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2000年8月31日(木)

◆仕事がシャレにならない修羅場である。購入本0冊。

◆「死を呼ぶブロンド」Bハリディ(ポケミス)読了
西洋のあの有名な名探偵の髪の毛は何色?となると意外に判らないものである。例えばエラリー・クイーン、例えばファイロ・ヴァンス。シャーロック・ホームズだって怪しいものである。TVチャンピオンで推理小説王選手権が企画されれば、その決勝問題に使えるのではなかろうか?というぐらいに難しい。そんな中でこの作品の探偵マイケル・シェーンだけは、多少の心得があれば「赤毛」という正解を自信をもって答えられる。それほどにミステリ界で「赤毛」といえば、連盟」か「マイケル・シェーン」である。だが逆にいえば、名前と髪の毛の色は知っていても作品をきちんと読んでいる人は少ないのではなかろうか?かく申す私も、この作品が初体験。だが少々異色作であり最初に読むには相応しい作品ではなかったのかもしれない。
マイアミのとあるホテルのフロントに、女の声で「316号室で男が殺されている」という電話が掛かる。だが、その電話は360号室からのものだった。自分の聞き違えと判断したフロントは360号室にホテルの探偵を差し向けるが、そこには死体も女もいなかった。更に念のために調べた316号室にもなんの異常もない。一方、物語は必死にホテルから逃げ出し、タクシーの運転手に有能な私立探偵を紹介するように迫る女性の姿を追う。彼女の後をつける顔に疵のある男。秘書のルーシーといい雰囲気になっていたシェーンが呼び出しを食って事務所に駆けつけると、階下でとびきりの美女が良い稼ぎになる仕事を持ち掛けてくる。だが、シェーンは、直感的にそこに罠を嗅ぎ取るのであった。かくしてマイアミの夜を駆ける「人探し」「死体捜し」「名前捜し」の2時間ドラマの幕は切って落された。
事件の背景は、観光地マイアミらしいものであり、少ない登場人物を巧みに転がして、一応「謎」らしきものやサスペンスを作り上げる技には敬意を払うべきであろう。だが、そのために、ヒーローたるシェーンに手酷いミスを犯させねばならず、名探偵のカリスマ性に作者自らが泥を塗る仕儀となる。各章題を時刻で表し、午前0時で終るというシナリオは、日本の2時間ドラマ向き。趣向のために探偵を狂言回しに使ったシリーズ中の異色作とみたのだが、どんなものだろうか?識者に伺いたいところである。


2000年8月30日(水)

◆とうとうこの日がやってまいりました。買いも買ったり365日!読みも読んだり365日!書きも書いたり365日!ありがとうございます!「猟奇の鉄人」ついに満1周年であります!!累計アクセス77000弱。使用した容量13Mバイト強。頂いた掲示板への書きこみ4200超。「血風!」「d」「定点観測」などの用語を垂れ流し、泣きながら走り続けた一年でした。いやあ、長かったあ!!!顧みすれば、半年以上ほったらかしのコーナーもあって、当初の意気込みはどこへやら、日記と掲示板がすべてのサイトになってしまいましたが、まだDB系への望みは捨てておりません。どうぞ今後とも拙サイトへお運び頂きますようよろしくお願い申し上げます。極北のアングラへっぽこサイトとして、もうちょっと頑張ってみます。はい。(ちょっと仕事がバタバタしてきましたので1周年行事はもう少しお時間ください。)
◆ここ1年で最も記念すべき日だというのに、最も仕事が忙しい日でもあった。何事もマイペースでしかやらない私が完全に微笑みを忘れていたぞ。うがあうがあ。古本屋に寄る気力も湧かず新刊書店のみチェック。
「死を招く航海」Pクェンティン(新樹社:帯)1900円
「泥棒は図書館で推理する」Lブロック(ポケミス:帯)1200円
2冊で3000円を越えてしまう。ああ、なんて新刊って高いんだあ。とりあえず「ポケミス、コンプリートおおお!」と空しい恒例行事である。ああ、まだ先日買った銀背の揃いを本棚に収納はおろかダンボールから出せてもいないのにい。そもそも、揃っているのかすら未確認だったりするぞ。大丈夫だよなあ。誰か大丈夫と言ってくれええ!(自分で調べろよ)

◆掲示板へのお祝辞ラッシュが続く。1日の最多書き込み数ではなかろうか?なによりのビタミン。嬉しい。はるか地球の裏側からも書き込みを頂き、主宰者冥利に尽きる。ありがとうございますありがとうございます。「丁度1年で止めちゃうというのも格好いいかもしれない」と悪魔が囁きもしたのだが、まだまだ止められんぞ。こんな面白い事、そうそう止められるもんかい!

