多くの画家が限られた地域に根をおろし、作品を作り出しています。
ワイエスも類に漏れず、生まれ故郷のペンシルベニア州チャッズ・フォードと
夏の間を過ごすメイン州クッシングの2ケ所で過ごしています。
その夏の家にいる間に、私達がよく目にする「オルソンシリーズ」が描かれました。
今回の展覧会のメインは習作です。
分かりやすい解釈によって、絵が完成するまでの試行錯誤や彼の心の動きが
私達をワイエスの世界にぐんぐん引き込んでいきます。
ワイエスの魅力は、「クリスティーナの世界」は別として
ドラマティックに描かれていないにもかかわらず
その奥に隠れた物語や心情を十分に想像できることではないでしょうか。
手足は不自由だけれど気高いオルソン家のクリスティーナ。
その姉の世話や農作業に追われるまじめで寡黙な弟アルヴァロ。
年々荒れていくオルソンの家。
ここで描かれた膨大な数の絵を思うと
どれほどまでにワイエスがオルソン姉弟や
そのまわりの物に心を奪われていたかが良くわかります。
このシリーズの中ではどの風景も荒涼としていました。
日々の生活に疲れていく姉弟や、
オルソン家の歴史と共に朽ちていきつつある建物。
それらの姿をワイエスは自分の心に刻み込むために
カンバスに丁寧に記憶させているかのようでした。
毎日欠かさず、歩けない足を引きずって
父母の墓に供える花を摘みに行くクリスティーナ。
不自由な体を支える骨ばった細い腕と、
曲がった指の習作がいくつもありました。
そうして出来上がったのが、あの有名な「クリスティーナの世界」です。
「霧の中のオルソン家」は、霧に白くかすむ家が
まるで崩れ去る前の砂の城のようでした。
そして終に、二人ともこの世から去って、建物だけが残される日がやってきます。
三階の窓から見える風景を描いた「オルソン家の終焉」を最後に
ワイエスはこのシリーズを描くことをやめました。
この絵を見ると、まるで長い映画を見た後のような
自分達もワイエスと共にオルソン家の歴史をたどってきたような
深い寂寥感にとらわれるのです。
でも物語は完全なアンハッピーエンドでは終わっていません。
住人がいなくなったオルソン家は大切に保護され
今でも二人のお墓を静かに見守っているのです。