ラニン火山登山報告

2000・4・2 三堀
記・三堀

 パタゴニアの旅も自転車でチリ南端のプンタ・アレナスを発ち47日間、2000km近く走り、アルゼンチンのバリローチェまでやって来た。パタゴニア境界も近い。安宿に投宿し、そこにあった英語のガイドブックを何気なく見ていたところ、パタゴニアの旅の最後を飾るに遜色ない魅力的なアクティビティを発見してしまった。

ラニン火山概要 北部パタゴニア、レイク・ディストリクト(湖沼地帯)にあるラニン火山はチリ、アルゼンチン両国にその山頂を分け、標高3776m、基部平原の標高1100mから立ちあがっている。東面からの登山は上部が厚い氷河とクレバスに覆われ不可能に見える。一般ルートは北面からでほぼ直登となるが、氷河はなく、おそらくロープ無しで登頂できるパタゴニアの最高峰だろう。ラニン火山のアルゼンチン側一帯はラニン国立公園に指定されている。登山シーズンは12月から4月。天候が良ければ度肝を抜く美しい景色が見られるだろう。
 ロープ無しで登れるということは単独でも登れるのだ。秋、4月に入るがまだ可能な時期でもある。そして何よりの決め手はその標高であった。3776メートル。我等が富士山と全く同高度ではないか。登るしかないだろう。山容も、火山であり富士山とそっくりだ。

