ffrr(Decca/London)系


DECCAカーブについて

 Deccaに限りませんが、欧州盤にはほとんど再生カーブについての表記がありません。従って外見から正確に再生カーブを判断するのは難しい。聴いてみて判断するという方法がありますが、これは更に難しいでしょう。Deccaカーブで録音された盤をDeccaカーブで再生した音とRIAAカーブ時代の盤をRIAAカーブで再生した音は同じになるはずなのですが、実際はまったく同じ音にならないのです。また、どの再生カーブが音楽として自然か、という判断は、あくまで聞き手の都合によるもので、実際に使われた再生カーブを確定するということにはなりません。

 それでも当時レコードを制作した時点で想定していた再生カーブを何とか知る手立てはないものか。とりあえずいくつかのアプローチを試してみましょう。


モノラルレコードの変遷

 まず、レコードの外見から再生カーブを推測するために、その変遷を若干辿ってみましょう。ここでは12inchのLXTナンバーのレコードを見ていきます。

ジャケット
 ジャケットから判断するのはかなかな難しい。当時新品で手にした方は別として(少なくとも日本ではほとんどいないと思いますが)、中古で流通しているものは盤とジャケットが一致しているとは限りません(どちらかが傷物となったりして入れ替えられているものがある)。ロゴの変遷を辿ると、「ffrr」の文字に耳マークものが早く、その後丸い形のロゴ、最後にこの丸いロゴと「DECCA RECORDS」の文字を組み合わせたマークになるようです。

レーベル面
 金文字、銀文字と言われていますが、印刷された文字の色が大体LXT5100番台あたりを境に変わります。2000番台にも銀文字がありますが、これは最初にリリースされた時期より少し後にプレスされた盤ということになります。ただ、これも印刷されたレーベル部分の数と在庫によるのでしょうか、かなり後に出された盤にも金文字のレーベルが使われている場合があります。

プレス
 古い方から 1.スピンドルホール近くの溝あり 2.レーベル縁近くの溝あり 3.ステレオSXLで「溝あり」といわれるレーベル中ほどの溝あり、の順。

マトリクス
 盤そのものの素性を知るためには最も信頼できる情報が、盤面のリードアウト、音溝が終了した部分に記されているマスター盤の番号、マトリクスと呼ばれる番号です。Deccaのモノラル12inchのマトリクスは「ARL」で始まる4桁の番号で管理されています。番号は一面毎に振られており、通常は両面の通し番号です。また、この他にもいくつかの記号が記されています。ネット上の情報によってこれらの記号の意味を調べてみますと次のようになるようです。
E.アンセルメ指揮のRavelの「ダフニスとクロエ」、LXT.2775を例にして見ますと、
Side1のレーベル下(6時方向)に「ARL1419-1A」。「ARL1419」がマスターの管理番号、その後の「1」は1番目のマスター盤。「A」はカッティングエンジニアの識別記号と言われています。
 レーベル左(9時方向)に「2」の数字。これはマスター盤から作られたマザー盤の番号。「1」は最初のマザーで、「2」は2番目のマザーを表すらしい。
 レーベル右(3時方向)に「BM」の記号。これは実際のレコードをプレスするためのスタンパーの番号。Deccaの場合「BUCKINGHAM」という文字列が1から0(10)までの数字に符合していて、「BM」は「10」を表す。つまり10番目のスタンパーを使用してプレスされたレコードということになります。
 レーベル上(12時方向)に「CT」の記号。これについて書かれたサイトはあまりないのですが、恐らくイギリスの「TAX CODE」だと思います。かつて日本のレコードにも物品税が課せられていた時代がありましたが、イギリスも同様でこの掛率を表している記号のようです。詳しいことはこのサイトにあります。こういうことを調べていらっしゃる方もいるんですね。参考になります。
 「CT」というTax Codeはこのサイトの表にはないのですが、「RT」の前になるのでしょう。通常、レーベル右上あたりにある「N」記号もTax Codeのようで1955年以前という意味でしょう。ただ、50年代後半には利率と記号の変更が甚だしく、ぴったりと対応することは難しかったようです。
 もうひとつ、6時方向のマトリクス番号の通常前に「CA」とあります。この記号はマトリクスの後ろにある場合もあり、全く表示のない場合もあります。いくつかの盤を調べてみますと、初めの「C」は固定で、後ろの「A」は、ときに「B」であったり「C」であったり。この意味を調べてみましたがわかりません。全く根拠はないのですが、マトリクス番号の近くに書かれていることから使ったマスターテープを示す記号かもしれません。マスターテープも何らかのトラブルで使えなくなってしまうことがありえますから、恐らくコピーしたり作り直したりがあったと思われますので、それを記録していたのではないかと・・・例えば、Copy AとかCopy Bとか・・・。

