穂高徳沢BC 2003夏合宿

2003/8/6-9 山想酔人、河本、中村、三堀、めぐ、とも、宇田、佐川、大前

徳沢の大木

7日 屏風岩東壁 雲稜ルート 山想酔人、とも、佐川
東壁ルンゼ 三堀、めぐ → ルート情報 山行記
東稜 河本、大前
蝶ガ岳 中村、宇田


記・山想酔人

  入山日(6日)曇り、大前さんと徳沢で、合流。天気(台風)の状況、徳沢の誘惑、たくさんの判断材料?を持って、徳沢(診療所)をBCと決定。7日屏風岩登攀、8日涸沢〜北穂南稜AC 9日滝谷登攀 10日下山の都合の良い計画を組む。
 7日屏風岩 東壁ルンゼ:三ツ堀信・めぐ
         雲稜:俺・とも・佐川
         東稜:河本・大前
         途中から、体調不良で、下りた宇田・BC休養の中村:蝶ガ岳。
 15時からの定期便(夕立)は、ちゃんときた。登攀パーティーは、すべて、相変わらずの残業行動。
 雲稜隊は、頭経由で、徳沢20:00着
 東稜隊は、あと2ピッチ残して、雨の為、懸垂下降、19:55頃徳沢着
 東壁ルンゼ隊は、頭経由で、お金が、あったので、涸沢小屋経由で、翌日徳沢着

 翌日からは、予定行動すべて、出来ず。あめ・雨・あめ・雨。
 9日予定より早く、雨の中下山。即竜頭温泉に直行。
 まぁーこの台風予報の中、屏風だけでも、登れたから、個人的には、まぁーしゅうがないか。と小満足。以上。

記・とも
 山(岩)をつづける新たな元気をもらいました。
 シューズに付いた屏風の土を払うのが惜しいくらいです。
 ありがとうございます。

記・佐川
 遅くなりましたが、夏合宿お疲れ様でした。あの「屏風岩」を登ったことが本当にうれしくてこれからもせっせと練習して、いろんなところへ行くぞ!と意欲が沸いてきます。
 一緒に登っていただいた大西さん・善塔さん、本当にありがとうございました。


東壁ルンゼルート(ルート情報:三堀)

 取付はT4尾根基部から右に100mほど降りた凹角で、リングボルト2つの残置がある。

1P:50m W(三)――凹角を登るが、濡れているところは悪い。残置支点は出だしはほとんどないが、登るに従い適度に出てきた。最初のビレー点は通過したところ、ロープ50m分行っても次のビレー点は現れず、残置ハーケン1つとカムでビレー態勢に入る。
2P:15m V+(め)――すぐ上の外傾バンドを右にトラバースし少し直上したところに通常の2P目のビレー点と思われるところがあった。
3P:40m A1(三)――ほぼアブミのかけ替えのピッチ。直上は別ルートとのことで、右のカンテを越えるとスラブにボルトラダーが続いていた。しっかりしたリングボルトもあるが、腐りかけの細スリングが半分近く混じっている。三日月レッジへのトラバースは残置の白いスリングが長く下がっており、これを掴んで右へ移った。レッジのビレー点を見て更に右へトラバースし、クラックを人工で登って切る。
4P:40m A1(め)――丸東緑を思わせる人工直上。
5P:30m W、A1(三)――2手の人工後、スラブのフリーに移る。傾斜はないがホールドがあまく、際どい。その上はやさしいフリーで安定したビレー点へ。

