Mahler:交響曲第1番ニ長調「巨人」

(1) J.ホーレンシュタイン/VSO.
  53 Viena (Vox) Mono
(2) J.ホーレンシュタイン/LSO.
  69.9.29,30 Barking Assembly Hall, London (Unicorn) Stereo
(1) Vox
  CDX2 5508
ホーレンシュタインは、ワルターやクレンペラーのようにMahlerに直接関わった人ではありません。彼が13歳でウィーンに来たときMahlerは既にこの世の人ではありませんでした。クレンペラーがハンブルクの街角でよくMahlerを見かけた、と言った同時代性を持ち合わせていない次の世代の指揮者でした。
 けれども、年齢差を別にしてもこのふたりの指揮者は大変似た境遇でした。戦前のPolydor録音からナチからの逃避。戦時中のアメリカ滞在からヨーロッパ復帰。Voxへの録音を経て結局イギリスでの活躍・・・。
 ホーレンシュタインの指揮者としての経歴で真っ先に言われるのは、彼の初のコンサート、  年ベルリンでの演目がこの1番だったということでしょう。

(1) Vox時代でもわりと初期の頃のMono録音。音は乾き気味でFレンジはとれていないけれど、この頃のVox録音としては優秀な方だと想います。薄っぺらい金管と雑に聞こえる弦は、録音とオーケストラの技量によるものですが、それ以上に問題なのはMahlerの場面転換的な面白みが平板に聞こえてしまう点でしょう。ホーレンシュタインらしさはあるのだけれども、彼特有の有機的な構成が聞き取れるところまではいきません。

(2) ホーレンシュタインの晩年の録音と言って良いと思いますが、Vox録音に比べ遙かに余裕を持った演奏です。ディスコグラフィでもわかるようにこの頃のホーレンシュタインはかなり頻繁にMahlerを演奏しています。Vox盤に比べてトータル・タイムが短いにも関わらずこちらの演奏の方が遅く感じるのは、細やかな表情の自在な表現と自然なテンポの収縮によるところが大きいと思います。
 これは、LSO.という順応性の高いオーケストラを振っていることも寄与していることですが、ホーレンシュタインの解釈にも大きな違いが見られます。純粋に音楽的な見地からだけで説明できるものではないかも知れなませんが、この指揮者の偉大なMahler解釈者としての評価はやはり晩年のものに与えられるべきでしょう。楽譜の音符が十分消化された上で音化されているという意味で、本当に「よくわかる」演奏。

 スピーカーで聴くとさほど気になりませんが、ヘッドフォンで聴くとこの録音は状態が良くないことがわかります。強奏で音が割れてしまうのです。ダイナミックレンジがとれないテープでリミッターがかかっていないような録音。強度にリミッターがかかっているものも、急に音量が下がって欲求不満になったりするけれど、鳴りの良いのがホーレンシュタインの特質でもあるのだからこの点は惜しい。

I II III IV Total
VSO.(53) 16:43 8:10 11:36 20:51 57:20
LSO.(69) 16:33 7:57 9:57 22:14 56:41
(2) Unicorn-Kanchana
  UKCD 2012


Mahler:交響曲第3番ニ短調

J.ホーレンシュタイン/LSO. ワンズワース・スクール少年cho. アンブロジアン・シンガース N.プロクター(A)
70.7.27-29 Fairfield Hall, Craydon (Unicorn) Stereo
Unicorn-Kanchana
UKCD 2006/7
かつて、この曲は標題を付されていました。現在はこの曲と次の4番にも標題はありませんが、少なくとも私が若い頃はそれぞれ「夏の朝の歌」(だったか?)、「大いなる喜びへの讃歌」として憶えていました。
 これは、Mahler自身がこの曲に対し、かなり標題的な発言をしているからです(この曲に限ったことではないが)。それによると、I パンが目覚める、夏が進んでくる(March)、II 牧場の花が私に言うこと、III 森の動物が私に言うこと、IV 夜が私に言うこと、V 朝の鐘が私に言うこと、VI 愛が私に言うこと。加えて当初構想された7楽章構成では、VII 子供が私に言うこと、となっています。この第7楽章は、次の4番の第4楽章に転用されました。
 Mahlerの交響曲の流れで言うと、「少年の魔法の角笛」に関連した3曲の中で、劇的要素を取り入れた第2番から次の4番への繋ぎのような役割を果たしています。全体は、どちらかというと深刻をあまり感じさせない曲調ではありますが、盛り込まれている素材はかなり雑多で前後の交響曲との関連から言ってもとりとめがない印象を受けることが、あまり人気のでない理由かも知れません。ただ、こうしたアンバランスとも言える構成とソプラノ独唱、合唱を部分的に取り入れた大きな編成にも関わらず、個々の楽章の完成度は高いと言えるでしょう。

