1.イコライザーカーブについて

 イコライザーカーブは50年代半ばにRIAAに統一されるまでは各社バラバラだったようで、同一レーベルでも違うカーブで作られた例もあるようです。この時期に作られたLPを愛好されていらっしゃる方も多いようですが、どのように聴かれているでしょうか。現在のRIAAカーブで再生すると少なからず元の音とは違ってくる筈です。勿論当時の録音、再生とも現在とは状況が違いますから、必ずしも録音時のカーブでの再生が心地よく聞こえるとは限りません。ただ、RIAA以外のイコライゼーションを施されたLPが実際にどのように鳴るのかは興味をかき立てられる点ではないでしょうか。

 ネット上で探してみるとこのイコライザーカーブを調べている方が結構いらっしゃって、それによると代表的なカーブの定数は以下のようになるようです(カーブによっては他にも色々説があるようです)。

Curve Turnover/Lowlimit Roll off
RIAA 500Hz/50Hz(+20dB) 75μs-2120Hz(-13.75dB at 10kHz)
NAB 500Hz/71Hz(+16dB) 100μs-1590Hz(-16dB at 10kHz)
Columbia/LP 500Hz/100Hz(+14dB) 100μs-1590Hz(-16dB at 10kHz)
ffrr 500Hz/125Hz(+12-12.5dB) 50μs-3000Hz(-10.5dB at 10kHz)
AES 400Hz(30Hz+25dB) 63.6 or 75μs-2500Hz(-12dB at 10kHz)
Old RCA 600or800Hz(100Hz+20dB) 63.6 or 75μs-2500Hz(-12dB at 10kHz)

注: Turnover=低域上昇 / Roll off=高域低下 / Lowlimit=最低域の上昇を制限する




 上図はRIAAカーブです。
 簡単に説明しますと、Turnoverというのは基準の1kHzのレベルと低域方向に立ち上がっていく6dB/oct(緑の斜線)の交点、 Lowlimitというのは低域の上昇を制限するものでこの6dB/octの直線との交点(上表の「50Hz(+20dB)」は50Hzで+20dBという意味ではない)、 Rolloffというのは高域の-6dB/octと基準のレベルとの交点です。

 低域を増幅し、高域を減衰させるというのが基本で、低域は+20dBあたりで抑えています(20Hzで+19.27dB)。高域は-6dBの下降そのものとなります(20kHzで-19.62dB)が、設計上は可聴外の高域では若干丸めるのが普通です。


 以下のグラフは上の表の数値を使ってそれぞれのカーブを机上で作ってみたものです(イコライザーアンプの定数を変えてシミュレートしました。尚高域減衰は-20dB〜で丸めています)。あくまで3つの定数のみが頼りで厳密なカーブではないと思いますが、それぞれのカーブの特徴が窺えるのではないでしょうか。




(1) RIAA


 おなじみ、現在(と言ってももう過去になりましたが)の規格です。



(2) NABカーブ

 このカーブを使っていたレーベルは結構あったようです。
 RIAAに比べると低域はイコライズが浅め、高域は逆に深めですが、200Hz〜1kHzにかけては直線に近いのでこの部分はむしろ深めのイコライズと言ってよいでしょう。このあたりの帯域は非常に耳につきやすい部分なので結構違う印象があると思います。

 なお、同じくNABカーブと呼ばれるテープレコーダーのイコライゼーションはこのカーブとは違うようで、金田氏の「オーディオDCアンプシステム」下巻によれば50µsと3180µsの時定数を持つ-6dBの下降曲線です。Turnoverがなく、従って途中のうねりがありません。



(3) COLUMBIA/LPカーブ

 主なレーベルでは、Columbia(米Columbia、英Columbia)の他、Decca(米Decca)、HMV等。Vanguard、VOX、Westminster等、12inchでは米Columbiaプレスを示すXTVマトリクスの盤で1955年以前のものはこのカーブかNABカーブではないでしょうか(VOXなどはNABカーブとジャケットに書いてありますが)。
 高域はNABと同一。低域はNABより上昇が少ないようですが、中域でのうねりが少ないのはNABと同様で特徴的だと思います。これだけ似たカーブですと最低域を除けばNABとほぼ同一と言ってよいでしょう。



(4) ffrrカーブ

 Decca、Londonのイコライゼーションは色々あったようで、このグラフは低域+12dB、高域の10kHzで-10.5dBとして作ったものです。このカーブは他のカーブと少々違って全域に渡りイコライズが浅いようです。当時の機器によっては低域をLP(500Hz/100Hz)に代用していますが、若干特性が違います。このレコードをRIAAで再生すると低域はかなり強調され、高域は減衰してしまうでしょう。



