戻る


2000年9月20日(水)

◆2週間に亘る修羅場の残務整理に半日。仕事を早めに切り上げ久々の神保町行き。
「このミステリーがすごい92年度版」(宝島社)25円
「本の雑誌」12号、27〜32号(本の雑誌社)7冊:175円
「別冊本の雑誌2〜4号」(本の雑誌社)3冊:75円
「スライナック」Pウィンザー(晶文社:帯)167円
「コーンウォールの聖杯」Sクーパー(学研:函)167円
「大墜落」三好徹(文藝春秋)167円
d「沈黙の函」鮎川哲也(光文社文庫:帯)25円
15冊買って800円!ああ、古本は安いっ!!買いそびれていた「このミス」92年度版を25円でゲット。これで「このミス」が揃ったぞ。ふっふっふ。「本の雑誌」もやたらと並んでいたが番号の若いところのみを拾うに留める。

◆TRICK4,5回放映分視聴。「消えた村」編。タレント生命を奪われた奇術師の怨念がありとあらゆる物を消して行く。軽妙な会話で見せる。テレビドラマでこれぐらいやってくれれば充分及第点。OK、OK。

◆「死の月」Cジェイ(ポケミス)読了
創刊以来、江戸川乱歩の解説が売りだったポケミスだったが、とうとうこの本で「今後の編集方針と解説文執筆者の交代」という小文を寄せ大乱歩は監修に引く。月に7冊も8冊も出されては堪ったものではない、というのがその理由。いやはや、まさにポケミスの黄金時代だったのだ、当時は。近年の復刊ブームでこの作品も入手が容易になったが、数十年間絶望レベルの絶版状態にあった作品。どうやら私は池袋の高野書店にてそこそこの値段で購入していた模様。これも20年物の積読である。中身は舞台をニューギニアにとったトロピカル・ミステリ。しかし、植民地の頚木から逃れていないという時代背景ゆえに、お手軽な南国トラベル・ミステリとは一味も二味も違った危険な人間ドラマに仕上がっている。
パプアの町、マラパイの役所にジョウヴという名の一人の男がやってくる。彼は調査部長のトレヴァーに、金細工を示し、保護区域外ベイバ河上流の集落エオラに金塊を発見したと申し立て、事業支援を要請する。だが、同席した文化普及部長の人類学者デーヴィッド・ウォーウィックはジョウヴが戦前から札付きの山師であった事を見抜き、彼の申し立てを退けるようトレヴァーに進言する。そして数ヶ月後、デーヴィッドとは娘ほども歳の離れた新妻エマはパプアの地に降り立つ。だが、彼女を迎えるべきデーヴィッドは、既にこの世になかった。彼は、借金苦で拳銃自殺するという不名誉な死を遂げていたのだ!金銭的にはなんの悩みもなかった筈の夫が何故?しかも、夫が死の直前に彼女の病身の父に送った手紙はまた、父に死に至るショックを与えていたのだ。一体、夫の身に何が起きたのか?エマは、役所に職を求め、夫が生前手がけたエオラ行の真相に迫る。山師ジョウヴの脅迫、土人の従者セレバの謎めいた死、果して、彼女自身がエオラに向ったとき、悪夢の如き真相が姿を現すのであった。
<赤道直下の『ゼロの焦点』>とでも呼ぶべきサスペンス。学究肌の夫の「自殺」の謎をうだるような熱帯の街に追う身寄りとてなき若妻、という設定の勝利。異色の舞台に、独特の時代性を反映させ、保護という名の隔離と開発という名の略奪の間に蠢く人間模様を活写した佳編である。陰謀の真相は相当に陰惨なものだが、結末には何故か歪んだ爽快感がある。個人的にはもう少し怪奇趣味に振れば更にツボに嵌まったのだが、これはこれで悪くない。一風変った作品が読みたい人は是非どうぞ。

◆「綺霊」井上雅彦(ハルキホラー文庫)読了
30編収録の書き下ろし怪奇ショートショート集。長くなればなるほど、ワンパターンぶりが鼻につく作者であるが、この作品集は当たり。以下、ミニミニコメ。
「四時間四十四分」裏<都市伝説>の妙味、「水夢譚」渇いた逆転、「蛇苺」赤と白の絵画的狂気、「禁じられた場所」幻視者のロマンス、「嘯」仮面の殺意と逆襲、「さなぎ」フィルムは臓物でいっぱい、「中二階の鏡」半身の鏡像綺譚、「人ちがい」月に吼える役作り、「しゃぼん玉工場」泡を噴く黒い歴史、「駅」サーカスの亡霊の父性愛、秀作、「海盤車」あるいは精神一杯のヒトデ、「リップティーズ」キッチュ・フレスコ、「履惚れ」お帰り、私の御御脚、「蘭鋳」金魚綺譚ジャポニズム、「蝿遊び」みどりの邪執(おもい)、「ボール箱」配達されない7通の小包、「喰い屋」あの人は今、腹の中、「向日葵」立ち枯れ幽霊、「ほら、蟻がいる」さあキチガイに、なってます、「補色作用」絢爛たる五感のズレ、「暗室」透明怪獣のハウリングとノイズ、「酒樽」逆転の酩酊、「地下水道」ハリーライムはここに、「蝶番」どこでも夏への扉、佳編、「鼬の血」見世物小屋の血口、もとい地口、「ロードランナー」ゴールなどない!、「アイスボックス」父性愛のどっくんどっくん、「裏窓」網膜にこびりつく刹那、「廃虚にて」思い出した永遠回帰、「パラソル」カルトな薔薇色の蕾。
トリッキーでファンタスティックでサイキ溢れるサービス精神。もしかしてこの本は、この作者の最高傑作かもしれない。


