が名を変えて小説書いたのかと勘違いしていた。
星ヶ丘高校の西村裕美は、SF作家の父を持つ元気娘。でもその思い人である森沢真一とは碌に口もきけない純情ぶり。もっとも文武両道のハンサムボーイでありながら学友たちとの距離を取り続ける森沢は裕美でなくても声をかけづらいオーラを纏っていたのだが。星ヶ丘の空にUFOが出没するという噂を聞きつけ、街に乗り込んでくる三流雑誌記者北川。好奇心旺盛な裕美は、クラスメイトのスポーツマン菊池とおたくな矢野とともに、夜中に家を抜け出し霧降山に登る。そこで彼女たちが見た3つの人影の正体とは、異星人?それとも?悠久の中の刹那、渦状星雲の腕で触合う心と心。星空に響く哀切な調べは時空を超えた救助信号。幾度となく繰り返されてきた異端を排除する偏狭が、星降る街の静寂を破り、悲劇は起きる。禁を破る時は今。六百年の孤独が癒される時、街の空は光芒に包まれる。
この作品、著者後書きによれば、お蔵入り必至の習作だった由。その気楽さからか「なぞの転校生」とゼナ・ヘンダースンのぱくりである事を正直に白状している。もっとも、同じく<ピープル>シリーズのパクリである恩田陸の「光の帝国」が、云われんでも判るレベルの「本歌取り」であるのに対し、こちらは「ああ、そうだったの」という程度の出来栄えであった。雑誌記者北川やSF作家の裕美の父は、作者の分身としていい味を出しているが、肝腎のヒロインやヒーローのキャラクターが通り一遍で深みに欠ける。きちんと小説を書こうという姿勢は評価できるが、ジュニア読者からすれば、相当に説教臭い話に映ったのではなかろうか。


2000年10月6日(金)

◆会議一発で1日分の仕事終了。明日が来客につき、寄り道なしで帰宅。
◆居酒屋チェーンの「魚民(うおたみ)」というのがあるのだが、その字面を見るたびに「ダゴン」だとか「インスマウス」とか思ってしまうのだ。「妖神グルメ」(菊地秀行の隠れ傑作!)の世界とでも申しますか、「へい、ナイアルラトホテップのかぶと煮に、妖蛆の活け造り二人前!毎度ありいい!!」うへえ、気色悪りい。
◆メールでは膳所さんが、掲示板では森さんが「襤褸の中の髪と骨」は「本当にウォーなのかあ?」と大疑問大会。ざっと見た感じではコネティカットを舞台にした警察小説であることは確かなのだが、とにかくウォーであるという証拠は本のどこもにない。カバーの作者名は「陶山密」だし、中扉に初めて「陶山密」は訳者で、作者はRフォンテーヌとある。しっかし「誰やねん!?フォンテーヌって!?」川口文庫のカタログに(ヒラリー・ウォー「A RAG AND BONE '54」の抄訳)とあるのが、唯一の記載である。ただ、川口文庫のオーナーはその昔、日本で一番濃いミステリ同人で書誌を担当していた方なので、オールドマニアにとっては有名な話だったのかもしれない。しかし、発行当時のHMMあたりをひっくり返しても何も記載がないので、余程知る人ぞ知る話なんだろうなあ。ここまでいけば、真偽の程は原書と突き合わすしかないのだが、どなたか原書はお持ちですか?ピッツフィールド警察のダナハー警部とマロイ刑事が、1953年5月3日に始まる顔のない金髪女殺しを追う話です。書き出しはピーターという少年が公園で死体を発見するシーンです。よろしくう。

