剱岳2004夏合宿

2004年8月8日〜8月12日 宇田、遠藤、河本、松浦、島田、楠原

 8日(記・宇田)
 7日23:30 談合坂S/Aを出発し、豊科I/Cで下りる。車は、松浦、河本、遠藤と宇田、島田、楠原に別れている。

 R148を北上し、大町市(えー!いつから大町は市になったの?)から扇沢に向かう。2:30ころ到着し、駐車場にテントを張り一宴会する。

 7:30のトロリーバスに乗り込み、昔と同じ「佐々成政」を聞きながら黒四で降りる。観光客のようにダムサイトには行かず、トンネルを抜けてダムアーチの中間部に出る。

 さー、いざ出発という時に妙な立て看板を発見する。それには「内蔵助谷は土砂崩れのため通行できない」と書かれている。ここまで来てどうするの?みんな不安。「とりあえず出合までいくかー」

 黒部川に向かって下降すると川の手前にテントがある。話を聞くとその人は内蔵助谷に入ったが土砂崩れがひどく、引き返したという。散々悩んだあげく室堂経由を選び、登り出す。5分も行かないうちに営林署の人に合い、「小屋の人は通行している」との情報を得る。11クライマーなら行ける!!回れ右し、黒部川左岸に橋で渡る。左岸を下降し続けると内蔵助谷が左岸から入り、谷の右岸の道に入る。河原を歩き、丸山の南東壁、東壁を仰ぎ見るころ崩壊現場に到着する。崩壊地に沿って登り、ガレを下降し、登山道のペイントを発見。右岸の道を歩くとガレにぶつかり左から登って越し、ヤブ化した道を進むと道が切れる。下を見ると5mの垂直の泥壁になっている。左の藪を漕いで登山道に出る。内蔵助平で谷を渡り、ハシゴ谷乗越に向かう。パーティーを二つに分け、遠藤、島田、松浦組と河本、楠原、宇田組で前後して登る。やっと中腹に来た頃遠藤パーティーはハシゴ谷乗越を越えたようだ。楠原、宇田はかなり遅れ、乗越を越えた頃遠藤パーティーは真砂沢テント場についたようだ。遠藤がダブルボッカで上がってくる。楠原のザックを遠藤が担いで下降を続ける。雪渓を横断し、明かりの点滅するテント場に到着する。12時間の行動であった。

 みな疲労している。明日の予定は変更が必要だろう。楠原は三ノ窓への移動を取りやめ、待機を申し出た。


9日(記・遠藤)
真砂沢〜池の谷乗越〜三の窓 
→楠原さん不調、残念ながら留守番となる。長次郎谷雪渓割れあり。河本さん、宇田さん、熊ノ岩キャンプ地かなりお気に入りの様子。16時位からかなりの降雨、夜降雨やむ。