2000年9月19日(火)

◆修羅場の本番。間近に見るSPは、なかなか格好ええですのう。緊張感が切れた状態で打ち上げ。潰れる。購入本0冊、読了本0冊。


2000年9月18日(月)

◆深夜残業覚悟で臨むが意外とすんなり事が運び、南砂町定点観測へ。
「SFマガジンセレクション1981」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)280円
「SFマガジンセレクション1982」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫)270円
「SFマガジンセレクション1983」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫)280円
「SFマガジンセレクション1984」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)340円
「SFマガジンセレクション1985」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)290円
「SFマガジンセレクション1986」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)230円
「SFマガジンセレクション1987」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)330円
「SFマガジンセレクション1989」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)250円
「SFマガジンセレクション1990」早川書房編集部(ハヤカワJA文庫:帯)260円
SFマガジン・セレクションがまとめて出ていたのであるだけ浚える。JAの100番台から律義に刊行されていた事に驚く。何故か88年が抜けているのが気に掛かる。「未刊の帝王」って事はないよな(ない)。
◆あああ!「必殺からくり人」(の再放送)が始まってんジャン!しまったああ!!とり逃したああ!!
◆サイト開設以来の夢であった「遠刊予告」がそれなりに受けていて嬉しい。成田さん、日記でとりあげていただきありがとうございます。黒白さん、松本さん、掲示板での誤謬指摘ありがとうございます。改めてみると間違いや抜けの多い事多い事。まあ、気長に完成度挙げていきますんで今後ともご指摘よろしくです。この辺をつきつめていくと、EQMMやHMMに載った「仮題」シリーズというのも面白いかなと思うのだが、さすがにそこまでの気力はない。リストについてはもうひとつだけ是非やりたい企画があるのだが、それはまた別コーナーで。


◆「屍蝋の街」我孫子武丸(双葉社)読了
京大ミステリ研初期デビューメンバーの比較的新しい作品。というか、これ以降新しいお仕事ありましたっけね?綾辻の派手さ、法月のロジックに比べてこの人の作品には、強烈な個性といったものを感じない。いや、勿論「小説たけまる増刊号」のような冗談企画には脱帽なのだが、あれとても企画の勝利であって、作品の勝利というわけではなかろう。「かまいたちの夜」のように早くからゲームに手を出したり、ネット日記を公開したり、ジュヴィナイルもこなしたり、漫画化にも熱心だったり、と活動の幅広さは、京大ミステリ研の中でもピカイチではあるのだが、作品そのものは「殺戮にいたる病」を除いては、良くも悪くも「新本格」らしい「危うさ」に欠けるのだ。
で、この作品は、近未来の東京を舞台にしたサイバーでサイコなスリラー「腐蝕の街」の続編である。続編なので、下手に梗概を書くと第1作のネタバレになる部分もあり書きにくい事夥しい。ううむ。
知の仮面を被った最凶の獣が放たれる。電網に仕掛けられた罠。知らぬ間に賞金首に仕立て上げられる私とその友人。内なる殺戮機械を押えながら、私たちの逃避行は始まる。私の矜持は生け贄の獅子を拒否し、更なる窮地に私たち自身を追い込む。歪んだ愛と謀略。電網上での智略の限りを尽くした破壊。追う者が追われ、幽霊たちが暴力の夜に酔う。デジタルはアナログに、「ある」は「ない」に。獅子の知性は闇に吼える。私は何%の私なのだろう?てな話。
行き当たりばったりのサイバー・スリラー。思わせぶりの台詞が宙ぶらりんになったり、別れたメンバーが御都合主義的に動き回ったり、あちこちで綻びが目立つ。主人公たちが最後に放つ逆転の奇手にはなかなかの爽快感があるものの、ハードカバーで売る内容ではなかろう。サイバー・パンクな描写も、SFプロパーの例えば「クリスタル・サイレンス」あたりの目くるめくサイバーバトルと比べると著しく見劣りする。とはいえ過大な期待を抱かず、キャラ萌えモードで臨めば、それなりに楽しめる。まあ、我孫子ファンが文庫落ちで読んでおけばいい作品であろう。


2000年9月17日(日)

◆ようやく未読王さんのサイトの日記コーナーに入れる。ただひたすらボーッと待つというのが苦痛である。RPGのトラップに使えそうなシステムだなあ。内容は、語り口、買いっぷりともZPそのままのノリ。さすが元祖である。いよいよネット古本系の真打ち登場ですのう。
◆午前中は、前日の日記書きで終る。午後からは、雨を警戒し定点観測にも出かけず、ひたすら積録ビデオの消化。購入本0冊。「パラサイト」は、ハイスクールを舞台にした「ボディ・スナッチャー」もの。特撮の凄さには感心するが、<寄生虫>のボスの正体は、余りにアンフェアにしてイロジカル。完全にプロットが破綻してしている。まあ、個人的にはツボな話ではあるのだが。「TRICK」初回〜第3回放映の「新興宗教」編。手品のネタを惜しげもなく割りながら快調なテンポで「霊能力」退治に挑む貧乳の三流女性マジシャンと長身の物理学教授の活躍を描く。トリックはいずれも有名なものだが、見せ方が巧い。教祖役の菅井きんが好演。それにしても、ギャグのかましかたといい、間の取り方といい、本当に「マンガ」的脚本だこと。うう、いかん、仲間由紀恵のファンになってしまいそうじゃわい。「あはは!」(突然意味もなく笑う)。
◆夕方から発作的に、以前から打ち込むつもりだった「ポケミス遠刊予告」リストの入力に励む。さすがに350冊分の打ち込みは時間が掛かる。それにしても、開設1年目にして初めてのリストらしいリストである。というわけで「瑣末の研究」久々に更新しました。ああしんど。

