甲斐駒ヶ岳 赤石沢奥壁合宿報告

2005/8/7-10  村野、三堀信、三堀め、遠藤
   8日赤石沢奥壁Aフランケ赤蜘蛛ルート  
   9日奥壁左ルンゼ(敗)〜中央稜      

 本報告書は、同流山岳会 2005 夏合宿の一環として、87日〜10日の間、甲斐駒ケ岳において行った岩壁登攀について、取り纏めたものである。

 当初の目的であった、赤石沢Aフランケ・赤蜘蛛、Bフランケ赤蜘蛛、赤石沢奥壁左ルンゼに対し、結果として、赤石沢Aフランケ・赤蜘蛛、赤石沢奥壁中央稜を登攀できた。Aフランケ赤蜘蛛ルートは噂どおりの名ルートで、岩の固さ・攻撃的なライン取りなど、満足の行くものであった。奥壁中央稜は1ピッチ・4ピッチのみが岩壁登攀と言え、他のピッチは特に登攀意欲を掻き立てるものではなかった。奥壁左ルンゼは、取り付いたものの2ピッチ目のトラバースにおける岩の脆さ・プロテクションの貧弱さにより敗退を余儀なくされた。また、Bフランケ赤蜘蛛ルートは、時間の余裕がなく登攀を断念した。
 アプローチは、時間の融通性、経済性などから竹宇神社より黒戸尾根を採用した。ベースキャンプを八合目に設け、七合目小屋より一人当たり約5リッター、合計約20リッターの水を荷揚げした。この水で2日間の行動中および朝夕の食事をまかない、3日目の登攀終了後ベースキャンプを七合目に下ろし、水の供給を効率的におこなった。(村野)
   

* ルート概要 Aフランケ赤蜘蛛、奥壁中央稜 * 村野(記)

P A1、40m 
1本目のハーケンまで2.2mほどあり、
とうてい手がとどかないため左の
1段上がったところからチョンボ棒を使い、
いったん降りてから登攀を開始する。
2本目もアブミの最上段に乗りやっととどく。
登り初めでエンジンが回らないのか、
フォローがテラスに着くまで約
1時間を要する。

赤蜘蛛2ピッチ目 綺麗なジェードルをフリーで爽快に登る
2P
:X、40m
 
テラスより左上する
20mのジェードルがみえるが、
その先は右に折れており見えない。
傾斜は思ったほど強くないが、あまりホールド、スタンスはない。
カムを用いてランニングをとる。
20mを過ぎると、
岩を断ち切ったようにジェードルが
40m程伸びてV字ハングまで続いている。
先ほどの
20m地点には確保支点もあるが、さらに進むことにする。
40m伸ばすとジェードルは幅が狭くなり土がつまって指を受け付けない。
カムで補強して確保支点を構築する。

3ピッチ目 V字ハングが頭を押さえている

P :W・A1、20m 
ジェードル左壁に走るクラックへフリーでトラバースすると、
ピトンラダーに導かれ
V字ハングしたまで。
ピトンは相変わらず遠い。

4ピッチ目 大テラスまでもう少し

P :W・A140m
V字ハングは右からフリーで越えられるというが、
その気にはなれずオリジナルラインの
A1を進む。
V
字ハング下を左にトラバースし
ハングの切れ目から直上するこれを越すとさらに小ハングがあるが、
ボルト間隔は近く労せずに乗り越す。
白稜会ルートの大ジェードルから続くスラブ状壁に出ると傾斜は緩くなるが、
脆い部分もありルートファインディングに注意を要する。
上ばかり見ていたため大テラスを見過ごしてしまい、
迷ったあげくやっと木の生えた大テラスに這い上がる。

5ピッチ目 ここを越えると核心が見える

P :X、45m
かぶった凹角を10m程進むと傾斜の緩いスラブが現れる。
左にトラバースし、
カンテを上がると右上に6
P目の例のクラックが見えてくる。
岩を垂直に断ち切ったところに、
鋸を引いたようにクラックが
100m程続いている。
しばらくボーっと見ていたい思いに駆られるが、そうも言っていられない。

6ピッチ目 クラックのナチュプロ・エイドに挑む

P A1、40m
クラックは下10m程は指が入らないサイズで、
ピトンが連打されている。
アブミの最上段は当たり前のようになってきた。
5cmほどのハングを越すと、
2030mmのクラックが30m続き、
さらに弓なりに左上に伸びている。
いよいよカムの出番だと思うと緊張する。

