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2000年6月30日(金)

◆本日6時過ぎに6万アクセスを達成しました。先週5万アクセス記念オフを開催
したところですが、これはオフ会が後ろにずれ込んだせいであって、1週間で
1万アクセスあったわけではございません。毎度ありがとうございます。今後とも
宜しくお願い申しあげます。キリ番の方、お申しでいただけると嬉しいです。
◆朝一番で、神林本6冊をやっとこ発送。ああ、肩の荷が下りた。
◆会議、会議、打ち合わせ、残業で、フルコースの残業食。よいワインでしたたか
酔っ払う。1次会だけなのに午前様。古本購入0冊。でも、明日は久しぶりの
完全オフなので心やすらかである。さあ、何して過ごそっかな。

◆「帽子屋の休暇」Pラヴゼイ(早川ミステリ文庫)読了
なぜか未訳のままであったクリッブ&サッカレイ・コンビが活躍するヴィクトリアン
ミステリのシリーズ第4作。まだ5〜7作が未訳のままであり、翻訳が待たれる
ところである。ご多聞にもれず、原書ではとりあえず買ってあるが積読になって
いた話。原題は「MAD HATTER'S HOLIDAY」であり、カーの長篇やクイーンの短編
を連想して傑作を期待してしまうのはミステリマニアの血と呼ぶべきであろうか。
しかし残念ながらそれほどの話ではなく、「キチガイ帽子屋」も登場しない。登場
するのは「海辺の覗き屋」だけであった。こんな話。
1882年夏、ブライトンの浜辺は海水浴客でごったがえしていた。その客たちを
望遠鏡で覗いて密かな楽しみに耽っていた光学器械店を営むモスクロップの目は
一人の女性に釘付けになる。すっかり彼女に一目ぼれした彼は、彼女の姿を追って
水族館に向かう。鰐の檻の前で奇妙な一幕に出くわしたモスクロップは、その主役
を務めた少年と幼児が、憧れの女性の子供たちである事を知って愕然する。が、
美しき医師の妻ゼナに心奪われた彼のストーカー魂は、なおも燃え上がり、ついには
幼児をダシにした誘拐紛いの寸劇を演出してゼナの信頼を獲得する。精力的な夫、
前妻の残した生意気盛りの息子、彼女の生んだ幼児、その子守り女という構成の
一家に紹介された彼は、彼女の結婚生活が決して幸福でない事に気がつく。偶然にも
夫の医師プロセロの不倫現場を目撃してしまったのだ。義憤に駆られ夫が毎晩ゼナ
に処方する薬の正体をつきとめようとするモスクロップであったが、祭の翌日、
彼は酸鼻なバラバラ殺人に巻き込まれている自分に気づくのであった。
風俗小説としては、実によく書き込めている。が、殺人が起きるまでがなんとも
長い。逆に探偵コンビが登場してからの展開があっさりしすぎており、謎の紡ぎ
上げ方が浅い。第2の「殺人」にまつわる解法が、クリッブの一人語りで終って
しまうのは実に残念である。ミステリのプロットとしては、この部分の解きほぐし
に頁数を割くのが吉であったように思えてならない。前半の主役を務める「猟奇
の徒」モスクロップも後半に入ると精彩を欠き、ある程度感情移入していた読者を
戸惑わせる。猟奇殺人の相次いだ当時の風俗や科学的知見をかくも執念深く追った
作者には脱帽だが、推理小説としての膨らみまでは手が回らなかったといった所か。
歴史小説がお好きな方はどうぞ。


2000年6月28日(水)・29日(木)

◆わたしも「女魔術師」、今年の3月17日に読みました>愛・蔵人さま
◆現在の高松空港は山の上にある。元はゴルフ場であったらしい。雨に煙る空港
周辺には何もない。勿論古本屋もない。そこから、タクシーで25分、旧空港跡地
に拓かれた学研コンプレックスに立つコンベンションホールに向かう。
パンフに「空港からも市内からも便利な立地!」とあるのが出来の悪い不動産屋の
広告のようだ。高松市内から車で20分という立地は、空港としては至便のうちだが、
大型公民館としては不便であろう。勿論付近に古本屋はない。
ハコモノを作ればそれで地方振興になるという幻想は一体どこの誰が紡いだので
あろうか?ここで、開催されるのが、中国四国の古本屋を一同に集めた大古本展
だったりすれば、それはそれで文化振興施策として画期的にして嬉しい企画なの
だが、そんな洒落たものではない。某省の肝いりで全国9ヵ所にて開催されるBS
デジタルセミナーの皮切りが、ここサンメッセ香川で開かれるのであった。実行
委員会の末席の末席に名を連ねる私も、立場上狩り出されたのが、今回の高松行の
理由。会場設営で久しぶりの力仕事に汗を流し、「昔の高松空港は、晴天でも着陸
出来ないことがあってねえ。何かというと、野焼きの煙。信じられる?ったく酷い
空港だったよ。」「それでも昔のT亜国内航空は、突っ込んでいったんだから凄い
よなあ」といった古老の思い出話に相槌を打ちながら、開始時間を待つ。しかし
私の気がかりは、終了後、市内の古本屋を回る時間があるだろうか?という一点に
あったのだ。
◆幸い雨も上がり、地元局の必死の動員も奏功したのかセミナーは場内満席の中、
成功裏に終了。さささ、撤収して引き上げましょう引き上げて古本屋いきましょう、
という浮ついた気持ちは「んじゃ、軽く反省会でも」という上司の一言で吹っ飛ぶ。
ああ、折角、電話帳で古本屋をチェックしていたのにいいい。
「軽い反省会」が終わったのが、21時前。べろべろに酔っ払った上に、この時間
では、最早打つ手なし。ああ、折角、高松まで来て、古本屋の1軒も覗けないのか!
この世には神も仏も金毘羅さんもないものかああ!?と慨嘆しつつ大通りに出よう
とした私の目に「本」の文字が飛び込んできた。しかも「本、CD買います」と
あるではないか。ああ、これぞ天の助け!!地獄で仏!高松でブック・マーケット!
というわけで出先にも関わらずあれこれ買いこんでしまう。どあほう。
d「地底世界ペルシダー」ERバローズ(早川SF文庫)100円
d「危機のペルシダー」ERバローズ(早川SF文庫)100円
d「戦乱のペルシダー」ERバローズ(早川SF文庫)100円
d「ペルシダーに還る」ERバローズ(早川SF文庫)100円
d「牡牛は鈴を鳴らす」ESガードナー(ポケミス)100円
d「ステージの悪魔」Jケインズ(創元イエローブックス)100円
d「死の世界3」Hハリスン(創元推理文庫)100円
「ウルトラマン東京救出作戦」スタジオハード(講談社X文庫)100円
「金曜日の誘惑」戸川昌子(講談社ロマンブックス)100円
「おもいでの夏」Hローチャー(角川海外ベストセラーズ11)100円
d「人獣裁判」友成純一(大陸書房奇想天外NV)100円
d「カリブの悪夢」Fデ・フェリータ(角川書店)100円
なんだ、前振りの割りに大したもんないじゃん、と言わんでくれい。まあ、後ろの
2冊が100円ならラッキーという程度なのよ。わかっているのよ!買わずには
いられないのよ!病気なのよ!!
それにしても地方のリサイクル系には、中級程度の本は当たり前のように転がって
いるものだよなあ。これで「反省会」さえなければ、と思うのだが、贅沢はいうまい。
宿にチェックインして爆睡。ネット環境にないと本当によく眠れる。いつもの平日
二、三日分の睡眠時間をとる。
◆のんびりと高松を出て、昼前に羽田着。蒲田で途中下車して、昼休みの時間を利用
して数軒定点観測。収穫は1冊だけ。
「レ・コスミコミケ」Iカルヴィーノ(早川海外SFシリーズ:帯)100円
文庫版は所持しているが、それも品切れ状態なので、とりあえず押さえる。荷物は
果てしなく重いのだが、いたしかたない。
◆就業後、森さんの書き込みに刺激を受けて羊頭書房に初めていってみる。あっさり
ネット検索でヒットしたのには驚いた。もともとがそういうお店だったのね。
行ってみてビックリ。成る程、値段はそれなりだけれど、これだけ入手困難な
SF文庫やミステリの文庫が整然と並んでいるのは壮観。内容的には中野のワタナベ
書店と同等なのだが、店内を広々と使っていてほっとする。苦手の幻想系もなかなか
の品揃えであるが、こちらに相場観がないので目の正月に留める。名刺代わりに
買ったのは以下の2冊。
「ミステリーゲーム13の謎」Aドームゾン(晶文社)1300円
「すてきなすてきなスパイ」Aダイメント(早川NV:帯)1000円
店の表にペーパーバックの<棒>が何本もあって美味しそうである。さて、幾ら
ぐらいの値付けをするのであろうか?今後とも神保町行きの際の観測ポイントに
しなければ。
◆三省堂で「海野十三メモリアルブック」(先鋭疾風社)1200円を買う。
あまり買う気がなかったのであるが、ぱらぱら立ち読みするうちに琴線に触れる
ものがあった。これは同人誌のあらまほしき姿である。熱いぜ。
◆お茶の水に上がって均一棚で1冊買い物。
「オリエントの塔」水上勉(ポケット文春)100円
まあ、100円なら「買い」でしょう。なんとなく装丁で買っちゃう叢書だよね。
よしださんみたく通番の罠に嵌まらぬよう番号順に並べないようにしようっと。