 マトリクスの書体についてですが、これもある時期から変わります。初めは大き目の文字でレーベル縁に沿うようにやや湾曲した配置でしたが、後期には小さな文字で横一列に配置され、「ARL」と数字の間に「-」ハイフンが入るようになりました。


 Decca

 以下はRIAAカーブ以前と思われる手持ちの盤の例です。12inch、LXT2000番台と初期LKナンバー、金文字レーベルです。
LXT.2555
(ARL497-1A CA/14/BBK/N) (ARL498-3B CC?/10/BIU/N)

Rossini-Respighi:La Boutique Fantasque
E.Ansermet/LSO.
内溝 フラット盤

 LXTナンバーの初期にあたる番号ですが、盤はそれほど古いものには見えません。それにしてもマトリクスのマザー、スタンパーの数字が多いこと。スタンパーはA面が114番目、B面が152番目。
LXT.2657
(ARL1048-4B CA/3/BI/CT) (ARL1049-6B CA/3/UB/CT)

Grieg:Piano Concerto in A minor
C.Curzon(pf) A.Fistoulari/LSO.

内溝 フラット盤
LXT.2758
(ARL1415-2A/1/U/CT) (ARL1416-2A/1/BH/CT)
CAの刻印なし。

Tchaikovsky:Symphony No.5
H.Schmidt-Isserstedt/Hamburg Radio so.

 外溝盤の例。

LXT.2815
(CA ARL1680-1B/4/UI/CT) (CA ARL1681-1B/2/BI/CT)

Sibelius:Symphony No.2 in D Major
A.Collins/LSO. (53)

金文字 内溝 両面マトリクスの下に「N」の刻印あり。
LK.4008
(ARL244-1BW/3/G/CT) (CA ARL245-3BW/3/BM/CT)

Grieg:Peer Gynt Suites Nos.1 & 2
B.Camelon/LPO.

内溝 フラット盤 ジャケットの日付は50/4
 時期的にはDeccaのLPの最初期にあたる盤です。

DeccaカーブとOld Deccaカーブ?について

 Deccaのイコライザー・カーブを考える上で何よりも参考とすべきは、Decca自身がリリースしたFrequency Test Recordです。LXT盤で2枚出ていますが、最初のものはLXT.2695、周波数特性は以下のようになっています。
15k/cs +12.5 5k/cs +5.9
14k +13.1 4k +4.6
13k +12.9 3k +3.6
12k +12.0 2k +1.9
11k +11.5 1k 0
10k +10.5 500 -2.3
9k +10.1 250 -6.6
8k +9.2 125 -9.0
7k +8.5 60 -11.7
6k +7.3 30 -13.9
 これは通常言われているDecca-ffrrのカーブです。高域は、13kHzから15kHzあたりで丸められています。カッティング時のイコライザー特性は再生時と逆になりますので、高域のゲインが抑えられているということになります。これは、アンプのゲインの限界によることと、高域周波数カッティングの物理的困難からきているのだと思います。当時の再生装置の周波数特性から考えるとかえってこのくらいの方が良かったでしょう。
 私はこのテストレコードを持っていないので現物を確かめたわけではないのですが、マトリクスはDeccaモノラルレコードのARLナンバーではないとのこと。前後の番号から類推すればARL1200あたりとなるでしょうか。こちらのサイトではARL.1186-1B以降(この番号含まず)とマトリクス番号を明確に示してあります。