6ピッチ目 フォローは単純なA1となる

数メートル登るとピトンが途切れ、
2m上に残置のカムのスリングが顔を出しているのが見える。
残置カムに興ざめするも、ほっとする。
概ねキャメロット
0.50.75番、
またはエイリアン
1番前後のカム34個を使用し、
リングボルト
3本を使用した確保支点に着きアブミビレイの体勢に入る。
7ピッチ目 恐竜の背中を這い上がる

P A1、40m
ルートは左上するクラックをはずれ、
恐竜カンテを右に乗り越した後、直上する。

7ピッチ目 赤石沢まで切れ落ちた高度感ある登攀

傾斜は緩くなってきているものの、
相変わらずボルト間隔は離れており気が抜けない。
途中、2
mほど右にトラバースするところが少し緊張する。
後は灌木帯を目指して行けばよい。

ピッチ目 終了点の樹林帯に突入
P :W・A1、40m

灌木帯に入るものの、途中アブミの架け替えによるA1も出てくるピッチ。
急傾斜を木登りをまじえ行くと、

A
フランケ頭にあるりっぱな岩小屋に達し終了点となる。

総評 フリー部分はきっちりX級あり、ゲレンデで5.10aのルートを余裕を持ってリードできれば楽しむことができる。2Pのジェードルは、ジャミングの技術があればさらに楽しい。人工部分は、とにかく支点間距離が遠いので、身長の低い人はつらく、チョンボ棒は必携。随所にクラックが出てくるため、エイリアン・キャメロットそれぞれ1セットあると心強い。6Pのカム人工は、前述のとおりキャメロットなら0.50.75番、エイリアンなら1番前後を3〜4個あればよい。

中央稜1ピッチ目 いきなり手ごわい出だし

1P:W+、40m
立ったクラックからフェイスを右上するが、
X級と言っても良いムーブが続き以外と手強い。
クラックが豊富でカムが有効。

2P :V、40m
草付き混じりのスラブを15mほど登り、
草付き帯
20mほど伸ばす。

3P : 草付き歩き

4ピッチ目 1ポイントだが離陸が異常に厳しい

4P:W・A0、40m
出だしの垂壁をA0で直上し、右にはい上がる。
結構手強い。

5P:V、40m
ぼろぼろの狭いガリーを無理矢理上がると、風化した岩場を適当に登る。

6ピッチ目 ようやく岩登りになってくる

6P :X、40m
簡単な狭いガリーを20m進むと、
20m
のクラック。

6ピッチ目 上部のきれいなクラックをフリー

傾斜はないが堅くきれいなクラックをフリーで乗り越すと、
灌木帯が現れて登攀を終了する。

総評 岩登りと呼べるのは1P、6Pだけ。夏にここだけを目標にするほどのルートでは無いと感じた。ただし、1P、6Pは、岩も硬く結構むずかしい。

登攀終了点からは、ひたすら藪を右上を目指し進む。
縦走路に出る直前に
20mロープが必要なピッチが出てくる。



Aフランケ赤蜘蛛へ”合格”

甲斐駒ヶ岳赤石沢奥壁Aフランケ赤蜘蛛、奥壁左ルンゼ(敗)〜中央稜
三堀信(記)

 入山前夜、それまで晴れだった天気情報は一転、大気の状態が不安定で雨の予想になった。目標は赤蜘蛛。今年は間違いなく登れるだろうと見て楽しみにしていたのに、「雨90%」である。どかーんと突き落とされた感じだった。今年一番のショック。

「ああ、あああああ・・・・もう・・・・。またダメか」

 ABフランケ赤蜘蛛継続という案が出てから、それを意識して登り込んできた。三日と空けずインドアに通い、フリーのグレードも上げようとした。天気が悪く登れないのならいっそ行かない方がいいとさえ思った。でも晴れたら後悔するだろう。こういう時は、行くと雨で行かないと晴れるものなんだ、などとくよくよとしながら、結局行く。

 入山日は湿気に大汗をかいたが、案外雨にやられることなく八合目の幕営場に着く。こんな気候なら登れるかもしれない。ただ午後から天候が崩れることも予想され、Bフランケへの継続はこの時点で諦めぎみになっていた。