(5) AESカーブ

 このカーブは多くのSPカーブと同じく低域増幅に制限を設けていません。しかし70HzまではRIAAカーブとそう変わりがないように見えます。最低域をむやみに伸ばすのは再生上好ましくもありませんし、大体レコードそのものにこの帯域の音がどのくらい含まれているかも疑問ですので、他のカーヴで代用しても良いかもしれません。高域の減衰はやや浅い。レーベルとしてはCapitol、Mercury、Westminster(赤レーベル後期のRCAプレスマトリクスのもの)等であるようです。



(6) Old RCAカーブ

 これについては後述します。




2.NF型アンプ回路について



 左図は昔自作した金田式EQアンプのNFB回路部分の例です。原回路はR1=820K、R2=51K、C1=5100pF、C2=1500pFです。

 それぞれの素子が担っている役割を簡単に説明しますと、
R1は低域のカーブの上昇限度(Lowlimit)に関わるもの。下図1はこのR1を300k〜800kまで100kΩ毎にシミュレーションしたものです。上が800k、ほぼRIAA特性、下が300k、Decca-ffrrの特性に近い。(注:上の各カーブのグラフは1kHzを0dBとして表示していますが、ここから下の図は実際のゲインを伴うもので、1kHzで約42dBです。)

 C2は高域の減衰を決定するものです。図2

 R2は1kHz付近のゲインを設定しているものです。図3。実際は1kHzでのゲインは計算より2dB強大きくなりますので、厳密にこのゲインを設定したい場合はこの分を見込む必要があるでしょう。

 C1はTurnover、つまり低域上昇点を設定しています。図4

 また上図の3.6kΩの抵抗は超高域の減衰を緩和するためのものです。超高域でNFBが大量にかかり不安定になるからです。
図2のグラフで高域の15kHzあたりから減衰が緩やかになっているのがその効果です。


(図1) R1の値による変化。上から800kΩ、100kΩステップで300kΩまで。
一番上のカーブがほぼRIAA特性。(負荷=220kΩ)
(注:このシミュレーションではオープンゲインが若干低く75dBほどなので、低域のゲインが少々圧縮されているようです。金田氏のMJ95.6の記事によるグラフでは10Hzでもう2dBほど高い。これは掲載されているアンプのオープンゲインが低域で80dB以上あるためだと思われます。)
(図2) C2の値による変化。上から500pF、500pFステップで2500pFまで。
高域は18dBあたりに収束しています。概算では470+3600/470=8.66倍=18.75dB。

(図3) C2を外した場合。ゲインはほぼ40dB=100倍。
1kHzでは多少上昇カーブにかかっていて42dB強となります。

(図4) C1の値を3000pF〜7000pFまで1000pFステップで変化させた場合。
真中のカーブがほぼTurnover500Hz。1kHzのゲインもこの値に影響されます。
(負荷=50kΩとしているので図1より低域のゲインが下がっているので注意。)





 これ以下は参考としてお読みください。


3.定数計算について



(1) RIAA

RIAAでは
C2*R2=75µs
C1*R2=318µs
C1*R1=3180µs
これからカットオフの周波数を計算すると
f=1000000/2πCRなので
f=1000000/2*3.14*75=2123Hz
f=1000000/2*3.14*318=500Hz
f=1000000/2*3.14*3180=50Hz
ここから各定数を計算してみます。
R2は通常20〜75kΩあたりにとるようですから、ここでは金田式アンプと同じく51kΩに設定します(これはほぼ1kHzでのゲインの設定となります。対アースの抵抗R4を470Ωとすると51000+470/470=110倍(概算))(図3)。
C2[pF]=75[µs]*1000/51[kΩ]=1470pF・・・C2を1500pFとします。
C1は C1=318[µs]/R2から
C1=318/51000=6235pFですが、ここではR、Cとも並列の接続なので補正する必要があります。時定数の比はC1/C2=4.24ですが、実際のCはC1*C2/(C1+C2)となっていますのでこの比率は3.24となります。これで計算しますと
C1=1500*3.24=4860pFなので、5000pFとします。上記金田式アンプでは5100pFとしていますね。
R1[kΩ]=3180[µs]*1000/C1[pF]=636kΩ・・・ここはオープンゲインの上限に近いので所定のカーヴに近くするため通常大きめに設定しますが、金田式アンプでは820kΩに設定してあります。これはLowLimitでのゲインを確保するためか、カップリングコンデンサによる低域の減衰を考慮したかもしれませんが、オープンゲインの余裕からみると若干高めであるような気がします。ただ可聴帯域ではほとんど差は出ないでしょう。
 クローズドゲインをあまり高くしないのならば(R2を47k、39kあたりにとると)、R1は750kとか680kで済み、計算上の数値に近づきます。


(2) NAB

C2*R2=100µs
C1*R2=318µs
C1*R1=2243µs
f=1000000/2πCRなので
f=1000000/2*3.14*100=1592Hz
f=1000000/2*3.14*318=500Hz
f=1000000/2*3.14*2243=71Hz
R2は51kΩ。
C2[pF]=100[µs]*1000/51[kΩ]=1960pF・・・C2を2000pF。
C2=318[µs]/R2に補正を加え、C1=4720・・・4700pF。
R1は R1[kΩ]=2243[µs]*1000/C1[pF]=477kΩ・・・470 kΩ。