 このサイトは相当量のレーベルを取り上げて、再生カーブを指定しています。大変有用ですばらしいサイトなのですが、気になる点もいくつかあります。英Decca(FFRR)では、上述のDeccaカーブ(つまり低域100Hzで+12dB、高域10kHzで-12.5Hzくらいのカーブ)以前の盤は低域RIAA、高域Flatと記されている点です。低域はまだしも高域がフラットというのは、Rolloffを持たなかったSP期初期のカーブです。うーん、ちょっと考えづらい。(注:このサイトの表は、それぞれのレーベルが表記の特性カーブを持っていると特定しているものではない。あくまでも、RE-EQALIZERというイコライザーアンプのセレクタースイッチのポジションを示しているものであり、場合によっては近似的にならざるを得ない。)

 他に関係しそうなサイトを巡り歩いていると、通常のDeccaカーブとは違うカーブを紹介しているサイトがありました。英国Leakのヴィンテージ・アンプを扱うこちらのサイトには、1952年当時の「Vari-Slope」というプリアンプのイコライザーカーブのグラフが載っています。グラフは不鮮明で非常に見づらいのですが、アンプのLPポジションは当時イギリスで発売されていたDeccaのカーブを採用していたようです。イギリスではこの時期Deccaの他にLPをリリースしていたのはNIXAだけで、EMIはまだ発売していません。(このグラフ作成時点ではまだ発売に至っていなかったようだが、比較用にEMIのイコライザーカーブ?は載っている)。
 さて、ここに載せられているカーブを見ると、高域低域とも浅いイコライザーカーブのDeccaカーブとは違い、うねりの大きいカーブとなっています。高域は-13〜-14dB位、低域もかなりゲインを大きくとってあります。なによりの違いは100Hzから1kHzにかけてのおおきなうねりです。これは通常500Hzあたりに設定されるTurnoverがより低い位置にあるということを示しています。見た目ではAESカーブより低いようです。
 そこで下図の通りこのカーブに似せて作図してみました。Old Deccaと表示してあるカーブはRolloff、LowlimitをともにRIAAと同じ時定数を使い、Turnoverのみを350Hz(455µS)としたものです。
 また、こちらのサイトには1951年のDecca-ffrrカーブとしてTurnover300Hz、10kHzで-14dB、1953年のDecca-ffrrカーブとしてTurnover450Hz、10kHzで-11dBと書かれてます。このうち前者はLeakアンプのサイトにあるカーブ(=下図のOld Decca)と同じものではないかと思われます。つまり1953年以前のDeccaはその後のDeccaとは違うイコライザーカーブであり、1953年頃に変更されたものと考えられるのです。
 このOld Deccaカーブで録音された盤の再生には、もし、TurnoverとRolloffを独立して可変できるイコライザーがあれば、低域をAES、高域をRIAAにセッティングすることにより代替できそうです。(Leakのアンプは低域を制限しているが、これは設計上の都合で、実際のOld DeccaカーブはSPカーブと同様に低域制限がなかったかもしれない。現在の装置で聴く限り制限してもなんら問題はないと思います。)




 通常のDeccaカーブ以前のDeccaカーブ(便宜上Old Deccaと呼びます)があったとすれば、上に掲げたレコードのうち古いものの一部はOld Deccaカーブでカッティングされていることとなります。しかしながら、私自身、確証を持っているわけではありません。DeccaのテストレコードによってDeccaカーブが示されたのがこの時期であり、それに関連しそうないくつか資料があることから、それ以前は違うイコライザーカーブであったのではないか、との推測です。


 さて、聴いてみて違いが分かるものでしょうか。まず一番古そうなLK.4008。
 初めにRIAA、次にDecca、最後にOld-Deccaで聞いてみました。イコライザーの都合上、Old-DeccaはT/OをAES、R/OをRIAAで。
 RIAAで聞いても高域に淋しさを感じることはない、低域はかなり膨らむ感じ、Deccaでは中高域が賑やか、先入観のせいかOld-Deccaカーブが一番しっくりきます。Deccaカーブで古臭く聞こえた演奏が、Old-Deccaでは意外に現代的でバランスの取れた演奏に聞こえました。

 次にLXT.2555。Rossiniの「老いの過ち」という歌曲集からRespighiが編曲仕上げたバレエ音楽です。この曲が録音された当時、バレエ音楽というジャンルは非常に人気があったようで各レーベルが挙って録音を出していました。楽しく、メロディアスで分かりやすい音楽、家庭に届ける音楽としては最も適したものだったのです。深刻なMahlerの音楽などは当然ながら全くの対象外です。この曲は今ではほとんど録音もないですし、有名曲でもないのですが、こうした時流の中で録音された曲のひとつでしょう。 恐らくOld-Decca。

