Bruckner:交響曲第5番変ロ長調(ハース版)

J.ホーレンシュタイン/BBCso.
71.9.15L Royal Albert Hall, London (BBC Promenade Concert) Stereo

BBC Legends盤、Barker氏のDiscographyでは9.15。PhoenixのCDには10.15と表記してあるが誤記。
BBC Legends
BBCL 4033-2
Phoenix
PX 703.1
ホーレンシュタインのBBCプロムナードコンサートでの録音で、下記の8,9番の翌年の演奏。9番と同じく、BBCso.との録音です。
 BBCso.はLSO.やNPO.と比べると、いざとなったときの底力や合奏力といった点で非力さを感じさせないでもないのですが、ホーレンシュタインの音楽には非常に良く反応するオーケストラです。
 この演奏は、ホーレンシュタインが亡くなる2年前のもので、前年の8,9番と同一のスタイルの演奏ですが、曲のせいもあるのか、余計なものが取り払われたような、むしろスタイリッシュな演奏に聞こえます。隈取りの濃い旋律の歌わせ方が少し後退しており、Brucknerの旋律線が非常に丁寧に歌われていて、ホーレンシュタインの演奏としては、清楚と言っても良いくらいの印象です。
 ホーレンシュタインは、Brucknerでも時折強奏でアッチェランドをかけることがありますが、この演奏ではそうした時に恣意的な印象を与える部分も影を潜めていて、この指揮者の演奏の中では最もBruckner的演奏といえるかも知れません。最晩年には、全体の造型を意識していないなのような演奏をしましたが、スケールは大きくなりました。これはその最も良い例だと思います。ホーレンシュタインなりの枯淡の境地と言うべき名演。

 最近BBC Ledendsからこの録音が発売されましたが、まだ入手していません。手元にあるのは、Phoenixというイタリアのレーベルで、録音は悪くないものの、8,9番の例もあるので、ひょっとするとガラッと印象が変わるかも知れません。

追記。
 BBC Legendsから放送テープを使った良質の録音が出ました。良い音で聞くと、やはり想像以上に素晴らしい演奏で、特に弱奏の表情が際立って美しい。ホーレンシュタインの晩年の演奏には、この人自身の音とでも言うような清澄な響きが随所に聞けますけれども、それは時にMahler的な音であったり、またこの演奏では北欧の涼しげな音例えばSibelius的に響くところさえあります。
 上にも書きましたが、BBCso.は一流のオーケストラではないし、音色だって美しいという訳ではありません。むしろ特徴のないどちらかといえば細身の音と言えるでしょう。PO.にしてもLSO.にしても音色だけをとってみれば、色彩感のない音で、オーケストラそれ自身の魅力というのは薄い(確かに技量の点では一流だけれども)。しかし、これを裏返してみると色がない分、音が重なっても暗い重い音にならないということで、重量感を求める向きには少し物足りないところがあるかもしれません。
 この演奏も分厚い音響で聞かせるBrucknerではないけれど、ホーレンシュタインのBruckner演奏の中では最も美しい音楽のひとつと言ってもよいでしょう。金管群を一斉に鳴らすところでもこの指揮者としては驚くほど静かです。音は十分に鳴らしているのは確かなのですが、印象としては静かに聞こえます。前年の8,9番と比べてもこれは明らかで、結果、金管の重なりがひとつひとつ音の重なりとして綺麗に響きます。曲の違いもあるし、オーケストラが薄めであることも関係していることでしょうけれど、聖堂でオルガンを静かに鳴らしているような趣さえ感じます。終楽章のコラール風コーダの息の長い響きはまさに感動的。以前のように力で押すというのではなく、気持ちよく鳴らすことで、一層広い空間を感じさせる音楽になっています。