 夜半、稲光とテントを叩く雨音に目が覚める。「勝手に降れ」と思いながら無視して寝る。

 4人で未明にテントを出る。夜の降雨で草木は濡れているが星空で、岩は乾きそうな気配だ。アプローチは村野トポに頼ったものの、何箇所かで行き迷う。残置ロープを何度も利用し、最後は懸垂でAバンドへ降りた。そこをトラバースしていくと、ようやく赤蜘蛛の取付に至った。黒戸尾根八合目からのこの複雑なアプローチ、よくぞ先人達は見つけたものだ。世界の山岳と違い、樹林や草付の多い日本の山。目隠し手探り状態で這い進み、このAフランケ下のバンドを発見したことだろう。脱帽である。

Aフランケ赤蜘蛛取付のエイド 2パーティーで攻める。先行は村野・めぐみで、5時半前にテイクオフ。A1の出だしピッチに時間がかかり、6時半頃ようやく遠藤リードで我々も登り出す。岩に馴染んでいないと時間がかかってしまうが、問題となるポイントはない。

2ピッチ目コーナークラック 楽しみにしていたのは2ピッチ目のコーナー・クラック。ビレー点からは見えず、フレークを上がるとやっとその全貌を現した。綺麗なオープンブック状のコーナーに二本のクラックが見事に走っている。残置のリングボルトだけではランナウトするため、数ポイントでカムをかませる。形状がずっと同じため疲労する。途中両手を下げて休めるレッジがあり、そこでしばらく呼吸を整える。ここにビレー支点もあるが、続けて登る。爽快なピッチだ。最後は肩で息をするくらいになり、40mの夢のような名ピッチを終えた。フリーのグレードで5.8くらいだが、長さを考慮すると5.9程度だろうか。

 遠藤リードで遠目のA1の3ピッチ目をV字ハング下まで登る。V字ハングは左を巻くとA1(フリー5.10a)だが、中央をフリーで越えても5.7という情報だった。しかし先行の村野氏はA1で左を巻いていく。ハングを目の前にすると確かに怯むが、フリーで挑んでみる。中央には絶好のフレークがあり、それを使えば簡単に越えられそうに見えた。しかしハングに行き着く前のコーナーが厳しく、ヌンチャク掴みまくりになり、すでにフリーではなくなってしまった。それでもハングだけはフリーでと、フレークを掴むところまで上がる。残置は無し。行くかとカウンターで体を上げたが、登られていないせいかフレークの岩は表面がボロボロで安定していない。そこを行く勇気は出ず、戻って素直に左巻きA1に切り替えた。ルート中ここだけがなぜかピンの間隔が近く、容易なエイドでハングを越えると大雑把な段状となり、大テラスに行き着いた。

赤蜘蛛の核心クラック 大テラスから1ピッチフリーで登ると、ルート中の核心と言われるクラックのエイドピッチになる。ありがたいことにここから2ピッチのエイドはリードさせてもらうことになった。先行は二人とも結構あっさり登ったように見えた。そして、日本アルパイン界においてあまりにも有名なこのピッチを登り出す。

クラックが始まるまでは残置を辿るが、小ハングから上のクラックに入って2手目にはキャメロットを使わされる。その後もカム・エイドが数手出るが、予想していたより残置は多く、埋まりこんだフレンズも3個ある。これらを使えば、ナチュプロ・エイドのプレッシャーはかなり軽減できる。ビレー点手前は残置も充分あり、それほど困難なくこのピッチを終えた。完全なぶら下がりビレーとなるため、アブミとスリングで空中ブランコを作り、そこに座ってビレー、遠藤氏を迎える。このまま上へ伸びるクラックをつなげ、約65m1ピッチをフリーでやった平山ユージ氏。このクラックを?と信じ難いほどのシチュエーションだが、そのグレーディングは5.11d。今はとても手を出す気が起きない。

 振り返ってみると、自分にとっての核心は、次の恐竜カンテ越えのピッチだった。カンテに穿たれたピンは遠く、伸び上がろうにもカンテのためうまく壁を蹴れずバランスがとれない。行き迷っていても時間ばかりがかかるため、早目にチョンボ棒を使う。カンテを回るとなぜかこんなところに枯れ木があった。それを掴んで上がる。更に右上のピンまでが遠く、枯れ木に寄りかかってバックアンドフットで体を上げるが、あまり上がり過ぎると枯れ木が折れてしまいそうだ。下はどーんとAバンド下の磨かれたスラブまで切れ落ちている。ものすごい高度感。小川山を思わせるダイクが走り、これを使ってピンにアブミをかける。その上も遠く、遠い左の縦ホールドで体を支え、上腕つりぎみのまま、必死でアブミをかけた。つって曲がらなくなった指を顎に押し当て強引に戻す。