DECCAにおけるRIAAカーブへの移行

 前にも書きましたが、英DECCAにはRIAAカーブと表記されているレコードはありません。恐らくこの時期のヨーロッパ盤でRIAA表示のあるレコードはほとんどないのではないでしょうか。元来、RIAAはアメリカでの規格で、ヨーロッパではCCIRにより承認されて統一されたそうです。英国ではBS(British Standard)という規格があり、ここが1955年にイコライザーカーブを設定したそうです。
 LXTにあるもう1枚のテストレコードは下の「Microgroove Frequency Test Record」(LXT.5346)です。
 Decca records are made with a frequency characteristic which accords with British Standards 1928:1955.
という記述とともに下のような表があります。この数値は実はRIAAと全く同じで、実際にDeccaがこの規格=RIAAに移行したのが1955年であったかどうかは判りませんが、アメリカにわずかに遅れただけで追従したことを窺わせます。このレコードの番号とマトリクスから推測するならば、少なくとも1957年には移行していたと思われます。

LXT.5346
(CB ARL-3435-1F/3/NB/-) (CA ARL-3466-2F/2/CN/-)

Microgroove Frequency Test Record  GG盤

 両面のマトリクス番号は続き番号となっているのが普通ですが、これは少し離れています。理由は分かりません。SXLと同じ内溝盤で、レーベル面のTAX Codeは'KT'なので63年頃のもの。しかし、レコード番号とマトリクスから言えば初版は57年頃にリリースされたものでしょう。


 左は、初期国内盤のジャケットにあるffrrのイコライザー特性で、ちょうどRIAAへの過渡期のもの。説明文には次のようにあります。
「このレコードの演奏にあたっては吹込特性を十分認識してその特徴を発揮するように再生装置を設計することが必要です。レコードの吹込特性は、右図実線の曲線に示すように二通りありますから、これが演奏にあたっては、ピック・アップ、アンプ、スピーカーの綜合特性を右図点線に示すどちらかの補償特性とし、試聴により再生音をフラットとすることが必要であります。」
 この文章とグラフは一部食い違いがあるようなので、グラフで説明しますと、実線で「新」とされている方がRIAA、破線で「旧」とされている方がDeccaカーブです。しかし、レコードにはどちらの特性で録音されているとは書かれておらず、上の文によれば、己の耳で判断せよ、ということらしい。聞き手の環境への配慮・・・?
(KING RECORD LLA-10156 DeccaのLXT.2990に当たる)
 なお、国内盤でももう少し前のものは、RIAA以前のリリースとなるのでDeccaカーブのみの特性を描いたグラフを掲げていました。





リマスターのR?

 Deccaは上記のRIAAテストレコードをリリースした時期にLXT.2000番台で出していた盤をかなりの数再発しています。例えばE.クライバーのBeethovenの交響曲、バックハウスのピアノ協奏曲等。
LXT.5358 sym.5 =LXT.2851
LXT.5359 sym.6 =LXT.2872
LXT.5340 sym.7 =LXT.2547
LXT.5353 pf.con.3 =LXT.2553
LXT.5354 pf.con.4 =LXT.2629
LXT.5355 pf.con.5 =LXT.2839
 これらの再発盤はいづれもマトリクスナンバーの後ろに"R"の記号を後付けされており、初版と区別がなされています。これはリマスターの「R」だと思われますが、同時にRIAAカーブのカッティングを行うためのリマスターでもあったと思われます。

LXT.5359
(ARL1862-2DR/2/IB/RT) (ARL1863-1DR/1/KA/RT)

Beethoven:Symphony No.6 in F major, op.68
E.Kleiber/ACO.