 宿に自転車を預け、4月1日、バスで火山へ向かった。この日は近くの町に泊まるつもりで行った。アコンカグアで使った自分の装備は今ごろ日本へ向かって海の上のはずである。「バンビーズ」という小さなアウトドア用品店で、靴、アイゼン、ピッケルを貸りる。国境手前にある入山口トロウメンへは、翌日は日曜日でバスもないとのことで、この日のうちにトロウメンへ入ることに決めた。ラニン火山に迫る車の中で、ふとワンデイでやってみようかと思い立つ。
「よく慣れたパーティーなら二日目に登頂し、その日のうちに下山することも可能」
 ガイドブックにはこうあり、通常三日の行程であると記されている。しかし山とチャリで鍛えられた体力を試してみたくなった。ここ二日間の晴天の流れは明日も続きそうだし、これを逃したらそれ以降も晴れるかどうかわからない。
 トロウメンの標高は1100m。標高差2676mの往復となる。富士山で考えると感覚を掴み易い。ヘッドランプでの行動は苦手だが、長時間行動になることも予想され、朝2時出発とする。この日はトロウメンのキャンプ場泊。
 4月2日、午前1時05分起床、2時10分発。
 満天の星空とはこのことだ。天の川もくっきり。トレイル入口の標はあるが、どこがトレイルなのか暗くて判らない。これだから暗いうちからの行動は嫌だ。それらしきものを見つけて入って行く。でも少々不安。森の闇で方向感覚も狂う。闇と静寂の恐怖。音に過剰に反応し、畏れを抱く。
 樹林帯を抜け開けた所へ出る。道標ポールの間隔が広く、次にどっちへ行ったら良いのかわからなくなる。月はなく、星だけが地形のラインを判断する印となる。距離感はない。
 この先のモレーンのリッジ上にルートが伸びているはずであり、踏み跡が見つからないため、モレーンと思われる方向へ適当に歩く。左上方に黒い影となってラニン火山があるのは分かるが、今自分がどういった地形の場所を歩いているのか、この広い大地の中に照らし出される微かなるランプの明かりではどうにも分からない。遠くを照らせばその弱い光は夜の闇へと吸い消されてしまう。
 ふと道標ポールに行きあたり安心する。こんな時人工物を見ると不安から少し逃れられる。それでもまたすぐに道を失う。
 斜面を登る。踏み跡らしき所はやや歩き易く、歩き易い所をよく選んで登るとだいたいトレイルのようで、前人の靴跡も見られる。いつかモレーン・リッジに上がったようで、左右落ち込んでいて道も判り易くなる。でも見える範囲はランプの光周辺だけで、この先の傾斜も地形も分からず、ふとするとリッジを外して下ってしまいそうになる。
 休んでランプを消すと、星空、そして黒い黒い山影。風もない静寂。
 自然とは恐いものだ。暗いというだけでこうも不安にさせる。ひとりでこんなところにいていったい何やってるのだろう。もうやめておうちへ帰りたい。
 不安を拭い去るため再びランプを点け登り出す。それでも拭い切れぬ不安を背後の闇に引きずって歩く。
 浮石に足をとられ歩きにくく、傾斜も増してきているようだ。ずっとガレの斜面の登りでまたトレイルも分からなくなる。救いは視界がない分どこまで登らなければならないのか見えないことで、うんざりしないですむ。
 2450mの小屋に3時間余りで着いた。いいペースだろう。今度はトレイルを外さぬようしっかり歩く。やがて右上方にヘッドランプの明かりがちらちらといくつか見えてくる。どんどんそれに追いついていく。雪が出てきてアイゼン、ピッケルでの登高となりだいぶ歩き易くなる。傾斜はそうなく、踏み跡もたくさんあり、直登ラインをとって歩く。いつか右の方にいた数人パーティーを抜いていた。上部にいた7人パーティーにも追い付く。皆小屋から出た人たちだ。他に人がいると安心できる。この自然の脅威をひとりで受け負わずに済むからだ。
 東空、赤く染まってくる。この時期のパタゴニアは、日の出がアルゼンチン時間で8時頃だ。
 明るくなり標高も上がってくると気分も高揚してくる。
 正面のルンゼ的斜面を直上。傾斜も増してくる。上部は30度以上になったろうか。300m位の直上で正面の岩壁バンドの手前を右へ登り抜ける。本来は岩々の地形のようだが、秋季の今は方々にエビのシッポが成長し氷化して、見事な白き世界を創り出していた。エビのシッポの大群の迷路に踏み跡は紛れ消え、あとは自分の感覚で歩き易いところを登って行く。頂上もそう遠くないはずだ。
 登るに従い氷雪の白一色の世界となり、美しきまでの迫力。パタゴニアの3000m級、侮れないものだ。北海道に3000m級があると考えると分かり易いだろう。
 右上に氷壁が見えてきた。いや氷壁というのか、アイス・フォールの一断面のような巨大な白い壁。芸術だ。素晴らしい。左の斜面にルートをとる。頂上はこの氷壁の上だと思ったが、上へ出るとそうではなく、左の方が頂上だった。もう近い。少し登ると極地をも連想させる雪原と斜面の世界に出会った。何て凄い風景だ。アルパイン的で、下から眺めるだけではこんな世界があることなど分からない。この上が頂上だ。
 9時登頂。テントから6時間50分。
 晴れ男三堀である。アルゼンチン側チリ側共にもちろん快晴。この辺りに高い山は他になく、遥かに続く低い山並みの間に幾つもの湖沼が見下ろせる。度肝は抜けなかったが素晴らしい眺めだ。10分ほどいて下山に入る。
 下りは楽だ。重力に従ってどんどん降りる。
 雪もなくなりガレ斜面となる。明るいとトレイルも判る。登りに自分がどこを辿ってきたのか分からないが、下りは急斜面を走るように下った。暗いうちによくそう迷わず登って来れたものだ。
 モレーン・リッジを下っていく。陽の下に見れば樹林帯は何と美しい紅葉に染まっていた。
 テントへ戻ったのは12時40分。10時間半の行動時間であった。標高差2676mの往復だから5352m。これで体力的には常人の域を脱したろうか。
 いったいこのラニン火山に今までどれだけの日本人が登頂したのだろう。富士山と同高度でありながら日本には全く知られていないし、ほとんど地元アルゼンチン人しか登りに来ないマイナーな山だ。もしかしたら日本人初登だったりしないだろうか。
 ラニン火山の情報はロンリー・プラネットの「トレッキング・イン・ザ・パタゴニアン・アンデス」に出ていたが、これをトレッキングの範疇とするには厳しいと思う。登頂にはアイゼン・ピッケル・ワークは絶対必要な技術であり、むしろ登山の範疇だろう。
 海外登山で目標とするには手軽すぎ、旅行やトレッキングで訪れるにはハードすぎる。これがマイナーな山であることのひとつの条件かもしれない。我が旅の理想とするチャリ&登山で目標となる峰は、装備の点からもこの位置に属することが多くなってしまう。
 キャンプ場で偶然、札幌の大学で四年間英語を教えていたという米国人が隣人だったが、(といっても我々の他に泊客がいた覚えがないが)
「ユーア・クレイジー・ジャパニーズ(ちょっとヘンな日本人)」
 と彼に言われた。こんな辺境にひとりでやって来て、ラニン火山にたった一日で登ってしまうなんて、と。
 翌朝チリへ向かう米国人と逆方向で互いに向かい合ってヒッチハイクをした。車のほとんど通らない道だが、逆に少ない方が止まってくれることが多い。自分の方が先につかまり、米国人と互いの旅の健闘を祈って別れた。
 これまでにない太腿の張ったような筋肉痛。笑っちゃうほど痛い。歩くことも困難だ。これがまた心地よい。パタゴニアの旅最後を飾る筋肉痛に酔いしれた。