緩傾斜草付帯150mUをコンテで進みT3(上部岩壁取付)へ。

6P:30m W、A1(以降全て三)――出だしは右のチムニーを絡めて登るが、ザックが引っかかって苦しい。フリーから人工に入り、ハングを右に逃げるように越えたところで切る。
7P:30m W、A1 ――フリー混じりのあと、腐り細スリングとリングボルト小が連続する人工で、安心できる支点がとれず。しっかりした支点は逃さずにヌンチャクをかける。ギア不足からハング下でピッチを切ることにした。
8P:20m W、A2――核心のひとつの1.5mほどのハング越え。抜け口は青スリングの残置の右にもラープが打ってあり、これを使って確実に登る。途中からフリーで登ると安定したビレー点がすぐに出てきた。
9P:35m W+、A1――出だし、ルートが分かれていたが、ルート図を確認し、3つのしっかりしたリングボルトに導かれて左のルンゼへ入る。そこは見た目やさしそうだが、登ってみると傾斜もありやさしくはない。上は潅木に抑えられ、フリーと人工で右のカンテに出る。人工を混じえながら再び安定したビレー点へ登る。
 このあたりはルート図によってピッチが異なっているため、自分たちがルート図のどこを登っているかは曖昧になった。
10P:35m W+、A1――再び左のルンゼを登って行くと、両手が自由になるテラスへ着く。正規は右上のようだが、左のピンを絡めて登ろうとしたらそのまま左上へ導かれ、はまってしまう。古い残置に嫌らしい人工とフリーを力ずくで直上。トラバース・バンド下の不安定なところでビレー。後から、やや上に良いビレー点があるのが分かった。
11P:30m W、A2――左側へ移り3手の人工後草付き。最後の「への字ハング」を目指してフェースを人工で右上。ハング自体はピンも近く右上して傾斜のきつくないポイントから抜けるが、出口周辺の残置スリングがどれも切れそうで非常に恐ろしい。抜け口はチョンボ棒がないと辛い距離だ。その上も安心感はなかなか得られない支点に自分を騙しながら登り、木のあるテラスに着く。
12P:35m W、A1――草付きの間に現れている垂壁を5mほど人工で登り、左のまばらな草付きへと移るが、草の根を掴みながらの嫌なフリー。出てくるピンで人工を混じえながら登ると、登攀の終わりの見えるバンドに行き着いた。
13P:40m V ――上にまだ岩壁は続くが、右へトラバースし潅木の茂るルンゼへ入る。木の根を頼りに登ると、赤布の下がった終了点の踏み跡に出た。

山行記
夏の穂高は雨ばかり――2003同流夏合宿

記・三堀

 穂高に来ると必ず雨。今年の夏合宿は梅雨明け10日の晴天を狙って8月の前半に組んだにもかかわらず、またしても雨の周期に当たってしまった。どうしてこうも祟られるのかと歯噛みする。
 入山日は大前さんの滞在する徳沢の宿舎まで。登攀可能な天候は翌日1日だけのような気がして、そこに屏風集中をかけることが決まった。雲稜ルート、東稜に各1パーティ、そして三堀・めぐで組ませてもらって東壁ルンゼを登る。
 午後は時々雨。翌日も同じような天候と予想すると、夕方までには確実に壁を抜けていたい。

屏風岩東壁ルンゼ
同行 めぐ

 7日朝2:40起床、3:35発。ヘッドランプで横尾まで。暗闇でもふたりなら不安がだいぶ軽くなる。横尾で屏風パーティは集結し、岩小屋前の渡渉をこなして1ルンゼを遡る。雲は出ているが雨の気配はなく、迷うことなく屏風岩へと詰める。
 T4尾根基部に6時。T4尾根に取り付く雲稜の大西組、東稜の河本組と別れ、急な緑草に下るガレを右に降りる。ほどなくリングボルトが2本ある東壁ルンゼの取付。丁寧に準備をし、6:30テイクオフ。
 久し振りのデカいルートである。だが何も言わずとも分かっているパートナーとふたりであるためか、圧されるような緊張感はない。その信頼は力ともなる。それがザイルを組んで登る良さのひとつでもある。
 出だししばらくは支点が取れないが、濡れたところに気を使う他は難しくない。最初のビレー点はピッチが短すぎるようで通過。ピッチ数を多くするほど時間が必要になるものだ。しかし50m伸ばしても次のビレー点は現れず、残置ハーケンにキャメロットを一つ加えてピッチを切る。続くピッチはめぐで、すぐ上のバンドを右に移って直上したところで、結局通常の2ピッチ目のビレー点になった。
三日月レッジへ 3ピッチ目はリード。すぐ右のカンテをトラバースで越えると残置ボルトが続き、広い下部スラブの人工登攀となった。
 リングのないボルトも出てくるが、比較的しっかりしたものも多く、中間支点に困ることはない。
 三日月レッジへは汚れた長いスリングが垂れており、これに掴まってレッジへ移る。ビレー点が作られているが、やや上方にも立派なビレー点が見えていたため、そこまで伸ばすことにする。
 更に右へ人工トラバースをする。クラックに打たれたピンまで手が届かず、さっそくチョンボ棒を取り出す。長いルートであるだけに、迷って時間をかけたくなかった。
 この上は丸山東壁の緑ルートを思わせるスラブの人工が続く。そこをフォローで登っていたところ、上から「あ、ああ〜」という声とともにクライミング・シューズがスラブをコロコロと落ちてきた。キャッチしようもなく左側から下方の藪へ落下していってしまった。
「なんと…」
 ビレー点まで登りつくと、かかとを踏んでビレーしていたら左が脱げ落ちてしまったと言う。一瞬「敗退」も考える。訊くと、
「普通の靴で登る」
 と迷いなく言い切った。どう対処すべきかと逡巡する気持ちを一蹴してくれた。その代わり
「全てフォローで」
 と。そんな次第で、以降は全リードすることになり、気合いを入れ直す絶好の転機となった。めぐは右に残ったアッセントを、左に革の山靴をしっかりと履く。気がつけば自分の方も、リング無しボルト用に用意したワイヤーを二本とも、知らぬ間に落としていた。
 下部最後のピッチは2手の人工後フリーになるが、手掛かりとなるホールドが無く、パーミングで登ろうと立つと、左足が瞬間ずり落ちヒヤリとする。傾斜は無いが気は抜けない。