◆「殺意のプリズム」川奈寛(産報ノベルズ)読了
副題が「『四谷怪談』殺人事件」。作者が身を置いた映画界を舞台にした作品。ラティマーの「黒は死の装い」を読んだ勢いで、日本の映画物を読んでみたくなって手にとってみた。日本推理界でも、小林久三や田中文雄など映画界からの人材輩出はあって、銀幕ネタの推理小説というのは結構ある。横溝正史でも、映画スターを巡る作品は幾つかあるが、なにやら日本の映画産業というのは「斜陽産業」の最たるものであって、どことなく栄華の向こうに滅びが見えるような気がしてならない。まあ、こちらの勝手な思い込みなのかもしれないが、乱歩の描く浅草の「怪しさ」の方が、猥雑な元気があっていいんだよなあ。さて、この作品は題材が「四谷怪談」。料理の仕方によっては、カーはだしのオカルト・ミステリにもなりうるテーマである(現に、高木彬光がやっている)。だが、カーマニアとしては甚だ残念ながら、芸能界のドロドロを描いたストレートな銀幕推理であった。こんな話。
鬼才・篠崎克己監督がメガホンを取った『四谷怪談』は、あらゆる意味で問題作であった。「二人お岩」という設定に猟奇的な男女の愛憎を絡めて、鶴屋南北の描いた有名シーンの尽くに新解釈を加える、という作品の中身もさることながら、主演女優・御堂三由紀と主演男優・結城良樹の所属するプロダクションは、芸能界きっての犬猿の仲。監督のネーム・バリューと脚本の秀逸さをもってして、初めて可能となるキャスティングであった。従来にない緊張感の中、撮影は快調に進むが、「四谷怪談」には付き物の小さな事故が相次いで起こる。そして、撮影の谷間で伊豆に小旅行に出かけた御堂三由紀が失踪する。更に、旅行に付合った「もう一人のお岩」を演じる助演女優・西宮美知子は、それ以来、心神耗弱に陥り、外傷のない死を遂げる。アシスタント・プロデューサー向戸彰は、彼女たちの失踪と死の謎を追う。一方、撮影所では、三由紀の付き人であった草木陽子が三由紀の代役として、篠崎監督の心を奪っていた。陽子はかつて将来を嘱望された女優であったが、三由紀の「天才」に敗れ、彼女に自分の持つ演劇理論の総てを託すため、彼女の付き人の道を選んだのであった。現代の「女の闘い」に、日本最凶の怨霊の魂が重なる時、フレイムの向こうで惨劇は起きる。
作者の経験を踏まえた映画界や芸能界の描写はさすがに巧い。借り物ではない迫力があって吉。推理小説としてのプロットは、癖のある動機やすれ違いの多用でやや迷走気味。なにより、一番怪しい者のアリバイ追求を適当に済ませてしまうところが拙い。アクション映画風のクライマックスも唐突であり、「正体不明の中年女」という魅惑的な謎を軽く片付けてしまうところも頂けない。一番面白かったのが、劇中劇である「四谷怪談」の新解釈。結局、作者が書きたかったのは(更に云えば、映画化したかったのは)そっちなんだろうなあ、と感じさせる作品であった。


2000年10月5日(木)

