ffrr(Decca/London)系 DECCAカーブについて Deccaに限りませんが、欧州盤にはほとんど再生カーブについての表記がありません。従って外見から正確に再生カーブを判断するのは難しい。聴いてみて判断するという方法がありますが、これは更に難しいでしょう。Deccaカーブで録音された盤をDeccaカーブで再生した音とRIAAカーブ時代の盤をRIAAカーブで再生した音は同じになるはずなのですが、実際はまったく同じ音にならないのです。また、どの再生カーブが音楽として自然か、という判断は、あくまで聞き手の都合によるもので、実際に使われた再生カーブを確定するということにはなりません。 それでも当時レコードを制作した時点で想定していた再生カーブを何とか知る手立てはないものか。とりあえずいくつかのアプローチを試してみましょう。 モノラルレコードの変遷 まず、レコードの外見から再生カーブを推測するために、その変遷を若干辿ってみましょう。ここでは12inchのLXTナンバーのレコードを見ていきます。 ジャケット ジャケットから判断するのはかなかな難しい。当時新品で手にした方は別として(少なくとも日本ではほとんどいないと思いますが)、中古で流通しているものは盤とジャケットが一致しているとは限りません(どちらかが傷物となったりして入れ替えられているものがある)。ロゴの変遷を辿ると、「ffrr」の文字に耳マークものが早く、その後丸い形のロゴ、最後にこの丸いロゴと「DECCA RECORDS」の文字を組み合わせたマークになるようです。 レーベル面 金文字、銀文字と言われていますが、印刷された文字の色が大体LXT5100番台あたりを境に変わります。2000番台にも銀文字がありますが、これは最初にリリースされた時期より少し後にプレスされた盤ということになります。ただ、これも印刷されたレーベル部分の数と在庫によるのでしょうか、かなり後に出された盤にも金文字のレーベルが使われている場合があります。 プレス 古い方から 1.スピンドルホール近くの溝あり 2.レーベル縁近くの溝あり 3.ステレオSXLで「溝あり」といわれるレーベル中ほどの溝あり、の順。 マトリクス 盤そのものの素性を知るためには最も信頼できる情報が、盤面のリードアウト、音溝が終了した部分に記されているマスター盤の番号、マトリクスと呼ばれる番号です。Deccaのモノラル12inchのマトリクスは「ARL」で始まる4桁の番号で管理されています。番号は一面毎に振られており、通常は両面の通し番号です。また、この他にもいくつかの記号が記されています。ネット上の情報によってこれらの記号の意味を調べてみますと次のようになるようです。 E.アンセルメ指揮のRavelの「ダフニスとクロエ」、LXT.2775を例にして見ますと、 Side1のレーベル下(6時方向)に「ARL1419-1A」。「ARL1419」がマスターの管理番号、その後の「1」は1番目のマスター盤。「A」はカッティングエンジニアの識別記号と言われています。 レーベル左(9時方向)に「2」の数字。これはマスター盤から作られたマザー盤の番号。「1」は最初のマザーで、「2」は2番目のマザーを表すらしい。 レーベル右(3時方向)に「BM」の記号。これは実際のレコードをプレスするためのスタンパーの番号。Deccaの場合「BUCKINGHAM」という文字列が1から0(10)までの数字に符合していて、「BM」は「10」を表す。つまり10番目のスタンパーを使用してプレスされたレコードということになります。 レーベル上(12時方向)に「CT」の記号。これについて書かれたサイトはあまりないのですが、恐らくイギリスの「TAX CODE」だと思います。かつて日本のレコードにも物品税が課せられていた時代がありましたが、イギリスも同様でこの掛率を表している記号のようです。詳しいことはこのサイトにあります。こういうことを調べていらっしゃる方もいるんですね。参考になります。 「CT」というTax Codeはこのサイトの表にはないのですが、「RT」の前になるのでしょう。通常、レーベル右上あたりにある「N」記号もTax Codeのようで1955年以前という意味でしょう。ただ、50年代後半には利率と記号の変更が甚だしく、ぴったりと対応することは難しかったようです。 もうひとつ、6時方向のマトリクス番号の通常前に「CA」とあります。この記号はマトリクスの後ろにある場合もあり、全く表示のない場合もあります。いくつかの盤を調べてみますと、初めの「C」は固定で、後ろの「A」は、ときに「B」であったり「C」であったり。この意味を調べてみましたがわかりません。全く根拠はないのですが、マトリクス番号の近くに書かれていることから使ったマスターテープを示す記号かもしれません。