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2000年8月10日(木)

◆新宿伊勢丹初日。前日の冗談の責任をとって8時20分には現地に着く。さすがに前に並んでいるのは映画チラシ狙いの二人組のみ。「やったね」と思っていると店の人が歩みよって来て今回から整列させない方針である旨の説明を受ける。うわああ、しーらないぞ。「浦和でも大変だったのは、ご存知ですか?」と突っ込みを入れるが動じない。一番の理由が「老人やベビーカーのお客様を炎天下立たせたり、階段に並ばせたりするのが接客業としての正しいあり方か?」という事らしい。「ベビーカーで古本市来るんじゃねえ!」とは思ったが、既に社内での論争をねじ伏せてきたようで一歩も引かない。怪我人でもでない限り、この方針は変りそうにないだろう。押し問答しているところへ女王様が到着。事情を聞いて「せめて会場の配置図はもらえませんか?」と注文をつけるところがさすがである。
森さんや、出勤途上のよしださんとわいわいやっていると喜国さん、松本さんも到着。「『Mi−2』は酷いねえ!」とか、「ったく、浦和で新宿を見習え!と説教してきたのに」とか、「健康診断がタダになっっちゃたよー、払わせろよー、そのうちバスもタダになるんだよなー」などと相変わらず喜国さんが飛ばす飛ばす。用意よく春陽のジュビナイルもお持ちでありがたく頂戴する。お返しの方は、コミケにでもお届けしますんで。すみません。
「グリーン家殺人事件」ヴァン・ダイン(春陽堂少年少女文庫)交換
「モルグ街殺人事件」EAポー((春陽堂少年少女文庫)交換
フクさんややよいさんの姿も見え、ほぼいつものメンバーが揃う。SRの沢田さんと森さんがなにやらレベルの高い会話をしていたが、ついていけない。

◆会場時間、一斉に店内に雪崩れ込み、階段を駆け上がる一行。4階あたりまではなんとか1段飛ばしで行けたが、そこからは脚があがらない。ひやーキツイわ。こりゃあ。とりあえず文生堂の棚にチェックをいれるが、これが空振り。今回は、どのタイミングで文生堂を見切るかが勝敗の分かれ目になった模様。少し引っ張った分、彩古さんに遅れをとり、まんまと目の前でベン・ヘクト「悪魔の殿堂」を抜かれる。 なんと更に1冊同じ本を抜いていたらしく、これはもう貫禄としかいいようがない。かろうじてそのおコボレで横溝訳の「ボルジア家罪悪史」と乱歩訳の「女怪」を引けたのが今回の会場での収獲らしい収獲。森さんから集英社ワールドSFのディックや立風の「ゴールド」帯付きを「要ります?」と譲ってもらったり、文生堂の棚下に潜り込んだりして、会場に見切りをつけて早めに抽選の方へ向かう。
入れた注文が半端ではないので、番号を書くだけでも一苦労。文生堂分は勝率2割(とほほ)、アート文庫分は勝率4割といったところ。RBワンダーは大物を含め勝率7割5分だが、一番人気の北町一郎は日下三蔵さんが落手した由。待っている間に掲示板でお馴染みの大鴎さんから挨拶される。どうやら抽選は散々だった模様。それにしても私の面ってどこで割れてるのかなあ?結局買ったのは以下の通り。
<会場分>
「ボルジア家罪悪史」デューマ・正史訳(平凡社)2000円
「女怪」ゴーチェ・乱歩訳(平凡社)2000円
d「ホステス殺人事件」西東登(青樹社)500円
「人間狩り」PKディック(集英社ワールドSF)600円
「ゴールド」Wスミス(立風NV:帯)800円
「ニッポン警視庁」樫原一郎(文藝春秋)1000円
「地図の中の顔」三浦朱門(講談社:函)1000円
d「現代長編推理小説全集7」飛鳥高・日影丈吉(東都書房)1000円

d「ソーラー・ポンズの事件簿」Aダーレス(創元推理文庫:初版・帯)200円
d「翳ある墓標」鮎川哲也(早川書房:函)2000円
「縄」岩下俊作(五月書房:裸本)1000円
d「ローマ劇場事件」Eクイーン(日本公論社)1000円

<抽選分>
「黒魔王」高木彬光(東京文芸社)5000円
「餓鬼の館」大河内常平(浪速書房)25000円
「結婚式殺人」鷲尾三郎(同光社:函)7000円
「光の城」大下宇陀児(ふじ書房)7500円
「火星美人」大下宇陀児(日本文化社)5000円
「欠伸する悪魔」大下宇陀児(世間書房)5000円
「風船殺人」大下宇陀児(一聊社)5000円
「ホテル紅館」大下宇陀児(熊谷書房)5000円
「決闘介添人」大下宇陀児(地平社)6000円

「恋愛工場」大下宇陀児(南旺文庫)5000円
「柳下家の真理」大下宇陀児(美和書房)5000円
「蛭川博士」大下宇陀児(南人社)5000円
「宇宙線の情熱」大下宇陀児(高島屋出版部・献呈署名入り)15000円
「撮影所殺人事件」吉良運平(断流社)20000円
「冷蔵屍」村山知義(労働文化社)3000円

そして大物がこれ
「HPB SFシリーズ:全318冊」(早川書房)230000円!
都合385000円のお買い物。いやあ買った買った。ダブったダブった。銀背の所持分120冊が一気にダブり本!さあ、どうしましょ?それにしてもあんなに高い鷲尾三郎がなぜ当たらないんだ?既に日本の景気は回復しているようである。これだけ買って一番嬉しいのは「黒魔王」かな?黒白さんからは「すっげぇーーつまんない」と太鼓判を頂いているのだが、それでもビッグネームの未文庫化作品となると読んでみたくなるのが性(さが)である。