(3) Columbia/LP

高域はNABと同じ1592Hz。RIAAより500Hz程低い。
低域はColumbiaの500Hz/100Hzとして時定数を計算すると
100=1000000/2*3.14*CR CR=1592µs
C2*R2=100µs
C1*R2=318µs
C1*R1=1592µs

R2=51kΩ
C2=2000pF
C1=4700pF
R1[kΩ]=1593[µs]*1000/C1[pF]=339kΩ・・・R1=330kΩ


(4) ffrr

高域はf=1000000/2*3.14*50=3185Hz。時定数から計算すると一番上の表の3000Hzより若干高めに出ますね。3000Hzとすると53µsです。
低域は500Hz/125Hzとして時定数を計算すると
125=1000000/2*3.14*CR CR=1273µs
C2*R2=50µs
C1*R2=318µs
C1*R1=1273µs

R2を51kΩ
C2[pF]=・・・50[µs]*1000/51[kΩ]=980pF。
C2=980pFのときC1=C2*5.36=5360・・・5400pF。
R1[kΩ]=1273[µs]*1000/C1[pF]=236kΩ・・・R1=240kΩ。


 以上4種類のR1は、RIAAこそ低域の上昇が大きいので(アンプのオープンゲインに近づくので)計算より大きめにする必要がありますが、他はほぼ計算通りでよさそうです。


(5) AES

高域は時定数63.6µsから 1000000/2*3.14*63.6=2504Hz
R2を51kΩとして
C2[pF]=・・・63.6[µs]*1000/51[kΩ]=1247pF・・・1000+220pF=1220pF。
問題は低域です。他のカーブでは低域にリミッターがかかっていますが、AESはSPと同じくリミッターがありません。
それでR1を大きく2MΩにとってみます。
次にturnoverが400Hzから、400=1000000/2*3.14*CR CR=400µs
C1・・・6800pFとします。

 この数値でのシミュレーションでは低域Limitが25dB、高域が10kHzで-12dB。



(6) Old RCA

 これはAESよりさらに低域上昇が大きい。かなり特異なカーブに見えます。定数も結構混乱しているようで結局どうだったのかはよくわからないようです。ただ、Turnoverが800Hzという定数は疑問です。1kHzを基準(0dB)として800Hzで3dB上昇させるのは1次フィルターではできません。更に100Hzで+20dBとなるためには6dB/octでまっすぐ1kHzまで落とさなければなりません。
 実際に800Hzで+3dBのカーブをグラフに落としてみると、事情が少し見えてきます。ここでは1kHzで+2dB、1.5〜2kHzで0dBとなる曲線が自然で、この時低域は6dB/octでまっすぐ上昇したとして約+18dB。(実際はゲインに限りがあるから低域のゲインをあまり大きくするのは難しい)
高域はAESと同じとすれば10kHzで-10dBとなります。
 実はこの曲線は他のカーヴが1kHzで0dBとしているところをほぼ2dBゲインを上げたものに他なりません。全体を2dB程落としてみるとTurnoverは550Hz位、Rolloffは=AESとして2500Hzとなります。この時10kHzで-12dB。
 RCAの定数が混乱しているのはこの辺の事情からではないでしょうか。カーブそのものは変わらないのに基準である0dB-1kHzがずれているだけで表記が変わってしまいます。実測でカーブだけを観測すれば2dB程のゲイン増は全く関係のない問題です。
 だから、1kHzを0dBとすればTurnoverは600Hz、Rolloffは2500Hz(-12dB at 10kHz)となり、1kHzを2dBほど高いところにとればTurnoverは800Hz、Rolloffは約3500Hz(-10dB at 10kHz)ということになります。これは聴感ではRIAAと比べてもそれほど違和感がないのではないでしょうか。高域の時定数に75µsを採用すればほとんどRIAAカーブと同じになります。RIAAがRCAを基準として決められたことと符合しているように思えます。


 1kHzを0dBとしてTurnover 600Hzを採用すると
CR=1000000/2*3.14*600 265µsとなります。
問題はゲインを2dB程下げなければならないことです。
R2を2割ほど削って51kΩから39kΩとしてみます(計算上110倍⇒84倍)。
C2[pF]=1220pF

C1=5700pFとします。
R1[kΩ]=2MΩ

 これで100Hzでは約+16dB、10kHzで約-12dBとなります。

 低域はRIAA、高域はAES(或いはRIAA)で代用可能だろうと思います。下グラフはこの定数で描いたものです。



 以上は今後の自作のために、あくまで机上で計算したものです。回路や他の要素が変われば当然違う数字が出てくると思います。実際に製作して聴いてみて違和感があるかも知れません。参考までということでご了解ください。また、間違いも多々あると思いますので、ご意見をくだされば幸いです。