Rameau:新クラヴサン曲集(第3巻)〜ガヴォットと6つの変奏曲(Klemperer編)

(1) O.クレンペラー/VPO. 
  68.6.2L Musikvereinssaal, Vienna Mono
(2) O.クレンペラー/NPO.  
  68.10.12-14 Abbey Road Studio, London (EMI)
 Stereo
(1) Desques Refrein
  DR920019
 クレンペラーにとってRameauは珍しいレパートリーではあるものの、この曲は自らオーケストラに編曲して演奏していたところをみると特別気に入っていたようです。バロック時代の音楽を大オーケストラで演奏すること自体ピリオド楽器全盛の今の時代ほとんどありませんし、この曲のように元々オーケストラの曲ではないものを編曲して演奏することは全くなくなってしまったと言っていいでしょう。現代でもファミリー・コンサートの場などでバロック期の曲のオーケストラ編曲を聞くことはありますけれど、過去にはこうした大オーケストラ用編曲で通常のコンサートの中に組み込まれる例は比較的多かったようで、往年の大指揮者のライヴなどでは意外なほど沢山聞くことが出来ます。ストコフスキーが演奏した数々の編曲物も、今日のように演奏会場に足を運ばなくても世界津々浦々の全く知らない作曲家や曲でさえ録音を通して聴くことが出来る時代にあっては、聞き手側の受容の仕方が確実に変わってきましたが。クレンペラーの場合も、多少事情は違うものの、指揮者には音楽の紹介者としての役割があると(クレンペラーのことですから)真剣に考えていたのではないでしょうか。
 ただし、クレンペラーがこうした編曲を行ったのはストコフスキーに代表される啓蒙やパフォーマンスのためだけではなかったように思います。恐らくSchönbergをはじめとした新ウィーン楽派の影響が強かったのでしょう。戦前からBach等の編曲がありますけれど、晩年の場合、内に秘めたお気に入りの曲をオーケストラで演奏してみたいというかなり個人的な理由によるものだったと思います。
 クレンペラーの作曲年譜を見るとこの編曲(67年)を含め丁度この頃から猛然と作曲活動が復活していて(年齢と数からいうと何か突然燃え上がったように)少しばかり奇異な印象があります。余命を考えてなのか、自らを例えばMahlerのように死後はむしろ作曲家として世に認めてもらいたい、といった気もあったのかもしれません。

(1) このライヴは、生涯最後にVPO.に招かれた時の演奏会でのものです。この一連の演奏会の記録はことごとく名演で知られてはいるものの、正規盤は5月26日のBeethoven5番(DG)だけという淋しさです。是非良い音の正規盤でリリースして欲しいものです。
 この演奏は実際のコンサートでのものであるため、スタジオ録音の古色蒼然とした響きとは違った一種華やかな印象です。とは言っても、最近のバロック演奏に見られる喜々としたリズムはないのですが・・・。これはVPO.というオーケストラの音色によるところが大きいのでしょうね。例えばはじめのガヴォットのテーマを奏するフルートの装飾音から違っていて、この盤での華やかな印象の多くはこうしたオーケストラの演奏の仕方によるようです。スタジオ録音でのシンプルな響きに対してコンサート用のスタイルとでも言うのでしょうか。
 それにしてもVPO.とのコンサートで自編の曲をいきなりやるというのもすごいですね。「スコットランド」の終楽章改変と言い、Bruckner8番のカットと言い、クレンペラー晩秋の孤高のわがまま時代(?)の産物。