◆「長人鬼」高橋克彦(ハルキホラー文庫)読了
ここ数年めっきりミステリ方面の著作が減って、時代・伝奇・ホラー作家&「トンデモ」エッセイストとしての活動が目立つ高橋克彦。もともと推理小説も浮世絵や歴史ネタが多かった人なので、それも当然の流れと判断すべきなのだろうが、「たまには故郷に便りを寄越せ」と思っていたら、変わり封筒で送ってきやがった、という感じの1編。いや、勿論、陰陽師を主人公にしたオカルトものなのだが、それでいてミステリ作家のDNAを感じさせるクロスオーバーな平安フーダニットであったりもするのだ。こんな話。
光孝帝の御世、時の関白太政大臣藤原基経の権謀術数によって政治的にはしばしの平穏がもたらされていた時代。都を襲う天変地異を陰陽の術で警護する官吏、弓削是雄とそのチームの活躍譚。ある夜、羅生門に人の倍以上の身の丈の鬼「長人鬼」が現われ、内裏の方角の闇に消える。それは、不遇を囲っていた紀家の末裔紀長谷雄の取りまとめた調書が示唆する天変の現われなのか?だが、内裏からの呼び出しに参上した是雄を待ち受けていたのは遥か讃岐にある菅原道長からの御霊会の要請であった。鎮めるべき御霊は「淡路廃帝」。「何故に今更?」という疑問を抱きつつも、陸奥の女山賊の頭目であった芙蓉、郎党の甲子丸とともに淡路に向かう是雄一行。果してその行く先には様々な罠が仕掛けられていた。一方、都に残った新米陰陽師・紀温史の元には内裏に降ってきた女性のバラバラ死体という猟奇事件の報が届く。その事件を幻視していた淡麻呂。十重二十重に仕組まれた怪異と陰謀。平安の闇の中、陰陽師達の術合戦は始まる。
高橋克彦の手慣れた人物造形が光る。魅力的な「チーム」を作り出す事にかけては京極堂の先輩に当たるといってよい。陰陽師たちの術比べにも心弾むものがあって、全編を貫くプロットも悪くない。ただ、この叢書の山田正紀作品でも感じた事だが、どうも書き急いだ感じがあって、中盤にとんでもない省略がある。一瞬、寝とぼけて読み飛ばしたかと思うほどのワープぶりに唖然とした。丸々1,2章分欠落しているというレベルで、あまり本筋には触らないとはいえ、これはあんまりだ。重厚長大主義には辟易としているものの、この叢書、かなり無理してるよなあ。うーん、腹六分目。


2000年8月29日(火)

◆速攻で帰るつもりが不本意な残業。今日はあれこれ家事を片づけるつもりだったのだが。ぶう。開き直って新橋・京橋などをチェック。ふーん、何かしら買うものはあるものである。
d「メグレ警視のクリスマス」Gシムノン(講談社文庫)200円
d「ニューヨーク編集者物語」DEウエストレイク(扶桑社ミステリー:帯)200円
「板前さん、御用心」鷹羽十九哉(文藝春秋:帯)300円
「偽装指令」黒木曜之助(学陽書房)100円
d「大怪盗」九鬼紫郎(光文社NV)100円
「天安門の密名」島内透(天山NV)100円
「京都『口紅文字』殺人事件」鷹羽十九哉(扶桑社NV)100円
d「ホック氏紫禁城の対決」加納一郎(双葉NV)100円
「ハドック夫妻のパリ見物」DOスチュアート(早川NV文庫)100円
「長人鬼」高橋克彦(ハルキホラー文庫:帯)300円
「綺霊」井上雅彦(ハルキホラー文庫:帯)350円
「聖痕」島村匠(ハルキホラー文庫:帯)350円
八重洲古書センターと金井書店って何かあるから好きだよなあ。ハルキホラー文庫みたいなピカピカの新刊から、新書の100円均一まであれこれ拾い物。

◆なまもの夫人から本代到着。ここ3日の旧友ネタがまたまた爆笑ネタだよなあ。あと、よしださん同様「上野文庫」という古書店のカタログが到着。全然私の守備範囲ではないのだが、とても怪しい品揃えにちょっと幸せな気分に浸る。世の中にはいろんな古書店があるものだ。それにしても、なんでうちにまでカタログを送って下されるのか?

◆「疑惑の場」Pクェンティン(ポケミス)読了
パトQも「S.S.Murder」のようなマニアックな初期本格作品が訳出される時代が来ようとは、10年前に一体誰が予想したであろうか?この調子で初期の「パズル・シリーズ」やスタッグ名義のウエストレイク医師シリーズの訳出を期待したいところである。特にスタッグ名義にはカーはだしのオカルト趣味な話もあるので是非是非である。日本では、サスペンスに力点を置いた後期作中心に紹介されてしまったがためにイメージ的に損をしているが、この人の本格魂は、まことにもって見上げたものである。今日の一冊は、しかし本格でもサスペンスでもない、なんとハリウッドやショウビズを舞台にしたドタバタユーモア推理。実は読み始めるまでは、時代からいって重厚なサスペンスを予想していたのだが、これが軽やかに肩透かしをくらってしまった。なにせ題名が「疑惑の場」だよ。読み終わって、訳題を付け直すなら「状況証拠が多すぎる」とか「殺人は続けなければいけない」とか「殺そよ、ベイビー」とかだよなあ、と思った次第。こんな話。
大女優アニー・ルードの一人息子ニッキーの語りで物語は幕を開ける。小説家を目指すならパリで勉強、というアニーの思い込みで半ば強制遊学させてもらっていた「ぼく」の元へ、母から戻ってくるよう2度の電報が届く。ぼくとても、アニーと同じく往年の名女優であったノーマが自宅の階段で転落死を遂げていた事は知っていたが、その死の現場にアニーが居合わせ、しかも、ノーマの夫ロニーが企画する大作映画「永遠の女性」の主役を巡って諍いがあった事までは知らなかった。動機十分、機会もたっぷり、これで疑われない方がどうかしている。新人秘書デライトから、「事故」の日に、アニーとその同居人たち(叔父のハンス、舞台芸人仲間のパム、運転手のジノ)もロニー宅に居合わせていた旨を聞かされたぼくは、事件の日の再現に務め、そして暗澹たる気持ちになる。だが、絶体絶命の危機は、別の大物女優の一言で回避されるのだった!縺れる男女関係、交錯する過去と現在の恋愛模様、偽りの微笑と美辞麗句に包まれた脅迫、呑気に人生を送ってきた「ぼく」はショウビズの光と影の真っ只中に投げ出される。果して、愛すべき大女優にして母なるアニーは、年季の入った殺人者なのであろうか?
ハリウッドで、ラス・ヴェガスで、ロンドンで相次いで起きる「事故」。息をもつかせぬ場面転換とシチュエーション・コメディタッチのキャラクターの入れ繰り。登場人物達が堂々と嘘をつきまくり、ラストには「もう、だれが犯人でもいいやあ」状態に陥ること請け合い。実在のスターもところどころに顔を出す、パトQ内輪受けの一編であった。これは素敵に贅沢なアメリカン・テイスト。悪くないっす。