◆配送コーナーに早々に回されたのはいいが、やたらと手間取る。もたもたしていると、松本さんが一人の男性をエスコートしてこちらの方へ。「キバヤシさんですよ」。おお!貴方が!!と声をかけるといきなり右手を出されて面食らう。なんだなんだ?握手?へ?「新宿伊勢丹で僕と握手!」気分は戦隊ヒーローである。文面からは凡そ想像もできないシャイな人だったので驚く。それにしても、なぜに松本さんがエスコートしていたのだろう?領収書をもらって皆のたむろっている場所に辿りつくと私がラスト。その後はレストラン街に陣取って彩古さん、やよいさん、フクさん、森さん、無謀松さん、女王様でいきなり昼ビール。松本さんとキバヤシさんは手を組んでどこかへ消えてしまっていた。謎である。
本日の釣果の披露や、東急東横店のカタログ話などで盛り上がる。行列ができてきたので、その場は撤収。再度古本市会場に戻ると、女王様が「そうだ、よしださんを呼び出そう!」と携帯を掛ける。おお、いたいた。そこでお昼休みによってみたというよしださんと立ち話。「じゃあ、仕事戻るわ」というよしださん、打ち合わせがあるという森さん、奥さんが怖いフクさんと別れ、残り5名は歌舞伎町の定食屋に場所を移して昼食方々盛り上がる。尚もビールを飲む奴等。2時に解散。郵便局で川口文庫の支払やSRの会費振込みを済ませ、西大島と元八幡を定点観測するが、本当に何もない。夏枯れだねえ。といいつつまだ本を買うか?こいつは!
「喪服のシンデレラ」松村喜雄(青樹社NV:帯)270円
「横浜PTA殺人事件」麓昌平(青樹社NV:帯)300円
「人形たちの夜」中井英夫(講談社文庫:初版)140円
d「青髪鬼」横溝正史(角川スニーカー文庫:帯)260円


◆「架空幻想都市(下)」めるへんめーかー編(ログアウト文庫)読了
承前。以下ミニコメ。
「マイタウン」(深沢美潮)ゲームソフト業界の爆笑的悲哀がよく描かれている。アイデア自体はたいしたものではないが、業界ネタとしては吉。
「街の残り香」(篠崎砂美)「ジェニーの肖像」ネタ。どうしてもこのネタでひとつ書いてみたくなるのはわかるが、最も安易で最も辛い道なんですな、これが。
「じじい屋」(谷山博子)上下併せて最もシニカルで残酷な話。これを「あの」谷山浩子が書いたというのが凄い。プロに舐められてたまるか!という作者の意地を感じる。でも読後感はよくない。
「コルサコフ氏からの手紙」(羅門祐人)自己パロディのようなのだが、全然判らんぞ。基本プロットも凡庸で読み通すのが辛かった。
「虚市」(高瀬美恵)格調高いショッカーである。お題に対してきちんと仕事をする、というプロ意識がよい。色々なアンソロジーの中で高瀬美恵の話って光っているんだよなあ。
「お昼寝から目覚めたら」(大和真也)余りにもはしたない夢オチではあるが、ほんわかした雰囲気がとても心地よい。「おでんのぬいぐるみ」というイマジネーションにはぶっとぶ。
「休暇」(波多野鷹)文句無し!傑作!トリックスター「刃物じじい」の一人がたりがなんともおぞましい。やはりこの作者ただ者ではない。
「コペルニクス通りの殺人」(水城雄)伏線から展開までは安心して読めたが、ラストにつなぐホンキイトンク・ロジックは頂けない。読後感も悪い。
「MOMENTS IN LOVE」(大原まり子)貫禄勝ち。「女」を書かせると巧いね、この人。残酷なまでに女女したSF。アルファベット一文字の名前を使うとたちまち純文学の香がするのはなぜだろう?
「リレー小説・なら、きょうと、殺人連絡船……あるいはケケガルゴの憂鬱」一瞬、SFミステリか!と喜んだが、もう無茶苦茶な話である。いかにもリレー小説。それだけの話。


2000年8月9日(水)

◆朝一番ののぞみで帰京。東京駅着8時42分、中央線で移動、新宿着9時。小田急の地下エレベーター前に着いたのが9時5分過ぎ。あああ、もう女王様が立っておられる!例によって整理券方式なので、10番の券をもらって、開店15分前まで女王様とお茶する。そこで「夜の警邏自動車」のカバーのカラーコピーを頂戴する。ありがとうございますありがとうございます。
列に戻ると、彩古さん発見。土田さんとちょっと立ち話をしているうちに移動時間。手際よく会場にならばされて、いざ戦闘開始!だが、手応えも釣果も今ふたつの感。買ったのは以下の通り。なにものぞみで帰京するほどの事はなかったなあ。
「探偵実話」33年9月号・34年11月号・35年10月号(世文社)各3000円
「ゆがめた顔」正木不如丘(現代ユウモア全集刊行会:裸本)500円
「時の旅人」アリスン・アトリー(評論社:帯)600円

d「ラッキー・シート」戸板康二(河出書房新社)1500円
戸板本は、「おーかわさんに、どうかな?」と女王様から渡された本。ううむ、微妙な値付けだけど、まあOKゾーンかな?と思いありがたく引き取る。
小一時間で撤収して、上記メンバーに森英俊さん、松本真人さんを加えた面子で喫茶。皆の釣果も今ひとつであったので、創元の「企画」や古本系の話題で盛り上がる。お昼時になり込み合ってきたので、「明日の伊勢丹は8時半集合ね」と冗談を飛ばしつつ解散。出社する松本さんとともに神保町へ。
伊勢丹の注文で大物を入れたので、当たると相当のお金を準備しなければならないため、RBワンダーで確認。うわあ、大当たり!一応私以外にもう一方注文されていたらしい。久々の大物買いである。詳しくは明日の日記で。そのまま帰るのもなんなので、南砂町定点観測。何もない。
d「八つ墓村」横溝正史(日本ブッククラブ版)100円
津田沼で大金をおろし回り寿司をつまんで、帰宅。ROM109号、SRマンスリー(竹下会長追悼号付き)、Murder by the Mailのカタログが着いていた。ROM109号は、ROM氏のベン・ベンスン評が切れ味がよくて楽しめた。須川氏が全面的に編集作業を担当されたとの事。お疲れ様です。
SRマンスリーは、竹下会長追悼号が別冊で付いてきたが、本誌も追悼一色。改めてその存在の大きさに感心する。森さんのカタログは月曜日には着いていたらしい。落穂モードで何冊か注文をEメールする。これまで森さんへのオーダー専用だったうちのファックスはこれで完全に無用の長物になってしまったわけだ。