10日(記・遠藤)
剣岳チンネ左稜線
行程 三ノ窓〜チンネ左稜線〜三ノ窓
 400起床。テントから顔を出すと曇り気味、ちょっと心配。左稜線取り付きに行くとすでに2パーティー先行している。待っていると雨がぽつぽつ降り出してきた。入山して3日目でやっと取り付きに来た、雨で敗退したらかなり後悔する。雲はうすいので必ずやむと考えて、取り付くことにする。組み合わせは松浦さん−遠藤、河本さん−宇田さん−島田さん。730登りはじめる。
1P
 凹角からクラック状。最初のピッチなのでかなり慎重に登る。雨なのでフリクションが信用できない。クラック外にはよく見るとスタンスがあるので、それを拾って登る。終了点で雨具を付ける。
2P
 左に回りこんでフェースを登る。フェースのラインはほぼ真っすぐ。上部は縦ホールド気味の所が多く、濡れた壁では緊張する。最後10mランナウトさせられ(周りが見えてない?)僕にとってここが核心であった。終了点の浮石を落とさぬよう注意する。
3P
 ピナクル右まで。右側の山道状の所も登れそうだが、ロープの動きが悪くなりそうなのでほぼ真っすぐピナクルを目指す。プロテクション少なめだがホールド豊富。
4P
 スッキリしたフェース登り。やっと雨がやんだ。
5P
 山道を歩く。晴れてきて背後に三ノ窓雪渓が広がってくる。気分も盛り上がる。
6P
 草付きまじりのやさしいフェース。終了点で雨具を外す。
7P
 凹角っぽいフェース。終了点は浮石がたまっており危険である。
8P
 アップダウンのあるナイフリッジ。チンネっぽくなってきた。プロテクションを長めに取るが、ロープの動きを悪くしてしまった。目の前の核心部のハングが圧倒的に見える。登れるのだろうかと不安になる。
9P
 核心といわれるピッチ。出だしから残置の間隔が近い。思い切って右のカンテに体を投げ出すと予想どうりホールドが豊富にある。次に2m位、左に移動して今度は小ハング越え。「えいっ」と立ち込むといいホールドがあり、一気に小ハングを乗り越える。核心は終わったと安心するが、その後が意外に長く、手持ちが無くなりそうになり緊張する。良くない事であるがプロテクションを間引いたりもした、反省。ピトン連打のビレイ点に着く。ただし連打といっても同じリスなので注意が必要だと思います。
10P以降>
 疲れと、物覚えの悪さであまり良く覚えていません。どこでもピッチを切れると思います。ナイフリッジの連続とますます高度感が出てきて、あのチンネを登っているんだ、という喜びに包まれました。チンネの頭到着1410。河本さんパーティーを待つ。

 終了点から歩いて降り、1回の懸垂下降を経て、池ノ谷ガリーに降りる。三ノ窓に全員到着後、テントを撤収し、1700下山開始。三ノ窓雪渓を降りることにする。雪渓に沿って100m位下り、雪渓の割れ目より下に来たことを確認。沢幅が狭くなった所で沢床に降りるため、河本さんは懸垂下降を試みるがシュルンドが大きすぎて危険である。周りも暗くなってきたため三ノ窓でもう一泊する事に決定。登り返して三ノ窓到着1910。お腹はすくがテント泊まりなので快適である。贅沢なひとときである。

11日(記・遠藤)
三の窓〜池の谷乗越〜真砂沢
→来た道を戻る。八つ峰Y峰を登る人達が実に楽しそう。11:30真砂沢到着、飲みまくり、食べまくり、昼寝。夕飯は宴会状態。