◆「シグニット号の死」FWクロフツ(創元推理文庫)読了
宿泊出張の友にクロフツを持って出る。「田舎の事件でお座敷がかからないかなあ」
と心待ちにしているフレンチ主席警部は、どことなく「地方出張がないかなあ」と
希望的観測に耽る我々に似ている。勿論、その内容は<純粋に風景を楽しみたい>
フレンチと<行った事のない古本屋でめざせ血風>な我々では、根本的に異なるの
ではあるが。地方の殺人事件の捜査の合間、のどかな英国田園風景に心和ませる
フレンチの心情を日本もので窺い知るには鮎川哲也が最適であろう。旅行ガイドを
切り張りしたかの如き日本のトラベル・ミステリーとは次元の異なる世界がそこに
はある。こんなお話。
証券会社を経営するハリスンは、その辣腕ぶりで知られていた。つい最近も不可思議
な失踪を遂げたかと思うと、見事に生還し、株価操作で大もうけを遂げたところ。
しかし、妻に一男一女という家族からは疎まれ、秘書や従業員からは恐れられ、顧客
の中には大損をさせられ自殺した者もいるといった状況下、自慢の船の一室でハリスン
の死体が発見される。現場は完全な密室状態で、机上には「炭酸ガス」を発生する
仕掛けが施されていた。果たして、神をも恐れぬ実業家が自殺するものだろうか?
検死法廷では「自殺」の評決が下されるが、それに納得しない現地の要請をうけて
フレンチ主席警部が出馬するや、「密室」は開かれ事件は一転、殺人事件であった
事が判明する。多すぎる容疑者のアリバイを追うフレンチは、やがて、先の失踪の
真相に迫るのであったが、、、
時として「密室」にも取り組むクロフツであるが、この作品では密室のマエストロの
例の作品と同じ化学的なミスを犯しているのではなかろうか。作中で、「中毒」では
なく「窒息」というべき、というくだりもあってそれなりのフォローは施されている
ものの、この解釈が罷り通れば、日本の理科実験の学習指導要領は大幅に改訂される
必要があろう。密室では冴えないフレンチ(=クロフツ)だが、アリバイ崩しに入ると
俄然本領を発揮しており、楽しめる。また殺人が起きるまで語り手となる新人秘書の
心情もよく描けており、するりと作品世界に入り込める。ただ、作者自身が自作の限界
に挑戦するかのように最後に用意したツイストはいかがなものか。少々味悪感の残る
作品であった。なお、この作品の後書きの紀田順一郎解説はなかなかの労作であり
クロフツファンとしては是非読んでおかれたい。

◆「サウサンプトンの殺人」FWクロフツ(創元推理文庫)読了
クロフツが続く。実は、「田舎の事件に呼ばれたいよう」というフレンチが描かれて
いるのはこちらの作品である。倒叙推理にフーダニット趣味も加え、舞台を熾烈な
開発・販売競争を繰り広げるセメント業界にとったという、非常に現代的な社会派
推理とも思えるような作品である。しかしこれはまぎれもなく本格推理小説であり、
足の探偵フレンチの妙味が楽しめる作品でもある。このような作品を読むと、いかに
日本の「社会派」と呼ばれる「推理趣味よりも社会告発に力点をおいた諸作」や
「利権に狂奔する企業家の葛藤と権力に翻弄される一市民の悲哀をテーマとする読物」
が推理小説の本道から外れた紛い物であるかが分かろうというものである。本来優れた
推理小説というものは、そこに時代性も切り取ってみせたものなのである。こんな話。
セメント会社の取締役ブランドと開発責任者のキングは、ライヴァル会社の画期的な
新製品の製法を探ろうと周到な準備を行い、忍び込んだところを夜警に誰何され、
もみ合った拍子に彼を死に至らしめてしまう。思わぬ展開に混乱しつつも、夜警に
盗難の罪をかぶせた上で失踪・事故死に見せかける偽装工作を施す二人。しかし、
警察は「事故」に納得せず、ヤードに協力を要請、我等がフレンチ主席警部の出番
となる。昇進間も無いフレンチは、自動車事故が巧妙に仕組まれた犯罪である事を
明らかにするが、その捜査は企業の壁に阻まれる。しかし、一方でライヴァル会社に
事件の真相に気づかせ、その事が新たな犯罪の呼び水となってしまうのであった。
爆破炎上するランチには誰が載っていたのであろうか。豊かな鉱物資源に恵まれた
水辺の町サウサンプトンに殺意が交錯し、フレンチと奸智にたけた犯人の真剣勝負
(セメント)が繰り広げられる。フレンチ主席警部最初の事件。
ライヴァル会社の重役から鍵型を盗み取るくだりのテンポの良さ、自動車事故に
見せかける際のサスペンスなど倒叙の条件は充分、後半のフーダニット趣味も
二枚腰で、爆破トリックはいかにも技師クロフツらしいものである。アリバイ
トリックはさすがに今更の感があるが、それに「契約」を絡めたところが立派。
一本調子の展開で終らせない作者のサービス精神には敬服する。ここには見事に
1934年の「現代」がある。名作といってよかろう。
なお、巻末に戸川作の「地獄庵蔵書目録」が収録されており、本格ファンとしては
絶対に押えておきたい本でもある。


2000年6月27日(火)