◆「架空幻想都市(上)」めるへんめーかー編(ログアウト文庫)読了
どうも古本市が気になって読書が手に付かず、あっさりめで2日をクリアする事にする。
ログアウトに連載された、「街」をテーマにした競作集。ネット上の会議室で企画を進めたといういかにもイマ風の出自を持つ連作である。
「刃物じじい」なるシリーズを貫く危険なトリックスターを配し、統一感を出しているのが微笑ましい。こういうテーマアンソロジーとしては異形シリーズに先駆けて出た本であり、
その「文化祭」的なノリについては、高く評価したい。
上下二巻本なのだが、上巻に小野不由美と菅浩江が収録されている関係か、上巻のみが稀少本となっており、ネットのオークションでも結構な値がつくこともある。以下ミニコメ。
「街が来る日」(斉藤肇)「魔王屋」で魔王を売っているナンセンスがよい。地獄八景亡者戯のお経を買う件を彷彿とした。
「いにしえの種族」(妹尾ゆふ子)実に正統派のファンタジー。よくぞこの起伏のあるプロットをこの頁数に封じ込めた。凄い。
「街降る季節」(岬兄悟)作者の軽い持ち味がいい方に出た作品。ラストの映像的効果はなかなかのものである。
「倫敦、1888」(小野不由美)服部まゆみを読んだ後ではいかにもつらい。このネタを今更やるにはアイデア不足。
「忘れられし街の物語」(神代創)作家ネタ。少女との交感はいかにも作家の妄想に相応しい。あまりに自然体すぎてパンチに乏しい
「欅荘の怪事件」(太田忠司)密室殺人もの。確かにこのトリックは初物かもしれない。それだけでも立派だが、更なるツイストに拍手。
「代理原稿」(菅浩江)文体模写をプロが本気でやるとこうなるのだ。作家志望者の文体模写には爆笑した。メタネタのリフレインも心地よい。傑作。
「見えない街へ」(矢崎麗夜)おぼこい話。もっとも童話に近い「女の子」ワールド。正直なところ、ぶたぶたと「刃物じじい」の共演がみてみたい。
「エクソシスト・オペ」(久美沙織)ネット界をおちょくりたおした問題作。最後の1行が惜しい。無理矢理SFにしなくていいのに。


2000年8月8日(火)

◆帰省二日目は、久しぶりの神戸行。さんパルから元町経由高速神戸まで馴染みの店を撫でていく。とんでもなく暑い。
d「アブナー伯父の事件簿」MDポースト(創元推理文庫)100円
d「未亡人」Mルブラン(創元推理文庫)100円
d「たったひとりの証人」Jベネット(偕成社)100円
d「アパッチ・デビル」ERバローズ(創元推理文庫)200円
「警視庁物語 追跡73時間」長谷川公之(春陽文庫)150円
「きえた大陸アトランティス」福島正実(講談社)200円
「死体の喜劇」多岐川恭(講談社:函)1000円

「影のロンド」多岐川恭(講談社:函)1000円
「大陸秘境横断」島田一男(桃源社)1000円
「日本ミステリーベスト集成3山岳編」中島河太郎編(徳間文庫)67円
「レベッカの誇り」DMダクラス(講談社文庫)67円
「観光旅行」Dイーリイ(早川ノベルズ)67円
「妖異金瓶梅(全)」山田風太郎(桃源社)300円
d「ジェゼベルの死」Cブランド(ポケミス)67円
「チャーリーズ・エンジェル真昼の誘拐劇」Mフランクリン(三笠書房)67円

d「不死蝶」横溝正史(広済堂)100円
「花粉戦争」Jヌーン(早川SF文庫:帯)50円

昨日大枚叩いた「アブナー」の旧版を100均で見かける。むかついたので買う(こういう買い方は他人の迷惑になるのでよい子はマネをしてはいけません)。「アパッチデビル」は森さん用に捕獲。福島正実の少年向け解説書は嬉しい1冊。「妖異金瓶梅」は「銭鬼」が入った完全バージョン。やったね。チャーリーズエンジェルも最後の1冊をようやくゲット!!これで三笠ノベルズはコンプリート(だと思う)。いやあ長い長い戦いだったなあ。これはよしださんにやられないうちに全巻書影アップを企画せねば。
途中本屋で「笹塚日記」を立ち読み。安田ママさんのいう通り、このサイトも目黒孝二氏のブックマークに入っているとのこと。むふふ。嬉しいですのう。

◆「キス」Eマクベイン(ポケミス)読了
87分署が続く。これも最近の傾向として、サイドストーリーを引っ張る傾向が顕著になってきており、このシリーズもまとめて読んだ方が、いちいち前作を振り返らずに済む。この作品では脇筋に、前作で逮捕されたキャレラの父親殺し犯の公判が非常に丁寧に描かれている。この部分だけで中編の頁数が割かれているといってもよい。その結果、この本はポケミスで360頁という大冊になってしまった。しかも、本筋部分がいささか「ボディ・ガード」をおちょくったような心理ミステリなので、全体的に「水増し」感が強い。これが、米国ではベストセラーリストに名を連ねるというのだから、アメリカ人も相当にスカスカのミステリがお好きなようである。それとも流行りの「リーガル・サスペンス」として受け入れられたという事であろうか?こんな話。
株式仲買人のボウルズ妻エマは、相次いで命を狙われていた。まず地下鉄の駅で突き落とされ、続いて車で轢き殺されそうになる。九死に一生を得たエマは堪り兼ねて87分署に出頭する。彼女には第二の事件の運転手に見覚えがあった。かつて夫の運転手を務めていたロジャーだ!
しかし、キャレラたちが捜査を開始するや否や、83分署管内でロジャーの殺害死体が発見された!果してエマ襲撃の狙いはなんだったのか?夫ボウルズはボディ・ガード兼私立探偵を雇い、彼女の警護を固めるのだが、刑事達の読みは別のところにあった。法を守る者、破る者、利用する者、それらはすべて人である。だが、法が届かぬ者への裁きは誰が下すのか?冬のアイソラに偽りの愛が交錯する。
87分署のファンからみれば、少々異質なサスペンスである。勿論捜査の場面はいつもの87分署なのであるが、ボディガードが準主役的な扱いを受けており、一種のPIモノの雰囲気がするのである。長さの割に登場人物が少なく、あっさり読めてしまう。だが読後感は決してよいとは言えず、作者のとある企みも成功しているとは言い難い。帯の煽りで人気の準レギュラー悪役登場の次回作の紹介をしているというのが、この作品自体の地力の弱さの証明にほかならない。
マクベインが小器用に立ち回りすぎた「サスペンスの佳作」にして「87分署シリーズの水準割れ作品」であろう。


2000年8月7日(月)