2000年8月28日(月)

◆よく行く飲み屋がビール半額!とかで急遽飲み会成立。思い切り呑む。壊れる。3日連続で購入本0冊。

◆「完全犯罪売ります」Hモンテイエ(ポケミス)読了
虫が報せたのか、薄いポケミスを持って出る。本文146頁。背表紙に通し番号(1303)が入りきらない薄さである。登場人物は4人。妻と夫と義理の息子、そして語り手である犯罪小説家のわたしである。フランスミステリの標準的なサイズとでも呼ぶべきか。しかしこの書にはその標準的なサイズに似合わぬ数の「完全犯罪」が収録されている。とはいえ、「おお!贅沢な類別トリック集か!」と色めき立つ必要はない。実際そんなものかもしれないがここで描かれる「完全犯罪」には、派手さがなく、さながら「実用書」の棚にあるようなそっけないネタばかりなのである。
物語は、犯罪小説家の私が観光地で印象的な家族連れと出会うところから始まる。私はこれまでにも、「完全犯罪」を考案しては、それを必要とする人々に密かに分け与えてきたのだ。官僚の美しい妻の気を引こうとつい「アルバイト」の事を口走ってしまう私。彼女は、そこに真実の匂いを嗅ぎ取り、結局、私からある実用的な「手口」を千ドルで買い上げる。ビジネスの余韻に浸っている私の元に、今度は彼女の義理の息子がやってきて、彼女がこれまでいかに結婚相手を巧みに葬ってきたか、を縷縷説明し、次の獲物は自分の父であると告げる。あくまでも机上の知的ゲームのつもりが、とんだ顧客に「兇器」を与えてしまった事に気づいた私。その翌朝今度は、獲物と目されいる夫がやってきて、彼女の更なる旧悪を暴露していく。なんたる毒婦!最早事態の収拾を図る方法はただ一つ。彼女を完全犯罪で抹殺する事しかない!
美貌の殺人鬼の流転ぶりが実に見事。さながら「夫を殺す百の方法」双六とでも呼ぶべき浮き沈みの激しい華麗な人生である。若い男をつまみ食いしながら、事故や自然死に見せかけ夫たちを亡き者にしていくかまきり夫人は、政治クーデターすら夫殺しのネタに使う。独身男性は、これを読むとほぼ結婚する気を失うであろう。いやあ女は怖いぞ、諸君!既婚の皆さんも「古本を買い過ぎる!」と叱られているうちが花ですよ。うん。


2000年8月27日(日)

◆2日分の日記をアップし終えたのが昼過ぎ。掲示板にレスをつけ終えたのが17時。「書畜」ではなくて「ネッ畜」だな、こりゃ。本の整理は遅々としてはかどらず。これはかなりの荒療治が要りそうである。購入本0冊。とても本を買う気になれない。
◆特命リサーチ200Xで「睡眠不足」をテーマにしていた。やはり人間一日6時間は寝るべきだよな、そうだよな。ねえ、安田ママさん。
◆「TRICK」第7話を視聴。トリックそのものは「まあそんなものか」というレベルだが、脚本が良い意味で「マンガ的」であり、見せ方が巧み。佐伯日菜子も最後に怖いところをみせつける。溯って積録分もみなければ、という気にさせる。