 トゲ植物のある緩傾斜帯を草を掻き分け登ると、上部壁の基部T3となる。左は雲稜の大西組、右にはT2から東稜に取り付いている河本組が見える。その他に屏風東壁に人は見えず、我々だけの世界である。

 一服し時計を見ると9:50。完登には充分な時間が残されている。この時はそう思っていた。

上部1P目 上部はチムニーから始まるが、ザックが引っかかって苦しい。左に出てフリーになると手足の自由がきいて楽。直角に折れた形のハングを右隅からカンテを回り込むように抜け、少し登ると、下から見えていたビレー点。
 続くピッチの人工部分はリングが飛んで、切れそうな細引きが連続している。安心できる支点はほとんど取れず、いつ細いスリングが切れ飛ぶとも知れないロシアン・ルーレット。ここでワイヤーを使えればと思う。慎重に、
「頼む、切れないで」
 と念じながら体重をあずける。左上では扇岩テラスからの人工ピッチをリードしている大西さんが、
「3mmだぁ…」
 と叫んでいる。
 A2となるハング下まで行き着いたものの、ギアが不足しそうで、アブミに乗ったまま一旦ピッチを切り、フォローを迎える。
 A2のハングはめぐの目の前での空中遊戯。庇部に3つ残置が垂れ、抜け口は右にラープが打たれており、これにアジャスタブル・ディジーチェーンをかけて体を引き寄せる。その上のピンにアブミがとどけば「いただき」だ。この辺りの人工技術の要領は慣れが必要だと思う。フリー混じりで直上すると、狭いが安定したテラスがあり、短いがビレーに入った。
 上部の4ピッチ目はルート図に従って、正体の見えない左のルンゼへトラバースで入り込んでみる。見た目は内面で登り易そうだったが、実際登ると傾斜がきつく、手応えがある。真上の潅木を避けるように、おおまかなガバの続くフリーで右のカンテへ出ると、下にめぐがロープを握って見上げている顔が見えた。アブミを使って少し上がると、再び狭いテラスがあり、ビレー態勢をとる。