◆帰省したので、炎天下、ママチャリで近所の古本屋回りに出かける。午前中は古本市場2軒、午後からブックオフと地場の店を数軒回る。あ、暑い。釣果は以下の通り。たいしたものはない。
「新宿警察 愛しながら殺せ」藤原審爾(グリーンアロー出版)95円
d「ションジル」CJチェリイ(早川SF文庫)200円
d「怪獣男爵」横溝正史(角川スニーカー文庫)200円
d「夜光怪人」横溝正史(角川スニーカー文庫)200円
d「まぼろしの怪人」横溝正史(角川スニーカー文庫)200円
d「真珠塔・獣人魔島」横溝正史(角川スニーカー文庫)200円
d「幽霊鉄仮面」横溝正史(角川スニーカー文庫)200円
d「蝋面博士」横溝正史(角川スニーカー文庫)200円
「太陽の剣士ワタル」宮崎惇(ソノラマ文庫)95円
「ガール」図子慧(角川スニーカー文庫)200円
「シンデレラの夜と昼」図子慧(コバルト文庫)95円
d「火星のまぼろし兵団」ERバローズ(鶴書房)200円
d「アバンダンデロの快機械」荒巻義雄(角川書店)200円
d「黒い天使たち」BJフリードマン(早川書房:帯)300円
d「ファントマ」スーベストル&アラン(早川NV文庫)150円
d「ファントマ対ジューヴ警部」スーベストル&アラン(早川NV文庫)150円
「ファントマの逆襲」スーベストル&アラン(早川NV文庫)150円
d「アンデス城塞の黄金」在沢伸(コバルト文庫)100円
「1008年源氏物語の謎」藤本泉(旺文社文庫)100円
「EGコンバット」秋山瑞人(電撃文庫)100円
d「密室探究第1集」鮎川哲也編(講談社文庫)200円
d「妖魔の宴:狼男編2」菊地秀行編(竹書房文庫)200円
d「迷走皇帝」梅原克哉(エニックス文庫)200円
d「架空幻想都市(上下)」めるへんめーかー編(ログアウト文庫)計350円

なんといっても新宿警察である!!これは「活字探偵団」リストアップ分の1冊。いやあ、やっと見つかったかあ。これで所持する新宿警察は13冊。ゴールはどっちだ!?角川スニーカー文庫の正史も勢いで買ってしまう。鶴書房の火星シリーズも嬉しいぞ。「ファントマの逆襲」も縁がなかった本。なるほど河岸を換えると見つかるものである。
◆勢いで「ガール」「迷走皇帝」を読む。「ガール」はお嬢さま向けのソフトポルノ。男の子の「実用」には耐えないと思う。垣野内の挿し絵は、かわいやらしさがあって吉。「迷走皇帝」は「アンバーの九王子」の出来損ない。ラストも甘い。破天荒な展開には見るべき処も在るが、いかんせん習作の域を出ない。ウラシマンな挿し絵もトホホである。
◆「魔女を焼き殺せ!」Aメリット(徳間ワールドホラーノベルズ)読了
前日、毟り取る様にして借りてきた稀少本。これは本当に見ない。叢書自体が珍しいワールドホラーノベルズ4冊の中の効き目であり、既訳のメリットの中でも最入手困難作と断定してよかろう。「金属モンスター」や「ムーンプール」の古書価格の高さについては巷間伝え聞くものの、まだ店頭に並ぶだけマシである。この作品は、目録に載ったのを見た事すらない。なにせ、私自身つい1年前まで翻訳が出ているのを知らずに森さんのところで原書を買ったぐらいだ。こんな話。
神経と脳障害を専門にする私、ローウェル博士の一人称でこのおぞましい物語は綴られる。私の病院に、暗黒街にその名を知られたジュリアン・リコーリが患者を連れてやってくる。患者は彼の右腕ピーターズ。目を見開いたまま魂を奪われたようになったピーターズの症状は、私のこれまでの経験に照らしても「謎」としかいいようのないものであった。一瞬意識を回復したかに見えたピーターズであったが、間もなく為す術もないままに静かに息を引き取る。それはあたかも、何者かに命を吸い取られるような死に様であった。疫学的なアプローチを試みる私は、ピーターズの白血球の一部が燐光を放つという現象に着目するが、それも解決の糸口にはならなかった。だが、私が助手のブレーリー医師とともに、同様の症例につき、あらゆる医師に問い合わせを行ったところ、過去6ヶ月に7名の同様の死が確認された。慈善家の老女、アクロバット師、トランペット奏者、11歳の少女などお互いに全く関係のない人々を繋ぐ連環とは果たして?
しかし真相に至る道は、私の身近の犠牲者によってもたらされたのであった。看護婦のウォルターズが罹患してしまったのだ!瞬きに託した彼女の最期のメッセージは、彼女の日記へと我々を導く。そこには、最近知り合った人形師と彼女の関わりが記されていた。巨躯にして逞しい肉体を持つ女人形師マダム・マンデリップ。一方ピーターズの線から彼女に迫ったリコーリは見えない敵から強襲を受け瀕死の重傷を負う。古の秘法と傀儡の罠が密かに我々の世界を侵して行く。果して常識の囚われ人たる我々に勝ち目はあるのだろうか?
画面的には「チャイルド・プレイ」である。なまじ科学的なアプローチを刺し身にツマに用いたがために、中途半端な印象が最後までつきまとう。表の世界の「智の人」と裏の世界の「力の男」が不思議な友情で結ばれ「魔」と闘うというプロットや、「魔」の仕掛ける様々な技には見るべきものもあるが、やはり現代社会にメリットの文法は似合わないように感じた。謎の提示は多分にモダンでありながら、解法はオールドファッションな過渡期のホラーといったところか。惜しいねえ。


2000年8月6日(日)