◆「時間鉄道の夜」大場惑(朝日ソノラマ)読了
時間テーマの短編を集めた作品集。余り良いSFの読者とは言えない私が「オーバー・ワーク」という人を食った筆名の作家の存在を知ったのは「世にも奇妙な物語」のノベライズであった。「世にも奇妙な物語」自体、本放送の際に「ははーん、どうせ『ミステリーゾーン』や『アウター・リミッツ』の出来損ないだろう」と一顧だにしなかったために、未だに臍を噛んでいる訳で、ノベライズを大慌てで集め出したのもここ2年ぐらいの事である。全くもって予断は禁物である。「世にも奇妙」作家の中では井上雅彦が出世頭になるのであろうが、大場惑も悪くない。ただどうしても二番手というイメージがつきまとう。この胸キュン路線の作品集でも、例えば梶尾真治辺りには一歩及ばない。梶尾真治を読み尽くして他に似たような話が読みたくなった時に読めばよい、とでも言うのか、もう一精進欲しい作家である。以下、ミニコメ。
「時間を大切にしよう」<時間銀行>テーマの恋愛小説。発想はありきたりだが、男女の機微を丁寧に書きこみ読ませる。女性というのはなぜあれほど喋る話題に事欠かないかというのは実感だよなあ。ラスト1行で、見事に着地を決めた。
「長いゲーム」祖父と孫の交感ぶりが微笑ましい。オチで普通のSFになってしまったのが残念。
「タイミン」<永遠の子供>テーマ。物語の設定が作為的で、今ひとつ作品世界に入りきれなかった。「タイミン」なる薬と主人公の関係がすっきりしないのが毒。
「時間鉄道の夜」時空を移動する幻のSLを追うモラトリアムな学生たちの物語。本筋よりも、作者の学生時代を写した交友ぶりが同世代感覚で楽しめる。
「お父さんの時間」普通のショート・ショート。もう一ひねり欲しいところ。
「トビンボ」時を跳ねるサカナがテーマ。それを商売の材料にしようとする大企業とあくまでも自然を守りぬこうとするナチュラリストの対決というプロットは吉。語り手のとぼけ具合が良い味を出している。
「大長考」現実にもある設定を巧く切れ味鋭いショート・ショートに纏め上げた。いい仕事。
「人生のすべての時をふたたび」老人もの。ビジネスライクに動いていた女性職員が、老人の一生の余りの空疎さに心を動かされ、最高のアフターサービスを施す。これは良い。翻訳にも耐える作品だと思う。
「わしがサンタじゃ」ヨコジュン的なとんでも法螺話。余りにも強引な筋運び。惜しい。
「タクシー・ドライバー」時間逃亡者もの。見事なまでにオー・ヘンリーである。時間渡航機がバック・ツー・ザ・フューチャーなのが時代だなあ。この作品集のベスト。
「本は重い」本好きの共感は得られるだろうが、メインのアイデアはピンとこない。重い、もとい「思い」先行型の作品。
総論:作者の経験を反映した部分は面白いのだが、虚構が体験を越えられないというのはSF作家としてどうであろうか。あざとさが加わればもう一皮剥けるような気がする。


2000年8月26日(土)

◆朝8時半に注文してあった本棚が3本届く。さあ、そこから夕方の6時までかかって、本棚の組み立てと本の収納。飯も食わずただ水だけ呑んでひたすら作業また作業。ウイーク・デイよりもよく働いてしまう。基本的に雑誌と同人誌をこの3本に集結したのだが、雑誌(2100冊弱)と同人誌(マンガを除くテキスト系のみ550部強、まあ半分は「地下室」なんだけど)との格闘は楽しくも凄まじいものがあった。だいたい雑誌・同人誌の類いは夫々に固めて置いてはあったのだが、例えば日下三蔵氏からお譲り頂いたヒッチコックマガジンの46号が行方不明になっていたり(無事発見)、別冊幻影城の江戸川乱歩がなかったり(いまだに不明)、過去12年間のSRマンスリーのうちから2号欠けていたり(絶望的に不明、Moriwakiさーん、コピーさせてくれえ〜)、そのたびに手をとめて他の単行の山や袋をひっくり返す仕儀となる。雑誌に関して申し上げれば、この1年半でほぼ倍になったのではなかろうか?宝石(385冊)・SFM(350冊)・SFA(150冊)・ロックの一気買いが効いている。あな恐ろしや、kashiba君。SF系は裏に回して、前に「宝石」を並べてみて初めて「並び」の美しさを堪能した。寝床を動かされた紙魚も「なんだなんだ?」とごそごそ出てくるのだが、それはそれ。早く中身の凄さも確認せねば。そういえば久しぶりに日の当たるところに出てきた「幻影城」をパラパラとみて、改めて島崎コレクションの凄さに感動する。というか昔は凄さが本当には分かっていなかったという事だな。うんうん。さあ、明日は、書庫のあちこちにある雑誌の抜けた跡をどう埋めていくかである。ああ、考えるだに恐ろしい。こういう1日を過ごすと、自分が書物の持ち主ではなくて、書物に召し抱えられているような気すら湧いてくる。「書奴」というか、「書畜」というか、「ひざまづいて背表紙をお舐め」というか。あ、勿論、購入本0冊である。