ホーレンシュタインのUnicornへの3つの交響曲の中では、オーケストラ、録音ともこれが一番条件が揃っています。
 LSO.の、どんな指揮者にでも反応できるフレキシビリティと技術の高さは、PO.と並んで様々な指揮者とのレコーディングを残していることでも知れます。ただ、このオーケストラは、VPO.やドレスデン・シュターツカペレ、ACO.などのような自身のカラーなり語法を持たない代わりに、指揮者の技量に比例した演奏をするので、名演もあれば凡演もあります。そういう点で言えば、ホーレンシュタインのような指揮者にとっては最もやりやすい相手だったのでしょう。確かに録音も含めて、この演奏はホーレンシュタインの力量をもれなく伝えていると言っても良いと思います。ゆったりとしたテンポと精緻な音の構成、息の長い叙情性と迫真のトゥッティ、これらの絶妙なバランスは、他のどんな指揮者からも聴けないこの指揮者晩年の特徴でした。
 録音は、トゥッティでも音がしっかりしているし、音もクリアに捉えられていて、状態の良くない盤の多いこの指揮者の数少ない高音質録音。
なお、ホーレンシュタインのMahlerは2番が残っていません(5番はBBCに残っている筈)。クレンペラーもワルターもそうですが、全曲の録音はありません。


Mahler:交響曲第4番ト長調

J.ホーレンシュタイン/LPO. M.プライス(S)
70 (EMI) Stereo

EMIへの録音は他にTchaikovskyの交響曲第6番のみ。Barker氏のDiscoでは71年録音とある。
EMI
CDM2 53841 2
To
AA5054(LP)
これはLPしか持っていなかったので、CDを手に入れてから書こうと思っていましたが、何とイギリスEMIでは既に廃盤。国内盤ではかつてセラフィムの廉価盤で出ていましたが、ついでも買えると思っていたので手を出さなかったらこれも廃盤になっていました。ジャケットはフランスEMIからCD化されたもので、最近大手国内店で手に入れたものですが、ジャケットに記載されているプレスは83年となっていますし、Barker氏のDiscoに載っている番号とも一致していますので、フランスのどこかで売れ残ったものを輸入したのかもしれません。ちょっと粋でいかにもフランス的な雰囲気が漂うジャケットです。そういえば、LPの時代もフランスEMI(Pathé)のジャケットは赤が基調になっていました。その頃は、レコードの盤質とマスターの関係で、英、仏、独、米で全て音の傾向が違っていましたから、それぞれ原盤の国を考慮して買っていましたけれど、CDの時代になってからはあまり気にしなくなりました。CDでは国ごとの音の相違があまりないのか、或いは聴くことにも買うことにも手間も暇も金もかからなくなって無頓着になってきただけでしょうか。
 ホーレンシュタインのMahlerは正規盤でも音があまり芳しくないUnicorn盤や古いVox盤しかないので、こうしたメジャーレーベルの整った録音を聴くとほっとします。コンサートでの隣の雑音と同じように、少なくとも音楽に集中できるだけ気が楽です。と言ってもこの指揮者の場合、その数は非常に少ないのですが。