◆昼休みに、4ヶ所へ送本。やっと一安心。
◆おお、愛・蔵人さんの日記からリンクが!!でもリンク先がトップページじゃ
ないのでアクセスバブルは望めないよなあ。「いいんだ、それで!!」
◆体調を崩す。辛い。でも定点観測には出かける奴。たとえそれが一縷の望みで
あっても、見果てぬ夢であっても、微かな「おら!おら!おら!」の期待に、
胸ふくらませ、這ってでも古本屋を目指すのだああ(あほ)
「2001年宇宙の旅」(映画パンフ)200円
なんでこんなに安いねん?と思ったら昭和53年の上映時のパンフであった。
ま、いっかー。口開けとしては、こんなもんでしょ。
「現代長篇推理小説全集8<南條範夫・新田次郎>集」(東都書房:函)100円
「四つの終止符」西村京太郎(ポケット文春)50円
d「海の弔鐘」高橋泰邦(ポケット文春)50円
「おお21世紀」西村京太郎(春陽堂・サン・ポケット・ブックス)50円
均一棚で頑張って、西村京太郎の珍作をゲット。なんやねん、これ?おまけに
春陽堂のノベルズとは?文庫落ちしているのかもしれないが、出版社の珍しさで
許す。なにせ50円だしねえ。多少のシミや表紙痛みも涼しい涼しい。
d「イモジューヌに不可能なし」Cエクスブライヤ(ポケミス)200円
d「刑事くずれ/ヒッピー殺し」Tコウ(ポケミス)200円
「Hearse Class Male」Frank Cain(Dell)300円
「The Frightend Girls」Ben Benson(Bantam)200円
「Murder‐Go‐Round」Hitchcock Edt.(Dell)250円
d「鉄道ミステリ傑作選」鮎川哲也編(双葉NV)200円
鮎哲本は、めでたさも中くらい也だが、最近はこのレベルの引きさえなかったの
で嬉しい。PBはカバーアート欲しさ。 うっとりしちゃうね、実際。
d「推理百貨店本館」新保博久(冬樹社:帯)100円
d「推理百貨店別館」新保博久(冬樹社:帯)100円
「SFの本7」(新時代社)400円
ほいほい、新保「教授」のエッセイ集も揃いの帯付き100円なら拾わざるを
えませんのう。
「アシモフの原子宇宙の旅」Iアシモフ(二見書房:帯)650円
うう、参った。また出てきた事すら知らないアシモフの科学エッセイだあ。一体
何冊翻訳が出ていたんだよう?
d「新説金田一耕助」横溝正史(角川文庫)100円
d「風船魔人・黄金魔人」横溝正史(角川文庫:初版)100円
d「横溝正史読本」小林信彦編(角川文庫:三刷)100円
この辺りも見ると買ってしまう。ジュヴィナイルの中では一番入手困難な「風船
魔人・黄金魔人」は久しぶりに拾った。「横溝正史読本」も最近とんとご無沙汰
でした。でも赤背はないなあ。
「おらおら」の欠片もないけれど、平日の狩りにしてはまずますですかな。まる。
◆帰宅すると、見知らぬ人から分厚い本が届いている。「なんじゃいな?」と開封
すると、ワセミスのフェニックス最新号が出てくる。異様に分厚く、造本も立派。
作家のインタビューというのは全く趣味ではないのだが、ここまでやられると頭が
下がる。戸川社長の写真を見て、いしいひさいちの漫画がいかに特徴を捉えていた
かを改めて理解する。笑いどころではないのだが、爆笑してしまった。
◆八勝堂の、これまた立派なカタログも届いているのだが、映画特集とかで、全く
食指をそそられない。推理専門になったわけじゃなかったのね。
◆ヤフーオークションの落札者の方からメールが来て、これも一安心。あとは
入金を確認して発送するだけである。どきどき。

◆「殺人者はまだ捕まらない」Mプロクター(ポケミス)読了
地味な英国製の警察小説に手を出してみた。モジュラータイプの警察小説といえば
「87分署」やその亜流である日本の刑事ドラマを連想してしまうのだが、もともとは
「ギデオン警視」やこのプロクターのあたりが日本で最初に紹介された警察小説なの
ではなかろうか?「87分署」が成功したのは、複数の主要キャラクターを持ち
回りで主役に据えるところであり、市場マーケティングに裏付けされたしたたかな
販売戦略の勝利といえよう。その点、イギリスものはやはり個人乃至主役と脇役の
コンビというどまりなのが強みであり、弱みでもあるといったところか。この
作品ではグランチェスター市警察のマーティーノという主席警部が主役を務める。
どうやらプロクターの他の作品でもそのようである。こんな話。
激情にかられ恋敵を殺害し、その罪を負って獄中にあったガイが刑期が後1年に
迫ったある日、脱獄してしまう。警察は彼の恋人であったパトリシアの元に向かう
が、彼女は至って冷淡な姿勢を崩さない。むしろ揺れ動く心を隠しきれないのは
彼女の妹シーラであった。ガイの工員仲間に網を張る警察であったが、その時、
もうひとつの大事件が勃発する。それは、9歳の少女デッシーの失踪事件。彼女の
両親は離婚しており、母親に引き取られたデッシーを取り戻そうと父親が画策して
いたらしいのだが、事件はそう単純なものとはいえなかった。デッシーの担任が
シーラだったのだ。果して二つの事件には関連があるのであろうか?そして、ガイ
とシーラの出会いは二人に何をもたらすのであろうか?
可もなし不可もなし、といった印象の作品。失踪した少女の別れた両親それぞれ
の付き合っている相手が既婚者である、という異常な状況が事件を複雑化させるの
だが、これは英国社会の現実なのであろうか?事件の本筋よりも、むしろそういった
書き込みに目を奪われる。脱獄囚の「ロマンス」も肩透かしの展開で、敢えて
クールに描く事で「現代性を出した」というのであれば、残念ながらそれは小説の
面白さが判っていらっしゃらない、と申し上げよう。読者は「お約束」が大好き
なのである。そのあたりをはしたなく追求した87分署とは好対照の一編。これで
主役のマーティーノにもう少し魅力があればよいのだが、これがどこまでも健全な
ものだから印象が稀薄。その後の紹介が続かなかったものむべなるかなといった
シリーズの一編であった。警察小説の研究家以外にはお勧めしません。


2000年6月26日(月)

◆業務連絡。28日の朝5時から8時まで、サーバーのメンテのためこのサイト
は不通になります。また悪影響が出ない事を祈るのみ。
◆行きがかり上、残業。定点観測をかけるが「坊主」に終る。松本真人さんや
キバヤシさんの御利益にあやかりたいわい!!特に松本さんのカー・コンプリート
はめでたい!!私の場合「とりあえず読める」のゴールインが「毒殺魔」だった。
その時の嬉しさはやはり他の作家とは根本的に異なる。本当に「長い長い闘いが
終った」という感慨に耽ったものである。今日もとてもレス付けはできそうにない
ので、ここに書いておきます。松本さん、おめでとう!!今日は「貴方の日」です。
文句無しの大血風でしょう。
◆うーん、ヤフーオークションの落札者の方からの連絡がこない。最初の経験なの
で不安だなあ。
◆不義理のつけを払うべくお約束の送本作業に勤しむ。森さん、松本さん、宮澤さん、
あと茗荷丸さんのところで声のかかったSSさんへの梱包完了。明日(って、この
日記を書いている段階では今日だけど)発送致しまする。
◆昨日・一昨日の日記にリンクをはる。たちまちネットらしくなるから不思議で
ある。やはりネットの神髄はこの融通無碍な繋がりの延展性にあるんだろうなあ。
◆そうそう、オフ会で彩古さんから、20年前に彩古さんが発行していた同人誌、と
いうか同人紙を頂戴していたのだ。これはひょっとしてその趣味の人には伝説の
ペーパーかもしれない。
「知佳舎からのお知らせ」
「ちかちかインフォメーション」創刊号・第2号・第4号
「ELECTRUM」1号
「GARBAGE WORLD」1号
どうもありがとうございます。アップが遅れてごめん。それにしても、よしださん
に続いて彩古さんも筋金入りの同人野郎だった事がわかって嬉しい。私もちょうど
その頃、別の世界の「伝説」的同人誌を作っていたのだけれど、それはまた別の話。