◆「おれたちはブルースしか歌わない」西村京太郎(講談社)読了
「昔むかし、日本には素晴らしい本格推理小説家がおりました。その人は、当時流行の社会派やエスピオナージュもこなしながら、一方では東西の著名な名探偵を使った稚気溢れるパロディ本格シリーズを世に送ったり、ノックスの十戒に正面から挑戦してみたり、孤島で法廷外裁判を開催してみたり、タンカーを丸ごと消してみたり、深海底の密室殺人を作り上げたりしました。その素晴らしい本格推理作家の名を『西村京太郎』といいます。でも、すかすかのトラベル・ミステリを濫作し、山村美紗に溺れた西村京太郎とは別人です。え、別人でしょ?別人だよね?別人だと言ってくれええ!!」な西村京太郎が、当時話題の小峰元の青春推理に対抗するようにして書いたのが今回の作品。なんと「読者への挑戦」入り。おまけに「りら荘」もビックリなぐらいバタバタと人が死ぬ。舞台は怪しげな元武家屋敷。どんでん返しのついた土蔵の密室殺人もある。題名に騙されてはいけない。これはガチガチの本格のコードに則ったハードコアな推理小説なのである。こんな話。
俺こと寺島喜一郎は浪人で「ダックスフント」というバンドのリーダー。おれたちのバンドは、ドラム担当のおれに、のっぽの宮本(ベース)、ちびの田口(サックス)、盲目の作曲家杉原(ギター)、ヴォーカルの小松まゆみの5人編成。持ち歌「シンデレラの罠」のヒットを夢見て日夜練習中。そんなある日、半年前から我が家に住み着いた老ダックスフントのロンが行方不明になる。ロンの失踪は「彼」が迷い込んできた半年前、丁度近所で起きた私立探偵殺しと関係があるのだろうか?その私立探偵事務所を尋ねたおれは、亡き父の仇討ちに燃える美貌の女子高生由紀にのぼせて犬捜しと殺人犯捜しを行う羽目となる。やがて、ロンらしき犬が静岡ナンバーの車に乗せられているのを目撃。更に、持ち歌の「シンデレラの罠」そっくりの歌が静岡のラジオ局でオンエアされ、ヒットの兆しをみせているという。おれたちは杉原の親戚が経営する静岡の元武家屋敷という奇妙な宿に居を定め、曲を盗んだ人間を探そうと活動を始めたのだが、その夜、のっぽの宮本が無惨な縊死体となって発見される。それは宿に伝わる「亡霊」の仕業なのか?しかし、乗り込んできた警察を嘲笑うように、侵入不可能な土蔵の中で、鯉の泳ぐ池で、次々と殺人は続く。裏切りと昏迷の果てにおれが辿り着いた真相とは?そう、やはりおれたちに似合うのはブルースなのさ、ってな話。
年長者が描いた「若者の性描写」がややうざったい以外は、実に古典的な本格推理小説。真相の二枚腰ぶりといい、思わせぶりな舞台設定といい、プロットのためなら何人でも人を殺す潔さといい、実に「古典」である。前半は犬の失踪と歌の盗作という比較的長閑な雰囲気が、後半に入ると一変。息をもつかせぬ死体の転がりぶりに唖然とする。フェアか否かと問われれば、少々疵があるといわざるを得ないが、作品の持っているオーラは実に懐かしい「フーダニット」そのものである。マニアの間では何かといえば「殺しの双曲線」のみがもてはやされる西村京太郎であるが、こういう流行狙いの際物でもきちんとした仕事をしている事はもっと知られて良い様に思う。西村京太郎再評価に是非どうぞ。


2000年8月25日(金)

◆夜はご接待につき、古本屋に寄る閑はなかろうと昼休みに近所の本屋でHMMの新刊を買う。最初に来月予告を確認。ほほう、軽スパイものの特集ですか。これはちょっと楽しみ。ああいう番組ばかりでも飽きるが、現在一つもないというのは寂しいよね。でも無事連載終了したJティの後を受けて、次回長篇が軽スパイものというにはどうかな?ご接待が思いのほか早くお開きになったので、途中下車してブックオフ・チェック。
「嬬恋木乃伊」戸川昌子(徳間文庫)50円
d「こわされた少年」DMディヴァイン(教養文庫)50円
d「私だけが知っている 第1集」(光文社文庫)50円
「我語りて世界あり」神林長平(早川JA文庫)50円
「怪物が街にやってくる」今野敏(大陸書房NV)100円
「ささやき貝の秘密」Hロフティング(岩波少年文庫)100円
「探偵キムと消えた警官」IKホルムス(評論社)100円
「探偵キムと蔵屋敷の秘密」IKホルム(評論社)100円
「フレンチ・コネクション八百」野坂昭如(講談社:帯)100円
「最初の目撃者」大岡昇平(集英社)100円
「とうめい人間をさがせ!!」横田順彌(金の星社)100円
おお、文庫2冊100円セールが今日までではないか。買わなきゃね、と少々買い込む。戸川昌子が嬉しい。文庫オリジナルなんだけど、なかなか見ないんだよね、これ。ジュヴィナイルの探偵キム・シリーズは初見。ううむ、この世界、奥が深い。ロフティングの「ささやき貝」も嬉しいなあ。って、これは現役かな。今野敏の大陸NVはジャズSFだそうな。結構当たりかも。


◆「異郷の帆」多岐川恭(講談社文庫)読了
黒白さんのところで「多岐川恭の間」がオープンし、創元では合本企画も動き出した事を言祝ぎ、永年の積読作品に手を出す。実はこの作品は講談社の現代推理小説大系でしか持っておらず、外に持ち出すのが億劫だったのだ(収納場所が本棚の上、後ろの山の底の方という最悪の場所だったせいもあるのだが)。昨日、黒背の講談社文庫を拾えたので早速そのまま電車の友に。江戸時代の出島を舞台にした律義なフーダニット、という噂は聞いていたが、これは期待を遥かに越える出来栄え。久々に私の日本もののオールタイムベストランキングを塗り替える作品であった。こんな話。
若き小通詞・浦恒助は、元禄の世に倦み閉塞感を抱きつつも日々をただ無難に過ごしていた。だが、抜け荷の噂の絶えないオランダ商人ヘトルが出島の自室で刺殺されるという事件が彼の日常を一変させる。目撃者の証言から、彼が心を寄せている混血の美女お幸に容疑がかかったのだ。幸いそのアリバイは証明されたが、殺人の兇器は出島はおろか、周辺の海からも発見されず捜査は昏迷を極める。果してヘトル殺害の動機は、抜け荷の揉め事か?痴情の果てか?それとも…。そして今度はお幸の部屋で新たな殺人が!蘭人の甲比丹と商館員、その下僕のバタビア人、転び伴天連の同僚通詞、お幸の養父である政商、出入りの芸者、出島ならではの諸人往来の中で、人の心の糸は縺れ、異郷の街に珍陀酒の如き血は流れる。
出島とか長崎といえば、中村錦之介の「長崎犯科長」(闇奉行ですな)、紅毛人とのあいの子といえば「眠狂四郎」ぐらいしか頭に浮かばない元テレビっ子としては当事の出島の風物や外国貿易の仕組みをきちんと知るだけでも充分刺激的。其処へもってきて、大小とりまぜその設定を最大限活用したトリックが散りばめられており、ミステリとしても完成度が高い。更に、様々な形の男女の機微が織り込まれ、恋愛小説としても成長小説としても楽しめ、読後感も爽やか。実に実に贅沢な小説である。時代推理小説の精華といってよかろう。文句なしの傑作。