◆「ギヤマン壷の謎」はやみねかおる(講談社青い鳥文庫)読了
活字忌避モードにつき、軽い本で「1日1冊」のノルマをこなす。というか、この3連休中ずっと軽い本しか手にとっていない。そんな中でも極めつけが、はやみねかおるの夢水清志郎シリーズ。昨年、1日1冊読んで感想を書くという事を始めた際に、再三にわたってペースメーカーになってくれた「恩人」とも言えるシリーズである。不可能トリックを贅沢に使いまわし、平易にしてユーモラスな筆致で、現代の名探偵を描いてきた作者が、今回はなんと江戸時代に挑戦である。それもキャラクター造形そのままに江戸時代に移すというのだから、これはなんともマンガである。海外作品にもマクラウドの「オオブタクサの呪い」といった異色作がないではないが、こういう試みはミステリの世界では極めて稀と言ってよかろう。
さて、ではその出来栄えであるが、まず驚くのが、開巻即、舞台がエジンバラで或る事。大江戸編と思って読み始めた読者に軽くジャブを打ってくる。幕末と推理小説の黎明期とが同時代である事を嫌味なく読者に伝える好スタート。事件は、両方を塞がれた小路から消えたあげく、時間をあけて発見された窃盗犯の死体の謎。夢水清志郎左右衛門は、老紳士の語りのみからあっさり真相を見破るばかりか、その事件の翳にあったもう一つの事件までを解き明かす。
引き続き、舞台は出島に移り、密室状態の倉庫から消え失せた高価なギヤマン壷と、現場に残された不可解な生物の足跡の謎に迫る。トリックそのものは有名なものだが、バリエーションで見せる。夢水の人情裁きがよい。
更に、道中編では夜の間に山裾から山頂まで移動する六地蔵の謎を解き明かす。このエピソードでは、本筋そのものよりも偶然の同行者とのやり取りが光る。
そして大江戸編第1話。洞窟を封じた途端、江戸の街に現われた大入道の正体を、苦もなく看破する清志郎左右衛門と、芸人たちとの出逢いが描かれる。なめくじ長屋の連中を思わせるキャラの立ち方に拍手喝采。中でも、居合いの達人・中村巧之介については、後編で重要な役割を果たしそうな、立たせっぷり。これは期待できますぞおお。たいへん、面白うございました。ごちそうさま。


2000年9月16日(土)

◆朝方、突然の停電に驚く。マンションって電気が切れると本当に暗い檻なんだなあと実感する。真っ暗な中、バッテリー駆動に切り替わったパソコンだけが動いていた。健気である。幸い20分ぐらいで回復。冷蔵庫には大したものは入っていないが、この季節に電気が止まるのは恐怖やねええ。
◆ダンボール、新聞・雑誌、古着のゴミ出しで半日が吹っ飛ぶ。ついでにダブリ本コーナーを少々整理。SFだけで文庫・新書・雑誌とりまぜ300冊超あるぞ。一気買いの後遺症。ヤフーオークションにダンボール単位で出したろかしらん。白梅の旦那用に確保してあるSFMも、先方の「御家庭の事情」で積まれたままだしなあ。という訳で、古本に倦んで購入欲ゼロ。食糧の買い出しに行きがてら、近所の本屋で、マンガを少々(星野之宣、藤田和日郎、鶴田謙二)と何故かおいてあった多岐川恭を購入。
「罠を抜ける」多岐川恭(光風社:帯)1300円
8年前の本が店晒しになっているところがこの書店の凄いところである。それでも1円も引いてくれないところが本屋である。ううむ。


◆「日本を殺す気か!」井沢元彦(祥伝社)読了
本の整理をしていたら、スガ蔵書の中に混じっていたので、その場にへたり込んで読み始め、30分ほどで読み切ってしまった。井沢元彦はここ20年の乱歩賞作家の中でも好きな作家である、いや「あった」というべきか。受賞作「猿丸幻視行」は言うにおよばず、最初の10年間ぐらいは本が出れば即購入の即読了を続けていた。歴史方面の言論人としての活動がメインになって以降も、何作かは非ミステリのエッセイにも付合った。まあ、その前後から「恨の法廷」などというファンタスティックな「法廷」もの(どこがやねん)でトンデモ知的激右の片鱗は見えていたのだが、それでも「言霊」「穢れと茶碗」には一つのキーワードが不可解な謎(=日本人のメンタリティ)を快刀乱麻を断つが如く解体していく爽快感があった。本格推理小説の醍醐味と共通する何かがそこにはあった。だが、この本はダメである。これはもう徹底的にダメダメである。内容は副題の「国を壊死させる官僚の論理」がいい尽くしている。要は、厚生省のエイズ薬害事件や大蔵省の「実質上の」汚職事件を例にとり、旧帝国陸軍とのアナロジーにおいて官僚というシステムの腐敗を指摘し、それを回避するために我々は官僚を使いこなすだけの力をもった政治家を選ばなければならない、という事を檄文風に綴った本である。まあ、主張そのものは、よくある「官僚批判」であり、正鵠を射ている。では、この本のどこがダメかというと、「作者にとって新しいアイデアがない」、「傍証を他の言論人の引用で済ませる」、「課題に対する明確な打開策を示さない」、そして最後に(これが一番大事なところであるが)作者自身が「この本は『拙速をかえりみず』に緊急に執筆したもの」で「まことに文筆業として許しがたい事であり、読者に対しては失礼な事であります」と書いているところである!なんと作者自身が「これってダメな本なのよん」と述べているのだああ!読者を舐めんな!!
この後書きを読むまでは、「衰えたり、井沢元彦」という思いを持っていたが、このくだりを読んで「腐敗せり、井沢元彦」と確信した。結局、言論や思想すらも消費していくこの世のメカニズムに呑み込まれたか、井沢元彦!弁解しなきゃいけない本なんか出すな!出したからには弁解なんかすんな!!
言論人なんてやめて、推理小説に戻ってきてくれよおお。