12日(記・島田)
4時過ぎに起床。朝飯食べてのんびり撤収準備で、7時過ぎに真砂沢を出発する。
 剣沢の雪渓は、長次郎に比べると傾斜も緩く、割れているところもないので、少し緊張感を欠いたダラダラした登りが続いた。雪渓の中央には押し流された大量の土石流が横たわっており、昨今の大雨の様子を見せつけている。合宿前半には見られなかった快晴が広がっており、仰ぎ見る景色は爽快だが、上からはギラギラ、足元からはキラキラと強烈な紫外線がまるで両面焼きのオーブンのように肌を焼いた。
 雪渓半ばから平蔵谷を眺める。こちらもそれほど崩壊してなく、稜線近くまで綺麗な白いラインが続いている。その右上には剣岳本峰。いいなぁー、これを登っていくのも面白そうだ。
 雪渓を後にしてそのまま剣沢をつめる。旧剣沢小屋跡からの360度のパノラマに一同感動し、入れ替わり立ち代り記念撮影。ようやく捕まえた登山客に、入山以来はじめての全員集合写真をお願いする。
 剣沢の幕場で水を補充して、なだらかの登山道を別山乗越に向かって歩く。いいなぁー、目的地が見えるって! ラクだなぁー、藪がないって! 初日に来た道を戻らなくて大正解ですね!
 威勢の良い売り子のいる別山乗越の小屋前で小休止。ここで剣岳の眺望ともお別れ。室堂側は剣側ほどピーカンではなく、少し雲がかかっており、その合間からミクリガ池が顔をのぞく。眼下の室堂平に点在するホテルが確認でき、みな地図を手に最終目的地であるバスターミナルを探す。が、希望的観測も手伝ってか、どうも手前のホテルで納得しがち。いやいや、一番奥のでっかいヤツでしょー!
 登りのヘトヘト登山者を横目に、雷鳥坂をくだる。駆けるように下って膝ガクガクになって、雷鳥沢に到着。ここから先は身なり小奇麗な観光客に混ざっててくてくと室堂のターミナルへと急ぐ。到着は14時頃。
 ラクする代償として、室堂から黒部湖までは片道4,200円、荷物は400円もする。高くても早く下山できるのならいいやーと思っていたら、立山ロープウェイが、な、なんと90分待ち・・・。大観峰では順番待ちの観光客が難民キャンプのごとく生気なく澱んでいた。
 耐えて忍んで待ちわびていると、予想より早くロープウェイに乗れたが、それでも優に1時間は待った。黒部平からはケーブルカーを乗り継ぎ、黒部ダムの堰堤上部を物凄い速さで闊歩する。最後の難関、トロリーバスに乗り込もうとすると、河本さんの通過を最後に改札を閉じられてしまう。真後ろにいた楠原・遠藤・島田は、同じ仲間なんですよー、の嘆願届かず、さらに30分後の便を待つハメになった。
 夕刻515分、晴れて全員、扇沢に到着。速攻で大町温泉郷の湯けむり屋敷「薬師の湯」(\600)に飛び込んだ。日焼けでなったトナカイ鼻がしみるのも構わず、入山5日分の汚れを洗い流して、う〜ん、サッパリ! ぬるま湯の露天で語らうひととき、下山後の充実感と爽快感で、満ち足りた合宿を振り返っていた。
 


山行記(記・松浦)

200487日〜12日 剣岳 チンネ

8
200扇沢到着
730バス出発
745到着 いつもの通り登山入り口に向かう、A4の張り紙に真砂沢方面通行止めの記載有りあまり気にせず黒部ダムを下降、橋を渡る前に初老の方より通行止めの話を聞く。かなりの崩壊があり行く人は戻ってくると聞かされしばし困惑。
920室堂より入山しようと決定。またダムにむかって登り始める。しかしその時関西電力見回りの方2名と遭遇、河本さんがすかさず崩壊の状況を聞くと
「ン・・ベテランなら行けるでしょう」
真砂沢ロッジの方は行き来してることを
聞かされ急遽真砂沢に行くことに決定!!
「どの位崩れているのかなー」と話しながら行くと数箇所が新しい橋・はしごに架け替えられていた。
内蔵之助出合に着くと道は土砂で完全崩壊左に曲がったところより砂山を登るように上昇倒れた木をくぐり藪を漕ぎヤットまともな道にでたと思ったら内蔵之助平で突然道が無くなり崖になっており途方にくれる、元気な遠藤さんが5m下の河原に降り探索。又登ってきては藪漕ぎで調査。私は川の対岸を見るばかり。そこに沢の達人宇田さんが少々遅れて登場。なんだここに踏み跡があるよと藪漕ぎ調査、「アッタゾー」の声に一安心。しかしこの時楠原さんはパワー切れ状態。何とか鉄橋を渡り水を補給。この時点でたしか?
1500遠藤さん先頭で私・島田さんと続き、精魂尽き果てた楠原さんを宇田さん河本さんがサポート隊として付き添い、1730荷物を一旦真砂沢に置いた遠藤さんと合流、エネルギー切れの楠原さんをお助けの為出発  
1810松浦、真砂沢到着日没ぎりぎりセーフ、30分位遅れて島田さん到着
1940に全員到着
全員疲労困憊、翌日の八つ峰登攀後、三ノ窓計画はアッサリ中止、夜食焼肉を食べ翌日の計画を話し合う。楠原さんは疲労の為三ノ窓に上がる事を断念終始テントキーパーに専念することに決定