マスターテープも何らかのトラブルで使えなくなってしまうことがありえますから、恐らくコピーしたり作り直したりがあったと思われますので、それを記録していたのではないかと・・・例えば、Copy AとかCopy Bとか・・・。 マトリクスの書体についてですが、これもある時期から変わります。初めは大き目の文字でレーベル縁に沿うようにやや湾曲した配置でしたが、後期には小さな文字で横一列に配置され、「ARL」と数字の間に「-」ハイフンが入るようになりました。 Decca 以下はRIAAカーブ以前と思われる手持ちの盤の例です。12inch、LXT2000番台と初期LKナンバー、金文字レーベルです。
DeccaカーブとOld Deccaカーブ?について
DECCAにおけるRIAAカーブへの移行 前にも書きましたが、英DECCAにはRIAAカーブと表記されているレコードはありません。恐らくこの時期のヨーロッパ盤でRIAA表示のあるレコードはほとんどないのではないでしょうか。元来、RIAAはアメリカでの規格で、ヨーロッパではCCIRにより承認されて統一されたそうです。英国ではBS(British Standard)という規格があり、ここが1955年にイコライザーカーブを設定したそうです。 LXTにあるもう1枚のテストレコードは下の「Microgroove Frequency Test Record」(LXT.5346)です。 Decca records are made with a frequency characteristic which accords with British Standards 1928:1955. という記述とともに下のような表があります。この数値は実はRIAAと全く同じで、実際にDeccaがこの規格=RIAAに移行したのが1955年であったかどうかは判りませんが、アメリカにわずかに遅れただけで追従したことを窺わせます。このレコードの番号とマトリクスから推測するならば、少なくとも1957年には移行していたと思われます。
リマスターのR? Deccaは上記のRIAAテストレコードをリリースした時期にLXT.2000番台で出していた盤をかなりの数再発しています。例えばE.クライバーのBeethovenの交響曲、バックハウスのピアノ協奏曲等。 LXT.5358 sym.5 =LXT.2851 LXT.5359 sym.6 =LXT.2872 LXT.5340 sym.7 =LXT.2547 LXT.5353 pf.con.3 =LXT.2553 LXT.5354 pf.con.4 =LXT.2629 LXT.5355 pf.con.5 =LXT.2839 これらの再発盤はいづれもマトリクスナンバーの後ろに"R"の記号を後付けされており、初版と区別がなされています。これはリマスターの「R」だと思われますが、同時にRIAAカーブのカッティングを行うためのリマスターでもあったと思われます。
LONDON LONDONレーベルについて London盤がffrrカーブに移行した時期についてもWeb上にいくつかの情報があり、例えばレコード番号LL.846以降(この番号を含まず)というものや、上記のイコライザーのサイトのように英Deccaと同様、マトリクスARL2530以降(この番号を含まず)というものです。LL.846のレコードというのはR.デゾルミエール指揮のコッペリアとシルヴィアを収めた盤で、英DeccaのLXT.5217,マトリクスはARL1724/1725です。(マトリクス番号で言えばLXT.2800番台でリリースされてしかるべきものですが、随分遅くリリースされています。恐らく米国向けに録音され、先行して発売されたのでしょう。)また、マトリクスナンバーがARL2530というのは、英DeccaのLXTの番号ではないようで、LKの番号かもしれません。近くの番号で言えばLXT.5000から5100番の間、LL.1200番あたりでしょうか。 前者の情報に従えば、LL.846の次の番号以降の盤は、RIAAにカッティングし直し、つまりRIAAカーブでのリマスター盤ということになります。確かに初期の金文字内溝の盤でもマトリクス番号末尾に"R"を付しているものが多く、それらしく感じるのですが、例外もあります。 後者の情報に従えば、RIAAへの移行は英Deccaとそれほど違わない時期(或いは同時期?)となります。上記例外に当たる盤、つまりLL.846以降の盤でもLXTと同じマトリクスでリリースされているものがあるので、イコライザーカーブに違いはありません。