◆「復活!へび女」池上永一(実業之日本社)読了
というわけで巷で大評判のこの作家の初体験。「とっつきやすいところから」と、
この短編集を手にとってみた。一読感嘆!なるほどこれは凄い!!これはまぎれも
なく本物の手応え。衝撃のマグニチュードでは牧野修の「MOUSE」や矢崎存美
の「ぶたぶた」に匹敵する。スラプスティックあり、純愛ものあり、残酷童話あり、
底意地の悪いショッカーあり、なんとも分類不能な不思議小説ありと、実にバラエ
ティーに富んだラインナップ。「沖縄」というキーワードで語られる事の多い作者だが、
この短編集ではその得意技以外の部分でも魅せる。(帯の煽りには「8つの都市伝説」
とあったが、これは思わず筆がすべったのであろう。いわゆる都市伝説系は表題作と
「宗教新聞」「前世迷宮」ぐらいのものである。)いずれにしてもこの作家の紡ぎ出す
異界感覚というか、異界と現実との狭間感覚は何なのだろう?「幻視」や「電波」と
いった既存の言葉による定義では測りきれないものがそこにはある。特に「沖縄」を
舞台に取った話では、現実部分が既に我々ヤマトンチューにとっての異界であるだけに、
その不思議感覚はいやますばかりである。この作品群を掲載しつづけた「週刊小説」は
私が知っている頃の「週刊小説」とは根本的に異なるようである(といっても、創刊
当時「日暮妖之介」や「日本人ここにあり」が連載されていた頃しか知らないのだが)。
また文章が巧い。といって高踏的なわけでは決してない。ほんの些細な言い回しで
読者を異界に攫う。まさに達人である。加えて小道具の使い方が良い。色があり、匂い
があり、どこまでも「文章」の力を感じさせてくれる作品群である。テキストから自らの
イマジネーションを膨らませる事に長けた小説読みであればあるほど、その世界に酔う。
ミステリでもSFでもない。ファンタジーという言葉でも説明しきれない。今の自分が
この小説の魅力を語る言葉を持てていない事に歯がゆくなる、そんな小説群である。
これまでの読書体験によるパターン認識は否定され、するするとどこからか伸びてきた
触手に脳の中を弄られ、感情と感覚を玩具にされる、そんな体験をしたい方は是非どうぞ。
癖になっても知りませんが。


2000年6月24日(土)・25日(日)