9
400起床 朝食 卵スープの雑炊 
730出発。雪渓の状態がかなり悪い。2年前に来たときより考えられない位凄い、真っ白な雪渓が続くはずが、小屋の先500mは雪渓が割れ滝ができ土砂が体積して真茶色。剣沢より長次郎雪渓に入るところもかなり割れており、帰還する時まで渡れるかどうか?撤収するパティーもあった。しかし我々は割れていれば他を探せばよいと考え横断。ヤットの思い出1700到着。三ノ窓も前回来たときより崩壊は進んでいた。夜食は中村さんの予定では麻婆茄子であったが、上げるのに重いので予備食のラーメンに変更。棒ラーメン好評
22
00就寝

10
400時起床 左稜線取り付きにはすでに2パティー居り730ヤット松浦・遠藤で登攀開始。その時あ・雨が降ってきた、自分はイヤーな感じ、遠藤さんは大丈夫すぐやみますよ、自分もリードしようと思っていたが雨がやむまで中止しました。おお怖!ピッチの切り方が?ルートも?ちょっと違うじゃないと前回と比較しながら登る私です。核心部は遠藤さんがサックリリード、セカンドの私はどこが核心かよく分からないまま完登。あと残り数ピッチの高度感抜群のナイフエッジをきじ場にした奴が居ます。やった奴も凄いが、ここはかんべんしてほしい場所でした。そして1410チンネ頂上に到着ここから待つことなんと1時間20分、三ノ窓撤収1700三ノ窓雪渓下降を試みるが雪渓が割れており断念、三ノ窓に退却後、遭難そんな言葉が頭をよぎる楠原さんが気を回し通報したらやばい!宇田さんの携帯でメールしようにも@モード未登録電話番号が登録されている。酒チーム大前酒リーダーに連絡、ホット一安心。食料は行動食をかき集め雪渓の水で乾杯、話は次回の山行計画、宇田酒代表(この日は酒なし)河本さんは熊ノ岩で新人山行やろうと話がまとまり、満天の星空のなか2300就寝                                  

11
730より下降開始。1130全員真砂沢ロッジ到着。松浦あまりの暑さに頭に水をかぶり頭を洗う。それを見ていた河本さんもつづいて洗髪。ちょっと落ち着いて宴会開始、皆待ちに待っていた鰻とそうめん!!お吸い物・サラダがあることも気かず無言で一身振らん、食べる。食べるだけたべると後は昼寝。標高2000mでも昼はかなり暑い。各自日陰でしばし休息。1600頃より夕食。麻婆茄子。島田料理長の手際よいナイフさばきと指示でサラダ・麻婆茄子と調理されていく2300就寝

12430起床 もうはしご段乗越コスーは御免こうむりたい。剣沢〜別山乗越〜室堂コースで帰還晴天の中、剣岳を見ながら快適に下山、今度は本峰に行きたいネーと話しが弾む。室堂では観光までして楽しい山行でした。帰宅は100

反省
自分の担げる重さを把握すること、自分の場合は20kg今回25kgでした。登攀ギアーは組む相手と話し合い軽量化を図る。今回使用したものカラビナ5 環付き3 デージーチェーン ルベルソー スリング5。食料に必要な調味料・包丁・コンロ台は持参する人を決める。雪渓にはやはり12本歯のアイゼンとストック今回自分のアイゼンは歯が短く効きませんでした。携帯!今回はたまたま宇田さんが持っていましたが誰が持参するか決めておいたほうが良いと思います。コッヘルは人数により大きさを確認、今回は大コッヘルの必要ありませんでした。ソーイングセット ズボンのお尻部分が破けた、時間に対する認識、ある個所に決めた時間までに到着しない場合は撤収チーム分け実力が均衡するように 入山する前に現地情報を確認する。トランシバーは全員もったほうが良い。コールが聞こえない。今回は行動が予定より遅れた次回山行に向けボッカトレーニングに励みたい