 時折「同流」コールが響き、屏風岩独占の気風がクラシカルな登攀を盛り上げてくれる。

 また左のルンゼへ入り直上したところ、V字のテラスとなり、右へ行くべきか、左へ行くべきか、悩んだ。先ず、ピンの見える左を登ろうとするが、右のような気がして戻る。右のクラックを登ろうと手をかけるが、案外難しく、左のピンを絡めて登ろうと、もう一度左から攻めた。
革山靴でトラバース 雲稜ルートもそうだったが、屏風は上部の意外なところに魔物がひそむ。
 アブミを出して登るとどうしてもそのまま左の草付へ引き込まれ、
「違っているぞ」
 という自分の声に反してそのまま登り続けてしまった。支点は点々とあるが古く、正規ルートはやはり右らしい。潅木のある垂壁にてこずり、木の根を掴んで力ずくで這い上がる。
 3年前の雲稜ルートの上部でも奮闘を強いられたことが鮮明に思い出された。
 上の様子が分からず、浮きぎみの残置ハーケン二つでピッチを切る。改めて見ると、数m上に良いビレー点があった。
 上にはもうひとつのA2となる黒いハング(「への字ハング」)が見えている。
 左の凹角を3手の人工で抜け、おおまかな草付をこなし、ハングへアブミで迫る。下からはラインが見えなかったが、下まで来るといくつかしっかりしたリングボルトがあるラインが右上しているのが見えた。ハングに浮く前に長めの支点を一発取る。再び空中遊戯。ここはしかし片方の足が着く上、ピン間隔も近く、さほど苦しさはない。連続している錆びていないボルトの一発目に支点を取り、上昇を続ける。次が外皮の裂けた青い3mmスリングで、これに全加重するのは怖い。だがこれまでアブミ登攀でスリングが切れた経験はなく、「大丈夫さ」と言い聞かせてアブミをかけた。

 映画「ディア・ハンター」でC・ウォーケンが演じる男は、旧友デ・ニーロを前に今の自分と同じ気持ちでトリガーにひとさし指をかけたに違いない。自分ではコントール不能な運命に取り巻かれていることに、男は気付いていない。

 手前のボルトからアブミを外し、一連の動きで青スリングにできる限り荷重がかからないよう、右手で次の腐りかけのテープスリングへ掛け替える。そこに乗り移ろうとした時、
 ベシッ!
 同時に重力が消えた。
「うへ〜〜」
 気が付いたら右腕だけで空中に揺れていた。3mmの青スリングが切れたのだ。
 墜落は免れた。左手に残ったアブミを一手下のリングボルトに掛け直し、そこにもうひつつ支点を取る。一本飛ばしても上へ行けるため、そのまま登ることにする。
 それにしても右のテープスリングはよく切れずに耐えてくれたものだ。ふたたびそのアブミに乗り、体を抜け口に引き上げると固め打ちされたハーケンがあった。そこにアブミ2つをセットしても、次のピンにとても届かない。しかもそこにはまた腐った3mmが下がっている。チョンボ棒を伸ばしてフイフイを引っ掛けるが、あの「ベシッ」と切れる感覚が鮮明にあるため、思い切った加重ができない。傾斜は緩いため、静かに体重を分散させながら立ち、上の、まだましなボルトにアブミを掛けた。
 数手で木のあるテラスに登り着く。
 フォローをビレー中、雷鳴とともに雨が本降りとなった。ハングに苦戦しているのか、ロープの動きは悪い。みるみる壁は濡れてゆく。
 何かどうしようもない不安にかられる。
 雨を滴らせて登ってきためぐに笑顔を作る。不安を打ち消すために。
「もう終わりが見えてきたね」
 そう自らにも言い聞かせる。
 大西組は雲稜を抜け、河本組は東稜を下降に入っていた。無線で、
「東壁ルンゼ、あと2ピッチ。上まで抜けます」
 と言う。
「了解。最後まで気を抜かずにがんばってください」
 大西さんからコールが返ってくる。その声に不安は消えた。
 雨は止んできた。草付の間に伸びる垂壁のボルトを数手辿ると、ラインは左の草付に紛れていった。ブチブチと抜けそうな草を頼りに登ると、傾斜は落ち、安定したバンドに着き確保に入った。壁はまだ上へ続いているが、ルートは右の潅木のルンゼと見え、ここで実質終了と言えた。
 最後、右へトラバースし木の根を掴んでブッシュを登ると、屏風の頭へ続く踏み跡へ出た。終了点にふたりそろったのは16:10。人工主体とはいえ、めぐはよく革のシューズで登ってきたものだ。

 パノラマ新道から徳沢へ降りるに、まだ充分な時間が残されていると思った。
 ギアを片付け、踏み跡を上へと辿るが、しかし濡れ濡れの藪と、めぐが核心のひとつと言う頭への詰めにペースは上がらず、結局頭到着は17:45になった。パノラマ新道の分岐は頭から下ってすぐと思っていたが、それは全くの記憶違いで、アップダウンが繰り返され、分岐の道標は一向に現れない。挙句にビバークサイトの先で踏み跡は藪に消え、びっしょりになって無理やり稜線へ上がると、全く馴染みの無い景色がガスの中に浮かんだ。
 どこかへワープしてしまったか、いったいここは何時代だ。