◆帰省支度のまま高田馬場BIG BOX定例市初日を覗く。10時ピタリに行くと、ああ、女王様と森さんが既に颯爽と何冊か抱えてチェックに余念がない。なんなんだよう。泣きながら(うそ)拾ったのはこんなところ。
「青春と友と旅」梶山季之(桃源社:帯)300円
「赤線深く潜行す」梶山季之(桃源社:帯)300円
「シメール」服部まゆみ(文藝春秋:帯)1100円
「少年小説傑作選」二上洋一(沖積舎)800円
梶山本は桃源社の選集の別巻のルポ集とエッセイ集。きっとキキメに違いない。うん、きっとそうだ。こういう動機で本を買うようになっては人間廃業だ。うん、きっとそうだ。
30分ばかりで撤収して、芳林堂の下で3人でモーニングをぱくつく。森さんが学年誌の付録20冊程度を1500円で血風。ううむ、見るところが違う。それはそれとして森さんから女王様への捧げ物が凄い。
メリットの「魔女を焼き殺せ」やガーヴの「モスコー殺人事件」が当たり前の本のようにやりとりされている。「それ読みたい!」と言って強引にメリットを借りる。
◆東京駅に出て八重洲地下をチェック。
d「私を深く埋めて」HQマスル(ポケミス)600円
d「ミステリーの友」(別冊宝島)100円
マスルは所持本が落丁だったので確信犯的ダブリ買い。さあ、これで落丁本を早川書房に送ったらどうなるかな?取り換えてくれるのだろうか?
◆新幹線では爆睡。大阪キタの古本屋を回るが、駅前ビルは日曜日で全滅。かっぱ横丁でワゴンセールをやっていたのがせめてもの救い。梅田古書倶楽部も含めて釣果は以下の通り。
「ハムレットの内申書」深谷忠記(ソノラマ文庫)100円
「夢を築く人々」佐藤春夫(岩谷選書)2000円
「探偵小説名作全集2(甲賀・小酒井編)」(河出書房:裸本)200円
「ポップ1280」Jトンプソン(扶桑社:帯)300円
d「被害者を捜せ」Pマガー(ポケミス)200円
d「アブナー伯父の事件簿」MDポースト(創元推理文庫・初版・帯)1000円
「乳色の暦」多岐川恭(桃源社ポピュラーNV)500円
「アリババの呪文」Dセイヤーズ(日本出版共同:裸本)800円
「みれんな刑事」多岐川恭(講談社・初版・帯)1500円
「The 9th PANBOOK of Horror Stories」Van Thar(PAN)300円
「The 14th PANBOOK of Horror Stories」Van Thar(PAN)300円
「Death in the Stocks」G.Heyer(Bantam)250円
セイヤーズが、裸本につきとてもお買い得。カバーがついていると4,5倍の本なので「読めりゃいい派」のワタクシ的には嬉しいところ。多岐川恭をちょぼちょぼ集め出す。アブナーは新版でしか持っていなかったので、買い直し。やっと旧版で揃ったぞっと。


◆「寡婦」Eマクベイン(ポケミス)読了
「本年はマクベイン・イヤー」とかいう早川書房の陰謀に乗って、読み残しの87分署を読んでしまおうと手にとってみたシリーズ第43作。このシリーズ、さすがに現代アメリカの風俗を上手に織り込んできた老舗シリーズだけあって、「ララバイ」あたりから自ら重厚長大路線を歩みつつある。「警官嫌い」や「死が二人を」の頃のコンパクトさをこよなく愛するものとしては、いささか「マクベインよ、お前もか?」であるのだが、この書に限っていえば、その長さが苦にならない良質のフーダニットであった。
本筋は、ある囲われ女殺しに端を発する連続殺人事件。これと並行して、別の分署管内でキャレラの父親が強盗殺人の犠牲となり、その事件に前作でクリングの踏んだドジのために自ら強姦犯を射殺する羽目に陥った元囮捜査官アイリーンが絡むという脇筋が描かれる。
本筋の方では、第一の殺人の後、時をおかず被害者のパトロンであったエスタブリッシュ殺しが描かれ、その莫大な遺産を巡り、前妻とその二人の娘、現在の本妻といった多すぎる容疑者が入り乱れるというプロットが嬉しい。第二の被害者の旺盛にして異常な性的嗜好が何通もの手紙の形で描かれるという読者サービスも怠りなく、更にこれを只のポルノとして楽しんでいると、後でマクベインらしからぬ「こんなんありか?」という仕掛けに驚く事請け合い。
題名に色々な意味を与える作者であるが、今回は「寡婦」なるものの有り様でアメリカの女性像を切りとってみせた。基準点にある最も古風な女性像は、連れ合いを惨殺されたキャレラの母親。彼女は現代社会の失ってしまった「美徳」の担い手として美しく描かれる。そして彼女の姿に、愛を失った他の女達の妄執を対比させる作者の企みはまんまと成功を収めている。更に、準レギュラーであるアイリーンには「キャリア・ウーマンの悲劇」が、キャレラの身重の妹には「専業主婦の悲劇」が容赦なく襲いかかる。
87分署シリーズには、50年代以降のアメリカの歴史がある。そしてこの作品は、時代の主役としての女性を見事に表現している。したたかなもんです。


2000年8月5日(土)

◆夏休み開幕。初日は大学漫研OBの「昼宴会」。葛西途中下車で、帰省土産を買いがてら、数軒チェック。釣果は以下の通り。
d「危険な童話」土屋隆夫(角川文庫)100円
d「若狭湾の惨劇」水上勉(春陽文庫)100円
d「海の葬送」水上勉(春陽文庫)100円
d「黒百合の宿」水上勉(春陽文庫)100円
d「魔獣戦線1990ベルリン」友成純一(大陸NV)100円
水上勉の春陽文庫は「チョイメズ」かな?土屋隆夫はなまもの夫人の探究本。注文通りの「角川文庫バージョン」であっさり集まる。結構大変なんだけどなあ。
◆飲み食いしつつ、ネット話も含め、相変わらずの馬鹿話にうち興じる。夕方に沈没。「フード・ファイトだよ!」と起こされ終了後帰途に。2時間以上かかる。江戸川の花火でもあったのか、遅い電車にもかかわらず浴衣姿の若いカップルで一杯。相当あてられる。


◆「夏と花火と私の死体」乙一(集英社文庫)読了
16歳の俊英のデビュー作。ネット上でも話題になっているので、今更なんの説明も不要であろう。ジャンプノベルズというマンガのノベライズが中心の読み捨てジュビナイルから文庫入りしたという一事をもってしても、この作品が如何に破格の扱いを受けているかが理解できよう。一時期、この作品が同叢書の効き目状態になっていたが今回の文庫入りで、普段縁のないジュビナイルコーナーまでチェック入れずに済むようになった事はありがたい。
確かにこの作品は「変」である。プロットは、一人の少女の死体を巡って繰り広げられる一夏のバーレスクという趣。「ハリーの災難」や「死体をどうぞ」系のシチュエーションコメディの設定を、殺された当人の視点(あるいは神の視点)で語るという斬新さが心地よい。さりとて「死後」の如き幽霊探偵ものではない。淡々と「死体」の気持ちになりきった「意思」が語る物語は、ショッキングなラストシーンに至るまでどこまでも透明である。そしてその透明さがひたすらに不気味である。
文章も平易で、リーダビリティーは極めて高い。これが高校1年生の男子がワープロの練習に書いてみた話というのだから驚く。若書きの欠点がどこにも見受けられない。小野不由美解説で、当事の我孫子・法月の騒ぎ様が紹介されているが、さもありなん。この歳でこれを書かれてしまっては、同じ男として辛いものがある。脱帽。
オマケの書き下ろし短編の方は、出来の悪い綾辻という雰囲気の話なので少々安心した。いかにも、頭の中でこねくり回した人形綺譚である。合理と非合理のトワイライト・ゾーンを操るには、なお精進が必要であろう。意気やよし、ではあるのだが。


2000年8月4日(金)