◆懸案を一つ片づけて、足取りも軽く定時退社。「よっしゃあ、今日はTVチャンピオンでも、リアルタイムでみたろか」と家路を急ぐが、ふと呼ばれたような気がして近所のブックオフへ。
d「片道切符」Gシムノン(集英社文庫)100円
「モンタルバーノ警部 悲しきバイオリン」Aカッミレーリ(ハルキ文庫)100円
d「下宿人」Bローンズ(ポケミス)100円
「幻想展覧会U」マグラア&モロウ編(福武書店:帯)100円
「宵待草殺人事件」近藤富枝(講談社)100円
「ファンレター」折原一(講談社:帯)100円
d「牝」多岐川恭(東京文芸社:初版・函)100円
d「地獄時計」日影丈吉(徳間書店:帯)100円
d「日曜探偵」天藤真(出版芸術社:帯)100円
d「夢の陽炎館」横田順彌(双葉社:帯)100円
d「血の季節」小泉喜美子(早川書房)100円
「ゴジラとアンギラス」香山滋(フォア文庫)100円
d「悪魔博士」鮎川哲也(光文社文庫)100円
d「楡の木荘の殺人」鮎川哲也(河出文庫)100円
d「才女の喪服」戸板康二(河出文庫)100円
d「妖魔の宴 フランケンシュタイン編2」(竹書房)100円
ここのブックオフではひさびさの「おらおらおら」。これだけ買って1600円だよう。多岐川恭をはじめ本当に状態がいい本ばかりなので驚く。私なんかよりもずっときちんとしたマニアの書棚から出た本、という印象。交換材としては絶好の収獲にホクホク。竹書房の「妖魔の宴」もダブりセットがゴール。よっしゃあ!ヤフオフにでも出品したろかい。
◆帰宅すると川口文庫の荷物がダンボール二箱分。うわああ、なんだなんだ?と思ったら一箱は双葉社の「推理」35冊。毎度の事とはいえ、なんとも嵩張るものが当たってしまった。お買い物はこんなところ。
「襤褸の中の髪と骨」Rフォンティーヌ(日本文芸社:帯)2000円
「悪魔の賭」多岐川恭(東方社:函)500円
「好都合な死体」多岐川恭(東京文芸社)500円
「狙われる奴」多岐川恭(光風社:帯)500円
「抜け穴」佐賀潜(読売新聞社:Vカバ・帯)500円
「ぷろふいる」S10年9月号・S10年11月号(ぷろふいる社)各7000円
「探偵倶楽部」S30年1月号・5月号・7月号・12月号(共栄社)各1500円
「探偵倶楽部」S30年3月号(共栄社)1000円
「探偵実話」S31年4月号・6月号・9月号(世文社)各1500円
「探偵実話」S31年3月増刊号(世文社)2000円
「新青年」S11年3月号(博文館)3000円
「新青年」S11年5月号(博文館)3000円
「新青年」S11年11月号(博文館)2000円
「戦後版・新青年」S24年3月号・6月号・12月号(博文館)各1500円
「推理小説研究・創刊号(乱歩追悼号)」2000円
「推理」S44年9月号〜S47年11・12月号:不揃い35冊(双葉社)計5000円
「別冊宝石」4冊「別冊小説宝石」19冊「かっぱマガジン」5冊(光文社)計10000円
フォンティーヌは、Hウォーの別名らしい。今回のカタログで見るまで、出ていた事も知らなんだ本。ワタクシ的には一番のねらい目だっただけにとても嬉しい。そして、ああ、とうとう「新青年」に手を出してしまったああ!!戦後版が「八つ墓村」の連載第1回とかいうので、「横溝やってる」身の上として発作買い。ついでに戦前版にもシャレでチェックをいれたら3冊来てしまった。誰かの収集の邪魔しちゃったかな?まあ、でもこの辺で止めておかねば。それにしても「ぷろふいる」って高いのね。川口文庫でこの値段ということは市場価格は、2、3万円するのかな?光文社版の「別冊宝石」「別冊小説宝石」「かっぱマガジン」は、ちょぼちょぼ拾っていたのだが、これも山のようにあって驚く。このシリーズ、翻訳の渋いところが紹介されているので侮れないんだよなあ。というわけで、本日は本当に久しぶりに、お買い得の百均本から1冊7千円の戦前雑誌まで、ギャラリー受けする「血風」な買い物でしたとさ。


◆「鳥の歌いまは絶え」Kウィルヘルム(サンリオSF文庫)
Kウィルヘルムの逆襲。先日「クルーイストン実験」にめげたのだが、やはり世に名高いこの作品を読んでおかねばウィルヘルムは語れぬと思い時間をおかずに手にとった。77年のヒューゴ賞・ジュピター賞受賞作。題材はクローン、大滅亡とそれ以降のアメリカのとある谷に住む一族の物語を3部構成で綴った愛と異端のファンタジー。これは文句無しの傑作。中身も凄いが、訳題のセンスといい、カバー絵といい、山野浩一の解説といい、どこを切っても貫禄の違いが溢れ出てくる「本」である。これは「サンリオSF文庫」の中でなんとしても手に入れなければならない作品。勿論、読まなければいけないSFでもある。
第1部:汚されていく大地。密かに忍び寄る滅亡の足音を聞いた一族の科学者たちは禁忌の封印を解く。「自分たち」を再生産し、種の崩壊曲線に挑む男女。愛はその神性を奪われ、谷は培養された生命の園となる。だが、懐かしく甘く柔らかな過去の記憶が、棘となり選ばれし者の正気を試すとき、かつての青年はそこに自分の場所がない事に気づく。
第2部:「写す」異能者が、旅に出た時、過酷な現実は、もう一つの世界の扉を開ける。繋がれていた自分と自分たち。覚醒が孤独地獄の中へと彼女を誘う。異能者は異端者となり、二つの心は秩序の番人達に引き裂かれる。やがて育まれる命。そして隔離される魂。逃亡の果てに思いは甦り、そして引継ぎの儀式は静かに終る。
第3部:気まぐれな神は、異能者の末裔に世界を託す。誰よりも「見る」事ができ、見たものの意味を知る少年は、怖れられながらも死者の都への斥候を務める。鍛えるたびに、喪失の痛みが少年を懊悩させ、ただ一つの癒しすら、彼を狂気の淵に追い込む。かつて種を救った技が、閉じた罠に変る時、決断は下される。
近未来のノアたちが、「自分」に試され、変容したシステムの破壊によって、新しい明日が拓かれるまでを描いた人類再生の記録。ヒロイズムが作者らしらぬという評もあるようだが、大滅亡後の死の世界に様々な生命が再び育まれていく過程が感動を呼ぶ。平易な会話やさりげないSFガジェットがマニアは勿論、普通の小説読みにも至福の時を約束してくれる、恋愛小説にして、青春小説にして、冒険小説にしてサイエンス・フィクション。「賞」を嫌ってこの本を読まないひねくれマニアは大損をしてます。創元でもハヤカワでもいいからとっとと復刊しなさい。