◆夕方からはオリンピック一本!やあ、燃える、燃える!いいぞ、田村ああ!!世界一!!
◆「フードファイト」最終回、佐野史郎の怪演が凄すぎ。お遍路さんの格好をしておにぎりを貪り食い、とうとう最後には「冬彦さん」モード炸裂だああ!うーん、完全に主役だよ。じっくりエンドクレジットが終ったあとも見ていたら一応オチもついてて安心した。ところで九太郎の声って「キムタク」だったのね。うう、気がつかなんだ。

◆「小惑星美術館」寮美千子(パロル舎)読了
作者はネットの一部で熱狂的人気の童話作家。ラジオのパーソナリティも勤め、自著の朗読会なんかも開いたりする(らしい)かなりカッコイイお姉さんである。これは毎日中学生新聞に連載された10年前の作品。鏡像世界に迷い込んだ少年が、その世界の謎を解き、帰還するまでを描いた詩情溢れるジュヴィナイルSFである。
母親を亡くした少年ユーリ・ザキ。勘違いして遠足の集合場所に1時間も早くついてしまった彼は、暴走族に襲われた拍子に公園の銀河盤の前で意識を失う。目覚めるとそこは、地平線がまくれあがった似て非なる街。なんとその街では、ユーリの母が生きているのだという。だが、12歳になった子供の掟に従って「遠足」への途上にあった彼は、母との再会も果たさぬうちに宇宙船に乗せられてしまうのだ。そして彼は宇宙船の窓から「れんがの月」の正体を知る。向かうは小惑星軌道上の「美術館」。「誰でもない」船長が、異端の扉を開く時、記憶装置の最深部でユーリは父を超える。軌道上の凍ったノア。それはまほろばの結晶。ミルク色の石英宮に化石の魚は泳ぎ、謎は柱となって解答者たちを待つ。そして音楽は回り、光の剣は永劫回帰の環を断つ。僕はここにいる。未来はそこにある。
SF的ガジェットを盛り込んだネオ・ファンタジー。描かれるディストピア像は類型的なものではあるが、鏡像宇宙の邂逅シーンのイマジネーションはそれを補って余りあるといえる。善人ばかりなのがやや食い足りないが、「母」なるものへの思いが実に痛い話である。「写真の向こうから微笑みかける亡くなった母」「『れんがの月』を支配するマザー」「天空にあるガイア」「彼を温かく迎えてくれる母」主人公は、様々な母と遭い、そしてそれに別れを告げる。最後の一文が力強いノスタルジックな成長小説。よろしいのでは。


2000年9月15日(金)

◆朝起きると、昼だった。不条理だ。もぞもぞ。気を取り直して、回り寿司を食ってから新京成遠征。
d「宇宙探査機迷惑一番」神林長平(光文社文庫)100円
d「親切がいっぱい」神林長平(光文社文庫)100円
d「天国にそっくりな星」神林長平(光文社文庫)150円
「ゴースト・パラダイス」Tプラチェット(講談社文庫)250円
「三味線殺人事件」野坂昭如(講談社NV)200円
「古書店アゼリアの死体」若竹七海(光文社NV:帯)300円
「おせっかい」松尾由美(幻冬舎:帯)800円
「空耳見聞録」遊佐未森(河出書房新社:函)1450円
まあ全然たいしたものはないが、古本屋を回れる事が即ち喜びである。野坂昭如にこんな作品があったのが新鮮な驚き。神林長平は3周目の半分まで来たぞ。だからなんだという訳ではないのだが。遊佐未森本は余りの造本の立派さに発作買い。まあ、小説も幾つかはいっているので良しとしましょう。してください。