このピッチは一手一手が厳しい。

へろへろになって最後は右からフリーで安定したテラスに達した。

この上もA1の出てくるピッチだが、容易で、ようやく実質の登攀を終え、最後は草付きをほぼ一箇所の中間支点で伸ばして岩小屋下の終了点に着いた。

時間的にもBフランケ継続は無理があり、大目標のAフランケ赤蜘蛛のみで登攀を終えることにした。

登れるかどうかではなく、始めから登れることは分かっていて行ったルートだ。大事なのは登攀のスタイルや質で、余力を残して登れるくらいじゃないと、この赤蜘蛛をリードで登る資格はないと考えていた。それができたことで、それなりの満足感は得られた。しかし名ルートという思いばかりが先走ったせいか、期待以上のルートというわけではなかった。

翌日は遠藤案の通り奥壁左ルンゼへ向かった。幕営場から八丈バンドを下りぎみにトラバースする。あざみが痛い。正面に摩利支天への登りを見て最も下がったところ辺りが取付のようだが、右上にものすごい威圧感でたちあがる巨大な左ルンゼのどこが取付か分からない。ルート図通り濡れた部分の右よりを探ると、一段上にRCCの残置を一発発見した。よく見ればその右上にもボルトが続いている。

雰囲気からして「悪い」左ルンゼ「ここか・・・」

 明らかに困難を予想させる。具体的に何が厳しいかは見えないが、雰囲気が「悪い」のだ。その上ルートのダイナミズムはAフランケ赤蜘蛛をも凌ぐものがある。

 今日のパーティー分けは村野・遠藤と三堀・めぐみ。誰もやめるとは言わず、どちらが先行するか三vs遠のジャンケンで決めることになった。

「勝った方が先に登るんですか」

 遠藤氏の素朴な問いかけ。Aフランケ赤蜘蛛と違い、先行するのは遠慮したいルートで、トップの魅力より危険への恐怖や未知への不安がやや上回っている感じだ。

「勝った方が順番を選べることにすればいい」

 そう言って互いに納得する。

「ジャンケン、ホイ!」

 チョキを出したが、遠藤氏はグーだった。ジャンケンには負けたが、彼はパートナーの村野氏と顔を見合わせ、後発を選んだ。譲り合いの精神か。まあいい、譲り受けよう。不安を拭い去り、不確かなものを探り出すトップの栄誉を得られるのだ。

 逡巡の隙は不要だ。深く考えずに登り出す。

最初からフリーでの右トラバースで、安定したスタンスに立つまで苦しいムーブを強いられる。垂れている黒く腐ったロープスリングに一本とり、A0ぎみで右上のボルトにもう一本とる。少しほっとすると、左腕の時計を外し忘れていたことに気付き、そこで取る。続けざまのA0で右上し数手先のカンテを目指す。支点4発目の長めを取ったところで、手持ちのヌンチャクがやけに少ないと思った。

「あ、ヌンチャク受け取るの忘れてた」

 自分持ちの僅か6発のヌンチャクで登り出していたのだ。二つ目の準備ミスをしていた。深く考えずに登り出してしまった。すでに呑まれているのかも知れない。ダブルロープの一本にヌンを結んでもらい、それを引き上げて受け取る。カンテの乗り越しからアブミを使う。残置は見えないが、アブミに乗って上がると次のピンが見えるといった感じで、一応残置に頼って前進することはできる。しかし腐ったスリング、浅打ちで首の曲がったRCCボルト、墜落方向に打たれたハーケンなど、一手一動に緊張が走る。腐ったスリングにアブミをかけ体重を乗せると、スリングがギィギィと軋音をたてる。屏風東壁ルンゼで残置スリングに乗って切れた時の感覚が甦る。