2000年10月4日(水)

◆ちょっと残業。駅のワゴンのみチェック。
d「泰平ヨンの航星日誌」Sレム(早川SF文庫)200円

◆掲示板で話題になったので「宇宙嵐のかなた」の帯の文句を書いておこう。「ハヤカワSF文庫誕生!大宇宙の神秘と驚異が激しい感動を呼ぶ壮大華麗の宇宙ロマン!」
裏面が
「刊行のことば─新時代の若い精神に新たな飛躍へのエネルギーを、生きることに疲れた心にストレスからの解放と明日への甦りを約束する活力剤として、SFはますます必需品と化してきた感があります。本文庫は、わが国きってのSF専門出版社を自負する小社が、そうした時代の要請にこたえ、冒険とロマンを求めるすべての現代人におおくりする画期的な試みです。」というわけである。なんだか自画自賛ぶりが可笑しいぞ、早川書房。既に通し番号も1300を越え、遠からぬ将来に出版点数でポケミスを凌駕する事が確実な叢書の売りは「明日への甦りを約束する活力剤」だったのだ。「ファイトおおお!いっさーーーーつ」だったのだ。

◆「料理上手は殺しの名人」Vリッチ(講談社)読了
もう何年も前の事なのだが、米ユニバーサルスタジオの出し物の一つに「Murder,she wrote」(ジェシカおばさんの事件簿)があった。テレビの製作現場を回り舞台で見せながら観客参加で、一本の作品を作り上げる、というアトラクションなのだが、いたく感心した覚えがある。何に感心したかというと、犯人をその場の観客が決めてしまうところ。何人かの容疑者がいるのだが、「こいつが犯人!」と多数決で決まると後から決め手の証拠を前の映像に特殊効果で加えて、犯人に仕立てあげてしまうのである。予め用意されたマルチエンディングの中から「その回の犯人」のエンディングが放映されてめでたしめでたし、というものなのだが、コージー・ミステリの「誰が犯人でもいいやあ」というなげやりな雰囲気の正体を見た覚えがして大いに笑えたものである。何をオモイデ語りをやっているかといえば、この作品がまさにそのノリであったためである。Vリッチは、趣味作家の最たるもので、老境に入って手遊びに書いたこの処女作が売れ、その後も2作の料理ミステリを発表したものの、4作目の執筆中に亡くなってしまった。確か、ナンシー・ピカードの「特製チリコンカルネの殺人」は、その死後補作の筈である。
富裕な未亡人ミセス・ポッターは、北アイオワの故郷の街に逗留する間、著名な料理研究家レッドモンドが居合わせたのを幸い、彼を講師に招いた料理教室を企画する。友人・縁者をかき集め、なんとか定員を確保し、初日の講義にこぎつけたミセス・ポッターであったが、その生徒13名の内の3人が翌朝には死体になってしまうとは、神ならぬ身の知るよしもなかった。良家の御曹司ロジャー2世の連れであったとびきりの美女ジャクリーンは、喉を掻き切られ、ミセス・ポッターの老いらくの恋の相手であるマッケイは、遺書らしき書き置きを残して車の前で息絶える。更に、オールドミスの女性教師は水死体で発見される。人口5千人に満たない街は大騒ぎ、警察は通信販売で買った指紋検出セットを持ち出し大わらわ。甥のグレッグとともに死体の第一発見者になったミセス・ポッターは、事件の関係者毎に「殺しのシナリオ」を書きながら素人探偵に勤しむのであった。果して犯人は、そしてその動機は何?だが、不幸な境遇ゆえに凄腕の脅迫者に育った美女を殺す動機は街の誰にもありそうであった。そして、真相に迫り過ぎたミセス・ポッター自身に危機が迫る!
料理好きの未亡人探偵が、気の弱そうな甥とともに容疑者だらけの殺人に挑むという設定は、まさしくジェシカおばさんを彷彿とさせる。作中で次々と示される「殺人シナリオ」は見事の一言。まさに「誰が犯人でもいい」という妄想ぶりが可笑しい。惜しむらくは、クライマックス直前で主人公が探偵役を放棄してしまうところ。ここで犯人の不用意な一言に気がつき、「なぜ、あなたは、あの事を知っていたのかしら?」と一発かましてほしかった。あれこれ登場する料理はどれも垂涎もので、この作者の手にかかると、グレービーがかかっただけのマッシュポテトですら美味しそうに思えてくるから不思議である。犯人当てとしては、まあお約束の捻り具合だが、少しだけ変った趣向がある。12年前に6冊だけ出てそれきりの講談社のソフトカバー装の「海外ミステリー」の1冊。少々入手困難ではあるが、料理好きでコージー・ミステリ好きな人は楽しめるであろう。