外溝、銀文字
オリジナルLXT.2872の再発。LondonではLL.916で出ている録音。
下の画像は1面のマトリックス。後から付け加えられた"R"の文字が見えます。ただし、1面はR付だが、2面はRがありません。ジャケットの日付は"12/57"。



 LONDON    LONDONレーベルについて


 London盤がffrrカーブに移行した時期についてもWeb上にいくつかの情報があり、例えばレコード番号LL.846以降(この番号を含まず)というものや、上記のイコライザーのサイトのように英Deccaと同様、マトリクスARL2530以降(この番号を含まず)というものです。LL.846のレコードというのはR.デゾルミエール指揮のコッペリアとシルヴィアを収めた盤で、英DeccaのLXT.5217,マトリクスはARL1724/1725です。(マトリクス番号で言えばLXT.2800番台でリリースされてしかるべきものですが、随分遅くリリースされています。恐らく米国向けに録音され、先行して発売されたのでしょう。)また、マトリクスナンバーがARL2530というのは、英DeccaのLXTの番号ではないようで、LKの番号かもしれません。近くの番号で言えばLXT.5000から5100番の間、LL.1200番あたりでしょうか。
 前者の情報に従えば、LL.846の次の番号以降の盤は、RIAAにカッティングし直し、つまりRIAAカーブでのリマスター盤ということになります。確かに初期の金文字内溝の盤でもマトリクス番号末尾に"R"を付しているものが多く、それらしく感じるのですが、例外もあります。
 後者の情報に従えば、RIAAへの移行は英Deccaとそれほど違わない時期(或いは同時期?)となります。上記例外に当たる盤、つまりLL.846以降の盤でもLXTと同じマトリクスでリリースされているものがあるので、イコライザーカーブに違いはありません。手持ちの数少ない盤で何とか手がかりを探してみると、リマスターの"R"が付いていない盤はTax Codeが"N"又は"CT"、これに対して再発の盤(銀文字)と一部の金文字の盤も含めた、Tax CodeがR/Tの時期(又はこれ以降)のものはリマスターの"R"が付いていることが多い。全てが当てはまるわけではないのすが、この"R"がイコールRIAAカーブとすれば目安程度にはなると思います。


 このように、LondonレーベルのRIAAカーブへの移行した時期はDeccaレーベルとはまた違った問題があります。マトリクスから英Deccaと同じ時期としてもレコードのカタログ番号順は英米間で必ずしも連動しているわけではなく、発売時期も前後する場合がありました。中にはLondon盤の方が英Deccaより早く発売されたものもあったようです。
 アメリカでのRIAA移行の時期が1954年頃から、そして英国でのBS規格(=RIAA)移行が1955年頃。Deccaはどのような対応をしたのか。まず、自国より格段に消費量が多いアメリカ市場に対応するため、早々にRIAAカーブでのリマスターを作り始めたのではないでしょうか。生産設備上の問題やアメリカまでの輸送期間などで発売までにはタイムラグが生じます。少なくとも新譜分は、Deccaカーブのマスターと同時にRIAAマスターをつくり、アメリカ市場向けに初めからRIAAカーブのレコードを供給したのではないかと思われます(つまりこの時期のLondon盤は'R'付きの盤しか存在しないかもしれない)。僅かな期間ですが、自国向けのDeccaカーブ盤とアメリカ市場向けのRIAA盤の2つのイコライザーカーブレコードを生産していたことになります。

、しかし、これは甚だ効率が悪いことです。自国より消費量多いアメリカ市場の規格に合わせたほうが生産効率は上がります。英国BSが早くも1955年にRIAA移行を決めたのはそうした事情によるものではなかったでしょうか。
LLP.179
(CA ARL280-3BW/3/KC/CT) (CA ARL281-2AW/5/NN/CT)
Bizet:Suite from "Carmen"
A.Collims/LPO.
Bizet:Suite from "L'Arlesienne"
E.V.Beinum/LPO.

 初期の盤のマトリクスにはエンジニアの記号と思しきアルファベットにWが追加されています。元の音源がSP用に作られたものの符号なのでしょうか。

=LXT.2510
LL.440
(CA ARL899-2A/1/BK/CT) (ARL900-2A/3/BA/CT)
Tchaikovsky:The Sleeping Beauty - Ballet Suite
Ippolitov-Ivanov:Caucasian Sketches
R.Desormiere/L'Orchestre de la Societe des Concerts du Conservatoire de Paris