手持ちの数少ない盤で何とか手がかりを探してみると、リマスターの"R"が付いていない盤はTax Codeが"N"又は"CT"、これに対して再発の盤(銀文字)と一部の金文字の盤も含めた、Tax CodeがR/Tの時期(又はこれ以降)のものはリマスターの"R"が付いていることが多い。全てが当てはまるわけではないのすが、この"R"がイコールRIAAカーブとすれば目安程度にはなると思います。 このように、LondonレーベルのRIAAカーブへの移行した時期はDeccaレーベルとはまた違った問題があります。マトリクスから英Deccaと同じ時期としてもレコードのカタログ番号順は英米間で必ずしも連動しているわけではなく、発売時期も前後する場合がありました。中にはLondon盤の方が英Deccaより早く発売されたものもあったようです。 アメリカでのRIAA移行の時期が1954年頃から、そして英国でのBS規格(=RIAA)移行が1955年頃。Deccaはどのような対応をしたのか。まず、自国より格段に消費量が多いアメリカ市場に対応するため、早々にRIAAカーブでのリマスターを作り始めたのではないでしょうか。生産設備上の問題やアメリカまでの輸送期間などで発売までにはタイムラグが生じます。少なくとも新譜分は、Deccaカーブのマスターと同時にRIAAマスターをつくり、アメリカ市場向けに初めからRIAAカーブのレコードを供給したのではないかと思われます(つまりこの時期のLondon盤は'R'付きの盤しか存在しないかもしれない)。僅かな期間ですが、自国向けのDeccaカーブ盤とアメリカ市場向けのRIAA盤の2つのイコライザーカーブレコードを生産していたことになります。 、しかし、これは甚だ効率が悪いことです。自国より消費量多いアメリカ市場の規格に合わせたほうが生産効率は上がります。英国BSが早くも1955年にRIAA移行を決めたのはそうした事情によるものではなかったでしょうか。
仏盤、独盤について
DECCA、LONDON以外のレーベルについて DECCAはイギリス国内向けに他国のレーベルもプレスしていました。Brunswick、L'Oiseau-Lyre、Telefunken、VOX等です。これらのうちL'Oiseau-Lyre等のLondon表記レーベルもDECCAがRIAAへ移行するまでは原則DECCAカーブであったと思われます。また、東欧のEternaをこのカーブに分類している記載をネット上で見ましたが、これは疑問です。Deccaカーブで代替できるということであって、Deccaカーブを採用していたわけではないと思います。 Brunswick
Deccaカーブは、グラフの上ではRIAAと随分違うように見えますが、RIAAで再生してもそれほど違和感がありません。というのは、中音域での偏差が少なく、また波打つような誤差にはなっていないためだと思われます。グラフでは高域が若干落ちるようですが、これは音域的にはスーパーツィータの領域です。聞き比べれば多少高域より低域が勝っているかな、という程度でしょうか。量的に高域が少ないというより高域への抜けがないという感じです。むしろ低域が少し持ち上がるので、ピラミッド型の安定した音響になるような気がします。 録音そのものの進化も忘れてはなりません。LXT2000番台初期の盤と後期の盤では音質が相当違うように感じられます。後期のものでは奥行き感や自然な音の減衰等、ステレオを上回るような優秀な録音に巡り合うことがあります。FFRR特有の高域の伸びと輝かしさ。RIAAで再生してもほとんど問題がないほどの鮮やかな音が記録されているのです。恐らく、当時の再生機器のレンジに合わせた音作りであったものと思いますが、現代のワイドレンジの機器で再生すると、若干高域を絞った方がバランスは良く聞こえるかもしれません。 ただし、イコライザーの問題については、聞いて判断する場合、いくつか注意が必要です。ひとつは当時の再生装置の問題。ピックアップ、アンプ(特に出力トランス)、スピーカーの特性が現在のものとは全く違うということ。 次に一般的な聞く側の環境、そしてレコードというものに対しての認識。皆がレコードというものに対し、リアリティを求めていたのか、ワイドレンジを求めていたのか、・・・現代の受容の仕方とは違っていたと思います。 最後に、最も重要で厄介な問題、作り手がどのように聞かせたいのか、よく聞かせるためにどのようにマスタリング、カッティングすればよいのか、ということ常に考えていた点。音楽の録音というのは、マイクで拾った音をそのままディスクに刻んでもあまり感動的なものにならないといいます。そこにレコードを作る人たちの技術なり思想なりが絡んでくるのです。ある意味、素敵なことなのですが、殊、イコライザーカーブなんかを語り始めたら誤解のもとです。 2008.4 |