2000年10月3日(火)

◆午後からCEATECを見に行く。民生館は大画面ディスプレイとデジタル一色。毎度目を引くビクターのコンパニオンのコスチューム、今年は赤で決めていた。袖に豹柄をあしらっていて、可愛いんだわ、これが。ビジネス館では、無意味にお姉さんが携帯を手にして踊っているブースが多かった。それにしても、中身そのものはどうしてこうも画一的なのかね〜。キャッチの頭に「e」とか「i」とかいう小文字が着くのが最近の流行のようである。
「私たち『猟奇の鉄人』は、来るべき新世紀の古本ネットワークに向けて、全く新らしい古本コンセプトをご提案します。それが、<e古本>。家庭で、ビジネスで、モバイルで、あらゆるシーンでの古本の要請に応える、ニュー・コンセプト。従来の古本社会を一新する、グローバルでユビキタスな古本。それが<e古本>です!IPv6にも対応した<e古本>を『猟鉄』ブースでじっくりご確認ください。」みたいな〜。
◆折角、幕張まで来たので、そちら回りの定点観測。拾ったのは、こんなところ。
「東京シャンゼリゼ殺人事件」井口泰子(コバルト文庫)50円
「抱き人形殺人事件」井口泰子(コバルト文庫)50円
「ディケンズ短編集」(岩波文庫)230円
d「赤の組曲」土屋隆夫(角川文庫)120円
「結婚生活」山田智彦(角川文庫)100円
「エロチック街道・カラス」筒井康隆(新潮カセットブック)640円
d「サンフィアクル殺人事件」Gシムノン(創元推理文庫)150円
d「ハイチムニー荘の醜聞」JDカー(早川ミステリ文庫)140円
「今日は何の日?スヌーピー」CMシュルツ(角川スヌーピーブックス70:帯)280円
ついにカセットブックなんてものに手を出す。筒井康隆自身による30分以上の朗読というのに興味を持ってしまった。品切れカーは見かけるとどうしても買っちゃうよね。スヌーピーブックスの1歩前進が嬉しいところ。