◆そのまま「本の雑誌」的カリスマ書店員の勤め先へ。ハヤカワ文庫創刊30周年フェア冊子のゲットが主目的だったのだが、気がつくと1万円を超える買い物をしてしまっていた。うう、高いなあ、新刊本って。
「死者の靴」HCベイリー(創元推理文庫:帯)720円
「冷え切った週末」Hウォー(創元推理文庫:帯)740円
「老人達の生活と推理」CHソーヤー(創元推理文庫:帯)680円
「真夜中の檻」平井呈一(創元推理文庫:帯)800円
「ハリウッドボウルの殺人」Rホイットフィールド(小学館文庫:帯)638円
「影が行く」PKディック他(創元推理文庫:帯)920円
「暗黒神ダゴン」Fチャペル(創元推理文庫:帯)540円
「ラブクラフトの遺産」ワインバーグ&グリーンバーグ編(創元推理文庫:帯)1000円
「魔術師マーリンの夢」Pディキンスン(原書房:帯)1900円
「カジシンの躁宇宙+馬刺し編」梶尾真治(熊本日々新聞社)952円
「GIALLO創刊号」(光文社)1500円
おお、ハヤカワの冊子を貰いながらハヤカワの買い物が一つもないわい。すまんすまん。カジシンのマイナー本が平積みになっているのが、さすがである。ジャーロはEQそのまんまのつくり。新雑誌の創刊といった新鮮さがない。唯一の相違点といえば、翻訳中心だったEQに比べると日本作家の割合が高い事ぐらい。個人的にはそんな事はメフィストにまかせて、スタウト長篇一挙掲載でもしてくれた方が嬉しいのだが、まあ贅沢は言うまい。ただ「本格ミステリ作家クラブ」という企画は、一体なんなのだろう?なんとなく胡散臭い。そのうち「ノベルズミステリ作家集団」や「官能ミステリ作家連合」や「日本法曹推理作家協会」も出来るのかな?結社の自由は憲法の保証するところなので、どうぞ御自由に、ではあるのだが。でもずらりと並んだ錚錚たる面子の中に森奈津子の名があったので、ちょっと興奮する。「女王様が君臨する女奴隷の城で次々に起こる密室猟奇SM殺人!女王様のお許しがないと逝く事すら許されない絶対服従の被害者たち」なんていう「くらしっく・ふーだにっと」を多いに期待してしまうぞ!!閑話休題、本日一番の興奮はカーの「囁く影」の復刊。どうせタロウカードの表紙になっているんだろうとタカをくくっていたが、なんと依光画そのまんまの復刊ではないか!エライ!!数あるカーの表紙絵の中でも私の最も愛する絵が平積みで拝めるとは!見直したぞ、早川書房!
◆掲示板の愛・蔵太さん情報を受けて未読王さんのサイトにいそいそと跳んでいったのだが、何回やっても開かない。謎だなあ。読み込みが途中でとまって「応答なし」になってしまうのだ。見たいなあ。こういう時にパソコンの素人は為す術もないのでイヤんなる。ぶう。
◆積録してあった「多重人格探偵サイコ:雨宮一彦の帰還」の第一話を視聴。サイバーパンクな「沙粧妙子」という感じの作品で、とても味悪である。うへえ、あと5話もあるのかあ。


◆「大いなる冒険」Mスピレーン(晶文社)読了
「ヤング・アダルト図書館」なる叢書の第1巻。「あの」ミッキー・スピレーンのジュヴィナイルというだけで興味をかき立てられる。バイオレンスとセックスと反共主義の「あの」スピレーンだもんなあ。父を共産主義者に殺された少年が、その形見の拳銃で、襲い来る暴力のプロどもをなぎ払い、最後には初恋の相手であり父の愛人であった年上の女性が真犯人であった事が判明、命乞いに目の前でストリップを始める彼女の眉間を撃ち抜く、といった「成長小説」を期待したのだが、さすがに健全な晶文社からそんな話が出る筈もない。しごく真っ当な「海なき海洋冒険もの」であった。
都会の生活を引き払いカリブの小島に18世紀のスペイン帆船ナッタケット・ベル号の秘宝を追うヴィンセントとラリー親子。二人をよそ者扱いする島の人々の「悪意」は、彼等の持ち船の原因不明の沈没を招く。そして冒険の幕は、資金調達に父ヴィンセントが本土に向った翌日に切って落される。なんと突然、海がはるか沖合いまで引いてしまったのだ。剥き出しになった海底を宝を求めてひた走るラリーとその友人ジョシュ。だが、島で親子を最も毛嫌いしていた狂暴なジムスン兄弟もまた、探索行へと乗り出したのである。しかも、彼等にはラリーとジョシュに絶対知られてはならない「秘密」があったのだ!潮の香に咽ぶ泥海の中を幼い冒険心が跳ね、死の罠を掻い潜る。それはやがて人の悪意と自然の脅威からの命を懸けた逃避行となるのであった。果して「少年と海」の結末は?!
男の子の冒険心を刺激する「宝捜し」の妙味!それがなんとも懐かしい。自然現象には、一切科学的な説明がつかないものの「陽に晒された海底」の情景が実に印象鮮烈である。知力と体力のすべてを動員して危機に立ち向かう少年たちの清々しさに比べ、欲に目の眩んだ大人達の薄汚れ方がなんとも対照的。勧善懲悪のラストまで、一気読みの冒険ジュヴィナイル。エステバン・マロート描くところのイラストも見事に物語を引き立てている。でも、作者名を隠されれば絶対にスピレーンだとは思わないよなあ。


2000年9月14日(木)

