Brahms:交響曲第1番ハ短調op.68

(1) J.ホーレンシュタイン/南西ドイツRso.
  58  Baden-Baden (Vox) Stereo
(2) J.ホーレンシュタイン/LSO.
  62.1.29-30 Walthamstow Town Hall, London (Reader's Digest) Stereo
(1) Vox Ledends
  Vox 7801
(1) Vox初期Stereo盤のデジタル・リマスター盤。南西ドイツ放送響との録音はVox録音の中ではちょうどMonoからStereoへの転換期にあたっていますが、全般に音は良くありません。細部の音は結構拾えていますし、適度なホールトーンも捉えられています(ひょっとするとリマスターの際の加工?)が、原テープが悪いのか強奏で音が歪み音がざらつき、特に高弦の音がきつく聴きずらいところがあります。(1楽章途中音が左によりMono状態になるところあり。)
 にもかかわらず、この演奏は貴重な録音です。同じVoxのウィーン・プロ・ムジカやVSO.との諸録音に比べて明らかにテンションが高い。テンポはむしろ遅いほうだと思いますが、尋常じゃない気迫をもった壮絶な演奏です。ホーレンシュタインは旋律をかなりはっきりとメリハリをつけて歌わせるところがありますが、総じてこの演奏ではそうした部分が少ないようです。(特に3楽章でその感が強い。)また、終楽章のBeethovenを連想させる主題などは、象徴的とも想わせるくらい強い意志で奏されています。
 ライナーには、ホーレンシュタインのかなり詳しい履歴が載っていますが、その中に戦前彼を追放したドイツへ公演のために戻った折りの文章があります。1958年彼が公演のためにドイツへ戻り、はじめにSchonbergの浄夜とBrahmsの第1番を指揮し、大喝采を受けました。しかし彼は友人に次のように書いています。

私は、豪奢なホテルに滞在してゲストとして1週間、1か月、あるいはそれ以上でもあくまでゲストとして働く以外はドイツに住むということはあり得ない。オーケストラが自分自身の仕事をする実験室で、終わったらホテルの安全の中へ戻るような、隠遁所に閉じこめられた修道僧のような生活であるとしても。

 南西ドイツ放送so.とは上記Schonbergの「浄められた夜」の録音もあります。ともに58年のことですが、この録音と公演の前後関係が分かりません。しかし、上記の公演がこの録音に近い演奏であったことは想像できます。

(2)Voxの録音から4年後のリーダース・ダイジェストへの録音。録音、オーケストラを含めてVox盤を上回ります。音楽の作りはそれほど違わないようですが、Vox盤のテンション高さに比べれば、より叙情的な演奏に聞こえます。例えば、第1楽章冒頭はVox盤での壮絶な開始に比べて角が丸くなっていますし、1,2楽章はどちらかというと4番の雰囲気が漂うような吹っ切れた印象があります。後半になると流石にホーレンシュタインらしさが出てきます。録音の良さもあり、ホーレンシュタインの特徴であるトゥッティであっても全く重くならない所は良く捉えられていて胸がすく思いです。特にこの曲で言えば、1楽章全般と終楽章半ばallegro non troppo以降のスケールの大きさは素晴らしい。 
(2) Chesky
  CD 19


Brahms:交響曲第2番ニ長調op.73

J.ホーレンシュタイン/デンマークRso.
72.3.16L Danmarks Radio Concert Hall, Copenhagen Stereo
Unicorn Kanchana
UKCD2036

全体にテンポが遅く、この指揮者晩年の淡々と歌うような特徴が表れています。Brahmsに限らないのですが、50年代のVox録音と60年代のChesky盤の1番と比べると曲は違うものの演奏の変遷が辿れて興味深いものがあります。
 例えば第1楽章第2主題の低弦に代表されるようなBrahmsの旋律線のの歌わせ方は、ホーレンシュタイン独特の節回しが顕著に表れる部分だと思いますが、50年代の締まった力感とも違い、また60年代のうねるような表現とも違って、むしろ抑制された美しい流れを感じさせます。ゴッホの激しい筆使いからセザンヌ晩年のシンプルなタッチに似てきたような感じですね。
 第2楽章も音楽の身振りは大きくないものの情感溢れた演奏で、楽章終わり近く97小節の冒頭の休符に至っては一瞬音が途切れたかと錯覚するほど長くとられていてびっくりします。3,4楽章にもこうしたホーレンシュタインの演奏スタイルはそのままで、往年の力感こそ部分的に見えますが、晩年の特徴である音楽は激しく熱するのではなく、むしろ様々な旋律線の綾を見せながらじっくり一音ずつ踏みしめて進みます。終楽章のコーダでも通常だんだん音楽が高揚していきテンポも自然に上がってくるところをホーレンシュタインは逆に抑えていて(ライヴなのでオーケストラが走りそうな気配を見せていますが)、響きの強さより音楽の広がりを重視しているようです。そして最後に鳴らされる金管の強奏がコラール風に響くのはあまり例がないことのように思います。
 なお第1楽章の提示部は繰り返しを行っていますのでこの楽章の演奏時間は20分以上かかりますが、決して冗長な感じは与えません。この繰り返しはそれほど多くの指揮者が行っているものではないと思います。意識して聴いてきた訳ではないので調べきれませんが手持ちでは他にバルシャイとモントゥーくらいでしょうか。
 デンマークRso.の技術は著名なオーケストラには及びませんし馬力にも欠けるところがあります。また、ライヴということもあって若干の綻びはありますが非常に良く棒に付いていっていると思います。デンマークはドイツの北に位置していることもあってか心持ち涼しげな音に感じます。