◆「思考転移装置顛末」森下一仁(講談社Jノベルズ)読了
叙情SFの名手、森下一仁が「野生時代」に連載していた「黒潮放送局」シリーズを増補した作品集。9話+ボーナストラック収録。「SF」というよりは「ギョーカイ新米もの」という印象が強い。表題作のようなマッドサイエンティストものがあったかと思うと、全然SFじゃない作品もあって、少なくともどこかに「不思議」がある、眉村卓のインサイダーものよりも「緩い」。ラジオでパーソナリティーをやっていた眉村卓にも一連の「放送局」ものがあるので、余計に比較してしまう。ただ、一ヶ所感心したのは、なぜ放送局ものが、SFのコンセプトに合うかというと「放送局というのは『職業としての<野次馬>』だからである」というくだり。大いに納得である。やはり自分の体験を反映した言葉には説得力がある。
南国土佐のローカルTV局。新米ディレクターのぼくと、ギャンブル狂で女狂いのカメラマン土居さん、酒乱で少々薹の立った美人アナウンサー若月さんが、地方の珍しい文物・風物を取材して回る先々で出会った事件の顛末記。徹夜の披露宴で消える人々、トンネルの向こうの鏡像世界、奇習に踊る山中の古老、孤独な水の妖怪、等など、ぼくの心のフレームに切り取られた出来事は、少し不思議で少し懐かしい。ヤラセもあった、貞操も失いかけた、命も落しかけた、幾つもの出逢いと別れの中で、ぼくは少し大人になる。以下、ミニコメ。
「宴会の夜」キャラクター紹介編。山中の宿を「メリー・セレスト号」してみた話。まあ、肩透かしではあるが、レギュラー陣のキャラは充分に立たせている。
「ナンバー」導入部の「賭け」は、どうも実体験臭いぞ。典型的な鏡像世界ものだが、主人公の「ここは自分の居場所ではないかもしれない」という思いが作者のその後にダブって見えるところがなんとも。
「急いで饅頭」全くSFじゃなくて、いつもの「企画ニュース」でもないというパターン破りの一編。ちょっとこんな方向もありかな、と作者が観測気球を上げた作品であろうか。
「思考転移装置顛末」典型的なローカル・マッドサイエンティストもの。別にヨコジュンでもカジシンでもいいやあ、てな話。ちょっと作者名を隠してのブラインドテストをやってみたくなる。
「七人みさき」おお!京極夏彦!!(ちーがーうー)。神隠しの謎に迫る話だが、落ちは類型的である。
「山のシジマ」寓話のように見えるが、単に若月さんのヌードを書きたかっただけの話なのかもしれない。危うし、ぼくの貞操!!まあ、よろしいのでは。
「フダラクジラの雨」水害の街をいやいや取材するぼくを呑みこんだ水の正体とは?水の幻視というのは、この作者得意のパターン。「ふだらくじら」というネーミングにセンスが光る。
「ラスト・ショー」全くSFではない、映画懐古譚。若月さんを語り手にしてみせた割には、驚きが何ひとつない。せめて最終話への伏線でも入れておくのがお作法というものではなかろうか?
「旅立つ人々」カラオケ大会の予選通過者にインタビューを申し込んだまでは、よかったのだが……。ぼくの最大のピンチを救ってくれた人の正体とは?これも全然SFじゃない。作者がキャラクターたちに「お疲れ様」をいうための作品であろう。まあ、意外にこの手の話はツボなのだが。
「あれから十年」ぼくとあの人たちのその後を少々。9編のうちの或る作品をうまくリフレインに使って、小粋なラストに仕立てている。このエピローグで、作品集全体の印象が良くなった。お上手。作者のファンは是非押えておきたい作品集であろう。


2000年10月2日(月)

◆会社の決起大会でほろ酔い気分。昨日ロッカーに掘り込んでおいた荷物を回収。リスト追加。
「新編 人形佐七捕物文庫 女難剣難」横溝正史(金鈴社)200円
d「波が風を消す」A&Bストルガツキー(早川SF文庫)200円
「女体の幻影」佐賀潜(東京文芸社)200円
金鈴社の人形佐七は始めて拾う。佐賀潜は女王様に拾ってもらったもの。おありがとうございますだ。それにしても何冊あるんだあ、佐賀潜!?尚、昨日の「吸血鬼ドラキュラ」は通し番号が322だったので拾った次第。
◆CD屋で鬼束ちひろ「月光」と「仮面ライダークウガ ソングコレクション1」を購入。「月光」は勿論「TRICK」のエンディングテーマ。かっちょええですのう。

◆昨日のオークションネタでもうひとつ盛り上がったのが「スターターセット」。もとは、3月のMYSCONの朝市で、よしだまさしさんが「さあ、この梶山季之と松本清張のポケット文春!こらからポケット文春を集める貴方にぴったり!ポケット文春スターターセットだよー、安くしとくよー!!」と売り込んでいたのが最初なのだが、これなら、不揃いでも堂々と商品価値を主張できるところが凄い!「さあ、鮎川哲也スターターセット!角川文庫長篇は後2冊、集英社文庫は後1冊で揃っちゃう鮎哲収集スターターセットだよー。河出文庫も1冊つけちゃうぞー。」とか「新しい太陽の書スターターセット!なんと後は第三巻を見つければそろっちゃうんだ!M1のサスペンスと自分でコンプリートする快感を貴方に!!」とか。…売れねえだろうなあ。