Bruckner:交響曲第7番ホ長調

J.ホーレンシュタイン/BPO.
28 Berlin (Polydor 66802-8) Mono 
DG
POCG-6071(国)
Koch
3-7022-2-H1
戦前のPolydorへのSP録音。CDには1928年録音とあります。同時期にはHaydnの「驚愕」やSchubertの5番の録音がありますが、その中では一番の大曲。ドイツ・グラモフォンのデータブックを見ると、この頃のPolydorは、ベルリン国立劇場o、BPO.等のベルリンのオーケストラを使ってかなりの録音をしています。指揮はワルターやシューリヒト、クナッパーツブッシュ、E.クライバー、クレンペラー、フルトヴェングラー、他にR.Strauss、Pfitzner、Schreker(ホーレンシュタインはこの人に作曲を師事しており、20年に一緒にウィーンからベルリンへ出た)等の作曲家があたるという、ナチ台頭前の短い華やかな時代でした。
 ホーレンシュタインがこの曲を録音したのは30歳前後でしたが、他の大指揮者に肩を並べてこの大曲を録音できたのは、フルトヴェングラーのアシスタントをしていたおかげでしょうか。それにしてもSPの時代に若手指揮者に対してこれだけの大曲とは異例のことであったに違いありません。Polydor録音の同曲には24年にO.フリートのアクースティック録音があり、この電気録音が2番目のものでした。この後、ユダヤ系の音楽家がほとんど国外へ逃れた後の38年にC.シューリヒトが同じBPO.を使って録音しています。
 この録音はさすがにSP録音期のものなのでそれなりの限界があるものの、聞き進むに従って録音の悪さは気にならなくなってきます。ただし、オーケストラの編成が小さいのか、録音機器が音を拾いきれないのかわかりませんが、特にヴァイオリン群の音はチープで、聞くにはそれなりに覚悟しなければなりません。
ここでのホーレンシュタインの指揮はとりたててこの人の特徴を指摘できるようなところはありません。インテンポの端正な演奏で、後年に見られる特異な表現はないし(無理して言えば、スケルツォ楽章に片鱗が見られるかも知れない)、フルトヴェングラーの影響を感じさせる節もありません。しかし、ホーレンシュタインにとっては、このベルリン時代が音楽的に最も豊穣な時代だったに違いなく、後年の演奏に少なからず影響を及ぼしていることは確かでしょう。

I II III IV Total
BPO.(28) 17:57 21:58 9:13 10:17 59:25


Bruckner:交響曲第8番ハ短調

(1) J.ホーレンシュタイン/ウィーン・プロ・ムジカo. (ノヴァーク版)
  55 Viena (Vox) Mono
(2) J.ホーレンシュタイン/LSO.(ハース版)
  70.9.10L  (BBC) Stereo
(1) Vox
  CDX2 5504
(1) VoxへのMono録音。このレーベルと録音時期から想像がつくように、音響的には限界がある音ですが、その中ではかなり良い部類に入ります。弦の厚みもあり、金管群の音も分離が悪いのは仕方ないにしても良く捉えられています。
 ここで聞かれるのは、ホーレンシュタイン壮年期の最も力感あふれた演奏で、恐らくこの指揮者のVox時代の最も優れた演奏のひとつ。筋肉質の集中力の強いスタイルは、鷹揚としたBruckner演奏とは対極に位置するものですが、この指揮者なりの劇的な造形力の強さが最も充実した形で表現されています。全体を通して非常に重量感のある安定した響き。オーケストラも熱演で、ウィーン・プ・ムジカo.(Vox盤としては珍しくこう表示してある。)はここで聞く限り十分に水準以上の腕前を示しています。
 テンポは若干速めといったところでしょうが、たかだか2年前の9番の異常な速さに比べれば穏当なところでしょうか。むろん後年のLSOとの演奏(下記)に比べれば、余裕を感じるところまでいきませんが、こうした緊張の張りつめた演奏スタイルを考えるとこのテンポしかないようにも思えます。すこし厳しすぎる表現だとは思いますけれど、演奏の全体像のまとまりのよさとと熱っぽさは、音の広がりさえあればLSO.盤とは違う意味で十分存在意義のある演奏だと思います。
 Bruckner好きの方には、この演奏のあまりに意志的な劇的表現ゆえに受けが良くないかもしれません。でも出来れば2度聴いてください。ホーレンシュタインの指揮というのは、はじめパッショネイトな面ばかり目立ちますが、そのうちその裏に周到な造型感覚が見えてきます。

