Mahler:大地の歌

J.ホーレンシュタイン/BBCノーザンso. A.ホジソン(A) J.ミッチソン(T)
72.4.28L Manchester (BBC)(Broadcast in the UK, July 4, 1972) Stereo

BBC Legends、DescantのCDにはともにインタヴューが入っている。(同じもの)
BBC Legends
BBCL 4042-2
Descant
DESCANT 01
クレンペラーのEMIスタジオ録音とともに、純粋に音楽的なアプローチによる、そして一番「死」から遠いところに位置する演奏。得てして過剰な感情に寄りかかってしまって救いがたいほどグロテスクに流れてしまう演奏が多い中、本当に音を大事にした演奏だと思います。多くのMahlerを指揮する演奏家が勘違いしているのは、音楽は作曲家の感情を表現する手段ではあり得ても、音として表現される音楽とは決して感情を表現するものではない、ということです。クレンペラーやホーレンシュタインのようなユダヤ系の、戦争を挟んで人一倍苦渋を嘗めた人たちが、こうした演奏をするのは驚くべきことです。戦勝国の住人であるバーンスタインとは明らかに違う土壌に住んでいると言えます。

かつてMahlerの音楽は、今より遙かに悲劇的、感傷的、厭世的といった感情に結びついていたと思います。けれど、ホーレンシュタインのMahler演奏は、強ちワイマール共和制の崩壊からナチス台頭の時代に生きたユダヤ人のこだわりだけではなかったでしょう。これも含めて最晩年のいくつかの録音には、決して後ろ向きではない諦観のような穏やかさと大局的な視点での構成の確かさとを感じることができます。この指揮者の初録音がMahlerの「亡き児をしのぶ歌」であったことを考えると、偶然ではあっても、この死の前年の「大地の歌」は特別な意味をもっているように思えます。

 第1楽章から非常にゆっくりとした踏みしめるような、それでいて重くならない、ヒステリックにならない響きで始まります。それは、全ての楽章で一貫しています。ライナーにはPeter Füllöpという人が調べた51種の演奏の中で、この演奏は2番目に遅いとあります。(因みに一番速いのはO.クレンペラー/VSO.のVox録音(1951)、一番遅いのはC.デイヴィス/LSO.のPhilips録音(1981))確かにテンポは遅い。2楽章半ばあたりまで2人の声楽陣は少々辛そうなのは、実演であることを考えると仕方ありませんが、その後は却って表情の豊かな歌いぶりに変化していきます。私は、アルトの A.ホジソンという人もテノールの J.ミッチソンという人も良く知らないけれど、少なくともこの曲には最もふさわしい声質でしょう。過剰にならない表現も特に4,5楽章では素晴らしい。
 ホーレンシュタインの指揮は、テンポの遅さもあって、各声部の精緻な構成が非常に良く聞こえるものです。基本的にはイン・テンポで余計な感情的表現を施していません。BBCノーザンso.の音は、少しばかり弦に厚みが足りないようにも思えますが、この感動的演奏の傷にはなりません。それより、これだけ緊張感を持続しているは立派です。
 ホーレンシュタインのMahler録音では個人的にはこれが最高傑作だと思います。ばりばりのホーレンシュタインもいいけれど、ここに聴ける穏やかな静寂もそれ以上にこの指揮者の美点です。Der Abschiedと題された長大な最終楽章のアルトの声が本当に美しいアリアのように聞こえます。

Descantの音源はエアチェック・テープらしいのですが、鑑賞に支障のないいくらいの音でした。最近放送局テープを使ったCDがBBC Legendsから出ましたが、これは確かに発売を予定していないライヴとしては素晴らしく音がよい盤です。


Mahler:さすらう若人の歌

J.ホーレンシュタイン/バンベルクso. N.フォスター(Bs-Br)
54.9.15  (Vox) Mono
Vox
CDX2 5529
「亡き児をしのぶ歌」とともにN.フォスターをソリストとしたMahler録音。バンベルクso.との一連の録音は他のオーケストラとの録音よりしっかりとした聞き易い音質。曲調が「亡き児をしのぶ歌」より単純なせいか、フォスターは深い声質ながらも重くならない歌で好感が持てます。