◆「ラードナー傑作短編集」Rラードナー(福武文庫)読了
「ものが違う」。読み始めた瞬間、その貫禄の差にドキリとする本というのがこの世にはある。例えば「吸血鬼ドラキュラ」とか「Xの悲劇」とか「獄門島」とか、再読してみてると「ああ、やっぱり、この本は違うわ」と震えが来る。軽い読物のつもりで持って出たこの本日の課題図書もそれだった。都会派ユーモア短編の書き手としてその名も高いラードナーの傑作集。軽妙な語り口。エスカレートするシチュエーション。巧みに挿入されるくすぐり。綺麗な着地と爽やかな(或いはシニカルな)読後感。ユーモア短編というものはこういう風に書くのだよ、という見本市的作品集である。野球ネタが多いので、野球を知らない人には少々辛いかもしれないが、まだ野球がアメリカの国技だった頃の大らかさがこれまた心地よい。以下、ミニコメ。
「弁解屋(アリバイ)・アイク」圧倒的な技能を持ちながらもそれの3倍のいい訳をしないと気のすまない天才バッターの恋の顛末を描いた代表作中の代表作。いつもの調子で口走った言い訳を彼女に聞かれてしまい手酷く振られたアイクを、なんとか立ち直らせようと奔走するチーム・メイトが可笑しい。ホント、「恋」についてだけは「言い訳」しない方がいい。
「自由の館」売れっ子ミュージカル作家が、「親切の罠」に絡め取られ、そこから決死の脱出行を果たすまでを、その妻の飄々とした語りで描いた作品。次々と押し付けられる「親切」に身悶える主人公の姿が爆笑を誘う。最もキケンなのは、最も親切な人たちなのかもしれない。冒頭から結語まで、実に完璧な短編。
「相部屋の男」天才と紙一重である傍若無人な野球選手に振り回されるチーム・メイトの困惑とその悲劇的な最期を描いた作品。これも、エスカレーションの妙に唸る。ラストは、一瞬ほろりとさせてから、悪意の篭った笑いになる。もっとも、本人はそれなりに幸せのようではあるのだが。
「でっちあげ」彗星のように現われて、消えた天才ボクサーの伝説。可笑しくも哀れな恋の顛末が絶妙の語り口で綴られる。最期まで典型的な田舎者でありつづける主人公に対して、作者は残酷な破局を準備する。
「ハリー・ケーン」これも田舎者の大天才ピッチャーの恋と再生の物語。手を替え品を替え主人公をおちょくり倒すチーム・メイトと、それが一向に通じない主人公。リーグ優勝のかかった最終試合での彼の乱調を立て直した一言とは?オチがいいんだ、オチが。
「散髪の間に」どうして散髪屋というのは、かくも話し上手なんだろう。ある村の奇妙な四角関係の顛末をミステリー仕立てに纏めた一編。この短編集の中ではただ一つミステリ・アンソロジーに採られてもよい作品。一手一手丁寧に張られた伏線が最後に効いてくる。あんた、散髪屋やめて小説家になんなはれ。
「ハーモニー」天才を発掘したスカウト秘話。そりゃまあ、内緒にしないとねえ、という話。この荒唐無稽なアイデアが作者の手にかかると、さもありなんに思えてくるから不思議。スポーツ記者を語り手にしたのも吉。挿入される肩を壊したピッチャーのエピソードなんぞ、泣くよ、実際。
総論:なるほど、洒落た都会派読物を求めて小泉喜美子収集に血道を上げるのも結構だが、そんな事は本家の始祖を極めた後でも決して遅くないぞ。うんうん。


2000年10月1日(日)

◆早稲田青空古本市初日に参戦。女王様に森さん、無謀松さん、ダサコン帰りの彩古さんなどお馴染みの面子と少々買い物。ここでは、三橋一夫や正史読本をゲットした森さんの一人勝ち。私の買ったのは、ダブリ本中心に以下の通り。
d「日曜日ラビは家にいた」Hケメルマン(ポケミス)200円
d「歩道に血を流して」Eハンター(ポケミス)200円
d「影の顔」ボワロー&ナルスジャック(ポケミス:帯)200円
d「自宅にて急逝」Cブランド(ポケミス)200円
d「吸血鬼ドラキュラ」Bストーカー(創元推理文庫)200円
d「宇宙嵐のかなた」Vヴォークト(早川SF文庫:初版・帯!)150円
d「わたしは『無』」EFラッセル(創元推理文庫)150円
d「宇宙のウィリーズ」EFラッセル(創元推理文庫)150円
「怪奇・伝奇時代小説選集(3)」田中 貢太郎(春陽文庫:帯)300円 
「怪奇・伝奇時代小説選集(5)」志村有弘編(春陽文庫:帯)300円
「人形佐七捕物帳9 日触御殿」横溝正史(講談社:帯)200円
d「深夜の張り込み」Tウオルシュ(創元推理文庫)150円
「ウイルキー・コリンズ作品集9」(臨川書店)800円
d「冗句辞典」Bサーフ(荒地出版社)350円
「世界のかなたの森」Wモリス(晶文社)500円
「サライ・江戸川乱歩と少年探偵団」(小学館)200円
1時間ほどで撤収してシャノアールでお茶。例によって古本ネタで盛り上がる。昨日、マンハントを落札し損ねた話をしていると女王様が
「私、まだヤフー・オークションってやった事がないのよね」
「おお!もしやオークション処女!」
「うーん、処女オークションだと怪しすぎ」
などと馬鹿話。その足で東村山の古本バザーに落穂拾い向うという(熱心と云うか何と云うか)面々と別れて、京橋定点観測。何せ、あの方々と同じ動きを取っている限りかないっこないのである。んでもって、こちらでミニ血風。
d「金髪女は若死にする」Bピーターズ(ポケミス・貸本上がり)100円
d「あつかましい奴」Cブラウン(ポケミス)100円
d「悪の断面」Nブレイク(ポケミス)500円
d「死のジョーカー」Nブレイク(ポケミス)500円
d「第五の墓」Jラティマー(ポケミス)500円
うーむ、やはり「たまの市より、こまめな定点観測」なのであることよ。