◆「d」は「ダブリ」の「d」です。珍しい本をとりあえず押えて交換他で回して
いる訳なんです。よろしいでしょうか、大矢ひろこ様
◆やって来た来た拙サイト5万アクセス突破記念自宅オフ当日。ごそごそと、前日
の日記を書き終え、飲み会の支度など。人数が人数なので、久しぶりにHMMを脚に
したところへ戸板を渡しテーブルクロスをかけて即席机を設える。今回は、料理は
店屋物にするのだが、とりあえず繋ぎのツマミ程度は準備しようと思い、「切って
並べる」を繰り返しているとあれよあれよという間に11時半を回る。あいにくの
小雨の中、待ち合わせの最寄り駅に向かうと、椅子には、黒白さん、少し離れた所に、
定時待ち合わせ組みがたむろしており、早速点呼。
須川さん、やよいさん、しょーじクンおーかわさんGAKUさん、SPOOKYさん、
そこへ、無謀松さんも到着して全員集合。
ひょいと私のメモを覗いた黒白さんが、「直接:彩古、石井、土田」という名を
見て取ると、「古書展経由組っすね」。大正解。拙宅について、お土産などを頂戴し、
先ずは乾杯。20分遅れで土田さんも到着。大荷物を抱えた彩古さん・石井女王様の
ご両人が到着した2時前には、皆、完全に出来上がっている。改めて、シャンパン他
で乾杯して自己紹介タイム。SPOOKYさん以外はなんらかの形で顔見知りの人
ばかりなため、同氏の方を向いての自己紹介となる。しかし、圧巻はSPOOKY
さんの前職。某社勤務であの作家やあの作家の本を(結果として)じゃんすか断裁
送りにしてきたらしい。
◆後は、もういつもの通りの展開。飲む、食う、喋る、本棚見学に、ダブリ本
販売。最多参加はしょーじさん、土田さんの4回。初参加は黒白さん、石井さん、
SPOOKYさん。殆どの方が「勝手知ったる他人の自宅」状態であるが、さすがに、
初参加の方々にはそれなりに興奮があった模様。しょーじさんに取り置いた角川
文庫山田風太郎、どうやら彼のサイトの探求書リストは詰めが甘かったようで、
結局、20冊近くを一気にお買い上げ。黒白さんは、和書もさることながら、洋書
で盛り上がり。これまでで、拙宅の原書に一番興奮していかれた人であろう。まあ
森英俊氏の書庫を知る身としては貧架もいいところなのだが、同時期に原書に嵌まった
ものとして共感を覚えて頂いたという事にしておこう。SPOOKYさんは、ダブリ本
の前に腰を据えてじっくり選別。石井女王さまは新宿警察の量に驚愕しつつも、
「読んでやるうう」とばかりに本を抱えてダッシュ。とはいえ、食器洗い機にも
興味を示していたのは、なんとも「奥様」である。土田さんから「どうぞお掛けに
なって寛いでくださいよ」と声を掛けて頂く。いわれてみて初めて、殆ど立ちっぱなし
でごそごそしている自分に気がつく。まあ、これはもう性格だから。
◆途中、石井さんの携帯に森英俊氏から電話が入り、少しお話。5時前に「エラリー・
クイーン・ミステリー:不吉なシナリオの冒険」を流して、犯人当てに挑戦するも、
約半数が居眠り状態。あらら。よくできた話なのだが、正解者0。というか、まともに
回答した人間がいないという体たらくである。もっと早い時間にやればよかったかな。
本編よりも、20年近く前のコマーシャルが馬鹿受けに受けるのはこういう企画のお約束。
しかし、ビールの消費量が尋常ではない。24本用意した350ml缶が、あっという間に
消費され、結局、その後2度に渡って配達を頼む羽目になる。この辺りからの記憶が既に
怪しい。只管コーヒーを入れて配っていたのは何時頃のことだったのか?SPOOKYさん
が、ノリノリ状態だったのが印象的。彩古さんと異様に意気投合していた。石井さんが
和室に篭って読書していたのも、さすが、との感を強くした。中締め前に、翌日が
オヤジさんの命日という黒白さんが帰宅の途につく。中締めの頃には、私は10時間
飲み続けたビールの影響で沈没。碌にご挨拶できずにすまんこってす。
◆1時過ぎに復活すると、残っていたのは徹夜組の彩古、土田、無謀松、GAKU、
おーかわの5氏。まったり過ごすも、余りの手持ち無沙汰に「卓でも囲む?」と、
深夜の麻雀が始まる。長い2半荘が終ったのが、明方の5時。一応結果をご報告して
おくと、彩古さん:ぐちゃ負け、わし:くちゃ負け、無謀松さん:チョイ負け、
土田さん:一人ぐちゃ勝ち、であった。さすがに沈没してしまった、GAKUさん、
おーかわさんを叩き起こして午前6時にはお開き。18時間続いた自宅オフも無事終了。
消費アルコールは、ビール19リットル、日本酒2升、ワイン1本、シャンパン1本。
いやあ、皆さん強いわ。というわけで、ご参加頂いた方々、ありがとうございました。
◆オフ会にて交換やお土産で頂戴した本は以下の通り。
「非常の秘密指令」宮崎惇(桃園書房)交換(土田さんから)
d「悪魔の手毬唄」横溝正史(角川文庫:初版)交換(森さんから)
「地下の怪寺院」ジャン・レイ(岩波少年文庫)交換(森さんから)
「黒の疑惑」佐賀潜(東京文芸社)頂き!(SPOOKYさんから)
「夜を撃つ」佐賀潜(文華新書)頂き!(SPOOKYさんから)
「倒産心中」佐賀潜(東京文芸社)頂き!(SPOOKYさんから)
d「黒い会社」佐賀潜(東京文芸社)頂き!(SPOOKYさんから)
「Kill as Dierected」E.Queen(Signet)頂き!(SPOOKYさんから)
「Death Spins the Platter」E.Queen(Signet)頂き!(SPOOKYさんから)
「The Killer Touch」E.Queen(Signet)頂き!(SPOOKYさんから)
「十字火撃ちの男」城戸禮(芸文社)頂き!(須川さんから)
角川文庫横溝クエスト、これで名実ともにマジック1!!佐賀潜とEQが大幅に
前進!とても嬉しい。それにしても一体佐賀潜には何冊の小説があるのだろうか?
「倒産心中」なんて聞いた事もなかったぞい。芸文社アクションシリーズも一歩前進。
須川さんは、ダブってもいない高値で買った本を御譲り頂いた由。ありがとうござい
ますありがとうございます。
◆さすがに2週続けての自宅オフは体力的にきつかった模様で、ちょっと片付けをして
就寝。9時起きてEQFC用の課題図書「オランダ靴の謎」を読むつもりが、ずるずる
と寝つづけ、気がつくと11時を回っているではないか。ふう。29年ぶりの再読は
殆ど初読に等しく、実に楽しく読みつづける。昼飯方々投票に出かけ、一風呂浴びて
からEQFC例会に向かう。途中の車中で「オランダ靴」読了。2時間半遅刻。
◆本日は、新進翻訳家の中村有希女史をはじめ女性陣も多く、EQFC始まって以来
という「女性ゼロ」例会であった前回に比べて非常に華やかである。斉藤代表、
Moriwakiさん一家、真沙加女史、斉藤静草女史、中村女史、玉野氏に、めでたく今春
ミステリ者の殿堂K大ミス研に合格した薗田クンが遠路はるばる京都から参加。
Moriwakiさんにお約束の本を手渡し。実はこれだけのために来たと言ってもよい。
滑り込みで「オランダ靴」の合評の輪に入る。合評では、早川と創元を読み比べた
真沙加さんの、プラウティの台詞を巡る誤訳の指摘が圧巻。原書が飛び交い、中村女史
のご高説を拝聴する。ああ便利。それにしても、この時代の探偵クイーンは実に厭な
野郎だぜ!と意見が一致する。ジューナが変装セットをもらって大喜びするくだりに
ついては、おねーさんたちから作中のジューナの同年齢の薗田クンに「変装セット
もらってうれしい?」という質問が飛ぶ。
◆休憩後には、次回が20周年の宿泊例会なので、その出し物の練習とばかりに、
EQのアメコミを紙芝居風に楽しむ。私はナレーションを担当。エラリイ役の静草女史
の声はなかなか艶やかでよいぞ。声質がいいので恥かしがらずに堂々とやればよいと
思いまする。犯人当ての部分では、例によってMoriwakiさんのへそ曲がり解釈が笑いを
とる。そんな事、ふつー考えないって。でも、正解より面白い。そういえば、同氏も
いよいよ自宅パソ導入間近とか。と言っても買うのは夫人らしいのだが、氏の方がおお
はしゃぎ状態らしい。「電話ケーブルの長さは3めーとるでいいかなあ」「CATV
に入ると繋ぎ放題で6千円なんだけど」「電話代はボクが負担してもいいからさあ」
わっはっは。判る判る。
◆その後、発送作業をてきぱきと済ませて、オークションに突入。オークショニアは
Moriwaki氏。私も売ったり買ったりで楽しむ。今回の目玉は静草女史出品の「恐怖の
研究」の米初版美本。これは、真っ当なクイーン名義であるにも関わらず米版では
ハードカバー版が存在しないという極めつけのペーパーバック。めでたくわたくしめ
が800円で落札。クイーンの本当の初版がこの値段ならOKでしょう?
「A Study In Terror」E.Queen(Lancer)800円
◆体力的にへろへろだった上、更新もしなきゃと、私は後ろ髪を引かれる思いで
例会にサヨナラ。途中、京橋で下車して閉店間際の八重洲BCに立ち寄り、池上本
を買い込む。八重洲地下の定点観測は収獲なし。「ギャラリー・フェイク」の新刊
とHMM最新号を購入。HMM8月号はトワイライトゾーンの特集号。エピソード
リストや関係者事典、脚本もついてなかなかの力作。ティの翻訳がなくとも、これは
「買い」でしょう。合格点。帰宅して夕食後、選挙速報を眺めていたらそのまま
寝入ってしまう。うう、あかーん。
「風車祭」池上永一(文藝春秋:帯)2476円
「復活!へび女」池上永一(実業之日本社:帯)1600円
HMM2000年8月号(早川書房)800円
「このミステリがすごい2000年版」(宝島社)667円

◆「オランダ靴の謎」Eクイーン(創元推理文庫)読了
今更なんの説明の必要もないであろう。アメリカの推理小説そのものと称せられた
クイーンの第3作。勿論国名シリーズの第3作でもある。前回読んだのが1971年
の秋だと思うので、なんと29年ぶりの再読である。これは実質上の初読に近い。
実際、誰が犯人だったかしか覚えておらず、逆にいえば、一体この犯人らしくない
奴をどうやって犯人にするのかという興味で読める。オランダ靴といえば、木靴を
想像するが、この作品にいう「オランダ靴」とはオランダ記念病院での、資産家夫人
殺害犯人の遺留品を指す。白昼堂々、麻酔室の医師の格好で入り込み病院の経営者で
ある老婦人を絞殺した犯人の正体とは?偶然にも他の事件の聞き込みで死体発見の
現場に居合わせたエラリイは、被害者の弟、娘、その恋人の弁護士、病院の実力医師、
その研究仲間、医師を訪ねてきた謎の男、被害者の弟に貸しのある暗黒街のボス、
その子分たちといった多彩な容疑者の海からただ一つの真実に迫る。第2の殺人の
現場の「ある証拠」からピン・ポイントで犯人を指摘してみせるEQの推理こそは
まさに「これぞフーダニット」である。ただ、見事なまでに論理一点ばりであり、
実はこの小説でも真の動機は最後の最後まで隠される。これはいささか、リアリズム
を追求する立場からは辛いものがある。本当の警察であれば、もっと地道な捜査で
神の如きクイーンを出し抜く事も可能だったと思える事件である。そのあたりが
翌年の「ギリシア棺」「エジプト十字架」という最高傑作に一歩譲るところと言え
ようか。華麗なる論理のアクロバットというよりは、数学的論理問題を解くかの
ような地味さが持ち味であり、クイーンファンの中でも評価にばらつきがでる作品
であるものうなずける。勿論、凡百の新本格の遠く及び所ではない事はいうまでも
ないのだが。井上勇のぎこちない直訳風の訳文までが懐かしいクイーンのベストの
一つである。それにしても、この頃の探偵エラリイは相当に可愛くない野郎だよね。