Mahler:亡き児をしのぶ歌

(1) J.ホーレンシュタイン/ミュンヘン国立歌劇場o. H.レーケンパー(Br)
  28  (Polydor) Mono
(2) J.ホーレンシュタイン/バンベルクso. N.フォスター(Bs-Br)
  54.9.13  (Vox) Mono
(3) J.ホーレンシュタイン/フランス国立o. M.アンダーソン(A)
  56.11.22L Mono
(4) J.ホーレンシュタイン/スコティッシュ・ナショナルo. J.ベイカー(Ms)
  67.3.3L Usher Hall, Edinburgh Stereo

Barker氏のDiscoでは(1)はベルリン国立歌劇場o.、DGのデータ・ブックには「交響楽団」の表記しかない。
(1) Pearl
  GEMM CDS 9929
(1) レーケンパーとのSP録音は、ホーレンシュタインにとって初めてのレコーディングでした。彼にとってPolydorへの録音の時期は、フルトヴェングラーのアシスタントをしていた頃からデッセルドルフ市立劇場の主席指揮者であった頃にあたります。有名なフルトヴェングラー、ワルター、クレンペラー、E.クランバーが同時にベルリンで活躍し、トスカニーニが訪れた際に撮られた有名な写真の頃(1929)、音楽だけでなく、芸術そのものが不安と活気に満ちていた頃でした。
 データによると、H.レーケンパーは1894年生まれのドイツのバリトン。Mozart、Wagnerなどのドイツ・オペラからVerdi、Pucciniなどのイタリア・オペラでも活躍しました。20年代半ばからはコンサート歌手、リート歌手としても幅広く活躍して、ワルターやフルトヴェングラーにしばしば起用されたといいます。この録音の時点で34才位ですから、歌い手としてはまだこれからという頃です。

 なお、このPearlのCDは、THE FIRST THREE ORCHESTRAL RECORDINGS と題されていて、クレンペラーが初めて指揮をするきっかけとなった恩人でMahlerの良き紹介者であったO.フリート指揮の第2交響曲がメインとなっています。(O.フリート/ベルリン国立歌劇場o. ベルリン大聖堂cho. G.ビンダーナーゲル(S) E.ライスナー(A) 1924頃 Polydor原盤)

(2) バンベルクso.との54年録音で、Voxの録音としては音質は良い方でしょう。バス-バリトンのフォスターは深い声で落ちいた響きが印象的。良い歌だと思います。ホーレンシュタインの演奏もこの室内楽的に切りつめられたオーケストレーションの線をよく生かした伴奏振り。

(3) M&AのCDに含まれているフランス国立o.との一連の録音は、音が良くないけれど、M.アンダーソンとのものは、比較的聞き易い方です。オーケストラは、フランスのオケらしく、特に木管(もちろんホルンを含めて)の響きが印象的です。
 M.アンダーソンはアメリカの黒人歌手。時期的には彼女の晩年の歌唱ということになります。若干声のふるえとコントロールが効かなくなっているのが気になりますが、懐の深い悠然とした歌唱です。

(4) BBC Legendsから9番と共にリリースされたJ.ベイカーとの共演の演奏。イギリス人らしく子音の強さがなく、その分ドイツ歌手のような輪郭の鮮明さはありませんが、深い憂いを秘めたようなベイカーの声はこの曲に似合っていると思います。ホーレンシュタインの伴奏は歌手を引き立てる側に立った控えめな演奏です。

 なおこの曲は、Barker氏のディスコグラフィを見ると同じ組合せの演奏で67.5.30のライヴ(プライベート録音)が残っている旨記載がありますが、この演奏とは別のものでしょうか。
I II III IV V
1. ミュンヘン国立歌劇場o. H.レーケンパー(Br)(28) 5:33 4:58 4:54 3:41 7:00
2. バンベルクso. N.フォスター(Bs-Br)(54) 5:33 4:42 4:58 3:00 6:40
3. フランス国立o. M.アンダーソン(A)(56.11.22L) 5:35 4:18 4:52 3:03 7:58
4. スコティッシュ・ナショナルo. J.ベイカー(Ms)(67.3.3L) 5:23 4:49 5:00 3:10 7:27
(2) Vox
  CXD2 5509
(3) M&A
  CD-784(2)
  M&A
  CD235
(4) BBC Legends
  BBCL 4075-2