左ルンゼ1P目 右のカンテを乗り越えるとビレーも可能なフェースになるが、ピッチの距離が短く、あまり気は進まなかったがもう少し伸ばすことにする。左へ少し戻り、あまいホールドの奥に打たれたハーケンに、体を目一杯伸ばして辛うじてアブミをかける。その上はフェースのボルトラダーとなり、少しほっとできるA1となるが、間隔は遠く、チョンボ棒を使う。ようやくスリングのかかったビレー点が近付いてくるが、最後にボロく、結晶の尖った岩でのバランスを要すフリーとなる。支点も取れない。ここも結構悪く、小石がじゃりじゃりと落ちてしまう。最後の支点は5mほど足の下で、根性で這い上がり、ビレー点の残置スリングに手が届いた。ここまで来たはいいが次のピッチは登れるのだろうか。一応登れそうなラインはあるが、残置は見当たらず、しかもトラバースから始まっている。

 フォローのめぐみを迎え、続けてリードで登ってきた村野氏と三人で協議になった。

 2ピッチ目は左上する。例えこのピッチを登れたとしてもその先が登れない場合、懸垂でこの場所へ降りてこれそうにもない。抜け切ることができなければ進退窮ってしまう。

左ルンゼ2P目 敗色を滲ませつつ、めぐみリードで2ピッチ目に入る。今度は左へのトラバースで、厳しいながらも、やっと見つけた3m先の銀色残置ハーケンに届く。しかしその先には残置もなく、打ち足すべきリスもなく、しかも易しくはないトラバースだった。

 もう終わりだ。

「もうよそう。降りよう」

 ここまでだった。僅かに1ピッチちょっと。奥壁左ルンゼ敗退を決めた。趣味にしても命を賭してまで挑む価値は見出せなかった。下部でさえ脆く、支点も不安定。この上の核心は残置もないクラックになるというし、そこまでも神経をすり減らす残置頼りのエイドとフリーが続くとなれば、あまりに消耗してしまう。しかも登るほど敗退下降も困難になってゆくのだ。これ以上突っ込めない。退くなら今のうちだ。

 スリングやカラビナを残置して補強し、懸垂で取り付きより下の安定した場所まで降りた。くやしさもない。仕方あるまい。

「中央稜登ってお茶を煮ごそう」

 中央稜から甲斐駒山頂に立てれば、それでもいい。いや、山頂に立つならもう選択肢はそれしかなかった。

 八丈バンドを戻って、村野パーティー先行で中央稜に取り付いた。ルートは草付きやブッシュがほとんで明瞭とは言えないが、ライン的にはこれしかないか、といった感じだろうか。まともな岩登りになるのは1ピッチ目と上部ブッシュの歩きに至る最後のクラックで、どちらもそれなりに手ごたえはあった。尾根上の道に出る手前のW級ピッチを抜け、終了。握手を交わす。

 カメラだけを持って、観光気分で甲斐駒山頂へ向う。ガスが流れているが、視界はひらけ、結構広い山頂でのんびりと過ごす。登攀を終えた後の山頂は気分も良い。秀峰甲斐駒の岩壁登攀。自分の中で赤石沢奥壁を登る資質が備わったと“合格”し、やっと実現した山行だった。

「まあ、こんなもんでしょう」

 登攀を終えて四人でそう言い合った。



報告記

遠藤

8月7日(日)  天気 晴れ

5時起床。甲斐駒の岩場に行くには、まずこの黒戸尾根を登らなければならない。「さあ、登るぞ!」。最初、1時間に1回のペースで休む。だが、やはりしんどいので、50分に1回のペースで休む。この10分間の差は精神的・体力的にも大きな違いである。疲れてくるとすぐに腕時計を見てしまう。天気は曇り気味であるが、湿度が高く不快である。途中、三堀さんの知り合いだというクライマーに会ったが、年齢的な衰えと暑さから半分、「壊れ」かかっていた。しかし、山が好きで仕方がないのだろう、ザックなんて僕のよりデカい。ストックを使いながら足に負担をかけないように丁寧にのぼり、だんだん山にいるんだという実感が湧いてきた。7合目で目一杯水をくみ、8合目ベースまで、一気に登った。このピッチはかなりしんどく、「休みませんか?」と言いそうになった。登山口から約8時間、まあまあのペースだと思う。ちょっとした宴会をして、明日に備えて早めの就寝19時。夜中に2時間位ものすごい雷雨。