◆「三人のおまわりさん」WPデュボア(学研)読了
1日1作を目指す関係で、引っ張り出した探偵童話。森英俊氏が探しているという
一点でネット上ではそれなりに知る人ぞ知る作品である。作者は、アメリカの
童話作家で、この1938年作品も代表作の一つとの由。大西洋に浮かぶ殆ど
誰にも知られていない島、ファーブ島は魚の形をした小さな島。漁業が主たる産業
であるその島は、市長が治め、その次にえらい人がこの物語の主人公である三人の
おまわりさん、ピーター、ポール、ジョーゼフである。彼等とその下僕である黒人
少年ボッツフォードが、島を震撼させる大事件に立ち向かう。なんと、巨大な海の
怪物が、夜な夜な島の重要な財産である「網」を盗んでいくというのだ。事件らしい
事件もなく、ただ立派な制服を着て島民の尊敬を集めていたおまわりさんたちは、
市長が不在の間に起きたこの大事件にどのように対処するのだろうか?そして、
海の怪物の意外な正体とは?
トリックスターであるボッツフォードの叡智が楽しい。実に子供向け読物のツボを
押えた展開に拍手喝采。繰り返しのギャグも微笑ましく、怪物の正体や事件の真相
はジュビナイルとはいえ相当に納得性の高いものである。大人の鑑賞に耐えると
までいうと少々褒め過ぎではあるが、「悪人であっても弁護は受ける権利がある」
などといった啓蒙的なくだりもあって、ただの楽しい読物に終らせない工夫が施さ
れているところなどは、ファンタジーに流れがちの童話作家は見習うべきであろう。
尤もラストのボッツフォードの扱いについては、少々やり過ぎの感があり、若干
抵抗感があった。まあ、子供の夢、と思えばそれもまた楽し、ではあるのだが。
30分もかからずに読めるので、見つけた方にはご一読をお勧めしておこう。


2000年6月23日(金)

◆オフ会に備えて飲料の買い出しなど。大荷物の上に雨模様なので、新刊も古本も
買い物なし。
◆昨日の日記で消耗。よしださんのように身体を張ったギャグがあるわけじゃ
ないしなあ。あ、そういえば、神林光文社文庫揃いに動きがあった。1日で既に
内心忸怩たる値段がついてしまった。「その値段で買う人がいるんだからしょう
がない」というのは、神保町BCのオヤジの台詞だが、実際、そうとでも言って
おかなければ治まりがつかない状態。某ネット古書店の「せどり部隊」は、一種
十字軍的ヒロイズムで自分をごまかせようが、オークションの場合は完全に自己
責任の功利主義の世界。うーむ、これは猛毒だねえ。剣呑剣呑。
◆本年度の乱歩賞受賞作の題名(「脳男」)を見て山田風太郎を即連想した人!
「はい!」
おめでとう、病気です。

◆「メカニストリア」EFラッセル(早川SFシリーズ)読了
ふとレトロなSFを読んでみたくなって本棚から引っ張り出した。うーむ、簡易函
付きで500円だったのかあ。昔は安かったんだなあ、銀背も。ラッセルは、中坊
の頃に「自動洗脳装置」を読んでえらく感心した覚えがある。丁度、アイリッシュの
「黒いカーテン」だったかと同時期に読んでいた事もあって、これぞ「SFミステリ」
と興奮したものだ。ラインスターの「地の果てから来た怪物」などと並びゲテミス
ながらも未だに好印象が消えない。やはり本には読むべき年齢というものがある
ようである。この辺りの作家の作品を今のSF読者は書店で買う事ができずにいる
のは「飽食下の飢餓」とでも呼ぶべき状況ではなかろうか?新本格が、ミステリ
読者の裾野を広げる一方で翻訳古典の新しい読者を奪ったように、SFではライト
ノベルの隆盛が、ちょっと懐かしい作家たちの本を駆逐してしまった。しかし、
これは歴史の必然なのであろう。「猫の地球儀」や「柊の僧兵記」や「プリンセス奪還」
を読んだ人間が、今更ラッセルでもなかろう?といわれれば、それはそうである。
しかしながらオヤヂとしては、たまには、蛸型火星人が当たり前のように出てくる
SFだって読んでみたいのである。ノスタル爺なのである。というわけで、ラッセル
の創造したキャラクターの中で最も有名な(と解説にあった)宇宙船乗りジェイ・スコア
と彼の乗り込む快速宇宙船「マラソン」号の、驚異と冒険に満ちた物語なのである。
「非常パイロット」身長6フィート9インチ、体重300ポンドの巨漢パイロット
ジェイ・スコア登場編。「危機」の作り方がいかにもご都合主義なのだが、泣ける
話である。チェス好きの蛸型火星人乗組員たちもいいぞお。丁度、新大阪の駅で
在来線に乗り換え、女性の関西弁を聞くと「ああ、大阪に帰って来たんだあ」と
思えるように、蛸型火星人に出会うと懐かしの<えすえふ>に帰ってきたという
思いを強くする。海洋冒険ものの定石も踏まえたエピローグともども名作の名に
相応しい作品であろう。オーヘンリーがSFを書いたらこんな話を書いたのでは?
と思える作品。
「メカニストリア」機械の支配する惑星からの脱出記。エビ型宇宙人も登場するぞ。
流れからいって、ジェイの使い方を工夫するのかと思いきや、その方向に進まなかった
ので驚く。機械どもから身を隠す方法、というのが笑わせてくれた。
「共生」植物が支配する惑星の緑色のヒューマノイドとの出会いを描く。なかなかに
時代を反映して、「南洋の土人」扱いである。今のアメリカでは絶対書けない話
なんだろうなあ。
「催眠惑星」ドラクエのメデューサボールの如き幻覚で他の生き物を支配する
縺れた紐ミミズが登場。宇宙船ビーグル号でも確か幻覚生物が登場するが、なかなか
映像的に楽しい作りであり、非常にスリリングな展開が楽しめる。最後まで読者の
興味を逸らさず、しかも笑いをとるところなんぞ、見上げたプロ根性である。
総論:古い。しかし「非常パイロット」と「催眠惑星」は、充分に今の鑑賞に
耐える。特に「非常パイロット」は独立してアンソロジーなどに採られるべき
作品であろう。「催眠惑星」は今のSFX技術で、思いっきりどろどろと作って
欲しくなる。勿論、レギュラーの蛸型火星人も一緒にね。