2000年8月24日(木)

◆教えて!鉄人!!といっても、特撮主題歌の話題。NHKで昔やっていた「地球防衛軍テラホークス」の主題歌でリリーズの歌っていた「ギャラクティカ・スリリング」はCD化されているのでしょうか?大好きな歌なのですが、持っているのがアナログLPなので(当時は、新田一郎だという理由だけで買っていた)、レコードプレーヤーが壊れてこの方、全然聞けないんですよね。有識者の方、宜しくご教授ください。「回りながら〜お〜ち〜るうう」
◆神保町定点観測。
「地下鉄サム」Jマッカレー(東京創元社:世界大ロマン全集)1000円
「指と眼と鍵」樫原一郎(文藝春秋新社)300円
「殺意への誘い」澤野久雄(平凡社)100円
「戸川昌子の意外推理(蒼ざめた肌・白昼の密猟)」(KKベストセラーズ)100円
「信号は赤だ」島田一男(春陽文庫)100円
d「冥土の顔役」島田一男(春陽文庫)100円
「その血を返せ」島田一男(春陽文庫)100円
「仮面の花嫁」島田一男(春陽文庫)100円
「野獣の夜」島田一男(春陽文庫)100円
「自殺の部屋」島田一男(春陽文庫)100円
「昼なき男」島田一男(春陽文庫)100円
「妖精の指」島田一男(春陽文庫)100円
「特ダネはもらった」島田一男(春陽文庫)100円
「座席番号13」島田一男(春陽文庫)100円
「夜を生きる男」島田一男(春陽文庫)100円
d「地獄への脱走」島田一男(春陽文庫)100円
「赤い影の女」島田一男(春陽文庫)100円
「女事件記者」島田一男(春陽文庫)100円
d「不老不死の血」Jガン(創元推理文庫)50円
「Man of Two Tribes」A.Upfield(Penguinn)200円
「地下鉄サム」は言わずとしれた併載のウッドハウス狙い。島田一男一気買いは、旧表紙欲しさ。うーん、いいねえ昔の表紙は上品で。「不老不死の血」がRBの50円均一に落ちていたのには驚く。まあ、カバーなしのヌレ本なんだけど、通番が339番なので、とりあえず拾ってしまう。


◆「盲目の悪漢」Eバークマン(創元クライムクラブ)読了
ホラーが続いたのでサイト本来のメニューに戻す。クライムクラブ全29巻の掉尾を飾るロマンティック・サスペンス。このクライムクラブ、玉石混淆の叢書であるうえに、創元推理文庫のように梗概がついていないものだから、読んでみないことには一体どういう話なのかも見当がつかないという「欠点」がある。まあ、ミステリについて言えばサラで読めるというのは長所というべきなのかもしれないが、積読派が知ったかぶりするには辛い。ポケミス6、700番台の下手な梗概のように話の8割方を裏表紙で割ってしまうのは問題外としても、本格なのか、サスペンスなのかぐらいは判別できるようにして欲しいものである。さてこの作品は、一種の天一坊ものの女性向サスペンスである。こんな話
ある富豪の遺した「悪意」。彼は、自分の意に染まぬ結婚をした長女ポウリンには微々たる信託財産を、完全に支配していた次女ジュリアにはそれなりの信託財産を遺した。しかし「悪意」の最たるものは、財産の過半を孫である次女の娘エリゼに残した点にあった。遺言執行を担当する弁護士事務所に日参しては、遺言状の不備を突こうとするポウリン。彼女は戦争後遺症で心神耗弱が続く息子ロイを溺愛し、しっかり者の娘ダナには当たり散らす毎日。父親からこのやっかいな顧客を押し付けられた青年弁護士ブルックスは、母ポウリンに付き添ってきたダナに遭った瞬間、恋に落ち、彼女に良いところを見せようと、「エリゼは戦争の混乱期に海外で死んでおり、今エリゼと思われている娘は偽物かもしれない」というポウリンの新しい「アイデア」を検証する事を約束する。だが、彼のその決断は「悪意」のボタンを押してしまうのであった。エリゼ付きの看護婦ミルドレッドが何者かに撲殺されてしまったのだ!!そしてその容疑は、母親から「アイデア」を吹き込まれジュリア宅周辺を徘徊していたロイに向けられる。お互い婚約者を持ちながら揺れ動くブルックスとダナの心。ブルックスは自腹で戦争当時大陸を転々としていたジュリアとエリゼの過去を追い、ミルドレッドの死の直前、偶然旧交を温めていたダナは、兄を救うために、看護婦として単身ジュリア宅に乗り込むのであった。
悪意のある遺言状という古典的な設定を用いて現代的なロマンティックサスペンスに仕立てあげた作者の手腕は相当のもの。意表をつく展開の連続に、ページを繰る手がもどかしくなる。フーダニット趣味も残しつつ、読者の興味を最後まで引きつけて離さない。純粋にミステリとして評価するには、いくつか疵がないではない。読後感も決して爽やかといえるものではない。が、読んでいる間は実にハラハラしながら楽しく読める。火曜サスペンス劇場がお好きな方は是非どうぞ。それにしても、題名の意味が最後まで判らないなあ。