◆「KIOSK」というのは、トルコ語が語源らしいのだが、なんと日本のKIOSKは「清く」「気安く」の合成語という意味もあるのだとか。あああ、なんなんだ。これは、どう考えてもこじつけだよなあ。Jリーグのガンバ大阪の「ガンバ」は、イタリア語の「脚」なんだそうな。頑張るという意味もあるとは言ってくれるなよ。
社名で逸話があるのが、ダスキン。なんでも社長は最初「とても親しみのある社名」として「ゾウキン」にするつもりだったそうである。社員から「それだけは勘弁してくれ」と泣きつかれ今の社名になったとか。ダスキンのキンは「巾」だったわけね。
キヤノンはよくキャノンと誤記されるが(ヤの大小が異なる)が、元は「観音」という窯業方面の隠語だったと聞く。花王が「顔」というのはホントなのかね?まあ、三日月マークはどこからみてもP&Gのパクリなんだけどさあ。今流行りの言葉で言えば「インスパイア」?
このサイトも「料理の鉄人」にインスパイア(おいおい)されたわけだが、今になって思えば、掲示板は「古本スタジアム」にすりゃあよかったかな?
◆ビッグ・サイトで開催中の「ゆめテク」を覗きに行く。なかなか生真面目に遊びをやっている雰囲気が吉。ソニーのコーナーはAIBO一色。じっくり見ているとなんだか気色悪い。農水省の本物の牛2頭の方がインパクトあったぞ。本田の直立二足歩行ロボットは、歩行デモがなくて残念。
◆安田ママさんのご厚意で、ポケミスの解説目録の最新版と昨年版を頂戴する。勤め先に行って「取り置いてもらっているのですが」とお願いすると、なんとまあ出てきたのは、最新版が6冊に、昨年版8冊。他にノベルズの目録もどっさり。ああ、なんとも怪しい奴である。というわけで、ポケミスの解説目録最新版と昨年版5セットダブってます。お入用の方は、メールください。先着5名様に郵送料のみでお譲りします。新刊で買ったのは以下の通り。
「サイロの死体」RAノックス(国書刊行会)2400円
「夏と花火と私の死体」乙一(集英社文庫)440円
「情景王・山田卓司作品集」(ホビー・ジャパン)3800円
「情景王」はTVチャンピオンのプロモデラー王、山田卓司の作品写真集。今週のTVチャンピオンで出版されている事を知って即購入。4月に出ていたようである。これはホントにお勧め本。見ていて飽きがこない。
◆帰宅すると川口文庫からダンボール4箱分の荷物が届いていた。うう、当たってしまったか、SFアドベンチャーほぼ揃い。またもや、やってしまいましたああ!でも、2万円だもんなあ。安いよなあ。1冊130円だよ。持ってなきゃ買うよなあ。他にはこんなところ。
「謎の野獣事件」西東登(弘済出版社)1000円
「新宿真夜中ソング」藤原審爾(桃園書房)1000円
「探偵倶楽部」S29年2・3・5・8・10月号(共栄社)7000円
「探偵実話」S30年2月増刊号・8月号 (世文社)3500円
「マンハント(大判)」S36年12月号(久保書店)2000円
「野生時代・金田一耕助特集」76年11月号(角川書店)
「野生時代・さよなら横溝正史」82年4月号(角川書店)
「野生時代・名探偵集合」94年3月号(角川書店)3冊1000円
「地下室201〜250号」(怪の会)15000円
概ね満足の行く戦果である。これでもう「野生時代」の棚を捜さずに済むのが嬉しい。それにしても「SFアドベンチャー」って末期は相当にデタラメかつオシャレな本になっていたんですのう。いやビックリ、ビックリ。


◆「夢みるものの惑星」JDマクドナルド(早川SFシリーズ)読了
トラヴィス・マッギー・シリーズであちらでは押しも押されもせぬベストセラー作家(日本では不遇)「もう一人の」マクドナルドが、若書きで書いた壮大なスケールの50年代SF。マクドナルドといえば、狭いミステリ界にロスマクとジョンDと「フレッチ」のグレゴリーがいて、それほどにありふれた名前なのかと感心する。まあ、<世界の街中で最も見かける英語の名前>である事は確かだか、逆に探偵でマクドナルドといえば、ロラックのロバート・マクドナルド警部ぐらいしか思い浮かばないから不思議。
閑話休題、この作品「所詮ミステリ作家の手遊び」と左程の期待もなしに持って出たが、むんむんと50年代SFの放埓さが出ていて個人的には楽しめた。
70年代中盤、人類は月面基地を建設し、火星への有人飛行にも成功していた。そしてアメリカは、天才物理学者バード・レーンの進める恒星間宇宙船<ビーティー・ワン>計画の完成を目前に控えていた。だが、異変はその時に起きた。一人の優秀な物理学者が何者かに取り憑かれたように、宇宙船の制御装置を破壊してしまったのだ。彼の精神分析に基地に招かれる女性心理学者シャラン・インリー。だが、彼女の調査も、被験者の「頭の中に入り込んだ何者かによって、装置を破壊する事が正しい事であると信じさせられた」という戯言を検証するに終る。果して彼の行動は、全世界レベルに蔓延する「凶悪犯罪」や「突然の狂気」の一つであったのか?
そこで突然舞台は一転し、いずこともしれぬ星の「宗教的」異端児の生い立ちが語られる。巨大な建物にすべての民を収容し、大人は夢見る機械で3つの「夢」の世界に干渉する事が宗教的に義務づけられている社会。肉体的に脆弱なその閉鎖社会に一人の逞しい肉体と精神をもったラウルという名の青年がいた。彼は、自分たちのいる世界の限界と本来の使命を探究するうちに、大人たちの見る「夢」の真実に迫る。
未知なるものに挑む「人間」の意思は、時間と空間を越え、夢は現実となる。矮小なる力を退け失われた翼が甦る時、同胞たちの未来への回帰は始まる。
人間社会の慣性に挑む「異端者」の物語。二つの社会に男女ペアを配し、破天荒なプロットをうまく消化させたところが、ストーリーテラー、ジョンDの面目躍如。スリリングな運びといい、クライマックスの盛り上げといい、見事な緩急の付け方である。SF的なアイデアとしては、ハミルトンの発想を出るものではないが、逆にいえば、ハミルトン並みの大風呂敷きを広げる事に成功している。エンディングが甘すぎるという批判はあるかもしれないが、こういう大宇宙を駆ける法螺話には法螺話の良さがあるのだよ。うんうん。


◆では「猟奇の鉄人」は一週間の夏休みを頂きます。次の更新は、さていつになる事やら。掲示板は営業してますので、古本市などのご連絡他にお使いください。


2000年8月3日(木)