 52年頃のマルーン地に金文字のレーベル。レーベルはLLナンバーですが、ジャケットは旧規格のLLPナンバーでした。

 レコード番号のLLP***は400番台あたりまで。それ以降はLL***となります。

=LXT.2610
LL.574
(CA ARL1177-1B/3/BBK/RT) (CB ARL1178-1A/10/AG/RT) 大文字

Sibelius:sym.1
A.Collins/LSO.
銀文字 外溝 マトリクスは大文字。DeccaのLXT.2694とはジャケットの絵柄が違います。"R"は付かないが、ジャケットにはRIAA表示あり。

 英DeccaではLXT.2694で出ている盤で、この番号は、上記Deccaカーブのテストレコードのひとつ前の番号になります。銀文字の外溝から、プレスは55年以降と推測されるので当然RIAAカーブと考えられ、また、ジャケットにもその旨の表示があるのですが、大文字のマトリクス番号と末尾の"R"がないことなど、RIAA以前の特徴を示しています。(Old-DeccaカーブがRIAAに近いという理由で、リマスターしなかったということがあったのでしょうか、非常に考えづらいのですが)

 あくまで個人的な感想ですが、この盤をRIAAで聞くと高域がこもり気味になります。高域に少し輝きが付くDeccaトーンにするには、RolloffをAESぐらいにしたほうがよいようです。

=LXT.2694
LL.651
(ARL1333-3AR/1/BA/RT) (CA ARL1334-2AR/3/BI/RT) 小文字

Massenet:"Le Cid" - Ballet Music
Meyerbeer - Lambert:"Les Patineurs" Ballet
R.Irving/LSO.

 銀文字で小文字のマトリクスナンバー、マトリックス末尾の'R'と条件がそろっていますから、50年代半ば以降の典型的なRIAAカーブ盤ということになりましょうか。当然、金文字の盤はDeccaカーブだと思われます。ジャケットにRIAAの表示なし。
 実際RIAAで再生しても、高域までびしっと決まる素晴らしい録音です。
 
=LXT.2746
ACL62
(ARL-4522-1A/2/BC/) (ARL4523-1A/2/?/?) K/T 小文字
同上

 これは上と全く同じ演奏のAce of Clubs盤。マスターを作り直す場合、元のマトリクス番号のままでカッティングし直すことが多いのですが、これはマトリクスナンバーを別に付けています。LL.651に比べ、このACL盤はリードアウト部分(レーベル外側の音の入っていない空白部分)を広くとっているので、カッティングそのもののやり方、例えばバリアブル・ピッチを取り入れたカッティングに変えたものか、以前のマスターそのものに故障があったからだと思われます。
LL.822
(ARL-1680-2DR/1/UB/RT) (CA ARL1681-2DR/2/RA?/RT) 小文字

Sibelius:sym.2
A.Collins/LSO.
これは、LXT.2815とはジャケットが違う。再発時にジャケットを変更したと思われます。ジャケット裏にもRIAA表示あり。
=LXT.2815
LL.967
(ARL1963-2ER/1/U/RT) (CA ARL1964-1ER/3/G/RT)

Franck:Symphony in D minor
W.Furtwangler/VPO.

 手持ちのレコードのジャケットにはRIAA CURVEと表示されていますが、後年のジャケットと入れ替えられている可能性あり。しかし、"R"の付いたリマスターなのでRIAAカーブだと思います。
 下の写真は銀文字の少々後のプレスの盤、レーベル面の表記もR付きになっています。
LL.992
(CA ARL2013-4AR/2/N/RT) (CB ARL2014-3AR/5/II/RT)

Debussy:Jeux / Six Epigraphes Antiques
E.Ansermet/SRO.
内溝 金文字

 内溝、金文字の盤で、既に"R"がついたリマスター後のもの。Deccaがかなり早い時期からリマスターを行っていたと推測させます。
 1面スピンドルホール近くに「M」の刻印あり。2面「CB」の後に「SUB」の文字あり。レーベルに「49 54」の刻印あり。

=LXT.2927
LL.1008
(ARL2045-1B/2/BM/N) (ARL2046-1B/1/BB/N) 大文字

Sibelius:sym.3&7
A.Collins/LSO.
金文字 内溝 フラット盤

 この盤は内溝の金文字、大文字マトリクスで、しかも最初のマスターからプレスされているもの。カタログナンバーは1000番台ですが、発売が早かったのでしょうか。手持ちのLL.1059も内溝金文字で"R"なし。