2000年6月22日(木)

◆そういえば、銀河通信オフで大森望氏から盛んに「ブックオフ擁護」の論陣を
張るべし!との挑発を受けた。私の場合、ブックオフは大好きだけど、「擁護論」
書いている暇があったら、とりあえず買いに行っちゃいます。すんまへん。
下条君から、おばかなSFミステリの題名を頂戴する。
「遊星からの物体Xの悲劇」
「山椒魚戦争の犬たち」
「刺青された男だよ」
「あたしの中の女」
「地球の緑衣の鬼」
「アクロイドお雪」
うーん、いいなあ「アクロイドお雪」。昔、カー&ロードの「エレヴェーター殺人
事件」を(以下ネタばれ・反転処理)「アネロイド殺害事件」と言った友人がいた
のだが、それに匹敵する出来映えである。うまい!「刺青された男だよ」も笑える
ぞお。「影男だよ」とかもありか?
◆あれこれ、買ってしまう。まず新刊書店で、掲示板にて大騒ぎの池上本を1冊。
「バガージマヌパナス」池上永一(文春文庫)590円
更に、会社の傍の古本屋で、ゲテミスを1冊釣る。
「奥の細道花の旅 華道家元殺人事件」須川栄三(テレビ朝日)350円
なんだか、とっても土ワイな雰囲気が良い。
◆就業後、途中下車して、石井女王様用のジュビナイルを確保。
d「悪魔のベッド」ジャン・レイ(岩波少年文庫)200円
ついでに、ダブリ本をわしわしと買う。
d「われら顔を選ぶとき」Rゼラズニイ(早川SF文庫)190円
d「拷問者の影」Jウルフ(早川SF文庫:帯)270円
d「調停者の鉤爪」Jウルフ(早川SF文庫:帯)260円
d「黒いトランク」鮎川哲也(角川文庫)150円
しかし、今日の買い物の本命は古本ではないのである。そうなのだ、あの本を
買うためにわざわざお金も下ろしたのだ。よーし、いっくぞおお!!
◆「<山尾悠子>を買いに」
それは、銀河通信10万アクセス突破記念オフの席上の事であった。安田ママさんが、
バッと片手をぱーに広げて「5部、仕入れたからね!(えっへん!)1部が予約
してくれた人用、1部が自分用!」とのたもうたのである。
ううむ、成る程。これは凄い。いや、八重洲BCとかに寄ってもいいのだが、何せ
重い本である。出来る限り自宅の傍で買うにこした事はない。加えて、掲示板で
「もう、ないぞお」「あっと、言う間になくなるぞお」「わしは買ったから良いも んね」
という書き込みが相次いでは、堪らない。早速、本日の事、一駅手前で下車
して、閉店間際の銀河通信コンビの勤務先へと向かう。「猫の地球儀」の続きや、
これも掲示板で煽られた池上永一「レオキス」、日下本の「底無沼」を抱えてママ
さん担当の推理・SF棚を物色する。ところが、これが見当たらない!
「やば!」もしや既にSOLD OUTか?とビビったものの、困った時には、
餅は餅屋、本は本屋の店員さんに尋ねようと、カウンターの若い男性店員に、
「あのー、山尾悠子作品集成は、ありますか?」と聞いたと思いねえ。
すると、彼は一瞬、仮面ライダークウガの怪人から「ぐべぞ、ざんら、ぐば!」
と声をかけられた被害者のような表情になって、「はあ?」と聞き返す。
「山尾悠子作品集成なんですが」こちらの発音が悪かったと思った私は繰り返し
尋ねる。彼はマニュアル通りに、メモ紙と鉛筆を取り出し、おもむろに確認する。

「やましゅうせい、ですか?」

ちーーがーーうーー!!

「山尾悠子作品集成です」私は殆ど吠えんばかりに繰り返す。
「あ、やまおゆうこのさくひんしゅうですね。」と彼はメモをとり「少々お待ち
ください」とカウンターの後ろにあるパソコン画面に向かおうとするが、ふと
気がついたのか、こう尋ねた。

「で、題名はなんでしょう?」

うがあーー、うがあーーー!!!

「それが題名なんです!!」

「あ、失礼しました。」と恐縮した彼がパソコンに向かう事しばし。困惑気に
先輩風の男子店員をつかまえなにやら密談を始めるではないか。ううむ、これは
ますますヤバいですぞおお、とこちらが戦々恐々としていると、その先輩店員が
ついとこちらにやってきてこう言った。

「確かに、6月20日発行になっているのですが、まだ発刊してないかもしれません。」

ぶちっ!

私は切れた。切れたが、そこはぐっと押えて、
「いいえ、確かに出ています」と言い切る。
な、なんなんだ、こいつ?なぜそこまで言いきる?という表情ながらも、こちらの
気合に押された<先輩>は、なおも抵抗を試みる。

「そうですか。でしたら、まだ入荷していないので取り寄せになりますが…」

「5冊仕入れたと、聞いたのですが!」


きっぱりと突き放す私。
益々怪しい客である。謎であろう。なぜ、仕入れ冊数まで知っている!?
困り果てた<先輩>は、ちゃっちゃと在庫の整理をやっていた<更に先輩>風の
男性店員を呼びとめ、
「山尾悠子作品集成ってでてますか?」と尋ねた。
さすが<更に先輩>は、あっさり、
「入ってるよ」といいざま、幻想文芸の棚の端からくだんの集成を取り出すでは
ないか。おお!あんな所に!てっきり、推理・SFコーナーにあるものと信じて
いた私は驚くとともに胸をなで下ろした。
「これですね?」
「は、はい」
貫禄の違いをみせつけ、ちゃっちゃと在庫整理に向かう<更に先輩社員>。
「いやあ、よかったよかった、書店員は斯くありたいものですのう」と思いながらも、
その本を他の本と一緒に袋詰めする最初の店員の手元をグイとみつめつつ、
「帯にひっかけるなよ、頼むから帯にひっかけるなよ、引っかけたら殺すぞ。」
と祈る私なのであった。
以上、報告を終ります。きんじー・みるほーん。

追伸、安田ママさんは、自店でも「山尾悠子作品集成」を宣伝するように。

◆帰宅するとKaluさんからの交換本が到着していた。ああ、こちらからも
発送しなければ。すみません。
「さあ、きちがいになりなさい」Fブラウン(早川書房:帯・月報)交換
ふう、これで、とりあえず異装ながらも、この叢書は揃ったかな。ありがとう
ございますありがとうございます。
◆あ、文生堂のカタログも着いてるよ。うーむ、これといったものがないなあ。
でも、2回続けて買わないと次を送ってくれないかもしてないしなあ。いくら
84万円一気買いの客でも見放されるかもなあ。売り切れそうな奴にでもオーダー
入れとくかあ?