(2) LSO.との演奏は、ホーレンシュタインの晩年のものです。9番とのカップリングで最近BBC Ledendsから録音の良い盤が出ましたが、それ以前は強奏で歪みのあるIntaglio(この盤は、Simpsonの交響曲第3番のリハーサル風景が聴ける。)やM&Aのものしかありませんでした。ただし、9番と比べると、若干音が割れ気味で、元のテープが原因の不安定な箇所があります(3楽章の何箇所かに音のかすれがある)。
 上記Vox盤とは音の条件がかなり違いますけれど、演奏スタイルは基本的にそれほど違いません。ただ、LSO.という高性能のオーケストラを得ることによって、表現の劇的効果はより有機的になり、聞いた印象はかなり違います。これは、明らかにホーレンシュタインの意図どおりの演奏になっています。
 Vox盤との一番の違いは、晩年になってからの特徴である「間」の取り方と、遅いテンポでの十全な歌わせ方にあるように思います。このことは、Brucknerだけに言えることではなくて、70年前後からの演奏に顕著に見られる特徴ですが、このことが、特にBrucknerの厚いオーケストレーションでは強烈な強弱対比の効果として現れています(Mahlerの場合、オーケストラの編成は大きいが、全部の楽器が鳴るというのはそう多くない)。結果、表面的には恐ろしく激情的な演奏に聞こえます。
 特にこの演奏で感心させられるのは、とかく大味で演奏効果だけを狙った大仰な演奏になりがちなところで、スケール感を維持しながら強い凝縮力を感じさせることです。私はこの演奏を初めIntaglio盤で聴いていたのですが、スケールの大きさは感じられるものの音質の問題から特に金管の響きがうるさくてバランスが悪いと思っていました。BBC Legends盤は若干綺麗すぎて実体感が薄いところもありますが、この盤で初めてその素晴らしさを知ることが出来ました。
 インデックスの切り方によりそれぞれ若干の違いはありますが、2つの録音タイミングは以下の表の通り。私はBrucknerの版の問題には詳しくないので断定的なことは言えないけれども、この演奏ではハース版使用とクレジットされており、Vox版ではノヴァーク版(CDには1890 Versionとある)を使用しているようです。単純に演奏時間を比較できませんが、両端の楽章の演奏時間が若干のびています。

なお、ディスコグラフィーによると、ホーレンシュタインはBrucknerの交響曲を1番から9番まで演奏しています。そしてそのほとんどが恐らくBBCのアーカイヴに残っているはずなので、初期の2曲を除くと全曲聴ける可能性はないわけではありません。

I II III IV Total
ウィーン・プロ・ムジカo.(55) 13:40 14:59 25:28 22:33 76:40
LSO.(70.9.10L) 15:45 15:03 25:52 25:22 82:02 BBC
(2) BBC Legends
  BBCL4017-2
  Intaglio  
  INCD 727
  M&A
  CD-785


Bruckner:交響曲第9番ニ短調

(1) J.ホーレンシュタイン/VSO.
  53 Viena (Vox)  Mono
(2) J.ホーレンシュタイン/BBCso.
  70.12.2L (BBC) Stereo
(1) Vox
  CDX2 5508
(1) VoxへのMono録音。録音が古いので、特に金管群の重なりがうるさく聞こえます。ただ、ホーレンシュタインとVSO.との組合せは音が団子状になる割には、楽器それぞれの音の違いがはっきりしていて雰囲気はそれなりに出ています。
 演奏はかなりのハイテンポ。盛り上がるところは容赦なく盛り上げるといった演奏で、金管群の鳴りは凄まじい。Brucknerの交響曲では、強奏からの弱奏への転換の際の何気なくスーッと立ち上がってくるようなところがひとつの聞き所なのですが、この指揮者の場面転換の巧さはあるものの、強奏での前のめり気味のアッチェランドのせいか恣意的に聞こえます。
 2楽章の冒頭、特徴的なピチカートから弦の刻みの部分もかなり激しくて、「春の祭典」を思い出させるよう。この楽章も全体的にかなり速いテンポで、ほとんど嵐のように過ぎ去ります。
 3楽章のアダージョは特に速い。演奏が進むにつれ特にその感が強い。力の入った演奏ではありますが、速すぎて「間」が取れないためか、譜面を機械的に音に変換していくような事務的な印象さえ与えます。
 全体にこの演奏は、Brucknerとしてはかなり特異なもので、例えば、戦時中の国威高揚のための演奏として聞けば最高のものかも知れません。良い演奏か、と訊かれれば「否」でしょうが、ここまで徹頭徹尾徹底してやられるとこれはこれで面白い。それにしても何がホーレンシュタインをここまで駆り立てているのでしょうか。
 トータルタイムで52分22秒。演奏時間を調べたことはないけれども、これはかなり速い部類でしょう。この演奏を聴くとクレンペラーがVoxに録音した、異様に速い「大地の歌」を思い出します。演奏の激しさはともかく、このテンポは果たしてホーレンシュタインの本意だったのでしょうか。