 徳沢が遠い。
 暗くなって迷いながらの彷徨下山をするくらいなら、涸沢も有りだと思いつく。
 稜線沿いに戻ると、下方の緑の間にトレースらしきラインがガスに紛れて見えた。そこへ降りると、それは確かに頭とを結ぶトレースである。コンパスで方角を確認する。3年前の記憶にある景色が微かにこの場所と重なる。疲弊したまま徳沢を目指すより、涸沢の小屋に入る方が得策と判断し、目指すは涸沢とした。雨でないことは幸いである。
 主観や感情に流されることなく、現状を正確に把握すれば、その先の判断は自然と決まってくる。第三者の目で自分たちを見ることで置かれた状況を把握できるはずだ。
 念のため頭方向に戻ると、ビバークサイトに出た。トレースはここで右鋭角に折れていたのだが、それを見落としていたのだ。枝にルートを示す黄色いテープも巻かれていた。
 無線で呼びかけると、大西さんに辛うじて連絡が取れた。涸沢へ入ることを伝え、踏み跡を歩く。頭からだいぶ遠いところにパノラマ新道の分岐はあった。
 数カ所の雪渓を横断し、小屋の灯に吸い寄せられる虫のように、ヘッドランプを点けて涸沢へと歩いた。涸沢ヒュッテに入ったのは20時であった。

 翌日おいしい小屋の朝食後、横尾経由で徳沢へ降りた。天候すぐれず、一日テントですごす。予定より1日早く、九日、台風の雨中1時間半歩いて上高地へ戻る。
 今回も雨が多かったが、屏風一本を完登できたことで充分だった。

2003年 穂高夏合宿 8/6〜9 

記・三堀めぐみ

  気象情報は曇曇雨雨曇の予報。梅雨明けしたばかりというのに、早速台風10号が。本当に合宿やるのだろうか。とにかく予定通り八王子に集合、沢渡へ向かう。

/6朝、雨は降っていない。村営駐車場からタクシー2台で8名(河本さんが交渉、一人1000円)、上高地へ。お盆前でお天気も今ひとつ由、いつもに比べ閑散としている。今日はどこまで?まずは先に入山している大前さんのいる徳沢までと歩き出す。久し振りの20kgを越えるザック。なのに、皆速〜い。
 徳沢では呑んだくれた大前先生が診療所で待機中。かなりの酔っ払いで、普段とは別人。今日は半日やることがない。呑む人、散策に出かける人、お昼寝する人、いろいろ。転倒して怪我した登山者の手当てを手伝う。午後、スコール時々あり。明日は屏風一本に賭けようということで、いつの間にか、以前より狙っていたがちょっと諦めていた東壁ルンゼを信と登っていいよ、となった。おお、心の準備が…で、着々と準備。ルート図もちゃっかり手元にある。モチベーションを高め、就寝。

/7少し寝坊も、予定通り3時半頃出発。アタックザックには登攀具がめいっぱい詰めこまれており肩が痛む。横尾ですっかり明るくなり、我々を含む3パーティーが揃う。
 歩きながら、今回五つの核心が盛り込まれていると考えていた。早速、【第一核心】横尾谷の渡渉。裸足になる。皆何でもない顔をして、平気そうに渡っていく。対岸に着き、一人悲鳴をあげていた。
 1ルンゼの押し出しをぐんぐん詰めていく。2000年夏に訪れた時よりも雪渓は規模が小さく、【第2核心】T4の取り付きから東壁の取り付きまでは草付きとガレガレの急な踏み跡を右に下っていく。左上する凹角の基部にボルトがあり、取り付き地点と分かる。6時半、登攀開始。

1P目:信リード W凹角スラブ 濡れてぬめり気味。5月の谷川以来の本チャンのためかザイル残りの       感覚が鈍っており、見積もりを甘く伝えてしまい、40mのはずが50mいっぱいいっぱいになってしま  う。残置ハーケン一個とカムを利かせてビレイポイントを作って迎えてくれた。