88日(月)  天気 晴れ

  2時半起床。4時出発。Aフランケに向けて明瞭な踏み後を下降する。八丈沢に降り立つまで少し迷ったりもしたが無難に下降。八丈沢から先はフィックスロープが多い。写真で見たことがある同志会右のハングを見ながら更に進んで取付き到着5時。8合目から高度差で300m降りている。初めて見るAフランケの岩場は素晴らしい。僕達以外、だれもいない。取付から下も赤石沢からの急傾斜のスラブが続いており、高度感がある。(これから登る赤蜘蛛ルートの1P目はオリジナルの6P目との事である)昨夜の雷雨にもかかわらず、岩は乾いている。編成は村野さん・三堀(め)さん、三堀(信)さん・遠藤の順にスタート。僕達は6時半登攀開始。

Aフランケ赤蜘蛛ルート  1P目(遠藤リード、以下リード省略)

  草付きリスに打ち込まれているハーケン主体のA1。いきなり最初が遠い。あぶみの練習をやっておらずいまいちリズムに乗れない。「よーし、行くぞ」と思ったとたん、「あれ、あぶみが無い」と思って下を見ると、中間支点に置き忘れてきている。先が思いやられる。ビレイ点直下のフリーが、体が伸び気味になり、ちょっと恐い。(25m

2P目(三堀)

赤蜘蛛2P目コーナークラックをレイバックで登る  左上してコーナークラック。見事なクラックが一直線に続く。「おおー」思わず歓声を上げる。しかし僕はジャミングが決められず(フットジャムはばっちり決まる)、左手はメインのクラック、右手は、右側壁のクラックを使っての腕力登攀っぽくなってしまう。途中、カムが無ければ5m位ランナウトする箇所もある。「はあ、はあ」と肩で息を切らせながら、途中で体を左に振ってレストを交えながら登る。本当に苦しい。「気持ちよく登るピッチなのに...。」と、ジャミングができず、少しくやしい思いをする。ハーケン2本+カム2個でビレイ。(40m

3P目(遠藤)

  頭上に見えるV字ハング目指してのA1主体。やや支点が遠い。傾斜はゆるいのでフイフイは使用しなかった。僕はバランスが悪く、どうにもあぶみ最上段に乗るのが恐い。直上後、1度左上にトラバースを交えて、ハング下で切る。(30m

4P目(三堀)

  V字ハング越え。三堀さんはまず、フリーで試みるが、どうにもラインを見出せない。かぶっているので上がどんなホールドかどうか不明で、しかもカムで支点も取れなさそう。あきらめて通常のラインで行く。ハング下の左トラバースは高度感があり楽しい。ハングは傾斜があり、あぶみが宙ぶらりんになるが、支点の間隔が近くやさしい。ハング上は指のかかりがよいフリーで大テラスまで。ここでちょっと休憩。(35m

5P目(遠藤)

  かぶり気味の凹角〜スラブ〜カンテ。始めに潅木でプロテクションをとり、凹角の側壁を、両足を使ってカウンター気味にのぼり、続いてスラブを左上する。このスラブは支点が多い。続くカンテはそのまま取付かず、一旦左に回り込んでから取付き、やさしい階段状を登って、核心ピッチ手前のビレイ点まで。ここはペツルも一本ある。(25m

6P目(三堀)

  垂壁に走ったクラックを、カムを交えながらのA1。「甲斐駒の岩場に来ているんだ」、そう思わせる素晴らしいロケーション。今日は晴れであるが、雲の動きが早いので、ガスったりそしてまた青空がパーっと広がったりして、刻一刻と、違った山の表情を見せてくれる。山登りを始めた頃と全く変わらない、「山に来てよかった」と思う瞬間である。ちょっと写真撮影をする。リードの三堀さんはビレイ点直下では、体力的にくたびれてきた様で、少々ぼやきが入っている。あぶみビレイにて切る。続いて僕がフォロー。最初の10mは単調なボルトである。カムを用意していれば右側のフレーク状クラックも行けそうである。クラックに入ってからは、カムを交えてのあぶみ。予想通り、残置カムも5個ほどあった。当方はカムを6ポイント使用したが、間引いて、長いスリングを掛ける事も無かった。ビレイ点直下ではハーケンが増え、コの字ピトンも見受けられた。このピッチ予想以上に高度感があり、僕自身、カムの使用もあまり馴れていなかったので、正直リードしなくてよかった、とホッとする。(40m

7P目(三堀)

  恐竜カンテの乗越し。僕のあぶみスピードの問題から、このピッチも続いて三堀さんがリードする。支点の間隔が遠いらしく、結構苦労している。リードがカンテを乗り越した後、登っている姿がほんの少しだけ見え隠れしているのが、何だかカッコイイ。フォローするとこのピッチ確かにちょっと遠い。爪先も痛くなってきた。途中潅木があり、寄り掛かれるのが嬉しい。ビレイ点直下でフェースを離れて一旦右に寄り、フリーで左に回り込む。(30m

