自分の山

槍ヶ岳北鎌尾根 2001・5・1〜3 神谷、三堀
記・三堀

 日本でひとつ、行きたい登山ルートを挙げるなら、北鎌尾根である。冬の北鎌はいつからか心にひっかかていた。先人達が気概を持って挑み幾人かはそこで果てた。同流では湯山、岩瀬パーティーが冬期に辿った記録を知る。彼等は冬期の困難なルートを目指してトレーニングをしてきた。そして彼等自身で目標とする登山を実践してきた。納得いく自分の登山とはそういうことなんだと思う。今回は冬を見据えた下見と共に、故湯山さんの想いを感じながらの登山となった。
 高瀬川右岸をひたすら歩く。谷奥にまだ白く高い山稜を望む。ただ一度、大槍北鎌の山容が視界に入ったきり、入り組んだ谷と支稜がその姿を遮っている。
 秘境を思わせる峡谷のちょっとした集落のような湯俣へ、苦なく行き着く。西方から流れ来る氷河の融水の如き乳白色の湯俣川と、南方から流れ来る清冽なる水俣川はここで合流し、高瀬川と名を変え、北アルプスに発す幾すじもの流れと合わさりながらやがて日本海へと下る。北鎌へはこの水俣川を遡る。
 一説に北鎌の核心は湯俣から尾根のP2取付だともいわれる。渡渉、高巻き、へつりと地形図からは想像できない困難があることを、資料から知り得ていた。残雪のある左岸をしばらく行くと流れに削られた岩壁に径は消える。ここが悪名高きトラバース。残置があるにせよ重荷でのへつりは非常にきわどい。外傾したバンドを慎重にバランスをとりながら進む。ワイヤーに体重をあずけなければ抜けられない部分もあった。
 高巻きも続く。岩を手掛かりに一歩降りようとしたところ、手掛かりの岩が割れ、瞬間体重が抜けた。幸いにも左足が草付きの段差に乗ってくれた。肝を冷やした。
 W級はあろうかという岩場の下降も出る。支沢から雪崩れてできたデブリの雪橋を越える。
 数カ所の難関を越え千天出合へ達した。深山の趣濃い谷合である。
 更に天上沢右岸の雪渓を対岸となるP2取付に気を払いながら遡った。この辺りかと見えた個所に、本来なら渡渉を強いられるはずが、奇跡か、自然に倒れてできた大樹の橋がかかっていた。まだ緑葉の茂る木橋をつたって対岸へ渡ると幕営も可能なP2取付であった。
 結局渡渉はなかった。だが確かに容易ならざるアプローチである。
 尾根状の急斜面の森を登る。大地にしっかりと張った根は安心感ある手掛かりを提供してくれる。前日一日休養したせいか、P2の肩でもまだ余裕が感じられ、もう少し進むことにした。
 北鎌の尾根上に出ると残雪も増えてくる。踏跡もあり、アイゼンを付けずに斜面を登っていたが、腐雪のため乗越すのに苦労することもあった。
 まだ心体とも余力があったが、この日はP3の登り途中で幕営とした。天候も安定し順調な入山といえるかもしれない。

 このペースなら二日目には槍を越えられる。北鎌の稜線を辿る一日。
 幾つもの峰を越え、巻き、前衛峰となっている独標に迫る。這松と残雪が春特有の香を醸し出す。雪がしゃらしゃらと柔らかく、足場が不安定だ。こんな雪にはゴム手袋が有効である。染み無し、濡れを気にする必要もない。
 独標は直登した。越えた向こうに、尾根上から初めて大槍を望ことができた。その穂先目指して、岩と雪の登下降を繰り返して進む。独標からは遠かった槍も見上げる度に確実に近付いてくる。
「頂上が目の前に近付く。取り付きに一歩一歩近寄る。(中略)前方の大岩を乗り越し岩と雪のミックスを登れば、木の杭があるテラスに出る。頂上まで15mくらいか?ここで、岩瀬君がトップをゆずってくれるが、いままで、ずっとトップでラッセルをがんばってくれたし、自分の息が乱れていて、一息入れたかったので、彼に先行して貰う。」(湯山さんの「北鎌尾根(冬季)山行記録」より)
 木の杭はなかった。相棒の神谷はトップをゆずってくれた。素直に先に立つ。最後の登りで相手を気遣う。これはパートナーとして認め合うことだと思う。つれていってもらうとかじゃなく、同等の立場でこの山をやってきた、自分達の力で山行を行ったという自負にもつながる。
 穂先の左方をまわりこみ岩と氷化した雪を登ると頂上の祠があった。予想以上に早く抜けることができた。
 出発前、「さくっと登ってこよう」と思っていた。我々ならこの残雪の北鎌は余裕を持って辿れるというイメージもできていた。これまでの山行で確かとなる経験を積んできたはずだから。
 天候の安定した春期である。余裕もあった。それでも槍の頂きに立った爽快感は大きい。
 だが北鎌の味は冬こそ深いものであろう。冬季再訪を期す。

 同ルートを湯山さんは二度訪れている。夏季下見と冬季。今回自分が使った同じ手掛かりを彼も触ったかもしれない。同じスタンスに足を掛けたかもしれない。同流の先鋭だった彼の北鎌行は時を経て自分に響き、力となっている。
 この先も自分の目標とする山を定め、理想を追求していきたい。