ここでのホーレンシュタインは、かなり意識して極端なテンポの揺れを抑え、響きを声高にならないよう端正に保ちながら、終楽章では独唱とのバランスをとっています。一聴では少し物足りない印象を受けるかも知れません。私もかつてMahler指揮者という世評(一部のファンだけ?)からLPを聴いていたのですが、正直言ってそのころはあまり関心はありませんでした。ネット上のホーレンシュタインのMahler録音でもBBCの正規盤やUnicorn盤の評価は結構高いけれどもこの演奏についてはあまり聞かないようです。
 この曲は明るい内容、天国的な内容を持っていると言われますが、私にはどうもそう聞こえる演奏はあまりありません。しかし、この演奏は、スタジオ録音と言うこともあるのでしょうが非常に落ち着いた、清楚と言ってもいいくらい整った美しい演奏です。ホーレンシュタインの一連の演奏を聴いてみると、60年代以降のものはどれも強力にオーケストラをドライヴする力感が音楽性と非常に良いバランスをとって、まさに巨匠といった言葉が当てはまる感動的な演奏ですが、60年代終わりから死の直前までのものには、緩徐楽章の美しさと繊細な気配りが特に印象的です。この演奏もそうしたうちのひとつ。 
 独唱のM.プライスは軽めの明るい声で、「天国」を歌うにはよく似合っています。(付け加えるとこの人のSchumann「女の愛と生涯」が良かった)


Mahler:交響曲第6番イ短調「悲劇的」

J.ホーレンシュタイン/ストックホルムpo.
66.4.15,17 Concert Hall, Stockholm (Unicorn) Stereo

〜リハーサル(第2楽章F56:1-157小節)
66.4.14 Concert Hall, Stockholm
Unocorn-Kanchana
UKCD2024/5
M&A
CD-785
6番は、Mahlerの曲の中でもかなり劇的要素を持った曲で、編成も規模が大きい。形式的には、古典的な4楽章で第2楽章に諧謔的スケルツォをもち、第3楽章に緩徐楽章をもちます。終楽章にはハンマーの使用で特徴的なクライマックスを築く。かなり劇的な曲ですから、機能的なオーケストラであれば聴き応えはあります。
 ここでのストックホルムpo.の演奏はあまり上手とは言えません。ホーレンシュタインにしては弛緩している部分があるような気がします。これは多分にオーケストラのせいもあって、特に金管群の反応が機敏ではありませんからこの指揮者に特有のリズミックな部分と旋律的な部分の対比が不明確でメリハリに欠けるようです。
 M&A盤はUnicorn盤とあまり変わらないくらい良い音です。ただ、この4枚組に収録されているもう2曲の大曲、LSO.とのBruckner8番は、BBC Musicの音の良い盤が出たので必要はなくなりましたし、もう1曲のアメリカso.とのMahler9番は音が貧弱で物足りないので、手に入れる価値はあまりないと思います。

 なお、この録音はUnicorn、M&Aともに4月15日,17日となっていますが、Barker氏のDisco.では、スウェーデン放送のアーカイヴには17日の演奏しかないそうです。また、下記リハーサルについてもBIS盤には4月14日となっていますが、Barker氏によれば4月15日,17日。

BISのCDはこのオーケストラの創立75周年を記念した8枚組で、往年の指揮者による演奏の他、Beethovenの第9番4楽章を9人の指揮者の演奏をつないで編集したものなど面白い企画もなされています。リハーサル風景もフルトヴェングラー、オーマンディ、マルケヴィチ、ヒンデミット、クーベリック、クレンペラー、フリッチャイ等錚々たる顔ぶれ。
 リハーサル部分は、第2楽章のスケルツォの一部で、オーボエ他木管で奏されるトリオ部分冒頭。ここでホーレンシュタインは、管だけでなく、弦楽器にスピカート、スタカート、マルカートといった言葉で、跳ねるような明快なリズムを求めています。しかし決して重くならないように、軽く、Mozartのディヴェルティメントのように演奏するよう指示を与えています。この部分の練習後楽員を誉めていますが、やはり要求しているようには上手くいっていないのは、このオーケストラの実力のせいでしょうか。リズムの切れが悪く、鈍重な印象で、洗練された演奏というのではありません。
〜リハーサル
BIS
CD-421/424