8P目(遠藤)

  岩の間を右上〜スラブ状フェイスA1〜潅木帯。真上の岩は支点が見当たらないので、左側から岩を巻き、続いて岩の間を縫うようにして右上する。スラブ状フェイスに突き当たったらこれを78ポイントのA1で越え、右寄りの潅木帯に入る。その後3m位のちょっとした露岩(W級位)を越えた直後に、潅木にて切る。(45m

9P目(三堀)

  潅木帯〜露岩〜ブッシュ。適当に左上気味に潅木帯を登り、露岩(支点なし)を越え、ブッシュを歩き安定した所で終了とする。(30m14時。ここから15m上がった所にAフランケ頭の岩小屋があった。8合目の岩小屋より快適そう。

  今日は岩も乾いていたし、夕立ちにも合わなかった、僕のあぶみ操作に多少の問題があったが、楽しく登れたのが嬉しい。「お疲れ様です」とみんなで喜ぶ。

  終了点から30分程度の登りで8合目到着。少し、アルコールを飲み、夕食までひなたぼっこしたり、写真を撮ったりしてお休みする。今日も19時就寝。

89日(火)  天気 晴れ

  3時起床。4時出発。今日の目的ルートは奥壁左ルンゼ。古いルートであるが赤石沢のまさに最奥をロケーションとする素晴らしいルートと聞く。しかしルート状況は不明で、取り付く前からとても緊張する。八丈バンドを下りると、8合目からは上半部しか見えなかった左ルンゼの全体が、薄明かりながらも見えてきた。ものすごい高度差である。遠藤、この頃からすでに岩に飲まれはじめる。左ルンゼに到着する。岩がガラガラで、Aフランケと比較して明らかに岩がもろい。ルート自体も複雑で取付きがすぐにはわからない。取付きを模索して、ルンゼ右寄りの顕著なハングの3m右下に取付きを見つけた。露岩に1センチ程度しか入っていないRCCボルトと、その右に泥に埋まっていたハーケンがあった。さらにカムを加えて補強する。足元が不安定な取付きである。編成は三堀(信)さん・三堀(め)さん、村野さん・遠藤の順にスタート。

・赤石沢奥壁左ルンゼ

  1P目、三堀(信)さんリードでスタート(5時半)。取付きからかぶり気味の岩をフリーで右上して乗り越し、スラブをA0で真横に右トラバース。次にA1でカンテ上に乗り上がり、そのままカンテを直上する。支点はあるようだが、浅打ちもあるらしく、神経を使っている。草付きも多く、いやらしい様だ。25m程延ばしたした所で「ビレイ点あったよー」と言っている。今度は岩がもろいらしく、パラパラと砂が落ちてくる。さらに15m延ばして何とかビレイ点に着いたようであるが、何だか僕は敗色濃厚の気がしてきた。続いてめぐみさんフォローで登っていった。そして我々は、どうするか...と考えるが、僕はすでに拒否反応を示しており、「もうここを登るのやめましょう」と言いたかった。とりあえず村野さんがリードで登っていった。先行はめぐみさんリードで2P目に入った様であるが、相変わらずパラパラと砂が落ちてくる。「キン、キン」と今度はハーケンを打っている様だが、「あ、ああ〜」と言ったと同時に、打ったハーケンが落ちてきた。そして10分後、村野さんからトランシーバーで「降りるよー」と言ってきた。負けである。僕は左ルンゼに全く手を付けずに終わってしまった...。(下降終了720分)

  僕には厳しいルートであった。リードする気が起きなかったのだから。また昨日のAフランケも含めて、どこかで三堀さん達を頼りにしてしまい、いつの間にか、連れてってもらう的な考えになってしまったようだ。これでは、岩登りは一向にうまくならないな、と思った。本当にくやしくて、情けない。

  甲斐駒の頂上には行きたい、というみんなの意見は一致していたので、気を取り直して中央稜に転進する。取付きは右ルンゼ寄りのチムニー状の壁である。村野さん・遠藤、三堀(信)さん・三堀(め)さんでスタート(8時)。

赤石沢奥壁中央稜  1P目(村野)