 このCDのジャケットにはドイツ・ロマン派の最大の画家であり、また異色の芸術家でもあったC.D.フリードリヒの「ヴァツマン」Der Watzmann が使われています。フリードリヒはドイツ・ロマン派の音楽のジャケット画にしばしば使われています。そういう点では商業的にもなくてはならない画家ですが、同時期のフランスに比べるとドイツのこの時期の画家で評価されている画家はそれほどいませんし、フリードリヒその人も正当に評価され始めたのはこの数十年のことだそうです。それまでは、美術史上ロマン派と言えばジェリコーやドラクロワからのフランス美術でした。これは音楽史でのロマン派にドイツ・オーストリア圏の作曲家が多いのに比べると非常に対照的なことです。
 この絵に描かれているヴァツマンという山はザルツブルク近郊の実在の山で、さほど高いわけでもありませんがその峻麗な姿で知られているようです。この絵はその山麓からの風景を描いたものですが、単なる風景画とは違いちょっと異様な雰囲気を持っています。静謐な空気の中に置かれた手前の石の積み重なりは、自然の造型であるようにも見えますし、或いは崩れ落ちてうち捨てられた人工物にも見えます。フリードリヒの描く対象から考えると墓標のようでもあります。
 フリードリヒの絵はほとんど薄暗い廃墟や到底人間には太刀打ちできないような自然を題材にしています。そこには人間が現れないか、或いはそこに描かれていても自然の中に小さく佇んでいるだけです。人は深い帽子を被っているか、見る者に背を向けているかしてその人の人なりを明かしていません。この絵には人が描かれていませんが、それはこの絵を見る人が担う役割なのでしょう。こうした生と死の冷徹な視線は、ある意味ではドイツ・ロマン派の最も純化された思想であったのかもしれません。
 CD製作者がこの絵をジャケットに使った意図は、この曲がアルプス山麓のオーストリア、ペルチャッハで作曲されたこととドイツ・ロマン派音楽ということの両方を満たしているからだったと思われます。しかしBrahmsの「田園」と呼ばれるこの曲の曲想を考えるとフリードリヒの絵がそのままそぐうとは思えませんが、どういう訳かホーレンシュタインの淡々とした演奏には妙ににあっているような気もします。最晩年、亡くなる前の年のこの指揮者への個人的な思い込みもあって、寄り添うようなそして慈しむような音楽の運びは、黄昏の残照の美しい情景を眺めているような気持ちにさせてくれます。

 なお、この盤は現在入手困難で、どうしても手に入らなかったところ、同じくホーレンシュタインとバルシャイのファンでもある方からいただきやっと聴くことが出来ました。Unicorn盤自体あまり流通は良くないようすし、ホーレンシュタインの録音もこの盤を含めていくつかは全く手に入らないものがあります。是非再発して欲しいものです。


Brahms:交響曲第3番ヘ長調op.90

J.ホーレンシュタイン/南西ドイツRso.
58  Baden-Baden (Vox) Stereo
Vox Legends
Vox 7802
3番はBrahmsの交響曲の中でも、どちらかというと日陰になりがちな曲ですが、1楽章から終楽章まで濃厚な息の長い旋律をもち、ロマンティシズムにも事欠かない、終楽章の交響作家としての充実した響きなど、Brahmsの美点を全てバランス良く備えている曲だと想います。個人的には4番が一番優れているとは思いますが、聴きたい曲というとこの曲が一番好みにあっています。
録音状態は、1番と同様。ステレオ録音ではあるが時折刺激的に響きます。音は結構ヴィヴィッドに蘇っているのですが、何しろトゥッティでいきなり濁って割れた音になります。この盤と同じく新たにリマスターされたStravinskyの盤も同様で(こちらはMonoとStereo)、原テープの保存の状態か、或いはテープのキャパシティを超えた録音が原因なのかわかりません。しかし、今までのVox Boxあたりの録音がぱっとしない音質ではあったもののそういったことがなかったのを考えると、これは今回のリマスター自体に問題があるのではないでしょうか。曲の大部分は恩恵をうけた音となっているのに、惜しいことです。
この演奏が録音されたのは1番と同じ頃。1番ほど壮絶な演奏にはなっていませんけれども、1楽章と終楽章で見せる芯の強い響きはやはり尋常ではありません。逆に有名な3楽章の歌わせ方は緊張感が高いにもかかわらず情緒的です。
 しかし、こうした張りつめた演奏の中に、この指揮者の演奏の本質的な要素がより明確な形で現れているのは興味深いことです。この演奏の場合、少々ぎこちなく表現されてはいますが、フレーズ毎の明確な弾き分けの仕方とか、内声部の歌わせ方とかは、このすぐ後の演奏でより柔軟に生かされています。
 なお、ホーレンシュタインには4番の正規録音がありません。個人的には一番聴きたかった曲です。


Brahms:ハイドンの主題による変奏曲op.56a

J.ホーレンシュタイン/南西ドイツRso.
58  Baden-Baden (Vox) Stereo
Vox Legends
Vox 7801
1番とカップリングされている、南西ドイツRso.とのVox録音。録音時期も同じ。
 この曲は、Haydnのテーマから言っても、どちらかというとおっとりとした曲想なので、1番の演奏のように神経質に響くところは少ないのですが、やはりテンションは高い。テンポの速い変奏部分での切り込み方はかなり厳しいところがあります。