=LXT.2960
LL.1276
(CA ARL2630-1A/11?/IK/RT) (ARL2631-1A/1/CK/RT) 大文字

Sibelius:sym.5 /Night Ride and Sunrise
A.Collins/LSO.
銀文字 外溝 ナイフエッジ状フラット盤
=LXT.5083

 この盤は銀文字であること、Tax CodeがRTであることから、"R"が付いていても不思議ではないのですが・・・。RIAAへのリマスターがされていないということは、最初からRIAAであったということでしょうか。
 この録音の英Decca盤、LXT5083のマトリクスと比べてみました。英Decca盤は内溝の金文字盤、ほぼ間違いなくDeccaカーブと思われるもの。文字の大きさ、ずれ方、かすれ方まで全く同じ、マザー番号を示す"1A"まで同じですから。改めてDecca、London両盤を聞いても勿論同じものです。さて、どちらのイコライザー・カーブでしょうか。
 私が聴いた限りでは恐らくRIAAカーブなのですが・・・。
LD.9026
(TRL51-3A/1/C/CT) (TRL52-3A/1/I/CT)

Wagner:Die Meistersinger Prelude/ Prelude to Act 3
H.Knappertsbusch/VPO.
10inch
フラット 金文字 両面マトリクスの下に「N」の刻印あり。

 レーベルの特徴から、恐らく52,53年頃の盤だと思います。Londonの10inch盤は通常LS(P)ナンバーですが、このLDナンバーはイギリスDeccaのLWナンバーに対応するもので、収録している時間が少ない言わば廉価シリーズ。ポピュラーな小品(大半がオペラ序曲やワルツ等)が多く、ジャケット裏には解説らしきものは一切なし。
 Deccaカーブか。



仏盤、独盤について

独Decca

BLK16038
(CC ARL357-4B/1/-) (CB ARL358-2A/3/-)

Thomas:Mignon Ouverture
Ponchielli:Stundentanz aus 'La Gioconda'
Gounod:Balletmusik aus 'Margarethe'
A.Fistoulari/L'Orchestre de la Societe des Concerts du Conservatoire de Paris

フラット盤
 DeccaではLK4018(赤レーベル)でリリースされていたもの(1951年頃)。
 Telefunkenプレスですが、盤上のマトリクスを見ると英Deccaと刻印が同じなので(多分英盤とプリフィクスも同じ。スタンパー記号はなし。)、マスターを輸入してプレスされたものと思われます。TelefunkenはAESカーブと言われていますが、これはDeccaカーブ(Old Deccaカーブ)でしょう。実際にRIAAで聴いても高域が淋しい感じがありません。
 
仏Decca

LXT2595
(CA ARL787-3A/1/-) (CA ARL788-2A/1/-)
Rachmaninov:pf.con.3
J.Katchen(pf) A.Fistoulari/New so.
フラット盤

フランスDeccaのプレスは英Deccaの外溝と似ていますが、溝が丸みを帯びていてやさしい印象を与えます。
仏Decca

LXT2668
(CA ARL1075-1B/1/-) (ARL1076-1B CA/1/-)

Bach:Fugue en la Mineur/ Fugue en sol Mineur
Beethoven:Grande Fugue op.133
K.Munchinger/Stuttgart CO.

フラット盤。
 Ace of Clubsの例
ACL7

(CA ARL-497-3DR/3/?) (ARL-498-3DR/4/?)
Rossini-Raspighi:La Boutique Fantasque
E.Ansermet/LSO.

 上に挙げたLXT.2555のACL盤。Tax Codeがないところを見るとかなり後にプレスされた盤のようです。

=LXT.2555 / LL.274
ACL50

(CA ARL-156-1DR/3/B?) (ARL-157-1D/1/UB) E/T
Brahms:Symphony No.2
W.Furtwangler/LPO.