2P目:めぐ 調度合わせるため、15m位で切る。

3P目:信 A1スラブ 真上のフェースがルートかと思ったら、右に回り込んだところに三日月レッジ?らしきものがあり。が、これはそれではなく、更に上に進んだところに本物のレッジがあった。残置の古いテープを掴み、右へトラバースして三日月に辿り乗る。残置テープ類の多くは色が落ち、岩同様の色を呈している。

4P目:めぐ A1スラブ ひたすらA1。傾斜といい、ピンの間隔といい、丸山東壁の緑ルートを攀っているような感覚。
安定したテラスでフォローをビレイ中、クライミングシューズの踵を踏んでいたら(いつもやってしまうのだが)左足から靴がとれ、コロコロと転がり出した。ヒヤっとし、「止まれ…!」と念じるも私自身身動きも取れず、眺めるしかできない。無情にも岩壁から瞬く間に取り付きのずっと下の藪の中へ吸い込まれていってしまった。上からの叫びに「え?え?」というような顔で登って来る信。落し物をキャッチできる余裕はない。当人以上にがっかりした表情で信が訊く。「どうする?」「登るよ」 だけど、フォローで、と付け加え、左足にザングツを履き、登攀を継続させる。

5P目:以降全て信リード 2手人工の後のフリーをこなし、しばらくして下部岩壁終了。

150mの草付きは濡れているしトゲトゲの草が生い茂りラクではない。コンテで進む。気が付くと、上部岩壁が物凄い威圧感で聳えていた。左に雲稜登攀中の大西パーティー、右に東稜の河本さんパーティーが見える。時間は10時前。
6P目:W A1 チム二―は中に入らず、左のフェースを主体に登っていく。どん詰まってハングを右に抜けていく。

7P目:W A1 垂壁A1であるが、153pでは最上段に乗ってもあと5p…!と思うピンが数カ所あり、迷うことなくチョンボ棒を使う。

8P目:W A2 【第3核心】1.5m程のハングを右寄りに超えていく。ピンは遠いものはない。良い状態ともいえないが、思っていたより難しいことはなかった。

9P目:W+ A1 左か右か迷うところだが、左にピンが続いており、トラバースしてルンゼに入る。意外に立っており難しい。片足ザングツでは左の壁にうまく足を置かないと滑りそうで緊張。フリーの箇所はやたら手に力が入ってしまう。昔の人はよく両足山靴でこんなところを攀じたもんだ。

10P目:W+ A1 9P目に一度ルンゼから出るが、再びルンゼに入る。ルート図では白山書房とヤマケイで解釈の異なる書き方がされており迷う。右に迷い込まないようにとの記述に従うと、あまり登られていないようなルンゼの続きを進むはめになる。ピンも少なく、フォローでもいやらしく感じる。出だし、右にも左にも行けるところのようだが、ここは右が正解のようである。少し右上したところの上の横リスにハーケンが二つあり、信はここで切ったが、更に左に上がったところに安定したビレイポイントがあった。次のハングを考えると、こちらがベスト。

11P目:A2 【第4核心】ハングに至るまでの草付きミックスのアプローチもビミョウ。信が「ヘの字ハング」を越そうとしている。お〜、頑張れ〜。ぶちっ!何の音だ!?一瞬ロープを手繰らなきゃ!と焦る。あれ?しかし、信は落ちずに右手だけでぶら下がっていた。アブミを掛けていた残置スリングが切れたとのこと。今まであちこちのクラシックルートを登ってきたが、こういうことは初めてで〈谷川の腐ったピン達も頑張ってくれていた〉、あぁ、やっぱり切れるんだ、と気を引き締めつつも、こんなところリードするの嫌だろうな、フォローでよかった、と内心思う。続くピンもやはり朽ちたテープが引っかかっており、リードはうなりながら慎重に登って行く。こちらもビレイに集中する。
 予想通り、予定通り、無念にも雨が降り出す。雷も鳴り出す。隣の河本さんらは、懸垂で下降するという。
 こちらはフォローもハングに取りかかっているし、あと2P。ここまで来たら、降りるということは考えられなかったし、上に抜けたほうが安全だろう。びしょ濡れになりながら、さっきちぎれたスリングの代わりに新しく3mmを残置して乗越す。