◆DASACON4のWeb書評アンケートも締め切ったようなので、Web書評についての私見を少々。Web書評は、実は余り読まない。理由は簡単で「エンタテイメント、特に推理小説は<素>で読むのが一番」だと思っているからである。自分が既に読み終わった作品について「この人はどう感じたのかなあ」という興味で読む事はあるが、なにせ、世の中のWeb書評の殆どが「新作」の話なので、「新作」を「新作」のうちに読む事が極めて稀な私は手が出せない。但し、「Web書評で取り上げられている」という事実は、「そういう本が出ている」という情報として活用させてもらっている。これはWeb書評に限らず、商業誌・同人誌を問わず書評全般について言える事である。従って、良く読む「Web書評」は旧作対象の「WMC・OBページ」、「Uncharted Space」、(最近の)「ヘイ・ブルドッグ」など。尤も、こんな基本論を超えて「Web書評自体が『読物』として面白い」場合は「新作対象」であってもつい読まされてしまう事がある。例えば「Be Normal Bookworm」なんぞがそれ。長さもホドホドで、ついいらん知識を吸収してしまうぞ。むうむう。
◆1日ばたばた。気力で、近所のブックオフを定点観測。
d「殺しあい」DEウエストレイク(ハヤカワミステリ文庫)100円
d「悪党パーカー/死者の遺産」Rスターク(早川ミステリ文庫)100円
d「バーニーよ銃をとれ」Tケンリック(角川文庫)100円
「ある詩人の死」Dアリン(光文社文庫)100円
ああ、やっぱり古本屋は寛ぎますのう。ついつい長居をして、ついでにマンガコーナーも覗いていると同人誌時代の知り合い(の知り合い)の作品がまとめて並んでいたので買う。改めて奥付けを見ると、ああ、今年の7月の本じゃないかあ!!うう、済まぬ。
「アラビアン・ナイトT・U・V」長谷川哲也(ノアール出版)各350円
九州マンガ同人の雄「ETWAS」といえば「くら・りっさ」と「長谷川哲也」。当時、大阪在住の身の上でありながら、なぜか広島のスタジオSFCに所属していた私は、乃美やすはる氏を通じて「九州に長谷川哲也あり!」という印象を強烈に抱いたものであった。この人の絵柄とセンス・オブ・ワンダーは大好きなんだけど、今ひとつブレイクしないのは何故なのか?不っ思議だなあ。それにしても「ノアール出版」って何?

◆帰宅すると、郵便受けにクッション封筒が。おおおおお!これはえぐちさんからの交換本!待ってましたあ!
d「悪魔が来たりて笛を吹く」横溝正史(角川文庫:初版)交換
ゴーーーーーール!
ゴーーーーーール!!!

やったーーーー、角川文庫横溝正史初版クエスト、こんぷりーとおおおお!!!

後ろから猛迫撃するKaluさんを振り切って、今、白い背に黒文字の横溝が、本棚に吸い込まれたあああ!
さあ、表紙の題字でレインボーーーー!

こんなにはしゃいでいいんでしょうか、川平さん?

「いいんです!」


◆「タイム・トンネル」Mラインスター(早川SFシリーズ)読了
マレー・ラインスターは、私が創元推理文庫で2番目に読んだSF作家である。一番目はコナン・ドイルの「マラコット深海」。で、2作目がラインスターの「地の果てからきた怪物」であった。極地基地で起こる姿なき殺人者による連続殺人という魅惑的なプロットは、小学6年生にはあまりにも強烈であった。以来、この長寿職人作家には悪感情を抱けずにいる。今日の電車の友も、お手軽なテレビシリーズのノヴェライズなのであるが、それはそれで良し!ブリッシュの生真面目なスタトレのノベライズに今ひとつ乗り切れないのに対し、この作品は実に楽しく読み飛ばせた。
アメリカ。不毛の砂漠の地下深く建設された研究所では「チックタック計画」と呼ばれる一大プロジェクトが進行していた。生物を時間軸に沿って過去や未来に送り届ける「タイム・トンネル」の建設!だが、その研究所に招かれた上院議員クラークは、その実験を壮大な無駄遣いと断じ、計画の中止を議会に進言すると言う。累卵の危うきに晒された計画を救うために、科学者トニー・ニューマンは我が身を投じ人体実験に踏み切る。彼が辿り着いたのは1889年のペンシルバニア州ジョウンズタウン。トンネル管制室は、その街が後数時間で、ダムの決壊事故に見舞われ壊滅状態になる事を知る。馬を乗り潰してまで人々に警告を発するトニー。しかし、彼は精神異常者として拘留されてしまう!命の綱とも言える航時装着体を奪われたトニーの救出に送り込まれるもう一人の科学者ダグ。果して彼等の運命や如何に?ってな話。もう一つ、インディアンとの戦いを描いたエピソードも収録されて御得用。
アメリカの史実を巧みに織り交ぜ、スリリングに描かれた時空活劇。なぜか主人公が歴史上の大事件の場に飛ばされる御都合主義が心地よい。まあ、この辺りの反省がスタトレの時間テーマ傑作「永遠の淵に立つ都市」に結実していくのであろう。難しい事は言いっこなしで楽しむのがお作法というものである。はい。


2000年9月13日(水)

◆本日の残業は軽め。21時には帰宅できたぞ。しかし雨模様なので、とっとと帰って寝る。昼休みに安田ママさんのエッセイを立ち読みがてら、会社の傍の古本屋を一軒チェックしてたからいいんだもんね。
d「殺人四重奏」Mルブラン(創元推理文庫)100円
d「ロボット物語」Sレム(早川SF文庫)100円
d「真夜中の黒ミサ」Dホイートリー選(ソノラマ文庫海外)420円
ダブリばかりだけど、ソノラマ海外が1冊あったのでよしとしよう。
◆安田ママさんのエッセイは、自己紹介とネットの魅力を軽快なテンポで綴った元気印の1編。いいぞ、いいぞ!
◆昨日の「四大文明の精華」を録画失敗。おそらく集中豪雨ネタで7時のニュースが延びたせいであろう。実際に被害に遭い避難生活をされている方々に比べれば文句言ってちゃいけないのは判るのだが、それでも愚痴の一つも言いたくなるぞ、NHK!「BSデジタル放送になればこの類いの録り逃しがなくなる」という宣伝かい!?ぶう。
◆思いきり久しぶりに週刊プレイボーイを買う。言わずと知れた佐伯日菜子欲しさ。ううむ、やっぱりかっちょいいぞ、サエキ!