=LXT.2586 /LLP.28
LLA-10156 (国内盤)

(ARL2312-1A/5/-(DLB268-2)) (AEL2313/5/-(DLB269-2)) 大文字
Mozart:Concerto in A major for Clarinet and Orchestra K.622 /Concerto in B flat major for Bassoon and Orchestra K.191
G.de Peyer(cl) H.Helaerts(fg) A.Collins/LSO.
フラット盤

 Deccaのメタル原盤からキングがプレスしたもの。DLBは国内盤のマトリクス番号。DeccaではLXT.2990でリリースされている録音なのでDeccaカーブでしょうか。


DECCA、LONDON以外のレーベルについて

 DECCAはイギリス国内向けに他国のレーベルもプレスしていました。Brunswick、L'Oiseau-Lyre、Telefunken、VOX等です。これらのうちL'Oiseau-Lyre等のLondon表記レーベルもDECCAがRIAAへ移行するまでは原則DECCAカーブであったと思われます。また、東欧のEternaをこのカーブに分類している記載をネット上で見ましたが、これは疑問です。Deccaカーブで代替できるということであって、Deccaカーブを採用していたわけではないと思います。

 Brunswick
AXTL.1072
(MG3597-1B/5/H/N) (MG3598-2B/1/II/RT)
Granados:Danzas Espanolas
A.de Larrocha(pf)
金文字 外溝 フラット盤 大文字マトリクス
ジャケットの日付は55年
 London - L'OISEAU-LYRE
OL.50028
(TT121-1B/1/B/N) (TT122-1B/1/B/N)
French Masters of the Harpsichord
I.Nef(Pleyel Harpsicord)

 英DeccaプレスのL'OISEAU-LYRE−London盤。金文字 外溝 フラット盤
古いDecca盤と同様の大文字のマトリクス刻印で、表記の仕方も完全にDecca仕様です。マトリクスの番号によれば、表裏ともに最初のマスター、最初のマザー、最初のスタンパーを使ってプレスされたレコードで、有名盤であれば夢のようなオリジナル盤ということになりますが、不人気盤では元々プレス数が少ないので間々あることのよう。
艶なしの薄手ジャケットの日付は54.1。恐らくDeccaカーブ。
OL.50035
(TT103-1A/1/B/) (TT104-1A/1/U/N)
C.Stamita:fl.con D major, G major
K.Redel(fl)/l'Ensemble Orchestral de l'Oiseau-Lyre

金文字 外溝 フラット盤
上記と同様。
ジャケットの日付は54.4


 Deccaカーブは、グラフの上ではRIAAと随分違うように見えますが、RIAAで再生してもそれほど違和感がありません。というのは、中音域での偏差が少なく、また波打つような誤差にはなっていないためだと思われます。グラフでは高域が若干落ちるようですが、これは音域的にはスーパーツィータの領域です。聞き比べれば多少高域より低域が勝っているかな、という程度でしょうか。量的に高域が少ないというより高域への抜けがないという感じです。むしろ低域が少し持ち上がるので、ピラミッド型の安定した音響になるような気がします。
 録音そのものの進化も忘れてはなりません。LXT2000番台初期の盤と後期の盤では音質が相当違うように感じられます。後期のものでは奥行き感や自然な音の減衰等、ステレオを上回るような優秀な録音に巡り合うことがあります。FFRR特有の高域の伸びと輝かしさ。RIAAで再生してもほとんど問題がないほどの鮮やかな音が記録されているのです。恐らく、当時の再生機器のレンジに合わせた音作りであったものと思いますが、現代のワイドレンジの機器で再生すると、若干高域を絞った方がバランスは良く聞こえるかもしれません。

 ただし、イコライザーの問題については、聞いて判断する場合、いくつか注意が必要です。ひとつは当時の再生装置の問題。ピックアップ、アンプ(特に出力トランス)、スピーカーの特性が現在のものとは全く違うということ。
 次に一般的な聞く側の環境、そしてレコードというものに対しての認識。皆がレコードというものに対し、リアリティを求めていたのか、ワイドレンジを求めていたのか、・・・現代の受容の仕方とは違っていたと思います。
 最後に、最も重要で厄介な問題、作り手がどのように聞かせたいのか、よく聞かせるためにどのようにマスタリング、カッティングすればよいのか、ということ常に考えていた点。音楽の録音というのは、マイクで拾った音をそのままディスクに刻んでもあまり感動的なものにならないといいます。そこにレコードを作る人たちの技術なり思想なりが絡んでくるのです。ある意味、素敵なことなのですが、殊、イコライザーカーブなんかを語り始めたら誤解のもとです。


2008.4