◆「ホワイト・アウト」を見る。織田裕二、格好良すぎ。中身は「ダイハード」で、日本映画にしては頑張っているが、少々、説明不足。特に、中村嘉葎雄扮する署長の勘が凄すぎ。まあ、脚本に作者が入っているので「ディレクターズ・カット」とでも呼ぶべき刈込み具合。石黒賢と織田裕二となると、どうしても「振り返れば奴がいる」だよなあ、などと感じてしまうワタクシなのであった。
◆「TRICK」のサウンドトラックを購入。改めて音楽だけ聴いていると安でのゲーム音楽みたいだよ。以上、散財の一日。


◆「黒は死の装い」Jラティマー(ポケミス)読了
作者の体験が生きるハリウッド・インサイド・ディテクティブ・ストーリー、ハードボイルド風味。丁度、テレビに主役の座を奪われかけ、パワーの落ちている頃のハリウッドものであり、「お抱えの脚本家」という人種がリストラされつつあったり、撮影方法にもモニターテレビを駆使したテレビ局流の並行撮影が導入され始めた頃の映画人種の戸惑いがよく描けている。ラティマー自身、食うためにコロンボの脚本をやったりしている人なので、切実感もひとしお。銀幕の内幕もののお約束とはいえ、クライマックスにオスカーの授賞式を配するあたり、安心して楽しめる作品に仕上がっている。
撮影期限ギリギリにして発せられた主演大物女優カレスのクレームの結果、一晩で物語の最後を造り変えねばならなくなった脚本家ブレイク。相次いで寄せられる励ましと叱咤の電話を掻い潜り、漸く難局を切り抜けかけた彼は、自宅前にアイドリング中の車から一人の泥酔美女を助け出す。コートを脱ぐように促がすと、なんとその下には十字架以外何も身につけていない生まれたままの裸体が現われたのだ!だがこの酩酊モードのバーレスクこそ、次なる殺人劇の序章であったのだ。その翌日、作り替えられた脚本によれば、新進女優リーザの撃った銃弾をものともせず毛布を払いのけて立ち上がり「黒は死の装い…」に始める長い台詞を喋る筈のカレスは射殺死体となって発見される。一体誰が空砲を実弾に掏り替えたのであろうか?
オスカー連続受賞目前の撮影所長、その有能な右腕、職人肌の監督、カレスの元の夫で戦傷で脚を失った男優、そして銃を発射した新進女優リーザ。様々に交錯する思惑の中で、殺意のカチンコを鳴らしたのは果たして?
多重視点で語られる不可能犯罪もの。なんと作者は物語の中盤で犯人を割ってしまい、「ホワイダニット」と「ハウダニット」とサスペンスに軸足を移す。銀幕ものらしい気の効いた台詞が飛び交い、軽快なテンポで場面切り替えが行われる。犯人の先を読んで、罠を仕掛ける「探偵役」の慧眼が頼もしい。犯人の往生際の悪さが、これまたよろしい。動機は少々アンフェアではあるが、「手段」については見事にフェアな伏線が張られており推理小説としても及第点。ハリウッド人種の傲慢と驕慢を活写した「第一級のB級作品」であろう。お勧め。