◆おお、更新なった大森望氏の超軽量リンクの3ヶ所からリンクしてもらっているぞ!「掲示板」と「日記」と「書評」。ありがとうございますありがとうございます。それにしても、ここのところ掲示板のレスがままならず書き込んで頂いている方々には申し訳ない気持ちでいっぱいであります。すみませんです。今月中は今の修羅場が続きそうなので、まだ当分ご迷惑をかける事になりそうであります。ひいひい。

◆「紅鱒館の惨劇」鮎川哲也編(双葉社)読了
鮎哲編の本格推理小説アンソロジーの中でも入手困難な1冊。リアルタイムで本屋に並んでいた時代には、鮎哲自身の作品を追っかけるのが精一杯だったので「こんな仕事してないで、新作書いてよ、鮎川先生」「こんな本出してないで、鮎哲の旧作出してよ、双葉社」と思っていた。あの頃ボクらは若かった。で、このアンソロジーだが、どの作品も「本格」への熱いこだわりと愛に満ち溢れた作品ばかりであった。とにかく、分量に比べて情報量が多い。とんでもない密度なのだ。今の推理小説を読みなれた身からすると取っ付きにくいこと夥しい。少なくとも通勤電車でホイホイ読み飛ばせる質ではない。読みやすさも「質」のうちという考えにたてば、一部を除いて殆ど「落第」である。戦前作である大阪圭吉の「寒の夜晴」が本格趣味を押えながら圧倒的なリーダビリティーを維持しているのがなんとも爽やか。戦後本格の隘路ぶりと好対照である。とまれ、隘路の中からこれだけの作品を発掘し再び世に送り出した鮎川哲也、及びその背後にいたであろう中島河太郎の両マエストロには最大限の敬意を贈ろう。以下、ミニコメ。
「寒の夜晴」空中に消えるスキー跡。短い中に、軽やかで歯切れのよい不可能犯罪と愚かしくも哀しい人間模様を封じ込めた作者の力量に唸る。これは、世界に通用する傑作短編。
「ユダの窓はどれだ」戦後の本格ブームが伝わってくる夫婦コント風のドタバタ密室もの。我が家の「ユダの窓」を巡って、奥様方が競い合うという設定だけで許す。
「紅鱒館の惨劇」いかにも名探偵然とした名探偵には久しぶりに出会ったなあ。プロットがよく練られており、犯人の奸計とそれを見破ったうえで裁けぬ犯人に「場外」技を仕掛ける探偵の企みの激突。よろしいのではないでしょうか。
「火山観測所殺人事件」ロックの懸賞受賞作。短い頁数で、複雑な背景を描ききった作者の力量はなかなかのもの。名探偵の勝利ぶりが鮮やかで吉。
「豹助都へ行く」余りにも人が死に過ぎる。詰め込み過ぎで、なにがなんだか判らなくなる。動機も今一つ納得いかない。
「間貫子の死」爆笑フーダニット。必ず同じお返しをするという奇習の村で、何通りもの殺害方法で葬られた女高利貸の死を巡るドタバタ推理劇。設定の勝利だが、これを耳で聞いただけで犯人当てさせられた方はたまったものではなかろう。
「ポツダム犯罪」本格短編の精華。なぜ、その男は矢で射殺されたのか?ハウダニットとホワイダニットとフーダニットの絶妙のアンサンブル。名探偵もいるぞ。
「歯」機械トリック、心理トリックとも逆転の発想が鮮やか。愛弟子を惨殺し密室の中で自殺を遂げた老教授の汚名を晴らすために立ち上がる名探偵という設定も頼もしい。
「エロスの悲歌」不倫あり、同性愛あり、近親相姦あり、という設定には辟易とする。だが、この真犯人には本当に驚いた。その大胆な掟破りがこの作品の売りであろう。


2000年9月12日(火)

◆修羅場ケイゾク中。私、残っちゃったんです。とりあえず、その日のうちに帰れて嬉しい嬉しい。購入本0冊。
◆ひゃあ、フクさんまでが鷲尾三郎のレビューを!!な、何が起こったのだ、推理電網に!?これは「三重読本事件」ちゅうか、「束ねの記録」ちゅうか、あ、「後からの追従者」でしたか。
◆「安田ママ、でびゅー!!」えーだば、えーだば。というわけで、銀河通信の安田ママさんが今月号の「本の雑誌」で活字デビュー、ってまだ読んでないのだが(こらこら)、祝カキコから判断するにネットが起爆剤になって評価があがった作家の事でも書かれたのかな?私の場合、ネットで知った「当り」の作家といえば、矢崎存美とか秋山瑞人とかいうジュニア系の人たちですのう。あとは岩本隆雄なんかもそう。「ぶたぶた」とか「猫の地球儀」とか「星虫」とか、ネットをやっていなければ絶対手に取る事のなかった傑作である。スガヒロエ作品には、いつかは巡り合ったとは思うが、例えばここを読んでいる人が「よし!自分もスガヒロエ読むぞ!」と思っていてくれたりすると嬉しいなあ。