  チムニー状〜草付きフェース。チムニー状は意外と手がかりが無くしんどいが、側壁をうまく使えば楽に登れる。カムも積極的に活用できる。続くフェースも問題無い。(40m

2P目(遠藤)

  フェース〜ブッシュ。前方に見えるフェースを右寄りから登り、続いて木でプロテクションを取りながら真横に左トラバースしてフェースを終える。その後、登山道のようなブッシュ歩き(踏み後あり)になり、頑丈そうな木で切る(40m

3P目(村野)

  引き続きブッシュ歩きで、リングボルトが1本打たれている垂壁の前で切る。(30m

4P目(遠藤)

  垂壁〜木まじりのフェース〜バンドトラバース。垂壁のリングボルトにスリングを掛け、足を突っ込んで立ち込み、(このボルトは1センチ程度しか入っていないようなのでスポットをお願いした)続く甘いカチに打たれている横ハーケンでA0およびプロテクションを取り、右トラバースして体が安定した所でレスト。ここまで短いのに結構腕力を使う。木まじりのフェースは木をつかんでゴボウ気味に上がるが、枯れている木もあるので慎重に選び、草付きバンドに立ち込む。バンドを右に行くと岩溝があるが、結構しんどそうだし、ビレイヤーからも見えないので、さらに10m右にトラバースして、白樺の木で切る(30m

5P目(村野)

  岩溝〜草付き。やはり岩溝が正規ルートの様である。ザックが邪魔であるが村野さんは強引に岩溝を上がっていった。岩溝のすぐ上の木にスリングを垂らしてもらう。ここから草付きをほぼ真っすぐに右上して、かぶり気味の草付きを乗り越し、続いて直上して、適当な潅木で切る。(40m

6P目(遠藤)

  岩溝〜クラックのあるフェース〜ブッシュ。5m程、左上すると岩溝(10m)があるのでこれに入り込む。プロテクションは潅木で取れる。岩溝を抜けると、クラックの入っているすっきりとしたフェースに飛び出す。ここはルート中で最もすっきりしている。このクラックは出だしにちょっと悩んだが、クラック右にスタンスがあるのでそこに一旦立ち込み、クラックに手を突っ込んで上体を右に振り手をがっちり決める。そしてそのまま、そーっと体を上げクラックに足を突っ込んだら体が安定した。その後はホールド、スタンスとも豊富にあるのでぐいぐい登る。残置も多い。フェースが終わるとブッシュになり、顕著な露岩の右側を登ると、今度は木が生えている露岩があるのでここで切る。ちょうどテラスにもなっている。(45m

ここで実質登攀は終了なので全員集まったところでロープを外して、ちょっと一息入れる。(1050分)ここからブッシュ歩きで稜線を目指す。踏み後は明瞭で、右ルンゼ寄りに取られている。稜線直下の露岩は再びロープを出して慎重に登り、やっと稜線着。日が当たりながらも涼風が吹いており、とても気持ちがいい。稜線に着いた瞬間っていつでもいいもんだなあ、としみじみ感じる。一休みした後、ザックをデポしてカメラだけぶら下げて身軽に歩き、頂上到着、「ばんざあい」。何はともあれ頂上にくると山行が引き締まります。北沢峠からの登山者が結構多い。その時、村野さんが他の登山者から「写真撮って下さい」と言われ、こちらもお返しとばかり、4人分のカメラを渡し、4人揃った写真撮影を依頼する。

僕が最初に甲斐駒に登ったのは中学2年のちょうどこの時期、天気も今日みたいにいい天気だった。その時の風景とほとんど変わらない、当たり前か、変わらないから自然と昔のことを思い出すのだ。そのうち4人とも各自「昼寝岩」を選定して、ちょっとお昼寝...。

  8合目に帰幕したが、水が尽きてしまったので7合目にベースを降ろす。冷たいビールも買え、食料も食べまくり、安堵感からか会話もこれまで以上に弾む。でも疲れと、周りのテントの事も考えて20時就寝。

810日(水)  天気 くもり

  5時起床。6時半出発。各自マイペースで降りる。僕が神社に着いた頃、小降りの雨が本降りになってきた。遠藤、ぎりぎりセーフ。最後のめぐみさんがまだこない。「雨具でもつけてんのかなー」と思っていたら、なんと、傘をさして降りてきた。「軽量化しなきゃ」と自分から言っていたのに...。この山行のオチとしておこう。