(2) クレンペラーはVPO.への客演の4ヶ月後にスタジオ録音しました。「対話」の巻末に掲載されている自作の作品表によると、この編曲は1967年に行われたものとあります。
 この原曲はRameauの新クラヴサン曲集に含まれている「ガヴォットと変奏曲」という曲で、Rameauが残したクラヴサン曲でも有名な曲です。ガヴォットといえばGossecの物がまず頭に浮かびますけれど、この楽しく跳ねるような曲調とはやや違って快活な中にも典雅な憂いをたたえた美しい曲です(録音はないようですが、クレンペラーはGluckのガヴォットも編曲している)。主題となるガヴォットに6つの変奏(ドゥブル)が続き、様々な響きを聞かせてくれますが、何よりこのテーマの美しさがこの曲の大きな魅力となっています。
 クレンペラーの編曲ではガヴォット主題が静かにフルートで奏され、第1変奏ではこの旋律がオーボエとフルートで奏されます。装飾的パッセージもいかにも古風な響き。第2変奏では主題がホルンに移るものの、茫洋とした空間から響く音楽のようでWebernのBach編曲を聴くような感覚を受けます。第3変奏での中声部の旋律は弦が受け持ち、やや歌謡的でありながらも染みいるような静かな曲調。第4変奏での生き生きとした特徴あるリズムは弦のピチカートとなり、第5変奏では全オーケストラを用いますがまだかなり抑制された響き、最後の第6変奏で初めて大きな曲調となり冒頭の主題を奏して終わります。編曲の方法は木管から弦そしてオーケストラと、順次編成を拡大していくもので、曲調の変化を楽しむ原曲のクラヴサン演奏に比べ、オーケストラでの演出を考えた典型的な管弦楽編曲といえるでしょう。クレンペラーはBachの管弦楽組曲やブランデンブルク協奏曲の一つをプログラムの中に入れるのが好きでしたし、またこうしたバロック音楽も(数は少ないが)オーケストラの守備範囲でありました。多分クレンペラーの中では何の違和感もなかったのでしょうね。
 それにしてもこのゆったりとしたとしたテンポと古の響き、晩年のクレンペラーの心情をうかがわせる演奏です。特にこの編曲の場合、バロックへの接近、対位法的な多声音楽への嗜好、変奏という構造的なヴァリエーションへの興味、こうしたクレンペラー晩年の特質が顕著にみられる点で興味があります。

 この曲のEMI録音は手元に4種のCDがあります。短い曲ですから大曲の付録のように添えられていることが多く、意識していなくても自然に集まってしまいました(しかしLP時代は入手困難だったおぼえがあります)。録音についてはマスタリングの違いなど色々言われていますので、この1曲で判断することは危険であることを承知で聴き比べてみました。ただ、オリジナルLPの音を聞いていませんし、またそれが最善の音かどうかも分かりませんので、単純に録音の傾向から好みだけを記します。
 まず本家EMIの輸入盤、Bachのブランデンブルク協奏曲と管弦楽組曲の中に含まれていますが、なんとこの曲が1枚目冒頭。2枚に収めるための手段でしょうか。音質はどちらかというと素直でストレート。
 そして最近リリースされたart仕様盤、Bruckner7番の余白に収められています。滑らかで落ち着いた音質、EMIより若干深い奥行き感を感じます。またバックグラウンドが静か。このあたりが聞きやすいArtの特徴でしょうか。ただ人によっては少し丸みをおびている音が物足りないかも。
 Testament盤はクレンペラーのMONOの方の管弦楽組曲とのカップリング(恐らくこのMONO盤は本家EMIではCD化されていない)。何とこの盤は変奏ごとに丁寧にトラックを分けています。音質はEMI盤に比べ若干明るめ、実体感のある優秀な音。
 最後に山野楽器からリリースされたBeethoven7番(クレンペラー3度目のスタジオ録音)の余白に収められているもの。EMI盤に似た印象ですが、全体に華やかな音質。テープのサーノイズも聞こえますし、テーマを吹くフルート奏者の息継ぎが明瞭に聞こえます。恐らくあまり加工していない音だと思いますが、ほかの盤に比べると少しうるさく聞こえるかもしれません。

VPO.(68.6.2L) 9:29
NPO.(68.10) 9:27 EMI(art)
(2) EMI
  CMS 7 64150 2
  EMI
  5 67330 2
  Testament
  SBT2131

  山野楽器(EMI)
  YMCD1004