◆皆さん、お待ちかね。今回のファイトは、日下三蔵と黒白。なんと日下三蔵仙人が
「島久平の中で最もつまらん」と腐したこの作品を、暗黒の鉄人:黒白マスター
アジアは「島作品で最も面白い」との折り紙をつけてしまったのです。そして、
その判定を委ねられたのが我等が「猟鉄」主宰。レギュラーの伝法探偵を擁した
この入手困難作の正体やいかに!?ここに、総ての謎が明らかにされます。
それでは、読んだム、ファイトぉ!レディーーー、ゴーーーーッ!!
◆「知っているのは死体だけ」島久平(久保書店)読了
港町神戸を舞台に繰り広げられる暗黒街の覇権を巡る闘争。その焦点に女魔ドコがいた。
デビルという名のバーのマダムにして、人身売買組織の元締めでもある彼女を狙って
仕掛けられる罠。ゴリラの如き外貌と腕力の持ち主である彼女にクスリを飲ませる事
に成功し、公衆便所に追い込んだ松原興業の刺客たちは、そこで不可思議な人間消失
事件に遭遇する。いかなる方法でか、絶体絶命の危機から脱出したドコの逆襲が始まり、
一人また一人と屠られてゆく松原興業の刺客たち。ついには、組員達が完全警護する
ホテルの密室で絞殺されるという不可能犯罪までが勃発する。果して女魔ドコに
不可能はないのか?一方、伝法探偵の元には、行方不明の兄を探して欲しいという
美しき女性杉啓子の依頼が舞い込む。伝法探偵の捜査は、容易にその兄である山根の
正体が筋金入りの暴力団員ある事を突き止める。そして、彼こそが3ヶ月前に完全密室
で絞殺されていた松原興業の幹部である事も。啓子の恋人小村の協力を得て、ドコを
追う伝法探偵。だが、一旦彼等の前に姿を現した女丈夫は、雨の中、警察の包囲網を
破り閑静な住宅街に消えるのであった。
連続して起きる不可能犯罪!人知を超えた神出鬼没の女魔に対し伝法探偵の力と智恵の
総てをかけた闘いが始まる。風光明媚な港町神戸の暗部で繰り広げられる、狩る者と
追う者のデスマッチ。やがて伝法探偵は、悲運の恋人たちを翻弄する運命の皮肉に
戦慄することとなる。
実は「トンデモ」推理である。特に女魔ドコの正体については、「まさか、あれでは
ないよねえ」という希望的観測は、あっさり裏切られる。それを許せるか許せないか
で、このミステリの評価は決まる。それを許せば殆どの不可能犯罪は不可能でなくなり、
唯一、第二の密室殺人に仕組まれた「トリック」のみがミステリとしての評価の対象と
なるのだ。個人的には、ある意味でのフェアプレイに敬意を表しつつも、やはりこの
ネタが許されるのは戦前まで、という気がする。警察からも暴力団からも一目おかれて
いる伝法探偵のキャラ設定には、なかなか味があるのだが、いかんせん事件の根幹を
支える大ネタがこれでは今の時代辛いものがある。よってこれが、島作品のベストである
とは思えない。しかし、ではワーストか、というと、こればかりは数を読めていないの
でなんとも言えない、といったところか。あとラストの神戸賛歌とも言える詩は、兵庫
県出身の私が読んでも恥かしかった。うーん、役に立たない審判員であることよ。

◆今日は掲示板のよしださんに負けないように、ちょっと日記を頑張ってみました。


2000年6月21日(水)

◆二日酔が腹に来てヘタレな1日。しかし、根性で昨日のリベンジに総武線沿線を
攻めてみる。拾ったのはこんなところ。
d「不確定世界の探偵物語」鏡明(徳間NV)200円
「憑き物」大多和伴彦編(ASPECT NV:帯)1000円
「凶悪の空路」中島河太郎編(ワールドフォトプレス)200円
「骨董屋(上)」Cディケンズ(ちくま文庫)380円
「怪人二十面相・伝」北村想(早川JA文庫)100円
「ママ・グランデの葬儀」Gマルケス(集英社文庫)100円
d「蒼いくちづけ」神林長平(光文社文庫:帯)150円
d「楡の木荘の殺人」鮎川哲也(河出文庫)200円
d「透明な同伴者」鮎川哲也(集英社文庫)150円
d「悪魔博士」鮎川哲也(光文社文庫)170円
鮎川文庫の美味しい所が安価で入手できたので、少し気分がいいぞっと。でも
ディケンズは本当にバラでしか集まらない。集め甲斐があるというべきか。
神林の光文社文庫が揃ったので、ヤフーオークションに生まれて初めて出品して
みる。ところが、これがつながらない。延々1時間以上格闘する。ああ、面倒くさ!
一応入れたみたいなのだが、本当に大丈夫なのかなあ?とまれ、オフ会の余興の
一環である。さあ、どこまで伸びるかな?

◆「地獄の扉を打ち破れ」ESガードナー(ポケミス)読了
巨匠のパルプマガジン時代の短編集。弁護士コーニングもの2編、幻の怪盗エド・
ジェンキンスもの2編、秘密機関員ラーキンもの1編の計5編を収録。弁護士稼業
の傍ら、睡眠時間を削ってタイプライターを叩きつづけた若き日のガードナーの
情熱が迸る「熱い」作品集である。実は、余り期待していなかったのだが、これが
結構イケるのであった。コーニングものにはメイスンの、ジェンキンスものには
セルビイシリーズの片鱗が窺え、後年あるを思わせる。いずれも「社会の巨悪」に
敢然と立ち向かうという基本プロットが嬉しい。ペリー・メイスンで爆発的な
ヒットを飛ばす前に、一歩一歩自らの勝利の方程式を組み立てていった作者の
足跡を知る上で、重要な作品集である。以下、ミニコメ。
「あらごと」いわくありげな男女がとある弁護士事務所に乗り込んで驚くべき供述
書を作成する、という発端が魅力的。幻の怪盗ものなのだが、あまり怪盗らしい
ところはみせない。「クラリオン紙」とその社主の娘が、セルビーシリーズのシル
ヴィア・マーチンを思わせて吉。
「ブラック・アンド・ホワイト」なんと「あらごと」の続編。前作で決定的な打撃
を受けた筈の暗黒街の大立て者が、証人を消すために動き出す。事件の鍵を握る
ブロンド娘のいい加減さが笑える。メイスン・シリーズでも、ここまで「危ない証人」
はいなかったような気がする。ジェンキンスの怪盗としての才能が発揮されており、
読ませる。ラストの余韻もよろしい。
「二本の脚で立て」国境の麻薬密輸を巡る逆転また逆転。少々取っ付きが悪いのが
難点だが、奇術師くずれの主人公の活躍が興味深い。いかにも作り物めいたキャラ
設定ではあるが、漫画的な魅力に溢れた作品。
「浄い金」弁護士コーニングとその秘書ヘレン・ヴェイルの設定は、そのまま
ペリー・メイスンとデラ・ストリートである。看板を掲げたものの依頼人がない
という設定が、「売れない頃のメイスン」というノリで笑わせられる。ミステリ
的な仕掛は薄いが、巨悪の誘惑と脅迫に屈する事なく依頼人の仇をとってみせる
主人公の心意気がよい。
「地獄の扉を打ち破れ」同じくコーニングもの。これは美しい依頼人、入り組んだ
プロット、とメイスンものの勝利の方程式の片鱗が窺える作品。依頼人の利益の
ためなら少々の脱法行為を辞さないコーニングの捜査法は、御懐かしや、メイスン
さま!である。さすがに表題作だけあって、完成度は高い。
総論:これはこれで立派なガードナー見本市。巨匠の中で、もっとも発掘し甲斐の
あるのが、このガードナーである事を再認識させられた。クイーンやクリスティや
カーの発掘作品に正直ロクなものが残されていない事を思えば、まさに「宝の山」
ではなかろうか。もっと出せ!出せ!出せ!である。