(2) BBCso.との正規盤。この演奏はIntaglioのうるさい海賊盤しかなかったのですが、BBC LegendsでのStudio録音より状態が良いといってもよい盤が出て、うるさいと思われた金管群がはじめて本来の音を取り戻しました。
 1楽章からVox録音とは全然違います。テンポもかなり遅いし、音の扱い方もかなり違う。特にVox盤での表情のない弱奏からレガートをかけたようななめらかな旋律線に変化している点が最も大きな違いでしょう。情感ある弱奏部は晩年のホーレンシュタインの特徴でもあります。
 2楽章のテンポも平均的なところに落ち着いています。この楽章は割とあっさりやってしまう演奏もありますが、ホーレンシュタインの演奏はメリハリのある実に力感のあるもの。特に曲調の転換する部分での振り分けの巧さはこの指揮者ならでは。冒頭のピチカートから弦の刻みにはいる前に踏みしめるような足音が入るところがライヴらしくて面白い。
 Vox盤と最も違うのは第3楽章。ホーレンシュタイン晩年の緩徐楽章の巧さが実感できる演奏です。テンポは遅めで、ときおりMahlerを思わせる歌謡性の強い弦の歌わせ方や強弱の交代の明確な振り分け、ソロ的な部分での点描的な楽器の使い方(ほかの特徴は以前から認められるが、これはテンポの遅くなってからの特徴的な点だと思う。晩年のMahler演奏でよくみられる)、空間の広さを感じさせるトゥッティなど、この指揮者の見事な表現を聴くことが出来ます。感動的な遺産。
 
 ホーレンシュタインのBruckner全体に言えることですが、こうしたメリハリの強い演奏は、巷で言われているようなBruckner観とは少し違うでしょうね。少なくとも私には、素朴感だとか、オルガンの重層的な響きとか、まだたくさんあるでしょうが、この作曲家に付いて回っているこうした様々な形容とはどこも似ていないように想われます。
 第一に、ホーレンシュタインはピラミッド型の音響効果を狙っていません。低弦は鳴らすときにはかなり誇張気味に扱いますが、オーケストラのバランスとして低弦を重視する方ではありません。低域が薄くなりがちなライヴのせいもあるでしょうが、スタジオ録音でも概ね同様です。
 第二に、音を重層的に鳴らすタイプではないこと。金管群の鳴りは良いのですが、横の線を明確に描けないような鳴らし方はしません。
 第三に、かなり細かい表情付けをすること。どうもホーレンシュタインの演奏には、こうした部分毎の表情付けを、映画のシーン毎の画面転換のような方法でつなぎ合わせるようなところがあります。それはTchaikovskyやDvorakあたりの民族性の強い楽曲で特に顕著に見えるのですが、Brucknerではかなり特異な演奏に聞こえるでしょう。
 当然こうしたBrucknerを好まない人も沢山いるに違いありません。私も正直言ってBruckner的な演奏ではないと思います。Bruckner指揮者と一般に言われる人には、Mahler指揮者といわれる人はいません。明らかにホーレンシュタインはMahler寄りではありますが、この演奏を聴いていると晩年のホーレンシュタインの演奏様式は随分懐の広いものになってきたように思えます。

I II III Total
VSO.(53) 21:40 9:52 20:50 52:22
BBCso.(70.12.2L) 24:51 10:37 24:33 60:01 BBC
(2) BBC Legends
  BBCL4017-2
  Intaglio
  INCD 7091