2000年8月23日(水)

◆朝一番で大阪出張。4時頃から自由になったのでキタを回る。初めてJR東西線なるものに乗る。片町線の延伸が尼崎に繋がり山陽線と福知山線に乗り入れたもの。これは便利。大阪駅前ビルに直結した「北新地」駅で降りて、帰省時に覗けなかった駅前ビルの古書店を回る。
「黒い爪痕」佐賀潜(徳間NV)40円
「大捜査線」白井更正(徳間NV)100円
「マーティン・チャルズウィット(上・中・下)」Cディケンズ(ちくま文庫:帯)1750円
「リトルドリット(1−4)」Cディケンズ(ちくま文庫)1520円
ディケンズ・クエスト大幅に前進。佐賀潜はまたしても出ていた事すら知らなかった本。一体この作家の全貌が掴めるのはいつの日か?他に大阪古書倶楽部も覗くが収獲は0冊。
◆ネットで話題のハルキ・ホラー文庫をお試しで2冊購入。
「ナース」山田正紀(ハルキ・ホラー文庫:帯)600円
「朱」森真沙子(ハルキ・ホラー文庫:帯)630円
挟み込みチラシを見ると飯野文彦はまんまと作品を落した模様である。やれやれだぜ。


◆「朱」森真沙子(ハルキ・ホラー文庫)読了
本家の角川ホラー文庫で「転校生」シリーズをコンスタントに書き下ろしている作者がその実績を買われてか新興のハルキ・ホラー文庫にも登場。がらりと趣向を変えた歴史ホラー。聖徳太子を主人公に、都を跋扈する首狩り人の謎と「なぜ、遣随使を乗せた船は帰れなかったのか」という海洋遭難の謎に迫る。日本においてロボットものを書く者が偉大なる手塚治虫を意識せざるを得ないように、いまさら聖徳太子ものを書く者はこれもまた偉大なる山岸涼子に挑戦しなければならない。それほどに「日出処の天子」は、JUNEでエスパーでインセストでニューロイックで、聖で邪な聖徳太子像を完成せしめた。結論的にいえば、この作品は「日出天」を超えていない。語り手を、遣随使船の遭難で下級官吏の父を失い、一家離散に追い込まれた少年に据えたのは作者の功績。偶然太子に召し抱えられた彼と交感する渡来人の子息加留羅との友情、都で頻発する「首を刎ね顔を朱に塗る」猟奇事件、神出鬼没の太子への畏敬と疑惑、父の死の謎を追う少年の大冒険とその結果明らかになる遣随使船遭難の真相、こういった過去の事件と、現代日本の国文学者殺しが交錯するというプロットはなかなかに読ませる。しかしながら、結局のところ、この作品は「謎」の正体が判明した時点で、「ああ、そのネタか」という思いに支配されて、後はお約束の展開を「反芻」するだけとなってしまう。リーダビリティーも高く、それなりの下調べも行き届いた力作ではあるが、大いなる驚きには欠ける作品である。可もなく不可もないプロの作品である。それだけの作品でもある。

◆「ナース」山田正紀(ハルキ・ホラー文庫)読了
引き続いて山田正紀の新作は、自衛隊も警察も逃げ出した「死の王の支配する<戦場>」に救急車で乗り付け注射器を武器に敢然と闘う7人の看護婦の物語。冒頭に引用された主任看護婦の啖呵が余りにも格好良い。15年前の御巣鷹山事故を彷彿とさせるジャンボジェット機墜落現場に派遣された日赤の看護婦チーム丸山班7名は、バラバラになっても意思をもっているかのように跳ね回り、歌い、笑い、叫ぶ死体の山の中に孤立無援となった自分達を発見する。なんと、現場に先行していた筈の警察も自衛隊も「死体の急襲」に遭遇し、壊滅状態に陥っていたのだ!
慈愛に満ちた婦長、沈着冷静な美貌の主任、その主任に憧れる実力派、レディース上がりの無頼派、巨躯コンプレックスの「おっかさん」、自信喪失の駄目看護婦、新米の准看、それぞれに個性ある丸山班の一行は、追い縋る死体の中を血飛沫を挙げながら突き進む。彼女たちのプロ意識の前には、独り生き延びた事を恥と思い特攻を掛けた特殊部隊員の意地すら自己憐憫の裏返しに映る。男なんてあてになるもんかい!みんな治してやるだけさ!蛆が跳び、腐肉が嘲り、3頭のルシファーは降臨する。果して彼女たちは、この死に支配され狂った世界を「治す」事ができるのか!?
なんとも威勢の良いスプラッタ・バイオレンス・ホラー。作者が少々操状態にあったのではないかと思われるほど馬鹿馬鹿しくもおぞましい物語である。映像的に最も近いのは「バタリアン」であろう。真面目にバカをやっている雰囲気といい、脊椎でピンピン跳ねる死体の描写といい、実に似通ったテイストを感じる。ラストの仰々しくも忌まわしい造形物は是非ともギーガーにデザインして頂きたい。ただ、こんなジェットコースター・ホラーに文句をつけるのは野暮と知りつつも、ちょっと書き急いだ感じがあって、山田正紀の水準から見ればそれをクリア出来ていないと言うべきであろう。時制をシャッフルしたプロットが無意味な混乱とリフレインを招いており、チームも7名は多すぎたのか、書き分けに必ずしも成功しているとは言い難い。部分部分には「いつもの山田正紀」を感じるのだが、この作品で作者を判断して欲しくはない。まあ、そんな話である。