◆本日13時過ぎに70000アクセスを達成しました。毎度ありがとうございます。
キリ番ゲッターは、なんと66666に続きDupinさんでした。奇数万回には
突破企画をやってきましたが、月末が1周年なので、今回は特にございません。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

◆速攻で退社して津田沼パルコへ。ミニ古書市の二日目。何もない。
d「針の誘い」土屋隆夫(角川文庫)150円(探究頼まれ本)
d「ボウ町の怪事件他」Iザングウィル(東京創元社:裸本)300円
「現代怪奇小説集(上)」中島・紀田編(立風書房)600円
この程度の収獲であれば、定点観測していた方がよかったかも。ぶう。
◆ネット上で川口文庫の到着報告が相次いでいるのに、うちにはまだこない。
また嵩張るものを頼んでいるので、その関係かも。


◆「フレンチ警視最初の事件」FWクロフツ(創元推理文庫)読了
Enigmaさんのクロフツ・リンクに取り上げてもらったので調子に乗ってクロフツ
最凶の絶版本にチャレンジ。学生時代に神保町のワゴンで拾った本。こういう本
は、ゲットした場所を死ぬまで忘れないんだろうな。読んだ人の感想を聞くと余り
評価は高くない。入手に要する努力や予算に引き合わない作品という事なのだろう。
それにしても、創元推理文庫の松原正訳は軒並み絶版もしくは改訳されてしまう
のは何故なんだろう?何冊か松原訳を読んでいて、悪訳と感じた事はないのだが?
この作品も極めてリーダビリティーは高い。殺人が起きるまでに100頁を費やし
ているが、実にテンポよく読めた。「フレンチ警部最大の事件」の方がこの10倍
は読みにくいと思うぞ。こんな話。
外科医院に勤めるダルシーは、退役を余儀なくされた幼なじみフランクの変わりよう
に驚いていた。かつての闊達さを失い、無一文で、久しぶりの再会にも無感動な彼の
雰囲気はまさに負け犬のそれだった。彼女は彼に立ち直りの機会を与えようと、勤め
先に彼を紹介する。徐々に昔の自信を回復するフランクであったが、ある日突然激しく
落ち込む。ダルシーが必死にその訳を尋ねると、フランクは「戦時中に密かに犯した
公金着服をネタに脅迫を受けていた」事を彼女に告げ、更に援助を求めるばかりか、
勤め先からの寸借を唆す。彼への愛ゆえに、犯罪に手を染めるダルシー。それを契機
に、より巧妙な詐欺へとのめり込んでいく二人。口にこそ出さないが「二人の将来の
ために」という思いは、上昇志向の強いフランクが退役軍人である老富豪チャタトン
卿の秘書に転職して暫くは継続していた。だが、卿の娘ジュリエットとフランクの間
に恋愛感情が芽生えた時、それを察したダルシーの嫉妬の炎は燃え上がる。やがて、
チャタトン卿が、突然の「自殺」を遂げる。少なくとも検死法廷の結論はそうであった。
だがダルシーは、そこにフランクの作為があったのではないかという疑惑を抱き、事件
の調査に動き出すのであった。そして一旦処理の終った「事件」は巡り巡って非公式に
警視昇進間もないフレンチのもとに持ち込まれる。
若い男女による小市民的犯罪のパートと、肝腎の殺人部分とが有機的に絡まっておらず、
二つの小説を読んだ気分になるが、それはそれで悪くない。殺人にまつわる総ての
手掛りは検死法廷のやり取りの中に示されており、極めてフェアな探偵小説といえる
であろう。トリックには、左程新味はないものの、最終章のフレンチの推理は圧巻。
足の探偵と言いならわされてきたフレンチであるが、なかなかの名探偵ぶりである。
クロフツにしては珍しく男女の愛憎をテーマにした作品であり、一読の価値はある。
まあ、作品の内容だけに万札を切るか?と聞かれると、それほどでもない、という
のが妥当な答えかとは思うが。


2000年8月2日(水)

◆今更ながら、会社で「5Mってどのくらい?」という問いの答えを知る。
「40×40字のA4が千枚ぐらい」だそうな。どひゃあ!このサイトって既に
13M使っているんですけどおお。仮に画像に3Mとして、文字だけで四百字詰
原稿用紙八千枚分!いかにHTMLに慣れない私が無駄打ちしてるとはいえ、
半分はテキストだろう。つまりこのサイトは既に「単行本4冊分の読みごたえ!!」
うわあ。……全部読んでる人っているのかな?
まあ、紙で自費出版する事を考えたら、ネットの費用って本当に安いよなあ。
◆部の歓迎会&暑気払いにつき、本日は購入本0冊。


◆「死者の殺人」城昌幸(桃源社)読了
城昌幸と言えば若さま侍であり、黒門町の伝七だが、その実態は戦前の新青年に
多くの作品を発表した詩人作家であり、戦後は、あの「宝石」の編集長も務めた
斯界の巨星である。今回手に取ったのは、そんな作者の数少ない長篇ミステリ。
桃源社書き下ろし探偵小説シリーズの1巻。バラでは少ししんどいかもしれないが、
揃いではよくみかける本である。余りにも本人が偉すぎて周りが気を遣ったのか、
良い評判も悪い評判も聞かない。で、読後の率直な感想は「なるほど、これは黙って
おいた方が精神衛生上よいかも」である。
出だしは悪くない。美保の松原近く、興津の邸宅に呼び寄せられる客たち。彼等は
それぞれに危篤状態にある山坐仙次郎の見舞いにやってきたのだ。しかし、館には
肝腎の仙次郎の姿はなく、主治医を名乗る人物が現われ、場を取り仕切る。実は、
客たちには「自分の死に立ち会うものに全財産を譲る」という仙次郎の手紙が届け
られていたのだ。大学教授、ファッションモデル、未亡人、漫才師、セールスマン、
学生、巫女の如き謎の女性。「患者には会えない」と告げる主治医の態度に不審を
抱きながらも、その洋館と萱葺の一軒家が並ぶ邸宅に投宿する彼等。だが、そんな
彼等に死の影が忍び寄る。本来客として呼ばれていた人物が付近の林で縊死体で
発見されたのだ。館を徘徊する幽霊の正体とは、そして、死を招く遺産ゲームの
結末や如何に?てな話。
「そして誰もいなくなった」を彷彿させる発端から、死に彩られた展開部までは
楽しく読める。しかし、事の真相は相当に「とんでも」である。正直、これが新人
の筆になるものであれば、絶対に世に出なかったのではなかろうか?リーダビリ
ティーが極めて高く、時間を損した気分にはならないが、これは余儀作家の戯れ
ぐらいに受け取っておくべき作品である。「まあ、城昌幸だし、しゃあないか」
なのである。しゃあないわなあ。