12P目:W− A1 真上の垂壁を草付きに突っ込みルンゼ伝いに登っていく。

13P目:右にトラバース後右上し、潅木帯をしばらく進み終了点、16時10分。やたら時間をかけてしまった。もっとサクっと登れるものかと思っていたが甘かった。やはり5級ルートである。何より、靴を落としたことでクライミング自体にも時間をかけてしまったし、ツルベ登攀を諦めたことでザイル操作でも時間短縮が図れなかった。次からは、靴にちゃんと紐を付けておくのだ。

 さて、終了点に着いたものの、ゆっくり反省会などしていられない。日の入りは18時半位。ここから屏風の頭までは私にとって【第5の核心】だ。雲稜を登り終えた後に頭まで歩いたことがあるが、その時も壁途中から雨にたたられビショビショ、ヘトヘトだった。東壁ルンゼからは更に遠い。雨水を貯えた潅木帯の水分を全身に受け取りながら、息を切らし、励まされ、とにかく歩く。やっとの思いで頭。二人の先輩のケルンに挨拶する。徳沢側はガスっているが、不思議と涸沢がよく見えた。
 17時45分。早く帰らなくては。
 何としても徳沢に帰りたい。この時点ではまだ可能と思っていた。しかし、パノラマ新道は一体どこなのだろう。頭から下っていくと、安定した登山道が突然藪漕ぎとなり、慌てる。尾根に出て、元来た道に戻りトランシーバーで大西さんをコールする。ようやく感度が合い交信、パノラマ新道の折り返しを教えてもらう。ここは迷いやすいようで、頭から降りてくると幕場のある小広場に出るが、そこを150度右に折り返す道を行くと涸沢と徳沢への分岐が出てくるとのこと。前回涸沢に下ったときの記憶は、色褪せるどころか消滅していた。道は判ったものの、とき既に18時半。徳沢まで2時間。真っ暗な山道をへッデンの灯りだけで迷うことなく帰り着くことができるだろうか。もし、どこかでビバークすることになってもツェルトはあるが、心身ともに参ってしまうだろう。帰れば着替えも燃料もある。単純に徳沢に帰ることしか頭になかったが、「涸沢に降りよう」という信の冷静な判断と提案に、どんどん暗くなっていく状況のなか、反対する理由はなくなっていた。
 大西さんにその旨を伝え、へッデンを点けひたすら涸沢を目指す。雪渓に気をつけろ、とのアドバイス通り、今にも崩れそうで滑りそうな雪渓が一箇所あり、ハーネスを着け、ロックハンマーを片手にトラバース。幸い、下り始めてからは雨は止んでいた。遠くに見えていた涸沢の灯火が、気がつくとすぐそこにあった。20時、涸沢ヒュッテ着。
 いつもアタックの時は財布は持ってこないのだが、今回はなぜかポケットに入ったままだった。こんな時間だが夕食も作ってくれるという。しっかり休養しようと、一泊二食一人8500円を支払う。ハンバーグ定食をいただき、ストーブのある居間で衣類を干し、広い準個室に温かいお布団でゆっくり眠った。

/8 5時に朝食、6時前に徳沢へ向かう。パノラマ新道を辿ろうかとも話していたがもういいことにして、横尾経由とする。横尾を過ぎてから降られるが、小雨。屏風を眺め、昨日攀ったルートを復習する。8時半頃、徳沢着。皆様、ご心配お掛けしました。後で聞いたら、大西さん、河本さんパーティーも残業しており、両者ともここに帰り着いたのは私達が涸沢に着いたと同じ頃だったのだと。
この日は降ったり止んだり。食べたり寝たりとのんびり過ごす。夕方から雨は降り続き、夜、テントを叩く雨音が耳に着いて眠りは浅かった。

/9 いつまで降り続くのか。 古いスタードームは床上浸水。諦めて撤収。ずぶ濡れになり、何だか往きより重いザックに辟易しながら上高地へ。こんな天気でもハイカーは多い。観光客もいっぱい。
下山後、左足がやけに痛んだ。むくんで張っているのと、へんに筋肉痛とで、今回の一本がどんなものだったのか、足中のあざを眺めて再確認した。