2000年8月22日(火)

◆急遽「明日、代理で大阪出張」を仰せつかる。そこまでは良しとしよう。だが夕刻から別件で夜なべ仕事が舞い込み、日付が変るまで残業。結局帰宅できぬまま出張する羽目になる。購入本0冊、読了本0冊


2000年8月21日(月)

◆職場の送別会で遅くなる。昨晩より腰から右脚にかけての痛みに苦しんでいる事もあって、真っ直ぐ帰る。とにかく満足に歩けないのには参った。歳相応にガタが来ているという事だろうか?歩くのが唯一の健康法という人間にとっては辛い展開。特に朝は階段を上がるのも一苦労。当分本買いが出来なくなるかもしれない。一歩一歩が拷問とまでいうと言い過ぎだが、ダブリ本を買っている心の余裕はない。うーん、古本者にとって、目と脚は大事だよなあ。このサイトを開く前にとある同人誌で(敢えて名を秘す。隠してもチョンバレではあるが)ダブリ本の斡旋をやっていたのだが、とある誌友の方が車椅子での生活を送っているという話を書いてこられて、以来その人の注文に対しては優先的に回すようになった。確かに世の古本屋ほど、車椅子に優しくない店舗はないもんなあ。
◆皆さんも巡回コースに入れておられると思うがここのところの成田さんの日記の風太郎少年ものクエストが凄い。図書館オンリーのクエストなのだが、「古書探偵」という名に相応しい内容に手に汗を握る。何も買うばかりが古本との付き合い方ではない、という事を改めて思い知らされる。少年ものにはまだまだ未知の地平が広がっておるのだなあ。それにしても北海道の図書館って立派。
◆Hi−hoにウエッブ容量の増量申請。さあ、どこまで続く自転車操業。今週末は本棚3本も届く事だし、本の整理・収納とサイトの減量化に務めようか。


◆「巫女」皆川博子(学研ホラーNV)読了
出版時点で世のホラーものを狂喜させた学研ホラーNVの一点。最近は徐々に古本屋でもみかけなくなってきた。ウエッブのどこかで(幻想掲示板だったかな?)近い将来探し回らずともよい状況になる、という情報を読んだ気がするのだが、さて、信憑性や如何に。刊行当初はシャーリー・ジャクソンさえ押えておけばよい叢書かと思っていたが、気が付くと結構買いこんでいる。結局揃えなくては気が済まなくなってしまうんだろうなあ。通番もあることだし。閑話休題、この本の後書きを読むと、このシリーズは作者側からしても興奮のシリーズであった事が判る。で、確かに粒ぞろいの少女ホラー集であった。先日、ミステリのDNAなどと書いてしまったが、「幻想文学における皆川博子」も只者ではない。ファンタジックにしてニューロイックだが、韜晦ではなく、きちんとした「オチ」を準備しているところが好みである。読み手としては、ミステリ読みのDNAなもので、理に落ちたところがないと辛いのである。以下ミニコメ。
「冬薔薇」疎遠だった祖父の願いと称して亡き母の実家に呼び出された女性のみた甘い毒に満ちた悪夢世界。80歳を過ぎて後妻を娶り、なお子供を設けるという祖父。その世話に依存する伯母。少女との語らう内に徐々に幽冥に呑み込めれていく主人公。透明な悪意と甘く糜爛した殺意のコンチェルト。視覚・聴覚・嗅覚・味覚を支配する上質のホラー。巧い。
「夜の声」時空を超えて深夜になる電話。少女達の「自殺ゲーム」の記憶が甦るとき老女は冷たく潔い決断を下すのだが……。読み下した時に感じた違和感がそのまま伏線だった。技ありの一編。
「骨董屋」婚約相手と待ち合わせの時間の間に迷い込んだ骨董屋で奇矯な姉弟に遭遇した主人公。日常が非日常に転がり落ちていくクレッシェンド。これも作者の企みに嵌められた。ラストは女性の力強さを感じさせて吉。
「流刑」奇祭と仮面と幼い憎悪。冬の夜のウロボロス。穏やかな老夫婦の語りが、祭の喧燥を経て、しんとした闇に血飛沫を飛ばす。一人がたり系の幻想譚だが、展開が巧みである。
「山神」長い年月を経て出会った幼馴染同士。遠い約束を最後の1行に収斂させていく手際の鮮やかな事。余韻を残す恐怖の情景が視覚的にも、聴覚的にも鮮やかである。
「幻獄」禁忌に満ちた幻想ポルノグラフィー。執筆依頼に縛りがあったのを、搦め手でまんまとクリアしてみせた作者の腕前に唸る。無知で傲慢な女の肉に取り憑かれた「私」の見た淫夢が現実に落ちていく様が怖い。
「山木蓮」女按摩の語る戦時情話の果て。女たちの罪の仕掛が見えた時に、何かが頭の中で啜り泣き始める。驚愕のラストのために人称をふらつかせたのは小説としてのバランスを崩しているが、ミステリ者のDNAは満たされる。
「巫女」終戦後の混乱期、降霊術を信奉する者とそれを利用する者、そして彼等に巫女として仕込まれた二人の少女の出逢いを描いた中編。コンゲームの要素もあるが、その分、視点が定まらず、エンタテイメントというよりは私小説を読むかの如き趣。丁寧に書き込まれた作品ではあるが、プロットはダッチロールしており、ラストも唐突で無理矢理感が強い。いっそ、ホラーである事を拒否した方がよかったような気がする。