2000年8月1日(火)

◆昨日のフラストレーションが爆発。朝2時間ばかり定例会議と急ぎの仕事を
片づけて、後は「年休」にする。そこから夕方4時過ぎまで、都内の古本屋回りに
費やす。34℃の酷暑の中、わしは何をやっているのだろうか?高田馬場、大久保、
目白と定点観測の後、発作的に未見の中目黒のブックオフにまで足を伸ばす。
釣果は全然駄目。でも古本浴が出来たからよしとするか。とりあえず鬱憤は晴れた。
拾ったのはこんなところ。
d「アンバーの九王子」Rゼラズニイ(早川SF文庫)50円
「くもの巣の小道」Iカルヴィーノ(福武文庫:帯)200円
d「裸で転がる」鮎川哲也(角川文庫)150円
d「呼びとめる女」鮎川哲也(角川文庫)150円
d「殺意のプリズム」川奈寛(産報NV)100円
d「悪魔の手毬唄」横溝正史(広済堂NV)100円
「パリの秘密」Eシュー(創元世界ロマン全集:裸本)100円
「夜の警邏自動車」Mカンター(リーダーズダイジェスト臨時増刊:裸本)100円
「元禄太平記」角田喜久雄(桃源社版長編小説選集)100円
「ワンダー・ティー・ルーム」眉村卓(実業之日本社)100円
「怪 第7号」(角川書店)750円
「狼たちの午後」Pマン(早川書房)100円
「弥勒戦争」山田正紀(早川書房)100円
「捜査線」Dユーナック(早川書房)100円
「波の上を駆ける女」Aグリーン(晶文社)100円
「クリスマスブック」Cディケンズ(ちくま文庫)350円
「カナダ特急の殺人」Eウィルソン(偕成社)100円
「サンタクロース失踪事件」クニスター(講談社青い鳥文庫)100円
「創星記(上下)」川又千秋(早川JA文庫)各100円
d「マデックの罠」Rホワイト(評論社)100円
「西の魔女が死んだ」梨木香歩(小学館)600円
「声のない日々」鈴木いずみ(文遊社)1000円
ひゃあ、書いてて厭になるなあ。「夜の警邏自動車」が少し当りという程度で、後は
「何か買わねば」という妥協の産物。買いそびれ本とダブりの山である。実は広済堂
の正史あたりが嬉しかったりするのだから、推して知るべし。こりゃ、ついてないわ。
◆帰宅すると土田さんからの本が到着。
「愛と死の紋章」デュモーリア(三笠書房)借り!
「桃色珊瑚」図子慧(角川書店)おまけ
ありがとうございますありがとうございます。しかし、このデュモーリアの装丁
には意表を突かれた!これは店で見かけても認識できないような気がする。本当
に久しぶりにデュモーリア1歩前進。嬉しいっす。
◆うーん、川口文庫の音沙汰がないなあ。全部外れちゃったんでしょうか?
とりあえず、伊勢丹カタログへの注文書を書き込む。ほほほ、全部当たったら
どうするつもりなんでしょうねえ。その時はその時です、はい。


◆「汚名をそそげ」有明夏夫(講談社NV)読了
「大浪花諸人往来」というか「なにわの源蔵事件帖」というか桂枝雀というか
芦屋雁之助というか文明開化の商都を舞台にした異色捕物帖シリーズ最終作。
「野生時代」にこのシリーズが連載され、直木賞受賞、即テレビ化という順風満帆
ぶりをリアルタイムで見てきた身としては、ああ、これでもうストックも終りかと
思うと物寂しいものがある。捕物帖いろいろあれど、大阪を舞台にした捕物帖は
他に思い浮かばない。しかも時代が明治である。これはもう設定の勝利としかいい様
がない。直木賞もむべなるかなである。しかしその設定を固めるための作者の苦労も
これはまた並み大抵のものではなかったであろう。捕物で左耳を落された禿頭の
元盗賊捕亡方同心「海坊主の親方」こと赤岩源蔵、彼が仕える八等警部の厚木寿一郎、
楽隠居の寄稿家大倉徳兵衛、馴染みの芸者駒千根(なんちゅうネーミング)、行きつけ
の小料理屋「だしじゃこや」の親子、下っ引きのいらちの安といったレギュラーキャラ
の布陣の手堅さは、他の大江戸の捕物帖に変るところはないが、事件の最後を徳兵衛
が投稿した新聞記事で締めくくるというパターンには当事非常に斬新さを覚えたもの
である。こういうシリーズこそ簡単に本屋で買えるようにしておいて欲しいもので
あるのだが、角川、講談社、光文社と出版社を転々とした関係か、現在は入手困難に
なっているのではなかろうか?どこぞの出版社の英断を期待したいところである。
以下、ミニコメ。
「川に消えた賊」牡蠣船連続強盗事件という事件の異色さが光る。大阪の川で、牡蠣
を食わせるこのような商売が行われていたという一事を知るだけでも、この話を読んだ
値打ちがあろうというものである。川の街であった大阪を知る上でも重要な短編で
あろう。盗賊一味の残した「名前」のような言葉の謎が事件解決の切っ掛けになる
ところも読ませる。
「扇子は届いたか」時間差トリックには感心しないが、その背後にある陰謀のしたたかさ
と律義な伏線に感心した。元ネタはあまりにも有名な話であるが、それが開化の浪花に
移植されるとこうなるのか、と膝を打つ。ミステリ趣味としては一番のお勧め。
「穴をあけた理由」壁に穴を空けていく不思議な賊の狙いが総てではあるが、少々
作り過ぎ。面白くなくはないが、アイデアの骨格が見え過ぎて辛いものがある。むしろ
当事「玉撞き賭博」が流行していたという脇筋の妙で読ませる。
「いわくありげな女」良家の娘の連続かどかわかしと、踊りの師匠の不審な行動の謎
が有機的に絡まる捕物帖だが、犯人の軽率さが辛い。これも当事の図書館という風俗に
見所がある。
「汚名をそそげ」厚木警部を中傷する謎の女事件と、源蔵の名を騙る説教強盗事件の
二本立て。どちらか片方で充分な話だとは思うが、読者サービスといったところか?
シリーズの最終作らしく、大団円風の展開があって楽しい。
総論:やはり過去の遺物とするにはあまりにも偉大な設定である。大阪人としては
末永く読まれてほしいシリーズである。