◆「遠い悲鳴」Fブラウン(ポケミス)読了
随分前の話になるのだが、早川ミステリマガジンの「響きと怒り」のコーナーでこの本を探究している人がいた。「これでポケミスが揃います」という話に、「世の中には凄い人がいるものだ」と感心した事を思い出す。長じて私自身の「最後のポケミス」が同じく800番台の一冊だったもので、やはり鬼門はこのあたりなのかな、と感じる次第。まあ、コナン・ドイルやナポソロを最後に残すというのも「粋」ではあるが、700番から1000番に掛けてのポケミス暗黒期は発行部数そのものも絞られていたように聞くので、真っ当に集めていれば、「最後の一冊」の確率が高いのではなかろうか?因みに、これも聞いた話であるが、初版縛りでポケミスを集めている人にとっては007が鬼門だそうである。「どこにでもある」は「どこにもない」というパラドックスが憎い。閑話休題、ブラウンである。3B(ブラウン、ブロック、ブラッドベリ)の中では最も器用な作家で、私の読書体験の中では短編やショートショートの面白さを教えてくれた作家として光り輝いている。庭仕事をする奥さんに、仕事場のブラウンが「何か、言葉をいってくれ」と声をかけ、奥さんの言った一語をもとに短編をでっちあげた、という逸話を読んだ時には、心底シビれたものである。そんなブラウンだが、長篇ミステリとなると、奇抜な設定とキャラクターの妙で読ませるエド・ハンター・シリーズ以外では「これ!」という作品が思い浮かばない。一言でいえばアイデアを支えるだけの持久力に欠けるのだ。この人は。で、この作品もまさにそんなブラウンの長篇。
神経耗弱で、3ヶ月の休暇を医者から申し渡された元不動産のジョージが、メキシコに近い田舎町に逗留し、友人のクライム・ライターの依頼を受ける形で、8年前の「孤独な心」の殺人を追う。無教養な妻の総てに倦み、そこから逃避するつもりで過去の結婚詐欺殺人の男性加害者のその後と女性被害者の身元捜しに勤しむジョージ。誰もが見落としていた切り口でその両方に迫ったジョージがアル中の譫妄状態の中で見た真実とは?
余り多くは語りたくない(だからこそ、脇ネタで字数を稼いだのだ)。ノン・シリーズのブラウン長篇の悪いところが目立った作品。無教養な妻の描写が残酷なまでに的確であり、リーダビリティーの高さもさすがなのではあるが、やはりミステリとして高い評価はできない。さっと読んで、さっさと忘れましょう。


2000年9月11日(月)

◆更に修羅場は続く。仕事で午前様は厭だあああ。誰か24時間営業の古本屋さんを開いてください。でも本当には開かないでください。開いていても行く気力がありません。しくしく。購入本0冊。
◆おお!なんと黒白さんも鷲尾三郎のレビューをアップしているではないか!別に申し合わせたわけでもないのに。全く褒めてないところまで一緒だぞ。これぞシンクロ。

◆「白雪姫の殺人」辻真先(徳間書店)読了
「アリスの国の殺人」「ピーターパンの殺人」に続く、バー「蟻巣」に集う熟年探偵団シリーズ第3作(なんだそうな)。実は他の二作は読んでおらず、たまたま、昨日の買い物の山から適当に一冊選び出したに過ぎない。ところがどっこい、これが結構な拾い物。まず、実は作者の分身である牧薩次(ポテト)ものであった、ということ。次に、作者が最も得意なアニメ界を舞台としたものであったということ。そして一番重要なのは、この作品が社会的な問題提起を行いつつ、尚も非常にトリッキーな「現代の館もの」とでも呼ぶべき探偵小説であったという事実である。その「館」とは老人ホーム。そこに作者は、かつてアニメの黎明期から黄金期を支えたアニメーターたちを配する。老人ホームを舞台にとった推理小説といえば、ディブディンの「消えゆく光」や山田正紀の「恍惚病棟」(なんでこの題名を「恍惚都市」にしなかったのかね、山田正紀は?などと書くとネタバレすれすれだな)などが頭に浮かぶが、この作品も老人であるがゆえの「面白うて、やがて悲しき」人間模様が描かれる。70歳を過ぎた老人達の愛称が「アッコちゃん」であり「009」であり「アトム」である物悲しい世界は、アニメとともに生きてきた作者でなければ書けないものであろう。
現代的な経営手法を取り入れた新築老人ホーム「ダイヤライフ多摩」。かつてアニメ界の栄光と共に生きてきた7人の老人の一人が奇矯な造りの霊安室で無惨な首なし死体となって発見される。その一週間後、今度は死んだ筈の「アッコちゃん」が白雪姫の扮装で衆人環視の中、池に転落するという「幽霊事件」が勃発する。老人たちの入居に骨を折った出版社重役新谷のもとに「蟻巣」に集う「熟年探偵団」の出馬要請が届いたのはそんな時だった。が、自作のアニメ化で老人の数名と関わった劇画家探偵の那珂が、現場に向った時、近代的な白亜のホームは、それ自体が血塗られた「棺」へと変貌するのであった。果して「死」を弄ぶ悪魔の正体とは?立て!熟年探偵団!「昇天せよ!アニメーター!」
魅惑的な冒頭の謎から矢継ぎ早に事件が起こり、中盤には「これあり?」級の大事件が勃発する。その大胆な展開には唖然とする。謎の仕掛が多層的であるにも関わらず惜しげもなくネタを割って突き進む作者の筆は留まるところをしらない。老境に達した作者のアニメ界に対する怒りと祈りすら捨てネタにして、推理の神に仕える潔さには感服する。尤も、それがために余り読後感は爽やかとはいえない。ミステリ作家としてもベテランの域に達した作者が、当時センセーションを巻き起こしていた新本格的「館」世界に挑戦した作品といえよう。もう少し謎にタメがあって、勿体つければ万人の認める「傑作」になったかもしれないだけに、展開を重視する作者の早書きが残念である。